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明細書 :蛍光増強素子、蛍光素子、及び蛍光増強方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4825974号 (P4825974)
公開番号 特開2007-139540 (P2007-139540A)
登録日 平成23年9月22日(2011.9.22)
発行日 平成23年11月30日(2011.11.30)
公開日 平成19年6月7日(2007.6.7)
発明の名称または考案の名称 蛍光増強素子、蛍光素子、及び蛍光増強方法
国際特許分類 G01N  21/64        (2006.01)
FI G01N 21/64 G
請求項の数または発明の数 11
全頁数 15
出願番号 特願2005-332603 (P2005-332603)
出願日 平成17年11月17日(2005.11.17)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 平成17年度修士論文中間発表会、京都大学、平成17年6月24日
特許法第30条第1項適用 『日本写真学会誌 2005年度日本写真学会年次大会講演要旨』、第68巻別冊1、平成17年5月19日、社団法人日本写真学会発行
特許法第30条第1項適用 平成17年6月18日、URL:http://www.jstage.jst.go.jp/article/cl/34/7/34_1038/_article(Highly Efficient Surface-enhanced Fluorescence on Ag Island Film of Large Pseudotabular Nanoparticles、Chemistry Letters Vol.34 No.7 2005 p.1038-1039)
特許法第30条第1項適用 平成17年8月18日、URL:http://pubs.acs.org/cgi-bin/abstract.cgi/jpcbfk/2005/109/i36/abs/jp053167t.html(Enhanced Molecular Fluorescence near Thick Ag Island Film of Large Pseudotabular Nanoparticles、J.Phys.Chem.B,109(36),17254-17261,2005)
審査請求日 平成20年11月13日(2008.11.13)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】川崎 三津夫
個別代理人の代理人 【識別番号】110001069、【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
【識別番号】100095670、【弁理士】、【氏名又は名称】小林 良平
審査官 【審査官】廣田 健介
参考文献・文献 国際公開第2005/033335(WO,A2)
特開2004-004064(JP,A)
特開平08-271431(JP,A)
特表平11-507128(JP,A)
調査した分野 G01N 21/62-21/74
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
素子表面に担持した蛍光物質の発光を増強する光学素子であって、
互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの平板状金属粒子が所定の基板上に多数設けられて成り、
前記平板状金属粒子の表面に、その上に蛍光物質を担持するスペーサを有し、
該スペーサの厚みが10nm以下である
ことを特徴とする蛍光増強素子。
【請求項2】
前記平板状金属粒子が銀から成ることを特徴とする請求項1に記載の蛍光増強素子。
【請求項3】
蛍光物質の発光を増強させる蛍光素子であって、
基板と、
該基板上において互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの多数の平板状金属粒子と、
該平板状金属粒子の表面に薄膜状に担持された蛍光物質と、
該蛍光物質上に設けられ、厚みが100nm以下であって内部に前記蛍光物質と同一種類の蛍光物質を分散保持している保持媒体と、
から成ることを特徴とする蛍光素子。
【請求項4】
前記平板状金属粒子が銀から成ることを特徴とする請求項に記載の蛍光素子。
【請求項5】
前記平板状金属粒子の表面にスペーサを備えており、薄膜状に担持される蛍光物質が該スペーサ上に担持されることを特徴とする請求項3又は4に記載の蛍光素子。
【請求項6】
前記スペーサの厚みが10nm以下であることを特徴とする請求項に記載の蛍光素子。
【請求項7】
互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの平板状金属粒子が所定の基板上に多数設けられて成る蛍光増強素子において該平板状金属粒子の表面から10nm以下の距離だけ離れた位置に蛍光物質を担持させ、所定の励起光を照射することにより増強された発光を得ることを特徴とする蛍光増強方法。
【請求項8】
互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの平板状金属粒子が所定の基板上に多数設けられて成る蛍光増強素子の表面又は該平板状金属粒子の表面から定の距離だけ離れた位置に薄膜状に蛍光物質を担持させるとともに、該蛍光物質上に設けられ、厚みが100nm以下である保持媒体の内部に前記蛍光物質と同一種類の蛍光物質を分散保持させて成る蛍光素子に対して所定の励起光を照射することにより増強された発光を得ることを特徴とする蛍光増強方法。
【請求項9】
前記蛍光増強素子の表面又は前記平板状金属粒子の表面から定の距離だけ離れた位置に薄膜状にドナー及びアクセプタの役割を担う二種類の異なる蛍光物質を混合担持させることを特徴とする請求項7又は8に記載の蛍光増強方法。
【請求項10】
前記ドナーの役割を担う蛍光物質を前記アクセプタの役割を担う蛍光物質よりも多量に担持させることを特徴とする請求項に記載の蛍光増強方法。
【請求項11】
互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの平板状金属粒子が所定の基板上に多数設けられて成る蛍光増強素子において、該平板状金属粒子の表面から2nm以下だけ離れた位置に薄膜状に蛍光物質を担持させるとともに、該蛍光物質上に設けられ、厚みが1000nm以上である保持媒体の内部に前記蛍光物質と同一種類の蛍光物質を分散保持させて成る蛍光素子に対してパルスレーザを照射することにより蛍光物質からレーザ発光を生じさせる蛍光増強方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光物質より発せられる蛍光の強度を増強することができる光学素子及び該光学素子を利用した蛍光増強方法に関する。
なお、本発明においていう「蛍光物質」は、所定の励起光を照射することにより、または電界効果を利用して励起することにより蛍光を発する物質の総称である。また、「蛍光」には「燐光」をはじめとする各種の発光を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
分析対象分子を励起させ、その励起分子から発せられる蛍光を分析することによって分析対象分子の定性及び定量分析を行う蛍光分析法は、高感度分析法の一つであり、微量分析において重要な役割を果たしている。
【0003】
励起物質から発せられる蛍光は、その蛍光物質自身の特徴をよく反映するだけでなく蛍光物質周囲の環境からも影響を受けやすいため、蛍光物質を標識剤(バイオセンサ)として体内組織やDNAの鑑定に用いることも行われており、生医化学を含め、広範な分野において利用されている。
【0004】
また、電界効果で励起される蛍光物質は、薄型の表示デバイスの一つとして著しい発展を続けている有機EL素子に応用されている。
【0005】
このように幅広く利用されている蛍光であるが、蛍光強度は物質によって異なる。通常では蛍光強度が微弱な物質の蛍光を観測できるようになれば、その応用範囲は更に拡大することが期待される。そのため、物質の蛍光を増強することを目的とした研究が盛んに行われてきた。
【0006】
蛍光増強法として従来からよく知られているのは、金属コロイドや金属アイランド膜の近傍に蛍光分子を存在させることにより、その分子から発せられる蛍光が増強される現象を利用したものである(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
しかし、上記の金属コロイドや金属アイランド膜を利用した蛍光増強法は蛍光増強に有効であるものの、以下に説明する通り、増強に限界があった。
【0008】
この種の金属ナノ粒子よる蛍光増強作用の原因には二種類の因子がある。第一の因子は、入射光により金属ナノ粒子中に表面プラズモンが励起されたときに生ずる粒子近傍の電場の増強である。近傍の分子はこの増強電場の下でより効率的に励起されるため、実効的に入射光の吸収率(分子の励起効率)が増加し、これに比例して発光強度も強くなる。この増強電場の強さやそれが及ぶ範囲(距離)は金属ナノ粒子のサイズや形状にも大きく依存する。
より重要な第二の因子は、発光の量子収率そのものを増加させる作用であり、その定性的な解釈は次のとおりである。すなわち、励起分子の発光双極子が隣接する金属の表面プラズモン的な自由電子の振動モードを励起し(これにより励起分子のエネルギーが金属に移動したことになる)、金属粒子中に発光性の誘起双極子を与える。系の正味の発光確率は全双極子モーメントの二乗に比例するため、誘起双極子の大きさが元の励起分子の双極子よりも大きくなれば発光効率(量子収率)の増加が期待できる。
しかしながら金属中には同時に様々な自由電子の励起モードが存在し、そのほとんどはジュール熱として急速に失われてしまうため、総じて発光効率は高々数%以下に止まらざるをえなかった。換言すると、もともとの量子収率が比較的高い分子の発光は、上記の増強効果が期待できる荒れた金属表面の近くであっても逆に強く消光されてしまう。それゆえ正味の増強が起こるのは、量子収率が著しく低い分子に限られてきた。
【0009】
そのため、特許文献1に記載されている蛍光増強装置を含め、従来の各種の蛍光増強法によって正味に得られる蛍光の増強はそれほど大きなものとはならず、発光効率(量子効率)はせいぜい数%にとどまっていたのである。
【0010】
この問題をより定量的な観点から理解するうえでの重要な不等式が非特許文献1に提示されている。任意の形状を有した金属微粒子内の自由電子の集団的な振動エネルギーが光として放射される速度をΓr、ジュール熱として失われる速度をΓnrとすると、該振動の発光効率はφ=Γr/(Γr+Γnr)で与えられるが、この場合、次式(1)が成り立つというものである。
【数1】
JP0004825974B2_000002t.gif
ここで、Vは粒子の体積、λは光の波長、εは金属の複素誘電率で、Imは複素数の虚部を表す。これを例えば銀にあてはめ、可視部の中心波長(~600 nm)付近で計算すると次式(2)となる。
【数2】
JP0004825974B2_000003t.gif

【0011】
上記式(2)の意味するところは明瞭である。例えば粒径が約20nmの典型的な銀ナノ粒子については、Γr≦~0.02×Γnrとなり、これはφ≦~0.02を意味する。すなわち、一般的な銀ナノ粒子を蛍光の増強剤として用いても大きな効果を期待できないことが原理的にも明らかである。一方、粒径が約100nm以上の粒子については、上記式(2)による制限は大きく緩和される。しかしこれはあくまでも不等式であって、発光効率φを大きくするための必要条件として粒子体積をできるだけ大きくすることが有利であることを示す一方で、実際にどのような粒子サイズや形態が十分大きな発光効率φの実現を可能にするかについては何も示唆していない。例えば粒径が約500nmの真球状の銀粒子の場合、上記不等式(2)はΓr≦~200×Γnとなり、Γr=0.99、Γnr=0.01のような(つまりφ~1となる)望ましい状況を許容するが、このような銀粒子は実際にはほとんど蛍光を増強する作用を持たないことを本願発明者はすでに確認している。
【0012】

【特許文献1】特表2005-524084号公報([0045],図1)
【非特許文献1】ジョエル・ガーステン(Joel Gersten)、他1名、「スペクトロスコピック・プロパティーズ・オブ・モレキュールズ・インターアクティング・ウィズ・スモール・ダイエレクトリック・パーティクルズ(Spectroscopic properties of molecules interacting with small dielectric particles)」、ジャーナル・オブ・ケミカル・フィジクス(The Journal of Chemical Physics)、1981,75,1139
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本願発明者は、上述したような従来の蛍光増強法が有する問題を解決すべく研究を行った結果、発光効率を飛躍的に向上させることが可能な蛍光増強素子に想到した。
【課題を解決するための手段】
【0014】
以上のようにして成された本発明に係る蛍光増強素子は、
素子表面に担持した蛍光物質の発光を増強する光学素子であって、
互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの平板状金属粒子が所定の基板上に多数設けられて成ることを特徴とする。
【0015】
また、本発明において、金属粒子には銀を好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の蛍光増強素子は、金属の強い消光作用を大きく低減し、表面から約1nmという至近距離にある分子の発光速度を高め、極めて大きな蛍光増強効果をもたらす。また、この蛍光増強素子は至極単純な構成であるため、取り扱いも容易であり、コスト的にも有利である。
【0017】
金属粒子に銀を用いた場合には、粒子の表面近傍に単層状に担持された蛍光分子の実効的な発光量子収率が最大50%以上にまで向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明に係る蛍光増強素子について詳細に説明する。本発明の蛍光増強素子は、素子の表面近傍に担持された蛍光物質の蛍光を増強する近距離蛍光増強素子と、素子の表面に直接担持されていない蛍光物質の蛍光を増強する長距離蛍光増強素子とに大別することができる。本発明では後者の素子を「蛍光素子」とも呼ぶ。
【0019】
≪近距離蛍光増強≫
図1に、本発明に係る蛍光増強素子(近距離蛍光増強素子)の断面図を示す。
【0020】
基板1はその表面に平板状金属粒子を設けるための部材である。その材質は特に問わず、金属を利用してもよい。また、基板1の形状は、平面型、曲面型、小球面型など、任意である。また、後述するように、本発明の蛍光増強素子は素子の裏側にも蛍光が発せられるため、基板1の材料を光透過性を備えたものとしてもよい。
【0021】
平板状金属粒子2は断面粒径が略100nm以上、可視光波長(約800nm)程度以下、厚みが略30~50nmの金属粒子であって、上記基板1の表面において、互いに接触することなく独立した状態で密に配列している。金属粒子はいずれも均一の大きさ及び形状を備えていることが望ましいが、大きさや形状に多少のばらつきがあっても構わない(図2d及びe参照。)。
【0022】
平板状金属粒子2の金属は銀を好適に用いることができる。本発明の蛍光増強素子において銀を好適に利用することができる理由は、上記式(2)からも説明される。つまり、銀は最も光の吸収が小さい金属であるため、上述した粒子形状の場合には式(2)において大きな係数(~600)を与え、結果としてφ=0.5~1という値が許容されるからである。後述するように、銀を用いることにより実測においてもφ=0.5以上の大きな値が得られている。また、銀のほか、アルミニウム、金、銅なども用いることが可能である。
【0023】
平板状金属粒子2は、基板1の表面に対して、例えばスパッタリング加工やレジスト加工、エッチング加工を行うことにより作製することができる。
【0024】
本発明の蛍光増強素子を使用する際は、上述した構成の蛍光増強素子の表面に、即ち平板状金属粒子2の表面に蛍光物質3を担持させる。ただし、表面に担持されている蛍光物質3の濃度が大きくなると、蛍光物質間で励起エネルギーが移動して非放射過程の確率が増し、蛍光の強さが減少してしまう(自己消光効果)。従って、自己消光効果をなるべく小さくするために、蛍光物質は可能な限り低濃度で(薄く)担持されることが望ましい。
【0025】
蛍光物質3は、図1(A)に示すように、平板状金属粒子2の表面に直接担持させることもできるが、平板状金属粒子2の表面から所定の距離をおいて担持させてもよい。蛍光物質3を平板状金属粒子2の表面から離して担持する方法は特に限定されず、また、蛍光物質3は固定されていなくてもよい。
図1(B)に示すように、平板状金属粒子2の表面にスペーサ4を設け、スペーサ4の表面に蛍光物質3を担持させる構成としても構わない。スペーサ4を設けることにより、蛍光物質3を金属粒子の表面から一定の距離に固定することができる。スペーサ4は非導電性であればよく、その構成は問わない。
【0026】
金属粒子の表面から蛍光物質3の距離は、蛍光増強効果を得るためには10nm以下であることが望ましく、1nm程度の場合に蛍光増強効果が最大となる。
これまで、蛍光増強効果を得るためには、金属内非発光性モードへの直接のエネルギー移動をできるだけ避けるため、蛍光物質3は金属表面から少なくとも3nm以上、好ましくは10nm以上離れた位置に存在させることが要件であるとされてきたが、本発明の蛍光増強素子においては上述のように10nm以下、好ましくは1nm程度が好適であり、しかも金属表面に直接担持されていても十分な蛍光増強効果が得られる。
【0027】
本発明に係る蛍光増強素子においては、蛍光を増強させたい蛍光物質の光吸収率が小さい、又は蛍光量子収率が低い場合には、その増強効果を増大させるために、図1(C)に示すように二種類の異なる蛍光物質を担持させることもできる。
【0028】
この構成では、二種類の蛍光物質が混合担持され、それぞれがドナー3aとアクセプタ3bの役割を果たす(図1(C))。なお、ドナーの発光波長範囲はアクセプタの吸収波長範囲と重なりを持っていなければならず、その重なりが大きい程好ましい。また、ドナー3aとアクセプタ3bの比(分子数比)は、光吸収率をできるだけ高めるために、ドナー3aが有利であることが望ましい。
【0029】
本構成の蛍光増強素子では、ドナー3aが励起光を吸収し、その励起エネルギーは金属粒子の媒介により極めて速やかにアクセプタ3bに移動する。こうして間接励起されたアクセプタ3bの発光が増強される。また、この構成は、ドナー3aの存在によってアクセプタ3b同士の距離が増加することにより自己消光効果が減少するという効果ももたらすため、アクセプタ3bの発光増強効果が高い。
【0030】
理論的には、金属の表面近傍では二種類の発光分子(ドナーとアクセプタ)の間のエネルギー移動速度も数桁以上増加することが示されているが、従来の系では金属の強い消光作用を避けるため蛍光分子は表面から数nm以上の距離に設ける必要があり、この表面増強エネルギー移動を利用するどころか観測することさえ困難であった。しかし、本発明に係る蛍光増強素子ではこの制限が取り除かれ、ドナー3aからアクセプタ3bへの増強エネルギー移動を介したアクセプタからの強い発光が得られる。
【0031】
≪長距離蛍光増強≫
図2に、長距離蛍光増強素子である、本発明に係る蛍光素子の断面図を示す。
【0032】
本発明に係る蛍光素子の基本的構成は、先に述べた近距離蛍光増強素子の構成と類似しており、その構成は、
基板と、
該基板上において互いに独立して形成された、断面粒径が100~800nm、厚みが30~50nmの多数の平板状金属粒子と、
該平板状金属粒子の表面に薄膜状に担持された蛍光物質と、
該蛍光物質上に設けられ、厚みが100nm以下であって内部に前記蛍光物質と同一種類の蛍光物質を分散保持している保持媒体と、から成る。
【0033】
すなわち、両者の相違点は、この蛍光素子において、数十~100nm程度の厚みの保持媒体5が、基板1上、すなわち表面上又は表面近傍に蛍光物質3を担持している平板状金属粒子上に設けられている点である。保持媒体5中には平板状金属粒子2上に担持されているものと同じ蛍光物質3が分散している。保持媒体5は蛍光物質3を分散した状態で保持することができればどのようなものでもよく、蛍光物質3の吸収及び発光波長において透明なものであればポリマーでも液膜でも構わない。
【0034】
この構成では大部分の蛍光物質3は保持媒体5中に存在し、平板状金属粒子2により直接増強を受けない距離に位置しているが、平板状金属粒子2表面近傍に担持されている蛍光物質3の増強蛍光が保持媒体5中に存在する蛍光物質3全体の蛍光を間接的に増強し、結果として強い発光増強が起こる。
【0035】
本蛍光素子によれば、有意な量の蛍光物質3が平板状金属粒子から10nm程度以内の距離に担持されてさえいれば、増強の及ぶ範囲を100nm程度の距離にまで拡大することが可能となる。従ってこの素子は、例えば単層担持では十分な検出感度が得られないほど発光効率が悪い分子の検出等に利用することができる。また、保持媒体5が流動する液膜でもよいことは、増強蛍光を利用した高感度分析の対象試料を大きく拡げる効果がある。
【0036】
この蛍光素子においても、短距離蛍光増強素子の場合と同様に、蛍光物質3としてドナー及びアクセプタの役割を担う二種類の蛍光物質を用いることができる。この場合、蛍光素子の表面上又は表面近傍においてドナー及びアクセプタを混合担持させ、アクセプタとなる蛍光物質のみを保持媒体5中に分散させる。また、保持媒体5中にドナー及びアクセプタが混合された蛍光物質を分散させても構わない。
【0037】
≪増強レージング≫
上述した長距離蛍光増強素子(図2)と類似した構成において、蛍光物質3が分散する保持媒体5の厚みを1000nm以上とし、この素子に対してパルスレーザによってポンピングすることにより、強度が増強されたレーザ発光が生じる(詳細は後述する。)。
【実施例】
【0038】
以下、本発明に係る蛍光増強素子の効果を確認するために、本発明者が実施した各種実験について説明する。
【0039】
≪近距離蛍光増強≫
【0040】
[蛍光増強素子の作製]
基板1としてマイカを用いた。マイカは絶縁性が高いだけでなく、平滑な表面を得やすいため、蛍光増強素子の基板1として好適である。また、マイカは光透過性を備えている。DCスパッタリング法を用いて、表面が原子的に平滑なマイカの剥離面に銀の粒子を1~2nm/分の比較的ゆっくりとした膜堆積速度で堆積させた。堆積処理中のマイカの温度は200~300℃程度となるように調節した。図3は、堆積時間が増加するにつれて(図3のa~d)膜がどのように成長するかを示すAFM像である。
【0041】
膜堆積初期の段階では、図3のaに示したような、数十nm以下の銀ナノ粒子が密に詰まった典型的な銀アイランド膜が生成する。このような状態は、他の成膜条件や方法でも生じるが、その後アイランド膜は互いに融合・合体してすぐに連続膜の状態に成長するのが通例である。本条件においては、いくつかの隣合う粒子同士が合体して成長するものの、連続膜になることはなく、より大きな独立した粒子に成長して、その各々は他の粒子から完全に分離される(b、cを経て、dの状態)。図3のdの状態で堆積処理を終了した。図3のeはdの3次元像である。図3のeに示す3次元像から観察されるように、このときの粒子は平板形状であり、その幅は数百nm、厚さは平均50nm程度であった。
【0042】
図3のaの状態では蛍光増強効果は非常に小さかった。これは前述した式(2)に基づく考察結果と合致している。図3のbの状態では、粒子はすでに平板状の形態を示し、粒径は50nm近くに達する。この時点で蛍光増強効果は顕著に現れたもののまだ最大ではなく、図3のdの状態で最大の増強効果が得られた。
【0043】
図3のdの状態で堆積処理を終了せず、さらにこれを続けると、銀粒子は互いに接触を始め、膜に導電性が現れた。このとき、なお有意な蛍光増強効果が得られるものの、その効果は大きく減少した。これは、個々の銀粒子の形態やサイズが変化するためではなく、連続膜が形成されることが原因であるといえる。実際、完全に連続した銀膜は、その近傍にある分子の蛍光を完全に消光してしまう程の強い消光作用を示す。
【0044】
平板状金属粒子2と蛍光物質3との距離を調節するためのスペーサとして直鎖のメルカプトカルボン酸分子の自己組織化単分子膜を用いた。スペーサ4の厚みを調節する際には、銅イオンを介することによって一層の厚み(直鎖のメルカプトカルボン酸分子の長さ)が約1.4nmである前記単分子膜を積層した。このようなスペーサの構成を模式的に図4に示す。
【0045】
また、任意の厚さのスペーサを1回の処理で設けることができる簡便な方法として、スピンオングラス(SOG)の溶液をエタノールで希釈し、これをスピン塗布することにより1nm以下の厚さまでスペーサ層が制御できるので、この方法も適宜併用した。
【0046】
[蛍光物質の担持]
蛍光物質3としてローダミンB色素(図5)を用いた。担持量を薄く均一にするため、ローダミンBの希薄エタノール溶液を、蛍光増強素子の表面に3000rpmでスピンコーティングした。
【0047】
[蛍光の測定]
上記のようにして得たローダミンBを担持した蛍光増強素子(スペーサの厚み:1.4nm)に対し、基板1の表側(金属粒子側)から波長532nmの励起光を照射し、生じた蛍光を測定した。銀粒子の形状は、蛍光増強作用が最大となる図2dの形状であった。こうして測定された蛍光スペクトルを図6において実線で示す。なお、鎖線は同一担持量のローダミンBをガラス表面に担持した場合の蛍光スペクトルを示している。図6の左側のグラフは、ローダミンBの担持量が比較的多く、ガラス表面上での蛍光量子収率が約1%の場合のスペクトルであり、図6の右側のグラフは、ローダミンBの担持量が比較的少なく、ガラス表面上での蛍光量子収率が約40%の場合のスペクトルである。
【0048】
図6のグラフより、本発明の蛍光増強素子を用いることにより、前者(図6左)の場合は蛍光増強率が40倍程度となり、後者(図6右)の場合は蛍光増強率が6倍程度に達することが確認された。
【0049】
しかしながら、上で得られた蛍光増強率は、以下の2点を考慮していないため、蛍光増強効果(量子収率の増強によるもの)を定量的に表すものではない。
1)素子(基板)によって異なる励起光の吸収率を考慮していない。
2)蛍光の角度依存性を考慮していない。
そこで、本願発明者は蛍光増強率を定量的に評価するための実験を以下のように行った。
【0050】
[光吸収率の考慮]
上記1)の光吸収率を考慮するために、本発明の蛍光増強素子自体の光吸収率(図7鎖線)及び、ローダミンBを担持した蛍光増強素子の光吸収率(図7実線)を測定した。後者において、ローダミンBの担持量は図5左グラフの同一量とした。
【0051】
図7の鎖線より、本発明の蛍光増強素子(金属粒子:銀)の吸収率は短波長側で単調に増加し、500nm以上の領域では約20%以下の低い吸収率を有することがわかった。これは、500nm付近に双極子型表面プラズモン励起による幅広い吸収バンドを示す通常の銀アイランド膜とは異なっている。
ローダミンB担持後(実線)は、銀アイランド膜の吸収と色素の吸収を単純に足し合わせた形状になっている。従って、図7のグラフにおいて、実線と鎖線の差は、ローダミンBによる吸収に他ならない。この大きさは、ガラス参照基板によって同一のローダミンBの担持量で得られる値よりも5倍近く大きな値であった。
すなわち、図6の左のグラフにおける蛍光増強率にはこの吸収増幅効果が少なからず寄与しており、蛍光量子収率の増強率は10倍程度であるということになる。
【0052】
[蛍光の角度依存性の考慮]
上記2)の蛍光の角度依存性を考慮するため、ローダミンBを担持した蛍光増強素子において、測定角度による蛍光強度の変化を測定した(図8)。
【0053】
図8に示すように、蛍光強度が基板1の表側よりも裏側において強くなるという現象が観察された。この現象に示されている性質は、当然、基板1が光透過性を有している場合にのみ観察されうるものであるが、本発明の蛍光増強素子をバイオセンサ等に用いる場合において蛍光の測定箇所の自由度が高いことを意味している。
【0054】
本例で用いている金属粒子2の実効的な光の透過率は10%程度に過ぎないため、発光が励起されたローダミンB自体から生じているのであれば、基板1の裏側で観察される蛍光強度は表側で観察されそれと比較すると大幅に小さくなるはずである。ところが実際は、金属粒子2の層によって光は遮蔽されず、むしろ増強される。
このことは、増強された蛍光が蛍光物質3(ローダミンB)から生じているのではなく、図9に模式図を示すように、励起された蛍光物質3からエネルギーを受け取った金属粒子(銀粒子)から生じていること示唆している。なお、これは前述した増強蛍光(量子収率の増強によるもの)の定性的な解釈と合致している。
【0055】
上記の点に基づき、本願発明者は励起されたローダミンBからエネルギーを受け取った銀粒子の発光効率を定量的に評価するため、上述した光吸収率及び蛍光の角度依存性を考慮して、観測された蛍光についての正味の蛍光量子収率を色素(ローダミンB)担持量の関数として求めた。図10にその結果を示す。
【0056】
図9のグラフより、ローダミンBの担持量が多い領域では、自己消光効果のために量子収率は比較的低いものの、ガラス参照基板上では1%以下となる領域で、10%以上の量子収率が得られている。ローダミンB担持量の減少に伴い、量子収率はさらに増加し、低担持量の極限では50%以上もの値を示した。前述したように、銀粒子に対する式(2)はこのような大きな発光効率を許容するが、それを保証するものではなかった。本実験によって、銀粒子は実際にこのような大きな発光効率を有することが実証された。
【0057】
[スペーサの厚みの考慮]
次に、スペーサの長さを変化させることによって、スペーサの厚みと蛍光量子収率の関係を調べた(図11)。ローダミンBの担持量は5×1013/cm2程度であった。この結果より、
1.スペーサを用いることなく直接ローダミンBを銀表面に担持させた場合でも有意な蛍光増強効果が得られる。
2.蛍光増強効果は1nm以下の至近距離の範囲でスペーサの厚みの増加に伴って急速に増大し、1nm程度の厚みで最大になる。
3.蛍光増強効果は10nm程度の厚みまで観察される。
の3点が明らかとなった。
【0058】
[ドナー・アクセプタによる蛍光増強]
ドナー蛍光物質(図1(C)の3a)としてローダミン110色素(図12(A))を用い、アクセプタ蛍光物質(図1(C)の3b)としてローダミンB色素(図5)もしくは塩基性フクシン色素(図12(B))を用いた。両者の混合希薄エタノール溶液を、蛍光増強素子の表面に3000rpmでスピンコーティングした。
【0059】
ドナーとアクセプタの分子数比を2:1とし、アクセプタとしてローダミンB色素を用いたときの蛍光スペクトルのスペーサ厚依存性を示すグラフを図13に示す。すべての条件でドナーからエネルギーを獲得したアクセプタの発光が支配的であるが、その強度は約1nmの至近距離で最大になっている。
【0060】
次に、ドナーとしてローダミン110色素、アクセプタとしてフクシン色素を用い、両者をドナー:アクセプタ=2:1の比で混合担持した場合のアクセプタの蛍光スペクトルを図14に示す。図14には、比較のための、ドナーのみを担持した場合のドナーの蛍光スペクトルも示されている。アクセプタであるフクシン色素は蛍光量子収率が極めて小さな(1%以下)色素の典型であり、本願発明者が使用した装置において、フクシン色素のみをガラス表面に吸着した状態では蛍光を観測することはできなかった。また、フクシン色素を図1の(A)や(B)に示すような形態で銀粒子表面に担持した場合には蛍光は大きく増強されて観測可能になったが、それでもまだ強度は不十分であった。ところが本構成では、図14のグラフに示されているようにドナーを単独で担持した時の蛍光強度に匹敵する積分強度でフクシン色素の蛍光が観測され、本構成の蛍光増強法の有効性が確認された。
【0061】
≪長距離蛍光増強≫
長距離蛍光増強素子である蛍光素子の基礎には、上述した近距離蛍光増強素子と同一の方法によって作成された蛍光増強素子を利用した。
【0062】
[蛍光物質の担持]
蛍光物質としてフクシン色素(図12(B))を用い、これをポリビニールアルコール(PVA)水溶液に溶解させた溶液を蛍光増強素子の表面に3000rpmでスピンコーティングした。このときフクシン色素のアミノ基とスペーサ表面のカルボキシル基の相互作用により、スペーサ表面(直接的な増強効果が最も強くなる距離)に比較的高密度のフクシン単層が自動的に担持され、フクシン色素の残りの大部分はポリマー層(厚み:約100nm)の中に分散した。なおポリマー媒体中に保持されたフクシン色素は分子運動の自由度の制限によりその蛍光量子収率は数十%まで増加する。
【0063】
[蛍光の測定]
図15に示すスペクトルAはこのときの蛍光スペクトルであり、比較したスペクトルBはスペーサが存在しない場合、つまり直接的な増強が最も強くなる距離に蛍光物質がほとんど無い状態で得られたものである。A、Bとも大部分の蛍光物質は直接的な増強を受けないポリマー媒体中に分散しており、観測される蛍光強度は本来同じになるはずであるが、実際の強度はAの方が3倍以上大きくなっている。これは銀粒子表面から至近距離に存在する蛍光物質の増強蛍光が直接的な増強を受けない厚いポリマー層からの発光を間接的に増強した結果であることを示している。
【0064】
≪増強レージング≫
【0065】
[蛍光物質の担持]
蛍光物質としてローダミンB色素を用い、これをポリビニールアルコール(PVA)水溶液に溶解させた溶液を、蛍光増強素子(近距離蛍光増強素子)の表面に厚く(数μm以上)塗布した。
【0066】
[増強レージングの確認]
上記試料をパルスYAGレーザ(パルス幅~5ns、波長532nm)で照射したところ、スペーサの厚みが2nm以下のとき、又はスペーサを全く設けないとき、数mJ/cm2程度の励起エネルギーで色素分散ポリマー層からの強いレージングが発生し、図16Aのような強く鋭い発光スペクトル(レーザ発光)が得られた。図16Bはスペーサの厚さが3nm以上の場合の発光スペクトルを示しており、この僅かな違いでレージングはほとんど消失した。銀粒子表面から数nm以内の距離に存在する全体のうちのごく僅かな蛍光物質の増強蛍光がなだれ的に増幅された結果と解釈できる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る蛍光増強素子は、例えば生体分子の分子認識反応を利用した選択的バイオセンサやバイオプローブに直接応用できる。また、本発明に係る蛍光素子の有する長距離増強効果や増強レージングは有機EL素子の発光効率の改善や有機レーザの開発にも有効に応用することが可能である。
【0068】
以上、本発明に係る蛍光増強素子、蛍光素子、及び蛍光増強方法について説明を行ったが、その利用は上述したものに限定されないことは言うまでもなく、本発明の精神内で適宜変形や修正を行ってもよいことは明らかである。
【0069】
なお、蛍光増強効果を得るためには、本発明に係る平板状金属粒子は必ずしも基板上に配置される必要はなく、蛍光物質の近傍に配置可能であれば蛍光増強粒子として各種の形態で利用可能である。例えば、蛍光物質を含む媒体中に平板状金属粒子を均一に分散させることにより、簡便に蛍光物質の蛍光を増強することが可能である。


【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明に係る蛍光増強素子の(A)スペーサを有さない場合、(B)スペーサを有する場合、(C)二種類の蛍光物質を担持する場合の断面図。
【図2】本発明に係る蛍光素子の断面図。
【図3】平板状金属粒子の生成過程を示すAFM像。
【図4】スペーサの一例の模式図。
【図5】ローダミンBの化学構造式。
【図6】本発明の蛍光増強素子(実線)及びガラス表面(鎖線)上にローダミンBを担持した場合の蛍光スペクトル。
【図7】本発明の蛍光増強素子(実線)及びガラス表面(鎖線)上にローダミンBを担持した場合の吸収スペクトル。
【図8】測定角度による蛍光強度の変化を示すグラフ。
【図9】増強された蛍光が金属粒子から生じていることを示す模式図。
【図10】ローダミンB担持量による蛍光量子収率の変化を示すグラフ。
【図11】スペーサの厚みと蛍光量子収率の関係を示すグラフ。
【図12】(A)ローダミン110色素、(B)フクシン色素の化学構造式。
【図13】ドナー及びアクセプタの蛍光強度のスペーサ厚依存性を示すグラフ。
【図14】ドナーのみの蛍光スペクトル、及び、ドナーとアクセプタとを混合担持した場合のアクセプタの蛍光スペクトルを示すグラフ。
【図15】(A)スペーサが存在する場合、(B)スペーサが存在しない場合の長距離蛍光増強を示すグラフ。
【図16】スペーサの厚みが(A)2nm以下、(B)3nm以上の場合の増強レージングを示すグラフ。
【符号の説明】
【0071】
1…基板
2…平板状金属粒子
3…蛍光物質
3a…ドナー
3b…アクセプタ
4…スペーサ
5…保持媒体
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図4】
2
【図5】
3
【図6】
4
【図7】
5
【図8】
6
【図10】
7
【図11】
8
【図12】
9
【図13】
10
【図14】
11
【図15】
12
【図16】
13
【図3】
14
【図9】
15