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明細書 :磁性薄膜を用いた伝送線路デバイス

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5622262号 (P5622262)
公開番号 特開2011-193093 (P2011-193093A)
登録日 平成26年10月3日(2014.10.3)
発行日 平成26年11月12日(2014.11.12)
公開日 平成23年9月29日(2011.9.29)
発明の名称または考案の名称 磁性薄膜を用いた伝送線路デバイス
国際特許分類 H01P   3/08        (2006.01)
H01F  17/00        (2006.01)
FI H01P 3/08
H01F 17/00 B
請求項の数または発明の数 7
全頁数 20
出願番号 特願2010-055675 (P2010-055675)
出願日 平成22年3月12日(2010.3.12)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 (刊行物)発行者名 社団法人日本磁気学会 刊行物名 第33回日本磁気学会学術講演概要集2009,2009年9月12日 (学会発表)研究集会名 第33回日本磁気学会学術講演会 主催者名 社団法人日本磁気学会,2009年9月15日 (刊行物)発行者名 社団法人電気学会 刊行物名 電気学会研究会資料マグネティックス研究会 MAG-09-211~221・223,2009年12月17日 (学会発表)研究集会名 電気学会マグネティックス研究会 主催者名 社団法人電気学会,2009年12月17日
審査請求日 平成24年10月29日(2012.10.29)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
発明者または考案者 【氏名】中山 英俊
個別代理人の代理人 【識別番号】100100055、【弁理士】、【氏名又は名称】三枝 弘明
審査官 【審査官】富澤 哲生
参考文献・文献 特開2007-294882(JP,A)
特開2000-269035(JP,A)
特開平11-354322(JP,A)
特開平09-097715(JP,A)
特許第3441082(JP,B2)
特開平08-172015(JP,A)
特開2001-319813(JP,A)
調査した分野 H01P 3/08
H01F 17/00
特許請求の範囲 【請求項1】
導体ラインと、該導体ラインに対して誘電体を介して積層された磁性薄膜とを構成要素として有する伝送線路デバイスにおいて、
前記導体ラインは、前記磁性薄膜の磁化容易軸方向に伸びる第1の線路部分と、前記磁性薄膜の磁化困難軸方向に伸びる第2の線路部分とが交互に接続されて矩形状のスパイラル形状を構成するスパイラル線路構造を有するとともに、該スパイラル線路構造の平面形状において前記磁性薄膜の磁化容易軸方向のスパイラル径が磁化困難軸方向のスパイラル径よりも大きく、
前記磁性薄膜は、相互に交差する、前記導体ラインの前記第1の線路部分に沿ったスリットと前記第2の線路部分に沿ったスリットにより分断され、
前記磁性薄膜は、平面的に見て、前記スパイラル線路構造の内部において前記第1の線路部分に沿って形成された前記スリットであって、前記スパイラル線路構造の内部の相互に隣接し同じ電流方向を備える一対の前記第1の線路部分の間に配置される内部スリット部分を含む前記スリットと、前記第2の線路部分に沿って形成された前記スリットであって、前記スパイラル線路構造の内部の相互に隣接し同じ電流方向を備える一対の前記第2の線路部分の間に配置される内部スリット部分を含む前記スリットとの双方を有し、
前記第1の線路部分及び前記第2の線路部分に沿った前記内部スリット部分を含む前記スリットの幅が前記導体ラインの線幅よりも小さいことを特徴とする伝送線路デバイス。
【請求項2】
前記磁性薄膜は、平面的にみて、前記スパイラル線路構造の外側において前記第1の線路部分及び第2の線路部分に沿ってそれぞれ形成される外側スリット部分を含む前記スリットをさらに有することを特徴とする請求項1に記載の伝送線路デバイス。
【請求項3】
前記磁性薄膜は、平面的に見て、前記スパイラル線路構造の内側において前記第1の線路部分に沿って形成され、前記磁化困難軸の方向に相互に対向し異なる電流方向を備える両側の前記第1の線路部分の間に配置される内側スリット部分を含む前記スリットをさらに有することを特徴とする請求項1又は2に記載の伝送線路デバイス。
【請求項4】
前記スパイラル線路構造の内側には、平面的に見て、前記第1の線路部分に沿って形成され、前記磁化困難軸の方向に相互に対向し異なる電流方向を備える両側の前記第1の線路部分の端縁に対しそれぞれ隣接した二箇所に配置される二つの前記内側スリット部分を一つずつ含む二つの前記スリットが設けられることを特徴とする請求項3に記載の伝送線路デバイス。
【請求項5】
前記磁性薄膜は、前記スパイラル線路構造の内側において前記第2の線路部分に沿って形成され、前記磁化容易軸の方向に相互に対向し異なる電流方向を備える両側の前記第2の線路部分の間に配置される内側スリット部分を含む前記スリットをさらに有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の伝送線路デバイス。
【請求項6】
前記スパイラル線路構造の内側には、平面的に見て、前記第2の線路部分に沿って形成され、前記磁化容易軸の方向に相互に対向し異なる電流方向を備える両側の前記第2の線路部分の端縁に対しそれぞれ隣接した二箇所に配置される二つの前記内側スリット部分を一つずつ含む二つの前記スリットが設けられることを特徴とする請求項5に記載の伝送線路デバイス。
【請求項7】
前記導体ラインは、一端から他端に向けて相互に逆のスパイラル方向で線路が伸びるように構成された連続する一対の前記スパイラル線路構造を有し、該一対のスパイラル線路構造が前記磁化困難軸方向に隣接して配置され、前記一対のスパイラル線路構造相互に隣接する内側部分にある前記導体ラインの線路部分同士が同じ電流方向を備えたダブルスパイラル線路構造を構成することを特徴とする請求項1乃至6に記載の伝送線路デバイス。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、電気信号を通過または遮断する伝送線路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高周波回路において、回路を構成する各部品に対して、小型化・低背化が強く要求され、薄膜構造を用いた伝送線路デバイスが必要とされている。
【0003】
伝送線路デバイスは、線路長を伝搬する電磁界信号波長の4分の1の長さあるいはその整数倍の長さに一致させることにより、インピーダンス変換やフィルタなどの機能を有する素子になることが知られている。
【0004】
従来一般的に用いられている伝送線路は、誘電体層のみの電磁界伝搬媒体と、導体ラインを組み合わせた構造がほとんどであるが、この場合、電磁界信号波長は誘電体の誘電率に依存するため、高誘電率の誘電体材料を用いないと波長が長くなるためにデバイスサイズが大型化してしまう問題があった。
【0005】
これに対し、磁性薄膜を構成要素として電磁界伝搬媒質に用いた伝送線路デバイスは、誘電体の誘電率と磁性体の透磁率の相乗効果により大きな波長短縮効果が得られるため、デバイスの小型化に有効であることが知られている。
【先行技術文献】
【0006】

【非特許文献1】H. Nakayama 他11名 "Fabrication of a GHz-band thin-film spiral transmission-line device using by a CoFeB metallic magnetic film" Digests of the 30th Annual Conference on Magnetics in Japan, 12aB-4, p. 139 2006
【非特許文献2】H. Nakayama 他11名 "Suppression of insertion Loss by Slit-patterning of Magnetic Film in a CoFeB/Polyimide Hybrid Thin-Film Coplanar-Line for a RF impedance Matching Device" the Journal of Applied Physics, Vol.99, No.8, Parts 2 & 3 08 p.508 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、磁性薄膜を構成要素として用いた伝送線路デバイスは、磁性薄膜の導電率が比較的大きいために、高周波電磁界によって生じる渦電流損失が伝送線路デバイスの挿入損失を増大させ、実用可能な損失許容範囲を満足できないという問題があった。
【0008】
また、伝送線路デバイスをインピーダンス整合器として用いる場合、低インピーダンスの整合器を構成する場合には、導体ラインの幅を広くすることにより特性インピーダンスを下げることが有効であるが、幅広く偏平な導体ラインは表皮効果や近接効果などの影響により電流分布が偏るため、導体ラインの損失が大きくなる傾向があり、これもデバイスの挿入損失を増大させる一因となっている。
【0009】
以上に述べた磁性薄膜を構成要素として有する伝送線路デバイスは、デバイスサイズの小型化に有効であるが、電磁界伝搬媒質を誘電体のみで構成した一般的な伝送線路と比べて挿入損失が大きいため、伝送線路デバイスの損失を低減することが課題である。
【0010】
本発明は、伝送線路デバイスの損失を低減するため、磁性薄膜内で発生する損失および導体ラインで発生する損失を総合的に低減することを目的とし、そのための構造を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る伝送線路デバイスにおいては、上記の目的を達成するために、磁性薄膜を構成要素として有する伝送線路において、導体ライン方向に沿って磁性薄膜の膜面内にスリットを挿入した磁性薄膜を内部構造に有する電磁界伝搬媒体を、積層した構造により解決する。ここで、導体ラインによりスパイラル線路構造を構成する場合に、磁性薄膜の磁化容易軸方向に伸びる第1の線路部分と、前記磁性薄膜の磁化困難軸方向に伸びる第2の線路部分とが交互に接続されて矩形状のスパイラル形状を構成し、磁性薄膜の磁化容易軸方向のスパイラル径を磁化困難軸方向のスパイラル径よりも大きくすることにより、スパイラル線路構造内の導体ラインによる磁性薄膜に対する磁化困難軸方向の励磁作用(例えば、後述する第1の線路部分による励磁作用)を、磁化容易軸方向の励磁作用(例えば、後述する第2の線路部分による励磁作用)よりも大きくすることができるので、磁化困難軸方向の励磁特性を有効に利用できる。また、磁性薄膜に設けるスリットを導体ラインの少なくとも一部の線路部分に沿った方向に伸びるように形成することで磁性薄膜中の渦電流に起因する損失の低減を図ることができる。特に、磁性薄膜のスリットを磁化容易軸方向に伸びるように形成することで、渦電流損失を有効に低減することができる。
【0012】
特に、磁性薄膜のスリットは、平面的に見て、スパイラル線路構造の内部において第1の線路部分若しくは第2の線路部分に沿って形成される内部スリット部分であって、スパイラル線路構造の内部の相互に隣接し同じ電流方向を備える一対の第1の線路部分の間若しくは一対の第2の線路部分の間に配置される内部スリット部分を有し、内部スリット部分の幅が導体ラインの線幅よりも小さいことが好ましい。また、磁性薄膜を構成要素として有する伝送線路デバイスにおいて、磁性薄膜のスリットを、隣接する導体ラインの電流の向きが逆方向となる導体ライン間を通過するように形成して、内側スリット部分を設けることにより、相互インダクタンスを高めてデバイスの小型化を図るとともに、磁性薄膜の損失を低減することができる
【0013】
更に、磁性薄膜を構成要素として有する伝送線路デバイスにおいて、磁性薄膜のスリットを、導体ラインの端部付近、具体的には、導体ラインの幅方向端縁に対し外側に隣接する位置に形成することにより、磁性薄膜の損失を更に低減することができる
【0014】
一方、磁性薄膜を構成要素として有する伝送線路デバイスにおいて、導体ラインをダブルスパイラル線路構造とし、導体ライン方向に沿って導体ラインにスリットを入れた導体ラインを構成要素とすることにより、導体ラインの損失を低減するとともに、磁性薄膜の透磁率の有効利用によりデバイスの小型化を図る。
【発明の効果】
【0015】
上記の課題解決手段による作用効果は次の通りである。
【0016】
磁性薄膜を構成要素として用いることにより、波長短縮効果が大きくなる。これにより、伝送線路デバイスの線路長を短縮できるため、デバイスサイズが小型化される。線路長が短縮されることにより導体ラインが短くなるので、導体ラインの抵抗による損失を低減できる。
【0017】
磁性薄膜を構成要素として用いることにより、磁束が磁性薄膜に集中しやすくなるため、導体ラインの表皮効果や近接効果などを抑制し、導体ラインの損失を低減できる。
【0018】
磁性薄膜の膜面内にスリットを入れることにより、磁性薄膜面に垂直に出入りする磁束成分による面内渦電流の経路を断ち、磁性薄膜の渦電流損失を抑制することができる。
【0019】
磁性薄膜のスリットを導体ラインの線路方向に沿って形成することにより、伝送線路デバイスの電磁界の進行方向に対する断面構造を一様に保つことができるため、電磁界の反射を抑制し、伝送線路デバイスの挿入損失を抑制できる。
【0020】
磁性薄膜のスリットを、隣接する導体ラインの電流の向きが逆方向となる導体ライン間に形成させることにより、導体ライン間の相互インダクタンスが正となるグループの結合を強めるため、磁性薄膜の渦電流損失の低減とともに、相互インダクタンスによる波長短縮効果が大きくなり、デバイスが小型化される。これにより、導体ラインが短くなるので、導体ラインの抵抗による損失も低減できる。
【0021】
磁性薄膜のスリットの位置を、導体ラインの端部付近(幅方向端縁に対し外側(スパイラル線路の内側若しくは外側)に隣接する位置)に形成させることにより、導体ラインに流れる電流によって生じる磁束が磁性薄膜に垂直方向成分を持って入射する部分に対して生じる面内渦電流を効果的に抑制することができるため、磁性薄膜の損失を効果的に抑制することができる。
【0022】
一方、導体ライン方向に沿って導体ラインにスリットを入れることにより、導体ラインの表皮効果や近接効果などの影響による交流抵抗を抑制することができ、導体ラインの損失を低減できる。
【0023】
伝送線路デバイスの導体ライン形状をダブルスパイラル構造にすることにより、磁気特性が有効な磁性薄膜の磁化困難軸励磁を効果的に利用し、高周波で磁性体の透磁率による効果が得られない磁化容易軸励磁を少なくすることができるため、デバイス全体の等価的な波長短縮効果が増大し、小型なデバイスが開発可能となる。波長短縮効果の増大は、前述の導体ライン抵抗の低減にも効果がある。
【0024】
導体ライン方向に沿って導体ラインにスリットを入れることと、導体ライン形状をダブルスパイラルコイル構造にすることを組み合わせることにより、2つのスパイラルコイルにおいて、スリット分割された導体ラインの各分割ライン部分の相対位置が、内側と外側とで入れ替わるため、近接効果を抑制でき、導体ライン抵抗を低減できる。
【0025】
以上の解決手段を複合的に用いることにより、挿入損失を大幅に低減することができ、実用可能な損失許容範囲を満足する、小型で低背な伝送線路デバイスを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】この発明の基本態に係る伝送線路デバイスの導体ライン形状および磁性薄膜の形状および平面配置を示す構造図である。
【図2】この発明の基本態に係る伝送線路デバイスの断面形状を示す構造図である。
【図3】この発明の基本態に基づいて試作した伝送線路デバイスの透過係数の大きさの周波数特性を、磁性薄膜を用いないもの、スリット加工の無い磁性薄膜を用いたもの、スリット加工を施した磁性薄膜を用いたもので比較して示すグラフである。
【図4】この発明の基本態に基づいて試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さの周波数特性を、磁性薄膜を用いないもの、スリット加工の無い磁性薄膜を用いたもの、スリット加工を施した磁性薄膜を用いたもので比較して示すグラフである。
【図5】この発明の基本態に基づいて試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さ当たりのデバイス損失の周波数特性を、磁性薄膜を用いないもの、スリット加工の無い磁性薄膜を用いたもの、スリット加工を施した磁性薄膜を用いたもので比較して示すグラフである。
【図6】この発明の基本態に基づいて試作した伝送線路デバイスの透過係数の大きさの周波数特性を、導体ラインを分割せず1本のままのもの、導体ラインを2本に分割したもの、および、導体ラインを3本に分割したもので比較して示すグラフである。
【図7】この発明の基本態に基づいて試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さの周波数特性を、導体ラインを分割せず1本のままのもの、導体ラインを2本に分割したもの、および、導体ラインを3本に分割したもので比較して示すグラフである。
【図8】この発明の基本態に基づいて試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さ当たりのデバイス損失の周波数特性を、導体ラインを分割せず1本のままのもの、導体ラインを2本に分割したもの、および、導体ラインを3本に分割したもので比較して示すグラフである。
【図9】この発明の実施の形態に係る伝送線路デバイスの導体ライン形状および磁性薄膜の形状および平面配置を示す構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
基本形態
図1は、この発明の基本形態に係る伝送線路デバイスの導体ライン1の形状および磁性薄膜2の形状を示す構造図である。図1は伝送線路デバイスの上面図であり、図2は伝送線路デバイスの断面図である。

【0028】
このデバイスは、図2に示されるように、基板5(Si:380μm厚)上に、下部導体層3(Cu:3μm厚)、誘電体層4(ポリイミド:0.5μm厚)、下部磁性体層2-2(CoSm:0.25μm厚)、誘電体層4(SiO2絶縁層:50nm厚)、上部磁性体層2-1(CoSm:0.25μm厚)、誘電体層4(ポリイミド:0.5μm厚)、導体ライン1(Cu:3μm厚)を順次積層して作製した。さらに、測定で外部と接続するための引出線7を形成するために、上記導体ライン1の上に、誘電体層4(ポリイミド:3μm厚)を形成し、ビア6を設けて、引出線7(Cu:5μm厚)を形成した。

【0029】
上述の各層は、伝送線路デバイス構造を形成するため、フォトリソグラフィ技術を用いて任意形状に加工して、積層した。磁性薄膜2は、上述の誘電体層4を介して相互に絶縁された上下二層の上部磁性体層2-1と下部磁性体層2-2により構成した。これは、磁束の膜面方向成分が及ぼす膜断面内の渦電流損失を抑制するためである。また、強磁性共鳴損失を抑制するために、磁性薄膜2を構成する各磁性体層2-1、2-2の構成素材として強磁性共鳴周波数の高いCoSmを用いている。

【0030】
磁性薄膜2は、図1に示されるように、縦700μm×横700μmサイズの正方形に加工され、膜面内に約10μm幅で、磁性薄膜のスリット(X軸方向に伸びるスリット)10-1および磁性薄膜のスリット(Y軸方向に伸びるスリット)10-2を形成した。ここで、X軸は磁性薄膜2の磁化困難軸であり、Y軸は磁性薄膜2の磁化容易軸である。

【0031】
また、この磁性薄膜2が設けられた領域(上記の正方形の領域)と平面的に重なる領域にスパイラル線路構造を備えた導体ライン1を形成している。導体ライン1の形成領域は、磁性薄膜2の形成領域内に平面的に含まれるように配置され、磁性薄膜2の形成領域と略相似の形状(正方形状)を有する。この導体ライン1のスパイラル線路構造の平面形状においては、Y軸方向のスパイラル径がX軸方向のスパイラル径よりも大きく構成されている。具体的には、このスパイラル線路構造では、Y軸方向に直線状に伸びる第1の線路部分と、X軸方向に直線状に伸びる第2の線路部分とが交互に接続されて矩形状のスパイラル形状を構成し、第1の線路部分は、それぞれその前後に接続された第2の線路部分より長くなるように形成されている。

【0032】
また、この導体ライン1のスパイラル線路構造は、ダブルスパイラル線路構造となっており、スパイラル方向が逆とされた2つのスパイラル線路が連続して設けられている。すなわち、一方の引出線7に接続された導体ライン1の内端部から外側へ渦巻状の一方のスパイラル線路が形成され、当該一方のスパイラル線路の外周部から逆に内側へ渦巻状の他方のスパイラル線路が伸びるように形成され、当該他方のスパイラル線路の内端部が他方の引出線7に接続されている。2つのスパイラル線路は図示例の場合X軸方向(磁化困難軸方向)に配列されている。各スパイラル線路ではいずれも、Y軸方向のスパイラル径がX軸方向のスパイラル径よりも大きく構成され、また、Y軸方向に直線状に伸びる第1の線路部分と、X軸方向に直線状に伸びる第2の線路部分とが交互に接続されて矩形状のスパイラル線路を構成している。そして、当該スパイラル線路において、第1の線路部分の長さの合計は、第2の線路部分の長さの合計より長くなるように形成されている。このことを矩形状のスパイラル線路やダブルスパイラル線路に限らずスパイラル線路一般について表現すると、磁化困難軸方向に励磁する線路方向の線路長成分の合計が磁化容易軸方向に励磁する線路方向の線路長成分の合計よりも大きいことになる。これによって、磁化困難軸方向の励磁作用を磁化容易軸方向の励磁作用より大きくすることができるので、磁性薄膜2の磁化困難軸方向の励磁特性を有効に利用することができる。

【0033】
磁性薄膜2を構成要素として用いることにより、伝送線路デバイスの分布インダクタンスが増加し、波長短縮効果が大きくなる。これにより、伝送線路デバイスの線路長を短縮できるため、デバイスサイズが小型化される。線路長が短縮されることにより導体ライン1が短くなるので、導体ライン1の抵抗による損失を低減できる。また、磁性薄膜2を構成要素として用いることにより、磁束が磁性薄膜2に集中しやすくなるため、後述する導体ライン1の表皮効果や近接効果などを抑制し、導体ライン1の損失を低減できる。

【0034】
磁性薄膜2のスリット(X軸方向に伸びるスリット)10-1および磁性薄膜2のスリット(Y軸方向に伸びるスリット)10-2は、磁性薄膜面に対して垂直方向成分の交番磁束によって生じる渦電流の経路を遮断するように磁性薄膜2を分断し、渦電流損失の低減を図るものである。スリットの本数を多くし磁性薄膜を細かく分割するほど、渦電流が抑制されるため、渦電流損失を低減できる。

【0035】
磁性薄膜2は、電磁界伝搬媒体を構成する要素の中で導電率が比較的高いため、渦電流が多く流れやすい特徴がある。したがって、磁性薄膜2の渦電流を抑制することは伝送線路デバイスの損失を低減する効果が大きいと考えられる。

【0036】
X軸方向に伸びるスリット10-1は、導体ライン1の上記第2の線路部分に沿って形成される。ここで、スリット10-1は平面的に見て複数の第2の線路部分の間を通過するように形成されることが好ましい。また、Y軸方向に伸びるスリット10-2は、導体ライン1の上記第1の線路部分に沿って伸びるように形成される。ここで、スリット10-2は平面的に見て複数の第1の線路部分の間を通過するように形成されることが好ましい。

【0037】
磁性薄膜2のスリット(X軸方向に伸びるスリット)10-1および磁性薄膜のスリット(Y軸方向に伸びるスリット)10-2の位置を、隣接する導体ライン1の電流の方向が逆方向となる導体ライン1-と導体ライン1+の間にすることで、隣接導体ライン間の正の相互インダクタンスが得られ、分布インダクタンスを増加させることができ、デバイスの小型化が図れると考えられる。

【0038】
この磁性薄膜2のスリット10-1、10-2の位置は、電流の方向が同一方向の導体ライン1-のグループと、導体ライン1+のグループの境界である。すなわち、スリット10-1は、図示上側(Y方向の一方側)においてX方向に伸びる(複数の)導体ライン1の上記第2の線路部分(上側グループ)と、図示下側(Y方向の反対側)においてX方向に伸びる(複数の)導体ライン1の上記第2の線路部分(下側グループ)との間を通過するように、当該第2の線路部分に沿ってX方向(磁化困難軸方向)に直線状に伸びている。ただし、第2の線路部分の両グループはY方向に離間しているため、2本のスリット10-1のうち一方のスリット10-1が上側グループに対して下側(当該グループの幅方向端縁に対し外側、すなわち、スパイラル線路の内側)に隣接する位置を通過し、他方のスリット10-1が下側グループに対して上側(当該グループの幅方向端縁に対し外側、すなわち、スパイラル線路の内側)に隣接する位置を通過している。

【0039】
また、スリット10-2は、図示左側(X方向の一方側)においてY方向に伸びる(複数の)導体ライン1の第1の線路部分の一方側(左側)のグループ1-と、図示中央においてY方向に伸びる(複数の)導体ライン1の第1の線路部分の中央のグループ1+と、図示右側(X方向の反対側)においてY方向に伸びる(複数の)導体ライン1の第1の線路部分の他方側(右側)のグループ1-との間を通過するように、当該第1の線路部分に沿ってY方向(磁化容易軸方向)に直線状に伸びている。ここで、複数のスリット10-2のうち一方のスリット10-2は一方側のグループ1-と中央のグループ1+の間の中間位置を通過し、他方のスリット10-2は中央のグループ1+と他方側のグループ1-の間の中間位置を通過している。これらのグループ間の境界領域は両側の導体ライン1の第1の線路部分における電流方向が相互に異なるために、膜垂直方向の磁束が発生しやすい位置である。特に、一方側のグループと中央のグループの間の中間位置と、中央のグループと他方側のグループの間の中間位置には膜垂直方向の磁束が集中する。ここにスリット加工を施すことにより、最も効果的に渦電流損失を抑制することができると考えられる。なお、図示例のダブルスパイラル線路構造においては、2つのスパイラル線路のうち、一方のスパイラル線路における内端部よりも他方のスパイラル線路とはX方向逆側に配置された複数の線路部分が上記一方側のグループ1-を構成し、2つのスパイラル線路におけるそれぞれ内端部よりもX方向内側に配置された複数の線路部分が上記中央のグループ1+を構成し、他方のスパイラル線路における一方のスパイラル線路とはX方向逆側に配置された複数の線路部分が上記他方側のグループ1-を構成している。この場合でも、スリット10-2は各グループに含まれる複数の第1の線路部分のうち最も端側の第1の線路部分の幅方向端縁に対し外側(スパイラル線路の内側若しくは外側)に隣接する位置に形成されている。

【0040】
磁性薄膜2のスリット10-1、10-2の伸びる方向を導体ライン1の線路方向に一致させる、すなわち、スリットを導体ライン1に沿って形成することにより、少なくとも導体ライン1に沿ったスリットの部分に関しては、磁性薄膜2の伝送線路デバイスの電磁界の進行方向に対する断面構造を一様に保つことができるため、磁性薄膜2の断面構造の不連続部分における電磁界の反射を抑制し、伝送線路デバイスの挿入損失を抑制できると考えられる。すなわち、スリット10-1を第2の線路部分に沿って形成しているので、このスリット10-1は第2の線路部分に対しては電磁界の不連続性に起因する影響をもたらさない。また、スリット10-2を第1の線路部分に沿って形成しているので、このスリット10-2は第1の線路部分に対しては電磁界の不連続性に起因する影響部分をもたらさない。

【0041】
一方、スリット10-1、10-2を入れることにより渦電流損失は抑制できるが、その反面、磁路を遮断してしまうためにインダクタンスが低減することに留意しなければならない。スリットの幅が狭いほど、磁路に対する磁気抵抗は小さくなるため、インダクタンスが低減しにくくなる。

【0042】
また、スリット加工により、磁性薄膜2の形状が変化するため、磁性薄膜の形状磁気異方性が変化する。その結果、細長く加工された部分は、その長手方向を磁化容易軸とする異方性磁界が付与されるため、もともとの磁性材料の異方性磁界が変化することに留意する必要がある。本実施形態では、相互に交差する方向、好ましくは相互に直交する方向に伸びる少なくとも2方向のスリット10-1と10-2を設けることで磁性薄膜2の平面パターンの形状異方性が低減されているので、上記の異方性磁界の変化を抑制することができる。なお、この場合に、図示例では2方向のスリット10-1と10-2は相互に交差するように形成されているが、一般的なレンガ積みパターンのように、少なくとも一方のスリットが他方のスリットに達した位置において終端するように構成してもよい。

【0043】
磁性薄膜2の異方性磁界が変化すると、磁性材料の透磁率および強磁性共鳴周波数が変化する。具体的には、異方性磁界が大きくなると、透磁率は減少し、強磁性共鳴周波数は大きくなる。したがって、スリット加工により磁性薄膜の異方性磁界をコントロールすることも可能であり、透磁率や強磁性共鳴周波数のどちらかを増加させたい場合に、磁性薄膜のスリット加工により、磁気特性をコントロールすることも可能である。すなわち、磁性薄膜2のスリットにより画成されたパターン形状を磁化容易軸方向に細長くすると、強磁性共鳴周波数が高周波にシフトするため、透磁率は下がるものの、磁性薄膜の共鳴損失が発生しない周波数帯域を拡大することができる。逆に、上記パターン形状を磁化困難軸方向に細長くすると、強磁性共鳴周波数は低下するものの、透磁率を高めることができる。したがって、上記パターン形状の磁化容易軸方向と磁化困難軸方向の寸法比、或いは、複数の上記パターン形状の同寸法比の平均値などのパターン形状を示すパラメータを所定範囲に設定することにより、磁性薄膜2の磁気特性を設計することができる。なお、上記異方性磁界による影響も、磁性薄膜2に形成するスリット幅が小さくなるほど小さくなる。

【0044】
スリットの幅が狭いほど、磁路に対する磁気抵抗は小さくなるため、インダクタンスが低減しにくくなる。また、分割された磁性薄膜同士の静磁結合が高まるために、磁性薄膜の形状磁気異方性が変化しにくくなる。したがって、スリットの幅を狭くすることにより、インダクタンスの低減や、形状磁気異方性の変化を軽減することができる。また、上述のスリットの位置を、導体ラインの線路方向に一致させずに入れる場合の反射の影響も、スリットの幅が狭いほど軽減することができる。以上の理由により、磁性薄膜2のスリット幅は導体ライン1の線幅よりも小さいことが好ましく、また、図示例のように導体ライン1が幅方向に分断されている場合には分断されたそれぞれの分割ライン部分の線幅よりスリット幅が小さいことがさらに望ましい。特に、このスリット幅は導体ライン1若しくはその分割ライン部分の線幅の1/2以下がより望ましい。ただし、スリット幅は磁性薄膜2の絶縁性を確保する上で工程ラインの最小加工寸法以上であることが必要となる。

【0045】
導体ライン1は、図1に示されるように、導体ラインの平面構造をダブルスパイラル構造とし、左右それぞれのスパイラル線路を有する2回巻のコイルとなっている。また、1つの導体ラインに線路(ライン)方向に沿った2本のスリット溝加工を施し、導体ライン1は3本に分割されている。1つ導体ライン1全体の幅を50μmとし、或る導体ライン1と、これに隣接する導体ライン1との間隔は10μmとした。導体ライン1を分割する溝の幅は10μmとし、図1のように3本に分割された導体ライン1は、10μm幅の導体ラインが3本一組となっている。

【0046】
導体ライン1の幅が広い場合、周波数が高いほど、表皮効果の影響により導体ライン1の両外側に電流分布が偏る。このため、実効的な電流断面積が小さくなり、導体抵抗が増加する。このように交流において高周波ほど高くなる抵抗を交流抵抗と呼び、本来の断面積形状から得られる抵抗を直流抵抗と呼ぶ。高周波での導体抵抗は、本来の直流抵抗成分に交流抵抗成分を加えた合計で扱われる。

【0047】
本デバイスのように、薄膜で幅広な導体ラインの場合、表皮効果が生じやすく、電流分布の偏りがデバイス特性に悪影響を与えることがある。この表皮効果を低減する目的で、導体ライン1に対して線路方向に沿ってスリット加工を施して、導体ラインを分割する。

【0048】
導体ライン1を分割することにより、表皮効果の原因である導体ライン内部の渦電流を抑制できるため、高周波における電流分布の偏りが生じにくくなり、交流抵抗を抑制することができる。

【0049】
しかしながら、導体ライン1を分割するスリットはライン本来の断面積を減少させるため、分割数を多くすると直流抵抗は大きくなってしまう。このため、直流抵抗と交流抵抗の合計の抵抗損失を抑制するためには、使用周波数に応じてそのバランスが最適となるスリットの本数があると考えられる。

【0050】
導体ライン1を分割するスリットの幅が細いほど、直流抵抗の増加を抑制できる。したがって、できるだけ細いスリット加工を施すことが好ましいと考えられる。導体ライン1のスリット幅は、導体ライン1若しくはその分割ライン部分の線幅より小さいことが好ましく、特に、それらの1/2以下であることが望ましい。ただし、スリット幅は分割ライン部分間の絶縁性を確保する上で工程ラインの最小加工寸法以上であることが必要となる。

【0051】
図1に示される本デバイスの導体ライン形状は、ダブルスパイラル構造と呼ばれ、2つのスパイラル線路が真ん中で接続される構造である。

【0052】
この構造により、2つのスパイラル線路の真ん中(2つのスパイラルの中心部(導体ライン1の内端部)の間、すなわち、2つのスパイラル線路の隣接する内側部分にある複数の線路部分)で相互の電流方向が同方向になることにより、2つのスパイラル線路間に正の相互インダクタンスを得ることができる。

【0053】
伝送線路デバイスは、分布インダクタンスが高いほど波長が短縮され、波長に依存したデバイスサイズを小型化することができる。したがって、ダブルスパイラル線路は、伝送線路デバイスの小型化に有効と考えられる。

【0054】
図1のダブルスパイラル構造は、同じ面積にシングルスパイラル構造の導体ラインを配置した場合に比べて、ある一方向(図1では縦方向すなわちY軸方向)の導体ライン1の長さを長くすることができる。すなわち、図示例のように正方形の領域にダブルスパイラル線路構造を形成した場合、2つのスパイラル線路が配列される方向(X軸方向)よりも、これと直交する方向(Y軸方向)のスパイラル径を各スパイラル線路において大きくすることができる。これによって、上記のように第1の線路部分の長さの合計を第2の線路部分の長さの合計よりも長く形成することができる。すなわち、ダブルスパイラル線路構造では、任意に与えられたパターン領域内で、各スパイラル線路は、2つのスパイラル線路の配列方向のスパイラル径よりも当該配列方向と直交する方向のスパイラル径の方がパターン形状に比して相対的に大きく形成することができるため、上記配列方向を磁化困難軸の方向とすることで、上記パターン領域内で磁性薄膜2の作用効果をより良好に得ることができる。

【0055】
高周波で利用する磁性薄膜は、一軸磁気異方性を有するものが多く、本デバイスのCoSm磁性薄膜も一軸磁気異方性を有している。磁気異方性を有する磁性薄膜の透磁率は、高周波において磁化困難軸方向(図示例ではX軸方向)の励磁のみが有効な透磁率を有するため、導体ライン1の方向と磁性薄膜2の磁化困難軸の方向を調整することが重要である。

【0056】
本デバイスでは、図1の縦方向(Y軸方向)に磁化容易軸を配置し、それと垂直な横方向(X軸方向)が磁化困難軸とした。この場合、縦方向の導体ライン1の延在部分である第1の線路部分による磁界のみが磁性薄膜2を励磁可能である。したがって、横方向の導体ライン1の延在部分である第2の線路部分は、磁性薄膜2の透磁率の効果を得ることができない。

【0057】
磁性薄膜2の透磁率の効果により、伝送線路デバイスの分布インダクタンスを高め、大きな波長短縮効果を得ることが可能であり、磁化困難軸励磁を有効に配置することは重要である。スパイラル線路構造では、磁化容易軸方向のスパイラル径を磁化困難軸方向のスパイラル径よりも大きくすることで、導体ライン1の磁化容易軸に沿った長さ成分を磁化困難軸に沿った長さ成分より大きくすることができるため、磁性薄膜2の効果を高めることができる。

【0058】
特に、ダブルスパイラル構造は、上述のように、ある一方向の導体ライン1の延在部分(第1の線路部分)の長さを長くすることが可能であるため、その方向で磁化困難軸励磁を利用することにより、磁性薄膜2による波長短縮効果を大きくすることができ、伝送線路デバイスを小型化することができる。したがって、ダブルスパイラル構造は、伝送線路デバイスの小型化に有効である。より具体的に述べると、本実施形態では第1の線路部分が第2の線路部分より長く構成されるので、スパイラル線路構造を有するにも拘わらず、高周波に対して良好な応答特性を有する磁化困難軸方向の磁気特性を有効に利用することができるため、磁性薄膜2を設けることによる上記効果を高めることが可能である。

【0059】
なお、磁性薄膜2の磁化容易軸励磁となる部分(第2の線路部分)は、磁性薄膜に渦電流損失を生じさせるのみで、波長短縮効果を得ることができないので、この部分の磁性薄膜を切除することにより、伝送線路デバイスの損失を低減することができると考えられる。すなわち、図示例では、第2の線路部分と平面的に重なる領域において磁性薄膜2を除去する(形成しない)ことにより、当該領域における磁性薄膜2の渦電流による損失の発生を回避することができる。

【0060】
導体ライン1をスリットにより分割する場合、表皮効果を抑制できることは上述したが、スパイラル構造のコイルの場合、電流分布がコイルの外側に偏る現象(近接効果)を生じることがある。このため、導体ライン1を分割しても近接効果の影響により、コイルの内側には電流が流れにくく、外側の導体に偏る可能性がある。その結果、導体抵抗が増加してしまう。

【0061】
図2に示すダブルスパイラル構造においてスリットで分割された導体ライン1の場合、左右のスパイラル線路で、導体ライン1の複数の分割ライン部分のコイル内側とコイル外側の配置が入れ替わる。具体的には、左のスパイラル線路でコイル内側に配置された導体ラインの分割ライン部分は、右のスパイラル線路では、コイル外側に配置されることとなる。

【0062】
したがって、導体ライン1のスリット分割において、ダブルスパイラル構造を用いた場合、近接効果が軽減され、導体抵抗の増加を抑制することができると考えられる。

【0063】
以上のように、磁性薄膜2あるいは導体ライン1の損失低減のために、スリット加工などを施す種々の方法が、伝送線路デバイスの損失低減に有効であると考えられる。また、伝送線路デバイスを小型化にする種々の方法は、サイズの小型化のメリットのみならず、線路長短縮によって導体ライン1の抵抗を小さくすることができるため、伝送線路デバイスの損失低減にも間接的に効果があると考えられる。

【0064】
以上の解決手段を複合的に用いることにより、挿入損失を大幅に低減することができ、小型で低背な伝送線路デバイスを実現できると考えられる。

【0065】
図3に試作した磁性薄膜を用いた伝送線路デバイスの透過係数S21の大きさの周波数特性を示す。同図中の表記は、「Air core」が磁性薄膜を用いない空芯の伝送線路デバイス、「Non slit」がスリット加工の無い磁性薄膜を用いた伝送線路デバイス、「Slit」がスリット加工を施した磁性薄膜を用いた伝送線路デバイスの特性をそれぞれ比較して示している。

【0066】
また、図3は特性の一例であるが、Sパラメータと呼ばれる透過係数の大きさと位相、反射係数の大きさと位相をすべて測定し、その結果から、以下の伝送線路デバイスの1/4波長の長さおよび1/4波長当たりのデバイス損失の大きさを求めた。

【0067】
図4に試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さの周波数特性を示す。また、図5に試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さ当たりのデバイス損失の周波数特性である。なお、図4及び図5中の表記は図3と同様であり、磁性薄膜の相違による特性を比較したものである。

【0068】
図4より、1/4波長の長さは周波数に対して反比例の関係がある。しかしながら、周波数1.2GHz以上では、波長が周波数に反比例せずに、波長短縮効果が小さくなる傾向が得られた。この原因は、高周波になると磁性薄膜2および下部導体膜3の金属的性質による渦電流が発生し、高周波磁界を打ち消すために、分布インダクタンスが減少することが原因の一つであると考えられる。

【0069】
磁性薄膜2を用いた伝送線路デバイスが磁性薄膜を用いないものよりも、比較的高周波まで反比例の関係を維持できているのは、下部導体膜3の抵抗率に比べて磁性薄膜2の抵抗率がやや高いため、渦電流が発生しにくくなっているためだと考えられる。したがって、磁性薄膜2を用いることにより、周波数に対する波長短縮効果の減少を抑制することが可能であると考えられる。

【0070】
また、磁性薄膜2にスリット加工を施したデバイスの方が、さらに高周波まで反比例の関係を維持できている。このことは、スリット加工により磁性薄膜に発生する渦電流を抑制できた結果であると考えられる。したがって、磁性薄膜2へのスリット加工が、磁性薄膜2の渦電流を抑制することが確認できたと言える。

【0071】
これらの影響により、1.5GHz以上の周波数において、磁性薄膜2を用いて、さらにそこにスリット加工を施したデバイスほど大きな波長短縮効果が得られる結果となった。磁性薄膜2を用いること、ならびに、その磁性薄膜2にスリット加工を施すことは、高周波での波長短縮効果の減少の抑制に効果があると言える。

【0072】
図5より、どのデバイスでも2GHz近傍の周波数での損失の極大ピークが確認された。一方、5GHz近傍での損失の増大は、磁性薄膜を用いないデバイスには見られない。このことから、2GHz近傍の周波数での損失増大は、磁性薄膜2あるいは下部導体層3での渦電流の発生による損失の増大であると考えられる。渦電流は高い周波数では磁性薄膜2の表皮効果により磁束が磁性薄膜2および下部導体層3に入り込めなくなるため、逆に渦電流が発生しなくなり、渦電流損失は特定の周波数で極大ピークを示すと考えられる。

【0073】
5GHz以上の損失増大は、磁性薄膜の無いデバイスには見られないことから、磁性薄膜2特有の損失であると考えられ、磁性薄膜2の強磁性共鳴損失が影響していると推察される。

【0074】
4GHz以下の周波数帯域では、磁性薄膜2にスリット加工を施したデバイスの挿入損失が最も小さいという結果を示した。この帯域での損失は、磁性薄膜2あるいは下部導体層3での渦電流損失が関与していると考えられる。

【0075】
磁性薄膜2を用いた伝送線路デバイスが磁性薄膜を用いないものよりも損失が小さい。これは、磁性薄膜2の抵抗率より下部導体層3の抵抗率の方が小さく、下部導体層3の方が渦電流損失が大きい傾向にあるため、磁性薄膜2を用いることにより磁束を磁性薄膜2に集中させることができ、結果として下部導体層3の渦電流損失を抑制できたと考えられる。したがって、磁性薄膜2を用いることにより、下部導体層3の渦電流損失を抑制し、デバイスの損失を低減することが可能であると考えられる。

【0076】
また、磁性薄膜2にスリット加工を施したデバイスの方がさらに損失が小さい。これは、スリット加工により磁性薄膜2に発生する渦電流を抑制できた結果であると考えられる。したがって、磁性薄膜へ2のスリット加工により、磁性薄膜2の渦電流損失を抑制し、デバイスの損失を低減することが可能であると考えられる。

【0077】
図6に試作した磁性薄膜を用いた伝送線路デバイスの透過係数S21の大きさの周波数特性を示す。同図中の表記は、「1 line」が導体ラインを分割せず1本のままの伝送線路デバイス、「2 line」が導体ラインを2本に分割した伝送線路デバイス、「3 line」が導体ラインを3本に分割した伝送線路デバイスの特性をそれぞれ比較して示している。

【0078】
また、図6は特性の一例であるが、Sパラメータと呼ばれる透過係数の大きさと位相、反射係数の大きさと位相をすべて測定し、その結果から、以下の伝送線路デバイスの1/4波長の長さおよび1/4波長当たりのデバイス損失の大きさを求めた。

【0079】
図7に試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さの周波数特性を示す。また、図8に試作した伝送線路デバイスの1/4波長の長さ当たりのデバイス損失の周波数特性を示す。各図中の表記は、図6と同様に、分割された導体ラインの本数の相違による特性を比較したものである。

【0080】
図7より、導体ライン分割による波長の大きな変化は見られなかったが、2GHz以上の高周波では、導体ライン分割を施した伝送線路の方が波長が短くなる結果が見られる。この原因は不明であるが、導体ラインを分割して電流分布の偏りを抑制したことが、波長短縮効果を高める効果がある可能性がある。

【0081】
図8より、導体ラインの分割によってその本数を増加させるほど損失低減効果が見られた。導体ライン本数を3本としたデバイスの損失が最も小さかった。これは導体ライン分割を行うことにより、信号線の表皮効果が抑制され交流抵抗が減少された結果であると考えられる。

【0082】
一方、導体ラインの分割数と損失低減効果について詳しく見ると、導体ライン本数が1本と2本との差異と、導体ライン本数が2本と3本との差異を比較すると、本数が増えるほど分割による損失低減効果は小さいという結果が得られた。これは、導体ライン分割により表皮効果が抑制されるが、一方で導体ラインの断面積が小さくなることが起因して、導体ラインの直流抵抗成分が増加するためであると考えられる。信号線の分割数を増加させると交流抵抗の減少の代償として直流抵抗が増加するため、信号線分割には使用周波数に応じた最適寸法があると考えられる。

【0083】
以上の結果から、導体ライン分割は損失低減に効果があることがわかった。

【0084】
しかしながら、分割による直流抵抗の増加が発生するため、この対策として、分割のためのスリット幅は出来る限り狭い方が良いと考えられる。例えば、導体ライン1のスリット幅は、当該スリットにより分割された複数の分割ライン部分のいずれの線幅よりも小さいことが好ましい。特に、分割ライン部分の線幅の1/2以下であることが望ましい。

【0085】
[実施の形態]
図9は、この発明の実施の形態に係る伝送線路デバイスの導体ライン1の形状および磁性薄膜2の形状を示す構造図である。図9は伝送線路デバイスの上面図であり、伝送線路デバイスの断面図は、図2と同様である。

【0086】
このデバイスは、上記基本態と同様に、図2に示されるように、基板5上に、下部導体層3、誘電体層4、下部磁性体層2-2、誘電体層4、上部磁性体層2-1、誘電体層4、導体ライン1を順次積層して作製した。さらに、測定で外部と接続するための引出線7を形成するために、上記導体ライン1の上に、誘電体層4を形成し、ビア6を設けて、引出線7を形成した。

【0087】
上述の各層は、伝送線路デバイス構造を形成するため、フォトリソグラフィ技術を用いて任意形状に加工して、積層した。

【0088】
磁性薄膜は、図9に示されるように、縦700μm×横700μmサイズの正方形に加工され、膜面内に約10μm幅で、磁性薄膜2のスリット(X軸)10-1および磁性薄膜のスリット(Y軸)10-2を形成した。

【0089】
磁性薄膜2のスリットは、導体ライン1の幅方向の端部付近に配置されている。この位置は、導体ライン1の周囲に発生する磁束のうち、磁性薄膜2に垂直に鎖交する成分が多い部分であり、これにより効果的に磁性薄膜2中の渦電流を抑制することができる。

【0090】
この実施の形態では、複数の導体ライン1の間の位置において両側の導体ライン1に沿って磁性薄膜2のスリット10-1、10-2が形成されている。すなわち、図示X方向(磁化困難軸方向)に伸びるスリット10-1は、同方向に伸びる導体ライン1の部分(第2の線路部分1x)に沿って、隣接する導体ライン1の当該部分の間の位置を通過するように直線状に形成されている。また、図示Y方向(磁化容易軸方向)に伸びるスリット10-2は、同方向に伸びる導体ライン1の部分(第1の線路部分1y)に沿って、隣接する導体ライン1の当該部分の間の位置を通過するように直線状に形成されている。

【0091】
また、実施の形態では、導体ライン1は線路方向のスリットにより幅方向に分割されていない。しかしながら、磁性薄膜2のスリットが導体ライン1に沿って導体ライン1の間の位置を通過するように形成されることにより、また、導体ライン1の幅方向端縁の外側(スパイラル線路の内側若しくは外側)に隣接する位置に設けられることにより、磁性薄膜2中の渦電流を抑制できる点は同様である。特に、導体ライン1に沿って形成される磁性薄膜2のスリット10-1、10-2のうち、異なる電流方向を有する隣接する導体ライン1における複数の第1の路部分1yの間に形成されるスリット10-2の内側スリット部分10-2a、又は、複数の第2の路部分1xの間に形成されるスリット10-1の内側スリット部分10-1aにより、膜垂直方向の磁束に起因する渦電流の発生を効率的に抑制できる。ここで、上記スリット10-1,10-2のうち、スパイラル線路の内側に配置され、相互に対向し異なる電流方向を備える両側の線路部分の間に配置されるスリット部分を内側スリット部分10-1a、10-2a、スパイラル線路の内部に配置され、相互に隣接し同じ電流方向を備える一対の線路部分の間に配置されるスリット部分を内部スリット部分10-1b、10-2bとする。ただし、上記基本態のように導体ライン1がスリットにより分割される構造においても、本実施の形態と同様に隣接する導体ライン1間において導体ライン1に沿って磁性薄膜2にスリットを形成してもよい。

【0092】
その他の構造(例えば各部の断面構造や平面形状(ダブルスパイラル線路構造)、これらと磁性薄膜の各軸との関係)は、上記基本態と同様の構成であり、上記と同様の作用効果を奏する。
【符号の説明】
【0093】
1、1+、1-:導体ライン、2:磁性薄膜、2-1:上部磁性体層、2-2:下部磁性体層、3:下部導体層、4:誘電体膜、5:基板、6:ビア、7:引出線、10:磁性薄膜のスリット、10-1、10-2:磁性薄膜のスリット(X軸、Y軸)
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8