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明細書 :タンパク質分子の分子模型及びその作製方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5344391号 (P5344391)
公開番号 特開2010-197419 (P2010-197419A)
登録日 平成25年8月23日(2013.8.23)
発行日 平成25年11月20日(2013.11.20)
公開日 平成22年9月9日(2010.9.9)
発明の名称または考案の名称 タンパク質分子の分子模型及びその作製方法
国際特許分類 G09B  23/26        (2006.01)
FI G09B 23/26
請求項の数または発明の数 7
全頁数 18
出願番号 特願2009-038761 (P2009-038761)
出願日 平成21年2月23日(2009.2.23)
審査請求日 平成24年2月8日(2012.2.8)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
発明者または考案者 【氏名】川上 勝
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100140394、【弁理士】、【氏名又は名称】松浦 康次
審査官 【審査官】中澤 言一
参考文献・文献 特開2003-131558(JP,A)
特開2003-196576(JP,A)
特開2005-34275(JP,A)
特表2003-534790(JP,A)
調査した分野 G09B 23/00 - 25/08
G06F 17/30
G06F 19/16
特許請求の範囲 【請求項1】
タンパク質の構成原子の三次元座標値を基に分子内部構造モデルを用意するステップと、
前記三次元座標値を基に前記分子内部構造モデルと同一の縮尺に調節された分子表面構造モデルを用意するステップと、
前記分子表面構造モデルの三次元形状データを基に鋳型モデルを用意するステップと、
前記三次元座標値に基づき前記鋳型モデル内に前記分子内部構造モデルを配置するステップと、
前記配置ステップによって配置された前記鋳型モデル及び前記分子内部構造モデルを含む分子模型モデルを三次元造形装置が認識可能なファイルフォーマットに変換して造形入力データとして三次元造形装置に入力するステップと、
前記三次元造形装置によって、前記造形入力データから分子内部構造と鋳型とを一体的に造形するステップと、
前記鋳型内に透明樹脂を充填し硬化させて分子表面構造を形成するステップと、
前記透明樹脂が硬化した後に、前記鋳型を除去するステップと、
を備えたタンパク質分子の分子模型の作製方法。
【請求項2】
前記配置ステップは、前記鋳型モデルと前記分子内部構造モデルとの間を結合する支持材モデルをさらに用意し、
前記造形ステップは、前記支持材モデルを含んだ分子模型データを基に前記分子内部構造と前記鋳型とともに両者を一体的に結合する支持材を造形し、
前記鋳型除去ステップは、前記鋳型とともに前記支持材を除去することを特徴とする請求項1に記載の分子模型の作製方法。
【請求項3】
前記鋳型モデルを用意するステップは、前記鋳型モデルを、鋳型本体部モデルと、鋳型蓋部モデルと、に分割するステップをさらに備え、
前記造形ステップは、前記鋳型本体部モデルと、前記鋳型蓋部モデルと、に基づいて開口部を備えた鋳型本体部と、該開口部に蓋をする鋳型蓋部と、を造形し、
前記鋳型本体部は、前記分子内部構造と一体的に造形され、
前記分子表面構造形成ステップは、前記開口部を通して前記鋳型本体部内に前記透明樹脂を充填し、前記鋳型蓋部によって前記開口部に蓋をした後に前記透明樹脂を硬化させることを特徴とする請求項1又は2に記載の分子模型の作製方法。
【請求項4】
前記鋳型が薄膜状の構造物となることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の分子模型の作製方法。
【請求項5】
前記鋳型除去ステップの後に、前記分子表面構造の表面にクリアカラーの塗料で着色するステップをさらに備えることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の分子模型の作製方法。
【請求項6】
前記鋳型除去ステップの後に、前記分子模型にクリスタル造形処理を施して、前記分子模型に関連する情報を付与するステップをさらに備えることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の分子模型の作製方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の分子模型の作製方法によって作製されたタンパク質分子の分子模型。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質等の立体構造を表現した分子模型及びその作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、タンパク質の立体構造からその機能を解析する構造生物学の研究が盛んにおこなわれている。構造生物学分野の研究者にとって、分子の形を空間的に把握することは、その分子の機能の理解や推測、またターゲット化合物の探索に非常に重要である。
【0003】
タンパク質の分子構造を立体的に把握する手法として、現在のところ、主にコンピュータ内に仮想的に分子の3次元画像モデルを構築し、その画像モデルをこのコンピュータのディスプレイ(2次元画面)上で様々な角度で回転させて表示させることでコンピュータ操作者は疑似的にこの分子の3次元情報を認識している。このようなタンパク質解析技術の立体構造表示を実現するソフトウェアは、有料又は無料にて入手可能であり、表示方法も解析対象物の性質や利用目的に応じて各種取り揃えられている(非特許文献1を参照)。
【0004】
しかしながら、従来技術のソフトウェアを利用して3次元の分子構造を認識するためには、絶えず画像モデルをマウスなどで回転させる必要があり、その回転操作も操作者の熟練を要する。さらに、ディスプレイ上で自ら認識した立体の分子イメージを他者へ伝えることも困難である。
【0005】
さらに、より専門的な見地から言えば、従来のソフトウェアで表示させる画像は主にタンパク質の主鎖構造や、針金モデルなどといった「簡略化された」ものであるが、現実のタンパク質は主鎖、側鎖からなり、さらに主鎖構造はα-ヘリックスやβ-シートといった二次構造を形成する。これらの二次構造は相互に密にパッキングしつつ、隙間や、他の分子との相互作用のための「分子表面の構造」を形成するのである。つまり、分子内部の主鎖・側鎖の構造とともに分子表面の構造に関する三次元情報を同時に取得することが、タンパク質の酵素反応、分子認識などの機能の把握に非常に重要である。
【0006】
前述のソフトウェアではこれらの情報を直観的に捕らえることは非常に困難であり、最も直観的にこれらを把握するには、分子表面の形状を実際に触って確かめられ、かつ内部の主鎖や側鎖の立体的位置を把握できるような分子模型が最も望ましいが、これまでそうした分子模型を製作する技術は提案されていない。
【0007】
近年、三次元(3D)プリンタという製品が上市されている。これによりコンピュータ内で仮想的に作成した立体構造物が高精度、高速かつ安価で試作できる環境となっている(非特許文献2を参照)。
【0008】
この3Dプリンタ装置を用いて、タンパク質の三次元模型を印刷(作製)し、販売するベンチャー企業も誕生している(非特許文献3を参照)。
【0009】
しかし非特許文献3に開示された分子模型の製造方法は、おもに主鎖構造もしくは分子表面構造のみを立体的に造形したものであり、両者の構造を同時に実現(可視化)させることはできない。こうした造形上の問題に加え、実際に製造された模型は、タンパク質の微細構造を模擬しているため脆弱であり、その取扱いには細心の注意が必要となってしまい、研究者同士が模型を実際に手で触って、その細かな構造を把握または議論するといった目的には性質上決定的な欠点が存在している。加えて、上記のような従来の模型を多少歪ませて変形状態を確認するようなことは当然できない。
【0010】
なお、その他の分子模型作製技術には特許文献1が開示されているが、この技術はプラスチックや発砲スチロールからなる球や多面体の原子部材と、この原子部材に連結するようにこの部材の差込口に挿入された金属製の針状部材とを備えた分子模型を作製するものであって、上記問題点の解決以前にそもそもタンパク質の微細構造を表現できる技術ではない。
【先行技術文献】
【0011】

【特許文献1】特開2004-309578号公報
【0012】

【非特許文献1】木下 賢吾、外1名、“PDBjViewer(jV)”、[online]、日本蛋白質構造データバンク、[平成21年1月29日検索]、インターネット〈URL:http://www.pdbj.org/PDBjViewer/index_j.html〉
【非特許文献2】“3D Printer Z Series”、[online]、株式会社DICO、[平成21年1月29日検索]、インターネット〈URL:http://www.di-co.jp/product/3d_printer/z_series/index.html〉
【非特許文献3】“3D Molecular Designs”、[online]、三次元分子設計有限責任会社(3D Molecular Designs LLC)、[平成21年1月29日検索]、インターネット〈URL:http://3dmoleculardesigns.com/〉
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで、本発明は、従来の問題点を解消し、3Dプリンタ等の三次元造形装置を用いてタンパク質分子の分子表面形状と分子内部の主鎖・側鎖構造とを同時に観測可能な分子模型及びその作製方法を提供することを目的とする。
【0014】
さらに、本発明は、3Dプリンタ等の三次元造形装置を用いて作製され、運搬や取扱いの上で強靭であり、かつ分子表面が適度な柔軟性を備えたタンパク質分子の分子模型及びその作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願の発明者は、鋭意検討の末、三次元造形装置に入力すべき三次元立体情報として分子表面構造と分子内部構造とを同時に付与することに着目し、(1)分子表面構造に対応する形状を有した鋳型モデルとこの鋳型モデル内部に設けられた分子内部構造モデルとを備えた分子模型モデルをまず構築して、この分子模型モデルの形状に基づいて三次元造形装置によって鋳型と分子内部構造とを備えた造形物を印刷し、(2)この造形物の鋳型と分子内部構造との空間(間隙)に透明な樹脂を投入・硬化させれば、透明樹脂からなる分子表面構造と、三次元造形装置によって造形された分子内部構造と、を兼ね備えた分子模型が作製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明の一形態におけるタンパク質分子の分子模型の作製方法は、
タンパク質の構成原子の三次元座標値を基に分子内部構造モデルを用意するステップと、
前記三次元座標値を基に前記分子内部構造モデルと同一の縮尺に調節された分子表面構造モデルを用意するステップと、
前記分子表面構造モデルの三次元形状データを基に鋳型モデルを用意するステップと、
前記三次元座標値に基づき前記鋳型モデル内に前記分子内部構造モデルを配置するステップと、
前記配置ステップによって配置された前記鋳型モデル及び前記分子内部構造モデルを含む分子模型モデルを三次元造形装置が認識可能なファイルフォーマットに変換して造形入力データとして三次元造形装置に入力するステップと、
前記三次元造形装置によって、前記造形入力データから分子内部構造と鋳型とを一体的に造形するステップと、
前記鋳型内に透明樹脂を充填し硬化させて分子表面構造を形成するステップと、
前記透明樹脂が硬化した後に、前記鋳型を除去するステップと、を備える。
【0017】
さらに本発明の分子模型の作製方法は上記ステップに加え好ましくは、
前記配置ステップは、前記鋳型モデルと前記分子内部構造モデルとの間を結合する支持材モデルをさらに用意し、
前記造形ステップは、前記支持材モデルを含んだ分子模型データを基に前記分子内部構造と前記鋳型とともに両者を一体的に結合する支持材を造形し、
前記鋳型除去ステップは、前記鋳型とともに前記支持材を除去することを特徴とする。
【0018】
さらに本発明の分子模型の作製方法は上記ステップに加え好ましくは、
前記鋳型モデルを用意するステップは、前記鋳型モデルを、鋳型本体部モデルと、鋳型蓋部モデルと、に分割するステップをさらに備え、
前記造形ステップは、前記鋳型本体部モデルと、前記鋳型蓋部モデルと、に基づいて開口部を備えた鋳型本体部と、該開口部に蓋をする鋳型蓋部と、を造形し、
前記鋳型本体部は、前記分子内部構造と一体的に造形され、
前記分子表面構造形成ステップは、前記開口部を通して前記鋳型本体部内に前記透明樹脂を充填し、前記鋳型蓋部によって前記開口部に蓋をした後に前記透明樹脂を硬化させることを特徴とする。
【0019】
さらに本発明の分子模型の作製方法は上記ステップに加え好ましくは、
前記鋳型が薄膜状の構造物となることを特徴とする。
【0020】
さらに本発明の分子模型の作製方法は上記ステップに加え好ましくは、
前記鋳型除去ステップの後に、前記分子表面構造の表面にクリアカラーの塗料で着色するステップをさらに備えることを特徴とする。
【0021】
さらに本発明の分子模型の作製方法は上記ステップに加え好ましくは、
前記鋳型除去ステップの後に、前記分子模型にクリスタル造形処理を施して、前記分子模型に関連する情報を付与するステップをさらに備えることを特徴とする。
【0022】
また、上記の分子模型の作製方法によって本発明のタンパク質分子の分子模型が提供される。
【0023】
ここで、「三次元造形装置」とは、物体の三次元立体情報に関する入力情報をもとに三次元の物体を造形する装置を意味し、例えば3Dプリンタ(粉末固着方式、紫外線硬化方式、熱溶解積層方式等の3Dプリンタを含む)やNC旋盤、3D切削RP(ラピッド・プロトタイピング)マシンが挙げられるが、必ずしもこれらに限定されない。
【0024】
また、「分子内部構造モデル」、「分子表面構造モデル」、「鋳型モデル」、「支持材モデル」等の用語に用いられる「モデル」とは、コンピュータで認識可能な三次元立体情報(データ)であり、必要に応じて所定のコンピュータソフトウェアを用いてコンピュータ画面上の仮想空間に表示可能な情報である。これらのモデルは、所定のファイル形式に変換されて、三次元造形装置が各モデルに対応した実際の部材を造形するために必要な入力情報となる。
【0025】
また、「透明樹脂」とは、硬化後に所定の塊になった際に透明体になり、内部が外部から確認可能な状態になる樹脂(透明性のある樹脂)を意味する。従って、懸濁色でありかつ硬化後に内部状態が確認不可能な樹脂は本発明に不向きである。なお、樹脂原料として、シリコン樹脂(PDMS)及びアクリル樹脂(PMMA)、またはアクリルアミド等のハイドロゲルが挙げられる。PDMSは適度な弾力性と良好な透明度を持つ点で好ましく、PMMAは高い透明性と硬度等の化学的安定性とを持ち、分子模型の長寿命化が図られる点で好ましい。また、ハイドロゲルは後述する分子模型浸漬のための溶媒に水を用いることができるために取扱いが容易であるという利点を持つ。
【発明の効果】
【0026】
以上のような構成をなす本発明のタンパク質分子の分子模型及びその作製方法は、次のような顕著な効果を奏する。
【0027】
本発明の分子模型の作製方法によれば、3Dプリンタ等の三次元造形装置を利用するために、高精度(3Dプリンタの工作精度に準じた0.1ミリ程度)かつ複雑な分子内部構造及び分子表面構造を備えた分子模型を容易に提供することが可能になる。
【0028】
本発明の分子模型の作製方法によれば、タンパク質の分子内部構造と分子表面構造とを同一縮尺かつ対応する位置関係で同時に観察可能な分子模型を提供することができるだけでなく、それぞれの構造を弾力性のある材料で形成するため、それぞれの変形状態をも確認可能な分子模型を提供することができる。なお、両構造の変形状態を確認可能な分子模型は、基質や薬剤分子によるタンパク質のInduced fit(基質等が酵素タンパク質の活性中心部へ誘導適合される際に活性中心部の立体構造が変化する現象)や、タンパク質分子間相互作用の検討など、生命現象に重要な反応の考察に非常に有用である。
【0029】
本発明の分子模型の作製方法によれば、十分な構造強度(堅牢性)と弾力性とを兼ね備えた分子模型を提供することができるため、分子模型の取扱いに過度な注意を払う必要がない。
【0030】
本発明の分子模型の作製方法によれば、分子表面構造の形成に必要な鋳型の材料を必要最低限の量だけ使用するだけでよく、三次元印刷コストの抑制や模型完成後の鋳型廃棄コストの抑制を図ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の分子模型100の作製方法を説明したフローチャートである。
【図2】本発明の分子模型100の作製方法を図式的に説明した図である。
【図3】(a)分子内部構造モデル1、及び(b)分子表面構造モデル2の一例を示した図である。
【図4】(a)分子内部構造モデル1が設けられた鋳型モデル3、及び、(b)鋳型モデル3の断面状態の一例を示した図である。
【図5】3Dプリンタによって印刷された直後の分子模型100の鋳型30と分子内部構造10とを示す。
【図6】本発明の分子模型100が溶媒中に浸漬された様子を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づき説明するが、本発明は、下記の具体的な実施形態に何等限定されるものではない。

【0033】
[タンパク質の立体構造]
タンパク質の構造は一般に、X線結晶解析やNMRで決定された各構成原子の三次元座標値として表示可能である。タンパク質に関連した情報およびその立体構造情報を提供するデータベースとしては、プロテインデータバンク(Protein Data Bank,PDB)が知られており、このデータバンクには、各タンパク質の立体構造情報として、各タンパク質を構成する各原子の三次元座標値がテキストファイルとして格納(登録)されている。現時点でPDBに登録されているタンパク質等の原子座標データ数は5万を超えている。

【0034】
タンパク質分子におけるアミノ酸は、全て炭素原子(α炭素)に水素原子、-NH基、-COOH基、および側鎖と呼ばれるアミノ酸の種類を決定する基が結合した構造であり、脱水縮合して結合(ペプチド結合)している。側鎖を除くペプチド結合した鎖を主鎖といい、主鎖にはしばしば規則的な構造が見いだされる。この規則的構造は二次構造と呼ばれ、α-ヘリックスとβ-シートとに大別される。すなわち、タンパク質立体構造には、原子→アミノ酸→二次構造という階層構造が存在するため、主鎖の立体構造は二次構造の配置(パッキング)として表すことができる。

【0035】
[分子模型の作製方法]
図1に本発明による分子模型100の作製方法を説明したフローチャートを示す。また、図2に図1に示したフローチャートの主なステップを図式的に説明した図を示す。なお、図2中の各要素は、説明の便宜のため概略的に図示されている。

【0036】
まず、上記PDB等のタンパク質立体構造情報データベースから所望のタンパク質に関連した構成原子の三次元座標値を取得する(ステップS1)。なお、原子の三次元座標値の取得方法は如何なる方法でも構わないが、インターネットを介して上記データベースがアップロードされた所定のインターネットサイトで所望のタンパク質を選択し、このタンパク質を構成する原子の三次元座標値を自己のコンピュータへダウンロードすることによって実現されることが簡便・迅速の点から好ましい。

【0037】
次に、三次元の分子モデルをコンピュータグラフィックスとして表示しかつ分子モデルの編集・描画が可能なコンピュータソフトウェア(分子構造ビューア)を利用して、取得した原子座標情報から所望のタンパク質分子内部構造モデル1を用意(選択)する(ステップS2)。選択された分子内部構造モデル1は、上記分子構造ビューア上で必要に応じて描画され、後述の3Dプリンタが認識可能なフォーマットに出力される。

【0038】
なお、分子構造ビューアには、例えば、非特許文献1に開示されたPDBjViewerが挙げられるが、必ずしもこれに限定されない。本発明の作製方法に適用可能なその他の分子構造ビューアとして、例えば、MOLMOL、MOLSCRIPT、Swiss-Prot、Raster-3D、GRASP、RasMolなどが挙げられる。また、3Dプリンタが認識可能なファイルフォーマットには、現時点ではVRML(Virtual Reality Modeling Language)が挙げられるが、これに限定されず、例えばX3D(XMLベースの3次元コンピュータグラフィックスを表現するためのファイルフォーマット)でも利用可能であろう。

【0039】
分子内部構造モデル1には、リボン(Ribbon)モデル、ネオンモデル、CPKモデル等が挙げられる。ここで、「リボンモデル」とはタンパク質のα-へリックスやβ-シート構造の主鎖部分をらせん型や直線状のリボンとして表示するモデルを指し、「ネオンモデル」とはタンパク質の共有結合部分を太い筒状のネオン管として表示するモデルを指し、「CPKモデル」とは、原子半径の大きさを反映させた球でタンパク質原子を表したモデルを指す。なお、CPKモデルの英語表記は、New Corey-Pauling Space-Filling Atomic Models with Koltun Connectors である。

【0040】
本発明において、主鎖の二次構造におけるパッキングを特に確認・検討したい場合には、リボンモデルを選択することが好ましい(図2及び図3(a)を参照)。一方、特定の残基の側鎖位置の確認が重要である場合には、ネオンモデルやCPKモデルを選択することが好ましい。さらに、上記の主鎖構造と側鎖位置との両方が重要である場合には、上記のモデルを複数選択して結合させたモデルを描画してもよく、識別性を向上させるために部分的に着色して描画するようにしてもよい。

【0041】
次に、前述の前記分子構造ビューアを使用して、ステップS1で取得された原子座標情報をもとに分子内部構造モデル1と同一の縮尺に調節されたタンパク質分子表面構造モデル2を用意する(ステップS3)。なお、タンパク質分子表面構造モデル2には、CPKモデル(タンパク質の構成原子の大きさ(半径)を反映させたモデル)、ファンデルワールスモデル(ファンデルワールス半径を反映させたモデル)、水分子排除モデル、などが挙げられる。本発明においては、特に鋳型形成や透明樹脂の充填等の加工が容易であるとともに、慣用的にもよく使用されるといった理由から、水分子排除モデルを選択することが好ましい(図3(b)を参照)。

【0042】
さらに、3Dモデリングソフトウェアを利用して、分子表面構造モデル2に関する三次元形状データを基に分子表面構造モデル2の鋳型モデル3を用意する(ステップS4)。ここで、3Dモデリングソフトウェアは、3Dプリンタ等による実際の造形(印刷)前に細かい不具合の修正や人工的な加工を行うためのソフトウェアであり、例えば、3Dプリンタ等の三次元造形装置とともに販売されているソフトウェアが挙げられるが、上述の微修正や加工が可能であれば必ずしもこれに限定されない。

【0043】
具体的には、分子表面構造モデル2を3Dモデリングソフトウェアに読み込ませ、3Dモデリングソフトウェア上で、分子表面構造モデル2の外表面(輪郭)で画定される内部を空間とし、外表面を囲繞する所望形状の構造モデルを構築することで鋳型モデル3は完成する。特に、この鋳型モデル3として、分子表面構造モデル2の外表面に沿って外表面から外側に所定の厚さ(肉厚)を有した薄膜体(図2の鋳型モデル3、及び図4(b)の外殻の太線部分を参照)が挙げられ、後述の分子模型100からの鋳型30の容易な破壊・排除の面から非常に好ましい。ここで、薄膜体モデルの肉厚は、後述の印刷ステップ及び樹脂の充填・硬化ステップの実施において鋳型構造を保持できる強度を付与できる厚さでよく、例えば、100mm×100mm×100mm程度の鋳型モデル3の場合、1~2mm程度の肉厚に設定することが好ましい。これにより、分子模型100からの鋳型30の除去が容易となるだけでなく、鋳型材料も必要最小限の量で済むため印刷コストや鋳型廃棄コストを抑制することもできる(特に、3Dプリンタでは構造物等を印刷するコストは、被印刷物である構造物の体積に比例する)。

【0044】
なお、分子表面構造モデル2は、本発明の作製方法においては、鋳型モデル3を形成するためにのみ使用され、すなわち、該ステップS4以降のステップでは鋳型モデル3が分子内部構造モデル1とともに分子模型100の作製に使用されることとなる。

【0045】
その後、3Dモデリングソフトウェアにおいて、ステップS2で選択した分子内部構造モデル1を読み込み、内面が分子表面形状をなす鋳型モデル3内に、原子座標値(絶対座標値)に基づき分子内部構造モデル1を配置する(重ね合わせる)(ステップS5)。これにより、鋳型モデル3内の分子表面形状と適切に対応する位置関係(同一の位置・配向)となった分子内部構造モデル1が鋳型モデル3内に設けられることになる(図4(a)を参照)。

【0046】
なお、通常、鋳型モデル3と分子内部構造モデル1との間には空間2a(分子表面構造となるべき部分、図4(b)を参照)が存在するとともに、分子内部構造モデル1は針金状の微細な構造を有する場合があるため後述の3Dプリンタによって三次元印刷された分子模型100の分子内部構造部分10は脆弱な構造体となる。従って、図2に示すように、この分子内部構造モデル1を鋳型モデル3内で支持・補強する支持材モデル4を鋳型モデル3と分子内部構造モデル1との間にさらに設置する(ステップS5a)。これにより、3Dモデリングソフトウェア内では分子内部構造モデル1と鋳型モデル3と支持材モデル4とは複雑な構造物ではあるが全て接続された状態となり、後述の3Dプリンタによって一体の構造物として造形(印刷)することが可能になる。なお、支持材モデル4は例えば棒状体が挙げられ、これを分子内部構造モデル1の構造的(強度的)に弱い箇所に鋳型モデル3の内面に直交するように設置することが望ましい。

【0047】
加えて、図2に示すように、鋳型モデル3を、鋳型本体部モデル3aと、鋳型蓋部モデル3bと、に分割する(ステップS5b)。鋳型モデル3をこのように分割する理由は、後述の三次元印刷のステップS7にて鋳型30内に設けられた分子内部構造10を物理的に印刷できるようにするためであるとともに、後述の樹脂充填ステップS8においても樹脂流入口(開口部)30cを形成するためである。例えば鋳型30の外殻が卵のように完全に覆われると、3Dプリンタの種類によっては分子内部構造10を印刷した後、印刷工程上生じたパウダー等が鋳型30内に残存してしまい、排出(除去)できなくなってしまうといった問題が生じる場合もあるため、少なくとも1つの開口部30cを鋳型30に設けた方が良い。また、鋳型蓋部モデル3bを複数用意するようにしてもよく、こうすることで3Dプリンタ印刷後の鋳型30に開口部30cを複数設置できる。これらの複数の開口部30cの一方は透明樹脂充填用の穴として利用することができ、他方は透明樹脂の充填を促進するための空気の抜け穴として利用することができる。

【0048】
次に、上記編集が済んだ鋳型本体部モデル3aと支持材モデル4と分子内部構造モデル1とを含んだ分子模型モデルを三次元プリンタが認識可能なファイルフォーマットに変換して、造形入力データとして三次元プリンタに入力する(ステップS6)。

【0049】
次いで、三次元プリンタによって、鋳型本体部モデル3aと支持材モデル4と分子内部構造モデル1とを含んだ分子模型モデルの入力データ(造形入力データ)から、これらに対応した形状の分子内部構造10と支持材40と鋳型本体部30aとを一体的に造形する(ステップS7)。なお、分子内部構造10は、弾力性付与の点から、澱粉をベースにした可塑性の高い材料(インク)で印刷することが好ましい。なお、図5は3Dプリンタによって印刷された直後の分子模型100の鋳型30と分子内部構造10とを示す。ここで、便宜上鋳型30は分子内部構造10が観察できるように分割されている。また、図5から分子内部構造10を数箇所支持する支持材40も確認することができる。

【0050】
加えて、三次元プリンタによって鋳型蓋部モデル3bの入力データからこの形状に対応した鋳型蓋部30bを造形する(ステップS7a)。

【0051】
三次元印刷ステップS7、S7aの後、鋳型本体部30a内の開口部30c(鋳型蓋部30bに関連(嵌合)する部分)を通して透明樹脂を鋳型本体部30a内に流し込み、硬化させる(ステップS8)。これにより、鋳型本体部30a内の空間2aは分子内部構造10を包含した状態で充填され、分子表面構造20を形成する。なお、透明樹脂の充填後から硬化するまで、鋳型蓋部30bで開口部30cに蓋をしておくことが好ましく(ステップS8a)、これにより分子表面構造20はより高精度な形状となる。

【0052】
ここで、充填される透明樹脂としては、シリコン樹脂(PDMS)、アクリル樹脂(PMMA)、又はアクリルアミド等のハイドロゲルが好ましい。PDMSは適度な弾力性と良好な透明度を持つ点で有利である。特に弾力性は、完成した分子模型100を変形させる上で有利である。上述した可塑性の高い材料で印刷された分子内部構造10と、弾力性のある透明樹脂からなる分子表面構造と、を備えた分子模型100は変形が容易となり、この技術分野の研究者は、タンパク質の会合や基質結合を検討する際に分子模型100を手にしながらこれを多少変形させた状態を確認できるようになる。PMMAは、その高い透明性と硬度等の化学的安定性とから、分子模型100の長寿命化が期待される点で有利である。また、ハイドロゲルは後述の分子模型100の浸漬観察のための溶媒に水を用いることができるために取扱いが容易であるという利点を持つ。

【0053】
透明樹脂の充填・硬化ステップS8の後、鋳型30(鋳型本体部30aと鋳型蓋部30b)と支持材40とを除去する(ステップS9)。上述したように、鋳型30が所定の肉厚の薄膜体で形成されていれば、鋳型30は容易に破壊され、除去され得る。ここで、支持材40の除去によって生じた分子表面構造20内の空洞40aにさらに樹脂を充填・硬化してもよい(ステップS9a)。

【0054】
以上により、透明樹脂内に分子内部構造10(主鎖・側鎖)が適切に配置・配向され、樹脂表面を含みかつ分子内部構造10を囲繞した部分が分子表面構造20を形成する本発明の分子模型100が完成する。

【0055】
さらに、硬化後の樹脂に対して追加の造形処理を施してもよい(ステップS10)。例えばクリスタル造形装置等を用いて樹脂にレーザー光線を照射し、樹脂内部にクラックを形成させて、分子模型100に関連した情報(水素結合の様式やインデックス番号)を立体特異的に彫刻してもよい(ステップS10a)。また、分子模型100が複数存在する際に、各模型100を容易に同定する目的のために透明体の樹脂表面を単一のクリアカラー塗料(透明度を持った塗料)で着色してもよいし、分子表面上の親水、疎水性の程度や静電ポテンシャルなどを反映させるよう、複数のカラー塗料を使用して着色してもよい。(ステップS10b)。

【0056】
[分子模型の観察方法]
以上により作製された本発明のタンパク質分子の分子模型の使用・観察方法について、以下に説明する。

【0057】
空気中での分子模型の観察
空気中で分子模型100を手にとって観察するとともに変形させることが可能であり、タンパク質の会合や基質結合を検討する場合に非常に有用である。しかしながら、樹脂よりも屈折率の低い空気(屈折率:約1.00)中では樹脂内部の主鎖、側鎖構造(分子内部構造10)を正しく見ることが困難な場合がある。

【0058】
溶媒中に浸漬した分子模型の観察
また、別の観察方法として、硬化前の樹脂、もしくは硬化後の樹脂と同じ屈折率を持つよう調節した溶媒(水溶媒又は水以外の溶媒)に分子模型100を浸漬させた状態で観察してもよい。なお、本発明の透明樹脂にハイドロゲルを使用した場合には、樹脂の屈折率が水(屈折率:約1.33)に近いため、水溶媒(水自体も含む。)を使用することができる。水溶媒を用いた場合では、模型を取り出した後に水で濯げばすむので取扱いが容易であるという利点がある。また、別の樹脂材料(ハイドロゲルよりも高い屈折率を有する樹脂材料)を備えた分子模型の場合には、水溶媒の濃度を調節して水溶媒の屈折率を該樹脂材料に適合させればよい。水溶媒に溶かす高屈折率の溶質としては、糖類や塩類、またグリセリン(示性式C(OH))等が挙げられる。屈折率の調整は、このように溶質の濃度を変えることで、およそ1.33~1.50の範囲で調整可能である。水以外の溶媒としては、シリコーンオイル(PDMSと同じ屈折率1.40)、植物油・ミネラルオイル(アクリル樹脂と似た屈折率1.48程度)等が挙げられる。

【0059】
この観察方法により、透明樹脂と溶媒との屈折率がほぼ同等になるため、樹脂内部の分子内部構造10である主鎖、側鎖の立体配置構造をより鮮明に観察することができるようになる。また、上述の追加造形ステップS10bにおいて透明樹脂表面をクリアカラーの塗料で着色しておけば、浸漬後も分子表面構造20の形状を3次元的に見つつ、この樹脂を透かしながら分子内部構造10を見ることも可能となる。なお、浸漬する溶媒が水を主体とした水溶液であれば、観察後に溶媒から分子模型100を取り出す際には水で濯げば良いだけであるので、洗浄、保管、取扱い等の面で有利である。
【実施例】
【0060】
図6に本発明により作製された分子模型100が溶媒中に浸漬された様子を示す。溶媒には植物油を使用した。図6はグレースケールの画像であるが、分子模型100の分子表面構造20の表面は、実際には緑色のクリアカラー塗料で着色されている。この図6より、透明樹脂と同一の屈折率に調整した溶媒中で観察することで分子表面構造20と分子内部構造10とをさらに明確に認識でき、クリアカラー塗料で透明樹脂を着色することで分子表面構造20の輪郭をより鮮明に認識できることがわかる。
【実施例】
【0061】
以上のように説明された本発明の分子模型の作製方法及び作製された分子模型は、以下のような作用効果を奏する。
【実施例】
【0062】
本発明の分子模型の作製方法によれば、3Dプリンタ等の三次元造形装置を利用するために、高精度(3Dプリンタの工作精度に準じた0.1ミリ程度)かつ複雑な分子内部構造及び分子表面構造を備えた分子模型を容易に提供することが可能になる。
【実施例】
【0063】
本発明の分子模型の作製方法によれば、タンパク質の分子内部構造と分子表面構造とを同一縮尺かつ対応する位置関係で同時に観察可能な分子模型を提供することができるだけでなく、それぞれの構造を弾力性のある材料で形成するため、それぞれの変形状態をも確認可能な分子模型を提供することができる。なお、両構造の変形状態を確認可能な分子模型は、基質や薬剤分子によるタンパク質のInduced fit(基質等が酵素タンパク質の活性中心部へ誘導適合される際に活性中心部の立体構造が変化する現象)やタンパク質間相互作用の検討など、生命現象に重要な反応の考察に非常に有用である。
【実施例】
【0064】
本発明の分子模型の作製方法によれば、十分な構造強度(堅牢性)と弾力性とを兼ね備えた分子模型を提供することができるため、分子模型の取扱いに過度な注意を払う必要がない。
【実施例】
【0065】
本発明の分子模型の作製方法によれば、分子表面構造の形成に必要な鋳型の材料を必要最低限の量だけ使用するだけでよく、三次元印刷コストの抑制や模型完成後の鋳型廃棄コストの抑制を図ることが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明により提供される分子模型は、これまでコンピュータ画面を眺めるだけでは検討しづらかった、(1)分子構造内の立体的な特徴に基づいた他分子との相互作用の可能性(薬剤スクリーニング)、(2)結合様式の予想、(3)立体構造的な観点からの特定分子の作用制限の検討などを容易にし、薬学やライフサイエンス分野でのツールとして学術的な貢献が期待されるものである。よって、本発明の分子模型は、主に大学、公設試験研究機関、製薬会社の研究所といった高等研究機関での利用が期待される。
【0067】
さらに、本発明は、タンパク質分子が微細・複雑であるために脆弱な内部構造を有する上に別の態様で分子表面構造が表現されることが可能であるといった、タンパク質分子の特殊性に適合する分子模型の作製方法であるが、必ずしもこれに限定されず、種々な分野の模型の作製に適用可能である。例えば、本発明を、建築物の内部構造と、該内部構造を包含する透明樹脂からなる外部構造と、を備えた建築物模型の作製方法にも適用可能であろう。
【符号の説明】
【0068】
1 分子内部構造モデル
2 分子表面構造モデル
2a 空間
3 鋳型モデル
3a 鋳型本体部モデル
3b 鋳型蓋部モデル
3c 鋳型本体部モデルの開口部
4 支持材モデル
10 分子内部構造
20 分子表面構造
30 鋳型
30a 鋳型本体部
30b 鋳型蓋部
30c 鋳型本体部の開口部
40 支持材
40a 支持材除去によって生じた空洞
100 分子模型
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5