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明細書 :界面活性剤を使用した組織の染色方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5301206号 (P5301206)
公開番号 特開2009-296891 (P2009-296891A)
登録日 平成25年6月28日(2013.6.28)
発行日 平成25年9月25日(2013.9.25)
公開日 平成21年12月24日(2009.12.24)
発明の名称または考案の名称 界面活性剤を使用した組織の染色方法
国際特許分類 C12Q   1/02        (2006.01)
G01N  33/48        (2006.01)
FI C12Q 1/02
G01N 33/48 P
請求項の数または発明の数 12
全頁数 14
出願番号 特願2008-151315 (P2008-151315)
出願日 平成20年6月10日(2008.6.10)
審査請求日 平成23年4月13日(2011.4.13)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】河崎 洋志
【氏名】松林 完
個別代理人の代理人 【識別番号】100078662、【弁理士】、【氏名又は名称】津国 肇
【識別番号】100113653、【弁理士】、【氏名又は名称】束田 幸四郎
【識別番号】100116919、【弁理士】、【氏名又は名称】齋藤 房幸
審査官 【審査官】濱田 光浩
参考文献・文献 Journal of Neuroscience Methods,1992年,Vol. 42,p. 45-63
Journal of Histochemistry & Cytochemistry,1990年,Vol. 38,p. 735-739
調査した分野 C12Q 1/02
G01N 33/48
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
特許請求の範囲 【請求項1】
カルボシアニン蛍光色素で染色した組織とコレステロール特異的界面活性剤とを接触させる工程を含む、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、カルボシアニン蛍光色素で染色した組織への浸透を促進する方法であって、カルボシアニン蛍光色素で染色した組織を目的物質に特異的に結合するタンパク質に曝露する前および/または間に行われることを特徴とする、方法。
【請求項2】
コレステロール特異的界面活性剤がジギトニンまたはキラヤサポニンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
目的物質に特異的に結合するタンパク質が抗体である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
組織が神経を含む組織である、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
コレステロール特異的界面活性剤を含む、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、カルボシアニン蛍光色素で染色した組織への浸透を促進するための組成物。
【請求項6】
コレステロール特異的界面活性剤がジギトニンまたはキラヤサポニンである、請求項に記載の組成物。
【請求項7】
目的物質に特異的に結合するタンパク質が抗体である、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
組織が神経を含む組織である、請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
コレステロール特異的界面活性剤、ならびにカルボシアニン蛍光色素および/または目的物質に特異的に結合するタンパク質を含む、組織を染色するためのキット。
【請求項10】
コレステロール特異的界面活性剤がジギトニンまたはキラヤサポニンある、請求項に記載のキット。
【請求項11】
目的物質に特異的に結合するタンパク質が抗体である、請求項9または10に記載のキット。
【請求項12】
組織が神経を含む組織である、請求項11のいずれか1項に記載のキット。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、組織の染色方法に関する。詳細には、本発明は、コレステロール特異的界面活性剤を使用して、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進することを特徴とする方法、ならびにこの方法に使用される組成物、キットに関する。
【背景技術】
【0002】
DiI(1,1’-ジオクタデシル-3,3,3’,3’-テトラメチルインドカルボシアニンペルクロレート)のような蛍光性長鎖脂質可溶性カルボシアニン色素は、神経経路の逆行性および順行性トレーシングに広く使用されている。DiIはニューロンの形質膜に容易に取り込まれ、膜内で拡散して、神経経路を順行性および逆行性の両方で標識する。DiIはニューロン全体およびその突起に拡散し、棘突起および成長円錐を含む詳細な構造の可視化を可能にする。DiIは能動的軸索輸送ではなく拡散によってニューロンを標識するので、DiIを使用して、生存組織のみならずアルデヒド固定神経組織におけるニューロン投射をトレースすることができる。このことは、ヒトおよび発生神経解剖学の分野において特に有用である。
【0003】
DiI標識した軸索、樹状突起および細胞体などの特性を検討するために、DiI標識を蛍光免疫組織化学と組み合わせることが所望される。しかし、残念ながらDiI標識と蛍光免疫組織化学は良好には適合しない。なぜなら、組織中へ抗体の浸透を増強するために一般的に使用される界面活性剤であるTriton X-100は、DiIに標識された構造物からDiIの拡散を引き起こすからである。この制限を克服するためにいくつかのプロトコルが報告されている。1つの方法は、単一の切片に対する逐次的な2段階の手順である(非特許文献1)。DiIの局在を最初に記録し、次いでスライドを免疫組織化学のために、DiIを犠牲にして処理する。しかし、このプロトコルではDiIと免疫蛍光との微細もしくは正確な共局在を検討することは困難である。2つめの方法は、界面活性剤の非存在下での長時間(例えば、室温で3日間)の脳切片の1次抗体とのインキュベーションが蛍光染色パターンを改善することが報告されているが(非特許文献2)、抗体の組織への浸透は、幼若動物を使用した場合でさえ、なお限定的である。3つめの方法として、いくつかの報告では、低濃度の界面活性剤(例えば、Tween 20またはTriton X-100)が使用されているが、これらのプロトコルはニューロン細胞体の局在を検出するためのみに使用されており、軸索のような微細構造は検出されていない(非特許文献3、非特許文献4)。4つめの方法として、別の報告は、DiI標識の、安定ではあるが非蛍光性のジアミノベンジジン反応生成物への光変換が、免疫組織化学に適合することを示している(非特許文献5、非特許文献6)。しかし、上記のようにこの反応成生物は非蛍光性である。従って、DiI標識と免疫蛍光との詳細な共局在を共焦点顕微鏡観察を使用して分析することができる蛍光二重標識を使用することが望まれていた。
【0004】
DiIにより染色された神経線維などの構造体が、どのような特徴を持つ構造体であるかを知ることは非常に重要である。そのためには、DiIで標識された構造体に、どのようなタンパク質が発現されているかを免疫染色法で検討することが必須となる。しかしながら、上記のように、従来DiIと免疫染色法を組み合わせることが困難であった。

【非特許文献1】Holmqvist, B.I. et al. (1992) J Neurosci Methods 42:45-63
【非特許文献2】Elberger, A.J. et al. (1990) J Histochem Cytochem 38:735-739
【非特許文献3】Lukas, J.R. et al. (1998) J Histochem Cytochem 46:901-910
【非特許文献4】Lee, K.W. et al. (2006) Proc Natl Acad Sci USA 103:3399-3404
【非特許文献5】Papadopoulos, G.C. et al. (1993) J Neurosci Methods 46:251-258
【非特許文献6】von Bartheld, C.S. et al. (1990) J Histochem Cytochem 38:725-733
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、蛍光色素での染色と免疫染色とを組み合わせた組織の染色方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、DiIニューロントレーシングと適合する適切な蛍光免疫染色プロトコルを研究した。Triton X-100はほぼ無差別に脂質分子を可溶化するので、Triton X-100が脂質と一緒にDiIも溶出させる可能性がある。その結果、DiI標識は免疫組織化学染色の後に消失する。従って、本発明者らは、細胞脂質成分のうちの特定の脂質選択的に作用(例えば、可溶化)する界面活性剤を用いることにより、膜中に十分量のDiIを保持できるであろうと考えた。本発明者らは、DiI標識ならびに幼若および成体脳組織への抗体の浸透に対するジギトニンの効果を検討した。ジギトニンは、膜透過処理およびタンパク質抽出のような細胞生物学および生化学アッセイのために使用されているコレステロール特異的界面活性剤である。本発明者らは、DiI標識脳切片のジギトニンでの処理が、ニューロン中のDiI標識を破壊することなく組織への抗体の効率的な浸透を導くことを示した。DiI標識と蛍光免疫組織化学とを組み合わせることができれば、神経系の神経回路の詳細な検討が可能になり、有用である。
【0007】
本発明は、
[1]蛍光色素で染色した組織とコレステロール特異的界面活性剤とを接触させる工程を含む、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進する方法であって、蛍光色素で染色した組織を目的物質に特異的に結合するタンパク質に曝露する前および/または間に行われることを特徴とする、方法;
[2]コレステロール特異的界面活性剤がジギトニンまたはキラヤサポニンである、[1]の方法;
[3]蛍光色素がカルボシアニン蛍光色素である、[1]または[2]の方法;
[4]目的物質に特異的に結合するタンパク質が抗体である、[1]~[3]のいずれかの方法;
[5]組織が神経を含む組織である、[1]~[4]のいずれかの方法;
[6]コレステロール特異的界面活性剤を含む、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進するための組成物;
[7]コレステロール特異的界面活性剤がジギトニンまたはキラヤサポニンである、[6]の組成物;
[8]蛍光色素がカルボシアニン蛍光色素である、[6]または[7]の組成物;
[9]目的物質に特異的に結合するタンパク質が抗体である、[6]~[8]のいずれかの組成物;
[10]組織が神経を含む組織である、[6]~[9]のいずれかの組成物;
[11]コレステロール特異的界面活性剤、ならびに蛍光色素および/または目的物質に特異的に結合するタンパク質を含む、組織を染色するためのキット;
[12]コレステロール特異的界面活性剤がジギトニンまたはキラヤサポニンある、[11]のキット;
[13]蛍光色素がカルボシアニン蛍光色素である、[11]または[12]のキット;
[14]目的物質に特異的に結合するタンパク質が抗体である、[11]~[13]のいずれかのキット;
[15]組織が神経を含む組織である、[11]~[14]のいずれかのキット、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、コレステロール特異的界面活性剤を使用して、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進することを特徴とする方法、ならびにこの方法に使用される組成物、キットが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
上記のように、組織中へ抗体の浸透を増強するために従来から一般に使用されるTriton X-100のような脂質に対して非特異的に作用する界面活性剤を使用すると、事前に組織の染色に使用した蛍光色素(例えば、DiI)が拡散・溶出してしまい、その結果、抗体などの目的物質に特異的に結合するタンパク質を使用した二重染色が実施できなかった。
【0010】
本発明は、細胞膜を構成する特定の脂質(例えば、コレステロール)に対して特異的に作用する界面活性剤(例えば、ジギトニン)を使用すれば、従来技術において見られたような蛍光色素の拡散・溶出を防止することができるという、本発明者らによって得られた知見に基づいている。すなわち、本発明によれば、コレステロールのような細胞膜中の特定の脂質に対して特異的な界面活性剤を使用することによって、組織染色に使用する蛍光色素を細胞内に保持しつつ、抗体などの目的物質に特異的に結合するタンパク質を組織の深部まで十分に浸透させることができる。それゆえ、例えば、DiIなどの蛍光色素でのトレーシングおよび免疫組織化学の蛍光二重標識を実施することが可能である。
【0011】
1つの実施態様において、本発明は、蛍光色素で染色した組織とコレステロール特異的界面活性剤とを接触させる工程を含む、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進する方法であって、蛍光色素で染色した組織を目的物質に特異的に結合するタンパク質に曝露する前および/または間に行われることを特徴とする、方法を提供する。
【0012】
別の実施態様において、本発明は、(1)組織を蛍光色素で染色する工程、および(2)蛍光色素で染色した組織を目的物質に特異的に結合するタンパク質に曝露する工程、を含む、組織の染色方法であって、工程(2)の前および/または間に工程(1)で得られた組織とコレステロール特異的界面活性剤とを接触させることを特徴とし、これにより目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透が促進される、方法を提供する。
【0013】
細胞膜には、リン脂質、糖脂質、ステロイド(例えば、コレステロール)などの脂質が含まれることが知られている。またこれらは、その疎水性部分のアルコール成分がグリセロールであるグリセロ脂質、当該成分がスフィンゴシンであるスフィンゴ脂質に分類される。本明細書ではこれらの細胞膜中の脂質のうち、コレステロールに対して特異的な界面活性剤について記載するが、細胞膜中の他の特定の脂質に対して特異的な界面活性剤を使用した場合も同様な効果が期待される。
【0014】
本明細書において使用する用語「コレステロール特異的界面活性剤」は、上記細胞膜中の特定の脂質のうち、コレステロールに対して特異的に作用する界面活性剤をいう。コレステロール特異的界面活性剤としては、サポニン、例えば、ジギトニン、キラヤサポニンなど任意の公知のものを使用することができる。本発明には、ジギトニンが好ましく用いられる。サポニンはステロイドやトリテルペノイドを非糖部とする配糖体の総称であり、ジギタリス由来のステロイド配糖体であるジギトニンもサポニンに含まれる。なお、サポニン、ジギトニン、キラヤサポニンなどの誘導体も同様に本発明に使用することができる。従って、本明細書において使用する用語「サポニン」、「ジギトニン」、「キラヤサポニン」はそれらの任意の誘導体を含む。
【0015】
界面活性剤は、水の表面張力の低下など、界面または表面の性質を変化させる性質(界面活性)を有する物質の総称であり、その作用は多岐にわたるが、本発明の目的のためには、脂質を破壊するように作用する性質を有するものが好ましく用いられる。界面活性剤の脂質に対する「作用」は、結果的に目的物質に特異的に結合するタンパク質の組織への浸透が促進されれば、その機構に限定はない。例えば、キラヤサポニンはミセルを形成することによってコレステロールを水溶液中に可溶化する。一方、ジギトニンは、コレステロールとともにコレステロール-ジギトニンと称する不溶性複合体を形成して沈殿する。本発明者らは、培養細胞の染色においては、ジギトニンおよびキラヤサポニンのいずれもが良好な結果をもたらすが、脳切片の染色においてはジギトニンがキラヤサポニンよりも優れていることを見出している。いずれもコレステロール特異的界面活性剤であるジギトニンとキラヤサポニンとの間のこのような差異は、ジギトニンが形成する不溶性複合体とともにDiIが細胞中に沈殿されて、DiIの溶出が回避されることに起因するのかもしれない。
【0016】
蛍光色素で染色した組織と接触させる際に、コレステロール特異的界面活性剤を任意の溶媒に溶解することができる。そのような溶媒は、使用する界面活性剤の種類に応じて適切に選択することができる。例えば、界面活性剤としてジギトニンを使用する場合、溶媒として3%ウシ血清アルブミン(BSA)を含有するリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)を使用することができる。また、界面活性剤としてキラヤサポニンを使用する場合、溶媒としてPBSを使用することができる。
【0017】
組織と接触させる際のコレステロール特異的界面活性剤の濃度は、例えば、本願の開示に従って行われる組織染色の結果に基づいて適切に決定することができる。コレステロール含量が低い組織や、相対的に堅固な組織(例えば、成体組織)を標的とする場合は、界面活性剤の濃度はより高く調整され得る。界面活性剤としてジギトニンを使用する場合、濃度は、例えば10μg/ml以上、好ましくは100μg/ml以上、より好ましくは500μg/ml以上、かつ例えば5000μg/ml以下、好ましくは2000μg/ml以下、より好ましくは1000μg/ml以下である。界面活性剤としてキラヤサポニンを使用する場合、濃度は、例えば0.2%以上、好ましくは0.5%以上、かつ例えば2%以下、好ましくは1%以下である。
【0018】
組織とコレステロール特異的界面活性剤との接触の温度および時間は、良好な染色結果を指標として適切に決定される。温度は、例えば4~37℃、好ましくは10~30℃である。時間は、例えば10分~60分、好ましくは20分~40分である。1つの態様において、接触は室温で30分実施される。この後に、組織を、コレステロール特異的界面活性剤の存在下もしくは非存在下で、目的物質に特異的に結合するタンパク質(例えば、抗体)に曝露してもよい。
【0019】
本明細書において使用する用語「蛍光色素」は、組織(または組織を構成する細胞)を特異的に染色することができる蛍光性の色素をいう。組織に限定はなく、染色が所望される任意の組織を選択することができる。例えば、組織は神経を含む組織であってもよい。神経は全身のほぼ全ての臓器に分布しているので、この場合脳を含む全身の任意の部位がその染色対象となる。目的の組織を特異的に染色する蛍光色素は当該分野において公知であり、当業者は適切な蛍光色素を選択することができる。
【0020】
蛍光色素の例として、カルボシアニン蛍光色素と呼ばれる一群の蛍光色素が挙げられる。カルボシアニン蛍光色素としては、DiA、DiD、DiI、DiO、DiRなど多数のものが市販されており、いずれも本発明に用いることができる(http://probes.invitrogen.com/handbook/print/1304.htlmを参照のこと)。上記の蛍光色素のアナログや誘導体も同様に使用することができる。そのようなアナログや誘導体もまた公知であり、上記ウェブサイトに例示されている。例えば、不飽和アルキルテール(例えば、Δ-DiI、FAST DiO、FAST DiIの商品名で市販されているもの)やより短いアルキルテール(例えば、DiIC12(3)、DiIC16(3)、DiOC16(3)の商品名で市販されているもの)を有するアナログ、クロロメチルベンズアミド誘導体(例えば、CellTracker CM-DiIの商品名で市販されているもの)、ジフェニル誘導体(例えば、5,5’-Ph-DiC18(3)の商品名で市販されているもの)、アニオン性スルホフェニル(例えば、Sp-DiIC18(3)、Sp-DiOC18(3)の商品名で市販されているもの)またはスルホネート(例えば、DiIC18(3)-DS、DiIC18(5)-DSの商品名で市販されているもの)誘導体などを使用することができる。蛍光色素は、上記で具体的に示した化合物に限定されるものではなく、また将来利用可能になる同様の効果を有する任意のものを使用することができる。本発明には。DiIが好ましく用いられる。DiIなどのカルボシアニン蛍光色素の神経回路のトレーサーとしての利点は、これを使用して、生存組織のみならず固定標本における投射をトレースできることである。これにより外科的手順が必要でなくなり、他のトレーサーによって与えられる組織損傷の潜在的な影響を排除することができる。従って、カルボシアニン蛍光色素は生存動物では容易に到達可能でない神経経路のトレーシングに適切である。
【0021】
蛍光色素は、適当な溶媒に溶解して使用してもよいが、固体(結晶)状態で染色に使用してもよい。
【0022】
本明細書において使用する用語「目的物質に特異的に結合するタンパク質」は、目的物質に特異的に結合する能力を有する任意のタンパク質をいう。目的物質は、組織に存在するタンパク質、核酸、糖質、脂質など任意の物質であり得る。目的物質に特異的に結合するタンパク質の例としては、抗体、レセプター、リガンドなどが挙げられる。なお、本明細書では主に抗体の使用に関して記載するが、抗体以外の任意のタンパク質も、目的物質に特異的に結合する能力を有している限り本発明に使用することができる。
【0023】
抗体としては、その検出が所望される任意の抗原に対する抗体が使用される。本発明者らは、コレステロール含量の低い核膜に対してコレステロール特異的界面活性剤であるジギトニンを作用させた場合においても免疫染色が可能であることを示している。従って、本発明によれば、抗体は核膜内の抗原(本明細書において、「核抗原」という)にも結合することができる。
【0024】
目的物質に特異的に結合するタンパク質を用いた染色には任意の公知の標識を使用することができる。好ましい標識の例としては蛍光標識が挙げられる。目的物質に特異的に結合するタンパク質を直接的に標識してもよく、または標識2次抗体などを使用して間接的に標識することもできる。目的物質の数は1つに限定されるものではなく、例えば、複数の抗体をそれぞれ波長の異なる蛍光で標識すれば、複数の目的物質を同時に検出することができる。
【0025】
抗体はポリクローナル抗体であってもよいが、均質な結果を得るためにはモノクローナル抗体がより好ましい。また、抗体は、抗原に特異的に結合する能力を有する任意の形態(例えば、Fab、F(ab’)、scFvなど)も包含する。
【0026】
蛍光色素で染色した組織とコレステロール特異的界面活性剤との接触は、蛍光色素での染色が保持され、かつ目的物質に特異的に結合するタンパク質を用いた染色が十分に行われる限り、蛍光色素で染色した組織を目的物質に特異的に結合するタンパク質に曝露する前に行ってもよく、蛍光色素で染色した組織を目的物質に特異的に結合するタンパク質に曝露する間に行ってもよい。
【0027】
本発明の方法によって、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透が促進される。浸透の促進は、組織切片の最も深い部分が、目的物質に特異的に結合するタンパク質を用いて十分に染色されることを観察することによって確認することができる。浸透が不十分であれば、目的物質に特異的に結合するタンパク質を用いた染色を表す蛍光強度は切片の表面に比較して深い部分において低下するが、浸透が十分であれば、切片の深い部分におけるこのような蛍光強度の低下は観察されない。
【0028】
さらに別の実施態様において、本発明は、コレステロール特異的界面活性剤を含む、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進するための組成物を提供する。
【0029】
本発明の組成物は、上記のような本発明の目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進する方法に使用することができる。本発明の組成物に含まれるコレステロール特異的界面活性剤の種類、溶解のための溶媒、濃度などは上記のとおりである。本発明の組成物は、その他の任意の成分(例えば、安定化剤など)を含んでいてもよい。
【0030】
さらなる実施態様において、本発明は、コレステロール特異的界面活性剤、ならびに蛍光色素および/または目的物質に特異的に結合するタンパク質を含む、組織を染色するためのキットを提供する。
【0031】
本発明のキットは、上記のような本発明の組織の染色方法に使用することができる。本発明のキットに含まれるコレステロール特異的界面活性剤、蛍光色素、および目的物質に特異的に結合するタンパク質は上記のとおりである。本発明のキットはその他の任意の成分(例えば、洗浄液など)を含んでいてもよい。
【0032】
本発明は、ヒトの疾患脳における神経回路異常の解析、ヒト胎児の先天性異常における神経回路異常の解析、脳への再生医療の基礎実験(すなわち、脳へ移植した神経細胞から、どのような神経軸索がどこへ投射しているかを解析できる)、基礎神経科学における神経回路形成過程の解析などに有用である。
【0033】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
材料および方法
動物:ICRマウスを日本エスエルシーから購入した。
【0035】
抗体および試薬:抗ERK1/2抗体(K-23)をSanta Cruz Biotechnologyから購入した。抗カルビンディンD-28k抗体をChemiconから購入した。抗ニューロフィラメントM(NFM)抗体をChemiconから購入した。抗Islet-1/2(Isl-1/2)モノクローナル抗体(39.4D5)をDevelopmental Studies Hybridoma Bankから得た。Alexa488標識抗ウサギIgGおよび抗マウスIgG抗体をMolecular Probesから購入した。4.5g/lグルコース含有ダルベッコ改変イーグル培地(以下、「DMEM」という)およびペニシリン-ストレプトマイシン溶液をInvitrogenから購入した。カナマイシン溶液およびウシ血清アルブミン(BSA)をSigmaから購入した。ジギトニンをCalbiochemから購入し(カタログ番号300411)、ジメチルスルホキシド(DMSO、Sigma)中50mg/mlの濃度でストック溶液を作製した。キラヤサポニンをSigmaから得(カタログ番号47036)、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)(水(MilliQ水)1L当たりNaCl 8g、KCl 0.2g、NaHPO・12HO 3.63g、KHPO 0.24g)中20%(w/v)の濃度でストック溶液を作製した。使用時に、ストック溶液を10~500倍希釈した。DiIをMolecular Probesから購入した。
【0036】
細胞培養および免疫細胞化学:以前に記載された細胞培養プロトコル(Matsubayashi, Y. et al. (2004) Curr Biol 14:731-735)を改変した。COS7細胞を10%ウシ胎仔血清および抗生物質(100単位/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシンおよび0.1mg/mlカナマイシン)を補充したDMEM中で培養した。染色の24時間前に、COS7細胞をカバーグラスを含む35mmディッシュ中に2×10細胞/ディッシュの密度で播種した。細胞を4%パラホルムアルデヒド(PFA)で固定し(37℃、15分)、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)で洗浄し、次いでDiIで染色した(PBS中2μg/ml、37℃、10分)。細胞をPBSで洗浄し、以下のように種々の試薬で透過処理した。透過処理のネガティブコントロールのためには、細胞を3%BSA含有PBS(3%BSA/PBS)で30分間室温(RT)で処理した。メタノールでの透過処理のために、細胞をメタノール中20分間-20℃でインキュベートした。Triton X-100またはジギトニンでの透過処理のために、細胞を3%BSA/PBS中に溶解したこれらの界面活性剤で処理した(RT、30分)。キラヤサポニンでの処理のために、細胞をキラヤサポニン含有PBS中でインキュベートした(RT、30分)。予備的な実験においてキラヤサポニンは3%BSA/PBS中で十分には作用しなかったので、キラヤサポニンを使用する場合にはBSAを含めなかった。次いで、細胞を一晩3%BSA/PBS中の抗ERK1/2抗体(1:100希釈)とともに4℃でインキュベートした。Triton X-100またはジギトニンで処理した細胞については、Triton X-100またはジギトニンを1次抗体溶液に添加した。最後に、細胞をPBSで洗浄し、2次抗体およびHoechst33342(終濃度1μg/ml)とともに3%BSA/PBS中で1時間RTでインキュベートした。
【0037】
神経軸索のDiI標識:マウスを深く麻酔し、4%PFA含有PBS(4%PFA/PBS)で経心的に灌流した。脳を切開し、一晩4%PFA/PBSで後固定した。DiI結晶を脳に挿入し、これを固定液に戻して、37℃で2週間貯蔵した。次いで、脳をビブラトームを用いて切片化し(厚さ30μm)、使用時まで固定液中で貯蔵した。
【0038】
DiI標識脳切片の経時的画像化:DiI標識切片をPBSで洗浄し、顕微鏡スライドガラス上に置き、カバーグラスをのせた。次いで、界面活性剤処理前の切片の画像を取った。次いで、切片を各透過処理溶液(すなわち、3%BSA/PBS、Triton X-100(0.2もしくは0.5%)またはジギトニン(100もしくは1000μg/ml)を含む3%BSA/PBS、あるいはキラヤサポニン含有PBS(0.5もしくは1%))に移した。30分間RTでインキュベートした後、各切片を新たな顕微鏡スライドガラス上の各溶液の新鮮な液滴に移した。過剰の溶液を除去し、カバーグラスをのせた。次いで、DiI標識神経突起の経時的な画像を撮影した。撮影の間以外は、切片を暗所にて4℃で貯蔵した。
【0039】
免疫組織化学:免疫組織化学を以前に記載した方法(Kawasaki, H., et al. (2000) Neuron 28:31-40)を改変して実施した。すなわち、脳切片を2%DMSO、ジギトニン(100~1000μg/ml)または0.5%Triton X-100を含有する3%BSA/PBSでRTで30分間前処理し、1次抗体とともに各前処理溶液中で12時間4℃でインキュベートした。次いで、切片をPBSで洗浄し、3%BSA/PBS中のAlexa488標識2次抗体およびHoechst33342(終濃度1μg/ml)とともに3時間RTでインキュベートし、PBSで洗浄した。DiI標識なしの切片については、切片を顕微鏡スライドガラス上で乾燥させ、Mowiol(Calbiochem)を使用してカバーグラスをのせた。DiIでの二重標識に使用した切片は乾燥させることなしにPBS中でカバーグラスをのせた(乾燥はDiI標識をかなり妨害する)。抗体希釈は以下のとおりであった:抗カルビンディンD-28k、1:200~500;抗NFM、1:300~600;抗Isl-1/2、1:3000~10000;2次抗体、1:500。
【0040】
顕微鏡観察:落射蛍光顕微鏡観察をAxioImager A1顕微鏡(Carl Zeiss)を用いて実施した。共焦点顕微鏡観察をLSM510顕微鏡および40×/0.75NA対物レンズ(Carl Zeiss)を使用して実施した。Zスタック画像(光学的厚さ2.4μm)を2μm毎に収集し、ZEN 2007およびZEN 2007 LEソフトウエア(Carl Zeiss)を使用して3次元(3D)的に再構築した。画像をXY、XZまたはYZ光学的断面図として、または最大投射画像として示し、ここで、投射軸に沿って最高強度の画素のみを示すことによって、データの3D図を算出し表示した。
【0041】
蛍光強度の定量:蛍光強度をImageJ(パブリックドメインソフトウエア、http://rsb.info.nih.gov/ij/)を使用して定量した。皮質軸索のDiI蛍光の経時的解析のために、画像をまず、測定すべき軸索がY軸に平行になるように回転させた。目的の矩形関心領域(ROI)を軸索を横切って引き、ROIにおける垂直平均画素強度Iを「列平均プロット」を使用して測定した。次いで、相対蛍光強度Iおよび標準化強度Iを以下のように算出した:

R(t)=I(t)×100/Imax(0)
N(t)=(I(t)-Imin(t))×100/(Imax(t)-Imin(t)

式中、I(t)、IR(t)およびIN(t)はそれぞれ各試薬の添加後t時間におけるI、IおよびIを表し;Imax(t)およびImin(t)は添加後t時間におけるIの最大値および最小値を表す(すなわち、Imax(0)はt=0におけるIの最大値を表す)。
【0042】
脳切片を横断する免疫蛍光強度の定量のために、矩形ROIをXZ画像において引き、水平平均画素強度を測定した。強度を範囲[0、100]内の値をとるように線形標準化し、深さに対してプロットした。
【0043】
実施例1:培養細胞を使用した膜透過試薬の迅速スクリーニング法
DiI標識を形質膜上に保持する膜透過試薬を探索するために、初期スクリーニング用の、培養細胞を使用する迅速スクリーニング法をまず構築した。この方法により、DiI標識に対する種々の界面活性剤の効果を迅速に検討し、界面活性剤が免疫染色パターンに悪影響を有するかどうかを検討することが可能になった。固定したCOS7細胞をDiIで標識し、種々の試薬を用いて透過処理し、次いで抗ERK1/2 MAPキナーゼ(以下、「ERK1/2」という)抗体を使用した免疫組織化学に供した(上記「材料および方法」参照)。
【0044】
細胞を3%ウシ血清アルブミン(BSA)含有リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)(3%BSA/PBS)のみで処理した場合、細胞はDiIで染色されたままであったが、ERK1/2免疫反応性は不明瞭であった。この結果は、透過処理なしでは細胞への抗体の浸透が不十分であることを示唆する。逆に、細胞をメタノール、Triton X-100またはNonidet P-40(NP-40)で処理した場合、免疫反応性は、以前の報告のように、細胞質、核および核小体において明らかになったが(Adachi, M. et al., (1999) EMBO J 18:5347-5358; Formstecher, E. et al. (2001) Dev Cell 1:239-250)、DiI標識はほぼ完全に消失した。DiI標識の消失は、メタノール、Triton X-100またはNP-40によるDiIおよび細胞脂質の非選択的可溶化の結果であると思われる。これらの結果は、DiI標識が、免疫組織化学に一般に使用される透過試薬とは適合しないという以前の報告と一致している(非特許文献1)。
【0045】
本発明者らは細胞脂質の限定されたセットを選択的に作用する界面活性剤が膜中に十分なDiIを保持するであろうと仮定し、次いでジギトニンおよびキラヤサポニンのようなコレステロール特異的界面活性剤がDiI標識に影響を及ぼすかどうかについて試験した。コレステロールは細胞膜中の脂質分子の30%以下を占めるので(Ikonen, E. (2008) Nat Rev Mol Cell Biol 9:125-138; van Meer, G. et al. (2008) Nat Rev Mol Cell Biol 9:112-124)、ジギトニンおよび/またはキラヤサポニンでの透過処理が膜中のDiI標識の大部分を保持するであろうと予想した。この着想どおり、かなりの量のDiI標識が、1000μg/mlのジギトニンでの処理の後でも細胞中に留まった。さらに、10~1000μg/mlのジギトニンでの処理は、抗ERK1/2抗体の細胞への浸透を顕著に増強した。これらの結果は、ジギトニンを使用した透過処理がDiI標識に適合することを示唆する。核小体中のERK1/2免疫反応性が10μg/mlのジギトニンでの処理の後に不明瞭であったが、100~1000μg/mlのジギトニンを使用すると、Triton X-100を使用した場合と同様に明瞭になったことに留意すべきである。これは、低濃度のジギトニンは形質膜を優先的に破壊するが、核膜をインタクトに保持するという事実に起因し得る(Adam, SA et al. (1990) J Cell Biol 111:807-816)。核内の抗原を効率的に検出するために、100~1000μg/mlのジギトニンを以後の実験に使用した。また、別のコレステロール特異的界面活性剤であるキラヤサポニンも試験した。1%未満の濃度のキラヤサポニンでの処理もまたDiI標識を保持し、抗ERK1/2染色を可能にした。総合すると、これらの結果は、ジギトニンおよびキラヤサポニンが、DiI標識組織の免疫染色を可能にする透過試薬の良好な候補であることを示唆する。
【0046】
さらに、蛍光色素としてCM-DiIを使用して同様の実験を行った。すなわち、HEK293細胞をCM-DiIで標識し、Triton X-100(0.2~0.5%)またはジギトニン(1000μg/ml)で処理をした。その結果、上記のDiIの場合と同様に、Triton X-100を使用した場合はCM-DiI標識は消失したが、ジギトニンを使用した場合はCM-DiI標識は残存した。このことは、ジギトニンのようなコレステロール特異的界面活性剤がCM-DiIのようなDiI以外の蛍光色素についても有効であることを示唆する。
【0047】
実施例2:脳切片中のDiIシグナルに対するジギトニンおよびキラヤサポニンの効果
次に、ジギトニンおよびキラヤサポニンが脳切片中のDiIシグナルも保持するかどうかを検討した。DiI結晶をマウスの大脳皮質に挿入して、皮質および脳梁における神経軸索を標識した。標識した脳切片を種々の濃度のTriton X-100、ジギトニンまたはキラヤサポニンの存在下または非存在下でインキュベートし、経時的に画像化およびDiIシグナルの定量を実施した。界面活性剤の非存在下では、軸索におけるDiIシグナルのコントラストは24時間後でも保持された。ピーク蛍光強度およびバックグラウンド蛍光は幾分低下した。これは反復した画像化の間のDiIのフォトブリーチングに起因するものと思われる。これと一致して、各時点での最大値および最小値がそれぞれ「100」および「0」に変換されるように蛍光強度を標準化すると、24時間以内では標準化した強度プロフィールの形状に変化はほとんど観察されなかった。切片をTriton X-100とともにインキュベートした場合、DiIシグナルは1時間以内に迅速に消失し、従って強度プロフィールはフラットになった。この結果は、Triton X-100とDiI標識との間の不適合性に関する以前の報告と一致する。対照的に、本発明者らはジギトニン処理した切片においてDiIシグナルが良好に保たれることを見出した。24時間の1000μg/mlジギトニンでの処理後でさえ、DiI染色した軸索の微細構造を、ぼやけることなしに明確に見ることができた。このことは標準化した強度プロフィールがほとんど変化しなかったことと一致する。この結果は、ジギトニン処理が脳切片におけるDiI神経標識に適合することを示唆する。ジギトニンとキラヤサポニンは両方ともコレステロールに特異的であるが、興味深いことに、切片をキラヤサポニンとともにインキュベートした場合、DiIシグナルは24時間以内に顕著にぼやけるかまたは不明瞭になった。この蛍光の曇りを反映して、標準化強度プロフィールはインキュベーションの間に横幅が広まった。従って、これらの結果は、DiI標識を保持するために、ジギトニンがキラヤサポニンより好ましいことを示唆する。
【0048】
さらに、蛍光色素としてCM-DiIを使用して同様の実験を行った。すなわち、CM-DiIで標識した脳組織切片を、Triton X-100(0.2~0.5%)またはジギトニン(1000μg/ml)で処理をし、CM-DiIの流出を経時的に観察した。その結果、上記のDiIの場合と同様に、Triton X-100を使用した場合はCM-DiI標識は1時間で消失したが、ジギトニンを使用した場合はCM-DiI標識は24時間後も残存した。また、DiAで標識した脳組織切片をTriton X-100またはジギトニンで同様に処理をしたところ、Triton X-100の場合はDiA標識は消失したが、ジギトニンの場合はDiA標識は残存した。これらの結果は、ジギトニンのようなコレステロール特異的界面活性剤がCM-DiIやDiAのようなDiI以外の蛍光色素についても有効であることを示唆する。
【0049】
実施例3:ジギトニンによる脳切片への抗体の浸透の増強
次いで、ジギトニンでの処理が脳組織への抗体の浸透を増強し、その結果、免疫組織化学的染色を改善するかどうかを検討した。幼若(出生後9日目、P9)および成体マウスを4%パラホルムアルデヒド(PFA)で灌流し、30μmの厚さのビブラトーム切片を作製した。抗体の組織への透過性が異なると思われたので、P9および成体両方の小脳を調べた。切片をTriton X-100または種々の濃度のジギトニンで処理し、次いでプルキンエ細胞のマーカーであるカルビンディンD-28kに対する抗体を用いて染色した(Kawasaki, H. et al. (1999) J Biol Chem 274:13498-13502)。抗体の切片への透過性に対するジギトニン処理の効果を共焦点顕微鏡観察によって評価した。
【0050】
透過処理なしでも、おそらくビブラトーム切片の作製中に生じた膜の破損に起因して、切片の表面上にある程度の免疫反応性が観察された。それゆえ、切片の深部における染色パターンを検討した。コントロールのジメチルスルホキシド(DMSO)処理組織において、切片の深部における免疫反応性は非常にかすかであった。これと一致して、免疫蛍光強度を各画像平面の深さに対してプロットすると、強度プロフィールは切片の深部において深い谷を示した。対照的に、ジギトニン処理サンプルにおいて、切片の深部における染色は、ジギトニン濃度依存的に顕著に増強された。P9切片において、100μg/mlのジギトニンを使用した免疫染色の質および強度は、Triton X-100を使用したものに概ね匹敵した。成体切片については、おそらく成体組織は幼若組織よりもずっと堅固であるという理由で、より高濃度(500μg/ml以上)のジギトニンが、切片の深部における免疫染色の効率的な増強のために必要とされた。さらに、ジギトニン濃度の1000μg/mlまでの増加によっては免疫染色の質は損なわれず、染色パターンはP9マウスおよび成体マウス両方の切片においてTriton X-100を用いて得られたものと類似していることに留意すべきである。これらの結果は、ジギトニン処理が、P9マウスおよび成体マウス両方の脳切片への抗体の浸透を有意に増強することを示唆する。以下の実験にはジギトニンを1000μg/mlの濃度で使用した。
【0051】
実施例4:ジギトニンを用いる透過処理によるDiIトレーシングおよび免疫組織化学での蛍光二重標識
本発明者らは、ジギトニン処理がDiI標識に適合し、そして免疫組織化学用の界面活性剤として作用することを示した。次に、ジギトニンを使用したDiIおよび免疫組織化学での蛍光二重標識の実施可能性を検討した。DiI標識されたP9および成体マウス大脳皮質の切片をジギトニンで処理し、次いで抗ニューロフィラメントM(NFM)免疫組織化学に供した。NFMが皮質ニューロンの細胞体および神経突起において発現しているという以前の報告と一致して(Kim, O.J. et al. (2002) J Neurosci 22:5920-5930; Voelker, C.C. et al. (2004) Cereb Cortex 14:1276-1286)、本発明者らは幼若マウスおよび成体マウス由来のジギトニン処理切片におけるNFM免疫反応性の検出に成功した。重要なことに、ジギトニン処理切片において、NFM陽性軸索を切片の表層から深部まで明確に見ることができた。DiI標識はジギトニン処理切片において良好に保持されていたので、NFM陽性軸索とDiI標識軸索との間の位置関係を切片の深さ全体を通して可視化することに成功した。また、軸索が抗体およびDiIの両方で染色されることを見出すことができた。対照的に、DMSO処理切片においては、切片の深部における軸索は抗体で十分に染色されなかったので、NFM陽性神経回路のトレースは困難であった。これらの結果は、ジギトニンを透過試薬として使用することによって、DiI標識を蛍光免疫組織化学と首尾よく組み合わせることができることを示す。
【0052】
実施例5:核膜の透過処理
細胞の核膜は少量のコレステロールしか含有しないので、ジギトニンに対して比較的耐性であることが報告されている(Adam, SA et al. (1990) J Cell Biol 111:807-816;van Meer, G. et al. (2008) Nat Rev Mol Cell Biol 9:112-124)。従って、本発明の方法には、それが核内抗原の免疫染色に適用できないという制限が存在する可能性があった。この可能性を検討するために、ジギトニンまたはTriton X-100で処理した切片を転写因子Islet-1/2(Isl-1/2)に対する抗体を用いて染色した。Isl-1/2は中隔核およびカエハ島(ICJ)において発現していることが報告されている(Wang, H.F. et al. (2001) Neuroscience 103:999-1016)。これと一致して、Isl-1/2の発現が、それぞれ幼若および成体マウス脳切片中のICJおよび中隔核において検出された。共焦点顕微鏡観察により、Isl-1/2免疫反応性が、ジギトニンで透過処理した切片の深部およびTriton X-100で透過処理した切片に存在する細胞の核内において首尾よく検出されることが実証された。対照的に、Isl-1/2はDMSOで処理したコントロール切片の深部ではほとんど標識されなかった。このことは、Isl-1/2の効率的な検出のために膜透過処理が必要であることを示す。これらの結果は、細胞の核内の抗原でさえ、本発明の方法を用いて首尾よく検出できることを実証する。これはおそらく、形質膜のみならず核膜も破壊し得る高濃度でのジギトニンの使用のためである(Adam, S.A. et al. (1992) Methods Enzymol 219:97-110)。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、コレステロール特異的界面活性剤を使用して、目的物質に特異的に結合するタンパク質の、蛍光色素で染色した組織への浸透を促進することを特徴とする方法、ならびにこの方法に使用される組成物、キットが提供される。