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明細書 :突然変異誘発方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4485061号 (P4485061)
登録日 平成22年4月2日(2010.4.2)
発行日 平成22年6月16日(2010.6.16)
発明の名称または考案の名称 突然変異誘発方法
国際特許分類 C12N  15/01        (2006.01)
C12N   1/20        (2006.01)
C12R   1/19        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAX
C12N 1/20 A
C12N 1/20 A
C12R 1:19
請求項の数または発明の数 5
全頁数 19
出願番号 特願2000-581182 (P2000-581182)
出願日 平成11年11月11日(1999.11.11)
国際出願番号 PCT/JP1999/006294
国際公開番号 WO2000/028015
国際公開日 平成12年5月18日(2000.5.18)
優先権出願番号 1998321143
優先日 平成10年11月11日(1998.11.11)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成18年10月31日(2006.10.31)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】田辺 清司
【氏名】古澤 満
個別代理人の代理人 【識別番号】100093230、【弁理士】、【氏名又は名称】西澤 利夫
審査官 【審査官】光本 美奈子
参考文献・文献 Mutation Res, vol.288, p.311-319 (1993)
FEMS Microbiol Lett, vol.176, p.191-196 (1999)
Mol Biotechnol, vol.7, p.189-195 (1997)
調査した分野 C12N 15/00~15/90
PubMed
特許請求の範囲 【請求項1】
薬剤に対する耐性が野生型大腸菌の700倍以上である大腸菌dnaQ49株を作成する方法であって、
(a)大腸菌dnaQ49株を所定の温度で培養することによって、そのゲノムDNAに変異を導入する工程、
(b)当該薬剤に対する耐性を有する大腸菌dnaQ49株を選択する工程、および
(c)当該薬剤に対する大腸菌dnaQ49株の耐性が野生型大腸菌の700倍以上に増加するまで前記工程(a)および前記工程(b)を繰り返す工程、
を含み、前記工程(b)の2回目以降はその前の工程(b)よりも高い薬剤濃度で行い、前記工程(a)の2回目以降は直前の工程(b)と同一の薬剤濃度で行うことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1の方法で作成され、6,000μg/mlの濃度のアンピシリン存在下で増殖する大腸菌dnaQ49株。
【請求項3】
請求項1の方法で作成され、500μg/mlの濃度のオフロキサシン存在下で増殖する大腸菌dnaQ49株。
【請求項4】
請求項1の方法で作成され、7000μg/mlの濃度のナリジキ酸存在下で増殖する大腸菌dnaQ49株。
【請求項5】
請求項1の方法で作成され、26,000μg/mlの濃度のストレプトマイシン存在下で増殖する大腸菌dnaQ49株。
発明の詳細な説明 技術分野
この出願の発明は、細胞または生物個体に効率良く突然変異を導入でき、かつ、処理細胞や処理個体群の絶滅の危険性を低減できる、有効かつ効果の高いランダム突然変異導入方法と、この方法によって得られる変異体および変異表現型遺伝子に関するものである。
背景技術
細胞や生物個体を遺伝的に改変する技術には、細胞や生物個体に紫外線、放射線、変異原物質等の変異原を作用させて遺伝子にランダム突然変異を誘発させる方法、細胞や生物個体に外来の遺伝子を導入して遺伝子工学的に改変する方法等がある。また、特定の遺伝子に突然変異を誘発させる場合にはPCR増幅技術を利用してDNAに複製ミスを蓄積させるインビトロ突然変異誘発や部位特異的突然変異誘発などの遺伝子工学的手法を利用する方法も知られている。
一般に、改変したい遺伝子や変異を導入する部位などが明らかとなっている場合は遺伝子工学的手法が有効な場合があるが、改変したい表現型やその遺伝子についての知識が不十分な場合においては、遺伝子にランダムに突然変異を導入し、得られる変異体から目的とする変異表現型を有する細胞や生物個体を選択するランダム突然変異誘発を利用する方法が有効である。このランダム突然変異誘発には細胞や生物個体に紫外線やX線、あるいは、放射線を照射して突然変異を誘発させる方法、ナイトロジェン・マスタードやニトロソグアニジンなどの変異原物質を作用させて突然変異を誘発させる方法がある。
従来のランダム突然変異の導入技術においては、紫外線や変異原などにより誘発される突然変異率が処理の効率や効果に重要な影響を及ぼしている。すなわち、誘発される突然変異率が至適な範囲内においてはDNAに有効な量の突然変異が蓄積されるが、至適量より少なければ導入された突然変異がDNAの修復機構等により修復されることがあり、効率よく突然変異を導入できない。また、至適量を超えた場合は、導入される突然変異による生物体への致死効果が強くなり、目的の変異体を得る前に突然変異導入処理群が絶滅し、目的とする変異体が得られない結果となる。
また、至適量は一回の処理あたりの量のみならず、より有用性の高い変異体を得るために変異導入処理と変異体の選択を複数回交互に継続して行う場合も同様で、注意深く至適量を決定しなければ効率が悪いか、または変異導入処理群の絶滅によって、結果的に有用性の高い変異体を得ることができない。さらに、ランダム突然変異導入によって改変したい細胞や生物個体の表現型が単一の遺伝子に複数の突然変異を導入する必要がある場合や、複数の遺伝子に突然変異を導入する必要がある場合などは、これらの遺伝子に好ましい変異が蓄積されるまでランダム突然変異を挿入する必要があるが、多数の突然変異の蓄積は生存に必要な遺伝子にも致死的な変異が導入される危険が高くなり、突然変異率を高くすればするほど処理した細胞や生物個体の絶滅の危険性が高まり、効率的に有用な突然変異体を得ることが期待できなくなる。
また、最近、細胞や生物個体を遺伝的に改変する目的ではないが、それぞれ、DNA塩基対のミスペアの校正機能、A/T-G/Cトランスバージョン、DNAのミスマッチ修復等に係わるミューテーター遺伝子であるmutD、mutS、mutTを同時に持つ大腸菌変異株の突然変異率が野生株の5千倍であることを利用し、この菌株内でプラスミドに挿入した遺伝子に効率よくランダム突然変異を導入する方法も開発されている(Molecular Biotechnology 7:189-195,1997)。この方法によると24世代、約1日の培養でプラスミド上の遺伝子に1,000塩基対当たり1個の突然変異を導入できる。しかしながら、このような高い突然変異率は変異を導入したい遺伝子の変異誘発の確率を増加させるが、同時に生存に必要な遺伝子など他の遺伝子にも変異を導入する危険性を高める。このため、突然変異を導入したいDNA領域の長さが100塩基対以下である場合や何カ所にも突然変異を入れたい場合は、増殖世代数が増大し実際的でないという理由でPCR法が推奨されている。また、突然変異率が高いために本菌株の長期的な培養は菌自体やその遺伝子型が影響を受けるので注意が必要であることも指摘されている。従って、この方法は宿主に導入したプラスミド上の遺伝子に突然変異を導入するには適していても、宿主自体を遺伝的に改変することには適していない。
以上のとおり、従来の細胞や生物個体へのランダム突然変異導入方法においては、多くの突然変異導入と変異導入処理群の絶滅回避とは二律背反の要件であって、多様かつ有用な変異体を高率よく得ることは困難であった。
この出願の発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであって、細胞や生物個体に高い突然変異率でランダム突然変異を導入しつつ、同時に処理群の絶滅の危険性を低減し、効率よく有用かつ多様な突然変異体を得る方法を提供することを課題としている。
発明の開示
この出願は、前記の課題を解決する発明として、細胞または生物個体の二重鎖ゲノムDNAの一方の鎖に他方よりも多く点突然変異を導入することを特徴とする遺伝子への突然変異導入方法を提供する。
この発明の突然変異導入方法における第1の好ましい態様は、二重鎖ゲノムDNAを構成する4種の塩基に対してランダムに点突然変異を導入する突然変異導入方法である。
第2の好ましい態様は、細胞または生物個体が、突然変異修復機構遺伝子群にミューテーター遺伝子を有する変異細胞株または変異生物個体である突然変異導入方法である。なお、この変異細胞株または変異生物個体は、ミューテーター遺伝子を本来的に有するものでもよく、あるいは外来性のミューテーター遺伝子を導入されたものでもよい。
第3の好ましい態様は、上記方法において、ミューテーター遺伝子が、dnaQ、dnaE、mutL、mutS、mutH、uvrD、damからなる群より選択される1種または2種以上のミューテーター遺伝子である突然変異導入方法である。
第4の好ましい態様は、上記方法において、ミューテーター遺伝子が、所定の条件下で突然変異修復機構の欠損を生じさせる遺伝子である突然変異導入方法である。
第5の好ましい態様は、上記方法において、突然変異修復機構の欠損条件が所定の温度である突然変異導入方法である。
第6の好ましい態様は、上記方法において、所定の条件下でゲノムDNAへ突然変異を導入する工程と、突然変異を導入しない選択圧条件で変異体を選択する工程を繰り返すことを特徴とする突然変異導入方法である。
第7の好ましい態様は、前記態様において、第2回目以降の突然変異導入工程を、直前の変異体選択工程と同一の選択圧下で行う突然変異導入方法である。
この出願はまた、別の発明として、上記の突然変異導入方法のいずれかによってゲノムDNAに突然変異が導入された細胞または生物個体の突然変異体、およびこの突然変異体より単離された変異遺伝子を提供する。
発明を実施するための最良の形態
自然突然変異は次の様な経緯で固定される。まず、染色体DNAに物理的、化学的に影響を与える生体内代謝産物や酸素ラジカルなどにより損傷が発生したり、DNA複製のエラーなどにより誤った塩基対が生じる。このような染色体DNAに生じる損傷や複製エラーは前変異損傷と呼ばれ、この前変異損傷が次回のDNA複製の際に修復されないと染色体DNAに突然変異として固定される。自然突然変異における前変異損傷発生の原因の殆どは複製エラーであり、物理的、化学的な影響による染色体DNAの損傷の割合は少ない(CRC,1(3):140-148,1992)。複製エラーはDNA合成の際に4種の塩基の互変異性に基づく誤った塩基対の形成によって起こり、その頻度は10-4から10-5である(Molecular Biology of the Cell,Garland Publish Inc.NewYork & London 224-225,1983)。一方、細胞には種々の突然変異修復機能があり、DNA合成酵素の持つ校正機能やミスマッチ修復系などによってそれぞれ10-3程度ずつ前変異損傷は修復され、最終的に塩基置換による点突然変異が固定される頻度は1塩基あたり10-10から10-11まで低下する(CRC,1(3):140-148,1992)。この他にも、塩基の挿入、欠失によるフレームシフト突然変異があるが、その頻度は非常に小さい。
従来のランダム突然変異誘発処理は、放射線、紫外線などのエネルギー線照射や変異原物質処理による物理的、化学的な影響を強めて染色体DNAに前変異損傷を増加させ、その変異が固定化される確率を高めるものである。変異原の種類と誘発される前変異損傷にはそれぞれ特徴があり、例えば、紫外線では点突然変異と欠失突然変異が同程度誘発されるが点突然変異ではG/C-A/T方向のトランジション変異がよく起こるとされている。また、X線ではDNA鎖の二本鎖の一方のみが切断される1本鎖切断と両方が切断される2本鎖切断があり、その結果、点突然変異や欠失突然変異が引き起こされるが欠失突然変異が点突然変異よりも10倍起こりやすい(分子放射線生物学、近藤宗平著、東京大学出版会、138-139、1972年)。
一方、複製エラーや突然変異の修復に関係し、突然変異を増加させるミューテーター遺伝子には様々なものが知られており、その機能別に5つに分類することができる(CRC,1(3):140-148,1992)。第1は、DNA複製エラーの制御系に係わるDNA合成酵素のαサブユニットの変異である。現在までに知られているのはdnaE遺伝子であり、このミューテーター遺伝子は突然変異を千倍から10万倍増加させる。第2は、ミスペアを即座に取り除く校正機能に関与するDNA合成酵素のεサブユニットの変異である。このミューテーター遺伝子としてはdnaQ(mutD)が知られており、これも千倍から10万倍突然変異を増加させる。第3は、校正機能が修正し損なったミスペアを除去修復するミスマッチ修復に係わるもので、mutL、mutS、mutH、uvrD、dam、mutY、mutM、ungが知られており、それぞれ10倍から千倍突然変異を増加させる。第4は、DNA原料となるヌクレオチドプールの浄化機能に関するもので、A/T-G/Cトランスバージョンのみを増加させるmutTが知られている。このミューテーター遺伝子を持つ細胞は増殖に伴ってDNA中のGC含量を増加させていき、千倍から一万倍の変異を誘発する。最後のグループにはmutA、mutCが属し、これらは全てのタイプのトランスバージョンを10倍程度増加させるが、その機能については良く知られていない。
このように突然変異の原因となる前変異損傷の成因と誘発される突然変異は変異原によって異なっており、このことはランダム突然変異誘発にどのような変異原を用いるかによって、その効果が異なる可能性があることを示唆している。また、ランダム突然変異の効果を高めるためには、塩基の挿入や欠失によるフレームシフト突然変異や特定の塩基対のトランスバージョンの頻度を増加させるより、全ての塩基に対してランダムに点突然変異を導入することが有効である。
この出願の発明者らは、二重鎖DNAの両方のDNA鎖に均等に突然変異が入った場合(パリティ)と一方のDNA鎖に突然変異が不均衡に蓄積された場合(ディスパリティ)の突然変異数とその分布に関するシュミレーションを行っている。その結果、ゲノムあたり一回の分裂で一カ所の突然変異が入る条件(パリティ)では、10世代後の突然変異の分布は12回のシュミレーションの全てで突然変異数のモードが10個付近にあり、その分布は2個から20個となること、また、世代を重ねると概ね世代数が突然変異数のモードとなり、同様の分布がシフトする傾向があることを示している。一方、全体の突然変異率は同じでも二重鎖DNAの片方の鎖にもう片方の100倍以上の確率で突然変異が入る条件(ディスパリティ)では、10世代後の突然変異数のモードは10個であるがその分布は0個から24個となることを見出している。このことは、総突然変異数が同じでも、DNA鎖の一方に多く突然変異が蓄積される場合は世代経過後の突然変異数の分布が異なることを示している(J.Theoretical Biology 157,127-133,1992)。
発明者らによるこれらの知見はランダム突然変異を導入する際に重要である。前変異損傷を起こさせる原因として放射線、紫外線などのエネルギー線や変異原物質を用いた場合には、二重鎖DNAの両方の鎖にランダムに前変異損傷が誘起されると考えられる。この場合の突然変異数の分布は上述のパリティの場合と同様である。一方、ミューテーター遺伝子の多くは前変異損傷を修復する機能に関係しているので、結果として固定される突然変異数の分布は次の様に理解される。mutTはA/T-G/Cの塩基特異的な修復機能に関係するので、突然変異はGC塩基対増加的である。これに対し、mutY、mutM、ungはmutTとは逆の塩基依存性であり、同様にAT塩基対増加的である。dnaE、dnaQは二重鎖DNAのラギング鎖での複製エラーの制御、校正機能に関与しているためにDNA鎖依存性である。mutL、mutS、mutHやuvrD、damはミスマッチ修復に関与しているが、塩基やDNA鎖に対して特異性はないので、前変異損傷の状態を反映すると考えられる。同様にmutAおよびmutCも塩基やDNA鎖に対する特異性はなく、全てのタイプのトランスバージョン修復に関与する。
ところで、実際の突然変異の効果は、致死的効果を持つもの、遺伝子機能に影響を与えないか殆ど与えない中立的なもの、機能に何らかの変更が加わるものに分けられる。一般に致死的効果を示さない突然変異が保存される可能性がある。また、突然変異のランダム性についてはミューテーター遺伝子の機能を考えると、mutT、mutY、mutM、ungは特定の塩基対を増加させる傾向がある。また、変異原の中にもチミジンダイマーを形成させるなど特定の前変異損傷を増加させるものがある。このようなタイプの突然変異誘発はランダム性に関して充分でないことが予想され、これらを突然変異誘発に用いると特定の変異が蓄積されることとなり、生物体の遺伝的改良効果に制限が生じる可能性がある。
一方、DNA合成の際には4種の塩基の互変異性に基づく誤った塩基対の形成は4種の塩基に対してランダムに起こり、これに基づく前変異損傷が修復されなければ染色体DNAにランダムな突然変異を導入することができると考えられる。これらを可能にするのはdnaEやdnaQなどDNA校正機能に係るミューテーター遺伝子である。
さらに、この出願の発明者らは、温度感受性変異性のミューテーター遺伝子であるdnaQ49を持つ大腸菌に挿入したプラスミドにおいて、数回の複製後、ラギング鎖のほうがリーディング鎖よりも数倍から百倍、突然変異率が高いことを見いだしている(Mol.Gen.Genet.,251:657-664,1996)。そしてさらに、この出願の発明者らは、実施例4に示したように、dnaQ49株のゲノムDNAにおいても、リーディング鎖よりもラギング鎖に多くの変異が生じることを見出している。二重鎖DNAに不均衡に突然変異が蓄積されることは均衡に蓄積される場合と異なり、突然変異の多様性が高まると推察される。
細胞または生物個体に絶滅の危険性を低下させつつ効率的、効果的に突然変異を導入するためには、処理群に存在する細胞や生物個体の遺伝的多様性を大きくすることが必要であり、そのためには4種の塩基にランダムに点突然変異を導入しつつ、二重鎖DNAに不均衡に点突然変異を分布させることが重要である。
この出願の発明者らは、これらの知見に基づき、DNA鎖の一方に他方より多くのランダムな点突然変異を多く蓄積させることにより、突然変異率を上げつつ変異処理細胞や生物個体の絶滅の危険性を低下させて効率的、効果的に突然変異体を得る方法を開発した。具体的には、例えば、遺伝的に改変または改良を行いたい細胞や生物個体に校正機能に係るミューテーター遺伝子を導入し、DNA鎖の一方に他方より多くランダムな点突然変異を蓄積させる条件で突然変異誘発処理を行う。また、ミューテーター遺伝子に温度感受性などの条件発現的ミューテーター遺伝子を利用することも好ましい。このようなミューテーター遺伝子を用いた場合には、温度条件等の操作によって、突然変異の導入と変異体の固定を任意に設定することが可能となる。誘発させる突然変異率は好ましくは自然突然変異の100倍から10万倍の範囲で、一方のDNA鎖が他方に対して数倍から100倍以上の突然変異を蓄積する条件が適当である。
なお、ミューテーター遺伝子を持つ細胞や生物個体は公知の方法(Journal of Bacteriology,153、1361-1367,1983)によって得ることができる。また、遺伝子工学的にミューテーター遺伝子を導入することも可能である。
さらに、突然変異を導入する工程と変異体を選択する工程を別個に行い、突然変異を誘発する工程では選択圧をかけない条件で行い、処理個体群を一定の数まで増殖させた後、変異体を固定、選択する工程を行い、2回目以降、同様の操作を繰り返すことにより効率的、効果的に目的とする突然変異体を得ることができる。
以下、実施例を示し、この出願の発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この発明は以下の例によって限定されるものではない。
実施例1
温度感受性のミューテーター遺伝子(dnaQ)を持つKH1366(dnaQ49)株およびKH1370(dnaQ+)株(奈良先端科学技術大学院大学の真木寿治教授より入手)を培養し、各々のアンピシリン耐性の程度を測定した。
なお、dnaQ49株は、DNAポリメラーゼIIIのεサブユニットが変異しており、DNAポリメラーゼIIIのプルーフリーディング機能に欠陥がある。このためDNA複製エラーを校正できず、全ての塩基置換による変異が発生する。この変異は温度感受性であるために培養温度が24℃から37℃にシフトすることにより、突然変異率が10-9から10-4に増加する。一方、dnaQ+株はdnaQ49株の復帰突然変異によりDNAポリメラーゼIIIのεサブユニットが正常になった株である。このdnaQ+株はdnaQ49株の野生型として用いた(以下、dnaQ+株を野生型と記載することがある)。
まず、突然変異を誘発していないdnaQ49株および野生型を種々の濃度のアンピシリンを含む寒天培地に播種し、24℃で2日間培養してコロニーを形成させ、dnaQ49株および野生株のアンピシリン濃度-生残曲線を作成した。Ampicillin Sodium Salt(SIGMA,A-9518)は精製水に溶解して原液とし、培養液に望む希釈濃度になるよう加えた。また、濃度-生残曲線の作成には培養液の550nmに於ける吸光度測定により行った。
結果は第1図に示したとおりであり、dnaQ49株のほうが野生型よりもわずかにアンピシリン耐性が強いことが確認された。
次いで、dnaQ49株および野生型を、各々、5mlのL-broth培地に2,000個/mlの密度で播種し、変異導入温度である37℃で24時間培養した。なお、野生型には、公知の変異原物質である1-Methyl-3-nitro-1-nitrosoguanidine(MNNG;Aldrich 12,994-1)を0~60μg/ml培地の濃度で培地に加えた。
24時間培養後に増殖してきた菌を回収し、様々なアンピシリン濃度の培地で24℃で48時間培養し、各大腸菌の生残率をコロニー形成法により決定した。
第2図は、37℃で24時間変異させたdnaQ49株、野生型およびMNNG野生型のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。dnaQ49株のアンピシリン耐性最大濃度は30μg/mlであり、野生型およびMNNG野生型(3~6μg/ml)に比べ有意に高いことが確認された。なお、60μl/mg濃度のMNNG存在下で培養した野生型は全く増殖しなかったことから、高濃度のMNNGは生存に必要な遺伝子にも変異を生じさせ、その結果として絶滅したものであると考えられる。
次いで、上記24℃の培養において生育した最大濃度のアンピシリン含有培地のコロニーを用い、第2回目の突然変異導入を行った。すなわち、dnaQ49株は30μg/mlのアンピシリン含有培地で、MNNG 10μg/ml処理群はアンピシリン6μg/ml含有培地で、その他のMNNG処理群は3μg/mlアンピシリン含有培地でそれぞれ24℃で培養し、増殖した菌を洗浄後、2000個/mlの密度に調整し、37℃で24時間培養した。次いで、菌を洗浄した後、種々のアンピシリン濃度の培地に播種し、24℃で2-3日間培養し、コロニーを形成させ、各大腸菌の生残率を測定した。なお、MNNG処理群は実施例2と同様の濃度のMNNGを処理した。
第3図は、2回目の変異導入を行ったdnaQ49株、野生型および各MNNG処理群のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。dnaQ49株のアンピシリン耐性最大濃度は300μg/mlであり、野生型およびMNNG野生型(6~30μg/ml)に比べ有意に高いことが確認された。なお、第3図に結果を示していないMNNG処理群は絶滅したことを示している。
以下、同様の操作を繰り返し、5回目まで変異導入を行った。24℃での増殖におけるアンピシリン濃度(前のコロニー形成時におけるアンピシリン耐性最大濃度)および24℃でのコロニー形成日数は表1に示したとおりである。また、図4~6はそれぞれ第3~5回目の変異導入後のアンピシリン濃度-生残曲線である。
これらの結果から明らかなように、5回目までの変異誘発処理によって、約6,000μg/mlのアンピシリン存在下でも増殖するdnaQ49株が得られた。また、同様の変異導入操作を別のdnaQ49株で実施したところ、5回の変異誘発処理によって約10,000μg/mlまでのアンピシリン耐性菌株が得られた(図7)。なお、このような操作の過程で絶滅したdnaQ49株は無かった。この菌体内にはプラスミドは存在せず、この耐性能がゲノム遺伝子の変異によるものであることが示された。
JP0004485061B2_000002t.gifまた、このアンピシリン耐性dnaQ49株に対する種々の抗生物質の最小増殖阻止濃度(MIC)を調べたところ、アンピシリンと同様のβ-ラクタム系抗生物質であるセフオタキシムに対しても強い耐性を示したが、アンピシリンとは作用機序の異なる抗生物質に対しては耐性能を獲得していなかった(表2)。なお、これまで報告されているアンピシリン耐性大腸菌の耐性濃度は1,500μg/mlであるが、この耐性能はプラスミドによるものである。また、アンピシリンを加えずに37℃で変異誘発を行った場合には、10回の操作でもアンピシリン耐性菌を得ることは出来なかった。
これらの結果、変異原を用いたコントロールおよびこれまで報告されている耐性菌に比べ、高濃度のアンピシリンに耐性を示す耐性菌を短期間に獲得することができた。一方、MNNG処理群では、高濃度処理では菌の絶滅が起こり、低濃度処理では300μg/mlの耐性菌しか得られなかった。
JP0004485061B2_000003t.gif実施例2
実施例1と同様にしてdnaQ49株に変異を導入し、オフロキサシン、ナリジキ酸、ストレプトマイシンの各々に対する薬剤耐性菌を作製した。その結果、表3~5に示したとおり、500μg/mlまでのオフロキサシン耐性菌、7,000μg/mlのナリジキ酸に対する耐性菌、26,000μg/mlのストレプトマイシンに対する耐性菌を得た。
JP0004485061B2_000004t.gifJP0004485061B2_000005t.gifJP0004485061B2_000006t.gifまた、オフロキサシン耐性菌において、菌の耐性獲得に関連する酵素の変異を解析したところ、耐性度の低い菌(1~30μg/ml)ではジャイレースAの83位のセリンがロイシンに変異していた。また、耐性度100μg/mlの菌はジャイレースAの83位のセリンがロイシンに変異しているのに加え、耐性増加に必要な他の酵素であるトポイソメラーゼIVの80位のセリンがアルギニンに変異していた(表6)。この結果から、この発明の方法によって、複数の遺伝子に効率よく変異導入が可能であることが示された。また、導入された変異は臨床的に観察された耐性菌の変異と同じものであり、耐性能が上昇するにつれて固定される変異が増加する耐性獲得のメカニズムも同じものであった(J.Infect Chemother 3:128-138,1997)。
以上の結果は、この発明の方法が、種々の生物機能の発現に関連する複数の遺伝子を一度に改変することが可能であること、そして、そのような遺伝子の多様な改変により、薬剤耐性菌など新たな変異体の出現予測やそのメカニズムの解明などに利用できることを示している。
JP0004485061B2_000007t.gif実施例3
実施例1と同様にしてdnaQ49株に変異を導入し、アルカリ耐性菌を作製した。その結果、表7に示したとおり、12回の突然変異誘発によりpH9.8までの耐性菌を得た。
JP0004485061B2_000008t.gif実施例4
大腸菌E.coliのampC遺伝子(GenBank Accession No.J01611,J01583)の4249-4251位のコドン”att”は、”ttt”に変異しやすいことが知られている。そこで、この部位の変異がリーディング鎖の変異に起因するか、それともラギング鎖の変異に起因するかを検討した。
1.方法
E.coliのampC遺伝子はラギング鎖として合成されることが知られているので、4260-4212位の-鎖プラス付加配列(配列番号1)をラギング鎖のfidelity測定用のプローブとした。また、4235-4281位の+鎖プラス付加配列(配列番号2)をリーディング鎖のfidelity測定用プローブとした。
さらに、配列番号3のオリゴヌクレオチドをラギング鎖およびリーディング鎖のfidelity測定用のリンカーDNAとした。
先ず、dnaQ49を1世代時間(菌浮遊液のOD550が2倍になるのに要する時間)、37℃で培養した後、ゲノムDNAを精製し、制限酵素Fnu4HIおよびMspIで処理してampC遺伝子を含む二本鎖DNA断片(4212-4279位)を得た。
得られたDNA断片、ラギング鎖のfldelity測定用プローブおよびリンカーDNAをハイブリダイズさせた。同様に、DNA断片、リーディング鎖のfidelity測定用プローブおよびリンカーDNAをハイブリダイズさせた。
各々のプローブとハイブリダイズしたDNA断片とリンカーDNAとをT4 DNA Ligaseを用いてライゲーションさせ、DNAを精製した後、”aatt”を認識する制限酵素TSPEIで処理した。
次いで、ラギング鎖のfidelity測定用プローブとハイブリダイズしたDNA断片を、配列番号4の塩基配列(4279-4259位の-鎖)を有するオリゴヌクレオチドとリンカーDNA(配列番号2)をそれぞれプライマーとしてPCR増幅した。また、リーディング鎖のfidelity測定用プローブとハイブリダイズしたDNA断片を、配列番号5の塩基配列(4212-4232位の+鎖)を有するオリゴヌクレオチドとリンカーDNAをプライマーとしてPCR増幅した。
なお、コントロールとして、野生型dnaQ株のampC遺伝子についても、同様の手続によりラギング鎖およびリーディング鎖の変異を検討した。
2. 結果
PCR増幅の結果は第8図に示したとおりである。この第8図は、各々のPCR産物をアガロース電気泳動で解析した結果であり、レーン1はマーカー、レーン2および3は、dnaQ株ampC遺伝子由来のDNA断片のPCR産物を電気泳動した結果である。このレーン2および3のバンドから明らかなように、ラギング鎖測定用プローブとハイブリダイズしたDNA断片(レーン2)、およびリーディング鎖測定用プローブとハイブリダイズしたDNA断片(レーン3)においては100bpあたりのバンドは観察されなかった。このことは、dnaQ株のampC遺伝子には、ラギング鎖、リーディング鎖ともに変異が生じていないことを意味する。すなわち、いずれのDNA断片もコドン”att”が変異していないために、PCR前の制限酵素TSPEI処理によって切断され、その結果、PCR増幅されなかった。
一方、レーン4および5は、dnaQ49株ampC遺伝子由来のDNA断片のPCR産物を電気泳動した結果である。このレーン4および5に示した結果から明らかなように、リーディング鎖測定用プローブとハイブリダイズしたDNA断片(レーン5)には100bpのPCR産物の存在を示すバンドは観察されないが(すなわち、リーディング鎖には変異が生じていない)、ラギング鎖測定用プローブとハイブリダイズしたDNA断片(レーン4)の場合には、100bpのPCR産物の存在を示すバンドが観察された。
以上の結果から、大腸菌dnaQ49株の場合には、ゲノムDNAのレベルにおいてもリーディング鎖よりもラギング鎖のほうがより多くの変異を蓄積することが確認された。
産業上の利用可能性
この出願の発明によって、微生物や細胞、または生物個体の多様かつ有用な変異体を効率的、効果的に作製することができる。また、遺伝子の変異の状況を解析することにより、薬剤耐性のメカニズムの解明、新規な耐性菌の発生予測やその対応薬剤の開発への利用やガン遺伝子の変異と転移や悪性度の増加のメカニズムの解析とその治療法の開発等が可能となる。
【配列表】
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【図面の簡単な説明】
第1図は、変異導入前のdnaQ49株および野生株のアンピシリン濃度-生残曲線である。
第2図は、第1回目の変異導入後のdnaQ49株、野生型およびMNNG野生型のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。
第3図は、第2回目の変異導入後のdnaQ49株、野生型およびMNNG野生型のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。
第4図は、第3回目の変異導入後のdnaQ49株、野生型およびMNNG野生型のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。
第6図は、第4回目の変異導入後のdnaQ49株、野生型およびMNNG野生型のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。
第6図は、第5回目の変異導入後のdnaQ49株、野生型およびMNNG野生型のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。
第7図は、別のdnaQ49株における第5回目の変異導入後のアンピシリン感受性を示すアンピシリン濃度-生残曲線である。
第8図は、野生型dnaQ株およびdnaQ49株のそれぞれのampC遺伝子由来のDNA断片のアガロース電気泳動図である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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