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明細書 :培養方法及び培養装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4911516号 (P4911516)
公開番号 特開2008-295382 (P2008-295382A)
登録日 平成24年1月27日(2012.1.27)
発行日 平成24年4月4日(2012.4.4)
公開日 平成20年12月11日(2008.12.11)
発明の名称または考案の名称 培養方法及び培養装置
国際特許分類 C12M   3/00        (2006.01)
C12N   5/071       (2010.01)
C12M   1/42        (2006.01)
C12N  13/00        (2006.01)
FI C12M 3/00 A
C12N 5/00 202A
C12M 1/42
C12N 13/00
請求項の数または発明の数 4
全頁数 20
出願番号 特願2007-145786 (P2007-145786)
出願日 平成19年5月31日(2007.5.31)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 平成19年2月13日国立大学法人筑波大学において開催された平成18年度工学基礎学類 物質・分子工学主専攻「卒業研究発表会」で発表
審査請求日 平成22年5月28日(2010.5.28)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
発明者または考案者 【氏名】福田 淳二
【氏名】鈴木 博章
【氏名】稲葉 里奈
【氏名】岡村 健太郎
個別代理人の代理人 【識別番号】110000154、【氏名又は名称】特許業務法人はるか国際特許事務所
審査官 【審査官】福間 信子
参考文献・文献 特開平10-042857(JP,A)
特開2005-345156(JP,A)
J Am Chem Soc, (1998), vol.120, p.6548-6555
Biomaterials, (2001), vol.22, p.943-955
Chem Soc Rev, (2000), vol.29, p.267-273
調査した分野 C12M 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
チオレートを介してスペーサ物質が結合することにより自己組織化単分子膜が形成された電極表面に細胞を接着させて培養する第一工程と、
前記細胞が接着している前記電極表面に、前記スペーサ物質が還元脱離する電位を印加して、前記細胞を前記電極表面から脱離させる第二工程と、
を含む
ことを特徴とする培養方法。
【請求項2】
前記第一工程において、前記電極表面に前記細胞を含む組織体を接着させて培養し、
前記第二工程において、前記組織体が接着している前記電極表面に、前記スペーサ物質の還元脱離ピーク電位より負の一定電位を連続的に印加して、前記組織体を前記電極表面から脱離させる
ことを特徴とする請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
チオレートを介してスペーサ物質が結合することにより自己組織化単分子膜が形成された電極表面を含む電極部と、
前記電極表面に接着した細胞を培養するための培養部と、
前記細胞が接着している前記電極表面に、前記スペーサ物質が還元脱離する電位を印加
するための電位印加部と、
を備えた
ことを特徴とする培養装置。
【請求項4】
前記電極表面に接着した前記細胞を含む組織体を培養するための前記培養部と、
前記組織体が接着している前記電極表面に、前記スペーサ物質の還元脱離ピーク電位より負の一定電位を連続的に印加するための前記電位印加部と、
を備えた
ことを特徴とする請求項3に記載の培養装置。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、培養方法及び培養装置に関し、特に、接着状態で培養した細胞を回収できる培養方法及び培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、基材表面に接着した状態で培養した細胞を回収する方法としては、例えば、タンパク質分解酵素やキレート剤を使用する方法、磁力を使用する方法(特許文献1参照)、温度応答性高分子を使用する方法(特許文献2参照)、光応答性高分子を使用する方法(特許文献3参照)、静電的反発力を使用する方法(特許文献4参照)があった。

【特許文献1】特開2005-312386号公報
【特許文献2】特開2005-102612号公報
【特許文献3】国際公開第2002/008387号パンフレット
【特許文献4】特開平10-42857号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、タンパク質分解酵素やキレート剤を使用する方法においては、細胞が傷害を受けることがあった。また、磁力を使用する方法においては細胞を予め磁性化する必要があり、温度応答性高分子や光応答性高分子を使用する方法においては培養期間を通じて温度や光を制御する必要がある等、操作性に問題があった。
【0004】
本発明は、上記課題に鑑みて為されたものであり、細胞を回収する操作性に優れた培養方法及び培養装置を提供することをその目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る培養方法は、チオレートを介してスペーサ物質が結合した電極表面に細胞を接着させて培養する第一工程と、前記細胞が接着している前記電極表面に、前記スペーサ物質が還元脱離する電位を印加して、前記細胞を前記電極表面から脱離させる第二工程と、を含むことを特徴とする。本発明によれば、細胞を回収する操作性に優れた培養方法を提供することができる。すなわち、電極表面に接着した状態で培養した細胞に傷害を与えることなく、当該細胞を簡便且つ確実に回収することができる。
【0006】
また、前記第二工程において、前記電位として、前記電極表面に前記スペーサ物質の還元脱離ピーク電位より負の一定電位を連続的に印加することとしてもよい。こうすれば、細胞の回収をより確実に行うことができる等、細胞を回収する操作性を向上させることができる。また、前記第一工程において、前記電極表面に前記細胞を含む組織体を接着させて培養し、前記第二工程において、前記組織体が接着している前記電極表面に、前記電位を印加して、前記組織体を前記電極表面から脱離させることとしてもよい。こうすれば、電極表面に接着した状態で培養した組織体を、当該組織体を構成する細胞に傷害を与えることなく、簡便且つ確実に回収することができる。
【0007】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る培養装置は、チオレートを介してスペーサ物質が結合した電極表面を含む電極部と、前記電極表面に接着した細胞を培養するための培養部と、前記細胞が接着している前記電極表面に、前記スペーサ物質が還元脱離する電位を印加するための電位印加部と、を備えたことを特徴とする。本発明によれば、細胞を回収する操作性に優れた培養装置を提供することができる。すなわち、電極表面に接着した状態で培養した細胞に傷害を与えることなく、当該細胞を簡便且つ確実に回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に、本発明の一実施形態に係る培養方法(以下、「本方法」という)及び培養装置(以下、「本装置」という)について説明する。なお、本発明は、本実施形態で示す例に限られるものではない。
【0009】
まず、本方法について説明する。図1は、本方法に含まれる主な工程を示すフロー図である。図1に示すように、本方法は、チオレート(thiolate)を介してスペーサ物質が結合した電極表面に細胞を接着させて培養する第一工程10と、当該細胞が接着している当該電極表面に、当該スペーサ物質が還元脱離する電位を印加して、当該細胞を当該電極表面から脱離させる第二工程20と、を含む。さらに、この第一工程10は、電極表面及び細胞を準備する準備工程11と、電極表面に細胞を接着させる接着工程12と、電極表面で細胞を培養する培養工程13と、を含む。
【0010】
準備工程11においては、スペーサ物質で覆われた電極表面を準備する。スペーサ物質としては、特定の材料からなる電極表面との間でチオレートを介した結合を自発的に形成できる官能基を有する化合物であれば特に限られず任意のものを使用することができる。
【0011】
すなわち、例えば、チオール基(-SH)、ジスルフィド(-S-S-)、スルフィド(-S-)等を有する化合物を使用することができ、電極表面に自己組織化単分子膜(Self Assembled Monolayer:SAM)を形成することができる化合物を好ましく使用することができる。具体的に、例えば、Carboxy-undecanethiol等のアルカンチオール、チオール基を有するアミノ酸の一種であるシステイン、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)等のアルカンジスルフィド又はこれらの化合物に所定の化学修飾を施した化合物等を使用することができる。
【0012】
また、スペーサ物質は、その分子鎖の一部に、当該スペーサ物質を介した電極表面への細胞の接着を促進できる細胞接着性部分を有するものとすることができる。
【0013】
すなわち、例えば、水溶液中において電極表面を細胞接着に好ましい荷電状態に維持できる官能基(アミノ基やカルボキシル基等)、細胞膜に存在する接着性分子(インテグリン等)と特異的に結合できる特定のアミノ酸配列(アルギニン・グリシン・アスパラギン酸(いわゆるRGD)配列等)を有するペプチドやタンパク質、当該接着性分子と特異的に結合できる糖鎖等を細胞接着性部分として有するスペーサ物質(以下、「細胞接着性スペーサ物質」という)を使用することができる。すなわち、例えば、細胞接着性部分を形成できる細胞接着性前駆物質(例えば、RGD配列を含むペプチド)と、細胞接着性部分を有しないスペーサ物質(Dithiobis(succinimidyl undecanoate)等)と、の化学反応(例えば、縮合反応)により、当該スペーサ物質の分子鎖の末端に当該細胞接着性前駆物質に基づく細胞接着性部分(例えば、RGD配列)を結合させて、当該細胞接着性部分を有する細胞接着性スペーサ物質を予め作製し、その後、当該作製した細胞接着性スペーサ物質を電極表面に結合させることができる。
【0014】
また、細胞接着性スペーサ物質を使用する場合には、まず細胞接着性部分を有しないスペーサ物質を電極表面に結合させ、次いで当該電極表面に結合したスペーサ物質と細胞接着性前駆物質との化学反応により、当該電極表面において細胞接着性スペーサ物質を作製することもできる。
【0015】
電極表面を構成する電極材料としては、スペーサ物質がチオレートを介して還元脱離可能に結合でき、且つ作用電極として機能するための導電性を有する材料であれば特に限られず任意のものを使用することができる。具体的に、例えば、金、銀、白金、銅等の貴金属、半導体、金属酸化物等を電極材料として使用することができる。
【0016】
また、電極表面は、電極材料からなる電極基板の表面とすることができ、また、電極材料以外の材料からなる電極基板の表面に形成された電極材料からなる薄膜表面とすることもできる。
【0017】
この電極材料以外の材料としては、電極材料で被覆できるものであれば特に限られず任意のものを使用することができる。具体的に、例えば、そのままで電極材料として使用するには必ずしも好ましくない金属材料や、ガラス、合成樹脂(プラスチック)等の非金属材料を使用することができる。
【0018】
また、電極基板は、棒、平板、球体、多孔質体、メッシュ等、任意の形状の成形体とすることができる。したがって、電極表面は、電極基板の形状に応じて、平坦な表面、凹凸が形成された表面、湾曲した表面等、任意の表面形状とすることができる。
【0019】
また、電極表面は、電極基板の表面の一部として形成することもできる。具体的に、例えば、電極基板の平坦な表面の一部を、円形や矩形等の所定形状の電極表面部分とすることができる。この場合、電極基板の表面に、複数の電極表面部分を規則的に配置(パターン配置)することもできる。このような電極表面部分は、例えば、電極材料以外の材料からなる電極基板表面のうち一部の領域のみを電極材料で被覆することにより作製することができ、また、電極材料で被覆された電極表面のうち一部の領域のみにスペーサ物質を結合させることにより作製することもできる。
【0020】
準備工程11においては、培養する細胞を準備する。細胞としては、スペーサ物質を介して電極表面に接着させることのできる細胞であれば特に限られず任意のもの使用することができる。すなわち、ヒト又はヒト以外の動物(サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス等)の任意の臓器や組織(肝臓、心臓、膵臓、腎臓、脳、神経、皮膚、血液等)由来の細胞を使用することができる。
【0021】
具体的に、例えば、臓器や組織の酵素処理や血液の分離処理によって採取された初代細胞や、樹立された株化細胞を使用することができる。また、分化した細胞のみならず、胚性幹細胞(embryonic stem cell)、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)等未分化細胞を使用することもできる。さらに、これらの細胞に遺伝子操作等の人為的処理を施した細胞を使用することもできる。
【0022】
なお、本方法を使用して回収された細胞や組織体を医療分野の技術(人工臓器や再生医療技術等)に利用する場合には、ヒト又はヒト以外の哺乳動物由来の細胞を好ましく使用することができ、ヒト由来の細胞を特に好ましく使用することができる
【0023】
また、この細胞としては、その生存や増殖に足場を必要とする接着性細胞、又はその生存や増殖に足場を必要としない非接着性細胞のいずれを使用することもできるが、電極表面に安定して接着させることができる等の理由により接着性細胞を好ましく使用することができる。
【0024】
また、後述の培養工程12において、細胞が二次元的又は三次元的に集合した組織体を培養する場合には、細胞同士の間で互いに結合を形成することができる細胞を好ましく使用することができる。また、一種類の細胞を単独で使用することもできるが、二種類以上の細胞が任意の数比率で混在する細胞群を使用することもできる。
【0025】
接着工程12においては、電極表面にスペーサ物質を介して少なくとも一つの細胞を接着させる。すなわち、培養液中において、準備工程11で準備した細胞を、準備工程11で準備した電極表面に接触させた状態で所定時間保持することにより、当該細胞を当該電極表面に接着させることができる。電極表面に接着した細胞は、典型的には、培養時間の経過に伴って、その形状が球形から比較的扁平な形状に変化する。
【0026】
ここで、培養液としては、使用する細胞の生存状態や機能等を維持することができるよう、必要な塩類や栄養成分等を適切な濃度で含む水溶液であれば特に限られず任意の組成のものを使用することができる。具体的に、例えば、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)等の基礎培地に抗生物質等を添加した水溶液や、リン酸緩衝液(Phosphate Buffered Saline:PBS)等を使用することができる。
【0027】
培養工程13においては、接着工程12で電極表面に接着させた細胞を培養する。すなわち、培養液中において、細胞を電極表面に接着させた状態で所定時間保持する。培養期間中、細胞は、タンパク質の分泌等の代謝活動を行い、増殖能力を有する場合には、電極表面に沿って二次元的に、又は互いに重なり合って三次元的に増殖する。
【0028】
また、培養工程13においては、電極表面に接着した細胞を所定の条件下で培養することにより機能化させることができる。すなわち、細胞が培養開始当初には備えていなかった新たな機能を獲得し、又は既に供えていた機能のレベルを向上させることができる。
【0029】
具体的に、例えば、生体から取り出した初代肝細胞を電極表面に接着させ、特定の増殖因子等の刺激因子を添加した培養液中で培養することにより、培養開始時に比べて、当該初代肝細胞の薬物代謝機能やタンパク質分泌機能等の代謝機能や増殖能力を向上させる機能化を行うことができる。
【0030】
また、例えば、血液から分離した免疫系細胞を電極表面に接着させ、特定のサイトカイン等の刺激因子を添加した培養液中で培養するとともに、当該免疫系細胞に特定の抗原を接触させることにより、培養開始時に比べて、当該免疫系細胞の当該抗原に対する応答性や増殖能力を向上させる機能化を行うことができる。
【0031】
また、培養工程13においては、複数の細胞を互いに結合させて、当該複数の細胞が二次元的又は三次元的に集合した組織体を形成することもできる。すなわち、増殖能力の高い細胞を使用する場合には、例えば、当該細胞を電極表面で増殖させて、互いに接触し又は重なり合う程度の高密度で培養することにより組織体を形成させることができる。また、増殖能力の低い細胞を使用する場合には、例えば、当該細胞を互いに接触し又は重なり合う程度の高密度で電極表面での培養を開始することにより組織体を形成させることができる。
【0032】
組織体は、複数の細胞の集合体であれば特に限られず任意の形状や大きさのものとすることができるが、例えば、細胞が電極表面に沿って二次元的に結合して形成されるシート状の組織体や、細胞が電極表面で三次元的に盛り上がりながら集合して形成されるドーム状又は球状の組織体(いわゆるスフェロイド)とすることができる。
【0033】
このように、培養工程13においては、電極表面で細胞を培養することにより、スペーサ物質を介して電極表面に接着した組織体を形成することができる。また、培養工程13においては、培養工程13に先立って予め形成された組織体を培養することもできる。すなわち、例えば、準備工程11において組織体を準備し、接着工程12において当該組織体を電極表面に接着させ、培養工程13においては電極表面に接着した当該組織体を培養することができる。
【0034】
また、細胞が互いに結合を形成しない分散状態から、集合状態の組織体を形成することによって、当該細胞の代謝機能等の機能が向上する場合には、当該組織体の形成は当該細胞の機能化である。
【0035】
このような第一工程10に続く第二工程20においては、スペーサ物質を介して細胞が接着している電極表面に電位を印加して、当該スペーサ物質の還元脱離を起こさせる。電極表面に印加する電位は、スペーサ物質が還元脱離し、細胞に悪影響を与えない電位であれば特に限られないが、例えば、当該スペーサ物質の還元脱離ピーク電位又は当該還元脱離ピーク電位より負の電位とすることができる。
【0036】
この還元脱離ピーク電位は、使用するスペーサ物質に固有の値として決定することができる。すなわち、例えば、スペーサ物質が結合している電極表面に、所定の上限電位から所定の下限電位まで、電位を徐々に変化させながら印加した場合に、当該電極表面に還元電流が流れる電位を、当該スペーサ物質の還元脱離ピーク電位として決定することができる。なお、使用するスペーサ物質が、細胞接着性部分を有しないスペーサ物質と細胞接着性前駆物質との結合反応により作製した細胞接着性スペーサ物質である場合には、当該細胞接着性スペーサ物質を結合させた電極表面を使用して還元脱離ピーク電位を決定することもできるが、例えば、細胞接着性部分を結合させることによる還元脱離ピーク電位のシフトの程度が小さい場合には、当該細胞接着性部分を有しないスペーサ物質の還元脱離ピーク電位を使用することもできる。
【0037】
具体的に、例えば、サイクリックボルタンメトリー(Cyclic Voltammetry:CV)を使用して、所定の初期電位から所定の反転電位まで、所定の掃引速度(電位の変化速度)で電極表面に電位を掃引印加し、さらに当該反転電位から折り返して再び当該初期電位まで当該所定の掃引速度で電位を掃引印加するとともに、この1サイクルの間、当該電極表面に流れる電流を測定する。そして、この測定結果として得られる、印加電位と検出電流値との関係を示すサイクリックボルタモグラムにおいて、還元電流を示す負電流のピークが現れた印加電位を還元脱離ピーク電位として決定する。
【0038】
電極表面への電位の印加は、例えば、上述の還元脱離ピーク電位を決定する場合と同様に、還元脱離ピーク電位を含む所定の電位範囲内において所定の掃引速度で電位を変化させる走査型の印加によって行うことができる。
【0039】
また、電極表面への電位の印加は、例えば、還元脱離ピーク電位又は当該還元電位ピーク電位より負の一定電位を印加し続ける連続型の印加によって行うこともできる。すなわち、この場合、印加する電位を一定の電位に固定し、当該一定の印加電位を所定時間にわたって維持する。
【0040】
また、この場合、特に、還元脱離ピーク電位より負の一定電位を所定時間にわたって連続的に印加することが好ましい。こうすれば、電極表面の全体に還元脱離ピーク電位又は当該還元脱離ピーク電位より負の電位を確実に印加することができる。
【0041】
また、電極表面に印加する電位は、電位窓の範囲内とすることができる。すなわち、スペーサ物質の還元脱離ピーク電位より負であって、且つ電位窓の範囲内の電位を使用することができる。もちろん、電位窓の範囲外であっても、細胞に悪影響を与えない範囲内の電位であれば還元脱離に使用することができる。
【0042】
また、還元脱離ピーク電位は使用するスペーサ物質によって異なるが、第二工程20における印加電位としては、例えば、-0.1V~-2.0V(vs Ag/AgCl)の範囲内の電位を使用することができ、-0.5V~-1.5V(vs Ag/AgCl)の範囲内の電位を好ましく使用することができる。また、還元脱離ピーク電位より負の電位を電極表面に印加する場合には、例えば、当該還元脱離ピーク電位より0.05V~0.5Vだけ負の電位を好ましく使用することができる。
【0043】
第二工程20においては、上述のような電位の印加によって、スペーサ物質を電極表面から脱離させる。この結果、さらに、スペーサ物質を介して電極表面に接着していた細胞もまた、当該スペーサ物質の還元脱離に伴って、当該電極表面から脱離させることができる。
【0044】
すなわち、例えば、細胞が互いに結合しない分散状態で電極表面に接着していた場合には、当該細胞は分散状態で当該電極表面を脱離させる。したがって、この場合、個々の細胞を分散状態で回収することができる。
【0045】
また、例えば、細胞が組織体を形成した集合状態で電極表面に接着していた場合(すなわち、組織体を構成している細胞の全部又は一部が電極表面に接着していた場合)、当該細胞は組織体を維持した集合状態で当該電極表面から脱離させる。したがって、この場合、複数の細胞が一体化した組織体を回収することができる。
【0046】
走査型の電位の印加を行う場合には、初期電位と反転電位と間の掃引サイクルを繰り返し実行することにより、電極表面からの細胞の脱離を効率よく行うことができる。
【0047】
これに対し、連続型の電位の印加を行う場合には、走査型の電位印加場合に比べて、より効率よく細胞を電極表面から脱離させることができる。特に、還元脱離ピーク電位より負の一定電位を連続的に印加することにより、電極表面からの細胞の脱離を効率よく且つ確実に行うことができる。すなわち、例えば、複数の細胞が二次元的又は三次元的に結合して構成される組織体が電極表面に接着している場合には、当該組織体に含まれる複数の細胞が当該電極表面に接着しているため、当該組織体を当該電極表面から確実に脱離させるには、接着している当該複数の細胞の大部分を同時に脱離させる必要があるが、この場合でも、例えば、還元脱離ピーク電位より負の一定電位を当該電極表面に連続的に印加することにより、当該組織体を当該電極表面から効率よく脱離させることができる。
【0048】
この第二工程20において、スペーサ物質の還元脱離によって電極表面から脱離させた細胞は、回収して、他の用途に利用することもできる。すなわち、例えば、第一工程10の培養工程13で細胞を機能化させた場合には、当該細胞が当該機能化によって獲得した機能を利用することができる。
【0049】
具体的に、例えば、電極表面での培養によって薬物代謝機能が向上した肝細胞を当該電極表面から脱離回収した場合には、当該肝細胞を動物実験代替の薬物代謝モデルとして利用することができ、また、人工臓器や細胞移植に利用することもできる。また、例えば、電極表面での培養によって免疫応答能力が向上した(すなわち、活性化した)免疫系細胞を当該電極表面から脱離回収した場合には、当該活性化した免疫系細胞を細胞移植に利用することができる。また、電極表面から組織体を脱離回収した場合には、当該組織体を生体外の組織モデル、人工臓器、生体への移植等に利用することができる。
【0050】
このように、本方法は、実質的に、機能化した細胞又は組織体を製造する方法とすることができる。すなわち、本方法によれば、電極表面で細胞を機能化するとともに、当該機能化された細胞に傷害を与えることなく非侵襲的に当該電極表面から回収することができる。また、本方法によれば、電極表面で細胞から組織体を形成させるとともに、当該組織体に含まれる細胞に傷害を与えることなく非侵襲的に、当該組織体を回収することができる。
【0051】
次に、本装置について説明する。
【0052】
図2は、本装置の主な構成を示すブロック図である。図2に示すように、本装置は、電極部30と、培養部40と、電位印加部50と、を備えている。
【0053】
電極部30は、作用極31と、対電極32と、参照極33と、を有している。作用極31としては、上述のようなスペーサ物質が結合した電極表面を有する電極基板を使用することができる。対電極32としては、白金電極を好ましく使用することができる。参照極33としては、銀電極(Ag/AgCl)を好ましく使用することができる。
【0054】
図2に示すように、培養部40には、細胞を培養するための培養液や還元脱離を行うための電解質溶液等の溶液Sと、作用極31、対電極32、及び参照極33と、を収容できる培養空間41が形成されている。この培養部40は、培養空間41に収容した作用極31における細胞の接着や脱離の様子を顕微鏡下で観察するために、透明な材質で成形されていることが好ましい。また、この培養部40は、培養空間41の温度、湿度、気相の気体組成を制御するための制御部(図示せず)をさらに有することもできる。
【0055】
電位印加部50は、スペーサ物質が還元脱離する電位を作用極31に印加することができる。すなわち、電位印加部50は、還元脱離ピーク電位を含む所定の電位範囲内において、所定の掃引速度で電位を変化させながら作用極31に掃引電位を印加することができる。また、電位印加部50は、還元脱離ピーク電位又は当該還元脱離ピーク電位より負の任意の一定電位を連続的に作用極31に印加することもできる。この電位印加部50としては、例えば、サイクリックボルタンメトリーを使用することができる。
【0056】
このような本装置によれば、本方法の少なくとも一部の工程を実施することができる。すなわち、例えば、本装置は、本方法の第一工程10の接着工程12及び培養工程13、第二工程20を実施することができる。
【0057】
具体的に、培養部40の培養空間41において、培養液中に作用極31を浸漬し、スペーサ物質が結合している当該作用極31の電極表面に細胞を接着させ、さらに培養することができる。また、培養部40の培養空間41において、リン酸緩衝液に作用極31と、対極32と、参照極33と、を浸漬し、電位印加部50によって当該作用極31に所定の電位を掃引により又は連続的に印加することによって、当該作用極31の電極表面に接着していた当該細胞や組織体を当該電極表面から脱離させ、回収することができる。
【0058】
次に、本方法及び本装置の実施例を含む具体例について説明する。
【0059】
[具体例1]
(1)電極表面の作製。作用極31となる電極表面を次のようにして作製した。電極基板として、平坦な耐熱性ガラス基板(直径3インチ、厚さ500μm、Corning製)を使用した。25%アンモニア水と30%過酸化水素水と純水とを1:1:4の体積比で混合した水溶液を沸騰させ、この沸騰した水溶液に上記ガラス基板を浸漬した。その後、ガラス基板を沸騰した純水で濯ぎ、自然乾燥させた。
【0060】
次に、スパッタデポジション装置(CFS-4ES、芝浦メカトロニクス株式会社製)を使用して、出力100W、アルゴン雰囲気0.3Paの条件にて、ガラス基板の表面にクロムを2分間スパッタリングし、厚さ約4nmのクロム薄膜を形成した。さらに、同条件にてガラス基板のクロム薄膜の上に金を2分間スパッタリングし、厚さ約40nmの金薄膜を形成した。
【0061】
金薄膜が形成されたガラス基板をダイシングソー(A-WD-10A、株式会社東京精密製)にて10mm×10mmの矩形平板に切断し、純水で洗浄して自然乾燥させた。このようにして、金薄膜からなる電極表面を有する電極基板を得た。
【0062】
(2)還元脱離ピーク電位の確認。スペーサ物質として、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)(同仁化学研究所製)を使用した。このスペーサ物質を1mMの濃度で無水ジオキサンに溶解した溶液中に、上述のようにして作製した電極基板を一晩浸漬させた後、当該電極基板をジオキサンで洗浄し、さらに純水で洗浄した。
【0063】
そして、図2に示したような本装置を作製した。すなわち、スペーサ物質を結合させた電極表面を有する上記電極基板を作用極31とし、白金板を対極32とし、銀/塩化銀(内部溶液:飽和KCl)電極を参照極33として、3極系の電極部30を構成した。
【0064】
また、電位印加部50としては、電気化学測定装置(AUTOLAB EN 55022、ECO CHEMIE製)を使用した。この電気化学測定装置に、電極部30を電気的に接続した。培養部40としては、直径60mm、高さ15mm、容積が40mLのポリスチレンディッシュ(Tissue Culture Dish Φ60mm、Techno Plastic Products製)を使用した。
【0065】
電解質溶液としては、溶存酸素を除去するために予め5分間の窒素バブリングをしたリン酸緩衝液(GIBCO製)を使用した。培養部40の培養空間41にリン酸緩衝液を約30mL入れ、当該リン酸緩衝液中に作用極31、対極32、参照極33を浸漬した。
【0066】
そして、電気化学測定装置により、開始電圧が-0.3V、最小掃引電圧が-1.2V、掃引速度が20mV/秒の条件にて、作用極31に掃引しながら電位を印加するとともに、当該作用極31に流れる電流値をモニタリングした。
【0067】
図3に、1サイクルの掃引で得られたサイクリックボルタモグラムを示す。図3に示すように、-0.3Vから-1.2Vまでの掃引(走査)電位範囲のうち、-0.9V付近に比較的ブロードな電流のピークPが現れた。これは、作用極31の電極表面に-0.9Vの負電位を印加したことにより、当該電極表面でSAMを形成していたスペーサ物質が還元されるとともに当該電極表面から脱離し、これに伴い、還元電流がピークとして検出されたと考えられる。こうして、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)の還元脱離ピーク電位は-0.9Vと決定された。
【0068】
なお、図3において、全体のバックグラウンドとして、-0.7V付近より負側においては電位が負に大きくなるにつれ負電流が増加しているが、これは電解液中に溶存する酸素や水自身が電極表面上で還元されたためと考えられる。
【0069】
以上の結果により、金薄膜からなる電極表面に結合したDithiobis(succinimidyl undecanoate)を当該電極表面から還元脱離させるためには、当該電極表面に-0.9V以下の電位を印加することが有効と考えられた。
【0070】
なお、同様にしてスペーサ物質として10-Carboxy-1-decanethiolを使用し、-0.3Vから-1.0Vの範囲で電位の掃引を行った場合には、-0.85V付近に鋭いピークが現れた。
【0071】
(3)細胞接着性スペーサ物質の電極表面への結合。スペーサ物質としては、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)に細胞接着性ペプチドを結合させた細胞接着性スペーサ物質を使用した。この細胞接着性部分を形成する細胞接着性前駆物質としては、グリシン-アルギニン-グリシン-アスパラギン酸-セリン配列からなる細胞接着性のRGDペプチド(ペプチド研究所製)を使用した。
【0072】
すなわち、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)を1mMの濃度で無水ジオキサンに溶解した溶液と、RGDペプチドを50μMの濃度で純水に溶解した溶液と、を1:1の体積比で混合し、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)とRGDペプチドとの結合反応を行い、当該RGDペプチドを構成するアミノ酸配列を有する細胞接着性スペーサ物質を合成した。
【0073】
次いで、この合成されたスペーサ物質を含む混合溶液中に上述の金薄膜からなる電極表面を有する電極基板を浸漬することにより、当該金薄膜からなる電極表面に当該スペーサ物質の自己組織化単分子膜(Self Assembled Monolayer:SAM)を形成させた。
【0074】
また、比較の対照として、上述の電極基板を、その金薄膜に自己組織化単分子膜を形成することなく使用した。これらの電極基板を、クリーンベンチ内で70%エタノール水溶液にて洗浄及び滅菌した後、直径35mmのポリスチレン製ディッシュ(BD Falcon、日本ベクトンディッキンソン株式会社製)内で無菌的に保管した。
【0075】
(4)細胞の準備。細胞としては、ヒト肝芽種由来細胞(HepG2)(理化学研究所)を使用した。培養液としては、DMEM(Cambrex製)に牛胎児血清(Fetal Bovine Serum:FBS)を10%添加した培養液を使用した。
【0076】
この培養液を12mL入れた直径100mmのポリスチレン製ディッシュ(BD Falcon、日本ベクトンディッキンソン株式会社製)内で細胞を7日間、前培養することにより、増殖させた。増殖後の細胞をトリプシン処理によって回収した。
【0077】
(5)細胞の接着及び培養。上述のように前培養した細胞を、培養液中に2.5×10個/mLの密度で懸濁し、当該細胞分散液を、電極基板が収容された直径35mmのディッシュに2mL入れた。すなわち、細胞は、5×10個/ディッシュの密度で播種した。そして、温度37℃、水蒸気飽和させた二酸化炭素5%/95%空気の雰囲気下にて、細胞を電極表面で24時間培養した。
【0078】
(6)電位印加による細胞の脱離。図2で示したような本装置を作製した。すなわち、上述のようにして培養した細胞が接着した電極表面を有する上記電極基板を作用極31とし、白金板を対極32とし、銀/塩化銀(内部溶液:飽和KCl)電極を参照極33として、3極系の電極部30を構成した。
【0079】
また、作用極31の電極表面に接着した細胞を位相差顕微鏡下で観察するために、底面が30mm×30mm、高さが15mmの内空が形成されたポリジメチルシロキサン(poly(dimethylsiloxane):PDMS)製の透明なチャンバーを培養部40として使用した。作用極31の電極基板は、この培養部40の底面に水平に固定し、リン酸緩衝液中に浸漬した。さらに、このチャンバー内のリン酸緩衝液には、作用極31に加え、対極32、参照極33も浸漬した。
【0080】
電位印加部50としては、ポテンショスタット(北斗電工株式会社製)を使用した。そして、ポテンショスタットにより、作用極31に、スペーサ物質の還元脱離ピーク電位(-0.9V)より0.1Vだけ負である-1.0Vの一定電位を連続的に印加した。
【0081】
この結果、電位印加開始から5分経過後には、作用電極表面にスペーサ物質を介して接着していた細胞のほとんどが当該作用電極表面から脱離し、リン酸緩衝液中に浮遊した。
【0082】
図4には、電位の印加を開始した直後、及び電位の印加を開始してから1分、2分、3分が経過した各時点で、作用極31の電極表面に接着している細胞の数を位相差顕微鏡下でカウントした結果を示す。図4において、横軸は電位の印加を介してから経過した時間、縦軸は、電位の印加開始直後に電極表面に接着している細胞の数を100%とした場合における、各電位印加時間で当該電極表面に接着している細胞の数の割合(%)を示す。丸印はスペーサ物質を介して電極表面に細胞を接着させた場合の結果、三角印はスペーサ物質を介することなく電極表面に細胞を接着させた場合の結果、をそれぞれ示している。
【0083】
図4に示すように、電位印加時間が長くなるにつれ、電極表面上の細胞密度は単調に減少した。一方、スペーサ物質を結合させなかった金薄膜からなる電極表面に接着した細胞は、電位の印加によってもほとんど脱離しなかった。
【0084】
このように、スペーサ物質を介して細胞を電極表面に接着させることにより、電位の印加によって当該細胞を当該電極表面から非侵襲的に、簡便且つ確実に脱離できることが確認された。
【0085】
[具体例2]
(1)電極表面の作製。上記具体例1と同様に、金薄膜からなる電極表面を有する電極基板を作製した。
【0086】
(2)電極表面へのスペーサ物質の結合。上記具体例1と同様に、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)とRGDペプチドとを使用して、細胞接着性部分を有する複合化スペーサ物質を電極表面に結合させた。
【0087】
(3)細胞の準備。細胞としては、マウス繊維芽細胞を使用し、当該細胞を上記具体例1と同様に前培養した。
【0088】
(4)細胞の接着及び培養。細胞の播種密度以外は上記具体例1と同様にして、細胞を電極表面に接着させた。細胞は、35mmディッシュあたり2.5×10個の密度で播種した。
【0089】
(5)電位印加による細胞の脱離。上記具体例1と同様に、本装置を作製した。そして、ポテンショスタットにより、-0.3V~-1.0Vの範囲内において、20mV/秒の掃引速度で電位を変化させながら、作用極31に電位を印加した。
【0090】
その結果、10サイクル(電位の印加を開始してからの経過時間は約12分)の電位走査によっては、電極表面からの細胞の脱離はほとんど確認できなかったが、30サイクル(電位の印加を開始してからの経過時間は約35分)の電位走査によって、電極表面に接着していた細胞のほとんどが脱離し、リン酸緩衝液中に浮遊した。
【0091】
[具体例3]
(1)電極表面の作製。上記具体例1と同様に、金薄膜からなる電極表面を有する電極基板を作製した。
【0092】
(2)電極表面へのスペーサ物質の結合。上記具体例1と同様に、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)とRGDペプチドとを使用して、細胞接着性部分を有する複合化スペーサ物質を電極表面に結合させた。
【0093】
(3)細胞の準備。細胞としては、マウス繊維芽細胞を使用し、当該細胞を上記具体例1と同様に前培養した。
【0094】
(4)細胞の接着及び培養。細胞の播種密度以外は上記具体例1と同様にして、細胞を電極表面に接着させた。細胞は、35mmディッシュあたり2.0×10個の密度で播種した。そして、電極表面で細胞を48時間培養した。
【0095】
この結果、培養開始から48時間が経過した時点で、細胞は電極表面に接着するとともに、互いに二次元的に結合を形成してシート状の組織体を形成していた。すなわち、電極表面に接着したシート状組織体が形成された。
【0096】
(5)電位印加による細胞の脱離。上記具体例1と同様に、本装置を作製した。そして、ポテンショスタットにより、リン酸緩衝液中において、作用極31に-1.0Vの一定電位を連続的に印加した。
【0097】
この結果、電位の印加を開始してから10分が経過した時点で、シート状組織体の全体が電極表面から剥離し、リン酸緩衝液中に浮遊した。
【0098】
図5には、剥離したシート状組織体の位相差顕微鏡写真を示す。図5に示すように、一定の電位を連続的に印加することにより、シート状の形態を維持したまま組織体T1を作用極31の電極表面から脱離させることができた。
【0099】
さらに、電極表面から剥離したシート状組織体に含まれる細胞の生存状態を確認するために、回収した当該シート状組織体を、10μg/mLの濃度のFluorescein Diacetate(FDA、和光純薬工業株式会社製)と40μg/mLの濃度のEthidium Bromide(EB、和光純薬工業株式会社製)と、を含むリン酸緩衝液中に5分間浸漬することにより、生存している細胞をFDAにより、死滅している細胞をEBにより、それぞれ選択的に蛍光染色した。
【0100】
図6には、染色後のシート状組織体の蛍光顕微鏡写真を示す。図6Aは、シート状組織体に含まれる細胞のうちFDAに由来する蛍光色素によって染色され生細胞を選択的に検出した場合の写真であり。図6Bは、シート状組織体に含まれる細胞のうちEBに由来する蛍光色素によって染色された死細胞を選択的に検出した場合の写真である。図6に示すように、本方法により回収したシート状組織体に含まれる細胞の大部分は生存状態を維持していることが確認できた。
【0101】
このように、本方法によれば、電極表面で培養したシート状組織体を非侵襲的に、簡便且つ確実に脱離させて回収できた。すなわち、本方法は、シート状組織体の製造方法として極めて有用であることが確認できた。
【0102】
なお、同様にしてシート状組織体が接着した電極表面を作製し、上記具体例2と同様に、ポテンショスタットにより、-0.3V~-1.0Vの範囲内において、20mV/秒の掃引速度で電位を変化させながら、当該電極表面に走査電位を印加した場合には、50サイクル(電位の印加を開始してからの経過時間は約60分)の電位走査によっても、当該シート状組織体を当該電極表面から剥離させることはできなかった。
【0103】
[具体例4]
(1)電極表面の作製。作用極31となる電極表面を次のようにして作製した。まず、スピンコータ装置(1H-D7、ミカサ株式会社製)を使用して、平坦な耐熱性ガラス基板(直径3インチ、厚さ500μm、Corning製)の表面に、パターン化された凹凸構造を形成した。すなわち、このガラス基板の表面にフォトレジスト(SU-8 2100、化薬マイクロケム株式会社製)をスロープ(5秒)、500rpm(5秒)、スロープ(8.3秒)、3000rpm(30秒)の条件でスピンコートした。
【0104】
次いで、このガラス基板を65℃のホットプレートで5分間ベーク後、96℃のホットプレートでさらに20分間ベークした。そして、マスクアライナー(MA-10、ミカサ株式会社製)を使用して、直径300μmの複数の円形孔が中心間距離600μmで規則的に配置されたフォトマスクを介して、フォトレジストがコートされたガラス基板表面に、紫外光を120秒間照射した。露光されたガラス基板表面のフォトレジストを65℃のホットプレートで5分間ベーク後、96℃のホットプレートでさらに10分間ベークした。このベーク後のガラス基板を現像液(SU-8 Developer、化薬マイクロケム株式会社製)に浸漬し、15分間現像を行った。その後、現像後のガラス基板を2-プロパノールにて洗浄し、乾燥させた。
【0105】
さらに、スパッタデポジション装置(CFS-4ES、芝浦メカトロニクス株式会社製)を使用して、出力100W、アルゴン雰囲気0.3Paの条件にて、このガラス基板の表面にクロムを2分間スパッタし、厚さ約4nmのクロム薄膜を形成した。さらに、同条件にてガラス基板のクロム薄膜の上に金を2分間スパッタリングし、厚さ約40nmの金薄膜を形成した。
【0106】
金薄膜が形成されたガラス基板をダイシングソー(A-WD-10A、株式会社東京精密製)にて10mm×10mmの矩形平板に切断し、純水で洗浄して自然乾燥させた。このようにして、直径300μmの円形の有底孔が、中心間距離600μmで複数パターン配置されるとともに、当該各孔の底面を含む表面全体に金薄膜が形成された電極基板を得た。
【0107】
(2)マイクロコンタクトプリンティング用スタンプの作製。まず、スタンプを成形するためのモールドを作製した。すなわち、スピンコータ装置を使用して、平坦な耐熱性ガラス基板(直径3インチ、厚さ500μm、Corning製)の表面にフォトレジスト(SU-8 2100、化薬マイクロケム株式会社製)をスロープ(5秒)、500rpm(5秒)、スロープ(8.3秒)、3000rpm(30秒)の条件でスピンコートした。
【0108】
次いで、このガラス基板を65℃のホットプレートで5分間ベーク後、96℃のホットプレートでさらに20分間ベークした。そして、マスクアライナー(ミカサ株式会社製)を使用して、直径100μmの複数の円形孔が中心間距離600μmで規則的に配置されたフォトマスクを介して、フォトレジストがコートされたガラス基板表面に、紫外光を120秒間照射した。露光されたガラス基板表面のフォトレジストを65℃のホットプレートで5分間ベーク後、96℃のホットプレートでさらに10分間ベークした。このベーク後のガラス基板を現像液(SU-8 Developer、化薬マイクロケム株式会社製)に浸漬し、15分間現像を行った。その後、現像後のガラス基板を2-プロパノールにて洗浄し、窒素中で乾燥させた。
【0109】
さらに、このガラス基板の表面にフォトレジスト(SU-8 2100、化薬マイクロケム株式会社製)をスロープ(5秒)、500rpm(5秒)、スロープ(1.7秒)、1000rpm(30秒)の条件でスピンコートした。
【0110】
次いで、このガラス基板を65℃のホットプレートで5分間ベーク後、96℃のホットプレートでさらに20分間ベークした。そして、直径200μmの複数の円形孔が中心間距離600μmで規則的に配置されたフォトマスクを、上述のようにガラス基板表面にパターン形成された直径100μmの複数の有底孔と、当該フォトマスクの円形孔と、が同心円の関係となるように配置し、当該フォトマスクを介して、当該ガラス基板表面に、紫外光を120秒間照射した。露光されたガラス基板表面のフォトレジストを65℃のホットプレートで5分間ベーク後、96℃のホットプレートでさらに10分間ベークした。このベーク後のガラス基板を現像液(SU-8 Developer、化薬マイクロケム株式会社製)に浸漬し、15分間現像を行った。その後、現像後のガラス基板を2-プロパノールにて洗浄し、窒素中で乾燥させることにより、スタンプ成形用のモールドを作製した。
【0111】
次に、このモールドに、ポリジメチルシロキサンの前駆体化合物と硬化剤(信越化学工業株式会社製)とを10:1の体積比で混合した溶液を流し込み、真空ポンプを使用してデシケータ内で脱泡した。そして、このモールド内の溶液を室温にて24時間放置して硬化させた後、当該モールドから剥がし取ることにより、当該硬化によって成形されたPDMS製のスタンプを得た。
【0112】
(3)電極表面へのスペーサ物質の結合。上述のようにして作製したスタンプを使用して、電極基板の金薄膜電極表面に、2種類のスペーサ物質を異なる領域に結合させることにより、当該電極表面のパターン修飾を行った。
【0113】
まず、第一のスペーサ物質としては、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)を使用した。また、この第一のスペーサ物質の細胞接着性部分を形成する修飾化合物として、RGDペプチドを使用した。
【0114】
すなわち、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)を1mMの濃度で無水ジオキサンに溶解した溶液と、RGDペプチドを50μMの濃度でエタノールに溶解した溶液と、を1:1の体積比で混合し、Dithiobis(succinimidyl undecanoate)とRGDペプチドとの結合反応を行い、RGD配列を含む細胞接着性部分を有するスペーサ物質を合成した。
【0115】
次いで、この合成されたスペーサ物質を含む溶液を、スタンプが有するパターン形成された各円柱状突起の直径100μmの円形先端面に塗布した。そして、位相差顕微鏡下において、上記電極基板の金薄膜表面に形成された直径300μmの各有底孔の円形底面の中心位置に、上記スタンプの各円柱突起の円形先端面を押し当てることによって、当該各円形底面の中心位置に、スペーサ物質を含む溶液を塗布した。
【0116】
すなわち、電極基板の電極表面にパターン配置された各円形孔の底面の中心位置に、第一のスペーサ物質が結合した直径100μmの円形の第一の領域を形成した。この第一の領域は、スペーサ物質が有する細胞接着性部分に基づき、細胞接着性を示した。
【0117】
一方、第二のスペーサ物質として、分子末端にチオール基を有するポリエチレングリコール(polyethylene glycol-SH、分子量5000、日本油脂株式会社製)を使用した。
【0118】
すなわち、この第二のスペーサ物質を5mMの濃度でエタノールに溶解した溶液を、上記第一の領域が形成された上記電極表面に滴下し、当該電極表面のうち当該第一の領域以外の部分に当該第二のスペーサ物質を結合させた。そして、この電極基板をクリーンベンチ内で70%エタノール水溶液にて洗浄及び滅菌し、直径35mmの培養ディッシュ内で保管した。
【0119】
このようにして、電極表面において、中心間距離600μmでパターン形成された直径300μmの複数の円形孔の底面に、中央に形成され、第一のスペーサ物質で被覆された直径100μmの細胞接着性領域と、当該細胞接着性領域の周囲を囲み、第二のスペーサ物質で被覆された細胞非接着性領域と、をパターン形成した。
【0120】
(4)細胞の準備。次のようにして、初代ラット肝細胞を準備した。すなわち、7週齢雄ウィスターラット(体重250g)の門脈(肝臓に入る血管)にカニューレを導入し、脱血用キレート液を30mL/分の流速で5分間流し、さらに0.5mg/mLの濃度でコラゲナーゼ(和光純薬工業株式会社製)を溶解した消化液を15mL/分の流速で10分間流した。そして、コラゲナーゼで処理された肝臓を摘出して培養液に入れ、メスとピペットを使って肝細胞を分散させた。
【0121】
得られた肝細胞分散液を遠心分離処理によって3回洗浄し、肝細胞以外の細胞を取り除いた。培養液としては、DMEMに60mg/Lのプロリン、50μg/Lの上皮細胞成長因子(Biomedical Technologies,Inc.製)、10mg/Lのインシュリン(シグマ製)、7.5mg/Lのヒドロコルチゾン(和光純薬工業株式会社製)、0.1μMの硫酸銅5水和物(和光純薬工業株式会社製)、3μg/Lのセレン酸(和光純薬工業株式会社製)、50pMの硫酸亜鉛7水和物(和光純薬工業株式会社製)、50μg/Lのリノール酸(シグマアルドリッチ製)、58.8mg/Lのペニシリン(明治製菓株式会社製)、100mg/Lのストレプトマイシン(明治製菓株式会社製)を加えた無血清培地を用いた。
【0122】
(6)細胞の接着及び培養。上記電極基板を収容した直径35mmのディッシュに、肝細胞の分散液を、1.0×10個/ディッシュの密度となるように入れることにより、電極表面への当該肝細胞の播種を行った。そして、温度37℃、水蒸気飽和させた二酸化炭素5%/95%空気の雰囲気下にて、肝細胞を電極表面で4時間静置培養した。
【0123】
さらに、その後、肝細胞が接着した電極基板を別の35mmディッシュに移動させ、震盪器(東京理化器械株式会社製)上にて、当該ディッシュを60rpmの旋回速度で震盪させながら、上記雰囲気下で培養を継続した。ディッシュ内の培養液の全量を新たな培養に交換する培地交換は毎日行った。培養は3日間継続した。
【0124】
この結果、電極基板表面の各円形孔の底面においては、培養時間の経過に伴って、肝細胞同士が徐々に凝集した。そして、培養3日目には、各円形孔の底面上に、肝細胞が互いに結合しつつ三次元的に集合することにより、球状又はドーム状の組織体(スフェロイド)が1つずつ形成された。
【0125】
図7は、電極表面の円形孔内に形成されたスフェロイドの一例についての位相差顕微鏡写真を示す。図7に示すように、スフェロイドT2は、電極基板Bに凹形状に形成された円形孔Cの底面の第一の領域に接着していた。
【0126】
(7)電位印加による細胞の脱離。上記具体例1と同様に、本装置を作製した。すなわち、上述のようにして形成させたスフェロイドが接着した電極表面を有する上記電極基板を作用極31とし、白金板を対極32とし、銀/塩化銀(内部溶液:飽和KCl)電極を参照極33として、3極系の電極部30を構成した。そして、ポテンショスタットにより、リン酸緩衝液中において、作用極31に-1.0Vの一定電位を連続的に印加した。
【0127】
この結果、電位の印加を開始してから約10分が経過した時点で、スフェロイドの全体が電極表面から剥離し、リン酸緩衝液中に浮遊した。すなわち、一定の電位を連続的に印加することにより、球状又はドーム状の形態を維持したままスフェロイドを作用極31の電極表面から脱離させることができた。
【0128】
さらに、電極表面から剥離したスフェロイドに含まれる細胞の生存状態を確認するために、回収した当該スフェロイドを、10μg/mLの濃度のFluorescein Diacetate(FDA)と40μg/mLの濃度のEthidium Bromide(EB)と、を含むリン酸緩衝液中に5分間浸漬することにより、生存している細胞をFDAにより、死滅している細胞をEBにより、それぞれ選択的に蛍光染色した。
【0129】
図8には、染色後のスフェロイドを共焦点レーザ顕微鏡(TCS SP2 AOBS、ライカマイクロシステムズ株式会社製)で観察して得られた蛍光画像を示す。図8Aは、スフェロイドに含まれる細胞のうちFDAに由来する蛍光色素によって染色された生細胞を選択的に検出した場合の画像であり。図8Bは、スフェロイドに含まれる細胞のうちEBに由来する蛍光色素によって染色された死細胞を選択的に検出した場合の画像である。図8に示すように、本方法により回収したスフェロイドに含まれる細胞の大部分は生存状態を維持していることが確認できた。
【0130】
このように、本方法によれば、作用電極表面で培養したスフェロイドを非侵襲的に、簡便且つ確実に脱離させて回収できた。すなわち、本方法は、スフェロイドの製造方法として極めて有用であることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0131】
【図1】本発明の一実施形態に係る培養方法に含まれる主な工程を示すフロー図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る培養装置の主な構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の一実施形態で得られたサイクリックボルタモグラムの一例を示す説明図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る培養方法における細胞の脱離の挙動を示す説明図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る培養方法において回収されたシート状組織体の位相差顕微鏡写真を示す説明図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る培養方法において回収されたシート状組織体の蛍光顕微鏡写真を示す説明図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る培養方法において回収された球状組織体の位相差顕微鏡写真を示す説明図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る培養方法において回収された球状組織体の蛍光顕微鏡写真を示す説明図である。
【符号の説明】
【0132】
10 第一工程、11 準備工程、12 接着工程、13 培養工程、20 第二工程、30 電極部、31 作用極、32 対極、33 参照極、40 培養部、41 培養空間、50 電位印加部。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図8】
6
【図7】
7