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明細書 :心筋移植片の作製方法及び心筋分化促進剤

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4701382号 (P4701382)
公開番号 特開2006-218035 (P2006-218035A)
登録日 平成23年3月18日(2011.3.18)
発行日 平成23年6月15日(2011.6.15)
公開日 平成18年8月24日(2006.8.24)
発明の名称または考案の名称 心筋移植片の作製方法及び心筋分化促進剤
国際特許分類 A61L  27/00        (2006.01)
C12N   5/07        (2010.01)
A61K  31/132       (2006.01)
A61P  43/00        (2006.01)
FI A61L 27/00 Z
C12N 5/00 202Z
A61K 31/132
A61P 43/00 105
請求項の数または発明の数 8
全頁数 12
出願番号 特願2005-033368 (P2005-033368)
出願日 平成17年2月9日(2005.2.9)
審査請求日 平成20年1月25日(2008.1.25)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
発明者または考案者 【氏名】松岡 英明
【氏名】斉藤 美佳子
【氏名】佐々木 俊也
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100096183、【弁理士】、【氏名又は名称】石井 貞次
【識別番号】100118773、【弁理士】、【氏名又は名称】藤田 節
【識別番号】100120905、【弁理士】、【氏名又は名称】深見 伸子
審査官 【審査官】松浦 安紀子
参考文献・文献 国際公開第2003/062405(WO,A1)
調査した分野 A61L 27/00
A61K 31/132
A61P 43/00
C12N 5/07
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
分化誘導中のES細胞をスペルミンの存在下で培養することを含む、ES細胞から心筋移植片を作製する方法。
【請求項2】
下記の工程を含む、ES細胞から心筋移植片を作製する方法。
(a) ES細胞から浮遊培養によって胚様体を形成する工程
(b) 胚様体をスペルミンの存在下で培養する工程
(c) スペルミンを除去し、胚様体をさらに培養する工程
【請求項3】
ES細胞が、哺乳動物由来のES細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1~のいずれかに記載の方法によって得られる心筋移植片。
【請求項5】
心筋移植片が、単層若しくは多層構造の心筋細胞又は心筋組織である、請求項に記載の心筋移植片。
【請求項6】
スペルミンを含有するES細胞に対する心筋分化促進剤。
【請求項7】
心筋移植片を作製するための、請求項に記載の心筋分化促進剤。
【請求項8】
請求項に記載の心筋分化促進剤を含む、心筋移植片作製用キット。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋移植片の効率的な作製方法、及び心筋分化促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell:ES細胞)は、発生初期の胚(胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された末分化の細胞株である。ES細胞は、胚盤胞の内部細胞塊をマウス胎児線維芽細胞の初代培養細胞の単層シート上にまき、白血病阻害因子(Leukemia Inhibitory Factor:LIF)を添加して培養することにより得られる。ES細胞は内部細胞塊が有している未分化状態を維持したまま無限に増殖し、かつ多分化能を有する細胞である。従って、ES細胞を多能性幹細胞の状態で増殖させ、分化することによって得られた細胞や組織を用いることによって損傷した細胞や組織を修復するという、いわゆる移植治療が可能となる。これまで、ES細胞からドーパミン産生神経細胞、運動神経細胞、インスリン産生膵細胞、心筋細胞、造血幹細胞などへの分化誘導が報告されており、それぞれパーキンソン病、脊髄損傷、糖尿病、心筋梗塞、動脈硬化症などの治療への応用に関し、研究が進みつつある。
【0003】
従って、個人のES細胞を維持管理しておき、必要に応じて、ES細胞から必要な細胞や組織を作製できるようにしておくことは、再生医療技術としての大きな要請である。ところが、ES細胞からの分化効率は一般に非常に低く、例えば心筋細胞の場合では、高々7%に過ぎない。よって、そのような低い分化効率であるがために、分化した心筋細胞のみを単離する必要があり、その操作は煩雑であり、実用的要請に応えられる状況ではない。
【0004】
心筋梗塞、心筋症、心不全などの心臓疾患は、内科的薬物療法や外科手術が発達した現代でも生存率が低く、予後不良の疾患である。心筋細胞は、いったん損傷を受けると、骨格筋、肝臓、皮膚などとは異なって再生不能であるため、心臓移植が根治的治療となるが、慢性的なドナー不足という問題がある。従って、失われた心筋細胞を補充することにより心機能を回復させる心筋再生医療が、新しい根治的治療法として大いに期待される。
【0005】
これまで心筋細胞への分化誘導因子として、例えば、ES細胞から心筋細胞への分化に効果を示すアスコルビン酸(非特許文献1)、心筋細胞へ分化誘導しやすい細胞株(p19細胞)について、これを心筋細胞へ分化させる効果を示すカルディオゲノール(非特許文献2)、ES細胞から心筋細胞への分化に効果を示す線維芽細胞成長因子(Fibroblast Growth Factor:EGF2)及び骨形態形成タンパク(Bone Morphogenetic Protein 2:BMP2)(非特許文献3)、骨髄間葉細胞から心筋細胞への分化に効果を示す5-アザシチジン(非特許文献4、5)、カエルのアニマルキャップ(胞胚の上にある未分化細胞の集団)から心筋細胞への分化に効果を示すアクチビン(非特許文献6)、ニワトリ胚から心臓形成に至る過程において特に形態形成に関与するHox遺伝子を誘導するレチノイン酸(非特許文献7)などが知られている。しかしながら、これらの分化誘導因子により得られるものは、いずれも単層の心筋細胞層までであり、移植材料として利用できるような多層筋線維構造の心筋組織は得られていない。これまで、心筋細胞シートと呼ばれる構造的にも機能的にも連結した心筋細胞からなる構造体を作製する方法が提案され、実用化もされている(非特許文献8)。この方法は、例えば高分子膜上で心筋細胞を培養して形成させた単層心筋細胞シートを、2層から5層、重ね合わせて多層化する方法であるが、細胞シートが単層ずつしか得られないため、より効率的な細胞シート形成条件が求められていた。また、出発物質が患者自身の心筋細胞であることから、その採取、維持管理が厄介であった。従って、ES細胞から心筋移植片として利用できる多層筋線維構造の心筋組織を作製することの要請は強い。
【0006】

【非特許文献1】T. Takahashi, B. Lord, P.C. Schulze, R.M. Fryer, S.S. Sarang, S.R. Gullans, R.T. Lee: Ascorbic Acid Enhances Differentiation of Embryonic Stem Cells into Cardiac Myocytes,Circulation, 107, 1912-1916 (2003)
【非特許文献2】X. Wu, S. Ding, Q. Ding, N.S. Gray, P.G. Schultz: Small Molecules That Induce Cardiomyogenesis in Embryonic Stem Cells,J. Am. Chem. Soc., 126, 1590-1591 (2004)
【非特許文献3】T. Kawai, T. Takahashi, M. Esaki, H. Ushikoshi, S. Nagano, H. Fujiwara, K. Kosai: Efficient Cardiomyogenic Differentiation of Embryonic Stem Cell by Fibroblast Growth Factor 2 and Bone Morphogenetic Protein 2, Circ. J., 68, 691-702 (2004)
【非特許文献4】S. Makino, K. Fukuda, S. Miyoshi, F. Konishi, H. Kodama, J. Pan, M. Sano, T. Takahashi, S. Hori, H. Abe, J. Hata, A. Umezawa, S. Ogawa: Cardiomyocytes Can Be Generated from Marrow Stromal Cells in Vitro, J. Clin. Invest., 103, 697-705 (1999)
【非特許文献5】K. Fukuda: Development of Regenerative Cardiomyocytes from Mesenchymal Stem Cells for Cardiovascular Tissue Engineering, Artificial Organs, 25, 187-193 (2001)
【非特許文献6】M. Logan, T. Mohun: Induction of Cardiac Muscle Differentiation in Isolated Animal Pole Explants of Xenopus laevis Embryos, Development, 118, 865-875 (1993)
【非特許文献7】R.D. Searcy, K.E. Yutzey: Analysis of Hox Gene Expression during Early Avian Heart Development, Dev. Dyn., 213, 82-91 (1998)
【非特許文献8】T. Shimizu, M. Yamato, T. Akutsu, T. Shibata, Y. Isoi, A. Kikuchi, M. Umezu, T. Okano: Electrically Communicating Three-dimensional Cardiac Tissue Mimic Fabricated by Layered Cultured Cardiomyocyte Sheets. J. Biomed. Mater. Res. 60, 110-117 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ES細胞から心筋再生治療に利用できる心筋移植片を作製する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、RNA合成やタンパク質合成の促進作用が知られているポリアミンに着目し、その一例として選んだスペルミンがES細胞から心筋細胞への分化、筋線維の出現、さらに多層筋線維構造体の形成までを効率的に誘導することができることを見出した。また、スペルミンには、ペースメーカー様細胞の出現を誘導し、全体の拍動を同調させる機能を維持する作用を有することも確認した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 分化誘導中のES細胞をポリアミンの存在下で培養することを含む、ES細胞から心筋移植片を作製する方法。
(2)下記の工程を含む、ES細胞から心筋移植片を作製する方法。
(a) ES細胞から浮遊培養によって胚様体を形成する工程
(b) 胚様体をポリアミンの存在下で培養する工程
(c) ポリアミンを除去し、胚様体をさらに培養する工程
(3) ポリアミンが、スペルミン、スペルミジン、プロレッシン、及びカダベリンから成る群から選択される1種又は2種以上の混合物である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4) ES細胞が、哺乳動物由来のES細胞である、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5) (1)~(4)のいずれかに記載の方法によって得られる心筋移植片。
(6) 心筋移植片が、単層若しくは多層構造の心筋細胞又は心筋組織である、(5)に記載の心筋移植片。
(7) ポリアミンを含有するES細胞に対する心筋分化促進剤。
(8) ポリアミンが、スペルミン、スペルミジン、プロレッシン、及びカダベリンから成る群から選択される1種又は2種以上の混合物である、(7)に記載の心筋分化促進剤。
(9) 心筋移植片を作製するための、(7)又は(8)に記載の心筋分化促進剤。
(10) (7)又は(8)に記載の心筋分化促進剤を含む、心筋移植片作製用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ES細胞から心筋移植片を作製する方法及び心筋分化促進剤が提供される。本発明の方法及び薬剤は、ES細胞から心筋細胞への分化、筋線維の出現、さらには配向性を有する多層筋線維構造体の形成までを極めて高い頻度で誘導することできるので、心筋移植片を効率よく作製することができる。また、得られた心筋細胞層を多層化するための工程がなく、作製に煩雑な手順を要しない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、心筋再生治療に用いることができる心筋移植片の作製方法であって、ES細胞から、心筋細胞、筋線維の出現、さらに多層筋線維構造体の形成を促進するために、分化誘導中のES細胞をポリアミンの存在下で培養することを特徴とする。
【0012】
ここで、「分化誘導中のES細胞」とは、浮遊培養、接着培養、またはストロマ細胞との共培養などの公知の分化誘導方法によって分化しつつあるES細胞をいうが、好ましくは、浮遊細胞によって分化誘導した細胞塊(胚様体)をいう。
【0013】
本発明の心筋移植片の作製方法は、例えば、以下の工程により行うことができる。
(a) ES細胞から浮遊培養によって胚様体を形成する工程
(b) 胚様体をポリアミンの存在下で培養する工程
(c) ポリアミンを除去し、胚様体をさらに培養する工程
【0014】
まず、工程(a)では、ES細胞を常法にてフィーダー細胞(線維芽細胞の初代細胞)上で増殖培養し、ES細胞のみを回収した後、浮遊培養によって胚様体(Embryonic Body:以下、EB体ともいう)を形成させる。
【0015】
本明細書において、「ES細胞」とは、初期胚(哺乳動物における受胎後2週間までの胚)の多能性幹細胞を取り出し、インビトロで培養できるように株化したものを意味する。
ES細胞は、LIFの存在下で未分化性を維持し、数時間の早い分裂周期で増殖するが、LIFの非存在下では増殖率が低下して初期胚同様の細胞分化を起こす。
【0016】
ES細胞の由来は、哺乳動物に由来するものであることが好ましい。例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタなどの哺乳動物由来のES細胞を用いることができるが、ヒトの治療には、ヒト由来のES細胞を用いることが好ましい。
【0017】
マウス由来ES細胞としては、細胞バンクに登録された、又は市販品のES細胞株を使用することができ、例えば、129/Ola由来 ES-E14TG2a(CRL-1821; ATCC)、129/Sv+c/+p由来 ES-D3 (CRL-11632; ATCC)、 129/Sv+c/+p 由来ES-D3 GL(SCRC-1003;ATCC)、C3H由来H1(RCB1778;理研バイオリソースセンター)、129SV(R-CMT1-l-15;大日本製薬(株))、C57BL/6(R-CMT1-2A;大日本製薬(株))、129SvEvTacfBr(TX-MES-01;コスモバイオ(株))、C57BI/6NTacfBr(TX-MES-02;コスモバイオ(株))、Balb/c(TX-MES-03:コスモバイオ(株))、FVB/N (TX-MES-04;コスモバイオ(株))などが挙げられる。
【0018】
ヒト由来ES細胞としては、京都大学再生医科学研究所(http://www.sigen.nig.ac.jp./escell/human/abount.jsp)、米国ウィスコンシン大学のWiCell(http://www.wicell.org/)、オーストラリアのESI社(http://www.escellinternational.com/index.html)より入手可能である。また、ES細胞株を樹立する場合は、体外受精や顕微受精などの生殖補助医療のために作製された受精卵のうち、余剰胚(治療が成功し子供が得られた場合などで、今後使用しないことが確定して廃棄される胚)であって、かつ、提供者からの同意を得たものを用いることが好ましい。
【0019】
フィーダー細胞としては、細胞バンクに登録された細胞、又は市販品のマウスを用い、その14~15日胎児から調製する線維芽細胞初代培養細胞を使用することができ、例えば、STO (CRL-1503;ATCC)、STO(RCB0536;理研バイオリソースセンター)、PMEF-N (R-PMEF-N;大日本製薬(株))、Neo/NeoMEF(TX-MEF-01;コスモバイオ(株))、Hprt-MEF(TX-MEF-02;コスモバイオ(株))などが挙げられる。
【0020】
フィーダー細胞の作製は、常法に従って行うことができる。例えば、フィーダー細胞用培地(ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、ウシ胎仔血清 (ヒトES細胞培養の場合は、Knockout serum replacement)、ペニシリン・ストレプトマイシン液含有)に浮遊させた細胞を培養ディッシュに播種して培養し、70%程度コンフルエントになったら培地を捨て、マイトマイシンCを含む培地を加えてさらに培養する。次に、細胞を培養ディッシュからトリプシン処理により剥がして遠心により集め、新鮮培地に再浮遊したものを、別途、ゼラチンでコーティングした培養ディッシュに播種して培養する。作製したフィーダー細胞はインキュベーター内に保存し、一週間以内に使用する。
【0021】
一方、ES細胞は、細胞数を調整してES細胞用培地に懸濁し、培養ディッシュのフィーダー細胞上に播種して培養する。ES細胞が培養ディッシュ内で増殖し、70%程度コンフルエントになったら、培地を除去してトリプシンEDTA溶液を加えることによってES細胞を浮遊させる。浮遊したES細胞は、PBSで洗浄後、新鮮培地に換えた培養ディッシュのフィーダー細胞上に播種し、さらに継代培養してもよい。
【0022】
ES細胞用培地としては、ES細胞培養用として公知の組成の培地を用いればよく、特に限定されないが、一般的には、高グルコースダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)に、LIFを添加し、そのほか増殖補助のため、ピルビン酸、非必須アミノ酸、ヌクレオシド、2-メルカプトエタノールを添加した培地が用いられる。あるいは、DMEM培地以外にも、ウイリアムズE培地、ハムのF-10培地、F-12培地、PRMI-1640倍地などの従来から細胞用基礎培地として知られている培地も同様に使用できる。
【0023】
培養開始から2~3日経過後、培養ディッシュからトリプシンEDTA溶液を加えることによって細胞(フィーダー細胞+ES細胞)を浮遊させ、遠心して集め、今度は、分化誘導培地に懸濁して、ゼラチンでコーティングした培養ディッシュに播種して静置する。ここで、分化誘導培地は、LIFを加えない以外は、上記のES細胞用培地と同じ組成の培地を用いる。この操作により、接着性の強いフィーダー細胞は、培養ディッシュに接着するが、接着性の弱いES細胞は、培養ディッシュに完全には接着しないので、ピペッティングにより高効率でES細胞を回収することが可能となる。
【0024】
次に、この回収したES細胞を、分化誘導培地に懸濁し、浮遊培養によってEB体を形成させる。浮遊培養はハンギングドロップ法にて行う。ハンギングドロップ法は、培養ディッシュの蓋の内側 に、細胞懸濁液をドロップ状に播いて培養する方法で、ES細胞を試験管内で分化させる際に広く用いられる方法の一つである。ハンギングドロップ法による培養は、2~7日間、好ましくは2~4日間行う。培養後、得られたEB体は分化誘導培地を入れた培養ディッシュに移す。
【0025】
工程(b)では、工程(a)で得られたEB体を、ポリアミンの存在下で培養する。具体的には、工程(a)のハンギングドロップ法による培養終了後のEB体を、分化誘導培地を入れた培養ディッシュに静置し、これにポリアミンを添加し、1日間培養する。ポリアミンの添加は、EB体の培養ディッシュへの静置後、1~12日目に行うことが好ましいが、この条件は、ハンギングドロップ法の培養時間によって適宜、変更しうる。また、ポリアミンの添加濃度は、終濃度0.5~2mMとすることが好ましい。
【0026】
ポリアミンは、生体に広く分布するポリメチレンジアミン、及びそのアミノ基を共有する結合体をいい、例えば、スペルミン、スペルミジン、プロレッシン、カダベリンなどが挙げられる。使用するポリアミンは、1種でもよく、2種以上の混合物であってもよい。
【0027】
本発明において特に好適に使用されるポリアミンは下記式で表わされるスペルミンである。
【0028】
【化1】
JP0004701382B2_000002t.gif

【0029】
工程(c)では、ポリアミン添加から1日経過後、ポリアミンを除去し、すなわちポリアミンを含まない新たな分化誘導培地に交換し、EB体をさらに培養して心筋細胞への分化、筋線維の出現、多層筋線維構造体の形成を誘導する。ハンギングドロップ法による培養開始から約17~19日目で筋線維の出現、約22~24日目で筋線維の伸縮運動、約30~32日目で多層筋線維構造の形成と伸縮運動が認められるが、培養時間は、分化の状況に応じて適宜調整すればよい。
【0030】
また、上記工程(a)~(c)のいずれの工程の培養も、培養温度としては、33~38℃程度が好ましく、5~10%程度の二酸化炭素で満たしたインキュベーターで行うことが好ましい。
【0031】
目的とする心筋細胞(組織)に分化した否かの確認は、増殖した細胞の形態を肉眼又は顕微鏡下で観察することにより行うことができる。また、心筋に特異的に発現するマーカータンパク質(例えば、アクチン、ミオシン等)の存在を、該タンパク質に対する抗体を用いて免疫学的手法により確認してもよく、あるいは、該タンパク質をコードする遺伝子の発現をノーザンブロット法又はRT-PCR法により確認してもよい。
【0032】
上記方法により分化誘導した心筋細胞、筋線維、多層筋繊維構造体は、いずれも心筋再生治療の移植片として用いることができる。
【0033】
従って、本発明によれば、上記の方法により作製された心筋移植片が提供される。本明細書において、「心筋移植片」とは、上記の方法で作製された心筋細胞、筋線維、多層筋線維構造体のいずれをも含む。また、これらの心筋細胞または心筋組織は、単層構造又は多層構造のいずれであってもよいが、周りの心筋細胞と同期して拍動する筋線維、多層筋線維構造体が好ましい。これらの心筋移植片は、患者の心筋損傷の程度に応じて適宜選択して使用することができる。
【0034】
上記心筋移植片は、細胞・組織を維持するための任意の生理学的に許容される担体を含んでいてもよい。また、本発明の方法により作製された心筋移植片は、生物学的材料の貯蔵に適した任意の方法、例えば凍結法によって保存又は維持することができる。
【0035】
上記心筋移植片は、心臓疾患によって心筋組織の損傷が起こっている部位に移植することによって、心筋再生治療を可能にする。本明細書において「心筋再生治療」とは、上記上記心筋移植片を心臓疾患患者の心筋に移植する治療をいい、心臓疾患としては、心筋梗塞、心筋症、心不全などが含まれる。
【0036】
本明細書において、移植には、患者自身から採取したES細胞から作製した心筋移植体を用いる自家移植、他人から採取したES細胞から作製した心筋移植体を用いる同種移植の両方が含まれうるが、拒絶反応を回避する上で、自家移植が好ましい。
【0037】
従って、本発明は、上記の方法により作製された心筋移植片を用いて、心臓疾患を有する哺乳動物を治療する方法もまた提供する。哺乳動物には、ヒト、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ブタ等が含まれ、また、「治療」とは、症状を緩和又は低減することを意味する。
【0038】
本発明によればまた、前記のポリアミンを含有するES細胞に対する心筋分化促進剤が提供される。
ポリアミンは、それ単独で用いることもできるが、製剤学的に許容しうる添加物(安定化剤、可溶化剤、希釈剤など)と混合し、ES細胞(EB体)を処理するのに適した形態、例えば固形剤、液剤、ゲル化剤等に製剤化して用いることができる。
【0039】
また、上記心筋分化促進剤は、心筋移植片作製に必要な他の材料や試薬を予め組み合わせてキット化することもできる。本発明のキットには、上記心筋分化促進剤のほか、例えば、ES細胞、フィーダー細胞、細胞の培養のための培地や容器、キットの使用方法を記載した指示書等を含めることもできる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
(実施例1) ES細胞からの心筋細胞、筋線維体、多層筋線維構造体への分化誘導
(1) フィーダー細胞の培養
凍結保存してあるマウス(ICR種CD1/埼玉実験動物(株))の胎児から調製した線維芽細胞初代培養細胞(0.5ml)を-80℃のフリーザーから出し、42℃の湯浴で融解し、39.5mlのフィーダー細胞用培地 [高グルコースDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)(GIBCO社)+10% ウシ胎児血清(Fetal Calf Serum)(Vitromex社)]に懸濁した。これを10mlずつ4枚のディッシュ(直径10cm)に播き、培養した。培養3-4日目に、マイトマイシンC液を添加し、2時間細胞に作用させた後、培地を除き、Dulbecco's Phosphate-buffered Saline(GIBCO社、以下、D-PBSとする)でディッシュを洗った。続いて、ディッシュから細胞を剥離するために、1mlの0.25%トリプシン液を加えて5分間処理した。これに、前記フィーダー細胞用培地を4ml/dish加え、ディッシュから剥離した細胞を回収した。1000rpm×5minで遠心後、沈殿した細胞をフィーダー細胞用培地に再懸濁した。懸濁液中の生細胞数を数え、0.1%ゼラチンでコーティングした35mmディッシュに細胞数が5×105cells/dishとなるように播種し、CO2インキュベーターにて培養した。
【0042】
(2) ES細胞の培養
(2-1) ES細胞の融解と調整
マウスES細胞(129/R-CMT-1, 大日本製薬(株))(0.5ml)を凍結保存ボックスから取り出し、37℃の湯浴で融解し、15mlの遠心管に移し、1mlのES細胞用培地[高グルコースDMEM、15%ウシ胎児血清、100μM 2-メルカプトエタノール(2-ME)、10ml/L 非必須アミノ酸混合溶液(GIBCO社)、10ml/L ヌクレオシド混合溶液(大日本製薬(株))、1% ペニシリン・ストレプトマイシン混合溶液(GIBCO社)、1000 unit/ml白血病阻害因子(Leukemia Inhibitory Factor:LIF)(CHEMICON社)]を添加し、1分間静置した。続いて、前記ES細胞用培地を2ml追加、1分間静置、4ml追加、1分間静置と段階的に増やし、最後に100g×1minで遠心した後、沈殿に1mlのES細胞用培地を添加し、細胞を懸濁した。この懸濁液中の細胞数を測定し、細胞数4×105cells/dishになるように前記(1)のフィーダー細胞上に播種し、CO2インキュベーターにて培養した。
【0043】
(2-2) ES細胞の継代と回収
ES細胞は毎日培地交換を行った。3日培養後に培養液を除き、リン酸緩衝液(PBS)を1ml添加して洗浄を行った。次に、0.1%トリプシン-EDTA溶液を0.5ml添加して、30秒間静置した後、トリプシン-EDTA溶液を除いた。30秒~2分間静置してES細胞の剥離を顕微鏡で観察後、ES細胞用培地を5ml添加し、遠心管に移し、ピペッティングを20回ほど行い、各細胞が単一になるように分散させた。1000rpm×1分間の遠心で上清を除去した。分化誘導培地(前記ES細胞用培地からLIFを除いたもの)を添加し、細胞を懸濁させた。懸濁液中の細胞を計測し、細胞数2×106cells/dishとなるように0.1%ゼラチンでコーティングした10cmディッシュに播種し、CO2インキュベーター内で40分間静置した。フィーダー細胞は接着性が高いため、この段階で接着している。一方、ES細胞はディッシュの下層に沈んではいるが、完全には接着していない。そこで、4mlの分化誘導培地をディッシュに添加し、ピペッティングによりES細胞を回収した。回収した細胞を1000rpmで1分間遠心し、上清を除去した。沈殿に分化誘導培地を添加し、細胞数を100,000cells/mlに調整した。以上の、ES細胞のフィーダー細胞上での培養、ES細胞の継代と回収の手順を図1に示す。
【0044】
(2-3) 胚様体(EB体)の作製
次に、ハンギングドロップ法によってES細胞からEB体を作製した(図2)。10cmディッシュのフタの裏側に2000cells/20μlのドロップを50個ほどつくり、乾燥防止のためにディッシュに20mlのD-PBSを加えた。これを、CO2インキュベーター内で2日間培養すると、球状に凝集、分化して直径200μmとなったEB体が得られた。別途、ゼラチンコートした4穴ディッシュに分化誘導培地を添加し、CO2インキュベーター内に30分以上静置した。これに、上記EB体を1穴あたり1個のEB体となるように置床した。1日培養して、EB体が接着していることを確認した。
【0045】
(3) 心筋への分化誘導
ハンギングドロップ法による培養開始時点を培養0日(0 d) とし、培養2日目 (2 d) に、EB体をディッシュに静置した。培養12日目 (12 d) に、スペルミン(終濃度 0.5~2mM)を添加し、24時間後に新鮮な培地で置換して、スペルミンを除去した。このようにしてスペルミンにて処理した細胞(以下、「スペルミン処理細胞」という)について引き続き培養を続けると、細胞がシート状に増殖し、続いて、多層に増殖することが確認された。培養17日目 (17 d) には、線維状又は紡錘状の細胞が顕著になり(図3)、培養22日目 (22 d) からこの線維状の細胞は伸縮運動するようになった。さらに、培養30日目 (30 d) 頃から多層の筋線維構造体が全体で同期して伸縮運動することが確認された(図4)。
【0046】
一方、スペルミン処理を行わなかった細胞(以下、「コントロール細胞」という)でも、細胞増殖、筋線維の出現、筋線維の伸縮運動、多層筋線維構造体全体での伸縮運動は確認されたが、それらが観察された時期はスペルミン処理細胞に比べて遅かった。また、EB体から筋線維が出現する頻度が、コントロール細胞では高々7%であるのに対し、スペルミン処理細胞では70%と非常に高く、顕著に異なっていた。また、筋線維の出現もコントロール細胞では小さい領域しか確認されなかったが、スペルミン処理細胞では広い領域にわたっていた。
【0047】
上記のスペルミン処理細胞、及びコントロール細胞の心筋への分化誘導の経時的変化を図5にまとめた。
【0048】
(実施例2)ハンギングドロップ培養条件の検討
ハンギングドロップ培養中は、20μlの培地の中で細胞が凝集する過程であり、仮に様々の分化因子が生成されている場合、それらは比較的高濃度で細胞に作用していると考えられる。しかし、この状態から、EB体を1個ずつディッシュに移すと同時に、それらの分化因子の濃度は一挙に低くなってしまうと考えられる。したがって、EB体形成途上の細胞が、ハンギングドロップで培養される時間は、その後の分化過程に大きな影響を与えると予想される。
【0049】
そこで、ハンギングドロップでの培養時間を4日に伸ばし、その直後にスペルミンで処理し、その効果を調べた。その結果、培養時間2日の場合では観察されなかった円形に近い細胞(直径10~30μm)が数十個、不規則に繋がってできた、透明感のある拍動細胞領域の出現が培養10日目くらいから認められた(図6)。この細胞の出現により、他の細胞の拍動がこの細胞の拍動に同期する傾向にあり、したがって、この細胞はペースメーカー細胞の一種ではないかと推定された。このような外観形状を持つペースメーカー様細胞は、スペルミンで処理しなかった場合は現れなかった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】ES細胞のフィーダー細胞上での培養、ES細胞の継代と回収の手順を示す。
【図2】ハンギングドロップ法によって、ES細胞からEB体を得る作製手順を示す。
【図3】スペルミン処理細胞から分化誘導した筋線維の出現を示す(ハンギングドロップ培養開始から17日目)。
【図4】スペルミン処理細胞から分化誘導した多層筋線維構造体を示す(ハンギングドロップ培養開始から30日目)。
【図5】スペルミン処理細胞、及びコントロール細胞の心筋細胞への分化誘導の様子を経時的に表わした図である。
【図6】スペルミン処理細胞(ハンギングドロップ培養開始から4日目でスペルミン処理した細胞)において出現したペースメーカー様心筋細胞を示す(太い曲線で囲った部分は、透明層を形成し、全体が同期して拍動している領域)。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
3
【図5】
4
【図6】
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