TOP > 国内特許検索 > バイオ分子素子、バイオセンサー分子の支持体となる脂肪酸と脂質の積層分子薄膜およびその製造方法 > 明細書

明細書 :バイオ分子素子、バイオセンサー分子の支持体となる脂肪酸と脂質の積層分子薄膜およびその製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5162748号 (P5162748)
公開番号 特開2007-254347 (P2007-254347A)
登録日 平成24年12月28日(2012.12.28)
発行日 平成25年3月13日(2013.3.13)
公開日 平成19年10月4日(2007.10.4)
発明の名称または考案の名称 バイオ分子素子、バイオセンサー分子の支持体となる脂肪酸と脂質の積層分子薄膜およびその製造方法
国際特許分類 C07K  17/02        (2006.01)
C11B  15/00        (2006.01)
B05D   1/18        (2006.01)
C12M   1/00        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
FI C07K 17/02
C11B 15/00
B05D 1/18
C12M 1/00 A
G01N 33/50 Z
請求項の数または発明の数 15
全頁数 18
出願番号 特願2006-080442 (P2006-080442)
出願日 平成18年3月23日(2006.3.23)
審査請求日 平成20年12月4日(2008.12.4)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
発明者または考案者 【氏名】辻内 裕
個別代理人の代理人 【識別番号】100110537、【弁理士】、【氏名又は名称】熊谷 繁
審査官 【審査官】竹中 靖典
参考文献・文献 V.A. Howarth, M.C. Petty, H. Ancelin, J. Yarwood,Structural characterization of phospholipid Langmuir-Blodgett multilayers containing valinomycin,Vibrational Spectroscopy,1990年12月10日,Volume 1, Issue 1,Pages 29-33
MIKROCHEMICA ACTA,1990年,Vol.1,169-185
J. PHYS. D: APPL. PHYS.,1990年,Vol.23,379-395
調査した分野 C07K 17/02
B05D 1/18
C11B 15/00
C12M 1/00
G01N 33/50
特許請求の範囲 【請求項1】
脂肪酸及び脂質の分子薄膜の積層体を含む薄膜であって、
前記脂肪酸からなる第一種層と前記脂質からなる第二種層とを備え、
前記第一種層が基板上に形成され、前記第二種層が前記第一種層上に形成されている、薄膜。
【請求項2】
前記脂肪酸が、イオノン環を有する脂肪酸、又は、イオノン環を有する脂肪酸及びアルキン酸である、請求項1に記載の薄膜。
【請求項3】
前記イオノン環を有する脂肪酸がレチノイン酸である、請求項2に記載の薄膜。
【請求項4】
前記脂質がリン脂質である、請求項1に記載の薄膜。
【請求項5】
前記リン脂質が、ジミリストイルフォスファチジルコリン、又は、ジパルミトイルフォスファチジルコリンである、請求項4に記載の薄膜。
【請求項6】
前記第一種層が3層である、請求項1~5のいずれかに記載の薄膜。
【請求項7】
前記第二種層が2層である、請求項1~6のいずれかに記載の薄膜。
【請求項8】
前記脂肪酸がレチノイン酸であり、前記薄膜の表面が幅200nm前後の一様な曲面状の凸面の集合体で構成されている、請求項1~7のいずれかに記載の薄膜。
【請求項9】
膜蛋白質を導入したときに該膜蛋白質が前記第二種層中で安定化して機能発現する、請求項7に記載の薄膜。
【請求項10】
脂肪酸及び脂質の分子薄膜の積層体を含む有機薄膜の製造方法であって、
基板上に一層又は複数層の前記脂肪酸の分子薄膜を形成する工程と、
溶媒及び前記脂質を含む懸濁液に超音波を印加して前記脂質を分散させ、垂直浸漬法によって前記基板上に形成された前記脂肪酸の分子薄膜上に前記脂質の分子薄膜を接合させる工程と、
を備える、有機薄膜の製造方法。
【請求項11】
記脂質を分散させる溶媒として有機溶媒を用いることを特徴とする請求項10記載の有機薄膜の製造方法。
【請求項12】
前記有機溶媒として沸点が40℃~70℃の範囲にある有機溶媒を用いることを特徴とする請求項11に記載の有機薄膜の製造方法。
【請求項13】
前記有機溶媒としてヘキサンを用いることを特徴とする請求項12に記載の有機薄膜の製造方法。
【請求項14】
前記懸濁液に膜蛋白質分混合することにより最上段に前記脂質分子及び前記膜蛋白質分子、その下部に前記脂肪酸の構成の有機薄膜を得ることを特徴とする請求項10乃至13のいずれか一つに記載の有機薄膜の製造方法。
【請求項15】
前記垂直浸漬法とはラングミュアーブロジェット法にって前記基板上前記有機薄膜累積形成されることである請求項10記載の有機薄膜の製造方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンや分子など種々の化学種に特異的に反応する膜蛋白質や特異的な光反応や光駆動イオンポンプなどの働きをする膜蛋白質の機能発現を人工薄膜系で実現するための有機薄膜に関するものであり、さらには、かかる薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は外界に存在する千差万別の物質を分子レベルで感受して挙動している。この高度の機能は外界に接している膜蛋白質で起きる物理化学反応過程で始まる。よってこのような反応過程を人工系のインターフェースに接続することができれば利用できることになるが、膜蛋白質の機能発現にはその分子を取り巻く他の分子環境が大きく関わっており、容易ではない。
【0003】
膜蛋白質の機能発現に関わる分子環境には、主に脂質が存在している。
脂質にはフォスファチジルコリンに見られるような疎水性の炭化水素鎖が二本と親水性のリン酸基に分かれた分子構造をもち、これが二分子で逆さまに向かい合うようにして炭化水素鎖を一個の膜蛋白質分子の疎水性領域を包む形で多数の数十個~100個の脂質分子に膜蛋白質は取り囲まれて、脂質二重層という細胞膜によくみられる膜空間構造の中で機能している。
【0004】
この脂質分子特有の自己組織化能によってカプセル様の構造として安定化しリポソームといわれる球状構造にまでなる性質が平面的な人工膜として作製しようとするとき困難となる原因になっている。
【0005】
従来からこの問題に多くの解決策を講じられてきた。とくに1980年代にIkonenらによって光駆動プロトンポンプである膜蛋白質バクテリオロドプシンを含む紫膜とリン脂質SoyaPC(Soya豆に含まれるフォスファチジルコリン)のへキサン混合溶液を水溶液上に展開して基板に移し取るラングミュア・ブロジェット法による膜作製の試みがなされている(非特許文献を参照)。
【0006】
前記に紹介したラングミュア・ブロジェット法を応用した脂質膜の作製には従来より様々な試みがあったが、脂質の平面的人工膜化の問題の解決策には大きな発展は起きていない。前記のIkonenらの方法でも、膜構造の一様性が低く100回以上の累積によってできた紫膜をもって、例えば、光反応特性等の研究に用いられただけである。
【0007】
またこうした累積による特異的な光反応をもった分子として膜構造中に存在し機能させる利用法は光メモリー等が考えられるものである。閉鎖系としての膜構造である限り、膜が独立しており、他のデバイスとの連続的な物質輸送、エネルギー変換には不向きである。溶媒の膨潤と蒸発の過程をうまく利用して作製される脂質分子の平面膜は閉鎖系ではなく開放系であるが、脂質分子の疎水性相互作用による分子の横の結合で維持された膜構造であり強度の点で問題があり、時間的にも空間的にも連続的な物質輸送のデバイスには不向きである。
【0008】
このように従来の方法により作製される膜構造にはイオン輸送等の機能をもったバイオ分子素子やバイオセンサー分子の導入には構造、強度等の面から困難な点が多い。
【0009】
したがって、脂質分子の平面構造の形成と同時にイオン物質の連続輸送が可能な柔軟な構造的特徴と強度を兼ね備えた薄膜とその作製方法の考案が必要である。
【0010】
その他、近年の新種の方法には、民谷らが開発した微小孔を覆って脂質を平面膜状化する方法がある。これは小孔が形成された基板上に薄膜形成材料としての脂質等分子を有機溶媒に溶解して供給して溶媒の膨潤と蒸発の過程をうまく利用して脂質分子の平面膜を得るものである(特許文献1を参照)。この方法では平面膜の作製は一定条件で正確に行えるなどの特徴がある方法である。

【特許文献1】特開2005-245331号公報
【非特許文献1】Marjo Ikonen, Jouko Peltonen, Elina Vuorimaa and Helge Lemmetyinen: " Study of photocycle and spectral properties of bacteriorhodopsin in Langmuir - Blodgett films". Thin Solid Films 213 (1992) 277-284.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来法の困難な問題に取り組み、バイオ分子素子、バイオセンサーとしての膜蛋白質等分子が生体中と同等に機能可能な、分子の支持体となる柔軟かつ強度の高い有機薄膜およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の膜蛋白質等のバイオ分子素子、バイオセンサー分子の支持体となる薄膜は、脂肪酸と脂質の分子薄膜の積層体とそれらの組み合わせから構成される。
前記脂肪酸はステアリン酸等アルキン酸である。
前記脂肪酸はレチノイン酸等イオノン環を有する脂肪酸である。
前記脂肪酸はステアリン酸等アルキン酸である膜部分とレチノイン酸等イオノン環を有する脂肪酸である膜部分の組み合わせである。
前記脂質はフォスファチジルコリン等リン脂質である。
前記リン脂質はジミリストイルフォスファチジルコリン、ジパルミトイルフォスファチジルコリン等リン脂質である。
前記分子薄膜は単分子膜あるいは二分子膜である。
前記積層体は前記脂肪酸あるいはリン脂質の単分子膜あるいは二分子膜を積層して形成される。
前記膜蛋白質とは前記脂質二分子膜中において安定化し機能発現する。
本発明の有機薄膜の製造方法は、溶媒中に懸濁した脂質に超音波を印加して分散させた上で、基板上に形成した脂肪酸の単分子薄膜の上に垂直浸漬法等で接合させる。
前記有機薄膜は最上段に脂質分子、その下部に脂肪酸の基本構成の有機薄膜となる。
前記有機薄膜接合過程の前に脂質を分散させる溶媒は有機溶媒を用いる。
前記有機溶媒には沸点が40℃~70℃の範囲にある有機溶媒を用いる。
前記有機溶媒はヘキサンを用いる。
前記有機薄膜に膜蛋白質等分子を導入するには有機溶媒中で懸濁したリン脂質に膜蛋白質等分子混合することにより最上段に脂質分子及び膜蛋白質等分子、その下部に脂肪酸の構成の有機薄膜を得る。
前記垂直浸漬法とはラングミュアーブロジェット法等による基板上への有機薄膜の累積形成される。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、無機基板上に形成した第一種薄膜層である脂肪酸分子の層の上に脂質分子の層を形成することによって、バイオ分子素子、バイオセンサー分子の支持体となる有機薄膜の作製するものである。また、脂肪酸分子の選択と組み合わせによって特徴的なパターン構造をもった薄膜構造を得ることができる。
【0014】
この特徴的な膜構造の発明によって受容体として働く膜蛋白質やイオン輸送性膜蛋白質を安定的に脂質膜に導入でき、かつ生理的機能を発現させることが可能となれば、外界の分子、化学種の検知器のデバイスへの応用や外界から機器システムへのイオン輸送デバイスへの応用などが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明者らは、無機化合物の表面構造の詳細な解析を行った上で、無機化合物の表面に接合と積層の操作によって脂質分子の累積を試みてきた。しかし脂質分子の集合の形態を解析した結果、一様な脂質分子の薄膜形成には平滑な無機化合物の例えば二酸化ケイ素(SiO2)結晶板やガラス基板の上に直接累積することは困難ではないかという考えに至った。これは脂質分子の無機基板への吸着能が弱く、一様な最密充填二次元膜とならない性状をもっていることが原因であるものと考えている。
【0016】
そこで、方法を見直し、無機基板に予め一様な最密充填二次元膜となる界面活性の高い有機分子を接合し、その上に脂質分子の膜を形成する方法が有効ではないかと着想するに至った。
【0017】
脂肪酸分子には界面活性の高い分子が多く存在する。脂肪酸分子を用いて第一種層を無機基板上に形成することは可能である。その上に第二種層として脂質を接合させる場合、脂質は下地である二酸化ケイ素(SiO2)結晶板と直接接していないため膜性状の大きな乱れを生じることがない。いわゆる付着現象の大きな差(ぬれ性の差)現象の大きな差があるためにこのような差が生じると考えられる。脂肪酸の膜上において脂質分子は脂肪酸との付着の現象にしたがって無機基板上では達成できない緻密性の高い膜を形成する。また、用いる脂肪酸の種類によって形成される膜の構造にそれぞれ異なった特徴が発生する。これらを組み合わせることで膜構造の設計にも可能性が広がる。
【0018】
以下、本発明によるバイオ分子素子、バイオセンサー分子の支持体となる有機薄膜及び、その製造方法について、以下に詳細に説明する。
【0019】
蛋白質は、構成単位のアミノ酸の配列など構造上の違いにより様々な性質を持つことが可能である。温度や光など環境変化に鋭敏に反応する性質を持っているものも多い。特に近年では、生体膜中に存在する膜蛋白質による選択的透過機能が様々な分野で研究、開発されている。仕切りによる区画形成や特定の物質透過によりこの区画内での特定物質の濃縮、隔離などの機能につながるのである。
【0020】
また、情報をもった物理状態変化、物質の感知や認識、受容など、外部よりの情報伝達物質を膜の受容体蛋白質で受容したり、隣接細胞の状況を膜外表面の構造体で認識したりする。これが引き金となって、刺激への応答としての機能発現が起こる。生体膜の機能はきわめて複雑、多彩であり、大きな可能性を秘めているといえる。そして、これらの機能を工学的に制御できるならば、省エネルギー、省資源、環境保全型プロセス材料として、デバイス、バイオセンサー、バイオ素子などへの応用されることが期待される。
【0021】
生体膜の機能はきわめて複雑、多彩であり、膜系によって著しく異なる。仕切りによる区画形成、および特定の物質透過、輸送など様々である。例えば,外部環境より仕切って細胞という内部環境をつくることから始まり、さらに細胞内部を仕切って各種の区画を形成する。この区画内での特定物質の濃縮、隔離などの機能につながる。他方、このような仕切りにもかかわらず、特定の物質のみを膜の小孔を通して通過させたり、膜内の輸送蛋白質の作用のもとに膜を超えて輸送する。これによって、必要な物質の取り込み、生合成した物質の放出(分泌)、不溶物質の放出(排出)、細胞内の恒常性の維持などの機能を果たす。また、外部よりの情報の認識、受容の働きについては、外部よりの情報伝達物質を膜の受容体で受容したり、隣接細胞の状況を膜外表面の構造体で認識したりする。これが引き金となって、刺激への応答としての機能発現が起こる。
【0022】
このような多彩な膜蛋白質の機能を支持するものとして、生体膜中のリン脂質は、生体膜の仕切りという役割を果たすと同時に膜蛋白質を安定化させてバイオ分子素子として機能させる重要な役割を担っている。
【0023】
リン脂質の一種であるフォスファチジルコリンは動物、植物、酵母、カビ類に広く分布している代表的なグリセリン脂質であり、細胞膜などの生体膜や、脳や神経にある神経伝達物質を構成しているほか、肝臓にも多く含まれ代謝活動にかかわっている。
【0024】
フォスファチジルコリンのR基とR'基をミリスチン酸(CH3(CH2)12COOH基)で置換して形の分子はジミリストイルフォスファチジルコリン(DMPC)である。
【0025】
【化1】
JP0005162748B2_000002t.gif
化1に化学構造式を示すDMPCは、分子量758.07の不飽和脂肪酸である。この分子は構造上、親水性と疎水性両方の性質を持っていることにより界面活性作用があり、二次元膜として成膜するのに適している。そのため脂質人工膜の主成分として生体膜、再構成膜の研究に広く利用されている。また、消化可能な界面活性剤として多くの食品に含まれており、薬剤、低分子化合物などのマイクロカプセル剤として、医学・薬学分野でも利用されている。
【0026】
DMPCは、水溶液中に懸濁させると脂質二重膜を形成し、膜タンパク質の安定化と機能発現に役立つ脂質である。しかし、この溶媒に不溶な性質ゆえに扱いが難しい。人工的に脂質二重層を自在に形成することが膜蛋白質の利用法を探る上では大きな課題となっている。Ikonenらの研究によれば、ヘキサン溶媒に懸濁させた脂質はそのままでは成膜には困難であるが、超音波による分散化を経て水面上に展開するとラングミュアーブロジェット法等の成膜方法にて基板上へ累積可能となると報告されている。
【0027】
膜蛋白質の例として光駆動プロトンポンプの機能を有する高度好塩菌の紫膜中に存在するバクテリオロドプシン(BR)をリン脂質であるSoya-PCと懸濁し、Ikonenらは100層以上にも基板上に重ねて累積する実験を行い、光反応特性を解析した。しかし、この例では一層一層の膜の精度が低く、精密なバイオ分子素子として機能していない。
【0028】
本発明は、高精度の脂質の二次元膜を作製するため、前記DMPCを選定し、単体での無機基板上への固定化と他の有機分子との積層化を試み、基板上での累積状態を調べ、次に脂肪酸であるステアリン酸、レチノイン酸という異なった二種の物質を用いてその上に累積させるDMPCとの界面の状態等の詳細を調べ、いかに脂質であるDMPC分子を緻密に二次元化して薄膜状にすることが出来るかという目的に向かって精査比較する上で得られるものである。精査にあたり、膜の構造はどのようになるかを走査型プローブ顕微鏡で精査し、紫外可視光吸収スペクトルや赤外線吸収スペクトルを測定し検討する。
【0029】
【化2】
JP0005162748B2_000003t.gif
本発明で用いた脂肪酸のひとつステアリン酸は、化2に示す分子であり、分子式CH3(CH2)16COOH、分子量284.48、融点69.6℃の飽和直鎖脂肪酸であり、形状は白色葉状晶である。天然飽和脂肪酸として最も多く見出される成分であり、酸化しにくい特徴をもっている。特に、牛脂、豚脂、大豆油、カカオバターに多く含まれる。応用分野としては脂肪酸石けん、表面活性剤、ロウソク、研磨剤などに使用されている。また、ステアリン酸やリン脂質などによる脂質膜は障壁として機能する。細胞の内容物を隔離することだけでなく、細胞の内と外へのイオンや有機物の選択的な移動を可能にするため、これを制御することで、人工的なデバイスを開発する上でステアリン酸は適している。ステアリン酸は構造上、疎水基と親水基をもっていることから界面活性作用があり、本発明で用いる成膜法であるラングミュアー・ブロジェット(LB)法にも適していて、ステアリン酸LB膜として無機基板上に作製できる。
【0030】
本発明では、後述するように二次元の薄膜化が可能なステアリン酸分子を予め無機基板上に累積させ、その上に脂質二重膜を形成するDMPC分子の薄膜状安定化を図る調査目的で使用する。
【0031】
次に本発明でステアリン酸と比較するために使用するもうひとつの脂肪酸であるレチノイン酸について類縁物質レチナールの側から順を追って紹介する。
【0032】
前記膜蛋白質BRの分子中で光のエネルギーを吸収するのは発色団レチナールというレチノイド分子であり、ビタミンAのアルデヒド型の化学物質である。レチナールは、プロトン化されたシッフ基を介してタンパク質のLys216に結合している。BRが可視光を吸収すると、レチナールがall-trans型から13-cis 型へと構造異性化し、その後、異性化したレチナールに合わせてBRが構造を変え、一連の光プロトン輸送サイクルが引き起こされる。BRは、通常紫色を呈している。これはBRが可視光の領域に光吸収帯をもっていることに起因し、その吸収極大は568nmにある。一方、BR中に存在しているレチナールのall-transレチナールは、吸収極大が380nm付近にある。このレチナール分子がバクテリオオプシンと結合し、蛋白質内のアミノ酸残基と相互作用することが原因となって、その吸収が190nm近く長波長側にシフトし、その結果、BRの吸収極大波長が568nmになると考えられている。BR中において、光エネルギーを吸収し、蛋白質中にそのエネルギーを伝達する補欠分子である発色団レチナールは、薄膜などの人工的なシステム中で、光応答性などの蛋白質の高度の機能発現のバイオミメチックな再現を試みる発端を担う分子として非常に重要である。
【0033】
このようにバイオデバイスへの利用目的で重要な有機分子としてレチナールは,しかし、光に対して非常に不安定で急速に変性してしまうため、取り扱いが困難である。そこで本発明で着目したのがレチナールの類縁物質であるレチノイン酸である。
【0034】
【化3】
JP0005162748B2_000004t.gif
レチノイン酸は、化3に示す、分子量300.44、微黄色、融点179~180℃の有機分子である。ベータイオノン環を有し、波長360nmに吸収極大のある光吸収スペクトルを示し、末端にカルボキシル基を有している。これはレチナールの光吸収極大波長が380nmにあることとわずかな相違であり、光異性化反応等の生起する機構は類似している。カルボキシル基は、この分子中では最も水に親和性をもつ親水基として働く。そのためレチノイン酸はレチナールに比べて安定であり、親水領域が大きいため、本発明で用いる成膜法であるLB法に適している。よってバイオデバイスを目的とした成膜材料物質として適している。
【0035】
次に本発明でも使用した有機溶媒中における脂質分子の分散化の方法としての超音波によるキャビテーションについて簡単に触れておく。超音波によるキャビテーションは、有機化合物の合成と反応、及び反応促進などの目的に広く利用されている。特に、各種有機試薬の調整に超音波は有効である。本発明では、試薬調製を行う過程で、有機分子の溶媒中への分散の促進効果を図るために卓上超音波発振器(日本アレックス社,NEOCLEANER-R)を用いて試薬に超音波処理を施した。
【0036】
次に、本発明で用いた単分子累積法について簡単に触れておく。水面に有機分子の単分子層を形成し、次々と固体表面上に移し取って積み重ねると分子の次元の厚みをもつ膜ができる。考案者LangmuirとBlodgettの名に因んでラングミュア・ブロジェット法(LB法)とも呼ばれ、広く利用されている従来法である。界面吸着法の一種であるLB法は、通常、常温・常圧下、熱平衡に近い条件で行われる成膜プロセスであり、様々な有機分子に適用することができる。ナノメートル程度の大きさの分子からポリマー、球状蛋白、さらには前記のBR蛋白を含む紫膜のようにマイクロメートルの大きさの分子組織体断片まで、成膜物質の構成の寸法の分布は数桁にわたる。
【0037】
成膜物質が界面活性をもつことがLB法の一つの制約である。界面活性分子に一般にみられる特徴は親水基と疎水基との両者を併せ持つことで、例えば、典型的な界面活性分子である前記ステアリン酸CH3(CH2)16COOHでは、CH3(CH2)16が疎水基、-COOHが親水基である。親水基は水に溶け込もうとし疎水基は気相に出ようとし、分子全体としては水面付近に止まる傾向を示すことになる。親水、疎水のバランスのよい界面活性分子は気—水界面に吸着して単分子層を形成する。
【0038】
したがって、LB法では従来、ステアリン酸のように疎水基として長鎖アルキル(炭素原子数n=12~20程度のもの)をもつ成膜分子を用いることが多かったが、長鎖アルキルをもたないものや、蛋白質など親水基,疎水基の区別があまりはっきりとしない成膜物質の例も近年増加している。単分子層を一枚ずつ積み重ねて作るLB膜は原理的に組成と構造に多様な可能性をもっている。本発明で用いたステアリン酸、レチノイン酸いずれも適しており、DMPCも水面上に単分子として分散し親水、疎水のバランスによる界面活性分子として吸着する条件をクリアすれば適することになる。
【0039】
(LB法の原理)
一般に水に馴染む部分である親水基は水に馴染む部分同士、水と馴染まない部分である疎水基は水と馴染まない部分同士で引き合う性質がある。一般的にLB膜作製に用いられる垂直浸漬法では、この性質を利用して固体基板の表面が水に馴染む場合は固体基板を予め水面下に沈めておき、水面上に単分子膜を作製してから基板を水面上に上昇させる。そして、水面が固体基板の上昇に伴い固体基板の周辺で上の方にわずかに膨らむので、単分子膜の親水基部分が固体基板上に引き寄せられる。単分子膜が理想的に累積された場合、固体基板の表面には疎水基部分が露出していることになる。
【0040】
次に、固体基板の表面が水と馴染まない場合では、基板表面が水と馴染む場合とは逆に、予め水面上に作製した単分子膜の上から、固体基板を水面下に下降させて基板を水中に沈めていく。水面が固体基板の下降に伴い、下のほうへわずかに凹むので、単分子膜の疎水基部分が固体基板上に引き寄せられる。単分子膜が理想的に累積された場合、固体基板の表面は親水基部分が露出している事になる。この時そのまま水面上に上昇させることで、連続してもう一層単分子膜を累積されることが可能である。この操作を繰り返すことで、多層の累積膜を得る事ができる。
【0041】
(分子種、濃度の同定)紫外可視分光法
紫外可視分光法からは二つの重要な情報を得ることができる。一つは吸収波長(λmax,nm)である。これは電子遷移のエネルギー情報を含んでおり、吸収を示す実際の発色団に関する情報が得られる。もう一つは、モル吸光係数εと呼ばれる量であり、一定波長で分子に固有な量であり、光の吸収による電子遷移の起こりやすさの目安である。もし,電子遷移が容易に起こるならば,光は強く吸収され、εの値は大きい。逆に、遷移が容易に起こるならば、εの値は小さい。モル吸光係数と発色団の濃度(mol L-1)の関係はランベルト-ベールの法則で表される。
【0042】
【数1】
JP0005162748B2_000005t.gif
また,次式のようにも表すことができる。
【0043】
【数2】
JP0005162748B2_000006t.gif
ここで、Io=入射強度、I=透過光強度、ε=モル吸光係数、c=モル濃度、l=試料溶液のcm単位の光路長、A=吸光度=log(Io / I)である。
紫外-可視分光計は吸光度を直接データ記録媒体であるハードディスクに記録する。また試料セルは普通光路長1cmにつくられている。この場合、εは直接次式により求められる。
【0044】
【数3】
JP0005162748B2_000007t.gif

【0045】
(分子の化学結合状態、官能基の同定と定量)赤外分光法
分子の振動および回転状態は,赤外領域の電磁波を吸収することによって励起される。この領域は可視領域より長波長側にある。このような分子の振動および回転に関する情報は、直接的に、赤外(IR)スペクトルにおける吸収から得ることができる。IRスペクトルにおける吸収帯の位置は,赤外線の波長λ(単位はμまたはμm)で示すことができる。有機化合物分子の構造解析に用いられる特性吸収帯は、次に示す領域にある。
【0046】
【数4】
JP0005162748B2_000008t.gif
近年では、波長の逆数すなわち波数ν~(cm-1)を用いる。ν~の数値(cm-1)は、1cm当たり赤外線波がいくつあるかを示す。
【0047】
【数5】
JP0005162748B2_000009t.gif
そして、関係式により、波数(cm-1)を波長(μm)に変換できる。すなわち、
【0048】
【数6】
JP0005162748B2_000010t.gif
波数ν~は吸収線の振動数νに比例する。したがって振動エネルギーΔEにも比例することが次の関係式からわかる。
【0049】
【数7】
JP0005162748B2_000011t.gif
ここで、c:光速度(3×1010 cm・s-1)、h:Planck定数、ν:振動数(Hzまたはs-1)、λ:波長(cm)、ν~:波数(cm-1)である。
IRスペクトルでは、ふつう4000-400cm-1の波数領域が用いられる。
有機化合物分子中の多くの官能基が特徴的な振動を示し、これがIRスペクトルのある一定の領域の吸収帯に対応する。分子振動は官能基内で局所的に起こり、分子内のほかの部分に及ぶことはない。したがって、特定の官能基の存在がその吸収帯によって同定できる。
【0050】
作製する薄膜の表面構造の測定には走査型プローブ顕微鏡のタッピングモードAFMを用いることで精密な解析が可能である。この測定法は、ピュゾロ加振器を用いて、先端に探針をつけたカンチレバーを共振周波数近傍(約50~500KHz)で加振させ、サンプル表面上を断続的に軽く触れながら(タップしながら)走査する。サンプル表面の凹凸によるカンチレバーの振幅の変化量をレーザー光を用いて検出する。検出されるカンチレバーの振幅を一定に維持するために、フィードバックによりピエゾスキャナのZ軸を上下に動かす。同時にX、Y軸方向にも欄スター・スキャンし、これらのX、Y、Z軸の駆動をもとに3次元の表面形状を描くことを可能としている。
【0051】
本発明の方法を簡単にまとめると次のようになる。まず、固体粉末試料として脂肪酸を用意し、クロロホルムを溶媒として溶解させる。これを水面上に展開し、ガラス板や石英基板などの上にLB法などの従来法で膜として水面上から累積する。この膜の載った基板は蒸留水で洗浄し窒素ガス雰囲気の中で乾燥させておく。次に同様にして固体粉末試料として脂質を用意し、ヘキサンを溶媒として溶解させる。不溶性であるため超音波による分散化を行い、再び塊化しないうちに短時間で水面上に展開し、脂肪酸が累積した基板上にLB法などの従来法で膜として水面上から累積する。薄膜の状態について累積した物質の同定や状態観察を紫外可視光吸収スペクトルや赤外線吸収スペクトルの測定や走査型プローブ顕微鏡測定によって調べ、目的の薄膜に適した作製条件を決定する。一様で緻密な脂質の二次元膜が構築できておれば試薬としての脂質導入時に膜蛋白質を混合して導入できる状態となる。バイオ分子素子としての試験はそれからとなる。本発明はこの脂質の二次元膜の構築の段階で脂肪酸との組み合わせにより目的に合致した膜作製を実現する。
【0052】
実施作業手順の要点を書くと次のようになる。
1)LB膜作製装置を使用し、水槽を蒸留水で満たす。
2)吸引ポンプで水面洗浄を行う。
3)浮子を設置し、洗浄した基板を水面上に浸漬させる。(垂直浸漬法Y型)
4)所定の試薬を水面上にシリンジでゆっくりと展開、20分間放置し、溶媒であるヘキサンの揮発を待つ。
5)浮子に錘を付け、表面圧により水面上の有機分子を凝集させる。
6)基板の昇降を行うモーターを起動させ、成膜を開始する。
7)基板へ所定回数の累積終了後、蒸留水によって洗浄後、窒素ガス雰囲気下で乾燥させ、紫外可視光吸収スペクトル測定および赤外吸収スペクトル測定を行い光吸収特性の解析を行う。
8)走査型プローブ顕微鏡を用いて、薄膜の表面構造解析を行う。
以下、その詳細について説明する

【実施例1】
【0053】
[比較例1]
第一段階として、まず、試料として固体粉末のDMPC(ナカライテスク社より購入)を用意し、体積5mL、濃度3.2mMになるように秤量しバイヤルビンに入れて体積を5mLとなるようにヘキサン溶媒を添加し、そのバイヤルビンを卓上超音波発振器(日本アレックス社,NEOCLEANER-R)によって超音波を加振し溶媒であるヘキサン中でDMPCを分散させた。肉眼でも一様に分散している状態と判別できた。発明者が設計自作したLB法作製装置の水槽に溜めて静置した蒸留水の水中に予め10mmの深さで鉛直に浸しておいた10mm×15mm×1mmのサイズの石英基板のある水面上にその溶液をすばやく60μLをシリンジで分取してゆっくりと展開させ、有機溶媒の揮発と膜の形成のために20分間静置した。
【0054】
このLB法による水面上での分子膜の膜作製実験を行うにあたり、錘の質量を次のように考慮した。錘によって浮子とテフロン(登録商標)枠で囲まれた面積を小さくすると分子が無秩序に浮いている状態から、1分子あたりの占有面積の小さい秩序的な配列にすることが可能である。錘の質量が大きすぎると水面にかかる圧力が高くなり水相上の分子層が重なって単分子層でなくなったり、水面に展開した分子層自体を壊してしまう恐れがある。よって、この錘の質量もLB膜作製実験において重要な値となる。錘の質量によって膜の表面圧の値が変化する。装置の形状等、分子の特性など種種の因子が関わってくる。水相の表面上に展開した単分子層は,錘によるテフロン(登録商標)枠と浮子の面積の減少と共に表面圧により分子レベルで規則正しく整列する。錘の質量を増加させると単分子層にかかる表面圧も増加し、テフロン(登録商標)枠と浮子の面積は一定値となると考えられる。ここでさらに錘の質量を増加させると、水面上に展開した単分子層が表面圧に耐えられなくなり重なり合ったり、壊れることが予測される。この瞬間、単分子層にかかっている表面圧が開放され、テフロン(登録商標)枠と浮子の面積は急激に減少すると考えられる。この直前の錘が、単分子層が最も規則正しく整列している状態と考えられ、LB膜製作に適しているといえる。予備実験の段階で荷重0.1~0.14gの時まで水面上に展開された分子がテフロン(登録商標)枠と浮子に囲まれた面積の減少により集積され、占有面積が減少していった。0.15~0.18gまでの荷重の時、分子が規則正しく配列された単分子層を保つことができる状態となり、LB膜作製実験に適した荷重であると考えられた。そして、0.19g以上の荷重で水面上に展開した単分子層が表面圧に耐えられなくなる値となり、この値以降では単分子層が壁壊することが予測された。
【0055】
また、分子の占有面積を考慮すると、限られた範囲の中に単分子層を作製する時、表面に展開する分子の数に限界があることも考慮した。使用したLB膜作製装置の水槽は、枠の内側が約187.2〔cm〕であり、浮子を浮かべると分子の展開する範囲は150〔cm〕前後であった。そして、0.15~0.18gまでの荷重の時、理論上,分子が規則正しく配列された単分子層が水面上に展開していると仮定すると分子の占有面積の関係式を次式で表すことができる
【0056】
【数8】
JP0005162748B2_000012t.gif
ここで、m=展開した分子量〔mol〕、S=水面の面積、A=1分子の占有面積〔Å2〕、NA=アボガドロ定数 〔6.02×1023
である。
上式に錘が0.15g時の水面の面積値と実数値を代入すると、A=38.9〔Å〕となる。Ikonen等によると均一に圧縮された1分子当たりのDMPC分子は、50Åと報告されており、本実験で得た数値はほぼ一致していることが言えた。
【0057】
このようにしてDMPC分子の膜を水面に展開して浮子に0.15gの適正な荷重をかけて分子間の疎水性相互作用力、水分子との界面吸着等で形成されたDMPC膜を0.01mm/secのゆっくりとした速度で引き上げた。基板が完全に気相に上がった後、基板を0.01mm/secの速度で下降させ、水中10mmの深さの点で停止、次に前記操作と同様に上昇させた。こうしてDMPCのLB膜を作製した。これを3層LB膜とした。この膜の紫外可視光吸収スペクトルを紫外可視分光測定装置(島津製作所,UV-1200)を用いて調べた。その結果を図1の(1)3層に示す。また赤外線吸収スペクトルをフーリエ変換赤外分光光度計(島津製作所,FTIR-8400S)によって調べた。その結果を図2の(1)3層に示す。また走査型プローブ顕微鏡(Digital Instrument社Nano Scope IIIa Tapping mode AFM)で表面構造を調べた。その結果を図3の(1)、(4)に示す。同様にして基板の下降上昇を追加した5層LB膜、7層LB膜を作製し、同様に紫外可視光吸収スペクトル、赤外線吸収スペクトル、表面構造を測定した。それぞれの結果を示したのが図1の(2)5層、図2の(2)5層、図3の(2)、(5)と図1の(3)7層、図2の(3)7層、図3の(3)、(6)である。図1の(1)3層、(2)5層、(3)7層の紫外可視光吸収スペクトルでは260nmと330nm付近にDMPC特有の光吸収が観られ、層数の増大につれて光吸収値が増大した。図2の(1)3層、(2)5層、(3)7層の赤外線吸収スペクトルでは広い波数範囲にわたってDMPCによる赤外線吸収が観られ、層数の増大につれて吸収値が増大した。例えば1300cm-1付近でみるとよく判別できる。しかし、図3の表面構造の測定結果から、石英基板上にLB法で直接DMPC膜を累積した場合、一様な膜ができるとはいえないことが明らかになった。累積の層数(9層、11層、13層)を増やす実験を試みて上記の二種のスペクトル測定を試みた結果、7層以上に光吸収値が増大することはなかった。よって、図4に示すような累積状態の層数変化のモデルを描くことができた。すなわち、石英基板1上にDMPC2は一様に付着することができないが部分的に付着する。その付着したDMPC分子上にDMPC分子は累積するが7層程度で限界となる、というモデルである。
【実施例2】
【0058】
次に、第二段階として石英基板に直接DMPCを累積させず、脂肪酸のステアリン酸を累積し、その上にDMPCを累積する実験を試みた。まず、試料としてステアリン酸(ナカライテスク社より購入)を用意し、体積5mL、濃度3.2mMになるように秤量しバイヤルビンに入れて体積を5mLとなるようにクロロホルム溶媒を添加し、前記と同様にして3層の膜作製を行った。その後、別途用意した水槽上に展開したDMPC膜を用いて2層膜作製を行った。これをステアリン酸3層+DMPC2層のLB膜とした。この膜の赤外線吸収スペクトル、及び表面構造を前記と同様にして調べた。その結果を図5と図6に示す。図5の(1)は参照用のステアリン酸3層のLB膜の赤外吸収スペクトルであり、(2)がステアリン酸3層+DMPC2層のLB膜の赤外吸収スペクトルである。これを観ると図2に観られたようにDMPC特有の赤外吸収がより明確に差として観測された。また値も大きかった。図6の(2)は膜の上90度の角度から観たAFM画像であるが、黒い穴のようにみえるのは凹の平面部分で、(3)に拡大して45度の角度から測定して得られたAFM画像を示す。また(4)にその断面解析結果を示す。これらの結果から、約200nm前後の円形状のくぼんだ凹の平面部分が点在する膜が形成されていること、膜の凹ではない平面部分(図6(2)、(3)で白くみえる部分)は一様に緻密なDMPCの膜であることなどが明らかになった。また断面解析の結果(図6(4))から白くみえる平滑な膜中にDMPC1分子段差(約3.3nm)だけの細かい凹凸となっていること、平滑な平面部分から凹の平面部分への段差が約2分子分あることが明らかにできた。これを基にして膜構造のモデルを考えて描いたのが図7である。すなわち、図7の5に示すような直径が200nm位の凹の平滑部分が点在する全体に一様で平滑なDMPC膜(円形段差)が形成されることを表した。このような特徴的な部分構造は一見すると利用できるものではないと思えるが、巨大分子やその集合体の容器として機能する可能性がある。また白くみえる平滑な膜部分は0.5~1nmの平滑さであることが断面解析から明らかになり、膜蛋白質を導入する場合はまず、この平滑な部分に含まれることになる。
なお、図7の1は石英基板、2はDMPC、3はステアリン酸である。
【実施例3】
【0059】
次に、第三段階としてやはり石英基板に直接DMPCを累積させず、今度は脂肪酸のレチノイン酸を累積し、その上にDMPCを累積する実験を試みた。まず、試料としてレチノイン酸(シグマ社より購入、アンプルに入った液体試薬)を用意し、体積5mL、濃度3.2mMになるように分取しバイヤルビンに入れて体積を5mLとなるようにクロロホルム溶媒を添加し、前記と同様にして3層の膜作製を行った。その後、別途用意した水槽上に展開したDMPC膜を用いて2層膜作製を行った。これをレチノイン酸3層+DMPC2層のLB膜とした。この膜の赤外線吸収スペクトル、及び表面構造を前記と同様にして調べた。その結果を図8と図9に示す。図8の(1)は参照用のレチノイン酸3層のLB膜の赤外吸収スペクトルであり、(2)がレチノイン酸3層+DMPC2層のLB膜の赤外吸収スペクトルである。これを観ると図2に観られたようにDMPC特有の赤外吸収がより明確に差として観測された。また値も大きかった。その値は、ステアリン酸の場合のデータと比較して約5倍であった。図9の(2)は膜の上90度の角度から観たAFM画像であるが、前記のステアリン酸の場合のような特徴的な凹の平面部分は観られず、全体に一様な凹凸面で構成されていた。(3)に拡大して45度の角度から測定して得られたAFM画像を示す。また(4)にその断面解析結果を示す。これらの結果から、約200nm前後の一様な曲面状の凸面の集合体で構成されていることが明らかになった。また断面解析の結果(図9(4))から一様な膜はDMPC2分子段差に近い凹凸があることが明らかにできた。これを基にして膜構造のモデルを考えて描いたのが図10である。すなわち、図10の6に示すような最大高低さ数nmで幅が200nm位の緩やかに凸の曲面部分が集合した全体に一様で緻密なDMPC膜(脂質曲面)が形成されることを表した。この場合、膜蛋白質を導入する場合は、この一様な膜のどの部位にも含み得る可能性があることになる。
なお、図10の1は石英基板、2はDMPC、4はレチノイン酸である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
以上の段階的な実験研究を通して発見したことは、化学結合などを用いず有機分子を基板上に移し取るという、比較的単純な成膜法LB法によって脂肪酸膜上に作製する脂質の二次元膜は積層する分子の組み合わせにより脂質曲面生成による平面と円形段差など特徴的な構造をもった緻密な二次元膜を形成したり、緻密で一様な膜を形成したりすることである。
【0061】
具体的に作製した膜はDMPC/ステアリン酸膜、DMPC/レチノイン酸膜である。得られる薄膜は、DMPC/ステアリン酸膜の場合は極めて平滑な部分と直径が200nm程度の円形段差をもった薄膜であり、DMPC/レチノイン酸膜の場合は全体に一様緻密で緩やかな曲面形状を有していて柔軟性のある構造である。いずれも目的とするバイオ分子素子としての膜蛋白質の支持体として利用可能である。
【0062】
最も重要な点は生体膜システムの観点に近いシステムであることである。受容体蛋白質やイオン輸送蛋白質の精妙な機能を実現することと、人工薄膜であることの二つの条件を満たしている。分子デバイス構築、製造の土台として利用可能である。導入する分子やその集合体システムのサイズ、界面吸着の特性にあった脂質/脂肪酸積層膜の設計が可能と考えられる。
【0063】
前記したように、産業上の利用可能性としては、介助ロボットや医療機器などの高機能デバイス(例えば尿や汗その他人体からの分泌物質や化学物質に対する嗅覚センサーのデバイスなど)の基本ユニットとしての部品に使用する膜蛋白質等の支持体として利用可能になると期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】それぞれDMPC累積状態の層数が(1)は3層、(2)は5層、(3)は7層の場合である石英基板上への直接累積によるDMPCの紫外可視光吸収スペクトルを示す図である。
【図2】それぞれDMPC累積状態の層数が(1)は3層、(2)は5層、(3)は7層の場合である石英基板上への直接累積によるDMPCの赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図3】それぞれDMPC累積状態の層数が(1)(4)は3層、(2)(5)は5層、(3)(6)は7層の場合である石英基板上への直接累積によるDMPCの表面構造を走査型プローブ顕微鏡によって測定したAFM画像を示す図である。
【図4】それぞれ(1)は3層、(2)は5層、(3)は7層の場合である石英基板上への直接累積によるDMPC累積状態の層数変化のモデルを示す図である。
【図5】それぞれ(1)はステアリン酸3層のみの場合、(2)はステアリン酸3層+DMPC2層の場合である石英基板上へのステアリン酸の累積後にDMPCを累積して作製した薄膜の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図6】(1)は10μm×10μmのスケールで45度上からみた場合、(2)は10μm×10μmのスケールで90度上からみた場合、(3)は500nm×500nmのスケールで45度上からみた場合、(4)は500nm×500nmのスケールで90度上からみた場合で注目する凹の平面の端を含む段差の構造部分の断面解析の結果を表している石英基板上へのステアリン酸の累積後にDMPCを累積して作製した薄膜の表面構造を走査型プローブ顕微鏡によって測定したAFM画像を示す図である。
【図7】石英基板上へのステアリン酸の累積後にDMPCを累積して作製した薄膜の構造モデルを示す図である。
【図8】それぞれ(1)はレチノイン酸3層のみの場合、(2)はレチノイン酸3層+DMPC2層の場合である石英基板上へのレチノイン酸の累積後にDMPCを累積して作製した薄膜の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図9】(1)は10μm×10μmのスケールで45度上からみた場合、(2)は10μm×10μmのスケールで90度上からみた場合、(3)は500nm×500nmのスケールで45度上からみた場合、(4)は500nm×500nmのスケールで90度上からみた場合で注目する凹凸の曲面を含む構造部分の断面解析の結果を表している石英基板上へのレチノイン酸の累積後にDMPCを累積して作製した薄膜の表面構造を走査型プローブ顕微鏡によって測定したAFM画像を示す図である。
【図10】石英基板上へのレチノイン酸の累積後にDMPCを累積して作製した薄膜の構造モデルを示す図である。
【符号の説明】
【0065】
1 石英基板(SiO2結晶板)
2 DMPC
3 ステアリン酸
4 レチノイン酸
5 DMPC膜(円形段差)
6 DMPC膜(脂質曲面)

図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9