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明細書 :染色体の微小領域を回収する方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4677602号 (P4677602)
公開番号 特開2006-129717 (P2006-129717A)
登録日 平成23年2月10日(2011.2.10)
発行日 平成23年4月27日(2011.4.27)
公開日 平成18年5月25日(2006.5.25)
発明の名称または考案の名称 染色体の微小領域を回収する方法
国際特許分類 G01Q  60/24        (2010.01)
C12N  15/09        (2006.01)
C12Q   1/68        (2006.01)
FI G01Q 60/24
C12N 15/00 A
C12Q 1/68 Z
請求項の数または発明の数 9
全頁数 13
出願番号 特願2004-319230 (P2004-319230)
出願日 平成16年11月2日(2004.11.2)
審査請求日 平成19年8月22日(2007.8.22)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501203344
【氏名又は名称】独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
発明者または考案者 【氏名】杉山 滋
【氏名】塚本 和己
【氏名】大谷 敏郎
個別代理人の代理人 【識別番号】100086221、【弁理士】、【氏名又は名称】矢野 裕也
審査官 【審査官】北村 悠美子
参考文献・文献 JOURNAL OF STRUCTURAL BIOLOGY,1997年,Vol.119,p.232-237
Arch. Histol. Cytol.,2002年,Vol.65, No.5,p.473-479
Applied Physics A,1998年,Vol.66,p.S579-S584
調査した分野 G01Q 60/24-60/42
WPI
CA/BIOSIS/MEDLINE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
染色体の微小領域を原子間力顕微鏡(AFM)を用いて回収するにあたり、AFMの探針を染色体が固定されている基板方向に押しつけながら移動させて、回収の対象である染色体中の構成物質を含む微小領域を前記探針に付着させた後、前記探針を前記基板から引き離すことにより、染色体の構成物質を含む微小領域を回収することを特徴とする染色体の微小領域を回収する方法であって、
AFMの探針を基板方向に押しつける力の大きさが、1μN以上50μN以下であり、かつ、探針の移動速度が毎秒0.1μm以上10μm以下であり、
染色体の全てまたは任意の部分を構成する複数の微小領域のうち、染色体または任意の部分の末端に位置する第一の微小領域の回収操作を行ない、続いて、前記第一の微小領域から10nm以上5μm以下の間隔をおいた第二の微小領域について第一の微小領域の回収操作における探針の移動方向と平行に探針を移動させる回収操作を行ない、以下順次同様の回収操作を染色体または任意の部分の他の末端に位置する微小領域まで繰り返した後、第一の微小領域と第二の微小領域の中間に存在する微小領域について回収操作を行ない、以降順次同様の回収操作をすべての微小領域が回収できるまで繰り返すことにより、染色体の全て又は任意の部分を連続する複数の微小領域に分割して回収する方法。

【請求項2】
回収操作を、溶液中で行なうことを特徴とする請求項1に記載の染色体の微小領域を回収する方法。
【請求項3】
回収操作に用いる溶液が、水、生理緩衝液、エタノール、メタノール、又は界面活性剤を含有する水溶液である請求項記載の染色体の微小領域を回収する方法。
【請求項4】
探針の移動を、染色体の長軸に対して60度~120度の角度をなす方向に染色体の全幅に対して行なう請求項1~のいずれかに記載の染色体の微小領域を回収する方法。
【請求項5】
一回の回収操作ごとに染色体上の回収位置を記録し、各回収操作において探針に付着した微小領域を探針から取り外すか、或いは探針ごとAFMから取り外して、当該微小領域の染色体上における回収位置に従い、染色体上の位置情報付き微小領域として回収保存することを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の染色体の微小領域を回収する方法。
【請求項6】
請求項記載の方法により回収保存される染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅した後、その塩基配列を決定し、得られる塩基配列をそれぞれの位置情報にしたがって順次連結することにより、染色体の全てまたは任意の部分の塩基配列を決定することを特徴とする染色体の塩基配列解読法。
【請求項7】
請求項記載の方法により回収保存される染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅した後、その塩基配列の一部を決定し、全ゲノムDNAを断片化してベクターにクローニングして作成したゲノムDNAライブラリーに含まれるクローンの中から、前記微小領域の塩基配列と相同な配列を含むクローンを選別し、前記微小領域の位置情報に基づいて前記選別したクローンを整列させることを特徴とする染色体の物理地図作成法。
【請求項8】
染色体が、レプトテン期、ザイゴテン期、パキテン期、及びディプロテン期のいずれかの時期の染色体であることを特徴とする請求項記載の染色体の塩基配列解読法。
【請求項9】
染色体が、レプトテン期、ザイゴテン期、パキテン期、及びディプロテン期のいずれかの時期の染色体であることを特徴とする請求項記載の染色体の物理地図作成法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、染色体の微小領域を回収する方法に関し、詳しくは、染色体の微小領域を、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて精度良く効率的に回収する方法に関する。
また、本発明は、上記方法により回収された染色体の微小領域に含まれる構成物質としてのDNAを利用して染色体の塩基配列決定及び物理地図作成を行なう方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のゲノム解析技術においては、解析対象生物から全ゲノムDNAを抽出し、数kbから数十kbの大きさに一旦断片化した後、適切なシーケンス用ベクターにクローニングした後、各クローンの塩基配列を決定し、これにより得られた比較的短い塩基配列(通常数百塩基)を解析し、末端の相同な部分を繋ぎ合わせて染色体全体の塩基配列を復元する手法がとられていた。
しかしながら、特に真核生物ではゲノム上に類似した配列や繰り返し配列が多く含まれ、クローンの塩基配列情報のみから全配列を復元することは不可能であり、多くの場合、数Mbの長さのコンティグ(前記クローンを末端塩基配列の相同性や制限酵素切断パターンに基づいて整列させたもの)を作成するのが限度であった。
【0003】
そこで、通常の場合は過去の研究により得られた遺伝子地図や物理地図のデータを使用することによりコンティグの染色体上の位置を決定しているが、地図作製を含めた全作業には非常な長期間と膨大な労力、予算が必要であった。
また、場合によっては、例えば有用遺伝子や病因遺伝子の単離や同定などを目的として、対象となる染色体の一部分のみの塩基配列や物理地図が必要とされることがあるが、従来の方法では、原理上、特定の場所のみの塩基配列を得ることは困難で、かなり多量の塩基配列解析を行なうか、遺伝子地図や物理地図のデータを利用する必要があり、やはり相当な期間、労力、予算が必要であった。
【0004】
このような問題が生じる原因は、一度に解読できるDNAの長さが数百塩基に限られ、最初に全ゲノムを小さく断片化せざるを得ず、その時点で各断片(クローン)の位置情報が失われてしまうためである。この問題は、染色体の目的とする部分をナノレベルで位置決めし、その部分を微小領域に分割して確実に回収し、各微小領域中のDNAを抽出もしくは増幅することができれば解決可能である。このようにして得られたDNAは、由来する染色体上の位置が既知であるため、上記のような復元の問題は生じず、染色体の対象とする部分の塩基配列の復元や物理地図作成を容易に行なうことができる。
【0005】
そのため、これまでに染色体の微小領域を回収することを目的に、ガラスキャピラリーによる回収(非特許文献1)、レーザーによって対象領域の周囲を焼き切ることによる目的部分の回収(レーザーダイゼクション:非特許文献2、特許文献1及び特許文献2)、原子間力顕微鏡(AFM)による回収(非特許文献3~非特許文献5)、等の技術が開発されている。
【0006】
しかし、キャピラリーによる切断回収においては、キャピラリーのサイズが大きいため、マイクロメートル以上の大きさの断片しか回収できず、微小断片の回収は困難であり、また、位置決めの精度にも問題がある。
また、レーザーダイゼクションにおいては、レーザーをマイクロメートル以下に収束させることが困難で精度に問題がある上、周囲を焼き切ってしまうため連続的な回収が不可能である。
【0007】
一方、AFMによる染色体の切断、微小領域の回収方法においては、染色体の切断対象領域上で探針を往復走査しながら徐々に押し下げ、最終的には探針を基板面まで押し下げて切断を行なう。この方法によれば、キャピラリーやレーザーによる回収方法に比べて、精度や回収領域のサイズは改善される。
しかし、従来のAFMによる切断回収法では、切断された染色体の構成物質の大部分が基板上に残り、回収率が著しく低いという問題点があった。また、AFMにより、隣接した断片を回収しようとしても、2つの領域の境界線上の染色体構成物質を完全に掻き取れずに残片が残ってしまう。
従って、AFMによる技術を利用して連続的な切断に成功した例は、現在まで報告されていない。さらに、AFMによる回収操作後、染色体の構成物質が実際に回収されていることを直接的に検証した例もない。
【0008】

【非特許文献1】H.-J.Ludecke,G.Senger,U.Claussen,B.Horsthemke,Nature,338,348(1989)
【非特許文献2】秦野 伸二(S.Hadano),池田 穣衛(Joh-E.Ikeda),組織培養,22,55(1996)
【非特許文献3】C.Mosher,D.Jondle,L.Ambrosio,J.Vesenka,E.Henderson,Scanning Microsc.,8,491(1994)
【非特許文献4】S.Thalhammer,R.W.Stark,S.Muullere,J.Wienberg,W.M.Heckl,J.Struct.Biol.,119,232(1997)
【非特許文献5】S.Iwabuchi,T.Mori,K.Ogawa,K.Sato,M.Saito,Y.Morita,T.Ushiki,E.Tamiya,Arch.Histol.Cytol.,65,473(2002)
【特許文献1】特開平11-148887号公報
【特許文献2】特開2002-202229号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、染色体の微小領域を切断して回収しようという試みはいくつか行なわれているが、いずれも完全な技術ではなく、マイクロメートル以下の微小領域を連続して余さず回収可能な方法は現時点で存在しない。
そこで、本発明は、染色体の構成物質を含む微小領域を効率的に回収し、複数の隣接する微小領域の連続回収も精度良く行なうことのできる方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、回収された染色体の微小領域を基に、染色体の全てまたは任意の箇所の塩基配列を正確かつ簡便に解読する方法および物理地図を作成する方法を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、AFMの探針を利用して特定の手順で回収操作を行なうことにより、微小領域の回収を効率良く行なうことができ、しかも連続回収も実現できることを見出した。また、回収された染色体の微小領域からは、その構成物質であるDNA等を抽出することが可能であり、塩基配列の解読や物理地図の作成に利用可能であることも見出した。
本発明は、係る知見に基くものである。
【0011】
請求項1記載の本発明は、染色体の微小領域を原子間力顕微鏡(AFM)を用いて回収するにあたり、AFMの探針を染色体が固定されている基板方向に押しつけながら移動させて、回収の対象である染色体中の構成物質を含む微小領域を前記探針に付着させた後、前記探針を前記基板から引き離すことにより、染色体の構成物質を含む微小領域を回収することを特徴とする染色体の微小領域を回収する方法であって、
AFMの探針を基板方向に押しつける力の大きさが、1μN以上50μN以下であり、かつ、探針の移動速度が毎秒0.1μm以上10μm以下であり、
染色体の全てまたは任意の部分を構成する複数の微小領域のうち、染色体または任意の部分の末端に位置する第一の微小領域の回収操作を行ない、続いて、前記第一の微小領域から10nm以上5μm以下の間隔をおいた第二の微小領域について第一の微小領域の回収操作における探針の移動方向と平行に探針を移動させる回収操作を行ない、以下順次同様の回収操作を染色体または任意の部分の他の末端に位置する微小領域まで繰り返した後、第一の微小領域と第二の微小領域の中間に存在する微小領域について回収操作を行ない、以降順次同様の回収操作をすべての微小領域が回収できるまで繰り返すことにより、染色体の全て又は任意の部分を連続する複数の微小領域に分割して回収する方法である。
請求項2記載の本発明は、回収操作を、溶液中で行なうことを特徴とする請求項1に記載の染色体の微小領域を回収する方法である。
請求項3記載の本発明は、回収操作に用いる溶液が、水、生理緩衝液、エタノール、メタノール、又は界面活性剤を含有する水溶液である請求項2記載の染色体の微小領域を回収する方法である。


【0012】
請求項記載の本発明は、探針の移動を、染色体の長軸に対して60度~120度の角度をなす方向に染色体の全幅に対して行なう請求項1~のいずれかに記載の染色体の微小領域を回収する方法である。
請求項5記載の本発明は、一回の回収操作ごとに染色体上の回収位置を記録し、各回収操作において探針に付着した微小領域を探針から取り外すか、或いは探針ごとAFMから取り外して、当該微小領域の染色体上における回収位置に従い、染色体上の位置情報付き微小領域として回収保存することを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の染色体の微小領域を回収する方法である。
請求項記載の本発明は、請求項記載の方法により回収保存される染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅した後、その塩基配列を決定し、得られる塩基配列をそれぞれの位置情報にしたがって順次連結することにより、染色体の全てまたは任意の部分の塩基配列を決定することを特徴とする染色体の塩基配列解読法である。
請求項記載の本発明は、請求項記載の方法により回収保存される染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅した後、その塩基配列の一部を決定し、全ゲノムDNAを断片化してベクターにクローニングして作成したゲノムDNAライブラリーに含まれるクローンの中から、前記微小領域の塩基配列と相同な配列を含むクローンを選別し、前記微小領域の位置情報に基づいて前記選別したクローンを整列させることを特徴とする染色体の物理地図作成法である。
請求項記載の本発明は、染色体が、レプトテン期、ザイゴテン期、パキテン期、及びディプロテン期のいずれかの時期の染色体であることを特徴とする請求項記載の染色体の塩基配列解読法である。
請求項記載の本発明は、染色体が、レプトテン期、ザイゴテン期、パキテン期、及びディプロテン期のいずれかの時期の染色体であることを特徴とする請求項記載の染色体の物理地図作成法である。

【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、染色体の微小領域を効率的に回収することができ、複数の隣接する微小領域の連続回収も精度良く行なうことができる。
また、染色体の全てないし着目した部分を微小領域に分割し、位置情報付き微小領域として連続して回収すれば、染色体の塩基配列解読や物理地図作成の効率を従来の手法に比べ飛躍的に向上させることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
本発明の染色体の構成物質を含む微小領域を回収する方法は、請求項1に記載するように、染色体の微小領域を原子間力顕微鏡(AFM)を用いて回収するにあたり、AFMの探針を染色体が固定されている基板方向に押しつけながら移動させて、回収の対象である染色体中の構成物質を含む微小領域を前記探針に付着させた後、前記探針を前記基板から引き離すことにより、染色体の構成物質を含む微小領域を回収することを特徴とする。
【0015】
本発明の方法において、回収の対象である染色体の構成物質とは、染色体を構成する物質を意味し、DNA等の核酸、タンパク質などを意味する。
また、微小領域とは、回収したい染色体の構成物質が存在する染色体の任意の箇所(小さな一部分)を意味する。微小領域のサイズや位置は、特に限定する必要はなく、回収したいと欲する者の意図に従って自由に設定して良い。
原子間力顕微鏡(AFM)とは、カンチレバーの先に探針を備え、該探針と、基板上に載置された試料の表面間に働く原子間力を検出し、表面凹凸を描き出す走査型プローブ顕微鏡の一種であり、本発明においては、どのようなものでも用いることができる。探針のサイズ、種類、材質等は、回収の対象である微小領域の幅に応じて選択することができる。
【0016】
図1は、本発明の方法における回収操作の原理を示したものである。
本発明の方法における回収操作は、探針11に下向きの力(染色体が固定されている基板12方向に押しつける力)を加えながら、回収の対象である染色体13を縦断又は横断するように1回だけ図1の左向き矢印方向に動かし、移動直後に基板から引きはなす。ここで、引きはなすとは、基板の水平面に対し上向き(図1の上向き矢印方向)に引き上げることを意味し、基板の水平面に対し多少斜め向きであっても良く、必ずしも直角である必要はない。
このような回収操作を行なった結果、探針に付着した染色体の微小領域14を探針11から外して、或いは探針から剥離させずに付着させたまま回収保存することができる。
従って、従来のAFMによる染色体の切断、微小領域の回収技術(図5参照)が、探針の往復走査や段階的な押し下げを行なうものであるのとは相違する。
【0017】
ここで、回収操作は、請求項に記載するように、AFMの探針を基板方向に押しつける力の大きさを、10pN以上1000μN以下、好ましくは1μN~50μNとし、かつ、探針の移動速度、すなわち染色体の微小領域における移動(図1の左向き矢印方向への移動)の際の速度は、毎秒1nm以上300μm以下、好ましくは毎秒0.1μm~10μmとすることが好ましい。

【0018】
また、回収操作は、大気中で行なっても良いが、請求項に記載するように、溶液中で行なっても良い。後述するように、サイズの大きい染色体の微小領域を連続回収する場合は、特に溶液中で行なうことが好ましい。溶液中で回収操作を行なう場合の溶液としては、水、緩衝液、油、アルコール、有機溶媒全般等を挙げることができるが、このうち特に、請求項に記載するように、水、生理緩衝液、エタノール、メタノール、又は界面活性剤を含有する水溶液を用いることができる。
生理緩衝液としては、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、炭酸緩衝液、グッド緩衝液などを挙げることができる。また、界面活性剤しては、非イオン性、陽イオン性、陰イオン性、両イオン性界面活性剤等いずれも利用することができ、代表的なものとしては、SDS、トリトンX-100、Tween20などを挙げることができる。水溶液中の界面活性剤の含有割合は、0.1~10%とすることが好ましい。

【0019】
更に、探針の染色体の微小領域における移動方向は(図1の例では横向き矢印)、適宜調整することができる。一般には、請求項に記載するように、染色体の長軸に対して60度~120度の角度をなす方向に染色体の全幅に対して行なうことができる。例えば、後述の実施例のように、染色体の長軸に対し直角(90度の角度)に移動させることができる。一方、後述のように複数の微小領域を連続回収する場合には、探針の移動方向を、染色体の長軸に対し、90度からある程度ずらした角度、好ましくは60~85度及び95~120度の角度をなす方向とすると、隣接する微小領域に含まれるDNAの一部を重複させることができ、塩基配列解析を効率的に行なえるので、好ましい。

【0020】
本発明の方法によれば、上記のような回収操作を行なうことにより、染色体の構成物質を含む微小領域を回収することができる。回収された染色体の微小領域には、DNAやタンパク質などの構成物質が含まれている。本発明の方法によれば、染色体の微小領域を、基板上に残片を残すことなく、微小領域に含まれる構成物質を破壊せずに高い回収率で回収することができる。従って、微小領域からDNAを抽出または増幅すれば、従来のゲノム解析手法に比べてはるかに省力化された染色体塩基配列解読や染色体物理地図作成が可能になる。
【0021】
本発明の方法においては、上記した回収操作を、染色体中の一ヶ所のみについて行なうこともできるが、染色体の全てあるいはその中の着目した部分を微小領域に分割して、各領域について回収操作を行なうことにより、染色体の広い領域について塩基配列解読や染色体物理地図作成を行なうこともできる。
この場合は、染色体の全てまたは任意の部分を構成する複数の微小領域について、順次回収操作を進めていくことができる。この場合、回収操作の進行方向(順序)については、染色体または任意の部分の一端から他端まで一つずつ、すなわち、探針を切断幅だけずらして進めていくとすることもできるが、この場合、隣接する切断線の間にある程度の量の染色体構成成分が回収されずに残ってしまうおそれがある。
【0022】
そこで、このようなおそれを軽減するためには、請求項に記載するように、染色体の全てまたは任意の部分を構成する複数の微小領域のうち、染色体または任意の部分の末端に位置する第一の微小領域の回収操作を行ない、続いて、前記第一の微小領域から10nm以上5μm以下の間隔をおいた第二の微小領域について第一の微小領域の回収操作における探針の移動方向と平行に探針を移動させる回収操作を行ない、以下順次同様の回収操作を染色体または任意の部分の他の末端に位置する微小領域まで繰り返した後、第一の微小領域と第二の微小領域の中間に存在する微小領域について回収操作を行ない、以降順次同様の回収操作をすべての微小領域が回収できるまで繰り返すことが好ましい。このような方法により、染色体の対象部分を複数の微小領域に分割して完全に回収することができ、隣接する切断線の間に回収されない染色体の構成成分が残ってしまうおそれをなくすことができる。

【0023】
本発明の方法で連続回収を行なう場合の手順を、図2を参照して説明する。尚、図2の(a)は回収途中、(b)は回収終了時を示す。
まず、図2の(a)に示すように染色体または任意の部分の末端Aの最も近い位置にある第一の微小領域201の回収操作を行なう。すなわち、染色体の全部または着目した任意の部分の一方の末端の微小領域201について、図1に示す原理に従い回収操作を行なう。
続いて、第一の微小領域201から10nm以上5μm以下、好ましくは30nm以上1μm以下の間隔をおいた第二の微小領域202について回収操作を行なう。すなわち、AFMの探針を、第一の微小領域201から適当な間隔を置いて直近の染色体の第二の微小領域202に移して、該微小領域202について回収操作を行なう。この際、探針の移動は、第一の微小領域201の回収操作における探針の移動方向と平行の方向とすることが必要である。尚、微小領域の間隔については、使用する探針の形状や移動速度、加える力などの条件設定により10nm以上5μmの範囲で適宜調整することが可能である。

【0024】
以下、順次同様の回収操作を、第一の微小領域21側の末端Aとは別の末端Bに位置する微小領域207まで、微小領域203,204,205,206,207の順に繰り返す。
尚、第二の微小領域で染色体の他の末端に達した場合は、第二の微小領域の回収操作の後、後述する中間に存在する微小領域について回収操作を行なうこととなる。尚、各操作により回収される微小領域のサイズは、一致させても良いし、互いに異なっていても良い。
【0025】
ここまでの一連の操作により、適当な間隔をおいて染色体の微小領域201~207が回収され、図2の(b)に示すように、各微小領域の中間に存在する微小領域のみが残る状態となる(図2の右側)。
そこで、第一の微小領域と第二の微小領域の中間に存在する微小領域208まで探針を戻し同様の回収操作を行なう。そして、第一の微小領域201から10nm以上5μm以下の間隔をおいた微小領域209について回収操作を行なう。続けて、微小領域210、211、212、及び213について回収操作を行なう。この際も探針の移動は、第一の微小領域201の回収操作における探針の移動方向と平行の方向とすることが必要である。
この後半の各回収操作により回収される微小領域は、前記前段の各回収操作により回収される微小領域の中間部分全域をカバーすることが必要である。すなわち、図2の例で説明すると、微小領域210は、微小領域201と202との中間部分全域、微小領域211は、微小領域202と203との中間部分全域、と順次一致させる必要がある。
このようにして、染色体の全て又は任意の部分を構成する複数の微小領域201~215を連続回収することが可能である。
【0026】
連続回収の結果得られる微小領域に含まれる構成物質、例えばDNAは、該微小領域に隣接する微小領域に含まれるDNAとゲノム上隣接することが分かる。従って、連続回収により得られる複数の微小領域を、もとの染色体上における回収位置に従って並べ替えることにより、微小領域のそれぞれに含まれるDNAをつなぎ合わせて、染色体に含まれるDNAを解析できることが明らかである。
そこで、連続回収された各微小領域に含まれるDNA等の構成物質を、染色体の全て又は任意の部分全体の遺伝情報として効率良く利用できるようにするために、請求項に記載するように、一回の回収操作ごとに染色体上の回収位置を記録し、各回収操作において探針に付着した微小領域を探針から取り外すか、或いは探針ごとAFMから取り外して、当該微小領域の染色体上における回収位置に従い、染色体上の位置情報付き微小領域として回収保存することが好ましい。
染色体上の位置情報は、AFMによりナノレベルの精度で記録することができるので、この機能を利用して染色体上の位置情報付き微小領域とすることができる。

【0027】
このようにして連続回収された微小領域は、染色体の塩基配列の解明に用いることができる。すなわち、連続回収され保存された染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅し、得られたDNAをクローニングし、順次解析すれば、染色体全てないし着目部分の塩基配列解読が可能である。
つまり、請求項に記載するように、請求項記載の方法により回収保存される染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅した後、その塩基配列を決定し、得られる塩基配列をそれぞれの位置情報にしたがって順次連結することにより、染色体の全てまたは任意の部分の塩基配列を決定して、染色体の塩基配列を解読することができる。

【0028】
更に、連続回収された各微小領域から取り出されたDNAは、物理地図の作成に用いることができる。すなわち、請求項に記載するように、請求項記載の方法により回収保存される染色体上の位置情報付き微小領域に含まれるDNAを抽出または増幅した後、その塩基配列の一部を決定し、全ゲノムDNAを断片化してベクターにクローニングして作成したゲノムDNAライブラリーに含まれるクローンの中から、前記微小領域の塩基配列と相同な配列を含むクローンを選別し、前記微小領域の位置情報に基づいて前記選別したクローンを整列させることにより、染色体の物理地図を作成することができる。
染色体の物理地図の作成について一例を挙げると、次のとおりである。まず、回収した微小領域に含まれる構成物質としてのDNAの全てでなく一部のみを解析し、その塩基配列情報に基づいてゲノムDNAのBACライブラリーやYACライブラリー等から相同配列を含むクローンをスクリーニングして、そのクローンを染色体上の微小領域の位置していた場所にマップする。この操作を、連続回収した各微小領域に対して繰り返し行なえば、特定の染色体ないしその染色体上の特定部分に位置するクローンを選別し、さらに整列化すること、すなわち物理地図の作成が可能である。

【0029】
ここで、本発明の方法における連続回収の際の各回収操作において、上述のように、探針を、染色体の長軸に対して60度~120度の角度をなす方向に染色体の全幅に対して行なうようにすると、該微小領域から抽出または増幅されたDNAをつなげることができ、塩基配列解析や物理地図作成を効率的に行なえる。図3に示すように、染色体31には通常2セットのDNA32が含まれているため、上記特定の角度で探針を移動させると、2本のDNA32間で微小領域33及び34の境界線35にずれが生じることにより、ある微小領域33と隣接する微小領域34の両方に重複する部分36が生じ、塩基配列解析を効率的に行なうことができる。
【0030】
また、本発明の方法の対象とする染色体としては、減数分裂期のもの、例えば請求項8及び9に記載するようなレプトテン期、ザイゴテン期、パキテン期、又はディプロテン期の染色体を用いることが好ましい。減数分裂期の染色体は、引き延ばされた非常に細長い構造をとっているため、同じ切断幅でも通常の体細胞分裂期の染色体にくらべて含まれるDNA量が少なくなり、ゲノム解析の分解能を向上させることが可能である。さらに、この時期は、一本の染色体に含まれるDNAが4セットになるため、DNAの増幅や隣接領域との接続部分の解析に有利になる。
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。

【実施例1】
【0031】
本発明の方法に従い、染色体の微小領域の回収を行なった。
すなわち、AFM(SPA-800P、メーカー:セイコーインスツルナノテクノロジー社)の探針としてシリコン製のもの(商品名:NCH-10T、メーカー:ナノワールド社)を使用し、探針を染色体が固定されている基板方向に押しつけながら、毎秒1.0μmの移動速度で、回収対象の染色体の端から1μm及び2μmの位置を幅150nmで一回のみ走査した後、基板から上方に引き上げて探針を引き離した。走査は、探針を基板方向に押しつける力の大きさを約20μNとして行なった。また、回収操作は大気中で行なった。
図4に、染色体の微小領域を回収した後の染色体のAFM観察像を示す。
【0032】
一方、従来法により染色体を切断した。すなわち、AFMの探針を、染色体の切断対象領域上で往復走査しながら徐々に押し下げ、探針を基板面まで押し下げて切断を行なった。図5に、従来法により微小領域を切断した後の染色体のAFM観察像を示す。
【0033】
その結果、従来法(図5)では、AFMの探針の移動により染色体51の微小領域は確かに掻き取られ切断線52が形成されるが、探針が折り返すときに掻き取られた微小領域の構成物質は探針からはずれて切断線の末端に堆積し、残骸53となって基板上に残り、回収することはできなかった。
これに対し、本発明の方法の場合は、図4に示すように、切断線41には残骸が全く観察されなかった。
このことから、染色体の微小領域が探針に付着して回収されていると推測された。
【0034】
本発明の方法により回収された染色体の微小領域が実際に回収されているかどうかを検証するために、DNAに非特異的に結合する蛍光色素YOYO-1により染色した染色体について、同様に微小領域の回収を行ない、回収後に探針を蛍光顕微鏡により観察した。
その結果、図6に示すように、AFMのカンチレバー61上にある探針の先端62に蛍光が検出され、実際にDNAを含む染色体の微小領域が回収されていることが実証された。回収の再現性は非常に高く、90%以上の確率で回収に成功している。
また、走査型電子顕微鏡により探針先端を観察したところ、図7に示すように、探針先端71に回収した染色体微小領域由来の物質72が付着していることが確認された。
【実施例2】
【0035】
本発明の方法に従い、染色体の微小領域の連続回収を行なった。回収は、前記実施例1のように大気中でも可能であるが、本実施例では、溶液中(超純水中)で回収を行えるかどうか検討した。
図2に示した連続回収の原理に従い、まず、染色体の第一の微小領域(長さ約700nm、幅約100nmの直線領域)の回収操作を行い、続いて、前記第一の回収領域から約500nmの間隔を置いて第一の回収操作と平行に第二の微小領域(長さ約700nm、幅約100nmの直線領域)について回収操作を行なった。その後、第一の微小領域と第二の微小領域の中間に残存している微小領域(長さ約700nm、幅約500nmの直線領域)について第三の回収操作を行なった。
図8に第一の微小領域と第二の微小領域を回収した時点の染色体のAFM観察像(a)及び第三の微小領域を回収し連続回収を終了させた後のAFM観察像(b)を示す。

【0036】
図8(a)から明らかなように、第一の微小領域及び第二の微小領域の存在した場所には、2本の切断線81が染色体上に観察できる。また、第一の微小領域と第二の微小領域を回収した時点で、両領域の中間に存在する微小領域の中間部分82がそのまま残されている。これに対し、第三の微小領域を回収した後は、図8(b)から明らかなように、図8(a)の中間部分82に染色体構成物質の存在しない領域83が観察されたことから(図8の右図参照)、中間部分82の微小領域が確かに回収されたことが検証できた。
このようにして、染色体上の3つの微小領域を連続的に回収することに成功したことから、同様に回収操作を複数の微小領域について行なうことにより、染色体の全部または任意の部分について微小断片に分割して連続的に回収することが可能であることも明らかである。
水、生理緩衝液、エタノール、メタノール、及び界面活性剤を含有する水溶液などの溶液中で同様に回収操作を行なった結果、同様に染色体の構成物質を回収することができ、サイズの大きな染色体等では、大気中での回収よりもむしろ効率が良い場合があった。

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、染色体の微小領域を効率的に回収することができ、複数の隣接する微小領域の連続回収も精度良く行なうことができる。
また、染色体の全てないし着目した部分を微小領域に分割し、位置情報付き微小領域として連続して回収すれば、染色体の塩基配列解読や物理地図作成の効率を従来の手法に比べ飛躍的に向上させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の方法における回収操作の原理を示す図である。
【図2】本発明の方法により連続回収を行なう場合の(a)回収途中、(b)回収終了時の手順の説明図である。
【図3】染色体の長軸に対して所定の角度で切断回収した場合の説明図である。
【図4】本発明の方法により染色体の微小領域を回収した後の染色体のAFM観察像を示す。
【図5】従来法により染色体の微小領域を回収した後の染色体のAFM観察像を示す。
【図6】探針先端に付着した染色体構成物質の蛍光顕微鏡像を示す。
【図7】探針先端に付着した染色体構成物質の走査型電子顕微鏡像を示す。
【図8】実施例2において第一の微小領域と第二の微小領域を回収した時点の染色体のAFM観察像(a)及び第三の微小領域を回収し連続回収を終了させた後のAFM観察像(b)を示す。
【符号の説明】
【0039】
11 探針
12 基板
13 染色体
14 微小領域
A 染色体または任意の部分の末端
B 染色体または任意の部分の他の末端
201~213 微小領域
31 染色体
32 DNA
33及び34 微小領域
35 境界線
36 微小領域33及び34に重複する部分
41 切断線
51 染色体
52 切断線
53 残骸
61 カンチレバー
62 探針の先端
71 探針の先端
72 染色体の構成物質
81 切断線
82 微小領域の中間部分
83 染色体の構成物質の存在しない領域
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7