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明細書 :有機電荷移動錯体のコヒーレントコントロールによる遠赤外光スイッチ

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4427294号 (P4427294)
公開番号 特開2005-092147 (P2005-092147A)
登録日 平成21年12月18日(2009.12.18)
発行日 平成22年3月3日(2010.3.3)
公開日 平成17年4月7日(2005.4.7)
発明の名称または考案の名称 有機電荷移動錯体のコヒーレントコントロールによる遠赤外光スイッチ
国際特許分類 G02F   1/361       (2006.01)
G01J   1/02        (2006.01)
G01J  11/00        (2006.01)
FI G02F 1/361
G01J 1/02 C
G01J 11/00
請求項の数または発明の数 7
全頁数 10
出願番号 特願2003-329123 (P2003-329123)
出願日 平成15年9月19日(2003.9.19)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 日本物理学会 2003年度秋季大会にて発表 開催日2003年9月20日~9月23日 講演概要集発行日:2003年8月15日
審査請求日 平成18年8月3日(2006.8.3)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】独立行政法人産業技術総合研究所
発明者または考案者 【氏名】岩井 伸一郎
【氏名】岡本 博
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100105463、【弁理士】、【氏名又は名称】関谷 三男
【識別番号】100102576、【弁理士】、【氏名又は名称】渡辺 敏章
【識別番号】100108394、【弁理士】、【氏名又は名称】今村 健一
審査官 【審査官】野田 定文
参考文献・文献 特開2002-328349(JP,A)
特開平09-221459(JP,A)
特開平10-319450(JP,A)
特開2003-209266(JP,A)
特開2002-090939(JP,A)
応用物理,Vol. 70, No. 2, 2001,169-172
KAST Rep.,Vol. 14 No. 2 2003,30-37
調査した分野 G02F 1/29-7/00
JSTPlus(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
振動数100cm-1よりも小さいエネルギー領域に分子間振動による共鳴吸収帯を有し、近赤外~近紫外光の照射によって中性-イオン性の相転移を起こす系である交互積層型電荷移動錯体と、
前記分子間振動の周期に対応する時間よりも短いパルス幅であって近赤外~近紫外の波長を有するパルス光の対であって、その時間差が分子間振動の周期の略整数倍であるパルス光の対を出射可能なパルス光出射部と
を有する遠赤外光スイッチ。
【請求項2】
さらに、前記交互積層型電荷移動錯体を、その相転移温度の直上近傍の温度に保持する温度保持手段を有することを特徴とする請求項に記載の遠赤外光スイッチ。
【請求項3】
さらに、前記パルス光の対のうち、後方のパルス光が前記交互積層型電荷移動錯体に対して照射されるタイミングに同期して前記交互積層型電荷移動錯体に対して遠赤外光を照射する遠赤外光出射部を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の遠赤外光スイッチ。
【請求項4】
さらに、前記交互積層型電荷移動錯体を挟んで前記遠赤外光の入射側と反対の位置に配置された遠赤外光検知器を有することを特徴とする請求項に記載の遠赤外光スイッチ。
【請求項5】
前記交互積層型電荷移動錯体は、π電子骨格を有する平面分子であって、電子供与性の強いドナー分子と電子受容性の強いアクセプター分子の組み合わせからなり、DA分子が疑1次元的に交互に並んだ交互積層型の単結晶であることを特徴とする請求項1からまでのいずれか1項に記載の遠赤外光スイッチ。
【請求項6】
振動数100cm-1よりも小さいエネルギー領域に分子間振動による共鳴吸収帯を有し、近赤外~近紫外光の照射によって中性-イオン性の相転移を起こす系である交互積層型電荷移動錯体に対して前記分子間振動の周期に対応する時間よりも短いパルス幅を有し前記分子間振動の周期の略整数倍である時間差Δtを有して同位相のパルス光の対を出射するステップと
を有する遠赤外光の透過率のスイッチング方法。
【請求項7】
さらに、前記パルス対の後方パルスの照射タイミングに合わせて前記パルス対が照射された領域に遠赤外光を照射するステップを含むことを特徴とする請求項に記載のスイッチング方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、遠赤外光スイッチに関し、特に、有機電荷移動錯体における分子間振動を、フェムト秒パルス対によって増幅する現象を用いた遠赤外光スイッチに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体又はそのナノ構造体(例えば、量子細線、量子井戸、量子ドットなど)の励起子状態や、金属微粒子の表面プラズモン状態による3次非線形光学効果を用いた光スイッチング現象に関して、数多くの報告がなされている。特に、近紫外光-近赤外光領域(300nm~2μm)に関する報告が多くなされている。
【0003】
例えば、下記非特許文献1のFig1(a)には、SiO中の金微粒子において、光照射前の吸収スペクトル(縦軸光学密度、OD=-logT、但しTは透過率)が示されている。2.3 eVにピークを持つ吸収体は、表面プラズモンによるものである。Fig1(b)には、光照射後に観測される吸収スペクトルの変化分ΔA(正符号が、吸収増加)が示されている。表面プラズモンによる吸収ピーク付近(~2.3eV=540nm)で吸収が減少し、透過率が10%程度増加する。この場合、励起後瞬時(1ps以内)に透過率の変化が起こるため、光スイッチとして動作可能である。
【0004】
また、非特許文献2のFig1は、GaAs量子井戸を用いた技術であって、細い黒線が光照射前の吸収スペクトルを表す。1.47eV=843nmにピークをもつ吸収は、励起子によるピークである。(a)から(c)までは、光照射後のスペクトルを示す。ピーク近傍の光吸収が30%程度減少し、透過率が増加する。この場合も、励起後瞬時(1 ps以内)に透過率の変化が起こるため、光スイッチとして動作可能である。
【0005】

【非特許文献1】Hamanaka et al. Phys. Rev. B.63, 104302(2001).
【非特許文献2】W. H. Knox et al. Phys. Rev. Lett. 54,1306(1985).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、100μmよりも長波長の遠赤外領域で動作する光スイッチであって、ピコ程度の高速応答性を持ち、光照射による透過率の変化量が少なくとも10%以上と大きい光スイッチに関しては現在までに報告されていない。
【0007】
遠赤外領域は、光波と電波との間に位置する領域であり、従来から光源の入手性の問題から未開の波長帯域であった。しかしながら、最近の超短パルスレーザー(フェムト秒チタン・サファイアレーザー)とその周辺技術(超高速光スイッチ、電気光学結晶など)の進歩により、THzパルス光というコヒーレントな超短パルス光(時間幅1ps程度、波長50~300μm)を得ることができるようになってきた。遠赤外光は、様々な物質(プラスチック、厚紙、木、半導体パッケージ等)を容易に透過するため、非破壊・非接触な内部検査法の代表例であるX線に代わる手法として、最近、注目を浴びている。特に、THz光はX線と異なり低侵襲(低エネルギーであり従って人体に安全)である。従って、今後の活用が期待される分野である。本発明は、遠赤外領域で動作する高感度の光スイッチイング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一観点によれば、振動数100cm-1よりも小さいエネルギー領域に分子間振動による共鳴吸収帯を有する交互積層型電荷移動錯体と、前記分子間振動の周期に対応する時間よりも短いパルス幅を有する近赤外~近紫外の波長を有するパルス光を間欠的に出射可能なパルス光出射部と、を有する遠赤外光スイッチが提供される。
【0009】
さらに、前記交互積層型電荷移動錯体層を、その相転移温度の直上の温度に保持する温度保持手段を有するのが好ましい。相転移温度直上の温度において、相転移に伴う臨界現象が顕著に現れる。前記交互積層型電荷移動錯体は、中性-イオン性相転移を起こす系であるのが好ましい。中性-イオン性相転移を起こす系を用いることにより、光励起状態が自己増殖し、巨視的な相転移へと向かう。前記分子間振動は、この中性イオン性と密接に関係した振動モード、すなわち、隣接するDA分子のスピン間に働く磁気的相互作用による2量体化転移(スピンパイエルス転移)に関係した、分子間の伸縮あるいは秤動モードと推定される。前記分子間振動は、相転移系に特有な効果である協同的な相互作用によって、非線形増幅を生じさせると考えられる。前記パルス光出射部は、時間差Δtをもって前記交互積層型電荷移動錯体層に前記パルス光の対を出射することを特徴とする。振動間の非線形な相互作用により、振動振幅の増幅が起こる。振動の振幅が増幅されることにより、その振動による共鳴吸収帯の遷移吸収強度は振幅に比例するため、吸収強度が増加し透過率が減少する。
【0010】
前記パルス光の対に含まれるそれぞれのパルス光同士の間隔Δtが分子間振動の周期の整数倍であり、各パルス対によって励振される励起状態の分子間振動が同位相であることを特徴とする。これにより、第2パルスにより分子間振動の振幅が増幅される。
【0011】
本発明の他の観点によれば、交互積層型電荷移動錯体層を準備するステップと、振動数100cm-1よりも小さいエネルギー領域に分子間振動による共鳴吸収帯を有する前記交互積層型電荷移動錯体層に対して前記分子間振動の周期に対応する時間よりも短いパルス幅を有し前記分子間振動の周期の略整数倍である時間差Δtをもって同位相のパルス光の対を出射するステップとを有する遠赤外光の透過率のスイッチング方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
上記光スイッチによれば、遠赤外光の透過率に関する高感度のスイッチングを行うことができるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
発明者は、遠赤外光スイッチに活用できる現象として光誘起相転移に着目した。光誘起相転移の代表的な例であるTTF-CA(tetrathiafulvalene-p-chloranil)に関して図1、図2を参照しつつ説明を行う。図1、図2は、TTF-CAの電子機構と、この物質が示す中性-イオン性相転移に関する原理図である。図1に示すように、TTF-CAは、電子供与性分子(ドナー:D)であるTTFと電子受容性分子(アクセプタ:A)であるCAが交互に並んだ1次元鎖とからなる、交互積層型の電荷移動(chrage transfer:CT)錯体である。
【0014】
図1(a)はTTF(D)分子の構造例を示す図であり、図1(b)はCA(A)分子の構造例を示す図である。図2(a)は中性の分子鎖を模式的に示す図であり、図2(b)はイオン性の分子鎖を模式的に示す図であり、図2(c)、(d)は中性の場合及びイオン性の場合のポテンシャルを模式的に示す図である。
【0015】
図1及び図2に示すように、交互積層型のCT錯体の基底状態がイオン性と中性(ファンデルワールス)のいずれの性質を持つかは、簡単にはDA対をイオン化するために要するエネルギーI-E(I:D分子のイオン化ポテンシャル、E:A分子の電子親和力)と、D(イオン型)格子のマーデルングエネルギーM=αV1(α:マーデルング定数、V1:D対のクーロンエネルギー)の大小関係によって決まる。すなわち、I-E>αVでは中性の結晶となり、I-E<αVではイオン性の結晶となる。
【0016】
実際には、DA分子間に働くCT相互作用により、完全な中性或いはイオン性結晶にはならず、平均の電荷移動量ρは0(中性)とI(イオン性)との間の値をとる。TTF-CAの場合、DA対のイオン化エネルギー(I-E)とマーデルングエネルギーMが拮抗しており、例えば、TNI=81Kにおいて、中性(高温相:ρ=0.3)からイオン性(低温相:ρ=0.7)へと転移する。イオン化状態では図1(b)に示すように、DとA分子がそれぞれ、隣り合った反平行スピンを持ち、その間には、反強磁性相互作用が働く。従って、DとAの1次元配列をスピンの並びから見れば、スピンS=1/2の1次元ハイゼンベルグスピン鎖と見なすことができる。このようなスピン鎖は低温にすると、格子が歪むことによって隣り合う反平行スピンが接近し、合成スピン0の状態を作ることがある。これは、合成スピンを作ることによる磁気的エネルギーの利得が、格子歪みのエネルギーを上回るために生じる相転移であり、スピン-バイエルス転移と呼ばれている。
【0017】
TTF-CAでは、格子歪みの無い中性状態と2量体化を起こしたイオン性状態がほぼ縮退している。イオン性相のおける2量子化歪みは3次元秩序を有しており、イオン性相は、強誘電性を示す。TTF-CAの最低励起状態はCT励起子である。
【0018】
図3は、励起光入射後に観測されるTTF-CAの反射率の時間遅延を示す図とこれをフーリエ変換した図であり、図4は、分子間振動の様子を示す図である。
【0019】
発明者は、有機分子からなる交互積層型電荷移動錯体の多くは、100cm-1よりも低エネルギーの領域(>100μm)に分子間振動(伸縮振動や秤動)による共鳴吸収帯を有することに着目し、この振動の一周期に対応する時間(0.1~1 ps)よりも短いパルス幅を持つフェムト秒レーザー(可視又は近赤外光)によって電子励起を行うことを考えた。有機分子からなる交互積層型電荷移動錯体に関してフェムト秒レーザーにより電子励起を行うと、図3、図4に示すように、まず、電子-格子相互作用を通じて分子間振動がコヒーレントに(位相を揃えて)励振される。すなわち、図3に示すように、時間遅延と反射率との関係を見ると、図4に示すような光励起状態におけるコヒーレントな分子間振動を反映し、図3に示すような周期0.6psの振動構造が観測される。この振動構造を見ると、時間経過とともに振幅は減衰していくが、4ps経過後においても反射率に振動が観測されている。D分子上には、それぞれ、図4の上向きスピンがHOMO(最高占有分子起動)に局在するとともに、下向きスピンがLUMO(最低非占有分子起動)に局在し、擬似的なハイゼンベルグスピン鎖を形成している。このとき、隣接するスピンを持つ分子は、磁気的相互作用の利得によって、2量体(スピンパイエルス転移)を起こす。観察される分子間振動は、このスピンパイエルス転移に関係したものである。
【0020】
図3の右の図は、この振動波形をフーリエ変換した図である。振動波形をフーリエ変換することにより、遠赤外光領域の振動吸収スペクトルと同等のスペクトルが得られることがわかる。
【0021】
ここで、交互積層型電荷移動錯体の試料に到達するパルス光の対であって、時間差Δtを有するパルス光の対を用いて、コヒーレントな分子振動間に干渉を起こし、この干渉効果により分子間振動の共鳴吸収帯の透過率を光制御することを考えた。
【0022】
図5及び図6は、2パルス干渉の原理を示す概念図である。図5(a)に示すように、例えば、まず、例えばマイケルソン干渉計から出射されるパルス光の対3のうちの第1パルス光(1’stパルス)3aを試料1に照射することにより、試料1における第1パルス光3aの照射領域7にコヒーレントな振動を伴った励起状態が形成される(図5(b)の上図から下図)。次に、時間差Δtを有して試料1に到達する第2パルス光(2’ndパルス)3bによって、第1パルス光3aが照射された場合と同様な励起状態のコヒーレント振動が形成される。
【0023】
この際、図6(a)に示すように、第1パルス光3aと第2パルス光3bとの2つのパルス光3a・3bの時間差Δtが分子間振動の周期の略整数倍であり、かつ、略同位相である場合に、2つのパルス光3a・3bによる分子間振動の間に非線形な相互作用があれば、図6(a)の下図に示すように分子間振動の振幅に増幅が起こる。分子間振動の振幅が増幅されると、その振動による共鳴吸収帯の遷移吸収強度が振幅にほぼ比例するため、吸収強度が増加し透過率が減少する。従って、光照射によりこの波長領域の透過率を制御(減少)させることが可能となる。
【0024】
一方、図6(b)に示すように、第2パルス光3bが第1パルス光3aとが逆位相である場合には、振動の振幅に関する顕著な増幅は生じない。これは、逆位相のパルス光によって励起した場合、各パルスよって励振される分子間振動は、同位相ではないため可干渉でなく非線形な増幅は起こらないと推定される。
【0025】
以上に説明した原理に基づき、実際に光制御を行った実験結果を以下に示す。図7は、TTF-CAを用いて行った2パルス光干渉実験の結果を示す図である。図7(a)、(b)は、Δtを変化させた場合に観測される種々の振動波形を示す図である。図8は、その振動の相対振幅(第2パルス光を入射した直後における、全信号強度に対する振幅の相対強度)をΔtに対してプロットした図である。試料としては上述のTTF-CAを用い、その相転移温度である81Kの直上の温度である90Kに温度を保持して測定を行った。
【0026】
図7(a)に示すように、Δt=0.6ps又はその整数倍の1.2psにおいてΔR/Rに顕著な周期的な振動が観測される。図7(a)及び図7(b)の結果に基づき、図8に示すように、Δtが0.6psの整数倍の時に振幅が増大していることがわかる。分子間振動の振幅は、第2パルス光を試料に入射させることによって元の値(約5%)の約3倍の値(約17%)まで増幅されていることがわかる。上記の条件を満たす第2パルス光を照射することによって、振幅が元の振幅に比べて非線形に増大することがわかり、干渉効果を確認することができた。また、励起光強度に対し、振動の相対振幅が、二乗の依存性を持つことからも、この現象が非線形な効果によることは明らかである。
【0027】
図9は、図8に示す時間波形をフーリエ変換して得られた振動スペクトルを示す図である。横軸は光子エネルギーであり、縦軸はフーリエ強度又は吸収強度である。このフーリエ変換されたスペクトル波形は、遠赤外の領域の吸収スペクトルとほぼ等価なスペクトル波形である。図9に示すように、分子間振動の共鳴吸収ピークが、第2パルス光を照射することにより約3.5倍に増大していることがわかる。このような変化は、第2パルス光照射後に瞬時に起こり、振動のコヒーレンスが持続する時間(例えば数ピコ秒)だけ持続する。このことから、コヒーレント制御に基づく遠赤外領域の光制御が、ピコ秒程度高速応答性と十分な信号強度とを有することがわかる。
【0028】
このような非線形増幅は、コヒーレントな格子振動の研究において用いられている無機半導体や誘電体などでは観測されておらず、中性-イオン性相転移を起こす系を用いることにより初めて観測されたものである。中性-イオン性相転移を起こす系は、光励起状態が自己増殖して巨視的な相転移へ向かう「光誘起相転移」系物質であり、励起状態における協同的な相互作用が、非線形増幅の起源であると考えられる。
【0029】
図10は、本実施の形態による遠赤外光の光スイッチ装置の概略構成とその動作の様子を示す図である。図10に示すように、本実施の形態による遠赤外光の光スイッチ装置は、交互積層型電荷移動錯体の試料層1と、これに対して波長100μm程度の遠赤外光を照射する遠赤外光出射装置16と、試料層1を挟んで遠赤外光出射装置16とほぼ対向する位置に配置される遠赤外光検知装置18と、近赤外~近紫外光、例えば可視光(波長400nmから800nm)のパルス光の対を出射することができるパルス光対の出射装置であってマイケルソン干渉計を含むパルス光対出射装置Wとを有している。マイケルソン干渉計17は、ミラー21、23及び25を有する周知の干渉計であり、パルス光出射装置27から出射するパルス光27aに基づいてΔtの位相差を有するパルス光20の対20a・20bを出射させることができる。
【0030】
図10の符号Xで示される状況においては、遠赤外光出射装置16から出射された遠赤外光15は、試料層1を透過する。この際、試料層1における遠赤外光15の透過率は、厚さを適当に調整することにより十分に高くすることができる。この場合、遠赤外光の減衰はあまり起こらずに、遠赤外光検知装置18により高い強度の光として検知される。図10の符号Yで示される状況においては、位相差Δtの2つの可視光のパルス光20対20a・20bを試料1に照射し、パルス光20の対20a・20bのうちの後方のパルス光20bに同期させて遠赤外光出射装置16から出射された遠赤外光15を試料1に照射する。この際、試料層1における遠赤外光15の透過率が低くなり、分子間振動の増幅に起因する遠赤外光の減衰が起こり、遠赤外光検知装置18により低い強度の光として検知される。図10の符号Zで示される状況においては、再び、試料層1における遠赤外光15の透過率は高いため、遠赤外光の減衰はあまり起こらずに、遠赤外光検知装置18により高い強度の光として検知される。上記の装置を用いることにより、遠赤外光の光スイッチイングを行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
様々な物質を容易に透過する遠赤外光による非破壊・非接触な内部検査法に用いる遠赤外光のスイッチング装置として利用することができる。遠赤外光を照射することによりスイッチングされる光スイッチも、今後の遠赤外光の応用分野の広がりに伴って活用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1(a)はTTF(D)分子の構造例を示す図であり、図1(b)はCA(A)分子の構造例を示す図である。
【図2】図2(a)は中性の分子鎖を模式的に示す図、図2(b)はイオン性の分子鎖を模式的に示す図であり、図2(c)は中性の場合及びイオン性の場合のポテンシャルを模式的に示す図である。
【図3】図3は、励起光入射後に観測されるTTF-CAの反射率の時間遅延を示す図とこれをフーリエ変換した図である。
【図4】図4は、分子間振動の様子を示す図である。
【図5】図5(a)は、2パルス干渉の原理を示す概念図であり、図5(b)は2パルス干渉における分子間振動の様子を示す図である。
【図6】図6(a)は、パルス光の対の時間差Δtが分子間振動の周期の略整数倍であり、かつ、略同位相である場合であって、分子間振動の間に非線形な相互作用がある場合の分子間振動の様子を示す図である。図6(b)はパルスの対が略逆位相である場合の分子間振動の様子を示す図である。
【図7】TTF-CAを用いて行った2パルス光干渉実験の結果を示す図である。
【図8】Δtと相対振幅との関係を示す図である。
【図9】図8に示す時間波形をフーリエ変換して得られた振動スペクトルを示す図である。横軸は光子エネルギーであり、縦軸はフーリエ強度又は吸収強度である。
【図10】本実施の形態による遠赤外光の光スイッチ装置の概略構成とその動作の様子を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1…交互積層型電荷移動錯体の試料層、16…遠赤外光出射装置、17…マイケルソン干渉計、18…遠赤外光検知装置、20…パルス光、20a、20b…パルス光の対、27…パルス光出射装置、W…パルス光対出射装置。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9