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明細書 :不斉炭素を有する有機酸の絶対配置決定方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4637782号 (P4637782)
公開番号 特開2007-271592 (P2007-271592A)
登録日 平成22年12月3日(2010.12.3)
発行日 平成23年2月23日(2011.2.23)
公開日 平成19年10月18日(2007.10.18)
発明の名称または考案の名称 不斉炭素を有する有機酸の絶対配置決定方法
国際特許分類 G01N  21/19        (2006.01)
FI G01N 21/19
請求項の数または発明の数 3
全頁数 13
出願番号 特願2006-101251 (P2006-101251)
出願日 平成18年3月31日(2006.3.31)
審査請求日 平成20年10月27日(2008.10.27)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】井上 佳久
【氏名】ビクター ボロフコフ
【氏名】バイラッパ プッタイア
個別代理人の代理人 【識別番号】100065215、【弁理士】、【氏名又は名称】三枝 英二
【識別番号】100076510、【弁理士】、【氏名又は名称】掛樋 悠路
【識別番号】100105821、【弁理士】、【氏名又は名称】藤井 淳
審査官 【審査官】島田 英昭
参考文献・文献 特表平10-508465(JP,A)
特開2004-264049(JP,A)
国際公開第2005/024065(WO,A2)
特開2003-247933(JP,A)
特開平11-237375(JP,A)
特開2001-220392(JP,A)
特開2003-207444(JP,A)
特開平10-029993(JP,A)
調査した分野 G01N21/17-21/61
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
不斉炭素を有する有機酸の絶対配置の決定方法であって、
(1)下記化学式(I)
【化1】
JP0004637782B2_000007t.gif
[式中、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示し、但し、R、R、R及びRのうち、少なくとも1つは、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示し、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11及びR12は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示す。]
で表されるポルフィリン2量体を有効成分して含む試薬と、
(2)(i)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、 ポルフィリン2量体に配位可能な基と不斉炭素とが直接結合している有機酸、又は(ii)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、前記配位可能な基と不斉炭素との間に炭素原子が1原子介在している有機酸とを含む試料溶液について、円二色性分光光度分析を行い、コットン効果の符号から前記有機酸の不斉炭素の絶対配置を決定する方法。
【請求項2】
前記有機酸がスルホン酸又はカルボン酸である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
-30~30℃において円二色性分光光度分析を行う請求項1又は2に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、不斉炭素を有する有機酸の絶対配置決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、キラル化合物の絶対配置を決定する方法として、キラル化合物と特定の化合物との複合体(例えば錯体)について、円二色性(CD)分光光度分析を行い、コットン効果の符号とキラル化合物の絶対配置との相関関係を利用してキラル化合物の絶対配置を決定する方法が用いられている。例えば、下記非特許文献1~4に、そのような絶対配置決定方法に関する記載がある。
【0003】
非特許文献1には、長い架橋鎖で架橋されたポルフィリン二量体にキラル化合物が配位することによって円二色性が誘起され、コットン効果の符号からキラル化合物の絶対配置を決定できることについて記載されている。
【0004】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法は、二官能性のキラル化合物であるジアミン、アミノアルコール等に対してのみ適用できるにすぎない。
【0005】
非特許文献2には、フェニルボロン酸単位を有するポリフィリン二量体が各種の糖の存在下で円二色性を示すことについて記載されている。
【0006】
しかしながら、非特許文献2に記載の方法は、ボロン酸との間に結合を作るポリオール(多価アルコール)にのみ適用可能であり、しかも、特定の(一つの)不斉中心のまわりの絶対配置を直接決めうる方法ではない。
【0007】
非特許文献3には、ランタニドのトリス(β-ジケトナト)錯体がキラルなアミノアルコールの存在下で円二色性を示すことについて記載されている。
【0008】
しかしながら、非特許文献3に記載の方法は、キラルなアミノアルコールに対してのみ適用できるにすぎない。
【0009】
非特許文献4には、アミノ酸およびアミノアルコールの絶対配置を銅錯体の円二色性によって決定できることについて記載されている。
【0010】
しかしながら、非特許文献4に記載の方法は、銅に二座配位可能なアミノ酸やアミノアルコールにのみ適用できるにすぎない。
【0011】
以上のように、不斉炭素を有する有機酸及びその塩の絶対配置の有効な決定法については未だ報告されていない。
【0012】
一方、キラル化合物の絶対配置の決定方法として、X線回折法が知られている。
【0013】
しかしながら、この方法には、結晶性の化合物にしか適用できないという制限がある。

【非特許文献1】J.Am Chem.Soc.,1998,120,6185-6186,X.Huang、B.H.Rickmann,B.Borhan、N.Berova,K.ナカニシ
【非特許文献2】Bull.Chem.Soc.,Jpn.,1998,71,1117-1123,M.タケウチ,T.イマダ,S.シンカイ
【非特許文献3】J.Chem.Soc.,Dalton Trans.,1999,11-12,H.ツクベ,M.ホソクボ.M.ワダ,S.シノダ,H.タミアキ
【非特許文献4】Org.Lett.,1999,1,861-864,S.Zahn,J.W.Canary
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、不斉炭素を有する有機酸の絶対配置を、簡便に、且つ、精度良く決定できる方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、特定の化合物を用いる方法が、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明は、下記の絶対配置の決定方法に係る。
1. 不斉炭素を有する有機酸の絶対配置の決定方法であって、
(1)下記化学式(I)
【0017】
【化1】
JP0004637782B2_000002t.gif

【0018】
[式中、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示し、但し、R、R、R及びRのうち、少なくとも1つは、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示し、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11及びR12は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示す。]
で表されるポルフィリン2量体を有効成分して含む試薬と、
(2)(i)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、 ポルフィリン2量体に配位可能な基と不斉炭素とが直接結合している有機酸、又は(ii)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、前記配位可能な基と不斉炭素との間に炭素原子が1原子介在している有機酸とを含む試料溶液について、円二色性分光光度分析を行い、コットン効果の符号から前記有機酸の不斉炭素の絶対配置を決定する方法。
2. 前記有機酸がスルホン酸又はカルボン酸である請求項1に記載の方法。
3. -30~30℃において円二色性分光光度分析を行う請求項1又は2に記載の方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の絶対配置決定方法によれば、不斉炭素を有する有機酸の絶対配置を簡便に、且つ、精度良く決定することができる。具体的に、本発明の方法によれば、不斉炭素を有する有機酸について、(i)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、 ポルフィリン2量体に配位可能な基と直接結合している不斉炭素、又は(ii)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、前記配位可能な基との間に炭素原子が1原子介在している不斉炭素の絶対配置を簡便に、且つ、精度良く決定することができる。
【0020】
さらに、本発明の方法は、下記(1)~(6)の利点を有する。
【0021】
(1)試料溶液を冷却するような煩雑な操作をすることなく、有機酸の不斉炭素の絶対配置を決定することができる。
【0022】
(2)本発明の方法において使用する有機酸及びポルフィリン2量体は、いずれも極少量で足りる。即ち、本発明の方法は、極少量の有機酸及びポルフィリン2量体によって、高い感度で円二色性(CD)スペクトルを測定できる。
【0023】
(3)本発明の方法において、円二色性(CD)スペクトルを測定する際に測定対象の有機酸に特殊な修飾基を導入する必要がない。従って、前記有機酸を必要に応じて容易に回収できる。例えば測定後の試料溶液と2mol/l程度の塩酸水溶液とを撹拌すると、ポルフィリン2量体と有機酸からなる錯体は、ポルフィリン2量体と有機酸の塩酸塩に分解する。これにより、有機酸及びポルフィリン2量体を分離回収できる。分離回収したポルフィリン2量体は、再度使用することができる。
【0024】
(4)本発明の方法によれば、非常に迅速に有機酸の不斉炭素の絶対配置を決定することができる。試料調製とCDスペクトル測定に要する時間は、条件によっては10分以内である。
【0025】
(5)コットン効果の検出、即ちCDスペクトル測定は、通常400~450nmでなされる。大抵の有機酸の吸収は、400nm以下であるので、コットン効果を示すピークと有機酸自身の示すピークとは重ならない。従って、本発明の方法によれば、非常に広範囲の有機酸について、絶対配置を決定することが可能である。
【0026】
(6)本発明の方法によれば、非結晶性の有機酸について、不斉炭素の絶対配置を決定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、不斉炭素を有する有機酸の絶対配置の決定方法であって、(1)下記化学式(I)
【0028】
【化2】
JP0004637782B2_000003t.gif

【0029】
[式中、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示し、但し、R、R、R及びRのうち、少なくとも1つは、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示し、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11及びR12は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示す。]で表されるポルフィリン2量体を有効成分して含む試薬と、(2)(i)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、 ポルフィリン2量体に配位可能な基と不斉炭素とが直接結合している有機酸又は(ii)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、前記配位可能な基と不斉炭素との間に炭素原子が1原子介在している有機酸とを含む試料溶液について、円二色性(CD)分光光度分析を行い、コットン効果の符号から前記有機酸の不斉炭素の絶対配置を決定する方法に係る。
【0030】
本発明は、上記化学式(I)のようなフリーのポルフィリン2量体を試薬の有効成分として用いることにより、有機酸の不斉炭素の絶対配置を、簡便に、且つ、精度良く決定することができる。特に、本発明の方法は、カルボン酸及びスルホン酸の不斉炭素の絶対配置決定手段として有効である。
【0031】
ポルフィリン2量体を有効成分して含む試薬
本発明の絶対配置決定方法(以下、単に「本発明の方法」と略記する場合がある)では、上記化学式(I)で表されるポルフィリン2量体(以下、「化合物1」と略記する場合がある)を有効成分として含む試薬を使用する。
【0032】
上記化学式(I)において、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示す。但し、R、R、R及びRのうち、少なくとも1つは、炭素数1~8の炭化水素基、含酸素置換基、含窒素置換基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示す。すなわち、R、R、R及びRのうち、少なくとも1つをメチル基以上にバルキーな置換基にすることにより、ポルフィリンの配向にねじれが生じ、円二色性があらわれる。
【0033】
炭素数1~8の炭化水素基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、n-ブチル基、イソブチル基等の直鎖又は分枝状アルキル基を例示することができる。この炭化水素基の炭素数は、好ましくは1~4程度、より好ましくは1~2程度である。
【0034】
含酸素置換基としては、エステル基、カルボキシルアルキル基等を例示することができる。エステル基としては、メチルエステル基、エチルエステル基等を例示することができる。カルボキシアルキル基としては、カルボキシメチル基等を例示することができる。
【0035】
含窒素置換基としては、アミノ基、アミド基、2-アミノエチル基等を例示することができる。
【0036】
ハロゲン原子としては、Cl、Br、F等を例示することができる。
【0037】
ハロゲン化炭化水素基としては、塩化メチル基、塩化エチル基、塩化プロピル基、塩化ブチル基等を例示することができる。
【0038】
上記化学式(I)において、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11及びR12は、それぞれ同一又は異なって、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基からなる群から選択される1種を示す。
【0039】
炭化水素基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、n-ブチル基、イソブチル基等の直鎖又は分枝状アルキル基等を例示することができる。R~R12で示される炭化水素基の炭素数は、特に制限されないが、通常1~10程度であり、好ましくは1~4程度、より好ましくは1~2程度である。
【0040】
ハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基は、上記R~Rの説明において例示したハロゲン原子及びハロゲン化炭化水素基と同様である。
【0041】
特に、本発明の方法において用いるポルフィリン2量体としては、下記化学式(II)の化合物(以下、単に、「化合物2」と略記する場合がある)が好ましい。
【0042】
【化3】
JP0004637782B2_000004t.gif

【0043】
本発明の方法において使用する試薬には、所望の効果が得られる範囲内において添加成分が含まれていても良い。
【0044】
化学式(I)で表されるポルフィリン2量体は、公知の方法により製造することができる。公知の方法としては、V. V. Borovkov, J. M. Lintuluoto and Y. Inoue, Helv. Chem. Acta, 1999, 82, 919-934, V. V. Borovkov, J. M. Lintuluoto and Y. Inoue, Synlett, 1998, 768等に記載されている方法を例示することができる。
【0045】
有機酸
本発明の方法において対象とする有機酸は、(i)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、 ポルフィリン2量体に配位可能な基と不斉炭素とが直接結合している、又は(ii)ポルフィリン2量体に配位可能であり、且つ、前記配位可能な基と不斉炭素との間に炭素原子が1原子介在している。
【0046】
ポルフィリン2量体に配位可能な有機酸としては、特に限定されないが、比較的酸性度の高い有機酸が好ましい。そのような有機酸としては、例えば、上記ポルフィリン2量体に配位可能な基としてカルボン酸基、リン酸基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、ボロン酸基及びスルホン酸基等の酸性基を有する化合物が挙げられる。特に、本発明の方法によれば、スルホン酸又はカルボン酸の絶対配置をより好適に決定することができる。
【0047】
また、本発明の方法では、前記有機酸は塩を形成していてもよい。
前記有機酸の塩は、例えば前記有機酸と塩基性化合物とを反応させることにより得ることができる。塩基性化合物としては、特に限定されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、アンモニア等の水溶性無機塩、n-プロピルアミン、モノエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアミン、モノメチルトリエチルアンモニウムハイドロオキサイド、トリメチルベンゾルアンモニウムハイドロオキサイド等の4級アンモニウムハイドロオキサイド又はグアニジンハイドロオキサイド等の水溶性有機塩が挙げられる。
【0048】
有機酸は、化合物1への配位しやすさの点から、酸性基のα位及び/又はβ位の炭素に電子吸引基を有することが好ましい。
電子吸引基としては、例えばヒドロキシル基、メトキシ基、アセトキシ基、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基、ニトロ基、シアノ基等が挙げられる。
【0049】
ポルフィリン2量体に配位可能な基と不斉炭素とが直接結合している有機酸としては、例えば2-クロロ-3-メチルブタン酸、2-ヒドロキシブタン酸、2-アセトキシプロピオン酸、2-メトキシフェニル酢酸、マンデル酸、3-フェニル乳酸等が挙げられる。
【0050】
前記配位可能な基と不斉炭素との間に炭素原子が1原子介在している有機酸としては、例えば、10-カンファースルホン酸が挙げられる。
【0051】
試料溶液
本発明の方法において、CD分光光度分析に用いる試料溶液は、上記試薬と有機酸を含む。試料溶液の調製は特に限定されず、例えば、有効成分である上記ポルフィリン2量体、有機酸等を溶媒に溶解する方法等により調製することができる。
【0052】
試料溶液を調製する際に使用する溶媒としては、ポルフィリン2量体に配位しない溶媒が好ましい。ポルフィリン2量体に配位しない溶媒としては、クロロホルム(CHCl)、二塩化メタン(CHCl)、二塩化エタン(CHClCHCl)、四塩化エタン(CHClCHCl)、四塩化炭素(CCl)等のハロゲン化脂肪族炭化水素;ヘキサン、ヘプタンなどの脂肪族炭化水素等を例示できる。
【0053】
試料溶液中のポルフィリン2量体の濃度は、限定的ではない。これらの濃度の下限は、第1または第2コットン効果を検知できる限り特に制限されず、用いるポルフィリン2量体の種類、有機酸の種類、溶媒の種類等に応じて適宜設定することができる。試料溶液中の有機酸の濃度の上限およびポルフィリン2量体の濃度の上限は、例えばCDスペクトルにおいて第1または第2コットン効果の楕円率の値が、ノイズレベルの2倍以上程度(例えば1mdeg以上程度)となり、光電子増倍管の電圧が-700kV以内で第1または第2コットン効果の楕円率ができるだけ大きくなるよう設定することが好ましく、第1または第2コットン効果の楕円率が、10mdeg~50mdeg程度となるよう設定することがより好ましい。
【0054】
試料溶液中における有機酸の濃度は、キラル化合物の種類等に応じて適宜設定すればよいが、通常10-4mol/l以上程度であり、好ましくは10-4~10-1mol/l程度であり、より好ましくは10-4~10-3mol/l程度である。有機酸の濃度が10-4mol/l未満の場合、十分にコットン効果を検知できないおそれがある。
【0055】
試料溶液中におけるポルフィリン2量体の濃度は、有機酸の種類等に応じて適宜設定することができるが、通常10-7mol/l以上程度であり、好ましくは10-6mol/l以上程度である。試料溶液中におけるポルフィリン2量体の濃度の上限は、有機酸の種類等に応じて適宜設定することができるが、通常5×10-5mol/l以下程度であり、好ましくは5×10-6mol/l以下程度である。
【0056】
絶対配置の決定方法
本発明の方法は、前記試料溶液について、CD分光光度分析を行い、コットン効果の符号から前記有機酸の不斉炭素(以下、単に「有機酸」と略記する場合がある)の絶対配置を決定する方法である。
【0057】
本発明の方法において、CD分光光度分析を行う際、試料溶液を冷却するような煩雑な操作をする必要はないが、試料溶液の温度を、-30~30℃程度に設定することにより、より高感度でCD分光光度分析を行うことができる。
【0058】
試料溶液のCDスペクトルは、二つのピーク(一つの極大値と一つの極小値)を示す。以下、より長波長側のピークを「第1コットン効果」といい、より短波長側のピークを「第2コットン効果」ということがある。それぞれのピークの符号は、正の場合と負の場合があり、第1コットン効果の符号と第2コットン効果の符号とは相異なる。
【0059】
様々な有機酸の絶対配置及び試料溶液における各コットン効果の符号を表1に示す。
【0060】
【表1】
JP0004637782B2_000005t.gif

【0061】
表1から明らかなように、(R)-10-カンファースルホン酸の場合、第1コットン効果の符号は負(マイナス)であり、第2コットン効果の符号は正(プラス)である。一方、(S)-10-カンファースルホン酸の場合、第1コットン効果の符号は正(プラス)であり、第2コットン効果の符号は負(マイナス)である。
【0062】
絶対配置の決定には、第1コットン効果及び第2コットン効果のいずれの符号を用いてもよいが、第1コットン効果の方が検知しやすいのでより好適に用いることができる。
【0063】
また、表1から明らかなように、有機酸の立体配置と各コットン効果の符号の間には、一定の対応関係が成立している。即ち、第1コットン効果の符号が正の場合には、有機酸の絶対配置は(S)となる。一方、第1コットン効果の符号が負の場合には、有機酸の絶対配置は(R)となる。すなわち、この相関関係と未知の有機酸のCDスペクトルから得られるコットン効果の符号とを利用することによって、未知の有機酸の不斉炭素についての絶対配置を決定することができる。
【0064】
なお、表1において、B遷移とは、吸収帯がBバンド(ソーレー帯)となる二つのポルフィリン環のモーメントが共にポルフィリン環を結合する方向にある場合の遷移である。また、B遷移とは、前記モーメントが共にポルフィリン環を結合する方向とは垂直の方向にある場合の遷移である。図2に、有機酸が配位する前のアキラルな化合物1におけるモーメントの方向を実線で示す。
【0065】
一方、有機酸が配位した化合物1では、図2において点線で示すように、B遷移及びB遷移のいずれの場合も、アキラルな化合物1の場合に比べて、一方の環のモーメントの方向が他方のモーメントの方向に対して若干ずれる。
【0066】
以下、本発明において、コットン効果が生じる機構を説明する。化合物1と有機酸とを含む溶液を調製すると、有機酸は化合物1の窒素原子へ配位すると考えられる。有機酸は、二つのポルフィリン環における窒素原子のうちいずれに配位してもよい。いずれか一方のポルフィリン環のみがメチル基以上にバルキーな置換基を有する場合には、有機酸は、このような置換基を有するポルフィリン環とは他方のポルフィリン環の窒素原子に配位すると考えられる。このような有機酸の配位に伴って、ポルフィリン2量体は、syn型からanti型へコンホメーション変化を示すと同時に、anti型のコンホーマーに不斉が誘起され、図1に示すような円二色性を示す。
【0067】
不斉誘起の機構は、図3に示すようなポルフィリン環同士のねじれにより説明される。配位子であるキラル化合物のαまたはβ炭素(図3ではα炭素)に結合している最も大きな置換基(R)と、有機酸が配位していないポルフィリン環に結合したメチル基以上にバルキーな置換基(図3ではEt:エチル基)との間に立体障害が生じることにより、ポルフィリンの配向にねじれが生じ、ポルフィリン間の励起子相互作用(エキシトンインターラクション)に基づく円二色性があらわれるものと理解できる。
【0068】
CDエキシトン・キラリテイー法によると、二つの相互に作用する電子遷移モーメントが手前から奥側に向かって時計回りに並ぶと正のキラリティーを創出し、反時計回りに並ぶと負のキラリティーを創出する(Harada,N., Nakanishi,K.,"Circular Dichroic Spectroscopy-Excition coupling in Organic Stereochemistry, University Science Books, Mill Valley,1983.、Nakanishi,K., Berova,N., "In Circular Dichroism;Principles and Applications", Woody,R.,Ed, VCH Publishers; New York,1994; pp361-398)。
【0069】
例えば、絶対配置が(S)である有機酸が化合物1に配位すると、手前から奥側に向かって時計回りにねじれるので(図3参照)、第1コットン効果の符号は「正」となる。一方、絶対配置がRである有機酸が化合物1に配位すると、手前から奥側に向かって反時計回りにねじれるので、第1コットン効果の符号は「負」となる。
【0070】
本発明の方法では、CD分光光度分析法を用いて、有機酸、化合物1等を含む試料溶液について分析する。即ち、本発明の方法では、化合物1に測定対象である有機酸を配位させることにより得られるCDスペクトルのコットン効果の符号によって、前記有機酸の絶対配置を決定することができる。本発明の方法によれば、有機酸に特殊な修飾基を誘導することなしに、直接的に絶対配置を決定することが可能である。
【実施例】
【0071】
以下、本発明の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0072】
CDスペクトル測定には、JASCO-J-720WIスペクトロポーラリメーターを使用した。
実施例1
3ml(光路長:1cm)のセルに、約10-6mol/lの化合物2と約10-1mol/lの3-フェニル乳酸のCHCl溶液を調製し、0℃において、350~500nmのCDスペクトルを測定した。結果を図1に示す。
【0073】
図1及び表1から明らかなように、より長波側にある第1コットン効果の符号が負であることから、3-フェニル乳酸の不斉炭素の絶対配置は(R)である。
【0074】
実施例2
3-フェニル乳酸の代わりに、2-ヒドロキシブタン酸を用い、かつ、-40℃、-20℃、0℃及び22℃において測定した以外は、実施例1と同様にしてCDスペクトルを測定した。結果を図4に示す。
【0075】
図4及び上記表1から明らかなように、より長波側にある第1コットン効果の符号が負であることから、2-ヒドロキシブタン酸の不斉炭素の絶対配置は(S)である。
【0076】
また、図4から明らかなように、より低温の方が、CDスペクトルのピークの感度が良くなることがわかる。
【0077】
比較例1
絶対配置決定試薬として、化合物2の代わりに下記亜鉛ポルフィリン2量体(約10-6mol/l)を用い、且つ、-40℃、-20℃、0℃及び22℃において測定した以外は、実施例1と同様にして3-フェニル乳酸を含む試料溶液のCDスペクトルを測定した。
【0078】
【化4】
JP0004637782B2_000006t.gif

【0079】
しかし、測定温度が-20℃、0℃及び22℃の場合、コットン効果を検知できなかった。また、測定温度が-40℃の場合、コットン効果をわずかに検知できたが、3-フェニル乳酸の絶対配置を決定することはできなかった。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】実施例1において得られた円二色スペクトルの測定結果を示す図である。
【図2】ポルフィリン2量体の最大吸収バンドであるBバンドに関するモーメントの方向を示す図である。ポルフィリン環を楕円として、架橋炭素鎖を直線として、ポルフィリン2量体を概略的に示す。二つの楕円(ポルフィリン環)は、同一平面上には存在せず、前後に位置する。
【図3】立体障害により生じるポルフィリン環同士のねじれを示す図である。
【図4】実施例2において得られた円二色スペクトルの測定結果を示す図である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3