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明細書 :固着すべり状態評価システム及び固着すべり状態可視化システム

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5413905号 (P5413905)
登録日 平成25年11月22日(2013.11.22)
発行日 平成26年2月12日(2014.2.12)
発明の名称または考案の名称 固着すべり状態評価システム及び固着すべり状態可視化システム
国際特許分類 G01N  19/02        (2006.01)
FI G01N 19/02 C
G01N 19/02 A
請求項の数または発明の数 4
全頁数 19
出願番号 特願2010-24353 (P2010-24353)
出願日 平成22年2月5日(2010.2.5)
審査請求日 平成25年1月25日(2013.1.25)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
発明者または考案者 【氏名】横田 理
個別代理人の代理人 【識別番号】100075258、【弁理士】、【氏名又は名称】吉田 研二
【識別番号】100096976、【弁理士】、【氏名又は名称】石田 純
特許請求の範囲 【請求項1】
対象物に接触する接触側が球面形状を有し、接触側と反対側が平坦面である半球状弾性体の透明レンズと、
対象物を保持し、予め定められた案内方向に移動可能な保持テーブルと、
透明レンズに予め定めた負荷荷重を印加して対象物に接触させた状態で、保持テーブルを移動駆動する駆動機構と、
透明レンズの平坦面の側から照明光を供給しながら、半球状の内面で反射する反射光を用い、負荷荷重が印加された透明レンズを対象物に接触させた状態における透明レンズの接触変形状態を撮像して取得する撮像装置と、
撮像装置によって取得された接触変形状態のデータから、透明レンズの負荷荷重が対象物に印加される重心位置である荷重点位置を算出する荷重点位置算出処理部と、
保持テーブルの移動位置に対応付けて、荷重点位置の変化特性を出力する特性出力処理部と、
荷重点位置が予め定めた閾値条件に達したときに、固着状態からすべり状態に移行するものとしてすべり予告信号を出力する予告出力処理部と、
を備えることを特徴とする固着すべり状態評価システム。
【請求項2】
請求項1に記載の固着すべり状態評価システムにおいて、
負荷荷重が印加された透明レンズを対象物に接触させた状態で保持テーブルを移動したときの保持テーブルの案内方向の駆動力を、透明レンズと対象物との間の摩擦力として算出する摩擦力算出処理部を備え、
特性出力処理部は、荷重点位置の変化特性と共に摩擦力の変化特性とを出力し、
予告出力処理部は、
特性出力処理部から出力される荷重点位置の変化特性と摩擦力の変化特性との比較から、固着状態からすべり状態に移行するタイミングを評価して閾値条件を設定することを特徴とする固着すべり評価システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の固着すべり状態評価システムにおいて、
予告出力処理部は、
透明レンズの硬さに応じて閾値条件を設定することを特徴とする固着すべり状態評価システム。
【請求項4】
対象物に接触する接触側が球面形状を有し、接触側と反対側が平坦面である半球状弾性体の透明レンズと、
対象物を保持し、予め定められた案内方向に移動可能な保持テーブルと、
透明レンズに予め定めた負荷荷重を印加して対象物に接触させた状態で、保持テーブルを移動駆動する駆動機構と、
透明レンズの平坦面の側から照明光を供給しながら、半球状の内面で反射する反射光を用い、照明光を負荷荷重が印加された透明レンズを対象物に接触させた状態における透明レンズの接触変形状態を撮像して取得する撮像装置と、
駆動機構によって保持テーブルを移動させながら、撮像装置が撮像したデータを画像化処理して表示する表示装置と、
を備えることを特徴とする固着すべり状態可視化システム。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、固着すべり状態評価システム及び固着すべり状態可視化システムに係り、特に、物体同士が接触し相対的に移動する際の固着すべり状態であるスティックスリップ状態を評価するシステム及びスティックスリップ状態を可視化することができる固着すべり状態可視化システムに関する。
【背景技術】
【0002】
物体同士が接触し相対的に移動する際の状態は、移動力が小さい間は物体同士が固着しているスティック状態であり、移動力が大きくなると物体同士が相対的にすべり始めるスリップ状態となることが知られている。このようなスティックスリップ状態は、例えば、プリンタのクリーニングブレードと感光体との間の接触状態、磁気ヘッドと媒体との間の接触状態、車両のワイパとガラスとの間の接触状態等に見られ、それぞれ駆動装置の設計にとって重要な要素となっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、スティックスリップの試験方法として、エラストマーの試験片と相手材とを所定荷重で接触させて相対的に回転させ、回転を始めようとする際の最大静止摩擦力と、回転が始まって摩擦力が一定に落ち着いた際の動摩擦力を比較してスティックスリップのしやすさを評価することが述べられている。
【0004】
また、非特許文献1には、球面を持つ弾性体と剛体平板の接触状態の解析装置として、弾性体として株式会社エクシールコーポレーション製の「人肌のゲル」の硬度15を使用し、剛体平板として透明なアクリルを用い、弾性体上部からLEDを照射し、接触面は45°に設置された鏡に反射されて下部のカメラによって画像を取得し、接触面に働く力を6軸力センサで計測し、物体の滑り状態の指標Φを、Φ=fl/μfgとして求める構成が述べられている。ここで、flは、物体にかかる接線方向の力、fgは物体にかかる垂直方向の力、μは摩擦係数である。
【0005】
物体のすべり状態の指標Φとはこの文献で定義されるもので、すべり余裕wを計算するために用いられている。すべり余裕wとは、w=1において完全固着状態、w=0において完全滑り状態として、w=1-Φとするものである。ここでは、接触面の変形が微小の場合は、画像情報から計算される接触面の偏心度が微小変位量と近似的に比例関係にあることを利用し、偏心度と負荷力と接触面半径とを用いてΦを近似的に計算することが述べられている。上記解析装置を用いた実験によれば、弾性体に印加される重りを増加すると、Φが増加し、wが小さくなって滑りが抑制され固着状態に近くなると述べられている。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】特開2005-17064号公報
【0007】

【非特許文献1】池田,小笠原他,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会講演論文集,No.04-4,2004年6月18日から20日,1A1-H-35(1)-(2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来技術においては、スティックスリップのしやすさ、固着あるいはすべりに対する負荷荷重の影響が述べられている。例えば、ロボットハンド等で対象物を最小の把持力で把持したいときに、固着からすべりにどのように推移するかを知りたいことがある。
【0009】
本発明の目的は、固着からすべりにどのように推移するかを評価できる固着すべり状態評価システムを提供することである。他の目的は、スティックスリップ状態を可視化することができる固着すべり状態可視化システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る固着すべり状態評価システムは、対象物に接触する接触側が球面形状を有し、接触側と反対側が平坦面である半球状弾性体の透明レンズと、対象物を保持し、予め定められた案内方向に移動可能な保持テーブルと、透明レンズに予め定めた負荷荷重を印加して対象物に接触させた状態で、保持テーブルを移動駆動する駆動機構と、透明レンズの平坦面の側から照明光を供給しながら、半球状の内面で反射する反射光を用い、負荷荷重が印加された透明レンズを対象物に接触させた状態における透明レンズの接触変形状態を撮像して取得する撮像装置と、撮像装置によって取得された接触変形状態のデータから、透明レンズの負荷荷重が対象物に印加される重心位置である荷重点位置を算出する荷重点位置算出処理部と、保持テーブルの移動位置に対応付けて、荷重点位置の変化特性を出力する特性出力処理部と、荷重点位置が予め定めた閾値条件に達したときに、固着状態からすべり状態に移行するものとしてすべり予告信号を出力する予告出力処理部と、を備えることを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る固着すべり状態評価システムにおいて、負荷荷重が印加された透明レンズを対象物に接触させた状態で保持テーブルを移動したときの保持テーブルの案内方向の駆動力を、透明レンズと対象物との間の摩擦力として算出する摩擦力算出処理部を備え、特性出力処理部は、荷重点位置の変化特性と共に摩擦力の変化特性とを出力し、予告出力処理部は、特性出力処理部から出力される荷重点位置の変化特性と摩擦力の変化特性との比較から、固着状態からすべり状態に移行するタイミングを評価して閾値条件を設定することが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る固着すべり状態評価システムにおいて、予告出力処理部は、透明レンズの硬さに応じて閾値条件を設定することが好ましい。
【0013】
また、本発明に係る固着すべり状態可視化システムは、対象物に接触する接触側が球面形状を有し、接触側と反対側が平坦面である半球状弾性体の透明レンズと、対象物を保持し、予め定められた案内方向に移動可能な保持テーブルと、透明レンズに予め定めた負荷荷重を印加して対象物に接触させた状態で、保持テーブルを移動駆動する駆動機構と、透明レンズの平坦面の側から照明光を供給しながら、半球状の内面で反射する反射光を用い、照明光を負荷荷重が印加された透明レンズを対象物に接触させた状態における透明レンズの接触変形状態を撮像して取得する撮像装置と、駆動機構によって保持テーブルを移動させながら、撮像装置が撮像したデータを画像化処理して表示する表示装置と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
上記構成の少なくとも1つにより、固着すべり状態評価システムは、半球状弾性体の透明レンズに予め定めた負荷荷重を印加して対象物に接触させ、透明レンズの平坦面の側から照明光を供給しながら、保持テーブルを移動駆動し、透明レンズの接触変形状態を撮像し、その接触変形状態のデータから、透明レンズの負荷荷重が対象物に印加される重心位置である荷重点位置を算出する。そして、荷重点位置が予め定めた閾値条件に達したときに、固着状態からすべり状態に移行するものとしてすべり予告信号を出力する。
【0015】
弾性体の透明レンズと対象物が固着状態にあるときは、対象物が移動駆動されるに応じて透明レンズは対象物に固着しながら移動方向の弾性変形が増加する。さらに移動駆動が進むと、透明レンズと対象物の間にすべりが生じる。このことから、透明レンズの弾性変形がある程度の大きさになると、対象物との間のすべりが始まると考えられる。したがって、透明レンズの弾性変形の大きさを荷重点位置の変化で検出し、荷重点位置が予め定めた閾値条件に達したら、すべりが始まるものとして予告信号を出すことができる。このようにして、固着からすべりにどのように推移するかを評価できる。
【0016】
また、固着すべり状態評価システムにおいて、透明レンズと対象物との間の摩擦力の変化特性と、荷重点位置の変化特性との比較から、固着状態からすべり状態に移行するタイミングを評価して閾値条件を設定する。すべり状態に移行するときは、摩擦力が発生するので、摩擦力発生のタイミングを参考にして、荷重点位置に関する閾値条件を定めれば、より正確に、固着からすべりにどのように推移するかを評価できる。
【0017】
また、固着すべり状態評価システムにおいて、予告出力処理部は、透明レンズの硬さに応じて閾値条件を設定する。透明レンズの硬さは透明レンズの弾性変形のしやすさに関連するので、固着からすべりに推移する閾値条件に関係がある。したがって、透明レンズの硬さに応じて閾値条件を定めることができ、これによって、透明レンズの硬さに関して、固着からすべりにどのように推移するかを評価できる。
【0018】
また、上記構成の少なくとも1つにより、固着すべり状態可視化システムは、半球状弾性体の透明レンズに予め定めた負荷荷重を印加して対象物に接触させ、透明レンズの平坦面の側から照明光を供給しながら、半球状の内面で反射する反射光を用い、保持テーブルを移動駆動し、透明レンズの接触変形状態を撮像し、その撮像データを画像化処理して表示する。これにより、スティックスリップ状態をリアルタイムで表示することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る実施の形態における固着すべり状態評価システムの構成を説明する図である。
【図2】本発明に係る実施の形態において、透明レンズと対象物との間の固着とすべりのときについて、透明レンズの変形の様子を説明する図である。
【図3】本発明に係る実施の形態において、荷重点位置の変化と摩擦係数の変化との関係の一例目を示す図である。
【図4】図3の例において、透明レンズの変形の様子を示す図である。
【図5】本発明に係る実施の形態において、荷重点位置の変化と摩擦係数の変化との関係の二例目を示す図である。
【図6】図5の例において、透明レンズの変形の様子を示す図である。
【図7】図3、図5の結果について、接線方向係数の様子を説明する図である。
【図8】本発明に係る実施の形態において、荷重点位置の変化と摩擦係数の変化との関係の三例目を示す図である。
【図9】本発明に係る実施の形態において、荷重点位置の変化と摩擦係数の変化との関係の四例目を示す図である。
【図10】本発明に係る実施の形態において、透明レンズと対象物との間の接触面積について、固着領域面積とすべり領域面積とを説明する図である。
【図11】本発明に係る実施の形態において、透明レンズと対象物との間の接触面積について、固着領域面積とすべり領域面積とを求めた結果をまとめて示す図である。
【図12】本発明に係る実施の形態の固着すべり可視化システムにおいて、スティックスリップ現象が可視化できる原理を説明するための模式図の1つで、初期状態を示す図である。
【図13】図12の場合に、さらに対象物が移動するときに摩擦力による水平方向の偶力が働く様子を説明する図である。
【図14】図13の場合に、摩擦力の反力が生じる結果として、垂直方向の偶力も働き、弾性体の内部で応力分布の違いが出てくる様子を説明する図である。
【図15】図14の場合に、摩擦力、その反力が大きくなると、弾性体の内部における応力の分布の違いが大きくなり、弾性体が変形する様子を説明する図である。
【図16】図15の場合からさらに摩擦力、その反力が大きくなり、弾性体の変形も大きくなり、すべりが開始する様子を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に図面を用いて本発明に係る実施の形態につき、詳細に説明する。以下では、半球状弾性体の透明レンズとして、2種類の硬さの材料のものを説明するが、これは、人の指先のような生体組織に近いものと、ロボットハンドのような金属に近いものとを代表させる観点から選んだものであって、勿論、これ以外の硬さの材料を用いるものとできる。

【0021】
また、以下で説明する寸法、形状、材質、荷重等は説明のための例示であって、固着すべり状態評価の状況に応じて、適宜変更が可能である。

【0022】
以下では、全ての図面において同様の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、本文中の説明においては、必要に応じそれ以前に述べた符号を用いるものとする。

【0023】
図1は、固着すべり状態評価システム10の構成を説明する図である。固着すべり状態評価システム10は、物体同士が接触し相対的に移動する際に、固着からすべりにどのように推移するかを評価できる機能を有する評価システムである。ここでは、特に、すべりが始まることを予告する予告信号を出力する機能を有する。

【0024】
固着すべり状態評価システム10は、やわらかい指先で対象物を把持するロボットハンド等のモデルを想定して、対象物を硬い固体とし、柔らかい指先の弾性変化を可視化して観察できるように、弾性体の半球状の透明レンズとした評価システムである。この評価システムでは、この透明レンズと弾性体との間に把持力に対応する負荷荷重を印加し、透明レンズに対し弾性体を移動させ、そのときの透明レンズの弾性変形を観察し、透明レンズと対象物との間の接触について、固着からすべりへどのように推移するかを評価する。

【0025】
図1に示されるように、固着すべり状態評価システム10は、対象物12を保持する保持テーブル14と、保持テーブル14を案内部16に沿って移動駆動する駆動機構18と、保持テーブル14と駆動機構18との間に設けられ駆動力を検出するロードセル20と、対象物12に接触する半球状弾性体の透明レンズ22と、透明レンズ22を保持するレンズ台24と、レンズ台24を介して透明レンズ22に負荷荷重を印加する重り26と、レンズ台24を上下する上下機構28と、光源装置30によって駆動される照明装置32と、対象物12と透明レンズ22との間の接触状態を撮像する撮像装置34と、撮像状態を表示する表示装置36と、駆動機構18とロードセル20と表示装置36に接続される解析装置40とを含んで構成される。

【0026】
対象物12は、平板状の試験片で、ここでは、透明レンズ22を通る観察用の光を反射も透過もしない材料の平板が選ばれている。具体的には、平坦な表面を有するポリアセタール平板、平坦な表面を有するベークライト紙製の平板が用いられる。これらは、黒色あるいは暗褐色の材料色を有し、表面で乱反射することなく、透明レンズ22を通る観察用の光を吸収する。

【0027】
保持テーブル14は、対象物12を保持し、駆動機構18によって直線状に移動駆動されることが可能な移動テーブルである。対象物12の保持には、機械的なクランプ機構を用いることができる。あるいは、十分な吸着力を発揮できれば、真空吸着を用いてもよい。

【0028】
案内部16は、保持テーブル14の移動について、直線状に案内する機能を有する案内機構である。案内機構は、保持テーブル14と協働してその機能が発揮できるもので、例えば、ガイドレールと案内溝の組み合わせ機構を用いて、案内溝を保持テーブル14に設け、この案内溝に対応するガイドレールを案内部16とすることができる。勿論、ガイドレールを保持テーブル14に取り付け、これに対応する案内溝を有する部材を案内部16としてもよい。

【0029】
駆動機構18は、上記のように、保持テーブル14を案内部16に沿って直線状に移動駆動するアクチュエータである。図1では、移動駆動される方向をX方向として示されている。保持テーブル14の移動駆動は、予め定めた一定速度で行うことが好ましい。ここでは、気体圧アクチュエータを用い、高圧の気体圧が供給されるときは、保持テーブル14を一定速度で、直線状に移動させ、供給される気体を大気に開放することで保持テーブル14の移動を停止するものを用いることができる。気体圧アクチュエータの他に、一定速度で回転可能な小型モータと回転・直進変換機構との組み合わせ、一定速度で進退可能なプランジャ等を用いることができる。

【0030】
駆動機構18は解析装置40に接続され、解析装置40の制御の下で、保持テーブル14の送り条件が設定され、また、実際の送り状態データが解析装置40に伝送される。なお、以下では、固着すべり状態評価の標準条件として、保持テーブル14の送り速度を5mm/s、送り距離を45mmとした。

【0031】
すなわち、固着すべり状態の評価を行うときは、解析装置40は、この標準条件で駆動機構18に駆動指示を与える。そして、この標準条件で保持テーブル14が移動するものとして、適当なサンプリング間隔で、ロードセル20の検出データと、撮像装置34の撮像データが取得され、これらのデータに基いて、固着すべり状態の時系列変化が解析される。

【0032】
ロードセル20は、保持テーブル14を駆動機構18によって移動駆動したときに、保持テーブル14に与える駆動力である推力を検出する推力検出手段である。例えば、透明レンズ22と対象物12とが相対的にすべる状態においては、ロードセル20が検出する推力は、透明レンズ22と対象物12との間の摩擦力となる。これに対し、透明レンズ22と対象物12とが固着している状態のときは、摩擦力は発生していないので、ロードセル20は保持テーブル14に対する推力としては何も検出しないことになる。その意味で、ロードセル20は、透明レンズ22と対象物12との間の摩擦力検出手段である。

【0033】
ロードセル20の検出した摩擦力のデータは、適当な信号線を介して解析装置40に電送され、摩擦力の算出に利用される。

【0034】
透明レンズ22は、上記のように、やわらかい指先をモデル化した弾性体で、その弾性変形を可視化するために、透明材料で構成される部材である。また、透明レンズ22は、接触面の状態を上面から光学的に観察できるように、対象物に接触する接触側が球面形状を有し、接触側と反対側が平坦面である半球状のレンズ形状を有する。

【0035】
ここでは、透明レンズ22は、重力方向を上下方向として、対象物12の上方に透明レンズ22を配置するものとするので、半球状形状が下向きに凸となるように配置される。このように配置するとき、透明レンズ22の上面側の平坦面から光を下方の半球状部分に供給すると供給された光が半球状の内面側で全反射され、再び上面側の平坦面に向かって戻される。そこで、この戻された光を透明レンズ22の上方側に配置される撮像装置34で検出することで、半球状部分の形状を観察することができる。このようにして、透明レンズ22の半球状の部分の弾性変形の様子を撮像装置34で観察することができる。かかる透明レンズ22としては、透明シリコンゴムを所定の形状に成形したものを用いることができる。

【0036】
具体的には、透明レンズ22として、2種類のものが選ばれている。1つは、人間の指先の柔軟性をモデル化した柔らかい硬度を有するもので、もう1つは、金属製のロボットハンドをモデル化した硬質の硬度を有するものである。ここでは、信越化学社製の製品名KE-109とKE-106とを用いた。KE-109のデュロ硬度は25、ヤング率は0.96MPaで、KE-106のデュロ硬度は56、ヤング率は3.23MPaである。KE-109が柔らかい硬度のモデルに対応し、KE-106が硬質の硬度のモデルに対応する。なお、透明レンズ22の半球部分の半径は30mmとした。

【0037】
レンズ台24は、透明レンズ22を保持する部材で、上下機構28に接続し、透明レンズ22を対象物12に対し接触あるいは離間させるための上下部材の機能を有する。また、レンズ台24は、透明レンズ22が対象物12に対し、負荷荷重を印加させるための重り搭載台としての機能も有する。かかるレンズ台24は、透明レンズ22の平坦部分の外周に取り付けられる円環状の部材とすることができる。あるいは透明な材質で構成される円板を用い、これを透明レンズ22の平坦部分と一体化するものとしてもよい。

【0038】
重り26は、レンズ台24の上に配置されて、その質量によって、透明レンズ22の重力方向の荷重として、対象物12に対する透明レンズの負荷荷重とするものである。例えば、1kgの質量の板材を重り26としてレンズ台24の上に搭載配置することで、透明レンズ22が対象物12に接触したときに9.8Nの負荷荷重を印加させることができる。以下では、標準の負荷荷重として4.25Nを用いることとした。

【0039】
上下機構28は、レンズ台24を上下する機構である。ここでは、レンズ台を下降したときに、透明レンズ22が対象物12に接触した以後は、重り26が負荷荷重として対象物12に印加されるように、自由下降する機構を用いた。したがって、上下機構28は、透明レンズ22を接触状態まで下降させ、それ以降は、透明レンズ22をX方向への移動は規制しながらも上下方向には自由に移動可能として支持する機構である。

【0040】
光源装置30は、照明装置32を駆動する駆動回路とその駆動回路に電力を供給する電源回路を含む照明駆動装置である。

【0041】
照明装置32は、透明レンズ22の上面側の平坦面から下方の半球状部分に向かって光を供給する光落射装置である。照明装置32としては、円環状に配置された発光素子を用いることができる。

【0042】
撮像装置34は、照明装置32によって透明レンズ22の上面側の平坦面から下方の半球状部分に供給された光が、半球状の内面側で全反射されて再び上面側の平坦面に向かって戻されるものを撮像する機能を有する撮像カメラである。かかる撮像装置34としては、適当な分解能を有するCCDカメラを用いることができる。

【0043】
表示装置36は、撮像装置34に接続されて、撮像装置34によって撮像されたデータの信号を画像化処理して表示するディスプレイである。表示装置36に伝送された撮像データは、同時に適当な信号線を介して解析装置40に伝送され、透明レンズ22の弾性変形の様子の解析のために提供される。

【0044】
解析装置40は、透明レンズ22と対象物12が接触し相対的に移動する際に、撮像装置34の撮像データと、ロードセル20の検出データと、駆動機構18の移動駆動状態とに基いて、透明レンズ22と対象物12との間の固着すべり状態であるスティックスリップ状態を解析し評価する装置である。かかる解析装置40としては、適当なコンピュータを用いることができる。

【0045】
解析装置40は、駆動機構18を移動駆動させる移動駆動処理部42と、ロードセル20の検出データに基いて摩擦力を算出する摩擦力算出処理部44と、撮像装置34の撮像データに基づいて透明レンズ22の負荷荷重が対象物12に印加される重心位置である荷重点位置を算出する荷重点位置算出処理部46と、保持テーブル14の移動位置に対応付けて、摩擦力の変化特性と荷重点位置の変化特性を出力する特性出力処理部48と、摩擦力の変化特性と荷重点位置の変化特性等に基いて荷重点位置の変化においてすべり状態が開始する閾値条件を設定する閾値条件設定処理部50と、荷重点位置が予め定めた閾値条件に達したときに、固着状態からすべり状態に移行するものとしてすべり予告信号を出力する予告出力処理部52とを含んで構成される。

【0046】
これらの機能は、ソフトウェアを実行することで実現でき、具体的には、コンピュータである解析装置40に固着すべり解析プログラムを実行させることで実現できる。

【0047】
図2は、透明レンズ22と対象物12との間の接触状態における固着とすべりのときについて、透明レンズ22の変形の様子を説明する模式図である。ここでは、図2の左側から右側に向かって、接触が開始する初期状態、固着状態、すべり状態とがそれぞれ示されている。なお、これらの各状態について、透明レンズ22と対象物12の接触状態を側面から見た図と、透明レンズ22を上面から撮像装置34によって撮像される図とが示されている。

【0048】
初期状態とは、上下機構28の作用によって、透明レンズ22が上方から下方に向かって下降し、ちょうど対象物12に接触した状態である。このとき、透明レンズ22から対象物12に対し、垂直方向の負荷荷重Wが印加されるが、駆動機構18はまだ動作していない。

【0049】
図1で説明したように、保持テーブル14の移動方向をX方向として、保持テーブル14に保持される対象物12の上面平面をXY平面とすると、撮像装置34によって検出される透明レンズ22の上方からの様子は、XY平面上で半径aの円形である。実際には、透明レンズ22の弾性によって、負荷荷重Wの大きさに対応して透明レンズ22の対象物12に接触する部分は平坦化されることになるが、図2ではその様子の図示が省略されている。いずれにせよ、初期状態では、透明レンズ22において負荷荷重Wがかけられる位置である荷重点位置は、半径aの円形の中心位置と考えることができる。

【0050】
固着状態とは、初期状態から駆動機構18が作動を開始して、保持テーブル14を+X方向に移動駆動したときに、対象物12に透明レンズ22が固着したまま、弾性変形する状態である。図2では、この移動量をΔX1として示してある。このとき、透明レンズ22は、対象物12が+X方向にΔX1だけ移動するのに引きづられ、接触部分が初期状態に比べて+X方向にΔX1だけ移動するように弾性変形する。すなわち、透明レンズ22は、撮像装置34で撮像されるXY平面で見ると、+X方向に前倒しされたような形状に弾性変形する。

【0051】
このXY平面上での形状は、X軸について対称形で、Y軸に対しては+X方向に延び、-X方向に縮んだ非対称形である。したがって、この非対称図形の重心位置は、初期状態の半径a円形の重心位置よりも+X方向に移動していることになる。ここで、透明レンズ22に印加される負荷荷重Wは透明レンズ22のXY平面上の重心位置にかけられるものと考えると、この重心位置が固着状態における荷重点位置となる。すなわち、固着状態では、対象物12が+X方向に移動すると、透明レンズ22もこれに引きづられ、その荷重点位置が+X方向に移動する。

【0052】
図2では、荷重点位置の変化量をΔLとして示されている。そして、移動した荷重点位置から+X方向に沿った透明レンズ22の前方側の寸法は、初期状態の半径aよりも短くなるが、図2ではこれをbとして示されている。すなわちb<aである。

【0053】
すべり状態とは、固着状態からさらに対象物12を+X方向に移動させたときに、透明レンズ22に対し対象物12が相対的に移動する状態のことである。図2では、対象物12の移動量がΔX1+ΔX2のときにすべりが生じている様子が示されている。

【0054】
このとき、対象物12を移動させるには、負荷荷重Wに摩擦係数μを乗じた摩擦力F=μWが必要である。したがって、すべり状態では、ロードセル20において、摩擦力F=μWが検出される。透明レンズ22は、レンズ台24によってX方向への移動は規制されているので、固着状態で説明したような荷重点位置がΔLだけ変化した弾性変形の状態で、対象物12の表面を滑っている状態となる。

【0055】
このように、透明レンズ22と対象物12において、負荷荷重Wが透明レンズ22から対象物12に印加された状態で、対象物12が透明レンズ22に対し相対的に移動させようとすると、最初は、対象物12の移動に透明レンズ22が弾性変形しながら追従する固着状態となり、さらに移動が進むと、透明レンズ22に対し対象物12が相対的に移動し、そのときに摩擦力F=μWが発生することになる。ここで、透明レンズ22の弾性変形の程度は、荷重点位置の変化で観察することができ、摩擦力の程度は、摩擦係数μの変化で観察することができる。

【0056】
以下に、荷重点位置の変化の特性と、摩擦係数μの変化の特性について、透明レンズ22の材質、対象物12の材質を変えて評価したいくつかの例を説明する。図3から図7は、対象物12をポリアセタールとし、透明レンズ22の材質を硬質のKE-106または軟質のKE-106としたときの様子を説明する図である。図9と図10は、対象物をベークライト紙とし、透明レンズ22の材質をKE-106またはKE-109としたときの様子を示す図である。図11は、接触面積における固着領域面積とすべり領域面積の関係をまとめた図である。

【0057】
図3は、対象物12をポリアセタール、透明レンズ22を硬質のKE-106、負荷荷重Wを4.25Nの条件の下で、対象物12の移動に応じて荷重点位置の特性と摩擦係数の特性がどのように変化するかを示す図である。ここでは、対象物12の移動量に対応するものとして、横軸に時間がとられている。上記のように、対象物12を保持する保持テーブル14は5mm/sでX方向に移動駆動されるので、時間1sは、対象物12がX方向に5mm移動した状態を示すことになる。縦軸は、摩擦係数μと、荷重点位置の変化量ΔL(mm)がとられている。上記のように、透明レンズ22の半径が30mmであるので、ΔL=0.3mmは、半径方向に荷重点位置に換算して1%変形したことを示している。

【0058】
図3の結果によれば、時間Aにおいて透明レンズ22の弾性変形が開始し、時間Bにおいて摩擦係数がゼロから立上る。すなわち、時間Aから時間Bの間は、透明レンズ22が弾性変形をするが、対象物12に対し、透明レンズ22はまだすべっていない固着状態である。時間Bにおいて、透明レンズ22に対して対象物12が相対的にすべり始める。つまり、時間B以降がすべり状態である。

【0059】
また、時間Cにおいて、荷重点位置の変化量ΔLは最大値となる。時間C以降において、荷重点位置の変化量ΔLは、ある程度の増減幅を有しながら、その値が全体としては減少し、次第にその平均値が一定値に落ち着いてゆく。この時間Cは、すべりが開始する時間Bとほとんど同じ時間である。499回の繰り返し実験によれば、時間Bの平均は約0.32s、時間Cの平均は、0.34sであった。

【0060】
一方、摩擦係数μは、時間Bで立上った後、増加し、最大値に達した後、ほぼ一定値に落ち着く。摩擦係数μが最大値になる時間は、499回の繰り返し実験によれば、0.78sであり、荷重点位置の変化量ΔLが最大となる時間Cよりも遅れる。

【0061】
図4は、撮像装置34から観察される透明レンズ22の形状の様子を示す図である。ここで、時間Dは、荷重点位置の変化量ΔLが最大値を示した後、落ち着いてきた状態を代表的に示す時間である。図4に示されるように、透明レンズ22の形状の変化量はあまり大きくなく、ほぼ正円形となっている。

【0062】
図5は、透明レンズ22を軟質のKE-109とした以外は、図3、図4と同じ条件で、対象物12の移動に応じて荷重点位置の特性と摩擦係数の特性がどのように変化するかを示す図である。

【0063】
図5の結果によれば、時間Aにおいて透明レンズ22の弾性変形が開始し、時間Bにおいて摩擦係数がゼロから立上る。すなわち、時間Aから時間Bの間は、透明レンズ22が弾性変形をするが、対象物12に対し、透明レンズ22はまだすべっていない固着状態である。時間Bにおいて、透明レンズ22に対して対象物12が相対的にすべり始める。つまり、時間B以降がすべり状態である。

【0064】
また、時間Dにおいて、荷重点位置の変化量ΔLは最大値となる。時間D以降において、荷重点位置の変化量ΔLは、その値を減少させ、次第にその平均値が一定値に落ち着いてゆく。この時間Dは、すべりが開始する時間Bより遅い時間である。すべりが開始する時間Bにおいて、荷重点位置の変化量ΔLは、最大値の約半分である。図5では、時間Bに対応するΔL特性の位置をCで示してある。

【0065】
一方、摩擦係数μは、時間Bで立上った後、増加し、最大値に達した後、ほぼ一定値に落ち着く。摩擦係数μが最大値になる時間は、荷重点位置の変化量ΔLが最大となる時間Dよりも遅れる。

【0066】
図6は、撮像装置34から観察される透明レンズ22の形状の様子を示す図である。図4に示されるように、透明レンズ22の形状は、時間C,Dと進むにつれて変形が大きくなり、荷重点位置の変化量ΔLが増大することに対応している。

【0067】
このように、透明レンズ22の材質の相違にかかわらず、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが増加してから後に、摩擦係数μがゼロから立上る。すなわち、固着状態がある程度継続した後にはじめてすべり状態となることが分かる。

【0068】
そして、透明レンズ22の材質が硬質の場合は、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが最大値となるのとほぼ同じ時期からすべりが開始する。これに対し、透明レンズ22の材質が軟質の場合は、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが最大値となる前に、すべりが開始する。図5の例では、ΔLが最大値のおよそ半分に達したときにすべりが開始する。このように、透明レンズ22の材質によって、すべりが開始するときの荷重点位置の変化量ΔLが相違してくる。図3、図5の結果からは、ΔLについて予め定めた閾値条件を設定して、ΔLがその閾値条件に達すれば、すべりが開始するものとできることが分かる。

【0069】
これらのことから、解析装置40は、透明レンズ22と対象物12が接触し相対的に移動する際に、撮像装置34の撮像データと、ロードセル20の検出データと、駆動機構18の移動駆動状態とに基いて、透明レンズ22と対象物12との間の接触状態において、固着状態からすべり状態に移行するときを予告することができる。

【0070】
具体的な手順は以下の通りである。なお、各手順は、解析装置40において実行される固着すべり解析プログラムの各処理手順にそれぞれ対応する。まず、上下機構28に指示を出して、透明レンズ22を対象物12に接触させ、所定の負荷荷重Wを印加させる(接触指示工程)。そして、駆動機構18に指示を出して、所定の送り速度で保持テーブル14を移動駆動させる(移動駆動処理工程)。この工程は、解析装置40の移動駆動処理部42の機能によって実行される。

【0071】
そして、そのときのロードセル20の検出データに基いて摩擦力Fを算出し、F=μWから摩擦係数μを求める(摩擦力算出処理工程)。この工程は、解析装置40の摩擦力算出処理部44の機能によって実行される。また、そのときの透明レンズ22の接触変形状態を撮像装置34によって撮像し、その撮像データに基づいて透明レンズ22の荷重点位置を算出する(荷重点位置算出処理工程)。この工程は、解析装置40の荷重点位置算出処理部46の機能によって実行される。

【0072】
この摩擦力算出と荷重点位置の算出を移動駆動の各時間において行い、その結果をそれぞれ時系列データとして出力する(特性出力処理工程)。この工程は、解析装置40の特性出力処理部48の機能によって実行される。このようにして出力されたデータが、摩擦力の変化特性と荷重点位置の変化特性であり、図3と図5で説明したものである。

【0073】
そして、摩擦力の変化特性と荷重点位置の変化特性等に基いて荷重点位置の変化においてすべり状態が開始する閾値条件が設定される(閾値条件設定処理工程)。この工程は、解析装置40の閾値条件設定処理部50の機能によって実行される。具体的には、上記のように、摩擦係数μが立上るタイミングにおけるΔLの値を閾値条件に設定することができる。図3の例では、ΔLの最大値であるΔL=0.38mm等を、閾値条件とすることができ、図5の例では、ΔLの最大値の約1/2の値であるΔL=0.8mmを閾値条件とすることができる。

【0074】
閾値条件は、図3、図5の例のように、透明レンズ22の材質によって閾値条件を定めることができるが、この他に、負荷荷重Wに応じて閾値条件を設定することができ、また、対象物12の材質あるいは表面状態、硬さ等の条件に応じて閾値条件を設定するものとできる。いずれにせよ、接触のための諸条件の下で、摩擦係数μに関する特性と、荷重点位置の変化量ΔLに関する特性を予め求め、摩擦係数μが立上るタイミングに対応するΔLのデータに基いて、閾値条件を設定することが好ましい。このように、接触のための諸条件の下での閾値条件をデータベースとすることで、実際のロボットハンドの把持状態における閾値条件を容易に設定することが可能となる。

【0075】
そして、評価したい接触条件の下で、荷重点位置の変化量ΔLの時系列データを取得する(評価処理工程)。この工程は、上記の移動駆動処理工程、荷重点位置算出処理工程を行なうことで実行できる。このときに、閾値条件を予め設定することで、荷重点位置の変化量ΔLが設定された閾値条件に達したときに、固着状態からすべり状態に移行するものとして、すべり予告信号を出力する(予告出力処理工程)。この工程は、解析装置40の予告出力処理部52の機能によって実行される。

【0076】
このようにして、実際にすべり状態が始まる直前に、その状態になることを予告できる。したがって、例えば、ロボットハンド等の制御において、この信号を用いて、すべりが実際に発生しないように把持条件を最適に変更できることが可能になる。

【0077】
ここで、図3と図5を比較すると、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが、すべり状態領域において様子が異なることが分かる。すなわち、透明レンズ22の材質をKE-106とする図3の方が、KE-109とする図5に比べて、ΔLの上下変動が大きい。このすべり領域のΔLの上下変動は、すべり状態が始まった後に、固着状態とすべり状態とを繰り返しながら、透明レンズ22に対し対象物12が移動することから生じるものと考えられる。図3と図5の結果からは、硬質の材質の透明レンズ22の方が、この上下変動が大きい。したがって、硬質の材質の透明レンズ22については、固着状態とすべり状態が頻繁に繰り返されながら対象物12が移動しているのに対し、軟質の材質の透明レンズ22については、その繰り返しがあまり頻繁でないことが分かる。

【0078】
この相違を、非特許文献1で触れられている物体の滑り状態の指標Φを用いて説明することができる。上記のように、非特許文献1では、この指標Φについて偏心度と負荷力と接触面半径とを用いてΦを近似的に計算しているが、図1の構成による固着すべり状態評価システム10においては、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLを実測できるので、この指標Φを以下のように求めることができる。

【0079】
非特許文献1によれば、指標Φは、Φ=(接線方向の力)/{(摩擦係数)×(垂直方向の力)であるので、図1の構成では、Φ=F/μWである。このΦは、摩擦力μWに対する接線方向の力Fの寄与を示しているので、接線方向係数Φと呼ぶことができる。接線方向係数Φは、Φ=1のときが完全すべり状態で、Φ=0が完全固着状態である。

【0080】
一方、荷重点位置の変化量ΔLは、透明レンズ22の弾性変形による変位量であるので、非特許文献1にも述べられているように、ヘルツの接触式を用いて次の式で与えられる。すなわち、ΔL={3μW/16a}{(2-ν)/G}{1-(1-Φ)2/3}である。ここで、aは、透明レンズ22の半球状部分の半径、νは透明レンズ22のポアソン比、Gは透明レンズ22の横弾性係数で、ヤング率Eを用いると、G=E{2(1+ν)}である。

【0081】
この式を変形することで、近似計算でなく、ΔLの実測値に基づいて、接線方向係数Φを計算で求めることができる。すなわち、接線方向係数Φは、Φ=1-{1-(16aG×ΔL)/{3μW(2-ν)}で表される。

【0082】
図3、図5において、すべり状態におけるΔLの最大値と最小値についてそれぞれ接線方向係数Φを求めた結果をまとめたものが図7である。接線方向係数Φは、上記のようにΔLの関数であるので、ΔLの最大値と最小値の差が大きいほど、接線方向係数Φの差葉大きくなる。図7に示されるように、透明レンズ22の材質にKE-106を用いる方が、KE-109を用いる場合に比べ、接線方向係数Φの変動が大きい。このことからも、軟質の材料を用いるのに比べ、硬質の材料を用いる透明レンズ22の方が、固着状態とすべり状態との間を頻繁に繰り返しながら、対象物12が移動していることが分かる。

【0083】
図3、図5では、対象物12の材料をポリアセタールとしたが、図8、図9は、対象物12の材料をベークライト紙としたときの様子を示す図である。図8は、透明レンズ22の材質がKE-016、図9は、透明レンズ22の材質がKE-109の場合である。固着すべり評価のための条件は、対象物12の材質を除き、図3、図5と同様である。

【0084】
図8、図9の結果は、図3、図5とほぼ同じである。すなわち、透明レンズ22の材質の相違にかかわらず、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが増加してから後に、摩擦係数μがゼロから立上る。すなわち、固着状態がある程度継続した後にはじめてすべり状態となることが分かる。

【0085】
そして、透明レンズ22の材質が硬質の場合は、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが最大値となるのとほぼ同じ時期からすべりが開始する。これに対し、透明レンズ22の材質が軟質の場合は、透明レンズ22の荷重点位置の変化量ΔLが最大値となる前に、すべりが開始する。図5の例では、ΔLが最大値のおよそ半分に達したときにすべりが開始する。

【0086】
また、図示を省略するが、撮像装置34から観察される透明レンズ22の形状の様子も、図4、図6と同様であった。すなわち、KE-106の場合は、透明レンズ22の形状はあまり変形せず、KE-109の場合に、透明レンズ22の形状は、荷重点位置の変化が大きくなるにつれて変形が大きくなる。

【0087】
次に、透明レンズ22が対象物12と接触しているときの固着領域とすべり領域について説明する。図10は、透明レンズ22と対象物12との間の接触面積について、固着領域面積とすべり領域面積との関係を説明する図である。撮像装置34から観察される透明レンズ22の形状の様子は、中心部分が対象物12に固着している部分で、その外側に対象物12に対し滑っている部分となっている。その相違は、撮像装置34が検出する撮像データにおけるコントラストの相違等で区別することができる。

【0088】
図10では、固着領域とすべり領域との境界位置が半径cの位置で、すべり領域の最外側位置が半径aの位置であるとして示されている。したがって、撮像装置34が検出する撮像データにおいて、半径cと半径aを求めれば、透明レンズ22が対象物12と接触しているときの接触面積における固着領域面積とすべり領域面積の割合を求めることができる。

【0089】
図11は、透明レンズ22と対象物12との間の接触面積について、固着領域面積とすべり領域面積とを求めた結果をまとめて示す図である。これらの計算は、すべり領域における荷重点位置の変化量ΔLの変動の最大の状態であるΔLMAXと、ΔLの変動の最小の状態であるΔLMINのそれぞれについて行った。

【0090】
図11の結果から、すべり状態においてΔLが変動しても接触面積そのものの変動は生じないが、ΔLが変動すると、固着領域面積とすべり領域面積の間の比率が変動することが分かる。そして、ここでも、透明レンズ22の材質を硬質としたときの方が、軟質の材質を用いる場合に比べ、例えば、固着領域面積率の変動が大きいことが分かる。

【0091】
上記の固着すべり状態評価システム10は、表示装置36を有しているので、この表示装置36を用いて、固着すべり状態を例えば検査者が目視によって観察することができる。つまり、固着すべり評価システム10は、その表示装置36を用いることで、固着すべり可視化システムとして利用できる。

【0092】
図12から図16は、固着すべり状態が可視化できる原理を説明する模式図である。上記の固着すべり状態評価システム10では対象物12とレンズ台24との間に半球状弾性体の透明レンズ22が配置されている。透明レンズ22が半球状としているのは、透明レンズ22の平坦面の側から照明光を供給しながら、半球状の内面で光を全反射させ、これによって半球状の形状の変化を光の経路変化に変換し、これを光学的な撮像装置34で取得するためである。半球状弾性体の透明レンズ22は、対象物12と接触するところでは平坦面となっているので、この変形の様子は、円柱状の弾性体の挙動でモデル化できる。

【0093】
図12から図16は、剛体である対象物12と剛体であるレンズ台24の間に円柱状の弾性体23が配置されたモデルを用いて、弾性体23に働く力とその力に起因する弾性体の変形と、スティックスリップが生じる様子を説明する図である。各図において、左側には、モデルの側面図がXZ面として示され、右側には弾性体23が対象物12に接触している面の様子が平面図でXY面として示されている。なお、各図においてOと示されているのは、初期状態の弾性体23の中心位置である。また、弾性体23の直径が2a、高さがhとして示されている。

【0094】
図12は、初期状態を示す図で、対象物12とレンズ台24との間に弾性体23が配置される様子が示されている。このとき、剛体であるレンズ台24には、質量Wがあり、重力によるその重さは、剛体である対象物12の上にある弾性体23によって支えられている。

【0095】
図13は、図12の場合から対象物12が移動するときの様子を示す図である。ここでは、対象物12がレンズ台24に対し速度Vで+X方向に移動するものとして示されている。このとき、対象物12と弾性体23との接触面には摩擦力fが現れる。そして、中心位置Oを中心に、この摩擦力fに釣り合う力fも現れ、これらが中心位置Oを中心とする水平方向の偶力となる。

【0096】
図14は、図13のように摩擦力fが現れると、弾性体23には作用反作用の法則により、反力f’が現れる。この反力は、中心位置Oに対し対称に対として現れる。つまり、反力f’は中心位置Oを中心として垂直方向の偶力となる。このf’による偶力の方向は、摩擦力fによる偶力とその方向が反対方向で、偶力同士が釣り合うことになる。つまり、(f’/f)=(h/2a)である。

【0097】
このようにして現れる偶力の様子を見ると、弾性体23と対象物12との間の接触面、弾性体23とレンズ台24との間の接触面において、応力分布に相違が出ることが分かる。すなわち、図14に示すように、弾性体23の-X方向のレンズ台24側の端部Aには圧縮力、弾性体23の-X方向の対象物12側の端部Bには引張力、弾性体23の+X方向の対象物12側の端部Cには圧縮力、弾性体23の+X方向のレンズ台24側の端部Dには引張力がそれぞれ働いている。

【0098】
このように、弾性体23の下面である対象物12との間の接触面においては、-X方向の端部では引張力が働き、+X方向の端部では圧縮力が働き、また、弾性体23の上面であるレンズ台対象物12との間の接触面においては、-X方向の端部では圧縮力が働き、+X方向の端部では引張力が働くので、弾性体23としては、下面において+X方向に押され、上面において-X方向に押されるような変形を起こす応力を受けていることになる。

【0099】
したがって、弾性体23が対象物12と接触している面の形状は図12では円形であったのが、摩擦力f、その反力f’が大きくなるにつれて、Y方向を長径、X方向を短径とする楕円形となってくる。その様子が図15に示されている。ここで、対象物12の移動方向をX方向としたので、Y方向には弾性体23に上記のような応力分布の相違が現れない。したがって、図15に示されるY方向の長径は、図12の円形の直径と同じである。(f’/f)=(h/2a)が大きいほど、2aと短径との差が大きくなり、楕円化が進む。すなわち、(f’/f)=(h/2a)が大きいほど、スティックスリップが生じやすくなる。

【0100】
図16は、弾性体23が変形することで、質量Wに対する回転モーメントが中心位置Oに現れ、さらに摩擦力f、その反力f’が大きくなり、弾性体の変形も大きくなり、すべりが開始する様子が示されている。すべりが開始すると、弾性対23が変形することで蓄えられている変形エネルギが解放され、これによって摩擦力f、その反力f’が小さくなる。このようにして、スティックスリップ現象が生じる。

【0101】
すべりが開始する程度に摩擦力f、反力f’が大きくなると、弾性体23と対象物12との間の接触面の形状も対称形の楕円から非対称形の楕円となってくる。図16では、中心位置Oから-X方向、すなわち移動方向とは反対側の方向が引張力の領域ですべり領域であり、中心位置Oから+X方向、すなわち移動方向が圧縮力の領域で固着領域である。すべり領域は力が解放されて対象物12から離れる方向であるので、すべり領域の広さを示す短径は、固着領域の広さを示す短径よりも短くなる傾向となるが、図16にはその様子が示されている。

【0102】
すなわち、スティックスリップ現象は、弾性体23の変形、特に、弾性体23と対象物12との間の接触面の形状が円形から楕円形に変化する様子を観察することで把握できる。図1の構成は、弾性体23を半球状弾性体の透明レンズ22として、この半球状弾性体と対象物12との間の接触面の変化を撮像装置34で撮像可能としたものである。したがって、図1の構成は、固着すべり状態可視化システムの機能を有するものである。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係る固着すべり状態評価システムは、ロボットの把持アームにおける対象物の把持状態、プリンタのクリーニングブレードと感光体との間の接触状態、磁気ヘッドと媒体との間の接触状態、車両のワイパとガラスとの間の接触状態等のように、物体同士が接触し相対的に移動することが生じ得る際の接触状態の評価およびその可視化に利用することができる。
【符号の説明】
【0104】
10 固着すべり状態評価システム、12 対象物、14 保持テーブル、16 案内部、18 駆動機構、20 ロードセル、22 透明レンズ、23 弾性体、24 レンズ台、26 重り、28 上下機構、30 光源装置、32 照明装置、34 撮像装置、36 表示装置、40 解析装置、42 移動駆動処理部、44 摩擦力算出処理部、46 荷重点位置算出処理部、48 特性出力処理部、50 閾値条件設定処理部、52 予告出力処理部。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13
【図15】
14
【図16】
15