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明細書 :イオン化装置、イオン化方法、ならびに、プログラム

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5057272号 (P5057272)
公開番号 特開2009-135043 (P2009-135043A)
登録日 平成24年8月10日(2012.8.10)
発行日 平成24年10月24日(2012.10.24)
公開日 平成21年6月18日(2009.6.18)
発明の名称または考案の名称 イオン化装置、イオン化方法、ならびに、プログラム
国際特許分類 H01J  49/10        (2006.01)
G01N  27/62        (2006.01)
FI H01J 49/10
G01N 27/62 Z
請求項の数または発明の数 6
全頁数 16
出願番号 特願2007-311402 (P2007-311402)
出願日 平成19年11月30日(2007.11.30)
審査請求日 平成22年10月13日(2010.10.13)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503359821
【氏名又は名称】独立行政法人理化学研究所
発明者または考案者 【氏名】木寺 正憲
個別代理人の代理人 【識別番号】100095407、【弁理士】、【氏名又は名称】木村 満
【識別番号】100110135、【弁理士】、【氏名又は名称】石井 裕一郎
審査官 【審査官】遠藤 直恵
参考文献・文献 特開平08-241687(JP,A)
特開昭63-298939(JP,A)
特開2000-164169(JP,A)
中川孝秀他,「ECRイオン源を用いた微量元素の質量分析法」,Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan,日本,日本質量分析学会,2000年 4月 1日,第48巻第2号,第169-173頁
調査した分野 H01J 49/10
H01J 27/18
G01N 27/62
特許請求の範囲 【請求項1】
電子サイクロトロン共鳴現象によりプラズマを発生させるチャンバー部、
前記チャンバー部内に、試料を単位時間当たり一定の注入量で注入する注入部、
前記チャンバー部内に、指定されたパワーの高周波を入射する導波部、
前記チャンバー部内が平衡状態を保つように、前記チャンバー部内の物質を排出する排出部、
前記チャンバー部内にプラズマが発生するまで、前記導波部に指定するパワーを増加させ、プラズマが発生した後、前記導波部に指定するパワーを減少させて、一旦発生したプラズマが維持されるパワーの範囲(以下、当該範囲の上限を「上限パワー」といい、当該範囲の下限を「下限パワー」という。)を取得する取得部、
前記取得された下限パワーから上限パワーまでの間のいずれかのパワー(以下「指定パワー」という。)を前記導波部に指定して、前記チャンバー部内がプラズマが維持された平衡状態になっているときに、前記排出部から当該試料がイオン化もしくはフラグメントイオン化された物質を排出させる制御部
前記排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する分析部
を備え、
前記制御部は、当該下限パワーから当該上限パワーまでの間の複数のパワーのそれぞれを当該指定パワーとし、前記分析部は、当該指定パワーのそれぞれに対して、前記排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する
ことを特徴とするイオン化装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン化装置であって、
前記取得部は、前記チャンバー部内で生じる可視光、紫外光、X線、その他所定の周波数帯の電磁波の強度、もしくは、前記チャンバー部の電位の変化から、前記チャンバー部内にプラズマが生じているか否かを判断する
ことを特徴とするイオン化装置。
【請求項3】
電子サイクロトロン共鳴現象によりプラズマを発生させるチャンバー部、前記チャンバー部内に、試料を単位時間当たり一定の注入量で注入する注入部、前記チャンバー部内に、指定されたパワーの高周波を入射する導波部、前記チャンバー部内が平衡状態を保つように、前記チャンバー部内の物質を排出する排出部を有するイオン化装置を用いるイオン化方法であって、
前記チャンバー部内にプラズマが発生するまで、前記導波部に指定するパワーを増加させ、プラズマが発生した後、前記導波部に指定するパワーを減少させて、一旦発生したプラズマが維持されるパワーの範囲(以下、当該範囲の上限を「上限パワー」といい、当該範囲の下限を「下限パワー」という。)を取得する取得工程、
前記取得された下限パワーから上限パワーまでの間のいずれかのパワー(以下「指定パワー」という。)を前記導波部に指定して、前記チャンバー部内がプラズマが維持された平衡状態になっているときに、前記排出部から当該試料がイオン化もしくはフラグメントイオン化された物質を排出させる制御工程
前記排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する分析工程
を備え、
前記制御工程では、当該下限パワーから当該上限パワーまでの間の複数のパワーのそれぞれを当該指定パワーとし、前記分析工程では、当該指定パワーのそれぞれに対して、前記排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する
ことを特徴とするイオン化方法。
【請求項4】
請求項3に記載のイオン化方法であって、
前記取得工程では、前記チャンバー部内で生じる可視光、紫外光、X線、その他所定の周波数帯の電磁波の強度、もしくは、前記チャンバー部の電位の変化から、前記チャンバー部内にプラズマが生じているか否かを判断する
ことを特徴とするイオン化方法。
【請求項5】
電子サイクロトロン共鳴現象によりプラズマを発生させるチャンバー部、前記チャンバー部内に、試料を単位時間当たり一定の注入量で注入する注入部、前記チャンバー部内に、指定されたパワーの高周波を入射する導波部、前記チャンバー部内が平衡状態を保つように、前記チャンバー部内の物質を排出する排出部を有するイオン化装置を制御するコンピュータに、
前記チャンバー部内にプラズマが発生するまで、前記導波部に指定するパワーを増加させ、プラズマが発生した後、前記導波部に指定するパワーを減少させて、一旦発生したプラズマが維持されるパワーの範囲(以下、当該範囲の上限を「上限パワー」といい、当該範囲の下限を「下限パワー」という。)を取得する取得工程、
前記取得された下限パワーから上限パワーまでの間のいずれかのパワー(以下「指定パワー」という。)を前記導波部に指定して、前記チャンバー部内がプラズマが維持された平衡状態になっているときに、前記排出部から当該試料がイオン化もしくはフラグメントイオン化された物質を排出させる制御工程
前記排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する分析工程
を実行させ、
前記制御工程では、当該下限パワーから当該上限パワーまでの間の複数のパワーのそれぞれを当該指定パワーとし、前記分析工程では、当該指定パワーのそれぞれに対して、前記排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する
ように機能させることを特徴とするプログラム。
【請求項6】
請求項5に記載のプログラムであって、当該コンピュータにおいて、
前記取得工程では、前記チャンバー部内で生じる可視光、紫外光、X線、その他所定の周波数帯の電磁波の強度、もしくは、前記チャンバー部の電位の変化から、前記チャンバー部内にプラズマが生じているか否かを判断する
ように機能させることを特徴とするプログラム。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、電子サイクロトロン共鳴現象を用いて高分子の試料をイオン化し、対電荷質量比を分析するのに好適なイオン化装置、イオン化方法、ならびに、当該イオン化装置をコンピュータにより制御するためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、電子サイクロトロン共鳴現象(ECR;Electron Cyclotron Resonance)を利用してプラズマを生じさせるプラズマ発生器が利用されている。このようなプラズマ発生器については、以下の文献に開示されている。

【非特許文献1】R.Geller, Electron Cyclotron Resonance Ion Sources and ECR Plasmas, Inst.of Physics Pub.Inc.,Bristol UK, ISBN: 0-7503-0107-4, p.121-129, 1996年10月
【0003】
[非特許文献1]では、minimumB型のECRイオン源として用いられるプラズマ発生器の技術について開示されている。
【0004】
このような、ECRプラズマ発生器では、チャンバー内を真空に近付けた(典型的には10-6Torrのオーダー、すなわち、10-3Pa~10-4Paのオーダー)上で、導波管経由でチャンバー内に高周波を導入してプラズマを生じさせ、試料を一定の速度で流入させて、プラズマ内の電子により、試料のイオン化を図ることができる。
【0005】
この際には、チャンバー内にヘリウム等を低い気圧で充填してプラズマを発生させ、その後に試料を注入する手法と、チャンバー内に試料を注入しながらプラズマを発生させる手法の2つが利用されている。
【0006】
ECRを用いたプラズマ発生器では、チャンバー内の電子のエネルギーは大きい(電子温度は高い)が、イオンや中性分子のエネルギーは小さい、という特徴がある。このようなプラズマ発生器では、高周波のパワーを上げることでプラズマが生じ、その中には、10eV~100eV程度のエネルギーの大きい電子が生じるのが典型的である。
【0007】
そこで従来は、プラズマが発生した際の高周波のパワーを維持してプラズマを維持した上で、低分子量の試料を注入して、エネルギーの大きい電子を用いてイオン化を行い、その試料のイオンの対電荷質量比を分析する等の応用がされていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記のようなオーダーのエネルギーを有する電子を用いるイオン化では、高分子などの試料を分析しようとしても、試料そのものの分子構造が電子によってほとんど破断されて、分子構造に関する情報が失われてしまうという問題があり、高分子の試料の構造をできるだけ変化させずに、イオン化を図り、分析を行う技術が求められている。
【0009】
また、電子のエネルギーを低いレベルから細かく調整することを可能として、試料分子の結合の一部を破断してイオン化し、フラグメントイオンを発生させることに利用したい、との要望もある。
【0010】
さらに、その電子のエネルギーのレベルを変化させた際にイオンやフラグメントイオンの分布がどのように変化するかを観察することで、試料分子の構造を推測する際の材料としたい、との要望も強い。
【0011】
本発明は、以上のような課題を解決するためのもので、電子サイクロトロン共鳴現象を用いて高分子の試料をイオン化し、対電荷質量比を分析するのに好適なイオン化装置、イオン化方法、ならびに、当該イオン化装置をコンピュータにより制御するためのプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の観点に係るイオン化装置は、チャンバー部、注入部、導波部、排出部、取得部、制御部を備え、以下のように構成することができる。
【0013】
すなわち、チャンバー部は、電子サイクロトロン共鳴現象によりプラズマを発生させる。
【0014】
一方、注入部は、チャンバー部内に、試料を単位時間当たり一定の注入量で注入する。
【0015】
さらに、導波部は、チャンバー部内に、指定されたパワーの高周波を入射する。
【0016】
そして、排出部は、チャンバー部内が平衡状態を保つように、チャンバー部内の物質を排出する。
【0017】
一方、取得部は、チャンバー部内にプラズマが発生するまで、導波部に指定するパワーを増加させ、プラズマが発生した後、導波部に指定するパワーを減少させて、一旦発生したプラズマが安定して維持されうるパワーの範囲(以下、当該範囲の上限を「上限パワー」といい、当該範囲の下限を「下限パワー」という。)を取得する。
【0018】
さらに、制御部は、取得された下限パワーから上限パワーまでの間のいずれかのパワー(以下「指定パワー」という。)を導波部に指定して、チャンバー部内がプラズマが維持された平衡状態になっているときに、排出部から当該試料がイオン化もしくはフラグメントイオン化された物質を排出させる。
【0019】
また、本発明のイオン化装置は、排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する分析部をさらに備えるように構成することができる。
【0020】
また、本発明のイオン化装置において、制御部は、当該下限パワーから当該上限パワーまでの間の複数のパワーのそれぞれを当該指定パワーとし、分析部は、当該指定パワーのそれぞれに対して、排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析するように構成することができる。
【0021】
また、本発明のイオン化装置において、取得部は、チャンバー部内で生じる可視光、紫外光、X線、その他所定の周波数帯の電磁波の強度、もしくは、チャンバー部の電位の変化から、チャンバー部内にプラズマが生じているか否かを判断するように構成することができる。
【0022】
本発明のその他の観点に係るイオン化方法は、電子サイクロトロン共鳴現象によりプラズマを発生させるチャンバー部、チャンバー部内に、試料を単位時間当たり一定の注入量で注入する注入部、チャンバー部内に、指定されたパワーの高周波を入射する導波部、チャンバー部内が平衡状態を保つように、チャンバー部内の物質を排出する排出部を有するイオン化装置を用い、取得工程、制御工程を備え、以下のように構成する。
【0023】
すなわち、取得工程では、チャンバー部内にプラズマが発生するまで、導波部に指定するパワーを増加させ、プラズマが発生した後、導波部に指定するパワーを減少させて、一旦発生したプラズマが安定して維持されうるパワーの範囲(以下、当該範囲の上限を「上限パワー」といい、当該範囲の下限を「下限パワー」という。)を取得する。
【0024】
一方、制御工程では、取得された下限パワーから上限パワーまでの間のいずれかのパワー(以下「指定パワー」という。)を導波部に指定して、チャンバー部内がプラズマが維持された平衡状態になっているときに、排出部から当該試料がイオン化もしくはフラグメントイオン化された物質を排出させる。
【0025】
また、本発明のイオン化方法は、排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する分析工程をさらに備えるように構成することができる。
【0026】
また、本発明のイオン化方法において、制御工程では、当該下限パワーから当該上限パワーまでの間の複数のパワーのそれぞれを当該指定パワーとし、分析工程では、当該指定パワーのそれぞれに対して、排出部から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析するように構成することができる。
【0027】
また、本発明のイオン化方法において、取得工程では、チャンバー部内で生じる可視光、紫外光、X線、その他所定の周波数帯の電磁波の強度、もしくは、チャンバー部の電位の変化から、チャンバー部内にプラズマが生じているか否かを判断するように構成することができる。
【0028】
本発明のその他の観点に係るプログラムは、ディジタル信号プロセッサ等のコンピュータに、上記のイオン化装置を制御させ、もしくは、上記のイオン化方法を実行させるように構成する。
【0029】
また、本発明のプログラムは、コンパクトディスク、フレキシブルディスク、ハードディスク、光磁気ディスク、ディジタルビデオディスク、磁気テープ、半導体メモリ等のコンピュータ読取可能な情報記憶媒体に記録することができる。
【0030】
上記プログラムは、プログラムが実行されるコンピュータとは独立して、コンピュータ通信網を介して配布・販売することができる。また、上記情報記憶媒体は、コンピュータやディジタル信号プロセッサとは独立して配布・販売することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、電子サイクロトロン共鳴現象を用いて高分子の試料をイオン化し、対電荷質量比を分析するのに好適なイオン化装置、イオン化方法、ならびに、当該イオン化装置をコンピュータにより制御するためのプログラムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下に本発明の実施形態を説明する。なお、以下に説明する実施形態は説明のためのものであり、本発明の範囲を制限するものではない。したがって、当業者であればこれらの各要素もしくは全要素をこれと均等なものに置換した実施形態を採用することが可能であるが、これらの実施形態も本発明の範囲に含まれる。
【実施例1】
【0033】
図1は、本発明の実施形態の一つに係るイオン化装置の概要構成を示す模式図である。以下、本図を参照して説明する。
【0034】
本実施形態に係るイオン化装置101は、チャンバー部102、注入部103、導波部104、排出部105、取得部106、制御部107、分析部108を備える。
【0035】
ここで、チャンバー部102は、電子サイクロトロン共鳴現象によりプラズマを発生させるものである。
【0036】
チャンバー部102としては、たとえば従来から利用されているminimumB型のECRイオン源となるECRプラズマ発生器を利用することができる。
【0037】
チャンバー部102においては、略円筒形状の真空槽の内部にプラズマを発生させる。真空槽の外周側には永久磁石や電磁石などが配置され、ミラー磁界やカスプ磁界、多極磁界等を生じさせて真空槽の中にプラズマを閉じ込める。なおチャンバー部102内の真空を一定に保つため、真空槽は、真空排出用のポンプ等の真空装置を有するものとするのが一般的である。
【0038】
一方、注入部103は、チャンバー部102内に、試料を単位時間当たり一定の注入量で注入する。本発明においては、分子量の低い(たとてば100以下)アルコール等だけではなく、分子量が高い(たとえば1000以上)ものも、測定対象の試料とすることができる。
【0039】
一方、さらに、導波部104は、チャンバー部102内に、指定されたパワーの高周波(マイクロ波などの電磁波を含む)を入射する。高周波としては、GHzオーダーのものを利用するのが典型的である。また、一様な高周波のほか、パルス状の高周波などを利用しても良い。
【0040】
そして、イオン化装置101は、チャンバー部102内が平衡状態を保つように真空装置を利用して一定の真空度(ガス圧)を維持するとともに、排出部105は、これと共働して、チャンバー部102内の物質を排出する。排出部105は、分子やイオンをポンプや高電圧電源等で排出するものである。
【0041】
従来は、minimumB型のECRイオン源となるECRプラズマ発生器では、一旦真空装置を利用して、チャンバー部102の真空槽の気圧を、典型的には10-6Torrのオーダー、すなわち、10-3Pa~10-4Paのオーダーに下げて、真空に近くした上で、導波部104から高周波をチャンバー部102内に入射し、高周波のパワーを上げていくと、あるパワーに達したところで、プラズマが生じる。
【0042】
発明者らの実験によれば、典型的なminimumB型のECRイオン源の一つでは、1000mW程度でプラズマが生じる。そこで、プラズマが生じるパワーを、上限パワーPmaxと呼ぶこととする。
【0043】
なお、Pmaxは、実際には、「プラズマが生じるときのパワー」そのものではなく、「一旦生じたプラズマが安定して維持されるパワーの(任意の)範囲の上限」を意味する値とすることができるので、プラズマが生じたパワーより大きくすることも、小さくすることも可能である。
【0044】
図2は、プラズマ中の電子が有するエネルギーとその個数分布の概略を示すグラフであり、図3は、高周波のパワーPrとプラズマ内の電子の平均的なエネルギーTeとの関係の概略を示すグラフである。これらの図に示すように、高周波のパワーPrが増加すると、プラズマ内の電子のエネルギーのピークTeも増加していく。
【0045】
なお、プラズマが生じると、一般に、可視光や紫外光、X線、その他所定の周波数帯の電磁波の強度が大きく変化して、これらの電磁波が放出されるようになる。また、チャンバー部102のグランドに対する電位も変化する。これらを各種のセンサによって監視することで、プラズマが生じているか否かを、自動的に判別することも可能であるし、人間が目視によって判定することも可能である。
【0046】
注入部103が試料の注入を開始するタイミングは、プラズマを生じさせる前でも良いし、プラズマが生じた後でも良い。
【0047】
プラズマが生じ、試料の注入が開始されると、排出部105からの流量を調整することで、チャンバー部102内を一種の均衡状態とすることができる。
【0048】
このような状態では、ある種のminimumB型のECRイオン源では、電子のエネルギーは10eV~100eV程度となっている。上記のように、従来は、この電子エネルギーでも分子が壊れないような低分子量の試料に対してはイオン化を行っていたが、高分子量の試料では、分子そのものがバラバラに壊れてしまい、学術的な研究には利用できなかった。そこで、本発明においては、このように一旦プラズマを生じさせた後に、電子エネルギーを低下させる以下の手法を用いる。
【0049】
すなわち、チャンバー部102内にプラズマを生じさせるためには、高周波のパワーをPmaxとする必要があるが、発明者らは、一旦プラズマが生じてしまった後は高周波のパワーを下げても、プラズマがそのまま維持される、という現象を発見した。
【0050】
発明者らの実験によれば、Pmaxが1000mW程度の典型的なminimumB型のECRイオン源を利用した場合、一旦プラズマが生じた後に高周波のパワーを下げたとしても、プラズマがそのまま維持される下限パワーPminは、55mW程度である。そして、一旦プラズマが生じた後は、パワーをPminとPmaxの間で任意に変化させたとしても、プラズマがそのまま維持されるのである。
【0051】
なお、Pminは、「一旦生じたプラズマが安定して維持されるパワーの(任意の)範囲の下限」を意味するため、パワーを下げていったときに、「一旦生じたプラズマが消滅してしまう直前のパワー」とするのではなく、「上限パワーより小さいパワーで、プラズマが安定して維持される任意のパワー」としても良い。
【0052】
以下に説明する実施形態では、Pmaxは、プラズマが発生するパワー(を余裕分だけ増減したもの)、Pminは、プラズマが消滅する直前のパワー(を余裕分だけ増加させたもの)を採用している。
【0053】
そして、当該ECRイオン源では、簡単なシミュレーション計算を行うことにより、パワーPminが55mW程度のときは、電子のエネルギーは31meV程度となることがわかる。すなわち、上記の現象を利用することで、31meV~100eVといった広い範囲で電子のエネルギーを選択して、イオン化を図ることができるのである。
【0054】
下限パワーPminおよび上限パワーPmaxの値は、チャンバー部102の諸元、真空の度合、試料の種類や流入量等、高周波の周波数、高周波の与え方(たとえば、パルス状の高周波を与えることも可能である。)によって変化する。また、電子温度として同じ値Teを得るためには、ガス圧が高いとき(低真空)は、ガス圧が低いとき(高真空)に比べて、必要な高周波のパワーPrは高くなる。電子が共鳴する磁場の強さは、高周波の周波数にも比例する。
【0055】
このため、電子温度は、共鳴磁場の空間的な量や位置により変化する。永久磁石を用いて磁場を生じさせた場合は、共鳴磁場は常に一定であるが、電磁石を用いれば可変することができる。また、ミラー磁場などの閉じ込め磁場を用いた場合は、電子の閉じ込め時間が長くなるので、高い電子温度になりやすいなどの傾向もある。
【0056】
そこで、これらの諸元を変更することで、PminやPmaxそのものを変化させることも可能である。したがって、イオン化やフラグメント化を行う際に、まずPminやPmaxを測定するのが典型的であるが、実験諸元を一致させることができるのであれば、必ずしも毎回取得する必要はない。
【0057】
また、下限パワーPminとしては、所望の電子のエネルギー値があらかじめわかっている場合等には、「プラズマが消滅するパワー」ではなく、パワーがPminであっても「プラズマが維持される」ことを確認すれば十分である。
【0058】
ECRイオン源では、共鳴によって電子のエネルギー(温度)を変化させることができる一方で、イオンは共鳴を起こさないので、イオンのエネルギー(温度)は低いまま、一定に保つことができる。
【0059】
したがって、試料として高分子を与えた場合でも、試料そのものの温度上昇を避けることができ、熱による解離を抑制できる。
【0060】
上記のように、プラズマ中における電子エネルギーの分布ならびにピークTeは、高周波のパワーPrによって依存するとともに、チャンバー部102の真空度(ガス圧)や磁場形状にも依存する。
【0061】
ここで、もう一度、従来技術と本発明とを比較する。
【0062】
既存のECRプラズマ発生器においては、一旦プラズマを発生させた後に高周波のパワーをそのまま維持したりさらに上昇させることとしていた。たとえば、元素の多価イオンを生成するためにECRプラズマ発生器を利用した場合には、ピークの電子温度Teは、10keV~100keV程度となっていた。
【0063】
一方、本発明においては、一旦プラズマを発生させた後、プラズマが維持できる間高周波のパワーを低下させて、下限パワーを求めて、下限パワーと上限パワーの間で高周波のパワーを調整する、という、新規な手法を採用することで、高周波のパワーPrを幅広い範囲で調整可能としている。その結果、ピーク電子温度を、数meV~数eVのオーダーにすることも可能となった。
【0064】
一般的な有機化合物のイオン化エネルギーは100meV~10eVのオーダーであるから、従来のECRプラズマ発生器の利用手法によっては、有機化合物をイオン化することはできないが、本発明による利用手法では、有機化合物のイオン化もできるし、電子温度をさらにあげる(ただし、従来の手法では実現できない電子温度である。)ことでフラグメントイオン化もできる。
【0065】
(分析の手順)
以下、コンピュータの制御により、分子の分析を行う手法について説明する。この場合、当該コンピュータによって、取得部106、制御部107が実現され、取得部106は、当該パワーの範囲Pmin~Pmaxを求め、制御部107は、求められたパワーの範囲で所望のパワーを指定して、分子のイオン化やフラグメント化を行う。
【0066】
なお、本手法は、コンピュータによる自動化ではなく、人間が行うことも可能であり、そのような実施態様も本発明の範囲に含まれる。
【0067】
図4は、本分析手法の制御の流れを示すフローチャートである。以下、本図を参照して説明する。
【0068】
分析を開始すると、まず、真空装置を駆動してチャンバー部102の気圧を下げ、真空にする(ステップS301)。
【0069】
そして、注入部103を駆動して、チャンバー部102に試料を一定の流入速度で流入させる(ステップS302)。これにともない、排出部105は、イオン等の排出を開始するが、チャンバー部102内の真空の度合がプラズマ発生が可能な程度に維持できる程度とするため、真空装置はチャンバー部102内の気圧を一定とするように、真空度を調整する。
【0070】
排出部105が排出する流出量は、真空装置が吸い出す流出量に比べて微量とするのが一般的であるが、この設定は利用するECRプラズマ発生器の機能に応じて適宜変更が可能である。
【0071】
そして、導波部104に指定するパワーを次第に上昇させ(ステップS303)、チャンバー部102内にプラズマが生じなければ(ステップS304;No)、ステップS303に戻ってさらにパワーを上昇させ、プラズマが生じれば(ステップS304;Yes)、ステップS305に進む。
【0072】
そして、プラズマが生じたときのパワーを上限パワーPmaxとする(ステップS305)。なお、Pmaxは、上記のように、「プラズマが生じた際のパワー」ではなく、「プラズマが生じた際のパワーにある程度の余裕を加算した値や減算した値」としても良い。
【0073】
ついで、導波部104に指定するパワーを、次第に減少させ(ステップS306)、プラズマが消滅しなければ(ステップS307;No)、ステップS306に戻ってさらにパワーを低下させ、プラズマが消滅すれば(ステップS307;Yes)、ステップS308に進む。
【0074】
そして、プラズマが消滅する直前のパワーを、下限パワーPminとする(ステップS308)。なお、Pminは、上記のように、「プラズマが消滅した際の直前のパワー」ではなく、「プラズマが消滅した際の直前のパワーにある程度の余裕を加算した値」としても良い。
【0075】
このようにして、取得部106は、上限パワーPmaxと下限パワーPminを得るのである。
【0076】
ここでプラズマは消滅していることになるから、導波部104にパワーにPmaxを指定して、再度プラズマを生じさせてから(ステップS309)、指定パワーPとしてPminを指定して、電子エネルギーを低下させ(ステップS310)、ステップS311へ進む。
【0077】
なお、所望の電子温度が得られるパワーがあらかじめ判明している場合等、Pminに対する閾値が存在する場合には、ステップS306においてパワーを当該閾値に変化させた後、プラズマが維持されていることを確認して、ステップS311へ進むこととしても良い。
【0078】
このようにしてプラズマが維持されている間は、制御部107が導波部104に対して、Pmin~Pmaxの範囲に含まれるパワーを指定パワーとして指定すると、排出部105から排出される物質には、以下のいずれかが含まれることとなる。
(a)試料そのもの。当該指定パワーの電子エネルギーではイオン化がされない状況である。
(b)試料がイオン化されたもの。当該指定パワーの電子エネルギーにより、試料そのものの分子構造に変化がないままにイオン化がされたものである。
(c)試料が分断されたもの。当該指定パワーの電子エネルギーにより、試料の分子構造のうち弱い枝が分断されたものである。
(d)試料が分断されてイオン化されたもの。いわゆるフラグメントイオンである。
(e)その他の各種の物質。熱により試料が解離した場合等である。
【0079】
一般に、パワーが低ければイオン化・フラグメント化は進みにくく、パワーが高ければイオン化・フラグメント化は進みやすい。そこで、種々のパワーを指定することで、試料の分子構造を推定することが可能となる。後述するように、パワーをPminから次第にあげていくのが典型的であるが、測定点をPminとPmaxの間で複数選択して、適宜いずれかパワーを指定することとしても良い。
【0080】
すなわち、ステップS309の後、分析部108は、導波部104に対して現在指定されているパワーPに対して、排出部105から排出された物質の対電荷質量比の分布を分析する(ステップS311)。
【0081】
ここで、分析部108は、イオンを対電荷質量比で分離するもので、磁場型、四重極型、飛行時間型あるいはイオンサイクロトロン型等、各種の技術を適宜選択して用いることができる。また、分離したイオンの質量スペクトル分布を測定するには、SEM、MCP、フォトマルチプライアー、CCDアレーなどの技術を用いることができる。
【0082】
また、高分子のイオン化やフラグメントイオン化の場合には、1価イオンが生じるのが典型的であり、この場合には、対電荷質量比は、当該イオンの分子量をそのまま表すこととなる。
【0083】
この他、分析の直前には、チャンバー部102内が均衡状態となるまで、一定時間待機する等の処理を行うのが典型的である。
【0084】
現在の指定パワーPに対する分析が終了したら、指定パワーPをある刻み幅ΔPで増加させる(ステップS312)。そして、当該指定パワーがPmax以下であれば(ステップS313;Yes)、ステップS311に戻る。指定パワーがPmaxを超えたら(ステップS313;No)、注入部103を停止させ(ステップS314)、導波部104に与えるパワーを0としてプラズマを消滅させて(ステップS315)、一定時間、排出部105や真空装置を動作させて清掃を行った後、停止させて(ステップS316)、本処理を終了する。
【0085】
なお、指定パワーPの変動幅は、必ずしも等間隔である必要はなく、適当な代表点で測定して大まかな質量スペクトルの変化の様子を把握してから、さらに詳細に指定パワーPを変化させることとしても良い。
【0086】
(高分子の構造の分析)
以下では、高分子の構造を分析する具体例について説明する。
【0087】
図5は、本実施形態のイオン化装置101の試料とする高分子化合物の構造を示す説明図である。以下、本図を参照して説明する。
【0088】
試料の質量数は7000であるが、大まかに分けて、質量数1000、1200、1400、1600、1800の5種の分子が、A部、B部、C部およびD部の低い結合エネルギーの枝によって結合しているものとする。また、結合エネルギーの大小は「B部<C部<A部<D部」であるものとする。
【0089】
図6は、次第に高周波のパワーをあげていった場合に分析部108で得られる質量スペクトルの変化を示すグラフである。以下、本図を参照して説明する。
【0090】
高周波のパワーをPminから次第に上昇させていくと、当初は試料全体がイオン化されるが、次第に弱い結合が切り離されて、フラグメントイオンが生じるようになる。
【0091】
本図(a)~(d)は、さまざまなパワーで得られる質量スペクトルであるが、いずれのグラフにおいても、質量数7000に強いピークが得られている。これは、結合が分断されないまま、試料の分子全体が1価イオンにイオン化されたことを示すものである。
【0092】
本図(a)は、主にB部が切断されるような、低いパワーの際に得られる質量スペクトルで、質量数1600と5400(1200+1400+1000+1800)にも強いピークが得られている。
【0093】
さらにパワーをあげると、B部およびC部が切断されるような状況となると、本図(b)に示すように、ピークは、質量数1600、2600(1200+1400)、2800(1000+1800)にも出現するようになる。
【0094】
さらにパワーをあげて、B部、C部、A部が切断されるような状況となると、本図(c)に示すように、フラグメントイオンのピークは、質量数1200、1400、1600、2800(1000+1800)に移行する。
【0095】
さらにパワーをあげて、B部、C部、A部、D部のすべてが切断されるような状況となると、本図(d)に示すように、ピークは、質量数1000、1200、1400、1600、1800に移行する。
【0096】
このように、本実施形態では、Pminから次第にパワーを上昇させて分析部108で得られる質量スペクトルの変化を見ることにより、分子の構造を推定することが可能となる。
【0097】
(その他の実験結果)
以下では、本実施形態のイオン化装置を用いて、イオン化、フラグメントイオン化の制御を行った実験結果について説明する。
【0098】
図7、図8、図9は、それぞれ、試料として、有機金属化合物ニッケロセンNi(C5H5)2、フェロセンFe(C5H5)2、オスモセンOs(C5H5)2を与えて、高周波のパワーを変化させたときの、フラグメントイオンの排出量をイオン電流により測定した結果を示すグラフである。以下、本図を参照して説明する。
【0099】
本実験では、五員環が一つ外れたフラグメントイオン[Ni(C5H5)]+、[Fe(C5H5)]+、[Os(C5H5)]+が排出されるものとして、それぞれの高周波のパワー(横軸)に対して、イオン電流がどの程度流れるか(縦軸)により、イオンの量を検出して、グラフを描いている。また、機器としては、ECRIS-MS2(商標)を利用した。
【0100】
これらはいずれも、非常に不安定であり、従来の手法では、分析を行うことが事実上不可能なフラグメントイオンである。グラフからは、高周波のパワーを制御することにより、その生成量に特徴(ピーク)が現われていることがわかる。しかも、これらのグラフ形状やピーク位置は、いずれも異なる。
【0101】
これら3種の有機金属化合物は、2つの五員環に1つの金属元素が挟まれている、という類似する構造を持っているが、上記のようなグラフの形状やピーク位置の相違から、その結合の強さに差があることが明確にわかるのである。
【0102】
なお、本実施形態においては、分析部108を設ける形態では、高分子化合物の測定や構造推定が可能であるが、一旦高分子化合物の構造推定がなされた後に、当該イオンやフラグメントイオンを他の用途に利用したい場合(各種の物理反応・化学反応を起させる等)には、分析部108を外した形態を用いることで、所望のイオンやフラグメントイオンを排出部105から出力する製造装置とすることも可能である。この場合には、高周波のパワーをPminからPmaxの間で調整することで、不安定なフラグメントイオンを所望の分布で製造することが可能となるのである。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明によれば、電子サイクロトロン共鳴現象を用いて高分子の試料をイオン化し、対電荷質量比を分析するのに好適なイオン化装置、イオン化方法、ならびに、当該イオン化装置をコンピュータにより制御するためのプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】本発明の実施形態の一つに係るイオン化装置の概要構成を示す模式図である。
【図2】プラズマ中の電子が有するエネルギーとその個数分布の概略を示すグラフであり、
【図3】高周波のパワーPrとプラズマ内の電子の平均的なエネルギーTeとの関係の概略を示すグラフである。
【図4】本分析手法の制御の流れを示すフローチャートである。
【図5】本実施形態のイオン化装置の試料とする高分子化合物の構造を示す説明図である。
【図6】次第に高周波のパワーをあげていった場合に分析部で得られる質量スペクトルの変化を示すグラフである。
【図7】試料として、有機金属化合物ニッケロセンNi(C5H5)2を与えて、高周波のパワーを変化させたときの、フラグメントイオンの排出量をイオン電流により測定した結果を示すグラフである。
【図8】試料として、有機金属化合物フェロセンFe(C5H5)2を与えて、高周波のパワーを変化させたときの、フラグメントイオンの排出量をイオン電流により測定した結果を示すグラフである。
【図9】試料として、有機金属化合物オスモセンOs(C5H5)2を与えて、高周波のパワーを変化させたときの、フラグメントイオンの排出量をイオン電流により測定した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0105】
101 イオン化装置
102 チャンバー部
103 注入部
104 導波部
105 排出部
106 取得部
107 制御部
108 分析部
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
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【図8】
7
【図9】
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