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明細書 :細胞内IP3測定用分子センサー

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4803976号 (P4803976)
公開番号 特開2005-040132 (P2005-040132A)
登録日 平成23年8月19日(2011.8.19)
発行日 平成23年10月26日(2011.10.26)
公開日 平成17年2月17日(2005.2.17)
発明の名称または考案の名称 細胞内IP3測定用分子センサー
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
A01H   5/00        (2006.01)
A01K  67/027       (2006.01)
C12N   1/15        (2006.01)
C12N   1/19        (2006.01)
C12N   1/21        (2006.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
G01N  21/78        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
G01N  33/542       (2006.01)
G01N  33/58        (2006.01)
C07K  14/435       (2006.01)
C07K  14/47        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
A01H 5/00 A
A01K 67/027
C12N 1/15
C12N 1/19
C12N 1/21
C12N 5/00 101
C12Q 1/02
G01N 21/78 C
G01N 33/15 Z
G01N 33/50 Z
G01N 33/542 A
G01N 33/58 Z
C07K 14/435
C07K 14/47
請求項の数または発明の数 13
全頁数 18
出願番号 特願2004-196818 (P2004-196818)
出願日 平成16年7月2日(2004.7.2)
優先権出願番号 2003272241
優先日 平成15年7月9日(2003.7.9)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成19年5月16日(2007.5.16)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】谷村 明彦
【氏名】東城 庸介
【氏名】根津 顕弘
【氏名】森田 貴雄
個別代理人の代理人 【識別番号】100110249、【弁理士】、【氏名又は名称】下田 昭
【識別番号】100113022、【弁理士】、【氏名又は名称】赤尾 謙一郎
審査官 【審査官】太田 雄三
参考文献・文献 特表2001-519525(JP,A)
特表2002-528721(JP,A)
特表2004-187544(JP,A)
特開2000-135095(JP,A)
国際公開第2002/088733(WO,A1)
国際公開第2003/002730(WO,A1)
平成12年度~平成14年度科学研究費補助金(基盤研究B(2))研究成果報告書,2003年 3月
調査した分野 C12N 15/09
C12Q 1/02
G01N 33/15
CA/BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
CiNii
特許請求の範囲 【請求項1】
IP受容体のリガンド結合部及び蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を起こす2種の蛍光物質から成る分子センサーであって、前記IP受容体のリガンド結合部が、以下の(1)又は(2)のいずれかのポリペプチドから成る分子センサー。
(1)配列番号1で表されるアミノ酸配列の265~489番目のいずれかから842~868番目のいずれかまでのアミノ酸配列を含むポリペプチド
(2)(1)のポリペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列からなり、イノシトール1,4,5三リン酸との親和性を有するポリペプチド
【請求項2】
前記蛍光物質が、蛍光タンパク質ECFP又はその改変体及び蛍光タンパク質EYFP又はその改変体から成る請求項1に記載の分子センサー。
【請求項3】
更に、局在化シグナルを有する請求項1又は2に記載の分子センサー。
【請求項4】
前記蛍光タンパク質ECFPが、(3)又は(4)のいずれかのポリペプチドから成り、蛍光タンパク質EYFPが、(5)又は(6)のいずれかのポリペプチドから成る請求項1~3のいずれか一項に記載の分子センサー。
(3)配列番号1で表されるアミノ酸配列の21~259番目のアミノ酸配列から成るポリペプチド
(4)(3)のポリペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、465~495nmにピークを有する光を発光するポリペプチド
(5)配列番号1で表されるアミノ酸配列の899~1137番目のアミノ酸配列から成るポリペプチド
(6)(5)のポリペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、522~548nmにピークを有する光を発光するポリペプチド
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の分子センサーをコードするDNA。
【請求項6】
請求項5に記載のDNAを含む組換えベクター。
【請求項7】
請求項6に記載の組換えベクターにより形質転換された形質転換体(ヒトを除く。)
【請求項8】
請求項1~4のいずれか一項に記載の分子センサーを細胞内に有する細胞(ヒトを除く。)
【請求項9】
請求項1~4のいずれか一項に記載の分子センサーを体内に有する動物(ヒトを除く。)又は植物。
【請求項10】
請求項7に記載の形質転換体、請求項8に記載の細胞又は請求項9に記載の動物若しくは植物に350~500nmの光を照射して、400~515nm及び515~600nmにおける蛍光を測定し、これらの蛍光強度を指標として、該形質転換体又は該細胞におけるイノシトール1,4,5三リン酸の濃度を見積もる方法。
【請求項11】
請求項7に記載の形質転換体、請求項8に記載の細胞又は請求項9に記載の動物若しくは植物に未知の薬剤を導入し、これに350~500nmの光を照射して、400~515nm及び515~600nmにおける蛍光を測定し、これらの蛍光強度を指標として、IP受容体のリガンド又は阻害剤をスクリーニングする方法。
【請求項12】
請求項1~4のいずれか一項に記載の分子センサーから成るIP3検知装置。
【請求項13】
請求項12に記載の装置と被検物とを接触させ、350~500nmの光を照射して、400~515nm及び515~600nmにおける蛍光を測定し、これらの蛍光強度を指標として、被検物中のイノシトール1,4,5三リン酸の濃度を見積もる方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
この発明は、細胞内カルシウム・シグナルを誘導する最も重要な細胞内メッセンジャーの1つである、イノシトール1,4,5三リン酸(以下「IP3」ともいう。)の濃度を高精度で測定する分子センサー及びこの分子センサーを用いたIP3の測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
IP3は細胞が神経伝達物質、ホルモン、増殖因子などの刺激を受けることによって細胞内で産生され、Ca2+シグナルを誘導する細胞内メッセンジャーである。IP3が特異的に作用するターゲットであるIP3受容体は、小胞体などの細胞内Ca2+貯蔵部位(Ca2+ストア)に分布するCa2+チャネルである。IP3受容体が活性化すると、ストアから細胞質にCa2+が放出される。
IP3-Ca2+系は血圧、学習、免疫機能、内分泌及び外分泌機能、炎症などの調節において重要な働きをしており、IP3-Ca2+系の障害が記憶・学習機能、運動機能、発生に深刻な障害を与えることなどが明らかにされている(非特許文献1等)。従って、IP3濃度の定量はこのような病態の解明、治療や診断法の確立、薬剤の開発において極めて重要である。
特に近年、fura-2などのCa2+感受性蛍光色素を用いて、生きた細胞のCa2+反応をリアルタイムで可視化する技術が確立された(非特許文献2)。このような研究によって、IP3が時間・空間的なパターンの異なる多彩なCa2+シグナルを発生させることが明らかにされてきた。しかし、従来の技術では細胞内のIP3を測定することができない。
【0003】
現在一般的に行われているIP3の定量法は、IP3結合タンパク質を用いた競合アッセイ、あるいはイオン交換樹脂を用いたIP3の分離定量である(非特許文献3等)。これらは、検出トレーサーとして放射性同位元素を用いるため操作が煩雑である。これらの方法は、細胞集団から抽出したサンプルを用いてIP3濃度を測定するため、細胞内のIP3濃度やその動態を知ることはできなかった。
近年、蛍光ラベルしたIP3結合タンパク質の蛍光強度の変化によってIP3濃度を定量する方法が開発されている(非特許文献4)。この方法は、放射性同位元素を用いる方法より簡便であるが細胞集団から抽出したサンプルを用いる点は同じである。
従来法の中で最も注目されているのは、IP3結合タンパク質(PLCdのPHドメイン)とGFPの融合遺伝子を細胞に導入し、その遺伝子でコードされる融合タンパク質(GFP-PHD)の局在によって細胞内のIP3濃度の変化を解析する方法である(非特許文献5及び6、特許文献1)。この方法によって、生きた細胞でIP3の動態を知ることが初めて可能になった。しかし、GFP-PHDが細胞膜から遊離する微少な分布の変化を検出する必要があり定量的な測定は極めて難しい。また、この解析には共焦点レーザー顕微鏡が不可欠であり、汎用性が低い。
なお、IP3受容体においてIP3と高親和性を示す領域があることが知られている(非特許文献7、特許文献2)。
また最近、2種類の蛍光物質(例えば、フルオロセイントとローダミン、ECFPとEYFP)の間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した分子プローブの開発が注目されており(非特許文献8~10)、各種標的物質や阻害剤などの検出に用いられている(特許文献3,4)
【0004】

【特許文献1】特開2000-135095
【特許文献2】特開2000-60565
【特許文献3】特表2003-513271
【特許文献4】WO 98/40477
【非特許文献1】Matsumoto et al. Nature 379:168-171 (1996)
【非特許文献2】G.Brooker et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,87:2813-2817 (1990)
【非特許文献3】D.S.Bredt et al., Biochimi. Biophysi. Res.Commun., 159:976-982 (1989)
【非特許文献4】Mori T. et al., J. Am. Chem. Soc., 124: 1138-1139 (2002)
【非特許文献5】K. Hirose, et al., Science 284: 1527-1530 (1999)
【非特許文献6】T. Uchiyama et al., J. Biol. Chem., 277: 8106-8113 (2002)
【非特許文献7】日本薬誌(Folia Pharmacol. Jpn.) 121, 241-253 (2003)
【非特許文献8】B.A. Pollok and R. Heim. Trends in Cell Bioloby, 9:57-60(1999)
【非特許文献9】Adams SR. et al. Nature 349: 694-697 (1991)
【非特許文献10】Miyawaki A. et al., Nature 388: 882-887 (1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細胞内カルシウム・シグナルを誘導する重要な細胞内メッセンジャーの1つであるIP3の濃度を高精度で測定する手段を提供することを目的とする。
本発明の方法は、以下の特徴を有し、従来のIP3の測定における問題点を解消することができる。
(1) 蛍光強度の比の変化によって測定が可能であるため、正確な細胞内のIP3濃度の変化をリアルタイムで可視化することができる。
(2) 蛍光光度計を用いて、簡便にIP3の定量を行うことができる。
(3) IP3がCa2+放出反応を起こす時のターゲットであるIP3受容体のリガンド結合部位を用いるため特異性が高い。
(4) IP3受容体の新規リガンドや新規阻害剤の検索が可能になり、このような機能を有する新薬のスクリーニングができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、このような課題を解決するために、ラットIP3受容体のリガンド結合部位を含むペプチドフラグメント及び2種類の蛍光物質(ECFPとEYFP)から構成される分子センサーを設計した。この分子センサーをコードする遺伝子を細胞(SH-SY5Y細胞)に導入し、この細胞で発現した分子センサーにIP3を結合させると、ECFPとEYFPの間の蛍光共鳴エネルギー転移の効率が変化し、蛍光強度の比が変化することを見いだした。特に、この分子センサーに更に細胞膜移行シグナル等の局在化シグナルを装着すると、発現した分子センサーは細胞膜などの特定部位に局在するため、観察が容易になる。
また、分子センサーを発現したSH-SY5Y細胞をムスカリン受容体アゴニスト(例えば、アセチルコリンやカルバーコル)で刺激すると、細胞内のIP3濃度の上昇に伴なって蛍光強度の比が変化することが確認された。
【0007】
本発明の分子センサーは、IP3受容体全体(約2.7Kアミノ酸)ではなく、そのリガンド結合部(約600アミノ酸)を用いることによりFRETに変化を起こす点に特徴がある。本願の構成のセンサーは、IP3受容体のリガンド結合部にIP3が結合していない場合には、ECFPとEYFPとが近接しFRETが起きているのに対し、IP3受容体のリガンド結合部にIP3が結合すると、このリガンド結合部の構造が変化し、恐らくECFPとEYFPとが離れて、FRETが起きなくなるものと考えられる。本願は、このようにIP3受容体のリガンド結合部がIP3が結合すると構造が変化するということに基づいており、これは単にIP3受容体全体を用いただけではこの様な構造変化(FRETに影響を及ぼすような構造変化)は起きなかったと思われる。このように分子センサーを構成した結果、従来不可能であったIP3の濃度を定量することが可能になった。

【0008】
即ち、本発明は、IP受容体のリガンド結合部及び蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を起こす2種の蛍光物質から成る分子センサーであって、前記IP受容体のリガンド結合部が、以下の(1)又は(2)のいずれかのポリペプチドから成る分子センサー。
(1)配列番号1で表されるアミノ酸配列の265~489番目のいずれかから842~868番目のいずれかまでのアミノ酸配列を含むポリペプチド
(2)(1)のポリペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列からなり、イノシトール1,4,5三リン酸との親和性を有するポリペプチド
この蛍光物質としては、蛍光タンパク質が好ましい。
2種の蛍光タンパク質として、ECFP又はその改変体及びEYFP又はその改変体が好ましい。この分子センサーは、更に、局在化シグナルを有してもよい。
この分子センサーにおいて、蛍光タンパク質ECFPが、(3)又は(4)のいずれかのポリペプチドから成り、蛍光タンパク質EYFPが、(5)又は(6)のいずれかのポリペプチドから成ることがより好ましい。
(3)配列番号1で表されるアミノ酸配列の21~259番目のアミノ酸配列から成るポリペプチド
(4)(3)のポリペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、465~495nmにピークを有する光を発光するポリペプチド
(5)配列番号1で表されるアミノ酸配列の899~1137番目のアミノ酸配列から成るポリペプチド
(6)(5)のポリペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、522~548nmにピークを有する光を発光するポリペプチド



【0009】
本発明は、上記いずれかの分子センサーをコードするDNAである。
更に、本発明は、このDNAを含む組換えベクターである。
更に、本発明は、この組換えベクターにより形質転換された形質転換体である。
更に、本発明は、上記いずれかの分子センサーを細胞内に有する細胞である。
更に、本発明は、上記いずれかの分子センサーを体内に有する動物又は植物である。
更に、本発明は、上記形質転換体、上記細胞又は上記動物若しくは植物に350~500nmの光を照射して、400~515nm及び515~600nmにおける蛍光を測定し、これらの蛍光強度を指標として、該形質転換体又は該細胞におけるイノシトール1,4,5三リン酸の濃度(又は量)を見積もる方法である。
更に、本発明は、、上記形質転換体、上記細胞又は上記動物若しくは植物に未知の薬剤を導入し、これに350~500nmの光を照射して、400~515nm及び515~600nmにおける蛍光を測定し、これらの蛍光強度を指標として、IP3受容体のリガンド又は阻害剤をスクリーニングする方法である。
【0010】
本発明は上記いずれかの分子センサーから成るIP3検知装置である。この装置において、この分子センサーを、溶液中に入れたり、ビーズ、ファイバー、ディッシュ等の基体に固定してもよい。
また本発明は、この装置と被検物とを接触させ、350~500nmの光を照射して、400~515nm及び515~600nmにおける蛍光を測定し、これらの蛍光強度を指標として、被検物中のイノシトール1,4,5三リン酸の濃度を見積もる方法である。
装置と被検物とを接触させる方法は装置の構成による。例えば、装置にセンサーを組み込んで、この装置に被検物を入れる方法をとってもよいし、センサーを小型にして被検物(例えば、組織や細胞など)にこのセンサーを入れる方法をとってもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の分子センサーは、IP3受容体のリガンド結合部と2種類の蛍光物質(例えば、ECFP及びEYFP)とからなる。その構造の例(配列番号1)を図1に示す。この配列番号1で表されるアミノ酸配列において、ECFPは21~259番目、EYFPは899~1137番目、IP3受容体のリガンド結合部は265~868番目に位置する。
IP3受容体はIP3が結合することによって開口するCa2+チャンネルで、IP3はそのN末端部分に特異的に結合する(特許文献2)。IP3受容体としては、ニワトリ、アフリカツメガエル、ショウジョウバエ、ヒトデ、線虫等の広範な生物種のものを用いてもよいが、本発明においては、ヒト、マウス、ラット等の哺乳動物のものを用いることが好ましい。また、哺乳類のIP3受容体にはタイプ1からタイプ3の3つのサブタイプが知られており、そのいずれを用いてもよい。
このIP3が特異的に結合するIP3受容体の領域は、例えば、ラットタイプ3IP3受容体(Blondel et al., J. Biol. Chem., 268:11356-11363 (1993)、L06096)のアミノ酸配列のうち少なくとも226~578番目(配列番号1の490~842番目、非特許文献6及び特許文献1)、好ましくは1~578番目(配列番号1の265~842番目)である。後述の実施例において1~604番目のもの(配列番号1の265~868番目)が機能することが確かめられているが、より短いものでも機能すると考えられる。即ち、この配列の1~225番目(配列番号1の265~489番目)のいずれかから578~604番目(配列番号1の842~868番目)のいずれかまでのものが好ましいと考えられる。
【0012】
ECFP(enhanced cyan fluorescent protein)とEYFP(enhanced yellow fluorescent protein)はどちらもクラゲ由来のグリーンフルオレセントタンパク質(GFP)の変異体である。ECFPは425nmの励起光を照射すると480nm付近の波長を最大とする青色の蛍光を発し、EYFPは514nmの励起光を照射すると528nm付近の波長を最大とする黄色の蛍光を発する。通常、EYFPは425nmの励起光では蛍光を発しないが、ECFPが近くにあると、425nmで励起されたECFPからのエネエルギー移動によって蛍光を発する。この現象を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)という。本発明の分子センサーは、IP3の結合によってIP3受容体のN末端部分の三次元構造が変化し、その結果2つの蛍光タンパク質の間のFRET効率が低下し、蛍光比が変化することを利用している。
このECFPとEYFPは、改変することによりFRETの効率やpH安定性を向上させたり、またEYFPを改変して蛍光波長を長波長側にシフトさせることにより適当な光源(例えば、457nmのアルゴンイオンレーザー)を利用するように改変することができる。特にアクセプターであるEYFP部分の改変は、FRET効率の向上に有効である。また、ECFPとEYFP以外の蛍光ペアを用いることによって様々な光源を利用したりFRET効率を高めることが可能である。本発明においては、これら2つの蛍光タンパク質が蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を起こしている限りにおいて、これら2つの蛍光タンパク質を改変したものを用いることも本発明の範囲内であると考えるものである。
【0013】
さらに、本発明では、lP3受容体リガンド結合部位のN末端のC末端に連結されたリンカーを介して蛍光タンパク質が連結されているが、それぞれの機能を妨害しないものであればリンカーは必要なく、lP3受容体リガンド結合部位N末端あるいはC末端以外のいずれの場所に蛍光物質をつけてもよい。また、特定のアミノ酸あるいはアミノ酸配列に結合する蛍光物質(アミン反応性色素、カルボキシル反応性色素、チオール反応性色素、F1AsH, ReAsH, Pro-Qなど)をlP3受容体リガンド結合部位のアミノ酸あるいはその特定部位に挿入したアミノ酸あるいはアミノ酸配列(テトラシステイン・モチーフ、オリゴヒスチジンなど)に結合させたものも本発明の範囲内であると考える。
【0014】
EYFPの改変体として、Q69K(pH安定性の向上を目的とする。)、Q69M (Citrine、pH、塩素、蛍光退色に対する安定性の向上を目的とする。)、F64L/M153T/V163A/S175G (super-YFP、pH、塩素に対する安定性の向上とFRET効率の向上を目的とする。)、F46L(FRET効率の向上を目的とする。)、F46L/F64L/M153T/V163A/S175G (Venus、pH、塩素に対する安定性の向上とFRET効率の向上を目的とする。)等が挙げられる(Nagai et al. Nature Biotech., 20:87-90 (2002); O.Griesbeck et al. J. Biol. Chem., 276:29188-29194 (2001))。
EYFPの改変体として、更にPhi-Yellow (Evrogen JSC社製、pH安定性の向上とFRETの検出効率の向上を目的とする。)等を用いることもできる。
更に、以下のような組み合わせも可能である。各励起波長(Ex)と蛍光波長(Em)を挙げる。
EBFP/EGFP Ex 350-390nm:Em 420-480nm/515-555nm
ECFP/DsRed Ex 400-460nm: Em 465-495nm/565-595nm
EGFP/DsRed Ex 450-480nm: Em 485-510nm/565-595nm
Sapphire/DsRed Ex 380-430nm: Em 485-510nm/565-595nm
EYFP/HcRed-tandem Ex 460-490nm: Em 510-545nm/640-680nm
Midoriishi-Cyan/Kusabira-Orange Ex 400-460nm: Em 465-510nm/540-600nm
EBFP、ECFP、EGFP、EYFP(クローンテック社製)及びSapphire(オーロラ社製)はオワンクラゲ由来のGFPの変異体であり、DsRed(クローンテック社製)、HcRed-tandem(Evrogen JSC社製)、Midoriishi-Cyan及びKusabira-Orange((株)医学生物学研究所製)はサンゴ由来の蛍光タンパク質である。
【0015】
また、EYFPの改変体としてテトラシステイン・モチーフ(-Cys-Cys-Xaa-Xaa-Cys-Cys-(配列番号2);Xaaは任意のアミノ酸)と呼ばれる配列のポリペプチドとFluorescein Arsenical Hairpin binder(FlAsH、Panvera社製)の複合体を用いることができる(B.A.Griffin et al. Science 281:269-271 (1998))。FlAsHは緑色の蛍光色素であるフルオロセインの誘導体で、テトラシステイン・モチーフと特異的に結合する性質を持っている。このテトラシステイン・モチーフとFlAsHの複合体を用いる場合には、まずEYFPをテトラシステイン・モチーフを含むポリペプチドと入れ替えた融合タンパク質を発現させる。これにFlAsH-EDT2(Panvera社製)を作用させると、化学反応によってテトラシステイン・モチーフを含むポリペプチドとFlAsHの複合体が形成される。
同様に、オリゴヒスチジンやアミノ酸のアミノ基、カルボキシル基、チオール基などの官能基に結合する蛍光色素を化学的に結合させることができる。
【0016】
また、EGFPの代替としてAce-GreenやCop-Green(Evrogen JSC社)、DsRedの代替としてHcRED-tandem(Evrogen JSC社)等が挙げられる。
本発明の分子センサーは図1に示すようにIP3受容体のリガンド結合部と2種類の蛍光物質(ECFP及びEYFP等)とからなる。これらの2種類の蛍光物質はそれぞれ入れ替えてもよく、またこれらの構成部分の間に1残基以上、好ましくは4~30残基程度のアミノ酸からなるリンカーを挿入してもよい。
また、この分子センサーは局在化シグナルを有してもよく、特定部位に不動化することにより、蛍光変化を起こりやすくし、IP3濃度の定量測定も容易になると考えられる。分子センサーにおける局在化シグナルの結合位置は、N末端、C末端のどちらでもよいが、N末端が好ましい。
局在化部位としては、細胞膜、ミトコンドリア、細胞骨格、核、小胞体などが挙げられるが、実施例に示すようにIP3センサーを細胞膜に局在させるために、ニューロモジュリンのバルミトイル化ドメインを含む20コのアミノ酸をN末端に付加してもよい。
さらに、この分子センサーには、FLAG、His-tag, strep-tag, GST, HA-tag, c-myc等のタンパク質精製用のアミノ酸配列やプロテアーゼ等の基質となるアミノ酸配列等を含んでもよい。
また、分子センサー遺伝子の開始コドンの上流に、コザック配列(Kozak 配列;CGCCACCATGC)を有することが好ましい。
【0017】
本発明の分子センサーを利用すると、細胞や動物や植物の組織内のIP3の濃度変化を知ることができる。細胞内にこの分子センサーを導入する方法については、公知のいかなる方法を用いてもよく、分子センサー(タンパク質)を直接細胞に導入してもよいし、このタンパク質をコードするDNAを細胞に導入して発現させてもよい。特に確実な方法として、上記のように構成された分子センサーをコードするDNAを適当なベクターに組み込むことにより、各種細胞や動物や植物を形質転換することができる。このベクターとして、プラスミドベクター、ウイルスベクター、アグロバクテリウム等を用いることができる。組替えベクターを細胞に導入するには、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、マイクロインジェクション法、プロプラスト融合法、エレクトロポレーション法、DEAEデキストラン法、Gene Gunによる遺伝子導入など公知の方法を用いることができる。あるいは、融合タンパク質の細胞内発現の方法としては、融合タンパク質遺伝子が染色体DNAに組込まれた遺伝子導入動物や植物(トランスジェニック動物やトランスジェニック植物)を作出することもできる。トランスジェニック動物やトランスジェニック植物の作出は公知の方法により行うこともできる。また、その作出において、融合遺伝子は染色体DNAの任意の部位に挿入されてもよく、あるいは内在性lP3遺伝子と相同組み替えするようにしてもよい。このようなトランスジェニック動物(マウス、ゼブラフィッシュ等)やトランスジェニック植物(タバコ、シロイヌナズナ、イネ等)は、in vivoの系でlP3濃度の定量が可能であり、IP3受容体の機能の解明、IP3-Ca2+系の障害による病態の解明、治療や診断法の確立、薬剤のスクリーニング等に利用価値が高い。
また、これらのトランジェニック動物やトランスジェニック植物から得られた細胞は薬剤のスクリーニング等にも利用することができる。さらに、分子センサーを用いることによって、従来の方法に比べて容易に溶液中のlP3濃度を容易に測定することも可能であり、そのための測定キットや測定機器を作成することも可能である。
【0018】
また、本発明の分子センサーはそのまま溶液中で使用したり、適当な基体に固定化して用いることもできる。
【0019】
以上のような分子センサーに、ドナーである蛍光タンパク(例えば、ECFP又はその改変体)の吸収波長に相当する光を照射する。この照射光の波長は改変の程度によっても変化するが350~500nm、好ましくは400~460nmである。非改変のECFPを用いる場合には420~430nmの励起光を用いるのが好ましい。光源としては、ブロードな紫外光や可視光をフィルターや分光器を用いて所望の波長範囲とした光源を用いてもよいし、レーザー等の単色光を用いてもよい。レーザー光源を使う場合は、ヘリウムカドミウムレーザー(442nm)が一般的であるが、ブルーダイオードレーザー(405nm)、アルゴンイオンレーザー(457nm)、LD励起固体レーザー(diode-pumped solid-state laser)(430nm)等を用いてもよい。二光子励起法であれば800nm付近のパルスレーザーを用いてもよい。
【0020】
本発明においては、ドナーである蛍光タンパク質(例えば、ECFP又はその改変体)及び他方の蛍光タンパク質(例えば、EYFP又はその改変体)からの各蛍光を測定する。即ち、400~515nm、好ましくは465~495nm及び515~600nm、好ましくは522~548nmにおける蛍光の、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)によるその蛍光強度の変化を測定する。即ち、IP3の影響によりFRET効率が低下すれば、ECFP又はその改変体の蛍光強度が増加し、EYFP又はその改変体の蛍光強度が減少するため、これらの増加と減少の程度を測定すればよい。これらの変化はIP3の濃度に依存しているため、これらの変化からIP3の濃度を見積もることができる。これら2種の蛍光強度の処理はいかなる方法を用いてもよい。最も簡便な方法として、ECFP又はその改変体及びEYFP又はその改変体からの各蛍光強度の比を測定し、これらを予めIP3濃度が0の場合といくつかの既知のIP3濃度における比の差を算出しておき、これらの間の検量線を作成しておけば、蛍光強度比のデータからIP3濃度を知ることができる。
また、細胞中のIP3生成系や代謝系に影響を与え、その結果IP3濃度に影響をあたえるシグナル分子や薬物の検索を行うこともできる。更に、この分子センサーを用いて、IP3受容体を活性化あるいは抑制する薬物を検出し、その濃度を測定することも可能である。
【0021】
IP3は様々な細胞のCa2+シグナルの発生に関与しているので、この融合タンパク質は幅広い生物医学領域の研究でその利用が見込まれる。特に、今回作成されたIP3センサーはDNAによって暗号化されているので、様々な細胞に導入可能である。また、この遺伝子を受精卵に導入することによって、全身の臓器あるいは任意の臓器にIP3センサーを発現するトランスジェニック動物を作成することが可能である。このような動物を用いると、生きた組織や生きた動物での細胞内IP3濃度の変化を測定することも期待でき、さまざまな生理機能、病体の解明に大きな進歩をもたらすと考えられる。

以下、実施例にて本発明を例証するが、本発明を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0022】
pEYFP-N1(クローンテック社、図2)をBamH1とXba1で切断し、EYFP遺伝子を含むDNA断片を作成した。
また、pECFP-C1(クローンテック社、図3)をBamH1とXba1で切断し、そこにEYFP遺伝子を含むDNA断片を連結させた。
次に、ECFPとEYFPの融合遺伝子ベクターをBspE1とBamH1で切断し、ベクター(図3)の1331-1390番目までの60コの塩基を除去し、そこにBspE1、Xho I、Bgl II、Sal I、Bam H1の制限酵素サイトを含む合成DNA断片(配列番号3,リンカー部分)を挿入した(pCY-N、図4)。
pCY-NをBsrG Iで切断して、そこにECFPの一部、MCS及びEYFPの遺伝子が連結したDNA断片を切り出した。
同様にpECFP-mem(クローンテック社、図5)をBsrGIで切断し、そこにpCY-Nから切り出したDNA断片を挿入した(mCY-N、図6)。
さらに、mCY-NをEco47 III/Sma Iで切断して、バルネシル化ドメイン(膜局在シグナル)上流の62塩基を分離除去し、そのまま融合させた。これにより、非翻訳部位の不要な制限酵素切断部位を除去し、5'末端にバルネシル化ドメインを付加したECFPとEYFPの融合タンパク質遺伝子ベクター(mCY、図7)を作成した。
【0023】
次に、ラットIP3受容体(タイプ3)の遺伝子配列からプライマー(センスプライマー(配列番号4)、アンチセンスプライマー(配列番号5))を設計し、ラット耳下腺cDNAライブラリーを鋳型としたPCR反応により、IP3受容体のリガンド結合部位を含むポリペプチドをコードする1.8kbのDNA(IP3R-N1.8、配列番号6の793-2604)の5'末端及び3'末端にXho I切断部位を付加したDNA断片を作成した。このIP3R-N1.8は、すでに知られているマウスIP3受容体(タイプ1)のリガンド結合部位と71.7%相同であった(Receptor and Channels, 2:2-22 (1994))。
このPCR産物をTAクローニングベクターに挿入して増幅した後、XhoIで切り出した。この切り出されたDNA断片をXhoIで切断したmCYに挿入して、IP3センサー発現ベクター(mCY-IP3R-N1.8)を作成した。
図8aはmCY-IP3R-N1.8ベクター(配列番号7)の制限酵素地図と分子センサー(配列番号6)の位置を示す。また、図8bは分子センサーの部品の遺伝子の位置及び制限酵素部位を示す。このmCY-IP3R-N1.8ベクター(配列番号7)の617~4027番目は分子センサー(配列番号6)であり、この配列番号6の塩基配列において、1~60番目は膜局在ドメイン、61~777番目はECFP、778~792番目はリンカー1、793~2604番目はIP3受容体リガンド結合部位、2605~2694番目はリンカー2、2695~3411番目はEYFPをコードする。
【0024】
容量が約100μLの実験チャンバー中でSH-SY5Y細胞(DSMZ (Deutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen)から入手)を培養し、リポフェクトアミン2000(インビトロジェン社製)を用いて、細胞に分子センサー遺伝子を導入し、分子センサーを発現させた。このチャンバーを蛍光顕微鏡にセットして観察すると、細胞膜への分子センサーの局在が認められた。その様子を図9に示す。この細胞を430nmの光で励起するとECFPの蛍光である480nmとEYFPの蛍光である535nmの蛍光が観察された。
この分子センサーにIP3を直接作用させるために、チャンバー内の細胞をサポニンで穿孔した。細胞の穿孔は、100μg/mlのサポニンを含む細胞内液様メディウム(ICM;125mM KCl, 25mM NaCl, 1mM EGTA, 330μM CaCl2, pH 7.3)に、細胞を約1分間曝露した(穿孔後はチャンバー内の液をサポニンを含まないICMに置換した)。分子センサーは、細胞を穿孔した後でも細胞膜への局在していた。
【実施例2】
【0025】
実施例1で作成した分子センサーを導入したSH-SY5Y細胞を、430nmの光で励起し、ECFPの蛍光である480nmとEYFPの蛍光である535nmにおける蛍光を観察した。
実験装置として、ニコン製倒立顕微鏡、浜松ホトニクス社製画像解析装置、W-viwe光学系、画像解析装置ソフトウェア(AQUACOSMOS)を用いた。
蛍光顕微鏡に試料(分子センサーを発現したSH-SY5Y細胞)をセットし、425nmの光を照射した。試料からの蛍光を485nmのダイクロイックミラーで2光路に分離し、それぞれの光路に取り付けた蛍光フィルターで480±15nm と535±12.5nmの蛍光だけを抽出した。それぞれの蛍光像をcooled CCDカメラで同時に記録し、画像解析装置ソフトウェアで480nmの蛍光(ECFP)を535nmの蛍光(EYFP)で割った蛍光比を算出した。
【0026】
サポニンで穿孔した穿孔細胞を様々な濃度(0.03~10μM)のIP3を含む細胞内液様溶液(ICM)と置換すると、IP3濃度に依存して分子センサーの蛍光比(480nm/535nm)の増加が認められた(図10)。10μMのIP3で起こる蛍光比の変化を最大とし、その50%の蛍光比の変化を起こすIP3の濃度(EC50)は約200nMであった。
より親和性の高いIP3受容体のアゴニストであるアデノフォスチンAは、その約1/10の濃度でIP3と同等の蛍光比の増加を起こした。それに対し、イノシトール1,3,4三リン酸やイノシトール4,5二リン酸では、蛍光比の変化はほとんど認められなかった。高濃度のイノシトール1,3,4,5四リン酸は蛍光比をわずかに上昇させた(図11)。これらの性質は、これまでに報告されているnativeなIP3受容体の性質とよく一致していた。
コントロール実験としてmCYを発現した細胞で同様の実験を行ったが、蛍光比の変化全く認められなかった。
これらの結果から、この融合タンパク質がIP3特異性の高い、高感度な分子センサーとして利用できることが確認された。
【実施例3】
【0027】
次に、この分子センサーを発現させたSH-SY5Y細胞を含むチャンバー内の液を10μM及び100μMのアセチルコリンを含むハンクスーヘペス液で置換することによって、細胞をアセチルコリンで刺激すると蛍光比(480nm/535nm)の上昇が認められ、アセチルコリンを含まないハンクスーヘペス液で置換すると蛍光比は元に戻った(図12)。この蛍光比の変化(差)を穿孔細胞に既知の濃度のIP3を作用させて作成した検量腺(図13)と比較すると、SH-SY5Y細胞をアセチルコリン刺激時の細胞内IP3濃度は約0.3μMと算定された。
この結果から、この発明の分子センサーの蛍光強度の比の変化を測定することによって、細胞内のIP3濃度を正確に定量することができることが確認された。
【実施例4】
【0028】
実施例1で作成したIP3分子センサーのpH安定性とFRET効率を向上させるために、蛍光アクセプターであるEYFPをYFP変異体に置換したpH安定型IP3分子センサーを作成した(図14)。このYFP変異体とは、EYFPの46番目と64番目フェニルアラニンをロイシンに(F46L、F64L)、153番目のメチオニンをスレオニン(M153T)に、163番目のバリンをアラニン(V163A)に、175番目のセリンをグリシン(S175G)に置換したもので、pHや塩素濃度に対する安定性の向上と蛍光強度の増加を起こすことが知られている(Nagai et al. Nature Biotech., 20:87-90 (2002))。
まず最初にプライマー(配列番号8)とアンチセンスプライマー(配列番号9)を設計し、QuikChange II XL Site-Directed Mutagenesis Kit(Strategene社製)を用いてpEYFP-N1のアミノ酸置換(F46L)を行った。次にプライマー(配列番号10)とアンチセンスプライマー(配列番号11)を用い、QuikChange II XL Site-Directed Mutagenesis Kitで(F64L)のアミノ酸置換を行った。さらに、プライマー(配列番号12)とアンチセンスプライマー(配列番号13)を用いて(M153T/V163A/S175G)のアミノ酸置換を行ってYFP変異体を作成した。
【0029】
次にプライマー(配列番号14)とアンチセンスプライマー(配列番号15)を設計し、mCY-IP3R-N1.8を鋳型としたPCR反応により、膜局在シグナル、ECFP、IP3受容体リガンド結合部位及びリンカーのポリペプチドをコードするDNA断片を作成した。このPCR産物をTAクローニングベクターに挿入して増幅した後、NheIとEcoRIで切り出した。YFP変位体の遺伝子を含むベクターをNheIとEcoRIで切断し、TAクローニングベクターから切り出されたDNA断片を挿入してpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)を作成した。
図15は実施例1で作成した変位導入を行っていないIP3分子センサー(mCY-IP3R-N1.8)と変位導入を行ったpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)の蛍光比の変化をサポニン穿孔細胞を用いて比較したものである。mCY-IP3R-N1.8に使われているEYFPはpHの低下によって蛍光強度が減弱するために蛍光比(480nm/535nm)の大きな増加が見られるが(a)、EYFP変異体を用いたmCYv-IP3R-N1.8ではpHによる蛍光比の変化が約1/3に押さえられる事が確認された(b)。
さらにサポニン穿孔細胞を用いてIP3に対する反応性を比較すると(図16)、変異導入前の分子センサー(a)と比較して、変異導入後の分子センサー(b)では、IP3によって変化する蛍光比の割合が約1.5倍に増強する事が確認された。
【実施例5】
【0030】
哺乳類のIP3受容体にはタイプ1からタイプ3の3つのサブタイプがあり、タイプ1とタイプ2はタイプ3よりもIP3に対する親和性が高い事が知られている(Miyakawa et al. EMBO J., 18: 1303-1308 (1999))。そこで、実施例4で作成したpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)のIP3感受性をさらに高めるために、タイプ3IP3受容体の1-604番目のアミノ酸に相当する配列番号1の265-868番目までのアミノ酸をタイプ1IP3受容体及びタイプ2IP3受容体のリガンド結合部(1-604番目のアミノ酸)に置換した分子センサーを作成した。
ラットIP3受容体(タイプ1)の遺伝子配列からプライマー(センスプライマー(配列番号16)、アンチセンスプライマー(配列番号17))を設計し、ラット耳下腺cDNAライブラリーを鋳型とした PCR反応により、タイプ1IP3受容体のリガンド結合部位(1-604番目まで)を含むポリペプチドをコードする1.8kbのDNAの5'末端及び3'末端にXhoI切断部位を付加したDNA断片を作成した。このPCR産物をTAクローニングベクターに挿入して増幅した後、XhoIで切り出した。実施例4で作成したpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)をXho Iで切断し、TAクローニングベクターから切り出されたDNA断片を挿入して、高感受性IP3分子センサー・タイプ1(mCYv-IP3R1)を作成した。
同様にプライマー(センスプライマー(配列番号16)、アンチセンスプライマー(配列番号18))を設計し、ラット耳下腺cDNAライブラリーを鋳型とした PCR反応により、タイプ2IP3受容体のリガンド結合部位を含むポリペプチドをコードする1.8kbのDNAの5'末端及び3'末端にXhoI切断部位を付加したDNA断片を作成した。このPCR産物をTAクローニングベクターに挿入して増幅した後、XhoIで切り出した。この切り出されたDNA断片をXho Iで切断したpH安定型IP3分子センサーに挿入して、高感受性IP3分子センサー・タイプ2(mCYv-IP3R2)を作成した。
【実施例6】
【0031】
タイプ1IP3受容体のリガンド結合部の441番目のアルギニンをグルタミンに置換するとIP3に対する親和性が高まることが知られている(Yoshikawa et al., J. Biol. Chem., 271: 18277-18284 (1996))。同様な親和性の向上はタイプ2IP3受容体やタイプ3IP3受容体でも起こることが予想されることから、pH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)及び高感受性IP3分子センサー・タイプ2(mCYv-IP3R2)のIP3感受性をさらに高めるために、分子センサーのリガンド結合部位のアミノ酸置換を行った。
プライマー(配列番号19)とアンチセンスプライマー(配列番号20)を設計し、QuikChange II XL Site-Directed Mutagenesis Kitを用いてmCYv-IP3R-N1.8の配列番号1の704番目のアルギニンをグルタミンに置換して高感度型IP3分子センサー・タイプ3(mCYv-IP3R3S)を作成した。
同様にプライマー(配列番号21)とアンチセンスプライマー(配列番号22)を設計し、QuikChange II XL Site-Directed Mutagenesis Kitを用いてmCYv-IP3R2の705番目のアルギニンをグルタミンに置換して高感度型IP3分子センサー・タイプ2S(mCYv-IP3R2S)を作成した。
【実施例7】
【0032】
実施例4で作成したpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)、実施例5で作成した高感度型IP3分子センサー・タイプ1(mCYv-IP3R1)と高感受性IP3分子センサー・タイプ2(mCYv-IP3R2)及び実施例6で作成した高感度型IP3分子センサー・タイプ3(mCYv-IP3R3S)と高感度型IP3分子センサー・タイプ2S(mCYv-IP3R2S)の反応性を実施例1で作成した変異導入を行う前の分子センサー(mCY-IP3R-N1.8)と比較した。すなわち、これらの分子センサーをコードする遺伝子を導入したSH-SY5Y細胞をサポニンで穿孔し、10nM~10μMのIP3による蛍光比の変化を解析した。
変異導入前の分子センサーの蛍光比の変化を起こす最小のIP3濃度は100nMであったのに対し、高感度型タイプ1,高感度型タイプ2、高感度型タイプ2Sでは10nMのIP3で明らかな蛍光比の上昇が認められた。また、高感度型タイプ2、高感度型タイプ2S、高感度型タイプ3では、100nMのIP3による蛍光比の変化は4~6倍に増大した(図17)。これらの結果から、高感度型IP3分子センサー・タイプ1、タイプ2、タイプ2S、タイプ3は、いずれも低濃度のIP3に対する反応性が増大していることが確認された。
【実施例8】
【0033】
本発明の分子センサーは、IP3受容体に作用する薬物やIP3生成系あるいはIP3分解系に作用する薬物の検索に用いることができる。その場合、それらの薬物の作用が特異的なものであるか否かを確かめる手段として、分子センサーとほぼ同じ構造を持ちながらIP3に対する親和性を持たないコントロール分子が有用である。
タイプ1IP3受容体のリガンド結合部の508番目のリジンをアラニンに置換するとIP3に対する親和性が消失することが知られている(Yoshikawa et al., J. Biol. Chem., 271: 18277-18284 (1996))。同様な親和性の消失はタイプ3IP3受容体でも起こることが予想されることから、pH安定型IP3分子センサ(mCYv-IP3R-N1.8)のリガンド結合部位のアミノ酸置換を行った。プライマー(配列番号23)とアンチセンスプライマー(配列番号24)を設計し、QuikChange II XL Site-Directed Mutagenesis Kitを用いてmCYv-IP3R-N1.8の771番目のリジンをアラニンに置換してコントロール分子(mCYv-IP3R3C)を作成した。
この分子をコードする遺伝子を導入したSH-SY5Y細胞をサポニンで穿孔し、IP3による蛍光比の変化を解析したところ、最大濃度(10μM)のIP3を添加しても、蛍光比の変化は全く認められなかった(図18)。この結果から、この分子はIP3に対する親和性を持たないコントロール分子として利用できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の分子センサーの構造の例を示す図である。mは細胞膜局在シグナル、Eはエンテロキナーゼで特異的に切断されるアミノ酸配列、ratIP3R3(1-604)はIP受容体のリガンド結合部、ECFPとEYFPは蛍光タンパク質を表す。エンテロキナーゼ切断部位は、FRET効率の算定に用いた。
【図2】蛍光タンパク質EYFP遺伝子を含むpEYFP-N1(4733bp)の制限酵素地図を示す図である。
【図3】蛍光タンパク質ECFP遺伝子を含むpECFP-C1(4731bp)の制限酵素地図を示す図である。
【図4】pCY-N(5490bp)の制限酵素地図を示す図である。
【図5】pECFP-mem(4793bp)の制限酵素地図を示す図である。
【図6】mCY-N(5609bp)の制限酵素地図を示す図である。
【図7】mCY(5547bp)の制限酵素地図を示す図である。
【図8】mCY-IP3R-N1.8ベクター(a, 7365bp)と分子センサー(b, 4311bp)の制限酵素地図を示す図である。aは、発現ベクター中のIP3分子センサー遺伝子の位置と制限酵素切断部位を示し、bは、分子センサー遺伝子の部品の位置を示す。1386と4032のBsrG I切断部位はECFP-memベクターにp-CY-Nの一部を挿入するときに用いた。非翻訳部位のEco47 IIIとSma Iの切断部位は、mCYを作成に伴って消失した。1403と3221のXho I切断部位は、mCYにIP3R-N1.8遺伝子を挿入するときに用いた。
【図9】分子センサーを発現したSH-SY5Y細胞をサポニン処理した後の蛍光顕微鏡像である。分子センサーが細胞膜に分布していることを示す。写真のスケールバーは10μmである。
【図10】IP3による分子センサーの蛍光比の変化を示す図である。分子センサーを発現した細胞をサポニンで穿孔し、様々な濃度のIP3を加えたときの蛍光比(480nm/535nm)の変化を示す。縦軸は蛍光比、横軸は時間を示す。励起波長は425nmを用いた。
【図11】分子センサーを発現した細胞をサポニンで穿孔し、様々な濃度のイノシトール1,4,5三リン酸(IP3)、イノシトール4,5二リン酸(IP2)、イノシトール1,3,4三リン酸(1,3,4-IP3)、イノシトール1,3,4,5四リン酸(IP4)、アデノフォスチンA(AdenoA)を加えたときの蛍光比(480nm/535nm)の変化率を示す。10μMのIP3による変化を100%として、6-10例の実験結果の平均±標準誤差で表した。縦軸は最大反応に対する変化率、横軸は薬物の濃度を示す。
【図12】分子センサーによる細胞内IP3濃度の測定例を示す図である。分子センサーを発現した細胞を10μM及び100μMのアセチルコリン(ACh)で刺激したときの蛍光比(480nm/535nm)の変化を示す。縦軸は無刺激時の蛍光比を0とした時の変化量(差)示し、横軸は時間を示す。
【図13】蛍光比の変化量(差)とIP3濃度の関係の検量線の例を示す図である。縦軸は無刺激時の蛍光比を0とした時の変化量(差)を示し、横軸はIP3濃度を示す。
【図14】pH安定型IP3分子センサーを示す図である。
【図15】分子センサーの蛍光強度のpHに対する影響を示す図である。aは実施例1のIP3分子センサー(mCY-IP3R-N1.8)、bは実施例4のpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)を示す。
【図16】分子センサーのIP3に対する反応性を示す図である。aは実施例1のIP3分子センサー(mCY-IP3R-N1.8)、bは実施例4のpH安定型IP3分子センサー(mCYv-IP3R-N1.8)を示す。
【図17】分子センサーのIP3感受性を示す図である。縦軸は最大濃度のIP3(10μM)による反応に対する相対的な蛍光比(R0; 480nm/535nm)の変化率(%)を示し、横軸は添加したIP3の濃度(nM)を示す。
【図18】コントロール分子がIP3に反応しないことを示す図である。縦軸は蛍光比(480nm/535nm)を示し、横軸は時間を示す。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
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【図4】
3
【図5】
4
【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図9】
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