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明細書 :酸化ストレスによる心機能障害を改善する生理活性物質

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4904483号 (P4904483)
公開番号 特開2006-280213 (P2006-280213A)
登録日 平成24年1月20日(2012.1.20)
発行日 平成24年3月28日(2012.3.28)
公開日 平成18年10月19日(2006.10.19)
発明の名称または考案の名称 酸化ストレスによる心機能障害を改善する生理活性物質
国際特許分類 A61K  38/43        (2006.01)
A61P   9/10        (2006.01)
C12N   9/04        (2006.01)
FI A61K 37/48 ZNA
A61P 9/10
C12N 9/04 F
請求項の数または発明の数 4
全頁数 15
出願番号 特願2005-101302 (P2005-101302)
出願日 平成17年3月31日(2005.3.31)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 第27回日本分子生物学会年会プログラム・講演要旨集(2004年11月25日)第27回日本分子生物学会年会組織委員会発行 第568頁1PB-302に発表
審査請求日 平成19年12月5日(2007.12.5)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
発明者または考案者 【氏名】水上 洋一
個別代理人の代理人 【識別番号】100107984、【弁理士】、【氏名又は名称】廣田 雅紀
審査官 【審査官】北村 悠美子
参考文献・文献 The EMBO Journal,2002年,Vol.21, No.15,p.3936-3948
Therapeutic Research,1996年,Vol.17, No.10,p.3891-3897
British Journal of Pharmacology,1997年,Vol.121,p.867-874
蛋白質核酸酵素,1998年,Vol.43, No.12,p.1539-1546
活性酸素・フリーラジカル,1991年,Vol.2, No.6,p.757-766
調査した分野 A61K 38/43
A61P 9/00-9/10
WPI
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)

特許請求の範囲 【請求項1】
骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、細胞外から作用することを特徴とする虚血性心疾患治療注射薬。
【請求項2】
骨格筋型乳酸脱水素酵素が、ヒト由来の骨格筋型乳酸脱水素酵素であることを特徴とする請求項1記載の虚血性心疾患治療注射薬。
【請求項3】
心疾患が心筋の細胞死を伴うものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の虚血性心疾患治療注射薬。
【請求項4】
心疾患が労作狭心症、安静狭心症、前壁心筋梗塞、側壁心筋梗塞、下壁心筋梗塞、急性心不全、慢性心不全、虚血による重症の不整脈、のうち少なくとも1種類から選ばれることを特徴とする請求項1~のいずれかに記載の虚血性心疾患治療注射薬。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、心疾患治療薬として新規活性を有する生理活性物質に関し、詳しくは、虚血性心疾患の治療薬として新規活性を有する骨格筋型乳酸脱水素酵素及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血再灌流は、心筋梗塞や心臓バイパス手術、心臓移植などで発生する主要な疾患の状態である。心臓冠動脈の虚血再灌流が発生した場合、心臓は肥大したり、虚血周囲で細胞死が観察されたり、また、心筋の繊維化が見られる。これらの現象はリモデリングと呼ばれており、これは虚血にさらされた心筋細胞ばかりでなく虚血周囲の組織においてもよく観察されている。このことは、虚血再灌流時に何らかのシグナルを伝達するための様々な因子が放出されていることを示唆している(非特許文献1,2)。
【0003】
実際、心臓は全身に血液を送るポンプの役割ばかりでなく、ホルモン性因子を放出する内分泌系の組織として働いていることもよく知られている。一酸化窒素やプロスタグランジン、アデノシンといった低分子物質が心臓から放出され、心臓血管系の制御に関与している。これらの低分子に加え、炎症性サイトカインもまた心臓から虚血再灌流時に放出されている。例えば、腫瘍壊死因子は虚血心筋において産生され、リアナジン受容体阻害を介して心臓の収縮抑制に関与している。炎症性サイトカインであるインターロイキン1β(IL‐1β)やインターロイキン6(IL‐6)も虚血後の心臓から放出されている。IL‐1βは心筋の直接的な阻害に加え、カルシウムを制御する遺伝子のダウンレギュレーションを介して心臓の収縮を抑制している。IL‐6は、L型タイプのカルシウムチャネルを阻害することによってカルシウムの細胞内流入や心臓収縮の抑制に働いている。これらの因子は、傷害を受けた心筋細胞の収縮を直接的に阻害するばかりでなく、無傷の心筋細胞の機能障害も導いている(非特許文献3-非特許文献10)。
【0004】
肝細胞増殖因子や血小板増殖因子、赤血球増殖因子といった様々な増殖因子も、虚血心筋から放出されて心臓に働きかけていることが知られている。しかしこれらの因子は、虚血心筋の細胞死を抑制することに加えて、血管新生や繊維芽細胞の増殖にも関与している(非特許文献11-非特許文献14)。
【0005】
これまでに、心臓の様々な不整脈の発生を抑制するための薬剤が開発されてきた。しかしながらこれらの薬剤は副作用が極めて強く、重篤な心疾患以外に使用することは難しい。また一方、副作用の少ない生理的因子として増殖因子の遺伝子を用いた遺伝子治療の試みが現在なされているが、こうした増殖因子は繊維芽細胞や肝細胞リンパ球といった様々な細胞を増殖させる能力をもっており、この点が心疾患にとってはある種のリスクとなっている。心臓の機能障害を改善し、しかもリスクの少ない因子の発見が、多くの心疾患患者さんに恩恵をもたらすことが考えられるが、こうした因子はこれまでに発見されていない。

【特許文献1】特開昭63‐93726 虚血性心疾患治療薬
【特許文献2】特開平9‐12475 虚血-再灌流障害の予防および治療薬
【特許文献3】特開平11‐139969 医薬組成物
【特許文献4】特開2001‐97979 縮合複素環化合物、その製造法および用途
【特許文献5】特開2003‐88389 心疾患の予防・治療剤
【特許文献6】特表2003‐506094 心臓における遺伝子発現を活性化するポリヌクレオチドおよび遺伝子治療におけるその使用
【特許文献7】特表2004‐526435 心疾患の診断および治療の方法
【非特許文献1】Sutton,M.G.,and Sharpe,N.(2000)Circulation 101,2981‐2988
【非特許文献2】Eefting,(2004)Cardiovasc Res.61,414‐426
【非特許文献3】Iglesias,M.J.(2004)Cardiovasc Res.62,481‐488
【非特許文献4】Katwa,L.C.(2003)Am J Physiol Heart Circ Physiol.285,H1132‐1139
【非特許文献5】Stangl,V.(2002)Cardiovasc Res.53,12‐30
【非特許文献6】Bing,R.J.(2001)Cardiovasc Res.51,13‐20
【非特許文献7】Webb,A.(2004)Proc Natl Acad Sci U.S.A.101,13683‐13688
【非特許文献8】Herskowitz,A.(1995)Am J Pathol. 146,419‐428
【非特許文献9】Thaik,C.M,(1995)J Clin Invest.96,1093‐1099
【非特許文献10】Craig,R.,(2000)J Biol Chem.275,23814‐23824
【非特許文献11】Li,Y.,(2003)Circulation 107,2499‐2506
【非特許文献12】Xaymardan,M.,(2004)Circ Res.94,E39‐45
【非特許文献13】Parsa,C.J.,(2004)J Biol Chem.279,20655‐20662
【非特許文献14】Meij,J.T.,(2002)Am J Physiol Heart Circ Physiol.282,H547‐555
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この様な現状を踏まえ、本発明は、増殖因子以外で心臓の機能障害を改善する因子を提供することを目的とし、より詳しくは、虚血再灌流時における細胞死を抑制する物質とその利用法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的のため本発明者らは、虚血再灌流モデルを用いて、心臓から放出される様々な因子の生成同定を試みた。
【0008】
すなわち本発明者らは、心筋由来の培養細胞を大量に培養し、これらの細胞に虚血再灌流刺激を行った。この培養上清を大量に回収し、タンパク質成分だけを硫酸アンモニウム沈殿法を用いて取り出した。この沈殿したタンパク質成分を透析した後、分泌因子だけを精製する特異的なカラムを用いて分離を行った。分離されたそれぞれのタンパク質を心筋細胞に添加し、細胞の生存活性を測定した。生存活性を示した分画を更にイオン交換カラムで分離し、それぞれの分画でも同様に生存活性を測定した。こうして分離精製されたタンパク質を、様々な条件下で心筋細胞に作用させ、心臓に対する生存活性を有する物質を探索した。
【0009】
これらの解析によって、本発明者らは、嫌気的解糖系に働く酵素として知られている骨格筋型乳酸脱水素酵素(M‐LDH)が、これまでに知られていなかった「心筋細胞死の抑制効果」という新規な効果を有することを見出した。
【0010】
すなわち、本発明の第1の態様は、心疾患治療薬として新規活性を有する骨格筋型乳酸脱水素酵素及び骨格筋型乳酸脱水素酵素を利用した心疾患治療薬のスクリーニング方法並びに骨格筋型乳酸脱水素酵素の血中濃度を測定することを特徴とする心筋虚血の検査方法を提供する。
【0011】
本発明の第2の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物を提供する。
【0012】
本発明の第3の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記心疾患が、虚血性心疾患であることを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0013】
本発明の第4の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記心疾患が、虚血性心疾患であって、心筋の細胞死を伴うものであることを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0014】
本発明の第5の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記心疾患が、虚血性心疾患であって、心筋の細胞死を伴うものであり、労作狭心症、安静狭心症、前壁心筋梗塞、側壁心筋梗塞、下壁心筋梗塞、急性心不全、慢性心不全、虚血による重症の不整脈、のうち少なくとも1種類から選ばれることを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0015】
本発明の第6の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記効果が、心筋細胞の細胞死の抑制であることを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0016】
本発明の第7の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記効果が、心筋細胞の細胞死の抑制であって、心筋に対する活性酸素の作用を除去するものであることを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0017】
本発明の第8の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記効果が、心筋細胞の細胞死の抑制であって、心筋に対する活性酸素の作用を除去するものであることを特徴とし、前記活性酸素の作用が、(a)心筋細胞内への過剰なカルシウムイオンの流入、(b)心筋細胞膜における膜電位のオシレーション(oscillation)、(c)心拍出量の低下、のうち少なくとも1つから選ばれるものであることを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0018】
本発明の第9の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記効果が、心筋細胞の細胞死の抑制であって、心筋に対する活性酸素の作用を除去するものであることを特徴とし、前記活性酸素の作用が、(a)心筋細胞内への過剰なカルシウムイオンの流入、(b)心筋細胞膜における膜電位のオシレーション(oscillation)、(c)心拍出量の低下、のうち少なくとも1つから選ばれるものであることを特徴とする、第3の態様から第5の態様のうちいずれか1つに記載の、薬剤組成物を提供する。
【0019】
本発明の第10の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記成分が、骨格筋型乳酸脱水素酵素の全アミノ酸配列または一部が置換されたアミノ酸配列もしくは部分アミノ酸配列を含むことを特徴とする、薬剤組成物を提供する。
【0020】
本発明の第11の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記成分が、骨格筋型乳酸脱水素酵素の全アミノ酸配列または一部が置換されたアミノ酸配列もしくは部分アミノ酸配列を含むことを特徴とする、第3の態様から第9の態様のいずれか1つにおいて記載の、薬剤組成物を提供する。
【0021】
本発明の第12の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の心疾患への効果を利用することを特徴とする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0022】
本発明の第13の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の心疾患への効果を利用することを特徴とする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法であって、前記スクリーニングのターゲットが心機能収縮改善効果または心筋細胞の生存維持の改善効果であることを特徴とする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0023】
本発明の第14の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の心疾患への効果を利用することを特徴とする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法であって、前記スクリーニングのターゲットが心機能収縮改善効果または心筋細胞の生存維持の改善効果であって、骨格筋型乳酸脱水素酵素が刺激する細胞内情報伝達系を活性化する骨格筋型乳酸脱水素酵素以外の物質を探索することを特徴とする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0024】
本発明の第15の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の血液中濃度を測定することを特徴とする、心筋虚血の検査方法を提供する。
【0025】
本発明の第16の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の血液中濃度を測定することを特徴とする、心筋虚血の検査方法であって、前記骨格筋型乳酸脱水素酵素が虚血初期に血液中に放出されるものであることを特徴とする、心筋虚血の検査方法を提供する。
【0026】
本発明の第17の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の血液中濃度を測定することを特徴とする、心筋虚血の検査方法であって、前記骨格筋型乳酸脱水素酵素が虚血後初期に血液中に放出されるものであることを特徴とし、前記濃度が虚血後30分からの急上昇と24時間後以降の下降を伴うものであることを特徴とする、心筋虚血の検査方法を提供する。
【0027】
本発明の第18の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素の血液中濃度を測定することを特徴とする、心筋虚血の検査方法に利用される、検査用キットであって、前記骨格筋型乳酸脱水素酵素が虚血後初期に血液中に放出されるものであることを特徴とし、前記濃度が虚血後30分からの急上昇と24時間後以降の下降を伴うものであることを特徴とする、検査用キットを提供する。
【0028】
本発明の第19の態様は、骨格筋型乳酸脱水素酵素を有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記骨格筋型乳酸脱水素酵素が、ヒト由来の骨格筋型乳酸脱水素酵素である、第2の態様から第11の態様のいずれか1つに記載の薬剤組成物を提供する。
【発明の効果】
【0029】
本発明の提供する骨格筋型乳酸脱水素酵素は、心筋細胞の細胞死を抑制する。そのメカニズムは、活性酸素によって細胞内に過剰に流入するカルシウムイオンの抑制であり、また、活性酸素によって生じる不整脈の原因である膜電位のオシレーション(揺らぎ)も顕著に抑制された。更に、単離した心臓において活性酸素による心拍出量の低下を顕著に改善した。この様な効果は、心疾患において増悪因子といわれる活性酸素の作用を消去若しくは改善するものであり、不整脈をはじめとする種々の心疾患においても改善効果を有することが考えられる。
【0030】
また心筋虚血において、本発明の提供する骨格筋型乳酸脱水素酵素がターゲットとする分子や細胞内情報伝達系を明らかにし、これらに作用する別の分子(化合物)を探索することによって、これまでに知られていない新規の心疾患治療薬をスクリーニングすることも可能となる。
【0031】
更に、心臓虚血になった患者さんにおいて、骨格筋型乳酸脱水素酵素は、虚血初期に血液中への放出が観察され、虚血終了とともに急速に低下した。こうした結果から、骨格筋型乳酸脱水素酵素は、虚血性心疾患のマーカーとして検査に用いることができることを示しており、この方法に供するための検査キットもまた開発可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
本発明者らは、骨格筋型乳酸脱水素酵素(以下「M‐LDH」という)が細胞外から心臓に直接作用することによって、様々な心疾患を抑制することを見出した。以下において、本発明を実施するための最良の形態を記述する。
【0033】
本発明の第1の態様では、心疾患治療薬として新規活性を有するM‐LDH及びM-LDHを利用した心疾患治療薬のスクリーニング方法並びに骨格筋型乳酸脱水素酵素の血中濃度を測定することを特徴とする心筋虚血の検査方法が提示される。M-LDHは嫌気解糖系に働く酵素としては公知の酵素であるが、本発明は、M-LDHが心疾患の治療薬として新たな効果を持つことを発見したものであり、この効果を利用した心疾患治療薬及び心疾患治療薬のスクリーニング方法、並びに虚血心筋において血中M-LDH濃度が短時間の間に急上昇する現象を利用した心筋虚血の検査方法が提示される。
【0034】
本発明の第2の態様では、M-LDHを有効成分とし、心疾患に効果のあることを特徴とする薬剤組成物が提示される。本発明を利用した薬剤においては、その形態、M-LDHの濃度などは対象となる疾患に応じて調整すればよく、何ら本発明を限定するものではないが、濃度に関しては後に実施例で述べる通り、培養心筋細胞に対して25nMから2.5μMの範囲内、好ましくは250nMから2.5μMの範囲内が1つの目安となるものである。また薬剤の投与の形態に関しては、虚血性心疾患が心臓手術中等に起こることに鑑み、例えば適当な緩衝液にM-LDHを溶解して注射薬等として用いることが考えられる。
【0035】
本発明の第2の態様において、第3から第5の態様に述べられている通り、対象となる心疾患は虚血性心疾患、詳しくは、心筋の細胞死を伴うものが適しており、更に詳しくは、労作狭心症、安静狭心症、前壁心筋梗塞、側壁心筋梗塞、下壁心筋梗塞、急性心不全、慢性心不全、虚血による重症の不整脈、のうち少なくとも1種類から選ばれる疾患に対して有効であると考えられる。それぞれの疾患に対しては、M-LDHの濃度や投与形態を最適化することが望ましい。
【0036】
本発明の第6の態様では、M-LDHを有効成分とし、心疾患に対して効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記効果が、心筋細胞の細胞死の抑制であることを特徴とする、薬剤組成物が提示される。心疾患の原因は様々であるが、本発明が提示する薬剤は特に、心筋細胞の細胞死を伴った心疾患に対して効果を持つことが提示される。
【0037】
本発明の第6の態様における効果とは、第7から第9の態様に述べられている通り、詳しくは心筋に対する活性酸素の作用を除去するものであり、活性酸素の作用を更に詳しく述べれば、(a)心筋細胞内への過剰なカルシウムイオンの流入、(b)心筋細胞膜における膜電位のオシレーション、(c)心拍出量の低下、の3点である。本発明のM-LDHは上記作用のいずれも顕著に抑制したため、これらの症状を伴う疾患に本発明の提示する薬剤は有効であると考えられる。
【0038】
本発明の第10、第11の態様では、M-LDHを有効成分とし、心疾患に効果のあることを特徴とする薬剤組成物であって、前記成分がM-LDHの全アミノ酸配列または一部が置換されたアミノ酸配列もしくは部分アミノ酸配列を含むことを特徴とする薬剤組成物が提示される。本薬剤組成物におけるM-LDHは、その全アミノ酸配列を含むことが現時点では最も確実で望ましいが、嫌気解糖系酵素としてではなく心疾患治療薬として、そのアミノ酸の一部を置換したものもまた本発明の延長線上にあるものであり、更には心疾患治療薬として有効なアミノ酸配列をM-LDHの分解またはペプチド合成によって得たものもまた、本発明に含まれるべきものである。これらのペプチドの候補としては、M-LDHの酵素活性中心などが例として考えられる。
【0039】
本発明の第12から第14の態様では、M-LDHの心疾患への効果を利用することを特徴とする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法が提示される。スクリーニングのターゲットとしては、心機能収縮改善効果または心筋細胞の生存維持の改善効果が挙げられ、好ましくは、M-LDHが刺激する心筋細胞の細胞内情報伝達系を見出し、これをM-LDHと同様に活性化する物質を探索するという方法が考えられる。現在は本発明者らによって、M-LDHの心疾患に対する効果が明らかになった段階であるが、その機構が明らかになれば、M-LDHと同様の機構によって心疾患の治療に効果を持つ物質をスクリーニングすることが可能になると考えられる。
【0040】
本発明の第15から第18の態様では、M-LDHの血液中濃度を測定することを特徴とする、心筋虚血の検査方法が提示される。本発明者らによって、M-LDHは虚血初期において放出されその血液中濃度が急上昇し、その濃度は後に緩やかに下降することが明らかとなった。この上昇はおよそ虚血後30分からはじまり、24時間後以降に下降する。この濃度変化を測定する方法や、該方法に用いられるキットなどが提示され、例えば、患者さんから採取した血液に添加することで血中のM-LDH濃度を可視化する試薬であって、M-LDHを特異的に認識する抗体などの分子を含むもの(発光、発色等)や、患者さんから採取した血液を滴下して、化学反応により血中のM-LDH濃度を速やかに可視化する試験紙などの形態が考えられる。
【0041】
本発明におけるM-LDHは、その由来を特に限定するものではないが、ヒト体内に直接作用させるという事情から、また、患者さんに対する心理的影響を考えても、ヒト由来のM-LDHであることが当面は望ましい。第19の態様は、治療薬として提示された第2から第11の態様のいずれかにおいて、M-LDHをヒト由来のM-LDHに限定したものである。
【実施例1】
【0042】
以下に本発明の実施例を述べる。心筋由来の培養細胞を大量に培養し、これらの細胞に虚血再灌流刺激を行った。細胞培養上清20リットルを乳酸アンモニウムで濃縮した後、ヘパリン及び陰イオン交換カラムで分離した。細胞生存活性は血清除去後、細胞に各分画の溶液を添加し、一定時間経過後の細胞数で測定した。また、タンパク質量を280nmの吸光光度計で吸光測定した。心臓から放出された生存因子を精製するために、虚血再灌流にさらされた培養心筋細胞の上清をヘパリン硫酸カラムに適用した。図1Aに示すように、ヘパリンアフィニティカラムに結合したタンパク質を、塩濃度上昇により放出させた。次にカラムから放出したタンパク質を虚血再灌流刺激後の細胞に与え、細胞数をモニターすることで生存活性を測定した。この結果、細胞死を阻害する生存活性が2つのピークから検出された。より強い生存活性を示したピークのタンパク質分画をイオン交換カラムにかけ、塩濃度上昇によりカラムから分離させた。分離したフラクションのうちピークA1分画が、生存活性とタンパク質溶出活性の両方で一致した。そこで、このタンパク質を電気泳動で分離した結果、36kDaの分子量があることがわかった(図1)。
【実施例2】
【0043】
実施例1で得られた36kDaのタンパク質をトリプシンで消化し、カラムで精製した後、タンパク質フラグメントを飛行時間型質量分析計で解析し、そのデータをペプチドマスフィンガープリンティング検索で同定した。各フラグメントの質量数は、マウスM-LDHの計算上の質量と完全に一致した。更にM-LDHの計算上の分子量にある36.367は電気泳動で分離した分子量とほぼ一致していた(表1)。また、M-LDHに対する抗体はこの36kDaタンパク質と強く反応した。この結果から、36kDaタンパク質はM-LDHであると結論づけた(図2)。また、NCBIデータベースに登録されているヒトLDH(NP005557:lactate dehydrogenase A[Homo sapiens])と本発明で得られた部分アミノ酸配列との比較を、配列1で示した。
【表1】
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【実施例3】
【0044】
実施例1において、虚血再灌流中に培養心筋細胞から放出された成分が、M-LDHであることを確認するため、細胞の培養上清をM-LDHに対する抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。M-LDHは虚血2時間後、再灌流24時間で細胞外に顕著に放出されていた。しかし、M-LDHと同様に細胞質に存在しているグルコース3リン酸脱水素酵素やピルビン酸フルクトースキナーゼは、虚血再灌流によっても細胞外に放出されなかった。これらの結果は、M-LDHが虚血再灌流によって、特異的に細胞外に放出されることを示唆している。M-LDHは、血清除去によって誘導された細胞死を、濃度依存的に阻害した。
【0045】
一方、心筋虚血再灌流中には、過酸化水素などの活性酸素が発生する。これらの活性酸素は心筋細胞に対する増悪因子となっている。そこで、M-LDH存在/非存在下における、心筋細胞に対する過酸化水素の影響を検討した。その結果、M-LDH非存在条件下では、40μM過酸化水素の添加により、20分後には心筋細胞が正常な棒状から球形へと変形した。このとき心筋細胞は、電気刺激に対する収縮能力を完全に消失していた。この球形に変形した心筋細胞は、刺激60分後には細胞死のマーカーであるアネキシンとの反応性が観察された。しかしながら、M-LDHで前処理を行った細胞では、過酸化水素添加後における細胞の球形化が明らかに少なく、多くの細胞で電気刺激に対する収縮性が観察された。この結果は、M-LDHが酸化ストレスから心筋細胞を保護していることを示している(図3)。
【実施例4】
【0046】
M‐LDHの生存活性メカニズムを検討するため、心筋細胞における細胞内カルシウム濃度の応答を検討した。心臓は収縮のため、細胞内のカルシウム濃度が定期的に上昇している。しかし、活性酸素などによる酸化ストレスは心筋細胞に過剰なカルシウム流入を引き起こし、これに応答して過剰な収縮がおこる。この過剰な収縮が、心臓に悪影響を及ぼしていると考えられている。活性酸素にさらされた培養胎児心筋細胞では、刺激後4分以内に急速な細胞内カルシウム濃度の上昇が認められ、その後40分までの間緩やかなカルシウム濃度上昇が観察された。M-LDHで培養心筋細胞を前処理しておくと、処理後20分までの間、過酸化水素による細胞内カルシウム濃度の上昇はほぼ抑制された(図4)。
【0047】
次に、成人心筋細胞におけるM-LDHのカルシウム濃度応答について検討した。コントロール条件下では、0.5Hzの電気刺激に応答して、一定周期のカルシウム濃度上昇が検出され、正常な収縮と弛緩を示した。40μM過酸化水素による刺激により、20分後に不規則なカルシウム濃度上昇が認められ、細胞の形は球形に変化した。処理後30分で、典型的な細胞死の形態を示した。一方、M-LDHで前処理を行った細胞は、刺激後20分においても規則正しいカルシウム濃度上昇を示し、同時に収縮弛緩が観察された。これらの結果は、M-LDHが成人の心筋細胞に対して、活性酸素による心筋細胞の機能障害を減少させる「細胞保護因子」であることを強く示唆している(図5)。
【実施例5】
【0048】
細胞内カルシウム濃度の過剰な上昇は、Long QT syndromeを引き起こし、心臓瀕脈や不整脈の原因となる細胞膜のオシレーションに関与していると考えられている。そこで、M-LDH存在/非存在下で、過酸化水素処理を行った心筋細胞の膜電位を観察した。M-LDH非存在下において、過酸化水素は刺激後6分以内に心筋細胞の膜オシレーションを誘導した。オシレーションの頻度と強さはそれぞれ刺激後10分まで増加した。一方M-LDHの存在は過酸化水素による膜オシレーションの発生を明らかに抑制した(図6)。過酸化水素は心筋細胞の膜電位の時間を延長させるが、M-LDHは膜電位の延長には影響を及ぼさなかった。M-LDHによる膜電位オシレーション抑制能力は、濃度に応じて若干減少する傾向にあった(図7)。
【0049】
この現象におけるM-LDHの作用機序を検討するため、細胞内のチロシンリン酸化を観察した。M-LDH添加後、5分以内に45kDaタンパク質のリン酸化が観察された。刺激後15分の時点で、高分子の150kDa及び80kDaタンパク質のチロシンリン酸化が認められた。これらの結果は、M-LDHがチロシンリン酸化を介して細胞内シグナル伝達経路を活性化していることを示唆している。細胞生存因子としてこれまでに報告されているERKやAktは、少なくとも15分の時点でのリン酸化は認められなかった(図8)。
【実施例6】
【0050】
次に、単離した心臓を用いてM-LDHの影響を検討した。単離心臓では、過酸化水素は心拍数を変化させることなく心臓の拍出量を顕著に減少させた。M-LDHは、この心拍出量の減少を有意に抑制し、心臓の機能を回復させることが明らかになった。過酸化水素処理を行った心臓でも、M-LDHの存在下ではコントロールとほぼ同等の心拍出量が観察された(図9)。
【実施例7】
【0051】
ヒトにおける心臓手術中に、人工心肺を用いることで虚血にさらされた患者さんの、血液中へのM-LDH放出を観察した。血清中には、乳酸脱水素酵素(以下「LDH」という)のトータルの活性は手術後30分の時点で観察され、この酵素活性は72時間持続した(図10)。次にLDHの2つのアイソフォームであるM-LDHと心筋型乳酸脱水素酵素(以下「H‐LDH」という)のそれぞれの酵素活性を検討した。人工心肺を用いずに心臓手術を行った患者さんでは、M-LDHは手術後どの時点においてもほとんど検出されなかった。しかし、H‐LDHは手術後30分の時点で酵素活性の上昇が観察され、この活性は72時間持続した。一方、人工心肺を用いることによって虚血にさらされた心臓では、M-LDHが顕著な上昇を示し、虚血終了後、その活性は急速に低下した。反対にH‐LDHは、虚血によって血清中に放出され、虚血終了後も放出は持続した(図11)。これらの結果は、M-LDHが虚血に特異的に応答し、心筋細胞に対して何らかの重要な役割を果たしていることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、心臓虚血後に発生する不整脈をはじめとする心疾患に、心臓(心筋細胞)自身から放出されるM-LDHが虚血性心疾患の発生を抑制する効果があることが明らかとなった。また、M-LDHの血液中における酵素活性を測定することで、心筋虚血の把握も可能となった。更に、M-LDHの放出量が少ない患者さんにおいてM-LDHを補充投与することは、心筋虚血後の不整脈を抑制することを可能とする。加えて、M-LDHのアミノ酸配列の全部または一部を用い、不整脈を抑制することが可能となるかもしれない。また、M-LDHが刺激する細胞内情報伝達系を活性化する、高分子(タンパク質、多糖など)或いは低分子の物質は、不整脈をはじめとする心疾患の治療薬として期待されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】心筋培養細胞に虚血再灌流刺激を与え、その培養上清を回収しカラムクロマトグラフィーによって分離を行った。
【図2】心筋培養細胞に虚血再灌流刺激を与え、その培養上清に放出された骨格筋型乳酸脱水素酵素の量をウェスタンブロット法で定量した。
【図3】成人型心筋細胞に過酸化水素による酸化ストレスを与えた結果、引き起こされた形態学的変化を示す。骨格筋型乳酸脱水素酵素は、成人型心筋細胞が酸化ストレスによって球状に変形するのを抑制した。
【図4】心筋培養細胞に過酸化水素による酸化ストレスを与えた結果、引き起こされた過剰な細胞外カルシウムの流入を示す。骨格筋型乳酸脱水素酵素は、この過剰な細胞外カルシウムの流入を顕著に抑制した。
【図5】成人型心筋細胞に過酸化水素による酸化ストレスを与えた結果、引き起こされる不規則なカルシウムの流入を示す。骨格筋型乳酸脱水素酵素は、この酸化ストレスを与えた後も規則正しいカルシウムの流入を維持した。
【図6】成人型心筋細胞に過酸化水素による酸化ストレスを与えた結果、引き起こされる膜電位の異常なオシレーションを示す。骨格筋型脱水素酵素は酸化ストレスを与えた後に発生する膜電位の異常なオシレーションも顕著に抑制した。
【図7】成人型心筋細胞に過酸化水素による酸化ストレスを与えた結果、引き起こされる膜電位の異常なオシレーションを測定した。ここでは骨格筋型乳酸脱水素酵素の濃度依存性を測定した。骨格筋型乳酸脱水素酵素の量は、一定量以上増加すると膜電位を増悪する効果を持つことも示す。
【図8】心筋培養細胞に骨格筋型乳酸脱水素酵素を投与した際の、細胞内の情報伝達経路を検討した。骨格筋型乳酸脱水素酵素を投与すると細胞内でチロシンリン酸化酵素が活性化され、分子量150kDaと110kDaのタンパク質及び低分子のタンパク質のチロシンリン酸化が引き起こされた。
【図9】マウスから単離した心臓に過酸化水素による酸化ストレスを与えた結果引き起こされる心臓の拍出量の変化を測定した。過酸化水素により心臓の拍出量は顕著に低下するが、骨格筋型乳酸脱水素酵素はこの拍出量の低下を抑制した。
【図10】心臓手術中に人工心肺によって心筋虚血になった患者と人工心肺を用いない手術を受けた患者を比較した。人工心肺を用いた心筋虚血の患者ではすべて、トータルの乳酸脱水素酵素活性が上昇している。
【図11】心臓手術中に人工心肺によって心筋虚血になった患者と、人工心肺を用いない手術の結果を比較した。この際、血液中に放出された乳酸脱水素酵素の各アイソザイムの酵素活性を測定している。骨格筋型乳酸脱水素酵素は心筋虚血になると急速に血液中に放出され、虚血終了後急速に減少している。一方、心筋方乳酸脱水素酵素は虚血時に増加しているが、虚血終了後もこの上昇は持続している。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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