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明細書 :スピン偏極電子発生素子

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4769941号 (P4769941)
公開番号 特開2008-198360 (P2008-198360A)
登録日 平成23年7月1日(2011.7.1)
発行日 平成23年9月7日(2011.9.7)
公開日 平成20年8月28日(2008.8.28)
発明の名称または考案の名称 スピン偏極電子発生素子
国際特許分類 H01J   1/34        (2006.01)
G21K   1/00        (2006.01)
FI H01J 1/34 C
G21K 1/00 E
請求項の数または発明の数 5
全頁数 13
出願番号 特願2006-060673 (P2006-060673)
出願日 平成18年3月7日(2006.3.7)
審査請求日 平成21年3月6日(2009.3.6)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
発明者または考案者 【氏名】宇治原 徹
【氏名】竹田 美和
【氏名】中西 彊
【氏名】山本 将博
【氏名】陳 博
個別代理人の代理人 【識別番号】100085361、【弁理士】、【氏名又は名称】池田 治幸
審査官 【審査官】岡▲崎▼ 輝雄
参考文献・文献 特開2000-090817(JP,A)
特開平04-069600(JP,A)
特開平07-245057(JP,A)
陳博,渡辺修,李祐植,宇治原徹,竹田美和,山本将博,中西彊,高効率スピン偏極度電子源のための高品質半導体超格子構造の設計と成長,第66回応用物理学関係連合講演会講演予稿集,日本,社団法人応用物理学会,2005年 9月 7日,10p-ZA-11
宇治原徹,陳博,安井健一,酒井良介,山本将博,中西彊,竹田美和,GaAs/GaAsP歪み超格子偏極電子源の結晶性改善による高性能化,信学技報,日本,社団法人電子情報通信学会,2006年 5月,79頁-84頁
調査した分野 H01J 1/34
G21K 1/00
特許請求の範囲 【請求項1】
半導体基板と、該半導体基板の一面に結晶成長させられ該半導体基板とは異なる格子定数を有するバッファ層と、格子定数が互いに相違し且つ互いに隣接する第1半導体層および第2半導体層が交互に該バッファ層の上に複数対成長させられることにより構成されて価電子帯にバンドスプリッティングを有する半導体光電層とを備え、該半導体光電層に励起光が入射されることにより該半導体光電層からスピン方向が偏在しているスピン偏極電子を発生するスピン偏極電子発生素子であって、
前記バッファ層の格子定数は、前記第1半導体層の格子定数と前記第2半導体層の格子定数との間の値を有していることを特徴とするスピン偏極電子発生素子。
【請求項2】
前記バッファ層の格子定数をαbuffer、前記第1半導体層の格子定数をα1 、前記第2半導体層の格子定数をα2 としたとき、次式を満足することを特徴とする請求項1のスピン偏極電子発生素子。
αbuffer=α1 +(1/2)(1+k)・(α2 -α1
但し、kは範囲を設定する定数であり、-1≦k≦1である。
【請求項3】
前記半導体光電層は、前記第1半導体層としてのGaAs層と前記第2半導体層としてのGaAsP層とが交互に積層されることにより厚み方向に複数の井戸型ポテンシャルを有する超格子構造によるミニバンドが形成された歪み超格子層から構成されていることを特徴とする請求項1または2のスピン偏極電子発生素子。
【請求項4】
前記バッファ層と前記基板との間には、該基板の格子定数から該バッファ層の格子定数へ段階的または連続的に変化する格子定数を備えた1または2以上のグレーディドバッファ層が設けられていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかのスピン偏極電子発生素子。
【請求項5】
半導体基板と、該半導体基板の一面に結晶成長させられたバッファ層と、格子定数が互いに相違し且つ互いに隣接する第1半導体層および第2半導体層が交互に該バッファ層の上に複数対成長させられることにより構成されて価電子帯にバンドスプリッティングを有する半導体光電層とを備え、該半導体光電層に励起光が入射されることにより該半導体光電層からスピン方向が偏在しているスピン偏極電子を発生するスピン偏極電子発生素子であって、
前記バッファ層は、前記基板から成長させられ、該基板の格子定数差が小さい状態から大きくなるように段階的に順次変化する格子定数をそれぞれ備えた複数のグレーディドバッファ層を含むことを特徴とするスピン偏極電子発生素子。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン方向が偏在している偏極電子線を発生するスピン偏極電子発生素子の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
スピン方向が2種類のうちの一方に偏在しているスピン偏極電子群から成る偏極電子線は、たとえば、高エネルギ素粒子の実験分野においては素粒子間の相互作用に関する理論の検証実験での次世代型電子線加速器において、また、物性物理の実験分野においては物質表面の磁区構造を探査する装置においてそれぞれ有効な手段として利用されている。この偏極電子線は、価電子帯にバンドスプリッテイングを有する半導体光電層を備えたスピン偏極電子発生素子を用い、その半導体光電層に円偏光レーザ光である励起光を入射させることにより取り出すことが可能である。このスピン偏極電子発生素子としては、たとえばGaAsP半導体の上に、それよりもバンドギャップが小さく且つ格子定数が異なるGaAs半導体を半導体光電層として結晶成長させたストレインド半導体が知られている。これによれば、GaAsP半導体に対して格子定数の異なるGaAs半導体が結合されることによりそのGaAs半導体には格子歪みが付与されるため、そのGaAs半導体の価電子帯にバンドスプリッティングが発生し、ヘビーホール(重い正孔)のミニバンドとライトホール(軽い正孔)のミニバンドとの間にエネルギ準位差が生じる一方、両サブバンドの励起によって取り出される電子のスピン方向が反対であるため、エネルギ準位の高い方すなわち伝導帯とのエネルギギャップが小さい方のミニバンドのみを励起できる光エネルギをGaAs半導体に注入すれば、一方のスピン方向の偏極電子群が発生し、それを高電場をかけて半導体表面から真空中へ引き出すことにより、高いスピン偏極度を備えた電子線が得られるのである。
【0003】
たとえば、特許文献1に記載のスピン偏極電子発生素子がそれである。これら従来のスピン偏極電子発生素子では、半導体光電層が量子化されたエネルギ順位を形成する歪み超格子により構成され、比較的高いスピン偏極度(偏極率)ESP(%)および量子効率QEが得られるとされている。

【特許文献1】特開2000-90817号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記従来のスピン偏極電子発生素子では、スピン偏極度ESPについては確かに80%程度以上の値、たとえば90%強の高い値が得られる。しかしながら、量子効率については、高い量子効率QEが得られるとは言っても、せいぜい1%以下の値、通常は0.3%程度の量子効率QEが得られるに過ぎないものであった。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、一層高い量子効率が得られるスピン偏極電子発生素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、以上の事情を背景として種々検討を重ねた結果、従来のスピン偏極電子発生素子では、基板上においてバッファ層を介して成長させた半導体光電層においては、基板と同様の格子定数を有する第1半導体層とバッファ層と同様の格子定数を構成する第2半導体層とが交互に位置させられていることから、バッファ層から離れるほど歪みが蓄積されて大きくなることに起因して結晶性が劣化することが一因であるという推定をした。また、上記バッファ層は、第2半導体層の格子定数を備え、半導体光電層を構成する層よりも大きな厚みを備えていることから、基板との格子定数差に起因して、格子欠陥が発生することも一因であると推定した。そして、本発明者等は、バッファ層の格子定数を、第1半導体層の格子定数と第2半導体層の格子定数との間の値とするとともに、バッファ層を、基板の格子定数またはそれに近い値から段階的に順次変化する格子定数をそれぞれ備えた複数のグレーディドバッファ層から構成したスピン偏極電子発生素子を試作したところ、その表面観察においては従来の半導体表面に存在していたクロスハッチ状の格子欠陥のない滑らかな面が得られ、結晶性が大幅に改善されることを見出した。本発明はこのような知見に基づいて為されたものである。
【0007】
すなわち、前記目的を達成するための請求項1に係る発明の要旨とするところは、半導体基板と、その半導体基板の一面から結晶成長させられたバッファ層と、格子定数が互いに相違し且つ互いに隣接する第1半導体層および第2半導体層が交互にそのバッファ層の上に複数対成長させられることにより構成されて価電子帯にバンドスプリッティングを有する半導体光電層とを備え、その半導体光電層に励起光が入射されることによりその半導体光電層からスピン方向が偏在しているスピン偏極電子を発生するスピン偏極電子発生素子であって、前記バッファ層の格子定数は、前記第1半導体層の格子定数と前記第2半導体層の格子定数との間の値を有していることを特徴とする。
【0008】
また、請求項2に係る発明の要旨とするところは、請求項1に係る発明において、前記バッファ層の格子定数をαbuffer、前記第1半導体層の格子定数をα1 、前記第2半導体層の格子定数をα2 としたとき、式(1) を満足することを特徴とする。
【0009】
αbuffer=α1 +(1/2)(1+k1 )・(α2 -α1 ) ・・(1)
但し、k1 は範囲を設定する定数であり、-1≦k1 ≦1である。
【0010】
また、請求項3に係る発明の要旨とするところは、請求項1または2に係る発明において、前記半導体光電層は、前記第1半導体層としてのGaAs層と前記第2半導体層としてのGaAsP層とが交互に積層されることにより厚み方向に複数の井戸型ポテンシャルを有する超格子構造によるミニバンドが形成された歪み超格子層から構成されていることを特徴とする。
【0011】
また、請求項4に係る発明の要旨とするところは、請求項1乃至3のいずれかに係る発明において、前記バッファ層と前記基板との間には、その基板の格子定数からそのバッファ層の格子定数へ段階的または連続的に変化する格子定数を備えた1または2以上のグレーディドバッファ層が設けられていることを特徴とする。
【0012】
また、前記目的を達成するための請求項5に係る発明の要旨とするところは、半導体基板と、該半導体基板の一面に結晶成長させられたバッファ層と、格子定数が互いに相違し且つ互いに隣接する第1半導体層および第2半導体層が交互に該バッファ層の上に複数対成長させられることにより構成されて価電子帯にバンドスプリッティングを有する半導体光電層とを備え、その半導体光電層に励起光が入射されることにより該半導体光電層からスピン方向が偏在しているスピン偏極電子を発生するスピン偏極電子発生素子であって、前記バッファ層は、前記基板から成長させられ、該基板との格子定数差が小さい状態から大きくなるように段階的に順次変化する格子定数をそれぞれ備えた複数のグレーディドバッファ層を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に係る発明のスピン偏極電子発生素子によれば、半導体基板の一面において、バッファ層の格子定数が、その上に成長させられた半導体光電層を構成する前記第1半導体層の格子定数と前記第2半導体層の格子定数との間の値とされていることから、それら第1半導体層および第2半導体層における引張および圧縮が交互になり、歪みが蓄積され難くなって格子欠陥の発生が減少するので、高い量子効率が得られる。また、その格子欠陥の発生の減少に関連して半導体光電層を構成する第1半導体層および第2半導体層の積層回数を増加させることができるので、一層高い量子効率が得られる。
【0014】
また、請求項2に係る発明のスピン偏極電子発生素子によれば、前記バッファ層の格子定数をαbuffer、前記第1半導体層の格子定数をα1 、前記第2半導体層の格子定数をα2 としたとき、式(1) を満足することから、バッファ層の格子定数αbufferは第1半導体層の格子定数α1 と第2半導体層の格子定数α2 との間の値となるので、それら第1半導体層および第2半導体層における引張および圧縮が交互になり、歪みが蓄積され難くなって格子欠陥の発生が減少するので、高い量子効率が得られる。
【0015】
また、請求項3に係る発明のスピン偏極電子発生素子によれば、前記半導体光電層は、前記第1半導体層としてのGaAs層と前記第2半導体層としてのGaAsP層とが交互に積層されることにより厚み方向に複数の井戸型ポテンシャルを有する超格子構造によるミニバンドが形成された歪み超格子層から構成されていることから、一層高い量子効率が得られる。
【0016】
また、請求項4に係る発明のスピン偏極電子発生素子によれば、前記バッファ層と前記基板との間には、その基板の格子定数からそのバッファ層の格子定数へ段階的または連続的に変化する格子定数を備えた1または2以上のグレーディドバッファ層が設けられていることから、基板側の下側半導体層の格子欠陥が半導体光電層側へ引き継がれることが抑制されるので、半導体光電層を構成する第1半導体層および第2半導体層における格子欠陥の発生が減少させられ、一層高い量子効率が得られる。
【0017】
また、前記目的を達成するための請求項5に係る発明のスピン偏極電子発生素子によれば、半導体光電層を構成する第1半導体層および第2半導体層が交互い積層されるバッファ層は、基板から成長させられ、その基板との格子定数差が小さい状態から段階的に順次変化する格子定数をそれぞれ備えた複数のグレーディドバッファ層を含むことから、基板側の下側半導体の格子欠陥が半導体光電層側へ引き継がれることが抑制されるので、半導体光電層を構成する第1半導体層および第2半導体層における格子欠陥の発生が減少させられ、高い量子効率が得られる。
【0018】
ここで、理想的には、前記バッファ層の格子定数αbufferはk1 =1であるときの(1) 式において表される値、或いはk2 =0であるときの(2) 式において表された値がよい。しかし、実際にはばらつきが存在してそのような理想値を実現するのは実用上困難であることから、所期の効果が得られる範囲で、その理想値に近い値が用いられる。好適には、前記バッファ層の格子定数αbufferは、前記第1半導体層の厚みt1 、前記第2半導体層の厚みt2 を考慮した式(2) を満足することを特徴とする。
【0019】
αbuffer=(α1 1 +α2 2 )/(k2 +1)(t1 +t2 ) ・・(2)
但し、範囲を示す定数k2 は、-0.33≦k2 ≦1.0、好適には-0.25≦k2 ≦0.5、さらに好適には-0.1≦k2 ≦0.1を満足する値である。
【0020】
上記のようにすれば、バッファ層の格子定数をαbufferは、第1半導体層の格子定数α1 および第2半導体層の格子定数α2 の平均値の0.5倍乃至1.5倍の範囲内、好適には0.67倍乃至1.33倍の範囲内、さらに好適には0.9倍乃至1.1倍の範囲内となるので、半導体光電層を構成する第1半導体層および第2半導体層に歪みが蓄積され難くなって格子欠陥の発生が減少して高い量子効率が得られるとともに、その格子欠陥の減少によって第1半導体層および第2半導体層の積層回数を増加させることができ、一層高い量子効率が得られる。
【0021】
また、好適には、前記半導体光電層は、数nm(数十オングストローム)たとえば3~5nm(30~50オングストローム)の厚みの第1半導体層および第2半導体層が十数対乃至数十対積層されたものである。このようにすれば、偏極電子線量が増加して高い量子効率が得られる。
【0022】
前記バッファ層および半導体光電層は、例えば、MOVPE(Metal Organic Chemical Vapor Phase Epitaxy:有機金属化学気相エピタキシー)法、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition :有機金属化学気相成長)法、或いは分子線エピタキシー(Molecular Beam Epitaxy)法等のよく知られた結晶成長技術を用いて、前記半導体基板の一面から結晶成長させられる。
【0023】
前記半導体光電層を構成する多数対の第1半導体層および第2半導体層は、好適には、互いに格子定数が異なる多数対のIII-V 族化合物半導体層から構成される。このIII-V 族化合物半導体層の対は、たとえばGaAs層およびGaAsP層から構成される。
【0024】
また、好適には、前記半導体光電層は半導体基板からバッファ層を介して結晶成長させられたものであって、それら半導体基板、バッファ層、半導体光電層は、同じp型の不純物がそれぞれ注入されたものである。このようにすれば、一層、偏極電子を取り出しやすくなる。
【0025】
また、好適には、前記半導体光電層の上には、それを保護するためのバッシベーション膜すなわち高ドープ層或いはキャップ層が結晶成長により形成されており、そのバッシベーション膜にも前記p型ドーパントが半導体光電層よりも高濃度でドーピングされたものである。このようにすれば、表面を負の電子親和力状態にすることが容易となり、一層、偏極電子を取り出しやすくなる。
【0026】
また、好適には、前記半導体光電層の上には、偏極電子が真空中に飛び出ることを容易とするために、上記キャップ層の上に、セシウムと酸素またはNF3 とを付加させることによって一原子層の厚さの電気二重層ポテンシャルを発生させ、電子親和度を負とするための電子親和性表面処理が施される。このようにすれば、一層高い量子効率が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において各部の寸法比等は必ずしも正確に描かれていない。
【0028】
図1は、本発明の一実施例の偏極電子線発生素子10の構成を示す図である。図において、偏極電子線発生素子10は、例えばMOVPE(Metal Organic Chemical Vapor Phase Epitaxy:有機金属化学気相エピタキシー)法等のよく知られた結晶成長技術によって、基板12上に順次結晶成長させられたGaAsバッファ層13、グレーティッドバッファ層14、バッファ層15、半導体光電層16、キャップ層18から構成されている。
【0029】
上記の基板12は、例えば350μm 程度の厚さのp-GaAsの単結晶から成る化合物半導体であり、p型のドーパントであるZn(亜鉛)が不純物としてドープされることによってキャリア濃度が1×1018 (cm-3) 程度とされている。GaAsバッファ層13は、同様にp型のドーパントであるZn(亜鉛)が不純物としてドープされたGaAsから成り、たとえば200nm程度の厚みで基板12上に同じ半導体物質で成長させられたものである。
【0030】
グレーティッドバッファ層14は、上記同様にp型のドーパントであるZn(亜鉛)が不純物としてドープされたGaAsy 1-y から成り、Pの混晶比(1-y)が0.04、0.08、0.12、0.16の4段階で順次増加されることによって格子定数が順次減少させられた4層のグレーティッドバッファ層14a乃至14dから構成されている。それらグレーティッドバッファ層14a乃至14dは、たとえば200nm程度の同じ厚みとなるように結晶成長させられている。そのグレーティッドバッファ層14dの上には、その厚みの6倍程度の厚みすなわち1.2μm程度の厚みを備え、上記同様にp型のドーパントであるZn(亜鉛)が不純物としてドープされたバッファ層15が成長させられている。このバッファ層15は、Pの混晶比yが0.19とされたGaAs0.810.19から成り、格子定数がグレーティッドバッファ層14dよりもさらに小さくされている。このGaAsPバッファ層15は、前記半導体光電層16が成長させられる層であり、エネルギギャップEo が隣接する半導体光電層16よりも大きくされている。
【0031】
上記半導体光電層16は、例えば4nm程度の厚さであるp-GaAsの単結晶から成る化合物半導体であってp型のドーパントであるZnが不純物としてドープされることによってキャリア濃度が5×1018 (cm -3)程度とされた第1半導体層16a と、たとえば4nm程度の厚さであってPの混晶比yが0.38であるp-GaAs0.620.38の単結晶から成る化合物半導体であってp型のドーパントであるZn(亜鉛)が不純物としてドープされることによってキャリア濃度が5×1018 (cm -3)程度とされた第2半導体層16b との対が、その第1半導体層16a がバッファ層14側に位置する状態でたとえば12対乃至36対分だけ順次積層されることにより構成されている。上記のように、4nm程度の極めて薄い第2半導体層16b および第1半導体層16a がバッファ層14の上に成長させられると、図2に示すように厚み方向に複数の井戸型ポテンシャルを有する超格子構造のミニバンドが形成される。また、それらバッファ層14、第1半導体層16a 、および第2半導体層16b の相互の格子定数差に起因して、図1の矢印に示すように第1半導体層16a には圧縮方向の歪みが、第2半導体層16b には引張方向の歪みが発生し、その歪みにより価電子帯にバンドスプリッティングが発生させられることから、上記半導体光電層16は歪超格子層とも称される。なお、この半導体光電層16では、圧縮方向の歪みと引張方向の歪みとが順番でなくてもよく、片方の方向に、どちらの方向であっても歪みがかかっていればよい。
【0032】
本実施例では、上記第1半導体層16a と第2半導体層16b との格子定数差に起因して発生する歪みの蓄積を減少させるために、上記バッファ層15の格子定数をαbuffer、第1半導体層16a の格子定数および厚みをα1 およびt1 、第2半導体層16b の格子定数および厚みをα2 およびt2 、範囲設定定数をkとしたとき、それら格子定数αbuffer、α1 、t1 、α2 、t2 は前記式(1) 或いは式(2) を満足する範囲内となるように設定されている。t1 =t2 であると仮定すると、理想的には、バッファ層15の格子定数αbufferはk1 =1であるときの(1) 式において表される値、或いはk2 =0であるときの(2) 式において表された値、すなわち(3) 式に示される値がよい。しかし、実際にはばらつきが存在してそのような理想値を実現するのは実用上困難であるので、バッファ層15の格子定数αbufferとして式(1) 或いは式(2) で示される範囲内の値が用いられる。
【0033】
αbuffer=(α12)/2 ・・・(3)

【0034】
前記キャップ層18は、例えば5nm程度の厚さのp-GaAsの単結晶から成る化合物半導体であってp型のドーパントであるZn(亜鉛)が不純物として相対的に高い濃度でドープされることによってキャリア濃度が2×1019 (cm-3) 程度とされている。このキャップ層18は、上記バッファ層15や半導体光電層16よりもキャリア濃度が高められることにより伝導帯のバンドべンディングを発生させて表面の電子親和度を低くし、その半導体光電層16で発生した偏極電子線を真空中に取り出し易くする機能を備えている。
【0035】
さらに偏極電子線を真空中に取り出し易くするために、上記キャップ層18の上に、セシウムと酸素またはNF3 とを付加させることによって一原子層のきわめて薄い厚さの電気二重層ポテンシャルを発生させ、電子親和度を負とするための電子親和性表面処理が施される。
【0036】
上記のように構成された半導体光電層16では、歪超格子から構成されているので、図2に示すようなエネルギ準位を備えている。図2は、予め解析され且つ一般式化されたモデル計算式から各層を構成する物質、その混晶比xおよびy、厚みに基づいて算出されたエネルギ準位の一部である。すなわち、バッファ層15では、そのバンドギャップEo(GaAsP)が比較的大きい値たとえば1657meV (ミリエレクトロンボルト)であるのに対し、それに隣接する半導体光電層16では、4nm程度の極めて薄い第1半導体層16a および第2半導体層16b が交互に積層されて相互にヘテロ結合されていることから、層厚みが電子波の波長程度以下すなわち10nm程度以下となるときに発生する量子サイズ効果によって厚み方向に複数の井戸型ポテンシャルを有する量子化された超格子構造のミニバンドが形成されるとともに、それら第1半導体層16a および第2半導体層16b のバッファ層15に対する格子定数差に起因する歪みにより、重い正孔ミニバンドと軽い正孔ミニバンドとが、それらの間のバンドギャップδs が113 meV(ミリエレクトロンボルト)という値で価電子帯が分離させられるバンドスプリッティングが発生させられている。その重い正孔ミニバンドと軽い正孔ミニバンドとの間のバンドギャップδs は、超格子構造ではない歪GaAsの場合のバンドギャップδs が30meV であるのに対して、大幅に増加させられている。
【0037】
上記のように重い正孔ミニバンドと軽い正孔ミニバンドとの間のバンドギャップδs が大きくなると、価電子帯の重い正孔ミニバンドと伝導帯との間のバンドギャップEth(=1539meV )と、価電子帯の軽い正孔ミニバンドと伝導帯との間のバンドギャップ[(Eth+δs )=1652meV ]との差が大きくなることから、価電子帯の重い正孔ミニバンドに存在するスピン方向が偏在した偏極電子のみを伝導帯へ励起できる波長帯が大きくなるため、高いスピン偏極度ESPおよび広い励起波長帯が得られる。
【0038】
以上のように構成される偏極電子線発生素子10は、例えば、原料ガスとしてトリメチルガリウム(TMG)、アルシン(AsH3)、およびホスフィン(PH3 )、p型のドーパントガスとしてジエチル亜鉛(DEZ)を用い、MOVPE装置によってたとえば650℃の成長温度下の1200nm/hの成長速度で基板12上にGaAsバッファ層13、グレーティッドバッファ層14、バッファ層15、半導体光電層16、キャップ層18を順次結晶成長させることにより製造される。この結晶成長の過程において、各層の組成に応じて結晶成長装置内に導入される原料ガスの種類および量比が適宜変更されると共に、各層の極性およびキャリア濃度に応じてドーパントガスの種類および量比が適宜変更されることによって、図1に示されるように層毎に組成およびキャリア濃度の異なるエピタキシャル層が得られることとなる。
【0039】
図3は、上記のようにして構成された図1の偏極電子線発生素子10では、グレーティッドバッファ層14が基板12とバッファ層15との間に介在させられていてバッファ層15から半導体光電層16への格子欠陥の伝播が少なくされ、また、半導体光電層16では、バッファ層15の格子定数αbuffer、第1半導体層16a の格子定数α1 、第2半導体層16b の格子定数α2 は、式(1) を満足する範囲内となるように設定されているので、半導体光電層16における格子欠陥の発生が大幅に抑制されている。図3および図4は、バッファ層15がなく且つ半導体光電層16における格子定数が式(1) を満足しない従来の偏極電子線発生素子の表面、および本実施例の偏極電子線発生素子10の表面を撮影した1400倍の光学顕微鏡写真をそれぞれ撮影した光学顕微鏡写真を示している。図3に示すように従来構造の偏極電子線発生素子では、歪みに起因する格子欠陥を示すクロスハッチ模様が見られるのに対し、図4に示すように本実施例の偏極電子線発生素子10では、上記のようなクロスハッチ模様がほとんど見られず、結晶性が格段に改善されていることが示されている。
【0040】
図5は、514.5nmの波長のアルゴンレーザ光を200mWの励起光として照射したとき試料から放射される光のスペクトルすなわちPL(ホトルミネッセンス)スペクトルを、分光器を用いて測定した結果を示している。このPLスペクトルでは、主として量子井戸層の格子構造すなわち価電子帯と伝導帯との間のエネルギギャップに対応した波長の発光ピークが得られる。図5に示すように、たとえば半導体光電層が12対の第1半導体層および第2半導体層から成る、従来の偏極電子線発生素子と本実施例の偏極電子線発生素子10とを比較した場合、本実施例の偏極電子線発生素子10では従来の偏極電子線発生素子に比較して発光ピークが大きく、相対的に格子が整っていることおよび欠陥が少ないことがそれぞれ示されている。なお、従来の偏極電子線発生素子では、図3に示されるように格子欠陥が多く、36対の第1半導体層および第2半導体層から成る半導体光電層を積層することができなかったので、比較データを得ることが不可能であった。
【0041】
図6は、X線回折の測定結果を、従来の偏極電子線発生素子の回折強度を下段に、本実施例の偏極電子線発生素子10の回折強度を上段にそれぞれ示している。図6の横軸は回折角2θ(度)を、縦軸は回折X線強度を示している。偏極電子線発生素子の半導体光電層を構成する歪超格子層に対応して表れるピークは、下段に示す従来の偏極電子線発生素子では不明確であるのに対し、上段における本実施例の偏極電子線発生素子10では明確に周期性よく表れている。このように回折X線のピークが明確な周期性を示すのは、きれいな歪み超格子構造が形成されていることを示し、高い偏極度が得られることを示している。
【0042】
図7は、半導体光電層が12対の第1半導体層および第2半導体層から成る、従来の偏極電子線発生素子と本実施例の偏極電子線発生素子10とを試料として用い、図1示すように、真空容器中で20KVの高加速電圧を5.34mmのギャップ間で印加した状態で、可変波長レーザ(チューナブルレーザ)Lを用いて試料表面に照射する励起レーザ光(CWの円偏光)の波長を変えていったときに表面から引き出された偏極電子Eの量子効率QE(%)をそれぞれ示している。量子効率QEは、偏極電子線発生素子10から引き出した電子数を入射した光子数で割った値であり、引き出した電流をI(μA)、照射レーザ光のパワーをP(mW)、照射レーザ光の波長をλ(nm)とすると、式:QE=1.24×I/Pλにより表される。図7において、□印は従来の偏極電子線発生素子の量子効率QEを示し、○印は本実施例の偏極電子線発生素子10の量子効率QEを示している。図7に示されるように、従来の偏極電子線発生素子の量子効率QEは1.5%以下であったが、本実施例の偏極電子線発生素子10の量子効率QEはその倍以上の値を示している。なお、上記本実施例の偏極電子線発生素子10では、半導体光電層16が歪み超光子によって構成されることにより80%程度以上の高いスピン偏極度ESPが得られる。
【0043】
上述のように、本実施例の偏極電子線発生素子10によれば、半導体基板12の一面において、バッファ層15の格子定数αbufferが、その上に成長させられた半導体光電層16を構成する第1半導体層16aの格子定数α1 と第2半導体層16bの格子定数α2 との間の値とされていることから、それら第1半導体層16aおよび第2半導体層16bにおける引張および圧縮が交互になり、歪みが蓄積され難くなって格子欠陥の発生が減少するので高い量子効率QEが得られるとともに、その格子欠陥の発生が減少に伴って半導体光電層16を構成する第1半導体層16aおよび第2半導体層16bの積層回数を増加させることができ、一層高い量子効率QEが得られる。
【0044】
また、本実施例の偏極電子線発生素子10によれば、バッファ層15の格子定数をαbufferは、前記第1半導体層16aの格子定数をα1 、第2半導体層16bの格子定数をα2 としたとき、式(1) を満足するものであることから、バッファ層15の格子定数αbufferは第1半導体層16aの格子定数α1 と第2半導体層16bの格子定数α2 との間の値となるので、それら第1半導体層16aおよび第2半導体層16bにおける引張および圧縮が交互になり、歪みが蓄積され難くなって格子欠陥の発生が減少するので、高い量子効率が得られる。
【0045】
また、本実施例の偏極電子線発生素子10によれば、半導体光電層16は第1半導体層16aと第2半導体層16bとが交互に積層されることにより厚み方向に複数の井戸型ポテンシャルを有する超格子構造によるミニバンドが形成された歪み超格子層から構成されていることから、一層高い量子効率QEが得られる。
【0046】
また、本実施例の偏極電子線発生素子10によれば、バッファ層15と半導体基板12との間には、その基板12の格子定数に近い値からそのバッファ層15の格子定数に近い値へ複数段階に順次変化する格子定数をそれぞれ備えた複数のグレーディドバッファ層14a、14b、14c、14dが設けられていることから、半導体基板12側の下側の半導体層の格子欠陥が半導体光電層16側へ引き継がれることが抑制されるので、半導体光電層16を構成する第1半導体層16aおよび第2半導体層16bにおける格子欠陥の発生が減少させられ、一層高い量子効率QEが得られる。
【0047】
また、本実施例の偏極電子線発生素子10によれば、バッファ層15は、複数層のグレーディドバッファ層14a乃至14dの上に成長させられ、その複数層のグレーディドバッファ層14a乃至14dよりも大きい厚みを有するものであることから、半導体基板12側の格子欠陥が半導体光電層16側へ引き継がれることが抑制され、また上記バッファ層15の格子定数αbufferがその上に成長させられた半導体光電層16を構成する第1半導体層16aの格子定数α1 と第2半導体層16bの格子定数α2 との間の値とされるので、それら第1半導体層16aおよび第2半導体層16bに歪みが蓄積され難くなって格子欠陥の発生が減少し、高い量子効率QEが得られる。
【0048】
以上、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明したが、本発明は更に別の態様でも実施される。
【0049】
例えば、前述の実施例の偏極電子線発生素子10では、半導体基板12とバッファ層15との間に4層のグレーディドバッファ層14a乃至14dが設けられていたが、層の数は必要に応じて適宜変更され得るものである。
【0050】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10では、格子欠陥を抑制するために、バッファ層15の格子定数αbufferが、その上に成長させられた半導体光電層16を構成する第1半導体層16aの格子定数α1 と第2半導体層16bの格子定数α2 との間の値とされているとともに、半導体基板12とバッファ層15との間に4層のグレーディドバッファ層14a乃至14dが設けられていたが、いずれか一方の対策だけが備えられているものであってもよい。
【0051】
また、前述の実施例においては、偏極電子線発生素子10では、p型不純物がドーピングされることにより、基板12、バッファ層15、半導体光電層16、キャップ層18がそれぞれp型半導体とされていたが、そのドーピング濃度は必要に応じて適宜変更されてもよく、また、そのようなp型不純物のドーピングが行われていなくても差し支えない。
【0052】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10は、キャップ層18を備えるとともにその表面には電子親和性表面処理が施されたものであったが、半導体光電層16の保護や量子効率QEをそれほど必要としない等の場合には、必ずしも設けられていなくてもよい。
【0053】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10において、キャップ層18側から入射し且つ半導体光電層16を通過する励起用円偏光レーザ光をその半導体光電層16側へ反射するための反射層が、基板12とその半導体光電層16との間に設けられてもよい。この反射層は、好適には、ブラッグ反射の原理を用いて光を反射するように構成された半導体多層膜(DBR)から構成されるとともに、励起用レーザ光を共振させる光共振器を光入射面との間で形成する。
【0054】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10において、基板12、グレーティッドバッファ層14、バッファ層15乃至キャップ層18の各々の厚さ、格子定数は適宜変更され得る。
【0055】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10において、第1半導体層16a および第2半導体層16b の厚みは、4nm程度とされていたが、量子サイズ効果を発生するための条件すなわち電子波の波長程度以下の層厚みであればよい。
【0056】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10に備えられた半導体光電層16を構成する第1半導体層16a および第2半導体層16b の厚みは、4nm程度と同じ厚み度とされていたが、相互に異なる厚みであってもよい。
【0057】
また、前述の実施例の偏極電子線発生素子10は、その表面に励起レーザ光を受けてその表面から偏極電子線を放出するものであったが、その裏面に励起レーザ光を受けてその表面から偏極電子線を放出するものであってもよい。この場合には、半導体基板12、グレーティッドバッファ層14、およびバッファ層15には、励起レーザ光を吸収しない材質が選択されたり、励起レーザ光を半導体光電層16へ導くための穴が設けられる。
【0058】
その他、一々例示はしないが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の一実施例の偏極電子線発生素子の構成の要部を模式的に示す概念図である。
【図2】図1の偏極電子線発生素子の半導体光電層に形成されるミニバンド構造を説明する図である。
【図3】従来の偏極電子線発生素子の表面を拡大して撮影した光学顕微鏡写真を示す図である。
【図4】図1の実施例の偏極電子線発生素子の表面を拡大して撮影した光学顕微鏡写真を示す図である。
【図5】従来の偏極電子線発生素子および図1の実施例の偏極電子線発生素子について測定したPLスペクトルを示す図である。
【図6】従来の偏極電子線発生素子および図1の実施例の偏極電子線発生素子について測定したX線回折特性を示す図である。
【図7】従来の偏極電子線発生素子および図1の実施例の偏極電子線発生素子について測定した、励起レーザ光の波長λと量子効率QEとの関係を示す図である。
【符号の説明】
【0060】
10:偏極電子線発生素子
14:グレーティッドバッファ層
15:バッファ層
16:半導体光電層
16a :第1半導体層
16b :第2半導体層
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6