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明細書 :分子計測装置および分子計測方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4852759号 (P4852759)
登録日 平成23年11月4日(2011.11.4)
発行日 平成24年1月11日(2012.1.11)
発明の名称または考案の名称 分子計測装置および分子計測方法
国際特許分類 G01Q  60/24        (2010.01)
G01Q  10/02        (2010.01)
G01Q  80/00        (2010.01)
FI G01Q 60/24
G01Q 10/02 111
G01Q 80/00 121
請求項の数または発明の数 8
全頁数 14
出願番号 特願2006-529009 (P2006-529009)
出願日 平成17年7月8日(2005.7.8)
国際出願番号 PCT/JP2005/012689
国際公開番号 WO2006/011348
国際公開日 平成18年2月2日(2006.2.2)
優先権出願番号 2004224573
優先日 平成16年7月30日(2004.7.30)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成20年5月22日(2008.5.22)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
発明者または考案者 【氏名】岡嶋 孝治
【氏名】徳本 洋志
個別代理人の代理人 【識別番号】100105050、【弁理士】、【氏名又は名称】鷲田 公一
審査官 【審査官】野田 洋平
参考文献・文献 特開2001-165840(JP,A)
Seiji TAKEDA, et al.,Measurement of the Length of the α Helical Section of a Peptide Directly Using Atomic Force Microscopy,Chem. Pharm. Bull.,2001年,Vol. 49, No. 12,p. 1512-1516
猪飼篤, 岡嶋孝治, 荒川秀雄,トライボロジーへの新しいアプローチ 単一タンパク質分子の力学的延伸とレオロジー実験,トライボロジスト,2004年 1月15日,第49巻, 第1号,第49-55頁
中村史, 武田晴治, HAN S, 長谷川みき, 影島賢巳, 中村徳幸, 徳本洋志, 三宅淳,AFMを用いた生体分子,細胞操作技術の開発,電気化学会第69回大会講演要旨集,2002年 3月25日,第283頁
猪飼篤,表面固定されたタンパク質のナノ力学,表面科学,2001年 9月10日,Vol. 22, No. 9,pp. 620-626
調査した分野 G01Q 10/00-90/00
JSTPlus(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
基板上に存在する分子の一端を引き上げる引き上げ手段と、
前記分子が前記基板に接している部分と引き上げにより前記分子が前記基板から離されている部分との境界である剥がれ点と、前記引き上げ手段の位置とを、前記基板に対して垂直線上になるように制御する制御手段と、を備え
前記基板と前記引き上げ手段の先端との距離、および、前記引き上げ手段のたわみ量を計測する、
分子計測装置。
【請求項2】
前記制御手段は、前記分子の一端を引き上げた状態の引き上げ手段と前記基板との距離を一定に維持しながら、前記引き上げ手段の位置を制御する、請求項1記載の分子計測装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記引き上げ手段のたわみ量が小さくなる位置を検知し、検知した位置へ前記引き上げ手段を移動する、請求項1記載の分子計測装置。
【請求項4】
前記制御手段は、たわみ量が小さくなる位置を検知することを繰り返し、たわみ量が最小となる位置に前記引き上げ手段を移動する、請求項3記載の分子計測装置。
【請求項5】
前記引き上げ手段は、カンチレバーである、請求項1記載の分子計測装置。
【請求項6】
前記引き上げ手段は、光ピンセット(光放射圧)である、請求項1記載の分子計測装置。
【請求項7】
前記引き上げ手段は、ガラスニードルである、請求項1記載の分子計測装置。
【請求項8】
引き上げ手段を用いて、基板上に存在する分子の一端を引き上げる工程と、
前記分子が前記基板に接している部分と引き上げにより前記分子が前記基板から離されている部分との境界である剥がれ点と、前記引き上げ手段の位置とを、前記基板に対して垂直線上になるように制御する工程と、を備え
前記基板と前記引き上げ手段の先端との距離、および、前記引き上げ手段のたわみ量を計測する、
分子計測方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、分子計測装置および分子計測方法、特に、原子間力顕微鏡装置による分子計測に関する。
【背景技術】
【0002】
1986年に開発された原子間力顕微鏡装置(Atomic Force Microscope、以下、「AFM」とも記す)(非特許文献1)は、導体・半導体・絶縁体(高分子・生体材料含む)の表面形状を高分解能で観察することができる顕微鏡である。また、AFMの一分子計測法(フォーススペクトロスコピーとも呼ばれる)を用いることにより、一分子レベルの分子間相互作用(分子間の結合力)(非特許文献2、非特許文献3)や分子内相互作用(一分子のコンフォメーション変化)(非特許文献4、非特許文献5)を調べることができる。

【非特許文献1】G.Binnig,C.F.Quate,and Ch.Gerber,″Atomic Force Microscope″,Phys.Rev.Lett.Vol.56,1986,p.930
【非特許文献2】Frisbie,C.D.,Rozsnyai,L.F.,Noy,A.,Wrighton,M.S.and Lieber,C.M.″Functional Group Imaging by Chemical Force Microscopy″,Science Vol.265,1994,p.2071
【非特許文献3】Lee,G.U.,Kidwell,D.A.and Colton,R.J.″Sensing Discrete Streptavidin-Biotin Interactions with Atomic Force Microscopy″,Langmuir Vol.10,1994,p.354-357
【非特許文献4】K.Mitsui,M.Hara,A.Ikai,FEBS Lett.″Mechanical unfolding of alpha2-macroglobulin molecules with atomic force microscope″,Vol.385,1996,p.29
【非特許文献5】M.Rief,M.Gautel,F.Oesterhelt,J.M.Fernandez,H.E.Gaub,″Reversible Unfolding of Individual Titin Immunoglobulin Domains by AFM″,Science Vol.276,1997,p.1109
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来の一分子計測法は、探針と基板との間に高分子一個を挟みこんで、分子を一軸方向に延伸させる手法であり、装置(基板を設置している装置であり、例えば、原子間力顕微鏡装置)を基準にして微動変位素子の3軸(x、y、z軸)の一つの軸を用いて分子を延伸している。装置を基準とした一軸方向の制御としては、例えば、一軸運動の速度や一軸方向に働く力を一定にして延伸させるといった制御法がある。しかしながら、多軸を用いて分子の延伸方向を制御する等の方法はほとんどない。
【0004】
また、基板上の鎖状分子一個を自在に並進・回転させる技術は、今後の分子エレクトロニクス(一個一個の分子を電子素子とみなす)の分子配線の構築をはじめ、様々なボトムアップナノテクノロジーに利用できると考えられる。しかしながら、基板上の鎖状分子一個を自在に並進・回転する操作技術は確立されていない。例えば、DNA(デオキシリボ核酸)は分子細線として期待されている物質で、これまでにもDNAの形状を制御する多くの試みが報告されているが、室温や溶液中で単一の分子を任意の空間位置に移動し、また任意の形状に変形するような手法はない。
【0005】
従来の一分子計測法は、正確な一軸方向の延伸技術とはいえない。また、原子間力顕微鏡装置に不可避に存在する位置ドリフトが発生するため、一個の分子を継続的に延伸するということは困難である。さらに、従来の一分子計測法では、分子がどのように剥がれるか(分子が基板から剥がれるポイント)や、基板上の分子の形状、等を計測することができない。
【0006】
本発明の目的は、分子の延伸方向を一軸方向に制御して分子を計測する分子計測装置および分子計測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の分子計測装置は、基板上に存在する分子の一端を引き上げる引き上げ手段と、前記分子が前記基板に接している部分と引き上げにより前記分子が前記基板から離されている部分との境界である剥がれ点と、前記引き上げ手段の位置とを、前記基板に対して垂直線上になるように制御する制御手段と、を備える構成を採る。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、分子の延伸方向を一軸方向に制御して分子を計測することができる。特に、基板上に存在する分子を伸縮させる計測において、相互に垂直に交わる三軸微動機構を用いて、基板から剥がれた分子の延伸方向を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施の形態における、分子を延伸する操作の一例を示す図
【図2】非一軸延伸で分子を延伸する操作の一例を示す図
【図3】一軸延伸の操作の流れの一例を模式的に表す図
【図4】分子の張力と延伸距離との関係の一例を示す図
【図5】L=0.7Lにおける、θに対するFの変化を示す図
【図6】L=0.01Lにおける、θに対するFの変化を示す図
【図7】分子計測装置の構成の一例を示す図
【図8】制御部の構成の一例を示す図
【図9】分子計測の動作の一例を示すフロー図

【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。まず、この明細書内で用いる用語を説明する。
【0011】
「引き上げ部」は、基板上に存在する分子の一端を引き上げる引き上げ手段である。引き上げ部としては、例えば、カンチレバー、ガラスニードル、光放射圧(光ピペット)等、分子を変形させる計測法で用いられる手段がある。ガラスニードルは、ガラス棒の先端を細く針の形状に加工したものである。この明細書では、引き上げ部の一例として、カンチレバーを用いて説明するが、カンチレバー以外のものを排除するものではない。引き上げ部は、分子の一端を引き上げるための先端(先端部分、例えば、カンチレバーの探針)を有する。
【0012】
「カンチレバー」は、先端の尖った探針が柔らかいレバーの端(端部)についたものである。カンチレバーは、探針の先端、サンプルを基板から引き上げる。この明細書では、カンチレバーと記した場合は、特に明記しない限り、探針を含む。また、探針(例えば、カンチレバーの探針)と記した場合は、探針の機能を明確にしたい場合である。
【0013】
「たわみ量」は、引き上げ部に働く、装置に対して垂直方向(z軸)の力を指し、装置によって測定される。ここでいう装置は、引き上げ部を制御する分子計測装置であり、例えば、カンチレバーの場合は、原子間力顕微鏡装置である。なお、この明細書内では、装置の平面(装置が制御するxy軸より形成される平面)とサンプルが存在する基板の平面(基板のxy軸より形成される平面)とは、平行であることを前提として説明する。現実的には、装置の平面と基板の平面とは平行でない場合もあるが、誤差の範囲であり無視できる範囲であると考える。また、光ピンセット法の場合、分子に付着させた粒子(例えば、ラテックス)を光によりトラップさせる。トラップさせた粒子の変位のずれが、たわみ量に相当する。
【0014】
「分子」は、この明細書内では、測定の対象となる物質(サンプル)である。分子は、高分子(鎖状)を想定している。分子は、剥がれ点を中心とした同径方向rの関数に対して、垂直方向の力が単調に増加する分子であり、例えば、後述するウォームライク鎖(WLC)のモデルにあてはまる分子が対象になる。
【0015】
「剥がれ点」は、分子が基板に接している部分と、引き上げにより分子が基板から離されている部分との境界である。前記「引き上げにより」とは、分子を延伸することにより、あるいは、引き上げ部により分子が引き上げられることによって、という意味である。
【0016】
分子を操作する空間は、三軸、つまりxyz軸の各座標で特定できる座標空間で表される。また、座標空間は、分子計測装置が決めることを前提とする。x、y軸は、装置あるいは基板の平面を形成し、z軸は、基板の平面に垂直であることを前提とする。
【0017】
原子間力顕微鏡装置とAFMとは同じ意味で用いる。原子間力顕微鏡装置は、分子計測装置の一例である。
【0018】
「一軸延伸」とは、分子計測装置(例えば、原子間力顕微鏡装置のカンチレバーの探針)あるいは実験者が、ある物質(サンプル)を引っ張ったとき、引っ張った方向(延伸方向)と物質が変形した方向(変位ベクトル)とが常に同じ軸になっていることを指す。延伸測定では、探針で固定されている一端と基板に固定されている剥がれ点とを結ぶベクトルが常に同じ軸上(z軸と平行)にあることを意味する。
【0019】
「非一軸延伸」とは、一軸延伸になっていないことを指す。
【0020】
「弾性測定」とは、ある物体(サンプル)に働く張力と変位との関係を調べることである。分子の一軸延伸では、装置あるいは実験者が分子の両端を移動させた距離と、分子の末端間の距離の変化量とが一致することになる。従って、装置あるいは実験者の測定量(力と移動量)から、分子の弾性を正確に測定できる。しかし、一軸延伸ではない場合、実験者が移動させた量と分子の変位量とは一致しないので、弾性を正確に評価できない。ただし、延伸中の分子の形状が分かれば評価できる。また、一軸延伸でないと、装置あるいは実験者の力と分子に働く張力とは一致しない。
【0021】
分子計測における測定量は、「分子計測装置(例えば、原子間力顕微鏡装置)の移動量」と「基板に垂直な方向の力」である。「分子計測装置の移動量」は、基板と引き上げ部の先端(例えば、カンチレバーの探針)との距離であり、「基板に垂直な方向の力」は、引き上げ部のたわみ量である。また、「分子計測装置の移動量」は、装置あるいは実験者の移動量と言うことができる。従って、分子計測装置の移動量と分子の変位量とを一致させるために、一軸延伸測定が望まれる。
【0022】
「引き上げ部(引き上げ部の位置)を制御する(移動する)」、という場合、(1)引き上げ部自体を移動すること、(2)引き上げ部は固定されており、装置自体(基板を設置したスキャナ)を移動すること、これにより、基板に存在する分子を移動して、引き上げ部と分子との位置関係を制御すること、あるいは、(3)引き上げ部と装置との両方を移動すること、とを含む。(1)~(3)により、引き上げ部と分子(剥がれ点)との位置関係が、一軸延伸になるように制御できればよい。具体的には、引き上げ部と分子(剥がれ点)との位置関係が、基板に対して垂直線上になるように制御する。
【0023】
(実施の形態)
図1は、本発明の一実施の形態における、一軸延伸で分子を延伸する操作の一例を示す図である。本実施の形態では、分子計測装置の一例として、原子間力顕微鏡を用いて説明する。図1上段のように、まず、基板100上に存在するランダムな分子(長鎖分子)900の一端をカンチレバー200で物理吸着(物理的吸着)や共有結合等によってつまみ上げる。次に、図1下段のように、基板100面(xy面)に垂直な方向(z軸方向)へカンチレバー200に働く力が小さくなるよう、分子900が基板100から剥がれる位置(剥がれ点)とカンチレバー200の探針の位置と(剥がれ点と探針の位置の間の相対位置)を制御する。
【0024】
この制御は、分子900の一端を引き上げた状態のカンチレバー200と、分子900が基板100から離されている剥がれ点とが、基板100に対して垂直線上になるように制御することであり、また、カンチレバー200と基板100との距離(最短距離、z軸と平行し、カンチレバー200と剥がれ点を結ぶ線の長さ)を一定に維持しながら、カンチレバー200と剥がれ点との位置を制御する。探針は、分子900を引き上げたz軸の座標点と交差する、基板100と平行な面上を移動し、たわみ量が最小となる点をさがす。模式図910は、分子900を延伸中のカンチレバー200を平面内(xy面)に移動したときの、垂直方向(z軸方向)の力の大きさを表した投稿線の模式図の一例である。模式図910の極小点が分子の剥がれ点に対応することになる。
【0025】
図2は、非一軸延伸で分子を延伸する操作の一例を示す図である。図2では、分子900を引っ張ったとき、引っ張った方向(延伸方向)と物質が変形した方向(変位ベクトル)とが同じ軸になっていない。
【0026】
次に、原子間力顕微鏡装置(AFM)を用いて分子を延伸する場合の問題点について説明する。AFMには、ナノメートル精度で空間的な位置制御が可能な、xyz軸の三軸のスキャナが取り付けられている。空間座標(xyz軸)は、AFMが決めているため、装置(AFM自身)が基準であるといえる。分子を延伸する場合、例えばxy平面上に基板100をおいて、探針と基板100との距離(z軸)を変化させる。装置からみれば、一軸(z軸)上を移動しているので、「装置を基準にして一軸方向に延伸している」いうことができる。このような測定は、バルク表面(表面上に一様に広がっている物体)の弾性測定では問題にならない。しかし、図1、図2で示したように、表面上に存在している鎖状高分子を基準にして考えた場合、一軸延伸されているとはいえない。
【0027】
正確な一軸延伸とは、分子を、延伸する軸(z軸)と常に平行に、xy平面と垂直に延伸する、を意味する。つまり、従来の一分子延伸法では、図2のようにカンチレバー200を一軸的に移動(分子が剥がれ始めた点から垂直方向に移動)しているので、分子が一軸延伸されていなかった。
【0028】
次に、鎖状分子を模式的に表したサンプルを用いて、一軸延伸について説明する。図3は、一軸延伸の操作の流れの一例を模式的に表す図である。図3では、長さbのバネが四つ繋がった物体を想定する。なお、図3に示す直列バネは、仮想上の物質である。実際の分子の剥がれる単位は連続的であることが予想され(原子レベルでは不連続であるが)、図3のモデルと実際の分子鎖とは異なる。
【0029】
x軸は、基板100上の一方向であり、y軸と共に、基板100の平面を形成する。x軸は、物体の一端(x=0)からの距離を示す。z軸は、基板100に対して垂直方向であり、延伸方向と同じ方向である。図3Aに示すように、バネの他端がx=4bの位置で、z軸方向の力を0から大きくしていって力F1になったとき、直列につながった最も右側のバネが剥がれたとする。バネの他端(剥がれ点)は、x=3bに移動し、剥がれたバネを一軸延伸するためには、引っ張っていた位置をx=4bからx=3b(剥がれ点)に移動する必要がある(図3B)。同様にして、力をさらに大きくしていき、力がF2になったときに、吸着しているバネがもう1個剥がれたとする(図3C)。この場合、剥がれ点はx=3bからx=2bに移動するので、カンチレバー200の探針の位置も同様に移動することになる。
【0030】
このように、カンチレバー200の探針のxy平面(基板100上)の延伸位置を可変させることで、ひも状の分子(剥がれた部分)を一軸延伸させることが可能になる。カンチレバー200の探針位置を剥がれ点に移動させることにより、カンチレバー200の探針の移動経路は、分子900の吸着形状に一致することになる。従って、分子900の形状をイメージングせずに測定できることになり得る。図3では、複数のバネのモデルを用いて説明したが、図3に示すように個々のバネが独立している物質に限られる訳ではなく、連続している物質、個々の部分に分離できない(分離しにくい)物質を排除するものではない。カンチレバー200の探針が、分子900の一端を引っ張りあげたときに、分子900のある一点(剥がれ点)が基板100に接する状況が生じる場合であれば図3を用いた技術を適用できる。
【0031】
次に、どのようにして分子の一端を引き上げているカンチレバー200の探針を、剥がれ点へ移動させるかについて説明する。
【0032】
多くの高分子の張力の振る舞いは、ウォームライク鎖(WLC)のモデル式(以下、「WLCモデル」とも記す)で極めて良く近似されることが知られている。なお、分子900は、垂直(z軸)方向の力をF、剥がれ点を中心とする同径方向をrとすると、∂F/∂r>0を満たす分子が対象となり、WLCモデルはその一例である。図4は、分子900の張力と延伸距離との関係の一例を示す図である。L(図示せず)は、分子900の全長、Lは、探針の先端と基板100との距離、Rは、分子900の一端と剥がれ点との直線距離、θは、z軸とカンチレバー200の探針とによって形成される角度である。Fは、カンチレバー200にかかる力(たわみ量:基板100に対して垂直方向に働く力)である。図4のように、全長がLの長鎖の分子900の一端は、カンチレバー200の探針を用いて、基板100から高さLの位置まで、角度θで引っ張られ、剥がれ点は、基板100に接している状態を考える。探針から、分子900が基板100から剥がれ点へかかる力f(R)は、探針にかかる張力である。図4において、f(R)は、図面のスペースの関係で、探針から離れた位置に記載してある。WLCモデルにおける張力f(R)は、(式1)で表される。
【0033】
【数1】
JP0004852759B2_000002t.gif

【0034】
ここで、kはボルツマン定数、Tは温度、ξはクーン長である。従って、カンチレバー200に働く垂直方向の力F(L,θ)(観測可能な力)は、(式2)によって表される。
【0035】
【数2】
JP0004852759B2_000003t.gif

【0036】
図5と図6は、異なるLにおける、θに対するFの変化を示す図の一例である。縦軸は、f(R)ξcosθ/kTである。f(R)cosθは、z軸方向に働く力を示す。縦軸は、F(ξ/kT)として規格化している。ξ/kTは、定数として考えてもよい。図5は、一例として、L=0.7L、図6は、L=0.01Lの場合を示している。図5に示すように大きく延伸させた場合(全長Lの70%垂直方向に延伸)、傾斜角度を大きくしていくと、垂直方向の力が単調に増加することが分かる。また、図6に示すように小さい延伸の場合(全長Lの1%垂直方向に延伸)においても、Fがθの単調増加関数であることがわかる。
【0037】
以上の結果から、WLCモデルで記述される分子等(分子に限られずサンプルになる物体も含まれる)の場合、垂直方向の力が最小になるように制御することにより、剥がれ点をカンチレバー200探針の位置から決定することが可能となる。また、ランダムな高分子(WLCモデルの高分子)の場合には、z軸方向の力を計測することによって、分子900が傾斜しているかどうかを判定できることを示している。分子900の剥がれ点とカンチレバー200の探針によって延伸している点(位置)とを結ぶ直線が、基板100に対して垂直になるように制御することは、分子計測装置のz軸方向に働く力(カンチレバーのたわみ量)を用いて制御することである。
【0038】
次に、分子計測装置において、どのようにカンチレバー200の探針を制御するか(移動するか)について説明する。
【0039】
まず、分子計測装置の構成について説明する。図7は、分子計測装置の構成の一例を示す図である。図7の分子計測装置は、原子間力顕微鏡装置を想定している。
【0040】
基板100は、サンプルを配置する。サンプルは、溶媒の中に配置される場合もある。基板100は、xy軸で特定される平面とする。
【0041】
カンチレバー200の探針は、サンプルを引き上げる。カンチレバー200は、先端の尖った探針を有し、探針の先端部分がサンプルの一端と接する接点となる。また、図7では、カンチレバー200は、固定されている例を示している。
【0042】
コンピュータ300は、スキャナ500を制御すると共に、フォトディテクタ700が測定した情報を入力し、入力した情報からたわみ量を読み取り、たわみ量に基づいてスキャナ500へフィードバックをかける。
【0043】
モニタ400は、コンピュータ300から送られるデータをグラフ表示する。
【0044】
スキャナ500は、基板100を設置し、基板100をx軸、y軸、z軸方向へ移動させる。スキャナ500は、コンピュータ300によって制御され、基板100を移動させる。
【0045】
レーザ装置600は、カンチレバー200へレーザ光を照射し、フォトディテクタ700は、カンチレバー200背面で反射されたレーザ光を受け取り、受け取ったレーザ光から取得する情報をコンピュータ300へ出力する。図7では、レーザ光は、点線で表している。
【0046】
次に、カンチレバー200の探針と基板100との間の相対位置を制御する制御部(制御装置、制御手段)の一例について説明する。図8は、制御部510の構成の一例を示す図である。ここでは、制御部510は、コンピュータ300上で動作するソフトウェアである場合を一例として説明する。制御部510は、測定判定部511、たわみ量記憶部512、測定点記憶部513、および探針制御部514を備える。
【0047】
測定判定部511は、フォトディテクタ700が測定した情報から読み取ったカンチレバー200のたわみ量を取得し、取得したたわみ量を過去に測定したたわみ量と比較し、最小値を検出し、探針を移動させてたわみ量を計測するかを判定する。
【0048】
たわみ量記憶部512は、測定したたわみ量と、前記たわみ量を測定した位置情報とを記憶する。測定したたわみ量について、所定の数のたわみ量、例えば、最小値を抽出するための所定の範囲のたわみ量の数を記憶する。位置情報は、たわみ量を測定したときの、探針の位置を特定する情報である。
【0049】
測定点記憶部513は、探針のある位置から探針を移動させてたわみ量を測定する測定点(測定範囲、ある位置からの相対位置を特定する情報)を記憶する。分子計測装置のユーザは、測定点を予め測定点記憶部513へ記憶させておく。例えば、ある位置から探針を移動させてたわみ量を測定させる複数の測定点を複数記憶させておく。測定点は、所定の円内や矩形の範囲内となることが想定される。
【0050】
探針制御部514は、カンチレバー200を移動させることをスキャナ500へ指示し、探針の位置を制御する。
【0051】
次に、分子計測の動作について、図9を用いて説明する。図9は、分子計測の動作の一例を示すフロー図である。図9では、制御部510の動作を中心に説明する。
【0052】
まず、カンチレバー200の探針は、基板100に配置された分子900を吸着し(あるいは結合させ)、分子を基板100から引き上げる(S11)。図1の上段、図2の上段は、探針が分子900を吸着した段階を示し、図2の下段は、分子900を基板100から引き上げた段階を示している。分子計測装置は、カンチレバー200のたわみ量を測定する。この段階での測定は、探針と基板100との吸着の際に発生する負荷(初期負荷)がたわみ量に反映されるため、所定の延伸距離を越えた後のたわみ量を測定値とする。計測したたわみ量は、測定した位置情報とともに制御部510の測定判定部511へ入力される(S12)。
【0053】
測定判定部511は、たわみ量記憶部512へたわみ量と位置情報とを記憶する。次に、測定判定部511は、測定点記憶部513に記憶された測定点へ探針を移動させる指示を探針制御部514へ出力し、探針制御部514は、前記指示に基づいてスキャナ500を制御する(S13)。測定点記憶部513には、複数の測定点が記憶されているが、複数の測定点をどの順番で移動させるかは、予め決めておく。
【0054】
次に、測定判定部511は、探針を移動した後のたわみ量を取得し、たわみ量記憶部512へ記憶する(S14)。測定判定部511は、前記複数の測定点についてたわみ量を測定したかを判定する(S15)。全測定点を測定していない場合(S15でNO)、S13からの処理を繰り返す。全測定点を測定している場合(S15でYES)、測定判定部511は、測定したたわみ量から最小値を抽出し(S16)、探針制御部514を介して最小値の位置へ探針を移動させる(S17)。測定判定部511は、各測定点のたわみ量が所定の範囲内であるかを判定する(S18)。前記所定の範囲は、測定判定部511が保持している。所定の範囲内でない場合(S18でNO)、S13からの処理を繰り返す。所定の範囲内である場合(S18でYES)、所定の時間経過後、あるいは、イベント発生するまで待ち状態となる(S19)。S19に到達した結果を表しているのが、図1の下段の図ということになる。
【0055】
S19は、分子計測装置に生じるドリフトの影響を定期的に除去する、あるいは、イベントの発生(例えば、衝撃を受けた場合など)による分子計測装置への影響を除去することになる。また、所定の時間を極短くして、常時探針の位置を制御することもできる。また、S19の処理を設けなくてもよい。また、イベントの発生には、カンチレバー200を一軸延伸した結果、分子900が基板100から一部分剥がれた場合も含まれる。この場合は、新たに、分子が剥がれた位置に探針を移動させるため、S14からの処理を実施することになる。このように、分子900の剥がれた位置へ探針を移動させ、分子を一軸延伸する、という動作を繰り返すことにより、探針が移動した軌跡が、分子の形状を示すことにつながる。
【0056】
図9の動作の流れを探針の動きとしてみると、図1あるいは図2の上段の状態から図2の下段の状態になり、さらに、図1の下段の状態に移行する。また、図3を用いて、図9の動作を当てはめると、図3Aは、図9のS11の前段階で、探針が分子900を吸着した状態であり、探針は、x=4bの位置、図3Bは、S11からS18の処理を実施し、探針を、分子900の剥がれた点x=3bへ移動した状態、図3Cは、さらに、x=3bを基点として一軸延伸した結果、分子900が更に剥がれ、S14からS18の処理を実行した結果、探針をx=2bの位置へ移動した状態に相当する。また、S14からS18の処理において、カンチレバー200は、図4のz軸と垂直に交わる半径rの平面上を移動させることが望ましい。従って、一度、z軸のある座標点に引き上げた時、z軸の座標を変化させないで、xy軸を変化させてたわみ量が小さくなる位置を検出する。
【0057】
このように、カンチレバー200のたわみ量の最小値を検出し、分子900が基板100から剥がれる点へ探針を移動させることができる。結果として、ひも状(鎖状)の物質の形状を観察しなくても、z軸方向の力(カンチレバーのたわみ量)から、物質の一軸延伸を行い、物質の形状を把握する手法、装置を提供することができる。
【0058】
また、本実施の形態の精度の高い分子計測装置ならびに方法により、以下の事項について、改善されることが想定される。
【0059】
まず、基板と探針に対して分子を常に一軸延伸を行うことが可能であるため、一分子計測法の測定精度が向上する(一分子計測の精度向上)。
【0060】
次に、探針の位置は、分子が基板から剥がれる始点(始めは、探針が分子と接触した点となる)に常に一致するため、探針位置から剥がされる前の分子の形状、剥がされた分子の長さ(分子量が分かっていれば剥がされていない部分の長さあるいは量)、そして、始点の揺らぎから吸着力や吸着・脱着の時間変化の振る舞いを知ることができる(分子操作に必要な位置情報取得)。これらの分子空間情報は、分子並進・回転操作における基礎情報となり、分子配線の製作等に利用できる。
【0061】
さらに、AFM装置には機械的なドリフトが存在し、カンチレバー側と基板側との間の位置が定常的に変化する。従って、通常の一分子計測法では、一個の分子を長時間測定することは事実上不可能であった。しかし、本発明により、分子の位置を確認することが可能になるため、ドリフトに追従させて、探針位置も変化させることが可能となるため、これまでの問題が改善される(装置ドリフトの影響の除去)。また、ドリフト成分と分子に関する成分とを計測値から分離できるため、計測値の信頼性が向上する。さらに、ドリフトの精密測定が可能となる。
【0062】
なお、上記説明では、分子計測装置の一例として、原子間力顕微鏡装置を用いて説明したが、これに限られるわけではない。(1)カンチレバー200のような、先端の尖った探針が端部についた、レバー(レバー自体は柔らかい素材で形成され、柔軟性を有する)を備え、(2)前記探針の先端が、サンプルと吸着(接触、結合)して基板からサンプルを引っ張りあげることが可能であり、(3)前記レバーにかかる力を計測可能であり、(4)前記レバーの位置を微調整可能である、という構成を備えることにより分子の測定が可能となる。また、単一分子延伸法として、光ピンセット法やガラスニードルを用いた方法のような、分子を一軸的に延伸する装置に対しても、基本的に利用可能である。
【0063】
また、図7から図9の説明では、スキャナ500をxyz軸方向へ制御して移動することにより基板100をxyz軸方向へ移動させる例を説明したが、カンチレバー200の位置を微調整するxyz軸ともに移動させる構成を排除するものではない。基板100を設置するスキャナ500によって、カンチレバー200が分子900の剥がれる位置の上になるように微調整することも可能である。また、スキャナ500は、x、y軸方向の移動を制御し、カンチレバー200をz軸方向へ移動させるようにすることも可能である。カンチレバー200を移動させる場合は、スキャナ500から、あるいは、別のスキャナを設置し、コンピュータ300からの制御により、カンチレバー200を移動させる。また、カンチレバー200を移動させる、とした場合も、カンチレバー200を移動させる場合と、スキャナ500を制御して基板を動かすことによって、分子900の剥がれ点とカンチレバー200との相対位置を制御する場合とを含む。
【0064】
図8、図9では、ソフトウェアを用いて、探針の位置を制御する例を説明したが、電子回路等によって実現することも可能である。
【0065】
また、図9のS13からS18の処理は、プログラムによって実現(制御処理部分の制御の実行)することができる。プログラムは、コンピュータ300へロードされ、中央処理演算装置(CPU)の制御のもと、記憶領域を使用して実行される。また、前記プログラムは、記録媒体へ格納することが可能である。
【0066】
本明細書は、2004年7月30日出願の特願2004-224573に基づく。この内容はすべてここに含めておく。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る分子計測装置並びに方法は、精度が高いことより、高分子材料のナノ計測装置の精密計測法、分子を操作する場合の基礎技術、装置のナノレベルのドリフト計測、長鎖高分子を一分子レベルで長時間測定するために必要な技術などへ用いるのに好適である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8