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明細書 :網膜新生血管に対する薬物効果の新規評価システム

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4961547号 (P4961547)
公開番号 特開2007-159492 (P2007-159492A)
登録日 平成24年4月6日(2012.4.6)
発行日 平成24年6月27日(2012.6.27)
公開日 平成19年6月28日(2007.6.28)
発明の名称または考案の名称 網膜新生血管に対する薬物効果の新規評価システム
国際特許分類 C12N   5/071       (2010.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
FI C12N 5/00 202A
C12Q 1/02
請求項の数または発明の数 11
全頁数 18
出願番号 特願2005-360983 (P2005-360983)
出願日 平成17年12月14日(2005.12.14)
審査請求日 平成20年6月11日(2008.6.11)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】村上 智昭
【氏名】吉村 長久
個別代理人の代理人 【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
審査官 【審査官】太田 雄三
参考文献・文献 特開2005-130838(JP,A)
日本獣医学会学術集会講演要旨集,1999,p.258 P17-7
月刊眼科診療プラクティス,2003年,p. 46-47
医科学応用研究財団研究報告,2001年,p. 175-177
日本眼科学会雑誌,2003年,Vol. 107, No. 12,p. 866-883
調査した分野 C12N 5/071
C12Q 1/02
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
PubMed
CiNii
特許請求の範囲 【請求項1】
網膜及びそれに付着した硝子体を含み、かつ網膜から硝子体中に伸展している管状新生血管を有する、培養組織。
【請求項2】
房状新生血管を有しない、請求項1記載の組織。
【請求項3】
管状新生血管が、一旦正常に成熟した網膜および網膜血管から発生している、請求項1記載の組織。
【請求項4】
管状新生血管が網膜の非切断部分から発生している、請求項1記載の組織。
【請求項5】
網膜及びそれに付着した硝子体を含み、かつ網膜から硝子体中に伸展している管状新生血管を有する培養組織を含む、血管新生の評価のモデル系。
【請求項6】
血管新生の評価のモデル系が、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌における血管新生の評価のモデル系である、請求項5記載の系。
【請求項7】
VEGF又はPlGFの存在下で、硝子体が付着した摘出網膜を培養することを含む、管状新生血管を有する網膜培養物の製造方法。
【請求項8】
硝子体が付着した摘出網膜の培養が、網膜部分を培養膜上に固定した条件下でおこなわれる、請求項7記載の方法。
【請求項9】
硝子体が付着した摘出網膜の培養が、該摘出網膜の培養膜への非固定部分を培養ゲルに包んだ条件下でおこなわれる、請求項8記載の方法。
【請求項10】
以下の工程(a)~(c)を含む、血管新生を抑制する物質のスクリーニング方法:
(a)硝子体が付着した摘出網膜を、VEGF又はPlGF及び被験物の存在下で培養する工程;
(b)上記(a)で培養された該網膜における血管新生の程度を測定し、該程度を、該因子の存在下及び該被験物の不在下で培養された該網膜における血管新生の程度と比較する工程;ならびに
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、血管新生を抑制する被験物を選択する工程。
【請求項11】
血管新生を抑制する物質が、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌を予防・治療し得る物質である、請求項10記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、管状新生血管を有する網膜培養物の製造方法、増殖性糖尿病網膜症を予防・治療し得る物質のスクリーニング方法、並びに管状新生血管を有する網膜培養物及び増殖性糖尿病網膜症のモデル系としてのその使用などを提供する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病網膜症は、糖尿病性腎症、糖尿病神経障害とともに糖尿病の3大合併症の一つとして知られており、常に日本では成人の失明原因の上位を占めている。その病態解明、治療法の開発は急務であるが、現在までに網膜血管障害を基盤とし、進行に伴い網膜新生血管を生じる疾患であることはわかっているが、適切なモデル動物が存在しないため、十分な理解がなされていない。治療に関しては、レーザー治療、手術治療により、ある程度の寛解が得られるものの、未だに重篤な視力障害をきたす患者が多い。また、予防にいたっては血糖値のコントロールのみであり、事実上、手つかずの状態であった。
【0003】
糖尿病網膜症は、進行の程度により大きく3段階、詳細には、単純糖尿病網膜症、前増殖性糖尿病網膜症、増殖性糖尿病網膜症に分類することができる。単純糖尿病網膜症は、微小血管瘤を初期病変とし、網膜血管障害による、網膜出血、網膜浮腫、硬性白斑、軟性白斑を主体とする病態である。比較的視力予後が良好な症例が多いが、上記の病変が黄斑部に発症すると重篤な視力障害を残すこともある。前増殖性糖尿病網膜症は、単純糖尿病網膜症における網膜血管障害が進行し、網膜血管閉塞を基盤とする状態であり、初期病態として血管退縮が認められ、その後に網膜内微小血管異常(IRMA)や静脈数珠状拡張に至ることを特徴とする。増殖性糖尿病網膜症は、広範な網膜血管閉塞部位から発生する因子(おそらくはVEGFが主たるものと考えられている)が網膜及び硝子体での新生血管を誘導することを特徴とし、続発する網膜剥離や硝子体出血により、失明に至ることで知られている。
【0004】
従来、増殖性糖尿病網膜症に関する研究は、(1)in vitroの系(非特許文献1)、(2)未熟児網膜症モデル(非特許文献2)、(3)糖尿病モデル(非特許文献3、4)、(4)VEGF硝子体投与(非特許文献5)により行われていた。増殖性糖尿病網膜症は、一旦正常に成熟した網膜血管からの血管新生により特徴付けられるが、上記(1)については、in vitroでは網膜環境での血管の動態を再現できない、上記(2)については、未熟児網膜症モデルでは発生途中の新生血管と、一旦正常に成熟した網膜血管からの新生血管とが区別できない、上記(3)については、既存の糖尿病モデルでは新生血管が発生しない、上記(4)については、VEGF硝子体投与では新生血管が発生しない、という問題がある。また、(5)in vivoの系では、血液網膜柵のため薬物送達が困難であるという問題もある。
【0005】
さらには、網膜新生血管の研究では、(6)新生血管が正常な成体網膜から生じないことが大きな問題となっているが、このような問題を解決したかのような報告が幾つかなされている(非特許文献6、7)。しかし、これらの系における新生血管は、網膜血管内皮細胞が網膜の切断部分から培養ゲルへ進展したことに起因するものであること、並びにこれらの系では、硝子体中への新生血管の伸展は認められていないことから、これらの系は増殖性糖尿病網膜症の病態を十分に反映しているものではないと考えられる。

【非特許文献1】King GL. J Clin Invest. 71: 974-9 (1983)
【非特許文献2】Smith LE. Invest Ophthalmol Vis Sci. 35: 101-11 (1994)
【非特許文献3】Engelman RL. Diabetes 33: 97-100 (1984)
【非特許文献4】Hammes HP. Proc Natl Acad Sci USA. 88: 11555-8 (1991)
【非特許文献5】Miler JW. Am J Pathol. 145: 574-84 (1994)
【非特許文献6】Forrester et al., Arch Ophthalmol vol.108: 415-420 (1990)
【非特許文献7】Knott et al., Diabetrogia vol.42:870-877 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、上記問題点を克服した増殖性糖尿病網膜症モデルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、血管形成誘導作用を有する因子の存在下で、硝子体が付着した摘出網膜を培養することにより、管状新生血管を有する網膜培養物を得ることに成功した。本発明者らが開発したこのような系は、上記(1)~(6)が抱える問題点を以下の点などにより解消し得る:
(1)in vitroの系
本発明者らが開発した系は、網膜環境下での血管の動態を評価可能である。従って、この系は、網膜環境下にないin vitroの実験系に比し、病態をより再現できるという点で優れている。
(2)未熟児網膜症モデル
本発明者らが開発した系は、一旦成熟し静止期に入った網膜血管からの血管新生の観察が可能である。従って、この系は、このような血管新生と網膜血管発生とを区別できない未熟児網膜症モデルに比し、成体網膜における血管新生をより純粋に評価可能であるという点で優れている。
(3)糖尿病モデル
本発明者らの開発した系は、網膜を器官培養することで、糖尿病網膜症の初期変化である内皮・周皮連関の破綻を起こすことができ、その上でVEGFを投与することで網膜血管新生を誘導することができる。従って、この系は、網膜血管障害を再現できるが血管新生を起こさない糖尿病モデルに比し、網膜における血管新生の誘導に成功したという点で優れている。
(4)VEGF硝子体投与
本発明者らの開発した系は、網膜を器官培養することで、糖尿病網膜症の初期変化である内皮・周皮連関の破綻を起こすことができ、その上でVEGF等の血管形成誘導因子を投与することで網膜血管新生を誘導することができる。従って、この系は、内皮周皮連関のしっかりした正常網膜へのVEGF硝子体投与に比し、網膜における血管新生の誘導に成功したという点で優れている。
(5)in vivoの系
本発明者らの開発した系は、血液網膜柵による薬物送達の問題が解消されている。従って、この系は、網膜への薬物送達が血液網膜柵のために非常に困難となり得るin vivoの系に比し、網膜への薬物送達、ひいては薬物のスクリーニングが容易であるという点で優れている。
(6)正常な成体網膜からの新生血管
本発明者らの開発した系は、網膜の切断部位からの血管内皮細胞の進展ではなく、網膜の非切断部位(網膜の正常部位)からの血管新生が観察可能である。また、新生血管の硝子体中への伸展が認められる。従って、本発明者らの開発した系は、上述した従来の系に比し、増殖性糖尿病網膜症の病態をより反映し得るという点で優れている。
以上のとおり、本発明者らは、従来の系の問題点を克服した増殖性糖尿病網膜症モデルを開発することに成功し、以って本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の発明などを提供する:
〔1〕網膜及びそれに付着した硝子体を含み、かつ網膜から硝子体中に伸展している管状新生血管を有する、培養組織。
〔2〕房状新生血管を有しない、上記〔1〕の組織。
〔3〕管状新生血管が、一旦正常に成熟した網膜および網膜血管から発生している、上記〔1〕の組織。
〔4〕管状新生血管が網膜の非切断部分から発生している、上記〔1〕の組織。
〔5〕網膜及びそれに付着した硝子体を含み、かつ網膜から硝子体中に伸展している管状新生血管を有する培養組織を含む、血管新生の評価のモデル系。
〔6〕血管新生の評価のモデル系が、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌における血管新生の評価のモデル系である、上記〔5〕の系。
〔7〕血管形成誘導作用を有する因子の存在下で、硝子体が付着した摘出網膜を培養することを含む、管状新生血管を有する網膜培養物の製造方法。
〔8〕血管形成誘導作用を有する因子がVEGF又はPlGFである、上記〔7〕の方法。
〔9〕硝子体が付着した摘出網膜の培養が、網膜部分を培養膜上に固定した条件下でおこなわれる、上記〔7〕の方法。
〔10〕硝子体が付着した摘出網膜の培養が、該摘出網膜の培養膜への非固定部分を培養ゲルに包んだ条件下でおこなわれる、上記〔9〕の方法。
〔11〕培養膜上に固定され、かつ培養ゲルで包まれた摘出網膜を培地中に浸しつつ、該網膜を培養することを含む、網膜培養物の製造方法。
〔12〕血管形成誘導作用を有する因子の存在下で、該網膜を培養することを含む、管状新生血管を有する網膜培養物の製造方法である、上記〔11〕の方法。
〔13〕血管形成誘導作用を有する因子の不在下で、該網膜を培養することを含む、血管が退縮した網膜培養物の製造方法である、上記〔11〕の方法。
〔14〕以下の工程(a)~(c)を含む、血管新生を抑制する物質のスクリーニング方法:
(a)硝子体が付着した摘出網膜を、血管形成誘導作用を有する因子及び被験物の存在下で培養する工程;
(b)上記(a)で培養された該網膜における血管新生の程度を測定し、該程度を、該因子の存在下及び該被験物の不在下で培養された該網膜における血管新生の程度と比較する工程;ならびに
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、血管新生を抑制する被験物を選択する工程。
〔15〕血管新生を抑制する物質が、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌を予防・治療し得る物質である、上記〔14〕の方法。
〔16〕以下の工程(a)~(c)を含む、血管の様式を調節する物質のスクリーニング方法:
(a)培養膜上に固定され、かつ培養ゲルで包まれた摘出網膜を培地中に浸しつつ、該網膜を被験物の存在下で培養する工程;
(b)上記(a)で培養された該網膜における血管の様式を測定し、該様式を、該被験物の不在下で培養された該網膜における血管の様式と比較する工程;ならびに
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、血管の様式を調節する被験物を選択する工程。
〔17〕工程(a)において血管形成誘導作用を有する因子の存在下で、該網膜を培養することを含み、かつ測定される血管の様式が血管新生の程度である、血管新生を抑制する物質のスクリーニング方法である、上記〔16〕の方法。
〔18〕工程(a)において血管形成誘導作用を有する因子の不在下で、該網膜を培養することを含み、かつ測定される血管の様式が血管退縮の程度である、血管退縮を抑制する物質のスクリーニング方法である、上記〔16〕の方法。
〔19〕血管退縮を抑制する物質が、前増殖性糖尿病網膜症を予防・治療し得る物質である、上記〔18〕の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の網膜培養物は、例えば、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌等の疾患における血管新生の評価のモデル系として、並びに本発明のスクリーニング方法に有用である。
本発明の製造方法は、上記の通り有用な網膜培養物の製造に有用である。
本発明のスクリーニング方法は、例えば、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患、並びに網膜における血管退縮を伴う疾患の予防・治療に有用な薬物の開発に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、管状新生血管を有する網膜培養物の製造方法を提供する。
【0011】
本発明の製造方法は、血管形成誘導作用を有する因子の存在下で、硝子体が付着した摘出網膜を培養することを含み得る。
【0012】
硝子体が付着した摘出網膜は、動物より摘出された、硝子体との結合性を維持した網膜であり得る。このような摘出網膜の調製は、例えば、眼球を摘出し、強膜・角膜、次いで水晶体を除去した後、硝子体が付着した状態で網膜を眼球から剥がすことによって行われ得る。その後、摘出網膜は、任意の数(例、五ヶ所)の切り込みを入れ、及び/又は小片を切り出され、平面状にされた後、培養に供され得る。硝子体が付着した摘出網膜が摘出され得る動物としては、網膜血管を有するものである限り特に限定されるものではないが、例えば、哺乳動物(例、マウス、ラット、ブタ、ウシ、サル、イヌ、ネコ)が挙げられる。動物としては、好ましくは成体が用いられる。なお、本発明においては、硝子体が付着していない網膜も当然に使用することができる。したがって、本明細書中、「硝子体が付着した摘出網膜」を単に「摘出網膜」と読み替えることが可能であり、また、その逆も然りである。
【0013】
「血管形成誘導作用を有する因子」とは、本培養系において血管形成を開始、促進する物質をいう。血管形成誘導作用を有する因子としては、例えば、VEGF(vascular endothelial growth factor)(例、ヒトVEGF165)、PlGF(Placental growth factor)(例、マウスPlGF2等のPlGF2)、及びそれらの変異体、並びにそれらの断片が挙げられる。
【0014】
血管形成誘導作用を有する因子としてVEGFが用いられる場合、培地中のVEGF濃度としては、新生血管数が増加し得る限り特に限定されないが、例えば約1~約200ng/ml、好ましくは約5~約100ng/ml、より好ましくは約10~約50ng/ml、最も好ましくは約25ng/mlであり得る。
【0015】
血管形成誘導作用を有する因子としてPlGFが用いられる場合、培地中のPlGF濃度としては、新生血管数が増加し得る限り特に限定されないが、例えば約5~約200ng/ml、好ましくは約20~約100ng/ml、より好ましくは約50ng/mlであり得る。
【0016】
一方、「血管形成増強作用を有する因子」とは、本培養系において一旦開始された血管形成を促進する因子をいい、例えば、血管形成誘導作用を有する因子の共存下で血管形成を促進する因子であり得る。血管形成増強作用を有する因子としては、例えば、bFGF(例、ヒトbFGF(FGF-2))、IGF-1(例、ヒトIGF-1)、及びそれらの変異体、並びにそれらの断片が挙げられる。
【0017】
本明細書中、必要に応じて、血管形成誘導作用を有する因子及び血管形成増強作用を有する因子を、血管新生作用を有する因子と省略する場合がある。
【0018】
血管新生作用を有する因子は、天然又は組換えタンパク質であり得る。血管新生作用を有する因子は、自体公知の方法により調製でき、例えば、a)血管新生作用を有する因子を含有する生体試料(例えば、血液)から該因子を回収してもよく、b)宿主細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞)に血管新生作用を有する因子の発現ベクター(後述)を導入することにより形質転換体を作製し、該形質転換体により産生される該因子を回収してもよく、c)ウサギ網状赤血球ライセート、コムギ胚芽ライセート、大腸菌ライセート等を用いる無細胞系により血管新生作用を有する因子を合成してもよい。血管新生作用を有する因子は、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法;透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの主として分子量の差を利用する方法;イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法;アフィニティークロマトグラフィー、抗因子抗体の使用などの特異的親和性を利用する方法;逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法;等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法;これらを組合せた方法などにより適宜精製される。
【0019】
より詳細には、硝子体が付着した摘出網膜の培養は、硝子体が付着した摘出網膜のうち網膜部分が培地と接触した条件下で行われ得る。網膜部分と培地との接触により、網膜部分に培地成分が十分に供給され、網膜血管が退縮するのを防ぐことができる。
【0020】
好ましくは、硝子体が付着した摘出網膜の培養は、網膜部分が培養膜上に固定された様式において、培養膜を介して培地と接触した条件下で行われ得る。これは、網膜部分の培養膜上への固定により、培地中において網膜及び網膜血管の形態が容易に維持できるためである。硝子体が付着した摘出網膜は、網膜部分側(即ち、非硝子体部分側)で培養膜に固定され得る。培養膜としては、摘出網膜を平面状に進展でき、かつ、培養膜を介して網膜に培地が十分に拡散されるものである限り特に限定されないが、例えば、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)膜(例、Millicell-CM(# PICM ORG 50, Millipore))が挙げられる。
【0021】
硝子体が付着した摘出網膜の培養はまた、該摘出網膜の培養膜への非固定部分が培養ゲルに包まれた条件下で行われ得る。摘出網膜の培養膜への非固定部分を培養ゲルに包む理由は、培地に浸したサンプルが培地中に浮遊をするのを防ぐためである。培養膜上に固定され、かつ培養膜で包まれた摘出網膜を培地中に浸す理由は、摘出網膜に培地成分を十分に供給し、以って網膜および網膜血管の退縮を防ぐためである。培養ゲルで包まれた摘出網膜は、好ましくは培地中に完全に浸され得る。培養ゲルとしては、培養膜上に摘出網膜を保持し、かつ培地成分を含浸可能なものである限り特に限定されないが、例えば、コラーゲンタイプI、フィブリンゲル、並びにそれらの混合物をゲル基材とするものが挙げられる。
【0022】
一般的な培養条件は、自体公知の方法により適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。また、CO濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。培養で用いられる培地もまた、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、MEM培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。また、培地は、血清、血清代替物、抗生物質、ビタミン、アミノ酸、緩衝剤、無機塩類等を含有し得る。
【0023】
本発明の製造方法は、得られる網膜培養物が、その網膜部分及び/又は硝子体部分に管状新生血管を有し得ることを一つの特徴とする。硝子体部分中の管状新生血管は、網膜部分からの新生血管が伸展したものであり得る。硝子体中に生じた新生血管は、硝子体における増殖反応を惹起し、牽引性網膜剥離及び硝子体出血の原因となる(網膜内新生血管のみであれば、これらの反応は起きない)。従来の系では、硝子体における管状血管の血管新生は認められていない。したがって、本発明の製造方法により得られる網膜培養物を利用することにより、従来の増殖性糖尿病網膜症モデルではなし得なかった、硝子体における血管新生、引き続く硝子体における増殖反応を抑制し、ひいては牽引性網膜剥離及び硝子体出血を予防可能である、硝子体に浸透し得る薬物の開発が可能となる。
【0024】
本発明の製造方法は、得られる網膜培養物がその培養過程において房状新生血管を有し得ないことを別の特徴とする。房状新生血管は、未熟児網膜症モデルで見られる新生血管であり、ヒトの未熟児網膜症においてみられるD-line(demarcation line; 未熟児網膜症の特徴的所見である)の血管も同様の構築を有しているが、増殖性糖尿病網膜症においては全く認められない血管である。例えば、Smith LE. Invest Ophthalmol Vis Sci. 35: 101-11 (1994) には房状新生血管を有するin vivoモデルが記載されているが、本発明の製造方法により得られる網膜培養物は、このような房状新生血管を有しない。したがって、本発明の製造方法は、得られる網膜培養物が、増殖性糖尿病網膜症の新生血管の病態をより反映し得るものであるという利点を有する。
【0025】
本発明の製造方法はまた、得られる網膜培養物が、一旦正常に成熟し静止期に入った網膜(又は網膜血管)から生じた新生血管を含み得ること、並びに/あるいは該網膜培養物における新生血管が、網膜の非切断部分(換言すれば、網膜の正常部位)から生じることをさらに別の特徴とする。従来の系では、これらの特徴は認められていない。例えば、従来の系では、網膜の切断部分(換言すれば、網膜の切開部分)からの血管新生のみが認められている。
【0026】
本発明はまた、培養膜上に固定され、かつ培養ゲルで包まれた摘出網膜を培地中に浸しつつ、該網膜を培養することを含む、網膜培養物の製造方法を提供する。
【0027】
一実施形態では、かかる製造方法は、血管形成誘導作用を有する因子の存在下で摘出網膜を培養することにより行われ得る。この場合、本方法は、上述の製造方法と同様に行われ得る。
【0028】
別の実施形態では、かかる製造方法は、血管形成誘導作用を有する因子の不在下で摘出網膜を培養することにより行われ得る。この場合、本方法は、血管形成誘導作用を有する因子を使用しないことを除いては、上述の製造方法と同様に行われ得る。糖尿病網膜症の病態では、内皮・周皮連関の破綻が非常に重要であると考えられている。内皮・周皮連関が正常に機能している場合、血管新生は起こらず、また、血管における細胞死も殆ど生じない。一方、内皮・周皮連関が破綻し、かつ血管新生因子が存在しない場合、血管退縮が生じる。血管退縮とは、血管内皮細胞の細胞死により管状血管構築を喪失することをいう。このような血管退縮は、前増殖性糖尿病網膜症の初期に特徴的な病態である。したがって、本方法は、得られる網膜培養物が、前増殖性糖尿病網膜症の初期病態をより反映し得ることから、単純糖尿病網膜症から前増殖性糖尿病網膜症への移行を予防し得る、あるいは少なくとも遅延させ得る薬物の開発に有用であるという利点を有する。
【0029】
本発明はさらに、本発明の製造方法により得られる網膜培養物を提供する。本発明の網膜培養物は、管状新生血管を有する培養組織、並びに血管退縮を伴う培養組織であり得る。例えば、血管退縮を伴う本発明の培養組織は、従来のものに比し、内皮・周皮連関がより破綻したものであり得る。
【0030】
本発明の網膜培養物は、例えば、血管新生及び血管退縮の評価のモデル系として用いられ得る。より詳細には、本発明の網膜培養物は、血管新生を伴う疾患、例えば、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患、あるいは血管退縮を伴う疾患、例えば、網膜における血管退縮を伴う疾患のモデル系として、本発明のスクリーニング方法に使用され得る。本発明の網膜培養物がモデル系として使用され得る、このような血管新生を伴う疾患としては、例えば、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌が挙げられる。本発明の網膜培養物がモデル系として使用され得る、このような血管退縮を伴う疾患としては、例えば、前増殖性糖尿病網膜症が挙げられる。
【0031】
本発明の網膜培養物はまた、新生血管の各種ステージの詳細な観察に利用できる。例えば、血管内皮細胞特異的プロモーターの下流に、蛍光タンパク質等の容易に検出可能なタンパク質をコードする遺伝子が連結された、血管内皮細胞特異的に該タンパク質を発現するトランスジェニック動物由来の網膜を使用することで、かかる詳細な観察が可能となる。血管内皮細胞特異的プロモーターとしては、例えば、Tie2、PECAM、Flk-1が挙げられる。蛍光タンパク質としては、例えば、GFP(green fluorescence protein)、eGFP (enhanced green fluorescence protein)、BFP (blue fluorescence protein)、 YFP (yellow fluorescence protein)、RFP (red fluorescence protein)、Venusが挙げられる。新生血管の各種ステージを詳細に観察することにより、新生血管の発生過程の解析、ひいては新規作用機序を有する新生血管の抑制薬の開発が可能になる。
【0032】
本発明はまた、被験物が網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患、あるいは網膜における血管退縮を伴う疾患を予防・治療し得る物質のスクリーニング方法を提供する。
【0033】
本発明のスクリーニング方法は、被験物が網膜培養物における血管新生又は血管退縮を抑制し得るか否かを評価することを含み得る。スクリーニング方法に供される被験物は、いかなる化合物または組成物であってもよく、例えば、核酸(例、ヌクレオシド、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド)、糖質(例、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖)、脂質(例、飽和または不飽和の直鎖、分岐鎖および/または環を含む脂肪酸)、アミノ酸、タンパク質(例、オリゴペプチド、ポリペプチド)、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、天然成分(例、微生物、動植物、海洋生物等由来の成分)、あるいは食品、飲料水等が挙げられる。また、被験物としては、既存の糖尿病治療薬等の薬物を用いることもできる。
【0034】
本発明のスクリーニング方法は、例えば、以下の工程(a1)~(c1)を含み得る:
(a1)硝子体が付着した摘出網膜を、血管形成誘導作用を有する因子及び被験物の存在下で培養する工程;
(b1)上記(a1)で培養された該網膜における血管新生の程度を測定し、該程度を、該因子の存在下及び該被験物の不在下で培養された該網膜における血管新生の程度と比較する工程;ならびに
(c1)上記(b1)の比較結果に基づいて、血管新生を抑制する被験物を、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患を予防・治療し得る物質として選択する工程。
【0035】
上記方法の工程(a1)では、摘出網膜が血管形成誘導作用を有する因子及び被験物の存在下で培養され得る。本工程(a1)は、本発明の製造方法による培養と同様に行われ得る。
【0036】
上記方法の工程(b1)では、先ず、上記(a1)で培養された摘出網膜における血管新生の程度が測定され得る。血管新生の程度の測定は、例えば、顕微鏡下で行われ得、血管数、血管径、血管長、並びに血管の面積、体積等の血管新生の程度を評価可能なパラメータを指標として評価され得る。
【0037】
次いで、血管形成誘導作用を有する因子及び被験物の存在下で培養された摘出網膜における血管新生の程度が、該因子の存在下及び該被験物の不在下で培養された摘出網膜における血管新生の程度と比較され得る。なお、血管形成誘導作用を有する因子及び被験物の存在下で培養された摘出網膜、および血管形成誘導作用を有する因子の存在下及び被験物の不在下で培養された摘出網膜は、同一個体における単一の眼球に由来する網膜分割物、同一個体における2個の眼球のそれぞれに由来する2つの網膜又はその分割物、異なる個体における異なる眼球に由来する2つの網膜又はその分割物であり得る。血管新生の程度は、好ましくは、血管新生の程度を評価可能なパラメータに基づく有意差の有無により行なわれ得る。血管形成誘導作用を有する因子の存在下及び被験物の不在下で培養された摘出網膜における血管新生の程度は、血管形成誘導作用を有する因子及び被験物の存在下で培養された摘出網膜における血管新生の程度の測定に対し、事前に測定した血管新生の程度であっても、同時に測定した血管新生の程度であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した血管新生の程度であることが好ましい。
【0038】
上記方法の工程(c1)では、血管新生の程度を抑制する被験物が選択され得る。例えば、血管新生を抑制する(例、新生血管数を減少させる、血管径を縮小させる、血管長を短縮する)被験物は、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患の予防・治療に有用である。
【0039】
本発明のスクリーニング方法はまた、例えば、以下の工程(a2)~(c2)を含み得る:
(a2)培養膜上に固定され、かつ培養ゲルで包まれた摘出網膜を培地中に浸しつつ、該網膜を被験物の存在下で培養する工程;
(b2)上記(a2)で培養された該網膜における血管の様式を測定し、該様式を、該被験物の不在下で培養された該網膜における血管の様式と比較する工程;ならびに
(c2)上記(b2)の比較結果に基づいて、血管の様式を調節する被験物を選択する工程。
【0040】
上記方法の工程(a2)では、摘出網膜が被験物の存在下で培養され得る。本工程(a)は、本発明の製造方法による培養と同様に行われ得る。
【0041】
上記方法の工程(b2)では、先ず、上記(a2)で培養された摘出網膜における血管の様式が測定され得る。血管の様式としては、例えば、血管新生または血管退縮の程度が挙げられる。血管新生の程度の測定は、上述の通り行われ得る。血管退縮の程度の測定は、例えば、TUNEL法、核染色、PI染色、Hoechst染色等のアポトーシス測定法などにより行われ得る。
【0042】
次いで、被験物の存在下で培養された摘出網膜における血管の様式が、該被験物の不在下で培養された摘出網膜における血管の様式と比較され得る。なお、被験物の存在下で培養された摘出網膜、及び被験物の不在下で培養された摘出網膜は、同一個体における単一の眼球に由来する網膜分割物、同一個体における2個の眼球のそれぞれに由来する2つの網膜又はその分割物、異なる個体における異なる眼球に由来する2つの網膜又はその分割物であり得る。血管の様式は、好ましくは、有意差の有無により行なわれ得る。被験物の不在下で培養された摘出網膜における血管の様式は、被験物の存在下で培養された摘出網膜における血管の様式の測定に対し、事前に測定した血管の様式であっても、同時に測定した血管の様式であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した血管の様式であることが好ましい。
【0043】
上記方法の工程(c2)では、血管の様式を調節する被験物が選択され得る。例えば、血管の様式を調節する被験物として血管新生を抑制する被験物を選択した場合、該被験物は、血管新生を伴う疾患、例えば、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患の予防・治療に有用であり得る。一方、血管の様式を調節する被験物として血管退縮を抑制する被験物を選択した場合、該被験物は、血管退縮を伴う疾患、例えば、網膜における血管退縮を伴う疾患の予防・治療に有用であり得る。
【0044】
本発明はまた、上記スクリーニング方法により得られる物質、及び当該物質を含む剤(又は組成物)を提供する。
【0045】
本発明の剤は、血管新生の程度を抑制する物質に加え、任意の担体、例えば医薬上許容され得る担体を含むことができる。医薬上許容され得る担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム-グリコール-スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0046】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水のような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、サッシェ剤または錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤、あるいは散剤、顆粒剤等である。
【0047】
非経口的な投与(例、静脈内注射、皮下注射、筋肉注射、局所注入など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0048】
本発明の剤の投与量は、有効成分の活性や種類、投与様式(例、経口、非経口)、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、例えば、成人1日あたり有効成分量として約0.001mg~約2.0gである。
【0049】
本発明の剤は、例えば、医薬、試薬または食品として有用である。例えば、本発明の剤は、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患の予防・治療のために使用することができる。
【0050】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0051】
(網膜の器官培養)
網膜の器官培養は、以下のプロトコールに従って行った(図1)。
1)眼球を摘出する。
2)強膜・角膜と脈絡膜を取り外し、網膜を水晶体と一緒に取り出す。
3)、4)網膜を5ヶ所切開入れて、硝子体ごと網膜を平面にする(flat mountにする)。
5)網膜に硝子体をつけたまま、1mlのメディウムを満たしたMillicell-CM(#PICM ORG 50, Millipore)のメンブレン(素材:PTFE)に乗せる。
6)コラーゲンタイプIを用いて、網膜、硝子体をメンブレンに固定する。
7)1mlのメディウムを追加し、コラーゲンゲルで包んだ網膜をメディウムに完全につける。
8)培養の条件は、37℃、5%COであり、培地交換は24時間毎とする。
9)96時間の培養後、メンブレンに固定されたまま、4%PFAで網膜サンプルを固定して、免疫染色する。
なお、網膜の器官培養用培地としては、MEM-Hepes 50ml、ハンクス平衡化塩溶液25ml、熱非働化ウマ血清25ml、5.75mg/mlグルコース、25U/mlペニシリン、25μg/mlストレプトマイシン、200μM L-グルタミンを用いた。
【0052】
実施例1:VEGFの存在下におけるマウス網膜器官培養
マウス(C57BL6J, 雄、7-8週齢)の網膜を、4日間器官培養し、その培養液にVEGF(ヒト組換えVEGF 165 (R & D systems))を添加した。4日後、網膜を固定してPECAM(血管内皮細胞のマーカー。これを利用することにより、正常血管と病的新生血管の両方を染色可能)、コラーゲンタイプ4(正常血管のみ染色可能)で二重染色した。
その結果、VEGFを添加して培養を4日間行ったところ、PECAMのみで染色される網膜新生血管が生じた(図2A)。一方、VEGFを添加せずに培養を4日間行ったところ、成体マウスの正常網膜血管におけるPECAMとコラーゲンタイプ4の発現様式は完全に一致していた(図2B)。また、VEGFを添加せずに培養を4日間行ったところ、硝子体に浸潤する血管内皮細胞は存在しなかった(図2C)。一方、VEGFを添加して培養を4日間行ったところ、硝子体に血管内皮細胞が浸潤した(図2D)。
以上より、VEGFの存在下における網膜器官培養により観察された網膜新生血管が糖尿病網膜症のものと非常に類似することが示された。
【0053】
実施例2:VEGFに対する、培養網膜における血管新生の濃度依存性・経時変化
次に、VEGFの存在下での培養により生じた網膜新生血管を評価するため、1個の網膜あたりにおける、PECAMで染色されるが、コラーゲンタイプ4で染色されない網膜新生血管を計数した。
その結果、濃度依存性試験では、VEGF濃度が25ng/mlのときに新生血管数が最大であった(図3A)。また、経時変化を観察したところ、新生血管は3日から観察され、その後単調に増加した(図3B)。なお、5日では、各新生血管が融合し計数が困難となったため、以下の実験では、4日の時点で新生血管を計数することとした。
【0054】
実施例3:各種増殖因子の存在下におけるマウス網膜器官培養
次いで、他の増殖因子についてもVEGFと同様に検討した。増殖因子としては、近年その血管新生作用が注目されているPlGF、並びにin vitroにおいて網膜新生血管を発生させることが知られているbFGF及びIGF-1を用いた。PlGFとしてはヒトPlGF2を用いた。
その結果、PlGFの存在下で培養をおこなったところ、PECAMのみで染色される網膜新生血管が生じたが、その形態はVEGFのそれよりもはるかに細かった(図4A)。また、濃度依存性試験では、PlGF濃度が50ng/mlで新生血管数が最大となり(図4B)、VEGF 25ng/mlのときと同程度の数の新生血管を生じた。一方、bFGF、IGF-1では、血管新生の程度は低かった(図5A、B)。
以上より、VEGF、PlGFが、bFGF、IGF-1に比し網膜血管新生作用が優れることが明らかとなった。また、本発明者らが開発したこの系を用いることにより、網膜血管作用を有する新たな因子のスクリーニング、及びin vitroスクリーニングよりも精度の高いスクリーニングなどが可能になると考えられる。
従来の網膜新生血管モデルである未熟児網膜症モデルは、もともと活動性の高い生理的網膜血管発生の要素と、虚血網膜症による病的新生血管の要素を併有する。一方、本発明者らが開発した系では、糖尿病性網膜症の網膜新生血管の特徴(即ち、正常に成熟し一旦静止期に入った網膜血管からの病的な血管新生)が認められる。in vivoではVEGFを投与しても成体マウスの網膜から新生血管が生じないこと、並びに正常な成体における網膜では内皮・周皮連関がしっかりしており新生血管を生じにくいことは以前から知られている。本発明者らは、網膜を器官培養することで、糖尿病網膜症の初期変化である内皮・周皮連関の破綻を起こしたうえでVEGFを投与することによって網膜血管新生を引き起こした。本発明者らが開発した方法は、従来のVEGF硝子体投与よりも糖尿病網膜症をより模倣するし、糖尿病モデルではできなかった網膜血管新生を再現したという点で、これらの方法をはるかに陵駕している。従って、本発明者らが開発した系は、糖尿病網膜症モデルとして非常に優れることが示された。
【0055】
実施例4:PKC阻害剤による網膜血管新生の抑制
次に、本発明者らの開発した系において薬物の評価が実際に可能か検討した。詳細には、増殖因子による刺激下で活性化され、血管新生作用に関わると考えられているチロシンキナーゼ、PKCの阻害剤であるゲニステイン(20μM)、GFX(5μM)、又はDMSO(コントロール)を負荷した状態で、VEGF(25ng/ml)を添加し、網膜の器官培養を行った。
その結果、コントロールにおいて生じた網膜新生血管が、両阻害剤では減少した(図6A)。また、それらの新生血管を計数すると、ゲニステイン、GFXは、血管新生を有意に抑制していた(図6B)。
以上より、本発明者らの開発した系において薬物の評価が実際に可能であることが明らかとなり、また、PKC阻害剤が網膜において抗血管新生作用を有することが示唆された。
【0056】
実施例5:血管形成誘導作用を有する因子の存在下での培養により得られる網膜新生血管のtimelapse観察
次に、本発明者らの系において、網膜及び硝子体における新生血管の発生過程を経時的に詳細に観察するために、VEGF(25ng/ml)を添加し、網膜を3.5日培養した後、timelapse観察(15分ごとに撮影)を行った。
その結果、網膜及び硝子体における新生血管の発生過程が経時的に観察された(図7)。
以上より、本発明者らの系により、新生血管の様々なステージを詳細に検討することが可能になることが示された。
【0057】
実施例6:血管形成誘導作用を有する因子と血管形成増強作用を有する因子との併用による血管新生の促進
次いで、VEGF(25ng/ml)にbFGF又はIGF-1(各50ng/ml)を加えた培地で、網膜の器官培養を上記と同様に行った。
その結果、VEGF(25ng/ml)単独のものよりも太い網膜新生血管が形成され、また、静脈の拡張も増強されていた。
以上より、本培養系において、bFGF、IGF-1は血管新生を増強する作用を持っていることが示唆された。
【0058】
実施例7:増殖因子の不在下におけるマウス網膜器官培養
次に、増殖因子の不在下において本発明者らの系を用いることにより、培養された網膜血管の状態を検討した。なお、網膜の器官培養は、増殖因子を用いないこと以外は、上記と同様にして行った。
その結果、内皮細胞については、器官培養を開始した時点と比較して、4日間培養すると網膜毛細血管が減少し、網膜細静脈は狭小化していた(内皮細胞に関する知見)。一方、周皮細胞(Desmin陽性細胞、SMA陽性細胞)は、開始時点では内皮細胞と密に接触していたが、4日間の培養後、内皮細胞から離れた周皮細胞が多く見られるようになった。周皮細胞は、元来、内皮細胞の生存を維持し、細胞分裂を抑制すると云われているため、内皮・周皮連関の破綻が内皮細胞の退縮に寄与している可能性は非常に高いと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の網膜培養物は、例えば、増殖性糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫及び癌等の疾患における血管新生の評価のモデル系として使用でき、また、本発明のスクリーニング方法を可能とする。
本発明の製造方法は、上記の通り有用な網膜培養物の製造を可能とする。
本発明のスクリーニング方法は、例えば、網膜及び/又は硝子体における血管新生を伴う疾患、並びに網膜における血管退縮を伴う疾患の予防・治療に有用な薬物の開発を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】網膜の器官培養の概略を示す図である。
【図2A】VEGF存在下での培養後の網膜新生血管の染色を示す図である。
【図2B】培養前の網膜血管の染色、及びVEGF非存在下での培養後の網膜血管の染色を示す図である。
【図2C】VEGF非存在下での培養における、血管内皮細胞の硝子体への非浸潤を示す図である。
【図2D】VEGF存在下での培養における、血管内皮細胞の硝子体への浸潤を示す図である。
【図3A】網膜器官培養により生じる網膜新生血管のVEGF濃度依存性を示す図である。p<0.01 vs. 0ng/ml
【図3B】網膜器官培養により生じる網膜新生血管の経時変化を示す図である。p<0.01 vs. 0時間、p<0.01 vs. 96時間VEGF(-)
【図4A】PlGF存在下での培養後の網膜新生血管の染色を示す図である。
【図4B】網膜器官培養により生じる網膜新生血管のPlGF濃度依存性を示す図である。
【図5A】増殖因子非存在下(コントロール)、あるいはIGF-1又はbFGF存在下での培養後の網膜新生血管の染色を示す図である。
【図5B】網膜器官培養により生じる網膜新生血管のbFGF又はIGF-1濃度依存性を示す図である。
【図6A】VEGF存在下(DMSO:コントロール)、あるいはVEGF及びゲニステイン(チロシンキナーゼ阻害剤)存在下又はVEGF及びGFX(PKC阻害剤)存在下での培養後の網膜新生血管の染色を示す図である。
【図6B】VEGF存在下(DMSO:コントロール)、あるいはVEGF及びゲニステイン存在下又はVEGF及びGFX存在下での培養により生じた網膜新生血管の計数結果を示す図である。
【図7】VEGF存在下での培養により得られた網膜新生血管のtimelapse観察結果を示す図である。
図面
【図1】
0
【図3A】
1
【図3B】
2
【図4B】
3
【図5B】
4
【図6B】
5
【図2A】
6
【図2B】
7
【図2C】
8
【図2D】
9
【図4A】
10
【図5A】
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【図6A】
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【図7】
13