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明細書 :微小血管障害又はその関連疾患のバイオマーカー

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6065172号 (P6065172)
公開番号 特開2012-085603 (P2012-085603A)
登録日 平成29年1月6日(2017.1.6)
発行日 平成29年1月25日(2017.1.25)
公開日 平成24年5月10日(2012.5.10)
発明の名称または考案の名称 微小血管障害又はその関連疾患のバイオマーカー
国際特許分類 C12Q   1/37        (2006.01)
A61K  45/00        (2006.01)
A61P   9/00        (2006.01)
A61P   9/04        (2006.01)
A61P   9/10        (2006.01)
A61P  13/12        (2006.01)
A61P  17/02        (2006.01)
A61P  25/28        (2006.01)
A61P  27/02        (2006.01)
A61P  43/00        (2006.01)
C12N   9/48        (2006.01)
G01N  21/78        (2006.01)
G01N  33/48        (2006.01)
G01N  33/68        (2006.01)
FI C12Q 1/37 ZNA
A61K 45/00
A61P 9/00
A61P 9/04
A61P 9/10
A61P 13/12
A61P 17/02
A61P 25/28
A61P 27/02
A61P 43/00 111
C12N 9/48
G01N 21/78 B
G01N 33/48 P
G01N 33/68
請求項の数または発明の数 4
全頁数 18
出願番号 特願2010-236964 (P2010-236964)
出願日 平成22年10月22日(2010.10.22)
審判番号 不服 2015-022377(P2015-022377/J1)
審査請求日 平成25年10月12日(2013.10.12)
審判請求日 平成27年12月19日(2015.12.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
発明者または考案者 【氏名】坂東 泰子
【氏名】重田 寿正
【氏名】室原 豊明
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
参考文献・文献 特表2009-529884(JP,A)
特表2005-513165(JP,A)
国際公開第2004/104216(WO,A2)
Diabetologia,2005,Vol.48,p.1168-1172
Cell Stem Cell,2009,Vol.4,p.313-323
DIABETES,Apr.2010,Vol.59,p.1063-1073
BMJ,2000,Vol.321,p.405-412
Circulation,2009,Vol.120,No.18,p.S531
日本臨床(増刊)新時代の糖尿病学4,2008,Vol.66,p.410-415
調査した分野 C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/WPIDS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)の検体中レベルを指標として用いることを特徴とする、心臓における毛細血管の障害を伴う糖尿病性心筋症の検査を補助する方法であって、以下のステップ(1)~(4)を含む、方法:
(1)被検者由来の心筋組織を用意するステップ;
(2)DPP4活性染色法により、前記心筋組織を染色するステップ;
ここで、DPP4活性染色法は、以下の(A)~(C)を含む:
(A)組織検体を固定するステップ、;
(B)固定液を洗浄除去した後、アゾ色素及びその基質を低温条件下で組織検体に添加して反応させるステップ;
(C)発色を観察するステップ
(3)前記心筋組織中の毛細血管内皮のDPP4を検出するステップ;及び
(4)検出結果に基づいて、心臓における毛細血管障害を伴う糖尿病性心筋症の現在又は将来の発症可能性を判定するステップ。
【請求項2】
前記ステップ(A)の固定が、冷アセトン-冷ホルマリン溶液を用い、低温条件下で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記固定の時間が30秒間である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ステップ(B)の反応の時間が30分間である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は新規バイオマーカー及びその用途に関する。詳細には、微小血管障害又はその関連疾患のバイオマーカー及びその用途(検査法など)に関する。また、病理診断などに有用な染色法も提供する。
【背景技術】
【0002】
ジペプチジルペプチダーゼ4(dipeptidyl peptidase IV;DPP4)とは、1966年にグリシルプロリン・ナフチルアミダーゼ(glycylproline naphthylamidase;セリンペプチダーゼの一種)として同定(非特許文献1)された分子であり、Cアデノシン・デアミナーゼ複合蛋白2(adenosine deaminase complexing protein 2)とも呼ばれ、分化抗原群分類(CD (cluster of differentiation)分類)上CD26に相当する分子である。DPP4は、プロリルペプチド(Prolyl peptide)結合(Pro-Xaa)を分解する比較的稀な蛋白分解酵素群、ペプチダーゼファミリーS9bに属する。DPP4遺伝子は、染色体2q24.3に存在し、哺乳類(ヒト・ラット・マウス)における相同性は98%とよく保存されている分子である。DPP4分子単体の分子量は88.3kDaであるが、ゴルジ体でホモダイマーとなり、細胞表面に210kDaの分子として存在するが、分泌型(細胞表面型が切断されたもの、或いは選択的スプライシングを受けた変異蛋白)もまた存在することが知られている。DPP4はT細胞活性化抗原であるとともに、そのペプチダーゼ活性により、様々な生理活性物質を分解し活性調整することにより様々な病態に関与する。具体的には、DPP4による血糖降下ホルモンインスリンの分解は糖尿病の原因となることから、DPP4活性阻害剤は糖尿病治療薬として臨床応用されており、また血液疾患や悪性腫瘍疾患では、DPP4の特殊染色はTリンパ球の検出及びCD26陽性悪性腫瘍(白血病、悪性リンパ腫、腎がん、前立腺がんなど)の組織診断に従来応用されてきた技術である(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【0003】

【非特許文献1】Hopsu-Havu and Glenner, Histochemie (1966) 第7巻, 197-201頁
【非特許文献2】Chen WT et al, Current Topics in Developmental Biology (2003) 第54巻, 207-232頁
【非特許文献3】Zaubra MM, et al, Cell Stem Cell (2009) 第4巻, 313-323頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
虚血性心筋障害後にDPP4活性亢進が生じることが報告されたが(非特許文献3)、DPP4活性亢進の臨床的意義は不明である。DPP4活性の評価がどのような臨床応用に発展可能か否かについてはその概念すら存在しない。また、心筋におけるDPP4活性を評価するための有効な方法も存在しない。このような状況の下、本発明は、DPP4活性の臨床的意義を明らかにし、DPP4活性の臨床応用を図ることを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、DPP4活性の臨床的意義を明らかにすることを目指して研究を進めた。まず、従来のDPP4染色法の有効性を検証した。その結果、従来法を適用した場合、心筋組織では非特異的染色部分が大半となることに加え、試薬の保存・調製の段階で基質が失活するという問題があり、従来法は使用不可能であることが判明した。そこで、新たな染色法の確立を目指し検討することにした。その結果、後述の実施例に示す通り、試行錯誤の末に最適な条件等を見出すことに成功し、DPP4活性を特異的に検出可能な新規染色法を完成するに至った。一方、当該染色法を利用した実験の結果、血管内皮が染色されること(DPP4陽性部位が血管内皮であること)が判明するとともに、中膜をともなう冠動脈内皮にはDPP4陽性部位は検出されず、毛細血管内皮に限局してDPP4活性を認めるという、重要な知見が得られた。また、糖尿病性心筋症ラットの心筋では、非糖尿病コントロールラット心筋に比較しより強いDPP4活性を認め、心筋障害の病態形成へのDPP4の強い関与が示された。
【0006】
以上のように、新規DPP4活性染色法の確立に成功し、心筋組織標本においてより特異性の高いDPP4活性染色が可能となった。また、心筋障害における心筋毛細血管の重要な役割が明らかとなり、その本質はDPP4活性に依存することが示唆された。即ち、DPP4活性の亢進による毛細血管の障害が心筋障害の基盤ないし原因となり得ることが判明した。この知見は、DPP4が心筋障害のバイオマーカーとして有用であることを意味することに加え、心筋障害に限らず、毛細血管の障害が基盤ないし原因となる疾患、即ち微小血管障害又はその関連疾患のバイオマーカーとしてもDPP4が有用であることを示唆する。また、糖尿病性心筋症ラットの心筋ではDPP4活性が亢進していたという事実は、疾患特異的病理診断方法が皆無であった糖尿病性心筋障害のバイオマーカーとしてのDPP4の有用性を裏付けるものであり、その臨床的意義は極めて大きい。一方、DPP4活性の亢進が微小血管障害又はその関連疾患の病態形成に関与しているのであれば、DPP4の活性抑制ないし活性阻害が当該障害ないし疾患に対する有効な治療戦略となり得る。従って、DPP4阻害剤(抗DPP4薬)には、新規用途として、微小血管障害又はその関連疾患の予防又は治療への適用が大いに期待されるところである。
【0007】
以下に列挙する発明は上記知見ないし成果に基づく。
[1]ジペプチジルペプチダーゼ4からなる、微小血管障害又はその関連疾患のバイオマーカー。
[2]心筋障害のバイオマーカーである、[1]に記載のバイオマーカー。
[3]糖尿病性心筋障害のバイオマーカーである、[1]に記載のバイオマーカー。
[4]ジペプチジルペプチダーゼ4の検体中レベルを指標として用いることを特徴とする、微小血管障害又はその関連疾患の検査法。
[5]以下のステップ(1)~(3)を含む、[4]に記載の検査法:
(1)被検者由来の検体を用意するステップ;
(2)前記検体中のジペプチジルペプチダーゼ4を検出するステップ;及び
(3)検出結果に基づいて、微小血管障害又はその関連疾患の現在又は将来の発症可能性を判定するステップ。
[6]検出値が高いと発症可能性が高いとの基準、又は検出できると発症可能性が高いとの基準に従い、ステップ(3)の判定を行う、[5]に記載の検査法。
[7]前記検体が生検組織、全血、血漿、血清又は尿である、[4]~[6]のいずれか一項に記載の検査法。
[8]心筋障害の検査法である、[4]~[7]のいずれか一項に記載の検査法。
[9]糖尿病性心筋障害の検査法である、[4]~[7]のいずれか一項に記載の検査法。
[10][1]に記載のバイオマーカーに特異的結合性を示す物質からなる、微小血管障害又はその関連疾患用の検査試薬。
[11][10]に記載の検査試薬を含む、微小血管障害又はその関連疾患用のキット。
[12]以下のステップ(1)~(3)を含む、DPP4活性染色法:
(1)組織検体を固定するステップ;
(2)固定液を洗浄除去した後、アゾ色素及びその基質を低温条件下で組織検体に添加して反応させるステップ;
(3)発色を観察するステップ。
[13]ステップ(1)を低温下で行う、[12]に記載のDPP4活性染色法。
[14]ステップ(1)の固定に冷アセトン-冷ホルマリン溶液を使用する、[12]又は[13]に記載のDPP4活性染色法。
[15]アゾ色素がファーストブルーBNであり、基質がグリシル-プロプリル-メトキシ-β-ナフチルアミドである、[12]~[14]のいずれか一項に記載のDPP4活性染色法。
[16]ステップ(2)に使用するアゾ色素及びその基質が、使用直前まで低温条件下で保管される、[12]~[15]のいずれか一項に記載のDPP4活性染色法。
[17]ステップ(2)とステップ(3)の間に封入ステップを行う、[12]~[16]のいずれか一項に記載のDPP4活性染色法。
[18]ステップ(2)とステップ(3)の間に核染色ステップを行う、[12]~[17]のいずれか一項に記載のDPP4活性染色法。
[19]核染色ステップを低温下で行う、[18]に記載のDPP4活性染色法。
[20]核染色ステップにカラッチのヘマトキシリン液を使用する、[18]又は[19]に記載のDPP4活性染色法。
[21]組織検体が心筋組織である、[12]~[20]のいずれか一項に記載のDPP4活性染色法。
[22]ジペプチジルペプチダーゼ4阻害剤を含む、微小血管障害又はその関連疾患の予防又は治療薬。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】改良DPP4活性染色法によるラット心筋組織の染色。左上:DPP4欠損ラット(DPP4(-) Fisherラット)心筋組織の染色像、右上:コントロールラット(DPP4(+) Fisherラット)心筋組織の染色像、左下:コントロールラット(Wisterラット)心筋組織の染色像、右下:糖尿病性心筋症ラット心筋組織の染色像。DPP4陽性部分は赤色に染色される。
【図2】血清DPP4活性の測定結果。コントロールSDラット血清DPP4活性を1としたときの相対値で血清DPP4活性を表した。W:Wisterラット、WS:糖尿病ラット(Wister)、S:SHR高血圧ラット、SS:糖尿病ラット(SHR)。
【図3】Wisterラット心筋切片免疫染色の共焦点顕微鏡像。左上:抗CD31抗体による染色、左下:抗CD26(DPP4)抗体による染色、右:合成。
【図4】Wisterラット心筋切片免疫染色の蛍光顕微鏡像。右上:抗PECAM-1(CD31)抗体による染色、右下:抗CD26(DPP4)抗体による染色、左下:ヘキスト(Hoechst)染色、左上:合成。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(本発明の第1の局面:バイオマーカー)
本発明の第1の局面は微小血管障害又はその関連疾患(以下、これらを総称して「対象疾病」とも呼ぶ)のバイオマーカー(以下、「本発明のバイオマーカー」とも呼ぶ)に関する。ここでの用語「その関連疾患」とは、微小血管障害が原因ないし基盤となる疾患を意味し、例えば糖尿病性心筋症や虚血性心筋症(微小血管狭心症(別名たこつぼ型心筋症)を含む)、肥大型心筋症等(Aneja A et al, American Journal of Mededicie (2008)121巻、748-57頁; Bahlmann E et al. (2008) International Journal of Cardiology 124巻pp. 32-39.; Cecchi F et al, (2003) New England Journal of Medicine, 349巻1027-1035頁を参照)が該当する。本発明のバイオマーカーは対象疾病の現在又は将来の発症可能性を評価する上で有用な指標である。「現在の発症可能性」は、検査時において対象疾病を発症しているか否か又は発症している確率を表すことになる。他方、「将来の発症可能性」は対象疾病を将来発症する可能性(リスク)を表す。本発明のバイオマーカーは心臓における微小血管障害又はその関連疾患の指標として特に有用である。

【0010】
本発明のバイオマーカーは、毛細血管内皮に限局した活性を認め且つ微小血管障害を引き起こす毛細血管の異常に深く関与することが示唆された分子「ジペプチジルペプチダーゼ4(dipeptidyl peptidase IV;DPP4)」からなる。以下の説明では、慣例に従い、その遺伝子シンボル「DPP4」を用いて当該分子を表す。

【0011】
微小血管障害とは、微小血管(毛細血管)の機能異常による生じる各種疾病ないし病態の総称であり、原因は先天性及びなんらかの疾病に続発する2次性に大別されるが、本願においては後者の2次性微小血管障害に相当する機能異常を取り扱う。2次性微小血管障害が関与する代表的な疾病には糖尿病性合併症(神経症、網膜症、腎症、心筋症、難治性皮膚潰瘍)、微小血管狭心症、アルツハイマー型痴呆症があげられる。本発明のバイオマーカーは、これら微小血管障害又は微小血管障害が原因ないし基盤となる前述の各種疾病の予後予測・病因診断・重症度評価・治療効果の判定に関する指標として有用である。好ましい一態様として、本発明のバイオマーカーは心筋障害又は心臓リモデリングの発症可能性を把握するための指標として用いられる。ここで、心筋障害(心筋症)は心機能障害を伴う心筋疾患の総称であり、一般に、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症、不整脈原性右室心筋症及び分類不能の心筋症に分類される。本発明のバイオマーカーは、冠毛細血管(微小血管)の障害を伴う心筋障害(具体例は、糖尿病性心筋症、虚血性心筋症、肥大型心筋症)の指標として有用である。特に、糖尿病の合併症である糖尿病性心筋症は、本発明のバイオマーカーの好適な適用対象である。

【0012】
上述の通り、DPP4はグリシルプロリン・ナフチルアミダーゼの一種として同定されたタンパク質分解酵素(セリンプロテアーゼ)である。DPP4のアミノ酸配列及びそれをコードするヌクレオチド配列をそれぞれ配列表の配列番号1(DEFINITION: dipeptidyl peptidase 4 [Homo sapiens]. ACCESSION: NP_001926)及び配列番号2(DEFINITION: Homo sapiens dipeptidyl-peptidase 4 (DPP4), mRNA. ACCESSION: NM_001935)に示す。

【0013】
(本発明の第2の局面:微小血管障害又はその関連疾患の検査法)
本発明の第2の局面は本発明のバイオマーカーの用途に関し、対象疾病の現在又は将来の発症可能性を検査する方法(以下、「本発明の検査法」とも呼ぶ)を提供する。本発明の検査法は、対象疾病を現在発症しているか否かを判定するための手段として、或いは対象疾病を将来発症する可能性を判定するための手段として有用である。即ち、本発明の検査法は対象疾病を診断する上で有用な情報を与える。本発明の検査法によれば対象疾病の発症可能性を簡便且つ客観的に判定することが可能となる。

【0014】
本発明の検査法では、被検者由来の検体中における、本発明のバイオマーカーのレベルを指標として用いる。ここでの「レベル」は、典型的には「量」ないし「濃度」を意味する。但し、慣例及び技術常識に従い、検出対象の分子を検出できるか否か(即ち見かけ上の存在の有無)を表す場合にも用語「レベル」が用いられる。

【0015】
本発明の検査法では以下のステップを行う。
(1)被検者由来の検体を用意するステップ
(2)前記検体中のジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)を検出するステップ
(3)検出結果に基づいて、微小血管障害又はその関連疾患(対象疾病)の現在又は将来の発症可能性を判定するステップ

【0016】
ステップ(1)では被検者由来の検体を用意する。検体としては生検組織、全血(例えば血液塗抹標本とする)、血漿、血清、尿等を用いることができる。被検者は特に限定されない。即ち、対象疾病の現在又は将来の発症可能性(即ち、対象疾病を発症している可能性の有無、対象疾病を発症している可能性の程度、対象疾病を将来発症する可能性の程度)の判定が必要な者に対して広く本発明を適用することができる。例えば、医師の問診などによって対象疾病に罹患していると診断された患者に対して本発明を適用した場合、発現レベルという客観的な指標に基づいて当該診断の当否を判定することができる。即ち、本発明の検査法によれば従来の診断を補助或いは裏付ける情報が得られる。当該情報は、より適切な治療方針の決定に有益であり、治療効果の向上や患者のQOL(Quality of Life、生活の質)の向上を促す。一方、罹患状態のモニターに本発明を利用し、難治化、重篤化、再発等の防止を図ることもできる。

【0017】
家族背景などから対象疾病の罹患リスクが高いと推定される者(高リスク者)も好適な被検者である。このような被検者に対して対象疾病の症状が現れる前に本発明を適用することは、発症の阻止又は遅延或いは早期の治療介入を可能にする。対象疾病の罹患リスクが高い者を特定する目的にも本発明は有用である。このような特定は、例えば、予防的措置や生活習慣の改善等による発症可能性(罹患可能性)の低下を可能にする。自覚症状がない者など、従来の診断では対象疾病であるか否かの判定が不能又は困難な者も本発明の好適な被検者である。尚、健康診断の一項目として本発明を実施することにしてもよい。

【0018】
ステップ(2)では検体中における本発明のバイオマーカーを検出する。バイオマーカーのレベルを厳密に定量することは必須でない。即ち、後続のステップ(3)において対象疾病の発症可能性が判定可能となる程度にバイオマーカーのレベルを検出すればよい。例えば、検体中のバイオマーカーのレベルが所定の基準値を超えるか否かが判別可能なように検出を行うこともできる。

【0019】
バイオマーカーの検出方法は特に限定されないが、好ましくは免疫組織化学的染色法を利用して行う。中でも、本発明者らが確立したin situ DPP4活性染色法(本発明の第4の局面)を採用するとよい。尚、免疫組織化学的染色法による検出を行う場合には、原則、検体として生検組織が用いられる。

【0020】
ラテックス凝集法、蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法)、放射免疫測定法(RIA法)、ウエスタンブロット法など、その他の免疫学的手法も好ましい検出方法である。免疫学的手法によれば迅速且つ感度のよい検出が可能である。また、操作も簡便である。免疫学的手法による測定では、本発明のバイオマーカーに特異的結合性を有する物質を使用する。当該物質としては通常は抗体が用いられるが、当該バイオマーカーに特異的結合性を有し、その結合量を測定可能な物質であれば抗体に限らず採用できる。尚、市販の抗体に限らず、免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して新たに調製した抗体を使用してもよい。

【0021】
FIA法では蛍光標識した抗体を用い、蛍光をシグナルとして抗原抗体複合体(免疫複合体)を検出する。一方、EIA法では酵素標識した抗体を用い、酵素反応に基づく発色ないし発光をシグナルとして免疫複合体を検出する。ELISA法は検出感度が高いことや特異性が高いこと、定量性に優れること、操作が簡便であること、多検体の同時処理に適することなど、多くの利点を有する。ELISA法を利用する場合の具体的な操作法の一例を以下に示す。まず、抗バイオマーカー抗体を不溶性支持体に固定化する。具体的には例えばマイクロプレートの表面を抗バイオマーカーモノクローナル抗体で感作する(コートする)。このように固相化した抗体に対して検体を接触させる。この操作の結果、固相化した抗バイオマーカー抗体に対する抗原(バイオマーカーであるタンパク質分子)が検体中に存在していれば免疫複合体が形成される。洗浄操作によって非特異的結合成分を除去した後、酵素を結合させた抗体を添加することで免疫複合体を標識し、次いで酵素の基質を反応させて発色させる。そして、発色量を指標として免疫複合体を検出する。尚、ELISA法の詳細については数多くの成書や論文に記載されており、各方法の実験手順や実験条件を設定する際にはそれらを参考にできる。尚、非競合法に限らず、競合法(検体とともに抗原を添加して競合させる方法)を用いることにしてもよい。また、検体中のバイオマーカーを標識化抗体で直接検出する方法を採用しても、或いはサンドイッチ法を採用してもよい。サンドイッチ法では、エピトープの異なる2種類の抗体(捕捉用抗体及び検出用抗体)が用いられる。

【0022】
プロテインアレイやプロテインチップ等、多数の検体を同時に検出可能な手段を用いることにしてもよい。プローブには例えば標的となる本発明のバイオマーカー特異的な抗体が用いられる。

【0023】
ステップ(3)では、検出結果に基づいて対象疾病の現在又は将来の発症可能性を判定する。精度のよい判定を可能にするため、ステップ(2)で得られた検出値を対照検体(コントロール)の検出値と比較した上で判定を行うとよい。発症可能性の判定は定性的、定量的のいずれであってもよい。尚、ここでの判定は、その判定基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的/機械的に行うことができる。

【0024】
本発明のバイオマーカーの検出値の高さと発症可能性の高さは正の相関を示す。従って、原則、バイオマーカーの検出値が高い場合、「発症可能性が高い」と判定されることになる。言うまでもないが、前者の基準、即ち「バイオマーカーの検出値が高いと発症可能性が高い」との基準は「バイオマーカーの検出値が低いと発症可能性が低い」との基準と同義である。以下、定性的判定と定量的判定の具体例を示す。

【0025】
(定性的判定の例1)
基準値よりもバイオマーカーの検出値(検体中レベル)が高いときに「発症可能性が高い」と判定し、基準値よりもバイオマーカーの検出値(検体中レベル)が低いときに「発症可能性が低い」と判定する。

【0026】
(定性的判定の例2)
バイオマーカーを検出できたときに「発症可能性が高い」と判定し、バイオマーカーを検出できなかったときに「発症可能性が低い」と判定する。尚、バイオマーカーが検出できたか否かは、例えば、染色(発色)の有無によって判断することができる。

【0027】
(定性的判定の例3)
コントロールの染色像よりも発色が強いときに発症可能性が高いと判定し、コントロールの染色像よりも発色が弱いときに発症可能性が低いと判定する。尚、コントロールには例えば健常者由来の検体が用いられる。

【0028】
(定性的判定の例4)
治療前の染色像の結果を数値化し、治療後の染色像の数値化結果と比較し、治療効果の判定に用いる。なおこの場合のコントロールは治療前状態をさす。

【0029】
(定量的判定の例)
以下に示すように検出値の範囲毎に発症可能性(%)を予め設定しておき、検出値から発症可能性(%)を判定する。
バイオマーカーの検出値がa~b:発症可能性は10%以下
バイオマーカーの検出値b~c:発症可能性は10%~30%
バイオマーカーの検出値c~d:発症可能性は30%~50%
バイオマーカーの検出値d~e:発症可能性は50%~70%
バイオマーカーの検出値e~f:発症可能性は70%~90%
尚、バイオマーカーの検出値は、例えば、染色像における発色の程度を数値化することによって算出できる。

【0030】
本発明のバイオマーカーは単独で対象疾病の良好な判定指標となり得るが、対象疾病の発症可能性を判定するにあたって、対象疾病の検査に有用な他の指標も利用することにしてもよい。即ち、本発明のバイオマーカーと他の指標を併用して対象疾病の発症可能性を判定することにしてもよい。通常、組み合わせる指標の種類や数などによって診断(検出)感度及び診断(検出)特異度が異なる。従って、目的に合わせて最適な指標の組合せを選択するとよい。例えば、診断感度の高い組合せはスクリーニング的な検査に適する。対照的に、診断特異度の高い組み合わせは、より信頼性の高い判定が必要な検査(例えば2次検査や3次検査)に適する。診断感度及び診断特異度のバランスの異なる判定法を組み合わせることによって、効率化や確度ないし信頼性の向上を図ることが可能である。例えば、高い診断感度を与える指標の組合せを用いて陽性対象を絞り込んだ後(一次検査、スクリーニング検査)、高い診断特異度を与える指標の組合せを用いて最終的な判定を行う(2次検査)。このような2段階の判定に限らず、3段階以上の判定を行うことも可能である。

【0031】
判定区分の数、及び各判定区分に関連付けられるバイオマーカーのレベル及び判定結果はいずれも上記の例に何らとらわれることなく、予備実験等を通して任意に設定することができる。例えば、所定の閾値を境界として発症可能性の高低を判定する場合の「閾値」や、発症可能性の高低に係る区分に関連づける「バイオマーカーのレベル範囲」は、多数の検体を用いた統計的解析によって決定することができる。統計処理を利用して解析する場合には、一般に、高リスク群と低リスク群を設定することが有効である。高リスク群としては例えば、特定の対象疾病の患者集団や家系にそのような患者の多い者の集団が該当し、低リスク群としては例えば、健常者の集団や家系に対象疾病の患者のいない者の集団が該当する。

【0032】
本発明の一態様では、同一の被検者について、ある時点で測定されたバイオマーカーのレベルと、過去に測定されたバイオマーカーのレベルとを比較し、バイオマーカーのレベルの増減の有無及び/又は増減の程度を調べる。その結果得られる、バイオマーカーの発レベル変化に関するデータは対象疾病の発症可能性をモニターするため、治療効果を把握するため、或いは予後推定に有用な情報となる。具体的には例えば、バイオマーカーレベルの変動を根拠として、前回の検査から今回の検査までの間に発症可能性が高くなった又は低くなった或いは変化がない、との判定を行うことができる。このような評価を対象疾病の治療と並行して行えば、治療効果の確認が行えることはもとより、対象疾病の再発の兆候を事前に把握することができる。これによって、より適切な治療方針の決定が可能となる。このように本発明は、治療効果の最大化及び患者のQOL(生活の質)向上に多大な貢献をし得る。

【0033】
(本発明の第3の局面:微小血管障害又はその関連疾患の発症可能性検査用試薬及びキット)
本発明はさらに、対象疾病の発症可能性を検査するための試薬及びキットも提供する。本発明の試薬は本発明のバイオマーカーに特異的結合性を示す物質(以下、「結合分子」と呼ぶ)からなる。結合分子の例として、バイオマーカーを特異的に認識する抗体、核酸アプタマー及びペプチドアプタマーを挙げることができる。結合分子は、本発明のバイオマーカーに対する特異的結合性を有する限り、その種類や由来などは特に限定されない。また、抗体の場合、ポリクローナル抗体、オリゴクローナル抗体(数種~数十種の抗体の混合物)、及びモノクローナル抗体のいずれでもよい。ポリクローナル抗体又はオリゴクローナル抗体としては、動物免疫して得た抗血清由来のIgG画分のほか、抗原によるアフィニティー精製抗体を使用できる。Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFv抗体などの抗体断片であってもよい。

【0034】
結合分子は常法で調製すればよい。市販品が入手可能であれば、当該市販品を用いても良い。例えば、抗体であれば免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して調製することができる。免疫学的手法によるポリクローナル抗体の調製は次の手順で行うことができる。抗原(バイオマーカー又はその一部)を調製し、これを用いてマウスやラット或いはウサギ等の動物に免疫を施す。生体試料を精製することにより抗原を得ることができる。また、組換え型抗原を用いることもできる。組換え型抗原は、例えば、バイオマーカーをコードする遺伝子(遺伝子の一部であってもよい)を、ベクターを用いて適当な宿主に導入し、得られた組換え細胞内で発現させることにより調製することができる。

【0035】
免疫惹起作用を増強するために、キャリアタンパク質を結合させた抗原を用いてもよい。キャリアタンパク質としてはKLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)、BSA(Bovine Serum Albumin)、OVA(Ovalbumin)などが使用される。キャリアタンパク質の結合にはカルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法などを使用できる。一方、バイオマーカー(又はその一部)を、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク、又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗原を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に精製することができる。

【0036】
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清をアフィニティー精製し、ポリクローナル抗体とする。

【0037】
一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製することができる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、このハイブリドーマをモノクローナル化した後、目的タンパク質に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。選択されたクローンの培養液を精製することによって目的の抗体が得られる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植し、腹水内で増殖させて腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製又は腹水の精製には、プロテインG、プロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。更には、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、硫安分画、及び遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。

【0038】
バイオマーカーへの特異的結合性を保持することを条件として、得られた抗体に種々の改変を施すことができる。このような改変抗体を本発明の試薬としてもよい。

【0039】
特異的結合分子として標識化抗体を使用すれば、標識量を指標に結合抗体量を直接検出することが可能である。従って、より簡便な検査法を構築できる。その反面、標識物質を結合させた抗体を用意する必要があることに加えて、検出感度が一般に低くなるという問題点がある。そこで、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法、二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法など、間接的検出方法を利用することが好ましい。ここでの二次抗体とは、本発明のバイオマーカーに特異的な抗体に対して特異的結合性を有する抗体である。例えば、バイオマーカーに特異的な抗体をウサギ抗体として調製した場合には抗ウサギIgG抗体を二次抗体として使用することができる。ウサギやヤギ、マウスなど様々な種の抗体に対して使用可能な標識二次抗体が市販されており(例えばフナコシ株式会社やコスモ・バイオ株式会社など)、本発明の試薬に応じて適切なものを適宜選択して使用することができる。

【0040】
標識物質の例は、ペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素などの酵素、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)及びユーロピウムなどの蛍光物質、ルミノール、イソルミノール及びアクリジニウム誘導体などの化学発光物質、NADなどの補酵素、ビオチン、並びに131I及び125Iなどの放射性物質である。

【0041】
一態様では、本発明の試薬はその用途に合わせて固相化されている。固相化に用いる不溶性支持体は特に限定されない。例えばポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、シリコン樹脂、ナイロン樹脂等の樹脂や、ガラス等の水に不溶性の物質からなる不溶性支持体を用いることができる。不溶性支持体への抗体の担持は物理吸着又は化学吸着によって行うことができる。

【0042】
本発明のキットは主要構成要素として本発明の試薬を含む。検査法を実施する際に使用するその他の試薬(緩衝液、ブロッキング用試薬、酵素の基質、発色試薬など)及び/又は装置ないし器具(容器、反応装置、蛍光リーダーなど)をキットに含めてもよい。また、標準試料として本発明のバイオマーカー分子又はその断片をキットに含めることが好ましい。尚、通常、本発明のキットには取り扱い説明書が添付される。

【0043】
(本発明の第4の局面:DPP4活性染色法)
本発明は更に、DPP4活性のin situ(即ち、DPP4が由来する組織検体内の本来あるべき場所・状態のままで)における特異的検出を可能とする染色法を提供する。本発明のin situ DPP4活性染色法によれば特異性及び感度の高い検出が可能となる。本発明を利用すれば、例えば、従来法では事実上不可能であった心筋組織そのものにおけるDPP4活性を検出できる。本発明のDPP4活性染色法は、酵素活性と基質の反応を染色にて可視化するという性質上、動物種を問わず染色が可能である。本発明のDPP4活性染色法では以下のステップ(1)~(3)を行う。
(1)組織検体を固定するステップ
(2)固定液を洗浄除去した後、アゾ色素及びその基質を低温条件下で組織検体に添加して反応させるステップ
(3)発色を観察するステップ

【0044】
1.ステップ(1)
このステップでは、予め用意した組織検体を固定する。組織検体の由来や状態、採取法などは特に限定されない。例えば、生検によって採取された心筋組織や肝実質組織、腎実質組織、脳実質組織、皮膚組織などを用いることができる。通常は、凍結の後にスライスした組織検体(凍結切片)を風乾処理などによって乾燥させ、その後、固定に供する。典型的にはヒトの組織検体が用いられるが、本発明のDPP4活性染色法は特定の動物種依存的ではないため、ヒト以外の動物(例えばチンパンジー、サルなどの霊長類、ラット、マウス、モルモットなどの齧歯類、ウシ、ブタ、ウマ、羊、ヤギなどの家畜、イヌ、ネコなどのペット動物)由来の組織検体を用いることにしてもよい。

【0045】
ここでの「固定」とは、組織検体の状態維持(例えば内在性の酵素などの失活、腐敗防止、機械的強度の向上)のために行われる処理である。固定にはホルムアルデヒド(ホルマリン)、グルタルアルデヒド、パラフォルムアルデヒド、アセトン、エタノール、氷酢酸等を用いることができる。好ましくは、2%(v/v)冷アセトン-30%(v/v)冷ホルマリン溶液を用いる。冷アセトンと冷ホルマリンの濃度は、固定化に実質的な支障のない限りにおいて、調整可能である。固定化に要する時間は例えば10秒~5分、好ましくは20秒~1分とする。好ましくはDPP4酵素基質の非特異的分解が原因と思われる非特異的染色の発生や褐色への変色を可能な限り低減するとの理由から、低温下(例えば氷上)で固定する。

【0046】
2.ステップ(2)
固定処理の後、染色反応を行う。具体的には、固定液を洗浄除去した後、アゾ色素及びその基質を低温条件下で組織検体に添加して反応させる。固定液の洗浄除去は非特異的分解が原因と思われる非特異的染色の発生や褐色への変色を可能な限り低減するとの理由から、低温条件下で行うことが好ましい。例えば、4℃~10℃に冷却した水道水で10秒~5分程度、洗浄する。

【0047】
本発明のDPP4活性染色法ではアゾ色素を用いる。これに限定するものではないが、アゾ色素として例えばファーストブルーBNを用いるとよい。基質についても、これに限定するものではないが、例えばリシル-プロプリル-メトキシ-β-ナフチルアミドを使用するとよい。

【0048】
本発明者らの検討の結果、アゾ色素及び基質の安定性が染色結果に大きく影響することが明らかとなった。そこで、アゾ色素と基質を使用直前まで低温条件下で保管しておくとよい。特に、アゾ色素については超低温での保存(具体的には-80℃以下)が望まれる。基質については-20℃以下で保存すればよい。

【0049】
アゾ色素及び基質を別々に組織検体に添加することも可能であるが、通常は、予め両者を混和した上で組織検体に添加する(或いは混和液に組織検体を浸漬する)。アゾ色素と基質の混和液は、失活を防止するため、使用直前まで低温状態を維持するとよい。本発明においては非特異的分解が原因と思われる非特異的染色の発生や褐色への変色を可能な限り低減するとの理由から、低温条件下で染色反応が行われる。ここでの低温条件とは例えば4℃~10℃である。

【0050】
3.ステップ(3)
染色反応後、発色を観察する。好ましくは、退色の防止や標本の保存と光学的な標本の視認性の向上の目的の下、発色の観察に先立って封入処理を施す。封入処理には、 当該染色法で用いる染色液の溶出を防ぐとの理由から水溶性封入剤を使用するとよい。水溶性封入剤の例として、VectaMount AQ Aqueous Mounting Medium(Vector社、米国)を挙げることができる。水溶性封入剤による封入処理は通常、水洗後の組織検体に封入剤を添加すること(或いは封入剤への組織検体の浸漬)により行われる。

【0051】
これに限定されるものではないが、発色の観察には顕微鏡を使用するとよい。即ち、検鏡により発色の有無及び程度を観察するとよい。本発明のDPP4染色法の場合、DPP4陽性部分が赤色で視認される。

【0052】
細胞や組織構造の把握のために核染色を併用することが好ましい。即ち、ステップ(2)とステップ(3)の間に核染色ステップを行うことが好ましい。核染色ステップにはカラッチのヘマトキシリン液を使用するとよい。本発明者らの検討したところでは、マイヤーのヘマトキシリン液を使用した場合よりもカラッチのヘマトキシリン液を使用した場合の方がDPP4染色陽性部位の退色の影響がなく良好な2重染色結果を得られた。核染色ステップについても、非特異的染色による細胞質部分の青染化を避けるとの理由から低温条件下で行うことが好ましい。ここでの低温条件とは例えば4℃~10℃である。ヘマトキシリンによる核染色と併せてエオジンによる染色を行うこと(即ち、いわゆるHE染色を行うこと)にしてもよい。

【0053】
尚、封入処理と核染色ステップの両者を行う態様では、核染色ステップ後の組織検体を水洗後、封入処理に供することになる。

【0054】
(本発明の第5の局面:DPP4阻害剤を含む医薬)
心筋障害とDPP4活性の亢進との間に相関を認め且つ毛細血管内皮に限局したDPP4の発現を認めた事実に基づき、DPP4活性の抑制ないし阻害が微小血管障害又はその関連疾患の予防又は治療に有効な治療戦略となり得るとの考えの下、本発明は更なる局面として、DPP4活性阻害剤を含む医薬(微小血管障害又はその関連疾患の予防又は治療薬)を提供する。本発明の医薬による予防又は治療の対象として好ましい疾患の一つは心筋症である。また、心臓リモデリングの発生の阻止ないし抑制も、本発明の医薬の好適な標的となる。

【0055】
これまでに、いくつかのDPP4阻害剤が見出されている。DPP4阻害剤の例を挙げれば、シタグリプチン(例えば、ジャヌビア(商品名)やグラクティブ(商品名)として販売されている)とビルダグリプチン(例えばエクア(商品名)として販売されている)、アログリプチン(例えばネシーナ(商品名)として販売されている)である。DPP4阻害活性を有し、期待される薬効(即ち、微小血管障害又はその関連疾患に対する予防又は治療効果)を示す限り、採用可能な有効成分はこれら既知のDPP4阻害剤に限定されるものではない。

【0056】
本発明の医薬の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。

【0057】
製剤化する場合の剤形も特に限定されない。剤形の例は錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、吸入剤、点鼻剤、点眼剤及び座剤である。本発明の医薬には、期待される治療効果(又は予防効果)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分が含有される。本発明の医薬中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.001重量%~約95重量%の範囲内で設定する。

【0058】
本発明の医薬はその剤形に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、皮内、筋肉内、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって対象に適用される。これらの投与経路は互いに排他的なものではなく、任意に選択される二つ以上を併用することもできる(例えば、経口投与と同時に又は所定時間経過後に静脈注射等を行う等)。全身投与によらず、局所投与することにしてもよい。局所投与として、目的の組織への直接注入又は塗布を例示することができる。ドラッグデリバリーシステム(DDS)を利用して標的組織特異的に有効成分が送達されるように投与してもよい。

【0059】
当業者であれば、細胞ベースの試験や動物実験などを通して、適宜適当な投与量を設定することが可能である。投与スケジュールとしては例えば一日一回~数回、二日に一回、或いは三日に一回などを採用できる。投与スケジュールの設定においては、対象(患者)の症状や薬剤の効果持続時間などを考慮することができる。
【実施例】
【0060】
1.In situ DPP4活性染色法の開発
血液疾患あるいは悪性腫瘍組織染色時に使用されている従来のDPP4特殊染色の工程は概要、下記の(i)~(ix)の通りである。
(i)塗抹または凍結標本を乾燥
(ii)30秒~5分固定(冷ホルマリン液とアセトン液を使用する方法、あるいは95%エタノールと5%氷酢酸を使用する方法、あるいは4%パラフォルムアルデヒド/リン酸緩衝液を用いる方法が報告されている)
(iii)反応液の調製
(A)基質:Glycyl-proplyl-methoxy-β-naphthylamide):30mg/ml
(B)アゾ色素:(Fast blue BN):50mg/ml
尚、(A)及び(B)は溶媒(N-N dimethyl formamide)にて希釈準備する
(iv) (iii)の反応液をpH7.2, 0.1M リン酸緩衝液にて希釈・混和し、組織標本に投与し、室温で30分間反応させる
(v)水洗
(vi)核染色(ヘマトキシリン染色液)
(vii)水洗
(viii)封入(グリセロール封入剤)
(ix)検鏡
【実施例】
【0061】
本発明者らはまず心筋組織が上記従来のDPP4特殊染色法で染色可能か否かを検討した。その結果、心筋組織のDPP4染色は非特異的染色部分が大半となること、また試薬の保存・調製も従来法では基質が失活してしまい使用不可能であることが判明した。以上の予備実験の結果から、新規染色法の開発にあたり、以下の問題が技術的課題として挙げられた。
(1)染色反応液の調製方法
(2)染色プロセスにおける固定方法の選択及び染色条件(至適温度、時間)の設定
(3)DPP4陽性染色部位がDPP4活性を反映したものであるか否かの判定
(4)DPP4陽性部位の細胞種の同定
(5)心臓病モデル動物(糖尿病性心筋症ラット)心筋の染色性
【実施例】
【0062】
2.染色反応液の調製方法の検討
反応液のもととなる基質(30mg/ml Glycyl-proplyl-methoxy-β-naphthylamide)は必要分を分注し超低温(-80℃)保存し、使用直前にやはり低温(-20℃以下)で分注保存しておいたアゾ色素:50mg/ml Fast blue BNと混和することにした。混和時に混濁や沈殿を生じた場合は反応液の失活が示唆されるので、反応基質を新たに調製することにした。反応混和液は使用直前まで氷冷し使用することにした。検討の末に見出された反応液調製手順を以下に示す。
(1)使用する試薬
基質:Glycyl-proplyl-methoxy-β-naphthylamide
アゾ色素:Fast blue BN
溶媒:N-N dimethyl formamide
リン酸緩衝液(pH7.2, 0.1M)
(2)調製手順
(i)基質を溶媒で30mg/mlとなるように溶解し、0.2mlずつ-80℃で保存する((A)溶液)。
(ii)75%vl/vlに蒸留水で希釈した溶媒を用いてアゾ色素を50mg/mlに溶解し、0.25mlずつ-20℃で保存する((B)溶液)。
(iii)0.2mlの(A)溶液と2mlのリン酸緩衝液を混和する((C)溶液)。
(iv)0.25mlの(B)溶液と2mlのリン酸緩衝液を混和する((D)溶液)。
(v)6mlのリン酸緩衝液を(C)溶液に添加する((E)溶液)。
(vi)(E)溶液に(C)溶液を加え30秒間よく混和する。混和後も4℃氷中で保存する。反応液は用時調製とし、混和後の反応液は再利用しない。
【実施例】
【0063】
3.固定方法の選択及び染色条件の検討
反応温度及び染色時間に関して下記の各種条件を比較検討した。
(1)固定試薬:(A)30%冷ホルマリン液と2%冷アセトン液の併用、(B)95%エタノールと5%氷酢酸の併用、(C)4%パラフォルムアルデヒド/リン酸緩衝液
(2)試料作製方法:(A)スライドガラス使用、(B)病理用フィルム使用(川本法)
(3)反応温度:(A)4℃、(B)室温(25℃)、(C)37℃
(4)反応時間:(A)15分、(B)30分、(C)60分
【実施例】
【0064】
上記11条件の組み合わせを検討した結果、冷アセトン-冷ホルマリン溶液による前固定30秒の後、4℃(氷上)30分の反応時間での評価(下記染色手順)が最適であると判断された。
<染色手順>
(i)凍結切片の風乾(凍結切片はスライドグラスに直接マウントする。フィルム式では前固定手順(ii)において組織の剥離が問題となるため本法での使用は好ましくない。)
(ii)前固定:氷上で30秒間(固定液は染色ごとに用時調製する。氷冷使用)
(iii)水洗:冷却水道水(4℃)で30秒間
(iv)反応:反応液を添加し、4℃で30分間
(v)水洗:冷却水道水(4℃)で30秒間
(vi)核染色:カラッチのヘマトキシリン液を使用し、4℃、10分間
(vii)水洗:水道水(室温)で洗浄
(viii)封入:水溶性マウントメディアを添加
(ix)検鏡
【実施例】
【0065】
4.DPP4陽性染色部位とDPP4活性との関係
改良DPP4活性染色法(見出された最適な条件による染色法)でDPP4欠損ラット(DPP4(-) Fisherラット)及びコントロールラット(DPP4(+) Fisherラット)の心筋組織を染色した。その結果、コントロールラット(DPP4(+) Fisherラット)に特異的な染色を認めた(図1上段)。即ち、染色陽性部位がDPP4特異的であることが証明された。また、糖尿病ラット(Wisterラット)及び非糖尿病ラット血清を用いた試験管内酵素活性測定方法で血清DPP4活性を解析した結果、本DPP4心筋組織染色結果と一致して、糖尿病ラット血清中のDPP4活性はコントロールに比して上昇していることが明らかとなった(図2)。尚、DPP4欠損ラット及び糖尿病ラットは以下の方法で用意した。
<DPP4欠損ラット>
米国チャールズ・リバー社が1960年にDr. Dunning から68世代近交のFischer344を導入し、SPF化したものに由来するDPP4 F344/DuCrlCrlj(10週齢、雄)を用いた。当該ラットは、DPP4遺伝子の点突然変異により発生した先天的欠損を有する。日本チャールズ・リバー社より購入した。尚、DPP4発現陽性の近交系にはF344/Jclラットが相当する。
<糖尿病ラット>
Wisterラット(10週齢、雄、日本クレア社より購入)に対して、生理食塩水にて溶解したストレプトゾトシン(シグマアルドリッチジャパン社製)を体重1kgあたり50mgの用量にて腹腔内注射投与する。投与一週間後から血糖が300mg/dlを超える糖尿病を発症する。
【実施例】
【0066】
5.DPP4陽性部位の細胞種の同定
心筋組織の連続切片において抗DPP4(CD26)抗体(日本BD社)及び血管内皮特異的マーカーCD31抗体(日本BD社)を用いた免疫組織染色を施行し、共焦点顕微鏡にて解析を行ったところ、DPP4陽性部位と毛細血管内皮陽性部位は完全一致しており、DPP4陽性細胞は心筋毛細血管内皮であることが判明した(図3)。尚、中膜を伴う冠動脈内皮にはDPP4陽性部位は検出されず、このDPP4陽性内皮は毛細血管に限局することもまた明らかとなった(図4)。
【実施例】
【0067】
6.心臓病モデル動物(糖尿病性心筋症ラット)心筋を用いた染色実験
ストレプトゾトシン誘発性糖尿病ラット心筋の凍結組織標本を作製し、この標本において上記の改良in situ DPP4活性染色を施行したところ、当該糖尿病ラット心筋においては非糖尿病コントロールラット心筋に比較しより強いDPP4陽性染色部位の検出を認めた(図1下段)。
【実施例】
【0068】
7.まとめ
(1)in situ 心筋DPP4活性の染色に最適な条件を見出すことに成功し、心筋組織標本においてより特異性の高いDPP4活性特殊染色が可能となった。本改良DPP4活性染色法は、酵素活性と基質の反応を染色にて可視化するという性質上、動物種を問わず染色が可能であり、ヒト臨床検体への応用にも適する。また、従来法と比し、長期にわたり反応に必要な反応液を保存する方法が見出されたことは、試薬購入費の節約と作業労力の軽減をもたらす。
(2)改良in situ 心筋DPP4活性染色法は心筋障害の診断に有益な情報を提供する。即ち、心筋障害の病理診断に有用な新たな手法が確立された。
(3)心筋障害における心筋毛細血管の役割が発見され、その本質はDPP4活性に依存することが示唆された。
(4)疾患特異的病理診断方法が皆無であった糖尿病性心筋障害の新たな診断方法として、改良DPP4活性染色法を応用可能であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のバイオマーカーは微小血管障害又はその関連疾患の指標として有用である。例えば、糖尿病性心筋障害の検査、診断への利用が想定される。
【0070】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3