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明細書 :タンパク質又はポリペプチドの生産方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5513759号 (P5513759)
公開番号 特開2010-213577 (P2010-213577A)
登録日 平成26年4月4日(2014.4.4)
発行日 平成26年6月4日(2014.6.4)
公開日 平成22年9月30日(2010.9.30)
発明の名称または考案の名称 タンパク質又はポリペプチドの生産方法
国際特許分類 C12P  21/02        (2006.01)
C12N   1/21        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
C12N   9/42        (2006.01)
C12R   1/125       (2006.01)
FI C12P 21/02 C
C12N 1/21
C12N 15/00 ZNAA
C12N 9/42
C12P 21/02 C
C12R 1:125
C12N 1/21
C12R 1:125
請求項の数または発明の数 12
全頁数 11
出願番号 特願2009-060692 (P2009-060692)
出願日 平成21年3月13日(2009.3.13)
審査請求日 平成23年12月15日(2011.12.15)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
【識別番号】300071579
【氏名又は名称】学校法人立教学院
発明者または考案者 【氏名】劉 生浩
【氏名】荒 勝俊
【氏名】名取 陽祐
【氏名】河村 富士夫
個別代理人の代理人 【識別番号】110000084、【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
【識別番号】100068700、【弁理士】、【氏名又は名称】有賀 三幸
【識別番号】100077562、【弁理士】、【氏名又は名称】高野 登志雄
【識別番号】100096736、【弁理士】、【氏名又は名称】中嶋 俊夫
【識別番号】100117156、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 正樹
【識別番号】100111028、【弁理士】、【氏名又は名称】山本 博人
審査官 【審査官】白井 美香保
参考文献・文献 国際公開第2008/142028(WO,A1)
特開2005-151983(JP,A)
特開2006-174707(JP,A)
特開2007-049986(JP,A)
特開2006-296242(JP,A)
特開2007-306910(JP,A)
特表2002-504829(JP,A)
BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING,1997年,vol.53 no.4,pp.379-386
Molecular Microbiology,2008年,vol.67 no.2,pp.291-304
Database GenBank,2008年12月 3日,NP_390638,URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/16079814?sat=13&satkey=744362
Database GenBank,2008年12月 3日,NP_391727,URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/16080899?sat=13&satkey=744362
Database GenBank,2008年12月 3日,NP_389042,URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/16078225?sat=13&satkey=744362
APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,2001年,vol.67 no.4,pp.1885-1892
JOURNAL OF BACTERIOLOGY,2002年,vol.184 no.14,pp.3984-3991
調査した分野 C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CiNii
特許請求の範囲 【請求項1】
下記の遺伝子を欠失若しくは不活性化し、且つ目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入してなる組換えバチルス属細菌を培養し、得られた培養物から当該目的のタンパク質又はポリペプチドを採取することを特徴とする、タンパク質又はポリペプチドの生産方法:
枯草菌遺伝子relA又はこれと塩基配列において90%以上の同一性を有し、且つ緊縮応答関連機能を有する遺伝子、
枯草菌遺伝子ywaC又はこれと塩基配列において90%以上の同一性を有し、且つ緊縮応答関連機能を有する遺伝子、及び
枯草菌遺伝子yjbM又はこれと塩基配列において90%以上の同一性を有し、且つ緊縮応答関連機能を有する遺伝子。
【請求項2】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌用シグナル領域からなる3領域を結合した請求項1記載の生産方法。
【請求項3】
分泌シグナル領域がバチルス属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6~1kbの上流領域由来のものである請求項記載の生産方法。
【請求項4】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号1で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~659の塩基配列、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~696の塩基配列又は当該塩基配列のいずれかと90%以上の同一性を有し、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域としての機能を有する塩基配列からなるDNA断片である請求項2又は3記載の生産方法。
【請求項5】
バチルス属細菌が枯草菌である請求項1~4のいずれか1項記載の生産方法。
【請求項6】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子がセルラーゼ遺伝子である請求項1~5のいずれか1項に記載の生産方法。
【請求項7】
下記の遺伝子を欠失若しくは不活性化し、且つ目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入してなる組換えバチルス属細菌
枯草菌遺伝子relA又はこれと塩基配列において90%以上の同一性を有し、且つ緊縮応答関連機能を有する遺伝子、
枯草菌遺伝子ywaC又はこれと塩基配列において90%以上の同一性を有し、且つ緊縮応答関連機能を有する遺伝子、及び
枯草菌遺伝子yjbM又はこれと塩基配列において90%以上の同一性を有し、且つ緊縮応答関連機能を有する遺伝子。
【請求項8】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌用シグナル領域からなる3領域が結合された請求項記載の組換えバチルス属細菌
【請求項9】
分泌シグナル領域がバチルス属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6~1kbの上流領域由来のものである請求項8記載の組換えバチルス属細菌。
【請求項10】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号1で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~659の塩基配列、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~696の塩基配列又は当該塩基配列のいずれかと90%以上の同一性を有し、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域としての機能を有する塩基配列からなるDNA断片である請求項8又は9記載の組換えバチルス属細菌。
【請求項11】
バチルス属細菌が枯草菌である請求項7~10のいずれか1項記載の組換えバチルス属細菌。
【請求項12】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子がセルラーゼ遺伝子である請求項7~11のいずれか1項に記載の組換えバチルス属細菌。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、有用なタンパク質又はポリペプチドの生産方法、及び当該生産方法に用いる組換え微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業的生産は、アルコール飲料や味噌、醤油等の食品類をはじめとし、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質、抗生物質、糖質、脂質、タンパク質等、その種類は多岐に渡っており、またその用途についても食品、医薬や、洗剤、化粧品等の日用品、或いは各種化成品原料に至るまで幅広い分野に広がっている。
【0003】
こうした微生物による有用物質の工業生産においては、その生産性の向上が重要な課題の一つであり、その手法として、突然変異等の遺伝学的手法による生産菌の育種が行われてきた。特に最近では、微生物遺伝学、バイオテクノロジーの発展により、遺伝子組換え技術等を用いたより効率的な生産菌の育種が行われるようになっている。さらに、近年のゲノム解析技術の急速な発展を受けて、対象とする微生物のゲノム情報を解読し、これらを積極的に産業に応用しようとする試みもなされている。ゲノム情報の公開されている産業的に有用な宿主微生物としては、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168(非特許文献1)、大腸菌Escherichia coli K-12 MG1655(非特許文献2)、コリネバクテリウムCorynebacterium glutamicum ATCC132032などが挙げられ、これらのゲノム情報を利用し、改良を加えた菌株が開発されている。
【0004】
緊縮応答は、アミノ酸飢餓などに応答してタンパク質の合成が抑制される現象として最初発見されたが、現在では、細胞分裂の停止やDNA複製の阻害など、様々な生理活動の変化を伴う現象であることが分かっている。緊縮応答の中心になる分子が、グアノシン5リン酸(pppGpp)とグアノシン4リン酸(ppGpp)である。この二つの分子は機能的に大きな違いがないため、一般的に(p)ppGppと表記される。
(p)ppGppの合成にはRelAと呼ばれる酵素が関与していることが知られている。RelAはリボソーム上に存在し、アミノアシル化していないtRNAを介してアミノ酸の補給状態を監視している。すなわち、アミノ酸飢餓によってアミノアシル化していないtRNAが増加し、リボソームに結合すると、RelAタンパク質が活性化し、ATPとGDP/GTPから(p)ppGppが合成される。そして、合成された(p)ppGppはグローバルなレギュレーターとして転写、翻訳及びDNA複製に関連する多くの酵素の活性を制御する。大腸菌においては、(p)ppGpp を合成するRelA以外にSpoTという主に(p)ppGppを分解する酵素が存在し、この二つの酵素により細胞内の(p)ppGppの濃度がコントロールされることが知られている(非特許文献3)。
【0005】
枯草菌では、従来、(p)ppGppの合成と分解の両方に関わるRelAの存在しか知られていなかったが、最近、Nanamiyaらは新たな(p)ppGpp合成酵素であるYwaC及びYjbMを発見した(非特許文献4)。従って、枯草菌においては、(p)ppGppの合成酵素YwaCとYjbM及び合成と分解の両方に機能するRelAの三つの酵素が存在することが分かった。しかし、これらの酵素がどのように連携して(p)ppGpp合成を調節し、緊縮応答におけるタンパク質合成等を制御しているのかについての詳しい機序は不明である。
【先行技術文献】
【0006】

【非特許文献1】Nature, 390(6657), 249-256, 1997
【非特許文献2】Science, 277(5331), 1453-1462, 1997
【非特許文献3】J. Biol. Chem., 266(9), 5980-5990, 1991
【非特許文献4】Mol. Microbiol., 67(2), 291-304, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、より効率よく目的のタンパク質又はポリペプチドを生産する方法、及びその方法に使用される組換え微生物の提供に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、微生物ゲノム上にコードされる各種遺伝子において、有用なタンパク質又はポリペプチドの生産に影響を及ぼす遺伝子を探索したところ、枯草菌において、緊縮応答に関連する酵素RelAの遺伝子(relA)を欠失又は不活性化させた場合、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性が、当該遺伝子の欠失又は不活性化前と比較して向上することを見出した。また本発明者らは、上記relAに加えて、やはり緊縮応答に関連する酵素YwaC及びYjbMの遺伝子(ywaC及びyjbM)をさらに欠失又は不活性化した場合、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性が相乗的に向上することを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、以下を提供する。
(1)下記の遺伝子を欠失若しくは不活性化し、且つ目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入してなる組換え微生物を培養し、得られた培養物から当該目的のタンパク質又はポリペプチドを採取することを特徴とする、タンパク質又はポリペプチドの生産方法:
1)枯草菌遺伝子relA又は当該遺伝子に相当する遺伝子;あるいは
2)枯草菌遺伝子relA又は当該遺伝子に相当する遺伝子、並びに枯草菌遺伝子ywaC若しくは当該遺伝子に相当する遺伝子及び/又は枯草菌遺伝子yjbM若しくは当該遺伝子に相当する遺伝子。
(2)目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域又は分泌用シグナル領域のいずれか1以上の領域を結合した(1)に記載の生産方法。
(3)転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域を結合した(2)記載の生産方法。
(4)分泌シグナル領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6~1kbの上流領域由来のものである(2)又は(3)記載の生産方法。
(5)転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号1で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~659の塩基配列、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~696の塩基配列又は当該塩基配列のいずれかと70%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、又は当該塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片である(2)~(4)のいずれか1に記載の生産方法。
(6)微生物がバチルス属(Bacillus)細菌である(1)~(5)のいずれか1に記載の生産方法。
(7)バチルス(Bacillus)属細菌が枯草菌(Bacillus subtilis)である(6)記載の生産方法。
(8)目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子がセルラーゼ遺伝子である(1)~(7)のいずれか1に記載の生産方法。
(9)(1)~(8)のいずれか1に記載の生産方法に用いられる組換え微生物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の組換え微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの生産方法により、目的タンパク質又はポリペプチドの生産性向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】SOE-PCRによる遺伝子欠失用DNA断片の調製、及び当該DNA断片を用いて標的遺伝子を欠失(薬剤耐性遺伝子と置換)する方法を模式的に示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において欠失又は不活性化される遺伝子としては、枯草菌遺伝子relAが挙げられる。relAに加えて、枯草菌遺伝子ywaC若しくはyjbMもまた、本発明における欠失又は不活性化の対象であり得る。以下の表1に、relAywaC及びyjbMの遺伝子番号を示す。これらは、JAFAN: Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis (BSORF DB)において公開されている(http://bacillus.genome.ad.jp/、2006年1月18日更新)。

【0013】
【表1】
JP0005513759B2_000002t.gif

【0014】
上述した各遺伝子と塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の同一性を有し、好ましくは上述した各遺伝子と同様の緊縮応答関連機能(例えば、(p)ppGpp合成又は分解作用)を有する遺伝子は、当該遺伝子に相当する遺伝子と考えられ、本発明において欠失又は不活性化される遺伝子に含まれる。
アミノ酸配列および塩基配列の同一性はLipman-Pearson法 (Science, 227, 1435, (1985))によって計算することができる。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。

【0015】
したがって、本発明の生産方法で使用される組換え微生物を構築するための親微生物としては、枯草菌の遺伝子relA又は当該遺伝子に相当する遺伝子を有するもの、好ましくは、さらに枯草菌の遺伝子ywaC及びyjbMのいずれか一方若しくは両方、又は当該遺伝子に相当する遺伝子を有するものが挙げられる。これらの親微生物は、野生型でも変異を施したものでもよい。具体的には、バチルス(Bacillus)属細菌や、クロストリジウム(Clostridium)属細菌、或いは酵母等が挙げられ、中でもバチルス(Bacillus)属細菌が好ましい。更に、全ゲノム情報が明らかにされ、遺伝子工学、ゲノム工学技術が確立されている点、またタンパク質を菌体外に分泌生産させる能力を有する点から、枯草菌(Bacillus subtilis)がより好ましい。

【0016】
本発明の生産方法に用いられる組換え微生物を作製するため、上記親微生物において、遺伝子relA又はそれに相当する遺伝子が欠失又は不活性化される。好ましくは、relAに加えて、さらに遺伝子ywaC又はそれに相当する遺伝子、及び遺伝子yjbM又はそれに相当する遺伝子のいずれか一方若しくは両方が欠失又は不活性化される。より好ましくは、relA又はそれに相当する遺伝子、ywaC又はそれに相当する遺伝子、及びyjbM又はそれに相当する遺伝子の全てが欠失又は不活性化される。さらに、上記遺伝子群の変異に、目的タンパク質又はポリペプチドの生産性の向上に寄与し得る他の遺伝子群(例えば、prsA遺伝子等)の発現強化及び機能強化のための改変を組み合わせることも可能である。

【0017】
上記遺伝子が欠失又は不活性化された微生物としては、天然に存在する突然変異株、及び人為的に作製した突然変異株が挙げられる。relAywaC及びyjbMの突然変異株の例としては、Mol. Microbiol., 67(2), 291-304, 2008に記載のRIK900、RIK908、RIK909、RIK913、RIK1001及びRIK1003が挙げられる。

【0018】
人為的な遺伝子の欠失又は不活性化は、標的遺伝子の一部若しくは全部をゲノム中から除去するか又は他の遺伝子と置き換える、当該遺伝子中に他のDNA断片を挿入する、或いは当該遺伝子の転写・翻訳開始領域に変異を与える等の方法によって行うことができる。好適には、当該遺伝子を物理的に欠失させる。より具体的には、relAywaC若しくはyjbM、又は当該遺伝子に相当する遺伝子(以下、標的遺伝子)を計画的に欠失又は不活性化する方法、及びランダムな遺伝子の欠失又は不活性化変異を与えた後、適当な方法によりタンパク質生産性の評価及び遺伝子解析を行って所望の変異を選択する方法が挙げられる。

【0019】
標的遺伝子を欠失又は不活性化するには、例えば相同組換えによる方法を用いればよい。すなわち、標的遺伝子の一部を含むDNA断片を適当なプラスミドベクターにクローニングして得られる環状の組換えプラスミドを親微生物細胞内に取り込ませ、標的遺伝子の一部領域に於ける相同組換えによって親微生物ゲノム上の標的遺伝子を分断して不活性化することが可能である。或いは、塩基置換や塩基挿入等の変異によって不活性化した標的遺伝子、又は図1のように標的遺伝子の上流、下流領域を含むが標的遺伝子を含まない直鎖状のDNA断片等をPCR等の方法によって構築し、これを親微生物細胞内に取り込ませて親微生物ゲノムの標的遺伝子内の変異箇所の外側の2ヶ所、又は標的遺伝子上流側、下流側で2回交差の相同組換えを起こさせることにより、ゲノム上の標的遺伝子を欠失或いは他の遺伝子断片と置換させることによって不活性化させることが可能である。

【0020】
例えば、本発明方法に使用する微生物を構築するための親微生物として枯草菌を用いる場合、相同組換えにより標的遺伝子を欠失又は不活性化する方法については、既にいくつかの報告例があり(Mol. Gen. Genet., 223,268, 1990等)、こうした方法を繰り返すことによって、本発明のための微生物を得ることができる。

【0021】
また、ランダムな遺伝子の欠失又は不活性化についても、ランダムにクローニングしたDNA断片を用いて上述の方法と同様な相同組換えを起こさせる方法や、親微生物にγ線等を照射すること等によって実施可能である。

【0022】
以下に、具体例として、SOE(splicing by overlap extension)-PCR法(Gene,77,61,1989)によって調製される欠失用DNA断片を用いた二重交差法による欠失方法について説明するが、本発明における遺伝子欠失又は不活性化方法は下記に限定されるものではない。

【0023】
欠失用DNA断片は、例えば、欠失対象遺伝子の上流に隣接する約1.0kb断片と、同じく下流に隣接する約1.0kb断片の間に、薬剤耐性マーカー遺伝子断片を挿入した断片である。まず、1回目のPCRによって、欠失対象遺伝子の上流断片及び下流断片、並びに薬剤耐性マーカー遺伝子断片の3断片を調製するが、この際、例えば、上流断片の下流末端に薬剤耐性マーカー遺伝子の上流側10~30塩基対配列、逆に下流断片の上流末端には薬剤耐性マーカー遺伝子の下流側10~30塩基対配列が付加される様にデザインしたプライマーを用いる(図1)。

【0024】
次いで、1回目に調製した3種類のPCR断片を鋳型とし、上流断片の上流側プライマーと下流断片の下流側プライマーを用いて2回目のPCRを行うことによって、上流断片の下流末端及び下流断片の上流末端に付加した薬剤耐性マーカー遺伝子配列において、薬剤耐性マーカー遺伝子断片とのアニールが生じ、PCR増幅の結果、上流側断片と下流側断片の間に、薬剤耐性マーカー遺伝子を挿入したDNA断片を得ることができる(図1)。以上のPCRは、市販のPCR用酵素キット等を用いて、成書(PCR Protocols. Current Methods and Applications, Edited by B.A. White, Humana Press pp251,1993、Gene, 77, 61, 1989)等に示される通常の条件により行うことができる。

【0025】
かくして得られた遺伝子欠失用DNA断片を、コンピテント法等の定法によって微生物細胞内に導入すると、対応する欠失対象遺伝子の上流及び下流の相同領域において、細胞内での遺伝子組換えが生じ、標的遺伝子が薬剤耐性遺伝子と置換された細胞、或いは標的遺伝子内に薬剤耐性遺伝子が挿入された細胞が生じ得る(図1)。これを薬剤耐性マーカーによる選択によって分離する。即ち、遺伝子導入した微生物を上記薬剤を含む寒天培地上で培養し、生育するコロニーを分離した後、ゲノムを鋳型としたPCR法などによってゲノム上の標的遺伝子が薬剤耐性遺伝子と置換されていることを確認すれば良い。

【0026】
斯くして得られた標的遺伝子が欠失又は不活性化された微生物に、目的のタンパク質又はポリペプチド遺伝子を含むDNA断片を導入して、本発明の組換え微生物を作製する。DNA断片の導入は、適当なプラスミドベクターを結合させた組換えプラスミドを、一般的な形質転換法を用いて上記微生物に取り込ませることによって行う。また、当該DNA断片に上記微生物のゲノムとの適当な相同領域を結合したDNA断片を用い、当該微生物ゲノムに直接組み込むことによっても本発明の組換え微生物を得ることができる。

【0027】
本発明の組換え微生物に導入される目的タンパク質又は目的ポリペプチドは、特に限定されず、例えば洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断など各種産業用酵素や、生理活性ペプチドなどが挙げられる。産業用酵素が好ましい。また、産業用酵素としては、機能別に、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase/Synthetase)等が含まれる。好適には、セルラーゼ、α-アミラーゼ、プロテアーゼ等の加水分解酵素やクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)等の転移酵素が挙げられ、より好適には、セルラーゼが挙げられる。

【0028】
セルラーゼとしては、例えば、多糖加水分解酵素の分類(Biochem. J., 280, 309, 1991)中でファミリー5に属するセルラーゼが挙げられ、中でも微生物由来、特にBacillus属細菌由来のセルラーゼが挙げられる。より具体的な例として、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるBacillus属細菌KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ、または、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるBacillus属細菌KSM-64株(FERM BP-2886)由来のアルカリセルラーゼ、或いは、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるセルラーゼが挙げられる。

【0029】
α-アミラーゼの具体例としては、微生物由来のα-アミラーゼが挙げられ、特にBacillus属細菌由来の液化型アミラーゼが好ましい。より具体的な例として、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるBacillus属細菌KSM-K38株(FERM BP-6946)由来のアルカリアミラーゼや、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるアミラーゼが挙げられる。

【0030】
プロテアーゼの具体例としては、微生物由来、特にBacillus属細菌由来のセリンプロテアーゼや金属プロテアーゼ等が挙げられる。より具体的な例として、配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるバチルス クラウジ(Bacillus clausii)KSM-K16株(FERM BP-3376)由来のアルカリプロテアーゼや、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるプロテアーゼが挙げられる。

【0031】
クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)は、アセチル-CoAのアセチル基をクロラムフェニコールの3位に転移する酵素である。具体的には、配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるStaphylococcus aureus由来のCATや、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有し、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質が挙げられる。

【0032】
本発明の方法に用いられる組換え微生物に導入される目的タンパク質又はポリペプチドの遺伝子は、その上流に当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始領域、並びに分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域が適正な形で結合されていることが望ましい。特に、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が結合されていることが好ましく、更に分泌シグナルペプチド領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始領域及び翻訳開始領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6~1 kbの上流領域であるものが、目的のタンパク質又はポリペプチド遺伝子と適正に作動可能に結合されていることが望ましい。例えば、特開2000-210081号公報や特開平4-190793号公報等に記載されているバチルス(Bacillus)属細菌、すなわちKSM-S237株(FERM BP-7875)、KSM-64株(FERM BP-2886)由来のセルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始領域及び分泌シグナルペプチド領域が目的のタンパク質又はポリペプチドの構造遺伝子と適正に作動可能に結合されていることが望ましい。

【0033】
より具体的には配列番号1で示される塩基配列の塩基番号1~659の塩基配列、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1~696の塩基配列、また当該塩基配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、或いは上記いずれかの塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片が、目的のタンパク質又はポリペプチドの構造遺伝子と適正に作動可能に結合されていることが望ましい。尚、ここで、上記塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片とは、上記塩基配列の一部を欠失しているが、遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を保持しているDNA断片を意味する。

【0034】
本発明の方法による目的のタンパク質又はポリペプチドの生産は、上記組換え微生物を同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養し、培養終了後、当該目的のタンパク質又はポリペプチドを採取・精製することにより行えばよい。培養に使用される培地の組成及び培養条件、目的タンパク質又はポリペプチドの採取及び精製等の手順については、使用する微生物の種類や目的タンパク質又はポリペプチドの種類等にしたがって、当業者が適宜選択することができる。

【0035】
後記実施例に示すように、relA遺伝子を単独で若しくはywaC又はyjbMと併せて欠失している組換え微生物を用いた本発明の方法における目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性は、当該遺伝子を欠失又は不活性化していない微生物を用いた場合と比較して向上した。さらにrelAywaC及びyjbMを全て欠失している場合、生産性は飛躍的に向上した。

【0036】
以下の実施例において、本発明をより詳細に説明する。
【実施例】
【0037】
アルカリセルラーゼ分泌生産評価
(p)ppGpp合成関連遺伝子の欠損株RIK900、RIK908、RIK909、RIK913、RIK1001、RIK1003(Mol. Microbiol., 67(2), 291-304, 2008)及び対照として枯草菌168株を用いて、異種タンパク質生産性評価を行った。評価は、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるバチルス属細菌由来のアルカリセルラーゼの生産性を指標として以下の様に行った。すなわち、配列番号1で示されるバチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報)断片(3.1 kb)をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。このPCR反応には、GeneAmp PCR System(アプライドバイオシステムズ)を使用し、Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ)と付属の試薬類を用いてDNA増幅を行った。PCRの反応液組成は、適宜希釈した鋳型DNA(KSM-S237株のゲノムDNA)を1μL、237UB1(5'-TGCGGATCCAACAGGCTTATATTTAGAGGAAATTTC:配列番号11)及び237DB1(5'-TTGCGGATCCAACAACTCTGTGTCCAGTTATGCAAG:配列番号12)プライマーを各々20 pmol、並びにPyrobest DNA Polymeraseを2.5U添加して、反応液総量を50μLとした。PCRの反応条件は、98℃で10秒間、55℃で30秒間及び72℃で3分間の3段階の温度変化を30回繰り返した後、72℃で5分間反応させることにより行った。増幅したDNA断片をBamHI制限酵素処理し、シャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入した組換えプラスミドpHY-S237を、プロトプラスト形質転換法(Mol. Gen. Genet. 168, 111 (1979))によって各菌株に導入した。これによって得られた組換え菌株を10 mLのLB培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaCl)で一夜37℃で振盪培養を行い、更にこの培養液0.05 mLを50 mLの2×L-マルトース培地(2% トリプトン、1% 酵母エキス、1% NaCl、7.5% マルトース、7.5 ppm硫酸マンガン4-5水和物、15 ppmテトラサイクリン)に接種し、30℃にて3日間振盪培養を行った。培養後、細胞の密度として培養液のOD600を測定し、次に、遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のアルカリセルラーゼ活性を測定し、培養によって菌体外に分泌生産されたアルカリセルラーゼの量、及び、細胞当たりのアルカリセルラーゼ分泌生産量を求めた。
セルラーゼ活性測定については、1/7.5M リン酸緩衝液(pH7.4 和光純薬)で適宜希釈したサンプル溶液50μLに0.4mM p-nitrophenyl-β-D-cellotrioside(生化学工業)を50μL加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp-ニトロフェノール量を420nmにおける吸光度(OD420nm)変化により定量した。1分間に1 μmolのp-ニトロフェノールを遊離させる酵素量を1Uとした。
アルカリセルラーゼ活性測定の結果は表2に示した。宿主としてywaCyjbMの単独欠損株を用いた場合、対照の168株(野生型)の場合と比較してアルカリセルラーゼの分泌生産が向上しなかったが、relAの単独欠損株、relA ywaC及びrelA yjbMの二重欠損株を用いた場合、アルカリセルラーゼの分泌生産がそれぞれ127%、121%及び126%向上した。また、relA ywaC yjbMの三重欠損株を用いた場合、アルカリセルラーゼの分泌生産が237%向上することが判明した。
【実施例】
【0038】
【表2】
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図面
【図1】
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