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明細書 :耐冷性植物及びその開発方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4714894号 (P4714894)
公開番号 特開2007-000050 (P2007-000050A)
登録日 平成23年4月8日(2011.4.8)
発行日 平成23年6月29日(2011.6.29)
公開日 平成19年1月11日(2007.1.11)
発明の名称または考案の名称 耐冷性植物及びその開発方法
国際特許分類 A01H   5/00        (2006.01)
A01H   1/00        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
C12N   5/10        (2006.01)
FI A01H 5/00 ZNAA
A01H 1/00 A
C12N 15/00 A
C12N 5/00 103
請求項の数または発明の数 4
全頁数 22
出願番号 特願2005-182251 (P2005-182251)
出願日 平成17年6月22日(2005.6.22)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 刊行物:日本農芸化学会2005年度大会講演要旨集(平成17年3月5日発行)の第35頁に「コムギフルクタン合成酵素遺伝子を導入したイネ形質転換体に蓄積されるフルクタンの構造解析」(川上顕、吉田みどり 著)として発表。
特許法第30条第1項適用 平成17年3月29日、日本農芸化学会2005年度大会(於:札幌コンベンションセンター 開催者:社団法人日本農芸化学会)で講演番号29D070β、「コムギフルクタン合成酵素を導入したイネ形質転換体に蓄積されるフルクタンの構造解析」と題して川上顕氏、吉田みどり氏により文書をもって発表。
審査請求日 平成20年5月2日(2008.5.2)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501203344
【氏名又は名称】独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
発明者または考案者 【氏名】吉田 みどり
【氏名】川上 顕
【氏名】佐藤 裕
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100096183、【弁理士】、【氏名又は名称】石井 貞次
【識別番号】100118773、【弁理士】、【氏名又は名称】藤田 節
【識別番号】100119183、【弁理士】、【氏名又は名称】松任谷 優子
審査官 【審査官】中村 正展
参考文献・文献 特開2000-350583(JP,A)
米国特許出願公開第2002/0170086(US,A1)
米国特許第06664444(US,B1)
特表平08-507918(JP,A)
Plant Sci.,2004年,vol. 167,861-868
Biosci. Biotechnol. Biochem.,2002年,vol. 66,2297-2305
Plant Sci.,2002年,vol. 163,157-164
Curr. Opin. Biotechnol.,2005年 4月,vol. 16,123-132
調査した分野 A01H 5/00
A01H 1/00
C12N 5/00- 5/28
C12N 15/00-15/90
JSTPlus(JDreamII)
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN)
AGRICOLA/CROPU(STN)
PubMed
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
特許請求の範囲 【請求項1】
以下の(a)~(e)のうち少なくとも1つのフルクタン合成酵素遺伝子を含む、強化された耐冷性を有するトランスジェニックイネ。
(a) 配列番号1又は3に示す塩基配列からなる遺伝子;
(b) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(c) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d) 配列番号1又は3に示す塩基配列と85%以上の同一性を示す塩基配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;及び
(e) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列と85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
耐冷性が、幼苗期耐冷性及び穂ばらみ期耐冷性である、請求項1に記載のトランスジェニックイネ。
【請求項3】
以下の(a)~(e)のうち少なくとも1つのフルクタン合成酵素遺伝子をイネ細胞に導入することを特徴とする、イネの耐冷性を強化する方法。
(a) 配列番号1又は3に示す塩基配列からなる遺伝子;
(b) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(c) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d) 配列番号1又は3に示す塩基配列と85%以上の同一性を示す塩基配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;及び
(e) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列と85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
耐冷性が、幼苗期耐冷性及び穂ばらみ期耐冷性である、請求項3に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、耐冷性強化植物及び植物の耐冷性強化法に関する。
【背景技術】
【0002】
寒冷地における作物栽培では、早春や晩秋の霜害、夏期の冷温による冷害、冬期の凍害や雪害などの、低温と関連した障害が発生しやすい。そこで、低温耐性を強化した様々な作物の開発が従来から積極的に進められている。
【0003】
低温耐性は、温度要因の面から耐冷性と耐寒性に大きく分類される。耐冷性は、作物が早春~秋の間に曝露されるプラス温度域の低温(冷温)に対する耐性である。一般に作物はこの時期の冷温によって生育遅延、登熟不良、及び不稔などの障害を起こしやすい。従って作物の高度な耐冷性は、これらの障害による収量の減少を軽減する上で有利である。一方、耐寒性は、主として越冬性の作物が冬期に曝露される凍結温度(0℃以下)に対する耐性である。耐寒性には、耐凍性(0℃以下での凍結障害を回避する能力)、耐雪性(0℃以下での凍結障害を回避し、かつ暗黒下でも長期生存できる能力)などが包含される。耐寒性を示す作物は、凍結温度下でも、凍結による障害を最小限に抑えて生存可能である。
【0004】
植物の耐寒性に寄与する物質として、フルクタンが知られている。フルクタンは越冬時のエネルギー源であり、また凍結防止及び乾燥耐性の機能を有する多糖類である。バクテリアや植物由来のフルクタン合成酵素遺伝子を植物に導入して、植物の耐凍性及び耐乾性を向上させる研究が行われており、たばこ(非特許文献1)及びペレニアルライグラス(非特許文献2)では、耐凍性及び耐乾性が向上することが報告されている。秋播コムギのもつ高度な耐寒性に寄与するフルクタン合成酵素遺伝子も単離されている(特許文献1及び非特許文献3)。
【0005】
非越冬性作物であるイネの早期栽培及び直播栽培でも、イネの生育初期において10℃を下回る低温に遭遇することが多いためしばしば著しい低温障害が発生し、イネの枯死につながる(非特許文献4)。また穂ばらみ期のイネが夏期の低温に遭遇した場合、イネの花粉形成が阻害され不稔となり収量が大きく低下する(非特許文献5)。これらの時期における耐冷性を強化したイネの開発は現在精力的に試みられているものの、既存の遺伝資源を材料にした育種法では、耐冷性の大幅な向上を望むには限界がある。
【0006】

【特許文献1】特開2000-350583号公報
【非特許文献1】Konstantinova T. et al., Plant Sci. (2002) 163: p.157-164
【非特許文献2】Hisano H. et al., Plant Sci. (2004) 167: p.861-868
【非特許文献3】Kawakami A. and Yoshida M., Biosci. Biotechnol. Biochem. (2002) 66(11), p.2297-2305
【非特許文献4】田島ら、「低温によるイネの生育阻害の生理的研究」、農技研報、(1983) 34: p.69-111
【非特許文献5】Satake T. and Hayase H., Proc. Crop Sci. Japan (1970) 39: p.468-473
【非特許文献6】Garham D. and Patterson B. D., Ann. Rev. Plant Physiol. (1982) 33: p.347-372
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、プラス温度域の低温ストレスに対する耐性(耐冷性)を持つ植物及び植物における耐冷性の強化法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、フルクタン合成酵素遺伝子である、スクロース:スクロース 1-フルクトシルトランスフェラーゼ(1-SST; sucrose:sucrose 1-fructosyltransferase)遺伝子、又はスクロース:フルクタン 6-フルクトシルトランスフェラーゼ(6-SFT; sucrose:fructan 6-fructosyltransferase)遺伝子を導入したトランスジェニックイネが、強い耐冷性(プラス温度域の低温耐性)を示すことを見出し、その知見に基づき本発明を完成するに至った。フルクタンとは、主にスクロースにフルクトースが重合した三糖以上の糖の総称であり、フルクトースのみが重合した多糖も包含される。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 以下の(a)~(f)のうち少なくとも1つのフルクタン合成酵素遺伝子を含む、強化された耐冷性を有するトランスジェニックイネ。
(a) 配列番号1又は3に示す塩基配列からなる遺伝子;
(b) 配列番号1又は3に示す塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子;
(c) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(d) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(e) 配列番号1又は3に示す塩基配列と85%以上の同一性を示す塩基配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;及び
(f) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列と85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
このトランスジェニックイネにおいて強化されている耐冷性は、好ましくは、幼苗期耐冷性及び/又は穂ばらみ期耐冷性である。
【0010】
[2] 以下の(a)~(f)の少なくとも1つのフルクタン合成酵素遺伝子をイネ細胞に導入することを特徴とする、イネの耐冷性を強化する方法。
(a) 配列番号1又は3に示す塩基配列からなる遺伝子;
(b) 配列番号1又は3に示す塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子;
(c) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(d) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(e) 配列番号1又は3に示す塩基配列と85%以上の同一性を示す塩基配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;及び
(f) 配列番号2又は4に示すアミノ酸配列と85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0011】
この方法で強化される耐冷性は、幼苗期耐冷性及び/又は穂ばらみ期耐冷性であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のトランスジェニックイネは、プラス温度域の低温に対して高い耐性を示す。従って本発明のトランスジェニックイネを用いれば、夏期の低温による枯死などの冷害を軽減し、冷害が生じやすい不適地でも十分な生育量及び収量を得られる栽培が可能になる。本発明のイネの耐冷性強化法を用いることにより、既存のイネ品種に高度の耐冷性を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
1.本発明のトランスジェニックイネとその作製
1)トランスジェニックイネ
本発明のトランスジェニックイネは、遺伝子導入されたフルクタン合成酵素遺伝子であるスクロース:スクロース 1-フルクトシルトランスフェラーゼ(1-SST)遺伝子、又はスクロース:フルクタン 6-フルクトシルトランスフェラーゼ(6-SFT)遺伝子をその細胞内に保持する、形質転換イネである。
【0015】
本発明のトランスジェニックイネにおいては、導入された1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子は、宿主イネ細胞の染色体に組み込まれていることが好ましいが、染色体外に保持されていてもよい。1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子がトランスジェニックイネの染色体中に組み込まれている場合、それら導入遺伝子はホモ接合性であることがより好ましいが、ヘテロ接合性であってもよい。本発明のトランスジェニックイネは、それら導入遺伝子を3コピー以上有していてもよい。
【0016】
本明細書において用語「トランスジェニックイネ」は、トランスジェニックイネの植物体だけでなく、導入遺伝子を発現しているか又は発現しうる状態で保持しているイネ細胞、並びにそのイネ細胞を含むイネ器官[例えば葉、花、茎、根、穀実(種子)等]、イネ組織[例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織等]、及びイネ培養細胞(例えばカルス)なども意味する。本発明のトランスジェニックイネには、遺伝子導入したイネ細胞又はそれを含むカルスから再生させた植物体の子孫イネ、及びその一部も包含される。
【0017】
2)本発明のフルクタン合成酵素遺伝子とその調製
本発明においてイネに導入されるフルクタン合成酵素遺伝子の1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子は、植物、バクテリア、糸状菌を含む様々な生物起源から単離されるものであってよい。そのような生物起源としては、越冬性の生物や、耐寒性(耐雪性又は耐凍性)を有する生物などが好ましい。限定するものではないが、1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子は、秋播コムギ(Triticum astivum L.)から単離された1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子であることがより好ましい。さらに、生物から単離された1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子だけでなく、その塩基配列に塩基の置換や欠失等の変異を含むがなおフルクタン合成酵素をコードしているそれら遺伝子も、本発明において用いることができる。
【0018】
具体的には、本発明において好適な1-SST遺伝子としては、例えば、秋播コムギの1-SST遺伝子である、配列番号1に示す塩基配列を含み、かつ配列番号2のアミノ酸配列を有するスクロース:スクロース 1-フルクトシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子が挙げられる。また本発明において好適な6-SFT遺伝子としては、例えば、秋播コムギの6-SFT遺伝子である、配列番号3に示す塩基配列を含み、配列番号4のアミノ酸配列を有するスクロース:フルクタン 6-フルクトシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子が挙げられる。
【0019】
さらに、本発明に係る1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子は、配列番号1又は3に示す塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子であってもよい。
【0020】
本発明に係る1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子は、配列番号2又は4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であってもよく、さらに、配列番号2又は4に示すアミノ酸配列において1若しくは数個(2~9個、好ましくは2~5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0021】
あるいは、本発明の1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子は、配列番号1又は3に示す塩基配列と少なくとも85%以上、好ましくは90%以上の同一性を示す塩基配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。本発明の1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子はまた、配列番号2又は4に示すアミノ酸配列と少なくとも60%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつフルクタン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0022】
本発明において「ストリンジェントな条件」とは、特異的な核酸ハイブリッドが形成される条件を言い、具体的には、ナトリウム塩濃度が15~750mM、好ましくは50~750mM、より好ましくは300~750mM、温度が25~70℃、より好ましくは55~65℃、ホルムアミド濃度が0~50%、より好ましくは35~45%となる反応条件をいう。ストリンジェントな条件では、さらに、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件を、ナトリウム塩濃度が15~600mM、好ましくは50~600mM、より好ましくは300~600mM、温度が50~70℃、好ましくは55~70℃、より好ましくは60~65℃とすることが好適である。
【0023】
本明細書において「遺伝子」は、DNA又はRNAでありうる。DNAには少なくともゲノムDNA、cDNAが含まれ、RNAには、mRNAなどが含まれる。本発明の1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子は、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子のオープンリーディングフレーム配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列などを含んでもよい。
【0024】
なお本発明の1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子にコードされる酵素のフルクタン合成活性は、1-SST遺伝子の場合は、スクロース:スクロース 1-フルクトシルトランスフェラーゼ活性であることが好ましく、6-SFT遺伝子の場合は、スクロース:フルクタン 6-フルクトシルトランスフェラーゼ活性であることが好ましい。
【0025】
本発明の1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子にコードされる酵素(タンパク質)が有するフルクタン合成活性は、スクロース及びフルクタンを基質としてより長鎖のフルクタンを合成する機能である(非特許文献3)。具体的には、フルクタン合成酵素1-SSTは、スクロース二分子を基質として、その一方のスクロース由来のフルクトースを他方のスクロースにβ2,1-結合で転移させて1-ケストース(3糖のフルクタン)を合成する活性を主に持つ。さらにフルクタン合成酵素1-SSTは、合成された1-ケストースにフルクトースをβ2,1-結合により転移させてより長鎖のフルクタンを合成する活性も持ち合わせる。一方、フルクタン合成酵素6-SFTは、スクロース2分子を基質とした場合、スクロースを分解してグルコースとフルクトースを生成する活性を主に持つとともに、一方のスクロース由来のフルクトースを他方のスクロースにβ2,1-又はβ2,6-結合で転移させて、1-ケストース又は6-ケストースを合成する活性を併せ持つ。さらに6-SFTは、スクロースとフルクタンを基質として、スクロース由来のフルクトースをフルクタンにβ2,6-結合で転移させ、より長鎖のフルクタンを合成する活性を持つ。
【0026】
これらのフルクタン合成酵素のフルクタン合成活性は、非特許文献3に記載されているようにして、例えば次のように確認することができる。まず、単離した遺伝子を組換え発現ベクターに組み込み、その組換え発現ベクターを用いて酵母を形質転換し、得られた形質転換体においてその組換えベクターからのタンパク質の発現を誘導した後、導入遺伝子由来のタンパク質を精製及び濃縮する。この濃縮液を粗酵素液としてスクロース、又はスクロース及び1-ケストースを基質として10℃で2時間反応させ、DIONEX社のDX500を用いた高速陰イオン交換クロマトグラフィー(HPAEC; High Performance Anion-Exchange Chromatography)法により、Carbopac PA-1カラム(DIONEX社)を用いて分析する。その結果、1-SST遺伝子を導入した酵母由来の粗酵素液を用いて、スクロースを基質として分析を行った場合、1-ケストースを示すピークが検出されることによって、その1-SST遺伝子にコードされた酵素のスクロース:スクロース 1-フルクトシルトランスフェラーゼ活性を確認できる。
【0027】
一方、6-SFT遺伝子を導入した酵母由来の粗酵素液を用いて、スクロースを基質として同様の分析を行った場合には、その分解活性を示すフルクトースとグルコースのピークとともに1-ケストース及び6-ケストースのピークが検出されること、さらに、スクロースと1-ケストースを基質とした場合、ビフルコース(スクロースを構成するフルクトースにβ2,1-結合及びβ2,6-結合するフルクトースを1つずつ持つ四糖のフルクタン)が検出されることによって、その6-SFT遺伝子にコードされた酵素のスクロース:フルクタン 6-フルクトシルトランスフェラーゼ活性を確認できる。
【0028】
以上で説明したような本発明の1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子を含むDNA断片は、当業者であれば、1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子の既知配列を利用して、1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子を有する生物から抽出した核酸から常法に従って得ることができる。
【0029】
一実施形態としては、フルクタンを蓄積する植物のフルクタンを蓄積する組織から常法に基づいて抽出されたmRNAから合成したcDNAを鋳型として、既知のフルクタン合成酵素遺伝子の間で高度に保存された領域に基いて設計したプライマーを利用してPCR増幅することにより、1-SST又は6-SFT遺伝子の部分断片を得て、さらにその断片をプローブとして、上記cDNA由来のcDNAライブラリーをブロットしたフィルターとのハイブリダイゼーションを行うことにより、1-SST又は6-SFT遺伝子の全長を含むcDNAクローンを単離することができる。
【0030】
また別の一実施形態としては、本発明に係るフルクタン合成酵素遺伝子1-SST及び6-SFTを含むDNA断片は、フルクタンを蓄積する植物のフルクタンを蓄積する組織から常法により抽出したmRNAを鋳型として、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子の全長を増幅可能なように設計したプライマーを用いたPCR増幅によって、完全長cDNAとして取得することができる。
【0031】
さらに、得られたフルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを含むDNA断片については、部位特異的変異誘発等によって塩基配列を改変することもできる。DNAに変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。変異導入は、例えば部位特異的変異導入用キット、例えばMutan(R)-Super Express Kit(TAKARA BIO INC.)やLA PCRTM in vitro Mutagenesis シリーズキット(TAKARA BIO INC.)などを用いて行うこともできる。
【0032】
好適な例としては、秋播コムギ由来の1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を含むDNA断片は、低温下に曝露した秋播コムギから抽出したmRNAから合成されたcDNAを鋳型とし、オープンリーディングフレームの全長を増幅するように設計された以下のプライマー対を用いてPCR増幅を行うことにより、取得することができる。
【0033】
1-SST遺伝子増幅用プライマー対:
プライマーPri-1(5'- atggattcgtctcgcgtc -3’[配列番号5])
プライマーPri-2(5'- ctaatcgacgactaccaagtc -3'[配列番号6])
6-SFT遺伝子増幅用プライマー対:
プライマーPri-3(5'-atggggtcacacggcaag-3’[配列番号7])
プライマーPri-4(5'-tcattgaacatacgagtgatc-3'[配列番号8])
【0034】
この秋播コムギ由来の1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子の全長をPCR増幅するためのPCR反応液(20μl)組成としては、例えば、以下の組成を用いることができる。
【0035】
【表1】
JP0004714894B2_000002t.gif

【0036】
このPCR増幅の反応条件としては、94℃で1分、56℃で1分、72℃で2分のサイクルを1サイクルとしてこれを30サイクル行う設定を用いることができる。
【0037】
このような秋播コムギの1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を含むDNA断片の調製に好適なプライマーやPCR条件などは、当業者であれば、他の生物、例えばオオムギ、ペレニアルライグラスなどにも、適宜改変しながら好適に用いることができる。
【0038】
以上のようにして取得したフルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを含むDNA断片は、ベクター中にクローニングしておくことが好都合である。1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を含むDNA断片は、植物用過剰発現プロモーターの下流に連結した状態で組換え発現ベクターに組み込んでもよい。その場合、例えば、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を含むDNA断片を適当な制限酵素で切断してから、それをベクター中の過剰発現プロモーター下流の適当な制限酵素部位にイン・フレームとなるように挿入して連結すればよい。イネに遺伝子導入するために、アグロバクテリウム法を用いる場合には、アグロバクテリウム由来のプラスミドベクター(例えばpBI101やpBI121)若しくはそれをベースとする発現ベクター(例えばpMLH7133)、又はバイナリーベクター(pPZP2H-lac)などのアグロバクテリウム法に適したベクターに、フルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを組み込むことが好ましい。例えば、アグロバクテリウム法で遺伝子導入を行うのに好適なベクターを作製するために、pMLH7133(Mitsuhara et al., 1996)中のCaMV 35Sプロモーターの制御下にあるGUS遺伝子を本発明の1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子で置換することにより、1-SST又は6-SFT遺伝子を過剰発現(高発現)プロモーターであるCaMV 35Sプロモーターの制御下に置いてもよい。作製される組換え発現ベクターには、さらに、エンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などが含まれていてもよい。なお、選択マーカーとしては、例えばアンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0039】
なお、得られたフルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを含むDNA断片については、塩基配列決定によりその配列を確認することが好ましい。塩基配列決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、ジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができるが、通常は自動塩基配列決定装置(例えばABI社製DNAシークエンサーPRISM377XL)を用いて行えばよい。さらに、得られた1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を含むDNA断片について、上述の酵母の形質転換法などを用いて、その遺伝子にコードされたタンパク質のフルクタン合成活性を確認することも好ましい。
【0040】
本発明において用いるmRNAの調製、cDNAの作製(RT-PCR)、PCR、ライブラリーの作製、ベクター中へのライゲーション、細胞の形質転換、DNAの塩基配列決定、プライマーの合成、突然変異誘発、タンパク質の抽出などの分子生物学的・生化学的実験法は、通常の実験書の記載に従って行うこともできる。そのような実験書としては、例えば、SambrookらのMolecular Cloning, A laboratory manual, 2001, Eds., Sambrook, J. & Russell, DW. Cold Spring Harbor Laboratory Pressを挙げることができる。
【0041】
3)イネへのフルクタン合成酵素遺伝子の導入
本発明では、上記の通り取得したフルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTをイネ(Oryza sativa)に導入することにより、トランスジェニックイネを作製することができる。
【0042】
宿主植物として用いる好適なイネ(Oryza sativa)の品種としては、「ユキヒカリ(Yukihikari)」、「日本晴(Nihonbare)」、「ほしのゆめ(Hoshinoyume)」、「きらら397(Kirara397)」、「ゆきまる(Yukimaru)」、「ほのか224(Honoka224)」、「どんとこい(Dontokoi)」、「コシヒカリ(Koshihikari)」、「ササニシキ(Sasanishiki)」、「ヒトメボレ(Hitomebore)」、「あきたこまち(Akitakomachi)」、「はえぬき(Haenuki)」、「キヌヒカリ(Kinuhikari)」、「むつほまれ(Mutsuhomare)」、「ヒノヒカリ(Hinohikari)」、「津軽おとめ(Tsugaruotome)」、「つがるロマン(Tsugaruroman)」、「ゆめあかり(Yumeakari)」、「ハナエチゼン(Hanaechizen)」、「夢つくし(Yumetsukushi)」、「ハツシモ(Hatsushimo)」、「どまんなか(Domannaka)」、「かけはし(Kakehashi)」、「いわてっこ(Iwatekko)」、「まなむすめ(Manamusume)」、「めんこいな(Menkoina)」、「チヨニシキ(Chiyonishiki)」、「ふくみらい(Fukumirai)」などが挙げられるが、これらに限定されない。これらのイネ品種は、例えば独立行政法人農業生物資源研究所 ジーンバンク(日本)から入手することができる。
【0043】
1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子をイネに導入する方法としては、植物の形質転換に一般的に用いられる方法、例えばアグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、マイクロインジェクション法、プロトプラスト融合法などを用いることができる。これらの植物形質転換法の詳細は、『島本功、岡田清孝 監修 「新版 モデル植物の実験プロトコール 遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001) 秀潤社』などの一般的な教科書の記載や、Hiei Y. et al., "Efficient transformation of rice (Oryza sativa L.) mediated by Agrobacterium and sequence analysis of the boundaries of the T-DNA." Plant J. (1994) 6, 271-282; Hayashimoto, A. et al., "A polyethylene glycol-mediated protoplast transformation system for production of fertile transgenic rice plants." Plant Physiol. (1990) 93, 857-863等の文献を参照すればよい。
【0044】
アグロバクテリウム法を用いる場合は、上述のように、アグロバクテリウム法に適したベクターにフルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを組み込んで構築した植物用発現ベクターを、適当なアグロバクテリウム、例えばアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)に導入し、この菌株をイネカルスに接種して感染させることにより、トランスジェニックイネ細胞を含むカルスを得ることができる。
【0045】
パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などを用いる場合には、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子は、その遺伝子全長を含むPCR増幅断片や制限酵素切断断片などであってもよいし、ベクター中に組み込まれたものでもよい。遺伝子導入に用いる試料としては、植物体、イネ器官、イネ組織自体をそのまま使用してもよく、それらの切片を使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい(Christou P, et al., Biotechnology 9: 957 (1991))。このような試料に対して、例えばパーティクルガン法では、遺伝子導入装置(例えばPDS-1000(BIO-RAD社)等)を製造業者の説明書に従って使用して、フルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTをまぶした金属粒子を試料に打ち込むことにより、その遺伝子をイネ細胞内に導入し、トランスジェニックイネ細胞を得ることができる。操作条件は、通常は450~2000psi程度の圧力、4~12cm程度の距離で行う。
【0046】
1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を導入したトランスジェニックイネ細胞は、例えば従来知られている植物組織培養法に従って、そのトランスジェニック細胞又は該細胞を含むカルスを選択培地で培養し、生存したカルスを再分化培地(適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)を含む)で培養することにより、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子により形質転換されたトランスジェニックイネの植物体を再生することができる。
【0047】
フルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTがイネ細胞中に確実に導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、ウェスタンブロット法等を利用して行うことができる。例えば、トランスジェニックイネの葉から全RNAを調製し、フルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTに特異的プライマーを設計してPCR増幅を行う。増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子の導入を確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識した1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子特異的プライマーを用いてPCRを行い、PCR増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相にPCR増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法も採用することができる。
【0048】
作製したトランスジェニックイネについて、導入した1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子が通常条件下(例えば気温25℃)で発現されていることを確認することも好ましい。例えば、通常条件下で播種後10日間生育させたトランスジェニックイネについて、その組織を切り取り、その試料から常法によって抽出したmRNAについて、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子に対する特異的プローブを用いたノーザンブロッティング解析を行い、その遺伝子からの発現を確認すればよい。1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子に対する特異的プローブの設計は、導入する1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子の塩基配列に基づいて、常法によって行うことができる。あるいはまた、通常条件下で播種後10~14日間生育させたトランスジェニックイネについて、その組織を切り取り、その試料から常法によって抽出した可溶性糖類について、HPLC法によりShowdex KS802及びKS803カラムを連結したものを用いて分析するか、前述のHPAEC法により分析することによりイネ組織内でフルクタン蓄積が生じていることを確認することもできる。
【0049】
以上のようにして作製される本発明のフルクタン合成酵素遺伝子1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子が導入されたトランスジェニックイネは、イネ細胞内でフルクタンを(好ましくは恒常的に)生産し、高度な耐冷性を発揮する。
【0050】
本発明は、上述のような強化された耐冷性を有するトランスジェニックイネの作製方法、及び1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を導入することを特徴とするイネの耐冷性の強化方法にも関する。
【0051】
なおイネ以外の植物でも、生育初期や花粉形成期(イネの穂ばらみ期に相当)の冷温は一般に植物の生育及び子実生産に甚大な被害を引き起こすことが知られている(非特許文献6)。従って本発明の方法は、イネ以外の植物、例えばトウモロコシ(Zea mays)、コムギ(Triticum aestivum L.)、オオムギ(Hordeum vulgare L.)、ライムギ(Secale cereale)などの他のイネ科植物、さらにナス科、マメ科、ウリ科などの耐冷性を有することが期待される任意の植物にも適用可能であり、イネと同様に耐冷性が強化された植物を作製できると考えられる。
【0052】
2.フルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを導入したトランスジェニックイネの耐冷性
本発明のフルクタン合成酵素遺伝子1-SST又は6-SFTを含むトランスジェニックイネは、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子が導入されていない原品種(又は野生型)のイネと比較して、強化された耐冷性を有する。
【0053】
イネは夏作物であり、日本の一期作の場合、通常は4月~5月頃に種まき(播種)を行い、晩夏~秋に収穫する。発芽後のイネは、幼苗期、分げつ期、幼穂形成期、穂ばらみ期(花粉形成期)、出穂期、開花期、登熟期などの各生育時期を経て結実する。元来は熱帯性作物であるイネは、生育中に冷温に遭遇することにより様々な障害を生じ、収穫量が大幅に減少する(冷害の発生)。例えば、幼苗期の場合12℃以下、穂ばらみ期の場合19℃以下、登熟期の場合15℃以下の気温条件に遭遇すると、冷害が発生する可能性が高い。冷温によって引き起こされる具体的な障害は、イネが冷温に曝露される生育時期によって様々である。例えば、幼苗期(生育初期)から登熟期までの各期における冷温は生育遅延を引き起こし、結果として秋冷により登熟不良のままとなるだけでなく、いもち病等の病害発生率も上昇させる。一方、穂ばらみ期から開花期にかけての冷温は、不受精を引き起こして稔実率を低下させ、不稔籾や落花を多く生じさせる。幼苗期、穂ばらみ期及び開花期の冷温は、とりわけ深刻な冷害を引き起こしやすい。
【0054】
本発明のトランスジェニックイネにおいては、上記のような各生育時期での冷温に対する耐性が強化されるが、とりわけ、幼苗期耐冷性及び/又は穂ばらみ期耐冷性の強化が認められる。幼苗期耐冷性とは、発芽後の生育初期に当たる幼苗期に受ける冷温に対する耐性であり、穂ばらみ期耐冷性とは、花粉などの生殖細胞の減数分裂及びそれに続く成熟が起こる時期に当たる穂ばらみ期に受ける冷温に対する耐性である。このため、好ましい実施形態では、本発明のトランスジェニックイネは幼苗期又は穂ばらみ期の冷温による障害を大きく軽減することができる。
【0055】
本発明において「耐冷性」とは、冷温障害を軽減する能力、すなわち、イネが任意の生育時期に冷温に曝露された場合に、受ける障害を少なくするか又はその障害を受けないで生育できるイネの能力を言う。本発明において「冷温」とは、プラス温度域の低温、より具体的には日平均気温が0℃を超え20℃未満(本明細書では便宜的に0℃~20℃とも表記する)となる気温条件を意味するものとする。本発明のトランスジェニックイネの使用によって軽減されうる「冷温障害」は、冷温に曝露されたイネに生じうるいかなる障害であってもよい。このような「冷温障害」としては、例えば、生育遅延、生育不良、立枯れ、分げつ期の茎数の減少、幼穂形成遅延、穎花数減少、出穂遅延、開花遅延、不受精、開花不能、及び登熟不良などの他、それらの結果として引き起こされる生存率の低下、稔実率の低下、収穫量の減少などがあるが、これらに限定されるものではない。イネの冷温障害に関する詳細については、Science of the rice plant physiology Vol.2 Physiology、pp769-812, ISBN 4-540-94051-1を参照できる。
【0056】
本発明のトランスジェニックイネにおける耐冷性の強化は、冷温障害の程度が、原品種(又は野生型)のイネと比べて軽減されることによって、確認することができる。
【0057】
以下では、本発明のトランスジェニックイネの優れた幼苗期耐冷性及び穂ばらみ期耐冷性について、さらに詳細に説明する。
【0058】
幼苗期耐冷性
イネの幼苗期は、発芽後から第4葉期頃までの生育時期である。栽培方法やその年の天候などによって違いはあるが、日本の一期作ではだいたい5月中旬~6月初旬に当たる。幼苗期の冷温による障害としては、例えば、枯死とその結果としての生存率の低下、生育不良、生育遅延、立枯病の発生などが挙げられる。特にイネの直播栽培では、幼苗期のイネの生育の良否がその後の生育に大きな影響を及ぼすことが知られている。
【0059】
限定するものではないが、本発明における「幼苗期耐冷性」は、幼苗期において日平均気温が好ましくは0℃を超え12℃以下(0℃~12℃)、より好ましくは0℃を超え5℃以下(0℃~5℃)となる冷温に曝露されたイネの生存率によって、評価することができる。この幼苗期耐冷性は、標準的な耐冷性試験によって評価することができるが、特に以下のような手順で評価することが好ましい。
【0060】
まず、イネ種籾を播種し発芽させてから25℃/19℃(昼/夜)[昼(15時間)を25℃とし、夜(9時間)を19℃とするサイクル]の気温条件下で生育させ、続いて播種後10日目の幼苗(葉齢2.5~3.5、草丈10cm前後)を5℃(昼夜)の気温条件下に置いて14日間処理し、さらにそのイネを上記の25℃/19℃の気温条件下に戻して生育させ、冷温処理の7日後の生存率を調べる。これらの気温等の条件以外については、イネの栽培実験法における通常条件とする。生存率は、冷温処理後の7日間に新葉展開(生育再開)した個体を生存と判断し、新葉を展開しない、つまり生育を再開しない個体を枯死と判断して、生存率(%)=新葉展開個体数÷全供試個体数×100として算出する。
【0061】
幼苗期に冷温処理を施したトランスジェニックイネの上記生存率が、原品種のイネと比較して高い場合、そのトランスジェニックイネにおいては幼苗期耐冷性が強化されたものと判断できる。本発明のトランスジェニックイネにおいては、上記に従って算出される生存率が、原品種のイネと比較して有意に高いことが好ましい。本発明のトランスジェニックイネの生存率は、好ましくは30%~100%、より好ましくは50%~100%である。
【0062】
穂ばらみ期(花粉形成期)耐冷性
イネの穂ばらみ期は、出穂より16日から10日程前の、花粉の形成及び発達が起こる時期である。栽培方法やその年の天候などによって違いはあるが、日本の一期作ではだいたい7月中旬~8月初旬に当たる。穂ばらみ期の冷温による障害としては、例えば、不受精及びそれによる不稔(稔実率の低下)、出穂遅延、葉鞘褐変病の発生などが挙げられる。イネにおいて穂ばらみ期はその後の種子形成に大きな影響を与える時期であり、この時期の冷温は、花粉形成を抑制することにより種子形成数を大きく減少させる。
【0063】
限定するものではないが、本発明における「穂ばらみ期耐冷性」は、穂ばらみ期において日平均気温が0℃を超えて20℃未満、好ましくは12℃以上18℃以下となる冷温に曝露されたイネの稔実率によって、評価することができる。この穂ばらみ期耐冷性は、標準的な耐冷性試験によって評価することができるが、特に以下のような手順で評価することが好ましい。
【0064】
まず、イネ種籾を播種し発芽させた後、26℃/20℃(昼/夜)[昼(15時間)を26℃とし、夜(9時間)を20℃とするサイクル]で生育させ、出穂期の16日前~10日前までの生長段階にあるイネ(ユキヒカリの場合、葉齢10~11、葉耳間長マイナス4~0cm)を4日間にわたり12℃(昼夜)の気温条件下に置いて生育させて、その後再び上記の26℃/20℃(昼/夜)の気温条件に戻して生育させ、出穂・開花させて種子を形成させた後、稔実率を算出する。これらの気温等の条件以外については、イネの栽培実験法における通常条件とする。稔実率は、穂全体の籾の90%以上が黄化した穂から採取される全部の籾について、全籾数(籾の総数)と、稔実籾数(種子(米)が含まれている籾の数)を計数して、稔実率(%)=稔実籾数÷全籾数×100として算出する。
【0065】
上記のように穂ばらみ期に冷温処理を施した本発明のトランスジェニックイネの上記稔実率、特に出穂16日前の穂ばらみ期イネに冷温処理を施した場合の稔実率が、系統全体として、原品種のイネと比較して高い場合、そのトランスジェニックイネの穂ばらみ期耐冷性が強化されたものと判断できる。本発明のトランスジェニックイネにおいては、上記に従って算出される稔実率の系統毎の平均値が、原品種のイネと比較して有意に高いことが好ましい。本発明のトランスジェニックイネの上記稔実率は、例えば出穂16日前に冷温処理を施した場合、好ましくは40%~100%、より好ましくは50%~80%である。
【実施例】
【0066】
以下、実施例及び図面を参照して本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
参考例1: フルクタン合成酵素遺伝子の単離
本参考例におけるフルクタン合成酵素遺伝子1-SST及び6-SFTの取得は、非特許文献3の記載に従って行った。
【0068】
1)秋播コムギ系統PI 173438からのcDNA及びcDNA ライブラリーの調製
9月下旬にバットに播種し、自然条件下で11月22日まで生育させたコムギ(Triticum aestivum L.)系統PI173438のクラウン部分よりmRNAを常法により抽出した。得られたmRNA 5μgを用いてcDNA合成キット(STRATAGENE社製)を利用してcDNAを合成した。さらに、合成されたcDNAをλZAP Expression vector (STRATAGENE 社製)に組み込み、cDNAライブラリーを作製した。
【0069】
2)cDNA ライブラリーからの1-SST遺伝子部分断片及び6-SFT遺伝子部分断片の単離
上記の通り合成されたcDNAを鋳型とし、以下のフォワードプライマー及びリバースプライマーを用いてPCRを行った。
・フォワードプライマー: 5' A-T-G-A-A-T/C-G-A-T/C-C-C-N-A-A-T/C-G-G 3'(配列番号9)
・リバースプライマ-: 5' C-C-N-G-T-N-G-C-A/G-T-T-A/G-T-T-A/G-A-A 3'(配列番号10)
【0070】
これらのフォワードプライマー及びリバースプライマーは、既知のフルクタン合成酵素遺伝子の塩基配列(Genbankアクセッション番号X83233, AJ006066, Y07838, AF492836, AJ567377, AJ009756, Y09662等)の間で高度に保存された領域に基づいて設計したものである。PCRは50μlの反応系で行った。EX Taq DNAポリメラーゼ(TAKARA BIO INC.;5units/μl)を1μl、10×ポリメラーゼバッファー(MgCl2を含む)を5μl、dNTP液(10mM)5μl、上記の各プライマー(12μM)を2μl、及び上記で合成したcDNA約10ngを混合し、さらに反応液全量を蒸留水で50μlとした。用いたPCRの反応条件及び反応回数は、以下の表2に示す。
【0071】
【表2】
JP0004714894B2_000003t.gif

【0072】
PCR反応後、電気泳動によりPCR産物の確認を行ったところ、予測された長さの核酸断片(1500塩基前後)が増幅されていた。得られたPCR断片を常法によりクローニングし、複数の陽性クローンを得た。それら陽性クローンに含まれるDNA挿入断片について、DYEnamic ET Terminal Cycle Sequenceing Kit (Amersham Bioscience社製)を用いて、ABI社製DNAシーケンサー(PRISM 377XL)により塩基配列を決定し、さらに上述した既知のフルクタン合成酵素遺伝子との比較解析を行った。その結果、既知のフルクタン合成酵素遺伝子と50%以上の塩基配列相同性を有するDNA挿入断片が複数個示された。これらのDNA断片は、コムギのフルクタン合成酵素遺伝子の部分断片と推定された。
【0073】
3) フルクタン合成酵素遺伝子の全長を含むcDNAの単離及びその塩基配列の決定
上記1)で得られたcDNAライブラリーについて、上記のフルクタン合成酵素遺伝子の部分断片をアイソトープで標識したプローブを利用して、常法によりハイブリダイゼーションアッセイを行った。得られた陽性クローンに含まれるDNA挿入断片について、DYEnamic ET Terminal Cycle Sequenceing Kit (Amersham Bioscience社製)を用いて、ABI社製DNAシーケンサー(PRISM 377XL)により、塩基配列を決定した。決定された塩基配列の解析から、1989塩基からなり、662アミノ酸からなるアミノ酸配列をコードし、かつペレニアルライグラス1-SST遺伝子(Genbankアクセッション番号AJ297369)と72%(アミノ酸配列ベース)の相同性を有する塩基配列(配列番号1)を含むDNA断片が挿入されたクローンが見出された。同様に、1851塩基からなり、616アミノ酸からなるアミノ酸配列をコードし、かつオオムギの6-SFT遺伝子(Genbankアクセッション番号X83233)と93%(アミノ酸配列ベース)の相同性を有する塩基配列(配列番号3)を含むDNA断片が挿入されたクローンが見出された。このことから、これらのDNA挿入断片は、それぞれ異なるコムギ・フルクタン合成酵素遺伝子を含むcDNAと考えられた。
【0074】
4) 単離したコムギフルクタン合成酵素遺伝子にコードされるタンパク質の機能解析
上記3)で得られた2種類のコムギ・フルクタン合成酵素遺伝子全長をそれぞれ含む陽性クローンから、各オープンリーディングフレーム(配列番号1又は3の塩基配列)を含むDNA断片を調製し、それを発現ベクターpPICZαB(Invitrogen社製、EasySelect Pichia Expression Kit)にクローニングし、常法に従いエレクトロポレーション法により酵母(ピキア・パストリス[Pichia pastoris])にベクターを組み込んだ。ここで利用した発現ベクターpPICZαBは、酵母用液体培地中のメタノールに特異的に反応して当該ベクターにクローニングした遺伝子の発現を誘導するAOX1プロモーター配列、及び酵母内で発現した組み換えタンパクを酵母外つまり培地中に分泌する為に必要となるαファクターと呼ばれる分泌因子の配列を含む。
【0075】
上記の各DNA断片を組み込んだ発現ベクターpPICZαBで形質転換された酵母を、メタノールを炭素源とした液体培地中で4日間培養してから、その培養液を分離し限外濾過型フィルターにより約20倍に濃縮した。その濃縮液を粗酵素液として、基質となるスクロース又は1-ケストースと混ぜ、4℃で8時間反応させた。そしてHPAEC法によって反応生成物を分析することにより、培養液に含まれる組み換えタンパク質の酵素活性について解析した。その結果、配列番号1の塩基配列を含むDNA断片を組み込んだ発現ベクターを導入した酵母の培養液では、スクロースを唯一の基質として与えた場合、1-ケストース(スクロースにβ2,1-結合でフルクトースが1つ転移された3糖)の合成活性が検出されたが、一方、1-ケストースを唯一の基質として反応させた場合には、4糖である1,1-ニストースの合成活性が3糖合成活性に比べ著しく低いレベルで検出された。従ってこのDNA断片は、スクロース:スクロース 1-フルクトシルトランスフェラーゼ活性を持つ酵素をコードすることが示されたことから、すなわちそのDNA断片に含まれる遺伝子がコムギ1-SST遺伝子であることが明らかになった。
【0076】
また配列番号3の塩基配列を含むDNA断片を組み込んだ発現ベクターを導入した酵母の培養液では、スクロースを唯一の基質として与えた場合、1-ケストースを合成する活性、及び6-ケストース(スクロースにβ2,6-結合でフルクトースが1つ転移された3糖)の合成活性が検出されたが、一方、1-ケストースを唯一の基質として反応させた場合には、4糖以上のフルクタン合成活性がほとんど検出されなかった。したがってこのDNA断片は、スクロース:スクロース 6-フルクトシルトランスフェラーゼ活性を持つ酵素をコードすることが示されたことから、すなわちそのDNA断片に含まれる遺伝子がコムギ6-SFT遺伝子であることが明らかになった。
【0077】
以上のようにして、コムギ1-SST遺伝子(配列番号1)及び6-SFT遺伝子(配列番号3)の単離が確認された。
【0078】
実施例1: フルクタン合成酵素遺伝子1-SST及び6-SFTの導入によるイネの形質転換及びイネ植物体の再生
以下のようにして、参考例1で単離されたフルクタン合成酵素遺伝子1-SST及び6-SFTを、Ti系ベクターであるPMLH7133(Mitsuhara I. et al., (1996) Efficient promoter cassettes for enhanced expression of foreign genes in dicotyledonous and monocotyledonous plant. Plant Cell Physiol. 37:49-59)中のCaMV 35Sプロモーターの下流に、センス鎖方向で導入した。
【0079】
まず、完全長フルクタン合成酵素遺伝子1-SST cDNAを、参考例1で得られた1-SST cDNA含有クローンを鋳型とし、プライマー5'- ttggatccattatggattcgtctcgcgtc -3'(下線部はBamHI部位;配列番号11)及びプライマー5'- aagagctcctaatcgacgactaccaagtc -3'(下線部はSacI部位;配列番号12)を用いたPCR増幅により調製した。また完全長フルクタン合成酵素遺伝子6-SFT cDNAを、参考例1で得られた6-SFT cDNA含有クローンを鋳型とし、プライマー5'- ctggatccaagatggggtcacacggcaag -3'(下線部はBamHI部位:配列番号13)及びプライマー5'- ccgagctctcattgaacatacgagtgatc -3'(下線部はSacI部位;配列番号14)を用いたPCR増幅により得た。これらの増幅断片をそれぞれBamHI及びSacIで処理し、BamHI-SacI断片を調製した。調製した1-SST遺伝子含有BamHI-SacI断片又は6-SFT遺伝子含有BamHI-SacI断片を、BamHI及びSacIを用いて切断したPMLH7133ベクターに、センス鎖方向でライゲーションした。得られた核酸構築物を、既報のプロトコール(Hiei Y., Ohta S., Komari T., kumashiro T. (1994) Efficient transformation of rice (Oryza sativa L.) mediated by Agrobacterium and sequence analysis of the boundaries of the T-DNA. Plant J. 6:271-282)に従って、アグロバクテリウム法により、イネ(Oryza sativa L. cv, Yukihikari;「ユキヒカリ」)のカルスに導入した。形質転換カルスを選抜するため、遺伝子導入したカルスをMSRE培地に移植してハイグロマイシン耐性について選択した。選抜されたカルスはさらに再分化培地(N6SE)に移植し、明所で再分化させた。次に、再分化個体を検定培地(MSHF)に置床し、ハイグロマイシン耐性について検定した。同培地上で発根し、正常に生育した個体を馴化させ、ポットに移植することにより、イネ植物体へと再生させた。再生された植物体(T0世代)については、自家受粉によってT2世代までの交配を行った。以上の実験に使用した培地の組成は以下の通りである。
【0080】
【表3】
JP0004714894B2_000004t.gif

【0081】
【表4】
JP0004714894B2_000005t.gif

【0082】
【表5】
JP0004714894B2_000006t.gif

【0083】
次いで、得られたT0世代、T1世代及びT2世代の植物体からシュートを切り取り、常法によりそのシュートからゲノムDNAを抽出し、それを鋳型として、ベクターPMLH7333のプロモーター領域に含まれるダイズファゼオリン遺伝子の第1イントロン配列に特異的なプライマー(5'- ggtaagtaattgctactggtatcacttg -3';配列番号15)、及び1-SST cDNAに特異的なプライマー(5'- ggagcccgacggggtgtactg -3';配列番号16)又は6-SFT cDNAに特異的なプライマー(5'- ctcaacggcggaggcgtt -3';配列番号17)を用いてPCRスクリーニングを行い、ホモ接合系統を選抜した。これにより、フルクタン合成酵素遺伝子1-SSTをホモ接合で有するイネ系統として、I16-2-1系統、I22-1-1系統、I24-6-1系統、I29-5-1系統、I31-10-1系統が得られた。またフルクタン合成酵素遺伝子6-SFTをホモ接合で有するイネ系統として、S33-5-2系統、S50-5-1系統、S51-2-1系統が得られた。
【0084】
実施例2:フルクタン合成酵素遺伝子を導入したトランスジェニックイネの発現解析
実施例1で得られた、フルクタン合成酵素遺伝子がホモ接合性のトランスジェニック系統イネ(T2世代;原品種は「ユキヒカリ」)について、以下の通り、CaMV 35Sプロモーターの制御下でフルクタン合成酵素遺伝子を過剰発現させた際の組織内フルクタン蓄積量及びフルクタン合成酵素遺伝子発現の解析を行った。
【0085】
1)フルクタン蓄積量及び蓄積フルクタンの解析
実施例1で得られたすべての系統のフルクタン合成酵素遺伝子1-SST導入イネ植物体、及びフルクタン合成酵素遺伝子6-SFT導入イネ植物体、並びにコントロールとしてフルクタン合成酵素遺伝子遺伝子を導入していないイネ植物体(原品種の「ユキヒカリ」)から得られた葉組織1gを細かく裁断し、10mlの熱水(内部標準として1mg/mlのプロピレングリコールを含む)中で1時間煮沸し、抽出液を0.45μmのフィルターで濾過した。濾過液の各種糖含量はRI検出を用いたHPLCで測定した。カラムはShowdex KS802とKS803(いずれもShowa Denko KK., Tokyo, Japan)を連結したものを用い、カラム温度50℃、移動相を水として0.8ml/minで分離し、フルクトース含量、グルコース含量、スクロース含量、フルクタン含量に分け測定した。この測定により、フルクタン合成酵素遺伝子を導入していないイネでは、フルクタンが検出されなかったが、一方、フルクタン合成酵素遺伝子導入イネでは、1-SST導入系統と6-SFT導入系統の両方でフルクタンの蓄積が検出された。
【0086】
蓄積されたフルクタンの構造は、DIONEX社のDX500を用いたHPAEC(High Performance nion-Exchange Chromatography)法による測定を利用して調べた。この測定では、カラムはCarbopac PA1(DIONEX社製)を使用し、検出器は、Pulsed Amperometric Detector ED40(DIONEX社製)を用いた。カラム温度は室温とし、150mM水酸化ナトリウムを溶離液とした。上記濾過液中の成分を酢酸ナトリウムの濃度勾配(25mM~500mM、40分)を用いて溶出し、その流速は1ml/minとした。
【0087】
フルクタン合成酵素遺伝子1-SST導入イネ由来の試料についてこの測定で得られた溶出プロファイルを、コントロールである原品種ユキヒカリ由来の試料、及びキクイモ塊茎由来の試料を用いて同じ測定により得られた溶出プロファイルと比較した。この結果を図1に示す。
【0088】
キクイモは、スクロースにβ2,1-結合でフルクトースが重合したフルクタンを塊茎に蓄積することが知られている(Shiomi, N., New Phytologist (1993) vol.123, p263-270)。図1の溶出プロファイル(A)には、キクイモ塊茎に蓄積された重合度の異なるフルクタンを表す複数のピークが示されている。そして1-SST遺伝子導入イネ由来の試料では、それらのピークと対応するように、1-ケストース(スクロースを構成するフルクトースに他のフルクトースがβ2,1-結合で転移した3糖フルクタン)、及び、1-ケストースにさらなるフルクトースがβ2,1-結合で転移した重合度4~7のフルクタンが蓄積していることが示された(図1(B))。一方、コントロールである原品種ユキヒカリのイネについては、スクロースのピークは検出されたが、各重合度のフルクタンに対応するピークは検出されなかった。従って1-SST遺伝子導入イネでは、β2,1-結合フルクトースを含有するフルクタンを生成できる1-SST酵素が蓄積されることが確認できた。
【0089】
さらに、1-SST遺伝子導入イネ、6-SFT遺伝子導入イネ、及びコントロールである原品種ユキヒカリ由来の試料について上記測定でそれぞれ得られた溶出プロファイルを比較した。この結果を図2に示す。図2に示される通り、6-SFT遺伝子導入イネ由来の試料では、1-SST遺伝子導入イネとは異なる可溶性糖類のピークが検出された。このことから、6-SFT遺伝子導入イネでは、1-SST遺伝子導入イネとは異なる糖類が蓄積していることが示された。
【0090】
続いて、6-SFT遺伝子導入イネ由来の試料の溶出プロファイルを、6-SFT遺伝子の単離源である秋播コムギ(開花後10日目)の茎から上記と同様にして抽出した試料について同じ測定によって得られた溶出プロファイルと比較した。この結果を図3に示す。なお秋播コムギが生成するフルクタンは、β2,6-結合フルクトースを有するフルクタンを多く含むことが知られている。図3の上段の溶出プロファイルには、秋播コムギの茎に蓄積されるβ2,6-結合を有する各種重合度のフルクタンを表す複数のピークが示されている。6-SFT遺伝子導入イネ由来の試料では、それらのピークと対応するように、スクロースを構成するフルクトースに他のフルクトースがβ2,6-結合で転移したフルクタン(図3(C)の6K)、及び1-ケストース(3糖;図3(C)の1K)を構成するフルクトースのうちグルコースに結合したフルクトースにβ2,6-結合で他のフルクトースが転移したフルクタン(図3(C)のB、2、4、6)のピークが検出された。従って、6-SFT遺伝子導入イネでは、β2,6-結合フルクトースを含有するフルクタンを生成できる6-SFTが蓄積されることが確認できた。
【0091】
2)ノーザンブロット解析
実施例1で得られた1-SST遺伝子導入イネ植物体、及び6-SFT遺伝子導入イネ植物体における1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子の発現について、以下のようにノーザンブロット解析を行った。
【0092】
まず、本解析で1-SST mRNAを検出するためのプローブは、参考例1で得られた完全長1-SST cDNAを含むベクターを鋳型として、プライマー 5'- gccaacgcgttcccgtggagc -3'(配列番号18)及び5'- atcgacgactaccaagtcatcatctgtgt -3'(配列番号19)とEX Taqポリメラーゼ (TAKARA BIO INC.)を用いたPCR増幅によって作製した。また6-SFT mRNAを検出するためのプローブは、参考例1で得られた完全長6-SFT cDNAを含むベクターを鋳型として、プライマー 5'- gcgggcgggttcccgtggagcaa -3'(配列番号20)及び5'- ttgaacatacgagtgatcgtccatattggag -3'(配列番号21)とEX Taqポリメラーゼ (TAKARA BIO INC.)を用いたPCR増幅によって作製した。これらの増幅断片は、ゲル精製した後、それぞれランダムヘキサマープライミング法(BcaBestTM Labeling Kit; TAKARA BIO INC.)を用いて32P-dCTP標識したものを、プローブとして用いた。
【0093】
1-SST遺伝子導入イネ(I16-2-1系統、I22-1-1系統、I24-6-1系統、I29-5-1系統、I31-10-1系統)、6-SFT遺伝子導入イネ(S33-5-2系統、S50-5-1系統、S51-2-1系統)、及びコントロールである原品種ユキヒカリから、播種後人工気象下25℃/19℃<昼/夜>で生育させて10日目の幼植物体の地上部から常法によりRNAを抽出した、。
【0094】
調製した全RNAは、1.2%アガロースゲルで電気泳動した後、ナイロンフィルターに転写した。このフィルターをハイブリダイゼーションバッファー(50%ホルムアミド、5×SSPE、5×デンハルト液、0.5% SDS、0.2mg/mlサケ精子精製DNA)中で1時間かけてプレハイブリダイゼーションに供し、次いで上記で作製したプローブを添加して、42℃で12時間以上ハイブリダイズさせた。このフィルターについて、2×SSC、0.1% SDS中、15分間、室温での洗浄を2回行い、さらに0.2×SSC、0.1% SDS中、65℃で30分間の洗浄を2回行った。洗浄したフィルターをX線フィルムに暴露し、可視化した。
【0095】
以上のノーザンブロット解析の結果を図4に示す。図4に示される通り、いずれの1-SST遺伝子導入イネ系統でも、1-SSTの遺伝子レベルの発現を確認することができた。同様に、いずれの6-SFT遺伝子導入イネ系統においても、6-SFTの遺伝子レベルの発現を確認することができた。コントロールである原品種ユキヒカリについては、1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子のどちらについても発現は全く検出されなかった。
【0096】
実施例3: フルクタン合成酵素遺伝子を導入したトランスジェニックイネの幼苗期耐冷性
4系統の1-SST遺伝子導入イネ(I16-2-1系統、I22-1-1系統、I24-6-1系統、I29-5-1系統)及び3系統の6-SFT遺伝子導入イネ(S33-5-2系統、S50-5-1系統、S51-2-1系統)及び原品種「ユキヒカリ」を播種し、人工気象下で気温25℃/19℃(昼/夜)[昼(15時間)を25℃とし、夜(9時間)を19℃とするサイクル]の環境下で生育させた。
【0097】
播種後10日目のイネ幼苗(各系統につき20個体ずつ2反復を実験に用いた)を気温5℃(昼夜)で14日間低温処理し、その後上記の気温25℃/19℃(昼/夜)の条件に戻して、低温処理の14日後の生存率を調べた。
【0098】
その結果、1-SST遺伝子導入イネ系統の生存率は、I16-2-1系統が53.7%、I22-1-1系統が75.8%、I24-6-1系統が52.1%、I29-5-1系統が88.1%であり、6-SFT遺伝子導入イネ系統の生存率は、S33-5-2系統が88.4%、S50-5-1系統が41.2%、S51-2-1系統が32.3%であった(図5)。原品種「ユキヒカリ」の生存率は9.3%であった(図5)。このように、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を導入したトランスジェニックイネは、幼苗期に曝露される冷温に対して高い耐性を有することが示された。
【0099】
実施例4: フルクタン合成酵素遺伝子を導入したトランスジェニックイネの穂ばらみ期耐冷性
1-SST遺伝子導入イネ系統I22-1-1、6-SFT遺伝子導入イネ系統(S33-5-2、S50-5-1)及び原品種「ユキヒカリ」を播種後、人工気象下で気温26℃/20℃(昼/夜)[昼(15時間)を26℃とし、夜(9時間)を20℃とするサイクル]の環境下で生育させた出穂期の16日前~10日前までの生長段階まで生育したイネを、4日間にわたり気温12℃(昼夜)で低温処理し、次いで再び上記の気温26℃/20℃(昼/夜)の環境に戻して生育させ、出穂・開花させて種子を形成させた。本実験では、円形20粒播きのポットに播種して生育させた1系統当たり合計100個体の成熟イネを用い、その各穂について出穂した日を記録付けしておいた上で、後日、低温処理した日が出穂日の何日前に当たるか(低温処理時の出穂前日数)を逆算した。そして、各穂について上述した計算式に従って稔実率を算出し、さらに系統毎の平均値を算出した。図6には、その結果をグラフにまとめた。
【0100】
また、低温処理時の出穂前日数が10日から16日であったそれらの各穂の稔実率から、算術平均により系統毎の平均稔実率を算出した。それぞれの系統の平均稔実率は、I22-1-1系統が61.0%、S33-5-2系統が39.8%、S50-5-2系統が43.0%であった。原品種「ユキヒカリ」の平均稔実率は32.5%であった。
【0101】
このように、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を導入したトランスジェニックイネは、穂ばらみ期に曝露される冷温に対して高い耐性を有することが示された。
【0102】
既に詳述した通り、イネにおいては穂ばらみ期に冷温に曝されることが稔実率低下に最も大きく影響する。本実施例では、稔実率に影響を及ぼすその最も危険な時期における冷温曝露の影響レベルを調べるために、イネ穂ばらみ期に相当する出穂の16日前~10日前の時期に冷温処理を行った。図6に示されている通り、1-SST遺伝子又は6-SFT遺伝子を導入した本発明のトランスジェニックイネは、穂ばらみ期に冷温処理した場合でさえ、原品種と比べて高い稔実率を示した。すなわち本発明のトランスジェニックイネは、最も危険な穂ばらみ期でさえ、冷温下での栽培が可能であることが示された。またこのように、穂ばらみ期の冷温処理に基づいて算出される平均稔実率は、本発明のトランスジェニックイネの冷温抵抗性を検定する上で好適な指標として使用できると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明のフルクタン合成酵素遺伝子を導入したトランスジェニックイネは、その栽培期間において冷温となりやすい地域でも冷温障害が軽減されるようなイネの栽培法を可能にするために用いることができる。また本発明のイネの耐冷性強化法は、既存のイネについて冷温条件下での高収量の栽培を可能にする目的で、そのイネに高度な耐冷性を付与するために用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】1-SST遺伝子導入イネから抽出した可溶性糖類の溶出プロファイル[(B)]、キクイモ塊茎[(A)]及び原品種ユキヒカリ[(C)]からのそれぞれの抽出物に含まれる可溶性糖類の溶出プロファイル、並びに溶出プロファイルにピークとして現れたフルクタンの構造[(D)]を示した図である。G:グルコース、F:フルクトース、S:スクロース、1~5:重合度3~7のフルクタン。
【図2】1-SST遺伝子導入イネ及び6-SFT遺伝子導入イネから抽出した可溶性糖類の溶出プロファイルの比較図である。
【図3】6-SFT遺伝子導入イネから抽出した可溶性糖類の溶出プロファイル、並びに秋播きコムギからの抽出物に含まれるフルクタンの構造を示した図である。1K: 1-ケストース、B: ビフルコース、2: 1&6,1 ケストペンタオース、4: 1,1,1 & 6 ケストヘキサオース、6: 1,1,1,1&6 ケストヘプトース、6K: 6-ケストース。: それぞれ異なる重合度のβ(2→6)結合フルクタン(レバン)である。
【図4】1-SST遺伝子導入イネ及び6-SFT遺伝子導入イネにおける、1-SST遺伝子及び6-SFT遺伝子のmRNAレベルの発現量を示した図である。I16: I16-2-1系統、I22: I22-1-1系統、I124: I24-6-1系統、I129: I29-5-1系統、I31: I31-10-1系統、cont: 原品種ユキヒカリ、S33: S33-5-2系統、S50: S50-5-1系統、S51: S51-2-1系統。
【図5】1-SST遺伝子導入イネ及び6-SFT遺伝子導入イネについて、系統毎の幼苗期耐冷性を示した図である。
【図6】1-SST遺伝子導入イネ及び6-SFT遺伝子導入イネについて、系統毎の穂ばらみ期耐冷性を示した図である。

【配列表フリ-テキスト】
【0105】
配列番号5~21の配列は、プライマーである。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5