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明細書 :光学活性分子の絶対配置決定方法、絶対配置決定装置、及びプログラム

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4547499号 (P4547499)
公開番号 特開2006-284390 (P2006-284390A)
登録日 平成22年7月16日(2010.7.16)
発行日 平成22年9月22日(2010.9.22)
公開日 平成18年10月19日(2006.10.19)
発明の名称または考案の名称 光学活性分子の絶対配置決定方法、絶対配置決定装置、及びプログラム
国際特許分類 G01N  21/19        (2006.01)
G01N  21/21        (2006.01)
FI G01N 21/19
G01N 21/21 Z
請求項の数または発明の数 12
全頁数 16
出願番号 特願2005-105319 (P2005-105319)
出願日 平成17年3月31日(2005.3.31)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 刊行物「JOC Article(J.Org.Chem.XXXX,XX),2004.10.12」に発表
審査請求日 平成19年10月30日(2007.10.30)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
発明者または考案者 【氏名】田中 康隆
【氏名】石田 俊正
個別代理人の代理人 【識別番号】100079049、【弁理士】、【氏名又は名称】中島 淳
【識別番号】100084995、【弁理士】、【氏名又は名称】加藤 和詳
【識別番号】100085279、【弁理士】、【氏名又は名称】西元 勝一
【識別番号】100099025、【弁理士】、【氏名又は名称】福田 浩志
審査官 【審査官】樋口 宗彦
参考文献・文献 特開2004-264049(JP,A)
国際公開第2005/026704(WO,A1)
特開2003-207444(JP,A)
特開平11-237375(JP,A)
調査した分野 G01N21/00-21/01,21/17-21/61
PATOLIS
JSTPlus,JST7580,JMEDPlus
特許請求の範囲 【請求項1】
光学活性分子の円二色性スペクトル及び吸収スペクトルを測定するスペクトル測定工程と、
前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、R体及びS体の分子構造から理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成する理論スペクトル生成工程と、
前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、理論吸収スペクトルの実測吸収スペクトルからのシフト量を用いて理論円二色性スペクトルを補正するスペクトル補正工程と、
実測円二色性スペクトルのコットン効果の符号と補正後のR体の理論円二色性スペクトルのコットン効果の符号とを比較して、両符号が一致する場合には前記光学活性分子の絶対配置はR体であると判定し、両符号が一致しない場合には前記光学活性分子の絶対配置はS体であると判定する絶対配置判定工程と、
を有する光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項2】
前記理論スペクトル生成工程において、前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、最安定構造の原子座標を設定し、設定された原子座標を用いて遷移エネルギーに対応する吸収波長での旋光強度を演算し、演算された旋光強度と吸収波長との関係に基づいて理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成する請求項1に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項3】
最安定構造を含む複数の安定構造が存在する場合に、複数の安定構造の各々について理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成し、各安定構造の存在確率に応じた重み付けを行って真の理論円二色性スペクトル及び真の理論吸収スペクトルを各々生成する請求項1又は2に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項4】
前記光学活性分子の全電子を考慮した分子軌道計算により前記旋光強度を演算する請求項2又は3に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項5】
密度汎関数法を用いた分子軌道計算により前記旋光強度を演算する請求項2乃至4のいずれか1項に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項6】
下記式(1)に従い演算した旋光強度Rと下記式(2)に従い演算した旋光強度Rとが一致するように、前記密度汎関数法に用いる基底関数系を選択する請求項5に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【数1】
JP0004547499B2_000006t.gif
【数2】
JP0004547499B2_000007t.gif

【請求項7】
前記光学活性分子の励起状態を時間依存密度汎関数法で取り扱う請求項5又は6に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項8】
前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、とり得る総ての立体配座の各々について分子力場計算と分子軌道計算とにより全エネルギーを計算し、計算された全エネルギーが最小となる立体配座を前記最安定構造とする請求項2乃至7のいずれか1項に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項9】
前記理論スペクトル生成工程において、前記遷移エネルギーに対応する吸収波長を中心波長として、前記旋光強度を積分エネルギーとしたピーク波形の関数を当てはめてモデル関数を作成し、理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成する請求項2乃至8のいずれか1項に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項10】
前記ピーク波形の関数がガウス関数である請求項9に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法。
【請求項11】
光学活性分子の実測円二色性スペクトル及び実測吸収スペクトルを表す情報と、前記光学活性分子のR体及びS体の分子構造を表す情報とを入力する入力手段と、
前記入力手段から入力された前記情報を記憶する記憶手段と、
前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、前記記憶手段に記憶された分子構造を表す情報を読み出し、該情報に基づいて分子軌道計算を実施し、該分子軌道計算の結果に基づいて理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成する生成手段と、
前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、前記記憶手段に記憶された実測吸収スペクトルを表す情報を読み出し、前記生成手段で得られた理論吸収スペクトルの実測吸収スペクトルからのシフト量を演算し、演算したシフト量を用いて理論円二色性スペクトルを補正する補正手段と、
前記記憶手段に記憶された実測円二色性スペクトルを表す情報を読み出し、実測円二色性スペクトルのコットン効果の符号と補正後のR体の理論円二色性スペクトルのコットン効果の符号とを比較して、両符号が一致する場合には前記光学活性分子の絶対配置はR体であると判定し、両符号が一致しない場合には前記光学活性分子の絶対配置はS体であると判定する判定手段と、
を有する光学活性分子の絶対配置決定装置。
【請求項12】
コンピュータに、
光学活性分子の実測円二色性スペクトル及び実測吸収スペクトルを表す情報と、前記光学活性分子のR体及びS体の分子構造を表す情報とを取得するステップと、
取得された前記情報を記憶手段に記憶するステップと、
前記記憶手段に記憶された前記分子構造を表す情報を読み出し、前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、該情報に基づいて分子軌道計算を実施し、分子軌道計算の結果に基づいて理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成するステップと、
前記記憶手段に記憶された実測吸収スペクトルを表す情報を読み出し、前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、理論吸収スペクトルの実測吸収スペクトルからのシフト量を演算し、演算したシフト量を用いて理論円二色性スペクトルを補正するステップと、
前記記憶手段に記憶された実測円二色性スペクトルを表す情報を読み出し、実測円二色性スペクトルのコットン効果の符号と補正後のR体の理論円二色性スペクトルのコットン効果の符号とを比較して、両符号が一致する場合には前記光学活性分子の絶対配置はR体であると判定し、両符号が一致しない場合には前記光学活性分子の絶対配置はS体であると判定するステップと、
を実行させるためのプログラム。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性分子の絶対配置決定方法、絶対配置決定装置、及びプログラムに関し、特に、光学活性分子の実測円二色性スペクトルと理論円二色スペクトルとを比較して、その絶対配置を決定する光学活性分子の絶対配置決定方法及び決定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子はその構造によっては右手体(以下、「R体」という。)と左手体(以下、「S体」という。)の一対が存在する場合がある。いわゆる光学活性分子である。この光学活性分子においては、時としてR体とS体の一方は薬として、もう一方は毒として働くような極端な場合がある。サリドマイド禍がその例である。このため一対のうち必要な方だけを選択的に合成する方法や、R体とS体の混合物から各々を分離する技術の開発が進められている。しかしながら、R体とS体の一方が分離されても、分離した化合物がR体なのかS体なのかは簡単には分らない。即ち、光学活性分子の絶対配置を決定することは容易ではない。
【0003】
従来、光学活性分子の絶対配置は以下の方法により決定されていた。(1)絶対配置が既知の原料や触媒を用いた場合は原料や触媒と生成物の旋光度や円二色性スペクトル(以下、「円二色性スペクトル」という。)を比較して類推する、(2)励起子キラリティ法が適用できる場合はこれを用いる、(3)単結晶X線構造解析の際に異常散乱を測定する、(4)絶対配置が既知の分子と共結晶を作成し、単結晶X線構造解析を行う、(5)分子軌道法、密度汎関数法などの電子状態計算によりR体とS体の理論円二色性スペクトルを算出し、実験により得られる円二色性スペクトルと比較する等である(非特許文献1を参照)。

【非特許文献1】宍戸昌彦(岡山大学工学部)、「らせん高分子の円二色性計算」、第5回高分子計算機研究会講演要旨集、1994年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、(1)及び(2)の決定方法には、適用できる光学活性分子の構造が制約される、構造解析に時間がかかるという問題があった。また(3)及び(4)の決定方法には、高価なX線構造解析装置が必要であるという問題があった。更に(5)の決定方法には、理論円二色性スペクトルが長波長側又は短波長側にシフトするため、実験により得られる円二色性スペクトルがいずれの理論円二色性スペクトルに近似しているのか判断することができず、R体かS体かの判定が難しいという問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題を解決すべく成されたものであり、本発明の目的は、光学活性分子の絶対配置を簡易且つ確実に決定する光学活性分子の絶対配置決定方法及び決定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために請求項1に記載の光学活性分子の絶対配置決定方法は、光学活性分子の円二色性スペクトル及び吸収スペクトルを測定するスペクトル測定工程と、前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、R体及びS体の分子構造情報から理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成する理論スペクトル生成工程と、前記光学活性分子のR体及びS体の各々について、理論吸収スペクトルの実測吸収スペクトルからのシフト量を用いて理論円二色性スペクトルを補正するスペクトル補正工程と、実測円二色性スペクトルのコットン効果の符号と補正後のR体の理論円二色性スペクトルのコットン効果の符号とを比較して、両符号が一致する場合には前記光学活性分子の絶対配置はR体であると判定し、両符号が一致しない場合には前記光学活性分子の絶対配置はS体であると判定する絶対配置判定工程と、を有することを特徴としている。
【0007】
本発明の光学活性分子の絶対配置決定方法では、絶対配置を決定したい光学活性分子の円二色性スペクトル及び紫外-可視吸収スペクトル(以下、「紫外-可視吸収スペクトル」を単に「吸収スペクトル」という。)を測定すると共に、その光学活性分子のR体及びS体の理論円二色性スペクトル及び理論吸収スペクトルを各々生成する。円二色性スペクトルはR体とS体とで異なっているが、吸収スペクトルはR体でもS体でも同じである。また、円二色性スペクトルは吸収スペクトルとほぼ同じ波長にピークを有している。
【0008】
従って、理論吸収スペクトルが、実測吸収スペクトルからどの程度シフトしているか(シフト量)に応じて、理論円二色性スペクトルを補正することで、理論円二色性スペクトルのパターンが実測円二色性スペクトルのパターンに非常に近づき、実測円二色性スペクトルのコットン効果の符号と理論円二色性スペクトルのコットン効果の符号とを正確に比較することが可能になる。これにより、光学活性分子の絶対配置を簡易且つ確実に決定することができるのである。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように本発明によれば、光学活性分子の絶対配置を簡易且つ確実に決定することができる、という効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態の一例を詳細に説明する。
【0011】
(絶対配置決定装置の構成)
図1は、本実施の形態に係る絶対配置決定装置(以下、「決定装置」という。)の概略構成を示すブロック図である。この決定装置は、演算及び各種の制御を行うCPU10、CPU10の演算及び制御プログラムを記憶したROM12、作業エリアを備えたRAM14、分子軌道計算用の各種プログラムや各種データファイル等を記憶するハードディスクドライブ(HDD)16及び入出力インターフェース18がバス20によって接続されて構成されている。後述する絶対配置決定処理を実行するためのプログラムはROM12に格納されている。
【0012】
入出力インターフェイス(I/F)18には、円二色性スペクトル(以下、「CDスペクトル」という。)を測定する測定装置22、及び紫外-可視吸収スペクトル(以下、「UVスペクトル」という。)を測定する測定装置24が接続されており、測定したスペクトルデータを取り込むことが可能となっている。また、I/F18には、ディスプレイ等の表示装置26及びキーボードやマウス等の入力装置28が接続されており、スペクトルデータを表示装置26に表示したり、オペレータが入力装置28からコマンドや分子構造に関する情報を入力することが可能となっている。
【0013】
(絶対配置決定処理)
図2は、光学活性分子の絶対配置決定処理の処理ルーチンを示すフローチャートである。この処理は、プログラムを起動するためのコマンド入力により開始され、上記決定装置のCPU10により実行される。ここでは、絶対配置は不明であるが絶対配置以外の分子構造が判明している光学活性分子(以下、「ターゲット」という。)について、その絶対配置を決定する場合について説明する。
【0014】
オペレータの操作により、測定装置22でターゲットのCDスペクトルが測定され、測定されたCDスペクトルデータが決定装置に入力される。同様に、測定装置24でターゲットのUVスペクトルが測定され、測定されたUVスペクトルデータが決定装置に入力される。なお、R体とS体とでCDスペクトルのコットン効果の符号が逆転するが、UVスペクトルは共通である。また、オペレータが入力装置28を操作することにより、構成原子の種類、結合距離、結合角、立体配座等の分子構造に関する情報(以下、「分子構造情報」という。)が決定装置に入力される。
【0015】
ステップ100でターゲットの実測スペクトルデータが入力されたか否かが判断される。この判断は実測スペクトルデータが入力されるまで繰り返し行われる。ステップ100で実測スペクトルデータが入力されたと判断された場合は、次のステップ102でR体とS体の分子構造情報が入力されたか否かが判断される。この判断は分子構造情報が入力されるまで繰り返し行われる。ステップ102で分子構造情報が入力されたと判断された場合は、次のステップ104で入力された実測スペクトルデータと分子構造情報とがHDD16に記憶される。
【0016】
<分子モデル作成処理>
ステップ106で分子モデル作成処理が実行され、最安定構造での原子座標が設定される。単結晶X線解析の結果に基づいて最安定構造を求めることも可能であるが、ここでは、図3を参照して、理論計算により最安定構造を求める例について説明する。なお、最安定構造はR体とS体の各々について求められる。
【0017】
この処理では、図3に示すように、ステップ200で分子構造情報がHDD16から読み出され、読み出された分子構造情報に基づいて総ての立体配座について全エネルギーが演算される。この演算は、PM5、AM1、PM3、MNDO、MOZYME等の半経験的分子軌道法や、B3LYP、HF等の非経験的分子軌道法を用いて行うことができる。次に、ステップ202で全エネルギーの値が最小となる立体配座が最安定構造とされる。このように総ての立体配座を想定することで真の最安定構造を求めることができ、絶対配置の決定精度が向上する。
【0018】
次いでステップ204でこの最安定構造での原子座標が設定され、HDD16に記憶される。即ち、R体とS体の各原子の3次元座標が設定され、図7に示すように、R体とS体の3次元分子モデルが各々作成される。
【0019】
なお、最安定構造を含む複数の立体配座について3次元分子モデルを各々作成し、各3次元分子モデルを用いて理論CDスペクトルを求めてもよい。この方法については後述する。
【0020】
<旋光強度演算処理>
分子モデル作成処理が終了すると、図2のステップ108で旋光強度演算処理が実行され、理論スペクトルを生成するために旋光強度が演算される。0→n遷移に対する旋光強度Rは下記に示す式(1)又は式(2)で表される。
【0021】
【数1】
JP0004547499B2_000002t.gif

【0022】
上記式(1)はdipole‐length式と呼ばれている。
【0023】
【数2】
JP0004547499B2_000003t.gif

【0024】
上記式(2)はdipole‐velocity式と呼ばれている。
【0025】
ステップ106で作成した3次元分子モデルの原子座標を入力ファイルとして式(1)又は式(2)を解くことで、図8に示すように、各遷移のエネルギーに対応した吸収波長での旋光強度Rを求めることができる。旋光強度Rの演算は、分子中の全電子を考慮した分子軌道法を用いて行うことが好ましい。π電子だけでなく全電子を考慮することで、絶対配置を決定できる分子の範囲が広くなる。全電子を考慮した分子軌道法としては、密度汎関数法、ZINDO等の半経験的分子軌道法、ab-initio、HF等の非経験的分子軌道法を用いることができる。この中でも、計算実行が比較的容易で且つ計算精度が高い点で、密度汎関数法を用いることが好ましい。
【0026】
ここでは、図4を参照して、密度汎関数法を用いて旋光強度Rを求める例について説明する。なお、旋光強度RはR体とS体の各々について求められる。この場合、基底関数系としては、6-31G(d,p)、6-31G(d)等を用いることができる。汎関数としては、B3LYP混成汎関数、B3P86混成汎関数等を用いることができる。また、励起状態は、時間依存密度汎関数法(TDDFT)により取扱うことが好ましい。
【0027】
この処理では、図4に示すように、ステップ300で3次元分子モデルの原子座標がHDD16から読み出され、これを入力ファイルとして上記式(1)を用いて密度汎関数法により旋光強度Rが演算される。なお、旋光強度RはR体とS体の各々について求められる。得られた旋光強度Rを第1旋光強度とする。次のステップ302では、上記式(2)を用いて密度汎関数法により旋光強度Rが演算される。得られた旋光強度Rを第2旋光強度とする。
【0028】
次のステップ304で第1旋光強度と第2旋光強度とが一致したか否かが判断される。2通りの方法で求めた旋光強度が一致する場合には、基底関数系が適切であり、電子密度が正確であることを意味する。従って、両者が一致する場合には、ステップ306で得られた旋光強度Rと吸収波長との関係がHDD16に記憶され、旋光強度演算処理が終了する。一方、両者が一致しない場合には、ステップ308で基底関数系が変更され、ステップ300に戻る。そして、変更された基底関数系を用いて旋光強度Rが再度演算される。即ち、ステップ300~ステップ304が、第1旋光強度と第2旋光強度とが一致するまで繰り返される。これにより旋光強度Rを正確に求めることができる。
【0029】
<ガウス関数処理>
旋光強度演算処理が終了すると、図2のステップ110でガウス関数処理が実行され、旋光強度Rと吸収波長との関係に基づいて理論CDスペクトルが生成される。これにより、図8に示す各吸収波長での旋光強度Rのプロットが、図9に示すように、吸収波長を中心波長とする疑似吸収帯を有する連続スペクトル様の線図に変換される。CDスペクトルのコットン効果の符号及び強度を表す理論的パラメータである旋光強度Rは、CDスペクトルから求めることができることから、上記処理により得られた線図の縦軸はコットン効果の強度Δεに換算することができる。以下では、この線図を理論CDスペクトルと称する。なお、理論CDスペクトルはR体とS体の各々について求められる。
【0030】
この処理では、図5に示すように、ステップ400で疑似吸収帯の半値幅の下限が設定される。次のステップ402でHDD16に記憶した旋光強度Rと吸収波長との関係が読み出され、吸収波長を中心波長としてガウス関数を当てはめることにより理論CDスペクトルが生成される。半値幅の下限を設定することで、ノイズピーク様の疑似吸収帯の発生が抑制される。ステップ404で得られた理論CDスペクトルが表示装置26に表示される。
【0031】
次のステップ406で、得られた理論CDスペクトルが所望のパターンを有しているか否かを判断する。例えば、単位波長領域あたりの疑似吸収帯の数をカウントすることで、所望のパターンか否かを判断することができる。また、オペレータが表示装置26に表示された理論CDスペクトルを見て、所望のパターンか否かを判断してもよい。所望のパターンを有していると判断された場合には、ステップ408で得られた理論CDスペクトルデータがHDD16に記憶され、ガウス関数処理が終了する。
【0032】
一方、所望のパターンを有していない場合には、ステップ400に戻り、疑似吸収帯の半値幅の下限を設定し直して、再度、ガウス関数処理が実施される。即ち、ステップ400~ステップ406が、所望のパターンが得られるまで繰り返される。これにより、実測されたCDスペクトルに近似した理論CDスペクトルを生成することができる。
【0033】
<理論UVスペクトル生成処理>
ガウス関数処理が終了して理論CDスペクトルが生成されると、図2のステップ112で理論UVスペクトル生成処理が実行される。理論UVスペクトルは双極子強度Dに基づいて生成される。双極子強度Dは下記に示す式(3)で表される。理論UVスペクトルは、理論CDスペクトルと同様の手法により生成されることが好ましい。
【0034】
【数3】
JP0004547499B2_000004t.gif

【0035】
理論CDスペクトルの場合と同様にして、ステップ106で作成した3次元分子モデルの原子座標を入力ファイルとして式(3)を解くことで、各遷移のエネルギーに対応した吸収波長での双極子強度Dを求めることができる。また、吸収波長を中心波長としてガウス関数を当てはめることにより連続スペクトル様の線図が得られる。以下では、この線図を理論UVスペクトルと称する。
【0036】
旋光強度の場合と同様に、UV吸収体の遷移確率を表すパラメータである双極子強度Dは、実測のUVスペクトルの積分強度から理論的に求めることができることから、上記処理により得られた線図の縦軸は吸光度εに換算することができる。得られた理論UVスペクトルデータがHDD16に記憶されて、理論UVスペクトル生成処理が終了する。
【0037】
<理論CDスペクトルの補正>
理論UVスペクトル生成処理が終了すると、図2のステップ114で、HDD16から実測UVスペクトルデータと理論UVスペクトルデータとが読み出され、理論UVスペクトルの疑似吸収帯の中心波長が、実測UVスペクトルの吸収帯の中心波長からどの程度シフトしているか、そのシフト量が演算される。次のステップ116で、HDD16からR体及びS体の理論CDスペクトルデータが読み出され、ステップ114で得られたシフト量を用いて理論CDスペクトルデータが補正され、補正後の理論CDスペクトルデータがHDD16に記憶される。
【0038】
理論UVスペクトル及び理論CDスペクトルは、分子1つを真空中に置いたと仮定して求めたものであり、溶媒中で測定される実測UVスペクトル及び実測CDスペクトルとは一致しないのが通常である。また、R体かS体かに拘らず、実測CDスペクトルの吸収帯と実測UVスペクトルの吸収帯とは、ほぼ同じ波長帯域に位置する。また、同様の手法で生成された理論CDスペクトルの疑似吸収帯と理論UVスペクトルの疑似吸収帯とは、ほぼ同じ波長帯域に位置することになる。従って、上記のシフト量をキャンセルするように、理論CDスペクトルを長波長側又は短波長側に移動させることで、少なくとも理論CDスペクトルのコットン効果の符号を、実測CDスペクトルのコットン効果の符号と一致させることができる。これにより、次に述べる絶対配置の判定において、R体かS体かの判定が容易になる。
【0039】
なお、ステップ114でシフト量を演算する代わりに、理論UVスペクトルと実測UVスペクトルとを表示装置26に表示し、オペレータがシフト量を読み取って入力するようにしてもよい。また、理論CDスペクトルの強度を補正することで、実測CDスペクトルと更に近似した理論CDスペクトルを得ることができる。
【0040】
<絶対配置の判定>
理論CDスペクトルの補正が終了すると、図2のステップ118で、HDD16から実測CDスペクトルデータとR体の理論CDスペクトルデータとが読み出され、実測CDスペクトルデータの吸収帯の中心波長でのコットン効果の符号が比較される。次のステップ120でコットン効果の符号が一致したか否かが判断され、コットン効果の符号が一致している場合には、ステップ122でターゲットはR体と判定され、処理ルーチンが終了する。一方、コットン効果の符号が一致しない場合には、ステップ124でターゲットはS体と判定され、処理ルーチンが終了する。
【0041】
例えば、実際に測定されたターゲットのCDスペクトルが、図6に示すパターンを有しており、R体の理論CDスペクトルが、図9に示すパターンを有している場合には、波長225nm近傍でのコットン効果の符号はいずれもプラス(+)であるから、ターゲットはR体と判定されるのである。また、図10に示すように、R体の理論CDスペクトルのコットン効果の符号を逆転させたものが、S体の理論CDスペクトルであるから、コットン効果の符号が一致しない場合には、二者択一でターゲットはS体と判定されるのである。
【0042】
以上説明した通り、本実施の形態では、(1)R体かS体かに拘らず、実測CDスペクトルの吸収帯と実測UVスペクトルの吸収帯とは、ほぼ同じ波長帯域に位置する、(2)同様の手法で生成された理論CDスペクトルの疑似吸収帯と理論UVスペクトルの疑似吸収帯とは、ほぼ同じ波長帯域に位置することになる、という2つの知見に基づいて、理論UVスペクトルの実測UVスペクトルからのシフト量を用いて、理論CDスペクトルを補正することで、少なくとも理論CDスペクトルのコットン効果の符号を、実測CDスペクトルのコットン効果の符号と一致させることができ、R体かS体かの判定を確実に行うことかできる。
【0043】
仮に、補正前の理論CDスペクトルが、図9に示すパターンから50nm長波長側又は短波長側にシフトしていたとすると、補正無しでは波長225nm近傍でのコットン効果の符号がマイナス(-)となり、ターゲットはS体と誤って判定される。しかしながら、本実施の形態では上記の補正を行うことで、このような誤判定を防止している。
【0044】
また、本実施の形態では、π電子だけでなく分子中の全電子を考慮した分子軌道法を用いて種々の演算を行うので、多様な構造の分子をターゲットとすることができる。
【0045】
なお、上記の実施の形態では、コンピュータが本発明の方法を実施する例について説明したが、各工程の一部を人間が行うようにしてもよい。
【0046】
また、上記の実施の形態では、理論スペクトルを生成するために旋光強度を演算する例について説明したが、旋光強度を求めることなく設定された原子座標を用いて理論スペクトルを直接生成してもよい。
【0047】
また、上記の実施の形態では、最安定構造の理論CDスペクトルを求める例について説明したが、分子構造によっては最安定構造を含め複数の安定な立体配座が存在する場合がある。このような場合には、最安定構造を含む複数(例えば4つ)の安定な配座を選択し、そのそれぞれについて理論CDスペクトルを求め、各配座の存在確率を考慮して各理論CDスペクトルに重み付けを行い、重み付けした各理論CDスペクトルの和を求めて、真の理論CDスペクトルとすることができる。このように、複数の配座を考慮することで実測CDスペクトルと近似した理論CDスペクトルを得ることができ、R体かS体かの判定がさらに容易になる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0049】
以下の実施例では、下記式で表される光学活性分子を用いて絶対配置の決定を試みた。
【0050】
【化1】
JP0004547499B2_000005t.gif

【0051】
光学分割したエナンチオマー(P)-1、(S)-1の実験CDおよびUVスペクトルを図示した(図11(A))。330nm付近の中程度の吸収と263nm付近の強い吸収は特徴的で、これらはキノリン発色団の短軸と長軸方向に電気的遷移双極子モーメントが沿った遷移であり、ナフタレンの1Laと1Bb遷移に対応すると考えられる。それぞれの遷移はキノリン発色団の短軸と長軸方向に偏光しており、後者はモル吸光係数が大きく遷移の偏光方向が明確なのでコットン効果の観測に適している。
【0052】
光学活性カラムを用いて高速液体クロマトグラフィーで分離した前流出成分のCDスペクトルは、265nm付近で強い負のコットン効果を示している(図11(A)の実線)。これは長軸方向の遷移における分裂型の第1コットン効果と見なすことができる。この分子の場合、負の第1コットン効果は2つの発色団の長軸のねじれが反時計回りであることを示し、この結果から暫定的に前流出成分の絶対配置を(P)-1と決定することができる。しかし、明確な第2コットン効果は観測されていない。これは長軸方向の遷移に他の遷移が重なっている結果と考えることができる。つまり、この光学活性物質に対しては励起子キラリティ法だけから絶対配置を決定するのは困難だと思われる。
【0053】
次に混成密度汎関数法により理論CDスペクトルを算出し、実験CDスペクトルと比較することにより絶対配置決定を試みた。ヘリセンの密度汎関数法を用いた理論CDスペクトル算出は以前試みられており、比較的良好な結果を与えている。ごく最近,やはり密度汎関数法により理論的に旋光度を算出することで、紫外-可視領域に吸収帯を持たない分子の絶対配置決定も試みられている。ここではCD算出のための対象となる分子の原子座標は、単結晶X線構造解析の結果あるいは理論計算(密度汎関数法、または半経験的分子軌道法・PM5)による最安定構造を用いた。
【0054】
理論CDスペクトル合成のため、すべての電子遷移の旋光強度(R)を求めた。計算の精度は、基底関数系と汎関数に依存するが、汎関数としてB3LYP混成汎関数を用い、基底関数系として6-31G(d,p)を用いた。励起状態は時間依存密度汎関数法(TDDFT)により取り扱った。計算はGaussian03プログラムを用いて行った。
【0055】
旋光強度(R)はdipo1e-1ength式とdipo1e-ve1ocity式の双方より求めることができ、この式から求まるそれぞれの旋光強度は、厳密な波動関数に対しては一致する、ここでは2つの式から求めた旋光強度(R)はほぼ一致したので電子密度は十分正確なものであると考えられるので、これ以降はdipo1e-1ength式より求めた旋光強度(R)を用いる。
【0056】
スペクトルの半値幅を0.18eVとして、各CDバンドをガウス関数で表した。旋光強度がガウス関数の面積に比例するようにし、その重ね合わせとして理論CDスペクトルを得た。図11(B)に一対のエナンチオマーの理論CDおよびUVスペクトルを示した。(P)-1の理論CDスペクトルはほぼ3つの吸収帯から構成されており、これは前流出成分の実験CDスペクトルとほぼ一致している。つまり、338nm付近の正、277nm付近の負、234nm付近の正のコットン効果である。
【0057】
理論CDスペクトルは実験CDスペクトルをよく再現しており、最終的に前流出成分は(P)-1のの絶対配置を有している、と決定することができる。この結果は励起子キラリティ法の結果と一致している。このことから光学分割における前および後流失成分の絶対配置は、(P)-1と(S)-1と決定することができる。この決定結果は、X線構造解析の結果とも一致した。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本実施の形態に係る光学活性分子の絶対配置決定装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】光学活性分子の絶対配置決定処理の処理ルーチンを示すフローチャートである。
【図3】分子モデル作成処理の処理ルーチンを示すフローチャートである。
【図4】旋光強度演算処理の処理ルーチンを示すフローチャートである。
【図5】ガウス関数処理の処理ルーチンを示すフローチャートである。
【図6】ターゲットのCDスペクトルを示す線図である。
【図7】R体とS体の3次元分子モデルを示す図である。
【図8】旋光強度Rと吸収波長との関係を示す図である。
【図9】R体の理論CDスペクトルを示す線図である。
【図10】R体とS体の理論CDスペクトルを示す線図である。
【図11】(A)は実測CDスペクトル及び実測UVスペクトルを示す線図であり、(B)は(A)と同じ光学活性分子について求めた理論CDスペクトル及び理論UVスペクトルを示す線図である。
【符号の説明】
【0059】
10 ROM
12 CPU
14 RAM
16 HDD
18 入出力インターフェース
20 バス
22、24 測定装置
26 表示装置
28 入力装置
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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