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明細書 :鋼構造物の疲労き裂補修構造及び補修方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5441114号 (P5441114)
登録日 平成25年12月27日(2013.12.27)
発行日 平成26年3月12日(2014.3.12)
発明の名称または考案の名称 鋼構造物の疲労き裂補修構造及び補修方法
国際特許分類 E01D  22/00        (2006.01)
E01D   1/00        (2006.01)
C21D   7/06        (2006.01)
FI E01D 22/00 A
E01D 1/00 F
C21D 7/06 A
請求項の数または発明の数 6
全頁数 21
出願番号 特願2009-263101 (P2009-263101)
出願日 平成21年11月18日(2009.11.18)
審査請求日 平成24年11月16日(2012.11.16)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
発明者または考案者 【氏名】山田 健太郎
【氏名】石川 敏之
【氏名】柿市 拓巳
個別代理人の代理人 【識別番号】100081776、【弁理士】、【氏名又は名称】大川 宏
特許請求の範囲 【請求項1】
鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂の補修構造であって、
前記鋼板の表面の前記疲労き裂の開口部の周辺及び/又は直上を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の表面に塑性変形が付与され、該鋼板の表面の該疲労き裂の開口部が閉じられてき裂接触面が形成されていると共に、
前記鋼板の裏面の前記疲労き裂の開口部の周辺及び/又は直上を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の裏面に塑性変形が付与され、該鋼板の裏面の該疲労き裂の開口部が閉じられてき裂接触面が形成されていることを特徴とする鋼構造物の疲労き裂補修構造。
【請求項2】
前記き裂接触面に作用する圧縮残留応力が設計引張応力以上であることを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物の疲労き裂補修構造。
【請求項3】
鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂を補修の対象とし、
前記鋼板の表面の前記疲労き裂を挟んだ両側のうち少なくとも一側を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の表面に塑性変形を付与し、該鋼板の表面の該疲労き裂の開口部を閉じてき裂接触面を形成する疲労き裂周辺ピーニング工程と、
前記鋼板の裏面の前記疲労き裂を挟んだ両側のうち少なくとも一側を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の裏面に塑性変形を付与し、該鋼板の裏面の該疲労き裂の開口部を閉じてき裂接触面を形成する疲労き裂周辺ピーニング工程と、を有することを特徴とする鋼構造物の疲労き裂補修方法。
【請求項4】
前記鋼板の表面及び/又は裏面に対する前記疲労き裂周辺ピーニング工程の後工程として、前記疲労き裂の直上をピーニングすることにより前記鋼板の表面及び/又は裏面に塑性変形を付与し、前記き裂接触面の接触面積及び/又は接触圧力を増加する疲労き裂直上ピーニング工程を有することを特徴とする請求項3に記載の鋼構造物の疲労き裂補修方法。
【請求項5】
前記疲労き裂と平行に設置したガイドにより前記ピーニングの軌道を案内しながら、該ピーニングを行うことを特徴とする請求項3又は4に記載の鋼構造物の疲労き裂補修方法。
【請求項6】
前記き裂接触面に作用する圧縮残留応力が設計引張応力以上であることを特徴とする請求項3~5のうちのいずれか一つに記載の鋼構造物の疲労き裂補修方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は鋼構造物に発生した疲労き裂の補修構造及び補修方法に関し、詳しくは鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂の補修構造及び補修方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼橋に代表される鋼構造物が繰返し荷重を受けると、金属疲労によって鋼構造部材の表面に疲労き裂が発生する場合があり、この疲労き裂を放置すると、疲労き裂が進展し、鋼橋の耐力が維持できなくなる危険性がある。このため、鋼橋の維持・管理においては、疲労き裂の発生防止や早期発見・補修・補強などの疲労き裂対策が求められている。
【0003】
日本では、1960年代からの高度経済成長に合わせて道路網が整備され、多くの鋼橋が建設されてきた。これらの鋼橋は供用開始後40~50年が経過しており、様々な劣化現象が顕在化しているのに加えて、近年の交通荷重とその頻度の増加に伴って、鋼橋の溶接継手部に疲労き裂が発生しているのが発見されるようになった。
【0004】
図14に鋼橋における代表的な継手構造である面外ガセット溶接継手のまわし溶接部における溶接止端に発生した疲労き裂がその周辺の鋼板部に進展していく状況を示す。面外ガセット溶接継手50は、鋼板51と直角にガセットプレート52がすみ肉溶接された継手構造からなる。すみ肉溶接金属53の特にまわし溶接部53aの溶接止端及びその周辺は、溶接時の熱による引張残留応力の蓄積や、溶接止端を境界に形状が急変することにより応力集中の影響を受け易いことから、疲労き裂54が発生し易い部位となっている。
【0005】
図14(a)は疲労き裂54が発生していない状況、図14(b)はまわし溶接部53aの溶接止端に疲労き裂54が発生した状況(以下、Ntoeと呼ぶ)、図14(c)はまわし溶接部53aの溶接止端に発生した疲労き裂54が進展してすみ肉溶接金属53の溶接止端から離れ始めた状況(以下、Nと呼ぶ)、図14(d)は疲労き裂54が鋼板51に10mm進展した状況(以下、N10と呼ぶ)、図14(e)は疲労き裂54が鋼板51に30mm進展した状況(以下、N30と呼ぶ)、図14(f)は疲労き裂54が鋼板51に60mm進展した状況(以下、N60と呼ぶ)を示している。
【0006】
図14の(b)~(f)に示した面外ガセット溶接継手50を疲労き裂54に沿って切断した断面図を図15に示す。鋼板51の表面51aに発生した疲労き裂54が、Ntoe→N→N10→N30→N60と進展するのに伴って、疲労き裂54は、鋼板51の厚さ方向(深さ方向)と面方向(横方向)に進展する。そして、N30まで進展した段階において、疲労き裂54が鋼板51の表面51aから裏面51bまで貫通することが多い。N30の段階からさらに疲労き裂54が進展すれば、鋼板51の表面51aと裏面51bの双方から疲労き裂54が面方向に進展して、やがてN60の段階となる。なお、N10から先の疲労き裂54の進展は急速であることが知られている。
【0007】
このような鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂は、鋼橋の桁や部材の破断に繋がる危険なき裂である。このため、鋼板の面方向の疲労き裂の先端に、疲労き裂の進展を停止させるためのドリル孔(ストップホール)が設けられると共に、疲労き裂発生部分に添接板を配置して高力ボルトで摩擦接合を行うという恒久的な補修・補強対策が実施されるのが一般的である。
【0008】
なお、疲労き裂が小さくて鋼板の表面から裏面まで貫通しておらず、疲労き裂が危険な状況まで進展していないと判断される場合には、添接板を用いずにストップホールを設けることのみによって一時的に疲労き裂の進展を止めるという疲労き裂補修方法が実施されている。また、鋼板の表面から裏面まで疲労き裂が貫通していない段階において、疲労き裂の開口部の周辺及び直上を疲労き裂と平行にピーニングすることにより鋼板の表面に塑性変形を付与し、疲労き裂の開口部を閉じてき裂接触面を形成するという疲労き裂補修方法も発明者らによって実用化されつつある(特許文献1、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】特願2008-299880
【0010】

【非特許文献1】山田健太郎、石川敏之、柿市拓巳、李薈、「疲労き裂を閉口させて寿命を向上させる技術の開発」、平成20年度土木学会中部支部研究発表会講演概要集、I-5、pp.9~10、2009年
【非特許文献2】柿市拓巳、山田健太郎、石川敏之、李薈、「ICR処理を用いた面外ガセット溶接継手の疲労寿命延命効果」、土木学会第64回年次学術講演会概要集第1部、第64巻、I-151、pp.301~302、2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、鋼板を貫通した疲労き裂を補修の対象とする前述のストップホールと添接板による恒久的な補修・補強対策においては、多大な労力とコストがかかり、また、施工期間中は通行止めや交通制限を施す必要があるため、疲労き裂が発生している多数の鋼橋の全てに適用するのは非現実的である。
【0012】
また、添接板を高力ボルトで摩擦接合するため、添接板とボルト孔の設計が必要であり、疲労き裂を発見してから補修を開始するまでに時間を要するという問題がある。さらに、施工を行うためには、大掛かりな足場や支保工が必要となる。また、添接板や高力ボルトの重量が付加されることによって鋼橋の死荷重が増加するという問題もある。
【0013】
一方、ピーニングにより疲労き裂の開口部を閉じてき裂接触面を形成するという疲労き裂補修方法は、簡便かつ安価に疲労き裂を補修することが可能な方法ではあるものの、Ntoe、N及びN10段階のように鋼板の片面のみに発生した疲労き裂を補修の対象としており、N30及びN60段階のように鋼板を貫通した疲労き裂に適用するには至っていない。この疲労き裂補修方法を、鋼板を貫通した疲労き裂の表面側と裏面側の両面に適用するにあたっては、以下に述べる懸案事項がある。
【0014】
第一に、疲労き裂が鋼板を貫通した場合、その鋼板は疲労強度(疲労破壊強度)に達したと考えて、設計に基づいた恒久的な補修・補強対策を施すという思想が一般化されている。したがって、一時的に疲労き裂の進展を止めるという疲労き裂補修方法が受け入れられにくい風潮がある。
【0015】
第二に、ピーニング処理によって疲労き裂を補修する方法としては、発明者らが実用化しつつあるエアーハンマーを用いる方法の他に、超音波振動を利用する方法もある。前者の方法では、き裂深さ4mm程度のある程度深い疲労き裂までを補修の対象としており、一方、後者の方法では、き裂深さ1mm程度の極小さな疲労き裂を補修の対象としている。このように、ピーニング処理による疲労き裂補修方法は、鋼板の片面のみに発生した小さな疲労き裂を補修の対象としていることから、鋼板を貫通する大きな疲労き裂の補修に適用するには発想の飛躍が必要である。
【0016】
第三に、鋼板を貫通した疲労き裂の表面側と裏面側の両面にピーニング処理を施してき裂接触面を形成した場合、鋼板の片面のみに発生した疲労き裂を補修する場合と同様に鋼構造物の疲労寿命の延命化効果が得られるのか未解明である。
【0017】
第四に、鋼板を貫通した疲労き裂の表面側にピーニング処理を施した場合、仮に表面側の疲労き裂の開口部が閉じて表面側にき裂接触面が形成されたとしても、ピーニング時の衝撃荷重によって、裏面側の疲労き裂の開口部がさらに大きく開いてしまうのではないかという点が懸念される。
【0018】
第五に、鋼板を貫通した疲労き裂の表面側にピーニング処理を施して表面側にき裂接触面が形成された後に、裏面側のピーニング処理を施した場合、ピーニング時の衝撃荷重によって、せっかくき裂接触面が形成された表面側の疲労き裂が再度開いてしまうのではないかという点が懸念される。
【0019】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂を簡便かつ安価に補修することが可能であり、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる疲労き裂補修構造及び補修方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
以下、上記課題を解決するのに適した各手段につき、必要に応じて作用効果等を付記しつつ説明する。
【0021】
(1)本発明の鋼構造物の疲労き裂補修構造は、鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂の補修構造であって、前記鋼板の表面の前記疲労き裂の開口部の周辺及び/又は直上を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の表面に塑性変形が付与され、該鋼板の表面の該疲労き裂の開口部が閉じられてき裂接触面が形成されていると共に、前記鋼板の裏面の前記疲労き裂の開口部の周辺及び/又は直上を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の裏面に塑性変形が付与され、該鋼板の裏面の該疲労き裂の開口部が閉じられてき裂接触面が形成されていることを特徴とする。
【0022】
ここで、鋼板には、鋼構造物を構成する鋼材の溶接金属とは異なる全ての部分が含まれている。例えば、鋼板には、単純な平鋼板の他、H形鋼やI形鋼などの構造用鋼材のフランジやウェブなどの平面部分、及び鋼管や角鋼管のように曲がり加工等が施された管材の平面部分や曲面部分も含まれている。また、疲労き裂の直上とは、疲労き裂に重なる又は重なる程度に極近接している状態を述べているのであって、上下方向の上方や、鋼板の面方向に対して垂直となる状態を述べているのではない。
【0023】
表面から裏面まで貫通した疲労き裂が発生した鋼板に外力が作用して疲労き裂周辺に引張応力が作用すると、疲労き裂の対向する内側面が離れる方向に引っ張られることによって、表面側及び裏面側のき裂開口幅が広がって、疲労き裂が面方向に進展しようとする。
【0024】
本発明の構成によれば、鋼板の表面及び裏面の疲労き裂の開口部が閉じて、き裂の対向する内側面同士が接触したき裂接触面が形成され、き裂接触面には少なからず圧縮残留応力が導入さている。したがって、外力による引張応力と圧縮残留応力とが相殺されることによって、鋼板の表面及び裏面の疲労き裂が開口しにくくなる、あるいはき裂開口幅が広がりにくくなる。これにより、疲労き裂の面方向への進展を止める、あるいは疲労き裂の面方向への進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる。
【0025】
また、ピーニングという簡易な方法で疲労き裂の補修を行うため、従来から実施されてきた恒久的な補修・補強対策のような多大な労力とコストは不要であり、簡便かつ安価に疲労き裂を補修することができる。また、鋼板の表面及び裏面のみに加工を施すため、鋼板への削孔等は不要であり、疲労き裂発生部位の構造や疲労き裂の進展具合を配慮することなく適用することが可能である。
【0026】
(2)本発明の鋼構造物の疲労き裂補修構造は、前記き裂接触面に作用する圧縮残留応力が設計引張応力以上であることが好ましい。
【0027】
き裂接触面に作用する圧縮残留応力が、設計荷重によって発生する引張応力(設計引張応力)以上であれば、設計荷重に対して疲労き裂が開口することがない。したがって、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図る効果を十分に得ることができる。
【0028】
さらに好ましくは、前記き裂接触面に作用する圧縮残留応力が降伏応力と同程度又はそれ以上であるとよい。
【0029】
許容応力度法で設計された既設の鋼構造物は、設計引張応力が鋼材の許容引張応力以内に収まるように設計されている。設計では許容引張応力を降伏応力の1/1.7程度としており、実際に作用する引張応力は許容引張応力のさらに1/2程度と考えられている。したがって、圧縮残留応力が降伏応力と同程度又はそれ以上となっていれば、疲労き裂の進展を確実に防ぐことが可能である。
【0030】
なお、鋼構造物はある程度の寿命(耐用年数)を想定して設計されており、疲労き裂等の補修や塗装の塗替えなどの部分的な維持補修を行いながら全体構造としての健全性が維持されている。したがって、疲労き裂を補修する場合には、構造物の耐用年数を超えるほどの強固な補修を施す必要はなく、疲労き裂の進展を止める、あるいは残存寿命が十分に確保できる程度に進展を遅延することができればよい。このような観点からは、本発明の疲労き裂補修方法も、一時的な疲労き裂補修対策ではなく、恒久的な疲労き裂補修対策と見なすこともできる。
【0031】
(3)鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂を補修の対象とする本発明の鋼構造物の疲労き裂補修方法は、前記鋼板の表面の前記疲労き裂を挟んだ両側のうち少なくとも一側を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の表面に塑性変形を付与し、該鋼板の表面の該疲労き裂の開口部を閉じてき裂接触面を形成する疲労き裂周辺ピーニング工程と、前記鋼板の裏面の前記疲労き裂を挟んだ両側のうち少なくとも一側を該疲労き裂と平行にピーニングすることにより該鋼板の裏面に塑性変形を付与し、該鋼板の裏面の該疲労き裂の開口部を閉じてき裂接触面を形成する疲労き裂周辺ピーニング工程と、を有することを特徴とする。
【0032】
単に疲労き裂の直上のみをピーニングするだけでは、疲労き裂の開口部付近の対向する内側面を近づける方向に塑性変形を付与しにくいため、効率よくき裂接触面を形成することができない。本発明においては、疲労き裂周辺ピーニング工程によって疲労き裂の開口部付近の対向する内側面を近づける方向に塑性変形を付与することができるため、効率よくき裂接触面を形成することができる。その他の作用効果については、上述した(1)の作用効果と同様である。
【0033】
(4)本発明の鋼構造物の疲労き裂補修方法は、必要に応じて、前記鋼板の表面及び/又は裏面に対する前記疲労き裂周辺ピーニング工程の後工程として、前記疲労き裂の直上をピーニングすることにより前記鋼板の表面及び/又は裏面に塑性変形を付与し、前記き裂接触面の接触面積及び/又は接触圧力を増加する疲労き裂直上ピーニング工程を施すことができる。
【0034】
疲労き裂周辺ピーニング工程によってき裂接触面を形成した後に、疲労き裂直上ピーニング工程を施すことによって、き裂接触面の接触面積や接触圧力が増加する。これにより、き裂接触面の広い範囲で高い圧縮残留応力を導入することができるため、疲労き裂を開口しようとする引張応力に抵抗する効果はさらに高くなる。
【0035】
なお、一般には疲労き裂直上ピーニング工程によって、き裂接触面の接触面積と接触圧力の両方が増加することが想定されるが、ピーニングの方法によっては、接触面積が変わらずに接触圧力のみが増加する場合や、接触圧力が変わらずに接触面積のみが増加する場合や、部分的に接触面積や接触圧力が減少する場合も想定される。
【0036】
このような場合であっても、接触面積と接触圧力を掛け合わせた合力として、疲労き裂を開口しようとする引張応力に抵抗する効果が高くなれば、疲労き裂周辺ピーニング工程の後工程として疲労き裂直上ピーニング工程を実施することの利点が得られる。
【0037】
(5)本発明の鋼構造物の疲労き裂補修方法は、前記疲労き裂と平行に設置したガイドにより前記ピーニングの軌道を案内しながら、該ピーニングを行うことが好ましい。
【0038】
疲労き裂に沿って設置したガイドによりピーニングの軌道を案内すれば、疲労き裂に平行して正確な軌道でピーニングを行うことができる。したがって、ピーニングによって鋼板に付与する塑性変形の精度を確保することができる。
【0039】
(6)本発明の鋼構造物の疲労き裂補修方法は、前記き裂接触面に作用する圧縮残留応力が設計引張応力以上であることが好ましい。作用効果については、上述した(1)の作用効果と同様である。
【発明の効果】
【0040】
本発明の鋼構造物の疲労き裂補修方法によれば、鋼板を貫通した疲労き裂を補修の対象とした従来の恒久的な補修・補強対策であるストップホールと添接板による方法と比べて、作業時間及び労力が大幅に削減される。
【0041】
本発明の鋼構造物の疲労き裂補修構造及び補修方法によれば、鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂を簡便かつ安価に補修することが可能であり、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】一実施形態における疲労き裂補修方法を説明する斜視図であって、(a)は鋼板の表面に疲労き裂が発生した状況、(b)は鋼板の表面から裏面まで疲労き裂が進展した状況、(c)は鋼板の表面に疲労き裂周辺ピーニング工程を実施している状況、(d)は鋼板の表面に疲労き裂直上ピーニング工程を実施している状況、(e)は鋼板の裏面に疲労き裂周辺ピーニング工程を実施している状況、(f)は鋼板の裏面に疲労き裂直上ピーニング工程を実施している状況を示している。
【図2】本発明の一実施形態における疲労き裂補修方法を説明する斜視図であって、ガイドによりピーニングの軌道を案内しながら疲労き裂周辺ピーニング工程を実施している状況を示している。
【図3】疲労き裂補修を行わない場合の疲労き裂の進展状況を模式的に説明する説明図であって、(a)は鋼板の表面から裏面まで疲労き裂が進展した状況を説明する斜視図、(b)は(a)の鋼板の両端に下向きの曲げ荷重が作用して鋼板の表面付近に引張応力が発生した状況を説明する断面図、(c)は(a)の鋼板の両端に上向きの曲げ荷重が作用して鋼板の裏面付近に引張応力が発生した状況を説明する断面図、(d)は(b)及び(c)に示した曲げ荷重の繰返しによって疲労き裂がさらに進展した状況を説明する斜視図を示している。
【図4】一実施形態における疲労き裂補修構造及び補修方法の効果を模式的に説明する説明図であって、(a)は疲労き裂補修が完了した状況を説明する斜視図、(b)は(a)の鋼板の両端に下向きの曲げ荷重が作用して鋼板の表面側のき裂接触面に作用する圧縮残留応力が減少している状況を説明する断面図、(c)は(a)の鋼板の両端に上向きの曲げ荷重が作用して鋼板の裏面側のき裂接触面に作用する圧縮残留応力が減少している状況を説明する断面図、(d)は(b)及び(c)に示した曲げ荷重が繰返し載荷されても疲労き裂が進展していない状況を説明する斜視図を示している。
【図5】一般的な構造用鋼材の応力-ひずみ曲線である。
【図6】板曲げ疲労試験機の側面図である。
【図7】実施例1における面外ガセット溶接継手試験体の構造を説明する斜視図である。
【図8】実施例1による延命化効果を説明するS-N線図である。
【図9】実施例1における面外ガセット溶接継手試験体の疲労き裂補修順序を説明する斜視図である。
【図10】実施例2及び3におけるT形溶接継手試験体の構造を説明する斜視図である。
【図11】実施例2及び3による延命化効果を説明するS-N線図である。
【図12】実施例2及び3におけるT形溶接継手試験体の疲労き裂補修順序を説明する斜視図である。
【図13】実施例4におけるT形溶接継手試験体のピーニング処理中のひずみの発生状況を説明するグラフである。
【図14】面外ガセット溶接継手のまわし溶接部における溶接止端に発生した疲労き裂がその周辺の鋼板部に進展していく状況を説明する斜視図であって、(a)は疲労き裂が発生していない状況、(b)はまわし溶接部の溶接止端に疲労き裂が発生した状況、(c)はまわし溶接部の溶接止端に発生した疲労き裂が進展して溶接止端から離れ始めた状況、(d)は疲労き裂が鋼板部に10mm進展した状況、(e)は疲労き裂が鋼板部に30mm進展した状況、(f)は疲労き裂が鋼板部に60mm進展した状況を示している。
【図15】図14の(b)~(f)に示した面外ガセット溶接継手を疲労き裂に沿って切断した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明の鋼構造物の疲労き裂補修構造及び補修方法を具体化した一実施形態について図面を参照しつつ具体的に説明する。

【0044】
(1)疲労き裂補修構造及び補修方法
図1に本実施形態の疲労き裂補修方法を説明する斜視図を示す。図1(a)は鋼板の表面に疲労き裂が発生した状況、図1(b)は鋼板の表面から裏面まで疲労き裂が進展した状況、図1(c)は鋼板の表面に疲労き裂周辺ピーニング工程を実施している状況、図1(d)は鋼板の表面に疲労き裂直上ピーニング工程を実施している状況、図1(e)は鋼板の裏面に疲労き裂周辺ピーニング工程を実施している状況、図1(f)は鋼板の裏面に疲労き裂直上ピーニング工程を実施している状況を示している。

【0045】
鋼板1に外力が繰返し作用すると、金属疲労によって、図1(a)に示すように鋼板1の表面1aに疲労き裂2が発生する。この疲労き裂2を放置すると、疲労き裂2は、厚さ方向(深さ方向)と面方向(横方向)に半だ円状にき裂断面が拡大しながら進展し、やがてき裂断面が鋼板1の裏面1bまで到達して、図1(b)に示すように鋼板1の表面1aから裏面1bまで貫通した疲労き裂2となる。この貫通した疲労き裂2の進展を防止するために、図1(c)~(f)に示す補修が行われる。

【0046】
図1(c)に示すように、まず鋼板1の表面1a側の疲労き裂2と平行に疲労き裂2の両側に2本のピーニング軌道La及びLaを設定する。ここで、疲労き裂2からピーニング軌道La及び疲労き裂2からピーニング軌道Laまでの間隔は同一間隔とし、後述するチッパー3aの先端と鋼板1とのピーニング時の接触面が疲労き裂2の直上に重ならない間隔を確保する。

【0047】
次にピーニング軌道La、Laの順にピーニングを行って鋼板1の表面1aに塑性変形を付与し、疲労き裂2の開口部を閉じて表面側き裂接触面2aを形成する。この工程を疲労き裂周辺ピーニング工程と呼ぶ。なお、表面側き裂接触面2aは疲労き裂2の最上方付近のみに形成されており、表面側き裂接触面2aより下方では疲労き裂2の対向する内側面同士が接触していない。

【0048】
ピーニングには先端にチッパー3aが取り付けられた市販の手持ち可能なピーニング器具3を使用する。ピーニング器具3はコンプレッサー(図示せず)の空気圧を利用して、チッパー3aを高速振動するエアーハンマーであり、このピーニング器具3を使用したピーニングをエアーハンマーピーニングと呼ぶ。

【0049】
チッパー3aの先端形状は、4mm×5mm程度の平坦な矩形形状であり、少し角が丸く面取りされている。この先端形状は、いくつかの先端形状のチッパー3aを試して、鋼板1の表面に塑性変形を付与し易いものとして決定しているが、コンプレッサーの空気圧や使用するピーニング器具3の性能によってチッパー3aの最適な先端形状は異なるものと考えられる。

【0050】
ピーニング方法としては、本実施形態のエアーハンマーピーニングの他、鋼球を投射することによる衝撃を利用するショットピーニングや、超音波振動による衝撃を利用する超音波ピーニングなどがあるが、鋼材表面に塑性変形を効率よく付与することが可能な衝撃エネルギーと、様々な施工条件に対応可能な作業性を考慮すると、手持ち可能なエアーハンマーピーニングが本実施形態を実施する上で最も適していると考えられる。

【0051】
図2にピーニング軌道Laの疲労き裂周辺ピーニング工程を実施している状況を示す。疲労き裂2は面方向に直線的に進展することから、例えば、木製の角材をピーニングを行う際のガイド4(定規)として使用することができる。ガイド4の長手方向がピーニング軌道Laと平行になるように鋼板1の表面1a上に設置して、クランプ等のガイド固定治具5を用いて、鋼板1とガイド4とを一緒に挟み込むことによって固定する。ここで、鋼板1がクランプ等で挟み込めない構造である場合には、マグネットを用いて鋼板1にガイド4を固定することもできる。

【0052】
続いて図1(d)に示すように、鋼板1の表面1a側の疲労き裂2の直上にピーニング軌道Laを設定する。そして、ピーニング軌道Laに沿ってピーニングを行うことによって、表面側き裂接触面2aの接触面積や接触圧力を増加させる。このピーニング軌道Laに沿ってピーニングを行う工程を疲労き裂直上ピーニング工程と呼ぶ。

【0053】
なお、疲労き裂周辺ピーニング工程によって形成された表面側き裂接触面2aが疲労き裂直上ピーニング工程によって再度開口することがないように、疲労き裂直上ピーニング工程で使用するピーニング器具3のチッパー3aの先端幅は、図1(b)の疲労き裂2の開口幅よりも大きく設定されていることは言うまでもない。

【0054】
続いて図1(e)に示すように、鋼板1の裏面1b側の疲労き裂2と平行に疲労き裂2の両側に2本のピーニング軌道Lb及びLbを設定して、上述した鋼板1の表面1a側のピーニング軌道La及びLaに対するピーニング処理と同様の方法で、ピーニング軌道Lb及びLbに対して疲労き裂周辺ピーニング工程を実施する。これにより、疲労き裂2の開口部が閉じられて裏面側き裂接触面2bが形成される。

【0055】
続いて図1(f)に示すように、鋼板1の裏面1b側の疲労き裂2の直上にピーニング軌道Lbを設定して、上述した鋼板1の表面1a側のピーニング軌道Laに対するピーニング処理と同様の方法で、ピーニング軌道Lbに対して疲労き裂直上ピーニング工程を実施する。これにより、裏面側き裂接触面2bの接触面積や接触圧力が増加する。

【0056】
本実施形態の疲労き裂補修方法を実施する上での留意点として、本実施形態の疲労き裂補修方法は、鋼板1の表面1aから裏面1bまで貫通した疲労き裂2を補修の対象としているが、疲労き裂2がかなり進展してき裂開口幅が大きくなり、ピーニングにより鋼板1に塑性変形を加えることでき裂接触面2a及び2bを形成することができたとしても、この塑性変形量が大きくて鋼板1の断面性能等に悪影響を及ぼす場合においては適用の対象外とする。

【0057】
また、疲労き裂2が面方向に進展して、鋼板1が疲労き裂2で分断された場合においては、本実施形態の疲労き裂補修方法を適用することができない。疲労き裂2の開口部を閉じるためには、力のつり合い上、疲労き裂2の面方向の先端よりも先の部分の鋼板1に疲労き裂2が発生していない領域1c(図2参照)が必要である。

【0058】
また、疲労き裂2の開口部の全域を確実に閉じるためには、疲労き裂2の面方向の先端よりも先の部分までピーニング処理を施すのが望ましい。例えば、図2に示すように、ピーニング軌道La、La、La、Lb、Lb及びLbの長さを、疲労き裂2の面方向の進展長さよりも10mm以上長く設定しておくとよい。ここで、図2に示すように、鋼板1の表面1a側の疲労き裂2の進展長さと裏面1b側の疲労き裂2の進展長さとが大きく異なる場合には、少なくとも疲労き裂2の進展長さが長い側のピーニング軌道の長さを、疲労き裂2の面方向の進展長さよりも10mm以上長く設定しておくとよい。ピーニング軌道の長さは疲労き裂2のき裂開口幅の開き具合に応じて適宜設定することが可能であり、疲労き裂2のき裂開口幅が小さい場合には、疲労き裂2の面方向の進展長さとピーニング軌道の長さを同程度の長さとしてもよい。

【0059】
本実施形態によれば、鋼板1の表面1a及び裏面1bの疲労き裂2の開口部が閉じて、き裂の対向する内側面同士が接触したき裂接触面2a及び2bが形成され、き裂接触面2a及び2bには少なからず圧縮残留応力が導入さている。したがって、外力による引張応力と圧縮残留応力とが相殺されることによって、鋼板1の表面1a及び裏面1bの疲労き裂2が開口しにくくなる、あるいはき裂開口幅が広がりにくくなる。これにより、疲労き裂2の面方向への進展を止める、あるいは疲労き裂2の面方向への進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる。

【0060】
また、単に疲労き裂2の直上のみをピーニングするだけでは、疲労き裂2の開口部付近の対向する内側面を近づける方向に塑性変形を付与しにくいため、効率よくき裂接触面2a及び2bを形成することができない。本実施形態においては、疲労き裂周辺ピーニング工程によって疲労き裂2の開口部付近の対向する内側面を近づける方向に塑性変形を付与することができるため、効率よくき裂接触面2a及び2bを形成することができる。

【0061】
また、疲労き裂周辺ピーニング工程によってき裂接触面2a及び2bを形成した後に、疲労き裂直上ピーニング工程を施すことによって、き裂接触面2a及び2bの接触面積や接触圧力が増加する。これにより、き裂接触面2a及び2bの広い範囲で高い圧縮残留応力を導入することができるため、疲労き裂2を開口しようとする引張応力に抵抗する効果はさらに高くなる。

【0062】
また、市販の手持ち可能なピーニング器具3を使用してピーニングを行うという簡易な方法で疲労き裂2の補修を行うため、簡便かつ安価に疲労き裂2を補修することができる。また、鋼板1の表面1a及び裏面1bのみに加工を施すため、鋼板1への削孔等は不要であり、疲労き裂2の発生部位の構造や疲労き裂2の進展具合を配慮することなく適用することが可能である。

【0063】
また、疲労き裂2に沿って設置したガイド4によりピーニングの軌道を案内するため、疲労き裂2に平行して正確な軌道でピーニングを行うことができる。したがって、ピーニングによって鋼板1に付与する塑性変形の精度を確保することができる。

【0064】
(2)閉口させた疲労き裂の力学的な考え方
上述した本実施形態の疲労き裂補修構造は、疲労き裂2が開口する方向に働く引張応力に対して、き裂接触面2a及び2bに導入した圧縮残留応力が抵抗することによって、鋼板1の表面1a及び裏面1bの疲労き裂2が開口しにくくなる、あるいはき裂開口幅が広がりにくくなる。

【0065】
図3は疲労き裂補修を行わない場合の疲労き裂の進展状況を模式的に説明する説明図である。疲労き裂補修を行っていない図3(a)に示す鋼板1は、き裂接触面2a及び2bが形成されていないため、図3(b)に示すように、鋼板1の両端に下向きの曲げ荷重が作用すると鋼板1の表面1a付近に引張応力が発生して表面1a側の疲労き裂2のき裂開口幅が広がる。同様に、図3(c)に示すように、鋼板1の両端に上向きの曲げ荷重が作用すると鋼板1の裏面1b付近に引張応力が発生して裏面1b側の疲労き裂2のき裂開口幅が広がる。鋼板1に図3(b)及び(c)に示す外力が繰返し載荷されると、図3(d)に示すように、金属疲労によって疲労き裂2が面方向に進展していく。

【0066】
一方、図4は本実施形態の疲労き裂補修方法により疲労き裂補修を行った場合の疲労き裂の進展を抑制する効果について模式的に説明する説明図である。図4(a)の鋼板1には疲労き裂2の開口部が閉じてき裂接触面2a及び2bが形成されており、このき裂接触面2a及び2bには圧縮残留応力が導入されている。

【0067】
この状態で、図4(b)に示すように、鋼板1の両端に下向きの曲げ荷重が作用すると鋼板1の表面1a付近に引張応力が発生し、この引張応力が疲労き裂2を開口させる方向に働く。ところが、表面側き裂接触面2aに導入した圧縮残留応力が引張応力よりも大きければ、引張応力と圧縮残留応力とが相殺されることにより圧縮残留応力が小さくなるものの疲労き裂2が開口することはない。同様に、図4(c)に示すように、鋼板1の両端に上向きの曲げ荷重が作用すると鋼板1の裏面1b付近に引張応力が発生し、裏面側き裂接触面2bに導入した圧縮残留応力が小さくなるものの疲労き裂2が開口することはない。

【0068】
このように図4(b)及び(c)に示す外力が繰返し載荷されたとしても、疲労き裂2が開口することがないため、図4(d)に示すように、疲労き裂2が面方向に進展することはない。したがって、外力の繰返し載荷に対して、疲労き裂2の進展を止める、あるいは疲労き裂2の進展を遅延することができる。

【0069】
なお、図4(b)及び(c)においては、鋼板1の両端に作用する外力として曲げ荷重を想定したが、本実施形態の疲労き裂補修構造は、鋼板1の両端に引張荷重が作用する場合であっても効果を奏する。鋼板1の両端に引張荷重が作用することによって鋼板1の表面1a付近及び裏面1b付近に引張応力が発生した場合、き裂接触面2a及び2bに導入した圧縮残留応力がこの引張応力よりも大きければ、疲労き裂2が面方向に進展することはない。

【0070】
以上より、鋼板を貫通する疲労き裂の開口部を閉口させることは、疲労き裂の面方向への進展を止める、あるいは疲労き裂の面方向への進展を遅延させて、鋼構造物の疲労寿命の延命化を図る上で効果的であることがわかる。

【0071】
以上で説明した一実施形態において、表面側き裂接触面2a及び裏面側き裂接触面2bに作用する圧縮残留応力は設計引張応力以上であることが好ましい。き裂接触面2a及び2bに作用する圧縮残留応力が、設計荷重によって発生する引張応力(設計引張応力)以上であれば、設計荷重に対して疲労き裂2が開口することがない。したがって、疲労き裂2の進展を止める、あるいは疲労き裂2の進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図る効果を十分に得ることができる。

【0072】
さらに好ましくは、表面側き裂接触面2a及び裏面側き裂接触面2bに作用する圧縮残留応力が降伏応力と同程度又はそれ以上であるとよい。許容応力度法で設計された既設の鋼構造物は、設計引張応力が鋼材の許容引張応力以内に収まるように設計されている。設計では許容引張応力を降伏応力の1/1.7程度としており、実際に作用する引張応力は許容引張応力のさらに1/2程度と考えられている。したがって、圧縮残留応力が降伏応力と同程度又はそれ以上となっていれば、疲労き裂2の進展を確実に防ぐことが可能である。

【0073】
このように、き裂接触面2a及び2bに大きな圧縮残留応力を発生させるためには、ピーニングによって疲労き裂2周辺の鋼板の表面及び裏面に塑性変形を付与して疲労き裂2の開口部を閉口してき裂接触面2a及び2bを形成するとともに、さらなる塑性変形を加えて、き裂接触面2a及び2bの接触圧力を大きくする必要がある。

【0074】
鋼材に圧縮応力が作用すると、圧縮応力が作用した方向(圧縮方向)に鋼材が縮み、圧縮方向の直角方向に膨らもうとする性質がある。したがって、疲労き裂周辺ピーニング工程によって鋼板の表面及び裏面にピーニングの衝撃を加えれば、ピーニングの衝撃荷重が作用した方向(荷重方向)には鋼板が縮み、荷重方向の直角方向に膨らもうとする。すなわち、疲労き裂2が閉じる方向に変形しようとする。疲労き裂2が閉じてき裂接触面2a及び2bが形成された時点で、この変形が塑性変形領域まで到達していれば、き裂接触面2a及び2bが保持され、き裂接触面2a及び2bに圧縮残留応力を発生させることができる。

【0075】
図5に一般的な構造用鋼材の応力-ひずみ曲線を示す。この応力-ひずみ曲線は引張試験によって得られた鋼材の引張特性であるが、鋼材の引張特性と圧縮特性は類似していることから、鋼材の圧縮特性として代用することもできる。ここでは、図5を圧縮特性として代用して鋼材表面に付与する塑性変形(塑性ひずみ)について説明する。

【0076】
図5において、pは比例限界、pは弾性限界、pは上降伏点、pは下降伏点、pは引張強度、pは破断点であり、0-p間は応力-ひずみが直線的な比例関係にある比例範囲、0-p間は除荷することでひずみεが0に戻る弾性範囲、下降伏点p以降は除荷してもひずみεが0に戻らずに残留ひずみが蓄積する塑性範囲と呼ばれており、鋼材に塑性変形を付与するということは、鋼材に残留ひずみを付与することである。

【0077】
例えば、鋼材に作用する圧縮応力を徐々に大きくしていけば、やがて応力-ひずみ曲線上のpに到達する。ここで、圧縮応力を除荷すれば、pからpに向かって弾性的にひずみεが減少し、0-p間に相当する残留ひずみが蓄積する。

【0078】
鋼板の表面及び裏面にピーニングによる衝撃荷重を繰返し加えれば、ピーニングの衝撃荷重が作用した方向(荷重方向)には鋼板が縮み、荷重方向の直角方向に膨らもうとする。しかし、き裂接触面2a及び2bが形成された以降は、荷重方向の直角方向の変形が拘束されるため、ピーニングの衝撃荷重により鋼板が縮むほど、き裂接触面2a及び2bの接触圧力が大きくなり、ここでピーニングを終了しても塑性変形した鋼材表面の形状は保持され、き裂接触面2a及び2bの接触圧力も保持される。

【0079】
以上詳述したことから明らかなように、本実施形態の鋼構造物の疲労き裂補修構造及び補修方法によれば、鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂を簡便かつ安価に補修することが可能であり、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる。

【0080】
(3)その他の実施形態
なお、本発明は上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々の変更を施すことが可能であることは言うまでもない。

【0081】
例えば、図1に示す表面側き裂接触面2a及び裏面側き裂接触面2bは、疲労き裂2の最上方付近及び最下方付近のみに形成されており、表面側き裂接触面2aより下方かつ裏面側き裂接触面2bより上方では疲労き裂2の対向する内側面同士が接触してはいない。しかし、疲労き裂2の最上方から最下方までの全域にわたってき裂接触面が形成されていてもよい。

【0082】
また、表面側き裂接触面2aの接触面積と接触圧力を掛け合わせた合力として、疲労き裂2を開口しようとする引張応力に抵抗することができれば本発明の鋼構造物の疲労寿命の延命化を図る効果が得られることから、表面側き裂接触面2aは必ずしも疲労き裂2の最上方付近に形成されている必要はなく、疲労き裂2の最上方の対向する内側面同士が接触していなくてもよい。ただし、一般に鋼板1の表面1aにおいて最も大きな引張応力が発生することを勘案すれば、表面側き裂接触面2aの接触面積と接触圧力が一定の場合には、表面側き裂接触面2aの形成位置が疲労き裂2の上方に近いほど本発明の鋼構造物の疲労寿命の延命化を図る効果が高くなる。同様に、裏面側き裂接触面2bについても必ずしも疲労き裂2の最下方付近に形成されている必要はない。

【0083】
また、図1では鋼板1の表面1a側を先行してピーニング処理を施しているが、ピーニング処理は、表面1a側及び裏面1b側のうちのいずれの側を先行して行ってもよい。

【0084】
また、図1(c)及び(e)に示す疲労き裂周辺ピーニング工程において、疲労き裂2と平行に疲労き裂2の両側に2本のピーニング軌道を設定したが、疲労き裂2を挟んだ両側のうち少なくとも一側に複数本のピーニング軌道を設定してもよい。き裂接触面2a及び2bの形成が可能であれば、疲労き裂2を挟んだ両側のうち一側のみにピーニング軌道を設定してもよい。

【0085】
また、図1(c)及び(e)に示す疲労き裂周辺ピーニング工程において、き裂接触面2a及び2bの接触面積及び接触圧力が、疲労き裂2を開口しようとする引張応力に抵抗可能な値となる場合には、図1(d)及び(f)に示す疲労き裂直上ピーニング工程を省略してもよい。

【0086】
また、本実施形態におけるピーニング器具3のチッパー3aの先端形状は、平坦な矩形形状としているが、平坦に限らず部分的に凹凸を有していてもよい。また、矩形に限らず円形であってもよい。また、疲労き裂周辺ピーニング工程と疲労き裂直上ピーニング工程で、それぞれ異なる形状のチッパー3aを使用してもよい。

【0087】
また、図1及び2において、ピーニング器具3のチッパー3aを鋼板1に対してほぼ直角に立ててピーニングを行っているが、鋼板1に対して斜めからピーニングを行ってもよい。

【0088】
また、本実施形態の疲労き裂補修によって、疲労き裂2の進展を止める、あるいは疲労き裂2の進展を遅延させて鋼構造物の疲労寿命を耐用年数まで延命化することができれば、恒久的な疲労き裂補修対策となるが、仮に耐用年数まで延命化することができずに、補修後に更に疲労き裂が大きく進展した場合には、本実施形態の疲労き裂補修を再度実施して延命化を図ることも可能であるし、従来の補修方法を施すことも可能である。
【実施例】
【0089】
前述のとおり、鋼板の表面から裏面まで貫通した疲労き裂の開口部を閉口させることによって、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて、鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることが可能な点については、力学的に説明できる。
【0090】
ここでは、鋼橋における代表的な溶接継手である面外ガセット溶接継手及びT形溶接継手について試験体を作成し、この試験体の鋼板部分に鋼板を貫通した疲労き裂を発生させて、この疲労き裂の補修を行ったものと、補修を行っていないものとで疲労寿命の比較を行った。
【0091】
(実施例1)
本実施例は、鋼板を貫通した疲労き裂が発生した面外ガセット溶接継手を補修の対象とし、疲労寿命の延命化効果を実験により検証したものである。実験には図6に示す板曲げ疲労試験機10を使用した。板曲げ疲労試験機10は、面外ガセット溶接継手試験体20の一端側をボルト固定して、他端側に加振器11により繰返し載荷を行う装置である。
【0092】
図7に実施例1における面外ガセット溶接継手試験体20の構造を説明する斜視図を示す。面外ガセット溶接継手試験体20は、幅300mm、長さ700mm、厚さ12mmの鋼板1(材質SM490)の表面1aと直角方向に、高さ300mm、長さ340mm、厚さ12mmのガセットプレート21(材質SM490)を等脚長6mmのすみ肉溶接で接合した構造からなる。
【0093】
この面外ガセット溶接継手試験体20を板曲げ疲労試験機10にセットして、応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を行った。面外ガセット溶接継手試験体20の固定位置は長さ方向の端部から240mmの範囲、繰返し荷重の載荷位置は固定位置と反対側の端部から115mmの位置とした。
【0094】
ここで、面外ガセット溶接継手試験体20に作用する応力の検出にはひずみゲージ12を使用し、ひずみゲージ12の貼り付け位置は、面外ガセット溶接継手試験体20の表面1aの長さ方向の中心線から載荷方向に12mm離れ、幅方向の中心線上及び中心線から両側に75mm離れた位置の3箇所とした。
【0095】
図8に実施例1の延命化効果を説明するS-N線図を示す。S-N線図は横軸を繰返し載荷の繰返し数N、縦軸を応力範囲Δσとして、試験体が破断に至った点をプロットしたグラフであって、日本鋼構造協会(JSSC)ではS-N線図に破線で示すJSSC-A~Hの8段階の等級を定めて鋼構造物の継手構造の疲労破壊に対する耐久性を評価している。ここで、JSSC-E(80)という表記はΔσ=80MPaで200万回の繰返し荷重が載荷されると破断に至ることを示している。
【0096】
図8にプロットした黒塗り丸印は、実施例1の比較例として実施した疲労試験の試験結果(比較例1~6)を示している。比較例1~6は、様々な応力範囲において、疲労き裂2の補修を行わずに破断に至るまで試験を続けた試験結果である。ここで、まわし溶接部22aの溶接止端に発生した疲労き裂2が進展してすみ肉溶接金属22の溶接止端から離れて鋼板1に30mm進展した時点(N30)、又は疲労き裂2が鋼板1の裏面1bまで貫通した時点を破断(N)と定義した。図8に示すとおり、比較例1~6の面外ガセット溶接継手試験体20は、JSSC-E等級程度の疲労破壊に対する耐久性を有している。
【0097】
図8にプロットした白塗り四角印は、実施例1の疲労試験の試験結果を示している。実施例1においては、応力範囲97MPaの応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を実施して、繰返し数149万回で鋼板1の表面1aの疲労き裂2がN30の段階まで進展した。この時、疲労き裂2は鋼板1の裏面1bまで貫通していた。この状態で疲労試験を一時中断して、本発明の疲労き裂補修方法により疲労き裂2の補修を行った。
【0098】
図9に実施例1における面外ガセット溶接継手試験体20の疲労き裂2の補修順序を説明する斜視図を示す。初めに表面1a側の疲労き裂2の開口部を閉口し、続いて面外ガセット溶接継手試験体20の上下方向を反転して裏面1b側の疲労き裂2の開口部を閉口した。表面1a側のピーニングは、図9の(1)~(8)の順序で実施した。ここで、(7)及び(8)は、まわし溶接部22aの溶接止端に発生した疲労き裂2をピーニングする処理であるが、まわし溶接部22aまわりの曲線状のピーニング軌道を連続してピーニングすることは困難であるため、(7)及び(8)に二分割して処理を行った。裏面1b側の疲労き裂2の補修手順は、図1(e)及び(f)で示した手順と同様とした。
【0099】
ピーニング処理に用いたピーニング器具は、打撃数90Hz、ピンストローク16mm、消費空気量0.14m/minの市販のエアーハンマーである。また、チッパーは、市販のタガネの先端を、角が丸みをおびた4mm×5mm程度の平坦な面になるように加工したものである。ピーニング器具へのエアーの供給には、タンク容量10リットルの小型のエアーコンプレッサーを用いた。ピーニング処理中のエアーコンプレッサーの空気圧力は0.5~0.6MPaであった。
【0100】
ピーニング処理によって疲労き裂2の開口部を閉口した後に、応力範囲100MPaの応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を再度行った結果、疲労き裂2の開口部を閉口した後の繰返し数が881万回に達しても疲労き裂2が再度開口及び進展することはなかった。
【0101】
すなわち疲労き裂2がN30の段階まで進展した時点で疲労き裂2の補修を行った場合の面外ガセット溶接継手試験体20は、少なくともJSSC-D等級に相当する疲労破壊に対する耐久性を有しているものと見なせる。
【0102】
このように、鋼板を貫通した疲労き裂が発生した面外ガセット溶接継手に本発明の疲労き裂補修方法を適用することによって、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて、疲労破壊に対する耐久性を格段に向上させることができる。これにより、鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる。
【0103】
(実施例2及び3)
本実施例は、鋼板を貫通した疲労き裂が発生したT形溶接継手を補修の対象とし、疲労寿命の延命化効果を実験により検証したものである。実験には実施例1と同様に図6に示した板曲げ疲労試験機10を使用した。
【0104】
図10に実施例2及び3におけるT形溶接継手試験体30の構造を説明する斜視図を示す。T形溶接継手試験体30は、幅334mm、長さ600mm、厚さ12mmの鋼板1(材質SM400)の幅方向の両端面に、鋼板1の面方向と直角方向に、高さ100mm、長さ200mm、厚さ12mmのフランジ部材31(材質SM400)を等脚長6mmのすみ肉溶接で接合した構造からなる。
【0105】
このT形溶接継手試験体30を板曲げ疲労試験機10にセットして、応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を行った。T形溶接継手試験体30の固定位置は長さ方向の端部から240mmの範囲、繰返し荷重の載荷位置は固定位置と反対側の端部から120mmの位置とした。
【0106】
ここで、T形溶接継手試験体30に作用する応力の検出にはひずみゲージ12を使用し、ひずみゲージ12の貼り付け位置は、T形溶接継手試験体30の表面1aのまわし溶接部32aの溶接止端から載荷方向に5mm離れ、幅方向の両端から75mm離れた位置の2箇所とした。
【0107】
図11に実施例2及び3の延命化効果を説明するS-N線図を示す。図11にプロットした黒塗り丸印は、実施例2及び3の比較例として実施した疲労試験の試験結果(比較例7~14)を示している。比較例7~14は、様々な応力範囲において、疲労き裂2の補修を行わずに破断に至るまで試験を続けた試験結果である。ここで、まわし溶接部32aの溶接止端に発生した疲労き裂2が進展してすみ肉溶接金属32の溶接止端から離れて鋼板1に30mm進展した時点(N30)を破断(N)と定義した。図11に示すとおり、比較例7~14のT形溶接継手試験体30は、JSSC-F等級程度の疲労破壊に対する耐久性を有している。
【0108】
図11にプロットした白塗り四角印は、実施例2の疲労試験の試験結果を示している。実施例2においては、応力範囲48MPaの応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を実施して、繰返し数690万回で鋼板1の表面1aの疲労き裂2がN30の段階まで進展した。この時、鋼板1の裏面1bの疲労き裂2もN30の段階まで進展しており、鋼板1の内部で疲労き裂2が結合して鋼板1を貫通した疲労き裂2となっていた。この状態で疲労試験を一時中断して、本発明の疲労き裂補修方法により疲労き裂2の補修を行った。
【0109】
図12に実施例2におけるT形溶接継手試験体30の疲労き裂2の補修順序を説明する斜視図を示す。初めに表面1a側の疲労き裂2の開口部を閉口し、続いてT形溶接継手試験体30の上下方向を反転して裏面1b側の疲労き裂2の開口部を閉口した。表面1a側のピーニングは、図12の(1)~(3)の順序で実施した。裏面1b側の疲労き裂2の補修手順は表面1a側の補修手順と同様とした。また、ピーニング処理には実施例1と同様のピーニング器具を使用した。
【0110】
ピーニング処理によって疲労き裂2の開口部を閉口した後に、応力範囲126MPaの応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を再度行った結果、疲労き裂2の開口部を閉口した後の繰返し数が1100万回に達した時点で疲労き裂2が再度開口して、鋼板1に30mm進展した時点(N30)の状態となった。
【0111】
図11にプロットした白塗り三角印は、実施例3の疲労試験の試験結果を示している。実施例3においては、応力範囲56MPaの応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を実施して、繰返し数470万回で鋼板1の表面1aの疲労き裂2がN30の段階まで進展した。その後、疲労試験を継続して、鋼板1の表面1aから裏面1bまで貫通する疲労き裂2をN60の段階まで進展させ、この状態で疲労試験を一時中断して、本発明の疲労き裂補修方法により疲労き裂2の補修を行った。疲労き裂2の補修順序は、実施例2と同様とした。
【0112】
ピーニング処理によって疲労き裂2の開口部を閉口した後に、応力範囲203MPaの応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を再度行った結果、疲労き裂2の開口部を閉口した後の繰返し数が2210万回に達しても疲労き裂2が再度開口及び進展することはなかった。再び疲労き裂2がN30の段階まで進展することもなかった。
【0113】
すなわち疲労き裂2がN30又はN60の段階まで進展した時点で疲労き裂2の補修を行った場合のT形溶接継手試験体30は、少なくともJSSC-C等級に相当する疲労破壊に対する耐久性を有しているものと見なせる。
【0114】
このように、鋼板を貫通した疲労き裂が発生したT形溶接継手に本発明の疲労き裂補修方法を適用することによって、疲労き裂の進展を止める、あるいは疲労き裂の進展を遅延させて、疲労破壊に対する耐久性を格段に向上させることができる。これにより、鋼構造物の疲労寿命の延命化を図ることができる。
【0115】
(実施例4)
本実施例は、鋼板を貫通した疲労き裂が発生したT形溶接継手に本発明の疲労き裂補修方法を適用した場合のピーニング処理中のひずみの発生状況を検証した実施例である。実験には実施例1と同様に図6に示した板曲げ疲労試験機10を使用した。T形溶接継手試験体の構造は、図10に示した実施例2及び3におけるT形溶接継手試験体30と同様であるため説明を省略する。
【0116】
図13に実施例4におけるT形溶接継手試験体30のピーニング処理中のひずみの発生状況を説明するグラフを示す。まずT形溶接継手試験体30を板曲げ疲労試験機10にセットして、応力制御の条件で繰返し載荷による疲労試験を行い、鋼板1の表面1aから裏面1bまで貫通したN30の段階の疲労き裂2を発生させた。
【0117】
次にT形溶接継手試験体30を板曲げ疲労試験機10から取り外して、T形溶接継手試験体30の上下方向を反転して、鋼板1の裏面1bの疲労き裂2aの開口部が完全に閉じるまで、実施例2と同様の補修手順で裏面1b側のピーニング処理を行った。
【0118】
その後、開口部が閉じた裏面1b側の疲労き裂2の進展長さの中央でかつ疲労き裂2の直上に裏面側ひずみゲージ12bを貼り付けた後、T形溶接継手試験体30の上下方向を反転して、T形溶接継手試験体30の表面1a側を上方に向けた。
【0119】
その後、開口部が開いた状態の表面1a側の疲労き裂2の進展長さの中央でかつ疲労き裂2から5mm離れた位置に表面側ひずみゲージ12aを貼り付けた。すなわち表面側ひずみゲージ12aは、図12の(2)で示されたピーニング処理領域の中央に貼り付けられている。その後、図12の(1)で示されたピーニング処理領域のピーニングを実施した。
【0120】
図13のグラフの横軸は、鋼板1の表面1a側のピーニングを開始してからの経過時間tであり、グラフ中に記載されている1往復目、2往復目、3往復目とは、図12の(1)で示されたピーニング処理領域を疲労き裂2と平行にピーニング処理する際の往復回数を示している。また、グラフの縦軸は、表面側ひずみゲージ12a及び裏面側ひずみゲージ12bによって計測される鋼板1のひずみεである。ここで、ひずみεがマイナスの場合には鋼板1に圧縮ひずみが発生していることを示している。
【0121】
図13のグラフに示すように、鋼板1の表面1a側にピーニング処理を施すことによって、表面側ひずみゲージ12aのひずみεのマイナス値が増減を繰り返しながら徐々に大きくなる。すなわち鋼板1の表面1aの圧縮残留ひずみが増加する。そして、表面側ひずみゲージ12aのひずみεのマイナス値が大きくなるのと連動して、裏面側ひずみゲージ12bのひずみεのマイナス値も徐々に大きくなっている。すなわち鋼板1の裏面1bの圧縮残留ひずみも増加する。
【0122】
以上の実験結果から、鋼板1の表面1a側の疲労き裂2の周辺に圧縮残留ひずみを付与すれば、鋼板1の裏面1b側の疲労き裂2の周辺にも圧縮残留ひずみが付与されることが明らかとなった。
【0123】
これにより、発明者らが本発明の構想段階で抱いていた、鋼板を貫通した疲労き裂の表面側にピーニング処理を施して表面側にき裂接触面が形成された後に、裏面側のピーニング処理を施した場合、ピーニング時の衝撃荷重によって、せっかくき裂接触面が形成された表面側の疲労き裂が再度開いてしまうのではないかという懸念は払拭された。
【符号の説明】
【0124】
La,La,La,Lb,Lb,Lb … ピーニング軌道
1 … 鋼板 1a … 表面
1b … 裏面 2 … 疲労き裂
2a … 表面側き裂接触面 2b … 裏面側き裂接触面
3 … ピーニング器具 3a … チッパー
4 … ガイド 5 … ガイド固定治具
10 … 板曲げ疲労試験機 11 … 加振器
12 … ひずみゲージ 12a… 表面ひずみゲージ
12b… 裏面ひずみゲージ 20 … 面外ガセット溶接継手試験体
21 … ガセットプレート 22 … すみ肉溶接金属
22a… まわし溶接部 30 … T形溶接継手試験体
31 … フランジ部材 32 … すみ肉溶接金属
32a… まわし溶接部
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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