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明細書 :TRPM2遺伝子定常発現細胞の単離方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4403273号 (P4403273)
公開番号 特開2006-129711 (P2006-129711A)
登録日 平成21年11月13日(2009.11.13)
発行日 平成22年1月27日(2010.1.27)
公開日 平成18年5月25日(2006.5.25)
発明の名称または考案の名称 TRPM2遺伝子定常発現細胞の単離方法
国際特許分類 C12N   5/10        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
FI C12N 5/00 B
C12N 15/00 A
C12Q 1/02
G01N 33/15 Z
G01N 33/50 Z
請求項の数または発明の数 11
全頁数 10
出願番号 特願2004-318926 (P2004-318926)
出願日 平成16年11月2日(2004.11.2)
審査請求日 平成18年7月4日(2006.7.4)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】森 泰生
【氏名】原 雄二
個別代理人の代理人 【識別番号】100065215、【弁理士】、【氏名又は名称】三枝 英二
【識別番号】100076510、【弁理士】、【氏名又は名称】掛樋 悠路
【識別番号】100118382、【弁理士】、【氏名又は名称】多田 央子
審査官 【審査官】飯室 里美
参考文献・文献 Cell Calcium,2003年,Vol.33,p.533-540
Nature,2001年,Vol.411,p.595-599
ビタミン,2004年 7月,Vol.78, No.7,p.327-335
調査した分野 C12N 5/10
C12N 15/09
C12Q 1/02
G01N 33/15
G01N 33/50
CA/BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
細胞にTRPM2遺伝子発現ベクターを導入する工程と、
上記細胞を還元剤を含む培地中で培養することにより生存細胞を選択する工程と、
生存細胞の中から上記ベクターが保持する選択マーカーの形質を示す細胞を選択する工程と
を含むTRPM2遺伝子定常発現細胞の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法により得られるTRPM2遺伝子定常発現細胞。
【請求項3】
還元剤を溶解させた培地又は緩衝液中に、外来TRPM2遺伝子を染色体中に保持する細胞を含ませてなるTRPM2遺伝子定常発現細胞液。
【請求項4】
還元剤がグルタチオンである請求項3に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞液。
【請求項5】
培地又は緩衝液中の還元剤の濃度が、100~500μMである請求項3又は4に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞液。
【請求項6】
外来TRPM2遺伝子と、チオレドキシン遺伝子、カタラーゼ遺伝子、及びSOD遺伝子からなる群より選ばれる外来性の還元性酵素遺伝子とを染色体中に保持するTRPM2遺伝子定常発現細胞。
【請求項7】
(a) 請求項3~5のいずれかに記載の細胞液から分離したTRPM2遺伝子定常発現細胞、又は請求項2若しくは請求項6に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞に、被験物質の存在下で酸化ストレスを加える工程と、
(b) 請求項3~5のいずれかに記載の細胞液から分離したTRPM2遺伝子定常発現細胞、又は請求項2若しくは請求項6に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞に、被験物質の非存在下で酸化ストレスを加える工程と、
(c) 被験物質の存在下での細胞内カチオン濃度と、被験物質の非存在下での細胞内カチオン濃度とを比較して、細胞内カチオン濃度を低下させる被験物質を選択する工程と
を含むTRPM2阻害物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
酸化剤が過酸化水素である請求項7に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項3~5のいずれかに記載の細胞液中のTRPM2遺伝子定常発現細胞液、この細胞液から分離し凍結されたTRPM2遺伝子定常発現細胞、又は請求項2若しくは6に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞と、酸化剤と、カチオン指示薬とを備える、TRPM2阻害物質のスクリーニング用キット。
【請求項10】
TRPM2遺伝子定常発現細胞がさらにカチオン指示タンパク質をコードする遺伝子が導入されたものであり、かつカチオン指示薬を備えない請求項9に記載のキット。
【請求項11】
外来TRPM2遺伝子を染色体中に保持するTRPM2遺伝子定常発現細胞を還元剤を含む培地又は緩衝液中で保存する、TRPM2遺伝子定常発現細胞の保存方法。

発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞死を介して、パーキンソン病、アルツハイマー病、虚血性脳疾患、家族性躁鬱病などを引き起こすTRP(Transient Receptor Potential) M2を定常的に発現する細胞の単離ないしは製造方法、この方法により得られるTRPM2遺伝子定常発現細胞、TRPM2遺伝子定常発現細胞の保存方法、並びにTRPM2阻害物質のスクリーニング方法及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
TRP(Transient Receptor Protein)ファミリータンパク質は、受容体刺激により活性化されるカチオンチャンネルである。TRPファミリータンパク質は、浸透圧、温度、酸化還元状態の変化など、様々な外的要因に応答して活性化されて細胞内にカチオンを流入させ、細胞の生死、増殖、生殖活動、血管収縮、細胞膜電位の制御など多彩な役割を果たす。
【0003】
中でも、TRPM2は、哺乳動物の脳、肺、小腸、脾臓、骨髄、血球系細胞などで発現しており、酸化ストレスに応答して細胞死を引き起こす。即ち、細胞は酸化ストレスに応答して、細胞内のβ-NADをβ-NAD+に酸化し、細胞内のADP-リボース濃度を上昇させる。このADP-リボースやβ-NADがTRPM2を活性化して、Ca2+やNa+のようなカチオンを細胞内に流入させ、細胞死を引き起こす(ビタミン,78巻7号,2004)。
【0004】
TRPM2により引き起こされる細胞死は、パーキンソン病、アツルハイマー病、家族性躁鬱病、虚血性脳疾患などの原因になっていることが考えられている。このため、TRPM2を阻害する物質は、これらの疾患の治療薬として有用である。TRPM2を定常的に高発現する細胞を使用すれば、TRPM2の活性を阻害する物質をスクリーニングすることができるが、TRPM2が高発現している細胞は、弱い酸化ストレスにでも応答して細胞死を引き起こすことから、TRPM2を定常的に高発現している細胞自体を入手することはできなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、TRPM2遺伝子を定常的に高発現している細胞を単離することができる方法、この方法により得られるTRPM2遺伝子定常発現細胞、及びこのTRPM2遺伝子定常発現細胞を用いてTRPM2阻害物質をスクリーニングする方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために本発明者らは研究を重ね、TRPM2遺伝子を含むベクターをHEK293細胞に導入し、還元剤を含む培地で培養することにより、TRPM2を定常的に高発現している細胞を単離することに成功した。
【0007】
また、この細胞は、還元剤を含む培地又は緩衝液中でTRPM2を定常的に発現した状態で生存した。
【0008】
さらに、この細胞は、還元剤を含む培地又は緩衝液中で保存しておけば、その後、還元剤を含まない培地又は緩衝液中に移しても、緩衝液中では4時間程度、培地中では数日間程度であればTRPM2を高発現した状態で生存した。これを利用して、この細胞を被験物質の存在下に酸化剤で刺激し、細胞内カルシウム濃度を被験物質の非存在下における細胞内カルシウム濃度と比較することにより、TRPM2を阻害する物質をスクリーニングできることを見出した。
【0009】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下のTRPM2遺伝子定常発現細胞の製造方法などを提供する。
【0010】
項1. 細胞にTRPM2遺伝子発現ベクターを導入する工程と、
上記細胞を還元剤を含む培地中で培養することにより生存細胞を選択する工程と、
生存細胞の中から上記ベクターが保持する選択マーカーの形質を示す細胞を選択する工程と
を含むTRPM2遺伝子定常発現細胞の製造方法。
【0011】
項2. 項1に記載の方法により得られるTRPM2遺伝子定常発現細胞。
【0012】
項3. 還元剤を溶解させた培地又は緩衝液中に、外来TRPM2遺伝子を染色体中に保持する細胞を含ませてなるTRPM2遺伝子定常発現細胞液。
【0013】
項4. 還元剤がグルタチオンである項3に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞液。
【0014】
項5. 培地又は緩衝液中の還元剤の濃度が、100~500μMである項3又は4に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞液。
【0015】
項6. 外来TRPM2遺伝子と、チオレドキシン遺伝子、カタラーゼ遺伝子、及びSOD遺伝子からなる群より選ばれる外来性の還元性酵素遺伝子とを染色体中に保持するTRPM2遺伝子定常発現細胞。
【0016】
項7. (a) 項3~5のいずれかに記載の細胞液から分離したTRPM2遺伝子定常発現細胞、又は項2若しくは6に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞に、被験物質の存在下で酸化ストレスを加える工程と、
(b) 項3~5のいずれかに記載の細胞液から分離したTRPM2遺伝子定常発現細胞、又は項2若しくは項6に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞に、被験物質の非存在下で酸化ストレスを加える工程と、
(c) 被験物質の存在下での細胞内カチオン濃度と、被験物質の非存在下での細胞内カチオン濃度とを比較して、細胞内カチオン濃度を低下させる被験物質を選択する工程と
を含むTRPM2阻害物質のスクリーニング方法。
【0017】
項8. 酸化剤が過酸化水素である項7に記載のスクリーニング方法。
【0018】
項9. 項3~5のいずれかに記載の細胞液中のTRPM2遺伝子定常発現細胞液、この細胞液から分離し凍結されたTRPM2遺伝子定常発現細胞、又は項2若しくは項6に記載のTRPM2遺伝子定常発現細胞と、酸化剤と、カチオン指示薬とを備える、TRPM2阻害物質のスクリーニング用キット。
【0019】
項10. TRPM2遺伝子定常発現細胞がさらにカチオン指示タンパク質をコードする遺伝子が導入されたものであり、かつカチオン指示薬を備えない項9に記載のキット。
【0020】
項11. 外来TRPM2遺伝子を染色体中に保持するTRPM2遺伝子定常発現細胞を還元剤を含む培地又は緩衝液中で保存する、TRPM2遺伝子定常発現細胞の保存方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、TRPM2遺伝子を定常的に高発現する生存細胞が得られた。この細胞を用いれば、TRPM2を阻害する物質をスクリーニングすることができる。TRPM2阻害物質は、パーキンソン病、アルツハイマー病、家族性躁鬱病、虚血性脳疾患などの治療薬として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)TRPM2定常発現細胞の製造方法
第1の方法
本発明のTRPM2遺伝子定常発現細胞の単離、製造方法は、細胞にTRPM2遺伝子発現ベクターを導入する工程と、上記細胞を還元剤を含む培地中で培養することにより生存細胞を選択する工程と、生存細胞の中から上記ベクターが保持する選択マーカーの形質を示す細胞を選択する工程とを含む方法である。
【0023】
通常の外来遺伝子の定常発現株の選択は、遺伝子導入、選択マーカーによる遺伝子導入細胞の選別、クローニングの順序で行うことができるが、外来TRPM2遺伝子を定常発現する細胞は、TRPM2の発現量が多いことから、弱い酸化ストレスにも応答して細胞死に至る。このため、通常の細胞培養環境下又は通常の保存環境下では死滅してしまい、生存細胞を得ることはできない。
【0024】
本発明方法においては、還元剤溶液で外来性TRPM2遺伝子保持細胞を培養することにより、TRPM2を高レベルで発現しつつ生存する細胞が得られる。
<TRPM2遺伝子導入工程>
TRPM2遺伝子としては、ヒトTRPM2遺伝子(GenBank accession no.AB001535)を用いることが好ましいが、他生物種の対応遺伝子を用いてもよい。さらに、TRPM2の活性を保持している限り、これらの遺伝子配列において、1又は2以上の塩基が付加、欠失、又は置換されたものであってもよい。
【0025】
ヒトTRPM2遺伝子は、その塩基配列に基づき合成したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いてヒトcDNAライブラリーをハイブリダイゼーションによりスクリーニングする方法により得ることができる。また例えば、ヒトcDNAライブラリーをPCRの鋳型として用いて、上記塩基配列を基に適当なプライマーを作製し、常法に従いPCRを行うことによっても得ることができる。
【0026】
TRPM2遺伝子を組み込むベクターは、細胞の種類に応じて適宜選択すればよい。ベクターには、例えばネオマイシン、ゲネチシン(G418)、ハイグロマイシンB、カナマイシン、ブラスチジン、マイコフェノリックアシッド、ピューロマイシンのような薬剤に耐性をもった遺伝子が含まれていればよい。但し、ゼオシン、ブレオマイシン、フェロマイシンのような活性酸素を産生してDNAを切断する薬剤耐性マーカーは使用し難い。使用可能な選択マーカーを含むベクターとしては、例えば、哺乳動物細胞ベクターのPCI-neo等、昆虫細胞ベクターのpIX等が挙げられる。
【0027】
細胞の種類は、特に限定されず、公知の哺乳動物細胞、昆虫細胞などを用いることができる。公知の哺乳動物細胞としては、例えばHEK293細胞、Vero細胞、Hela細胞、CV1細胞、COS1細胞、CHO細胞、ナマルバ細胞等が挙げられる。公知の昆虫細胞としては、例えばSf9細胞、MG1細胞、High FiveTM細胞等が挙げられる。中でも、ヒト細胞におけるTRPM2の機能を正確に反映させるために、ヒト由来哺乳動物細胞を用いることが好ましい。特に、培養が容易で遺伝子導入効率がよい点でHEK293細胞、Hela細胞が好ましい。
【0028】
遺伝子導入は、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、電気穿孔法などの公知の方法で行えばよい。
<生存細胞選択工程>
TRPM2遺伝子を組み込んだベクターを宿主細胞に導入した後、グルタチオン、メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、ビタミンC、等の還元剤を含む培地中で培養し、生存細胞を選択する。これにより、外来TRPM2遺伝子を有することによりTRPM2遺伝子を高レベルで発現していても生存する細胞を単離することができる。還元剤としては、特にグルタチオンが好ましい。
【0029】
培地中の還元剤の濃度は、還元剤の種類によって異なるが、100~500μM程度とすることが好ましく、100~200μM程度とすることがより好ましい。 上記の還元剤濃度の範囲であれば、TRPM2の活性化による細胞死を抑制できるとともに、細胞を正常に生育させることができる。
【0030】
培地は、BME、MEM、DME、αMEM、ES、IMDM、Fischer、RPMI1640、WEのような公知の培地を制限なく用いることができる。また、例えば5%CO2のような公知の雰囲気中で培養すればよい。
【0031】
また、細胞の種類によって異なるが、32~37℃程度で、3~8時間程度培養することにより、生存細胞を得ることができる。
【0032】
また、TRPM2遺伝子を組み込んだベクターを宿主細胞に導入した後、還元剤を含まない公知の培地を用いて例えば5%CO2のような公知の雰囲気中で培養する場合も、確率は低いが、外来TRPM2遺伝子を発現する細胞が得られる。このようにして得られる細胞は、TRPM2の導入によりチオレドキシンやカタラーゼのような還元性酵素が誘導生産された細胞や、これらの還元性酵素を大量に生産する変異体であると考えられる。この場合、細胞の種類によって異なるが、32~37℃程度で、24~36時間程度培養することにより、外来TRPM2遺伝子を発現する生細胞を得ることができる。
<TRPM2遺伝子定常発現細胞の選択工程>
次いで、このようにして選択された生存細胞を、ベクターが保有する選択マーカーを含む培地に播種し、培養する。この培地で生育する細胞は、このベクターが保持する選択マーカーの形質を示すことから、TRPM2遺伝子が染色体に組み込まれて定常的に発現する細胞である。選択マーカーの濃度は、細胞が1週間程度で死滅する濃度とすればよい。
第2の方法
TRPM2を定常的に発現する細胞は、還元剤の使用に代えて、TRPM2遺伝子とともに、チオレドキシン遺伝子(GenBank accession no. JO4026)、カタラーゼ遺伝子(GenBank accession no. P04040)、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD) 遺伝子(GenBank accession no. NP#000445)のような還元性酵素をコードする遺伝子を、細胞に導入し、定常的に発現させることによっても得られる。中でも、チオレドキシン 遺伝子が好ましい。これにより、TRPM2の酸化ストレスによる活性化を抑制して、TRPM2遺伝子を高レベルで発現しつつ生存できる細胞となる。
【0033】
還元性酵素をコードする遺伝子の細胞への導入は、遺伝子導入、選択マーカーによる遺伝子導入細胞の選別、クローニングという公知の手法で行えばよい。
【0034】
還元性酵素は、TRPM2遺伝子を含むベクターとともに同じベクターを用いて導入してもよく、別のベクターを用いて導入してもよいが、通常は互いに別のベクターを使用すればよい。還元性酵素を導入するベクター及び導入方法は、TRPM2遺伝子の導入について説明した通りである。
(II)TRPM2遺伝子発現細胞
第1の細胞
上記の本発明の第1の方法により、本発明のTRPM2遺伝子定常発現細胞が得られる。この細胞は、還元剤を溶解させた培地又は緩衝液中に含ませておくことにより、TRPM2遺伝子定常発現状態を維持できる。
【0035】
即ち、本発明のTRPM2遺伝子定常発現細胞液は、還元剤を溶解させた培地又は緩衝液中に、外来TRPM2遺伝子を染色体中に保持する細胞を含ませてなるものである。
【0036】
細胞用培地としては、BME、MEM、DMEM、αMEM、ES、IMDM、Fischer、RPMI1640、WEのような公知の培地を用いることができる。培地は細胞の種類に応じて適した培地を用いればよい。例えばHEK293細胞の場合DMEMを用いればよい。培地のpHは7.2~7.6程度が好ましく、7.4程度がより好ましい。
【0037】
また、緩衝液としては、リン酸緩衝液、酢酸-酢酸ナトリウム緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス-塩酸緩衝液等が挙げられる。中でも、pKa値が7.2~7.6程度に含まれるため細胞の生存に適している点で、HEPES緩衝液が好ましい。
【0038】
緩衝液のpHは、7.2~7.6程度が好ましく、7.4程度がより好ましい。このpH範囲は生体内のpHに近いため、各種酵素活性が低下せず、細胞の応答が正常に保たれる。また、緩衝液の濃度は15~25mM程度が好ましく、20mM程度がより好ましい。上記濃度範囲であれば、十分に緩衝作用を示す。
【0039】
還元剤としては、細胞の単離時と同様のグルタチオン、メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、ビタミンC等を使用できる。TRPM2遺伝子定常発現細胞の単離時と同じ還元剤を使用してもよく、又は異なる還元剤を使用してもよい。中でも、還元力が強く、取り扱いが簡便であり、生体内に存在している物質である点で、グルタチオンが好ましい。培地または緩衝液中の還元剤濃度は、還元剤の種類によって異なるが、100~500μM程度が好ましく、100~300μM程度がより好ましい。上記濃度範囲であれば、TRPM2の活性化を抑制できるとともに、細胞の正常な機能を損ねない。
第2の細胞
本発明の第2のTRPM2遺伝子定常発現細胞は、外来TRPM2遺伝子と、外来チオレドキシン遺伝子、外来カタラーゼ遺伝子、又は外来SOD遺伝子とを染色体中に保持する細胞である。
【0040】
(II)TRPM2遺伝子定常発現細胞の保存方法
本発明の第1及び第2のTRPM2遺伝子定常発現細胞は、上記の還元剤含有培地又は緩衝液中であれば、32~37℃程度の温度下で生存できる。特に、37℃程度が好ましい。
【0041】
また、本発明のTRPM2発現細胞は、上記の還元剤含有培地又は緩衝液中であれば、-200℃程度で凍結する場合にも生存し、再度、増殖に適した温度に戻すことにより、増殖させることができる。
【0042】
このことから、TRPM2遺伝子を染色体中に保持して定常的に発現する細胞は、還元剤を含む培地又は緩衝液中で保存することができる。保存温度は上述した通りである。
(III)TRPM2阻害物質のスクリーニング方法・キット
TRPM2阻害物質は、上記説明したTRPM2遺伝子定常発現細胞を用いて、以下の(a)~(c)の工程を含む方法によりスクリーニングすることができる。
(a) TRPM2遺伝子定常発現細胞に、被験物質の存在下で酸化ストレスを加える工程と、
(b) TRPM2遺伝子定常発現細胞に、被験物質の非存在下で酸化ストレスを加える工程と、
(c) TRPM2遺伝子定常発現細胞における、被験物質の存在下での細胞内カチオン濃度と、被験物質の非存在下での細胞内カチオン濃度とを比較して、細胞内カチオン濃度を低下させる被験物質を選択する工程
TRPM2遺伝子定常発現細胞は、前述した還元剤を含む細胞溶液から分離したもの、又は外来性の還元性酵素遺伝子を保持するものを使用できる。
酸化ストレス・被験物質との接触
TRPM2遺伝子定常発現細胞(試験細胞)への酸化ストレス、及び試験細胞と被験物質との接触は、例えば以下のようにして行うことができる。
【0043】
TRPM2遺伝子定常発現細胞をトリプシン処理により培養容器から取り出し、細胞の生存に適した培地に播種し、37℃程度で、6~8時間程度培養する。この際、細胞がカバースリップ表面に付着して増殖するように、カバースリップを培地の中に浸し、その上に細胞を播種すればよい。
【0044】
次いで、カチオン指示薬を含む新たな培地にカバースリップごと細胞を移し、同様の温度で30~40分間程度培養する。これにより、低分子のカチオン指示薬が細胞内に取り込まれる。
【0045】
カチオンの種類は、生体に存在するものであればよく、特に限定されないが、例えば、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどが挙げられる。中でも、カルシウムイオンは、例えば受精、増殖、成長、学習、記憶、細胞死といった多彩な細胞応答においてシグナル伝達因子として重要でかつ基本的な働きをしており、細胞内でのカルシウム動態を調べることがこれら細胞応答を解明する基本になる点で、カルシウムイオンを指標とすることが好ましい。即ち、カチオン指示薬としてカルシウムイオン指示薬を使用することが好ましい。
【0046】
低分子カルシウムイオン指示薬としては、fura2、indo-1、fluo-3のような公知の蛍光色素を使用することができる。低分子カチオン指示薬、中でも低分子カルシウムイオン指示薬は、培地中に1μM程度の濃度で含ませておけばよい。
【0047】
また、低分子のカチオン指示薬を細胞内に取り込ませるのに代えて、カチオンと結合して蛍光を発するような蛍光タンパク質をコードする遺伝子を、TRPM2遺伝子発現細胞に導入し、定常的にこの蛍光タンパク質を発現する細胞を選択して使用することもできる。このような蛍光タンパク質として、カメレオン、G-CaMPのようなカルシウムイオンと結合して蛍光を発する蛍光タンパク質が知られている。
【0048】
次いで、細胞をカバースリップごと酸化剤を含まない緩衝液中に移す。緩衝液としては、HEPES緩衝液(HBS)などを使用できる。緩衝液のpHは7.2~7.4程度が好ましい。
【0049】
酸化剤としては、過酸化水素、tert-ブチルヒドロパーオキシド(tBOOH)などが挙げられる。中でも、TRPM2の強い活性を引き起こすことができる点で、過酸化水素が好ましい。酸化剤の濃度は、その種類によって異なるが、100~300μM程度が好ましく、300μM程度がより好ましい。上記範囲であれば、十分にTRPM2を活性化できるとともに、細胞死を起こしてしまうこともない。
【0050】
次いで、細胞をカバースリップごと酸化剤を含む緩衝液に移し、細胞を20~25℃で5~10分間程度インキュベートする。これにより、細胞に酸化ストレスが加えられる。
【0051】
細胞の酸化剤による処理の際、培地中に、被験物質を添加しておく。被験物質の濃度は、その種類によって異なるが例えば100nM~10μM程度とすればよい。また、被験物質を添加しない対照についても同様にして酸化ストレスを加える。
比較・判定
さらに、被験物質を接触させた細胞の蛍光強度を、被験物質を接触させない対照細胞の蛍光強度と比較する。上記の指示薬は、カチオンに結合することにより蛍光を発するため、蛍光強度を比較することにより、細胞内カチオン濃度を比較することができる。比較は、目視により直接比較してもよく、両細胞の蛍光強度をそれぞれ定量して、比較してもよい。
【0052】
被験物質がTRPM2活性を阻害ないしは抑制する場合は、酸化ストレスにより引き起こされるカチオン流入量が低減し、細胞内カチオン濃度は変化しない。被験物質を細胞に接触させることにより、細胞内カチオン濃度が被験物質を接触させない対照の例えば50%以下、好ましくは10%以下になる場合に、TRPM2活性が阻害又は抑制されたと判定すればよい。
【0053】
また、蛍光強度を目視等により直接比較する場合は、蛍光強度の上昇幅の減弱が確認されれば、TRPM2活性が阻害又は抑制されたと判定すればよい。
【0054】
このようにして得られるTRPM2阻害物質には、TRPM2タンパク質に結合してその活性を阻害するもの、酸化ストレスとTRPM2活性化との間のカスケードに介在するADP-リボース、β-NAD+などに作用してこのカスケードを阻害するもの等が含まれる。
【0055】
上記スクリーニングを行うために、TRPM2遺伝子定常発現細胞と、酸化剤と、低分子カチオン指示薬とを備えるキットを使用できる。また、低分子カチオン指示薬に代えて、TRPM2遺伝子発現細胞おいて、さらにカチオン結合タンパク質をコードする遺伝子を定常的にもしくは一過的に発現する細胞を備えるキットであってもよい。TRPM2遺伝子定常発現細胞は、還元剤を含む溶液に含ませたものであってもよく、又は還元剤溶液から分離して凍結したものであってもよい。また、外来性TRPM2遺伝子とともに外来性還元性酵素遺伝子を保持する細胞である場合は、必ずしも凍結する必要はない。
実施例
以下、本発明を実施例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例1】
【0056】
TRPM2遺伝子定常発現細胞の単離
TRPM2遺伝子を挿入したPCI-neoベクターを、HEK293細胞(American Type Culture Collectionより購入)にsuperfectを用いたリポフェクション法により導入した。
【0057】
この細胞を還元剤であるグルタチオンを100μM又は500μM含むDMEM培地に播種し、37℃で24時間培養することにより増殖させた。
【0058】
増殖した細胞をジェネスチン(G418)を1 mg/mL含む培地に播種し、37℃で2週間培養することによりコロニーを形成させた。その後単一コロニーのみを回収しその中でH2O2に対し活性のあるものを選択した。これにより、TRPM2遺伝子を定常的に発現する細胞が得られた。