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明細書 :サリドマイドまたはその誘導体を有効成分とする統合失調症の治療薬

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5339588号 (P5339588)
公開番号 特開2010-111650 (P2010-111650A)
登録日 平成25年8月16日(2013.8.16)
発行日 平成25年11月13日(2013.11.13)
公開日 平成22年5月20日(2010.5.20)
発明の名称または考案の名称 サリドマイドまたはその誘導体を有効成分とする統合失調症の治療薬
国際特許分類 A61K  31/454       (2006.01)
A61P  25/18        (2006.01)
C07D 401/04        (2006.01)
FI A61K 31/454
A61P 25/18
C07D 401/04
請求項の数または発明の数 3
全頁数 13
出願番号 特願2008-287997 (P2008-287997)
出願日 平成20年11月10日(2008.11.10)
審査請求日 平成23年8月31日(2011.8.31)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
発明者または考案者 【氏名】那波 宏之
個別代理人の代理人 【識別番号】100147485、【弁理士】、【氏名又は名称】杉村 憲司
【識別番号】100119530、【弁理士】、【氏名又は名称】冨田 和幸
審査官 【審査官】瀬下 浩一
参考文献・文献 特表2001-505215(JP,A)
国際公開第95/17154(WO,A2)
調査した分野 A61K 31/454
A61P 25/18
C07D 401/04
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
特許請求の範囲 【請求項1】
サリドマイド[2-(2,6-dioxo-3-piperidinyl)-1H-isoindole-1,3(2H)-dione]を有効成分とする統合失調症に対する治療薬。
【請求項2】
レナリドマイド[4-(amino)-2-(2-oxo-3-piperidinyl)-1H-isoindole-1,3(2H)-dione]を有効成分とする統合失調症に対する治療薬。
【請求項3】
ポマリドマイド[4-(amino)-2-(2,6-dioxo(3-piperidyl))-isoindoline-1,3-dione]を有効成分とする統合失調症に対する治療薬。


発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、サリドマイドまたはその誘導体を有効成分として含有する抗精神病薬、及び統合失調症を代表とする精神病の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
統合失調症は、かつて精神分裂病とよばれ、人口の0.7~1.0%の人に発症し、日本でも数十万人に及ぶ長期入院患者を生み出している極めて重大な慢性疾患である。本疾患の主な症状は、妄想、幻覚、幻聴といった陽性症状に加えて、知覚異常といった認知障害や、引きこもりや鬱症状といった陰性症状に至るまで、多用な精神的異常を伴うものである。現在のところ、その発症原因の解明はおろか、生物学的な病態の理解さえはっきりしていない。
【0003】
統合失調症は青年期から壮年期にかけて知覚・思考・感情・行動面に特徴的な症状で発病し、多くは慢性に経過し、社会適応にさまざまな困難を生じる精神障害である。その精神症状については、陽性症状(幻覚、妄想、減弱思考、緊張症状、奇異な行動等)、陰性症状(感情の平板化、意欲低下、社会的引きこもり等)、認知機能障害(作業記憶障害、言語障害、注意欠陥)等に分類され、各患者において多様な形態をとる。社会的には、本疾患の病態の特殊性から早期発見、治療、社会復帰活動、再発予防といった一貫した包括的治療体系の確立が望まれているが、多くの場合、根治治療はなかなか難しいのが現状とされている。現在では、統合失調症は精神病理学的に細分化されていて、統合失調症に類似した精神機能障害を示す精神病として、短期精神病性障害、統合失調症様障害、統合失調感情障害、共有精神病性障害、妄想性障害、統合失調型人格障害が含まれる。類似した精神症状が、アルツハイマー病や脳血管障害等を含む認知症患者でも観察されることがあるが、これらの疾患は脳神経細胞が死ぬ「神経変性疾患」として厳格に統合失調症と区分されている。
【0004】
これまでは、統合失調症の陽性症状を改善する治療薬として、神経伝達物質ドパミンと拮抗する薬物が有用だとされており、種々の治療薬が開発されてきている。古くより第一選択薬として用いられてきたハロペリドールやクロロプロマジン等の定型抗精神病薬は、強力なドパミンD2受容体遮断作用により、統合失調症の陽性症状の改善効果を見る。しかし、これらの薬物は陰性症状や認知障害に対してはごく限られた効果しか発揮できない。更に多くの場合には年余にわたるこれらの薬物の長期投与が不可欠であり、パーキンソン症状、アカシジア、ジスキネジア等に代表される錐体外路症状と呼ばれる副作用が問題視されていた。
【0005】
近年では、ドパミンとセロトニンの両者に拮抗して比較的上記錐体外路症状を起こしにくい統合失調症治療薬が開発され、非定型抗精神病薬と呼ばれるそれら一群の治療薬としてクロザピンやリスペリドン等が挙げられる。非定型抗精神病薬は陰性症状の改善にも有効とされるが、クロザピンでは無顆粒球症等の重大な副作用の危険性も秘めていた。また、リスペリドンも高用量では定型抗精神病薬と同様の錐体外路症状等の副作用をきたし得る。
【0006】
統合失調症の多様な病態改善を目指し、これらを含め、現在、フェノチアジン系化合物、チオキサンチン系化合物、ブチロフェノン系化合物、ベンザアミド系化合物が複数開発され、患者に適用されている。これらの多くの抗精神病薬も、根治治療に結びつく症例は限られていた。

【非特許文献1】Harrison PJ, Weinberger DR. Mol Psychiatry 10(1):40-68(2005)
【非特許文献2】Haley, J et al.: Neuron 8, 211-216(1992)
【非特許文献3】Chen J, et al. Biol Psychiatry. 59(12):1180-1188(2006)
【非特許文献4】Giovannoni G, Baker D. Curr Opin Neurol. 16(3):347-350(2003)
【非特許文献5】Potvin S, et al., Biol Psychiatry. 63(8):801-808(2008)
【非特許文献6】Geyer MA. Neurotox Res. 2008 Aug;14(1):71-78 (2008)
【非特許文献7】Rebeck, G.W. et al.: Neuroscience letters 152, 165-168(1993)
【非特許文献8】Webber MA, Marder SR. Curr Psychiatry Rep. 10(4):352-358(2008)
【非特許文献9】Wood MD, Wren PB..Prog Brain Res. 172:213-230(2008)
【特許文献1】国際公開第1993/15779号パンフレット(特表平7-503722号公報)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の技術背景の下、神経伝達物質であるドパミンやセロトニンとの拮抗を標的としない新規な統合失調症治療薬の開発が待ち望まれる。
【0008】
本発明は、統合失調症やそれに類似する精神病の患者における精神病症状や精神機能障害を改善するのに有用な新しい統合失調症治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
統合失調症の発症や病態の生物学的な機序にはまだまだ不明な部分が多く、様々な仮説が提唱されている。その中にあって、本発明者は炎症性サイトカインの機能亢進がなんらの形で関連しているのではないかという一つの仮説を提唱し、この仮説に基づき、炎症性サイトカインの産生阻害が統合失調症の治療に有効でないかと考え、当該薬物の治療効果を統合失調症のモデル動物において発見し、ここにその発明完成に至った。
【0010】
統合失調症の患者、若しくは類似の症状を呈する精神疾患の患者の社会復帰やQOLの向上を促すために、ドパミンやセロトニン等の神経伝達物質と拮抗しない機構を介して作用し、且つ統合失調症や類似の精神疾患における精神機能を回復させるのに有効な新規な薬物の開発が望まれる。
【0011】
従来より免疫系サイトカイン等の免疫系異常が統合失調症の発症やその他の精神病態に関与するという着想はあり、脳内炎症を抑えるプロスタグランジン合成阻害剤を治療薬に用いるという試みは存在する(参考文献11、以下論文名等、各具体的書誌事項はまとめて後述する)。しかし、脳内のサイトカインや栄養因子等の正常の脳発達をつかさどる因子の過剰作用が、統合失調症の患者病態や類する認知障害に直接関わるという知見は本発明者らが独自に得たものであり(参考文献12)、その知見を統合失調症の診断やモデル動物の作製に利用してきた(参考文献13)。
【0012】
実際に本発明者らの先行研究では、統合失調症患者の脳内ではインターロイキン1受容体阻害分子(IL-1RA)が低下していることで、インターロイキン1シグナルが過剰であることが判明している(参考文献14)。中でもこのシグナル過剰がヒトでの認知機能で重要な機能をするといわれる脳部位、前頭前野で観察されている。これらの事実は、統合失調症患者の脳内では、炎症性サイトカインシグナルが亢進している可能性を示唆している。今回、本出願人、本発明者らは炎症性サイトカイン産生阻害剤も、統合失調症に対する若しくは類似の精神疾患の脳機能障害を改善するであろうという独自の着想に至り、本発明を完成した。
【0013】
本発明におけるサリドマイド(thalidomide)とその誘導体はフタルイミド環(phthaloyl ring)とグルタルイミド環(glutarimide ring)が結合した化合物で、そのフタルイミド環はアミノ化もしくはオキシ化により修飾されているものである。これらの化学構造は以下に図示するものである。
【化1】
JP0005339588B2_000002t.gif
【化2】
JP0005339588B2_000003t.gif
【化3】
JP0005339588B2_000004t.gif

【0014】
サリドマイド[2-(2,6-dioxo-3-piperidinyl)-1H-isoindole-1,3(2H)-dione]は、命名法によっては、α[N=phthalimido]glutarimide、N-(2,6-dioxo-3-piperidyl)phthalimide、2-(2,6-dioxo-3-piperidyl)isoindole-1,3-dioneと呼ばれる。同様に、レナリドマイド[4-(amino)-2-(2-oxo-3-piperidinyl)-1H-isoindole-1,3(2H)-dione]には、α[N=4-amino-5-deoxopthalimido]glutarimide、若しくは3-(4-amino-1-oxo-3H-isoindol-2-yl)piperidine-2,6-dioneという別称があり、ポマリドマイド[4-(amino)-2-(2,6-dioxo(3-piperidyl))-isoindoline-1,3-dione]には、α[N=4-amino-phthalimido]glutarimide、若しくは4-amino-2-(2,6-dioxo-3-piperidyl)isoindole-1,3-dioneという別称がある。
【0015】
サリドマイドは約40年前、睡眠薬として開発・販売されたが、妊娠初期の妊婦が用いた場合に催奇形性の問題があり、四肢の全部あるいは一部が短い等の四肢異常や聴力障害を示すサリドマド奇形をもつ児が生まれたことから1962年販売中止になった。回収不徹底の事態等もあり、本邦では1959年から1969年まで300例を超えるサリドマイド被害があった。 その後、サリドマイドには炎症やがん発生に伴って起こる血管新生を抑える「血管新生阻害作用」や免疫調節作用があることが発見され、これらの薬理作用が炎症性疾患やがんの治療に有効であることが見出されてきた。造血幹細胞移植後の重篤な移植片対宿主病(GVHD)の治療やある種のがん治療に用いられる。がん治療においては、がん細胞を直接殺す抗がん剤と腫瘍血管の新生阻害作用をもつ本剤を併用すると、より効果的ながん治療が可能ではないかと考えられる。中でも血液がんの一種である多発性骨髄腫に対する治療効果が明らかになっている。その作用機序としては骨髄腫細胞やストローマ細胞の増殖抑制、細胞死誘導、ストローマ細胞や骨髄腫細胞からのVEGFやbFGF分泌抑制を介した骨髄の血管新生抑制、免疫調節作用、等が考えられている。他にも骨髄繊維症等の血液がんや腎がん、前立腺がん等の固形がんに対する臨床試験結果が海外から多く出ている。最近、サリドマイドは多発性骨髄腫への適用が認可され、がん治療に用いられるようになった(参考文献15)。
【0016】
未認可の癌治療法の一つにサリドマイドとシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)阻害剤(セレブレックス)との併用がある。COX-2という酵素は炎症性細胞やがん細胞内に存在してプロスタグランジンを合成し、これが血管新生を促進する。そこで、COX-2阻害剤とサリドマイドの併用はともに血管新生を抑制し、がんの増殖や転移を防ぐと考えられる。この療法は膵がん、大腸がん等COX-2産生の強いがんの治療に適応があるという。サリドマイドにはサイトカイン阻害作用がある。がん細胞が放出する腫瘍壊死因子α(TNF-α)を抑えて悪液質(体力消耗や食欲不振等)に陥るのを防ぎ、進行がん患者さんのQOL(生活の質)を改善させることにも期待が集まっている(参考文献16)。
【0017】
副作用の観点からはサリドマイドは催奇形性のため、妊婦や妊娠の可能性のある女性への投与は禁忌である。サリドマイド内服中の男性の精子にも含まれる可能性があり、男性の場合も避妊が必要とされている。その他の一般的な副作用には、眠気、末梢神経障害、めまい、便秘、発疹、白血球減少症、等が挙げられる。このようなサリドマイドの副作用を弱めたサリドマイド誘導体であるレナリドマイドやポマリドマイドが開発され、現在では誘導体による癌治療研究も進んでいる。最近、この誘導体は骨髄腫以外にも骨髄異形成症候群の特殊な病型(-5q症候群)に著効を示すことも示されている(参考文献17)。
【0018】
サリドマイド誘導体の神経系の疾患に対する薬効は、神経変性疾患であるアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症で模索されている(参考文献18、19)。これらの研究においては、サリドマイド誘導体が神経細胞死を抑制すること、神経細胞死に関連する蛋白FASリガンドやTNFアルファの発現が低下させること、記憶・学習の改善が知られている。しかし、神経変性が伴わない統合失調症やその類縁精神疾患において、これらのサリドマイド誘導体が上述の精神機能異常を改善したという報告は無い。また、統合失調症は記憶・学習という精神機能が主に傷害される疾患でもなく、神経変性疾患とは異なる疾患である。
【0019】
ポマリドマイドは、アクチミド(actimid)とも呼ばれ、サリドマイドとレナリドマイドの両者の化学構造上の特徴を有し、サリドマイドのフタルイミド環をアミノ修飾する、もしくはレナリドマイドを酸化してフタルイミド環に修飾した化合物である。サリドマイド同様、TNFアルファを含むサイトカインの発現を変化させる免疫調節作用を有する。また、サリドマイド同様の血管新生阻害作用も有することから、骨髄腫細胞を始めとする癌治療に応用されようとしている(参考文献20、21、22)。このようにサリドマイドの誘導体であるポマリドマイドは、その薬理活性も極めて類似しているため、サリドマイド、もしくはレナリドマイドと同じ精神薬理作用を発揮すると考えられる。
【0020】
すなわち、本発明は、以下の特徴をもって統合失調症を代表とする精神機能障害の治療剤を提供するものである。
(1)サリドマイドの母核N-(3-ピペリジル)フタルイミドの誘導体を有効成分とする統合失調症に対する治療薬。これは代表的には、サリドマイドの母核N-(3-ピペリジル)フタルイミドの誘導体を有効成分として含有する統合失調症に対する治療薬、治療剤であり、好ましくは炎症性サイトカイン産生抑制の働きを示すものである。
(2)サリドマイドを有効成分とする統合失調症に対する治療薬。
(3)レナリドマイドを有効成分とする統合失調症に対する治療薬。
(4)ポマリドマイドを有効成分とする統合失調症に対する治療薬。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、統合失調症や類似の精神疾患の治療薬として、サリドマイドとその誘導体が提供された。本発明の治療薬により、統合失調症等の精神病患者における精神病態を改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明において、サリドマイドとその誘導体には光化学異性体が存在し、R(-)の異性体が有効成分とされ、その投与がより効果的である。しかし、これらの化合物は人体内ではラセミ化が起きるため、結局、S(-)体でも、若しくはその混合物でも上述の薬理活性を発揮し得る。
【0023】
本発明の統合失調症に対する治療薬は、サリドマイド若しくはその誘導体をその有効成分として含有する。脳血液関門を通過できるので、本発明の治療薬を経口的に投与できる。経口的な投与が不可能な場合については、注射剤や坐薬等の形態で投与することもできる。実際には、抗癌剤として動物実験や前臨床試験が実施されつつあるサリドマイドについては、0.1mg/kg体重から100mg/kg体重、好ましくは1mg/kg体重から10mg/kg体重程度で経口投与されるが、その範囲に限定されるものではない。なお、副作用によっては投与量を低減させる必要がる。なお、投与量については、投与を受ける患者の年齢、体重、病状の重篤度、併発している疾患の有無等を考慮して決定されるが、かかる決定は治療者が通常行なうことができる技術の範囲内である。
【0024】
この場合、通常用いられる投与形態、例えば、錠剤、カプセル剤、舌下錠、シロップ剤、懸濁液等の剤形で経口的に投与できるが、それらに限定されるものではない。製剤担体としては、通常用いられる賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、被覆剤、溶解補助剤、乳化剤、懸濁化剤、安定化剤、溶剤等を添加することができるが、それらに限定されるものではない。適切な担体を利用することにより、有効成分の脳内移行を高め薬効を上昇させることが期待できる。
【0025】
本発明の効果は慢性投与で発揮されるものであるが、サリドマイドは急性効果として睡眠作用を有する。故にサリドマイドに関しては事故の危険を避けるため就寝前の服薬が望ましい。また、妊娠初期の妊婦が用いた場合に四肢の全部あるいは一部が短い等の四肢異常や聴力障害を示すサリドマド奇形をもつ児が生まれる可能性があることから、妊娠可能性のない入院患者や閉経後の高齢者に限定する必要性があるかもしれない。
【0026】
本発明の治療薬を経口的に投与する代わりに、その副作用低減のために脳内に直接投与する事も可能である。脳内への直接投与では、その作用が脳内に限局されるため、これまでの抗癌治療で見られたような全身性の副作用は回避できると共に、脳血液関門の通過能を考慮せずに投薬、治療が実施できる。脳内への直接投与には、ミニポンプを用いた脳室内投与や脳脊髄液中への注射等が用いられる。例えば、人の脳重を換算しての場合には、1日あたり1mg以上の投与が望ましい。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の有用性を説明するために、実施例を示す。本発明の範囲は下記の実施例により限定されるものではない。
【0028】
認知異常を評価する方法として、驚愕反応におけるプレパルスインヒビション、ラテントインヒビション、ソウシャルインタラクション、探索運動量等の行動学的測定が知られている。驚愕反応におけるプレパルスインヒビションとは、ヒトと動物で共通に評価が可能な驚愕反応を指標とする知覚-運動反応能力のテストである。このテストでは、統合失調症の病態の中心を成すと考えられている注意力と脳内情報処理力の異常性が、科学的に、客観的に評価できる特徴を有する。なお、ここで使用する「認知」という神経科学用語は、物事を知覚して判断することであって、記憶や学習の障害を主症状するアルツハイマー病等の疾患群「認知症」のそれとは、異なる(参考文献23)。
【0029】
プレパルスインヒビションのテスト自身は、120デシベル程度の大きな音でびっくり驚愕反応をおこす前、30~150ミリ秒に、それ自身はびっくり驚愕反応を起こし得ない弱い音刺激(プレバルス)をあらかじめ聴かせておくと、本来の大きな音で誘発されるびっくり驚愕反応が減少する量を測定する。このプレパルスによる減少分をプレパルスインヒビションと呼び、これは、統合失調症患者と統合失調症のモデル動物でプレパルスインヒビションが異常な減少を示すことが知られている。この認知指標は、多数の知覚情報の中より有効な情報を選別し、思考する知覚ゲーティング能と呼ばれる高次脳機能を反映するものと考えられている。ヒトでのプレパルスインヒビションの異常は、主に統合失調症患者やそれに類する精神病の患者に観察され、他には、強迫性神経障害、注意欠陥多動性障害、ハンチントン病、自閉症等の脳機能疾患の患者でも観察されることがある(参考文献23)。
【0030】
<上皮成長因子(Epidermal Growth Factor:EGF)のラット乳仔投与で生じたプレパルスインヒビション反応異常に対する改善効果>
動物は、SDラット(日本SLC)生後2日齢より使用した。試薬は、組換え上皮成長因子(EGF:ヒゲタ醤油)、コントロールとしてチトクローム-C(Sigma(シグマ社))を生理食塩水に溶解させた。生後2日目より1日おきに計10回(生後11日目まで)、頚部にラット体重1g当たり0.75マイクログラム皮下投与した。生後2ヶ月齢まで生育させた後、小動物驚愕反応測定装置(San Diego Instruments)にて驚愕反応強度およびプレパルスインヒビションを投与薬の前後で測定した(参考文献24:Futamura et al., 2003、参考文献25:Tohmi et al., 2005)。即ち、驚愕反応を誘発する感覚刺激としては、音刺激(120dB)を用い、プレパルス刺激として環境騒音(バックグラウンドノイズ)レベルより5、10、15デシベル高い音圧の刺激(75、80、85dB)を与え、その100ミリセコンド後に、音圧が120デシベルのパルス刺激を与えた。120dB単独の時の驚愕反応とプレパルスを組み合わせた時の反応比をプレパルスインヒビション(PPI)とした。
【0031】
なお図1において、正常動物は乳仔期にチトクロームcを皮下投与されたコントロールラットであり、EGFモデルは乳仔期に上皮成長因子を皮下投与された統合失調症モデルラットである。なお、レシチンは生理食塩水に溶解された乳化剤として投与し、サリドマイドは1%レシチンにより乳化された50mg/mLの縣濁液として投与した。
【0032】
測定し2ヶ月齢について、上皮成長因子投与群はチトクローム-C投与群のコントロールラットに比べプレパルスインヒビションの有意な低下(*p<0.05)を示した(図1a)。またサリドマイドを両群に7回(一日一回)投与したところ、上皮成長因子投与群において認められたプレパルスインヒビションの差はなくなり、正常ラットと同レベルとなった(図1b)。この結果は、プレパルスインヒビションにより測定されたモデル動物の反応異常が、サリドマイドの投与により改善されたことを示している。次にこの上皮成長因子投与ラットは、新奇の見知らぬラットに対しての探索的接触行動(社会行動)が低下することが知られている(参考文献24:Futamura et al., 2003)。そこでこのサリドマイド投与後ラットの探索的接触行動時間を10分間計測した。通常、上皮成長因子投与ラットの接触時間は、60~70%に低下するのに対し、サリドマイド投与後にはその社会行動の低下が見られなくなっていた(図2)。この実験結果は、サリドマイドが統合失調症モデルの社会行動の低下を改善できることを示している。
【0034】
<ポリIC(ポリイノシン:ポリシトシン重合体)の妊娠ラット投与で生じたプレパルスインヒビション反応異常に対する改善効果>
統合失調症には、ウイルス感染仮説と呼ばれる仮説が有る。これは妊娠中の母体がインフルエンザ等のウイルス感染をうけると、その免疫炎症反応により胎児の脳の機能発達が異常を来たし、それが胎児の出生後に統合失調症を発症させるというものである。本モデル動物の研究において、社会行動の低下、ドパミン感受性亢進、PPI低下、覚せい剤感受性上昇等の行動学的視点において、統合失調症の患者の病態を極めて良く反映しているとして、統合失調症モデル動物としてよく用いられている(参考文献26:U. Meyer et al.,2005、参考文献27:Shi et al., 2003)。
【0035】
動物モデルは,妊娠SDラット(日本SLC)の尻静脈への留置針から、2本鎖RNA(ポリイノシン:ポリシトシン重合体、ポリIC)を生理食塩水溶解し、4mg/kg-体重の用量で単回投与した。その後、この母体から生まれたラット仔を2ヶ月齢まで生育させて、以下の実験に使用した。まお、コントロール動物としては、ポリIC溶液の代わりに生理食塩水を投与された母体から生まれた仔を用いた。なお、レシチンは生理食塩水に溶解された乳化剤として投与し、サリドマイドはレシチンにより乳化し、100mg/kg体重の用量で投与した。
【0036】
サリドマイドの実験例について説明する。サリドマイドの効果は、ポリIC群とコントロール群への投薬の前後のPPIレベル差の変化によって評価した。サリドマイド投与前に記載の方法にて驚愕反応測定装置にて海馬障害モデルラットと生理食塩水投与ラット(コントロール)のPPIを測定した(図3)。ポリIC投与された母ラットから生まれた子供ラットはコントロールラットに比べ有意にPPIレベルが低下していた。これら両群ラット両者にサリドマイド(和光純薬;100mg/kg体重、レシチン縣濁液)を、胃内強制投与を7回(1日1回)繰り返した。最終投与の24時間後、再度、両群ラットのPPIを再度、測定した(図3a)。ポリIC投与群では85dBのプレパルスのデータが有意に低かった。しかしサリドマイドを慢性経口投与してやるとポリIC群における85dBプレパルスのPPI有意に上昇改善し、コントロールラットのPPIレベルと同水準になった(図3b)。このことは、母体内へのポリIC投与で誘発されるPPIの知覚フィルター機能異常をサリドマイドは改善し得ることを示す。
【0037】
<新生仔海馬障害の統合失調症モデルを用いた薬理活性評価>
統合失調症には、脳発達障害仮説と呼ばれる仮説が有る。これは脳の発達期に脳の障害(虚血、変性、細胞死、炎症)がおきると脳の機能発達が異常を来たし、それが統合失調症を発症させるというものである。Lipska博士らは、動物の新生仔期に海馬を神経毒で変性させてやると、その動物は成長後に、統合失調症で言われている多くの認知行動障害を呈することを報告している(参考文献28:B. Lipska et al, 1995)。その後の研究において、この海馬傷害モデルは、作業記憶、ドパミン感受性、PPI、ラテント学習、覚せい剤感受性等において、統合失調症の患者の病態を極めて良く反映しているとして、現在でも抗精神病薬の評価によく用いられている。(参考文献29:S.M. Lillrank et al.,1995)。
【0038】
今回は、サリドマイドやレナリドマイドの慢性投与がこの海馬障害統合失調症モデルのPPIの異常性にどのような影響を与えるか検討した。新生仔時期SDラット(日本SLC)(生後7~9日齢;15~20グラム体重)にイボテン酸(Sigma社;1~2マイクログラム)もしくは生理食塩水(コントロール)を両側の海馬に投与が施され、海馬神経細胞を変性させる。その後、通常の飼育条件で成長させた生後2ヶ月齢ラットを統合失調症モデルとして使用した(参考文献28:B. Lipska et al, 1995)。
【0039】
まずサリドマイドの実験例について説明する。サリドマイドの効果は、海馬障害モデル群とコントロール群への投薬の前後のPPIレベル差の変化によって評価した。サリドマイド投与前に記載の方法にて驚愕反応測定装置にて海馬障害モデルラットと生理食塩水投与ラット(コントロール)のPPIを測定した(図4)。新生仔期に海馬を障害されたラットはコントロールラットに比べ有意にPPIレベルが低下していた。これら両群ラット両者にサリドマイド(和光純薬;100mg/kg体重、レシチン縣濁液)を、胃内強制投与を7回(1日1回)繰り返した。最終投与の24時間後、再度、両群ラットのPPIを測定した(図4a)。サリドマイドを慢性経口投与してやると海馬障害モデルにおける80dBプレパルスのPPI有意に上昇改善し、コントロールラットのPPIレベルと同水準になった(図4b)。このことは、幼若時期に海馬の障害で誘発されるPPIの知覚フィルター機能異常をサリドマイドは改善し得ることを示す。
【0040】
次にレナリドマイドの実験例について説明する。レナリドマイドの効果は、海馬障害モデル群とコントロール群へ、個々にレナリドマイド投薬もしくは生理食塩水投薬を行ってからPPI測定し、その結果を4群間で比較・検討した。薬物投与は、レナリドマイド(和光純薬;50mg/kg体重、レシチン縣濁液として)若しくは同容量のレシチン溶媒のみを一日一回、胃内強制投与(計5回)で実施した。最終投与の24時間後、再度、両群ラットのPPIを測定した(図5)。
【0041】
測定した2ヶ月齢について、レナリドマイドの非投与の2群比較において、海馬障害モデル群は偽手術群のコントロールに比べ、プレパルスインヒビションの有意な低下(*p<0.05)を示した。またレナリドマイドを投与した2群比較では、そのプレパルスインヒビションの差はなくなった。また、海馬障害モデルにおけるレナリドマイドの投与群と非投与群2群間の比較では、この結果は、レナリドマイド投与群のプレパルスインヒビションレベルが有意に高かった。この結果は、レナリドマイド投与は本統合失調症モデル動物の知覚フィルター機能を改善することを示している。(参考文献リスト)
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【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】コントロール動物とEGFを投与した統合失調症モデルラットに、レシチン又はレシチンで乳化されたサリドマイドを慢性投与した前後のプレパルスインヒビションのテスト結果(%)を表したグラフである。白抜き棒はコントロール動物、黒棒はEGFを投与した統合失調症モデルラットのデータを示す。*P<0.05、Student T test。aはサリドマイド投与前のもの、bはサリドマイド投与後のものである。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4