TOP > 国内特許検索 > 蛋白質の探索方法 > 明細書

明細書 :蛋白質の探索方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4891874号 (P4891874)
公開番号 特開2009-063487 (P2009-063487A)
登録日 平成23年12月22日(2011.12.22)
発行日 平成24年3月7日(2012.3.7)
公開日 平成21年3月26日(2009.3.26)
発明の名称または考案の名称 蛋白質の探索方法
国際特許分類 G01N  33/68        (2006.01)
G01N  27/447       (2006.01)
G01R  33/465       (2006.01)
FI G01N 33/68
G01N 27/26 315H
G01N 24/08 510Q
請求項の数または発明の数 13
全頁数 18
出願番号 特願2007-232792 (P2007-232792)
出願日 平成19年9月7日(2007.9.7)
審査請求日 平成22年9月1日(2010.9.1)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503359821
【氏名又は名称】独立行政法人理化学研究所
発明者または考案者 【氏名】菊地 淳
【氏名】雪 真弘
【氏名】守屋 繁春
【氏名】工藤 俊章
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100096183、【弁理士】、【氏名又は名称】石井 貞次
【識別番号】100118773、【弁理士】、【氏名又は名称】藤田 節
審査官 【審査官】加々美 一恵
参考文献・文献 特表2002-536664(JP,A)
特開2005-181332(JP,A)
特開2004-085206(JP,A)
国際公開第2003/020960(WO,A1)
調査した分野 G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
生物又は生物群に物質を供給した場合に特異的に発現する蛋白質を探索する方法であって、以下の工程:
(1)一方の生物又は生物群に選択物質を、他方の同じ生物又は生物群に対照物質をそれぞれ供給する工程、
(2)該生物又は生物群の両方において、該選択物質及び対照物質由来の1種又は複数の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程、
(3)該生物又は生物群の両方において、該選択物質及び対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の変動を経時的に測定する工程、
(4)各時点における該代謝産物の量の変動と該蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、選択物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しかつ対照物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しない経時変化をする蛋白質を候補蛋白質とする工程、
(5)該候補蛋白質のアミノ酸配列を同定する工程、
を含む前記方法。
【請求項2】
工程(5)における候補蛋白質のアミノ酸配列の同定を、該候補物質のアミノ酸配列の部分配列を決定した後にcDNAライブラリーからの配列、公知の配列又はそれらの組み合わせに基づいて行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生物又は生物組織からcDNAライブラリーを作製する工程をさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
生物又は生物群が、複合微生物集団、あるいは、該複合微生物集団を内包する動物もしくは植物又は動物群もしくは植物群である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
複合微生物集団が、腸内細菌叢、共生原生生物集団、又は植物根圏微生物集団である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
共生原生生物集団が、シロアリ共生原生生物集団である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
生物又は生物群が、セルロース分解能を有するものである、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
選択物質又は対照物質が、天然又は合成の高分子化合物又は低分子化合物、無機化合物、無機イオン、及び気体からなる群から選択される、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
工程(1)の前に、前記選択物質及び/又は前記選択物質の安定同位体を供給し、選択物質の代謝時間を測定する工程をさらに含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
工程(5)の後に、以下の工程:
(6)該候補蛋白質をコードする遺伝子を宿主に導入し発現させるか又は無細胞系で発現させて該蛋白質及びその遺伝子の機能を確認する工程、
をさらに含む、請求項1~9に記載の方法。
【請求項11】
代謝産物の量を、代謝産物の官能基の構造に基づいて解析する、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
解析をNMR法によって行う、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
蛋白質の量を、二次元電気泳動法によって解析する、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、生物または生物群に物質を供給した場合に特異的に発現する蛋白質を探索する方法に関する。この方法は、代謝に関わる蛋白質を探索可能とするだけでなく、該蛋白質の生物学的又は生理学的機能の同定も可能にする。
【背景技術】
【0002】
非モデル生物、特に生態系中の微生物群集の大部分を占める培養困難な微生物複合系およびそれを内包する動植物の生物系は、これまでほとんど遺伝子資源として用いられることはなかった。しかし、昨今の分子生物学的解析手段の発達により、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法および各種オミックス解析によるこれらの資源へのアクセスは、徐々に始まりつつある。
【0003】
これらの複合生物系からの遺伝子資源の取得法として現在広く用いられ始めている手法はメタゲノム解析であり、環境中の微生物群集よりその遺伝物質を回収し、その配列を明らかにすることによってそこに存在する全遺伝子を収集するという手法がとられている。しかし、この手法ではその集団が担っている生態系機能に対する重要さと関係なく非常に大量の遺伝子が取得されることから、その中から真に機能的に重要な遺伝子を見いだすことは非常に困難である。
【0004】
本発明者らは、これまでこのような難培養性微生物複合系より、発現遺伝子のみを対象とした網羅的遺伝情報収集法を開発している。この手法では複合微生物系より個々の生物を分離することなくcDNAライブラリーを構築し、その中で発現している遺伝子のみを回収するという方法で、実際にその機能集団中で作用している遺伝子を網羅的に収集することが可能となる。例えば、シロアリ共生原生生物集団より作成したcDNAライブラリーより、当該微生物集団の主要な機能を担うと考えられる糖質加水分解酵素群を得ることに成功している(非特許文献1及び2)。しかしながら、この方法についても、得られた遺伝子と実際の微生物複合系のもつ機能、すなわち代謝過程に伴って引き起こされる有用な生化学的反応又は生態的に意味のある生物学的反応との間の相関関係を議論することはできず、実際に産業上重要な反応に関係する遺伝子情報を組織だって取得することは困難である。このため、複合微生物集団あるいは難培養性の未利用微生物等からの有用遺伝子資源開発に当たっては、現在代謝経路と遺伝情報を相関付けることが可能な技術の開発が待望されている。
【0005】
これに関連して、Rantaleinenら(非特許文献3)は、最近、ヒト前立腺癌移植片を移植したマウスモデルと対照動物との血漿プロフィールの差を調べ、特定の代謝産物と蛋白質の間に相関があることを見出した。しかし、彼らは、個体差の相関を見たにすぎず、複合微生物集団などの複雑な系での機能性蛋白質の探索や遺伝子機能の探索について、その解決策を提供していない。
【0006】

【非特許文献1】Todaka, N et al. FEMS Microbiol Ecol. 59(3):592-599 (2007)
【非特許文献2】Inoue, T et al. Gene. 11(349):67-75 (2005)
【非特許文献3】Rantaleinen, M et al. J. Proteome Res., 5:2642-2652 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、非モデル生物はゲノム配列が明らかになっていないため、多彩な機能を有する非モデル生物から得られた遺伝子機能について、実際に産業上重要な反応に関係する遺伝子情報を組織だって取得することは困難であった。このため、上述のとおり、複合微生物集団からの有用遺伝子資源開発に当たっては、現在代謝経路と遺伝情報を相関付けることが可能な技術の開発が待望されている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、植物バイオマスを分解できるシロアリ複合生物系を一つの例として採りあげ、シロアリに摂食源としてセルロースとデンプンを別々に摂食させた場合の、経時的に変動する代謝産物量を、H-NMRの特異的シグナルに着目しながら調べた。同時に蛋白質量を二次元電気泳動で追跡し、相関解析の結果、セルロースを摂食源としたときに上述の代謝産物量と同時に変動する蛋白質を、セルロース分解に関わる蛋白質であると仮定した。この蛋白質スポットについてN末端解析、ならびにLC/MS解析によりアミノ酸配列を決定し、該蛋白質が、自作のcDNAライブラリーから予測した通り、セルロース分解に関わる蛋白質であると決定した。加えて、13C植物から調製した13C-セルロースをシロアリ複合生物系に摂食させることで、該複合生物系によって13C-セルロースが分解され、13C-酢酸にまで代謝されることを確認した。加えて、物理的なリグノセルロース破砕を行うために用いる前腸の破砕装置の成分であるクチクラの合成に関係する蛋白質について、デンプン摂食時に特異的にその発現量が低下することも示され、環境に応じた動物の組織生理的な変化に関わる遺伝情報を観測することにも成功した。従ってNMRスペクトルが示す官能基情報を利用して、トップダウン的に蛋白質機能が未利用遺伝子機能情報に等しいとして探索、確認する新しい方法論、並びに、環境に応じた生物の組織的生理的変動を診断する新しい手法を今回開発した。
【0009】
本発明は、上記の知見に基づくものであるが、その知見は、シロアリ複合生物系に限定されず、他の非モデル生物を含む広い生物系にまで拡張可能であり、これによって、生物または生物群の蛋白質又は遺伝子、あるいは、その生理学的又は生物学的機能を見出すための新規の方法を提供することを可能にする。
【0010】
発明の概要
本発明は、以下のとおり要約される。
本発明の一の態様により、本発明は、生物又は生物群に物質を供給した場合に特異的に発現する蛋白質を探索する方法であって、以下の工程:
(1)一方の生物又は生物群に選択物質を、他方の同じ生物又は生物群に対照物質をそれぞれ供給する工程、
(2)該生物又は生物群の両方において、該選択物質及び対照物質由来の1種又は複数の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程、
(3)該生物又は生物群の両方において、該選択物質及び対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の変動を経時的に測定する工程、
(4)各時点における該代謝産物の量の変動と該蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、選択物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しかつ対照物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しない経時変化をする蛋白質を候補蛋白質とする工程、
(5)該候補蛋白質のアミノ酸配列を同定する工程、
を含む前記方法を提供する。
【0011】
本発明の一の実施形態において、本発明の方法は、前記生物又は生物組織からcDNAライブラリーを作製する工程をさらに含むことができる。
【0012】
本発明の別の実施形態において、前記工程(5)における候補蛋白質のアミノ酸配列の同定を、該候補物質のアミノ酸配列の部分配列を決定した後にcDNAライブラリーからの配列、公知の配列又はそれらの組み合わせに基づいて行うことができる。
【0013】
本発明の別の実施形態において、前記生物が非モデル生物である。
【0014】
本発明の別の実施形態において、前記生物又は生物群が、複合微生物集団、あるいは、該複合微生物集団を内包する動物もしくは植物又は動物群もしくは植物群である。
【0015】
本発明の別の実施形態において、前記複合微生物集団が、腸内細菌叢、共生原生生物集団、又は植物根圏微生物集団である。
【0016】
本発明の別の実施形態において、前記生物又は生物群が、セルロース分解能を有するものである。このような生物又は生物群の例は、シロアリ共生原生生物集団である。
【0017】
別の実施形態において、前記選択物質又は対照物質が、天然又は合成の高分子化合物又は低分子化合物、無機化合物、無機イオン、及び気体からなる群から選択される。
【0018】
別の実施形態において、前記工程(1)の前に、前記選択物質及び/又は前記選択物質の安定同位体を供給し、選択物質の代謝時間を測定する工程をさらに含む。
【0019】
別の実施形態において、前記工程(5)の後に、以下の工程:
(6)該候補蛋白質をコードする遺伝子を宿主に導入し発現させるか又は無細胞系で発現させて該蛋白質及びその遺伝子の機能を確認する工程、
をさらに含む。
【0020】
別の実施形態において、代謝産物の量を、代謝産物の官能基の構造に基づいて解析する。
【0021】
別の実施形態において、前記解析をNMR法によって行う。
【0022】
別の実施形態において、蛋白質の量を、二次元電気泳動法によって解析する。
【0023】
本発明はまた、上記の発明と関連する別の態様において、生物又は生物群において互いに相関性をもちかつ協働的に機能する複数の蛋白質を探索する方法であって、以下の工程:
(1)一方の生物又は生物群に選択物質を、他方の同じ生物又は生物群に対照物質をそれぞれ供給する工程、
(2)選択物質又は対照物質由来の1種又は複数の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程、
(3)選択物質又は対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の変動を経時的に測定する工程、
(4)各時点における該代謝産物の量の変動と該蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、特定の代謝産物の量と同時に変動する蛋白質及び/又は特定の代謝産物の量と同時に変動しない蛋白質を選択する工程、
(5)工程(4)で選択された蛋白質の部分配列を決定し、該蛋白質を同定する工程、
を含む前記方法を提供する。
【0024】
定義
本明細書中で、本発明に関して使用する下記の用語は、以下の意味を含むことができる。
「非モデル生物」なる用語は、従来生物学研究に用いられてきた遺伝背景の整備された易培養・育成性の生物以外の生物又は生物群を意味する。
【0025】
「物質」なる用語は、その生物もしくは生物群の生存に必須である因子等の天然物又は合成物質、或いは、代謝系を変動する等に資するために供給される物質の総体を意味する。
【0026】
「選択物質」なる用語は、本発明の方法の実施のために選択される上記物質を意味する。
【0027】
「代謝産物」なる用語は、その生物もしくは生物群における生化学的反応によって生成される物質を意味する。
【0028】
「複合微生物集団」なる用語は、培養の可否を問わず、複数の微生物が同所的に存在し、相互に生存に重要な機能を果たしている状態を意味する。
【0029】
「供給する」なる用語は、摂食、投与、塗布、吸収、提供などを含む、生物に資化可能な物質を与えることを意味する。
【発明の効果】
【0030】
本発明の方法は、生物又は生物群に物質を供給することを利用した代謝に関わる蛋白質とその機能を探索することを可能にする。具体的には、生物又は生物群において、物質の供給(例えば摂食)後の代謝産物及び発現蛋白質の経時的変動の相関を調べるため、ある特定の物質の代謝に関わる機能性蛋白質(群)だけでなく、該蛋白質(群)の意味のある(生理学的又は生物学的)機能を見出すことができる。従来の手法を用いて機能未知の蛋白質を取得したとしても、該蛋白質の機能を解明することは容易ではなかった。これに対して、本発明の方法は、供給する物質を選択することによって、その選択物質の代謝に関わる蛋白質(群)を解析し、その中から機能的に重要な蛋白質(群)を選抜することができるという利点を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、生物又は生物群に物質を供給した場合に特異的に発現する蛋白質を探索する方法であって、以下の工程:
(1)一方の生物又は生物群に選択物質を、他方の同じ生物又は生物群に対照物質をそれぞれ供給する工程、
(2)該生物又は生物群の両方において、該選択物質及び対照物質由来の1種又は複数の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程、
(3)該生物又は生物群の両方において、該選択物質及び対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の変動を経時的に測定する工程、
(4)各時点における該代謝産物の量の変動と該蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、選択物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しかつ対照物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しない経時変化をする蛋白質を候補蛋白質とする工程、
(5)該候補蛋白質のアミノ酸配列を同定する工程、
を含む前記方法を提供する。
【0032】
本発明における「生物」は、ヒトを含むあらゆる生物、すなわち原核生物及び真核生物を包含するものとする。原核生物は、特に細菌又は細菌集団を含む。さらに細菌集団には、宿主に共生する複合微生物集団、例えば動物由来(例えば、ヒト、マウス及びラットを含む哺乳動物由来)の腸内細菌叢又は糞便サンプル、共生原生生物集団(例えば、シロアリなどの昆虫の共生原生生物集団)、植物根圏微生物集団などが含まれる。また、真核生物は、菌類、例えば酵母、真菌、担子菌(きのこ類を含む)など、動物、例えば脊椎動物(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類及び魚類)、無脊椎動物(例えば節足動物、刺胞動物など)など、植物、例えば双子葉植物、単子葉植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、藻類などを含む。
【0033】
また、例えば遺伝子のノックアウトあるいは組み換え技術等により作出された疾患モデル生物やキメラ生物等、あるいは脂質等の高エネルギー物質を多く含む餌を与え太らせることにより作出するいわゆるメタボリックシンドロームのモデル生物等、疾患には至っておらずとも健常時に比べ特定の状況下にあるモデル生物も含む。
【0034】
本発明は非モデル生物に対しても有効である。これらの生物は、上記定義のとおり、未知の側面が多く、一般に培養困難であることを特徴とし、例えば、非限定的に、共生原生生物集団、腸内細菌叢、環境微生物集団などの生物又は生物群を含むことができる。
【0035】
後述の実施例では、シロアリ及びそれに共生する原生生物集団を例示し、セルロース分解に関与する蛋白質の探索のために使用した。シロアリ腸内には、木質成分の分解細菌群、メタン生成古細菌、スピロヘータ群、その他の未知細菌群などを含む原生生物群が共生していることが知られている(大熊盛也ら、蛋白質・核酸・酵素43:1237-1245 (1998))。セルロースは原生生物によって酢酸にまで分解され、シロアリのエネルギー源となる。このように、本発明方法における生物には、セルロース分解能を有する生物が含まれる。
【0036】
腸内細菌は、ヒトを含む動物の腸内に生息する細菌である。例えばヒトの腸内には100種類以上とも3000種類以上ともいわれる腸内細菌が存在する。腸内細菌は、動物が摂取した栄養分の一部を利用して生活し、他の種類の腸内細菌との間で数のバランスを保ちながら腸内細菌叢を形成していることが知られている。腸内細菌は、動物が摂取した栄養源を発酵することで増殖し、同時に蛋白質や糖質の分解、代謝産物の生成などによって、消化・吸収機能の向上、代謝系の活性化、免疫力の活性化、ビタミン類の合成、脂質代謝の活性化、感染防御などの役割を果たし、宿主の恒常性維持に役立っている。
【0037】
植物根圏微生物集団は、植物の根圏に存在し、植物と共生する土壌細菌群である。例えば根粒菌は、マメ科植物と共生窒素固定を行う土壌細菌であり、根圏で窒素循環微生物コミュニティを形成する。また、この微生物集団は、PCB、TPH、PAH、重金属などの汚染物質の環境浄化の役割を果たすことも可能であるし、樹木の場合には森林の再生に役立つことも知られている。
【0038】
本発明における生物又は生物群には、陸上の植物を昆虫が摂食する生態系、水圏の植物プランクトンを魚類が摂食する生態系などの自然の生態系も包含されるものとする。
【0039】
本発明の方法は、生物又は生物群において機能未知の蛋白質(又はその遺伝子)あるいはその機能を、該生物又は生物群に対して特定の物質を供給(例えば摂食、投与又は吸収)した後の代謝産物の量的変動と、発現する蛋白質の量的変動とを経時的にモニターし、該代謝産物と該蛋白質との間の相関関係を経時的かつ量的変動について解析し、これによって選択物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しかつ対照物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しない経時変化をする蛋白質を候補蛋白質とするように目的の蛋白質を探索し、同定し、並びに、該蛋白質の生理学的又は生物学的機能を明らかにすることを含む。この方法の工程(1)から(5)のそれぞれについて、以下に説明する。
【0040】
(1)生物(群)に選択物質又は対照物質を供給する工程
本発明方法の第1工程では、生物(群)に、代謝可能な選択物質又は対照物質を供給することを含む。上記定義の通り、「供給する」とは、生物(群)に資化可能な物質を与えること、例えば摂食、投与、塗布、吸収、供給などを意味する。
選択物質及び対照物質は、代謝可能であれば、いかなる種類の物質であってもよく、例えば天然又は合成の高分子化合物又は低分子化合物、無機化合物、無機イオン、及び気体からなる群から選択される。それらの例は、以下のものに限定されないが、多糖類(例えばセルロース、デンプン、マンナン、イヌリンなど)、脂質類(例えば不飽和脂肪酸、ステロイド、ビタミン、カロチンなど)、蛋白質もしくはペプチド類(例えばグルテン、コラーゲン、トリプトン、ペプトンなど)、小有機分子、例えば芳香族化合物類(例えばポリフェノール、リグニンなど)、薬剤化合物、核酸など、無機化合物又は無機イオン(例えばリン酸マグネシウム、カルシウム、亜鉛など)、気体分子(例えば二酸化炭素、窒素など)などを含む。
【0041】
代謝産物の例として、例えば、多糖類の場合、ラフィノース、キシロースなど、脂質類の場合、コレステロール、トリグリセリドなど、ペプチド類の場合、グルタチオン、ジペプチドなど、芳香族化合物類の場合、馬尿酸、チロシン、リグニンモノマーなど、気体分子の場合、植物におけるような炭酸固定や窒素固定による有機化合物およびその誘導体、アミノ酸、アンモニア・硝酸・亜硝酸態窒素化合物およびその誘導体などを例示することができる。
【0042】
供給する物質の選択は、例えば固有の餌、環境中物質、地質成分、大気成分、薬効成分などに基づいて行うことができる。後述の実施例に記載されるようなシロアリの場合、木材、とりわけセルロースを餌としているので、セルロースを摂取源として用いて、その代謝に関係する蛋白質、特にセルロース分解酵素(すなわちセルラーゼ)の検索を実施することができる。セルロースは、グルコースに分解されてピルビン酸、アセチルCoAを介してTCAサイクルに入り、代謝されて酢酸などに低分子化される(特開平2006-053099及び特開平2006-053100)。
【0043】
本発明では、選択物質とともに対照物質を、生物(群)に対して供給するが、ここで、対照物質を使用する目的は、対照生物の代謝変動を誘引することである。つまり、供給する物質を変えることにより変化する代謝産物を捕らえ易くすることが可能になる。このため、選択物質及び対照物質は、同時に(もしくは連続的に)又は別々に生物(群)に供給して、代謝産物の変動を解析する。この場合、選択物質を一方の生物(群)に、対照物質を他方の同じ生物(群)に供給してもよいし、或いは、選択物質及び対照物質をともに一の生物(群)に供給してもよい。また、この工程は、生物又は生物群の機能因子(群)の活性を制限または亢進させる薬剤の投与もしくは非投与(対照投与)、生物群の生態系機能又は集団構造を変化させる生物学的、化学的、物理学的条件制御などをもって代替することもできる。
【0044】
選択物質及び対照物質の組み合わせの例は、以下のものに限定されないが、セルロースとデンプン、木材とセルロース、通常食と特定生理活性物質、抗生物質含有飼料と抗生物質非含有飼料などである。生理活性物質には、例えば医薬品、健康食品、天然物に含まれる薬効成分などが含まれる。抗生物質には、例えばセフェム系、ペニシリン系、マクロライド系、テトラサイクリン系などが含まれる。
【0045】
生物又は生物群に供給するための物質は、供給による影響がでれば問題ないが、選択物質又は対照物質を5重量%以上、好ましくは10重量%以上、より好ましくは30重量%以上、さらに好ましくは50重量%以上、特に好ましくは70重量%以上、80重量%以上、85重量%以上、90重量%以上、95重量%以上、98重量%以上、99重量%以上、又は100重量%の量で含有する組成物であってよい。
【0046】
本発明方法では、前記工程(1)の前に、前記選択物質及び/又は前記選択物質の安定同位体を供給し、選択物質の代謝時間を測定する工程をさらに含むことができる。この工程は、生物(群)において物質の代謝に要する時間を予め推定するためのものである。安定同位元素(例えば13C,15Nなど)で標識した物質を安定同位体として公知の手法で作製する。例えば植物を13C-COによって生育させることなどによって作製することができる(例えば、菊地淳らの特開2006-053099及び特開2006-053100)。これを生物(群)に供給し、代謝動態を追跡することによって選択物質が代謝に要する時間を推定し、その後の工程での代謝産物の変動の経時的解析の時間幅を計画する。
【0047】
(2)生物(群)において、選択物質又は対照物質由来の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程
生物(群)に対して選択物質又は対照物質を供給した後、1種又は複数の代謝産物の変動量を経時的に測定する。
本明細書中で使用する「経時的」なる用語は、生物に上記物質を供給したのち数時間以内、数日以内、数十日以内、数週間以内、数ヶ月以内、数年以内などの期間を意味する。
【0048】
代謝産物は、分析を容易にするために、分子量1,000以下の低分子量物質であることが好ましい。但し、多糖類や蛋白質といった高分子物質であっても、加水分解等の処理を経て低分子化された化合物も分析できる。代謝産物は、選択物質又は対照物質の種類によって変化する。代謝産物の例は、糖もしくは糖鎖、有機酸、例えば酢酸、乳酸など、アミノ酸、ビタミン類などである。生物自体又は生物組織を回収又は取り出し、場合により凍結乾燥し、それに含まれる代謝産物を、緩衝液等の適当な溶媒で抽出するか、或いは、生物自体を非侵襲的に測定する。ここで、生物自体とは、通常、微生物又は微生物集団を指す。また、生物組織は、例えば生物が昆虫であれば、腸管を除去した虫体であり、また生物が脊椎動物であれば、臓器、筋肉、脳、骨、皮膚、血管、リンパ節などの組織を含む。
【0049】
代謝産物の分析は、H-NMRにより、特定の物質を供給することによって生物において特異的に強度が変動するシグナルを選択することによって行うことができる。特異的シグナルの選択は、例えばメチル基、芳香環などの官能基の構造毎に着目する。例えば0.5~10ppmのH化学シフトの範囲を例えば250等分し、ある構造で観測されるべき化学シフト値に対して、各シグナルの強度変化を解析することで実施可能である。
【0050】
H-NMRは、プロトン核磁気共鳴分光法であり、特に有機化合物の構造決定に使用されている。化合物を構成する官能基の構造や種類に応じて該基に含まれるプロトンの磁場による挙動が変化し、特に共鳴周波数の違いが生じ、これを化学シフトと称する。例えばメチル基プロトンは高磁場側(低化学シフト値)にシフトし、芳香環プロトンは低磁場側(高化学シフト値)に観測される。
【0051】
測定溶媒は、磁場ロック用に重水素(D)を10w%以上含む水や有機溶媒であり、例えば重水、重メタノール、重クロロホルムなどが含まれる。本発明の方法では、特に限定するものではないが、重水が好ましい。サンプルを溶媒に溶解し、H-NMR装置にてスペクトルを測定する。経時的に強度が変動する適当なシグナル(代謝産物由来のシグナル)に着目し、このシグナルの種類(すなわち、官能基の種類)を化学シフト値から予測する。
【0052】
代謝産物の別の分析方法の例は、振動分光法(赤外光の吸収に基づいた測定法)、質量分析法(質量の差に基づいた測定法)、クロマトグラフィー法(分子量、荷電性、疎水性などの分子の特性の違いによる担体への結合力の差を利用した方法)であり、例えばフーリエ変換赤外分光装置によって実施できる。
【0053】
(3)生物(群)において、選択物質又は対照物質の供給後に発現する蛋白質の量の経時的変動を測定する工程
本発明方法においては、選択物質又は対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の経時的変動を測定する。生物自体又は生物組織から、各時点で蛋白質を抽出し、等電点電気泳動及びSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)からなる二次元電気泳動に掛けて、染色したゲル上の各スポットに通し番号を付ける。
【0054】
二次元電気泳動法は、蛋白質を二次元的に分離する手法であり、一次元目で、pH勾配を形成したゲル上での等電点電気泳動により等電点の違いで蛋白質を分離し、次いで二次元目で、SDS-PAGEにより分子量の違いで蛋白質を分離する。染色には、蛍光染色、銀染色などが通常使用される。ゲルは、市販のゲルを使用すると便利であり、例えばInvitrogen、GEなどから入手可能である。二次元電気泳動の手法、ゲルの作製、バッファーなどの具体例は、例えばToda, T.とKimura, N., Jpn J. Electroph. 41:13-19 (1997)などに記載されている。
【0055】
同じ番号のスポットについて、変動をスポットの強度から判定する。各スポットについて、特定の選択物質の、対照物質に対する相関関係を求める。相関関係は適当な手法で可視化または解析する。例えば正の相関の場合には青、負の相関の場合には赤、相関なしの場合には白というように色分けをし、全スポットについて、特定の選択物質と対照物質の相関図を作成することが出来る(図3参照)。また、例えば適当なクラスター分析法(例えば近隣結合法など)によりスポット相互の関係性を抽出することも出来る。
【0056】
(4)各時点における代謝産物の量の変動と蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、候補蛋白質を決定する工程
上記(2)及び(3)で得られた結果に基づいて、着目する代謝反応(すなわち、供給する物質の違いによる代謝変動の差異)に応じたH-NMRに特徴的な代謝産物の経時的変化と二次元(2D)-PAGEに基づく蛋白質発現量の経時的変化の共相関関係を抽出する。言い換えれば、特定の選択物質によって経時的にかつ特異的に量的変動する代謝産物に対応して、経時的に変動する蛋白質を特定する。
より具体的には、選択物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しかつ対照物質を供給したときに代謝産物の量と同時に変動しない経時変化をする蛋白質を、目的の機能をもつ候補蛋白質とすることができる。
【0057】
後述の実施例に記載のシロアリによるセルロース摂食又はデンプン摂食の例では、図3に示される相関図から、セルロース摂食では正の相関を、デンプン摂食では負の相関を示す4組を抜き出した(ボックスで表示した)。とりわけ、蛋白質スポット群の中で、蛋白質の発現量が多く、経時的に安定してスポットが定量できるスポット群を選択する。これにより、スポット44番目にセルラーゼを見出し、一方、109番目にコントロールとしてのハウスキーピング蛋白質であるアクチンを見出した。この例が示すように、本発明の方法は、選択物質の供給後の、代謝産物の変動と同時に変動する発現蛋白質を見出すための有効な手法を提示している。
【0058】
(5)工程(4)で選択された蛋白質の部分配列を同定する工程
上記(4)で選択された蛋白質の部分アミノ酸配列を、電気泳動ゲルから蛋白質を単離したのち、アミノ酸分析、LC/MS分析などの手法により決定する。例えば、単離した蛋白質をトリプシンなどのプロテアーゼで切断したのち、ゲルろ過用HPLCカラムを使用した高速液体クロマトグラフィーによってペプチド断片を分画し、透析、凍結乾燥したのち、アミノ酸分析にかけることができる。
【0059】
決定されたアミノ酸配列に基づいて、BLAST、FASTAなどの既知のアルゴリズムを利用して蛋白質を同定することができる(高木利久及び金子實編、ゲノムネットのデータベース利用法(第2版)、1998年、共立出版)。或いは、前記アミノ酸配列に基づいて作製したプローブを用いて、生物又は生物組織から作製したcDNAライブラリーから目的の蛋白質をコードするDNAを吊り上げて、塩基配列を決定し、同様に既知のアルゴリズムを利用して、対応する遺伝子及び蛋白質を同定することができる。
【0060】
生物又は生物組織からのcDNAライブラリーの作製は、以下のようにして行うことができる。
生物又は生物組織、例えば複合微生物集団、共生原生生物集団などからmRNAを取得する。mRNAは、破壊した生物又は生物組織を、例えばグアニジンチオシアネート、フェノール/クロロホルムなどの試薬を使用して全RNAを抽出し、例えばオリゴdTセルロースカラムを使用してmRNAを精製することを含む慣用手法によって得ることができる。mRNAの抽出・精製は、市販のキット(例えばGE、Roche、Invitrogen、タカラバイオなど)を利用すると便利である。
【0061】
次いで、上記の手法で得たmRNAから、cDNAライブラリーを慣用手法によって作製する。すなわち、逆転写酵素及びdNTPの存在下、オリゴdTプライマー又はランダムプライマーを使用し、mRNAを鋳型にしてcDNA合成を行う。さらに、RNaseによってRNA鎖を切断したのち、第1鎖のcDNAを鋳型にして第2鎖のcDNAを合成し、S1ヌクレアーゼなどの酵素を使用してヘアピンループ部分を切除して、二本鎖cDNAとする。さらに増幅するために、cDNAをファージベクターに挿入し、大腸菌に感染し、cDNAのサブクローニングを行う。この一連の手法を実施するためのキット(例えば、Invitrogen、Stratagene、コスモバイオなど)が市販されているので、それを利用することによってcDNAライブラリーを作製することができる。
【0062】
本発明において、非モデル生物、特に生態系中の微生物群集の大部分を占める培養困難な微生物複合系もしくは共生原生生物集団などの生物を対象とするときには、複数種の微生物もしくは原生生物が混在するため、遺伝子情報が非常に複雑になっている。このような非モデル生物から作製されたcDNAライブラリーは、環境cDNAライブラリーとも称されている。本発明の方法は、上記のような非モデル生物においてさえ、有効に利用可能であるという利点を有する。
【0063】
作製されたcDNAライブラリーには、目的の蛋白質をコードするDNAが含有されているはずであり、このライブラリーは、目的の蛋白質を検索、同定するために利用されうる。
【0064】
本発明の方法はさらに、上記工程(5)の後に、上記候補蛋白質をコードする遺伝子を宿主に導入し発現させるか又は無細胞系で発現させて、目的の蛋白質又はその遺伝子の機能を確認する工程を含むことができる。
【0065】
目的の蛋白質のアミノ酸配列が同定されたのち、上記cDNAライブラリーから、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて該目的蛋白質をコードするDNAを増幅・作製し、その後、これを適当なベクターに挿入し、このベクターで宿主細胞を形質転換し、該DNAを発現させることができる。その後、例えば、発現産物である蛋白質が未精製のまま、無細胞系反応液中の代謝産物の変動を追跡しても良いし、目的蛋白質を回収し、しかるべき細胞抽出液に加えて、生物で調べた時と同様に代謝産物群の変動を追跡しても良い。さらに、一般的な方法と同様にして、回収された目的蛋白質の生化学的活性(例えば酵素活性、増殖活性、レセプター-リガンド活性、シグナル伝達活性、転写因子活性など)を確認し、特定の物質の代謝系の既知情報から、蛋白質又はその遺伝子の機能を確認することができる。あるいは、上記ベクターで植物細胞又は動物生殖細胞もしくは胚性幹細胞を形質転換することを経てキメラ生物個体を作製し、上記DNAの過剰発現による影響を観察することによって、該DNAの生物学的機能を確認することができる。
【0066】
動物細胞への外来DNA又は外来遺伝子の導入は、相同組換え法によって行うことができる。プラスミド、ウイルス(アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レトロウイルスなど)、人工染色体ベクター(YAC、HACなど)などのベクターに、必要に応じてプロモーター(例えば組織特異的プロモーター、イベント特異的プロモーター、ウイルスプロモーターなど)と隣接させて、外来DNA又は外来遺伝子を組込み、ついで動物細胞に導入することができる。外来DNA又は外来遺伝子には、通常、これを挟むように、動物ゲノム上の挿入すべき位置の塩基配列と相同な約2~6kbの各塩基配列をフランキングし、これによって、意図するゲノム位置に外来DNA又は外来遺伝子を導入することができる。ベクターには、相同組換えが起こったことを確認するための選択マーカーを挿入することができる。選択マーカーの例は、薬剤耐性遺伝子(例えばネオマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子など)を含む。選択マーカーは、場合により、陽性マーカーと陰性マーカーを含むことができる。陽性マーカーの例は、上記例示のような薬剤耐性遺伝子であり、陰性マーカーの例は、HSV-TKなどのチミジンキナーゼ遺伝子である。
【0067】
動物細胞として卵母細胞又は胚性幹(ES)細胞を使用することもできる。この場合、外来DNA又は外来遺伝子を、マイクロインジェクション、ミクロセル融合(特開11-313576号公報)などの方法で細胞に導入することができる。卵母細胞を、仮親非ヒト動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、ウシ、ブタ、ヒツジなどの有蹄類など)の子宮に移植し、出産によりキメラ動物を作製し、同種の正常動物と交配したのち、ホモ接合体子孫を選抜する。あるいは、ES細胞を、非ヒト動物(マウスなど)由来の胚盤胞に導入し、キメラ動物を発生させ、同様にホモ接合体子孫を作製する。
【0068】
植物細胞からのトランスジェニック植物を作製するには、公知のアグロバクテリウム法を使用することができる。通常、Tiプラスミドに外来DNAを組み込み、Agrobacterium tumefaciensなどのアグロバクテリウム株に導入し、植物に感染させる。プラスミドには、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)プロモーター、ノパリンシンターゼ(NOS)プロモーターなどのプロモーター、カナマイシン耐性遺伝子などの薬剤耐性遺伝子などを含有させることができる。
【0069】
形質転換法には、周知の手法、例えばウイルス感染、トランスフェクション、プロトプラスト法、ミクロセル融合法、ジーンボンバートメント、リン酸カルシウム法、マイクロインジェクションなどを使用できる(例えば、Sambrookら, Molecular Cloning A Laboratory Manual, Cold Spring Horbor Laboratory Press, 1989;松橋通生ら訳、ワトソン・組換えDNAの分子生物学、第2版、1993、丸善など)。
【0070】
あるいは、本発明方法で同定された蛋白質は、無細胞系で発現させてもよい。無細胞発現系には、例えばコムギ胚芽無細胞発現系、大腸菌無細胞発現系などが使用できる。特に、コムギ胚芽無細胞発現系は、CellFree Science、Roche Applied Science、Qiagen、Invitrogenなどから販売されている。無細胞発現系には、蛋白質合成因子、ATP等のエネルギー源が含まれ、好ましくはトリチンなどの自殺因子が排除され含まれず、アミノ酸と遺伝情報(mRNA)が含まれる(例えば、愛媛大学ベンチャービジネスラボラトリー製の無細胞蛋白質合成装置)。
【0071】
本発明はさらに、生物又は生物群において互いに相関性をもちかつ協働的に機能する複数の蛋白質を探索する方法であって、以下の工程:
(1)一方の生物又は生物群に選択物質を、他方の同じ生物又は生物群に対照物質をそれぞれ供給する工程、
(2)選択物質又は対照物質由来の1種又は複数の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程、
(3)選択物質又は対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の変動を経時的に測定する工程、
(4)各時点における該代謝産物の量の変動と該蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、特定の代謝産物の量と同時に変動する蛋白質及び/又は特定の代謝産物の量と同時に変動しない蛋白質を選択する工程、及び
(5)工程(4)で選択された蛋白質の部分配列を決定し、該蛋白質を同定する工程、
を含む前記方法を提供する。
【0072】
この方法は、本発明の上記方法と同様の工程からなるが、物質の代謝過程で相関性をもって協働的に機能する蛋白質群を探索しかつ同定するためにも使用可能であるという知見に基づいている。各工程については、上で具体的に説明したことをここでも適用できる。
【0073】
本発明はさらに、生物の蛋白質又はそれをコードする遺伝子の機能を探索する方法であって、以下の工程:
(1)該生物に、選択物質及び/又は対照物質を供給する工程、
(2)該生物において、該選択物質又は対照物質由来の1種又は複数の代謝産物の量の変動を経時的に測定する工程、
(3)該生物において、該選択物質又は対照物質の供給後に発現する1種又は複数の蛋白質の量の変動を経時的に測定する工程、
(4)各時点における該代謝産物の量の変動と該蛋白質の量の変動との間の経時的相関関係を調べて、特定の代謝産物の量と同時に変動する候補蛋白質を選択する工程、
(5)工程(4)で選択された蛋白質の部分配列を決定し、必要に応じて該候補蛋白質を同定する工程、
(6)該候補蛋白質又はその遺伝子の機能を確認する工程、
を含む前記方法を提供する。
各工程については、上で具体的に説明したことをここでも適用できる。
【0074】
従来、多彩な機能を有する非モデル生物から得られた遺伝子機能又は蛋白質機能について、実際に産業上重要な反応に関係する遺伝子情報を組織だって取得することは困難であったが、本発明の方法は、非モデル生物のもつ機能、すなわち代謝過程に伴って引き起こされる有用な生化学的反応または生態的に意味のある生物学的反応を、代謝産物シグナル変動を機能情報として、遺伝子産物である蛋白質量との共相関を追跡する戦略をとっているため、遺伝子又は蛋白質機能情報の取得に迅速にたどり着くことができる。蛋白質機能として遺伝子機能を還元的に調べる場合、in vitroの系で酵素反応の解析等を行うが、確認法も実際の生物系のNMR解析で行える点も、従来法と大きく異なる点である。
【0075】
同時に、本発明の方法では摂食条件の違いによるシロアリの組織的変動を遺伝子発現レベルで診断することにも成功した。このことから、本方法は、これまで解析が困難であった環境に応じた様々な組織生理学的な変化を、代謝産物と関連する遺伝子発現という二つの面から診断することが可能な、新たな手段を提供する。これは、現在問題になりつつある様々な環境要因が複合して起こる生活習慣病における原因の特定や診断に応用することも可能である。
【実施例】
【0076】
以下の実施例では、シロアリ複合生物系を例に採りあげて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は、それらの具体例によって制限されないものとする。
【0077】
1) シロアリ複合生物系でのセルロースの代謝時間の予測
13COを充填したチャンバー内で植物を光合成による炭素固定を行わせ、13Cを取込ませた。13C植物を1%NaOH水溶液で121℃、15分間加熱し、ガーゼで漉し、流水でもみ洗いをした。その後0.6%次亜塩素酸ナトリウム水溶液中で一晩浸し、流水で一晩洗った。乾燥させ、13Cセルロースを得た。これを餌にシロアリを飼育し、経時的に共生原生生物と腸管を除去したシロアリ虫体をサンプリングし、凍結乾燥した。凍結乾燥サンプルを破砕後、100mMリン酸カリウム緩衝液を加え代謝産物を抽出し、NMRを用いてHSQC(Hetero-nuclear Single Quantum Coherence)計測を行った。シロアリと共生生物が有するセルロース分解酵素により、13C-セルロースの分解に伴う経時的な13Cシグナル強度を観測し、セルロースの代謝時間を確認した。
【0078】
2) mRNAの単離及びcDNAライブラリーの構築
ヤマトシロアリ、オオシロアリ、コウシュンシロアリ、ムカシシロアリ、キゴキブリ腸管を摘出し、それぞれSolution U(商標)(Trager 1934, Biological Bulletin, Vol66: 182-190)中で破砕し、100ミクロンナイロンメッシュで濾過した。得られた懸濁液を100×g、3分間ゆるやかに遠心することによって原生生物画分を得た。更にSolution Uで3回洗浄し、RNA抽出のための原生生物画分を得た。また、オオシロアリより腸管および唾液腺を摘出した。得られた腸管および唾液腺より、唾液腺・前腸・中腸・後腸をそれぞれメスにて切り出したうえでSolution Uで3回洗浄mRNA抽出用の消化組織サンプルを得た。同時に、腸管を除去したシロアリ虫体を得た。mRNAの単離はOligo-dT30<Super>(日本ロシュ)を用いて指示書通りに行い、各宿主シロアリ由来の原生生物群およびシロアリ組織よりmRNAを得た。
【0079】
各シロアリ共生原生生物群およびオオシロアリ組織より調製したmRNAを2~3マイクログラム用いて、cDNAライブラリーの構築を行った。ライブラリー構築はヤマトシロアリに関してはCarnichiらの方法に依って行い(Carninci, P & Hayashizaki, Y 1999, Methods Enzymol 303: 19-44)、その他のシロアリ由来のものに関しては菅野らの方法によって行った(Maruyama, K.とS. Sugano 1994, Gene 138 (1-2): 171-174)。ヤマトシロアリのcDNAライブラリーに関してはSOLR株大腸菌(Novagen)とExAssistヘルパーファージ(Novagen)を用いて指示書通りにプラスミドへのサブクローニングを行った。
【0080】
3) 摂食源をセルロースとデンプンの2種とした場合の、経時的に変動する代謝産物量の追跡
セルロース及びデンプンを摂食源としてシロアリを飼育した。定時に後腸内容物と腸管を除去したシロアリ虫体をサンプリングし、凍結乾燥を行った。凍結乾燥サンプルを破砕後、100mM リン酸カリウム緩衝液を加え代謝産物を抽出し、700MHz-NMR装置を用いてH-NMR計測を行った(図1)。
【0081】
4) 蛋白質量の2次元電気泳動による追跡
4-1)タンパク質抽出液の調製
上記2)の凍結乾燥サンプルを3-5ミリグラム用いて、Lysis buffer(8M Urea, 2% CHAPS, DTT 40mM)でタンパク質を抽出した。タンパク質抽出液の精製は2D Clean-Up Kit(商標)(GE)を用いて、指示書通りに行った。
【0082】
4-2)タンパク質の2次元電気泳動
精製タンパク質抽出液(60マイクログラム)をImmobiline Drystrip pH4~7(GE)で等電点電気泳動(膨潤14h後、500Vで1h, 1000Vで1h, 8000Vで2h)した。泳動後、12.5% SDS-PAGEゲルで二次元目電気泳動を行った。ゲルはSYPRO Ruby protein gel stain(invitrogen)を用いて指示書通りに染色を行い、Typhoon(GE health science)で検出した。検出した画像から画像解析ソフトImage J(NIH)でタンパク質スポットの強度を求めた(図1及び図2)。
【0083】
5) 代謝産物量と同時に変動する蛋白質の時系列解析
上記3)で得たH-NMRスペクトルのうち、糖のアノメリック領域(4.8-5.6ppm)の強いシグナルに着目した(図2)。これはシロアリのエネルギー源として多糖類、特にセルロースが圧倒的なバイオマスを占めること、セルラーゼの発現上昇/減少に伴い低分子の糖類が協同して大きく変動するであろうと着目したからである。特に、摂食源をセルロースとデンプンにすれば、最終的に分解される低分子糖こそグルコースであるが、高分子のセルロースを分解するためにセルラーゼやその補助因子の発現が、摂食源の立体構造の違いを反映して変動するであろうと考えた。そこでH-NMRスペクトルの糖領域の代謝産物の経時変化(図2の上パネル)と、上記4)で得たタンパク質の経時変化での相関係数、またセルロース摂食とデンプン摂食でのタンパク質の経時変化(図2の下パネル)での相関係数をプログラム・エクセルで求めた。今回の場合は、経時変動として10点以内のサンプリングであるため、単純にy=xに対する相関係数を求めたが、経時変動のサンプリング点を多くすることにより、n乗の関数、あるいは周囲的なバイオリズム変動を勘案したサイン関数へのフィッティング等が可能になる。この相関係数図の中でも、セルロース摂食/デンプン摂食でのセルラーゼやその補助因子の発現が逆転することを想定し、負の相関係数となる2D-PAGEのタンパク質スポットを選択した。続いてタンパク質スポットの強度と糖鎖シグナルの強度との相関係数が、セルロース摂食/デンプン摂食で著しく異なる4種の2D-PAGEスポット(図2のスポット21、44、65及び109)に絞込み、次の蛋白質配列の決定を試みることとした。なお、一連の候補絞り込み時には、スポット強度読み取り時のエラーを防ぐために、時系列全体にわたって精度よく観測されている2D-PAGEスポットのみを使用した。
【0084】
6) 蛋白質配列の決定
上記5)で得られたタンパク質スポットのアミノ酸配列を決定した。電気泳動したゲルを、定法を用いてPVDF膜へ転写し、その後10%酢酸、2.5%メタノール、0.1%クマシーブリリアントブルー溶液で染色した。染色した膜はメタノールで脱色して各スポットを切り出し、エドマン分解法を用いてアミノ末端の配列の決定を行った。また長い配列が得られなかった場合等は、ゲルを固定液(7.5%酢酸、5%メタノール)で15分固定した後、10%酢酸、2.5%メタノール、0.1%クマシーブリリアントブルー溶液で染色した。ゲルは固定液で脱色後、スポットを切り出した。切り出したスポットはプロテアーゼ処理緩衝液に交換してゲル内消化後、HPLCにて分離し、得られた断片を質量分析で長さを決定後にエドマン分解法で配列を決定し、推定された質量と併せて分子内の配列を決定した。得られた配列は既知の既知配列および構築したライブラリー配列との間blast解析を行い、上記5)で対象とした条件に関わる機能遺伝子の同定を行った(図3)。LC/MSの結果、スポット21は推定クチクル蛋白質(putative cuticle protein)であり、スポット44はセルラーゼであり、スポット65はArg-キナーゼであり、スポット109はアクチンであることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明により、生物における機能性蛋白質及び遺伝子機能の探索を商業ベースで行うことができる。あらゆる生物種がそのターゲットであるが、市場規模の大きなものとしては、上記実施例に記載の植物バイオマスの分解酵素探索が考えられる。植物バイオマスはCOクレジットの問題を軽減しながら石油代替材料・エネルギーを得る天然資源として近年重要視されている。しかし非食部であるセルロースを分解する良い分解酵素・補助因子が見当たらないために、その低価格化は世界中で喫緊の課題となっている。本方法で効率の良い遺伝子探索ができれば、この遺伝子を用いた目的蛋白質の大量発現の実験にも迅速に着手することができ、エネルギー産業、輸送機械、化学材料等の市場規模の巨大な産業に強いインパクトを与えることになる。加えて、本発明は様々な環境要因が複合して起こる生活習慣病における原因の特定や診断に応用することも可能である事から、ヒトが植物繊維食を摂食した場合の腸内細菌叢の変動、有用腸内細菌の増殖に伴う自己免疫能の向上、これらに関わる機能未知遺伝子探索ができれば、飲食品産業、製薬産業等へもインパクトを与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】セルロース(C)及びデンプン(S)を摂食したシロアリにおける、H-NMRの経時的代謝変動及び2D-PAGEの経時的蛋白質変動のモデルを示す。
【図2】セルロース(C)及びデンプン(S)を摂食したシロアリにおける、2D-PAGEの経時的蛋白質変動(スポット21、44、65及び109)を示すゲル写真、並びに、代謝産物の糖領域のH-NMRスペクトルである。
【図3】セルロース(C)及びデンプン(S)を摂食したシロアリにおける代謝産物及び蛋白質の経時的相関解析例を示す。また、図中のセルロース(C)及びデンプン(S)のa,b,c,dは、NMRシグナルの化学シフト値(ppm)を表し、それぞれ5.62,5.46.5.42,5.22ppmである。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2