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明細書 :多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5515139号 (P5515139)
公開番号 特開2010-098950 (P2010-098950A)
登録日 平成26年4月11日(2014.4.11)
発行日 平成26年6月11日(2014.6.11)
公開日 平成22年5月6日(2010.5.6)
発明の名称または考案の名称 多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地
国際特許分類 C12Q   1/04        (2006.01)
C12N   1/20        (2006.01)
C12R   1/385       (2006.01)
FI C12Q 1/04
C12N 1/20 A
C12Q 1/04
C12R 1:385
C12N 1/20 A
C12R 1:385
請求項の数または発明の数 6
全頁数 21
出願番号 特願2008-270620 (P2008-270620)
出願日 平成20年10月21日(2008.10.21)
審査請求日 平成23年10月21日(2011.10.21)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
発明者または考案者 【氏名】川村 久美子
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
審査官 【審査官】白井 美香保
参考文献・文献 特開2000-116397(JP,A)
国際公開第2008/084409(WO,A1)
特開2007-061090(JP,A)
特開平07-000181(JP,A)
Scand. J. Infect. Dis.,2006年,vol.38 no.4,pp.268-272
J. clin. Path.,1965年,vol.18,pp.752-756
ANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY,1996年,vol.40 no.3,pp.677-683
薬事,2006年,vol.48 no.10,pp.47-52
日本臨牀,2002年,vol.60 no.11,pp.2150-2155
日本内科学会雑誌,2007年,vol.96 no.11,pp.83-87
JOURNAL OF CLINICAL MICROBIOLOGY,2001年,vol.39 no.12,pp.4445-4451
Scand. J. Infect. Dis.,2006年,vol.38 no.4,p.268 要旨
日本臨床微生物学雑誌,2012年,vol.22 no.2,pp.126-134
日本臨床微生物学雑誌,2009年,vol.19 no.4,pp.220-229
調査した分野 C12Q 1/00-3/00
CA/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CiNii
特許請求の範囲 【請求項1】
NAC(Nalidic-Acid,
Cetrimide)培地にカルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬が添加されてなる、多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地であって、
カルバペネム系抗菌薬がイミペネムであり、フルオロキノロン系抗菌薬がシプロフロキサシンであり、アミノ配糖体系抗菌薬がアミカシンであり、
シプロフロキサシンの添加濃度が1μg/mL、アミカシンの添加濃度が12μg/mL、イミペネムの添加濃度が16~32μg/mLである、
ことを特徴とする、多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
【請求項2】
CHROM
agar TM Pseudomonasにカルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬が添加されてなる、多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地であって、
カルバペネム系抗菌薬がイミペネムであり、フルオロキノロン系抗菌薬がシプロフロキサシンであり、アミノ配糖体系抗菌薬がアミカシンであり、
シプロフロキサシンの添加濃度が1μg/mL、アミカシンの添加濃度が1μg/mL、イミペネムの添加濃度が4~8μg/mLである、
ことを特徴とする、多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
【請求項3】
前記3系統の抗菌薬に加え、第三世代セフェム系抗菌薬が添加されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
【請求項4】
生培地であることを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
【請求項5】
ペトリ皿に分注されていることを特徴とする、請求項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地を用いて多剤耐性緑膿菌を検出することを特徴とする、多剤耐性緑膿菌の検出法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は多剤耐性緑膿菌を選択的に検出するための培地(多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地)及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)はグラム陰性の桿菌で、土壌や水中、植物などの自然界に広く生息している細菌である。通常は弱毒菌であり、健常人に感染症を発症させることはまれであるが、手術後患者や高齢者など免疫状態が低下した易感染患者に対しては、肺炎、尿路感染症、菌血症などの日和見感染症を引き起こすことが知られている(非特許文献1)。さらに、病院においては、インキュベーターや流しなどの湿潤環境やカテーテルなどのデバイスに容易に定着し、易感染患者に感染を引き起こすことから院内感染起因菌としても重要である(非特許文献2、3)。緑膿菌による院内感染は、methicillinresistant Staphylococcus aureus (MRSA)やvancomycin resistant Enterococcus (VRE)に比べその頻度は少ないが、菌体成分lipopolysaccharide(LPS)によりエンドトキシンショックを起こすこともあり、患者の予後や死亡率を悪化させる要因の一つとして格段の注意を要する(非特許文献4)。これら緑膿菌感染症の治療薬としては、現在、カルバペネム系抗菌薬、アミノ配糖体系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬が多く用いられているが、近年、これらの抗菌薬全てに対して耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌(multi-drug resistant P. aeruginosa;MDRP)が検出されるようになり、医療現場において大きな問題となっている(非特許文献5)。
【0003】
MDRPは、その最小発育阻止濃度(minimal inhibitory concentration;MIC)がアミカシン≧32μg/ml、イミペネム≧16μg/ml、シプロフロキサシン≧4μg/mlを示す緑膿菌(非特許文献3)であり、1990年代から本菌によるアウトブレイクが報告されるようになった(非特許文献6)。その後も複数の医療施設からMDRPによる院内感染の報告が相次ぎ、2001年には最初の死亡事例も報告された(非特許文献7)。このような事態を背景に1999年4月に施行された「感染症法」では、4類疾患感染症の病原体の中に「薬剤耐性緑膿菌」として指定され、その後、2003年11月の感染症法改正では薬剤耐性緑膿菌感染症を「5類感染症定点把握疾患」と定め、各医療施設における監視が強化されるに至った(非特許文献8)。現在、MDRPの検出率は、国内では1施設あたり1~数%程度と推定され、MRSAやVREに比べ低い値となっているが、年間総報告数は年々増加傾向を示しており(非特許文献9)、適切な抗菌薬治療のため、また院内環境におけるMDRP蔓延防止のため、正確かつ迅速なMDRP検出法の開発が求められている。
【0004】

【特許文献1】特開平7-303477号公報
【非特許文献1】M.I.Gomez., A.Prince. 2007. Current Opinion in Parmacology. 7: 244-251
【非特許文献2】T.Kikuchi., G.Nagashima.et al. 2005. Journal of Hospital Infection. 65: 54-57
【非特許文献3】J.Sekiguchi., T.Asagi.et al. 2007. Journal of Clinical Microbiology. 45: 979-989
【非特許文献4】C.Galanos., M.Freudenberg.,W.Reutter. et al. 1979. Medical Sciences. 11: 5939-5943
【非特許文献5】A.Tsuji., I.Kobayashi.,T.Oguri. et al. 2005. J Infect Chemother. 11: 64-70
【非特許文献6】D.M.Livemore.2002. Clinical Infectious Diseases. 34: 634-640
【非特許文献7】J.Sekiguchi., T.Asagi.et al. 2005. Infect Antimicrob.Agents Chemother. 49: 3734-3742
【非特許文献8】岡部信彦. 2002.ウイルス. 54: 249-254
【非特許文献9】T.Kirikae.,Y.Mizuguchi., Y.Arakawa 2008. Journal of Antimicrobial Chemotherapy. 61: 612-615
【非特許文献10】M.Ohara.,S.Kouda., M.Onodera. et al. 2007. Microbiol Immunol. 51: 271-277
【非特許文献11】N.Shibata.,Y.Doi., K.Yamane. et al. 2003. Journal of Clinical Microbiology. 41: 5407-5413
【非特許文献12】J.Kluytmans.,A.V.Griethuysen.et al. 2002. Journal of Clinical Microbiology .40: 2480-2482
【非特許文献13】I.Nahimana.,P.Francioli.,D.S.Blanc. 2006. Clin Microbiol Infect. 12: 1168-1174
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般の微生物検査室においては、分離培養、確認試験及び薬剤感受性試験の結果からMDRPを特定しており、材料が提出されてから同定されるまで約3~4日の時間を要している。さらにMDRPは感受性株に比べ増殖が遅い傾向にあるため、検査時間を延長しなければならないこともあり、治療の遅れにつながりかねないのが現状である。一方、各種薬剤耐性遺伝子をPCR法にて検出する方法もあるが(非特許文献10、11)、日常検査として実施している施設は限られている。すでに、同じ院内感染起因菌であるMRSAやVREについては、迅速検出法としてスクリーニング培地が開発されており、臨床検査における有効性も実証されている(非特許文献12、13)。スクリーニング培地は材料から直接目的菌のみを検出することができる簡便で優れた迅速検出法であり、日常の微生物検査のみならず、院内感染対策のための環境調査にも広く用いられており、その有用性は高い。MDRPの検出においても、このような簡便かつ迅速な測定法の導入が望まれているが、未だ確立された方法はない。尚、上掲の特許文献1には薬剤耐性菌用の培地が開示されているが、当該培地は薬剤耐性緑膿菌を選択的に検出できるものではない。また、多剤耐性緑膿菌に関する言及もない。
そこで本発明の課題は、迅速且つ簡便にMDRPを検出することを可能にするMDRPスクリーニング培地及びその用途(MDRP検出法)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく本発明者は、調製が容易であることを重視し、緑膿菌選択培地(基礎培地)に3種の抗菌薬(カルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬)を添加することによってMDRPスクリーニング培地を構築するとの戦略を立て、種々の検討を行った。まず、緑膿菌(耐性菌)及び近縁の細菌を用い、市販の基礎培地の選択性及び検出感度を比較した。この際、培地の調製時に抗菌薬を添加できるという条件を優先し、最終的に、粉末で市販されている基礎培地を選抜した。一方、カルバペネム系抗菌薬としてイミペネムを、フルオロキノロン系抗菌薬としてシプロフロキサシンを、そしてアミノ配糖体系抗菌薬としてアミカシンをそれぞれ採用した上で、これら3種の抗菌薬の間に相乗効果がないことを確認した。次に、選抜した基礎培地への3種の抗菌薬(イミペネム、シプロフロキサシン、アミカシン)の添加濃度と検出感度及び特異度との関係を受信者動作特性曲線(receiver operating characteristic curve, ROC曲線)を用い検討・評価した。また、選抜した基礎培地に3種の抗菌薬を添加して構築した培地の安定性を検討・評価した。さらには、選抜した基礎培地が含有するセトリミド(緑膿菌が抵抗性を示す成分)の濃度と検出感度及び特異度との関係を検討・評価した。以上の一連の検討・評価の結果、以下の知見がもたらされた。
(1)緑膿菌選択培地に3種の抗菌薬(カルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬)を添加することが、検出感度及び特異度に優れたMDRPスクリーニング培地の構築に有効である。
(2)NAC培地又はCHROM agarTM Pseudomonasを基礎培地にすると、実用に耐えうるMDRPスクリーニング培地を構築できる。
(3)選抜した基礎培地に3種の抗菌薬(イミペネム、シプロフロキサシン、アミカシン)を添加して構築した培地は安定性に優れ、臨床現場での使用に十分耐えられるものである。
(4)検出感度及び特異度の点より、3種の抗菌薬の添加濃度を、シプロフロキサシン≦アミカシン<イミペネム、とするとよい。
(5)セトリミドの濃度は特異度に影響する一方、検出感度への影響は比較的小さい。
(6)NAC培地をベースにしたスクリーニング培地は、耐性の高いMDRPの検出に特に有効である。
【0007】
本発明は以上の成果に基づき完成されたものであり、次の通りである。
[1]緑膿菌選択培地にカルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬が添加されてなる、多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[2]緑膿菌選択培地がセトリミドを含有することを特徴とする、[1]に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[3]緑膿菌選択培地がNAC(Nalidic-Acid, Cetrimide)培地であることを特徴とする、[2]に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[4]緑膿菌選択培地がCHROM agarTM Pseudomonasであることを特徴とする、[1]に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[5]カルバペネム系抗菌薬がイミペネムであり、フルオロキノロン系抗菌薬がシプロフロキサシンであり、アミノ配糖体系抗菌薬がアミカシンであることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか一項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[6]前記3種の抗菌薬の添加量が以下の関係、即ち
シプロフロキサシン≦アミカシン<イミペネム
を満たすことを特徴とする、[5]に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[7]前記3系統の抗菌薬に加え、第三世代セフェム系抗菌薬が添加されていることを特徴とする、[1]~[6]のいずれか一項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[8]生培地であることを特徴とする、[1]~[7]のいずれか一項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[9]ペトリ皿に分注されていることを特徴とする、[8]に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地。
[10][1]~[9]のいずれか一項に記載の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地を用いて多剤耐性緑膿菌を検出することを特徴とする、多剤耐性緑膿菌の検出法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の第1の局面は多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地に関する。「多剤耐性緑膿菌」とは、3系統の抗菌薬(カルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬)の全てに対して耐性を示す緑膿菌である。一般に、緑膿菌として同定され、かつCLSI(Clinical and Laboratory Standards Institute、米国臨床検査標準委員会)の勧告法によって上記3系統の抗菌薬に対して全て耐性の場合(最小発育阻止濃度(minimal inhibitory concentration;MIC)がアミカシン≧32μg/ml、イミペネム≧16μg/ml、シプロフロキサシン≧4μg/mlを示した場合)、多剤耐性緑膿菌であると判定される。尚、以下の説明においては多剤耐性緑膿菌を「MDRP」と称することがある。また、説明の便宜上、本発明の多剤耐性緑膿菌スクリーニング培地を「本発明の培地」と略称することがある。
【0009】
「スクリーニング培地」とは、目的菌(本発明の場合はMDRP)が選択的に発育し、その他の細菌の発育が抑制される培地のことをいう。目的菌のみが発育することが好ましいが、実用上問題のない限りにおいて(即ち、検査材料中にMDRPが存在するか否かの判定が可能である限りにおいて)選択性の程度は問わない。
【0010】
本発明のMDRPスクリーニング培地では緑膿菌選択培地(本明細書において「基礎培地」と呼ぶことがある)にカルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬が添加されている。「緑膿菌選択培地」とは緑膿菌が選択的に発育する培地である。それを用いて構築したMDRPスクリーニング培地がMDRPに関して十分な選択性を発揮する限り、緑膿菌選択培地の選択性は特に限定されない。但し、好ましくは選択性の高い緑膿菌選択培地を用いる。
【0011】
他の細菌は感受性を示し、緑膿菌は抵抗性を示す成分を含む緑膿菌選択培地を採用するとよい。当該成分の一例はセトリミドである。従って、本発明ではセトリミドを含有する緑膿菌選択培地が好適である。後述の実施例に示す通り、セトリミドの含量は主に培地の特異度に影響する。十分な特異度を発揮させるため、セトリミドの含量を好ましくは0.1~1 g/Lとする。セトリミドを含有する培地の一例はNAC(Nalidic-Acid, Cetrimide)培地である。NAC培地とはセトリミド及び抗菌剤のナリジクス酸を含有する培地である。NAC培地の組成(培地1Lあたり)の一例を以下に示す。
ペプトン 2.0 g
リン酸一水素カリウム 0.03 g
硫酸マグネシウム 0.03 g
セトリミド 0.2 g
ナリジクス酸 0.015 g
寒天 15.0 g
【0012】
NAC培地として、NAC agar(栄研化学株式会社)、NAC寒天培地「ニッスイ」(日水製薬株式会社)、NAC寒天培地「ダイゴ」(日水製薬株式会社)が市販されている。このような市販のNAC培地を緑膿菌選択培地として採用することができる。
【0013】
NAC培地の他にも現在いくつかの緑膿菌選択培地が市販されており、これらのいずれかを本発明における緑膿菌選択培地として利用することができる。市販の緑膿菌選択培地の例を示すと、セトリミド培地(セトリミド寒天培地(ビオメリュー社)、セトリミド寒天培地(OXOID社)、セトリミド寒天培地「ダイゴ」(日水製薬株式会社))、シュードモナス寒天基礎培地(OXOID社)、CHROM agarTM Pseudomonas(関東化学株式会社)である。この中でもCHROM agarTM Pseudomonasを用いることが好ましい。
【0014】
各種成分を混合することによって構築した緑膿菌選択培地を用いることにしてもよい。その場合に用いられる成分としては、各種エキス(肉エキス、酵母エキスなど)、タンパク質分解物(肉ペプトン、カゼインペプトン、カゼイン酸加水分解物、大豆ペプトン等)、各種塩(リン酸一水素カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、硫酸カリウム等)、セトリミド、ナリジクス酸、寒天が挙げられる。各成分の含量の例を示すと、エキス:1~100 g/L、タンパク質分解物:1~100 g/L、塩:1~20 g/L(リン酸一水素カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、硫酸カリウム等)、セトリミド:0.1~1 g/L、ナリジクス酸:0.005~0.05 g/L、寒天:5~20 g/Lである。以上の各成分は適宜取捨選択されるものである。例えば、タンパク質分解物(2種以上を併用してもよい)、塩(2種以上を併用してもよい)、セトリミド及び寒天を用いて緑膿菌選択培地を調製することができる。
【0015】
本発明では緑膿菌選択培地に3系統の抗菌薬、即ちカルバペネム系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬及びアミノ配糖体系抗菌薬が添加される。カルバペネム系抗菌薬の例はイミペネム、パニペネム、メロペネム、ビアペネム、ドリペネムであり、フルオロキノロン系抗菌薬の例はシプロフロキサシン、レボフロキサシン、オフロキサシン、ノルフロキサシン、トスフロキサシン、スパルフロキサシンであり、アミノ配糖体系抗菌薬の例はアミカシン、トブラマイシン、アルベカシン、ジベカシンである。典型的には系統毎に1種の抗菌薬を用いるが、同一系統の抗菌薬を2種類以上添加することにしてもよい。一例を示すと、カルバペネム系抗菌薬としてイミペネムとメロペネムを併用する。
【0016】
カルバペネム系抗菌薬の添加量(濃度)は例えば1~50μg/mL、フルオロキノロン系抗菌薬の添加量は例えば0.1~10μg/mL、アミノ配糖体系抗菌薬の添加量は例えば0.1~30μg/mLとする。各抗菌薬の最適な添加量は、後述の実施例の記載を参照することによって当業者であれば容易に決定することができる。
【0017】
好ましくはカルバペネム系抗菌薬としてイミペネムを、フルオロキノロン系抗菌薬としてシプロフロキサシンを、アミノ配糖体系抗菌薬としてアミカシンをそれぞれ採用する。この場合、検出感度及び特異度を高めるため、これら3種の抗菌薬の添加量(濃度)が以下の関係、即ち「シプロフロキサシン≦アミカシン<イミペネム」を満たすことが好ましい。尚、NAC培地(例えばNAC agar(栄研化学株式会社)又はこれと同等の組成の培地)をベースにして構築する場合、好ましくはシプロフロキサシンの添加濃度を約1~約4μg/mL、アミカシンの添加濃度を約8~約48μg/mL、イミペネムの添加濃度を約16~約64μg/mLとする。特に好ましくは、シプロフロキサシンの添加濃度を約1μg/mL、アミカシンの添加濃度を約12μg/mL、イミペネムの添加濃度を約16μg/mL~約24μg/mLとする。一方、CHROM agarTM Pseudomonas又はこれと同等の組成の培地をベースにして構築する場合、好ましくはシプロフロキサシンの添加濃度を約1μg/mL、アミカシンの添加濃度を約1~約4μg/mL、イミペネムの添加濃度を約2~約16μg/mLとする。特に好ましくは、シプロフロキサシンの添加濃度を約1μg/mL、アミカシンの添加濃度を約1μg/mL、イミペネムの添加濃度を約4μg/mL~約8μg/mLとする。
【0018】
本発明の一態様では、上記3系統の抗菌薬に加え、第三世代セフェム系抗菌薬が添加されている。即ち、この態様の培地は4系統の抗菌薬を含有する。当該培地によれば4系統の抗菌薬の全てに対して耐性を示すMDRPの検出が可能となる。第三世代セフェム系抗菌薬の例はセフタジジム、セフピロム、セフェピム、セフォゾプランである。MDRPにはメタロβ-ラクタマーゼ産生型(多くはプラスミド媒介性)とD2ポーリン減少型(染色体性)の2種類の型が存在し、それらの鑑別が可能との理由から、この中でもセフタジジムを採用することが好ましい。2種類以上の第三世代セフェム系抗菌薬を併用することにしてもよい。また、イミペネムとメロペネムといった2種のカルバペネム系抗菌薬を併用することにしてもよい。
【0019】
本発明の培地のpHは、MDRPが発育するpHであれば特に限定されない。例えばpH7.0~7.4とする。また、本発明の培地の形態も特に限定されない。但し、好ましくは生培地(調製済み培地)として本発明の培地は提供される。この場合、典型的にはシャーレ(ペトリ皿)に分注される。種々のサイズのシャーレ(例えばφ9cm、φ6cm)を用いることができる。マルチウェルプレート(例えば6ウェル、12ウェル、96ウェル)や試験管など、シャーレ以外の容器に分注された状態で本発明の培地を提供することもできる。
【0020】
続いて本発明の培地の調製法について説明する。尚、以下に示す調製法は典型的なものにすぎず、種々の変更・改変が可能である。
【0021】
調合済みの緑膿菌選択培地(例えば市販のNAC培地)を使用する場合、用意した緑膿菌選択培地を所定量の滅菌水(90~100℃程度の温水)に溶解する。調合済みの緑膿菌選択培地を使用しない場合には、必要な成分(抗菌薬以外の培地成分)を調合した後、滅菌水に溶解する(或いは、成分毎に滅菌水に添加し、溶解する)。次に、培地が十分に冷めたのを確認した後、各抗菌薬(例えばイミペネム、シプロフロキサシン及びアミカシン)を添加し、軽く撹拌する。続いて、用意しておいたシャーレに培地を分注する。その後、培地が凝固するまで室温で放置する(冷蔵庫などに移して凝固させてもよい)。このようにして得られた生培地は冷蔵(例えば2~10℃)で保存される。尚、全ての操作は原則として無菌環境下で行う。
【0022】
本発明の第2の局面は本発明の培地の用途に関し、多剤耐性緑膿菌の検出法を提供する。本発明の検出法は、本発明の培地を用いることによって特徴付けられる。本発明の検出法の具体的な手順(工程)の例を以下に示す。まず、本発明の培地へ検査材料(拭き取り試料、尿、蓄尿、痰、吐瀉物など)を常法に従い塗抹又は滴下する。必要に応じて検査材料を事前に希釈しておく。前処理としての培養を経た後の検査材料を用いることにしてもよい。但し、迅速な検出のためには、当該前処理を行うことなく直接、検査材料を塗抹又は滴下することが好ましい。なお、ここでの培養には例えば血液寒天培地、MacConkey培地又はDHL培地を用いることができる。特に、緑膿菌を選択的に培養可能な培地(例えばNAC培地)を用いることが好ましい。
【0023】
次に、検査材料を塗抹又は滴下した後の培地を緑膿菌の発育に適した温度条件下(35~ 37℃)で所定時間(半日~2日)培養する。最後に、培養後の培地を観察し、コロニーの形成の有無を観察する。検査材料中にMDRPが存在した場合、コロニーが形成される。以上のように、本発明の検出法は複雑高度な操作を要しない。また、従来の検出法に比べ、格段に迅速な検出を可能にする。
【実施例】
【0024】
MDRP迅速検出法を確立すべく、微生物検査室でも作製可能な「MDRPスクリーニング培地」の構築を目指し、以下の検討をした。
【0025】
<材料>
1.使用菌株
・標準菌株Pseudomonas aeruginosa PAO-1株
・国立感染症研究所より分与されたMDRP 29株
・愛知県下7施設より分与された臨床分離P. aeruginosa 93株
【0026】
2.使用培地
・Mueller Hinton agar (以下「M-H agar」)(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)
(組成/培地1Lあたり)
肉浸出物 300.0g
カゼイン酸加水分解物 17.5g
デンプン 1.5g
寒天 17.0g
【0027】
・Mueller Hinton broth (以下「M-H broth」)(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)
(組成/培地1Lあたり)
肉浸出物 300.0g
カゼイン酸加水分解物 17.5g
デンプン 1.5g
【0028】
・NAC agar(栄研化学株式会社)
(組成/培地1Lあたり)
ペプトン 2g
リン酸二カリウム 0.03g
硫酸マグネシウム 0.03g
セトリミド 0.2g
ナリジクス酸 15mg
寒天 15g
【0029】
・CHROM agarTM Pseudomonas (以下「CHROM agar」)(関東化学株式会社)
(組成/培地1Lあたり)
ペプトンおよび酵母末 8.0g
塩化ナトリウム 8.0g
特殊酵素混合物 2.2g
(緑膿菌抑制剤)
寒天 15.0g
【0030】
・Cetrimide agar(日本ビオメリュー株式会社)
(組成/培地1Lあたり)
ゼラチンペプトン 20g
塩化マグネシウム 1.4g
硫酸カリウム 10g
セトリミド 0.3g
(緑膿菌抑制剤)
グリセロール 10ml
寒天 13.6g
【0031】
・KBM agar(コージンバイオ株式会社)
(組成/培地1Lあたり)
カゼインペプトン 10g
ミートペプトン 10g
酵母エキス 2g
グリセロール 10g
グルタミン酸ナトリウム 1g
硫酸マグネシウム 2g
C-390 30mg
(緑膿菌抑制剤)
寒天 15g
【0032】
3.使用薬剤
・アミカシン(amikacin; AMK)(和光純薬工業株式会社)
・イミペネム(imipenem/cilastatin; IPM)(萬有製薬株式会社)
・シプロフロキサシン(ciprofloxacin; CPFX)(第一三共株式会社)
【0033】
<方法>
1.最小発育阻止濃度(MIC)の測定
Clinical Laboratory Standards Institute(CLSI勧告法)に準じ、寒天平板希釈法および微量液体希釈法にてMICを測定した。
【0034】
2.MDRPスクリーニング培地の作製
(1)基礎培地の選択
MDRPスクリーニング培地作製のための基礎培地を選択するにあたり、現在、市販されている緑膿菌選択培地4種類(NAC agar・CHROM agar・Cetrimide agar・KBM agar)の選択性、検出感度および回収率を比較した。選択性については、緑膿菌以外のグラム陰性桿菌11種類および黄色ブドウ球菌を各々4種類の選択培地に接種し、発育の有無を観察した。次にMcF0.5 (1-9×108CFU/ml)に調整した菌液(MDRP)を、102-106 CFU/mlの各濃度に段階希釈した後、4種類の緑膿菌選択培地およびM-H agarに50μlずつ接種し、37℃にて一夜培養した。翌日培地上のコロニー数を数え、検出感度および回収率を算出した。回収率の算出式を以下に示す。
(緑膿菌選択培地のコロニー数/M-H agarのコロニー数)×100=回収率(%)
【0035】
(2)Break-point Checkerboard Plate法による抗菌薬の相乗効果の判定
MDRPスクリーニング培地に添加する抗菌薬3剤間の相乗効果の有無について、Break-point Checkerboard Plate法を用いて検討した。菌株は耐性度が異なるMDRP 4株ならびにPAO-1を用い、抗菌薬はAMK・IPM・CPFXの3剤を使用した。方法はTatedaらの方法(K.Tateda., Y.Ishii.,.et al. 2006. Scandinavian Journal of Infections Diseases. 38: 268-272、D.M.Cappelletty., M.J.Rybak. 1996. Antimicrobial and Chemotherapy. 40: 677-683)に従い、以下のごとく実施した。はじめに各使用菌株のMICを微量液体希釈法により測定し、得られたMICをもとに各抗菌薬の4濃度希釈系列 (1/4MIC・1/2MIC・1×MIC・2×MIC) を作製し、M-H brothに添加した。各種抗菌薬を含むM-H brothを図1に示すように96穴プレートに各々分注し、IPM&AMK、AMK&CPFX、CPFX&IPMの2薬剤を組み合わせたCheckerboard Plateを作製した。次に1-9×107 CFU/mlに濃度調整した菌液を各ウェルに10μlずつ接種し、37℃にて一夜培養した。翌日、接種した菌の増殖の有無を判定し、2管以上感受性化した場合を相乗効果ありとした。図1には被検菌のMICがIPM;128μg/ml、AMK;4μg/ml、CPFX;32μg/mlの場合のBreak-point Checkerboard Plate法を示す。
【0036】
(3)各種抗菌薬の至適添加濃度の検討
MDRPスクリーニング培地に添加する各種抗菌薬の至適濃度の組み合わせは、受信者動作特性曲線(receiver operating characteristic curve, ROC曲線)を用いて決定した。様々な濃度に希釈したAMK・IPM・CPFXをNAC agarおよびCHROM agarにそれぞれ添加し、80パターンのスクリーニング培地を作製した。これらの培地に1-9×107 CFU/mlに濃度調整した緑膿菌27株(non-MDRP)およびMDRP27株を10μlずつ接種し、37℃、一夜培養後の発育の有無を判定した。判定は18時間後および40時間後の2回行い、得られた結果から各薬剤濃度における感度および特異度を算出し、ROC曲線を用いて解析した。
【0037】
3.MDRPスクリーニング培地の評価
(1)MDRPスクリーニング培地の回収率と検出感度
ROC曲線の結果より得られた至適薬剤濃度の組み合わせに基づき、NAC agarベースのスクリーニング培地2種類およびCHROM agarベースのスクリーニング培地3種類を作製した。これらスクリーニング培地およびM-H agarに、102-104 CFU/mlの各濃度に調整した菌液を50μlずつ接種し、37℃にて一夜培養した。翌日培地上のコロニー数を数え、検出感度および回収率を算出した。
【0038】
(2)スクリーニング培地の安定性
NAC agarベースのスクリーニング培地2種類およびCHROM agarベースのスクリーニング培地3種類を作製し、4℃にて1日、1週間、2週間、3週間、4週間保存した。各保存期間の最終日に1-9×107 CFU/mlに濃度調整した緑膿菌27株(non-MDRP)およびMDRP27株を10μl接種し、37℃、一夜培養後の発育の有無を判定した。得られた結果から、各保存期間における培地の感度と特異度を算出し、培地の安定性を調べた。
【0039】
4.培地成分の検討
NAC agarベースのスクリーニング培地について、セトリミドの含量が検出感度及び特異度に与える影響を調べた。セトリミドの含量が通常(0.2g/L)、2/3(0.13g/L)及び1/2(0.1g/L)の培地を作製した。その他の成分の量は同一(ペプトン 2g/L、リン酸二カリウム 0.03g/L、硫酸マグネシウム 0.03g/L、ナリジクス酸 15mg/L、寒天 15g/L)とした。抗菌薬の添加濃度による影響も同時に調べるため、抗菌薬の添加濃度の異なるスクリーニング培地を用意することにした。2.(3)の方法に準じ、ROC曲線を用いて各スクリーニング培地の検出感度及び特異度を求めた。
【0040】
次に、耐性の異なるMDRP 3株を用いてセトリミドの含量と検出感度の関係を更に詳細に検討した。具体的には、McF0.5 (1-9×108CFU/ml)に調整した菌液(MDRP)を、101-104 CFU/mlの各濃度に段階希釈した後、4種類の緑膿菌選択培地およびM-H agarに50μlずつ接種し、37℃にて一夜培養した。翌日培地上のコロニー数を数え、検出感度および回収率を算出した。尚、この検討の際には抗菌薬の添加濃度をAMK 12μg/ml、IPM 20μg/ml、CPFX 1μg/mlとした。
【0041】
<結果>
1.使用菌株のMIC分布
使用した臨床分離緑膿菌93株およびMDRP 29株のMIC分布を図2に示す。MDRPの中にはMICが256 μg/ml以上を示す高度耐性株も存在し、3剤の中では特にIPMに対して高度耐性を示していた。一方、愛知県下7施設で分離された臨床分離緑膿菌93株では、AMK耐性を示す株が4株(4.3%)、IPM耐性を示す株が38株(40.9%)、CPFX耐性を示す株が22株(23.7%)認められ、IPM耐性を示す株が最も多かった(図2)。このうち、3剤全てに耐性を示したものは3株(3.2%)、2剤耐性を示した株は、IPM&AMK耐性が1株(1.1%)、IPM&CPFX耐性が17株(18.3%)、AMK&CPFX耐性が0株(0%)であり、IPMおよびCPFXの2剤に対する耐性化が進んでいることが明らかとなった(表1)。
【表1】
JP0005515139B2_000002t.gif
3種の抗菌薬に対する耐性
【0042】
2.MDRPスクリーニング培地の作製
(1)スクリーニング培地作製のための基礎培地の選択
緑膿菌以外のグラム陰性桿菌(腸内細菌科5種類、ブドウ糖非発酵菌6種類)および黄色ブドウ球菌を4種類の選択培地に接種し、各培地の選択性を比較検討した。表2に示すごとく、CHROM agarには緑膿菌の他に、ブドウ糖非発酵菌であるPseudomonas putida、Stenotrophomonas maltophilia、腸内細菌科であるSerratia marcescens、Providencia rettgeri、Enterobacter cloacae、Escherichia coliなど多くの菌種が発育した。一方、KBM agar、NAC agar、Cetrimide agarはBurkholderia cepacia、Acinetobacter baumannii、Enterobacter cloacaeの発育が認められたものの、概ね良好な選択性を示しており、4種類の選択培地のなかでは、KBM agarの選択性が最も優れていた。なお、臨床材料では緑膿菌と同時に検出されることが多い黄色ブドウ球菌は、いずれの培地でも完全に抑制されていた。
【表2】
JP0005515139B2_000003t.gif
緑膿菌に対する選択性の比較
【0043】
各種選択培地の検出感度は、CHROM agar およびKBM agarが優れており、100 CFU/ml以下の微量のMDRPも検出することが可能であった(表3)。これに比べCetrimide agar、NAC agarの検出感度は低く、103 CFU/ml以上の菌量を必要とした。
【表3】
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検出感度及び回収率の比較。各選択培地で発育したコロニーの数を示した。a:括弧内の数値は回収されたコロニーの割合を示す。b:下線はMDRPに関する検出限界を示す
【0044】
選択性および検出感度の双方を満足する培地としてはKBM agarが最も優れていたが、本培地は生培地として市販されており、緑膿菌選択培地に薬剤を添加してMDRPスクリーニング培地を作製しようとする場合には不適であった。結果として、選択性および検出感度の双方を満足するものはなかったが、粉末として市販されているCHROM agarとNAC agarを以下の検討で使用することにした。
【0045】
(2)Break-point Checkerboard Plate法による抗菌薬の相乗効果の判定
MDRPスクリーニング培地に添加する抗菌薬間の相乗効果の有無をBreak-point Checkerboard Plate法にて判定した。2剤を同時に作用させた場合、1剤のみ作用させた時のMICに比べ、1管低値になるものもあったが、2管以上変化した薬剤の組み合わせは認められなかった。Tatedaらの方法(K.Tateda., Y.Ishii.,.et al. 2006. Scandinavian Journal of Infections Diseases. 38: 268-272)では、2管以上感受性化したものを相乗効果ありと判定しており、それに準ずると今回調べた3薬剤の間で相乗効果はないものと判定した(図3)。
【0046】
(3)各種抗菌薬の至適添加濃度の検討
MDRPスクリーニング培地に添加する各種抗菌薬の至適濃度の組み合わせは、受信者動作特性曲線(receiver operating characteristic curve, ROC曲線)を用いて決定した。様々な濃度に希釈したAMK・IPM・CPFXをNAC agarおよびCHROM agarにそれぞれ添加して、80パターンのスクリーニング培地を作製し、それらの特異度と感度を算出した(表4、5)。
【表4】
JP0005515139B2_000005t.gif
NAC agarをベースにしたスクリーニング培地の感度及び特異度
【0047】
【表5】
JP0005515139B2_000006t.gif
CHROM agarをベースにしたスクリーニング培地の感度及び特異度
【0048】
得られた結果に基づきROC曲線を作成し解析したところ、NAC agarベースのスクリーニング培地の場合、感度及び特異度が良好な濃度の組み合わせはAMK 8~48μg/ml、IPM 16~64μg/ml、CPFX 1~4μg/mlであった。中でも、AMK 12μg/ml、IPM 16又は24μg/ml、CPFX 1μg/mlの2種類の組合せは極めて高い感度(0.889)及び特異度(0.963-1.00)を与える(図4)。一方、CHROM agar ベースのスクリーニング培地の場合には、感度及び特異度が良好な濃度の組み合わせはAMK 1~4μg/ml、IPM 2~16μg/ml、CPFX 1μg/mlであった。中でも、AMK 1μg/ml、IPM 4, 6又は8μg/ml、CPFX 1μg/mlの3種類の組合せは極めて高い感度(0.963-1.00)及び特異度(0.926)を与える(表6、図4)。
【表6】
JP0005515139B2_000007t.gif
a:様々な濃度の組合せで抗菌薬をCHROM agar又はNACagerに添加して作製した培地。
【0049】
いずれの培地をベースにした場合もMDRPの判断基準よりも低い濃度となり、特にCHROM agarベースのスクリーニング培地ではその傾向が著明で、AMKは判定基準の1/32以下、IPMは1/4-1/2以下、CPFXは1/4以下の濃度となった。尚、以上の結果から、イミペネムの添加濃度を他の2種の抗菌薬の添加濃度よりも高くすること、即ち3種の抗菌薬の添加濃度を次の通りにすることが好ましいといえる。
シプロフロキサシン≦アミカシン<イミペネム
【0050】
3.MDRPスクリーニング培地の評価
(1)MDRPスクリーニング培地の回収率と検出感度
ROC曲線による解析の結果得られた5種類の条件に基づき、MDRPスクリーニング培地を作製し、検出感度および回収率から各々のスクリーニング培地の性能を評価した。CHROM agarベースのスクリーニング培地は300 CFU/ml以下の少量菌も検出可能であり、なかでもAMK 1μg/ml、IPM 6μg/ml、CPFX 1μg/mlの条件で最も高い回収率が得られた。一方、NAC agarベースのスクリーニング培地では、MDRP検出のために2×103 CFU/ml以上の菌量が必要であり、その回収率も1%以下と低いものであった(表7)。
【表7】
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回収率の比較。a:M-H agarで発育したコロニーの数。b:各スクリーニング培地で発育したコロニーの数。括弧内は括弧内の数値は回収されたコロニーの割合を示す。c:CHROM agar又はNAC agarに様々な組合せで抗菌薬を添加することによってスクリーニング培地を構築した。
【0051】
(2)スクリーニング培地の安定性の検討
作製から1日後、1週間後、2週間後、3週間後及び4週間後のMDRPスクリーニング培地の安定性を検討した(表8、9)。各々の培地の感度および特異度を比較すると、わずかに感度および特異度の低下が認められるものの、今回検討した4週間までは安定であることが証明された。
【表8】
JP0005515139B2_000009t.gif
NAC agarベースのスクリーング培地の安定性
【0052】
【表9】
JP0005515139B2_000010t.gif
CHROM agarベースのスクリーング培地の安定性
【0053】
4.培地成分の検討
セトリミドの含量が異なるNAC agarベースのスクリーニング培地を作製し、検出感度及び特異度を比較した。ROC曲線による評価結果を図5に示す。セトリミドの含量が少ないと特異度が低下する傾向が見られる(特にAMK 12μg/ml、IPM 20μg/ml、CPFX 1μg/mlの場合)。一方、耐性の異なるMDRP 3株に対する検出感度を詳細に検討した結果、セトリミドの濃度は最小検出感度に大きな影響を与えないことが判明した(図6)。中等度耐性のMDRP(図6の中央)及び高度耐性のMDRP(図6の右)については、セトリミドの濃度に関係なく、高感度で検出できている。この結果は、NAC agarベースのスクリーニング培地が、耐性の高いMDRPの検出に特に有効であることを示唆する。
【0054】
<考察>
我が国の医療機関では、多剤耐性菌による院内感染事例が相次いで発生しており、臨床の現場ではこうした耐性菌を早期に発見し、対策を講じることが最優先課題となっている。なかでも、近年、多剤耐性緑膿菌(MDRP)による院内感染事例の報告が増加しつつあり、その動向が警戒されている。荒川や松本らは、フルオロキノロン系抗菌薬、カルバペネム系抗菌薬の暴露により緑膿菌の遺伝子が変異し、さらにプラスミドの接合伝達によってメタロβ-ラクタマーゼ遺伝子、アミカシン耐性遺伝子を獲得することによってMDRPになると言及している(荒川宜親. idsc.nih.go.jp/disease/MDRP/MDRP-7b.pdfro、松本哲哉. 2007.モダンメディア. 53: 14-19)。今回使用した臨床分離緑膿菌においても、IPMおよびCPFXの両方に耐性を示す株が17株(18.3%)、なかには3剤すべてに耐性を示すMDRPが3株(3.2%)も存在しており、臨床分離緑膿菌における多剤耐性化が進んでいることが示唆された。今後これら2剤耐性株がAMK耐性を獲得することにより、MDRPが増加することが危惧され、臨床検査におけるMDRP迅速検出法の確立が急務となっている。
【0055】
今回、MDRPの迅速検出法として、微生物検査室でも作製可能な「MDRPスクリーニング培地」の構築をめざし、市販の緑膿菌選択培地にIPM、CPFX、AMKの3種類の抗菌薬を添加する方法について検討を行った。優れたスクリーニング培地の条件として、高感度、高特異度が挙げられるが(I.Nahimana.,P.Francioli.,D.S.Blanc. 2006. Clin Microbiol Infect. 12: 1168-1174)、MDRPスクリーニング培地の場合、基礎培地となる緑膿菌選択培地の選択性および検出感度が、これらを左右する要因の一つとなると考えられた。現在、市販されている緑膿菌選択培地4種類のなかでは、CHROM agar が検出感度および回収率で優れていたが、複数の腸内細菌科も発育するなど、その選択性には問題が残った。一方、NAC agar、KBM agar、Cetrimide agarは優れた選択性を示し、腸内細菌科などのグラム陰性桿菌を抑制していたが、反面、緑膿菌自身も強く抑制され、NAC agarおよびCetrimide agarにおいては、その検出感度は著しく低値となった。このように選択培地の種類によって、検出感度および選択性に相違が認められることは、これまで報告されていないが、おそらく培地に含まれる選択剤の種類およびその量の違いによるものと考えられる。材料から直接目的菌を検出するというスクリーニング培地の利点を最大限に生かすためには、選択性および検出感度の双方の条件を十分に満足することが望ましく、4種類の中ではKBM agarが最も優れた緑膿菌選択培地と言える。しかし、抗菌薬を添加できることを優先しなければならず、選択性もしくは検出感度に若干の問題を有しているが、粉末で市販されているCHROM agarとNAC agarの2つを選択した。そして、これら2つの培地が添加する抗菌薬濃度の最適化により、スクリーニング培地として十分な感度と特異度を保持できるよう検討した。
【0056】
ROC曲線(受信者動作特性曲線)は、スクリーニング検査等の精度の評価や検査法の比較に用いられ、どの範囲でカットオフポイントを取るかを視覚的に示すことができる解析法である(片山善章. 高橋浩. 1998.検査機器総論 検査管理総論. 2: 144-145)。これまで、微生物検査法の評価においてROC曲線を用いた例は見られないが、今回、初の試みとして、ROC曲線により添加する抗菌薬の至適濃度を決定した。80種類の抗菌薬濃度の組み合わせによる解析の結果、基礎培地がCHROM agarの場合には、AMK 1μg/ml、IPM 4, 6, 8μg/ml、CPFX 1μg/mlの3種類の組み合わせが、NAC agarの場合には、AMK 12μg/ml、IPM 16, 24μg/ml、CPFX 1μg/mlの2種類の組み合わせが至適と思われた。CHROM agarを用いた場合に選択された抗菌薬の至適濃度は、MDRPの判定基準値(AMK ≧32μg/ml、IPM ≧16μg/ml、CPFX ≧4μg/ml)よりも、かなり低い濃度であった。また、いずれの培地を用いた場合においても、イミペネムの添加濃度を他の2種の抗菌薬の添加濃度よりも高くしたときに検出感度及び特異度が高くなったことは大変興味深い。
【0057】
今回のように複数の抗菌薬を添加する際に注意すべきこととして、抗菌薬間の相乗効果があるが、Break-point checker board plate 法による検討では、AMK、IPM、CPFXの3剤間に相乗効果は認められなかった。この結果はTatedaらの報告(K.Tateda., Y.Ishii.,.et al. 2006. Scandinavian Journal of Infections Diseases. 38: 268-272)とも一致しており、添加薬剤の濃度が低くなった理由として、薬剤の相乗効果は除外できる。おそらく、緑膿菌選択培地に含まれる選択剤と抗菌薬が相互に作用し、抗菌薬の殺菌力が増強されたと予想される。
【0058】
ROC曲線による解析の結果、選択された5種類のMDRPスクリーニング培地の性能を感度、特異性、検出感度、回収率、培地の安定性から評価した。CHROM agarを基礎培地とした場合の感度は0.963-1.0、特異度は0.926であり、NAC agarを基礎培地とした場合の感度は0.889、特異度は0.963-1.0であった。いずれもスクリーニング培地として十分満足できるものであり、既に臨床的有用性が報告されているMRSAスクリーニング培地と比較しても遜色ないものといえる(J.Kluytmans.,A.V.Griethuysen.et al. 2002. Journal of Clinical Microbiology .40: 2480-2482、I.Nahimana.,P.Francioli.,D.S.Blanc. 2006. Clin Microbiol Infect. 12: 1168-117412、D.Flayhart., J.F.Hindler., D.A.Bruckner.et al. 2005. Journal of Clinical Microbiology. 43: 5536-5540)。また、今回構築したスクリーニング培地は、臨床現場での使用に十分耐えうる安定性も備えていた。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のMDRPスクリーニング培地を用いれば、検査材料の塗抹した後に培養し、そして発育を観察するという、極めて簡便且つ迅速な方法によってMDRPを検出可能となる。従って、検査に際して必要な知識及び技術のレベルが低くなり、細菌学を専門としない医療従事者による検査も可能となる。また、検査費用の低減も実現する。
【0060】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】Break-point Checkerboard Plate法における抗菌薬の組合せ及び濃度を示す模式図。AMKはアミカシン、IPMはイミペネム、CPFXはシプロフロキサシンを表す。
【図2】各抗菌薬の最小発育阻止濃度(MIC)の分布を示すグラフ。臨床分離93株(白抜きのバー)とMDRP 29株(塗りつぶしのバー)について各抗菌薬のMICを寒天平板希釈法で測定した。a)はAMK(アミカシン)のMICの分布、b)はIPM(イミペネム)のMICの分布、c)はCPFX(シプロフロキサシン)のMICの分布である。Sは感受性を、Rは抵抗性を表す。
【図3】Break-point Checkerboard Plate法の結果。○は抗菌薬2剤を組み合わせたときに発育阻害が認められなかった菌株を示す。●は発育が阻害された菌株を示しており、矢印の元は抗菌薬2剤各々に対する試験菌のMICを、矢印の先は2剤が組み合わされたときに試験菌の発育が阻害された濃度を示す。IPMはイミペネム、AMKはアミカシン、CPFXはシプロフロキサシンを表す。
【図4】各スクリーニング培地のROCカーブ。◆はNAC agerベースのスクリーニング培地のプロット。■はCHROM agarベースのスクリーニング培地のプロット。
【図5】NAC agarベースのスクリーニング培地におけるセトリミド含量と検出感度及び特異度との関係。NAC 1/2はセトリミドが通常の1/2量含まれる条件にて作製したNAC培地であり、NAC 2/3はセトリミドが通常の2/3量含まれる条件にて作製したNAC培地であり、培地NAC 1はセトリミドが通常量含まれる条件で作製したNAC培地である。各々条件における検出感度及び特異度を計算した。
【図6】NAC agarベースのスクリーニング培地の検出感度。耐性の異なるMDRP 3株(低度耐性のMDRPであるサンプルNo. 110、中等度耐性のMDRPであるサンプルNo. 114、及び高度耐性のMDRPであるサンプルNo. 480)の最小検出感度を比較した。NAC 1/2はセトリミドが通常の1/2量含まれる条件にて作製したNAC培地であり、NAC 2/3はセトリミドが通常の2/3量含まれる条件にて作製したNAC培地であり、培地NAC 1はセトリミドが通常量含まれる条件で作製したNAC培地である。cont.はM-H agarで得られたコロニー数を示す。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5