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明細書 :バイオフィルムの生産方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4686791号 (P4686791)
登録日 平成23年2月25日(2011.2.25)
発行日 平成23年5月25日(2011.5.25)
発明の名称または考案の名称 バイオフィルムの生産方法
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
C12N   1/20        (2006.01)
C12N   1/16        (2006.01)
C12P   7/06        (2006.01)
C12N  11/02        (2006.01)
FI C12N 15/00 A
C12N 1/20 ZNAZ
C12N 1/20 A
C12N 1/16 Z
C12N 1/16 G
C12P 7/06
C12N 11/02
請求項の数または発明の数 8
微生物の受託番号 NITE BP-376
全頁数 18
出願番号 特願2009-525410 (P2009-525410)
出願日 平成20年7月29日(2008.7.29)
国際出願番号 PCT/JP2008/063592
国際公開番号 WO2009/017124
国際公開日 平成21年2月5日(2009.2.5)
優先権出願番号 2007198792
2008047195
優先日 平成19年7月31日(2007.7.31)
平成20年2月28日(2008.2.28)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成22年2月3日(2010.2.3)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
発明者または考案者 【氏名】森永 康
【氏名】古川 壮一
【氏名】荻原 博和
【氏名】山崎 眞狩
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100107870、【弁理士】、【氏名又は名称】野村 健一
【識別番号】100098121、【弁理士】、【氏名又は名称】間山 世津子
審査官 【審査官】清水 晋治
参考文献・文献 Applied and environmental microbiology, 2007 Jul(Epub 2007 May), Vol.73, No.14, pages 4673-4676
調査した分野 C12N 15/00-15/90
C12N 1/16
C12N 1/20
C12P 7/06
C12N 11/02
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamII)
医学・薬学予稿集全文データベース
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
特許請求の範囲 【請求項1】
ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌と酵母とを共培養することによってバイオフィルムを生産する方法であって、用いる乳酸菌が、受託番号NITE BP-376で寄託されたML11-11であることを特徴とするバイオフィルムの生産方法。
【請求項2】
酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを特徴とする請求項1に記載のバイオフィルムの生産方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法によって生産されたバイオフィルム。
【請求項4】
ラクトバチルス・プランタラムに属し、有用物質を生産する乳酸菌、又は有用物質を生産する酵母を利用して有用物質を生産する方法であって、用いる乳酸菌が、受託番号NITE BP-376で寄託されたML11-11であり、前記乳酸菌と前記酵母とを共培養し、培養物中から有用物質を採取することを特徴とする有用物質の生産方法。
【請求項5】
乳酸菌と酵母の共培養によって形成されるバイオフィルムにより両微生物を固定化菌体とすることを特徴とする請求項4に記載の有用物質の生産方法。
【請求項6】
有用物質がエタノールであることを特徴とする請求項4又は5に記載の有用物質の生産方法。
【請求項7】
酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを特徴とする請求項4ないし6のいずれか一項に記載の有用物質の生産方法。
【請求項8】
ラクトバチルス・プランタラムML11-11(受託番号NITE BP-376)。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌と酵母の共培養によるバイオフィルムの生産方法、及びその方法によって生産され得るバイオフィルム、並びに乳酸菌と酵母の共培養による有用物質の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母を用いた有用物質生産に固定化菌体を用いる方法が知られており、酵母の固定化菌体調製法としては、アルギン酸などのゲル担体を用いて固定化する方法などが知られている。一方、微生物バイオフィルムに関しては、その存在が知られていたが、多くの場合、食品衛生上の問題とされるだけであって、バイオフィルムを有用物質の生産に利用しようとする例はほとんどない。
【0003】
最近、本発明者らによって、ラクトバチルス・カゼイに属する乳酸菌(Lactobacillus casei var. rhamnosus IFO 3831)の培養濾液中に含まれる物質がサッカロミセス・セレビシエに属する酵母(Saccharomyces cerevisiae 協会10号)のバイオフィルム形成を促進することが報告されている(非特許文献1)。
【0004】

【非特許文献1】河原井武人ら、日本農芸化学会2007年度大会講演要旨集、169頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酵母菌体の固定化菌体の調製には、アルギン酸のような高価な担体を必要とし、担体に菌体を固定化し、菌体を固定化した担体を反応器に充填するなど、きわめて複雑な工程が必要であった。一方、酵母を単独で培養することによってもバイオフィルムは形成されるが、バイオフィルムの量、強度とも十分でないため、菌体の固定化に利用されることはなかった。また、非特許文献1に記載されているバイオフィルム形成促進方法を利用しても、形成量は十分でなく、やはり菌体の固定化に利用することはできなかった。
【0006】
本発明は、以上の技術的背景の下になされたものであり、菌体の固定化に十分な量及び強度のバイオフィルムを形成させる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌と酵母を直接接触するように培養すると、バイオフィルムの形成量が著しく増加することを見出した。
【0008】
乳酸菌と酵母を共培養することにより、バイオフィルムの形成量が増加することは、非特許文献1によって既に明らかになっている。しかし、非特許文献1で使用されている乳酸菌は、ラクトバチルス・カゼイであり、ラクトバチルス・プランタラムを使用している本発明とは異なる。また、バイオフィルムの形成促進効果も、本発明と非特許文献1とでは大きく異なり、本発明の方が著しく高い。更に、非特許文献1では、菌体同士を直接接触させず、培養濾液によってもバイオフィルムの形成量を増加させることができるが、本発明では、菌体同士を直接接触させなければバイオフィルムの形成量を増加させることができないという相違点もある。
【0009】
また、形成されるバイオフィルム中では、乳酸菌細胞は固体表面に付着するが、酵母細胞は固体表面に付着せず、乳酸菌を介して固体表面に固定されていることも見出した。
【0010】
本発明は、以上のような知見に基づき、完成されたものである。
【0011】
即ち、本発明は、以下の(1)~(19)を提供するものである。
【0012】
(1)ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌と酵母とを共培養することを特徴とするバイオフィルムの生産方法。
【0013】
(2)ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌が、受託番号NITE BP-376で寄託されたML11-11であることを特徴とする(1)に記載のバイオフィルムの生産方法。
【0014】
(3)ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌が、配列番号1に記載の塩基配列と97%以上相同な塩基配列からなる16S rDNAを有する乳酸菌であることを特徴とする(1)に記載のバイオフィルムの生産方法。
【0015】
(4)酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれかに記載のバイオフィルムの生産方法。
【0016】
(5)酵母が、配列番号2に記載の塩基配列と97%以上相同な塩基配列からなる18S rDNAを有する酵母であることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれかに記載のバイオフィルムの生産方法。
【0017】
(6)(1)ないし(5)のいずれかに記載の方法によって生産されたバイオフィルム。
【0018】
(7)ラクトバチルス・プランタラムに属し、有用物質を生産する乳酸菌、又は有用物質を生産する酵母を利用して有用物質を生産する方法であって、前記乳酸菌と前記酵母とを共培養し、培養物中から有用物質を採取することを特徴とする有用物質の生産方法。
【0019】
(8)乳酸菌と酵母の共培養によって形成されるバイオフィルムにより両微生物を固定化菌体とすることを特徴とする(7)に記載の有用物質の生産方法。
【0020】
(9)有用物質がエタノールであることを特徴とする(7)又は(8)に記載の有用物質の生産方法。
【0021】
(10)ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌が、受託番号NITE BP-376で寄託されたML11-11であることを特徴とする(7)ないし(9)のいずれかに記載の有用物質の生産方法。
【0022】
(11)ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌が、配列番号1に記載の塩基配列と97%以上相同な塩基配列からなる16S rDNAを有する乳酸菌であることを特徴とする(7)ないし(9)のいずれかに記載の有用物質の生産方法。
【0023】
(12)酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを特徴とする(7)ないし(11)のいずれかに記載の有用物質の生産方法。
【0024】
(13)酵母が、配列番号2に記載の塩基配列と97%以上相同な塩基配列からなる18S rDNAを有する酵母であることを特徴とする(7)ないし(11)のいずれかに記載の有用物質の生産方法。
【0025】
(14)酵母と乳酸菌を含むバイオフィルムであって、乳酸菌細胞が固体表面に付着し、酵母細胞が乳酸菌細胞を介して固体表面に固定されていることを特徴とするバイオフィルム。
【0026】
(15)乳酸菌が、受託番号NITE BP-376で寄託されたML11-11であることを特徴とする(14)に記載のバイオフィルム。
【0027】
(16)乳酸菌が、配列番号1に記載の塩基配列と97%以上相同な塩基配列からなる16S rDNAを有する乳酸菌であることを特徴とする(14)に記載のバイオフィルム。
【0028】
(17)酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを特徴とする(14)ないし(16)のいずれかに記載のバイオフィルム。
【0029】
(18)酵母が、配列番号2に記載の塩基配列と97%以上相同な塩基配列からなる18S rDNAを有する酵母であることを特徴とする(14)ないし(16)のいずれかに記載のバイオフィルム。
【0030】
(19)ラクトバチルス・プランタラムML11-11(受託番号NITE BP-376)。
【発明の効果】
【0031】
本発明により、効率よく、強固なバイオフィルムの生産が可能になる。また、このようにして生産されたバイオフィルムを利用することによって、アルギン酸などの担体を用いることなく、固定化菌体によるエタノールなどの有用物質の生産が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】壷酢から分離した乳酸菌と酵母を共培養した場合のバイオフィルム形成量を示す図。
【図2】種々の条件でY11-43とML11-11を培養した場合のバイオフィルム形成量を示す図。
【図3】Y11-43とML11-11以外の乳酸菌を共培養した場合のバイオフィルム形成量を示す図。
【図4】ML11-11とY11-43以外の酵母を共培養した場合のバイオフィルム形成量を示す図。
【図5】S. cerevisiae 協会10号とL. casei subsp. rhamnosus IFO 3831とを共培養た場合のバイオフィルム形成量を示す図。
【図6】ML11-11と二倍体酵母又は一倍体酵母を共培養した場合のバイオフィルム形成量を示す図(n=3)。
【図7】共培養バイオフィルムによる各糖濃度における二酸化炭素生成量を示す図。
【図8】単独培養酵母細胞による各糖濃度における二酸化炭素生成量を示す図。
【図9】洗浄による酵母菌数の変化を示す図。
【図10】共培養で形成されたバイオフィルムの微細構造を示す図(1)。酵母細胞が固体表面に層状に付着している。
【図11】共培養で形成されたバイオフィルムの微細構造を示す図(2)。乳酸菌細胞(小型)は単独で固体表面に付着しているが、酵母細胞(大型)単独では固体表面に付着していない。
【図12】共培養で形成されたバイオフィルムの微細構造を示す図(3)。乳酸菌細胞(小型)と酵母細胞(大型)が絡み合っている。
【図13】単独培養した酵母の微細構造を示す図。酵母細胞は単独では固定表面にほとんど付着せず、洗浄すると容易に除かれる。
【図14】単独培養した乳酸菌の微細構造を示す図。乳酸菌は単独でもある程度固体表面に付着する。
【図15】乳酸菌と酵母の共培養4時間目のガラス表面の状態を示す図(初期付着)。乳酸菌細胞のみ付着し、酵母細胞は殆ど付着しない。
【図16】乳酸菌と酵母の共培養8時間目のガラス表面の状態を示す図(バイオフィルムへの成長段階)。乳酸菌細胞がフィルム状の集落を形成、酵母細胞は数が少なく、乳酸菌集落の上部に付着するが、ガラス表面には付着しない。
【図17】乳酸菌と酵母の共培養12時間目のガラス表面の状態を示す図(成長したバイオフィルム)。多数の酵母細胞がバイオフィルム上に付着し始めているがガラス表面に直接付着している酵母細胞は存在しない。
【図18】乳酸菌と酵母の共培養16時間目のガラス表面の状態を示す図(完成したバイオフィルム)。酵母細胞と乳酸菌細胞が絡み合って密集して高細胞密度のバイオフィルムを形成。
【図19】乳酸菌と酵母の共培養によるバイオフィルム形成機構を模式的に表した図。

【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0034】
本発明のバイオフィルムの生産方法は、ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌と酵母とを共培養することを特徴とするものである。
【0035】
乳酸菌としては、ML11-11を用いることが好ましい。この菌株は、本発明者によって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号NITE BP-376として寄託されている(受託日:2007年7月10日)。ML11-11の16S rDNA(塩基配列は配列番号1に示すとおりである。)と高い相同性を示す16S rDNAを有する菌株は、ML11-11と近縁の菌株であり、ML11-11と同様に酵母との共培養によりバイオフィルムの形成を促進する可能性が高い。従って、このような菌株をML11-11の代わりに使用してもよい。ここで「高い相同性」とは、通常、97%以上の相同性をいい、好適には、99%以上の相同性をいい、最も好適には、100%の相同性をいう。また、ML11-11やML11-11と近縁株以外の菌株であっても、ラクトバチルス・プランタラムに属し、酵母との共培養によりバイオフィルムの形成を促進できる菌株であれば本発明に使用することができる。
【0036】
酵母としては、本発明者によって分離されたY11-43を用いることが好ましい。Y11-43の18S rDNA(塩基配列は配列番号2に示すとおりである。)と高い相同性を示す18S rDNAを有する菌株は、Y11-43と近縁の菌株であり、Y11-43と同様に乳酸菌との共培養により高いバイオフィルム形成促進作用を示す可能性が高い。従って、このような菌株をY11-43の代わりに使用してもよい。ここで「高い相同性」とは、通常、97%以上の相同性をいい、好適には、99%以上の相同性をいい、最も好適には、100%の相同性をいう。Y11-43やその近縁株以外にも、Saccharomyces cerevisiae X2180-1A、Saccharomyces cerevisiae 協会7号、Saccharomyces cerevisiae 協会10号などの既知のサッカロミセス・セレビシエに属する酵母を使用することもできる。また、サッカロミセス・セレビシエ以外のサッカロミセス属の酵母やサッカロミセス属以外の酵母も、乳酸菌との共培養によりバイオフィルムの形成促進効果を持つものであれば使用することができる。ここで、サッカロミセス・セレビシエ以外のサッカロミセス属の酵母としては、サッカロミセス・パストリアヌス(Saccharomyces pasteurianus)、サッカロミセス・バイヤヌス(Saccharomyces bayanus)などを例示でき、サッカロミセス属以外の酵母としては、シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属、カンジダ(Candida)属の酵母などを例示できる。
【0037】
乳酸菌と酵母の共培養方法は、両微生物が増殖可能な方法であれば特に限定されない。培地としては、その成分として酵母エキス、ペプトンやグルコースなどを含んだもの、例えばYPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)などを使用することができる。培養温度は特に限定されないが、25~35℃とするのが好ましく、28~30℃とするのが更に好ましい。
【0038】
本発明のバイオフィルムは、酵母と乳酸菌を含むバイオフィルムであって、乳酸菌細胞が固体表面に付着し、酵母細胞が乳酸菌細胞を介して固体表面に固定されていることを特徴とするものである。本発明のバイオフィルムは、上述したバイオフィルムの生産方法に従い、ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌と酵母の共培養によって作製することができるが、ラクトバチルス・プランタラム以外の乳酸菌と酵母の共培養によって作製してもよい。
【0039】
本発明の有用物質の生産方法は、上述したバイオフィルムの生産方法を応用したもので、ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌と酵母とを共培養し、培養物中から有用物質を採取することを特徴とするものである。
【0040】
使用する乳酸菌及び酵母、並びに共培養の方法は、バイオフィルムの生産方法と同様でよい。
【0041】
この有用物質の生産方法では、乳酸菌と酵母の共培養によりバイオフィルムが形成されるので、ゲル担体などを用いなくても、微生物を固定化菌体とすることができる。
【0042】
有用物質を生産するのは、乳酸菌、酵母のいずれであってもよい。有用物質としては、例えば、乳酸菌の生産する乳酸、バクテリオシンや各種ペプチド類及び各種酵素類などや、酵母の生産するエタノール及び各種酵素類などを挙げることができる。これらの有用物質の中でも、以下の理由からエタノールが最も好ましい。エタノール発酵においては、発酵液中のエタノール濃度が高くなると酵母の活性が低下し、発酵反応が進行しなくなる。このため、発酵液中のエタノール濃度をあまり高くすることができない。しかし、本発明の方法では、酵母はバイオフィルムによって保護されているため、エタノールに対し耐性を示すと考えられる。従って、従来よりも高いエタノール濃度においても発酵が進み、より高濃度のエタノールを含む発酵液を得ることができると考えられる。またエタノール発酵においては、生産性を高めるためにしばしば連続発酵法が用いられているが、連続発酵では系内の菌体濃度を安定に保つために、酵母菌体の固定化や、系外に漏出した酵母菌体を遠心分離等によって回収して再び系内に戻すことが実施されている。本発明の方法に基づいて、バイオフィルムを形成させることにより、酵母菌体をバイオフィルムとして固定化することが容易になるだけでなく、酵母菌体の沈降性が向上し、その結果、系外に漏出した酵母菌体の遠心分離等による回収が容易になるという大きな利点がある。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0044】
〔実施例1〕 バイオフィルム形成菌株のスクリーニング
鹿児島県の福山地方に伝わる福山壷酢の醸造試料から分離した乳酸菌と酵母とを組み合わせて培養し、バイオフィルムの形成量を調べた。
【0045】
2006年秋仕込み5日目と11日目に試料を採取し(合資会社伊達醸造伊達英史氏より供与頂いた。)、試料から分離した乳酸菌と酵母の共培養を行った。培養は30℃で行い、培養開始から24時間後にバイオフィルムをクリスタルバイオレットで染色し、形成量を1~5の5段階で評価した。この結果を図1に示す。
【0046】
幾つかの組み合わせで、乳酸菌、酵母それぞれ単独で培養した場合よりも、バイオフィルム形成量が増加した。最もバイオフィルム形成量が多かったのは、乳酸菌ML11-11と酵母Y11-43とを共培養した場合であった。
【0047】
〔実施例2〕ML11-11とY11-43の同定
16SリボゾームDNA及び18SリボゾームDNAを用いて菌の同定を行ったところ、乳酸菌ML11-11はラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、酵母Y11-43はサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae )と同定された。乳酸菌ML11-11の16SリボゾームDNAの塩基配列を配列番号1に、酵母Y11-43の18SリボゾームDNAの塩基配列を配列番号2に、それぞれ示す。
【0048】
〔実施例3〕ML11-11とY11-43のバイオフィルム形成条件の検討
酵母Y11-43及び乳酸菌ML11-11をそれぞれYPD培地及びMRS培地(Proteose peptone No. 3, 10.0 g: Beef Extract, 10.0 g: Yeast Extract, 5.0 g: Dextrose, 20.0 g: Polysorbate 80, 1.0 g: Ammonium Citrate, 2.0 g:Sodium Acetate, 5.0 g: Magnesium Sulfate, 0.1 g: Manganese Sulfate, 0.05 g: Dipotassium phosphate, 2.0 g: (1 L中))を用いて27℃で24時間前培養を行った。Y11-43、ML11-11の前培養菌液をYPD培地に接種し、これを96穴タイタープレートに1ウェル当たり100μL分注した。前培養菌液は1菌株のみを接種する場合はYPD培地の100分の1量接種し、2菌株接種する場合は1菌株当たりYPD培地の200分の1量接種した。前培養菌液接種後、30℃で24時間静置培養を行い、クリスタルバイオレット(0.1%)染色法によりバイオフィルムを染色した。染色したバイオフィルムから色素を溶出させ、溶出した色素の吸光度を測定し、バイオフィルム形成量として評価した。
【0049】
酵母Y11-43と乳酸菌ML11-11のバイオフィルム形成条件について検討した結果を図2に示す。バイオフィルムは、両者を同一の培地中で共培養した場合に顕著に形成が促進されたが、ML11-11の単独培養液をフィルター除菌した上清をY11-43の単独培養培地に添加しても形成は促進されなかった。上清を加えた条件では、栄養源の欠乏やpHの低下によってバイオフィルム形成が抑制されている可能性が考えられるので、この点についても検討を加えたが、Y11-43の単独培養にもちいる培地に、ML11-11上清に加えて培地成分を添加したり、pHを7.0に再調整したりしても、バイオフィルム形成は促進されなかった。
【0050】
以上の結果は、バイオフィルム形成には、酵母細胞と乳酸菌細胞が直接接触することが必要なことを示している。
【0051】
〔実施例4〕 壷酢分離株以外の菌株のバイオフィルム形成量評価
(使用菌株)
Y11-43、ML11-11以外の菌株として、以下の菌株を使用した。
【0052】
乳酸菌:Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides IAM 1046
Lactobacillus sakei IFO 3541
Lactobacillus casei subsp. rhamnosus IFO 3831
酵母: Saccharomyces cerevisiae X2180-1A
Saccharomyces cerevisiae 協会7号
Saccharomyces cerevisiae 協会10号
(培地、培養条件)
酵母の前培養にはYPD培地を用い、乳酸菌の前培養にはMRS培地を用いた。前培養は、27℃で24時間行った。
【0053】
(バイオフィルム形成量の評価)
酵母、乳酸菌の前培養菌液をYPD培地に接種し、これを96穴タイタープレートに1ウェル当たり100μL分注した。前培養菌液は1菌株のみを接種する場合はYPD培地の100分の1量接種し、2菌株接種する場合は1菌株当たりYPD培地の200分の1量接種した。前培養菌液接種後、30℃で24時間静置培養を行い、クリスタルバイオレット(0.1%)染色法によりバイオフィルムを染色した。染色したバイオフィルムから色素を溶出させ、溶出した色素の吸光度を測定し、バイオフィルム形成量として評価した。Y11-43とML11-11以外の乳酸菌を共培養した場合のバイオフィルム形成量を図3に、ML11-11とY11-43以外の酵母を共培養した場合のバイオフィルム形成量を図4にそれぞれ示す。
【0054】
ML11-11以外の乳酸菌では、Y11-43と共培養してもバイオフィルムの形成量は増えなかった。一方、ML11-11とY11-43以外の酵母との共培養を行ったところ、顕著なバイオフィルム形成の増加が確認された。特に、S. cerevisiae X2180に関して、数値はY11-43との共培養には及ばないものの、バイオフィルムの形成の仕方が、非常に近似していた。以上のことから、Y11-43とML11-11のバイオフィルム形成量増加の要因は、ML11-11の働きによる可能性が高いことが推測された。また、ML11-11はS. cerevisiaeに属する出芽酵母に対し一般的にバイオフィルム形成を促進するものと考えられる。
【0055】
〔比較例〕
非特許文献1(河原井武人ら、日本農芸化学会2007年度大会講演要旨集、169頁)に記載されているSaccharomyces cerevisiae 協会10号とLactobacillus casei subsp. rhamnosus IFO 3831を、実施例4と同様の条件で、共培養し、バイオフィルム形成量を評価した。この結果を図5に示す。
【0056】
図5に示すようにS. cerevisiae 協会10号とL. casei subsp. rhamnosus IFO 3831との共培養によるバイオフィルム形成量は、Y11-43とML11-11の共培養によるバイオフィルム形成量の1/10以下であった。
【0057】
〔実施例5〕 一倍体酵母によるバイオフィルム形成
実用酵母の多くは多数倍体である。したがって、本発明の方法が異なる倍数体の酵母でも同様に適用可能かどうかを実施例4と同様の方法で検討した。実験には、モデルとして二倍体実験室酵母X2180及びその一倍体であるハプロタイプ1Aと、異なるハプロタイプ1Bを使用し、野生酵母Y11-43と比較した。その結果、一倍体でも二倍体でも、乳酸菌ML11-11との共培養で、野生酵母と全く同様にバイオフィルムを形成することが確認でき、酵母の倍数性にかかわらずバイオフィルム形成が起こることが明らかとなった(図6)。
【0058】
〔実施例6〕 糖濃度の二酸化炭素生成に及ぼす影響
共培養で生成したバイオフィルム形成細胞及び酵母単独培養細胞(浮遊細胞)を用いて10%から30%のグルコース濃度の培地における二酸化炭素生成量を調べた。YPD培地に酵母Y11-43を単独、又は乳酸菌ML11-11と共に接種し、30℃、24時間静置培養後、浮遊細胞(単独培養)ならびにバイオフィルム形成細胞(共培養)を遠心分離により回収し、洗浄後、グルコースを10~30%含有するYP培地中に加え、30℃にて静置培養し、生成するガス量を測定した。その結果、バイオフィルム、酵母単独培養細胞のいずれを用いた場合も、10%及び20%のグルコース濃度培地における二酸化炭素生成量はほぼ同等であり、30%グルコース濃度培地においては二酸化炭素生成が抑制される傾向が見られた(図7及び図8)。この結果より、バイオフィルム形成細胞は酵母の単独培養で得られる浮遊細胞と同様に糖から二酸化炭素を生成することが確認された。これはバイオフィルムをもちいて単独培養の場合と同様のエタノール生成が可能なことを意味している。
【0059】
〔実施例7〕 共培養バイフィルムにおける酵母細胞の安定性
バイオフィルムを固定化細胞として利用するためには、バイオフィルムの機械的衝撃に対する安定性が重要となる。そこで、酵母Y11-43と乳酸菌ML11-11の共培養で形成させたバイオフィルムの洗浄に対する安定性を評価した。
【0060】
シャーレに入れた20mlYPD培地中で酵母Y11-43と乳酸菌ML11-11を静置条件にて共培養することによってステンレス板(1辺25mm)上にバイオフィルムを形成させた。培養後、バイオフィルムが形成されたステンレス板を100ml滅菌生理食塩水に2回浸漬し付着している浮遊細胞を取り除いた後、容器に入れた400mlの滅菌食塩水中に置き、スターラーによる攪拌(1500-1600rpm、約0.7 m/sの流速)で室温にて30分間洗浄を行った。洗浄処理後のステンレス板を滅菌食塩水40mlが入った100ml容ビーカーに入れ、5分間中程度の出力にて超音波処理を行った。処理後細胞懸濁液を滅菌生理食塩水にて適宜希釈し生菌数を測定した。その結果、酵母単独培養の場合、洗浄によってステンレス板に残存する細胞数は約25%にまで減少したのに対し、乳酸菌との共培養によってバイオフィルムが形成されたステンレス板の場合には、洗浄しても生菌数の減少は3%以下に止まり、バイオフィルム中の酵母は洗浄しても遊離しにくく、バイオフィルムを形成した細胞は安定的に固体表面に保持されることが明らかとなった(図9)。
【0061】
〔実施例8〕 共培養で形成したバイオフィルムの構造の走査型電子顕微鏡による観察
乳酸菌ML11-11と酵母Y11-43を20mlYPD培地に摂取し30℃にて静置培養し、培養液中に設置したカバーガラスの表面にバイオフィルムを形成させた。24時間培養後、カバーガラスを軽く洗浄後、ガラス表面に形成されたバイオフィルムの構造をガラスに付着したまま走査型電子顕微鏡によって観察した。乳酸菌前培養は、MRS培地 (DIFCO) 、酵母前培養はYPD培地 (DIFCO) にて、それぞれ二代継代培養を27℃で行った。バイオフィルム形成は全てYPD培地 (DIFCO) にて行った。構造解析にもちいたバイオフィルム細胞は、滅菌シャーレに20 mLのYPD培地と、アルコールで殺菌したMICRO COVER GLASS 22×22 (MATSUNAMI) 又は、MICRO SLID GLASS 76×26 (MATSUNAMI)を入れ、二代培養菌液を単独時は200 μL、複合時には100 μLずつ接種し、30℃、24時間静置培養した。培養後、培地を取り除き、カバーガラスに形成させたバイオフィルム細胞をカバーガラスごと50ml容プラスチック容器に入れ、0.1 Mリン酸バッファーで2回洗浄した。洗浄後もガラス表面上に付着している細胞をバイオフィルム細胞とした。こうして調製したバイオフィルム細胞を、常法にしたがい2% グルタルアルデヒド溶液による固定、ならびに、2% オスミウム酸溶液による固定を行った後に、臨界点乾燥機 HCP-2 (日立サイエンスシステムズ株式会社) にて乾燥を行った。その後、イオンスパッタE-1010 (日立サイエンスシステムズ株式会社) でイオンコーティングを行い、アルミニューム試料台に固定した。以上のようにして調整した標品をもちいて、走査型電子顕微鏡3Dリアルサーフェスビュー顕微鏡 VE-8800 (KEYENCE株式会社)により微細構造の観察を行った。
【0062】
その結果、共培養の系では酵母細胞が単独でバイオフィルムを形成している部位は見出せなかったのに対し、乳酸菌細胞は単独でも固体表面に付着する傾向が認められた(図11)。また共培養で形成されたバイオフィルム中では、酵母細胞と乳酸菌細胞が絡み合って存在していた(図12)。一方、酵母単独培養では酵母細胞はガラス表面にほとんど付着しない(図13)のに対し、乳酸菌の場合単独培養でもある程度細胞がガラス表面に付着しバイオフィルムを形成する傾向が認められた(図14)。
【0063】
〔実施例9〕 共培養におけるバイオフィルム形成過程の位相差顕微鏡による観察
図15~18には共培養におけるバイオフィルム形成の経時的変化の観察結果を示した。乳酸菌ML11-11と酵母S. cerevisiaeBY4741を前述と同様に、YPD培地にて30℃で共培養し、培養液中に設置したカバーガラス表面にバイオフィルムを形成させた。培養開始後4時間ごとにカバーガラスを培地から取り出して、軽く洗浄した後、ガラスの表面に形成されたバイオフィルムをシステム顕微鏡 BX60 (OLYMPUS)をもちいた位相差観察した。
【0064】
その結果、培養の4時間目には乳酸菌がガラス表面へ付着し始めたが、酵母の付着は殆ど認められなかった(図15)。培養8時間目には乳酸菌細胞がガラス表面にフィルム状集落を形成していたが、フィルムを構成する酵母細胞は乳酸菌に比べて極めて数が少なく、ガラス表面には付着せず、すべて乳酸菌集落の上部に付着していた(図16)。ついで、培養12時間目のガラス表面には急速に成長したバイオフィルムが観察され、多数の酵母細胞が乳酸菌細胞のバイオフィルムを土台として付着し始めていたが、やはりガラス表面に直接付着している酵母細胞は観察されなかった(図17)。さらに培養16時間目のガラス表面には酵母細胞と乳酸菌細胞が絡み合って高細胞密度のバイオフィルムが形成されていた(図18)。
【0065】
これらの所見より、図19に図示するように、まず乳酸菌細胞が固体表面に付着して薄いバイオフィルムを形成し、次いで乳酸菌が酵母細胞同士を架橋して酵母細胞と乳酸菌細胞の凝集体を形成、沈降して、固体表面にあらかじめ形成された乳酸菌のバイオフィルムを土台として、顕著な複合バイオフィルムを形成していくことが強く示唆された。
【0066】
以上の結果より、本発明のバイオフィルムの形成には、酵母と乳酸菌の細胞同士の直接接触が不可欠なこと、および、本発明のバイオフィルムが、「酵母と乳酸菌を含むバイオフィルムであって、乳酸菌細胞が固体表面に付着し、酵母細胞が乳酸菌細胞を介して固体表面に固定されていることを特徴とするバイオフィルム」であることがあきらかとなった。細胞同士の直接接触による架橋形成によってバイオフィルムが形成される例はこれまで報告はなく、また、このような酵母と乳酸菌を含むバイオフィルムであって、乳酸菌細胞が固体表面に付着し、酵母細胞が乳酸菌細胞を介して固体表面に固定されていることを特徴とするバイオフィルムは、これまで観察されたことはなく、本発明のバイオフィルムは全く新規な構造物と考えられる。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願(特願2007-198792号及び特願2008-047195号)の明細書および/または図面に記載されている内容を包含する。また、本発明で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図面
【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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