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明細書 :底質改善材およびそれを用いる底質改善方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4945742号 (P4945742)
公開番号 特開2006-068732 (P2006-068732A)
登録日 平成24年3月16日(2012.3.16)
発行日 平成24年6月6日(2012.6.6)
公開日 平成18年3月16日(2006.3.16)
発明の名称または考案の名称 底質改善材およびそれを用いる底質改善方法
国際特許分類 C02F   3/32        (2006.01)
C02F   3/00        (2006.01)
C02F   3/10        (2006.01)
C02F  11/02        (2006.01)
A01K  61/00        (2006.01)
FI C02F 3/32
C02F 3/00 G
C02F 3/00 D
C02F 3/10 A
C02F 11/02
A01K 61/00 Z
請求項の数または発明の数 2
全頁数 25
出願番号 特願2005-228682 (P2005-228682)
出願日 平成17年8月5日(2005.8.5)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 平成16年3月31日 財団法人広島県環境保健協会発行の「微細藻を用いた瀬戸内海の生態学的低質改善に関する研究報告書(その3)」に発表
優先権出願番号 2004231595
優先日 平成16年8月6日(2004.8.6)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成20年3月27日(2008.3.27)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
発明者または考案者 【氏名】山本 民次
個別代理人の代理人 【識別番号】110000338、【氏名又は名称】特許業務法人原謙三国際特許事務所
審査官 【審査官】伊藤 紀史
参考文献・文献 特開2004-024204(JP,A)
特開2002-281848(JP,A)
特開平02-097344(JP,A)
特開2003-181485(JP,A)
特開2001-314882(JP,A)
特開2000-157095(JP,A)
特開2003-134958(JP,A)
特開2003-053379(JP,A)
特開平10-094341(JP,A)
特開平10-313729(JP,A)
特開2000-078938(JP,A)
特開2001-252694(JP,A)
特開2002-238401(JP,A)
特開2003-158946(JP,A)
特開2004-000104(JP,A)
特開昭55-071429(JP,A)
特開昭55-096040(JP,A)
特開平09-298974(JP,A)
特開2004-236545(JP,A)
特開2004-236546(JP,A)
特開2005-095092(JP,A)
特開2005-177646(JP,A)
特開2006-326526(JP,A)
特開2002-272310(JP,A)
調査した分野 C02F 3/32
A01K 61/00
C02F 3/00
C02F 11/02
特許請求の範囲 【請求項1】
水域に散布して当該水域の還元的な底質を酸化的に変える底質改善材であって、
製鋼スラグに付着性の珪藻を付着させてなる珪藻付着スラグを含有し、
上記珪藻はシスト化しており、
上記珪藻付着スラグと珪藻が付着していない製鋼スラグとの混合物であることを特徴とする底質改善材。
【請求項2】
水域の還元的な底質を酸化的に変える底質改善方法であって、
請求項1に記載の底質改善材を水域に散布して、底質上に到達させる工程を含むことを特徴とする底質改善方法
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、水域環境改善材およびそれを用いる環境改善方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、水域の底質改善に関しては、主として覆砂や浚渫等の土木的手法が行われてきたが、これらの土木的手法はいずれも対症療法的であり、効果の持続性は望めなかった。また、覆砂をするための砂の採取は他所の環境破壊につながり、浚渫土の持って行き場所が新たな問題を生んでいた。
【0003】
微生物混合群集を有機汚泥の改良材として用いる試みも一部にある。よく知られているものに「EM菌」というものがあるが、構成生物種が明確でない上、海域では効果がないことが明らかにされ、例えば広島県では使用しないことを発表している。
【0004】
鉄鋼スラグを覆砂材として用いる試みは既にされており、エコサンドなどとして商品化されている。また、例えば特許文献1には、高炉水砕スラグを水底又は水浜に敷設することを特徴とする水中又は水浜の環境改善方法および高炉水砕スラグからなることを特徴とする水中又は水浜の環境改善用資材が記載されている。
【0005】
水域の環境問題には、富栄養化の進行に伴う藻類ブルーム(いわゆる赤潮)があり、これを抑制するためにリン(P)の削減が行われてきた。上記鉄鋼スラグを覆砂材として用いる場合も、鉄鋼スラグをリン吸着剤として利用していることが多い。ところが、最近ではリン負荷量の過剰な削減によって、逆に貧栄養化を招いている水域も見受けられるようになり、新たな問題となっている。
【0006】
この新たな問題に対して本願発明者らは、鉄鋼スラグがリン、ケイ素を含み、これらを水中に溶出させ、微細藻の増殖促進剤として利用可能であることを報告している(特許文献2および非特許文献1参照)。
【0007】
また、本願発明者らは、弱光下での増殖が有利に行われる底生微細藻の培養に成功したこと、当該底生微細藻はリン酸塩の取り込み速度が非常に大きいことを報告し(非特許文献2および非特許文献3参照)、底生微細藻を利用した底質環境改善の可能性を示唆している。

【特許文献1】特開2004-24204(平成16年1月29日公開)
【特許文献2】特開2003-134958(平成15年5月13日公開)
【非特許文献1】T. Yamamoto, M. Suzuki, S. J. Oh and O. Matsuda: Tetsu-to-Hagane, 89, 102-108,2003.
【非特許文献2】松田治、山本民次、皆川和明、有吉英治:微細藻を用いた瀬戸内海の生態学的底質改善に関する研究報告(その1)、財団法人広島県環境保健協会、2002年3月
【非特許文献3】松田治、山本民次、皆川和明、有吉英治:微細藻を用いた瀬戸内海の生態学的底質改善に関する研究報告(その2)、財団法人広島県環境保健協会、2003年3月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
内湾、内海、湖沼等の閉鎖系水域におけるリンの削減指導により、水質は大きく改善されたが、水底には多くの有機物が蓄積しており、これらの分解の進行は、貧酸素水塊の形成や硫化水素の発生など、水圏の底生生態系を崩壊させる原因となっている。リンやケイ素は窒素と異なり、水圏生態系では底質に蓄積される傾向にあり、水中に回帰する量が少ない。結局、リンのみの削減は、水圏の植物(藻類)の増殖にとって必要な窒素やケイ素とリンとの比率を大きく変化させ、新たな課題となっている。
【0009】
リン負荷量の急激な減少による水域の貧栄養化に対しては、上述のように、本願発明者らが、海中に鉄鋼スラグを添加してリンやケイ素を溶出させる方法を報告しているが、この方法では、スラグに含まれるCaOによって海水のpHが上昇するという問題が生じた。しかし、これをpHが酸性となっている有機底泥の改善に適用すれば、スラグは底質をアルカリ性に改善する改良剤となることが期待できる。さらに、底質の改善を通して上層の貧栄養な水質をも同時に改善することが可能となる。
【0010】
また、鉄鋼スラグから溶出するリンやケイ素が微細藻の栄養源として利用できるとしても、鉄鋼スラグを散布した水域に元々存在する微細藻の数が少なければ、大きな効果は期待できない。上記問題点については、例えば、培養した微細藻とスラグとを別々に散布することは可能であるが、水流等により流失することを防止することは困難である。
【0011】
そこで、微細藻をあらかじめスラグに付着させておけば、微細藻の流失を防止することができ、スラグ散布領域に多数の微細藻を存在させることが可能となるため、迅速な環境改善が期待できる。しかし、このような微細藻を付着させたスラグを水域の環境改善材として使用した事例は、過去に報告されていない。
【0012】
一方、鉄鋼スラグは、その一部が路盤剤やセメント材料として有効利用されているものの、産業廃棄物として処理に困っている部分も多い。循環型社会を目指す我が国としては、廃棄物として扱われていたものが環境浄化に利用できれば、まさに「循環型社会形成推進基本法」の精神にかなうものである。
【0013】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、リン負荷量の急激な減少により貧栄養化した水質と、依然として過去の富栄養化の影響で多量の有機物が蓄積している底質とのいずれをも簡便かつ効率良く改善することが可能な、水域環境改善材およびそれを用いる水域の環境改善方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、水中にリンやケイ素等の無機栄養塩を溶出させる鉄鋼スラグ(製鋼スラグ)に、これらの無機栄養塩を栄養源として増殖し、光合成を行って酸素を放出する珪藻を付着させることにより、貧栄養化した水質と多量の有機物を含む底質のいずれをも改善できる水域環境改善材を創作し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明に係る水域環境改善材は、水域に散布して当該水域の環境を改善する水域環境改善材であって、製鋼スラグに珪藻を付着させてなる珪藻付着スラグを含有することを特徴としている。
【0016】
上記構成によれば、製鋼スラグは珪藻の栄養源となるリンやケイ素等の無機栄養塩を溶出する。スラグに付着した珪藻は、これらの無機栄養塩が水中に溶け出す前にすばやく栄養源として取り込み、増殖が促進され、光合成活性が向上する。光合成により放出される酸素により底質および水質が改善される。また、珪藻はスラグに付着しているため、流失することなく多数の珪藻を一定領域にスラグとともに散布することができる。
【0017】
また、本発明に係る水域環境改善材は、上記珪藻付着スラグと珪藻が付着していない製鋼スラグとの混合物であってもよい。珪藻の付着していない製鋼スラグも珪藻の栄養源となるリンやケイ素等の無機栄養塩を溶出するので、当該水域にもともと生息している珪藻の増殖および光合成活性を向上させることができる。
【0018】
さらに、上記珪藻はシスト化していることが好ましい。シスト化することで水分が少なくても、あるいは無くても細胞を死活させず、ある程度の期間の保存が可能となる。
【0019】
本発明に係る水域環境改善方法は、上記本発明にかかる水域環境改善材を水域に散布することを特徴としている。上記水域環境改善材が底泥上に到達し、製鋼スラグから溶出する無機栄養塩を栄養源として珪藻の増殖および光合成活性が向上することにより、珪藻から放出される酸素が増加する。これにより、還元的な底質が酸化的となる。また、水質中の貧酸素水塊が解消する。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る水質環境改善材は、製鋼スラグに珪藻を付着させてなる珪藻付着スラグを含有するものである。それゆえ、付着した珪藻は、製鋼スラグに含有される無機栄養塩が水中に溶け出る前にすばやく栄養源として取り込むことができるという効果を奏する。無機栄養塩を取り込んだ珪藻は増殖が促進され、光合成活性が上昇するので、珪藻から放出される酸素量が増加し、水域の底質および水質の環境が改善されるという効果を奏する。また、付着性珪藻を用いることにより、散布後の珪藻の流失が非常に少ないので、対象海域の状況に応じ、あらかじめ必要と思われる細胞数の珪藻を付着させた上で一定領域に散布することができる。
【0021】
また、廃棄物として扱われているスラグを環境浄化に利用でき、循環型社会の形成に貢献できるという効果を奏する。
【0022】
したがって、本発明に係る水域環境改善材を用いれば、新たな環境問題を引き起こすことなく、有機汚濁が進んだ底質とその周囲の水質を簡便かつ効率良く改善できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0024】
1.水域環境改善材
本発明に係る水域環境改善材(以下、「本環境改善材」とも称する。)は、製鋼スラグに珪藻を付着させてなる珪藻付着スラグを含有するものであればよい。したがって、上記珪藻付着スラグ以外のものを含有するものであってもよい。なお、水域とは水質および底質(底泥)を含むものであり、また、海水域および淡水域のいずれをも含むものである。
【0025】
製鋼スラグは、鉄鋼製造工程において副産物として発生する鉄鋼スラグの一種であり、製鋼工程で生成される。鉄鋼スラグには上記製鋼スラグと高炉スラグ(水砕スラグ)があるが、高炉スラグはリンやケイ素等の無機栄養塩をほとんど溶出しないことが知られている。高炉スラグも水域の環境改善に用いられているが(例えば特許文献1参照)、汚濁した底泥に対して覆砂という形で撒かれており、本環境改善材の用途とは異なるものである。一方、製鋼スラグ(脱リンスラグ、脱ケイスラグ、脱炭スラグ等)はリンやケイ素等の無機栄養塩を溶出するため、本環境改善材に好適である。
【0026】
また、本環境改善材に用いる製鋼スラグは、発泡処理された多孔質スラグであることが好ましい。多孔質スラグを用いることにより、珪藻が付着可能な表面積が増大するため、珪藻の密度を容易に高めることができる。さらに、孔中に付着した珪藻は、表面に付着した珪藻と比較して剥離され難いという利点がある。
【0027】
製鋼スラグの粒径は特に限定されるものではないが、リンやケイ素の溶出速度は表面積に比例するので、即効性を考えると5mm以下のものが好ましく、3mm以下のものがより好ましく、1mm以下のものが特に好ましい。また、製鋼スラグの比重は、水底に沈殿するものであれば特に限定されるものではない。
【0028】
製鋼スラグはその組成や比重が様々である。また、組成が近いものでも溶出する成分や溶出速度が異なる場合もあるので、適切な散布量の範囲を規定することは困難である。したがって、本環境改善材の製造ロットごとに有用成分の溶出量や溶出速度を測定し、適切な散布量を規定することが好ましい。
【0029】
本環境改善材に用いる珪藻は、付着性の珪藻であれば特に限定されるものではない。なかでも、海底等の弱光下においても増殖能および光合成能(酸素供給能)が高い底生性の珪藻が好適である。
【0030】
珪藻は製鋼スラグから溶出するケイ素を利用して増殖する藻類であり、沿岸海域に普遍的に生息する優占藻類である(珪質鞭毛藻という分類群に属する藻類もいるが、非常にまれである)。また、珪藻は「海の牧草」と呼ばれているように、食物連鎖の上位への転換効率が高いため、水域の生産性を基礎から支えることができるので、珪藻が優占する状態が健全で好ましい生態系であると考えられている。
【0031】
珪藻の散布量は特に限定されるものではないが、発明者らは約2~3週間ごとに単位面積あたり0.5~2.9×10cells/cm2のNitzschia sp.を底泥上に散布したところ、底質の環境が改善されることを確認している(実施例1参照)。
【0032】
また、珪藻をシスト化することが好ましい。シストとは、休眠状態にある細胞(いわゆるタネ)を意味する。シストは水分が少なくても、あるいは無くてもある程度の期間死活しない。したがって、本環境改善材をある程度の期間、水分が少ない状態や乾燥状態で保存できるという利点がある。
【0033】
珪藻は種によって、温度や栄養塩濃度(とくに窒素)を変化させることによりシスト化することができる。(参考文献:Hargraves, P. E. and F.W. French (1983): Diatom resting spores:significance and strategies, In: Survival strategies of the algae, (ed. G. A. Fryxell), Cambridge Univ. Press, Cambridge. pp.49-68.)。
【0034】
上述のように、本発明に係る水域環境改善材は、製鋼スラグに珪藻を付着させてなる珪藻付着スラグ以外のものを含有するものであってもよい。珪藻付着スラグ以外に含有することが好ましいものとして、珪藻が付着していない製鋼スラグを挙げることができる。製鋼スラグは珪藻の付着の有無に関わらず、水中で無機栄養塩を溶出するので、珪藻が付着していない製鋼スラグは本環境改善材を構成するものとして好適である。また、珪藻を付着させた製鋼スラグからの有用成分の溶出量が少ない場合等に、溶出量の多い製鋼スラグを加えた混合物とすれば有用成分の溶出量を調整することも可能となる。
【0035】
また、珪藻またはそのシストを製鋼スラグにより強固に付着させるために、付着性の媒体を使用することも可能である。付着性の媒体としては、有害物質を溶出しないものであれば特に限定されるものではない。例えば、生分解性素材からなる接着剤や天然素材の接着剤等を挙げることができる。
【0036】
本発明に係る水域環境改善材は、例えば、製鋼スラグを敷いた水槽で付着性珪藻を増殖させることにより製造することができる。淡水産の珪藻を増殖させる場合には淡水を用い、海洋産の珪藻を増殖させる場合には海水を用いればよい。また、珪藻の増殖を促進する栄養成分を加えた珪藻用の培地を用いることが好ましい。珪藻が製鋼スラグに付着して増殖し、所望の細胞密度になったことを確認できれば、珪藻付着スラグを回収すればよい。
【0037】
珪藻をシスト化する場合は、上記製造方法の珪藻付着スラグを回収する前段階に、水槽内の窒素濃度を下げるか、場合によっては温度変化を与えるシスト化工程を設ければよい。シスト化珪藻付着スラグは、水槽から回収後に水切りあるいは乾燥処理を施し、低水分含有タイプまたは乾燥タイプの水質環境改善材とすることもできる。
【0038】
また、付着性の媒体を介して珪藻またはシストを製鋼スラグに付着させる場合には、あらかじめ製鋼スラグに付着性媒体をコーティングする工程を設ければよい。
【0039】
なお、シスト化珪藻付着スラグの場合には、珪藻のみを大量培養し、それをシスト化した後に、付着性媒体をコーティングした製鋼スラグに付着させる方法で製造することも可能である。
【0040】
2.水域環境改善方法
本発明に係る水域環境改善方法は、上記本発明に係る水域環境改善材を水域に散布するものであればよい。水域への散布とは、水上または水中から当該水域環境改善材を投入する方法を基本とするが、潜水して水底の底泥上に当該水域環境改善材を散布する方法でもよい。散布量、散布頻度は特に限定されるものではないが、定期的に散布水域の底質および水質の環境を調査し、適宜散布量、散布頻度を調整することが好ましい。
【0041】
底質に多量の有機物が蓄積されている内湾、内海、湖沼等の閉鎖性水域に本水域環境改善方法を適用すれば、当該水域の環境を改善することができると考えられる。特にリン負荷量の急激な減少により水質が貧栄養化しているが、依然として過去の富栄養化の影響で底質に多量の有機物が蓄積している水域に本方法を適用することが最も効果的である。
【0042】
本発明に係る水域環境改善方法の概略を図1に示した。以下に図1に従って、本発明に係る水域環境改善方法を説明する。なお、水域とは水質および底質(底泥)を含むものであり、また、海水域および淡水域のいずれをも含むものである。
【0043】
まず、上記本発明に係る水域環境改善材を水域に散布すると当該環境改善材は底泥上に到達する。底泥上で製鋼スラグから無機栄養塩が溶出する。スラグ粒子の沈降中にも無機栄養塩が溶出するが、浅い水域では沈降時間は一瞬であるので、水中に対する大きな栄養塩負荷にはならない。図1に示したように、製鋼スラグから溶出する無機栄養塩としては、主にSiO3-、PO3-であり、これらは珪藻の栄養素となる無機塩であるが、上記SiO3-、PO3-に限定されるものではない。製鋼スラグに付着した珪藻は、上記無機栄養塩が環境水中に溶け出る前にすばやく取り込んで増殖が促進され、光合成活性が上昇する。光合成活性が上昇すると、珪藻から放出される酸素量が増加する。
【0044】
珪藻が放出した酸素のうち水中に供給された酸素は、底泥に蓄積された有機物の分解に起因する貧酸素水塊を解消させ、水質の環境を改善する。一方、底泥中に供給された酸素は、還元的な底泥を酸化的に変え、底質(底泥)の環境を改善する。
【0045】
上記底泥中に供給された酸素が還元的な底泥を酸化的に変えることにより、底泥中の好気性細菌の有機物分解活性が上昇する。これにより、有機態のリンは無機化されリン酸塩PO3-となり、底泥中から水中に溶出することで、散布した珪藻やもともと底泥上や水中に生息していた珪藻に取り込まれる。また、底泥有機物中に含まれていた有機態窒素は無機化されアンモニウムイオンNHとなり、これが酸素存在下でさらに硝化されて硝酸NOや脱窒されてガス態窒素Nとなって水中に溶出あるいは放出される。このアンモニウムイオンNHや硝酸イオンNOもまた珪藻の窒素源として利用される。
【0046】
すなわち、本発明に係る水質環境改善方法によると、珪藻が放出する酸素によって、底泥中の有機物は珪藻が利用可能な無機塩となる。珪藻は、製鋼スラグから溶出する無機栄養塩のみでなく、底泥の有機物由来の栄養塩をも利用できることになり、増殖および光合成活性がさらに上昇して酸素供給量が増加するという循環が形成される。したがって、水質および底質の環境改善効果は一時的に促進されるだけでなく、ある程度長期間維持される。
【0047】
また、製鋼スラグには酸化カルシウム(CaO)が含まれており、この酸化カルシウムが溶出することにより以下の反応が進む。
CaO+HO→Ca(OH)→Ca2++2OH
上記式のCa(OH)は不安定であるので、反応は速やかに右に進みpHが上昇する。この反応の進行により、酸性の底泥をアルカリ性に改善する。海水のpHは通常8.0~8.3くらいの弱アルカリであり、海水中では炭酸平衡という反応がpHを支配しているので、上記の反応が海水のpHを極端に上昇させることはない。
【0048】
また、製鋼スラグには鉄が含まれている。鉄は水中に溶出すると大部分は水酸化鉄(Fe(OH))になる。さらに、水酸化鉄はリン酸鉄(FePO、Fe(PO)となる。リン酸鉄(Fe(PO)は還元的な底泥中に多く存在する硫化水素(HS)と反応して硫化鉄(FeS)となるとともにリン酸塩(PO3-)を放出する。このリン酸塩もまた、珪藻の無機栄養塩として利用され、上記により形成された循環に組み込まれる。
【0049】
本発明に係る水域環境改善方法において、珪藻(底生性付着珪藻)が増殖する際には水中の二酸化炭素を吸収する。水中の二酸化炭素分圧の減少は温暖化で問題となっている大気中の二酸化炭素分圧の減少につながるので、この点においても本発明は地球環境の改善に貢献する。なお、浮遊性微細藻を用いたスラグ添加による二酸化炭素の吸収技術については特許文献2に述べられている。
【0050】
底生性付着珪藻などの底生性微細藻の増加はそれ自体が有機物の増加を意味するが、当該微細藻からの酸素の放出によって底泥や底泥近傍の水質が酸化的になることで底生性動物(ゴカイなど)の生息環境が保全され、これらが増えた微細藻を摂食すると考えられる。増えた底生性動物は魚類に食べられるので、結局、底泥の有機物は正味の量として減少することになる。これらのプロセスは図1には示していないが、生態学的には当然の帰結である。
【0051】
すでに述べたように、本願発明者らは、底生微細藻(底生性付着珪藻)の培養に成功し、当該底生微細藻はリン酸塩の取り込み速度が非常に大きいことを見出している(非特許文献2および非特許文献3参照)。したがって、スラグから溶出する栄養塩や底質の有機物が分解されて生じる栄養塩の多くは散布した底生性付着珪藻あるいはもともとそこに生息する底生性珪藻が吸収すると思われる。しかしながら、一部は水中に溶出すると考えられ、これによって水質の富栄養化を促進することが危惧されるので、適正な量を散布することが重要であり、決して多量に散布すれば良いわけではない。また、先にも述べたように、本発明に係る水域環境改善方法は水中のリンの濃度が低くバランスを欠いた水域に対してより効果的である。
【0052】
なお、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様および以下の実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神および添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【0053】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0054】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0055】
また、以下の全ての実施例には、海田湾から採取したNitzschia sp.を用いた(山本民次・呉 碩津・後藤郁恵:底生微細藻Nitzschia sp.の増殖に及ぼす水温,塩分及び光強度の影響.藻類,52, 5-11(2004)参照)。
【0056】
〔実施例1:底泥への底生微細藻の散布による海域環境改善の検討〕
(1)底生微細藻の種類および培養方法
珪藻類に属する底生微細藻であるNitzschia sp.を用いた。培養には改変f/2培地(Guillard and Rhyther, 1963; Guillard, 1975参照、以下、単に「f/2培地」と呼ぶ。)を使用した。水温、塩分、光強度は各々15℃、25psu、50μmole/m2/sec とし、明暗周期は12L:12D(6~18時明期)とした。Nitzschia sp.は付着基質が存在するほうがよく増殖するため、培養装置内にガラスビーズ(井上盛栄堂、BZ-01、0.1 mm径)を入れ、これに付着させて培養した。なお、改変f/2培地の組成を表1に示した。
【0057】
【表1】
JP0004945742B2_000002t.gif

【0058】
(2)散布海域および散布方法
瀬戸内海の中で最も底質の汚濁が進んだ閉鎖性海域の一つとして海田湾を選定し、試験海域とした。試験海域において底層環境が類似した2箇所を選定し、散布区と対照区を設けた。これらの試験区はそれぞれ1区画3m×3mとした。散布区には実験室で培養したNitzschia sp.を散布し、対照区には何も施さなかった。培養したNitzschia sp.を所定量入れた散布用容器を潜水士が試験海域の海底に持ち入り、散布区の海底表面にガラスビーズごと均等に散布した。
【0059】
Nitzschia sp.の散布量と散布面積を表2に示した。設定した3m×3mの区画を1m×1mの小区画に区分し、毎回異なる小区画から分析用底泥試料を採取した。散布対照面積は、底泥試料を採取せずに残した小区画にNitzschia sp.を散布したので、毎回狭くなった。なお、11月21日はNitzschia sp.の培養が不十分であったため、散布を行わなかった。
【0060】
【表2】
JP0004945742B2_000003t.gif

【0061】
(3)試料の採取
試料の採取は、平成15年8月20日、9月9日、9月30日、10月16日、11月7日、11月21日、12月16日および平成16年1月20日の合計8回行った。
【0062】
底質は、潜水士がエクマン・バージ型採泥器(0.04m)を用いて、底泥試料の堆積物の層状構造を破壊しないように採取し、表層から2cmまでを分析試料とした。
【0063】
底泥中の間隙水は、潜水士が柱状のアクリルパイプにて底泥を採取し、0cm~1cm、1cm~2cm、2cm~3cmの3層を分取した。これを遠心分離し、間隙水を抽出した。
【0064】
(4)分析項目および分析方法
分析項目および分析方法を表3に示した。
【0065】
【表3】
JP0004945742B2_000004t.gif

【0066】
(5)底質の調査結果
1.酸化還元電位
結果を図2に示した。図2から明らかなように、9月9日から12月16日の期間、散布区および対照区ともに概ね-130mV~-120mVの値を示し、試験区内の底泥は還元状態にあることを示していた。調査最終日の1月20日には、分析値が対照区で0mV、散布区では+175mVとなり、試験区内の底泥は還元状態が改善され、酸化状態になっていた。なお、8月20日は計器故障のため欠測となった。
【0067】
2.強熱減量
結果を図3に示した。図3から明らかなように、散布区で6.4%~10.1%、対照区で10.1%~10.8%の範囲にあった。散布区では11月21日まで概ね横ばいで推移していたが、12月16日以降は減少に転じ、12月16日には8.4%、1月20日には6.4%とさらに低い値になった。一方、対照区では調査対象日まで概ね横ばいで推移し、ほとんど変化がみられなかった。
【0068】
3.化学的酸素要求量(COD)
結果を図4に示した。図4から明らかなように、調査開始直後に散布区が26.4mg/g、対照区が21.5mg/gであったが、以降両試験区ともに上昇し、10月16日に35mg/g前後の高値となり、この状態が11月21日まで続き、12月16日からは減少に転じた。なお、10月16日以降は、散布区のほうが対照区に比べ2.4mg/g~7.5mg/g程度低くなり、水産用水基準(20mg/g以下)に近づいた。
【0069】
4.硫化物
結果を図5に示した。図5から明らかなように、調査開始直後に散布区が1.32mg/g、対照区が1.14mg/gであったが、以降上昇し、10月16日に散布区が1.71mg/g、対照区が1.94mg/gと高い値になった。その後減少に転じ、1月20日には散布区が0.30mg/g、対照区が0.35mg/gとなり、水産用水基準でいう正常な海底泥の値(0.2mg/g以下)に近づいた。なお、10月16日以降は、散布区のほうが対照区に比べ0.05mg/g~0.68mg/g低かった。
【0070】
5.酸揮発性硫化物(AVS-S)
結果を図6に示した。図6から明らかなように、10月16日まで散布区、対照区ともに0.8mg/g~1.0mg/gであった。11月以降は試験区ごとに異なる状況を示した。対照区では12月16日まで概ね横ばいで推移し、1月20日に急激に低下して0.30mg/gとなった。一方、散布区では徐々に減少し、1月20日には0.29mg/gとなった。このため、11月7日以降は、1月20日を除き、散布区のほうが対照区に比べ、0.12mg/g~0.40mg/g程度低かった。
【0071】
6.全窒素
結果を図7に示した。図7から明らかなように、散布区では1,800mg/kg~2,900mg/kgの範囲にあり、対照区では2,600mg/kg~3,200mg/kgの範囲にあった。散布区では徐々に低下し、12月16日には2,210mg/kg、1月20日には1,770mg/kgとさらに低い値になった。一方、対照区では12月16日まで概ね横ばいで推移し、1月20日に2,580mg/kgとやや低下するに留まった。このため、12月16日以降は、散布区のほうが対照区に比べ、620mg/kg~810mg/kg低くなった。
【0072】
7.アンモニア態窒素(NH-N)
結果を図8に示した。図8から明らかなように、散布区では10mg/kg~40mg/kgの範囲にあり、対照区では10mg/kg~50mg/kgの範囲にあった。特定の傾向はみられなかった。
【0073】
8.有機態窒素(O-N)
結果を図9に示した。図9から明らかなように、散布区では1,700mg/kg~2,900mg/kgの範囲にあり、対照区では2,600mg/kg~3,200mg/kgの範囲にあった。試験区ごとの経時変化は全窒素の傾向と同じであり、12月16日以降は、散布区のほうが対照区に比べ630mg/kg~810mg/kg低くなった。なお、全窒素は有機窒素と無機窒素とで構成されているが、試験区の底泥の場合は有機窒素が98%以上を占めていた。
【0074】
9.全リン(T-P)
結果を図10に示した。図10から明らかなように、散布区では470mg/kg~600mg/kgの範囲にあり、対照区では530mg/kg~680mg/kgの範囲にあった。対照区は調査開始後徐々に低くなり、10月16日に最低値を示したが、その後元に戻り、600mg/kgまで上昇した。散布区では経時変化が対照区とほぼ同じ傾向を示したが、1月20日には元に戻ることなく、最も低い値470mg/kgとなった。
【0075】
10.全有機態炭素(TOC)
結果を図11に示した。図11から明らかなように、散布区では21,000mg/kg~32,000mg/kgの範囲にあり、対照区では28,000mg/kg~35,000mg/kgの範囲にあった。散布区では12月16日まで30,000mg/kg前後の値を示したが、1月20日には21,000mg/kgと低い値になった。対照区では調査期間中ほぼ同じ値を示した。
【0076】
(6)底泥中間隙水の調査結果
1.溶存態無機窒素(DIN)
結果を図12に示した。図12から明らかなように、散布区では0cm~1cmが0.84mg/L~7.2mg/L、1cm~2cmが1.9mg/L~12mg/L、2cm~3cmが2.8mg/L~15mg/Lの範囲で推移し、対照区では0cm~1cmが0.94mg/L~8.0mg/L、1cm~2cmが1.3mg/L~4.5mg/L、2cm~3cmが1.4mg/L~6.4mg/Lの範囲で推移した。散布区では11月7日に最高値を、1月20日に最低値を示した。対照区では散布区より変動幅が狭く、9月30日に最高値を示した。散布区と対照区を比べると、散布区は対照区に比べ高い値を示し、かつ採取層別の濃度差が大きかった。
【0077】
2.溶存態無機リン(DIP)
結果を図13に示した。図13から明らかなように、散布区では0cm~1cmが0.13mg/L~1.6mg/L、1cm~2cmが0.14mg/L~3.0mg/L、2cm~3cmが0.31mg/L~3.4mg/Lの範囲で推移し、対照区では0cm~1cmが0.15mg/L~1.2mg/L、1cm~2cmが0.19mg/L~0.72mg/L、2cm~3cmが0.19mg/L~1.2mg/Lの範囲で推移した。
【0078】
(7)底生微細藻の調査結果
Nitzschia sp.の細胞密度の変化を図14に示した。図14から明らかなように、2回目の9月9日の調査ではNitzschia sp.の細胞密度増加していなかったが、3回目の9月30日以降の調査では、常に散布区のほうが細胞密度が高かった。特に、9月30日の調査では、対照区が3.7×10cells/cm2であったのに対して、散布区ではその10倍以上の3.9×10cells/cm2であった。なお、散布後の細胞密度(0.12~3.9×10cells/cm2)は、散布量(0.5~2.9×10cells/cm2、表1参照)に比べて一桁低く、散布後に何らかの原因(例えば、枯死、植食動物による摂食等)で減少すると考えられた。
【0079】
Nitzschia sp.以外の底生微細藻の細胞密度の変化を図15に示した。図15から明らかなように、調査期間を通じて細胞密度は0.5~1.3×10cells/cm2の範囲で推移し、11月21日の調査を除き、散布区と対照区との間に有意な差はみられなかった。この結果から、Nitzschia sp.の散布により、他の底生微細藻に対して悪影響を及ぼすことはないものと考えられた。
【0080】
以上の結果をまとめると、Nitzschia sp.散布区では、底泥中の有機物の指標である強熱減量や化学的酸素要求量の減少、全窒素、有機態窒素などの減少、さらには硫化物や酸揮発性硫化物の減少が見られた。特に化学的酸素要求量と硫化物量とは、水産用水基準でいう水産生物の生息環境として適正なレベルである20mg/gおよび0.2mg/gに近づいた。また、酸化還元電位は最終調査日にはマイナスからプラスに転じ、底泥が酸化的になったことを示した。これらに伴い、底泥の間隙水中の溶存態無機窒素(ほとんどがアンモニア態)および溶存態無機リンの濃度は、散布区において有意に高くなった。
【0081】
これら一連の現象は、次のような過程が進行したことによるものと考えられる。すなわち、散布されたNitzschia sp.が底泥表面において光合成を行うことで酸素を放出し、底泥をそれまでの還元的環境から酸化的環境に変えた。これにより、好気的細菌による酸化分解が加速され、窒素化合物を含む有機物が分解された。分解された有機物はアンモニアや無機リンなどの溶存無機物となり、間隙水中に放出された。
【0082】
〔実施例2:シストの形成および栄養細胞への復活の検討〕
先に述べたように、珪藻類は窒素の欠乏によってシストを形成することが知られている。そこで、Nitzschia sp.についても窒素欠乏条件でシストを形成するか否かについて検討した。
【0083】
f/2培地(表1参照)で維持培養したNitzschia sp.(培地も含み20 ml、細胞密度約200 cells/ml)を、窒素を含まないf/2培地180 mlに移し、250 ml 培養容器(フィルターキャップ培養用フラスコ、ポリスチレン、γ線滅菌済み、Nalge Nunc International 社製)を用いて暗黒条件下で培養した。培養条件は、Nitzschia sp.の増殖至適条件である、水温15±1℃、塩分25 PSU、光強度 50μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12D(6:00点灯-18:00消灯)とした。また、窒素欠乏培地は、表1の組成のうち硝酸(NaNO3)を除いたものである。
【0084】
上記のものについて、1週間ごとにシストが形成される様子を顕微鏡(Nikon, Type-210)を用いて観察した。
【0085】
結果を図16および図17に示した。なお、シストは細胞質(内容物)が丸くなっていることが特徴である。図16の1週目の写真において、すでに細胞質の形態が変化し始めていることが観察された。この時点ですでにシストと見なせるが、2週目にはさらに細胞質が丸くなっていることが分かる。
【0086】
次に、暗黒条件下で培養した期間の長さが、シストから通常の栄養細胞への復活に影響を及ぼすか否かについて検討した。すなわち、暗黒条件下に1週間~9週間置いた細胞を、1週間ごとに培養器から容器ごと取り出し、窒素を含む通常のf/2培地に移して明条件下(明暗周期12L:12D)で培養し、1週間に1回の頻度で、全細胞数に対する栄養細胞数の割合を計数した。
【0087】
結果を図18に示した。図18において、例えば、暗黒条件下で1週間培養した細胞もシストと見なすことができ、これを明条件に戻すと、1週間で約35%、2週間で60%、3週間で約90%の細胞が栄養細胞になった。その後、栄養細胞の割合が減少するが、これは培地中の栄養塩類濃度が低下することによると考えられた。
【0088】
また、明条件に戻してから、栄養細胞が高い割合で存在する期間は、暗黒条件下で3週間以上培養した細胞のほうが、培養期間が2週間以下の細胞より長いことが示された。この結果から、健全な復活栄養細胞を確保するには、シストである期間が3週間程度必要であることが示唆された。
【0089】
〔実施例3:シストの乾燥耐性の検討〕
上記実施例2に記載の方法と同様に、Nitzschia sp.を、窒素を含まないf/2培地を用いて、暗黒条件下で増殖至適条件である温度15±1℃、塩分25 PSUで11日間培養し、全ての細胞をシスト化した。メンブランフィルター(Millipore HA, pore size 0.45 μm)を通して濾過することにより培養液を除去してシスト化した細胞を集めた。これを、そのまま暗黒条件下恒温機内(15±1℃)で乾燥させた。乾燥開始後1週間ごとに乾燥細胞の一部をスライドグラス上にかき取り、生細胞(シストの形態を維持している細胞)と死細胞(完全に細胞質が抜けた状態の細胞)の割合を顕微鏡(Nikon, Type-210)を用いて計数することで求めた。
【0090】
結果を図19に示した。図19から明らかなように、乾燥開始1週間では100%生細胞であった。乾燥期間が長くなるほど死細胞の割合が増加し、生細胞の割合は乾燥開始2週間目には約90%、3週間目には約80%、4週間目には約50%であった。
【0091】
以上の結果から、シストは完全に乾燥させるより少し水分を含む状態で保存することが適切であることが示唆された。
【0092】
〔実施例4:細胞増殖に適したスラグ散布量の検討〕
本実施例においては、現場における海水の流動を想定して、連続培養法を採用した。すなわち、図20に示すように、250ml培養容器(フィルターキャップ培養用フラスコ、ポリスチレン、γ線滅菌済み、Nalge Nunc International 社製)、シリコンチューブおよびポンプを用いて、培養液が培養容器の底から流入し、上部から排出されるシステムとした連続培養システムを用いた。培養液の交換率は、広島湾下層の年間平均海水交換率である0.75/dayとした。
【0093】
培養液は、広島湾表層海水をベースとした塩分25 PSUの海水強化培養液 f培地 (表1に記載のf/2培地組成の2倍濃度)を用いた。ただし、P、Si、Feはスラグからの溶出を期待して添加しなかった。
【0094】
スラグ粒径は1mm~2mmのものをふるい分けして用い、培養容器底面積当たり1、10、100、200 mg/cm2の添加量とした。これらは培養液体積当たりに換算すると、1 mg/cm2は100 mg/l、10 mg/cm2は1 g/l、100 mg/cm2は10 g/l、200 mg/cm2は20 g/lに相当する。また、スラグ無添加(0 mg/cm2)のものをコントロールとした。実験はすべてduplicate(2本立て)で行った。
【0095】
最初に、培養容器にf培地を180 ml、付着基質としてガラスビーズ(井上盛栄堂,BZ-01,0.1 mm径)を0.2 gずつ添加した。これにf/2培地で前培養したNitzschia sp.を含む培養液を20 ml ずつ添加した。これに,上記の各濃度でスラグを添加し、培養容器を恒温器(東京理科機器,FLI-160)に入れ、Nitzschia sp.の増殖至適条件である、水温15±1℃、塩分25 PSU、光強度 50μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12D(6:00点灯-18:00消灯)で培養した。
【0096】
0、1、3、5、7、10、13、16、19、25日後にポンプを止めて培養容器を攪拌し、5 ml ずつ試水を採取した。これらに12.5%グルタールアルデヒドを最終濃度約1 % になるように添加して固定し、顕微鏡により細胞数を計数した。別に培養容器から排出された試水3 ml を用いてpH メーター(ガラス電極法pH計、F-22、HORIBA製)でpHを測定し、残りの試水はメンブランフィルター(Millipore HA, pore size 0.45 μm)でろ過し、溶存態無機リン(DIP)および溶存態無機ケイ素(DSi)を、それぞれモリブデンブルー法(日本海洋学会,1990: 海洋観測指針.気象庁(編),東京.428 pp.)で分析した。
【0097】
図21に細胞数の変化を示した。図21から明らかなように、10 mg/cm2のスラグを添加したときに、Nitzschia sp.は最もよく増殖した。この結果から、珪藻付着スラグの散布量は、適度に少ないほうが細胞の増殖が促進されることが示唆された。
【0098】
図22に培養液のpHの変化を示した。図22から明らかなように、100 mg/cm2以上のスラグを添加した場合、培養液のpHは大きく上昇した。図21に示した細胞増殖の結果と比較すると、100 mg/cm2以上のスラグを添加した場合には、pH上昇により細胞増殖が阻害されているものと考えられた。
【0099】
図23に培養液中の溶存態無機ケイ素(DSi)濃度の変化を示した。また、図24に培養液中の溶存態無機リン(DIP)濃度の変化を示した。図23および図24から明らかなように、DSiおよびDIPとも1平方センチメートル当たり10mg以下の添加量でよく吸収されることが示された。これらの結果は、図21に示した細胞数の増加の結果とよく相関している。すなわち、DSiおよびDIPは、Nitzschia sp.の栄養素となっていることがわかる。
【0100】
なお、図24において、100 mg/cm2以上のスラグ添加では、スラグからのリンの溶出自体が抑制されていることがわかるが、これはpH上昇の影響であると考えられた。
【0101】
また、図25にNitzschia sp.が付着しているスラグの顕微鏡写真を示した。この珪藻付着スラグは、上記の実験において10mg/cm2のスラグを添加した区の16日目のスラグを採取したものである。図25から明らかなように、スラグ粒子にNitzschia sp.が付着している様子がわかる。図中の黒色部がスラグ粒子であり、その縁辺部にNitzschia sp.が付着していることが示されている。図中のスケールの1目盛りは10μmを示し、Nitzschia sp.の長さは約50μm程度である。
【0102】
〔実施例5:付着基質サイズの検討〕
250ml培養容器(フィルターキャップ培養用フラスコ、ポリスチレン、γ線滅菌済み、Nalge Nunc International 社製)にf/2培地を180 ml入れ、付着基質としてガラスビーズ(井上盛栄堂,ガラスビーズ、BZ-01,BZ-02, BZ-04, BZ-06, BZ-1,それぞれ粒径0.1, 0.2, 0.4, 0.6, 1 mm)を0.2 gずつ添加した。また、ガラスビーズを添加しないコントロール区を設けた。これらにf/2培地で前培養したNitzschia sp.を含む培養液を20 ml ずつ添加し,ターナー・デザイン(Turner Design)社製蛍光光度計を用いてクロロフィル蛍光を測定することで、バイオマスの指標として増殖の様子をモニターした。
【0103】
結果を図26に示した。図の縦軸はクロロフィル蛍光の相対値である。図26から明らかなように、粒径の小さいビーズほど増殖がよいことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明に係る水域の環境改善方法および環境改善材は、公共事業や環境産業に利用することができる。また、本発明に係る水域の環境改善材は、鉄鋼スラグを利用するものであるため、鉄鋼業者が当該環境改善材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】本発明に係る水域の環境改善方法の概略を示す図である。
【図2】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の酸化還元電位を測定した結果を示すグラフである。
【図3】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の強熱減量を測定した結果を示すグラフである。
【図4】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の化学的酸素要求量を測定した結果を示すグラフである。
【図5】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の硫化物を測定した結果を示すグラフである。
【図6】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の酸揮発性硫化物を測定した結果を示すグラフである。
【図7】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の全窒素を測定した結果を示すグラフである。
【図8】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥のアンモニア態窒素を測定した結果を示すグラフである。
【図9】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の有機態窒素を測定した結果を示すグラフである。
【図10】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の全リンを測定した結果を示すグラフである。
【図11】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥の全有機態炭素を測定した結果を示すグラフである。
【図12】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥中間隙水の溶存態無機窒素を測定した結果を示すグラフである。
【図13】底泥上にNitzschia sp.を散布し、底泥中間隙水の溶存態無機リンを測定した結果を示すグラフである。
【図14】底泥上にNitzschia sp.を散布し、Nitzschia sp.の細胞密度の変化を調査した結果を示すグラフである。
【図15】底泥上にNitzschia sp.を散布し、Nitzschia sp.以外の底生微細藻の細胞密度の変化を調査した結果を示すグラフである。
【図16】Nitzschia sp.を窒素欠乏培地、暗黒条件下で1~6週間培養し、シストが形成される様子を1週間ごとに観察した顕微鏡写真である。
【図17】Nitzschia sp.を窒素欠乏培地、暗黒条件下で7~11週間培養し、シストが形成される様子を1週間ごとに観察した顕微鏡写真である。
【図18】Nitzschia sp.を窒素欠乏培地、暗黒条件下で異なる期間培養し、形成されたシストを窒素含有培地、明条件下に戻して、栄養細胞に復活する割合を観察した結果を示すグラフである。
【図19】シスト化したNitzschia sp.を1~4週間乾燥し、1週間ごとに生細胞と死細胞との割合を観察した結果を示すグラフである。
【図20】現場における海水の流動を想定した連続培養システムを示す図である。
【図21】異なるスラグ散布量においてNitzschia sp.を培養したときの細胞数の変化を示すグラフである。
【図22】異なるスラグ散布量においてNitzschia sp.を培養したときの、培養液のpHの変化を示すグラフである。
【図23】異なるスラグ散布量においてNitzschia sp.を培養したときの、培養液中の溶存態無機ケイ素濃度の変化示すグラフである。
【図24】異なるスラグ散布量においてNitzschia sp.を培養したときの、培養液中の溶存態無機リン濃度の変化示すグラフである。
【図25】Nitzschia sp.が付着しているスラグの顕微鏡写真である。
【図26】付着基質として異なる粒径のガラスビーズを添加し、Nitzschia sp.の増殖をモニターした結果を示すグラフである。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
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【図9】
8
【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図26】
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【図16】
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【図17】
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【図25】
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