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明細書 :(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルの製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5103616号 (P5103616)
公開番号 特開2008-182984 (P2008-182984A)
登録日 平成24年10月12日(2012.10.12)
発行日 平成24年12月19日(2012.12.19)
公開日 平成20年8月14日(2008.8.14)
発明の名称または考案の名称 (R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルの製造方法
国際特許分類 C12P   7/42        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
FI C12P 7/42
C12N 15/00 ZNAA
請求項の数または発明の数 2
微生物の受託番号 IPOD FERM BP-10756
全頁数 16
出願番号 特願2007-021162 (P2007-021162)
出願日 平成19年1月31日(2007.1.31)
審査請求日 平成22年1月29日(2010.1.29)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
発明者または考案者 【氏名】依馬 正
【氏名】酒井 貴志
【氏名】沖田 修康
個別代理人の代理人 【識別番号】100104639、【弁理士】、【氏名又は名称】早坂 巧
審査官 【審査官】福澤 洋光
参考文献・文献 Tetrahedron,2006年,Vol.62,p.6143-6149
Tetrahedron: Asymmetry,2005年,Vol.16,p.1075-1078
The Journal of Organic Chemistry,2001年,Vol.66,p.8682-8684
調査した分野 C12N1/00-15/90
C12P1/00-41/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus(JDreamII)
PubMed
特許請求の範囲 【請求項1】
サッカロマイセス セレビシエ由来カルボニル還元酵素遺伝子YOL151w及びバチルス メガテリウム由来グルコース脱水素酵素遺伝子の導入によりこれらの遺伝子を発現するように形質転換された大腸菌又は該形質転換大腸菌の抽出物を準備し、これと式(I)
【化1】
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の化合物とを水性媒質中で混合して、式(I)の化合物を水性媒質中での不斉還元に付すことによる、式(II)
【化2】
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の化合物のエナンチオ特異的製造方法。
【請求項2】
該不斉還元が10~30℃の温度にて行なわれるものである、請求項の製造方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子組換えによって得られる形質転換大腸菌を用いる、(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
式(II)
【化1】
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【0003】
で示される(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルは、式(III)
【0004】
【化2】
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【0005】
で示される血小板凝集阻害剤クロピドグレルの製造に使用できるキラル合成中間体である(特許文献1参照)。
【0006】
一方、式(IV)
【0007】
【化3】
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【0008】
で示されるカルボン酸の鏡像異性体(エナンチオマー)は、(R)-体も(S)-体もすでに市販されている。これらの光学活性カルボン酸は、エフェドリンやα-メチルベンジルアミンなどの光学活性アミンを光学分割剤として用いる光学分割法によってラセミ体から調製できる。しかし、ラセミ体の光学分割のみでは、目的とするエナンチオマーは最高でも50%の収率でしか得られず、これより収率を高めるためには、他方の無用なエナンチオマーにラセミ化や立体反転の処理を施すことを通じた、目的のエナンチオマーへの更なる変換が必要であった。従って、そのような煩雑且つ非効率な方法でなく、望みのエナンチオマーのみを得ることができる製造法の開発が急がれていた。他方、式(IV)で示されるカルボン酸のラセミ体を片方の鏡像異性体へと微生物変換する方法が報告されている(特許文献2参照)。また、式(IV)で示されるカルボン酸を、対応するケトンから不斉還元する技術も報告されている(特許文献3並びに非特許文献1及び2参照)。
【0009】
最終生成物クロピドグレルに近い段階で不斉点を導入する方が経済的に有利であること、並びに原料合成の簡便さを考えると、式(II)の化合物に対応するα-ケトエステルである式(I)
【0010】
【化4】
JP0005103616B2_000005t.gif


【0011】
の化合物を不斉還元する方が、一層有利である。式(I)で示されるケトンの不斉還元による式(II)で示される光学活性アルコールの合成は、特許文献4で報告されているが、そこでは、光学活性Ru錯体を用いた不斉水素化反応が用いられ、最高でも50%eeの鏡像体純度(すなわち、多い方の鏡像体量と少ない方の鏡像体量の差とを全体量で除した値)しか達成されていない。
【0012】
一方、すでに発明者らは、YOL151w(または別名Gre2)として特定されるパン酵母(サッカロマイセス セレビシエ: Saccharomyces cerevisiae)由来カルボニル還元酵素遺伝子並びにバチルス メガテリウム由来グルコース脱水素酵素(GDH)遺伝子をプラスミド中に組み込んだものにより形質転換した、これらの遺伝子を高発現する組換え大腸菌を用いて式(V)
【0013】
【化5】
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【0014】
で示されるα-ケトエステルを還元すると、式(VI)
【0015】
【化6】
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【0016】
で示される(R)体アルコールを92%eeの鏡像体純度で与えることを報告している(非特許文献3及び4参照)。しかしながら、この鏡像体純度は、医薬品に求められる極めて高い要求レベル(99%eeを超えること)には遠く及ばない。また、式(V)の化合物の不斉還元により、カルボニル基とエステル基の位置関係に関しヒドロキシル基の立体配置が式(VI)と同じであるアルコールが得られたことは、後述のように他の殆どの場合に逆のタイプのエナンチオマーが得られることが知られていることから(非特許文献5、表1参照)、例外的である。
【0017】
また、式(VII)
【0018】
【化7】
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【0019】
で示されるオルトフルオロ化合物が、上記と同様の方法により、99%ee以上の鏡像体純度で得られることが知られているものの(非特許文献4参照)、本カルボニル還元酵素による反応が、酵素反応に特有の不規則な挙動を示すことや(非特許文献5参照)、式(VII)の化合物に比し、式(II)の化合物はラセミ化を受けやすいことから、更には、式(II)の化合物のベンゼン環に結合しているハロゲンが塩素であり且つヒドロキシル基の結合した炭素にメチル基でなく-COOCH3基が結合しているため、これら置換基の立体障害及び電気陰性度の兼ね合いから、同様の方法は、式(II)の化合物を高い鏡像体純度で得る方法の候補ではなかった。

【特許文献1】WO 99/18110
【特許文献2】特開平6-165695号公報
【特許文献3】EP1316613
【特許文献4】WO 94/01390
【非特許文献1】三橋和也・山本浩明・三木克哉・小林良則、不斉還元法による(R)-2-クロロマンデル酸の製法開発-I、2006年度日本農芸化学会大会 講演要旨集83頁 講演番号2B18p05.
【非特許文献2】木本訓弘・山本浩明・三橋和也・小林良則、不斉還元法による(R)-2-クロロマンデル酸の製法開発-II、2006年度日本農芸化学会大会 講演要旨集83頁 講演番号2B18p06.
【非特許文献3】T. Ema, H. Yagasaki, N. Okita, K. Nishikawa, T. Korenaga, T. Sakai, Asymmetric reduction of a variety of ketones with a recombinant carbonyl reductase: identification of the gene encoding a versatile biocatalyst. Tetrahedron: Asymmetry, 16(6), 1075≡1078 (2005).
【非特許文献4】T. Ema, H. Yagasaki, N. Okita, M. Takeda, T. Sakai, Asymmetric reduction of ketones using recombinant E. coli cells that produce a versatile carbonyl reductase with high enantioselectivity and broad substrate specificity. Tetrahedron, 62(26), 6143≡6149 (2006).
【非特許文献5】T. Ema, H. Moriya, T. Kofukuda, T. Ishida, K. Maehara, M. Utaka, T. Sakai, High enantioselectivity and broad substrate specificity of a carbonyl reductase: toward a versatile biocatalyst. J. Org. Chem., 66(25), 8682≡8684 (2001).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルを、対応するケトンの不斉還元により高い鏡像体純度で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく検討を重ねた結果、YOL151w(又は別名Gre2)として特定されるパン酵母由来カルボニル還元酵素(Saccharomyces cerevisiae carbonyl reductase: SCR)遺伝子並びにバチルス メガテリウム由来グルコース脱水素酵素(GDH)遺伝子を導入して当該酵素を発現するように形質転換した組換え大腸菌を用いて、式(I)
【0022】
【化8】
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【0023】
で示される化合物を不斉還元反応に供すると、前記式(II)で示される化合物が99%eeを超える極めて高い鏡像体純度で収率良く得られることを見出した。上記酵素を利用した式(I)の化合物の還元で式(II)の化合物がこのように極めて高い鏡像体純度で得られることは、上記先行技術(非特許文献3及び4参照)に記載されている結果からは、次の(A)~(C)に述べるとおり、全く予想外であった。すなわち:
【0024】
(A)式(II)で示される化合物の立体中心は、ヒドロキシル基、メチルエステル基、オルトクロロフェニル基という3つの電子吸引性基によって活性化されており、このため特に水中ではラセミ化を受けやすいこと。さらに、大腸菌内のさまざまな生体分子によってラセミ化が促進される可能性もあること。実際に、本発明に記載の遺伝子組換え大腸菌を用いて式(I)で示される化合物を不斉還元した際の反応抽出混合物を3日間室温にて放置しておくと式(II)で示される化合物の鏡像体純度が97%eeまで低下する現象が確認されている(データ示さず)。
【0025】
(B)すでに非特許文献4に、式(VII)
【0026】
【化9】
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【0027】
で示されるオルトフルオロ化合物が99%ee以上の鏡像体純度で得られることが報告されている。しかしながら、式(VII)の化合物中のハロゲンはフッ素であり、同じハロゲンであっても式(I)の化合物中の塩素原子の物理化学的性質とは大きく異なり、それにより、化合物の物理化学的性質も大きく左右される。フッ素原子と塩素原子のファンデアワールス半径は、それぞれ、1.35Åと1.80Åである。従って、フッ素原子のファンデアワールス半径は水素原子のそれ(1.2Å)に近く立体障害の程度はさほど大きくはないが、塩素原子はかなり嵩高い。更に、フッ素原子と塩素原子の電気陰性度は、それぞれ、4.0と3.0である。すなわち、塩素原子の電気陰性度は酸素原子のそれ(3.5)より小さく、塩素原子の電子求引性度はフッ素原子のそれよりかなり小さい。従って、式(I)で示される化合物のオルト位の塩素原子が電子的にカルボニル基を活性化する効果は小さく、むしろ塩素原子の立体障害のために還元酵素による反応が阻害されるはずである。更に、塩素原子による立体障害もエナンチオ選択性を低下させ得る。
【0028】
(C)非特許文献4には20種類のケトンの不斉還元が例示されている。また、非特許文献5には、パン酵母から精製した本カルボニル還元酵素を用いて20種類のケトンを不斉還元した例が示されており、精製された酵素が光学活性アルコールを与える際の立体化学的傾向が報告されている。非特許文献5に示されているように、カルボニル基に隣接する置換基が水素結合性の場合と立体的嵩高さ(疎水性)を有する場合の多くの実験結果に基づき、本還元酵素の活性中心の結合性ポケット(binding pocket)に主として結合するのはエステル基などの水素結合性の置換基であり、その置換基のカルボニル基と還元を受けるカルボニル基の立体的位置関係が、エナンチオ選択性をほぼ決定付ける因子であると考えられている。すなわち、非特許文献5において、カルボニル基を持つケトン16例のうち15例がこの規則に従って還元されている。唯一、式(V)で示される化合物だけはこの規則に従わず、予想と反対のエナンチオマーに還元されたが(表1)、これは例外的であった。
【0029】
このように、カルボニル基に対するエステル基の位置関係、及び電気陰性度が大きく且つ嵩高いものである塩素原子の存在に照らし、式(II)の化合物が、99%eeより高い鏡像体純度でR体を与えるとは、予想し得なかったものである。
〔なお、本発明者らは上記の方法で類縁化合物である式(VIII)、
【0030】
【化10】
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【0031】
の化合物を処理しても、式(IX)
【0032】
【化11】
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【0033】
の化合物が96%eeの鏡像体純度でしか得られないことも確認している(未公表)〕。
【0034】
更に、上記発見に加え、本発明者らは、特許文献3、4に記載された形質転換細胞を用いたケトンの不斉還元反応における従来の反応温度(30℃)でなく、これよりわずかに低い20℃付近に反応温度を制御することで、反応混合物の単位体積あたりの式(II)で示される化合物の生産量が格段に向上し、生産性が飛躍的に高まることを見出した。本発明は、これらの発見に基づいて完成されたものである。
【0035】
すなわち本発明は、以下を提供する。
1.パン酵母(サッカロマイセス セレビシエ: Saccharomyces cerevisiae)由来カルボニル還元酵素遺伝子YOL151w(別名Gre2)の導入により該遺伝子を発現するように形質転換された大腸菌又は該形質転換大腸菌の抽出物を準備し、これと式(I)
【0036】
【化12】
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【0037】
の化合物とを混合して、式(I)の化合物を水性媒質中での不斉還元に付すことによる、式(II)
【0038】
【化13】
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【0039】
の化合物のエナンチオ特異的製造方法。
【0040】
2.該形質転換大腸菌が、該カルボニル還元酵素遺伝子に加えてバチルス メガテリウム(Bacillus megaterium)由来グルコース脱水素酵素遺伝子の導入により形質転換された、これら両遺伝子を共発現するものである、上記1の製造方法。
【0041】
3.該不斉還元が10~30℃の温度にて行なわれるものである、上記1又は2の製造方法。
【発明の効果】
【0042】
本発明は、血小板凝集阻害剤クロピドグレルのキラル合成中間体である(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルを、99%ee以上の鏡像体純度で高収率に得ることを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
本発明において用いられるカルボニル還元酵素は、好ましくは、YOL151w(別名Gre2)として特定されるパン酵母の公知遺伝子の産物であり、NADPHを補酵素として要求する酵素であるが、活性に実質的な影響を与えない限り、部分的に変異が導入されているものであってもよい。このカルボニル還元酵素遺伝子(YOL151w)による大腸菌の形質転換は、同遺伝子を組み込んだ発現プラスミドを大腸菌に導入することによって行なえばよい。
【0044】
基質である式(I)の化合物を形質転換大腸菌が産生するカルボニル還元酵素に供するには、当該大腸菌を含んだ培養液にそのまま基質を添加する方法、培養液から菌体を遠心分離等によって分離してそのままこれに基質を添加する方法、培養液から分離した菌体を洗浄した後に緩衝液や水等に再懸濁させて使用する方法、菌体を超音波等の適宜な物理的手段で破砕して細胞壁等を遠心分離で除去して得られる抽出液を用いる方法等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0045】
本発明の不斉還元は、水性媒質中で行なわれる。ここに、「水性媒質」は、生きた形質転換大腸菌をそのまま用いて不斉還元反応を行う場合には、培養に用いた培地であってよいが、当該大腸菌が、反応終了まで生存して本発明において用いる酵素の活性が維持できるものである限り、適宜の緩衝液や水その他であってもよい。また、当該大腸菌の抽出物を不斉還元反応に用いる場合には、水性媒質は、その培養に用いた培地そのものであってもよく(例えば、培養物中で当該大腸菌を破砕して得られる抽出液をそのまま用いる場合)、また本発明において用いる酵素の活性に悪影響を及ぼさない限り、適宜の緩衝液、水その他を用いることができる。
【0046】
カルボニル還元酵素に目的の還元反応を行なわせるには、反応系内(カルボニル還元酵素が何れの側に存在するかに応じて、形質転換大腸菌内又は水性媒質中)に、補酵素NADPHが供給されるようにしておく必要がある。NADPHを供給するための好ましい一方法は、消費された補酵素NADPHを再生させる酵素を、反応系内に含ませることである。NADP+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドホスフェイト)から補酵素NADPHを再生させる好ましい酵素としてグルコース脱水素酵素が挙げられるが、補酵素NADPHの再生を可能にするものである限りこれに限定されず、NADP+をNADPHへ変換できる他の酵素を用いてもよい。グルコース脱水素酵素を用いる場合は、電子源としてグルコースが反応系に添加される。補酵素NADPHを再生させる酵素を反応系に追加するには、当該酵素の遺伝子を組み込んだ発現プラスミドを、カルボニル還元酵素(YOL151w)遺伝子が導入されている大腸菌に導入すればよい。
【0047】
カルボニル還元酵素とグルコース脱水素酵素の両遺伝子を高発現する宿主細胞としては大腸菌が好ましいが、両遺伝子を効率よく発現すれば他の宿主を用いてもよく、大腸菌に限定されるものではない。また大腸菌は遺伝子を発現すればよく、特定の株に限定されない。これらの遺伝子が導入された菌体は増殖可能な適当な条件下で培養すればよいが、このとき適当な誘導剤により遺伝子発現を促進させてもよい。なお、カルボニル還元酵素遺伝子とグルコース脱水素酵素遺伝子は、同一のプラスミド上にあっても、別個のプラスミド上にあってもよいが、好ましくは、別々のプラスミド上にある。また、宿主は、発現されたこれらの酵素を菌体内にのみ保持するものであってもよいが、これらの酵素を菌体外に分泌するものであってもよい。
【0048】
本発明の方法によれば、式(I)で示される基質を上記形質転換大腸菌が産生するそれらの酵素に供給することにより、目的の(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルが極めて高い鏡像体純度で得られる。
【0049】
反応は比較的穏和な条件で行なうのが好ましい。すなわち、反応温度は10~30℃程度とするのが好ましく、15~25℃とするのがより好ましく、17~23℃とするのが特に好ましい。反応液のpHは、4~8程度とするのが好ましく、5~8とするのがより好ましく、6~8とするのが特に好ましく、6.5~7.5、例えば7.0とするのが取り分け好ましい。1回の反応時間は、基質の充填濃度や反応温度等によって異なるが、1~30時間程度である。
【0050】
式(I)で示される基質は、上記形質転換大腸菌又は細胞壁、細胞膜を破砕する等して得られる酵素を含んだ抽出物に、2~30%程度の濃度となるように添加するのが好ましい。基質の添加方法としては、一括あるいは分割添加のいずれでもよい。
【0051】
式(II)で示される生成物を単離する方法に特に制限はなく、一般的な分離精製法が採用できる。例えば、反応溶液をそのまま用いるか、遠心分離や濾過により菌体を除去した後、酢酸エチル等の有機溶剤で抽出し、カラムクロマトグラフィーや蒸留等の分離方法により、目的物を得ることができる。
【0052】
本発明の形質転換大腸菌又はそこから抽出された酵素を用いる製造法は、安全性に優れた水中における反応であり、目的とする鏡像異性体のみを実質的に排他的に不斉合成できるため、安全面、経済面及び環境面の何れにおいても非常に有利である。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例を参照して更に具体的に説明するが、本発明がこれらの実施例に限定されることは意図しない。
【0054】
〔遺伝子発現プラスミドと宿主大腸菌〕
発現プラスミドとしては、カルボニル還元酵素遺伝子を含むpESCRと、グルコース脱水素酵素遺伝子を含むpABGDを使用した(これらのプラスミドの構築法は、非特許文献4において報告済みである)。用いた大腸菌宿主はBL21(DE3)であり、両発現プラスミドを含むものを還元反応に使用した。pESCR及びpABGDの構築方法、並びにこれらを含んだ大腸菌の調製方法は以下のとおりである。なお、カルボニル還元酵素をコードするDNAの塩基配列を配列表の配列番号1、そのアミノ酸配列を配列番号2に、グルコース脱水素酵素をコードするDNAの塩基配列を配列表の配列番号3、そのアミノ酸配列を配列番号4に、それぞれ示す。
【0055】
〔pESCRの構築〕
精製したSCRの2つの内部ペプチドを配列決定した。すなわちAla Ala Trp Glu Phe Leu Glu Glu Asn Arg(配列表の配列番号5に示す)及びAsp Leu Leu Ile Pro Ala Val Asp Gly Val Lys(配列表の配列番号6に示すであり、これらは何れもBLAST分析によりS. cerevisiae のGre2 (YOL151w) をヒットするものである。
【0056】
このSCR遺伝子(GRE2, YOL151w)を、オリエンタル酵母より入手したパン酵母のゲノムDNAからPCRにより増幅した。PCRに使用したプライマーは次のとおりである。すなわち、SC-CR-3F (5’-CGATTTTCAAACAAACAGATAGCAG-3’)(配列表の配列番号7に示す)、 及びSC-CR-4R (5’-AAAATGCGCAGAGATGTACTAGATG-3’) (配列表の配列番号8に示す)であり、これらは同遺伝子を包含する部分の5’-又は3’-非コード領域に対応する。100μLのPCR混合物のための条件は次のとおりである:0.5μMの各プライマー、0.2mMの各dNTP、ゲノムDNA(400ng)、5UのTaKaRa Ex Taq DNA ポリメラーゼ、1.5mMのMgCl2、及び10μLのPCR緩衝液である。PCRは、98℃で10秒間及び55℃で30秒間よりなる30サイクルとこれに続く72℃での1分間のDNA鎖伸長反応とした。増幅したDNA断片をpGEM-T(Promega Corp.)に直接クローニングしこれを用いて、常法に従い、大腸菌JM109を形質転換し、培養し、pGSCRを抽出・精製した。
【0057】
次いで、このSCR遺伝子を発現ベクターpET-11a中にサブクローニングした。PCRに用いたプライマーは次のとおりである。すなわち、SC-CR-5F (5’-ATCACACGCCCTTACATATGTCAG-3’) (配列表の配列番号9に示す) 及びSC-CR-6R (5’-CGGGATCCTTAAAGTTTATATTCTGCCCTC-3’) (配列表の配列番号10に示す)であった(SC-CR-5Fの配列中、NdeI 部位はヌクレオチド15~20、及びSC-CR-6Rの配列中、BamHI部位はヌクレオチド3~8である)。100μLのPCR混合物のための条件は次のとおりである:0.5μMの各プライマー、0.2mMの各dNTP、pGSCR(100pg)、5UのTaKaRa Ex Taq DNA ポリメラーゼ、1.5mMのMgCl2、及び10μLのPCR緩衝液である。PCRは、98℃で10秒間及び55℃で30秒間よりなる30サイクルとこれに続く72℃での1分間のDNA鎖伸長反応とした。増幅したDNA断片をNdeI及びBamHIで消化し、同じ制限酵素で処理しておいたpET-11aにライゲーションした。これでコンピテント細胞を常法により形質転換することにより、pESCRを含んだ大腸菌 BL21(DE3)を得た。図1にpESCRの遺伝子マップを示す。
【0058】
〔pABGDの構築〕
Bacillus megaterium NBRC (以前はIFO) 15308のゲノムDNAを文献(J. Marmur, A procedure for the isolation of deoxyribonucleic acid from micro-organisms, J. Mol. Biol., 3, 208≡218 (1961))に従って単離した。グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)遺伝子を、プライマーとしてBM-GD-1F (5’-ATGTATACAGATTTAAAAGATAAAGTAGTT-3’) (配列表の配列番号11に示す)及びBM-GD-2R (5’-TTAGCCTCTTCCTGCTTGG-3’) (配列表の配列番号12に示す)を用いて、PCRにより増幅した。100μLのPCR混合物のための条件は次のとおりである:0.5μMの各プライマー、0.2mMの各dNTP、ゲノムDNA(80ng)、5UのTaKaRa Ex Taq DNAポリメラーゼ、1.5mMのMgCl2、及び10μLのPCR緩衝液である。PCRは、98℃で10秒間及び50℃で30秒間よりなる30サイクルとこれに続く72℃での5分間のDNA鎖伸長反応とした。増幅したDNA断片をpGEM-T(Promega Corp.)に直接クローニングしこれを用いて、常法に従って大腸菌JM109細胞を形質転換し、培養し、pGBGDを抽出・精製した。
【0059】
次いで、このGDH遺伝子を発現ベクターpACYCDuet-1中にサブクローニングした。PCRに用いたプライマーは次のとおりである。すなわち、BM-GD-10F (5’-CCATGGCCGCGGGCATA-3’) (配列表の配列番号13に示す) 及び BM-GD-11R (5’-CGCGGTACCGATTTTAGCCTCTTC-3’) (配列表の配列番号14に示す)である(BM-GD-11Rの配列中、KpnI部位はヌクレオチド4~9である)。100μLのPCR混合物のためのPCR条件は次のとおりである:0.5μMの各プライマー、0.2mMの各dNTP、pGBGD(3.7ng),2.5UのTaKaRa Ex Taq DNAポリメラーゼ、1.5mMのMgCl2、及び10μLのPCR緩衝液。PCRは、98℃で10秒間及び48℃で30秒間よりなる30サイクルとこれに続く72℃での5分のDNA鎖伸長反応とした。増幅したDNA断片を、NdeI 及び KpnIで消化し、同じ制限酵素で処理しておいたpACYCDuet-1にライゲーションした。pABGDを含んだ大腸菌BL21(DE3)が、コンピテントな細胞の常法による形質転換により得られた。図2にpABGDの遺伝子マップを示す。
【0060】
〔pESCR及びpABGDを含んだ大腸菌の調製〕
pABGDを含んだ大腸菌BL21(DE3)をpESCRにより形質転換し、アンピシリン及びクロラムフェニコールを含むLBプレート培地〔トリプトン1.0%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム1.0%、アンピシリン100μg/mL、クロラムフェニコール34μg/mL、寒天1.7%、pH7)〕上に増殖させた。目的とする形質転換がなされSCR及びGDHが共発現しているコロニーは、アガロースゲル電気泳動及びSCR及びGDHの酵素活性の存在により確認した。
【0061】
〔形質転換大腸菌の培養〕
得られた形質転換細胞を以下のようにして培養し増殖させ、細胞を凍結して貯蔵した。すなわち、同大腸菌を、アンピシリン及びクロラムフェニコールを含んだLB培地(トリプトン1.0%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム1.0%、アンピシリン100μg/mL、クロラムフェニコール34μg/mL、pH7)(3mL)中で37℃にて15時間、230rpmで振とうしつつ増殖させた。次いで、LB培地300mlを1L三角フラスコに入れ、121℃にて20分間滅菌した後、アンピシリン(100μg/ml)とクロラムフェニコール(34μg/ml)を加えた。これに、発現プラスミドであるpESCRとpABGDを保持した上記大腸菌BL21(DE3)の培養液(3ml)を植菌し、37℃で200rpmにて振とう培養した。培養液の吸光度(600nm)が0.6~0.8に達したとき、誘導剤イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)を0.1mMになるように添加した。その後、28℃にて18時間200rpmで振とう培養した。遠心分離(7000rpm、4℃、10分)により集菌し、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)50mLで菌体を洗浄し、再び遠心分離により集菌した。得られた大腸菌ペレットは、不斉還元反応を実施するまでの間、≡20℃で保管した。
【0062】
なお上記形質転換大腸菌〔BL21(DE3)/pESCR+pABGD〕は、2007年1月4日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに国際寄託した(受託番号:FERM BP-10756)。当該形質転換大腸菌は、通性嫌気性であり、上記アンピシリン及びクロラムフェニコール含有のLB培地中37℃で振とう培養により培養でき、光要求性はない。また前記アンピシリン及びクロラムフェニコールを含むLBプレート培地上37℃での培養において、淡いベージュの直径約1mm程度の円形コロニーを形成する(隆起状態:半レンズ状、周縁:全縁、表面の形状:スムーズ、透明度:不透明、粘稠度:バター様)。
【0063】
〔形質転換大腸菌を用いた不斉還元反応-1(30℃)〕
上記形質転換大腸菌を用いて、2-クロロベンゾイル蟻酸メチルエステルを、反応温度30℃にて不斉還元した。すなわち、グルコース1.08g(6.0mmol)、NADP+10mg(12μmol)、上記の形質転換大腸菌ペレット2.0gに0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)10mLを加えた後、2-クロロベンゾイル蟻酸メチルエステル(M. Ma, C. Li, L. Peng, F. Xie, X. Zhang, J. Wang, An efficient synthesis of aryl α-keto esters. Tetrahedron Lett., 46(22), 3927≡3929 (2005)に準じて合成.)600mg(3.0mmol)を一度に添加した。30℃の恒温槽中で反応混合物を撹拌した。反応の進行に伴って低下していくpHをpH7.0で一定させるために、2規定NaOHを適宜加えた。24時間後に食塩5.5gを加え、酢酸エチル25mlで3回抽出し、有機層を合わせ、硫酸マグネシウムで乾燥させた。濾過し、エバポレーターで濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)にて精製することにより、(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステル455mgを無色液体として得た。変換率92%。単離収率76%、鏡像体純度>99%ee
【0064】
〔形質転換大腸菌を用いた不斉還元反応-2(20℃)〕
上記形質転換大腸菌を用いて、2-クロロベンゾイル蟻酸メチルエステルを、反応温度20℃にて不斉還元した。すなわち、グルコース3.60g(20.0mmol)、NADP+10mg(12μmol)、上記の形質転換大腸菌ペレット2.0gに0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)10mLを加えた後、2-クロロベンゾイル蟻酸メチルエステル1.98g(10.0mmol)を一度に添加した。20℃の恒温槽中で反応混合物を撹拌した。反応の進行に伴って低下していくpHをpH7.0で一定させるために、2規定NaOHを適宜加えた。24時間後に食塩5.5gを加え、酢酸エチル25mlで3回抽出し、有機層を合わせ、硫酸マグネシウムで乾燥させた。濾過し、エバポレーターで濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)にて精製することにより、(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステル1.78g(8.87mmol)を無色液体として得た。変換率:99%。単離収率:89%、鏡像体純度:>99%ee、比旋光度[α]19D=-178.3 (c 1.3, CHCl3)
1H NMR (CDCl3, 600 MHz):3.56 (d, J = 5.4 Hz, 1H), 3.78 (s, 3H), 5.57 (d, J = 5.4 Hz, 1H), 7.28-7.29 (m, 2H), 7.39-7.40 (m, 2H)
13C NMR (CDCl3, 150 MHz) :53.2, 70.3, 127.2, 128.8, 129.8, 130.0, 133.5, 135.9, 173.7
IR(液膜法)3454, 1744, 1441, 1223 cm-1
【0065】
〔形質転換大腸菌を用いた不斉還元反応-3〕
20℃での不斉還元が30℃でのそれに比して高い反応効率を示したことから、温度及び基質濃度を変化させ、それ以外は上記と同様にして、不斉還元を行なった。
【0066】
形質転換大腸菌を用いた不斉還元反応1~3の結果を表1に纏める。
【0067】
【表1】
JP0005103616B2_000015t.gif


【0068】
表1に示すように、鏡像体純度99%eeを超える、実質的に純粋な形で目的のエナンチオマーが得られた。また、生産性に大きく貢献する顕著な温度効果が見出された。すなわち、従来と同様の反応温度(30℃)での還元が、92%の変換率で式(II)の生成物を与えたのに対し、20℃における同じ反応では、予想(すなわち、一般に温度低下に伴い反応速度は低下する)に反して変換率が劇的に向上することが判明した。このため基質濃度を1.0Mまで上げても反応は円滑に進行して変換率は99%にも達し、しかもこのときの式(II)の化合物の生産性は178g/Lにまで達した。すなわち、一定の酵素量及び液量の反応系において、一定時間(これらの実施例では24時間)中に、反応温度30℃の場合(1Lあたり基質の0.27モルが還元され0.03モルは残存)より遥かに多量の基質が20℃では還元された(すなわち、1Lあたり0.99モルが還元)。また基質濃度0.3Mでの25℃における反応でも、30℃における同濃度の基質の反応に比して、変換率が99%超(実質的に全ての基質が還元)と極めて高く、その結果生産性も53g/Lと増加している。このことは、一定時間(24時間)中における反応が、30℃より25℃において迅速であること、及びこの例で25℃において、添加したよりも多くの基質を還元できた筈であることを示唆している。反応温度25℃で基質濃度を1.0Mへと引き上げたとき、反応の総量が大きく増大し、生産性が170g/Lに達したことはこれを明確に裏付けるものである。この場合、変換率でこそ90%と低下したが、これは25℃での反応系の能力より基質量が約10%上回ったからに過ぎない。また基質濃度1.0Mでの15℃における反応でも、生産性は164g/Lと高く、この温度においても、20℃における程ではないものの、30℃の場合に比して顕著に生産性が高まることが分かる。これらのことは、全体として、30℃以下の温度、好ましくは20℃付近の温度で本発明の反応を行なうことにより、極めて高い鏡像体純度のみならず、極めて高い生産性での還元反応さえも可能にすることを示している。
【0069】
〔無細胞系における酵素を用いた不斉還元反応〕
上記の大腸菌ペレット2.0gに、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)10mLを加えて懸濁させた。1分間超音波破砕後1分間氷で冷却するという操作を10回行った。遠心分離(20,000rpm、4℃、30分)し、上清として無細胞抽出液を得た。この酵素溶液をすべて試験管に移し、グルコース1.08g(6.0mmol)、NADP+10mg(12μmol)を加えた。20℃の恒温槽に入れて2-クロロベンゾイル蟻酸メチルエステル0.612g(3.0mmol)を加え、反応を開始した。反応の進行に伴って低下していくpHを7.0で一定させるために、2規定NaOHを適宜加えた。24時間後に食塩5.5gを加え、酢酸エチル25mlで3回抽出し、硫酸マグネシウムで乾燥させた。エバポレーターで濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)にて精製することにより、(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステル0.57g(2.84mmol)を無色液体として得た。変換率:>99%、単離収率:93%、鏡像体純度:>99% ee。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、(R)-2-クロロマンデル酸メチルエステルを、医薬品に求められる高い要求レベルに合致した99%eeを超える鏡像体純度で、且つ高収率で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】pESCRの遺伝子マップ
【図2】pABGDの遺伝子マップ
図面
【図1】
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【図2】
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