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明細書 :魚類を性転換させる方法、魚類の精子の搾出方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3721405号 (P3721405)
公開番号 特開2004-242633 (P2004-242633A)
登録日 平成17年9月22日(2005.9.22)
発行日 平成17年11月30日(2005.11.30)
公開日 平成16年9月2日(2004.9.2)
発明の名称または考案の名称 魚類を性転換させる方法、魚類の精子の搾出方法
国際特許分類 A01K 67/02      
A01K 61/00      
FI A01K 67/02
A01K 61/00 A
A01K 61/00 C
請求項の数または発明の数 5
全頁数 11
出願番号 特願2003-038356 (P2003-038356)
出願日 平成15年2月17日(2003.2.17)
審査請求日 平成15年2月17日(2003.2.17)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
発明者または考案者 【氏名】中村 將
個別代理人の代理人 【識別番号】100072051、【弁理士】、【氏名又は名称】杉村 興作
【識別番号】100100125、【弁理士】、【氏名又は名称】高見 和明
【識別番号】100101096、【弁理士】、【氏名又は名称】徳永 博
【識別番号】100086645、【弁理士】、【氏名又は名称】岩佐 義幸
【識別番号】100107227、【弁理士】、【氏名又は名称】藤谷 史朗
【識別番号】100114292、【弁理士】、【氏名又は名称】来間 清志
【識別番号】100119530、【弁理士】、【氏名又は名称】冨田 和幸
審査官 【審査官】関根 裕
参考文献・文献 特開平05-111339(JP,A)
特表2000-506844(JP,A)
三重県科学技術振興センター,マハタ稚魚36,000尾の生産に成功,日本,1999年 9月17日,URL,http://www.mpstpc.pref.mie.jp/SUI/press/mahatapress.htm
Aquaculture,1987年,Vol. 61,p.317-321
J. Steroid Biochem.,1982年,Vol. 17,p.261-270
調査した分野 A01K 61/00
A01K 67/00 - 67/02
JICSTファイル(JOIS)
特許請求の範囲 【請求項1】
ハタ科に属する魚類の成熟年齢に達した雌の個体にアロマターゼ阻害剤を投与することによって該個体を雄に性転換させることを特徴とする、魚類を性転換させる方法。
【請求項2】
前記アロマターゼ阻害剤がファドロゾールである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ハタ科に属する魚類がマハタ属に属する魚類である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記マハタ属に属する魚類がカンモンハタである、請求項3記載の方法。
【請求項5】
ハタ科に属する魚類の成熟年齢に達した雌の個体にアロマターゼ阻害剤を投与することにより雌から雄に性転換した個体を作製し、雄に性転換した該個体より精子を得ることを特徴とする、魚類の精子の搾出方法。
発明の詳細な説明 【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ハタ科に属する魚類の成熟年齢に達した雌の個体にアロマターゼ阻害剤を投与することによってその個体を雄に性転換させることを特徴とする、魚類を性転換させる方法及び当該方法により得られた性転換した魚類に関する。更に本発明は、アロマターゼ阻害剤を投与することにより雌から雄に性転換した個体より精子を搾出することを特徴とする、魚類の精子の搾出方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ハタは熱帯や亜熱帯に属する南方の海洋に生息する魚であって、美味であることから食用に適している。そのために、我が国においては沖縄を中心に活発に養殖が試みられている。その際に最も大きな問題となるのは雄の精子の確保が困難であるということであり、そのために稚魚を大量に得ることができず、ハタの養殖において障害となっている。その問題を解決するためには雄を増やすことが必要となるため、これまでに、チャイロマルハタ(Epinephelus coioides)の雌個体に男性ホルモン(アンドロゲン)を投与することにより、雌から雄への性転換させる方法が試みられてきた(非特許文献1)。しかしこの方法では、得られる精子の数が少なく、また性転換しても後に雌に戻ってしまうなどという障害があり、未だに実用には至っていない。
【0003】
ところで、アロマターゼは、テストステロンからエストラジオールへの芳香化反応を触媒する酵素であって、エストラジオール-17βの生合成において重要な役割を果たすことにより、女性ホルモンの生合成に関与していることが知られている。アロマターゼの活性を阻害する作用を有するアロマターゼ阻害剤を生体に投与すると、エストラジオールに代表される女性ホルモンの生合成が抑制される。このような作用を有するアロマターゼ阻害剤は、乳癌の治療剤として医療の現場においても使用されている。乳腺は女性ホルモンの刺激を受けて活性化するために、女性ホルモンの抑制は乳癌の治療において有効であるからである。
【0004】
一方本発明者らは、魚類の性分化の機構について種々の検討を行ってきた。その中で、ティラピア類やサケ科魚類を性ホルモン処理する事によって種々の知見を得てきた。それら一連の検討の中で本発明者らは、アロマターゼ阻害剤であるファドロゾールを性分化する前の未成熟なティラピア(Oreochromis niloticus)に投与すると雌が雄に性転換した、という知見を得ている(非特許文献2)。このようなアロマターゼの作用を考えると、上記の知見は、エストロゲンに代表される女性ホルモンが卵巣分化に直接関与しており、エストロゲンの欠如が精巣分化を誘導することを示しているものである。
【0005】
【非特許文献1】
Shinn-Lih Yeh et al., Aquaculture 62214 (2002) p1-11
【非特許文献2】
中村將 日本水産学会誌 2000年第66巻第3号 p376-379
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、ハタ類の養殖に資するために、ハタ科魚類の成熟年齢に達した雌の個体から雄への効率的な性転換を行うことを可能とする方法、更には雄の精子を搾出する方法が求められていた。そこで本発明の課題はハタ科の魚類の成熟年齢に達した雌の個体を雄に性転換するための新規な方法、更にはハタ科魚類の精子を搾出する方法を提供することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決すべく、本発明者は、アロマターゼ阻害剤を成熟年齢に達したハタ科魚類の雌個体に投与することより、その雌個体を雄に性転換できる事を見出した。その様な方法により性転換したハタの雄個体から精子を搾出することが可能であり、本発明の方法を用いてハタ類の養殖における問題を解決することができる。
【0008】
【発明の実施の形態】
ハタは雌雄同体の種であるという特徴を有する魚であり、雄雌の形質が同一個体において共に発達する。しかし雄雌の形質は同時ではなく時間的に前後して発現し、雌の形質の方が先に現れるために雌性先熟であると言われている。雌雄同体であるために、ハタの雌は通常は卵巣に不活性な精巣細胞の痕跡を有している。
【0009】
自然の性転換過程の観察とこれまでの知見から、ハタ科魚類の性転換には女性ホルモンの分泌を抑えることが重要であると本発明者は考えた。そこで女性ホルモンの生合成を阻害するアロマターゼ阻害剤に注目し、ハタをアロマターゼ阻害剤で処理することにより、雌性先熟により起こる自然の性転換よりも早く性転換を起こすことができるのではないかと考えた。なお、下記の実施例においては、アロマターゼ阻害剤としてファドロゾールを使用した。
【0010】
なお、本願明細書において「性転換」とは、ある個体においてアロマターゼ阻害剤による処理前に有していた生殖腺の形態が変化し、もう一方の性の生殖腺と同じような形態になることを意味する。より具体的には、本発明においては雌の生殖腺が雄のものに変化しているが、性転換した雄においては卵巣が退縮しており、かつ雄と同じであるか少なくとも類似した精巣を形成し、精子を遊離することができる。
【0011】
下記の実施例において示す様に、本発明者は、成熟年齢に達したカンモンハタ(ハニーコンブ・グローパー:Epinephelus merra)の雌に、ファドロゾールを一匹あたり1mg又は10mg投与し、3カ月後にサンプルを採取して種々の検討を行った。即ち、性腺組織を組織学的に検討すると共に、性ホルモンの分泌量を確認する目的で、テストステロン(T)、11-ケトテストステロン(11-KT)、エストラジオール-17β(E2)および17α,20β-ジヒドロキシ-プレグネン-3-オン(DHP)など種々の性ホルモンのレベルをELISAで測定した。
【0012】
検討の結果、ファドロゾールを投与しないコントロール個体はほとんど雌のままであったが、一方ファドロゾールを投与した個体は雄に性転換することが確認された。組織学的に、コントロールの個体はいくつかの発達段階の卵母細胞を有していたが、一方、ファドロゾール投与群の個体において卵母細胞は完全に退化し、生殖腺における精巣成分が増加して多くの精子細胞と精子を有する精巣へ発達した。また、ファドロゾールを投与して性変換した個体は精子遊離を行う能力を有していた。
【0013】
また、ホルモン分泌のレベルを測定したところ、ファドロゾール投与群においては血清の女性ホルモン(エストラジオール-17β:E2)レベルは低下し、男性ホルモン(テストステロン(T)、11-ケトテストステロン(11-KT))のレベルが増加することが認められた。この結果は、上記の組織学的の結果と共に、エストロゲン生合成とそれに続くアンドロゲン機能の誘導を介して、ファドロゾールはカンモンハタの完全な性変換を引き起こすことを示している。
【0014】
上記の非特許文献2(中村將 日本水産学会誌 2000年第66巻第3号 p376-379)において、魚類の性分化についての知見が記載されており、未成熟なティラピアにおいてファドロゾールを用いて性転換に成功した事が述べられている。一般的に、魚類の発生過程において発生の途上で生殖腺の原基が形成され、次いで卵巣又は精巣へと分化する。その様に、原基の段階においてはまだ卵巣でも精巣でもないが、個体が性的に成熟するのに伴って原基が分化する。例えば、成熟した雌においては女性ホルモンが合成され、このホルモンが未分化生殖腺を卵巣へと分化させる働きを及ぼす。
【0015】
本発明の特徴の一つは、上記の未成熟個体においてではなく、成熟年齢に達した雌個体において性転換を引き起こすことに成功したという点にある。本願明細書において「成熟年齢に達した雌個体」とは、原基の分化が終了して成熟した卵巣を有する雌個体を意味するものである。成熟個体における性転換は、卵巣と精巣における分化と発達又は退行が同時に起こる複雑な現象であり、アロマターゼ阻害剤を用いて、成熟した雌個体において既に分化した卵巣を精巣に転換することができるかはどうかはこれまで不明であった。本発明は、ハタ科の成熟した雌個体において、アロマターゼ阻害剤を用いて雄への性転換を初めて成功させたものである。本発明の方法は、男性ホルモンの投与による性転換のように性が戻ってしまうという欠点もないために、効率的な性転換を行うことが可能となった。
【0016】
性転換した雄個体は精子を形成する能力を有するために、該個体の腹部に圧力をかけると精子を遊離し、そのようにして得られた精子をハタの養殖に用いることができる。本発明はその様にしてハタの精子を得ることを特徴とする、精子の搾出方法もまた提供するものである。本願明細書において精子の「搾出」とは、性転換した雄のハタの個体から、腹部を圧迫することにより、或いは他の手段により、人為的に精子を遊離させて精子を得ることを意味する。
【0017】
下記の実施例においてはハタ科のマハタ属に属するカンモンハタ(ハニーコンブ・グローパー)を用いてアロマターゼ阻害剤による性転換を行っている。マハタ属の魚類、とりわけ上記のカンモンハタを用いることは本発明において特に好適な態様であるが、それに限定されるものではなく、ハタ科に属する他の種々の魚類においても本発明の方法を行うことが可能である。
【0018】
しかし、本発明の方法を使用することができるその他のハタ科の魚類として、アラ属のアラ;クロハタ属のクロハタ;サラサハタ属のサラサハタ;バラハタ属のバラハタ、オジロバラハタ、スジアラ属のスジアラ、オオアオノメアラ、コクハンアラ;タテスジハタ属のタテスジハタ;ユカタハタ属のアメノメハタ、ユカタハタ、コクハンハタ、アザハタ、ニジハタ、ミナミイソハタ、アカハナ、アオスジハタ、ヤミハタ、ミナミハタ、シマハタ、エルニドユカタハタ;アズキハタ属のアズキハタ;マハタ属のカスリハタ、ツチホゼリ、アカハタ、シモフリハタ、マハタ、クエ、タマカイ、ホウキハタ、カケハシハタ、イヤゴハタ、ハクテンハタ、ナミハタ、チャイロマルハタ、ヤイトハタ、マダラハタ、アカマダラハタ、アライソハタ、オオモンハタ、ホウセキハタ、キジハタ、ヒレグロハタ、ヒトミハタ、イシガキハタ、シロブチハタ、モヨウハタ、ノミノクチ、アオハタ、オオスジハタ;トビハタ属のトビハタ等を挙げることができるが、ここで列記したものに限定されるものではない。
【0019】
また、本発明において使用されるアロマターゼ阻害剤として、下記の実施例において使用しているファドロゾールは最も好適である。ファドロゾールは非ステロイド性のアロマターゼ阻害剤であり、他の非ステロイド性のアロマターゼ阻害剤であるアナストロゾールやレトロゾール等、更にはステロイド性のアロマターゼ阻害剤であるエキセメスタン等も本発明の目的において好適に使用することができる。しかし、使用することができるアロマターゼ阻害剤はこれらに限定されるものではない。
【0020】
ハタに投与するアロマターゼ阻害剤の量は、一匹あたり0.01 mgから1000mgであり、より好ましくは0.1 mgから100mgであり、最も好ましくは1 mgから10mgである。しかし、アロマターゼ阻害剤の投与量は特に限定されるものではなく、投与するハタの大きさや種類に応じて適宜選択することが可能である。また、アロマターゼ阻害剤は一度に投与することも可能であり、または二回から十回などの複数回に分けて投与することも可能である。ハタにアロマターゼ阻害剤を投与してから性転換が完了するまでの期間はハタの種類、体長や投与量などによって異なる。しかし、多くの場合にはおよそ1カ月から5カ月程度であり、通常は3カ月から4カ月程度で性転換が完了する。
本発明を下記の実施例によって説明するが、下記の実施例は本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0021】
【実施例】
(使用したサンプル)
全体長が約18 cmから20cmの野生のカンモンハタ(ハニーコンブ・グローパー:Epinephelus merra)を沖縄北部の今帰仁村で採取した。予備検討により、全長が20cm以下の魚は通常は雌であることが判った。ここでは、ファドロゾール(ノルバルティスファーマ)を投与する目的のためと開始時のコントロールとして、雌のみを選んだ。2002年3月14日に、ベヒクル(ココアバターのみ)と1mgと10mgのファドロゾール(ココアバターに溶解)を15-20匹の魚の腹膜に投与し、海水を再循環させた5000リットルのセメントタンクの中で養った。
【0022】
(ファドロゾールの投与)
コントロールから6匹、1mgのファドロゾールを投与した群から12匹、10mgのファドロゾールを投与した群から5匹が実験期間の間に死亡した。2002年5月31日に、残った全ての魚をサンプリングした。全長の長さと体重を計測し、血液を尾部血管から採取し、屠殺して下垂体と生殖腺を得た。生殖腺指標(GSI)を測定するために生殖腺を秤量し、組織学的解析を行うために生殖腺の小片をボウイン溶液中に保存した。採取した血液を3000rpmで15分間遠心し、解析するまで得られた血清を-30℃で貯蔵した。
【0023】
テストステロン(T)、11-ケトテストステロン(11-KT)、エストラジオール-17β(E2)、17α,20β-ジヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン(DHP)をELISAで測定した。後に保存した生殖腺組織をパラフィン中に埋め込み、7μmの切片とし、デフィールドのヘマトキシリンとエオジンで染色した。組織学的な変化を見るために、調製したスライドを可視顕微鏡下で調べた。
【0024】
(生殖腺指標の変化)
図1において、ファドロゾール投与による生殖腺指標(GSI)の変化を示す。*、**、***は統計学的な有意差を示すマークであって、それぞれ平均値からのP<0.05, 0.01, 0.001における有意差を示す。開始時の魚と比較して、コントロール魚におけるGSIは5月に顕著に増加した。一方、性転換した雄のGSIは有意差を示さなかった(図1)。しかし性転換した雄のGSIは、野生生息の正常な雄のGSIと類似していた。1mgのファドロゾールで処理した魚において、15匹のうち12匹はバクテリア等の感染により実験の間に死んだ。ファドロゾール1mg投与群と10mgファドロゾール投与群の大部分の魚において、軽度の圧力下で腹部に精子遊離が認められたが、例外的に10mgファドロゾール投与群の3匹はサンプリングスポットにおいて精子遊離しなかった。しかし、組織学試験の結果、精子遊離をしない魚も精子形成の後半段階の精子と精子細胞を有していた。(性ステロイドホルモンの血清レベルの変化)
図2から図5において、ファドロゾール投与による種々のホルモンの変化を示す。図2はテストステロン(T)レベル、図3は11-ケトテストステロン(11-KT)レベル、図4はエストラジオール-17β(E2)レベル、図5は17α,20β-ジヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン(DHP)レベルをそれぞれ示す。図2から図5において、*、**、***は統計学的な有意差を示すマークであって、それぞれ平均値からのP<0.05, 0.01, 0.001における有意差を示す。全ての実験サンプルにおいて、性ステロイドホルモンの血清レベルの量は低かった(図2から図5)。開始時の魚及びコントロールの魚においてテストステロン(T)のレベルは低かった。一方1mgファドロゾールで処理した魚において、Tのレベルは開始時の魚、コントロールの魚、10mgファドロゾールで処理した魚より高かった(図2)。1mgファドロゾールで処理した魚と10mgファドロゾールで処理した魚において、11-ケトテストステロン(11-KT)の血清レベルはコントロール魚よりも顕著に高かったが(図3)、一方、エストラジオール-17β(E2)の血清レベルはコントロール魚より有意に低かった(図4)。10mgファドロゾールで処理した魚において、血清の17α,20β-ジヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン(DHP)レベルはコントロールと比較して有意に高く、1mgファドロゾールで処理した魚の血清DHPレベルは開始時の魚より有意に高かった(図5)。
【0027】
(生殖腺における組織学的変化)
種々の処理を行ったカンモンハタにおける性腺の構造を現す写真を図6から図9に示す。図6は当初のコントロール、図7はベヒクル投与群(x400)、図8は1mgファドロゾール投与群(x200)、図9は10mgファドロゾール投与群(x200)である。また図6から図9において、POは初期卵母細胞、PVOは卵黄形成前卵母細胞、VOは卵黄形成卵母細胞、ATOは退行卵母細胞、SGは精原細胞、SCは精母細胞、SDは精子細胞、SZは精子である。
【0028】
3月において、いくつかのプライマリー段階のものを除き、開始時の雌における卵母細胞の多くは卵黄形成中の段階であった(図6)。3月に、開始時の雌には精巣因子は殆ど見られなかった。5月に、移植して3カ月後に魚をサンプリングしたとき、卵巣にはビテロゲニック段階以後の卵黄顆粒段階である卵母細胞があり、いくつかの卵母細胞は発達段階であった(図7)。一匹の魚は移行段階の生殖腺を有しており、いくつかの卵母細胞において機能が退縮していた。1mgと10mgのファドロゾールを投与した雄では、精巣において活発な精子形成が行われていた。精原細胞から精子までの種々の発達段階のものが精巣において見られた(図8と図9)。また、精細菅において精子が蓄積していた。
【0029】
本発明者らは、雌性先熟性の雌雄同体の魚においてファドロゾールが天然の性転換を誘導する機構を検討した。ファドロゾールを投与した雌は全て機能を有する雄に変化していた。ファドロゾールを投与すると、性転換した魚においてエストラジオール-17β(E2)のレベルは顕著に低下し、11-ケトテストステロン(11-KT)のレベルは顕著に増加した。更に組織学的な証拠により、ファドロゾールは卵母細胞をほぼ完全に退縮させ、更には生殖腺において精巣因子が増加し、それによって精子遊離が起こることが示された。
【0030】
カンモンハタは典型的には珊瑚礁で見つかる魚であり、野生状態において容易に捕獲することができる。雌の個体は2歳から6歳くらいまでの間であって、雄は通常は4歳以上である。多くの場合、雌は卵巣に不活性な精巣細胞の痕跡を有している。そこで本発明者は、魚をファドロゾールで処理すると、予定よりも早く性転換が起こるのではないかと考えた。この検討において、コントロールの魚は雌のままであったが、ファドロゾールを投与した魚は全て機能を有する雄に変化し、1mgと 10mgのファドロゾールを投与した両群の雄は実験の最後において精子遊離を示した。
【0031】
その様な劇的な性転換は、雌性先熟性の雌雄同体であるカンモンハタにおいて、ファドロゾールは天然の性転換を引き起こす機能を有することを示している。未成熟なティラピア等にファドロゾールを投与すると性転換することは既に知られている。また、環境因子の操作を行ったり、生殖腺の性分化が起こる前にアンドロゲンを使用したりすると、多くの種において性転換が起こることは確立されている。しかし本発明は、成熟したハタの雌個体において、予定された天然の性転換に先立って、雄としての機能を有する個体に性転換する方法を初めて示すものである。
【0032】
雌の血清エストラジオール-17β(E2)のレベルは高値であるが、ファドロゾールは性転換した雄においてE2レベルを顕著に低下させた。硬骨類においてE2は雌の状態の維持に関与している。そこで、E2レベルが低下すると性転換の早期段階における二つの特徴である卵黄形成と卵母細胞の成熟が停止し、雄へと発達することになる。ファドロゾールによるエストロゲン生合成の抑制は雌性先熟性性転換の重要な機構であると考えられる。ファドロゾールを投与した雄においてアンドロゲンレベルが上昇しているが、そのような変化は魚の個体においてホルモンバランスを制御する二次的な段階であるかもしれない。
【0033】
組織学的に、当初の個体とコントロールの雌は何段階かの発達段階の卵母細胞を有していた。一方ファドロゾールを投与した雄は退縮した卵母細胞痕跡を有しているか、あるいは全く有していなかった。ファドロゾールを投与した魚の生殖腺組織は既に完全な精巣に変化していた。
【0034】
1mgのファドロゾールを投与した雄においてテストステロン(T)と11-ケトテストステロン(11-KT)のレベルは増加したが、残りの群においてそのレベルは低かった。ファドロゾールを投与した群において、性転換した雄は全て活性な精子形成を行っていた。硬骨類の魚における活性アンドロゲンであるTと11-KTのレベルは精子形成の間に増加し、精巣が最終的に成熟したらしだいに低下した。魚においてTはエストラジオール-17β(E2)と11-KTの生合成の前躯体である。1mgのファドロゾールを投与した雄においてテストステロンのレベルが高いのは、エストロゲン生合成の阻害に由縁するテストステロンの蓄積と、他のアンドロゲン生成物への転換が少ないための結果であると考えられる。
【0035】
11-KTは硬骨魚における天然アンドロゲンであり、雌雄異性体種において精子形成を開始すると見做されている。血清11-KTのレベルは精子形成の間に増加し、精巣が最終的に成熟して精子を放出するようになると減少する。コントロールの雌において11-KTのレベルは低かったが、ファドロゾールを投与した雄においては劇的に増加し、精子放出と良い相関関係を示した。
【0036】
ここで見られた血清11-KTのレベルの劇的な増加は、精子形成と連関した変化であると考えられる。インビトロの予備検討において、1μg/mlのファドロゾール培地中において、成熟した雌のカンモンハタの卵巣断片におけるエストラジオール-17β(E2)生合成は24時間以内に抑制されたが、11-ケトテストステロン(11-KT)への変換は起こらなかった。この結果により、アロマターゼ活性を阻害しても、テストステロン(T)がE2に変換することによって雄において11-KTの濃度が増加することはないと思われる。天然の性転換に関係しているアンドロゲンは11-KT以外のアンドロゲン誘導体であるかもしれず、11β-ヒドロキシテストステロン(11β-HT)は雌雄同体種において11-KTよりも活性が強いという報告もある。
【0037】
ファドロゾールを投与した雄の精巣は活発な精子形成を行っており、多くの雄は良く発達した精子細胞や精子を有していた。そこで、実験した全ての魚において、血清の17α,20β-ジヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン(DHP)レベルを測定した。ファドロゾールは血清DHPレベルを両群(1mg 投与群、10mg投与群)の雄において顕著に増加させ、精子遊離と良い相関関係を示していた。DHPは硬骨類の魚における成熟誘導ホルモンである。性転換時期に先んじてファドロゾールを投与すると、性転換した雄において最終的な成熟を引き起こすということを、精子遊離の発生と血清DHPの上昇は明らかに示している。そこでファドロゾールは、ハタの養殖において機能を有する雄を作るために適切な道具であると思われる。本発明は、成熟した魚においてファドロゾールによる完全な性転換誘導を初めて可能にしたものである。
【0038】
更に、組織学的な証拠により、精細管の拡張とルーメンにおける精子の蓄積が認められた。1mg投与群と10mg投与群の両者共に、ファドロゾールを投与した雄は精子遊離を行ったが、精子遊離と精子発達の程度は10mgファドロゾール投与群の方が活発であり、成熟した雌のハタにおける性転換は用量依存的であることを示している。性腺におけるエストロゲン-アンドロゲン生合成においてファドロゾールは活発に寄与し、それを介して卵巣における活性卵母細胞の退縮と精巣成分の増加が起こると考えられる。
【0039】
以上の結果は、ファドロゾールによって雌のカンモンハタが性転換する間に、血清エストラジオール-17β(E2)レベルの低下と、それに伴う11-ケトテストステロン(11-KT)レベルの増加が起こることを示している。ファドロゾールは、エストロゲン生合成の阻害を通じて雌雄同体魚の性転換を行い、その後にアンドロゲン機能を誘導する。
【0040】
【発明の効果】
本発明により、ハタ科の魚類の成熟年齢に達した雌の個体にアロマターゼ阻害剤を投与することによってその個体を雄に性転換させることを特徴とする、魚類を性転換させる方法及び魚類の精子の搾出方法が与えられた。本発明の方法によってハタ科の魚類の精子を効率よく得る目的に有効であり、ハタの養殖に資することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、ファドロゾールの投与による生殖腺指数の変化を示すグラフである。
【図2】図2は、ファドロゾールの投与によるテストステロン(T)の変化を示すグラフである。
【図3】図3は、ファドロゾールの投与による11-ケトテストステロン(11-KT)の変化を示すグラフである。
【図4】図4は、ファドロゾールの投与によるエストラジオール-17β(E2)の変化を示すグラフである。
【図5】図5は、ファドロゾールの投与による17α,20β-ジヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン(DHP)の変化を示すグラフである。
【図6】図6は、当初のコントロール群におけるカンモンハタの性腺の構造を示す写真である。
【図7】図7は、ベヒクル投与群におけるカンモンハタの性腺の構造を示す写真である。
【図8】図8は、1mgファドロゾールの投与群におけるカンモンハタの性腺の構造を示す写真である。
【図9】図9は、10mgファドロゾールの投与群におけるカンモンハタの性腺の構造を示す写真である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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