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明細書 :超短パルスレーザー光を用いたステンレス鋼表面の応力腐食割れ防止方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4528936号 (P4528936)
公開番号 特開2005-131704 (P2005-131704A)
登録日 平成22年6月18日(2010.6.18)
発行日 平成22年8月25日(2010.8.25)
公開日 平成17年5月26日(2005.5.26)
発明の名称または考案の名称 超短パルスレーザー光を用いたステンレス鋼表面の応力腐食割れ防止方法
国際特許分類 B23K  26/00        (2006.01)
B23K  31/00        (2006.01)
G21C  19/02        (2006.01)
G21D   1/00        (2006.01)
B23K 103/04        (2006.01)
FI B23K 26/00 E
B23K 31/00 A
G21C 19/02 J
G21D 1/00 GDBX
B23K 103:04
請求項の数または発明の数 3
全頁数 10
出願番号 特願2004-212833 (P2004-212833)
出願日 平成16年7月21日(2004.7.21)
優先権出願番号 2003349489
優先日 平成15年10月8日(2003.10.8)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成19年6月7日(2007.6.7)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】505374783
【氏名又は名称】独立行政法人 日本原子力研究開発機構
発明者または考案者 【氏名】西村 昭彦
【氏名】峰原 英介
【氏名】塚田 隆
個別代理人の代理人 【識別番号】100089705、【弁理士】、【氏名又は名称】社本 一夫
【識別番号】100140109、【弁理士】、【氏名又は名称】小野 新次郎
【識別番号】100075270、【弁理士】、【氏名又は名称】小林 泰
【識別番号】100080137、【弁理士】、【氏名又は名称】千葉 昭男
【識別番号】100096013、【弁理士】、【氏名又は名称】富田 博行
【識別番号】100092015、【弁理士】、【氏名又は名称】桜井 周矩
【識別番号】100093713、【弁理士】、【氏名又は名称】神田 藤博
【識別番号】100091063、【弁理士】、【氏名又は名称】田中 英夫
【識別番号】100102727、【弁理士】、【氏名又は名称】細川 伸哉
【識別番号】100117813、【弁理士】、【氏名又は名称】深澤 憲広
【識別番号】100123548、【弁理士】、【氏名又は名称】平山 晃二
審査官 【審査官】松本 公一
参考文献・文献 特開平07-246483(JP,A)
特開平09-085475(JP,A)
特開2001-287062(JP,A)
調査した分野 B23K 31/00
B23K 26/00- 26/42
G21C 19/02
G21D 1/00
特許請求の範囲 【請求項1】
気体中または真空中で、引っ張り応力が残留するステンレス鋼に対して、1ピコ秒以下のパルス長さを有する超短パルスレーザー光を、ステンレス鋼表面でのエネルギーフルエンスが平方センチ当たり1ジュール以下となるように集光することにより引っ張り応力が残留する表面層部分を蒸発除去し、蒸発により新たに生じた表面層に熱による新たな引っ張り応力を生じさせないことを特徴とする応力腐食割れ防止方法
【請求項2】
ステンレス鋼が、原子炉圧力容器内のシュラウド及び再循環系配管のステンレス鋼材料である、請求項1に記載の方法
【請求項3】
引っ張り応力を除去した後、前記新たに生じた表面層に前記超短パルスレーザー光を繰り返し照射して、当該表面層に圧縮応力を導入する、請求項1または2に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
この発明は、金属表面に残留した引っ張り応力の除去方法に関するものである。さらに詳しくは、この発明は、ステンレス鋼表層部分に残留した引っ張り応力を超短パルスレーザー光による蒸発により除去する新たな応力除去方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、沸騰水型原子炉の格納容器内部のシュラウドや再循環系配管などの交換不可能な部材に対しては、炭素含有量を減じたオーステナイト系ステンレス鋼で構成されており、溶接により生じる温度上昇によって粒界に沿って生じる炭素—クロム化合物の析出が抑制されているために長期にわたる粒界腐食割れに対する耐性を有している。
【0003】
また、溶接や研削加工により材料表面に生じる引っ張り応力の残留は応力腐食割れを誘引するが、これに対しては1)ショットピーニング(特許文献1)、2)ウォータジェットピーニング、3)レーザーピーニング(特許文献2)等の種々の表面改質技術の開発が行われている。これらの技術はいずれも表面に対して、それぞれ、1)高圧空気あるいは遠心力により加速された微小鋼球の衝撃、2)1000気圧程度の超高圧による水撃作用とキャビテーションが破壊する際の衝撃、3)パルスレーザー光を水中で集光することによりプラズマの膨張が抑制されることで増強した衝撃など、材料表面を強く打撃することにより残留する引っ張り応力を圧縮応力に変化させるものである。
【0004】
又、レーザーピーニングに関する成果をまとめた総合論文(非特許文献1)には、QスイッチYAGレーザーを用いて水中に置いたステンレス試料表面を照射し、材料内部に圧縮応力を生じさせることで応力腐食割れの現象を改善できることを示している。

【特許文献1】特開平7-266230号(ショットピーニング)
【特許文献2】特開平7-248397号(レーザーピーニング)
【非特許文献1】佐野雄二著、「高出力レーザの水中照射による金属材料表面の残留応力改善」、レーザー加工学会誌、第9巻2号、39-46頁、2002年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、現在問題となっている沸騰水型原子炉のシュラウド及び再循環系配管で生じた腐食割れについては、粒界腐食割れに対する耐性を有する炭素含有量を低減したステンレス鋼で生じたものであり、一層の高度な特性をもつ新材料の開発が要求される極めて深刻な問題である。現時点では、炭素含有量を低減したステンレス鋼と代替できるような腐食割れに対する耐性を有する材料は無い。
【0006】
また、前述した従来の表面改質技術ではいずれも残留する引っ張り応力を圧縮応力に変化させるという対処方法であるため、処理を施した材料の応力分布を測定し確認する必要がある。金属材料表面の応力測定は原理的にはX線回折法により測定が可能である。この方法は、金属表面に対して硬X線を照射し表面からの回折X線の角度分布を高精度で測定する。このため、測定する金属試料を切り出して測定装置内に持ち込む必要があり、破壊検査となってしまう。また、現在では、非破壊検査を行えるような原子炉格納容器内に持ち込める小型可搬のX線回折装置は開発されていない。このため、処理後の金属表面の応力分布の確認を行うことはできない。加えて、材料表面を充分な圧縮応力が残留する状態に処理できたとしても、長期間使用される原子炉では表層部の圧縮応力が時間とともに緩和されてゆく危険性がある。
【0007】
この発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、従来のステンレス鋼の表面改質技術の方法の欠点を解消し、抜本的にステンレス鋼の表層より引っ張り応力の除去を可能とする新しい応力除去方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するものとして、超短パルスレーザー光を集光することにより引っ張り応力が残留するステンレス鋼表層部分を蒸発除去することによる応力除去方法である。超短パルスレーザー光は、まず、ステンレス鋼表面の極表面にある1ミクロン以下の金属原子層において吸収される。周辺部領域にエネルギーが熱として散逸する前にレーザーパルスの持続は終了する。続いて、レーザー光を吸収した原子層は高温となり直ちに蒸発し表面から飛散する。雰囲気が大気圧下と真空下では蒸発物の表面からの除去のプロセスが異なるが、いずれにおいても表層の原子層自身が蒸発にすることにより個々の原子間の結合が切れるために原子間の変位に由来する引っ張り応力は消失する。また、蒸発により原子層は表層から離れるため、高温のプラズマによる金属表面の加熱は著しく緩和される。従って、アーク溶接やレーザー溶接の場合の様に、加熱に起因する引っ張り応力の発生は生じない。こうして原子層の蒸発により更新されたステンレス鋼表面は次の超短パルスレーザー光の照射を受け、超短パルス光を吸収しこの表層原子層の蒸発が行われる。
【発明の効果】
【0009】
この発明によって、溶接や研削加工に伴い金属表面に残留する引っ張り応力を根本的に除去することを可能とし、沸騰水型原子炉の交換と修理に多大な費用を要するステンレス製の炉内機器の腐食割れを防止する方法が提供される。さらに、本発明は、応力腐食割れが問題となる他の産業機器にも極めて有効な応力除去方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以上のように、本発明は、引っ張り応力の残留するステンレス鋼表面の原子層自身を超短パルスレーザー光により蒸発させ応力を消失させることから、従来の表面改質技術のような圧縮応力を与えることで引っ張り応力を打ち消す方法では処理後の表面の応力を測定する表層自身が消失することから、処理後の表面の応力測定の必要が生じない。また、同様の理由により、表層部の圧縮応力が時間とともに緩和されてゆく危険性からも完全に解放される新しい引っ張り応力除去方法(請求項1)を提供する。
【0011】
また、この発明は、上記の応力除去方法の適用において、原子炉圧力容器内のシュラウド及び再循環系配管のステンレス鋼材料に対して、超短パルスレーザー光のパルス長さは1ピコ秒以下、ステンレス鋼表面でのエネルギーフルエンスは平方センチ当り1ジュール以下に制御すること(請求項2)をその一態様として提供する。
さらに、この発明は、引っ張り応力が残留する表層が消失した状態で超短パルスレーザー光を照射することで、従来のショットビーニングやレーザービーニングのように材料に圧縮応力を加えることが可能である。これは蒸発により表面から失われる原子やイオンの運動量が圧力として表面を押すことによって生じる効果(請求項3)を提供する。
【実施例】
【0012】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明する。
図1は、この発明の応力除去方法を適用する金属材料の断面図であり、引っ張り応力が残留する金属表面と原子層に照射される超短パルスレーザー光による蒸発を用いた応力除去例を示した断面の時間変化を示す図である。図1において、超短パルスレーザー光照射前(上)、パルスレーザー光の吸収と原子化による応力の消失(中)、酸化微粉末あるいはプラズマ化による蒸発(下)が示されている。
【0013】
実施例で使用した超短パルスレーザーは、超短パルスレーザーシステムとして標準的な構成と性能を有する。すなわち、チタンサファイヤ結晶をレーザー媒質に用い、カーレンズ効果によるモードロック発振器からの超短パルスレーザー光を回折格子ついで引き伸ばした後、再生増幅器により増幅後、再び圧縮するものである。レーザーパルス幅は0.1
5ピコ秒、パルスエネルギーは0.8ミリジュール、繰り返し周波数は1kHzである。
【0014】
レーザーシステムからの超短パルスレーザー光(1)はレンズあるいは凹物面鏡により引っ張り応力が残留する表層部(2)に集光される。引っ張り応力が残留する表面より下部には応力の残留しない母材(3)が存在する。集光されたレーザーパルスのある部分は金属表面において反射されるが、残りの部分は金属表面の極表面にある1ミクロン以下の原子層(4)内の電子に吸収される。電子が吸収したエネルギーが周辺部領域に散逸する前に超短パルスレーザーの持続は終了する。続いて、レーザー光を吸収した原子層内の電子のエネルギーは原子との衝突によりエネルギーの熱への転換が行われる。
【0015】
雰囲気が大気圧下と真空下では蒸発原子の挙動は異なる。大気圧下の場合には、蒸発した金属の酸化が生じる。ステンレス鋼の場合、ステンレス鋼の主要成分である鉄とクロムとニッケルは空気中の酸素と反応し酸化物の微粉末(5)に変化する。反応で生じた熱により空気の自然対流が生じ、酸化した微粉末は対流によりレーザー集光部分から除去される。大気圧下の場合は微粉末の除去を促進するための高圧ガスをレーザー集光部に噴きつけることにより、自然対流を強制対流に変化させることが有効である。
【0016】
また、真空の場合には、蒸発した鉄とクロムとニッケルからは高エネルギーの電子が放出され、電子を失ったこれらの金属成分はイオン化する。イオンはイオン間の同種電荷によるクーロン力により反発し合い、且つ、先に放出された電子の異種電荷に引き寄せられるためにレーザー集光部分より飛散しプラズマ(5)として中性条件をほぼ満たすように膨張し、希薄化によってレーザー集光部分から除去される。
【0017】
上記の過程は超短パルスレーザーシステムからのパルス毎に繰り返される。従って、超短パルスレーザー光(1)を繰り返し照射することにより引っ張り応力が残留する原子層(4)を逐次除去を行い、残留応力のない母材(3)を露出させることにより応力が残留する表層部(2)除去することができる。
【0018】
大気圧下及び真空下のいずれにおいても原子層(3)自身が蒸発にすることにより個々の原子間の結合が切れるために原子間の変位に由来する残留した引っ張り応力は消失する。また、蒸発により原子層は酸化した微粉末あるいはプラズマ(5)として直ちに表層から離れるため、高温のプラズマによる金属表面の加熱は著しく緩和される。
蒸発により飛散する原子層のもつ運動量は圧力(6)となり、新たに生じた表層部を上方から下方に圧縮する。圧縮によってこの表層部には圧縮応力が残留することになる。さらにレーザーパルスを繰り返し照射することで最終的には応力の残留しない母材(3)に圧縮応力が残留する層(7)を形成することができる。
【0019】
図2は、長パルスレーザー光により蒸発させたステンレス鋼の表面形状をあらわしており、図中4は引っ張り応力を発生する隆起を示している。
図2に示すように、一般にアーク溶接や長パルスによるレーザー溶接の場合には、加熱された表面が溶融し周囲に対して伝熱による冷却が生じる一方で、依然としてアークやレーザーなどの熱源からの加熱が持続して起こるため、周囲の低温部分と中心の高温部分の間に準定常的な熱流速とこれに起因する表面張力の勾配による溶融金属の対流が生じる。熱源の加熱が停止した後、冷却が進行する過程で表面張力勾配による隆起が生じ、隆起状態での再固化が生じる。再固化中に生じる隆起が引っ張り応力の原因となる。
【0020】
一方、図3は、超短パルスレーザー光により蒸発させたステンレス鋼の表面を示しており、引っ張り応力の残留する表層が蒸発により消失していることを示している。
図3に示すように、この発明で用いた超短パルスレーザーによる表層蒸発の場合には、原子層で吸収された超短パルスレーザー光のエネルギーが周囲を溶融することなく原子層の蒸発にのみ働くため、表面張力勾配に起因する隆起現象は起こらず、従って新たな引っ張り応力の発生も生じない。
【0021】
ステンレス鋼の場合、超短パルスレーザーのパルス長さが1ピコ秒以下、表面でのエネルギーフルエンスが平方センチあたり1ジュール以下であることが必要である。この限定は材料に熱影響を与えないために必要な条件であり、この条件を満たせない場合、熱影響による引っ張り応力が新たに生じる可能性がある。詳細な照射条件は対象とする材料や必要な残留応力強度、応力変化を生じさせる深さ、許容できる熱影響部の厚さ等により実験的に定めることとなる。
【0022】
図4は、超短パルスレーザー光により蒸発させたステンレス鋼の表面をX線回折により残留応力を測定した結果である。予めステンレス鋼表面にはフライス盤により引っ張り応力を導入した。横軸は照射したレーザーパルス数、縦軸は残留応力の値を示す。残留応力の値が正の範囲は引っ張り応力を、負の範囲は圧縮応力を表す。レーザーパルス数の増加とともにX方向とY方向の引っ張り残留応力は減少し、約1500を超えると圧縮応力となることが判る。
【0023】
超短パルスレーザー照射を用いることにより気体中において有効に圧縮応力をステンレス鋼表面に導入することが可能である。従来のレーザービーニングのようなQスイッチYAGレーザーを使用する方法では、有効な圧縮応力の導入にはステンレス鋼を水中に置いてレーザー光を照射し水によってプラズマの膨張を抑制する必要があった。超短パルスレーザーを用いることで水が不要になれば、電子部品や活性金属などのように水を嫌う様々な対象に対して、圧縮応力の導入が可能となる。
【0024】
以上により、腐食われの原因になる金属表層に残留した引っ張り応力の除去が可能となる。
もちろんこの発明は、超短パルスレーザーシステムで使用されるレーザー媒質の種類に限定されるものではない。本発明に必要なパルス長さは1ピコ秒以下である。実施例で使用した超短パルスレーザーはチタンサファイヤ結晶をレーザー媒質に使用しておりパルス長さは0.15ピコ秒である。1ピコ秒以下の超短パルスレーザー光が発生可能なレーザー媒質として、チタンサファイヤの他にもネオジウムイオンを含むガラスや結晶がある。今後は一層の高出力を目指してイッテルビウムイオンを含むガラスや結晶を用いた超短パルスレーザーシステムが開発される。また、将来的には自由電子をレーザー媒質とするレーザーの利用が行われる。本発明にはこれらの次世代の超短パルスレーザーの利用が望まれることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】引っ張り応力が残留する金属表面と原子層に照射される超短パルスレーザー光による蒸発を用いた応力除去例を示した断面の時間変化を示す図である。超短パルスレーザー光照射前(上)、超短パルスレーザー光の吸収と原子化による応力の消失(中)、酸化微粉末あるいはプラズマ化による蒸発と圧縮応力の形成(下)。
【図2】長パルスレーザー光により蒸発させたステンレス鋼の表面形状をあらわす図であり、そこには引っ張り応力を発生する隆起が示されている。
【図3】超短パルスレーザー光により蒸発させたステンレス鋼の図であり、引っ張り応力の残留する表層が蒸発により消失している。
【図4】超短パルスレーザー光により蒸発させたステンレス鋼の表面をX線回折により残留応力を測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0026】
1 超短パルスレーザー光
2 引っ張り応力が残留する表層部
3 応力の残留しない母材
4 原子層
5 酸化した微粉末あるいはプラズマ
6 蒸発により発生する圧力
7 圧力により生じた圧縮応力が残留する層





図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3