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明細書 :H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の検出方法、およびその予防治療剤のスクリーニング方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4852706号 (P4852706)
公開番号 特開2007-292741 (P2007-292741A)
登録日 平成23年11月4日(2011.11.4)
発行日 平成24年1月11日(2012.1.11)
公開日 平成19年11月8日(2007.11.8)
発明の名称または考案の名称 H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の検出方法、およびその予防治療剤のスクリーニング方法
国際特許分類 G01N  33/53        (2006.01)
G01N  33/569       (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
FI G01N 33/53 D
G01N 33/569 F
G01N 33/50 Z
G01N 33/15 Z
請求項の数または発明の数 8
全頁数 17
出願番号 特願2007-083426 (P2007-083426)
出願日 平成19年3月28日(2007.3.28)
優先権出願番号 2006087836
優先日 平成18年3月28日(2006.3.28)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成22年1月19日(2010.1.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
発明者または考案者 【氏名】竹内 啓晃
【氏名】森本 徳仁
個別代理人の代理人 【識別番号】100065215、【弁理士】、【氏名又は名称】三枝 英二
【識別番号】100076510、【弁理士】、【氏名又は名称】掛樋 悠路
【識別番号】100108084、【弁理士】、【氏名又は名称】中野 睦子
審査官 【審査官】海野 佳子
参考文献・文献 特表2006-500008(JP,A)
特開平09-271294(JP,A)
特表2008-531057(JP,A)
特開平10-307142(JP,A)
池田康夫,特発性血小板減少性紫斑病の診断基準・治療ガイドライン,臨床血液,2004年,Vol.45,No.6,P.421-427
調査した分野 G01N 33/53
G01N 33/15
G01N 33/50
G01N 33/569
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
CAplus(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
被験者について、SDS-PAGEで分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質に対する抗体を検出することを特徴とする、H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の検出方法。
【請求項2】
H.ピロリの細胞溶解物またはその調製物に含まれるSDS-PAGEで分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質と被験者の血清とを反応させて、抗原抗体反応の有無を指標として、SDS-PAGEで分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質に反応する抗体を検出する工程を有する、請求項1記載の検出方法。
【請求項3】
上記分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質が、pH5-8の等電点を有するものである、請求項1または2に記載する検出方法。
【請求項4】
下記の工程を有するH.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の予防または治療のための有効成分をスクリーニングする方法:
(1)被験物質の存在下または被験物質の非存在下で、SDS-PAGEで分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質(17kDaタンパク質)と血小板、または17kDaタンパク質と血小板と17kDaタンパク質に対する抗体若しくはそれを含む成分を混合する工程、
(2)被験物質の存在下で、17kDaタンパク質と血小板、または17kDaタンパク質と血小板と17kDaタンパク質に対する抗体若しくはそれを含む成分を混合した場合に生じる複合物生成量(標的生成量)と、被験物質の非存在下で、17kDaタンパク質と血小板、または17kDaタンパク質と血小板と17kDaタンパク質に対する抗体若しくはそれを含む成分を混合した場合に生じる複合物生成量(対照生成量)とを対比し、
(3)対照生成量に比して標的生成量が低減する場合の被験物質を、H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の予防または治療剤の有効成分として選択する工程。
【請求項5】
上記17kDaタンパク質がpH5-8の等電点を有するものである、請求項4に記載する方法。
【請求項6】
血小板凝集量を複合物生成量として用いる請求項4または5に記載する方法。
【請求項7】
17kDaタンパク質に対する抗体を含む成分がH.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病に罹患した患者の血清である請求項4乃至6のいずれかに記載する方法。
【請求項8】
上記H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病に罹患した患者の血清がB型である、請求項7記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、特発性血小板減少性紫斑病の患者の中から、ヘリコバクター・ピロリ菌(以下、本明細書および特許請求の範囲において「H.ピロリ」という)の感染に関連する特発性血小板減少性紫斑病(以下、「H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病」という)の患者を選択的に検出する方法に関する。また本発明は、当該H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の予防または治療に有効な成分をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
H.ピロリの感染は、胃粘膜局所の慢性炎症を引き起こし、胃十二指腸潰瘍、胃癌およびリンパ腫の発生と関与することが知られている(非特許文献1~3参照)。さらに、H.ピロリは、特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura;以下、単に「ITP」ともいう)および自己免疫性甲状腺炎の病因に関連していることが示されている(非特許文献4および5参照)。
【0003】
ITPは、成人および小児のいずれもが罹患する最も一般的な自己免疫疾患の1つである(非特許文献6~8等参照)。この疾患における血小板減少症は、自己抗体が、糖タンパク質IIb/IIIa(GPIIb/IIIa)あるいはGPIb/IX複合体等の血小板糖タンパク質(GP)を含む、様々な血小板膜レセプターと結合することによって生じると考えられている(特許文献7および8)。これらの標的抗原に対する自己抗体の結合が、結果として細網内皮系による血小板破壊をもたらし、血小板を減少させることになる(非特許文献10~13等参照)。
【0004】
慢性ITP(以下、「cITP」ともいう)患者に対してH.ピロリ除菌療法を行うと、しばしば血小板の増加が認められる(非特許文献5、9および14参照)。このため、ITPは、H.ピロリ除菌療法が有効なH.ピロリ関連ITPと、H.ピロリ除菌療法が無効な本態性ITPとに大きく分類されている。ITPの発症に関与する血小板関連免疫グロブリンG(PA-IgG)のレベルは、本態性ITPほど顕著ではないが、H.ピロリ関連ITPにおいても同様に増加を示し、H.ピロリ除菌によって減少する(非特許文献15)。
【0005】
このように、ITPの患者の中には、H.ピロリ除菌療法が有効な一群(H.ピロリ関連ITP)があることは明白であるが、ITPの病態にH.ピロリがどのように関わっているのかは明らかではない。
【0006】
最近、高橋らは、H.ピロリ関連cITP患者では、PA-IgGが、100-150kDaのH.ピロリ由来CagAタンパク質を認識していることを(非特許文献15)、またフランチェスコらは、55-kDa血小板抗原を有するH.ピロリ関連cITP患者について、抗CagA抗体によって血小板が減少することを報告した(非特許文献2)。これらの報告は、PA-IgGおよび/または抗CagA抗体がH.ピロリ関連cITPの発症に関与することを示唆するものである。
【0007】
しかしながら、抗ピロリ抗体は、血清中にH.ピロリ除菌の後も数ヶ月は存在しているにも関わらず、血小板数はそれ以前(1-2週間内)に回復することから、抗ピロリ抗体とH.ピロリ関連cITPとの直接的な関連性は不明瞭である。H.ピロリ除菌療法が血小板を増やす機序が解明されたら、そのメカニズムを利用して、治療にあたって不必要にH.ピロリ除菌療法を行うことなく、予めH.ピロリ関連ITP患者と本態性ITP患者とを選別することが可能である。また、上記機序の解明は、H.ピロリ陰性ITP患者やH.ピロリ除菌療法無効ITP患者に対する新たな治療方法の開発につながるのみならず、ITP以外の自己免疫疾患発症の機序解明と臨床応用にも寄与すると考えられる。

【非特許文献1】Cover, T. L., et al., 1992. Helicobacterpylori and gastroduodenal disease. Annu. Rev. Med. 43: 135-145.
【非特許文献2】Rauws, E. A., et al., 1990. Cure of duodenal ulcer associated with eradication of Helicobacter pylori. Lancet. 335: 1233-1235.
【非特許文献3】Forman, D. 1995. The prevalence of Helicobacter pylori infection in gastric cancer. Aliment. Pharmacol. Ther. 9 Suppl 2: 71-76.
【非特許文献4】Parsonnet, J., et al., 1994. Helicobacterpylori infection and gastric lymphoma. N. Engl. J. Med. 330: 1267-1271.
【非特許文献5】Emilia, G., et al., 2001. Helicobacterpylori eradication can induce platelet recovery in idiopathic thrombocytopenic purpura. Blood. 97: 812-814.
【非特許文献6】Gasbarrini, A., et al., 1999. Autoimmune diseases and Helicobacter pylori infection. Biomed. Pharmacother. 53: 223-226.
【非特許文献7】Harrington, W. J., et al., 1953. Immunologic mechanisms in idiopathic and neonatal thrombocytopenic purpura. Ann. Intern. Med. 38: 433-469.
【非特許文献8】Lusher, J.M., et al., 1966. Idiopathic thrombocytopenic purpura in childhood. J. Pediatr. 68: 971-979.
【非特許文献9】McMillan, R. 1981. Chronic idiopathic thrombocytopenic purpura. N. Engl. J. Med. 304: 1135-1147.
【非特許文献10】Beardsley, D. S., et al., 1984. Platelet membrane glycoprotein IIIa contains target antigens that bind anti-platelet antibodies in immune thrombocytopenias. J. Clin. Invest. 74: 1701-1707.
【非特許文献11】McMillan, R. 2000. Autoantibodies and autoantigens in chronic immune thrombocytopenia purpura. Semin. Hematol. 37: 239-248.
【非特許文献12】van Leeuwen, E. F., et al., 1982. Specificity of autoantibodies in autoimmune thrombocytopenia. Blood. 59: 23-26.
【非特許文献13】Varon, D., et al., 1983. A monoclonal anti-platelet antibody with decreased reactivity for autoimmune thrombocytopenic platelets. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 80: 6992-6995
【非特許文献14】Kohda, K., et al., 2002. Effect of Helicobacter pylori eradication on platelet recovery in Japanese patients with chronic idiopathic thrombocytopenic purpura and secondary autoimmune thrombocytopenic purpura. Br. J. Haematol. 118: 584-588.
【非特許文献15】Takahashi, et al., 2004. Molecular mimicry by Helicobacter pylori CagA protein may be involved in the pathogenesis of H. pylori-associated chronic idiopathic thrombocytopenic purpura.Br. J. Haematol. 124: 91-96.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、ITPの治療は、出血症状の改善や重篤な出血の予防を目標として、血小板数と出血症状の程度に基づいて治療適応が決定されてきた。適応となる症例では、まず副腎皮質ステロイドの投与、次いで摘脾が行われる(Cines DB, N Engl J Med 2002,346,995-1008; George JN, et al., Blood 1996, 88, 3-40)。一方、こうした治療でも症状が改善しない症例は難治性とよばれ、免疫抑制剤やダナゾール投与などの様々な治療法が試みられているが、未だ確立された治療方法はない。しかし、最近H.ピロリ除菌療法によって寛解するH.ピロリ関連ITPの存在が明らかになるにつれ、H.ピロリ陽性例では除菌療法を第一選択とする新しい治療指針も提案されている(Michel M, et al., Blood 2004, 103, 890-896)。すなわち、ITPと診断されれば、全例でまずH.ピロリの診断を行い、陽性であれば血小板数や出血症状とは関係なくH.ピロリ除菌療法を行う。除菌によっても血小板が増加しない無効例は、H.ピロリ陰性例とともに従来の治療指針に従って、副腎皮質ステロイド投与などの治療を開始する。こうすることによって、副腎皮質ステロイド投与などの従来の治療を受ける患者は確実に減り、副作用の軽減や医療費の削減に貢献すると考えられている。
【0009】
しかし、H.ピロリ除菌療法は3剤(胃酸抑制剤と2種類の抗生物質剤)の治療薬を1~2週間服用するため全く副作用がないわけでなく、下痢、軟便、胃不快感、吐き気、食欲不振などが起こり得る。従って、ITP患者について、予めH.ピロリ関連ITPであることがわかれば、不要なH.ピロリの診断や除菌療法を受ける必要はなく、本来不要な患者の精神的・肉体的および経済的負担を回避することができる。
【0010】
そこで、本発明は、ITP患者について、H.ピロリ除菌療法が奏功するH.ピロリ関連ITPであるか否かを診断するために有効な方法を提供することを目的とする。さらに、本発明はH.ピロリ関連ITPの治療に有効な薬剤を開発すべく、当該薬剤の有効成分をスクリーニングする方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、H.ピロリ関連ITPの発症メカニズムを明らかにすることが上記課題の解決につながると考え、鋭意検討を重ねていたところ、血小板がH.ピロリの細胞溶解物、特に17kDaの低分子タンパク質と反応して血小板凝集が生じること、H.ピロリ関連ITP患者の血清は、他のITP患者の血清とは有意に異なって、当該血小板に結合するH.ピロリ由来17kDaタンパク質に強く反応し(結果的に血小板とこの17kDaタンパク複合体に反応する)、また、当該血清にはこの17kDaタンパク質に対する抗体をはじめ、27kDaおよび36kDaの低分子タンパク質に対する抗体が特異的に存在していることを見出した。さらに、発明者らが開発したH.ピロリ抗体測定法(抗原にH.ピロリ由来の高分子タンパク質のみを使用する従来法と異なり、抗原としてH.ピロリに由来する低分子から高分子の全タンパク質を使用することを特徴とする)を用いてH.ピロリ除菌前後で抗体価の変動を評価すると、H.ピロリ関連ITP患者でのみ、H.ピロリ除菌後に血清中のH.ピロリに対する抗体の量が有意に低減したことが確認されたことから、H.ピロリに由来する低分子タンパク質、特に17kDa低分子タンパク質がH.ピロリ関連ITPの発症に深く関わっていることを確信した。そしてその発症メカニズムとして、血小板にH.ピロリに由来する17kDaの低分子タンパク質が結合して複合体が形成され、これにさらに抗H.ピロリ抗体が結合することによって形成された免疫複合体が、細網内皮系で貪食・破壊され、血小板減少が生じるものと考えられた。
【0012】
これらの知見から、本発明者らは、ITP患者について、血清中のH.ピロリに由来する17kDaの低分子タンパク質に対する抗体の存在を指標とすることにより、H.ピロリ関連ITPか、またはそれ以外のITP(本態性ITP)であるかどうかを識別することができることを確認し、これによってその後の治療をITPの型に応じて適切に行うことが可能になると確信した。
【0013】
また、本発明者らは、H.ピロリに由来する17kDaの低分子タンパク質と血小板の結合、さらに好ましくは当該低分子タンパク質と血小板と抗H.ピロリ抗体の三者の免疫複合体の形成を阻止する作用を有する物質が、H.ピロリ関連ITPの治療および予防に有効であることを確信した。
【0014】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の態様を含む。
【0015】
(I)H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病(H.ピロリ関連ITP)の検出方法
項1.被験者について、SDS-PAGEで分子量17kDa、27kDaまたは36kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質に対する抗体を検出することを特徴とする、H.ピロリ関連ITPの検出方法。
項2.H.ピロリの細胞溶解物またはその調製物と被験者の血清とを反応させ、SDS-PAGEで分子量17kDa、27kDaまたは36kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質のいずれか少なくとも1つに反応する抗体を検出する工程を有する、項1記載の検出方法。
項3.上記分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質が、pH5-8の等電点を有するものである、項1または2に記載する検出方法。
【0016】
(II)H.ピロリ関連ITP の予防または治療のための有効成分をスクリーニングする方法
項4.下記の工程を有するH.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の予防または治療のための有効成分をスクリーニングする方法:
(1)被験物質の存在下または被験物質の非存在下で、SDS-PAGEで分子量17kDaと同定されるH.ピロリ由来のタンパク質(17kDaタンパク質)と血小板、または17kDaタンパク質と血小板と抗H.ピロリ抗体若しくはそれを含む成分を混合する工程、
(2)被験物質の存在下で、17kDaタンパク質と血小板、または17kDaタンパク質と血小板と抗H.ピロリ抗体若しくはそれを含む成分を混合した場合に生じる複合物生成量(標的生成量)と、被験物質の非存在下で、17kDaタンパク質と血小板、または17kDaタンパク質と血小板と抗H.ピロリ抗体若しくはそれを含む成分を混合した場合に生じる複合物生成量(対照生成量)とを対比し、
(3)対照生成量に比して標的生成量が低減する場合の被験物質を、H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病の予防または治療剤の有効成分として選択する工程。
項5.上記17kDaタンパク質がpH5-8の等電点を有するものである、項4に記載する方法。
項6.血小板凝集量を複合物生成量として用いる項4または5に記載する方法。
項7.抗H.ピロリ抗体を含む成分がH.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病に罹患した患者の血清である項4乃至6のいずれかに記載する方法。
項8.上記H.ピロリ関連特発性血小板減少性紫斑病に罹患した患者の血清がB型である、項7に記載する方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法によれば、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)患者について、その疾患ITPがH.ピロリ除菌療法が有効なH.ピロリ関連ITPであるか、またはそれ以外の本態性ITPであるかを識別することができ、その結果、H.ピロリ関連ITPの早期診断が可能となり(例えば、除菌による血小板数動態効果を待つ必要もない)、また患者に応じた適切な治療指針をたてることも可能となる。すなわち、前者の場合はH.ピロリ除菌療法を、また後者の場合はその他、例えば副腎皮質ホルモン等の投薬または摘脾などのITP治療を的確に選択することできる。ITP治療の的確な選択は、患者の精神的、肉体的または経済的負担を軽減するだけでなく、医療費の削減にもつながる。
【0018】
また本発明のスクリーニング方法によると、H.ピロリ関連ITPの予防または治療に有効な成分を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(I)H.ピロリ関連ITPの検出方法
前述するように特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は、大きくH.ピロリ除菌療法が有効なH.ピロリ関連ITPとそれ以外の本態性ITPとに分類することができる。
【0020】
本発明において、H.ピロリ関連ITPとは、H.ピロリ陽性で、H.ピロリ除菌療法によりITPが完全又は部分的に寛解するITP疾患を意味し、それ以外の本態性ITPには、H.ピロリ陰性のITP疾患、およびH.ピロリ陽性でH.ピロリ除菌療法によってもITPが寛解しないITP疾患が含まれる。なお、ITPは、基本的には血小板減少(血小板数<120×10/l)を基準にして判断されるが、PA-IgGレベル(基準値:9-25ng/107血小板)、病歴、身体所見、および血液検査(特に血小板回転検査。ITPの場合はトロンボポエチンが正常から軽度上昇、網状血小板数の比率が増加)も参考にされる場合がある。
【0021】
ここで、H.ピロリ感染の有無(H.ピロリ陽性/陰性の別)の判定は、13C-尿素呼気テストなどの慣用方法によって行うことができる。除菌療法により、血小板数が120×109/l以上に増加した場合はITPが寛解したということができ、また血小板数が120×109/l以上にならないまでも処理前よりも20×109/l以上増加した場合をITPが部分寛解したということができる。
【0022】
本発明の方法は、ITP患者についてH.ピロリ関連ITPのマーカー成分を特異的に検出することによって、当該患者のITP型が、H.ピロリ関連ITPであるか、またはそれ以外の本態性ITPであるかを識別する方法である。
【0023】
ここでH.ピロリ関連ITPのマーカー成分として、H.ピロリの細胞に由来する低分子タンパク質、具体的には分子量17kDa、27kDaまたは36kDaのタンパク質(17kDaタンパク質、27kDaタンパク質または37kDaタンパク質)に対する抗体を挙げることができる。ここでH.ピロリの細胞に由来する17kDaタンパク質、27kDaタンパク質または37kDaタンパク質とは、12.5重量%のアクリルアミドおよび0.1重量%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いたドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)において分子量17kDa、27kDaまたは36kDaと同定される、H.ピロリの菌体細胞内に含まれるタンパク質である。当該タンパク質は、H.ピロリ菌体をサンプルバッファー(125mMトリス、4% SDS、12% メルカプトエタノール、20% グロセロール、および0.004% BPB)にて溶解した後、95℃で10分間加熱処理して調製される菌体溶解物を、SDS-PAGE(12.5重量%アクリルアミドと0.1重量%のドデシル硫酸ナトリウムを含む)に供し、分子量の標準マーカーと対比して、分子量約17kDa、約27kDaまたは約36kDaに相当する画分を取得することによって調製することができる。
【0024】
本発明では、かかるSDS-PAGEで分子量17kDa、27kDaまたは36kDaと同定されるH.ピロリの細胞に由来するタンパク質を、単に「17kDaタンパク質」、「27kDaタンパク質」または「36kDaタンパク質」といい、またこれらを包括的に「低分子タンパク質」という場合がある。なお、本発明が対象とする17kDaタンパク質は、pH5-8の等電点を有するものであることが好ましい。当該pH5-8の等電点を有する17kDaタンパク質は、実験例5に示すように、H.ピロリの菌体を超音波処理等によって破砕溶解処理して得られる細胞溶解物を、2次元電気泳動(1次元:等電点電気泳動、2次元:SDS-PAGE)に供し、当該等電点(pH5-8)を有し、かつ上記するように分子量約17kDaに相当する画分を取得することによって調製することができる。
【0025】
本発明の方法は、被験者について上記各低分子タンパク質に対する抗体の存在を検出するものである。検出は、被験者の生体試料を対象にして行なわれる。生体試料は、17kDaタンパク質、27kDaタンパク質または36kDaタンパク質に対する抗体が存在しえるものであればよく、一般に臨床検査において検体となりえるものを広く用いることできるが、具体的には血液(血清を含む)、尿、脊髄液、羊水、唾液などを挙げることができる。好ましくは血液(血清)である。
【0026】
本発明の方法は、具体的には、被験者の上記生体試料(好ましくは血清)を前述する各低分子タンパク質(17kDa、27kDaまたは36kDaタンパク質)と反応させて、抗原抗体反応(複合体)の有無を指標として、当該生体試料中における上記各低分子タンパク質に対する抗体の有無を判定することによって実施することができる。より具体的には、(i) H.ピロリの細胞溶解物と被験者の上記生体試料(好ましくは血清)を混合して、H.ピロリの細胞溶解物に含まれる各低分子タンパク質と生体試料成分との結合(複合体)を検出する方法、(ii) H.ピロリの細胞溶解物の各低分子タンパク質含有画分と被験者の生体試料(好ましくは血清)を寒天ゲル内で拡散させて、沈降反応の有無を検出する方法(二重免疫拡散法)、(iii)H.ピロリの細胞溶解物を電気泳動にかけて分離した後に、被験者の上記生体試料(好ましくは血清)と反応させて、各低分子タンパク質に相当するバンドに対する生体試料成分の結合(複合体)を検出する方法を挙げることができる。好ましくは(iii)の方法である。
【0027】
なお、(iii)の方法には、H.ピロリの細胞溶解物の分離物に被験者の生体試料を反応させた後、(a)酵素と結合した二次抗体をさらに反応させて、酵素基質の発色を検出するELISA法、(b)蛍光色素と結合した二次抗体をさらに反応させて、蛍光発色を測定する蛍光免疫測定法(FIA)、または(c)化学発光物質と結合した二次抗体をさらに反応させて、化学発光を測定する化学発光免疫測定法(CLIA)が含まれる。かかる測定法は公知であり、また標識剤として使用される酵素、蛍光色素、および化学発光物質もいずれも公知のものを区別なく使用することができる。例えば、代表的なものを例示すれば、酵素としてはアルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼなどを、また蛍光色素としてはフルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(RITC)などを挙げることができる。
【0028】
これらの標識剤と結合した二次抗体としては、測定対象である抗体(17kDaタンパク質に対する抗体)(イムノグロブリン)と結合しえる抗ヒトイムノグロブリン抗体を挙げることができる。なお、当該抗ヒトイムノグロブリン抗体は、ポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体のいずれであってもよく、また商業的に入手できるものを使用することもできる。
【0029】
被験者の生体試料中における測定対象抗体(17kDaタンパク質に対する抗体)の存在の有無、あるいはその含有量は、定法に従って、上記二次抗体の標識に用いた標識剤の種類に応じた標識活性を測定することによって判定することができ、抗体の含有量はさらに得られた測定値より換算する抗体力価として算出することができる。
【0030】
斯くして被験者の生体試料に、17kDaタンパク質に対する抗体の存在が認められた場合、当該被験者は、H.ピロリ関連ITPであると診断することができる。逆に、17kDaタンパク質に対する抗体の存在が認められなかった場合、当該被験者は、H.ピロリ関連ITP以外のITP(本態性ITP)であると診断することができる。
【0031】
(II)H.ピロリ関連ITPの予防または治療のための有効成分をスクリーニングする方法
前述するように、本発明らは、H.ピロリ関連ITPは、血小板に前述のH.ピロリに由来する17kDaの低分子タンパク質(17kDaタンパク質)が結合した複合体に、さらに抗H.ピロリ抗体が結合することによってオプソニン化された免疫複合体が、細網内皮系で貪食・破壊されることによって発症することを見出した。なお、当該17kDaタンパク質は、好適にはpH5-8の等電点を有するものである。
【0032】
このことは、生体内で生じる、血小板と17kDaタンパク質との結合、または血小板と17kDaタンパク質と抗H.ピロリ抗体との結合を阻止することによって、H.ピロリ関連ITPの発症を予防し、また改善することができることを意味する。すなわち、これらのいずれかの結合を阻害する作用を有する物質は、H.ピロリ関連ITPを予防または治療するための有効な薬効成分となり得ると考えられる。本発明のスクリーニング方法はかかる考えに基づくものである。
【0033】
当該方法は、下記の工程によって実施することができる:
(1)被験物質の存在下または被験物質の非存在下で、H.ピロリに由来する17kDaタンパク質(a成分)と血小板(b成分)、またはH.ピロリに由来する17kDaタンパク質(a成分)と血小板(b成分)と抗H.ピロリ抗体若しくは当該抗体を含む成分(c成分)を混合する工程、
(2)被験物質の存在下で、上記a成分とb成分、またはa成分とb成分とc成分を混合した場合に生じる複合物生成量(標的生成量)と、被験物質の非存在下で、a成分とb成分、またはa成分とb成分とc成分を混合した場合に生じる複合物生成量(対照生成量)とを対比し、
(3)対照生成量に比して標的生成量が低減する場合の被験物質を、H.ピロリ関連ITPの予防剤または治療剤の有効成分として選択する工程。
【0034】
なお、抗H.ピロリ抗体を含む成分としては、H.ピロリ関連ITPに罹患した患者の血清を挙げることができる。好ましくはH.ピロリ関連ITPに罹患した血液型がB型の患者の血清である。
【0035】
被験物質としては、制限されないが、核酸(ポリヌクレオチドを含む)、ペプチド(ポリヌクレオチドを含む)、有機化合物、無機化合物などのいずれでもよい。スクリーニングは、具体的にはかかる被験物質または当該被験物質を含む試料(被験試料)を、17kDaタンパク質(a成分)および血小板(b成分)の混合物、または17kDaタンパク質(a成分)、血小板(b成分)および抗H.ピロリ抗体若しくは当該抗体を含む成分(c成分)の混合物と接触させることにより行うことができる。かかる被験試料としては、細胞抽出液、遺伝子ライブラリーの発現産物、植物や動物の天然物の抽出物などが含まれる。
【0036】
また、スクリーニングに際して、被験物質と各成分を接触させる条件は、被験物質の非存在下で、各成分が結合して複合体を形成しえる条件であれば特に制限されない。
【0037】
17kDaタンパク質と血小板との複合物の生成、並びに17kDaタンパク質と血小板と抗H.ピロリ抗体若しくはそれを含む成分との複合物の生成は、簡便にはこれら複合体生成によって生じる血小板凝集およびその量を定法に従って測定することによって判断することができる。
【0038】
工程(3)において、工程(2)で得られた標的生成量(血小板凝集量)を、被験物質を存在させないで測定した場合の対照生成量(血小板凝集量)と比較することにより、17kDaタンパク質と血小板との複合物の生成を阻害するか、または17kDaタンパク質と血小板と抗H.ピロリ抗体若しくはそれを含む成分との複合物の生成を阻害する作用を有する物質を選択することができる。すなわち、上記(2)で得られた標的生成量が対照生成量に比して小さい場合に、当該被験物質をH.ピロリ関連ITPを予防または治療するための有効な物質としてとして選択することができる。
【0039】
以上、(1)、(2)および(3)で選択された物質は、必要に応じてさらに他の薬理試験や臨床試験並びに毒性試験を行うことができ、斯くして、よりヒトに対して有効で且つ安全なH.ピロリ関連ITPの予防剤または治療剤(医薬品、または健康食品)の有効成分とすることができる。こうして得られる物質は、公知の方法によって処方並びに製剤化することによってH.ピロリ関連ITPの予防剤または治療剤(医薬品、または健康食品)として提供することができる。
【0040】
また上記方法で見出された成分によると、ピロリ菌に由来する低分子タンパク質(17kDa,27kDaまたは36 kDa)が結合する血小板結合部位の解析や検索などが可能になり、その結果、血小板レセプターの同定や、他の自己免疫疾患の発症メカニズムの解明にも貢献することができる。
【実施例】
【0041】
以下に、実験例を示し、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実験例に限定されるものではない。なお下記の実験例で対象とした患者、並びに実験で使用した細菌、細菌溶解物および血小板の調製方法は次の通りである:
(1)患者
15名の日本人の成人cITP患者(男性2名、女性13名; 平均年齢49歳)を対象とした。cITPは、血小板減少(血小板数<120×10/l)に基づいて判断した。これらのcITP患者は、下記の基準に従って3群に分類した:
(i) H.ピロリ陰性群(n=3)((以下、「HP-N群」ともいう)
(ii) H.ピロリ陽性で、H.ピロリ除菌療法により完全又は部分寛解する群(n=7)(以下、「CR群」ともいう)
(iii) H.ピロリ陽性で、H.ピロリ除菌療法によって寛解しない群(n=5)(以下、「NR群」ともいう)。
【0042】
なお、H.ピロリ感染の有無の判定には、13C-尿素呼気テストを使用した。H.ピロリ除菌によるH.ピロリ根絶の有無は、上記テストを使用して、H.ピロリ除菌処置した8週間後に評価した。H.ピロリ根絶に対する臨床反応(血小板数の変動)は除菌処置した4か月後に評価した。臨床反応において、血小板数が120×109/l以上に増加した場合を、「cITP完全寛解」、血小板数が120×109/l以上にならないまでも処理前よりも20×109/l以上増加した場合を「cITP部分寛解」と定義した。患者の血清サンプルは使用するまで-80℃で保存した。
【0043】
(2)細菌
Campylobacter jejuni(以下、「C.jejuni」という)として、感染性腸炎に罹患した日本人患者に由来する臨床分離株を、H.ピロリとして胃潰瘍または胃癌に罹患した日本人または欧米人に由来する臨床分離株を使用した。具体的には、C.jejuniとH.ピロリのKMT3(胃癌患者)はいずれも高知大学医学部附属病院で、H.ピロリのHPK5(胃潰瘍患者)は山口大学医学部附属病院で分離された臨床分離株である。またH.ピロリのNCTC11637(胃潰瘍患者、USA)と26695(胃潰瘍患者、欧州)は世界中で汎用されている標準の外国人臨床分離株である 。
【0044】
PCRにより、KMT3を除く全てのH.ピロリ菌株(HPK5、NCTC11637、26695)はureA、vacAおよびcagA遺伝子を有し、KMT3はcagA遺伝子以外のureA遺伝子とvacA遺伝子を有していることを確認した。
【0045】
(3)細菌細胞溶解物の調製
H.ピロリおよびC.jejuniの菌株は、10%のウマ血清を補充したBrucella-broth(ベクトン・ディキンソン社)寒天培地上で、微好気的条件下、37℃で3日間培養する。また、E.coli(大腸菌)の菌株(ATCC 25922)は、Mueller Hinton II寒天(ベクトン・ディキンソン社)培地上で、好気的条件下、37℃で1日間培養する。次いでこれらの細菌を回収後、PBSで2回洗浄し、PBSもしくは滅菌純水に懸濁する。得られた懸濁物を、チップタイプUP 50Hソニケーター(Dr.Hielscher GmbH社)を使用して、澄明になるまで氷上で超音波処理し、次いで4℃で15分間8,000gで遠心分離をして、上清を細菌細胞溶解物として回収する。なお、調製した細菌細胞溶解物は、使用するまで-80℃で保存した。
【0046】
(4)血小板の調製
血小板は健常者から調製した。殺菌済み静脈用穿刺(21ゲージ針)を使用して、薬物治療をしていない健常者から全血を採血し、これを血液凝固防止のために1/9容量の3.8%のクエン酸ナトリウム水溶液で希釈した。室温で20分間、150gで遠心分離して血小板を多く含む血漿(以下、これを「多血小板血漿」または「PRP」ともいう)を取得した。一方、血小板をあまり含まない血漿(以下、これを「低血小板血漿」または「PPP」ともいう)は、上記PRPをさらに室温で15分間、2,000gで遠心分離することによって調製した。なお、CR群とNR群のすべてのcITP患者は、全血および骨髄についての血液検査によって、血小板そのものに異常がないことを確認している。
【0047】
実験例1 血小板凝集試験
(1)約250×109/lの血小板を含むPRP(多血小板血漿)200μlに、各種細菌〔H.ピロリ(NCTC11637、26695、HPK5およびKMT3)、E.coli、C.jejuni〕 の細胞溶解物40μlを添加混合して、血小板凝集量を測定した。血小板凝集量は、自動血小板凝集計(MCM Hema Tracer 212 MC Medical社、日本)を使用して測定した。具体的には、血小板凝集量は、細胞溶解物を添加する前のPRPの光透過率を0%、およびPPP(低血小板血漿)の光透過率を100%に設定し、PRPに細菌細胞溶解物を添加した後の光透過率の割合を10分間隔で記録することによって評価した。
【0048】
なお、陰性コントロールとして上記細菌細胞溶解物に代えてPBSもしくは滅菌純水(dH2O)を、また陽性コントロールとして、PRP中で血小板凝集を引き起こすアデノシン二リン酸(ADP)を使用して、同様にして血小板凝集量を測定した。なお試験は、3名の異なる健常者に由来する血小板を用いて各試験を3回ずつ行った。また、試験は採血から2時間以内に完了するように行った。
【0049】
血小板凝集を経時的に追った結果を図1に示す。図1の各グラフの横軸は、PRPと細胞溶解物との反応時間(分)を、縦軸は光透過率の割合から算出した血小板凝集量(%)を示す。図1からわかるように、血小板は、4種のH.ピロリ(NCTC11637、26695、HPK5およびKMT3)のすべての細胞溶解物と反応して明白な血小板凝集を示した(図1では、26695とKMT3の結果のみ示す)。これに対してE.coliやC.jejuniの溶解物とは凝集しなかった。これらのことから、血小板との凝集能は、H.ピロリの細胞溶解物だけに特有にあるものと考えられた。また、cagA遺伝子を欠損したH.ピロリ菌株(KMT3)とそうでない菌株(NCTC11637、26695、HPK5)との間で血小板凝集の程度に差はなく、また日本人と外国人から分離された臨床分離物の間にも血小板凝集の程度に差はなかった。このことから、H.ピロリに対する血小板凝集反応は、H.ピロリの地理的分布やcagA遺伝子に基づく要素とは無関係であると判断された。
【0050】
(2)上記のPRPと各種細菌の細胞溶解物との反応による血小板凝集は、また光学顕微鏡を用いて肉眼的に観察することによっても確認した。具体的には、反応後の各サンプルの一部を、ガラススライドに塗抹して、室温で乾燥させた。染色するため、乾燥後の各ガラススライドのサンプル上にWright染色液(武藤化学(株))を滴下し、5分間インキュベーションした。次に、当量のPBSを滴下して緩やかに混合して、さらにPBSで洗浄して、室温で乾燥後、光学顕微鏡で観察した。PRPと各種細菌〔H.ピロリ(26695、KMT3)、E.coli〕の細胞溶解物との反応による血小板凝集の様子を図2に示す。図中、PBSで示す結果は、PRPとPBSとの混合物の光学顕微鏡画像である(コントロール)。上段の図は非染色光学顕微鏡画像、下段の図はWright溶液で染色した染色光学顕微鏡画像を示す。図2からもわかるように、H.ピロリの細胞溶解物中でのみ血小板凝集(図中、矢印で示す)が認められた。なお、図中、スケールバーは20μmである。
【0051】
実験例2 免疫ブロッティング
各cITP患者(HP-N、CRおよびNR群)によって、H.ピロリ抗原に対する抗体の反応性(抗体プロファイル)がどのように異なるのかを識別するために、cITP患者の血清(抗体)とH.ピロリ細胞溶解物に含まれる各種のタンパク質(抗原)との反応性を調べた。
【0052】
具体的には、まず、H.ピロリ菌体を、サンプルバッファー(125mMトリス、4% SDS、12% メルカプトエタノール、20% グロセロール、および0.004% BPB)にて溶解した後、95℃で10分間加熱処理した。これを、ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)(12.5重量%のアクリルアミドと0.1重量%のドデシル硫酸ナトリウムを含む)を使用してサイズ分画し、ニトロセルロース膜上にブロットした。その膜を、0.1%のTween 20を含むトリス緩衝食塩水(TBS-T)でブロックし、第一抗体としてcITP患者の血清、および第二抗体としてホースラディッシュペルオキシダーゼ結合ヤギ抗ヒトIgGポリクローナル抗体(以下、「HRP-抗ヒトIgG抗体」という)(Invitrogen社)と反応させた。次いで、その膜をTBS-Tで4回洗浄し、ECL+PLUS試薬(RPN 2132; アマシャム・ファルマシア・バイテクAB)と室温で5分間インキュベートし、写真X線フィルム(50NIF、Fujifilm)に曝露させて視覚化した。
【0053】
各群のcITP患者(HP-N群:3名、NR群:5名、CR群:7名)に関する結果を図3に示す。図3に示すように、CR群(H.ピロリ陽性/除菌効果あり)の患者の血清は、50 kDa以上の高分子量のタンパク質と、36、27および17 kDaの比較的低分子量のタンパク質と反応した。なお、これらの分子量は、これらのタンパク質のバンド位置と、分子量10kDa、15kDa、20kDa、25kDa、37kDa、50kDa、および75kDaを有する分子量マーカー(分子量既知のタンパク質)(Precision Plus ProteinTM All Blue Stabdards: Bio-rad(カタログNo.161-0373))のバンド位置とを対比することによって同定した。
【0054】
これらの結果を表1に纏める。なお、結果は分母に検体数、分子に各低分子タンパク質と反応した検体数を示す。
【0055】
【表1】
JP0004852706B2_000002t.gif

【0056】
表1に示すように、低分子タンパク質(17,27,36kDa)は、CR群(H.ピロリ陽性/除菌効果あり)のcITP患者の血清と100%(7名中7名)の割合で結合した。一方、これらのタンパク質は、NR群(H.ピロリ陽性/除菌効果なし)のcITP患者の血清とは40%(5名中2名)の割合しか結合せず、またHP-N群(H.ピロリ陰性)のcITP患者の血清とは全く反応しなかった。
【0057】
実験例3 ELISA分析
各cITP患者(HPN群、CR群またはNR群)のH.ピロリ除菌療前後において、血清に含まれるH.ピロリ細胞溶解物(全タンパク質)に対するIgG抗体量(力価)を、下記のELISAプロトコルによって評価した。
【0058】
具体的には、被覆用緩衝液(20mM炭酸塩)に分散させたH.ピロリ細胞溶解物あるいはE.coli細胞溶解物50μl(1.6μg/ml)を、96穴の平底プレート(住友ベークライト社)に添加して、4℃で終夜インキュベーションして、プレート(ウエル)をこれらの細胞溶解物で被覆した。次いで、プレートを、0.1%のTween20を含むトリス緩衝食塩水(TBS-T)で5回洗浄し、次いで非特異反応を防止するために250μlのブロッキング緩衝液(2%のスキムミルクを含むTBS-T)を添加した。得られた混合物を、室温で1時間インキュベーションして、TBS-Tで5回洗浄した。個々のcITP患者の血清の1/5000希釈液50μlを、各ウエルに添加して37℃で1時間インキュベーションして、最後にTBS-Tで5回洗浄した。HRP-抗ヒトIgG抗体(Invitrogen)の1/2000の希釈液50μlを、各ウエルに添加し、37℃で1時間インキュベーションし、TBS-Tで5回洗浄した。各ウエルに50μlの 3,3',5,5'-tetramethylbenzidine基質(BioLegend)を添加し、30分間室温でインキュベートした。50μlの停止バッファー(2MH2SO4)を加えることにより反応を停止し、450nmのフィルタリングを有するプレート・リーダー(Multiscan JX、Termo electron corporation)を用いて分析した。抗体価は、波長450nmの吸光度として示した。
【0059】
結果を図4に示す。図中、黒棒はH.ピロリ除菌療法前、白抜き棒はH.ピロリ除菌療法後の抗体値をおのおの示す。図4に示すように、H.ピロリ細胞溶解物に対する抗体の量は、CR群のみに有意な減少を認め、NR群ではその減少に有意差を認めなかった。
【0060】
実験例4
H.ピロリ(26695菌株)の細胞溶解物200μgをPRP(5×107血小板含有)に添加し、15分間37℃でインキュベーションした。H.ピロリ由来の17kDaタンパク質と血小板との複合物を、遠心分離(10,000rpm、10分間)によってペレットとして回収し、これをPBSで3回洗浄した。その後、1mlの溶解緩衝液〔50mMトリス-HCl、pH 7.4;1% Nonidet-P-40; 0.25% デオキシコール酸ナトリウム; 150mM NaCl; 1 mM エチレングリコール-ビス(β-アミノエチル)-N、N、N'、N'-テトラアセトキシメチルエステル; 1mM フッ化ナトリウム; 100μM オルトバナジウム酸ナトリウム; 100μMフェニルメチルスルホニルフルオライド; プロチアーゼ抑制剤(Roche Diagnostics)〕を添加し、氷上で30分間インキュベートし、4℃で15分間遠心分離して上清を取得した。この上清1mlを、ウサギ抗ヒト血小板ポリクローナル抗体(5μg)(Cortex Biochem社)と4℃で2時間反応させて、次いで免疫沈降をプロテインG PLUS-アガロース(Santa Cruz Biotechnology社)で促進させた。
【0061】
得られた免疫沈降物を、溶解緩衝液で5回洗浄し、SDS-PAGEに供して分離し、ニトロセルロース膜に転写した。これをcITP患者(CR群、NR群)の血清で免疫ブロッティングした。
【0062】
その結果、H.ピロリの低分子タンパク質の中で主として17 kDaの低分子タンパク質が血小板と結合することが確認され、さらに当該17 kDaタンパク質は、CR群のcITP患者の血清と強く反応した(図5)。実験例2で示したように、CR群のcITP患者の血清には、かかる17 kDaタンパク質に対する抗体が特異的に存在していることから、当該患者の血液中で、17 kDaタンパク質と血小板と17 kDaタンパク質に対する抗体とが互いに結合した、免疫複合体が形成されている可能性がある。
【0063】
実験例5
上記実験例4で、血小板と複合体を形成すると判断された17 kDaタンパク質を同定するために、H.ピロリの菌体溶解物を2次元電気泳動にかけた(1次元はアガロースIEF(等電点電気泳動)を行い、次にその試料をSDS-PAGE(2次元電気泳動)にて展開・分離する)(図6にその概念図を示す)。
【0064】
具体的には、下記に示すように、H.ピロリの菌体溶解物を2次元電気泳動(アガロースIEF、SDS-PAGE)にかけて2枚のゲルを作成した。そのうち1枚のゲルはPVDF膜に転写した後、実験例2の方法と同様にして、患者血清(H.ピロリ感染ITP患者でH.ピロリ除菌により血小板数が回復した患者、いわゆるH.ピロリ関連ITP患者)にてウエスタンブロティングを行い、分子量17kDa付近に反応を認めるスポットを確認した。もう1枚のゲルを用いて(銀染色を行い、タンパク質を可視化)、上記のスポットと同じ位置に分離されたタンパク質を当該ゲルから切り出した(図6B参照)。これを、タンパク同定質量解析(TOF MS:島津製作所に依頼)に供して、17kDaタンパク質の同定を行った。
【0065】
<2次元電気泳動およびタンパク同定質量解析>
(1)H.ピロリ菌体を、サンプルバッファー(60mMトリス、5M尿素、1Mチオ尿素、1% CHAPS、1% Triton X-100、1% DTTおよびコンプリートTM ミニEDTA-free(10mlあたり1粒添加))にて溶解した後、15,000rpmで4℃、30分間遠心分離した。さらにサンプル溶解液の1/10量の1Mアクリルアミド溶液を加えて混合し、10分間静置したサンプル溶解液の泳動カラムに充填したアガロースゲル(pH3-10)に重層し、一次元目の等電点電気泳動を行った。
(2)泳動後のゲルをトリクロロ酢酸にて固定し、洗浄後、SDS平衡化液にて平衡化した。
(3)得られたゲルを、さらに二次元目の電気泳動(12.5重量%のアクリルアミドと0.1重量%のドデシル硫酸ナトリウムを用いたSDS-PAGE)に供した。
(4)泳動後のゲルを銀染色した後、ゲルから切り出した分子量17kDa付近のスポットをPMF(Peptide Mass Fingerprint)解析に供した(島津製作所に依頼)。
(5)PMF解析は、サンプルをトリプシンにて酵素消化後、脱塩精製し、溶出サンプルを直接MALDIプレートに付すことによって実施した。これを自然乾燥した後、マトリックス溶液を供して自然乾燥を行った後、AXIMA-CFRレーザーイオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI-TOFMS)にて質量分析を行った。
【0066】
以上の2次元電気泳動法とウエスタンブロティングの解析結果から、17kDaタンパク質は、分子量17±1-2kDaを有し、等電点がpH5~8の範囲にあることが判明した。またタンパク同定質量解析の結果から、当該17kDaタンパク質の一つは、ピロリ菌のinvA蛋白〔機能分類上ではcellular processes(細胞合成・形成過程に関与するタンパク質)やhydrolase activity(加水分解に関与するタンパク質)〕である可能性が考えられた。
【0067】
<考察>
図3および表1に示すように、CR群に属するcITP患者の血清は、H.ピロリ細胞溶解物の低分子タンパク質(36、27および17 kDa)と有意に反応した。これはH.ピロリ低分子タンパク質がH.ピロリ関連cITPの発症に関与すること示している(実験例2)。また、低分子タンパク質(36、27および17 kDa)に対する抗体は、cITPではないH.ピロリ感染者および健常者を含むH.ピロリ非感染者にいずれでも検出されなかった。実験例4の結果は、これらの低分子タンパク質のうち17kDaのタンパク質(等電点pH5-8)が血小板と結合し、この複合体がCR群に属するcITP患者の血清中の抗体(IgG抗体)と顕著に反応することを示している。これらのことから、血小板、H.ピロリの17kDaタンパク質(抗原)、およびこの17kDaタンパク質(抗原)に対する抗体からなる免疫複合体が、ピロリ菌関連cITPの発症に重要な役割を果たしていると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】PRPに各種細菌〔H.ピロリ(NCTC11637、26695、HPK5およびKMT3)、E.coli、C.jejuni〕 の細胞溶解物を添加した後の血小板凝集量を経時的に示す図である(実験例)。H.ピロリについては26695とKMT3の結果のみ示す。陰性コントロールと細胞溶解物に代えて滅菌純水(dH2O)、陽性コントロールとしてアデノシン二リン酸(ADP)を使用した結果を併せて示す。各グラフの横軸は、PRPと細胞溶解物(又はdH2O、ADP)との反応時間(分)を、縦軸は光透過率の割合から算出した血小板凝集量(%)を示す。
【図2】図1で示したPRPと各種細菌〔H.ピロリ(26695、KMT3)、E.coli〕の細胞溶解物との反応による血小板凝集の様子を示す光学顕微鏡画像を示す。図中、PBSで示す結果は、PRPとPBSとの混合物の光学顕微鏡画像である(コントロール)。上段図は非染色光学顕微鏡画像、下段図はWright溶液で染色した染色光学顕微鏡画像を示す。図中、矢印は血小板凝集を示し、スケールバーは20μmを示す。
【図3】H.ピロリ細胞溶解物を、cITP患者(HP-N群、CR群およびNR群)の血清と免疫ブロッティングした結果を示す。図中Aは、H.ピロリ除菌療法後、BはH.ピロリ除菌療法前の結果を示す(実験例2)。
【図4】各cITP患者(HPN群、CR群またはNR群)のH.ピロリ除菌療法前(黒棒)および後(白抜き棒)において、血清に含まれるH.ピロリ細胞溶解物に対するIgG抗体量(力価)を測定した結果を示す(実験例3)。縦軸のO.D.450nmは、IgG抗体量に対応する450nmでの吸光度を意味する。結果は平均±SEとして表示。 * : p<0.05、**: p<0.01。【図6】図Aは、実験例5で行った2次元電気泳動(等電点による分離・展開、および分子量による分離・展開)の概念図を示す。図Bは、実験例5で行った2次元電気泳動の結果(銀染色)を示す。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5