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明細書 :マラリア原虫人工染色体

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5540370号 (P5540370)
公開番号 特開2010-200705 (P2010-200705A)
登録日 平成26年5月16日(2014.5.16)
発行日 平成26年7月2日(2014.7.2)
公開日 平成22年9月16日(2010.9.16)
発明の名称または考案の名称 マラリア原虫人工染色体
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
C12N   1/11        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
C12N 1/11
請求項の数または発明の数 10
全頁数 23
出願番号 特願2009-051454 (P2009-051454)
出願日 平成21年3月5日(2009.3.5)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 研究集会名 第8回あわじしま感染症・免疫フォーラム 主催 東京大学医科学研究所 大阪大学微生物病研究所 文部科学省科学研究費補助金特定領域研究 「感染現象のマトリックス」 連携融合事業(感染症国際研究センター) (財)阪大微生物病研究会 大阪大学グローバルCOEプログラム 「オルガネラネットワーク医学創成プログラム」 開催日 平成20年9月7日~11日
審査請求日 平成24年3月5日(2012.3.5)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
発明者または考案者 【氏名】油田 正夫
【氏名】岩永 史朗
個別代理人の代理人 【識別番号】230104019、【弁護士】、【氏名又は名称】大野 聖二
【識別番号】100106840、【弁理士】、【氏名又は名称】森田 耕司
【識別番号】100105991、【弁理士】、【氏名又は名称】田中 玲子
【識別番号】100119183、【弁理士】、【氏名又は名称】松任谷 優子
【識別番号】100156915、【弁理士】、【氏名又は名称】伊藤 奈月
審査官 【審査官】水落 登希子
参考文献・文献 日本寄生虫学会大会プログラム・抄録集,2009年 2月,p.59, 1A-05
日本寄生虫学会大会プログラム・抄録集,2007年 2月23日,p.33, BPA-1
Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2006年,Vol.103, No.17,p.6706-6711
Nature,2002年,Vol.419,p.498-511
Nature,2002年,Vol.419,p.527-531
Nature,2002年,Vol.419,p.534-537
調査した分野 C12N 1/00ー15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS/WPIX(STN)
GenBank/GeneSeq
特許請求の範囲 【請求項1】
宿主マラリア原虫由来のセントロメア領域およびテロメア領域を含む、マラリア原虫人工染色体であって、配列番号22の配列からなり、宿主マラリア原虫が熱帯熱マラリア原虫である、人工染色体。
【請求項2】
宿主マラリア原虫由来のセントロメア領域およびテロメア領域を含む、マラリア原虫人工染色体であって、配列番号33または配列番号34の配列からなり、宿主マラリア原虫がネズミマラリア原虫である、人工染色体。
【請求項3】
さらに外来遺伝子を含む、請求項1または2に記載の人工染色体。
【請求項4】
外来遺伝子が、薬剤耐性遺伝子、マーカータンパク質をコードする遺伝子、およびレポーター遺伝子から選ばれる1または2以上である、請求項3記載の人工染色体。
【請求項5】
外来遺伝子あるいはその制御領域の配列に、宿主と異なるマラリア原虫種由来の配列を含む、請求項3または4に記載の人工染色体。
【請求項6】
外来遺伝子あるいはその制御領域の配列としてネズミマラリア原虫由来の配列を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の人工染色体。
【請求項7】
環状人工染色体である、請求項1~6のいずれか1項に記載の人工染色体。
【請求項8】
直鎖状人工染色体である、請求項1~6のいずれか1項に記載の人工染色体。
【請求項9】
薬剤選択圧非存在下で安定的に維持されることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項に記載の人工染色体。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の人工染色体を用いることを特徴とする、組換えマラリア原虫の作製方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、マラリア原虫人工染色体に関する。詳しくは、マラリア原虫人工染色体、組換えマラリア原虫の作製方法、およびマラリア原虫人工染色体の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
マラリアは、ハマダラカ属の蚊によって媒介され、プラスモジウム属に属するマラリア原虫が赤血球に感染することによって起こる、原虫性の熱性疾患である。ヒトに感染するマラリア原虫としては、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)の4種が知られている。このうち、熱帯熱マラリア原虫により引き起こされる熱帯熱マラリアは、患者数、重篤性、薬剤耐性の広がりから、最も重要なものと考えられている。なお、ヒト以外の哺乳類、主として霊長類と齧歯類にも、マラリアはハマダラカ属の蚊を媒介として感染する。ネズミに感染するネズミマラリア原虫として、プラスモディウム・ベルゲイ(Plasmodium berghei)、プラスモディウム・シャバウディ(Plasmodium chabaudi)、プラスモディウム・ヨエリ(Plasmodium yoelii)、の3種が知られている。
【0003】
マラリア原虫の一般的なライフサイクルは、次の通りである。まず、蚊の吸血によりスポロゾイトが宿主へ注入される。スポロゾイトは血流に乗り、肝細胞へと到達、寄生し、増殖する。増殖した原虫は赤血球に感染可能なメロゾイト(肝臓メロゾイト)となり、肝細胞から血流へと放出され、赤血球に感染する。赤血球に感染すると、原虫は輪状体(リング)、栄養体(トロホゾイト)、分裂体(シゾント)と分化後、再びメロゾイト(赤血球メロゾイト)となる。メロゾイトは赤血球から放出後、再び赤血球へ感染し、前述の分化を繰り返す。一方、分化の過程で一部の原虫は雌雄の生殖母体(ガメトサイト)へと分化する。蚊に吸血されるとガメトサイトは蚊の中腸へと移動し、雌雄の生殖体(ガメート)となり、接合後、接合体(ザイゴート)、虫様体(オーキネート)と分化する。分化後、中腸でシスト(オーシスト)を形成し、シスト内にスポロゾイトが形成される。スポロゾイトはその後、中腸から唾液腺へと移動し、次の吸血を待ち、これによりマラリア原虫のライフサイクルが完成する。
【0004】
マラリアの治療薬としては、クロロキン、キニーネ、ピリメサン、メバロキン、プリマキンなどの抗マラリア薬が使用されている。マラリアのワクチンは、原虫の抗原が変化することなどから、その開発は困難であるといわれている。近年、原虫の抗原を遺伝子工学的に生産することにより、マラリアに対するワクチンを開発する試みなども行われているが、実用化されたものは未だない。
【0005】
一方、人工染色体は、細胞内で人工的に構築した極小の染色体で、宿主の細胞染色体とは独立に存在できる染色体である。直鎖状の人工染色体は、(i)染色体DNAの複製を開始させる「複製起点」、(ii)細胞分裂期における染色体の均等分配に重要である「セントロメア」、(iii)染色体の末端構造の維持に必要な「テロメア」の三領域で構成され、環状の人工染色体は(i)複製起点、および(ii)セントロメアの二領域で構成することができる。これまでに、細菌人工染色体(BAC)、酵母人工染色体(YAC: Yeast artificial Chromosome)が開発され広く利用されている。最近では、ヒトや哺乳類細胞中で安定に分配・維持されるヒト人工染色体も開発されている。
【0006】
人工染色体は宿主毎に、必要とされる三領域配列が異なるため、生物種単位で開発を行う必要があるが、マラリア原虫を宿主とする人工染色体は確立されていなかった。また、マラリア原虫に対する遺伝子操作技術にはプラスミド・ベクターを利用する方法も存在するが、本法では遺伝子組み換え原虫を獲得するまでに4~6ヶ月の時間を要する。さらに、通常のプラスミド・ベクターを用いると、ローリングサーキュラータイプの複製が起こることにより、プラスミドの異常なコピー数の増大が起こることが知られている(D. H. Williamson et al., Nucleic Acids Res., 30, 726-731(2002))。よって、迅速かつ簡便な遺伝子組み換えを行う方法として、「マラリア原虫に適用可能な人工染色体」の確立が切望されていた。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】WO2004/022741
【特許文献2】特表2000-517182
【0008】

【非特許文献1】Gardner, M. J. et al., Nature 419 498-511(2002)
【非特許文献2】D. H. Williamson et al., Nucleic Acids Res., 30, 726-731(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、熱帯熱マラリア原虫およびネズミマラリア原虫において安定に維持される人工染色体を提供することにより、熱帯熱マラリア原虫およびネズミマラリア原虫の迅速かつ簡便な遺伝子組み換え法を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、発明者らは、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)およびネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)の染色体からセントロメア領域を同定し、このセントロメア領域のヌクレオチド配列をプラスミドに組み込んで、これらのマラリア原虫に適用可能な人工染色体を作製した。また、セントロメア領域を、宿主とするマラリア原虫以外のマラリア原虫の遺伝子をベースとするプラスミドに導入することによって、宿主マラリア原虫内での相同組換えが抑制される人工染色体を作製した。
【0011】
すなわち、本発明は、宿主マラリア原虫由来のセントロメア領域を含む、マラリア原虫人工染色体に関する。
【0012】
前記セントロメア領域の配列は、宿主マラリア原虫染色体内において、アデニン-チミジン塩基対を96%より多く含む配列であって、1または2の繰り返し配列を有する配列として特定することができる。また、セントロメア領域の配列は2kbpより小さいことが望ましい。
【0013】
本発明の人工染色体は、さらにマラリア原虫由来のテロメア領域を含んでいてもよい。
【0014】
さらに本発明の人工染色体は、薬剤耐性遺伝子等のマーカータンパク質をコードする遺伝子、およびレポーター遺伝子等の外来遺伝子を含んでいてもよい。
【0015】
本発明の人工染色体は、外来遺伝子あるいはその制御領域の配列に、宿主と異なるマラリア原虫種由来の配列を用いることができる。
【0016】
本発明の人工染色体において、宿主マラリア原虫としては、例えば、ネズミマラリア原虫または熱帯熱マラリア原虫を挙げることができる。
【0017】
1つの実施形態として、宿主が熱帯熱マラリア原虫であって、セントロメア領域が配列番号1~13から選ばれるいずれかの配列を有し、外来遺伝子あるいはその制御領域の配列としてネズミマラリア原虫由来の配列を含む、熱帯熱マラリア原虫用の人工染色体を挙げることができる。
【0018】
別な実施形態として、宿主がネズミマラリア原虫であって、セントロメア領域が配列番号15の配列を有する、ネズミマラリア原虫用の人工染色体を挙げることができる。
【0019】
本発明の人工染色体は環状人工染色体であってもよいし、直鎖状人工染色体であってもよい。
【0020】
本発明の人工染色体は、薬剤選択圧非存在下でも安定的に維持されることを特徴とする。
【0021】
本発明はまた、上記した本発明の人工染色体を用いることを特徴とする、組換えマラリア原虫の作製方法も提供する。
【発明の効果】
【0022】
本発明のマラリア原虫人工染色体を用いてマラリア原虫の遺伝子組み換えを行うと、従来よりも組換え原虫が獲得されるまでの期間が短縮され、娘細胞への分配効率の上昇により、遺伝子導入後の人工染色体の保持率が向上する。また、相同組換えを抑制する効果により、宿主であるマラリア原虫の染色体に影響を与えずに外来遺伝子を組み入れることを可能とする。さらに、マラリア原虫人工染色体を用いると、マラリア原虫において通常のプラスミドで見られる異常な複製が起こらず、実験上の障害を回避することができる。
【0023】
これに加え、ネズミマラリア原虫の人工染色体は、従来法よりも遺伝子導入効率を上昇させ、また、マラリア原虫の生活環を通じて安定に維持される。特に、テロメアを組込んだ環状、直鎖状のネズミマラリア原虫人工染色体は、マラリア原虫の生活環中の肝臓ステージにおいても安定的に維持される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、熱帯熱マラリア原虫人工染色体の構造を示す模式図である。
【図2】図2は、組換え原虫獲得に要する日数を示すグラフである。
【図3】図3は、原虫の生育速度を示すグラフである。
【図4】図4は、導入された人工染色体の保持率を示すグラフである。
【図5】図5は、人工染色体の大きさを確認したサザンブロットである。
【図6】図6は、人工染色体のコピー数を確認したサザンブロットである。
【図7】図7は、環状および直鎖状のネズミマラリア原虫人工染色体の構造を示す模式図である。
【図8】図8は、人工染色体導入後の原虫寄生率の変化を示すグラフである。
【図9】図9は、血液ステージ原虫内での人工染色体の安定性を示すグラフである。
【図10】図10は、蚊ステージおよび肝臓ステージでの人工染色体の安定性を示すグラフである。
【図11】図11は、蚊ステージおよび肝臓ステージでの人工染色体が直鎖状態で保持されていることを確認したサザンブロットである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、マラリア原虫由来のセントロメア領域を含む、マラリア原虫人工染色体に関する。

【0026】
1.定義
「セントロメア領域」とは、細胞分裂期における染色体の均等分配に働くゲノム領域である。プラスモジウム属原虫では、一般的に、セントロメア領域はアデニン-チミジン塩基対に富み、繰り返し配列を有することが知られている。本発明において、セントロメア領域の配列は、セントロメアとしての機能を有する限り、その一部に改変を施されてもよい。ここで「一部に改変」とは、対象となる領域の配列において、1もしくは複数の塩基を置換、欠失、挿入、および/または付加することをいう。

【0027】
「テロメア領域」とは、真核生物の染色体末端にある短いヌクレオチドの繰返しからなる配列であり、染色体の安定性を保つ配列である。マラリア原虫では、テロメア領域の配列は種間で非常によく保存されているため、本発明において、宿主以外のマラリア原虫由来のテロメア領域の配列も、宿主由来のものと同様に機能しうる。本発明の直鎖状人工染色体にはテロメア領域を必ず含まなければならない。一方、環状人工染色体はテロメア領域を含んでもよい。また、本発明において、テロメア領域の配列は、テロメアとしての機能を有する限り、その一部に改変を施されてもよい。

【0028】
本発明の人工染色体には、「外来遺伝子」を導入することができる。「外来遺伝子」としては、追跡可能なマーカータンパク質をコードする遺伝子、例えば緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、およびシアン蛍光タンパク質(CFP)をコードする遺伝子、ならびに他のレポーター遺伝子、例えばLac Z遺伝子および薬剤耐性遺伝子が含まれる。本発明において、「薬剤耐性遺伝子」には、例えば、ピリメサミン耐性を付与するタンパク質、ブラストシジン耐性を付与するタンパク質をコードする配列を用いることができる。

【0029】
上記に加え、機能未知なマラリア原虫の遺伝子も「外来遺伝子」として導入することができる。これにより、当該遺伝子を宿主原虫内で発現させ、その機能をマラリア原虫内で調べることが可能となる。

【0030】
人工染色体はセントロメアの機能により、宿主染色体との間で相同組換えを起こさず、染色体外DNAとして安定的に原虫内で維持される。よって、人工染色体を遺伝子導入用のベクターとすれば、「外来遺伝子」はすべて、染色体外DNAとして維持される。これにより、導入遺伝子の予期せぬ宿主染色体への相同組換えによる組み込みは起こらず、正確な実験を行うことができる。

【0031】
「外来遺伝子」の「制御領域」には宿主と異種のマラリア原虫に由来する配列を利用することにより、導入遺伝子の宿主染色体への取り込みを抑制することができる。これを人工染色体で応用すれば、前述の内容に加え、更に予期せぬ宿主染色体への相同組換えによる組み込みが起こる可能性は排除され、より確実性を持って、正確な実験を行うことができる。

【0032】
なお、外来遺伝子の「制御領域」とは、マラリア原虫内で外来遺伝子を発現させ、または外来遺伝子の発現を調節するために必要な領域をいい、例えば、プロモーター領域、転写終結領域等が含まれる。

【0033】
「複製起点」とは、染色体DNAの複製が開始される配列をいうが、マラリア原虫の複製起点の配列は未だ特定されていない。しかし、大腸菌の遺伝子とマラリア原虫の遺伝子の両者を組み込むと、メカニズムは不明であるものの、マラリア原虫の遺伝子が複製されることが知られている(van Dijk et al., Molecular and Biochemical Parasitology, 86, 155-162, (1997))。本発明はこの知見に基づいて発明されたものである。

【0034】
本発明において、人工染色体のベースとしては、プラスミドを用いることができる。プラスミドとは、核酸を細胞へ導入するのに使用される独立したエレメントをいう。本発明において使用可能なプラスミドは、例えば、大腸菌を宿主とするpBR322、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pBluescript(登録商標)などがある。

【0035】
本明細書中での「組換え原虫獲得までに要する期間」とは、原虫への遺伝子導入実験を行った日から、原虫が感染した赤血球が検出されるまでに要する期間をいい、検出は赤血球を観察することにより行う。

【0036】
本明細書において、マラリア原虫の「生育速度」および「見かけの生育速度」は原虫寄生率で測定し、「原虫寄生率」とは全赤血球のうちマラリア原虫に感染している赤血球が占める割合を計算して百分率で表すものである。

【0037】
2.マラリア原虫人工染色体
前述の通り、プラスモジウム属原虫では、一般的に、セントロメア領域はアデニン-チミジン塩基対に富み、繰り返し配列を有することが知られているので、発明者らは、この情報に基づいて、宿主である熱帯熱マラリア原虫およびネズミマラリア原虫のセントロメア領域を探索し、その同定に成功した。セントロメア領域の配列は、セントロメアとしての機能を有する限り、その一部に改変を施されてもよい。置換、欠失、挿入、および/または付加可能な塩基の数は、1~150、好ましくは1~100、より好ましくは1~50である。

【0038】
本発明において使用されるセントロメア領域の配列は、構築されたマラリア原虫人工染色体において適切な機能を有するセントロメアが形成されるのに十分な長さを有する。例えば、2kbpより小さい配列が用いられる。好ましくは、0.5kbp~2kbp、さらに好ましくは、1kbp~1.5kbpのセントロメア配列が用いられる。

【0039】
本発明において使用されるテロメア領域の配列は、マラリア原虫由来の配列であり、構築されたマラリア原虫人工染色体において適切な機能を有するテロメアが形成されるのに十分な長さを有する。

【0040】
本発明のマラリア原虫人工染色体において、制御領域の配列は、「宿主以外のマラリア原虫に由来する配列」を用いることが好ましい。これにより、宿主であるマラリア原虫の染色体との相同組換えをより確実に抑制でき、宿主染色体に影響を与えることなく、外来遺伝子の導入が可能になるからである。たとえば、後述する、マーカータンパク質をコードする遺伝子、リポーター遺伝子のプロモーター配列や転写終結領域の配列として、「宿主以外のマラリア原虫に由来する配列」を用いる。

【0041】
本発明において、「宿主以外のマラリア原虫」としては、例えば、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、サルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)、ネズミマラリア原虫(P. berghei、P. chabaudi、P. yoelii)が挙げられる。

【0042】
本発明の人工染色体は、外来遺伝子を宿主マラリア原虫内で発現させるために、さらにプロモーター配列を含んでいてもよく、目的とする外来遺伝子はその制御下に機能しうる態様で連結できる。用いられるプロモーター配列は、宿主マラリア原虫内で機能するものであれば特に限定されないが、宿主マラリア原虫内での相同組換えを確実に抑制するために「宿主以外のマラリア原虫」のプロモーター配列等を利用することが好ましい。

【0043】
本発明において、上記セントロメア領域の配列、テロメア領域の配列、制御領域の配列、および外来遺伝子配列は、人工染色体が機能しうる配置でプラスミドに組み込まれる。

【0044】
本発明のマラリア原虫人工染色体は、環状または直鎖状とすることができる。

【0045】
本発明のマラリア原虫人工染色体は、以下の利点を有する。

【0046】
利点1:マラリア原虫人工染色体を用いれば、通常のプラスミドより迅速に組換え原虫を作製することができる。一般的に原虫への遺伝子導入実験では、導入後、薬剤処理によって、プラスミドを持つ組換え原虫を選択する。通常のプラスミドは細胞分裂時、不均一に娘細胞(娘原虫)へ分配され、その結果、プラスミドを持つ原虫と持たない原虫が生じる。薬剤存在下ではプラスミドを持たない原虫は死滅し、結果、プラスミドを持つ原虫(組換え原虫)を獲得するまでに期間を要する。一方、セントロメアは細胞分裂時に染色体分配に関わる重要配列である。これを組み込んだプラスミド(すなわち、本発明のマラリア原虫人工染色体)は細胞分裂時に娘原虫へ均一に分配され、結果人工染色体を持たない原虫は生じない。これにより、迅速に組換え原虫を作製できる。

【0047】
利点2:マラリア原虫人工染色体はDNA複製時に相同組換えにより染色体に組み込まれない。マラリア原虫に通常のプラスミドを組み込み、長期間培養した場合、導入したプラスミドが予期せぬ形で原虫染色体中に組み込まれることがある。これは、正確な実験を行う際、障害となることがある。マラリア原虫人工染色体はこれまでの実験により、このような予期せぬ組換えを全く起こすことは無く、常に核内で原虫染色体とは独立して存在することが明らかとなっている。この機能はセントロメアによって付与されるものである。

【0048】
利点3:マラリア原虫人工染色体は通常のプラスミドで見られる異常な複製が起こらない。マラリア原虫では通常のプラスミドは複製時、ローリングサーキュラータイプの複製が起き、これにより、プラスミドの多量体化(Concatemerization)が起こる。その結果、プラスミドの異常なコピー数の増大が起こり、実験を行う上で障害となることがある。一方、マラリア原虫人工染色体ではこのような現象が起こらず、コピー数の異常な増大はない。

【0049】
利点4:通常のプラスミドは前述の不均一な分配のため、薬剤非存在下では安定的に原虫内で維持されず、最終的には原虫から失われてしまう。一方、マラリア原虫人工染色体は均一な分配より、薬剤非存在下でも安定的に維持される。

【0050】
2.1熱帯熱マラリア原虫人工染色体
熱帯熱マラリア原虫のゲノム配列は、すでに報告されている(Gardner, M. J. et al., Nature 419 498-511(2002))。本発明者は熱帯熱マラリア原虫のゲノムの配列解析を行い、1番~14番の各染色体について、アデニン-チミジン塩基対を96%より多く含む領域であって、1または2の繰り返し配列を有する領域を同定し、熱帯熱マラリア原虫のセントロメア領域と推定した。本発明においては、これら14の染色体に由来するいずれのセントロメア領域を用いてもよい。本明細書では、熱帯熱マラリア原虫5番、1番、2番、3番、4番、6番、7番、8番、9番、11番、12番、13番、14番染色体に由来するセントロメア領域の配列を、それぞれ配列表の配列番号1~13に示す。上述の通り、これらの配列において、1もしくは複数の塩基が置換、欠失、挿入、および/または付加された配列もまた、セントロメアとしての機能を有する限り、セントロメア領域の配列として好ましく使用される。

【0051】
熱帯熱マラリア原虫のテロメア配列を、配列表の配列番号14に示す。

【0052】
後述する実施例に、熱帯熱マラリア原虫由来のセントロメアを有し、薬剤耐性遺伝子や、他の外来遺伝子制御領域としてネズミマラリア原虫由来の配列を利用した人工染色体を示す。この人工染色体は、宿主熱帯熱マラリア原虫の染色体に取り込まれることなく、均一な分配により薬剤非存在下でも安定的に維持された。

【0053】
2.2ネズミマラリア原虫人工染色体
本発明者はネズミマラリア原虫のゲノムの配列解析を行い、5番染色体について、アデニン-チミジン塩基対を96%より多く含む領域であって、1または2の繰り返し配列を有する領域を同定し、ネズミマラリア原虫のセントロメア領域と推定した。本明細書では、ネズミマラリア原虫5番染色体に由来するセントロメア領域の配列を、配列表の配列番号15に示す。上述の通り、この配列において、1もしくは複数の塩基が置換、欠失、挿入、および/または付加された配列もまた、セントロメアとしての機能を有する限り、セントロメア領域の配列として好ましく使用される。

【0054】
ネズミマラリア原虫のテロメア配列は、CCCT(A/G)AA配列の繰返しからなる配列である。本発明においては、例えば、配列番号16および配列番号17に示すテロメア配列を使用することができる。

【0055】
本発明のネズミマラリア原虫人工染色体は、上記の利点、すなわち、通常のプラスミドより迅速に組換え原虫を作製することができる点、DNA複製時に相同組換えにより染色体に組み込まれない点、通常のプラスミドで見られる異常な複製が起こらない点、均一な分配により薬剤非存在下でも安定的に維持される点に加え、以下の利点をさらに有する。

【0056】
利点1:通常の環状プラスミドと比較し、10倍以上遺伝子導入効率が上昇する。マラリア原虫への遺伝子導入は原虫が細胞内寄生していることから、非常に効率が低いことが知られているが、本発明のネズミマラリア原虫人工染色体はこれを改善するものである。

【0057】
利点2:マラリア原虫は赤血球、蚊、肝臓の細胞に寄生し、その生活環を成立させている。直鎖状の人工染色体はマラリア原虫の生活環を通じ、直鎖状の形状を維持し、完全に染色体様に挙動する。これにより、直鎖状人工染色体を遺伝子導入用のベクターとしてだけでなく、染色体機能研究用の遺伝子ツールとして利用できる。例えば、マラリア原虫は寄生している赤血球へ自身のタンパク質を発現・提示し、これの発現を多様化させることで、宿主免疫回避している。この発現の多様化には染色体の構造変化が関与していることが示唆されており、人工染色体はこのような研究で有効に利用されると考えられる。近年、生命科学領域ではこの染色体機能研究の重要性が高まり、マラリア研究においても例外ではない。

【0058】
利点3:ネズミマラリア原虫人工染色体のようにテロメアを組み込んだプラスミドは環状、直鎖状とも肝臓ステージの原虫内で安定的に維持される。肝臓ステージの原虫の研究は現在、マラリアワクチン開発において最も、注目されているステージであり、これに応用できる点は一つの利点である。

【0059】
利点4:ネズミマラリア原虫人工染色体では薬剤非存在下でも完全に均一分配(推定分配効率99.9%)され、極めて安定的に維持される。

【0060】
3.マラリア原虫人工染色体の作製
本発明のマラリア原虫人工染色体は、適当なプラスミドをベースとして、以下のようにして作製することができる。

【0061】
宿主マラリア原虫のセントロメア領域をPCRにより増幅し、プラスミドに組み込む材料とする。まず、マラリア原虫のセントロメア領域をPCRにより増幅し、その産物をクローニングして配列を決定する。熱帯熱マラリア原虫については既に明らかとなっている熱帯熱マラリア原虫のセントロメア領域の配列と比較することにより、また、ネズミマラリア原虫については決定した配列のAT含量が96%以上であることを確認することにより、目的の配列が増幅されていることを確認する。

【0062】
制御領域の配列および外来遺伝子配列をPCRにより増幅し、プラスミドに組み込む材料とする。それらの産物を、市販のプラスミド、例えばpBluescript(登録商標)等に組み込む。ここで、プラスミドに目的の遺伝子を組み込む方法は、当業者に周知であり、本発明では、一般的な、大腸菌を用いた方法を使用することが出来る。

【0063】
制御領域の配列および外来遺伝子配列を組み込んだプラスミドに、同定した宿主マラリア原虫由来セントロメア配列を組み込み、本発明の人工染色体を構築する。このようにして作製された環状の人工染色体に、さらに宿主マラリア原虫由来テロメア配列を組み込んだ後、制限酵素で1カ所切断することにより、直鎖状の人工染色体を作製することができる。

【0064】
マラリア原虫の培養は、既知の方法(Trager et al., Science, 193, 673-675, 1976; Kim et al., J. Med. Chem., 42,2604-2609, 1999等 Janse et al., Int. J. Parasitol., 14, 317-320、1984)により実施できる。

【0065】
4.マラリア原虫の遺伝子組換え
本発明のマラリア原虫人工染色体を用いて、宿主マラリア原虫の遺伝子組換えを行うことができる。

【0066】
4.1熱帯熱マラリア原虫の遺伝子組換え
構築した熱帯熱マラリア原虫人工染色体を、ヒト赤血球に導入する。熱帯熱マラリア原虫人工染色体の赤血球への導入には当業者に周知の方法を使用することができ、例えばエレクトロポレーション法を使用することができる。

【0067】
熱帯熱マラリア原虫人工染色体を導入した赤血球に熱帯熱マラリア原虫を感染させ、一定期間、例えば4日間、薬剤非添加培地で培養を行う。ここで薬剤とは、人工染色体に組込んだ薬剤耐性遺伝子に対するものであり、例えばピリメサミン、ブラストシジン等を使用してもよい。この期間中、熱帯熱マラリア原虫に人工染色体を取り込ませることができる。

【0068】
次に、熱帯熱マラリア原虫人工染色体を取り込んだ熱帯熱マラリア原虫を選択するため、薬剤添加培地において熱帯熱マラリア原虫の培養を行う。熱帯熱マラリア原虫人工染色体を取り込んだ熱帯熱マラリア原虫は、薬剤耐性遺伝子を有するため、薬剤添加培地でも生存することができる。

【0069】
4.2ネズミマラリア原虫の遺伝子組換え
構築したネズミマラリア原虫人工染色体を、ネズミマラリア原虫に導入する。ネズミマラリア原虫人工染色体のネズミマラリア原虫への導入には当業者に周知の方法を使用することができ、例えばエレクトロポレーション法を使用することができる。

【0070】
遺伝子導入後のネズミマラリア原虫を、直ちにラットへ接種する。遺伝子導入後、一定時間、例えば20時間経過後、遺伝子を導入した原虫を接種したラットに薬剤を投与する。ここで薬剤とは、人工染色体に組込んだ薬剤耐性遺伝子に対するものであり、例えばピリメサミン、ブラストシジン等を使用してもよい。ラット尾静脈から血液を採取して塗末標本を作製し、原虫寄生率を計測する。

【0071】
5.その他
本発明のマラリア原虫人工染色体を用いると、レポーターアッセイを行うことができる。例えば、マラリア原虫人工染色体に、前述したGFP遺伝子やLac Z遺伝子等のようなレポーター遺伝子を組み込み、その5’上流に標的遺伝子のプロモーター領域を連結し、その転写活性を評価することができる。

【0072】
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明するが、これらの実施例は本発明を制限するものではない。
【実施例】
【0073】
1.熱帯熱マラリア原虫ゲノムからのセントロメア推定領域のクローニング
熱帯熱マラリア原虫のゲノムDNAを鋳型に、配列番号18および配列番号19の2種のプライマーを用いてPCRを行った。
【実施例】
【0074】
次に、増幅したPCR産物を鋳型に、配列番号20および配列番号21の2種のプライマーを用いてPCRを行った。
【実施例】
【0075】
増幅された産物をpCR2.1-TOPO(Invitrogen社製)にクローニングし、配列を決定した。その後、既に明らかとなっている熱帯熱マラリア原虫第5番染色体上のセントロメア領域と配列を比較し、PCRによって目的とするセントロメア領域を増幅できたことを確認した。
【実施例】
【0076】
2.熱帯熱マラリア原虫人工染色体の構築
pBluescriptSK(+)に(1)ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)由来5’-UTR of ef-1a(伸長因子)、(2)ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)由来3’-UTR of HSP(熱ショックタンパク質)、(3)ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)由来3’-UTR of dhfr-ts(ジヒドロ葉酸還元酵素-チミジル酸合成酵素)の各遺伝子を組み込んだ。また、(1)ヒト由来dhfr(ジヒドロ葉酸還元酵素)、(2)オワンクラゲ由来gfpの各遺伝子も組み込んだ。上記の各遺伝子はPCRを用いて調製した。
【実施例】
【0077】
次に、作製したプラスミドに、上記1.で調製した熱帯熱マラリア原虫第5番染色体由来セントロメア配列を組み込んだ。すなわち、pCR2.1-TOPOベクターに組み込まれたセントロメアを制限酵素で切り出し、これをプラスミドに組み込んだ。配列番号22に示す、環状の熱帯熱マラリア原虫人工染色体を構築した。図1に環状の熱帯熱マラリア原虫人工染色体の模式図を示す。
【実施例】
【0078】
環状の熱帯熱マラリア原虫人工染色体に熱帯熱マラリア原虫由来テロメア配列を組み込んで制限酵素で切断することにより、直鎖状の熱帯熱マラリア原虫人工染色体を構築することができる。
【実施例】
【0079】
3.熱帯熱マラリア原虫人工染色体の評価
組換え原虫獲得に要する日数の減少
上記2.で構築した、環状の熱帯熱マラリア原虫人工染色体を導入した組換え熱帯熱マラリア原虫を、以下の手順に従い作製した。
【実施例】
【0080】
新鮮ヒト赤血球を、ICM(不完全培地:25mMHEPES、0.05%ヒポキサンチンを含むRPMI1640)を用いて3回洗浄した。2mlの洗浄した赤血球を、10mlの不完全サイトミックス(サイトミックス:120mM 塩化カリウム、0.15mM 塩化カルシウム、2mM EGTA、5mM 塩化マグネシウム、10mM リン酸水素二カリウム/リン酸二水素カリウム、25mM HEPES、pH7.6)で一度洗浄した。100μl(25μg)のプラスミド溶液(不完全サイトミックス)300μlの赤血球(3X109 RBC)を混合した。氷冷したキュベットに、この混合物を400μl加えた。0.32kV、950μF、∞オーム、2mmの設定でエレクトロポレーションを行った。血液を滅菌15mlチューブに移し、5mlのICMで3回洗浄した。5mlのCM(完全培地:0.225%炭酸水素ナトリウム、10mg/mlゲンタマイシン、0.25%AlbuMAX(登録商標)、および10%ヒト血清を含むICM)を加えた(3X109 RBC/5ml CM=Ht6%)。0.1mlの熱帯熱マラリア原虫感染赤血球を混合して、最終寄生率を約0.1%とした。培地(ピリメサミンを含まないCM)を24時間ごとに4日間交換した。4日後、薬剤添加培地(ピリメサミンを含むCM(25ng/ml))を寄生虫の培養に使用した。
【実施例】
【0081】
培地を交換する際、塗末標本を作製し、ギムザ染色を行って原虫寄生率を測定した。原虫寄生率は感染赤血球/正常赤血球(%)で算出した。
【実施例】
【0082】
図2に示すとおり、本発明の熱帯熱マラリア原虫人工染色体(Pf人工染色体)を使用した場合と、セントロメアを含まないコントロールプラスミドを使用した場合を比較すると、原虫寄生率の上昇が早期に起こり、組換え原虫獲得までの日数が大幅に短縮された。
【実施例】
【0083】
原虫の生育速度の上昇
上記の実験で得た組換え原虫を、寄生率0.05%となるように培養した。次に、薬剤添加培地(ピリメサミンを含むCM(25ng/ml))で原虫を培養し、原虫寄生率の変化を測定した。なお、培地は毎日交換した。
【実施例】
【0084】
ここで、薬剤存在下では、薬剤耐性遺伝子を有する、すなわちプラスミドを保持する原虫のみが成育し、プラスミドを保持しない原虫は死滅する。したがって、プラスミドが細胞分裂時に娘細胞に均一に分配されれば見かけ上生育速度が速くなり、それは原虫寄生率の上昇の速さに現れる。反対に、プラスミドが娘細胞に不均一に分配されると、プラスミドを保持しない原虫が死滅するため見かけ上生育速度が遅くなり、それは原虫寄生率の上昇の遅れに現れる。
【実施例】
【0085】
図3に示すとおり、Pf人工染色体を使用した場合とコントロールプラスミドを使用した場合を比較すると、Pf人工染色体の方が原虫寄生率の上昇が速かった。この結果から、コントロールプラスミドに比べ、Pf人工染色体は、細胞分裂時、均一に娘細胞に分配されやすいことがわかる。
【実施例】
【0086】
導入された人工染色体の安定性
組換え原虫を薬剤添加培地(ピリメサミンを含むCM(25ng/ml))で培養し、原虫寄生率が1%以上になるまで維持した。次に、この原虫を薬剤非添加培地(CM)に植え継いで、薬剤非添加培地を毎日交換しながら、寄生率が1%以上になるまで培養した(4~6日間程度)。なお、マラリア原虫の細胞分裂は48時間サイクルであるので、本実験では2~3サイクル培養したことになる。
【実施例】
【0087】
培養液に1μlのHoechst33258を加え、原虫核を染色した。赤血球は核を持たないことから、寄生した原虫の核のみが染色され、また、人工染色体もしくはコントロールプラスミドを有する原虫のみがGFPを発現する。そこで、Hoechstで染色された原虫中のGFP発現原虫の割合を蛍光顕微鏡による観察で算出し、人工染色体の安定性を評価した。
【実施例】
【0088】
図4に示すとおり、薬剤非存在下であっても80%以上の原虫がGFPを発現しており、Pf人工染色体が安定に維持されることが示された。
【実施例】
【0089】
導入された人工染色体の複製
薬剤添加培地中で1ヶ月以上培養した組換え原虫からゲノムDNAを調製し、コントロールプラスミドおよびPf人工染色体を回収した。これらのDNAについて、未消化またはBamHI消化を行い、GFP遺伝子の一部をプローブとしてサザンブロッティングを行った。
【実施例】
【0090】
図5に示すように、コントロールプラスミドで見られたプラスミドの巨大化が、本発明の人工染色体では観察されず、ローリングサーキュラータイプの複製が起きていないことが確認された。
【実施例】
【0091】
また、薬剤添加培地中で2週間以上培養した組換え原虫からゲノムDNAを調製し、コントロールプラスミドおよびPf人工染色体を回収した。これらのDNAについてNheI消化を行い、GFP遺伝子の一部とPfSir2遺伝子の一部を混合したものをプローブとしてサザンブロッティングを行った。なお、PfSir2遺伝子は内部標準として使用した。
【実施例】
【0092】
図6に示すように、Pf人工染色体のコピー数は内部標準と比較してほぼ1:1であるが、コントロールプラスミドでは、内部標準の20倍以上であった。また、コントロールプラスミドでは、異常な複製の結果と考えられる余分なシグナルが検出された。Pf人工染色体ではコピー数の異常な増大がなく、この結果からも、ローリングサーキュラータイプの複製が起きていないことが確認された。
【実施例】
【0093】
また、相同組換えが起きていた場合、人工染色体内の制限酵素認識部位と組み込まれた染色体内の制限酵素認識部位において切断されることになるため、そのバンドサイズは予測することができず、様々なシグナルが検出されることになる。Pf人工染色体では、予想サイズ以外の余分なシグナルが検出されなかったことから、相同組換えを起こしていないことが確認された。
【実施例】
【0094】
4.ネズミマラリア原虫ゲノムからのセントロメアのクローニング
ネズミマラリア原虫のゲノムDNAを鋳型に、配列番号23および配列番号24の2種のプライマーを用いてPCRを行った。
【実施例】
【0095】
次に、増幅したPCR産物を鋳型に、配列番号25および配列番号26の2種のプライマーを用いてPCRを行った。
【実施例】
【0096】
増幅された産物をpCR2.1-TOPO (Invitrogen社製)にクローニングし、配列を決定した。その後、決定した配列のAT含量が96%以上であることを確認し、目的とするセントロメア領域を増幅できたことを確認した。
【実施例】
【0097】
5.ネズミマラリア原虫ゲノムからのテロメアのクローニング
既にクローニングされていたネズミマラリア原虫のテロメア(Dr. Chris J. Janse氏より分与(Liden University Medical Centre所属・共同研究者))を鋳型とし、配列番号27および配列番号28の2種のプライマーを用いてPCRを行った。これにより、テロメアをコードするDNAの両末端にそれぞれ、Hind III、PmeI認識部位を付加した。さらに増幅したPCR産物をpCR2.1-TOPOにクローニングし、配列を決定した。
【実施例】
【0098】
次に2つのテロメアを向かい合わせにクローニングした。その際、両テロメア間には約500bpのスペーサー配列を導入した。まず、テロメアがクローニングされたpCR2.1-TOPOを鋳型とし、配列番号29および配列番号30の2種のプライマーを用いてPCRを行った。次に、得られたDNA断片を再度、テロメアが組み込まれたpCR2.1-TOPOに組み込んだ。最終的に構築したプラスミドは後述の人工染色体構築に使用した。
【実施例】
【0099】
6.ネズミマラリア原虫人工染色体の構築
ネズミマラリア原虫人工染色体はプラスミドpbGFP-con(Dr. Chris J. Janse氏より分与(Liden University Medical Centre所属・共同研究者、Mol Biochem Parasitol, 137(2004), 23-33)参照)を基に作成した。pbGFP-con中には(1)ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)5’-UTR of dhfr-ts(ジヒドロ葉酸還元酵素-チミジル酸合成酵素)、(2)ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)3’-UTR of dhfr-ts(ジヒドロ葉酸還元酵素-チミジル酸合成酵素)、(3)ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)5’-UTR of ef-1a、(4)オワンクラゲ由来gfp、(5)トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)Tgdhfr-ts(ジヒドロ葉酸還元酵素-チミジル酸合成酵素)が組み込まれている。
【実施例】
【0100】
まず、セントロメアを組み込むためにpbGFP-con上の5’-UTR of ef-1a直前に位置するEcoRI認識部位をPCRにより欠失した。すなわち、pbGFP-conを鋳型とし、配列番号31および配列番号32の2種のプライマーを用いてPCRを行い、これをEcoRV-BamHIにより切断して、基のpGFP-con上の同認識部位へ組み込んだ。
【実施例】
【0101】
次に、pCR2.1-TOPOに組み込んだセントロメアをEcoRIにより切り出し、これを改変したpGFP-conのEcoRI認識部位へ組み込んだ。これにより、pbGFPconに組み込まれていたd-ssu-rrnaはセントロメアにより置換された。
【実施例】
【0102】
さらに、上記5.で作製したテロメアプラスミドをHindIIIで消化して、テロメアを含むDNA断片を切り出し、これをセントロメアが組み込まれたpbGFPconのHindIII認識部位へ組み込んで、環状のネズミマラリア原虫人工染色体を構築した(配列番号33)。最終的に構築したプラスミドを制限酵素PmeIで消化し、直鎖状のネズミマラリア原虫人工染色体を構築した(配列番号34)。
【実施例】
【0103】
これらの人工染色体の概略図を図7に示す。
【実施例】
【0104】
7.ネズミマラリア原虫人工染色体の評価
原虫の生育速度の上昇
コントロールプラスミド(pbGFPcon)、環状の人工染色体(C-PAC)、および直鎖状の人工染色体(L-PAC)について、原虫寄生率の変化を測定した。
【実施例】
【0105】
まず、各DNAを5μg調製し、ネズミマラリア原虫へエレクトロポレーションにより導入した。遺伝子導入後の原虫は直ちにラット(Wister 3週齢)へ接種した。遺伝子導入後、20時間経過した段階で薬剤をラットへ投与した。24時間ごとにラット尾静脈を採取して塗末標本を作製し、原虫寄生率を計測した。標本作製方法および原虫寄生率計測方法は、上記3.熱帯熱マラリア原虫人工染色体についての実験と同様である。
【実施例】
【0106】
図8に示す通り、コントロールプラスミドを導入した原虫に比べ、、C-PACおよびL-PACを導入した原虫の方が原虫寄生率の上昇が早く、したがって原虫の成育速度が上昇したことがわかる。また、C-PACを導入した原虫とL-PACを導入した原虫を比べると、L-PACを導入した原虫の方が原虫寄生率が大きく上昇し、L-PACの方がC-PACよりもさらに生育速度が速いことがわかる。
【実施例】
【0107】
血液ステージ原虫内での人工染色体の安定性
コントロールプラスミド(pbGFPcon)、環状の人工染色体(C-PAC)、および直鎖状の人工染色体(L-PAC)をそれぞれ有する組換え原虫をマウス(Balb/c 8週齢)に接種し、薬剤を投与した。その後、寄生率が5~10%になるまで維持した。次に、組換え原虫を感染させたマウスから赤血球(感染赤血球)を採取し、マウス(Balb/c 8週齢)へ接種した。これより薬剤非存在下で原虫を維持し、原虫寄生率をモニターした。原虫寄生率が5~10%になった時点で尾静脈より血液(約10ml)を採取し、1mlのRPMI1640(10%FCS)へ入れ、Hoechst33258(1μM)で原虫核を染色した。その後、Hoechst染色された原虫中のGFP発現原虫の割合を蛍光顕微鏡で測定、算出した。
【実施例】
【0108】
図9に示す通り、薬剤非存在下で20日間経過後も、C-PACおよびL-PACは、コントロールプラスミドに比べ、原虫内で有意に維持されていた。この結果から、本発明の人工染色体は、血液ステージ原虫内で安定に維持されることがわかる。
【実施例】
【0109】
蚊ステージおよび肝臓ステージでの人工染色体の安定性
コントロールプラスミド(pbGFPcon)、環状の人工染色体(C-PAC)、直鎖状の人工染色体(L-PAC)、セントロメアのみを持つプラスミド(pPBCEN5A/T)をそれぞれ有する組換え原虫をマウス(Balb/c 8週齢)に接種し、薬剤を投与した。マウスを蚊の吸血に供した。その後、吸血した蚊を約20~25日間維持した。なお、この期間中に原虫は受精、生育し、最終的に蚊唾液腺内スポロゾイトとなっている。蚊より唾液腺を摘出し、それに含まれるスポロゾイトをmedium199を用いて調製した。全スポロゾイトに対するGFP発現スポロゾイトの占める割合を、蛍光顕微鏡を用いて測定、算出した。
【実施例】
【0110】
調製したスポロゾイト(3x104匹)をラット(Wister 3週齢)に接種し、その後薬剤非存在下で原虫を維持した。原虫寄生率が5~10%に達した段階で、尾静脈より血液(約10ml)を採取し、1mlのRPMI1640(10%FCS)へ入れ、Hoechst33258(1μM)で原虫核を染色した。その後、Hoechst染色された原虫中のGFP発現原虫の割合を、蛍光顕微鏡を用いて測定、算出し、これをもって肝臓ステージ通過後の原虫内での人工染色体の安定性を評価した。
【実施例】
【0111】
図10に示す通り、蚊ステージの原虫の85%以上、および肝臓ステージ通過後の原虫の65%以上が、人工染色体を保持しており、両ステージにおいて人工染色体は安定的に原虫内で維持された。
【実施例】
【0112】
人工染色体の直鎖状態の確認
上記血液ステージ原虫内での人工染色体の安定性を調べた実験で得た、20日間薬剤非存在下で維持した直鎖状人工染色体(L-PAC)を有する組換え原虫と、上記蚊ステージおよび肝臓ステージでの人工染色体の安定性を調べた実験より得た、全生活環を通過した後の直鎖状人工染色体(L-PAC)を有する原虫から、それぞれゲノムDNAを調製した。なお、原虫DNAを調製すれば、同時に核内に含まれる人工染色体を回収することができる。それらのDNAについて、未消化、HindIII消化、KpnI消化、またはNheI消化を行い、GFP遺伝子の一部をプローブとしてサザンブロッティングを行った。
【実施例】
【0113】
結果を図11に示す。この実験において、もしL-PACが原虫内で何らかの理由(たとえば、組換え等)で環状化したならば、KpnI、およびNheI消化で見られるシグナルは未消化のもの(レーン1)と同じ位置に出現するはずである。一方、直鎖状であれば、酵素処理により人工染色体は2本に分断され、結果、得られるシグナルのサイズは小さくなる。結果より明らかなようにシグナルのサイズは小さく、直鎖化された状態が維持されていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明にしたがって提供されるマラリア原虫の迅速かつ簡便な遺伝子組み換え法を用いてマラリア原虫の遺伝子機能の解析を進めることにより、原虫特異的な遺伝子や感染性に関与する遺伝子などを同定し、新しい治療ターゲットとして新薬開発のための研究を進めることができる。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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