TOP > 国内特許検索 > プロトン伝導性膜およびその製造方法、電気化学セル > 明細書

明細書 :プロトン伝導性膜およびその製造方法、電気化学セル

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5366131号 (P5366131)
公開番号 特開2010-218859 (P2010-218859A)
登録日 平成25年9月20日(2013.9.20)
発行日 平成25年12月11日(2013.12.11)
公開日 平成22年9月30日(2010.9.30)
発明の名称または考案の名称 プロトン伝導性膜およびその製造方法、電気化学セル
国際特許分類 H01M   8/02        (2006.01)
H01M   8/12        (2006.01)
H01M   4/88        (2006.01)
H01B   1/06        (2006.01)
H01B  13/00        (2006.01)
G01N  27/406       (2006.01)
C23C  14/14        (2006.01)
C23C  14/58        (2006.01)
FI H01M 8/02 M
H01M 8/02 K
H01M 8/12
H01M 8/02 E
H01M 4/88 T
H01B 1/06 A
H01B 13/00 Z
G01N 27/58 Z
C23C 14/14 D
C23C 14/58 Z
請求項の数または発明の数 15
全頁数 14
出願番号 特願2009-063776 (P2009-063776)
出願日 平成21年3月17日(2009.3.17)
審査請求日 平成24年2月27日(2012.2.27)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
発明者または考案者 【氏名】幅崎 浩樹
【氏名】青木 芳尚
【氏名】ダミアン コバルスキー
個別代理人の代理人 【識別番号】110000109、【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
審査官 【審査官】守安 太郎
参考文献・文献 特開2006-185919(JP,A)
特開2009-252582(JP,A)
特開2005-197062(JP,A)
特開2005-166531(JP,A)
特表2007-531682(JP,A)
調査した分野 H01M 8/02
H01B 1/06
H01B 13/00
特許請求の範囲 【請求項1】
アモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物からなり、かつプロトン伝導性を示す膜である、プロトン伝導性膜。
【請求項2】
前記タングステン酸化物系複合酸化物が、ZrO2-WO3系複合酸化物、TiO2-WO3系複合酸化物、HfO2-WO3系複合酸化物、Nb25-WO3系複合酸化物、Ta25-WO3系複合酸化物から選ばれる請求項1に記載のプロトン伝導性膜。
【請求項3】
前記プロトン伝導性は、プロトン伝導率が10-4~10-6/Scm-1の範囲である請求項1または2のいずれかに記載のプロトン伝導性膜。
【請求項4】
前記膜は、実質的にピンホールを有さない膜である請求項1~3のいずれかに記載のプロトン伝導性膜。
【請求項5】
膜厚が20~200nmの範囲である請求項1~4のいずれかに記載のプロトン伝導性膜。
【請求項6】
タングステン系合金の部材の少なくとも一部をアノード酸化して、アノード酸化用の電解液と接する表面にアモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層を形成し、形成した酸化物層から請求項1~5のいずれかに記載のプロトン伝導性膜を得る、プロトン伝導性膜の製造方法。
【請求項7】
タングステン系合金の部材が基板表面に設けられたものであり、タングステン系合金の部材の全量をアノード酸化することを含む、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
タングステン系合金の部材は、基板表面にスパッタリング法により層として設けられる請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
基板が、電気化学セルのカソードもしくはアノードとして用いられるものである、請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項10】
アノード酸化の後に、アモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層の表面を物理的もしくは化学的に研磨またはエッチングして、複合酸化物層の膜厚を調整する請求項7~9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
形成した酸化物層の下層のタングステン系合金部分を除去して、プロトン伝導性膜を得る請求項6に記載の製造方法。
【請求項12】
アノード酸化の後であって、タングステン系合金部分の除去の前または後に、アモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層の表面を研磨またはエッチングして、複合酸化物の膜厚を調整する請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
アノード、プロトン伝導性電解質およびカソードが積層された電気化学セルであって、前記プロトン伝導性電解質が、請求項1~5のいずれかに記載のプロトン伝導性膜である、前記電気化学セル。
【請求項14】
前記アノードは、水素透過性を有する水素分離膜である請求項13に記載の電気化学セル。
【請求項15】
前記電気化学セルは、少なくとも200~600℃の温度域で作動する請求項13または14に記載の電気化学セル。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性膜およびその製造方法、並びに電気化学セルに関する。
【背景技術】
【0002】
イオン伝導体は、電池、センサー、燃料電池等の電気化学セルに利用されている。燃料電池の電解質膜となるイオン伝導体としては、100℃以下で使われる固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導性高分子膜、および800~1000℃で使われる固体酸化物形燃料電池の酸化物イオン伝導性酸化物膜が代表的である。
【0003】
前者の燃料電池では、白金などの貴金属が電極触媒として不可欠であり、後者では燃料電池システム全体に高い耐熱性が要求され、低コストを阻む要因となっている。低コストな燃料電池として、200~600℃で作動する燃料電池の開発が必要とされている[非特許文献1]。この実現にはこの温度域で高いプロトン伝導性を有し、安定なイオン伝導体が必要となる。
【0004】
300℃以上で燃料電池の電解質として使えるイオン伝導体としてBaCeO3系ペロブスカイト型酸化物が提案されている[たとえば、特許文献1]。必要な電解質膜のイオン伝導性を確保する方法として電解質膜の薄膜化がある。
【0005】
従来の固体酸化物形燃料電池の電解質膜の膜厚は数10~100μmであり、これを100nmあるいはそれ以下にまで薄膜化できれば、それだけで2、3桁の膜抵抗の低減となる。100nm以下の膜厚でガスリークのない無欠陥な薄膜を作製することは容易ではない。アモルファス酸化膜は結晶性酸化膜でポア等の生じやすい結晶粒界等を含まず、ガスリークをない薄膜作製に有利である。既に非特許文献2において、プロトン伝導性アモルファスシリケート膜が報告されている。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】特開2007-234272号公報
【0007】

【非特許文献1】Journal of Power Sources 152 (2005) 200-203
【非特許文献2】adv. Mater.、 20、 4387-4393 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、中温域(例えば、200~600℃)の燃料電池の実現にはさらなるプロトン伝導性の改善が必要である。
【0009】
そこで本発明の目的は、上記中温域において良好なプロトン伝導性を有し、かつ燃料電池の電解質膜に要求されるガスリークのない薄膜を提供することにある。
【0010】
本発明は、より具体的には、200℃程度でも高いプロトン伝導性を有するとともに、厚さを数十~数百nmの範囲にすることができ、かつこの範囲の厚みであってもガスリークがないアモルファス酸化膜を提供することを目的とする。さらに本発明の目的は、上記プロトン伝導性を有するアモルファス酸化膜の製造方法および上記プロトン伝導性を有するアモルファス酸化膜を用いた電気化学セルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記目的を達成すべく種々検討し、その結果、金属膜の表面をアノード酸化してアモルファス金属酸化物を得ること、さらには、前記金属酸化物としてタングステン酸化物系複合酸化物を用いることで、上記目的を達成できることを見出して本発明を完成させた。
【0012】
上記目的を達成する本発明は以下のとおりである。
[1]
アモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物からなり、かつプロトン伝導性を示す膜である、プロトン伝導性膜。
[2]
前記タングステン酸化物系複合酸化物が、ZrO2-WO3系複合酸化物、TiO2-WO3系複合酸化物、HfO2-WO3系複合酸化物、Nb25-WO3系複合酸化物、Ta25-WO3系複合酸化物から選ばれる[1]に記載のプロトン伝導性膜。
[3]
前記プロトン伝導性は、プロトン伝導率が10-4~10-6/Scm-1の範囲である[1]または[2]のいずれかに記載のプロトン伝導性膜。
[4]
前記膜は、実質的にピンホールを有さない膜である[1]~[3]のいずれかに記載のプロトン伝導性膜。
[5]
膜厚が20~200nmの範囲である[1]~[4]のいずれかに記載のプロトン伝導性膜。
[6]
タングステン系合金の部材の少なくとも一部をアノード酸化して、アノード酸化用の電解液と接する表面にアモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層を形成し、形成した酸化物層から[1]~[5]のいずれかに記載のプロトン伝導性膜を得る、プロトン伝導性膜の製造方法。
[7]
タングステン系合金の部材が基板表面に設けられたものであり、タングステン系合金の部材の全量をアノード酸化することを含む、[6]に記載の製造方法。
[8]
タングステン系合金の部材は、基板表面にスパッタリング法により層として設けられる[7]に記載の製造方法。
[9]
基板が、電気化学セルのカソードもしくはアノードとして用いられるものである、[7]または[8]に記載の製造方法。
[10]
アノード酸化の後に、アモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層の表面を物理的もしくは化学的に研磨またはエッチングして、複合酸化物層の膜厚を調整する[7]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]
形成した酸化物層の下層のタングステン系合金部分を除去して、プロトン伝導性膜を得る[6]に記載の製造方法。
[12]
アノード酸化の後であって、タングステン系合金部分の除去の前または後に、アモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層の表面を研磨またはエッチングして、複合酸化物の膜厚を調整する[11]に記載の製造方法。
[13]
アノード、プロトン伝導性電解質およびカソードが積層された電気化学セルであって、前記プロトン伝導性電解質が、[1]~[5]のいずれかに記載のプロトン伝導性膜である、前記電気化学セル。
[14]
前記アノードは、水素透過性を有する水素分離膜である[13]に記載の電気化学セル。
[15]
前記電気化学セルは、少なくとも200~600℃の温度域で作動する[13]または[14]に記載の電気化学セル。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、アモルファス酸化膜の合成法としてアノード酸化法を用いる。アノード酸化法は常温付近の水溶液中で実施されるため、アノード酸化でできる酸化膜は一般にアモルファス構造となり、欠陥のない酸化膜を作製する上で有利となる。また、酸化膜生成初期にピンホール等の欠陥があってもアノード酸化過程でその欠陥に電流が集中することで、欠陥が優先的に修復されるため、ガスリークのない膜を得やすい。さらに、アモルファス酸化膜の膜厚は生成電圧に比例するので、任意の膜厚の酸化膜を容易に作製できる。さらに、材料としてタングステン酸化物系複合酸化物のように固体酸性を示す酸化物組成を選択することで、高いプロトン伝導性が実現できる。
【0014】
本発明のプロトン伝導性膜は、200℃といった比較的低い温度であっても高いプロトン伝導性を示す。特筆すべきは、膜厚を200nm以下、好ましくは100nm以下にすることもでき、かつ100nm以下の膜厚においては、その膜厚の減少とともにプロトン伝導率が顕著に大きくなる、という点である。
【0015】
本発明のプロトン伝導性膜は、燃料電池、pHセンサー等への応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例において使用したスパッタ装置とターゲットの模式図。
【図2】100nm酸化膜のTEM断面写真と制限視野電子線回折の結果。
【図3】100nm酸化膜のGDOES(グロー放電発光分光分析法)デプスプロファイル。
【図4】100nm酸化膜の面比抵抗の温度依存性を示す結果。
【図5】100nm酸化膜のD2OとH2Oを含むAr雰囲気における面比抵抗の変化を示す結果。
【図6】プロトン伝導率の膜厚依存性を示す結果。
【図7】面比抵抗の膜厚依存性を示す結果。
【図8】プロトン導電性の酸化物組成依存性を示す結果。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[プロトン伝導性膜]
本発明のプロトン伝導性膜は、アモルファスタングステン酸化物系複合酸化物からなり、プロトン伝導性を示す膜である。

【0018】
タングステン酸化物系複合酸化物は、所定の作動温度域においてプロトン伝導性を示す材料であれば特に制限はないが、例えば、ZrO2-WO3系複合酸化物、 TiO2-WO3系複合酸化物、HfO2-WO3系複合酸化物、Nb25-WO3系複合酸化物、Ta25-WO3系複合酸化物から選ばれるものであることができる。タングステン酸化物系複合酸化物は、所定の作動温度域において良好なプロトン伝導性を示すという観点から、固体酸性度H0で-5以上、好ましくは-10以上であることが適当である。尚、タングステン酸化物系複合酸化物は、上記二元系の酸化物にさらに第3の元素を含むこともできる。そのような第3の元素としては、例えば、Al、Mg、Si、Y等を挙げることができる。これらの第3の元素は、一般には、酸化物として複合酸化物中に存在する。

【0019】
本発明のプロトン伝導性膜は、所定の作動温度域においてプロトン伝導率が10-4~10-6Scm-1の範囲であることができる。プロトン伝導率は、プロトン伝導性膜の膜厚に依存する。本発明のプロトン伝導性膜の膜厚は、例えば、20~200nmの範囲であることができ、但し、この範囲に限定される意図ではない。膜厚が20~100nmのプロトン伝導性膜であれば、10-4~10-5Scm-1の範囲のプロトン伝導率を有することもできる。本発明のプロトン伝導性膜の膜厚は、薄いほどプロトン伝導率が高くなる傾向があり、100nm以下では顕著である。

【0020】
本発明のプロトン伝導性膜は、アモルファス構造を有する。本発明のプロトン伝導性膜におけるアモルファス構造とは、多結晶体のような結晶粒界を持たず、また、単結晶のようなイオン配列に3次元的な規則配列も持たない。すなわち、ガラスのようなランダムなネットワーク構造から構成されているが、化学的には均一な組成をもつ構造である。

【0021】
さらに本発明のプロトン伝導性膜は、アモルファス構造を有するとともに、実質的にピンホールやポアを有さない緻密な膜でもある。アモルファス酸化膜が結晶化する際には、密度が増大し、結果として結晶粒界等にポアが生成し、ある場合にはクラックやピンホール状の欠陥が生じる。本発明のプロトン伝導性膜は、アモルファス構造を500℃程度の高温でも維持し、ガスが透過するポアやピンホール、クラックを有しない。そのためガスリーク性が低いか全くなく、電気化学セルのプロトン伝導性電解質として用いられる場合に、高い起電力と高い発電効率が期待できる等の利点がある。

【0022】
本発明のプロトン伝導性膜は、例えば、以下に説明する製造方法により製造することができる。

【0023】
[プロトン伝導性膜の製造方法]
本発明のプロトン伝導性膜の製造方法は、タングステン系合金の部材の少なくとも一部をアノード酸化して、アノード酸化用の電解液と接する表面にアモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層を形成し、形成した酸化物層から上記本発明のプロトン伝導性膜を得る、ことを含む方法である。

【0024】
アノード酸化に用いるタングステン系合金は、酸化されて、例えば、ZrO2-WO3系複合酸化物、TiO2-WO3系複合酸化物、HfO2-WO3系複合酸化物、Nb25-WO3系複合酸化物、Ta25-WO3系複合酸化物を生成する、Zr-W系合金、Ti-W系合金、Hf-W系合金、Nb-W系合金、Ta-W系合金であることができる。これらの合金はさらに少なくとも一種の第3元素を含有することもできる。第3元素としては、例えば、Al、Mg、Si、Y等を挙げることができる。

【0025】
アノード酸化は、タングステン系合金の部材をアノードとして、電解液中で電解することで実施できる。電解液としては、例えば、酸性または中性水溶液を用いることができ、具体的には、例えば、リン酸水溶液やモリブデン酸ナトリウム水溶液を用いることができる。また、電解条件(定電圧電解(印加電圧)または定電流電解(電流密度)、電解時間、電解温度)等は、タングステン系合金の種類やアモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層の厚さ等を考慮して適宜決定できる。

【0026】
アノード酸化をすることで、アノード酸化用の電解液と接する表面にアモルファス構造を有するタングステン酸化物系複合酸化物層が形成する。複合酸化物層の厚さは、電解条件を選択することにより適宜調整できる。

【0027】
アノード酸化に供するタングステン系合金の部材は、タングステン系合金のみからなるものであっても、タングステン系合金の部材が基板表面に設けられたものであってもよい。タングステン系合金の部材がタングステン系合金のみからなるものである場合には、タングステン系合金の部材が板状の場合、板の両面を同時にアノード酸化することもできるが、一方の面はマスクして残りの一方の面のみをアノード酸化することもできる。タングステン系合金の部材は、表面のみをアノード酸化しても、全量(バルクまでも)をアノード酸化してもよい。ただし、全量(バルクまでも)をアノード酸化する場合には、タングステン系合金の部材の厚みを適宜調整することが必要である。

【0028】
また、タングステン系合金の部材が基板表面に設けられたものの場合は、タングステン系合金の部材の厚みを比較的薄くして、タングステン系合金の部材の全量をアノード酸化することもできる。タングステン系合金の部材が基板表面に設けられたものの場合のタングステン系合金の部材は、例えば、基板表面にスパッタリング法により層として設けられる。その他の公知の方法で層として設けることもできる。基板としては、後述する、電気化学セルのカソードとして用いられるものを用いることもできる。電気化学セルのカソードとして用いられるものを基板とし、その上にタングステン系合金の部材の層を設け、アノード酸化して、全量をアモルファスタングステン酸化物系複合酸化物とすることで、電気化学セル用のカソードとプロトン伝導性電解質の積層体を得ることもできる。

【0029】
アノード酸化の後に、アモルファスタングステン酸化物系複合酸化物層の表面を研磨またはエッチングして、複合酸化物層の膜厚を調整することもできる。ただし、アモルファスタングステン酸化物系複合酸化物層の厚みはナノオーダーであることから、研磨やエッチングの操作には注意を要する。

【0030】
アノード酸化に供するタングステン系合金の部材が、タングステン系合金のみからなるものであって、タングステン系合金の部材の一部のみがアノード酸化される場合には、形成した酸化物層の下層のタングステン系合金部分を除去して、プロトン伝導性膜を得る。この場合、アノード酸化の後であって、タングステン系合金部分の除去の前または後に、アモルファスタングステン酸化物系複合酸化物層の表面を研磨またはエッチングして、複合酸化物の膜厚を調整することもできる。

【0031】
上記アモルファスタングステン酸化物系複合酸化物層は、アノード酸化しただけでは十分なプロトン伝導性を示さない場合がある。その場合には、例えば、室温のAr-H2O(p(H2O)=0.023atm)中もしくは200℃の大気中、Ar、H2、もしくはH2雰囲気に保持して活性化することで、高いプロトン伝導性を示すようにすることもできる。尚、200℃活性化の場合、水蒸気分圧は活性化に影響を与えない。

【0032】
[電気化学セル]
本発明の電気化学セルは、アノード、プロトン伝導性電解質およびカソードが積層された電気化学セルであって、前記プロトン伝導性電解質が、上記本発明のプロトン伝導性膜である。本発明の電気化学セルにおいては、プロトン伝導性電解質を構成する本発明のプロトン伝導性膜が、200℃の温度においても良好なプロトン伝導性を示すものである。

【0033】
電気化学セルの作動温度は、少なくとも200℃~500℃の範囲とすることができ、500℃以上の例えば、600℃程度まででもよい。

【0034】
アノードは、水素透過性を有する水素分離膜であってもよい。アノードが水素分離膜である電気化学セルは、水素分離膜電池である。本発明の電気化学セルにおける電解質膜はプロトン伝導性電解質であることから、アノード側において水が発生しない。水素分離膜に供給された水素はプロトンに変換され、プロトン伝導性の電解質中を移動し、カソードにおいて酸素と結合して発電が行われる。

【0035】
水素分離膜電池は、水素分離膜上に電解質膜およびカソードがこの順に積層された発電部が2つのセパレータによって挟持された構造を有することもできる。また、水素分離膜電池は、単セルであっても、単セルが複数積層された構造を有してもよい。尚、セパレータには、燃料ガスおよび酸素を含む酸化剤ガスが流動するためのガス流路が形成される。
【実施例】
【0036】
実施例1
マグネトロンスパッタ法により厚さ100~200nmのZr-42at%W合金を作製した。合金膜は、直径100mmのジルコニウムターゲット上に20mmφのタングステンディスクを載せた複合ターゲットを用い、タングステンとジルコニウムを同時にスパッタリングすることにより作製できる。合金膜の厚さと組成の均一化を図るために、基板はチャンバー軸を中心に公転、基板ホルダー軸を中心に自転するようにしている(図1)。
【実施例】
【0037】
製膜した試料を室温の0.1mol/Lリン酸水溶液中各電位で定電圧アノード酸化することにより、厚さ40nm、60nm、80nm、90nm、100nm、120nm、140nmおよび180 nmの酸化膜をそれぞれ得た。アノード酸化は2電極式電気化学セルを用いて行い、対極には白金板を使用した。
【実施例】
【0038】
生成した厚さ100nmの酸化膜の断面TEM写真を図2に示す。100nmの均一な厚さの酸化膜がZr-W合金上に生成している。また、皮膜はアモルファス構造あることが、回折コントラストがないこと、および制限視野電子線回折からも明らかである。ただし、皮膜は多層構造をしている。最外層の明るいコントラストとなっているところはタングステンを含まないZrO2層であり、その下にZrO2-WO3複合酸化物層が生成している。また、電解液からリン酸アニオンがほぼ皮膜の外側半分に存在していることもこのTEM写真の原子番号コントラストからわかる。タングステンを含まないZrO2層は、例えば、フッ化水素酸水溶液中における化学エッチングやアルゴンイオンスパッタリングなどの物理エッチング法により除去することができる。また、リン酸アニオンといった電解液由来の化学種のアノード酸化皮膜中への混入は、必要により、モリブデン酸ナトリウム水溶液中でアノード酸化することにより避けることができる。
【実施例】
【0039】
このような層構造はGDOESによる深さ方向分析からも確認できる(図2)。タングステン含まない外層と内層のスパッタ時間が図3のTEM写真と対応しないのは、内層と外層のスパッタリングレートの違いによる。そのため、内層と外層のリンの発光強度にも違いが生じている。
【実施例】
【0040】
また、このプロファイルから、水素が酸化膜内に存在していることが確認できる。酸化膜表面付近で水素の強度が高いが、吸着水の影響も考えられる。一方、皮膜/合金界面で水素が濃縮しているが、これは合金表面に濃縮した水素と考えられている[表面技術、57、676(2006)]。
【実施例】
【0041】
このようにして作製した酸化膜表面に直径 1mmのAu電極を、マスクを用いてスパッタ堆積し、各種環境中、各温度で交流インピーダンス測定を行った。尚、交流インピーダンス測定は、表層に形成されたZrO2層およびリン酸アニオンはそのまま除去せずに実施した。ZrO2層を除去するとそれだけ膜厚は薄くなり、後述するプロトン伝導性は高くなる傾向かある。また、リン酸アニオンを除去しても、プロトン伝導性は高くなる傾向かある。
【実施例】
【0042】
電極を作製したままの状態では、十分なプロトン伝導性を示さない。そこで、室温のAr-H2O(p(H2O)=0.023atm)中もしくは200℃のAr、H2、もしくはH2雰囲気に保持すると、活性化し、高いプロトン伝導性を示すようになる。ここでは、200℃のAr中に保持することにより、酸化膜の活性化を行った。尚、200℃活性化の場合、雰囲気中の水蒸気分圧は活性化に影響を与えない。
【実施例】
【0043】
図4に活性化後の100nmの厚さの酸化膜の面比抵抗の温度依存性を示す。室温でも面比抵抗は100Ωcm-2と低い値を示し、150℃では0.5Ωcm-2まで低下する。各温度の面比抵抗は水素分圧、酸素分圧、水蒸気分圧にはほとんど依存しない。しかし、H2OとD2Oを含む雰囲気では図5に示すようにD2O雰囲気のほうが大きな面比抵抗を示し、同位体効果が表れることから、この面比抵抗はプロトン伝導によるものであると結論付けられる。
【実施例】
【0044】
酸化膜のプロトン伝導性は大きな膜厚依存性を示す。図6に8種類の膜厚の酸化膜のプロトン伝導率の温度依存性を示すが、各温度で膜厚の減少とともにプロトン伝導率が大きく減少しているのがわかる。特に、60nmの酸化膜は100nmの酸化膜よりもさらに1桁近くプロトン伝導率が増大している。したがって、面比抵抗は60nmの酸化膜では、100℃で0.2Ωcm-2にまで低下し、ほぼ燃料電池の電解質膜に必要とされる値にまで低減している(図7)。
【実施例】
【0045】
このプロトン伝導性は酸化膜の組成に大きく依存する。図8に示すように、ジルコニウム含有量が多い酸化膜では、プロトン伝導率は大きく減少する。したがって、この結果は、タングステン含有量が31at%に比べて、タングステン含有量が42 at%の酸化膜が好ましく、タングステン-ジルコニウム系の酸化物においては、タングステン含有量は、35at%以上が好ましく、40at%以上がより好ましい。
【実施例】
【0046】
また、このプロトン伝導性は固体酸性を示す酸化物組成であればよく、ジルコニウムはチタン、ハフニウム、ニオブ、タンタルなどでも置換可能であり、第3元素を加えることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、プロトン伝導性の利用分野に有用である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7