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明細書 :抗体の可変領域を用いた新規な遺伝子発現調節方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5858393号 (P5858393)
公開番号 特開2009-201504 (P2009-201504A)
登録日 平成27年12月25日(2015.12.25)
発行日 平成28年2月10日(2016.2.10)
公開日 平成21年9月10日(2009.9.10)
発明の名称または考案の名称 抗体の可変領域を用いた新規な遺伝子発現調節方法
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
C12N   1/15        (2006.01)
C12N   1/19        (2006.01)
C12N   1/21        (2006.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
C12N 1/15
C12N 1/19
C12N 1/21
C12N 5/00 101
C12Q 1/02
請求項の数または発明の数 5
全頁数 14
出願番号 特願2008-310132 (P2008-310132)
出願日 平成20年12月4日(2008.12.4)
優先権出願番号 2008022356
優先日 平成20年2月1日(2008.2.1)
優先権主張国 日本国(JP)
審判番号 不服 2014-011504(P2014-011504/J1)
審査請求日 平成23年9月12日(2011.9.12)
審判請求日 平成26年6月18日(2014.6.18)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
発明者または考案者 【氏名】乾 秀之
【氏名】祗園 景子
個別代理人の代理人 【識別番号】110000796、【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
参考文献・文献 特表平11-500922(JP,A)
特表2001-520022(JP,A)
特表2006-518188(JP,A)
特表2004-527204(JP,A)
国際公開第02/088733(WO,A1)
Eur.J.Endocrinol.(2001)Vol.145,No.4,p.513-517
Biotechnol.Prog.(2006)Vol.22,No.4,p.968-973
J.Biosci.Bioeng.(2002)Vol.94,No.6,p.614-619
Anal.Chem.(2002)Vol.74,No.11,p.2500-2504
YAKUGAKU ZASSHI(2007)Vol.127,No.1,p.71-80
調査した分野 C12N15/00-15/90
CA/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
JSTPlus(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
抗体の重鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のいずれか一方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、および
当該抗体の軽鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のうち重鎖可変領域と融合させた方とは別の方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子を含む発現ベクターであって、
前記ベクターを導入した細胞、組織又は個体内において、標的遺伝子の発現を調節することを特徴とする発現ベクター。
【請求項2】
請求項1に記載の発現ベクターを導入してなる、形質転換体であって、
当該細胞、組織又は非ヒト個体内において標的遺伝子の発現を調節するための形質転換体
【請求項3】
遺伝子発現調節方法であって、
請求項1に記載の発現ベクターを、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターの下流に標的遺伝子を有する細胞、組織又は非ヒト個体に導入し、
当該細胞、組織又は非ヒト個体に、融合させた抗体に特異的な抗原を添加することにより、標的遺伝子の発現を調節する、遺伝子発現調節方法。
【請求項4】
細胞、組織又は非ヒト個体が有するDNA結合タンパク質に応答するプロモーターおよび標的遺伝子が外来遺伝子である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
特定の抗体の抗原を誘導物質とする遺伝子発現調節システムであって、
当該抗体の重鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のいずれか一方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、および
当該抗体の軽鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のうち重鎖可変領域と融合させた方とは別の方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、並びに
DNA結合タンパク質に応答するプロモーターおよびその下流にある標的遺伝子を、細胞、組織又は非ヒト個体において同時に発現させることを特徴とする、遺伝子発現調節システム。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、新規で画期的な遺伝子発現調節に用いることのできる発現ベクター、形質転換細胞、およびそれらを用いた遺伝子発現調節システムに関する。
【背景技術】
【0002】
分子生物学研究分野においてタンパク質の構造・機能解析には大腸菌、酵母、哺乳類細胞などでの異種発現が重要なストラテジーとなり、様々な遺伝子発現調節システムが汎用されるに至っている。例えば、大腸菌での遺伝子発現調節には、イソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシド(IPTG)を誘導因子としたラクトースリプレッサーを利用した発現制御系が用いられ、哺乳類細胞での発現調節には、テトラサイクリンを誘導因子としたテトラサイクリン耐性オペロンを利用した系が利用されている。さらに、遺伝子発現調節システムは遺伝子治療や環境モニタリングなどの分野にも幅広く応用されるようになっている。放射線に応答するプロモーターを用いて腫瘍壊死因子の発現をコントロールするガン治療を目的とした遺伝子治療ベクターの開発なども進んでいる。本発明者らは、これまでに、エストロジェン受容体及びアリルハイドロカーボン受容体を用いた遺伝子発現制御システムを開発し、エストロジェン様化合物やダイオキシン類による環境汚染を検出する遺伝子組換え植物の創製に成功している(非特許文献1及び特許文献1~2)。しかしながら、既存の遺伝子発現調節システムは、生物が本来持っている遺伝子発現制御系を利用して開発されたものである。即ち、誘導因子となる物質は受容体が存在するものに制約され、我々が自由に設定することはできない。
【0003】
現在では、タンパク質の相互作用によって遺伝子発現を人工的に調節することが可能である。1989年にFields, S.とSong, O.によってタンパク質の相互作用の解析を目的として開発された酵母Two-Hybrid System(非特許文献2)は、転写因子であるGAL4タンパク質のDNA結合領域と転写活性化領域が分離可能であることを利用している。GAL4のDNA結合領域と任意のタンパク質Aを融合したタンパク質と、転写活性化領域とタンパク質Bの融合タンパク質を同時に発現させる。そこで、タンパク質Aとタンパク質Bが相互作用する場合のみ、両融合タンパク質が会合して、一つの転写因子としての働きを示し、遺伝子の発現を調節することができる。ほとんどの転写制御因子は、DNA結合領域や転写調節領域を切り離して別のタンパク質に融合してもその機能を失うことなく、特定の塩基配列に結合したり、転写を促進・抑制することができる。即ち、GAL4のDNA結合領域や転写活性化領域を他の転写因子のそれらと置き換えてTwo-Hybrid Systemを構築することが可能である。
【0004】
抗体は、その物質に特異的に結合するという性質を利用して、疾病診断検査、抗体医薬、環境モニタリング、食品品質管理などへの応用が試みられてきた。現在では、タンパク質をはじめ、あらゆる物質に結合する抗体の作製方法が確立され、抗体を作製できない物質はないといっても過言ではない。さらに近年、遺伝子工学の発展に伴い、抗体遺伝子の取得が容易となったことから抗体工学が急速に発展し、抗原との結合において重要な役割を果たしている重鎖可変領域(VH)並びに軽鎖可変領域(VL)断片を単離して、利用することができるようになった。これにより、抗体断片の大量生産や、抗体を用いた組換えタンパク質の作製も容易となった。特に、VHとVL断片は、各々が抗原に結合する能力を有しており、抗体機能を有する最小単位のポリペプチドと言える。抗原が存在する場合、VHとVL断片が抗原と結合し、Three-Hybridを形成することが知られている。オープンサンドイッチ免疫化学測定法(ELISA)はこの性質を利用したものである(非特許文献3)。
【0005】
しかしながら、抗体可変領域と、DNA結合タンパク質または転写活性因子とを融合した組換え遺伝子を利用する遺伝子発現調節システムについては、これまでに一切報告されておらず、また先行技術文献にもそのようなシステムに関する示唆はない。

【特許文献1】特開2004-089068号公報
【特許文献2】特開20060-129733号公報
【非特許文献1】Kodama, S. et al. Aryl hydrocarbon receptor (AhR)-mediated reporter gene expression systems in transgenic tobacco plants. Planta (2007)
【非特許文献2】Fields, S. and Song, O. A novel genetic system to detect protein-protein interactions. Nature(1989) 340, 245-246
【非特許文献3】Ueda, H. et al. Open sandwich ELISA: A novel immunoassay based on the interaction of antibody variable region. Nature Biotechnology (1996) 14, 1714-1718
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、従来のシステムより優れた、新規で画期的な遺伝子発現調節に用いることのできる発現ベクター、形質転換体、およびそれらを用いた遺伝子発現調節システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明者らは鋭意研究を行い、抗体のVとV断片にそれぞれDNA結合領域あるいは転写活性化領域を結合した組換えタンパク質を作製することにより、抗原(誘導物質)が存在する場合にVとVが会合し、両組換えタンパク質が一つの転写因子としての働きを示して遺伝子の転写を促進又は抑制する遺伝子発現調節システムが得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
従って、本発明は以下を包含する。
項1. 抗体の重鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のいずれか一方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、および
当該抗体の軽鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のうち重鎖可変領域と融合させた方とは別の方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子を含む発現ベクターであって、
前記ベクターを導入した細胞、組織又は個体内において、標的遺伝子の発現を調節することを特徴とするベクター。
項2. 項1に記載の発現ベクターを導入してなる、形質転換体。
項3. 遺伝子発現調節方法であって、
項1に記載の発現ベクターを、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターの下流に標的遺伝子を有する細胞、組織又は個体に導入し、
当該細胞、組織又は個体に、融合させた抗体に特異的な抗原を添加することにより、標的遺伝子の発現を調節する、遺伝子発現調節方法。
項4. 細胞、組織又は個体が有するDNA結合タンパク質に応答するプロモーターおよび標的遺伝子が外来遺伝子である、項3に記載の方法。
項5. 融合させた抗体に特異的な抗原を被験物質として、項1に記載の発現ベクターと、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターと標的遺伝子とを有する細胞、組織又は個体に添加し、当該標的遺伝子の発現を指標として発現量を測定することを特徴とする、被験物質のスクリーニング方法。
項6. 特定の抗体の抗原を誘導物質とする遺伝子発現調節システムであって、
当該抗体の重鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のいずれか一方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、および
当該抗体の軽鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のうち重鎖可変領域と融合させた方とは別の方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、並びに
DNA結合タンパク質に応答するプロモーターおよびその下流にある標的遺伝子を、細胞、組織又は個体において同時に発現させることを特徴とする、遺伝子発現調節システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る抗体分子を用いた遺伝子発現調節方法の画期的な特徴として、以下の3点が挙げられる。(1)目的の誘導物質に結合する抗体さえ取得できれば、どんな物質(タンパク質、有機化学物質、無機化学物質等)をも誘導物質として設定できる。(2)DNA結合タンパク質をこれまでに知られている転写因子のそれと置き換えることにより、標的遺伝子配列を自由に変えることができる。(3)転写調節因子を促進因子または抑制因子とすることによって、遺伝子発現を促進することも抑制することも可能である。
【0010】
上記のような特徴をふまえ、本発明の遺伝子発現調節方法の具体的な応用例として、例えば、次の3点が挙げられる。(1)環境汚染物質、特にダイオキシン類及び内分泌攪乱化学物質に特異的に結合する抗体を用いて構築した本システムにより、汚染物質分解微生物において増殖制御遺伝子の発現を制御することで、バイオレメディエーション分野で問題となっている微生物による二次汚染の回避に貢献できる。(2)疾病マーカー特異的に発現するマーカータンパク質に対する抗体を用いることで、マーカータンパク質の増減に応じて治療遺伝子の発現を制御する遺伝子治療ベクターに応用できる。(3)生体における化学物質やタンパク質の局在をモニターできる実験手法としての応用も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
発現ベクター
本発明の発現ベクターは、1.抗体の重鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のいずれか一方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、および、2.当該抗体の軽鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のうち重鎖可変領域と融合させた方とは別の方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子の2つの組換えタンパク質遺伝子を含む。
【0012】
例えば、これらは、抗体の重鎖可変領域と転写制御因子を融合させた組換えタンパク質遺伝子、および当該抗体の軽鎖可変領域とDNA結合タンパク質と融合させた組換えタンパク質遺伝子からなるものであってもよいし、あるいは、抗体の重鎖可変領域とDNA結合タンパク質を融合させた組換えタンパク質遺伝子、および当該抗体の軽鎖可変領域と転写制御因子と融合させた組換えタンパク質遺伝子からなるものであってもよい。
【0013】
本発明のベクターの作用は、当該ベクターを導入した細胞、組織又は個体内(以下これを「被導入体」と称することがある)において、抗体に特異的な抗原の存在下で、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターの下流にある標的遺伝子の発現を調節することである。
【0014】
ここで、抗体の重鎖可変領域と軽鎖可変領域としては、同じ抗体由来の抗体の重鎖可変領域断片および軽鎖可変領域断片を単離したものを用いることができる。本発明において用いる抗体に特に制限はなく、遺伝子工学的に製造したもの等を目的に合わせて適宜選択すればよい。
【0015】
本発明で用いるDNA結合タンパク質は、遺伝子プロモーター結合能を有するタンパク質であれば特に限定はなく、標的遺伝子の上流にあるプロモーターに合わせて適宜決定できる。具体的には、例えば、大腸菌リプレッサー(LexA)、GAL4、ラクトースリプレッサー、テトラサイクリンリプレッサー、エストロジェン受容体、グルココルチコイド受容体、アリルハイドロカーボン受容体などのDNA結合領域などが挙げられる。
【0016】
また、本発明で用いる転写制御因子は、標的遺伝子の転写活性を促進または抑制する因子であれば特に限定はなく、様々な転写制御因子を使用できる。例えば、単純ヘルペスウィルス転写制御因子(VP16)の転写活性化領域、エストロジェン受容体、グルココルチコイド受容体、アリルハイドロカーボン受容体などの転写活性化領域、ラクトースリプレッサー、テトラサイクリンリプレッサーなどの転写抑制領域などを用いることができ、好ましくは、VP16の転写活性化領域を用いることができる。
【0017】
抗体の可変領域およびDNA結合タンパク質または転写制御因子を融合させた組換えタンパク質遺伝子は、公知の遺伝子工学的方法を用いて作成することができる。より具体的には、例えば、抗体産生細胞からmRNAを抽出し、5′-RACE(Rapid amplification of cDNA ends)PCR法などによりcDNAを増幅し、さらに、抗体特異的プライマーを用いて可変領域断片をクローニングすることにより得ることが可能である。また、シークエンス反応により塩基配列を決定し、制限酵素処理などにより組換えタンパク質遺伝子を作製することなどによっても得られる。
【0018】
上記組換えタンパク質遺伝子の合成DNAは、例えば、シグマ アルドリッチ(株)などにおいて委託合成できる。融合工程は、例えば、実験書(サムブルック(Sambrook, J.)らのMolecular Cloning:A Laboratory Manual 第3版)などに従って行える。
【0019】
本発明の発現ベクターは、その他、通常ベクターが備えるプロモーター、形質転換用マーカー遺伝子、制限酵素切断部位、ターミネーターなどを備えていればよい。これらのプロモーター、形質転換用マーカー遺伝子、制限酵素切断部位、ターミネーターなどは、発現ベクターを導入する被導入体で機能するものであれば、制限なく使用することができる。
遺伝子発現調節方法
本発明の遺伝子発現調節方法は、前記発現ベクターを、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターの下流に標的遺伝子を有する細胞、組織又は個体(被導入体)に導入して、当該被導入体に、融合させた抗体に特異的な抗原を添加することにより、標的遺伝子の発現を調節することを特徴とする、遺伝子発現調節方法である。
【0020】
ここで、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターとは、本発明の発現ベクターが有するDNA結合タンパク質に応答性のプロモーターであれば特に限定されず、いかなるものであってもよい。具体的には、例えば、LexA、GAL4、ラクトースリプレッサー、テトラサイクリンリプレッサー、エストロジェン受容体、グルココルチコイド受容体、アリルハイドロカーボン受容体などのDNA結合タンパク質が結合しうるDNA配列などが挙げられる。当該プロモーターは、導入する対象物の内在性のものでも、また外来性のものでもよい。
【0021】
また、前記プロモーターの下流にある標的遺伝子とは、これを有する被導入体にmRNA、及び任意にタンパク質を産出するように翻訳され得るものであれば如何なるものであってもよい。具体的には、導入する対象物の内在性のものでも、また外来性のものでもよい。また、染色体上に存在する遺伝子でも、染色体外のものでもよい。外来性のものとしては、例えば、被導入体に感染可能な動物、植物、ウィルス、バクテリア、真菌または原生動物由来のもの等が挙げられる。その機能については、既知のものでも、未知のものでもよく、また、他生物の細胞内では機能が既知であるが、被導入体内では機能が未知のもの等でもよい。
【0022】
発現ベクターを導入する被導入体としては、前記標的遺伝子がその細胞内でRNAに転写、またはタンパク質に翻訳され得るものであれば如何なるものであってもよい。具体的には、本発明で用いる被導入体は、細胞、組織、あるいは個体を意味する。
【0023】
本発明に用いられる細胞としては、生殖系列細胞、体性細胞、分化全能細胞、多分化能細胞、分割細胞、非分割細胞、実質組織細胞、上皮細胞、不滅化細胞、または形質転換細胞等何れのものであってもよい。組織としては、単一細胞胚または構成性細胞、または多重細胞胚、胎児組織等を含む。このような細胞の具体例としては、幹細胞、線維芽細胞、肝細胞、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、ケラチノサイト、メラノサイト、肝癌細胞、子宮頚癌細胞、カルス等が好ましく用いられる。
【0024】
さらに、本発明で被導入体として用いられる個体として、具体的には、植物、動物、原生動物、ウィルス、バクテリア、または真菌種に属するもの等が挙げられる。植物は単子葉植物、双子葉植物または裸子植物であってよく、動物は、脊椎動物または無脊椎動物であってよい。本発明の被導入体として好ましい微生物は、農業で、または工業によって使用されるものである。真菌には、カビ及び酵母形態両方での生物体が含まれる。
【0025】
被導入体へのベクターの導入法としては、被導入体が細胞、あるいは組織の場合は、塩化リチウム法(Ito, H. et al. Transformation of intact yeast cells treated with alkali cations. Journal of Bacteriology (1983) 153(1), 163-8)、塩化カルシウム法(Cohen et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69:2110(1972))、プロトプラスト法(Mol. Gen. Genet., 168:111(1979))、コンピテント法(J. Mol. Biol., 56:209(1971))、カルシウムフォスフェート法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、ウィルス感染あるいは形質転換法等が用いられる。また、胚に導入する方法としては、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション法、あるいはウィスル感染等が挙げられる。被導入体が植物の場合には、植物体の体腔または間質細胞等への注入または灌流、噴霧、アグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法、あるいはパーティクルボンバードメント法による方法が用いられる。また、動物個体の場合には、経口、局所、(皮下、筋肉内及び静脈内投与を含む)非経口、経膣、経直腸、経鼻、経眼、腹膜内投与等によって全身的に導入する方法、あるいはエレクトロポレーション法やウィルス感染等が用いられる。
【0026】
融合させた抗体に特異的な抗原とは、本発明の発現ベクターが有する抗体に特異的な抗原を意味する。具体的には、当該抗体に特異的に結合し得る物質であれば、特に限定されず、タンパク質、高分子・低分子有機化合物、無機化合物等から、目的に応じて幅広く選択できる。
【0027】
本発明において、標的遺伝子の発現調節とは、標的遺伝子の転写を促進又は抑制(阻害)することを意味する。
【0028】
標的遺伝子の発現調節の程度は、標的遺伝子のRNAの蓄積、または標的遺伝子によってコードされるタンパク質の産出量を、本発明の発現ベクターの導入体への抗原の無処理と処理において比較することにより測定することができる。mRNA量は、それ自体既知の通常用いられる方法により測定することができる。具体的には、例えば、ノーザンブロッティング法、RT(逆転写)-PCR法等を用いて行うことができる。また、タンパク質の産生量は、標的遺伝子がコードするタンパク質を抗原とする抗体によるウェスタンブロッティング法や、標的遺伝子がコードするタンパク質が有する酵素活性を測定すること等により測定することができる。
スクリーニング方法
本発明の遺伝子発現調節方法の応用例として、融合させた抗体に特異的な抗原を被験物質として、本発明の発現ベクターと、DNA結合タンパク質に応答するプロモーターと標的遺伝子とを有する細胞、組織又は個体に添加し、当該標的遺伝子の発現を指標として発現量を測定することによって、被験物質をスクリーニングする方法等が挙げられる。
【0029】
本発明のスクリーニング方法によれば、標的遺伝子の酵素活性を色素の沈着や蛍光、発光などによって行い、肉眼、顕微鏡等で観察することにより、生体における化学物質やタンパク質などの局在をモニターすることも可能である。
遺伝子発現調節システム
本発明はさらに、特定の抗体の抗原を誘導物質とする遺伝子発現調節システムであって、1.当該抗体の重鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のいずれか一方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、2.当該抗体の軽鎖可変領域と、DNA結合タンパク質または転写調節因子のうち重鎖可変領域と融合させた方とは別の方とを融合させた組換えタンパク質遺伝子、並びに、3.DNA結合タンパク質に応答するプロモーターおよびその下流にある標的遺伝子を、細胞、組織又は個体において同時に発現させることを特徴とする、遺伝子発現調節システムを提供する。本発明の遺伝子発現調節システムの一実施態様として、図1に概略図で示されたようなシステムが挙げられる。
【0030】
ここで、「誘導物質」とは、本発明の発現ベクターが有する抗体に特異的な抗原を意味する。本システムに誘導物質を添加することにより、図1に示されるように、転写制御因子と融合させた方の抗体可変領域がもう一方の抗体可変領域(すなわち、DNA結合タンパク質と融合させた抗体可変領域)と結合し、全体が一つの転写因子として働き、DNA結合タンパク質応答性プロモーターの下流にある標的遺伝子の転写活性を抑制または促進できる。
【0031】
つまり、本発明の遺伝子発現調節システムは、用いる抗体と標的遺伝子の組み合わせを適宜選択することにより、様々な用途に用いることが可能である。
【0032】
例えば、本発明の遺伝子発現調節システムを用いることにより、環境汚染物質、特にダイオキシン類及び内分泌攪乱化学物質に特異的に結合する抗体を用いて構築した本システムにより、汚染物質分解微生物において増殖制御遺伝子の発現を制御することで、バイオレメディエーション分野で問題となっている微生物による二次汚染の回避に貢献できる。また、疾病マーカー特異的に発現するマーカータンパク質に対する抗体を用いることで、マーカータンパク質の増減に応じて治療遺伝子の発現を制御する遺伝子治療ベクターに応用することも可能である。
【0033】
以下に、本システムで用いることができる抗体と標的遺伝子の組み合わせをいくつか例示する。
(具体例1)
抗体:抗グルコース抗体
標的遺伝子:インシュリン
グルコース存在下でインシュリンの発現が誘導される。本システムを導入した腸内細菌や哺乳動物細胞を作製することにより、血中グルコース量が増加したときにインシュリンを産生する糖尿病治療用細胞を作製することができる。
(具体例2)
抗体:抗腫瘍マーカー(CEA等)抗体
標的遺伝子:サイトカイニンTNFa等の腫瘍壊死因子
腫瘍マーカーCEA存在下で腫瘍壊死因子TNFaの発現が誘導される。本システムを導入した哺乳動物細胞を作成することにより、腫瘍マーカーが増加しているときに腫瘍壊死因子を合成するガン治療用細胞を作製することができる。
(具体例3)抗体:抗エストロジェン抗体
標的遺伝子:GFP(Green Fluorescent Protein)等のレポーター
女性ホルモンエストロジェン存在下でGFPの発現が誘導される。本システムを導入したトランスジェニックマウスを作製して、GFP蛍光を観察し、女性ホルモンが存在する組織や細胞をリアルタイムでモニターすることで、分子生物学研究における新しい知見を得ることができる。
(具体例4)
抗体:抗リン酸オセルタミビル抗体
標的遺伝子:GFP等のレポーター
タミフルの主成分リン酸オセルタミビル存在下でGFPの発現が誘導される。本システムを導入したトランスジェマウスを作製して、GFP蛍光を観察し、リン酸オセルタミビルが存在する組織や細胞をリアルタイムでモニターすることで、タミフルの薬物動態における新しい知見を得ることができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
(方法)
抗体可変領域を用いた組換えタンパク質を酵母で発現するためのプラスミドの構築
抗ビスフェノールA抗体BBA-2187のVHとVL(特開2002-253259号公報)にLexA DNA結合領域あるいはVP16転写活性化領域を結合した組換えタンパク質遺伝子を構築した。具体的には、LexA遺伝子はpER8XEVプラスミドを鋳型として、VP16遺伝子はpX6XEVプラスミドを鋳型として、それぞれの遺伝子の両端に特異的なプライマー(制限酵素切断部位を含む)でPCRを行い、増幅断片をベクターに挿入した。増幅断片のDNA配列を確認後、制限酵素により切断し、酵母発現ベクターに挿入した。それに、核移行シグナル(NLS)や制限酵素処理した抗体遺伝子を挿入し、抗体転写因子遺伝子を構築した。構築した全32種類の組換えタンパク質遺伝子を図2に示す。
【0035】
LexA DNA結合領域を含む遺伝子を酵母発現ベクターpESC-TRP(Stratagene)の、VP16転写活性化領域を含む遺伝子をpECS-HIS(Stratagene)のGAL1プロモーターとCYC1ターミネーターの間に挿入し、発現プラスミドを構築した。
酵母の形質転換
構築した発現プラスミドを用いて、酵母L40株(LexA応答性プロモーターの下流にlacZ遺伝子を保持した組換え酵母菌株)(Invitrogen)を塩化リチウム法(Ito, H. et al. Transformation of intact yeast cells treated with alkali cations. Journal of Bacteriology (1983) 153(1), 163-8)で形質転換し、SD-HIS-TRP培地にて組換え酵母の選抜を行った。全32種類の組換えタンパク質を、LexA DNA結合領域を有するものとVP16転写活性化領域を有するものとを組み合わせて、全128種類の酵母菌株を取得した。
lacZ活性測定
組換え酵母菌を2mL SD-HIS-TRP(2%グルコース)培地で30℃、一昼夜培養したのち、ビスフェノールAを含む2mL SD-HIS-TRP(2%ガラクトース)培地で30℃、24時間培養した。
菌体を1mLの培養液から遠心分離により集菌した後、1mL Zバッファー(60mM Na2HPO4、40mM NaH2PO4、1mM MgSO4、10mM KCl、35mM s-メルカプトエタノール)に懸濁した。再度遠心分離にて集菌し、445μLのZバッファーに懸濁し、20μLクロロホルムと35μL 0.1%SDSを加えて攪拌し、これを酵素液とした。酵素液100μLに20μLの4mg/ml O-Nitrophenylgalactoside(ONPG)を加えて28℃で保温した。黄色に着色したら50μLの1M Na2CO3を加えて反応を停止した。反応液200μLを96穴プレートに移し、マイクロプレートリーダー(MTP-500、Corona)で415nmの吸光度を測定した。lacZ活性は以下の式にて算出した。lacZ活性(unit / mL・OD600)= OD415×1000 / OD600×反応時間(分)×酵素液(mL)
(結果)
全32種類の組換えタンパク質を、LexA DNA結合領域を有するものとVP16転写活性化領域を有するものとを組み合わせて、全128通りの組み合わせの組換え酵母菌株を作製した。そのうち、LexA DNA結合領域とVLを融合したXL及びVHとVP16転写活性化領域を融合したHPを発現した組換え酵母にビスフェノールAを処理した場合、処理しない場合に比べてlacZ活性が約208倍増加した(図3)。以上の結果から、抗体のVHとVLを用いて、その抗体の抗原を誘導物質とする遺伝子発現調節因子を創製することができることが示された。
【0036】
LexA DNA結合領域とVP16転写活性化領域にはNLSは含まれておらず、組換えタンパク質にNLSを付加することが核移行に必要であると予想したが、本組換えタンパク質の核移行にNLSは必要不可欠ではなかった。40kDaよりも小さい物質は核膜孔を通過して自由拡散にて核内に移行することができることから、26kDa未満の本組換えタンパク質は自由拡散で核内に移行できると推定できる。
【0037】
本発明の、抗体分子を用いた遺伝子発現調節システムの画期的な特徴として、以下の3点が挙げられる。(1)目的の誘導物質に結合する抗体さえ取得できれば、どんな物質(タンパク質、有機化学物質、無機化学物質等)をも誘導物質として設定できる。(2)DNA結合領域をこれまでに知られている転写因子のそれと置き換えることにより、標的DNA配列を自由に変えることができる。(3)転写活性化領域を抑制領域と置き換えることによって、遺伝子発現を抑制することも可能である。
実施例2
<方法>
抗体可変領域を用いた組換えタンパク質を酵母で発現するためのプラスミドの構築
抗PCB80(3,3',5,5'-Tetrachlorobiphenyl)抗体Mab-4444(特開2005-247822号公報)を産生するハイブリドーマ細胞からVHとVLをそれぞれクローニングし、そのDNA配列並びに推定アミノ酸配列を決定した(図4)。次に、VHとVLにLexA DNA結合領域あるいはVP16転写活性化領域を結合した組換えタンパク質遺伝子を構築した。具体的にLexA遺伝子はpER8XEVプラスミドを鋳型として、VP16遺伝子はpX6XEVプラスミドを鋳型として、それぞれの遺伝子の両端に特異的なプライマー(制限酵素切断部位を含む)でPCRを行い、増幅断片をベクターに挿入した。増幅断片のDNA配列を確認後、制限酵素により切断し、酵母発現ベクターに挿入した。それに、NLSや制限酵素処理した抗体遺伝子を挿入し、抗体転写因子遺伝子XNH/NPLを構築した。LexA DNA結合領域を含む遺伝子を酵母発現ベクターpESC-TRP(Stratagene)の、VP16転写活性化領域を含む遺伝子をpECS-HIS(Stratagene)のGAL1プロモーターとCYC1ターミネーターの間に挿入し、発現プラスミドを構築した。
【0038】
酵母の形質転換
構築した発現プラスミドを用いて、酵母L40株(LexA応答性プロモーターの下流にlacZ遺伝子を保持した組換え酵母菌株)(Invitrogen)を塩化リチウム法(Ito, H. et al. Transformation of intact yeast cells treated with alkali cations. Journal of Bacteriology (1983) 153(1), 163-8)で形質転換し、SD-HIS-TRP培地にて組換え酵母の選抜を行った。
【0039】
lacZ活性測定
組換え酵母菌を2mL SD-HIS-TRP(2%グルコース)培地で30℃、一昼夜培養したのち、PCB80を含む2mL SD-HIS-TRP(2%ガラクトース)培地で30℃、24時間培養した。菌体を1mLの培養液から遠心分離により集菌した後、1mL Zバッファー(60mM Na2HPO4、40mM NaH2PO4、1mM MgSO4、10mM KCl、35mM β-メルカプトエタノール)に懸濁した。再度遠心分離にて集菌し、445μLのZバッファーに懸濁し、20μLクロロホルムと35μL 0.1%SDSを加えて攪拌し、これを酵素液とした。酵素液100μLに20μLの4mg/ml O-Nitrophenylgalactoside(ONPG)を加えて28℃で保温した。黄色に着色したら50μLの1M Na2CO3を加えて反応を停止した。反応液200μLを96穴プレートに移し、マイクロプレートリーダー(MTP-500、Corona)で415nmの吸光度を測定した。lacZ活性は以下の式にて算出した。
lacZ活性(unit / mL・OD600)= OD415×1000 / OD600×反応時間(分)×酵素液(mL)
<結果>
LexA-NLS-VHとNLS-VP16-VLを持つ組換え酵母菌株を作製した。本組換え酵母菌株に100ng/mLのPCB80を処理した場合、処理しない場合(DMSO、PCB80の溶媒)に比べてlacZ活性が約1.7倍に有意に増加した(図5)。さらに、処理するPCB80の濃度を1000ng/mLまで増加させた場合、濃度依存的にLacZ活性が上昇した(図6)。また、4時間のPCB80処理においてLacZ活性が有意に上昇し、その後16時間まで直線的に活性が上昇した(図7)。本組換え酵母菌株はPCB80の他にモノクローナル抗体の交差反応性が高いPCB169に対してわずかに交差反応性を示し、LacZ活性が上昇した(図8)。以上の結果から、抗ビスフェノールA抗体だけでなく、抗PCB80抗体のVHとVLを用いて場合も同様に、その抗体の抗原を誘導物質とする遺伝子発現調節因子を創製することができることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】図1は、本発明の遺伝子発現調節システムの一態様を示す概略図である。
【図2】図2は、実施例において実際に構築した組換えタンパク質である。
【図3】図3は、組換え酵母における活性が上がったことを示すグラフである。
【図4】図4は、抗PCB80抗体Mab-4444のVL(A)及びVH(B)領域のDNA配列並びに推定されるアミノ酸配列を示す図である。
【図5】図5は、PCB80を処理した組換え酵母XNH/NPLにおけるLacZ活性である。
【図6】図6は、PCB80を処理した組換え酵母XNH/NPLにおける濃度依存的LacZ活性である。
【図7】図7は、組換え酵母XNH/NPLにおけるPCB80処理時間に伴うLacZ活性である。
【図8】図8は、各種PCB同族体を処理した組換え酵母XNH/NPLにおけるLacZ活性。
図面
【図4】
0
【図5】
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【図6】
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【図7】
3
【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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