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明細書 :がん細胞挙動評価モデル及びその用途

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5504613号 (P5504613)
公開番号 特開2010-110272 (P2010-110272A)
登録日 平成26年3月28日(2014.3.28)
発行日 平成26年5月28日(2014.5.28)
公開日 平成22年5月20日(2010.5.20)
発明の名称または考案の名称 がん細胞挙動評価モデル及びその用途
国際特許分類 C12Q   1/02        (2006.01)
C12M   1/34        (2006.01)
C12M   1/40        (2006.01)
C12M   1/42        (2006.01)
FI C12Q 1/02
C12M 1/34 A
C12M 1/40 B
C12M 1/42
請求項の数または発明の数 19
全頁数 25
出願番号 特願2008-286173 (P2008-286173)
出願日 平成20年11月7日(2008.11.7)
審査請求日 平成23年10月28日(2011.10.28)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
発明者または考案者 【氏名】本多 裕之
【氏名】大河内 美奈
【氏名】千賀 威
【氏名】高野 翔
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
審査官 【審査官】清水 晋治
参考文献・文献 特開2008-011797(JP,A)
国際公開第2004/101774(WO,A1)
小出寛展、外3名,未修飾磁性微粒子を用いたL929磁化細胞アレイの作製とTNF-alphaによる細胞死の検出,第60回日本生物工学会大会講演要旨集,2008年 7月11日,p.64(2Ap08)
井藤彰、外2名,機能性磁性ナノ粒子を用いた三次元組織構築技術,薬学雑誌,2008年 1月 1日,Vol.128,No.1,p.21-28
Biomaterials. 2008 Jun, Vol.29, No.18, p.2802-2812
調査した分野 C12Q 1/00-1/24
C12M 1/42
C12M 3/00-3/08
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
特許請求の範囲 【請求項1】
(1)被験がん細胞を含む細胞集団を磁気ラベルするステップ、
(2)細胞外マトリックス成分を含有する第1マトリックス材料で培養面がコートされた培養容器を用意するステップ、
(3)磁気ラベルした前記細胞集団を前記培養容器に播種した後、磁力を作用させることによって、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在するアレイ状パターンに前記細胞集団を配列させるステップ、
(4)磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状の第2マトリックス材料を前記培養容器に添加することによって、ステップ(3)で配列した前記細胞集団を該第2マトリックス材料に包埋するステップ、
(5)前記第2マトリックス材料をゲル化させるステップ、
を含む、がん細胞挙動評価モデルの構築法。
【請求項2】
前記細胞外マトリックス成分がコラーゲンである、請求項1に記載の構築法。
【請求項3】
前記コラーゲンがI型コラーゲンである、請求項2に記載の構築法。
【請求項4】
前記第1マトリックス材料と前記第2マトリックス材料が同一の組成である、請求項1~3のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項5】
前記第2マトリックス材料が細胞を含有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項6】
前記培養面が平坦面である、請求項1~5のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項7】
前記被験がん細胞が、遺伝子操作によってがん化させた細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項8】
前記アレイ状パターンにおけるスポットの間隔が均一である、請求項1~7のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項9】
前記アレイ状パターンが2次元ドットマトリックス状パターンである、請求項1~7のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項10】
前記アレイ状パターンにおいて、スフェロイドの形成に必要な数の細胞が各スポットに存在する、請求項1~9のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項11】
(i)被験がん細胞を含む細胞集団を磁気ラベルするステップ、
(ii)培養面に細胞層が形成された培養容器を用意するステップ、
(iii)磁気ラベルした前記細胞集団を前記培養容器に播種した後、磁力を作用させることによって、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在するアレイ状パターンに前記細胞集団を配列させるステップ、
(iv)磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状のマトリックス材料を前記培養容器に添加することによって、ステップ(iii)で配列した前記細胞集団を該マトリックス材料に包埋するステップ、
(v)前記マトリックス材料をゲル化させるステップ、
を含む、がん細胞挙動評価モデルの構築法。
【請求項12】
第2マトリックス材料が被験物質を含有する、請求項1~10のいずれか一項に記載の構築法。
【請求項13】
請求項1~10のいずれか一項に記載の構築法で構築した、がん細胞挙動評価モデルであって、被験がん細胞を含む細胞集団が第1マトリックス材料の層の上で所定のパターンで配列するとともに、第1マトリックス材料の層に接する側を除き、第2マトリックス材料で包囲された構造を備える、がん細胞挙動評価モデル。
【請求項14】
請求項11に記載の構築法で構築した、がん細胞挙動評価モデルであって、被験がん細胞を含む細胞集団が細胞層の上で所定のパターンで配列するとともに、第2マトリックス材料で包囲された構造を備える、がん細胞挙動評価モデル。
【請求項15】
請求項12に記載の構築法で構築した、がん細胞挙動評価モデルであって、被験がん細胞を含む細胞集団が第1マトリックス材料の層の上で所定のパターンで配列するとともに、第1マトリックス材料の層に接する側を除き、第2マトリックス材料で包囲された構造を備え、第2マトリックス材料が被験物質を含有する、がん細胞挙動評価モデル。
【請求項16】
第1マトリックス材料の層の上で、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在する2次元アレイ状パターンに配置された、被験がん細胞を含む細胞集団が、第1マトリックス材料の層に接する側を除き、細胞外マトリックス成分を含む第2マトリックス材料に包埋されていることを特徴とする、がん細胞挙動評価モデル。
【請求項17】
請求項13~16のいずれか一項に記載のがん細胞挙動評価モデルを用い、被験がん細胞に対する被験物質の有効性を調べることを特徴とする、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法。
【請求項18】
(a)請求項13又は14に記載のがん細胞挙動評価モデルに被験物質を添加した後、培養するステップ、
(b)細胞の挙動を観察し、被験がん細胞に対する被験物質の有効性を判定するステップ、
を含む、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法。
【請求項19】
(A)請求項15に記載のがん細胞挙動評価モデルを培養するステップ、
(B)細胞の挙動を観察し、被験物質の被験がん細胞に対する有効性を判定するステップ、
を含む、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明はがん細胞挙動評価モデル及びその構築法、並びにその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本人の死因第一位は「がん(悪性新生物)」である。実に3人に1人ががんで死亡している。がんによる死亡原因の多くは遠隔臓器への浸潤・転移である。浸潤・転移は、がん細胞の細胞マトリックス環境下における運動能の高さに起因する。抗がん剤の開発やがん治療法の確立に向け、生体内の環境に近い状態でがん細胞の運動性を評価可能な細胞評価系の提供が切望される。
【0003】
これまでに様々な細胞評価系が開発されている。その代表は、培養皿などの培養容器内で2次元的に培養、増殖させた細胞を用いる評価系である。このような二次元培養を発展させた技術として、細胞を培養面に所望のパターンで配列する(パターニング)方法が開発されている。2次元細胞アレイとも呼ばれる当該技術によれば、細胞を所定の間隔で規則的に配置することによって細胞の観察や評価が容易となる。その一方で、生体内の環境とは大きく異なる環境下に細胞がおかれることになることから、生体内における細胞の挙動を評価できるとは言い難い。
【0004】
2次元培養の問題点を克服するために開発されたのが3次元培養である。3次元培養では3次元マトリックス内に細胞が包埋された状態を形成する。3次元培養の場合、細胞の周囲をマトリックスが囲み、生体内の環境により近い環境が作り出される。しかしながら、細胞が3次元的に分散した状態となるため、細胞の観察や評価は困難である。3次元培養を応用した評価系も開発されている(例えば特許文献1)。特許文献1に開示された評価系は、細胞の集合体であるスフェロイドの評価に特化したものであり、個々の細胞の挙動を観察、評価することには適さない。
【0005】
フィーダー細胞上に上皮細胞等を重層化することによって構築した再生組織を利用した評価系も開発されている(特許文献2)。当該評価系ではフィーダー細胞が重なるように観察されるため、上皮細胞等の挙動を解析し難い。また、細胞をパターニングしていないことから、細胞の微小環境が整った均一な状態での解析はできない。
【0006】
尚、磁力を利用して細胞をパターニングすることによって三次元組織を構築する方法が開発されている(特許文献3)。

【特許文献1】特表2007-501633号公報
【特許文献2】国際公開第2003/039611号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2007/116594号パンフレット
【非特許文献1】Ino K, Okochi M, Konishi N, Imai R, Shikida M, Ito A, and Honda H. 2008. Cell culture arrays using magnetic force-based cell patterning for dynamic single cell analysis. Lab Chip 8:134-142.
【非特許文献2】Ino K, Okochi M, and Honda H. Application of Magnetic Force-Based Cell Patterning for Controlling Cell-Cell Interactions in Angiogenesis. Biotechnol. Bioeng. 2008;9999:1-9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の背景の下、2次元培養の利点(細胞の観察及び評価が容易であること)と3次元培養の利点(生体内に近い環境下でがん細胞の挙動を評価可能であること)を併せ持ち、がん細胞の薬剤に対す応答性の評価や、生体における、がん細胞の挙動の解析に有用ながん細胞挙動評価モデル及びその構築方法、並びにその用途(評価系)を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
細胞を目的の位置に配置する細胞パターニング技術は、細胞挙動解析に有効な技術である。本発明者らの研究グループは、磁性ナノ粒子であるマグネタイトをリポソームで包埋した磁性粒子封入正電荷リポソーム(MCL:Magnetite cationic liposome)と剣山状鉄製デバイスを使用し、磁気ラベルした細胞をアレイ状にパターニングする磁気細胞パターニング法を開発した(非特許文献1、2)。磁気細胞パターニング法は、どんな培養面にも細胞をパターニングできる手法であり、通常の培養皿表面ばかりでなく、細胞外マトリックス表面、細胞単層表面への細胞パターニングにも適用可能である。また、この磁気細胞パターニング法は、パターニング後の細胞に運動制約を生じさせないことから、細胞挙動解析に有用な点も大きな特徴である。本発明者らはこれらの特徴に着目し、細胞外マトリックス成分を含む3次元(3D)ゲル中に2次元(2D)磁気細胞アレイパターニングを行うという新たな手法を着想した。当該手法では、マトリックス材料でコートした培養面に磁気ラベルした細胞を播種した後、磁気パターニングによって細胞をアレイ状に配置させ、その後マトリックス材料で細胞を包埋する。当該手法によって構築した評価モデル(2次元パターニングされた細胞がマトリックス材料に包埋されたもの)を用いてがん化細胞の挙動を観察した結果、当該評価モデルが3次元環境下でがん細胞の挙動を評価するツールとして有用であることが示された。また、スフェロイド形成性の細胞の挙動評価にも有用であることが示された。さらには、薬剤の評価にも有用であることが確認された。以上の成果に基づき、次の発明を提供する。
[1](1)被験がん細胞を含む細胞集団を磁気ラベルするステップ、
(2)細胞外マトリックス成分を含有する第1マトリックス材料で培養面がコートされた培養容器を用意するステップ、
(3)磁気ラベルした前記細胞集団を前記培養容器に播種した後、磁力を作用させることによって、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在するアレイ状パターンに前記細胞集団を配列させるステップ、
(4)磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状の第2マトリックス材料を前記培養容器に添加することによって、ステップ(3)で配列した前記細胞集団を該第2マトリックス材料に包埋するステップ、
(5)前記第2マトリックス材料をゲル化させるステップ、
を含む、がん細胞挙動評価モデルの構築法。
[2]前記細胞外マトリックス成分がコラーゲンである、[1]に記載の構築法。
[3]前記コラーゲンがI型コラーゲンである、[2]に記載の構築法。
[4]前記第1マトリックス材料と前記第2マトリックス材料が同一の組成である、[1]~[3]のいずれか一項に記載の構築法。
[5]前記第2マトリックス材料が細胞を含有する、[1]~[3]のいずれか一項に記載の構築法。
[6]前記培養面が平坦面である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の構築法。
[7]前記被験がん細胞が、遺伝子操作によってがん化させた細胞である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の構築法。
[8]前記アレイ状パターンにおけるスポットの間隔が均一である、[1]~[7]のいずれか一項に記載の構築法。
[9]前記アレイ状パターンが2次元ドットマトリックス状パターンである、[1]~[7]のいずれか一項に記載の構築法。
[10]前記アレイ状パターンにおいて、スフェロイドの形成に必要な数の細胞が各スポットに存在する、[1]~[9]のいずれか一項に記載の構築法。
[11](i)被験がん細胞を含む細胞集団を磁気ラベルするステップ、
(ii)培養面に細胞層が形成された培養容器を用意するステップ、
(iii)磁気ラベルした前記細胞集団を前記培養容器に播種した後、磁力を作用させることによって、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在するアレイ状パターンに前記細胞集団を配列させるステップ、
(iv)磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状のマトリックス材料を前記培養容器に添加することによって、ステップ(iii)で配列した前記細胞集団を該マトリックス材料に包埋するステップ、
(v)前記マトリックス材料をゲル化させるステップ、
を含む、がん細胞挙動評価モデルの構築法。
[12]第2マトリックス材料が被験物質を含有する、[1]~[10]のいずれか一項に記載の構築法。
[13][1]~[11]のいずれか一項に記載の構築法で構築した、がん細胞挙動評価モデル。
[14][12]に記載の構築法で構築した、がん細胞挙動評価モデル。
[15]1スポットに1個又は複数個の細胞が存在する2次元アレイ状パターンに配置された、被験がん細胞を含む細胞集団が、細胞外マトリックス成分を含むマトリックス材料に包埋されていることを特徴とする、がん細胞挙動評価モデル。
[16][13]~[15]のいずれか一項に記載のがん細胞挙動評価モデルを用い、被験がん細胞に対する被験物質の有効性を調べることを特徴とする、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法。
[17](a)[13]に記載のがん細胞挙動評価モデルに被験物質を添加した後、培養するステップ、
(b)細胞の挙動を観察し、被験がん細胞に対する被験物質の有効性を判定するステップ、
を含む、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法。
[18](A)[14]に記載のがん細胞挙動評価モデルを培養するステップ、
(B)細胞の挙動を観察し、被験物質の被験がん細胞に対する有効性を判定するステップ、
を含む、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の手法によれば、がん細胞(単独の細胞又は細胞集団)が2次元アレイ状に配列し、且つマトリックス材料で囲まれた状態が形成される。即ち、がん細胞の挙動(増殖能、浸潤能)を生体環境に近い3次元培養下で、且つ多数の細胞又は細胞集団を同時に2次元で評価できる、がん細胞挙動評価モデルが構築される。当該がん細胞挙動評価モデルは、がん細胞の薬剤に対す応答性の評価や、生体における、がん細胞の挙動の解析に有用である。また、細胞間相互作用の解析にも有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(がん細胞挙動評価モデルの構築法及びがん細胞挙動評価モデル)
本発明の第1の局面は、がん細胞挙動評価モデルの構築法及びがん細胞挙動評価モデルに関する。「がん細胞挙動評価モデル」とは、がん細胞の挙動を評価するために利用される実験ないし試験ツールのことをいう。一般に、生体内における細胞等の特性を評価するために生体内の環境を再現又は模倣したものを「モデル」と呼ぶ。このような「モデル」は、特定の環境を形成している要素と、当該環境下にある細胞等とを含むことになる。本発明において「挙動」とは、増殖能又は浸潤能、或いはこれら両者のことをいう。本発明の細胞挙動評価モデルによれば、被験がん細胞の増殖能及び浸潤能を同時に評価することも可能である。
【0011】
本発明のがん細胞挙動評価モデルの構築法は、次のステップ、即ち、(1)被験がん細胞を含む細胞集団を磁気ラベルするステップ;(2)細胞外マトリックス成分を含有する第1マトリックス材料で培養面がコートされた培養容器を用意するステップ;(3)磁気ラベルした前記細胞集団を前記培養容器に播種した後、磁力を作用させることによって、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在するアレイ状パターンに前記細胞集団を配列させるステップ;(4)磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状の第2マトリックス材料を前記培養容器に添加することによって、ステップ(3)で配列した前記細胞集団を該第2マトリックス材料に包埋するステップ;(5)前記第2マトリックス材料をゲル化させるステップ、を含む。以下、各ステップを詳細に説明する。
【0012】
ステップ(1)(細胞集団の磁気ラベル)
このステップでは、被験がん細胞を含む細胞集団を用意し、当該細胞集団を磁気ラベルする。「磁気ラベル」とは、「磁性化」と同義であり、細胞に磁性粒子を導入したり、付着したりすること等によって、細胞を磁力で操作可能な状態にすることをいう。磁気ラベルの詳細については後述する。
【0013】
細胞集団は、被験がん細胞のみから構成されていても、被験がん細胞に加えて他の細胞を含んでいてもよい。また、被験がん細胞として2種類以上のがん細胞を含んでいてもよい。被験がん細胞として、遺伝子操作によってがん化させた細胞、生体から分離したがん細胞、又は培養がん細胞(細胞株)を用いることができる。「遺伝子操作によってがん化させた細胞」の典型例は、適当な細胞に活性化がん遺伝子を導入することによって得られる細胞である。このようながん化の誘導に利用される遺伝子として、v-src遺伝子、AKT1遺伝子、ras遺伝子を例示することができる。一方、「生体から分離したがん細胞」は、例えば、採取したがん組織から常法で調製することができる。「培養がん細胞(細胞株)」の例はHeLa細胞、HepG2細胞である。
【0014】
本明細書では、慣例に従い、癌腫と肉腫を総称する用語として「がん」を用いる。がんはその発生の母体となった臓器の名、もしくは発生母組織の名で呼ばれ、主なものを列記すると、舌癌、歯肉癌、咽頭癌、上顎癌、喉頭癌、唾液腺癌、食道癌、胃癌、小腸癌、大腸癌、直腸癌、肝臓癌、胆道癌、胆嚢癌、膵臓癌、肺癌、乳癌、甲状腺癌、副腎癌、脳下垂体腫瘍、松果体腫瘍、子宮癌、卵巣癌、膣癌、膀胱癌、腎臓癌、前立腺癌、尿道癌、網膜芽細胞腫、結膜癌、神経膠腫、神経膠芽細胞腫、皮膚癌、白血病、悪性リンパ腫、睾丸腫瘍、骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、血管肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫などである。
【0015】
被験がん細胞の動物種は特に限定されない。被験がん細胞として典型的にはヒトのがん細胞を用いるが、他の動物(マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタなど)のがん細胞を用いることも可能である。
【0016】
細胞集団の磁気ラベルは、好ましくは磁性粒子の導入又は付着によって行う。磁性粒子は、細胞が保持可能であり且つ細胞が保持した際に細胞に磁性を付加するものであればどのようなものでもよい。例えば、フェライトやマグネタイトなどの酸化鉄、酸化クロム、コバルトなどの磁性材料の粒子を磁性粒子として用いることができる。二種類以上の磁性粒子を組み合わせて用いてもよい。磁性粒子の粒径は特に限定しないが、例えば粒径が5nm~100μmの磁性粒子を用いることができる。後述するリポソーム封入型の磁性粒子の場合は特に粒径が5nm~25nmの磁性粒子を用いることが好ましい。この範囲の粒径の磁性粒子を用いることにより、リポソームの分散安定性を高めることができる。
【0017】
磁性粒子の導入により細胞集団を磁気ラベルする場合は、細胞への導入に適した形態に調製した磁性粒子を使用する。このような形態の磁性粒子の具体例は、リポソーム等の脂質膜に封入(内包)された磁性粒子である。例えば、磁性粒子をリポソームに封入した磁性粒子封入リポソーム(ML: MagnetoliposomeあるいはMagnetite liposome)や磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソーム(MCL: Magnetite cationic liposome)を用いることができる。これらのリポソーム封入型の磁性粒子では、リポソームの有する細胞親和性によって、細胞への付着及び取り込みが可能となる。特に、磁性粒子封入正電荷リポソームは、細胞表面との疎水性相互作用や電気的相互作用によって効率的に細胞内へと取り込まれる。尚、細胞に磁性粒子を取り込ませることによって、より確実に細胞を磁気ラベルすることができ、また多くの磁性粒子を細胞に保持させることができるため磁力の作用による細胞のコントロールが容易になる。
【0018】
MCLの一例を図1に示す。図1に示したMCLは、マグネタイト等の磁性粒子が、正電荷脂質を含有するリポソームに封入された構造を備える。MCLは表面に正電荷を帯びているために細胞への接着性に優れるとともに、リポソームを構成成分とするために細胞内へと取り込まれやすい。このような特性を備えるMCLは様々な細胞の磁気ラベルに適する。MCLは、例えばJpn.J. Cancer Res.第87巻第1179~1183頁(1996年)に記載された磁性粒子封入正電荷リポソームの製造方法を参照して調製することができる。
【0019】
一方、磁性粒子を付着することで細胞を磁気ラベルする場合には、細胞接着性物質と複合体を形成した磁性粒子を使用するとよい。例えば、細胞接着性物質が直接又は間接的に磁性粒子に結合して構成される複合体や、細胞接着性物質を含有する材料(多糖類や脂質など)で磁性粒子を被覆ないし封入して構成される複合体を使用することによって細胞に磁性粒子を付着することができる。尚、上記のリポソーム封入型の磁性粒子も細胞接着性であり、これを磁性粒子の付着による磁気ラベルに使用することもできる。
【0020】
本発明で使用される細胞接着性物質は、幅広い細胞に対して接着性を有する物質と、特定の細胞に対して選択的な接着性を示す物質とに分類することができる。前者の例として細胞膜の構成成分に結合性又は接着性を有する化合物を挙げることができる。このような化合物として、フィブロネクチン、フィブロネクチンの一部であって例えばアミノ酸配列RGD(Arg-Gly-Asp、アルギニン-グリシン-アスパラギン酸)、KQAGDV(Lys-Gln-Ala-Gly-Asp-Val、リシン-グルタミン-アラニン-グリシン-アスパラギン酸-バリン)、若しくはREDV(Arg-Glu-Asp-Val、アルギニン-グルタミン酸-アスパラギン酸-バリン)を含むペプチド、同じく細胞接着性タンパク質であるラミニン、又はラミニンの一部であって例えばアミノ酸配列YIGSR(Tyr-Ile-Gly-Ser-Arg、チロシン-イソロイシン-グリシン-セリン-アルギニン)、若しくはIKVAV(Ile-Lys-Val-Ala-Val、イソロイシン-リシン-バリン-アラニン-バリン)を含むペプチドなどを例示することができる。このような細胞接着性ペプチドの長さは、特に限定されるものではないが、好ましくはアミノ酸数個~10数個程度、さらに好ましくは10個以下程度である。例えば、アミノ酸配列RGDを有するペプチドあるいはアミノ酸配列YIGSRを有するペプチドであってアミノ酸残基数が10個以下のペプチドを好適に用いることができる。このような細胞接着性ペプチドは、好ましくは、ペプチドの末端側にこれらの特定アミノ酸配列を有し、より好ましくはそのN末端側にこれらのアミノ酸配列を有する状態でそのC末端で磁性粒子等の表面に結合されており、さらに好ましくは、そのN末端にこれらのアミノ酸配列のN末端残基が位置する。
【0021】
一方、特定の細胞に対して選択的な接着性を示す物質の例として、特定の細胞がその表面に発現する分子(マーカー分子)に対する抗体を挙げることができる。例えば、がん細胞の細胞表面マーカーを標的とすれば、がん細胞特異的に磁気ラベルすることが可能である。ここでの抗体としてFab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFvなどの抗体断片を用いることもできる。低分子化合物やタンパク質、標識物質などを融合又は結合させて構成される融合抗体又は標識化抗体を使用してもよい。標識物質としては125I等の放射性物質、ペルオキシダーゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチンなどを用いることができる。
【0022】
細胞接着性物質を直接又は間接的に磁性粒子に結合することによって、細胞接着性磁性粒子を構築することができる。例えば、市販の磁性粒子Dynabeads(登録商標)に対して、ビオチンとストレプトアビジンの結合反応を利用して抗体を結合することによって、細胞接着性磁性粒子を得ることができる。その他、市販の磁性粒子リゾビスト(登録商標)、フェリデックス等をアミノシランカップリングして、細胞接着性物質が結合した磁性粒子を調製することができる。また、表面に細胞接着性物質を有するリポソーム(即ち、細胞接着性物質を含有したリポソーム又は細胞接着性物質が表面に付着ないし結合したリポソーム)に磁性粒子を封入することによっても細胞接着性磁性粒子を構築することができる。細胞接着性物質の種類に応じた各種の結合形成反応を利用することによって、このような磁性粒子封入リポソームを作製することが可能である。必要に応じて適切なリンカーを用いることもできる。例えば、リポソームへRGDペプチドを結合させるためには、ジスルフィド結合の形成による方法が好適である。この方法では、RGD配列のC末端側にシステインが付加されたRGDC配列からなるペプチドを用いることが好ましい。かかるペプチドを使用することによって、SH基を有するリポソーム側との間に容易にジスルフィド結合を形成させることができる。尚、細胞接着性ペプチドをリポソームに結合させるためのリンカーはシステインに限られるものではなく、他のアミノ酸やペプチドを用いてもよい。
【0023】
細胞接着性物質との複合体を形成した磁性粒子(細胞接着性磁性粒子)の具体例として、MCLのリポソーム表面にアミノ酸配列RGDCからなるペプチドを結合した磁性粒子封入リポソームを挙げることができる。
【0024】
細胞接着性磁性粒子の他の具体例として、MCLのリポソーム表面に抗体を結合して得られる抗体固定化磁性粒子封入リポソーム(AML: Antibody-immobilized magnetite liposome)を挙げることができる。AMLは、マグネタイト等の磁性粒子がリポソームで封入されるとともに、リポソームに抗体が固定化された構造を備える。抗体としては磁性ラベルの対象の細胞に特異的に結合するものが選択される。これによって、細胞特異的に磁気ラベルすることが可能となる。AMLは、例えばJ. Chem. Eng. Jpn.第34巻第66~72頁(2001年)に記載された方法を参照して調製すればよい。
【0025】
ステップ(2)(培養容器の用意)
このステップでは、細胞外マトリックス成分を含有する第1マトリックス材料で培養面がコート(被覆)された培養容器を用意する。細胞外マトリックス成分の例としてコラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニンを挙げることができるが、好ましくはコラーゲンを採用する。コラーゲンの中でも、間質の主要構成成分であるI型コラーゲンを採用することが特に好ましい。I型コラーゲンを採用すれば、生体の間質を模倣したマトリックス材料となり、がん細胞の挙動評価に特に適したモデルを構築できる。また、生体から分離した細胞外マトリックスを細胞外マトリックス成分として用いることもできる。尚、市販のマトリックス材料(例えばマトリゲル(Becton Dickinsonの登録商標))を用いて第1マトリックス材料を調製してもよい。
【0026】
2種類以上の細胞外マトリックス成分を併用することもできる。例えば、I型コラーゲンとプロテオグリカンやフィブロネクチンなどを併用すれば、生体内の間質に一層近似したマトリックス材料を構成できる。
【0027】
好ましい一態様では、第1マトリックス材料が、ステップ(1)で磁気ラベルした細胞集団の生存、維持に必要な培地を含有する。培地は、細胞集団に応じて適宜選択又は調製すればよい。培地の例を挙げると、ダルベッコ変法イーグル(DMEM)培地(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、RPMI 1640培地(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、SmGM培地(CAMBREX社)、SmGM-2培地(CAMBREX社)である。血清、ビタミン、無機塩、抗生物質、成長因子などを培地に添加してもよい。尚、第1マトリックス材料内で適切な濃度になるよう、濃縮した培地を用いるとよい。
【0028】
培養面の形態は特に限定されない。但し、培養面が平坦であることが好ましい。後続のステップ(3)において細胞集団が2次元アレイ状パターンで配列し、その結果、細胞集団の挙動を二次元的観察(例えば光学顕微鏡下での観察)によって評価することが可能な評価モデルが構築されるからである。
【0029】
第1マトリックス材料による培養面のコートは、典型的には次の方法で行う。即ち、液状の第1マトリックス材料を培養面に滴下、塗布等した後、ゲル化させる。ゲル化の条件は使用する材料に合わせて設定すればよい。例えば、コラーゲンを含む第1マトリックス材料を用いた場合には、通常、昇温によってゲル化させる。
【0030】
培養面に形成する第1マトリックス材料の層の厚さは、後続のステップ(3)における細胞集団のパターニングに支障のない限り特に限定されない。換言すれば、パターニングに必要な磁力が細胞集団に印加される状態を形成できる限り、当該層の厚さは任意である。例えば、当該層の厚さを50μm~150μmとする。
【0031】
様々な培養容器を利用可能である。培養容器の一例は培養皿(ペトリ皿)である。複数の培養容器を用い、同時に二つ以上の評価モデルを構築することにしてもよい。このようにして構築した複数の評価モデルは、例えば、がん細胞の挙動を複数の条件で同時に評価することを可能にする。
【0032】
ステップ(3)(細胞集団のパターニング)
このステップではまず、磁気ラベルした細胞集団を培養容器に播種する。続いて、播種した細胞に磁力を作用させることによって細胞を所定のパターンに配列させる。本発明において「パターンに配列させる」と「パターンニングする」とは同義であって、細胞を所定の配置態様で並べることをいう。本発明では、「所定のパターン」としてアレイ状パターンを採用する。従って、このステップを実行すると、細胞集団がアレイ状パターンに配列することになる。アレイ状パターンの各スポットに存在する細胞の数は特に限定されない。即ち、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在する。ここでの複数個とは例えば2~100個である。スフェロイドを形成して増殖するがん細胞を被験がん細胞とした場合には、スフェロイドの形成に必要な数の細胞が各スポットに存在するようにパターニングするとよい。ここでの「必要な数」は、使用するがん細胞によって相違するものの、例えば10個~50個である。尚、播種する細胞数が異なる複数の試験区を設けた予備実験を行えば、特定の被験がん細胞についてスフェロイドの形成に必要な細胞数を容易に決定できる。
【0033】
「アレイ状パターン」とは、多数のスポットが規則的に配列する配列態様のことをいう。スポットの間隔は任意に設定可能である。但し、生体内の環境に近づけるため、また多数の細胞(細胞群)の挙動を同時に把握できるようにするため、好ましくはスポットの間隔を50μm~1000μmにするとよい。このように微細なアレイ状パターンに細胞(細胞群)を配列させると、細胞間相互作用も評価可能なモデルとなる。
【0034】
好ましくは、全体に亘ってスポットの間隔が均一なアレイ状パターンとする。各スポットの細胞(細胞群)を同一の環境下におくためである。このようなアレイ状パターンの具体例は2次元ドットマトリックス状パターンである。2次元ドットマトリックス状パターンでは2次元平面上に多数のスポットがドットマトリックス状に配置される。
【0035】
一方、間隔の相違に起因する効果(影響)を調べる目的など、特定の目的に使用する場合には、部分的にスポットの間隔を長く(又は短く)したり、スポットの間隔が特定の方向性で連続的又は段階的に増大(減少)したりするなど、スポットの間隔に変化を付与してもよい。
【0036】
磁力によるパターニングは例えば次のように行う。即ち、磁気ラベルした細胞集団を播種する培養面の後方に(即ち、培養面の裏面側に)、所定のパターンで磁石を配置することで培養面の一部領域(磁石の配置パターンに対応するパターンとなる領域)を通って二次元的なパターンの磁力を細胞に作用させる。容器として培養皿を使用する場合、典型的には、所定のパターンで配置された磁石の上に培養皿を設置することになる。培養皿の場合は通常、内底面が培養面となるが、容器の種類や形態の如何によっては容器の内底面以外の内壁面が培養面に設定される場合がある。
【0037】
パターニングに使用する磁石の種類は特に限定されない。例えば、永久磁石又は電磁石を用いることができる。電磁石を使用すれば、通電状態の操作によって磁力を制御可能である。永久磁石として、鋳造磁石(アルニコ磁石、鉄・クロム・コバルト磁石を含む)、塑性加工磁石(Fe-Mn系、Fe-Cr-Co系を含む)、フェライト磁石(Ba系、Sr系を含む)、希土類磁石(Sm-Co系、Nd-Fe-B系を含む)、ボンド磁石(Sm-Co系、Nd-Fe-B系、Sm-Fe-N系を含む)などを使用することができる。
【0038】
磁力を作用させる時間は、使用する磁石の種類、磁気ラベルに使用する磁性粒子の種類などを考慮して定めればよく、例えば1分~2時間である。
【0039】
磁石から放出される磁力を直接利用するのではなく、磁石から放出される磁力を他の部材に伝搬させた後に利用することにしてもよい。例えば、Fe、Co、Ni、Fe-C、Fe-Ni、Fe-Co、Fe-Ni-Co-Al、Fe-Ni-Cr、SmCo5、Nd2Fe14B、Fe3O4、γ-Fe2O3、BaFe12O19等のように磁力を伝搬する特性の部材を磁石に接触又は近接させることにすれば、当該部材の表面(端面など)から磁力を放出させることが可能である。このような構成は、より複雑なパターニング及び/又はより微細ないし精緻なパターニングを行う上で有利である。当該構成に用いられる部材の具体例(剣山状鉄製デバイス)を図2に示す。この剣山状鉄製デバイスは鉄製であり、その上面側には所定の間隔で規則的に多数のピン(支柱)が形成されている。ピンの高さ及び間隔は任意に設定できる。この例ではピンの高さは300μm、間隔は150μm(C)及び600μm(D)である。図2(A)は剣山状鉄製デバイスを利用したパターニング方法を示す。剣山状鉄製デバイスを磁石の上に載置した後(剣山状鉄製デバイスの磁性化)、剣山状鉄製デバイスの上に培養皿を載置する。この状態で所定時間(例えば30分程度)培養する。尚、ピンの形状、大きさ、間隔、配置態様などを設定・調整することによって、様々なパターンのパターニングが可能となる。
【0040】
ステップ(4)(マトリックス材料への包埋)
ステップ(3)に続くステップ(4)では、磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状の第2マトリックス材料を培養容器に添加することによって、ステップ(3)で配列した細胞集団を当該第2マトリックス材料に包埋する。これによって、各スポットの細胞がマトリックス材料(一面側は第1マトリックス材料、その他は第2マトリックス材料)で包囲された状態となる。第2マトリックス材料に細胞集団が包埋された状態が形成される限り、第2マトリックス材料の使用量(換言すれば第2マトリックス材料が形成する層の厚さ)は特に限定されない。例えば、深さ0.1mm~5mmの位置に細胞が包埋されるように、第2マトリックス材料の使用量を設定する。
【0041】
ステップ(3)で形成した細胞のパターンを崩さないため、第2マトリックス材料に細胞集団が完全に包埋されるまで磁力を作用させた状態を維持することが好ましい。第2マトリックス材料の流動性が高いがために細胞のパターンが崩れるおそれのある場合には、細胞集団が完全に包埋された後においても引き続き磁力を作用させておくことが好ましい(例えば、ゲル化の途中又はゲル化が完了するまで磁力を作用させる)。
【0042】
ステップ(4)には液状に調製した第2マトリックス材料を使用する。第2マトリックス材料は細胞外マトリックス成分と培地を含有する。ここでの「細胞外マトリックス成分」の例はコラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニンである。第1マトリックス材料の場合と同様の理由から、好ましくはコラーゲンを採用し、特に好ましくはI型コラーゲンを採用する。また、生体から分離した細胞外マトリックスを細胞外マトリックス成分として用いることもできる。市販のマトリックス材料(例えばマトリゲル(Becton Dickinsonの登録商標))を用いて第2マトリックス材料を調製してもよい。第1マトリックス材料の場合と同様に、2種類以上の細胞外マトリックス成分を併用してもよい。
【0043】
好ましくは第1マトリックス材料に使用した細胞外マトリックス成分と同種の細胞外マトリックス成分を用いて第2マトリックス材料を調製する。特定の細胞外マトリックスに包囲された環境でのがん細胞の挙動を評価することに適した「がん細胞挙動評価モデル」を構築できるからである。更に好ましくは、第1マトリックス材料と第2マトリックス材料を同一の組成とする。
【0044】
第2マトリックス材料は細胞集団の生存、維持に必要な培地を含有する。培地は、細胞集団に応じて適宜選択又は調製すればよい。培地の例を挙げると、ダルベッコ変法イーグル(DMEM)培地(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、RPMI 1640培地(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、SmGM培地(CAMBREX社)、である。血清、ビタミン、無機塩、抗生物質、成長因子などを培地に添加してもよい。尚、第2マトリックス材料内で適切な濃度になるよう、濃縮した培地を用いるとよい。
【0045】
第2マトリックス材料に細胞を含有させることもできる。ここでの「細胞」は、ステップ(1)で磁気ラベルに供する細胞集団と異なる細胞である。例えば、線維芽細胞(ヒト線維芽細胞、マウス線維芽細胞など)、リンパ球、マクロファージ、上皮細胞、内皮細胞を用いることができる。好ましくは、生体内において被験がん細胞と相互作用すると考えられる細胞、例えば間質を構成する線維芽細胞、リンパ球、マクロファージ等を用いる。2種類以上の細胞を併用してもよい。
【0046】
細胞を含有しない第2マトリックス材料(細胞非含有第2マトリックス材料)と、細胞を含有する第2マトリックス材料(細胞含有第2マトリックス材料)を併用することもできる。この場合には例えば、細胞含有第2マトリックス材料による包埋を行った後、細胞非含有第2マトリックス材料を添加、積層する。或いは、これとは逆に細胞非含有第2マトリックス材料による包埋を行った後、細胞含有第2マトリックス材料を添加、積層する。このように2種類の第2マトリックス材料を併用すると、第2マトリックス材料による層が2層形成されることになる。特定の細胞を含む第2マトリックス材料と、当該細胞と異なる細胞を含む第2マトリックス材料を併用することもできる。尚、ここでは一例として2種類の第2マトリックス材料を併用する態様を説明したが、3種類以上の第2マトリックス材料を併用することも可能である。
【0047】
ステップ(5)(マトリックス材料のゲル化)
ステップ(4)に続くステップ(5)では、第2マトリックス材料をゲル化させる。使用する第2マトリックス材料の特性に合わせてゲル化条件を設定すればよい。例えば、コラーゲンを含む第2マトリックス材料を用いた場合には、昇温によってゲル化させる。
【0048】
以上の各ステップを実行して構築されるがん細胞挙動評価モデルは、被験がん細胞を含む細胞集団が第1マトリックス材料の層の上で所定のパターンで配列するとともに、第1マトリックス材料の層に接する側を除き、第2マトリックス材料で包囲された構造を備える。これに対して本発明の一態様では、以下のステップ、即ち(i)被験がん細胞を含む細胞集団を磁気ラベルするステップ;(ii)培養面に細胞層が形成された培養容器を用意するステップ;(iii)磁気ラベルした前記細胞集団を前記培養容器に播種した後、磁力を作用させることによって、1スポットに1個又は複数個の細胞が存在するアレイ状パターンに前記細胞集団を配列させるステップ;(iv)磁力を作用させた状態を維持しつつ、細胞外マトリックス成分及び培地を含有する液状のマトリックス材料を前記培養容器に添加することによって、ステップ(iii)で配列した前記細胞集団を該マトリックス材料に包埋するステップ;(v)前記マトリックス材料をゲル化させるステップ、を実行することによって、被験がん細胞を含む細胞集団が、第1マトリックス材料の層ではなく細胞層の上で所定のパターンで配列した構造を作り出す。以下、当該態様に特徴的なステップ(ii)を説明する。尚、ステップ(i)は上記ステップ(1)と、ステップ(iii)は上記ステップ(3)と、ステップ(iv)は上記ステップ(4)と、ステップ(v)は上記ステップ(5)と実質的に同一であるため、その説明を省略する。
【0049】
ステップ(ii)は、培養面に細胞層が形成された培養容器を用意するステップである。例えば、培養容器に細胞を播種し、そして培養することによって培養面に細胞層を形成する。組織片培養(エクスプラント法)によって培養面に細胞層を形成することもできる。また、がん細胞挙動評価モデルの構築に直接用いる培養容器内で細胞層を形成するのではなく、予め用意しておいた細胞層(細胞シート)を用いることにしてもよい。この場合、細胞層(細胞シート)を培養面に移植することになる。
【0050】
細胞層を構成する細胞は特に限定されない。採用可能な細胞を例示すると、線維芽細胞(ヒト線維芽細胞、マウス線維芽細胞など)、リンパ球、マクロファージ、上皮細胞、内皮細胞である。好ましくは、生体内において被験がん細胞と相互作用すると考えられる細胞、例えば間質を構成する線維芽細胞、リンパ球、マクロファージ等を用いる。2種類以上の細胞で細胞層を構成してもよい。また、細胞層を2層以上形成することにしてもよい。
【0051】
本発明のがん細胞挙動評価モデルは、がん細胞の挙動を評価するためのツールとして利用される。利用態様の一つでは、がん細胞挙動評価モデルを培養に供し、各スポットの細胞の挙動を評価する。別の利用態様では、被験物質の存在下でのがん細胞の挙動を評価する。当該態様の場合、がん細胞挙動評価モデルを構築した後又は構築する際に被験物質を添加する。前者の場合はゲル化した第2マトリックス材料に対して被験物質を添加する。他方、後者の場合は被験物質を含有した第2マトリックス材料を用意して上記ステップ(4)及び(5)を実行することになる(第1マトリックス材料にも被験物質を添加することにしてもよい)。
【0052】
被験物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として、核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ホルモン、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)等を例示できる。被験物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的な評価系を構築することができる。尚、細胞抽出液、培養上清などを被験物質として用いてもよい。また、既存の薬剤を被験物質としてもよい。
【0053】
(がん細胞挙動評価モデルの用途)
以上の説明から分かるように、本発明のがん細胞挙動評価モデルを利用すれば、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価することができる。そこで本発明の第2の局面は、本発明のがん細胞挙動評価モデルを用いて被験がん細胞に対する被験物質の有効性を調べることを特徴とする、被験がん細胞に対する物質の有効性を評価する方法(以下、「本発明の評価法」と略称する)を提供する。以下、本発明の評価法について、がん細胞挙動評価モデルを構築した後に被験物質を添加する場合と、がん細胞挙動評価モデルを構築する際に被験物質を添加する場合に分けて説明する。
【0054】
(1)がん細胞挙動評価モデルを構築した後に被験物質を添加する評価法
この態様ではまず、構築したがん細胞挙動評価モデルに被験物質を添加した後、培養する(ステップ(a))。具体的には、被験物質又は被験物質を含む溶液を用意し、これをゲル化した第2マトリックス材料の上に滴下又は塗布等した後、培養に供する。被験物質を2回以上添加することにしてもよい。その際には、各回の添加量は同一でなくてもよい。培養条件は目的に応じて適宜設定すればよい。典型的には被験がん細胞の生存、増殖に適した培養条件に設定する。具体例を示すと、37℃前後の温度条件下、5%CO2インキュベータで培養する。低酸素条件(例えば1%O2)で培養することもできる。
【0055】
ステップ(a)の後、細胞の挙動を観察し、被験がん細胞に対する被験物質の有効性を判定する(ステップ(b))。例えば、培養開始から所定時間経過した後に細胞を光学顕微鏡下で観察し、細胞数や細胞の形態などを指標として被験物質の有効性を判定する。観察手段は光学顕微鏡に限られるものではなく、セルウオッチャー(Corefront Co.)、その他の顕微システム等を用いることもできる。判定のための指標についても、細胞数や細胞の形態に限られるものではない。採用可能な指標を例示すると、細胞数(スポットあたりの平均又は総数)、細胞の形態、細胞の大きさ、細胞の長さ、スフェロイドの大きさ、細胞の広がり(浸潤)の程度、移動距離である。
【0056】
基準(対照)との比較によって被験物質の有効性を判定することが好ましい。基準として、培養開始時の観察結果、被験物質を添加しないで培養した場合の観察結果、及び被験がん細胞に有効な特定の物質を添加して培養した場合の観察結果からなる群より選択されるいずれかを用いることができる。二つ以上の基準を併用してもよい。前2者はいわゆる陰性対照(ネガティブ・コントロール)となる。このような陰性対照との比較に基づき判定すれば、判定結果の客観性、信頼性、正確性等が向上する。一方、後者(被験がん細胞に有効な特定の物質を添加して培養した場合の観察結果)は、いわゆる陽性対照(ポジティブ・コントロール)となる。陽性対照を用いることによって、特定の物質の有効性を基準に被験物質の有効性を判定することが可能となる。
【0057】
被験がん細胞に有効な特定の物質についてその添加濃度(存在量)と観察結果との関係を予め求めておき、これに対して被験物質の観察結果を比較することにしてもよい。被験がん細胞に有効な特定の物質の添加濃度と観察結果との関係は検量線として、或いは表形式等で与えられる。
【0058】
細胞の挙動の観察を経時的に行い、培養開始からの経過時間の異なる複数の観察結果を得ることにしてもよい。この場合には、得られた複数の観察結果に基づき被験物質の有効性を判定する。このような経時的な観察及び判定によれば、被験物質の作用に関して有益な多くの情報(例えば持続時間や、作用メカニズムの理解に役立つ情報)を得ることができる。細胞の挙動の観察をリアルタイムに行うようにしてもよい。
【0059】
一方、被験物質の添加濃度が異なる複数の試験群を設定してステップ(a)を行うことにしてもよい。この場合、ステップ(b)では各試験群の観察結果を比較して被験物質の有効性を判定する。このようにすれば、例えば濃度依存性など、被験物質の有効性に関してより詳細な情報を得ることができる。
【0060】
この態様の評価法によれば1種類のがん細胞挙動評価モデルを用いて様々な被験物質の有効性を判定することができる(がん細胞挙動評価モデルに注目すると、汎用性の高いモデルであるといえる)。従って、複数の被験物質の有効性を同時に判定する場合に特に有効である。
【0061】
(2)がん細胞挙動評価モデルを構築する際に被験物質を添加する評価法
当該態様では第2マトリックス材料に被験物質が既に添加されている。従って、原則、被験物質を改めて添加することなく、構築したがん細胞挙動評価モデルを培養に供する(ステップ(A))。続いて、細胞の挙動を観察し、被験がん細胞に対する被験物質の有効性を判定する(ステップ(B))。このステップ(B)は上記ステップ(b)と実質的に同一であるため、その説明を省略する。尚、この態様においては、基準(対象)として、培養開始時の観察結果、被験物質を添加しない第2マトリックス材料を用いて構築したがん細胞挙動評価モデルを同一条件で培養して得た観察結果、及び被験がん細胞に有効な特定の物質を添加した第2マトリックス材料を用いて構築したがん細胞挙動評価モデルを同一条件で培養して得た観察結果からなる群より選択される一又は二以上の観察結果を用いることができる。
【実施例】
【0062】
1.3次元(3D)磁気細胞パターニング法の開発
本発明者らの研究グループは、磁性ナノ粒子であるマグネタイトをリポソームで包埋した磁性粒子封入正電荷リポソーム(MCL)と剣山状鉄製デバイスを使用し、磁気ラベルした細胞をアレイ状にパターニングする磁気細胞パターニング法を開発したことを報告するとともに、当該方法を適用することによってマウス線維芽細胞(3T3)の細胞アレイ作製に成功したことを示した(上掲の非特許文献1)。今回、この磁気細胞パターニング法を基に、細胞外マトリックス成分を包含する3次元(3D)ゲル中に2次元(2D)細胞アレイパターニングを行うという新しい手法(「3D磁気細胞パターニング法」と呼ぶ)を開発した。3D磁気細胞パターニング法(一例)を図1に示す。3D磁気細胞パターニング法ではまず、MCLを細胞に添加し、細胞を磁気ラベル化する(例えば1分~5時間の培養)。次に、磁気ラベルした細胞を培養皿からトリプシン処理等により剥離する。次に、剣山状鉄製デバイスをネオジ磁石(0.8テスラ)の上に配置し、磁力線をピン(支柱)の上に集中させ、その剣山状鉄製デバイスの上に、培養面を細胞外マトリックスゲル(第1マトリックス材料)でコートした培養皿を配置し、磁気ラベルした細胞を培養皿に播種する。これにより一面に2D細胞アレイパターニングを行う。その後、上から培養皿に液状のマトリックス材料(第2マトリックス材料)を加え、そしてゲル化させることにより、細胞外マトリックスゲルで3次元的に細胞を包んだ3D培養モデルを完成させる。
【0063】
この例ではMCLとして、マグネタイト(粒径約10nmのFe3O4)を封入したカチオニックリポソーム(約150nm)を用いた。また、第1マトリックス材料と第2マトリックス材料を同一とし、I型コラーゲン(新田ゼラチン社)、5倍濃縮(x5)DMEM(ギブコ社)及びリン酸バッファーを重量比(w/v)で7:2:1となるように混合したものを使用した。冷却した第1マトリックス材料を培養皿の培養面に滴下、伸展させた後、昇温(37℃)してゲル化させることによって、細胞外マトリックスゲルでコートされた培養面(コート厚100μm)を得た。
【0064】
一方、剣山状鉄製デバイスは上面側に所定の間隔で規則的に多数のピン(支柱)が形成されたものである(図2)。特に言及しない限り、以降の実験には、ピンの高さ300μm、ピンの間隔150μmの剣山状鉄製デバイスを使用した。
【0065】
(1)マウス胚由来線維芽細胞(BALB/3T3)を用いた評価モデルの構築
マウス胚由来線維芽細胞(BALB/3T3)(理研Cell bank)を用いて3D磁気細胞パターニング法を実施した。その結果、3Dゲル中に2D細胞アレイパターニングすることに成功した(図3)。即ち、パターニング後の細胞挙動を生体環境に近い3D培養下で観察でき且つ多サンプルを同時に2Dで評価することが可能な評価モデルの構築に成功した。構築した評価モデルを培養し、経時変化を観察した。その結果、時間の経過とともに細胞が増殖、伸展する様子が確認された(図4)。
【0066】
2.3次元(3D)がん細胞挙動評価モデルの構築及び評価
(1)がん遺伝子v-srcを導入した細胞を用いた評価モデル
がん化細胞を用いて3D磁気細胞パターニング法を実施し、3Dがん細胞挙動評価モデルを構築した。まず、がん遺伝子v-srcをpBabepuroにクローニングした後、BALB/3T3(理研Cell bank)に常法で導入した。このようにして調製したBALB/3T3/v-srcとBALB/3T3(無処理の細胞)をそれぞれ用い、3D磁気細胞パターニング法を実施した。播種細胞数は2.0×105個、取り込ませたMCL量は100pg/細胞、MCLを取り込ませるための培養時間は4時間、剣山状鉄製デバイスのピン間隔は150μm、ゲルコートの厚さは100μmとした。構築した2種類の3Dがん細胞挙動評価モデル(BALB/3T3/v-srcが2D細胞アレイパターニングされたモデル、及びBALB/3T3が2D細胞アレイパターニングされたモデル)を培養(37℃、5%CO2)に供し、細胞の挙動を経時観察した。図5に示す通り、BALB/3T3/v-src(がん細胞)において増殖能・浸潤能の亢進がみられた。このように、3次元環境においてがん細胞の挙動を評価できることが示された。即ち、3D磁気細胞パターニング法によって構築した3Dがん細胞挙動評価モデルが、3次元環境下でがん細胞の挙動を評価するツールとして有用であることが確認された。
【0067】
(2)活性型AKT1を導入した細胞を用いた評価モデル
別のがん細胞を用いて3Dがん細胞挙動評価モデルの有用性を確認した。まず、活性型AKT1遺伝子(myr-AKT1)をpQCXIN(クロンテック)にクローニングした後、MCF10A細胞(ヒト上皮細胞、ATCC CRL-10317)に常法で導入した。このようにして調製したMCF10AmyrAKT1とMCF10A(無処理の細胞)をそれぞれ用い、3D磁気細胞パターニング法を実施した。播種細胞数は6.0×105 個、取り込ませたMCL量は100 pg/細胞、MCLを取り込ませるための培養時間は4時間、剣山状鉄製デバイスのピン間隔は150μm、ゲルコートの厚さは100μmとした。
【0068】
構築した2種類の3Dがん細胞挙動評価モデル(MCF10AmyrAKT1が2D細胞アレイパターニングされたモデル、及びMCF10Aが2D細胞アレイパターニングされたモデル)を培養(37℃、5%CO2)に供し、細胞の挙動を経時観察した。図6に示す通り、いずれの評価モデルにおいても細胞がスフェロイドを形成して増殖する様子が観察された。このように、スフェロイド形成性の細胞の挙動も評価できることが示された。
【0069】
(3)評価モデルを用いた阻害剤濃度の検討
BALB/3T3 /v-src細胞に対する阻害剤ゲニステイン(Genistein)の作用を確認するため、予備実験としてBALB/3T3 /v-src細胞を播種した培養皿に種々の濃度でゲニステイン(CALBIOCHEM社)を添加し、増殖率を調べた。その際、MCLの毒性の有無を併せて確認するため、MCLを取り込ませた細胞及び取り込ませていない細胞を用意し、両者の増殖率を比較した。尚、ゲニステインは大豆イソフラボンの一種であり、プロテインチロシンキナーゼを阻害し、がん細胞の浸潤・転移、血管新生を抑制する効果を持つ。
【0070】
ゲニステイン添加から24時間後及び48時間後に各サンプルの培養面を撮影し、画像処理により細胞の総面積を算出した。図7に示す通り、ゲニステイン濃度を100μM以上にすると細胞の増殖率が低下した。また、ゲニステインを添加しない場合(コントロール)及び添加した場合(1μM~1000μM)のいずれにおいても、MCLを取り込ませた細胞(MCL+)とMCLを取り込ませていない細胞(MCL-)の間に有意差は認められず、MCLが細胞に毒性を示さないこと、及びMCLがゲニステインの増殖阻害作用に影響しないことがわかる。
【0071】
次に、(1)に記載した方法でBALB/3T3 /v-src細胞を含有する評価モデルを構築し、種々の濃度でゲニステインを添加した後、細胞を経時観察した。ゲニステインを添加しない場合をコントロールとした。ゲニステイン添加後0時間、24時間及び48時間の細胞を図8に示す。コントロールでは時間経過とともに細胞が増殖、伸展及び浸潤していることがわかる。ゲニステインが10μMの場合、コントロールと同様の細胞の挙動が観察された。一方、阻害剤の添加濃度が100μM及び1000μMになると、明らかな増殖阻害が認められる。各サンプルについて細胞の総面積を算出し、グラフに表した(図9)。このように、生体環境に近い3次元環境下でパターニングしたがん化した細胞の挙動を、2次元観察できることが示された。また、構築した評価モデルが薬剤の評価に有用であることが確認された。3次元環境下でのパターニングは、より少ない細胞数での細胞密度の高い疑似環境下での解析を可能とし、浸潤や遊走能などの評価モデルとして有用である。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明が提供するがん細胞挙動評価モデルは各種がん細胞の増殖能及び/又は浸潤能の評価に有用である。がん細胞の薬剤に対する応答性の評価や、生体における、がん細胞の挙動の解析にも有用である。
【0073】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】3D磁気細胞パターニング法の一例。
【図2】細胞のパターニングに用いる剣山状鉄製デバイス。(A)剣山状鉄製デバイスを利用したパターニングの方法、(B)剣山状鉄製デバイス(幅20mm、長さ20mm、高さ10mm)の外観、(C)剣山状鉄製デバイスが備えるピンの形態(高さ300μm、間隔150μm)、(D)剣山状鉄製デバイスが備えるピンの形態(高さ300μm、間隔600μm)。
【図3】BALB/3T3を用いた3D磁気細胞パターニング法の結果(光学顕微鏡像)。
【図4】BALB/3T3を用いた3D磁気細胞パターニング法により構築した評価モデルの経時変化。培養開始後0時間(A)、12時間(B)、24時間(c)の細胞の状態(光学顕微鏡像)を示す。
【図5】3D磁気細胞パターニング法によって構築した二つの評価モデル(BALB/3T3を含む評価モデル(上段)と、BALB/3T3/v-srcを含む評価モデル(下段))の経時変化。
【図6】3D磁気細胞パターニング法によって構築した二つの評価モデル(MCF10Aを含む評価モデル(上段)と、MCF10AmyrAKT1を含む評価モデル(下段))の経時変化。
【図7】ゲニステインの阻害作用。種々の濃度でゲニステインを添加し、BALB/3T3 /v-src細胞を培養した。24時間後(上段)及び48時間後(下段)に細胞の総面積を算出し、ゲニステインの増殖阻害能を評価した。MCLを取り込ませた細胞(MCL+)とMCLを取り込ませていない細胞(MCL-)の間に有意差は認められない。
【図8】BALB/3T3 /v-src細胞を含有する評価モデルを用いた薬剤アッセイ。BALB/3T3 /v-src細胞を含有する評価モデルに種々の濃度でゲニステインを添加した後、細胞を経時観察した。ゲニステイン添加後0時間、24時間及び48時間の細胞を示す。
【図9】BALB/3T3 /v-src細胞を含有する評価モデルを用いた薬剤アッセイ。BALB/3T3 /v-src細胞を含有する評価モデルに種々の濃度でゲニステインを添加した後、細胞を経時観察した。ゲニステイン添加後0時間、24時間及び48時間の細胞の総面積を算出し、グラフに表した。
図面
【図7】
0
【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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