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明細書 :不活性型Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIαノックイン動物および同ノックイン細胞

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4707655号 (P4707655)
登録日 平成23年3月25日(2011.3.25)
発行日 平成23年6月22日(2011.6.22)
発明の名称または考案の名称 不活性型Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIαノックイン動物および同ノックイン細胞
国際特許分類 A01K  67/027       (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
FI A01K 67/027
C12N 15/00 A
請求項の数または発明の数 3
全頁数 17
出願番号 特願2006-511489 (P2006-511489)
出願日 平成17年3月24日(2005.3.24)
国際出願番号 PCT/JP2005/005350
国際公開番号 WO2005/093051
国際公開日 平成17年10月6日(2005.10.6)
優先権出願番号 2004096995
2004380376
優先日 平成16年3月29日(2004.3.29)
平成16年12月28日(2004.12.28)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成18年12月19日(2006.12.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】山肩 葉子
【氏名】柳川 右千夫
個別代理人の代理人 【識別番号】100065215、【弁理士】、【氏名又は名称】三枝 英二
【識別番号】100108084、【弁理士】、【氏名又は名称】中野 睦子
【識別番号】100115484、【弁理士】、【氏名又は名称】林 雅仁
【識別番号】100124431、【弁理士】、【氏名又は名称】田中 順也
審査官 【審査官】水落 登希子
参考文献・文献 Neuron,1994年,Vol.12,p.943-956
Biochem.J.,2004年 3月 1日,Vol.378,p.391-397
J.Biol.Chem.,1989年,Vol.265, No.30,p.17907-17912
FEBS Lett.,1996年,Vol.396,p.333-336
J.Neurochem.,2001年,Vol.76,p.1066-1072
Science,1996年,Vol.274,p.1678-1683
調査した分野 A01K 67/027
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN)
GenBank/GeneSeq
特許請求の範囲 【請求項1】
相同染色体の一方又は双方のCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIα(CaMKIIα)遺伝子のエクソン2のLys-42に対応する核酸配列(AAG)をアルギニンになるように点変異させて不活性型に置換し、不活性型CaMKIIαを発現するように改変することによってCaMKIIαのプロテインキナーゼ活性が特異的に障害される一方、CaMKIIαのカルモジュリン結合能およびサブユニット同士の多量体形成能は保持されており、また野生型と比較して脳内側坐核における神経活動が相対的に低下している一方、大脳皮質および線条体での神経活動は野生型と比較して実質的な差異がないことを特徴とする不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。
【請求項2】
齧歯目動物であることを特徴とする請求項1に記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。
【請求項3】
マウスであることを特徴とする請求項2に記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、不活性型Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIα(CaMKIIα)ノックイン動物および同ノックイン細胞に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)は、中枢神経系に豊富に存在し、様々な蛋白質をリン酸化することにより、その蛋白質の機能を修飾するプロテインキナーゼ(蛋白質リン酸化酵素)として、神経活動の制御やシナプス可塑性に深く関わっている。さらに、学習・記憶を始めとする高次脳機能や、てんかん発作の発現の抑制、脳虚血の際の脳障害の抑制に重要な働きをすると考えられている(下記の非特許文献1参照)。
【0003】
中枢神経系におけるCaMKII は、αサブユニット(CaMKIIα)とβサブユニット(CaMKIIβ)から構成される多量体構造をとる。この両サブユニットは相同性が高く、それぞれがプロテインキナーゼ活性、Ca2+/カルモジュリン結合能、サブユニット同士の会合能をすべて合わせ持っている。αサブユニットは前脳に多く、βサブユニットは小脳に多く発現していることから、上記CaMKIIの機能は、主としてαサブユニットが担うものと考えられる。
【0004】

【非特許文献1】「蛋白質 核酸 酵素」Vol.47 No.1 (2002) 51-57頁
【非特許文献2】「Science」Vol.257 (1992) 201-206頁、206-211頁
【非特許文献3】「Proc. Natl. Acad. Sci. USA」Vol.92 (1995) 6852-6855頁
【非特許文献4】「J. Cereb. Blood Flow Metab.」Vol.16 (1996) 1-6頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまでに、CaMKIIα蛋白自体をなくしてしまった単純ノックアウトマウスが作製され、記憶・学習に関連する行動異常や、電気生理学的異常が認められ、さらに、易けいれん性、脳虚血への脆弱性の所見も報告されている(上記の非特許文献2、3、4参照)。しかしながら、単純ノックアウトマウスでは、(1) 他の蛋白質をリン酸化するプロテインキナーゼとしての機能、(2) Ca2+結合蛋白であるカルモジュリンと結合する機能、(3) CaMKIIサブユニット同士が結合して、あるいは他の蛋白質と結合して構造蛋白として働く機能、のすべてが失われており、ノックアウトマウスで認められた種々の異常が、(1)~(3) のうち、どの機能が失われたことによるものかが不明であった。一方、培養神経細胞や脳スライスを用いた実験からは、(1) のプロテインキナーゼとしての機能がより重要であることが示唆されている。
【0006】
そこで、CaMKIIの上記 (1)~(3) の機能を区別して検討すべく、(1) の機能のみ特異的に障害された特異性の高い機能障害動物(言わば「機能的ノックアウト動物」)を作製し、解析することが、脳機能の分子メカニズムや精神神経疾患の病態の解明に必要となってくる。
【0007】
本発明は、上記の問題点に着目してなされたものであり、CaMKIIα遺伝子を不活性型に置換し、CaMKIIαのプロテインキナーゼ活性のみが特異的に障害された不活性型CaMKIIαノックイン動物および同ノックイン細胞を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題に鑑み、CaMKIIの前脳での主要なサブユニットであるαを不活性型に置換したノックイン型遺伝子改変マウスを、遺伝子工学および発生工学的手法を用いて新規に作製し、その解析を進めた結果、本発明を完成させるに至った。
即ち、本発明は、産業上および医療・医学研究上有用な発明として、下記A)~I)の発明を包含するものである。
【0009】
A) 相同染色体の一方又は双方のCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIα(CaMKIIα)遺伝子を不活性型に置換し、不活性型CaMKIIαを発現するように改変されたことを特徴とする不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。ここで、「不活性型CaMKIIα」とは、CaMKIIαが蛋白として発現され、カルモジュリン結合能などは保持されているが、そのプロテインキナーゼ(蛋白リン酸化酵素)活性が特異的に障害(消失又は著しく低減)されているものをいう。相同染色体の一方が不活性型CaMKIIαに置換されたヘテロ動物であってもよいし、双方が置換されたホモ動物であってもよい。
【0010】
B) 遺伝子ターゲッティング法により作製されたことを特徴とする上記A)記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。後述するように、この遺伝子ターゲッティング法では、不活性型CaMKIIαに置換するために、ゲノム中のCaMKIIα遺伝子のコード領域の一部を相同組み換えにより他の塩基配列に置換する工程を含んでいる。
【0011】
C) CaMKIIαの触媒ドメインにおける1又は複数のアミノ酸残基を改変したことを特徴とする上記A)又はB)記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。「触媒ドメイン」とは、CaMKIIαのN末端側のプロテインキナーゼ活性をもつ領域であり、ATP結合部位が含まれる。また、「アミノ酸残基を改変」とは、主として他のアミノ酸残基に置換することを意味するが、欠失、挿入などの人為的改変を広く含む意味である。
【0012】
D) ATPとの結合に必要な1又は複数のアミノ酸残基を改変したことを特徴とする上記C)記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。ATPとの結合に必要なアミノ酸残基を改変することで、触媒活性を消失させ、効率的に不活性型に変換することが可能である。
【0013】
E) ATPとの結合に必要なリジン残基を改変したことを特徴とする上記D)記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。ラットおよびマウスCaMKIIαの場合、このリジン残基は42番目に相当する(他の動物では、このリジンの位置は多少前後する場合がある)。後述の不活性型CaMKIIαノックインマウスの作製においては、この42番目のリジンをアルギニンに置換することによって、CaMKIIαを不活性型に変換した。このアミノ酸置換は、CaMKIIα遺伝子のエクソン2における1塩基に点変異を導入することによって実現可能である。
【0014】
F) 齧歯目動物であることを特徴とする上記A)~E)のいずれかに記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。
【0015】
G) マウスであることを特徴とする上記F)記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。
【0016】
H) 野生型と比較して脳内側坐核における神経活動が相対的に低下していることを特徴とする上記A)記載の不活性型CaMKIIαノックイン非ヒト動物。
【0017】
I) 相同染色体の一方又は双方のCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIα(CaMKIIα)遺伝子を不活性型に置換し、不活性型CaMKIIαを発現するように改変されたことを特徴とする不活性型CaMKIIαノックイン細胞。このような不活性型CaMKIIαノックイン細胞についても、後述の遺伝子ターゲッティング法によって作製可能である。また、本発明の動物個体から調製してもよい。不活性型CaMKIIαノックイン細胞は、ヒト由来細胞から調製してもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物および同ノックイン細胞は、CaMKIIαの蛋白としての発現は保たれているために、前記 (1)~(3) の諸機能のうち、(2) のカルモジュリン結合能、(3) のサブユニット同士の多量体形成能や他の蛋白質(後述のNMDA型グルタミン酸受容体をはじめとするシナプス関連蛋白)との結合能が保持されている一方で、(1) のプロテインキナーゼ活性のみが特異的に障害されている。
【0019】
従って、(1) の機能障害のみに絞られた特異性の高い機能障害動物(又は細胞)として、本発明は、学習・記憶の障害、てんかん発作、脳障害などの研究を含む脳研究全般に広く利用可能である。例えば、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物は、学習・記憶の障害、てんかん発作、脳障害のモデル動物として有用であり、その分子メカニズムの解明に寄与し、脳研究の進展に貢献できるものと期待される。
さらに後述するように、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物は、野生型と比較して側坐核などの大脳辺縁系における神経活動が相対的に低下しているという特徴を有している。この脳野は情動行動を制御していることが知られており、小児における注意欠陥・多動性障害(ADHD)や統合失調症をはじめとする精神疾患の症状の出現との関連も示唆されている。従って、本発明のノックイン動物は、これら精神疾患の病態の解明や治療法の検索のためのモデル動物としても有用と考えられる。
また、本発明は、CaMKIIの基質蛋白のスクリーニングなどにも有用である。
本発明の更なる特徴、および優れた点は、以下に示す記載によって十分わかるであろう。また、本発明の利益は、添付図面を参照した次の説明で一層明白になるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施例に係る不活性型CaMKIIαノックインマウスの作出に用いた遺伝子ターゲッティング法を説明する図である。
【図2】1塩基置換により、新たなBstNI制限酵素切断部位が生じたことを示す図である。
【図3】(a)(b)は、ゲノムDNAのサザンブロット解析結果を示す図である。
【図4】(a)(b)は、ゲノムDNAのPCR解析結果を示す図である。
【図5】シークエンシングにより、点変異導入の有無を直接確認した結果を示す図である。
【図6】CaMKII蛋白の発現を、ウェスタンブロット法により解析した結果を示す図である。
【図7】前脳からのホモジネートを用いたCaMKII活性測定結果を示すグラフである。
【図8】小脳からのホモジネートを用いたCaMKII活性測定結果を示すグラフである。
【図9】マウス脳のチトクロームオキシダーゼ活性染色の結果を示す。左が野生型(wild)、右が本実施例の不活性型CaMKIIαノックインマウスであるホモマウス(homo)の脳切片である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明者は、後述の実施例に示すように、遺伝子ターゲッティング法を用いてCaMKIIα遺伝子を不活性型に置換したノックイン動物を作製した。そこで以下、この遺伝子ターゲッティング法を用いた不活性型CaMKIIαノックイン動物の作製方法について簡単に説明する(詳細は後述の実施例にて図面を参照しながら説明する)。
【0022】
〔1〕ターゲッティングベクターの作製
まず、ターゲッティングベクター(ターゲッティングコンストラクト)の作製のため、対象となる動物のCaMKIIα遺伝子の一部を単離する。例えば、ノックインマウスを作製する場合は、マウスのゲノムDNAライブラリーからCaMKIIα遺伝子をスクリーニングすればよい。スクリーニングの条件、方法は特に限定されず、スクリーニングに用いるプローブについても他の動物由来のcDNA等から調製してもよい。後述の実施例においては、ラットCaMKIIαのcDNAから調製したプローブを用いてマウスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングしたが、勿論、マウスCaMKIIαのcDNAからプローブを調製してもよい。あるいは、プローブを用いずに、cDNA情報やゲノム情報からPCRプライマーを設計し、これを用いてマウスゲノムBAC(bacterial artificial chromosome)ライブラリー等からスクリーニングを行い、CaMKIIα遺伝子の一部をクローニングしてもよい。
【0023】
上記スクリーニングにより得られたゲノムDNAクローンを用いて、相同組み換えのためのターゲッティングベクターを構築する。ゲノムDNAクローンは勿論遺伝子全長である必要はなく、不活性型に置換するために必要な領域のみクローニングすればよい。後述の実施例(マウス)においては、エクソン2を含む領域をサブクローニングし、そのうちATP結合に必要な42番目のリジン(Lys-42)に対応する核酸配列(AAG)に1塩基変異を導入し(AGG)、アルギニン(Arg-42)とすることで不活性型に置換した。
【0024】
ターゲッティングベクターは、公知の方法により作製することができ、大略、上記方法で不活性型に置換したゲノムDNAクローン、市販のプラスミド、ポジティブセレクション用のマーカー(PGKneoカセット等)、およびネガティブセレクション用のマーカー(DT-A遺伝子、HSV-tk遺伝子等)などの各フラグメントを適切に連結することにより作製することができる。このとき、各制限酵素切断部位が適切な位置に配されるようターゲッティングベクターを設計するとよい。また、ターゲッティングの効率は相同領域の長さに依存するので、相同領域はできるだけ長いほうが好ましい。さらに、ターゲッティングベクターは環状より直鎖状のほうが好ましいので、直鎖状化のため相同領域以外の部分に一カ所適当な制限酵素切断部位を設けておくとよい。
【0025】
〔2〕不活性型CaMKIIαノックイン動物の作製
上記方法により作製したターゲッティングベクターを、ES細胞等の対象動物由来の全能性細胞にエレクトロポレーション法等により導入し、その後、目的とする相同組み換えが起こった細胞を選別する。選別は、ポジティブ-ネガティブ選択法により薬剤を用いて効率よくスクリーニングできる。選別後、目的とする相同組み換えが起こった細胞を、サザンブロットやPCR法などによって確認する。後述の実施例では、さらにCreレコンビナーゼによってポジティブセレクション用のネオマイシン耐性遺伝子(PGKneo)領域を除去した。
【0026】
最終的に所望の相同組み換えが確認された全能性細胞を、妊娠中の輸卵管または子宮から採取された8細胞期胚または胚盤胞(ブラストシスト)に導入する。8細胞期胚または胚盤胞への細胞の導入は、マイクロインジェクション法等により行うことができるが、これに限定されるものではない。
【0027】
上記8細胞期胚または胚盤胞を常法に従い仮親に移植する。仮親から生まれた生殖系列キメラ動物(好ましくは雄)と、野生型CaMKIIα遺伝子をホモで持つ野生型動物(好ましくは雌)とを交配させることにより、第1世代(F1)として、相同染色体上の一方のCaMKIIα遺伝子が相同組み換えにより不活性型に置換されたヘテロ接合体を得ることができる。さらに、これらヘテロ接合体同士を交配させることにより、第2世代(F2)として、相同染色体上の双方のCaMKIIα遺伝子が不活性型に置換されたホモ接合体を得ることができる。ヘテロ接合体、ホモ接合体の同定は、体の一部(例えば尻尾)を切断し、DNAを抽出してサザンブロットやPCR法などによって遺伝子型を調べればよい。また、第2世代(F2)として、ヘテロ接合体、ホモ接合体と同腹の野生型動物(野生型遺伝子をホモで持つ)を得ることができるが、この野生型動物は対照実験に好適に用いることができる。
【0028】
不活性型CaMKIIαノックイン動物の対象となる動物は、特に限定されるものではないが、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラットなどの哺乳動物が例示される。これらのうち、実験動物として用いるには、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラットが好ましく、なかでも齧歯目がさらに好ましく、近交系が多数作出されており、受精卵の培養、体外受精等の技術が整っているマウスが、特に好ましい。また、全能性細胞としては、受精卵や初期胚のほか、多分化能を有するES細胞、体性幹細胞のような培養細胞を対象とすることができる。
【0029】
以上説明した遺伝子ターゲッティング法は、あくまでその一例を示すものであって、公知の種々の変更が可能であることはいうまでもない。また、本発明以降に新たに開発された方法を使用するものであってもよい。
【0030】
例えば、不活性型CaMKIIαノックインマウスを作製する場合、他の機能ドメイン(カルモジュリン結合ドメイン、会合ドメイン)の機能を保ちながら、キナーゼ活性のみを不活性化したマウス、という意味では、後述の実施例において採用したATP結合に必要なLys-42の点変異以外にも様々な手法を採用することが可能である。
【0031】
種々のセリン/スレオニン(Ser/Thr)プロテインキナーゼのキナーゼドメインについての研究から、その触媒活性に必要な部位は、(1) ATP結合部位、(2) 触媒部位、(3) ペプチド結合部位、の3つの機能部位から構成されることがわかっている。これら3つの機能部位のうちいずれに変異を加えても、プロテインキナーゼ活性を消失させ、不活性型にすることが可能であり、それぞれ対応するアミノ酸残基を含むエクソンをターゲットとして核酸に変異を加え、アミノ酸を置換する操作を行うことにより、本発明の不活性型ノックインマウスの作製が可能である。
【0032】
その中で、上記(1) のATP結合部位に近接するリジン残基(Lys)を化学修飾する、あるいはアラニン(Ala)、ヒスタミン(His)、メチオニン(Met)、アルギニン(Arg)などの別のアミン酸残基に置き換えることにより、不活性型に変換する方法は、種々のプロテインキナーゼを用いて試されてきており、新規のプロテインキナーゼのキナーゼ活性の機能的な重要性を確認する上でも採用されている方法である。実際、CaMKIIαについても、培養細胞へのcDNAの発現実験から、Lys-42をMetやArg、Alaに置き換えると不活性型となることが確認されているため(Neuron, Vol.12 (1994) 943-956頁参照)、後述の不活性型ノックインマウスの作製にあたっては、確実な方法として、Lys-42を置換する方法、従ってエクソン2をターゲットとする方法を採用した。
【0033】
なお、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン細胞についても、上述した遺伝子ターゲッティング法によって作製可能である。
【0034】
〔3〕本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物および同ノックイン細胞の利用方法(有用性)
本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物および同ノックイン細胞は、CaMKIIαのプロテインキナーゼ活性が特異的に阻害されており、勿論、CaMKIIαの機能解析全般に広く利用できるものであるが、単にCaMKIIαの機能解析への利用に止まらず、以下に掲げるような種々の産業上の利用性(有用性)を有するものである。
【0035】
(A) 基礎研究並びに応用研究を含む脳研究全般への利用
前述したように、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物は、CaMKIIαの蛋白としての発現は維持されているが、そのプロテインキナーゼ活性のみが選択的に消失している「機能的ノックアウト動物」である。CaMKIIαは、学習・記憶といった高次脳機能に関連し、またてんかん発作や虚血による脳障害を抑制すると考えられることから、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物は、学習・記憶の障害、てんかん発作、脳障害などの分子メカニズムの解明を含む脳研究全般に広く利用することができる。例えば、(1) 記憶・学習に関わる行動学的・電気生理学的解析、(2) 脳波解析並びに薬物投与あるいは脳内電気刺激による易けいれん性を調べる実験、(3) 脳虚血に対する脆弱性を調べる実験、等に有用である。さらに、各種脳疾患のモデル動物として、脳機能の分子メカニズムのさらなる解明や各種精神神経疾患の病態や治療法の研究に役立つことが期待できる。
【0036】
(B) CaMKIIαの基質蛋白のスクリーニングへの応用
本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物(例えばマウス)を用いて、初代培養神経細胞、あるいは脳スライス等を調製し、外からの薬理学的な刺激によって細胞内のCaMKIIを活性化させ、リン酸化プロテオーム解析を行い、野生型マウス、ホモマウス間で比較すること等により、CaMKIIαの基質を網羅的、かつ効果的に同定することが可能である。
【0037】
主要な脳内蛋白の一つであるCaMKIIα蛋白自体を欠失させたようなノックアウトマウスでは、他の蛋白の発現パターンに様々な変化が生じている可能性が高く、基質蛋白の検索には適さない。一方、CaMKIIαの蛋白としての発現が保たれ、そのキナーゼ活性のみがなくなった不活性型ノックインマウスを用いると、脳内における本来の主要かつ重要な基質蛋白の検索を効果的に行うことが期待できる。
【0038】
(C) CaMKIIαのキナーゼ活性がシナプス蛋白の動態に及ぼす影響の解析
同様に、初代培養神経細胞等を用いて、シナプス前、シナプス後のシナプス関連蛋白の動態を野生型マウス、ホモマウス間で比較観察することにより、CaMKIIαによるシナプス関連蛋白のリン酸化が、その動態やシナプス伝達に与える影響を解析することができる。
【0039】
シナプス関連蛋白は、神経活動に伴ってダイナミックな動態変化を示すことが知られている。CaMKIIαは、シナプス前においては、シナプス小胞結合蛋白のひとつとして、シナプシンIなどの蛋白のシナプス小胞への結合に関与し、また、シナプス後においては、シナプス後肥厚部の主要構成成分として、神経伝達物質受容体やチャネル蛋白と相互作用する。さらに、これらシナプス関連蛋白をリン酸化することにより、神経伝達物質の放出調節や、受容体・チャネル活性の修飾を行う。従って、ノックアウトマウスと異なり、CaMKIIαの活性のみが消失した不活性型ノックインマウスを用いると、蛋白同士の相互作用には影響を与えずに、そのキナーゼ活性がシナプス関連蛋白の動態やシナプス伝達に与える影響を効果的に検証することができる。
【0040】
なお前述のように、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物(細胞)においては、CaMKIIαの蛋白としての発現は保たれているために、CaMKIIαの他の蛋白質との結合能は保持されている。ここで、「他の蛋白質」とはシナプス関連蛋白のことであり、具体的には、シナプス前終末に存在するシナプス小胞結合蛋白、シナプシンI、シナプス後に存在するシナプス後肥厚部膜蛋白NMDA型グルタミン酸受容体、デンシン-180などを指すものである。
【0041】
(D) CaMKIIαの活性調節に重要な役割を果たす自己リン酸化部位のリン酸化調節機構の解析
野生型マウス、ホモマウスの脳ホモジネートを用いて、脳内におけるCaMKIIの自己リン酸化状態を比較、解析することにより、生体内における自己リン酸化の調節機構を明らかにすることが可能である。
【0042】
CaMKIIは、中枢神経系における細胞内Ca2+シグナルの主要な担い手として、神経活動に依存した脳機能の修飾に重要な働きをすると考えられている。CaMKIIは、細胞内Ca2+の上昇によって活性化されたカルモジュリン(Ca2+結合型カルモジュリン、Ca2+/カルモジュリン)が結合することにより活性化されて、様々な基質蛋白質をリン酸化できるようになる。この活性化の際には、調節ドメインの中にある286番目(ラットおよびマウスの場合)のアミノ酸、スレオニン(Thr-286)の自己リン酸化が起こる。このThr-286の自己リン酸化は、細胞内Ca2+の濃度が低下した後にもフォスファターゼ(脱リン酸化酵素)によって脱リン酸化されない限り、CaMKIIを活性化状態、すなわち蛋白質リン酸化活性を保った状態に維持することから、一過性の細胞内Ca2+の上昇を持続性のシグナルに変換させるスイッチ機構として、記憶・学習の基本となるシナプス可塑性に重要な役割を果たすと考えられている。
【0043】
CaMKIIは、10~12個の相同なサブユニット(脳の場合は、αとβ)からなる多量体構造を形成しており(ホロ酵素)、これまで、試験管内で精製したCaMKIIを用いた種々の実験から、活性化に必要なThr-286の自己リン酸化は、ホロ酵素内で隣接するサブユニット間で起こると考えられてきた。CaMKIIαの蛋白としての発現が保たれ、そのキナーゼ活性のみが失活した不活性型ノックインマウスでは、CaMKIIαが単独であるいはCaMKIIβと共に多量体構造を形成する機能が保たれ、かつ基質としてのThr-286も保たれているために、そのキナーゼ活性がなくなった場合に、ホロ酵素内でのCaMKIIαのThr-286(CaMKIIβの場合はThr-287)の自己リン酸化がどの程度起こっているのかを解析することにより、「自己リン酸化が隣接するサブユニット間で起こる」という上記仮説を検証し、かつ新たな調節機構の有無を検索するための最適なモデルになると考えられる。CaMKIIαの蛋白自体がなくなってしまったようなノックアウトマウスでは、このような解析は不可能である。
【0044】
(E) 注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの精神疾患の病態解明や治療法検索のためのモデル動物としての利用
後述の実施例により作製した本発明の不活性型CaMKIIαノックインホモマウスの脳を用いて組織学的検索を行ったところ、光学顕微鏡レベルでの構造上の異常は認められなかったが、神経細胞の活動性を反映するチトクロームオキシダーゼ活性染色によって、側坐核、扁桃体をはじめとする大脳辺縁系における神経活動が、野生型と比較して明らかに低下していた(図9参照)。
【0045】
これら側坐核などの部位は、セロトニン系、ドパミン系を介して、動物個体の情動行動を制御していることが知られており、小児における注意欠陥・多動性障害(ADHD)や統合失調症をはじめとする精神疾患の症状の出現との関連も示唆されている。実際、上記ノックインマウスでは、行動学的にも多動症状が観察されており、これら注意障害を伴う機能性精神疾患との関連が強く示唆される。従って、本発明のノックイン動物は、これら疾患の病態の解明や治療法の検索、薬剤スクリーニングのためのモデル動物として有用と考えられる。
【0046】
本発明の不活性型CaMKIIαノックイン細胞についても、上述した (A)~(E) と同様の有用性を有するものである。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物として、不活性型CaMKIIαノックインマウスを作製した実施例について説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0048】
〔実施例1:ターゲッティングコンストラクトの作製〕
図1は、本実施例の不活性型CaMKIIαノックインマウスの作出方法に用いた遺伝子ターゲッティング法を説明する図である。図中、上から順に、不活性型CaMKIIαノックインマウス作製のためのターゲッティングコンストラクト(targeting construct)、正常のCaMKIIα遺伝子(wild type allele)、相同組み換えを起こしたCaMKIIα変異遺伝子(mutated allele)、Creレコンビナーゼの作用によってネオマイシン耐性遺伝子を削除したCaMKIIα変異遺伝子(mutated allele after Cre recombination)の構造をそれぞれ模式的に示す。N、K、X、EV、A、Hは、それぞれNotI、KpnI、XbaI、EcoRV、ApaI、HindIIIの制限酵素切断部位を示す。
【0049】
本ターゲッティング法においては、まず、マウスと相同性の高いラットCaMKIIαのcDNAを用いて、マウスTT2細胞株(胚性幹細胞、ES細胞)のゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、マウスCaMKIIαのエクソン2(exon2)を含む遺伝子断片を得た。エクソン2は、CaMKIIαの活性中心である42番目のアミノ酸残基、リジン(Lys-42)に相当する核酸配列を含むエクソンである。この遺伝子断片をプラスミドベクターに挿入した後に、制限酵素地図を作製し(図1のwild type allele参照)、さらにサブクローニングを行った。
【0050】
変異オリゴヌクレオチドを用いたPCR法によって、エクソン2内のLys-42に対応する核酸配列(AAG)に1塩基変異を導入し(AGG)、アルギニン(Arg-42)となるよう点変異を起こさせた(図1のtargeting construct参照。図中、★印は点変異が導入されたことを示す)。この点変異導入の確認は、核酸配列の決定によって行った。この点変異によって、新たにBstNI制限酵素による切断部位を生じさせることができた(図2参照)。
【0051】
さらに、loxP配列に挟まれたネオマイシン耐性遺伝子(PGKneo)をエクソン2の3’側のイントロン内のApaI制限酵素切断部位に、また、ジフテリア毒素A遺伝子(MC1-DT-A)を非相同領域に挿入することにより、ターゲッティングコンストラクトを完成させた(図1のtargeting construct参照)。
【0052】
〔実施例2:ターゲッティングコンストラクトのES細胞への導入〕
上記ターゲッティングコンストラクトを大量精製した後、制限酵素処理によって直線化し、ES細胞(TT2細胞)へのエレクトロポレーションに用いた。抗生物質G418を用いたスクリーニングによって、ネオマイシン耐性ESコロニーをピックアップし、そのゲノムDNAをPCR法とサザンブロット法によって解析し、総数524個のコロニーの中から、4個の相同組み換え体を確認した。相同組み換えが起こったアレルの構造が、図1のmutated alleleに示される。
【0053】
上記方法により得られた陽性コロニーについては、点変異を挟む部分のPCR産物(図2に示される0.29kbの断片)の核酸配列の決定により、実際に目的の変異が導入されていることを確認した。このうち2個の陽性コロニーについて、発現ベクターを用いてCreレコンビナーゼをpuromycin N-acetyltransferase(Pac)と共にエレクトロポレーションによって導入し、抗生物質ピューロマイシンを用いたスクリーニングによって、Creレコンビナーゼが導入されたESコロニーをピックアップした。それらのゲノムDNAをPCR法とサザンブロット法によって解析し、Creレコンビナーゼの作用によってネオマイシン耐性遺伝子が除去され、loxP配列のみが残った陽性コロニーを得た(図1のmutated allele after Cre recombination参照)。これらの陽性クローンについても、再度、点変異を挟む部分のPCR産物の核酸配列の決定により、実際に目的の点変異が導入されていることを確認した。
【0054】
〔実施例3:不活性型CaMKIIαノックインマウスの作製〕
相同組み換えが起こり、かつネオマイシン耐性遺伝子が削除された上記ES細胞の陽性クローンを常法に従ってマウス8細胞期胚にマイクロインジェクションすることにより、キメラマウスを得た。さらにこのキメラマウスを野生型マウスと交配した結果、ES細胞由来の遺伝子を持つマウスである「不活性型CaMKIIαノックインマウス」を得ることができた。
【0055】
〔実施例4:不活性型CaMKIIαノックインマウスの解析-DNAレベルの解析-〕
上記方法により作出された不活性型CaMKIIαノックインマウスについて、変異遺伝子が相同組み換えによって導入されていることをサザンブロット解析によって確認した。その実験結果が図3に示される。
【0056】
詳細には、野生型マウス(+/+)、相同染色体の一方に不活性型CaMKIIα遺伝子が導入されたヘテロマウス(+/-)、相同染色体の双方に不活性型CaMKIIα遺伝子が導入されたホモマウス(-/-)の尾の組織からそれぞれゲノムDNAを抽出し、サザンブロット解析を行った。使用したプローブは、ターゲッティングコンストラクトの3’側下流、非相同領域に対応する3’プローブ(3’ probe)、及び、ターゲッティングコンストラクトの内部、相同領域に対応する内部プローブ(internal probe)の2種類である(図1参照)。各ゲノムDNAを制限酵素ApaIで処理後、3’ probeによる検出結果が図3(a)に、制限酵素EcoRVで処理後、internal probeによる検出結果が同図(b)に示される。
【0057】
野生型(+/+)では、(a)ApaI digest.で4.5kb、(b)EcoRV digest.で3.68kbのバンドが検出されるのに対し、不活性型CaMKIIαノックインホモマウス(-/-)では、(a)ApaI digest.で5.5kb、(b)EcoRV digest.で2.15kbと遺伝子の相同組み換えを示す変異バンドが検出される。ヘテロマウス(+/-)では、野生型とホモマウスで認められた両方のバンドが検出される。図3に示す実験結果から、変異遺伝子が相同組み換えによって導入されていることが確認された。
【0058】
また、ゲノムDNAのPCR解析によって各マウスの遺伝子型の決定(genotyping)を行った。その結果が図4に示される。図中、(a)は、エクソン2の3’下流のイントロン内に残存するloxP配列挿入部分を挟むプライマーを用いたPCR解析(loxP-PCR)によって、loxP配列の有無を検出することにより、各マウスの遺伝子型を決定した結果である。同図に示すように、野生型マウス(+/+)のloxP-PCR産物が220bpであるのに対して、ホモマウス(-/-)では、loxP配列の挿入によって287bpと長くなっている。
【0059】
図4(b)は、エクソン2内の点変異導入部分を挟むPCR産物をBstNIで制限酵素処理(PCR → BstNI digest.)することにより、変異マウスに新たな切断部位が出現していること、すなわち塩基配列の置換(点変異)が起こっていることを確認した結果である。図2に示すように、CaMKIIα遺伝子のエクソン2内に存在する核酸配列AAG(Lys-42に相当)をAGG(Arg-42に相当)へと1塩基置換(点変異)を生じさせることにより、新たなBstNI制限酵素切断部位が出現する。従って、図4(b)に示すように、野生型マウス(+/+)では194bpと97bpの2本のバンドが出現するのに対し、ホモマウス(-/-)では、新たなBstNI制限酵素切断部位ができるために、131bp、97bp、63bpの3本のバンドが出現する。ヘテロマウス(+/-)では、194bp、131bp、97bp、63bpの4本のバンドが検出できる。
【0060】
さらに、エクソン2内の点変異導入部分を挟むPCR産物の核酸配列を直接決定することにより、点変異導入の確認を行った。その結果が図5に示される。野生型(wild type)ではLys-42に相当する塩基配列(AAG)、ホモマウス(homozygote)ではArg-42に相当する塩基配列(AGG)、ヘテロマウス(heterozygote)ではAAGとAGGの配列が混在していることが直接確認できた。
【0061】
〔実施例5:不活性型CaMKIIαノックインマウスの解析-蛋白レベルの解析-〕
次に、マウス脳のホモジネートを用いて、ウェスタンブロットによる蛋白レベルの解析を行った。その結果が図6に示される。CaMKIIαに特異的に反応する抗体による検出では、前脳(forebrain)、小脳(cerebellum)共に、野生型(+/+)、ホモマウス(-/-)間で、CaMKIIα蛋白レベルに明らかな差は認められなかった(同図上)。このことから、1アミノ酸置換の遺伝子操作によって、CaMKIIα蛋白の発現レベルにはほとんど影響を与えないことが明らかとなった。さらに、CaMKIIのもう一つのサブユニットであるβについても特異抗体を用いて調べたところ、前脳、小脳共に、野生型、ホモマウス間で、その発現に差は認められなかった(同図下)。
【0062】
次に、マウス脳のホモジネートを用いて、特異的なペプチド基質によるCaMKIIの活性測定を行った。その結果、図7に示すように、CaMKIIαがβに比べて優位である前脳においては、ヘテロマウス(hetero)、ホモマウス(homo)では、野生型(wild)と比べて、それぞれ71.5%(約7割)、38.8%(約4割)の活性しか認められなかった。ホモマウスにおける残存活性は、CaMKIIβによるものと考えられる。
【0063】
一方、CaMKIIβがαに比べて優位である小脳においては、図8に示すように、野生型、ヘテロマウス、ホモマウス間でほとんど活性に差が認められなかった。従って、遺伝子に変異を導入したCaMKIIαは、プロテインキナーゼ活性を持たない不活性型と考えられる。
【0064】
以上の結果から、不活性型CaMKIIαノックインマウスでは、CaMKIIαの蛋白レベルでの発現はほぼ正常に保たれているが、プロテインキナーゼ活性のみが選択的に消失していると考えられる。
【0065】
〔実施例6:不活性型CaMKIIαノックインマウスの出生、生存率〕
ヘテロマウス同士の交配によって生まれたマウス93匹の遺伝子型と性別の割合の解析を生後4週齢で行った。その結果を下記表1に示す。
【0066】
【表1】
JP0004707655B2_000002t.gif

【0067】
表1に示すように、ヘテロマウスが約半数、野生型、ホモマウスがそれぞれ約4分の1ずつと、メンデルの法則に従って生まれていることが判明した。すなわち、マウスゲノムに導入された遺伝子変異自体は動物の出生、生存に直接影響を与えないことがわかった。さらに、オス、メスの割合もほぼ同数ずつであった。ノックアウトマウスではしばしば繁殖能力の著しい低下がみられるのに対して、本発明の不活性型CaMKIIαノックインマウスではそのような繁殖能力の低下は認められず、この点からも有用性の高いマウスということができる。
【0068】
〔実施例7:不活性型CaMKIIαノックインマウスにおける神経活動の低下〕
神経細胞の活動性を反映するチトクロームオキシダーゼ活性染色によって、野生型と不活性型CaMKIIαノックインマウスとの間で神経活動に差異が生ずるか調査した。図9は、その結果を示す脳切片であり、左が野生型(wild)、右が本実施例の不活性型CaMKIIαノックインマウスであるホモマウス(homo)の脳切片である。
【0069】
同図に示すように、大脳皮質(Cx)、線条体(CPu)での活性は、野生型、ホモマウス間で大きな差が認められないが、側坐核(Acc)での活性は、野生型に比べて、ホモマウスで低下していた。定量比較を行うために、それぞれの切片において、四角で囲った部分の平均濃度を測定し、側坐核での値を大脳皮質での値に対する割合(Acc/Cx)として比較すると、野生型では120.1%であるのに対し、ホモマウスでは99.8%となり、ホモマウスでは、側坐核におけるチトクロームオキシダーゼ活性が相対的に低下していた。この結果は、ホモマウスの側坐核における神経細胞の活動性の低下を示している。
【0070】
〔実施例8:不活性型CaMKIIαノックインマウスにおけるけいれん閾値の低下と死亡率〕
成体に達したマウスを用いて、けいれん誘発剤、ペンチレンテトラゾールの腹腔内投与(50mg/kg)を行ったところ、野生型マウスでは、全身性のクローヌスが起こったが、それ以上、けいれんへの発展がなかったのに対し、本発明の不活性型CaMKIIαノックインマウスであるホモマウスでは、全身性クローヌスに引き続き、間代性・強直性けいれんが出現し、さらに一部のマウスでは死に至るなど、けいれんの重篤化が認められた。従って、不活性型CaMKIIαノックインマウスでは、正常動物と比較して、けいれん閾値が低下していると考えられる。
【0071】
また、生後4週齢から半年までの期間におけるマウスの死亡数を調べたところ、野生型マウスでは53匹中0匹(0%)であったのに対し、ヘテロマウスでは95匹中5匹(5%)、ホモマウスでは48匹中12匹(25%)と、不活性型CaMKIIαノックインマウスにおいて、明らかに死亡率が高くなっていた。この結果は、外的・内的侵襲に対して、不活性型CaMKIIαノックインマウスが脆弱であることを反映していると考えられる。
【0072】
以上の結果は、本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物が、てんかん発作、脳障害のモデル動物として有用である可能性を具体的に示すものといえる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の不活性型CaMKIIαノックイン動物および同ノックイン細胞は、CaMKIIαのプロテインキナーゼ活性のみが特異的に障害されているので、前述したとおり、より特異性の高い機能障害動物(又は細胞)として、学習・記憶の障害、てんかん発作、脳障害などの研究を含む脳・神経科学の諸研究に広く利用することができるほか、産業上種々の利用可能性を有するものである。


図面
【図1】
0
【図2】
1
【図5】
2
【図7】
3
【図8】
4
【図3】
5
【図4】
6
【図6】
7
【図9】
8