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明細書 :量子サイズ効果を用いたスピン注入磁化反転磁気抵抗素子

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4297739号 (P4297739)
公開番号 特開2005-011907 (P2005-011907A)
登録日 平成21年4月24日(2009.4.24)
発行日 平成21年7月15日(2009.7.15)
公開日 平成17年1月13日(2005.1.13)
発明の名称または考案の名称 量子サイズ効果を用いたスピン注入磁化反転磁気抵抗素子
国際特許分類 H01L  43/08        (2006.01)
H01L  21/8246      (2006.01)
H01L  27/105       (2006.01)
G01R  33/09        (2006.01)
G11C  13/06        (2006.01)
G01R  15/22        (2006.01)
FI H01L 43/08 S
H01L 43/08 Z
H01L 27/10 447
G01R 33/06 R
G11C 13/06 Z
G01R 15/07 Z
請求項の数または発明の数 8
全頁数 14
出願番号 特願2003-172473 (P2003-172473)
出願日 平成15年6月17日(2003.6.17)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 The 8th Symposium on the Physics and Application of Spin-Related Phenomena in Semiconductors Extended Abstracts(平成14年12月19日)第242-245頁に発表
特許法第30条第1項適用 第50回応用物理学関係連合講演会講演予稿集(平成15年3月27日)第1571頁に発表
特許法第30条第1項適用 日本物理学会講演概要集第58巻第1号第4分冊(平成15年3月28日)第674頁に発表
審査請求日 平成17年1月13日(2005.1.13)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】大岩 顕
【氏名】宗片 比呂夫
【氏名】守谷 頼
【氏名】樫村 之哉
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100108394、【弁理士】、【氏名又は名称】今村 健一
【識別番号】100102576、【弁理士】、【氏名又は名称】渡辺 敏章
審査官 【審査官】小川 将之
参考文献・文献 特開平03-203052(JP,A)
特開平10-206513(JP,A)
特開2003-017782(JP,A)
特開2001-250998(JP,A)
調査した分野 H01L 43/08
H01L 27/105
H01L 21/8246
G01R 15/22
G01R 33/09
G11C 13/06
特許請求の範囲 【請求項1】
キャリアを量子的に閉じ込め可能な量子磁性半導体構造であって、前記量子磁性半導体の価電子帯の重い正孔状態と軽い正孔状態との縮退を量子井戸構造により解いた半導体磁性領域を有する量子磁性半導体構造を準備するステップと、
該量子磁性半導体構造に対して楕円偏光を照射するステップと
を有することを特徴とするスピン注入磁化制御方法。
【請求項2】
前記量子磁性半導体構造は、半導体層中に磁性金属を混ぜた磁性半導体層を有していることを特徴とする請求項1に記載のスピン注入磁化制御方法。
【請求項3】
磁性半導体と、該磁性半導体のキャリアを量子力学的に閉じ込めるエネルギー障壁とを有し、前記磁性半導体の価電子帯の重い正孔状態と軽い正孔状態との縮退を量子井戸構造により解いた半導体磁性領域を有する量子磁性半導体微細構造。
【請求項4】
請求項3に記載の量子磁性半導体微細構造と、
前記半導体磁性領域における価電子帯と伝導帯に形成される量子準位間のエネルギー差を選択し、それに相当するエネルギーを有する楕円偏光を照射する光源と
を有する光半導体装置。
【請求項5】
楕円偏光の照射により磁化反転を行う磁気抵抗素子であって、
下部電極と、
該下部電極上に形成され磁化に向きが固定された固定層と、
該固定層上に形成される第1エネルギー障壁層と、該第1エネルギー障壁層上に形成され磁性半導体からなる磁化反転層と、該磁化反転層上に形成される第2エネルギー障壁層と、を有し、前記磁性半導体の価電子帯の重い正孔状態と軽い正孔状態との縮退を量子井戸構造により解いた半導体磁性領域と、を有する磁性半導体構造と、該第2エネルギー障壁層上に形成される透明電極と
を有する磁気抵抗素子。
【請求項6】
請求項5に記載の磁気抵抗素子と、
前記下部電極と前記透明電極との間の電圧を検出する電圧検出手段と、
前記透明電極側から前記磁化反転層のキャリアを励起するエネルギーのうちの伝導帯と価電子帯に形成される量子準位間の遷移エネルギーに相当する波長を有する楕円偏光を照射できる光源と
を有する不揮発性メモリ装置。
【請求項7】
さらに、前記磁気抵抗素子の前記楕円偏光照射側に設けられ、該楕円偏光を選択的に照射するシャッタとを有する請求項6に記載の不揮発性メモリ装置。
【請求項8】
磁性半導体と、該磁性半導体のキャリアを量子力学的に閉じ込めるエネルギー障壁を有し、前記磁性半導体の価電子帯の重い正孔状態と軽い正孔状態との縮退を量子井戸構造により解いた量子磁性半導体微細構造と、
該量子磁性半導体微細構造に対して照射される楕円偏光を受光する受光面と、
前記磁性半導体の電位を測定する測定部と
を有する光センサー。
発明の詳細な説明 【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明はキャリアスピン注入磁気抵抗効果素子に関し、特に、量子サイズ効果によるスピン注入磁化反転の効率化技術を用いた磁気抵抗効果素子に関する。
【0002】
【従来の技術】
磁気抵抗効果素子は、高度情報化社会における大容量記憶媒体に用いられる素子として注目されている。特に磁気抵抗効果を用いた磁気ヘッドは、高感度かつ高密度化が可能であり、実用化されている。
【0003】
最近、強磁性体と非磁性金属とを交互に積層した磁気抵抗効果膜の研究が盛んになってきている。磁気抵抗効果膜は、外部磁場により強磁性の平行磁化状態と反平行磁化状態とを実現し、両方の状態における膜の積層方向に関する電気抵抗の差を利用するものであり、例えば磁気センサとしても期待されている。加えて、磁気抵抗効果膜を不揮発性記憶セルの主要構成要素として利用した磁気ランダムアクセスメモリ(Magnetic Random Access Memory: MRAM)の研究も盛んになってきている。図15に示すように、MRAM100は、例えば2層の強磁体層101、103の間に絶縁体層105を挟んだ構造を有しており、磁場により変化させることが可能な一方の強磁性層101と磁場により変化させることができない他方の強磁性層103との間の磁化状態の関係が、平行磁化状態(低抵抗)又は反平行磁化状態(高抵抗)のいずれであるかに起因する積層方向に関する電気抵抗の差を記憶情報として読み出す不揮発メモリである。MRAMセルは構造が簡単なため、図16に示すように、2次元平面上に多数のMRAM100を配置し、強磁体層101、103のそれぞれに配線L1、L2を接続することにより、高集積記憶装置を実現することができる。
【0004】
また、誘導磁場によらずに磁化反転を実現する技術も提案されている。例えば、積層方向にキャリアスピンを注入することにより磁化反転を行うキャリアスピン注入磁化反転型磁気抵抗効果膜も提案されている(例えば、非特許文献1、2参照)。上記のキャリアスピン注入磁化反転型磁気抵抗効果膜では、注入層から反転層へスピン偏極したキャリアが電気的に注入されると、キャリアが磁性体の磁化にもたらすトルクによって、ある反転電流以上で磁化反転膜の磁化回転が起こる。
【0005】
【非特許文献1】
J.C.Slonczewski, Journal of Magnetism and Magnetic Materials 159 (1996) L1-L7.
【非特許文献2】
L. Berger, Physical Review B, Vol. 54 No. 13, 9353 (1996).
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、MRAMなどに用いられる磁気抵抗効果膜は、強磁性層の平行磁化又は反平行磁化のいずれかの状態を実現するために、特定のセルに対して誘導磁場(外部磁場)を印加する必要がある。従って、磁場発生装置を作り込む必要があるとともに、消費電力も大きくなるという問題がある。MRAMにおいては、記憶装置の高密度化、すなわち素子の微細化を進めれば進めるほど、近接する記憶セルに対して漏れ磁場の影響が大きくなり、特定のセルのみに対して情報の書き換えを行うことが難しくなるという問題点を有している。
【0007】
一方、キャリアスピン注入磁化反転磁気抵抗効果膜を用いると、磁場を印加する場合と比べて素子の微細化に対応可能であるが、スピン注入磁化反転に107A/cm2という大電流が必要とされる。また、磁性体MRAMの記憶セルを構成するトンネル磁気抵抗素子では、中間層が絶縁体で構成されるため、実現が困難である。
【0008】
発明者は、円偏光によって光学選択則に従ってスピン偏極キャリアを注入すると、磁化が回転することを利用する技術を先に提案した。図1から図3までを参照してこの技術について説明を行う。図1は、先の提案に係るスピン注入磁化反転膜を用いた素子の概念的な構成を示す図であり、III-V族磁性半導体を用いた素子の構成例を示す図である。図2は、図1に示す素子の伝導帯と価電子帯との間の遷移の様子を示す模式的な図である。図3(a)及び図3(b)は、光生成スピン偏極正孔とMnとの相互作用の様子を示す図である。
【0009】
図1に示すように、先の提案に係るスピン注入磁化反転膜を用いた素子は、例えばGaAs層1上に(Ga,Mn)As層3を積層した構造を有している。この素子に対して積層方向に円偏光5を照射すると、図2に示すように光学遷移が生じる。この場合、価電子帯の重い正孔と軽い正孔の準位は縮退している。図3(a)及び図3(b)に示すように、磁性混晶半導体(Ga,Mn)Asでは、光生成スピン偏極正孔がMnとの相互作用によりMn磁気モーメントにトルクを与え、磁化の回転を引き起こす。磁性半導体の磁化の方向は、半導体中で励起されたキャリア(電子・正孔)スピンの向きによって決まり、また、この量子化軸は円偏光を入射する向きによって決まる。量子化軸を軸としてキャリア(電子・正孔)スピンがどちらを向くかは、円偏光が右向きであるか左向きであるかによって決まる。
【0010】
ここで、実際に図1に示す構造に円偏光を照射した場合に起こる現象について、図2を参照しつつ説明を行う。まず、図1に示す構造では価電子帯のHH1(LH1)はエネルギー的に縮退しており、伝導帯のE1との間のエネルギー差ΔEに相当する波長を有する円偏光σ+を照射すると、角運動量L=+1となる光学遷移のみが生じる。重い正孔(ヘビーホール)HH1と軽い正孔(ライトホール)LH1とに存在する両方の電子が伝導帯に励起され、価電子帯に正孔が生成される。HH1の価電子帯から伝導帯への電子の光学遷移によりスピンが下向きの電子が生成され、LH1の価電子帯から伝導帯への遷移によりスピンが上向きの電子が生成される。このときHH1からの遷移確率がLH1からの遷移に比べて3倍大きいため、結局は伝導帯の光生成電子のスピンの偏極率としては下向き50%である。全スピンは遷移前と後で保存されるため価電子帯には上向き50%の偏極率をもつ光生成正孔が存在する。円偏光σ-を照射するとL=-1となる光学遷移が生じる。この場合も円偏光σ+を照射した場合と同様の選択側により光生成電子・正孔のスピンの偏極率は50%である。
【0011】
すなわち、図1に示す構造では、円偏光のσ+とσ-とを選択的に照射した場合においても、光生成キャリアのスピンの向きを完全には揃えることができない。スピンの向きが異なるキャリアは異なる方向のトルクを磁化に及ぼすため、磁化反転が効率的に行われないことを意味する。
【0012】
本発明は、磁化反転に必要な電力を低減するために、磁化反転の効率化を行うことを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明の一観点によれば、キャリアを量子的に閉じ込め可能な量子磁性半導体構造を準備するステップと、該量子磁性半導体に対して楕円偏光を照射するステップとを有することを特徴とするスピン注入制御方法が提供される。前記量子磁性半導体構造は、半導体層中に磁性金属を混ぜた磁性半導体層を有している。
【0014】
上記量子磁性半導体構造では、価電子帯の準位が重い正孔と軽い正孔の2つの準位は分裂しており、例えば重い正孔と伝導帯との間のエネルギー差に相当する波長を有する楕円偏光を照射することにより、選択的に重い正孔に存在する電子を伝導帯に励起させることができ、光生成キャリアのスピンの偏極率を向上させることができ、スピン注入磁化反転を効率的に起こすことができる。
【0015】
本発明の他の観点によれば、磁性半導体と、該磁性半導体を量子力学的に閉じ込めるエネルギー障壁であって、前記磁性半導体の価電子帯の重い正孔と軽い正孔状態の縮退を解いた半導体磁性金属領域と、を有する量子磁性半導体微細構造が提供される。
【0016】
それに加えて、前記半導体磁性金属領域における価電子帯と伝導帯とに形成される量子準位間のエネルギー差を選択し、それに相当するエネルギーを有する楕円偏光を照射する光源とを有する光半導体装置を用いることにより、楕円偏光照射時におけるスピンの偏極率を向上させることができる。
【0017】
また、下部電極と、該下部電極に形成され磁化に向きが固定された固定層と、該固定層に形成される第1エネルギー障壁層と、該第1エネルギー障壁層に形成される磁化反転層と、該磁化反転層に形成される第2のエネルギー障壁層と、
該第2のエネルギー障壁層に形成される透明電極とを有する量子井戸型スピン注入磁化反転磁気抵抗素子が提供される。
【0018】
上記構造により、磁化反転層における正孔の準位間の縮退を解き、一方の準位からのみ電子を伝導帯に励起させることができ、励起された光生成キャリアのスピンの偏極率を選択的に向上させることができる。
【0019】
さらに、この量子井戸型スピン注入磁化反転磁気抵抗素子と、前記下部電極と前記透明電極との間の電圧を検出する電圧検出手段と、前記透明電極側から前記磁化反転層のキャリアを励起するエネルギーのうちの伝導帯と価電子帯に形成される量子準位間の遷移エネルギーに相当する波長を有する楕円偏光を照射できる光源と、を有する不揮発性メモリが提供される。上記不揮発性メモリにおいては、スピン偏極率の高いキャリアを注入できるため、スピン注入磁化反転を効率的に行うことができ、メモリの性能を向上させることができる。
【0020】
さらに、前記量子井戸型スピン注入磁化反転磁気抵抗素子の前記楕円偏光照射側に設けられ、該楕円偏光を選択的に照射するシャッタとを設けることができる。例えば、電気的にシャッタの動作を制御することにより、記憶情報の書き換えを行いたい特定の素子のみに円偏光を照射することができる。
【0021】
本発明の別の観点によれば、磁性半導体と、該磁性半導体を量子力学的に閉じ込めるエネルギー障壁であって、前記磁性半導体の価電子帯の重い正孔と軽い正孔状態の縮退を解いた半導体磁性金属領域と、を有する量子磁性半導体微細構造と、該量子磁性半導体微細構造に対して照射される楕円偏光を受光する受光面と、前記磁性半導体の電位を測定する測定部とを有する光センサーが提供される。
【0022】
上記センサを用いることにより、例えば楕円偏光の有無や強度、楕円偏光の向きをセンシングすることも可能である。
【0023】
【発明の実施の形態】
発明者は、量子サイズ効果により磁性半導体層中に量子準位を形成させることで、光生成キャリアのスピンの偏極率をほぼ100%にできることを用い、スピン注入磁化反転を効果的に引き起こす新しい技術を思いついた。これにより、スピン注入磁化反転の効率化と、これに伴う磁化反転に必要な電力を低減することが可能である。図4及び図5を参照しつつ、本発明の一実施の形態による量子井戸スピン注入磁化反転膜の原理について説明する。図4は、本実施の形態による量子井戸スピン注入磁化反転膜の構造例を示す図である。図4に示すように、本実施の形態による量子井戸スピン注入磁化反転膜は、GaAs層11上に、例えばAlAs層により形成された第1のエネルギー障壁層15と、(Ga,Mn)Asより形成される量子井戸層17と、AlAs層により形成される第2のエネルギー障壁層21とを有する積層構造より形成される量子井戸構造を有している。尚、第1及び第2のエネルギー障壁層15、21は、AlxGa1-xAs層(0<x<1)を用いても良い。
【0024】
図4に示す量子井戸構造における量子井戸層を形成する(Ga,Mn)As層17に関する模式的なエネルギーバンド構造を図5に示す。図5に示すように、キャリア(正孔)を量子力学的な効果が顕著に顕れる程度に小さなサイズ内に閉じ込めることにより、HH1とLH1とのエネルギー準位をスプリッティングの(エネルギー差=ΔE2-ΔE3)させることができる。HH1とLH1とのエネルギー準位のスプリッティングを利用することにより、E1-HH1のエネルギー(波長)ΔE2を有する円偏光を照射した場合、価電子帯の正孔準位のうちHH1のみを伝導帯E1に選択的に励起させることができる。この際、LH1における正孔は円偏光のエネルギー(波長)がE1-LH1のエネルギー(波長)と異なる(ΔE3)ため、LH1を占有する電子が伝導帯に励起されることはない。尚、円偏光は、直線偏光の電界ベクトルを右回り方向と左周り方向とをλ/4(λは波長)ずらすことによって得られる。例えば、レーザー光源からの直線偏光させたレーザー光を1/4波長板に通すか、又は、ポッケルセルなどの電場を加えた光学結晶を通すなどの公知技術によって得ることが出来る。
【0025】
この現象をより具体的に説明すると、まず、図4、図5に示す構造に対して価電子帯HH1と伝導帯E1との間のエネルギー差ΔE2に相当する波長の円偏光σ+を照射すると、角運動量L=+1となる光学遷移のみが生じる。HH1内のみの電子が伝導帯に励起されて重い正孔が生成され、LH1内における電子は価電子帯に励起されることがない。HH1内の電子の価電子帯から伝導帯への遷移のみが生じるため伝導帯中の光生成電子のスピンが完全に下向きになり、スピンの偏極率は100%となる。このとき全スピンは保存されるので価電子帯の光生成正孔も完全に上向きになり、スピン偏極率も100%である。価電子帯HH1と伝導帯E1との間のエネルギー差ΔE2に相当する波長の円偏光σ-を照射するとL=-1となる光学遷移が生じる。この場合も円偏光σ+を照射した場合と同様に光生成キャリアのスピンの偏極率は100%である。すなわち、図4、図5に示す構造では、エネルギーをE1-HH1に選択した円偏光のσ+とσ-との選択的な照射を行うことにより、伝導帯に励起された電子と価電子帯に生成された正孔のスピンの向きを完全に揃えることができ、光生成スピン偏極度を100%にすることができる。尚、量子井戸中のキャリアを強く閉じ込めることにより、光生成スピン偏極正孔の緩和時間を長くすることも可能であり、この効果を利用してスピン注入磁化反転の大きさを増大させることもできると考えられる。
【0026】
次に、図4に示す構造におけるAlAs/GaMnAs/AlAs量子井戸中における量子準位の形成に関する実験について図6及び図7を参照しつつ説明を行う。図6及び図7は、本実施の形態による量子井戸スピン注入磁化反転膜に用いられるAlAs/GaMnAs/AlAs量子井戸に関する特性を評価した結果を示す図である。図6は、GaMnAs量子井戸構造の井戸幅を変化させ、円偏光を照射した場合のフォトンのエネルギーと反射MCD(磁気円二色性)との関係を示す図であり、測定温度は7K、磁場H=1.2Tの条件で測定した結果を示す図である。GaMnAsの井戸幅を、0.5nm(AR4)、1.5nm(AR3)、3nm(AR2)、5nm(AR1)、10nm(AR0)と変えた場合の結果を示している。尚、矢印は各井戸幅で計算されるE1-HH1遷移の位置を示す。図に示すように、MCDのピークは、GaMnAsの量子井戸幅を狭くすればするほど高エネルギー側にシフトしていくことがわかる。GaMnAsの量子井戸幅が狭くなるにつれて、E1-HH1の値も大きくなり、それにつれてMCDのピークエネルギー位置も高エネルギー側にシフトしているものと考えられる(図7(B)参照)。
【0027】
図7(A)は、理論計算により求めたE1-HH1の値の曲線と量子井戸幅と、図6とに基づいて、MCDスペクトルのピーク値より求めた遷移エネルギーと量子井戸幅の関係をプロットした図である。図7(A)に示すように、MCDスペクトルから求めた値は理論計算値に基づく曲線と良く一致しており、AlAs/GaMnAs/AlAs量子井戸構造においてGaMnAs井戸層に量子準位が形成されていることが確認できた。
【0028】
次に、図8から図10までを参照しつつ、本実施の形態によるスピン注入磁化反転磁気抵抗素子に用いられるAlAs/GaMnAs/AlAs量子井戸に関する光スピン注入磁化反転に関する実験結果について説明する。合わせて、バルクGaMnAsを用いた場合の実験結果を対応させて示す。図8(a)、(b)は、AlAs/GaMnAs/AlAs量子井戸構造に対して2.0×1013photon/cm2/pulseの円偏光パルスを照射した場合の、Kerr回転角と励起光に対する検出光の間の遅延時間との関係を示す図である。測定温度30K、磁場0Tにおいて、1.61eVのエネルギーを有するσ+の円偏光又はσ-を照射した測定条件下において、図8(a)に示すように、円偏光の向きにより時間分解Kerr回転は、正負の方向にほぼ対象な値を示すとともに、時間の経過とともに0に近づいていくことが分かる。
【0029】
また、図8(b)に示すように、緩和が速い成分と遅い成分の2成分を有することがわかる。これは、キャリアのスピン緩和に関連する緩和が速い成分と、Mnの回転に関連する緩和が遅い成分と、の2成分が存在するためであると考えられる。遅い成分の0psでの磁化変化ΔMは13mdegである。
【0030】
一方、比較例として示した図9(a)、(b)は、GaMnAsバルク構造に対して1.5×1012photon/cm2/pulseの円偏光パルスを照射した場合の、Kerr回転角と遅延時間との関係を示す図である。測定温度20K、磁場0Tにおいて、1.58eVのエネルギーを有するσ+の円偏光又はσ-を照射した測定条件下において、図8(a)と同様に、円偏光の向きにより時間分解Kerr回転は正負の方向にほぼ対象な値を示すとともに、時間の経過とともに0に近づいていく(緩和していく)ことが分かる。
【0031】
図8(b)と図9(b)とを比較すると、Mnの回転に関連する値である緩和が遅いΔMは量子井戸構造の方が大きく、光照射が行われた瞬間(0ps)では量子井戸構造では13mdegであり、GaMnAsバルク構造では2mdegであることがわかる。
【0032】
この結果を踏まえて、図10に、バルク(単層膜)と量子井戸とのそれぞれをスピン磁化反転膜として用いた場合の特性を比較してまとめで示す。図10に示すように、バルク(x=0.011)の場合のGaMnAs層では、7.0×1015photon/cm3/pulse(1.5×1012photon/cm2/pulse)の円偏光を照射すると、飽和磁化の約0.5%(1018cm-3)(ΔM=2mdegであり、Ms=400mdeg.)が回転する。従って、1フォトン当たり、約170個のMnが回転していることになる。尚、測定温度の差が実験結果に与える影響は小さい。
【0033】
一方、量子井戸(x=0.056)構造においては、1.7×1017photon/cm3/pulse(2.0×1013photon/cm2/pulse)の円偏光を照射すると、飽和磁化の約52%(1021cm-3)(ΔM=13mdegであり、Ms=25mdeg.)が回転する。従って、1フォトン当たり、約3600個のMnが回転していることになる。
【0034】
以上の結果から、量子井戸構造を用いることにより、光生成正孔のスピン偏極率が増大し、磁化変化が増大することがわかる。加えて、正孔スピンの寿命に関しても長くなることが期待できる。尚、正孔スピンの寿命は、量子井戸中でのキャリアの閉じ込めの強さに依存すると考えられる。従って、光生成正孔スピンの緩和時間が延びると、正孔がMnと十分に相互作用することができ、磁化変化がより大きくなると期待される。別の観点では、例えば、量子井戸幅を狭くしたり、量子井戸構造の障壁高さを高くしたりすることにより、正孔スピンの緩和時間を長くすることができ、円偏光の照射を停止した後の情報の記憶時間を長くすることができる。この場合には、不揮発性記憶素子としての応用に適する。一方、例えば、量子井戸幅を広くしたり、量子井戸構造の障壁高さを低くしたりすることにより、正孔スピンの緩和時間を短くすることができ、円偏光の照射とその停止に応じて素早く応答するため、光スイッチ又は光センサーとしての利用に適している。また、Kerr回転を測定することにより、円偏光の向きを感度良く知ることが出来るため、Kerr回転を測定するためのセンサとしても適している。
【0035】
次に、本実施の形態による素子の実際の製造方法について説明する。量子井戸層に用いることができる材料としては、化合物半導体量子井戸であって、井戸層に高濃度、例えば%オーダーで遷移金属(Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni)を添加した化合物半導体量子井戸層を用いることができる。例えば、GaMnAs/AlGaAsヘテロ構造、InGaMnAs/InAlAsヘテロ構造、InMnSb/InAsヘテロ構造、InGaMnN/GaN、GaMnN/AlNヘテロ構造などのIII-V族系の化合物半導体構造、又は、ZnCrTe/ZnTeなどのII-VI族系の化合物半導体構造を用いることができる。
【0036】
素子は、例えば分子線エピタキシー法(MBE)により作成することができる。その他、有機金属気相エピタキシー法(MOCVD)、スパッタ法、真空蒸着法により作成することも可能である。
【0037】
以下、量子井戸スピン注入磁化反転膜の具体的な素子製造工程の例について説明する。まず、GaAs基板上に、GaAsバッファ層を580℃で堆積し、次いで、厚さ10nm程度のGa1-yAlyAs(0<y<1)層(第1障壁層)を240 ℃で形成する。次に、厚さ5nmのGa1-xMnxAs層(0<x<1、量子井戸層)を240℃で形成し、厚さ10nm程度のGa1-yAlyAs(0<y<1)層(第2障壁層)を240℃で形成する。最後に厚さ10nm程度のGaAs層(保護層)を240℃で形成する。
【0038】
次に、図11及び図12を参照しつつ、量子井戸スピン注入磁化反転膜を用いた磁気抵抗効果素子について説明する。図11に示す磁気抵抗効果素子は、p+-GaAs層31と、p-GaAs下部電極層33と、Ga1-xMnxAs(0<x<1)固定層35と、Ga1-zAlzAs(0≦z≦1)第2障壁層37と、(In1-yGay)1-xMnxAs(0<x<1,0<y<1)磁化反転層39と、Ga1-zAlzAs(0≦z≦1)第1障壁層41と、透明電極層45との積層構造を有している。Ga1-xMnxAs固定層35の磁化方向は固定されており、一方、量子井戸層である(In1-yGay)1-xMnxAs(0<x<1,0<y<1)磁化反転層39はフリー層であり、円偏光を照射することにより磁化の方向を変化させることができる。上記の構造において下部電極31と透明電極45との間に生じる電圧を測定することができるように構成されている。この場合には、蒸着装置などを用いてBeをキャリア密度p=1019cm-3程度ドーピングしたp型GaAs層を580℃で分子線エピタキシーにより形成し、その上に上部透明電極をAu薄膜又はITO膜などにより形成する。
【0039】
図12(a)に示すように、図11に示す構造に対して円偏光を照射しない状態においては、磁化反転層39の磁化方向(矢印で示す方向)は前回の状態を保持しており、図12(a)では、固定層35と磁化反転層39との磁化方向が同じ(平行磁化)であり、積層方向の抵抗は低い状態になっている。図12(b)に示すように積層方向に右円偏光を照射すると、磁化はいったん膜面に対して垂直に立ち上がり、これが磁化とは反対向きに反磁場を生じるために磁化は膜面内で回転するトルクを受け、円偏光を照射したことにより固定層35と磁化反転層39との磁化方向が異なる(反平行磁化)となり、円偏光がない状態でも反平行磁化状態を維持し、積層方向の抵抗は低い状態のままになる。すなわち、不揮発に情報を記憶する。図12(c)に示すように積層方向に円偏光を照射すると、固定層35と磁化反転層39との磁化の向きが同じになり、円偏光の照射がない状態においても、平行磁化を維持するため、抵抗値は低い状態を不揮発に維持する。
【0040】
上記の不揮発性記憶素子では、2つの磁性層の平行/反平行を実現する場合にために、右・左円偏光を区別しなくても良い。つまり円偏光を当てたとき、磁化は面に垂直方向に立ち上がり、このとき面内で磁化反転させる力は立った磁化によって生ずる反磁場によるトルクである。右・左円偏光の違いは膜面内で時計回りか反時計回りに回転するかの違いのみを与えるため、+と-とのいずれかの円偏光を交互に照射すれば膜面内で磁化は反転する。尚、円偏光発光素子の+、-は磁場(磁化方向)で制御可能である。
【0041】
上記不揮発性記憶素子を実際の記憶装置に適用する場合には、例えば、まず、書き換え対象となる本実施の形態による不揮発性記憶素子の磁化状態(平行磁化か反平行磁化か)を読み出し、実際に書き換えたい記憶情報と異なる記憶情報が記憶されている場合に、その不揮発性記憶素子に対して円偏光を照射すれば良い。実際に書き換えたい記憶情報と同じ記憶情報を記憶していれば、特にその後の処理は不要である。
【0042】
尚、上記各実施の形態においては、例えば2次元平面上に本発明の実施の形態による多数の不揮発性記憶素子を作成した場合に、選択的に所望の記憶素子についてのみ円偏光を照射させて記憶情報を書き換える方法としては、円偏光を照射するための発光素子として磁化反転層よりもIn組成が少ない(In,Ga,Mn)Asを発光層として有する発光素子を、記憶素子構造上に形成する。このとき発光層のバンドギャップと磁化反転層の量子準位E1-HH1間の遷移エネルギーが同じになるように発光層と磁化反転層のIn組成を決めれば、円偏光を照射することができる。円偏光発光素子の右・左円偏光発光は磁場(磁化方向)で制御可能である。また、記憶素子を作成した上に、例えば液晶装置のスイッチングにより透過直線偏光の偏光面を制御できる装置とその直下にλ/4板を配置することにより、個別に記憶情報の書き換えを行うように構成しても良い。また、円偏光の向きを調整する必要がある場合には、直線偏光の偏光面とλ/4板により調整することができる。さらに、近接場顕微鏡を用いて、光ファイバプローブを2次元的に配置された不揮発性記憶素子上で走査させることにより、円偏光を各素子に個別に照射して書き込みを行うことも可能である。
【0043】
図13に示す磁気抵抗効果素子は、p+-GaAs層71と、p-(In,Ga)As下部電極層73と、Ga1-zAlzAs(0≦z≦1)第2障壁層75と、(In1-yGay)1-xMnxAs(0<x<1,0<y<1)磁化反転層77と、Ga1-zAlzAs(0≦z≦1)第1障壁層81と、Ga1-xMnxAs(0<x<1)固定層83と、透明電極層85との積層構造を有している。この構造では、格子歪みにより磁性層の磁気異方性を制御する。(In1-yGay)1-xMnxAs磁化反転層77は歪みを受けず反磁場効果により面内に磁化容易軸を持ち、Ga1-xMnxAs固定層83は引張歪みを受け、面に垂直な方向に磁化容易軸を持つ構造が実現できる。Ga1-xMnxAs固定層83の磁化方向は固定されており、一方、(In1-yGay)1-xMnxAs磁化反転層77はフリー層であり、円偏光を照射することにより磁化の方向を変化させることができる。下部電極と透明電極との間に生じる電圧を測定することができるように構成されている。
【0044】
図14(a)に示すように、円偏光を照射しない状態においては、固定層83の磁化方向(矢印で示す方向)は上向きになっており、磁化反転層77の磁化方向は膜の面内方向を向いている。図14(b)に示すように積層方向に右円偏光を照射すると、固定層83と磁化反転層77との磁化の向きが両方とも上向きになって揃い、照射中の抵抗値は図14(a)に示す場合よりも低くなる。図14(c)に示すように積層方向に左円偏光を照射すると、固定層83と磁化反転層77との磁化の向きが上下反対となり、照射中の抵抗値は図14(a)に示す場合よりも高くなる。図14(b)、図14(c)のいずれの場合でも、円偏光の照射を停止すると、図14(d)に示すように図14(a)とほぼ同様の状態(83、77)に戻る。すなわち、上記構造においては、照射する円偏光の向きに依存して積層方向の抵抗値を変化させることができ、上記素子は、円偏光の向きにより抵抗値を変化させることができる光スイッチとして利用することができる。抵抗値として3値の状態をとるため、多値論理回路に応用することも可能である。加えて、抵抗値をセンシングすることにより、円偏光を感知することができる光センサーとして用いることも可能である。
【0045】
以上に説明したように、本実施の形態による量子サイズ効果を用いたスピン磁化反転型磁気抵抗素子においては、HHとLHのスプリッティングさせ、選択的にHHからの電子の伝導帯への励起を起こさせることにより、スピンの偏極率をほぼ100%にすることができることを利用して、スピン注入磁化反転の効率化が可能であることがわかった。これにより磁化反転に必要な電力を低減することができる。
【0046】
以上、実施の形態に沿って本発明を説明したが、本発明は磁性体の磁化反転方法に関するもので、これらに制限されるものではない。その他、種々の変更、改良、組み合わせが可能なことは当業者に自明であろう。例えば、上記実施の形態においては、素子に円偏光を照射する場合を例にして説明を行ったが、楕円偏光(実際には円偏光を含む)を照射しても良い。
【0047】
【発明の効果】
本発明による量子サイズ効果を用いたスピン注入磁化反転型磁気抵抗素子においては、HHとLHをスプリッティングさせ、選択的にHHからの電子の伝導帯への励起を起こさせることにより、スピンの偏極率をほぼ100%にすることができることを利用して、スピン注入磁化反転の効率化が可能である。これにより磁化反転に必要な電力を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】先の提案に係るスピン注入磁化反転膜を用いた素子の概念的な構成を示す図であり、III-V族磁性混晶半導体(磁性半導体)を用いた素子の構成例を示す図である。
【図2】図2は、図1に示す素子の伝導帯と価電子帯との間の遷移の様子を示す模式的な図である。
【図3】図3(a)及び図3(b)は、光生成スピン偏極正孔とMnとの相互作用の様子を示す図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態による量子井戸スピン注入磁化反転膜の構造例を示す図である。
【図5】図4に示す量子井戸構造における量子井戸層を形成する(Ga,Mn)As層17に関する模式的なエネルギーバンド構造を示す図である。
【図6】GaMnAs量子井戸構造の井戸幅を変化させ、円偏光を照射した場合のフォトンのエネルギーと反射MCD(deg)との関係を示す図である。
【図7】理論計算により求めたE1-HH1の値の曲線と量子井戸幅と、図6とに基づいて、MCDスペクトルのピーク値より求めた遷移エネルギーと量子井戸幅との関係をプロットした図である。
【図8】図8(a)、(b)は、AlAs/GaMnAs/AlAs量子井戸構造に対して2.0×1013photon/cm2/pulseの円偏光パルスを照射した場合の、Kerr回転角の遅延時間との関係を示す図である。
【図9】図9(a)、(b)は、GaMnAsバルク構造に対して1.5×1012photon/cm2/pulseの円偏光パルスを照射した場合の、Kerr回転角とその遅延時間との関係を示す図である。
【図10】バルク(単層膜)と量子井戸とのそれぞれをスピン注入磁化反転膜として用いた場合の特性を比較してまとめで示す。
【図11】量子井戸スピン注入磁化反転膜を用いた磁気抵抗効果素子の構成例を示す図である。
【図12】図11に示す素子に対して、円偏光を照射した場合の磁化反転層の動きを示す図である。
【図13】歪みを利用した磁気抵抗素子の構成例を示す図である。
【図14】図13に示す磁気抵抗素子に対して円偏光を照射した様子を示す図である。
【図15】TMR素子の構成例を示す図である。
【図16】TMR素子を用いた記憶装置の構成例を示す図である。
【符号の説明】
11…GaAs層、15…AlAs層により形成された第1のエネルギー障壁層、17…(Ga,Mn)Asより形成される量子井戸層、21…AlAs層により形成される第2のエネルギー障壁層。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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