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明細書 :細胞計測および分離チップ

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4601423号 (P4601423)
公開番号 特開2006-180810 (P2006-180810A)
登録日 平成22年10月8日(2010.10.8)
発行日 平成22年12月22日(2010.12.22)
公開日 平成18年7月13日(2006.7.13)
発明の名称または考案の名称 細胞計測および分離チップ
国際特許分類 C12M   1/00        (2006.01)
B01D  57/02        (2006.01)
G01N  15/14        (2006.01)
G01N  33/48        (2006.01)
G01N  37/00        (2006.01)
C12M   1/34        (2006.01)
FI C12M 1/00 A
B01D 57/02
G01N 15/14 A
G01N 33/48 M
G01N 37/00 101
C12M 1/34 A
請求項の数または発明の数 3
全頁数 24
出願番号 特願2004-379327 (P2004-379327)
出願日 平成16年12月28日(2004.12.28)
審査請求日 平成19年6月11日(2007.6.11)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
【識別番号】505281023
【氏名又は名称】株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズ
発明者または考案者 【氏名】安田 賢二
【氏名】服部 明弘
【氏名】岡野 和宣
個別代理人の代理人 【識別番号】100092783、【弁理士】、【氏名又は名称】小林 浩
【識別番号】100095360、【弁理士】、【氏名又は名称】片山 英二
【識別番号】100126354、【弁理士】、【氏名又は名称】藤田 尚
【識別番号】100104282、【弁理士】、【氏名又は名称】鈴木 康仁
審査官 【審査官】野村 英雄
参考文献・文献 特表2002-503334(JP,A)
国際公開第2004/101731(WO,A1)
特開2004-085323(JP,A)
特開2003-107099(JP,A)
特表2005-518794(JP,A)
調査した分野 C12M 1/00-3/10
PubMed
WPI
特許請求の範囲 【請求項1】
基板、該基板上に構成される、細胞を含む試料液を供給する試料液リザーバとそれに接続されて該試料液を流下させる第1の流路、細胞を含まない緩衝液を供給する緩衝液リザーバと、それに接続し該緩衝液を該第1の流路を挟み該第1の流路の両側から流下させるための第2及び第3の流路、前記第1の流路の試料液と第2および第3の流路の緩衝液が合流して1本の流路となって緩衝液を流下させる第4の流路、前記第4の流路に前記緩衝液とともに流下する細胞を検出する細胞検出領域および検出した細胞に応じて細胞を分離する細胞分離領域を設け、該細胞分離領域の下流に分離された細胞を流下させる複数の流路を設けたことを特徴とする細胞分離チップ。
【請求項2】
前記四つの流路に加えて、第4の流路に合流する緩衝液を流下させる第5の流路を有し、前記第1の流路と第4の流路を加えた流路長と第5の流路長が実質等しく、前記第5の流路を流下する緩衝液が前記共通のリザーバから供給され、前記細胞検出領域および細胞分離領域が前記第5の流路の緩衝液合流位置より下流に設けられるとともに、前記第2及び第3の流路長が実質等しい請求項1記載の細胞分離チップ。
【請求項3】
基板、該基板上に構成される細胞を含む緩衝液を流下させるための試料液リザーバとそれに接続した第1の流路、
該第1の流路を挟み該第1の流路の両側から細胞を含まない緩衝液を流下させるためのシース液リザーバとそれに接続した第2及び第3の流路、
前記第1の流路の緩衝液と第2および第3の流路の緩衝液が合流して1本の流路となって緩衝液を流下させる第4の流路、
前記第4の流路に前記緩衝液とともに流下する細胞を検出する細胞検出領域および検出した細胞に応じて細胞を分離する細胞分離領域を設け、該細胞分離領域の下流に分離された細胞を流下させる複数の流路を設けた細胞分離チップを用いて、前記第4の流路の前記細胞検出領域において該流路中を流れる細胞の所定区間を撮像して細胞検出領域に連続して流れ込む細胞画像を所定時間毎に連続して取得し、各細胞が最初に現れる画像上において各細胞のサイズや形状などの画像で得られる指標を画像処理で取得し、この指標によって細胞分離を行うことを特徴とする細胞分離方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞分離装置(セルソーター)に関する。
【背景技術】
【0002】
多細胞生物における生体組織は種々細胞が役割を分担して全体として調和の取れた機能を維持している。あるいは、細胞の一部ががん化(ここでは腫瘍も含め、一括してがんと呼ぶことにする)すると、周辺領域と異なる新生物となるが、がん領域とそこから遠く離れた正常組織部分とはある境界を持って必ずしも区切れるものではなく、がん周辺領域も何らかの影響を受けている。したがって、臓器組織における機能を解析するには狭い領域に存在する少数の細胞を分離する必要がある。
【0003】
あるいは医療分野において、正常組織中のがんが疑われる領域を調べるには、バイオプシーで分離した組織片からがんが疑われる部分を分離する必要がある。このような特定細胞の分離には、細胞を固定し、種々細胞染色を施し、目的の部分を切り出すのが一般的で、最近ではレーザーマイクロダイセクションと呼ばれるレーザーをあてた領域のみの細胞を分離する方法が考案されている。
【0004】
あるいは、再生医療の分野では、組織の中から幹細胞を分離し、これを培養して分化誘導し目的の組織、ひいては臓器を再生しようとする試みがなされている。
【0005】
細胞を識別したり分離したりしようとすると、何らかの指標に従い区別する必要がある。一般に細胞の区別には、
1)目視による形態学的な細胞分類:これはたとえば尿中に出現する異型細胞検査による膀胱がんや尿道のがんなどの検査や血中の異型細胞分類、組織中における細胞診によるがん検査などをあげることができる、
2)蛍光抗体法による細胞表面抗原(マーカー)染色による細胞分類:一般にCDマーカと呼ばれる細胞表面抗原を、それに特異的な蛍光標識抗体で染色するもので、セルソーターによる細胞分離やフローサイトメーターや組織染色によるがん検査などに用いられている。もちろんこれらは、医療面のみならず、細胞生理研究用や、工業的な細胞利用の上でも多用されている。
3)あるいは、幹細胞の分離に関しては、細胞内に取り込まれる形の蛍光色素をレポーターとして幹細胞を含む細胞を大まかに分離し、更にその後で実際に培養を行うことで目的の幹細胞を分離する例がある。これは、幹細胞の有効なマーカーがまだ確立されていないので、実際に培養し、分化誘導したもののみを利用することで、実質的に目的細胞を分離しているのである。
【0006】
このように培養液中の特定の細胞を分離し回収することは生物学・医学的な分析においては重要な技術である。細胞の比重の違いで細胞を分離する場合には速度沈降法によって分離することができる。しかし、未感作の細胞と感作した細胞とを見分けるような、細胞の比重の違いがほとんど無い場合には、蛍光抗体で染色した情報あるいは目視の情報を基に細胞を1つ1つ分離する必要がある。この技術については、例えば、セルソーターがある。セルソーターは、蛍光染色処理後の細胞を電荷を持たせた液滴中に1細胞単位で単離して滴下し、この液滴中の細胞の蛍光の有無、光散乱量の大小を基に、液滴が落下する過程で、落下方向に対して法平面方向に高電界を任意の方向に印加することで、液滴の落下方向を制御して、下部に置かれた複数の容器に分画して回収する技術である(非特許文献1:Kamarck,M.E., Methods Enzymol. Vol.151, p150-165 (1987))。
【0007】
しかし、この技術は高価であること、装置が大型であること、数千ボルトという高電界が必要であること、試料が多量に必要であること、液滴を作成する段階で細胞に損傷を与える可能性があること、直接試料を観察できないことなどの問題がある。これらの問題を解決するため、近年、マイクロ加工技術を用いて微細な流路を作成し、流路内の層流中を流れる細胞を直接顕微鏡観察しながら分離するセルソーターが開発されている(非特許文献2:Micro Total Analysis, 98, pp.77-80 (Kluwer Academic Publishers, 1998);Analytical Chemistry, 70, pp.1909-1915 (1998))。しかし、このマイクロ加工技術を用いて作成するセルソーターでは観察手段に対する試料分離の応答速度が遅く、実用化するためには、試料に損傷を与えず、かつ、より応答の速い処理方法が必要であった。
【0008】
本発明者らは、このような問題点を解消するため、マイクロ加工技術を活用して、試料の微細構造と試料中の蛍光分布に基づいて試料を分画し、回収する試料に損傷を与えることなく、簡便に細胞試料を分析分離することのできる細胞分析分離装置を出願している(特開2003-107099、特開2004-85323、WO2004/101731)。これは実験室レベルでは十分に実用的なセルソーターであるが、汎用的に使用するには、液搬送法や回収法、試料調製について新たな技術開発が必要である。
【0009】

【非特許文献1】Kamarck,M.E., Methods Enzymol. Vol.151, p150-165 (1987)
【非特許文献2】Micro Total Analysis, 98, pp.77-80 (Kluwer Academic Publishers, 1998);Analytical Chemistry, 70, pp.1909-1915 (1998)
【特許文献1】特開2003-107099号公報
【特許文献2】特開2004-85323号公報
【特許文献3】国際公開第2004/101731号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、基板上に形成する流路を用いる細胞分離あるいは検出用に、確実に所定の細胞の検出及び分離を行うことのできる細胞分離チップおよび細胞分離技術を確立し、安価で試料毎に取替えが可能なチップを用いた細胞分析分離装置を提供することを目的とする。
【0011】
基板上にマイクロ流路を作成して液を流すと、一般的にはその中を流れる液は層流になる。一見すると、流路の断面積方向には液流速分布が無い様に錯覚するが、実際にこのようなマイクロ流路中に細胞懸濁液を流すと、細胞が流路内の壁に衝突する現象が頻発する。壁に衝突した細胞は流れに逆らう抵抗を受けることになるため流速が低下し、後方を流れてくる細胞と接触したりする。セルソーターやフローサイトメーターにおいてこのような現象が起きると、細胞の分離検出が困難になる。一般的にこのような現象を防止するにはシースフロー技術が用いられる。これは高速に流れる液流を鞘としてそのコア部分に細胞懸濁液を流し込むことで細胞を一列に整列させる技術で、鞘となるシース流とコア流を合体させた後、空気中にジェット流として流し出すことで達成される。この従来法ではそもそも壁が無いので細胞が壁に衝突する現象の無い理想的な状態で細胞を分離することができる。
【0012】
しかし、シースを用いたジェット流を安定に形成するのは非常に難しく、実用的な装置はきわめて高価であり、シース形成用のセルは試料ごとに取り替えることができない。大型の装置に限らずチップ上に形成したセルソーターに関しても、本願の発明者らが開示している方法以外の従来の技術では、もれなく試料液搬送とシース液搬送のために独立したポンプを用いている。これらのポンプはチップとは別に配置され、チップを交換するごとに繋ぎ換える必要がある。また、チップを交換に伴う試料送液速度とシース送液のバランス変動を調整し直す必要がある。このような厳密な制御を行うため、大掛かりな高安定なポンプが必要である。
【0013】
セルソーターをチップ上に構築するわけであるから、送液部分もチップ状に形成し、光学系以外の機能はチップのみでクローズドで行うことで使い勝手を改善し、低価格を実現することが重要な課題である。クローズドにすることで、セルソーターチップをサンプルごとの使い切りにする新たな使い方が発生する。たとえば、幹細胞の分離や臨床検査には、他の検体組織由来細胞のコンタミネーション防止が必須であるが、セルソーターチップを一回のみの使い切りにすることでコンタミネーションを考慮する必要が無くなる。このように、セルソーターの主要部分をチップ化することで、装置の小型化、低コスト化、試料ごとのチップ交換によるクロスコンタミネーションの完全な防止などが可能になり、医療分野での特に再生医療分野で必須なクロスコンタミネーションの無い細胞分離システムを構築することが本発明の第1の目的である。
【0014】
チップ状のセルソーターを実現する上で重要な技術的な事項に微細流路内を流れてくる細胞の分離機構がある。分離機構には色々のものが提案されている。たとえば、超音波、磁界、バルブによる流路切り替え、レーザーピンセット、高周波電界、直流電界で細胞を任意の方向に移動させる機構を挙げることができる。このうち、細胞にダメージを与えずに、再現よく、特別な装置を用いずにできるのは低電圧の直流電界を用いる方法である。ところが直流電界を用いて高速な細胞分離を行うにおいて、通常の金属電極を用いると緩衝液の電気分解が起き、安定して長時間の使用ができない問題がある。最も実用化に近い方法がWO2004/101731に記載されている。
【0015】
WO2004/101731に示されているマイクロ加工技術を用いて作成した量産可能なセルソーターチップでは、電気分解の影響をある程度防ぐために、細胞を分離する機構としてゲル電極を用いて細胞が流れる流路内に直流電界をかけて、電気泳動的に細胞を振り分けている。ゲル電極としては電解質を含むアガロースゲルなどを用いている。細胞の流れる流路近傍は細孔を介したゲルがあるのみなので、気泡発生の影響を所定時間防止することができるが、不十分である。またゲルは、電解質緩衝液を含む状態で供給保存する必要があるために、乾燥に弱く長期保存に適さない問題がある。さらに長期保存を行うために凍結保存しようとすると、ゲルが凍害を受けて破壊されるため、凍結保存はできない。
【0016】
したがって、本発明は、電界を掛けている最中の気泡の発生を防止し、保存時に乾燥や凍結に耐性のあるゲル電極を提供し、真の意味での検体ごとの使いきり型セルソーターチップを提供することを第2の目的としている。
【0017】
基板上に形成する流路を用いて細胞分離を行おうとすると、流路中の特定領域に細胞認識を行う部位を設け、何らかの手段で細胞を認識するアルゴリズムが必要となる。また、細胞分離を行うセルソーターとして使用しようとすると、細胞検出部の下流に分離部を設ける必要がある。一般的に、細胞検出には以下の3つの方法が存在する。
1)レーザーなどを流路上の検出部に照射し、細胞が横切るときの散乱光や細胞を蛍光染色できる場合はその蛍光を検出する、
2)検出部に電極を設け、細胞が電極を横切るときのインピーダンスやコンダクタンスの変化を検出する、
3)CCDカメラなどを用い、細胞を像として検出する。
【0018】
ここで、1)の方法では細胞認識は実質的に一点で行われ、細胞が連続して高速に流れてきたときでも高速な処理が可能であるので、細胞を液滴に封じ込めることで一定速度で検出部と分離部の間を移動させる技術を用いた大型のセルソーターに使用されている。2)の方法はやはり高速な処理が可能であるが、検出後の細胞の移動速度が測定できないことと、分取機構と組み合わせるのが難しいため、一般的には細胞分類に用いるフローサイトメーターに採用されている。3)の方法は、一見、簡便のようであるが、流路中を常に移動する複数の細胞を取り扱う必要があるので、セルソーターでは画像処理の負荷が大きくなるため一般的には用いられていない。
【0019】
しかし、基板上の狭い範囲に組み込んだ流路において、同様の細胞認識とそれに続く細胞分離を行おうとすると、種々問題が新たに発生する。まず、流路中を流れる細胞の移動速度はすべての細胞で同じではなく、細胞の形状や大きさ、流路の中心を流れるか壁近傍を流れるかなどの要因でまちまちとなる。このため、特に細胞を認識した後にその下流で細胞を分離するまでの時間にばらつきが発生する。次に、同じく細胞の移動速度がまちまちであるため、ある細胞が他の細胞を流路内で追い抜くといった現象も見られる。このため、細胞を1点で観察する上記1)や2)の方法では各細胞を確実に分離する必要がある場合の解決すべき問題となる。そこで本発明の第3の目的は、CCDカメラなどを用い、細胞を像として検出することで流路中を連続して高速で流れてくる細胞を識別して、必要な細胞をより分けるためのアルゴリズムを提供することにある。
【0020】
従来のセルソーターでも、特定細胞領域を分離し、含まれるゲノムやトランスクリプトームの解析、あるいはイムノケミストリーを用いた検査を行う上では十分である。しかし、多くの方法では、染色や固定などの操作により、回収した細胞はすでにその生命機能を停止している。このため、回収した細胞の動的機能の解析や、さらに、これを培養し利用するといったことができない問題がある。特に今後実用化が期待される再生医療や、培養組織細胞片を用いる薬物動態検査などの材料としての細胞を得るには、臓器組織を細胞レベルで解剖し回収する技術の確立が重要である。
【0021】
本発明の第4の目的として、臓器組織をその表面から順次細胞を遊離させて、細胞層ごとに大まかに細胞を分離する前処理部と、細胞分離領域を一体化したチップ状デバイスとそれを用いる細胞分離法を提供する。
【0022】
このように、本発明では、チップ上にセルソーターないしフローサイトメーターを構築する上での具体的アーキテクチャーとして、特に、細胞用流路の形状と細胞懸濁液搬送部分の構造、長期保存に耐えて流通経路にのりうる電極部分の構造、分離アルゴリズム、試料としての組織断片や細胞塊からの細胞計測および分離チップを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明で想定している細胞は、小さいものではバクテリア、大きいものでは動物細胞でがん細胞のようなものである。したがって、細胞サイズとしては0.5μmから30μm程度の範囲となる。細胞分離を基板上に組み込んだ流路を用いて行おうとすると、まず問題になるのが流路幅(断面形状)である。また、流路は基板の厚み方向で10~100μm内外のスペースに実質2次元平面状に作成することとなる。細胞の大きさからしてバクテリア用では5~10μm、動物細胞用では10から50μmが適当なサイズとなる。前記したように、まず細胞が壁に衝突するのを防ぐ必要がある。細胞懸濁液が流れる流路の両側面から別の液を側流として流し込み、細胞が壁に衝突しないようにする。このような液の合流方法を検討した結果、液の合流前の細胞懸濁液を流す流路の幅(実質的に断面積)と合流後の流路の幅がほぼ等しく、前記両側から合流する流路の流路長が等しいときに最も効果が得られることがわかった。合流後の流路幅が広いと細胞を壁から遠ざける効果が小さくなり、合流後の流路幅が狭いと合流後に細胞の流れる速度が速くなりすぎ、検出しにくくなるし、流れてくる細胞そのものの頻度が極端に少なくなる。また、2本の側流の長さが異なると流路抵抗が変わるため、細胞を流れる中央の流路が片方によってしまう問題が生じる。
【0024】
チップ上に、セルソーターなりフローサイトメーターを構築しようとすると、細胞懸濁液や上記側流の流速制御が非常に難しい問題として浮上する。大規模な無脈流ポンプで、しかも、数十ピコリットル/分の流速を安定して作れるものを使用すれば解決するが、使い切り形のチップを前提とすると、チップとポンプのコネクションを毎回行わなければならず、再現性と使い勝手の面で問題である。そこで、チップ上のポンプを組み込む研究がなされているが、本発明では、一切ポンプを使用せずに、液の自由落下で解決する。すなわち流路の入り口にリザーバを儲け、リザーバ内の液面より流路出口の液面を低くすることで無脈流での微量液送を実現している。
【0025】
このような液面高さの違いを利用するシステムでは、複数の液を送液するときの液流速制御が困難である。液面の微妙な違いで細胞懸濁液と側流の流速比が変動してしまう問題が発生する。本発明では、細胞懸濁液を入れるリザーバと側流を形成する緩衝液を入れるリザーバを一体化することで両者の液面を厳密に一致させて解決している。すなわち、共通の液面からの高低差をドライビングフォースとして液送を行うことで細胞懸濁液と側流の流速比の変動をなくしている。このような構造のリザーバとして、一つのリザーバに仕切りがあり、一方の底に試料用流路が結合し、他方に側流用の流路が接合している構造を考案する。実質サイホンの原理で両リザーバの液面をそろえていると考えることができる。仕切りより高いところでは液がつながっていることになるが、細胞は緩衝液より比重が高いので、仕切りを乗り越えて側流のほうへ流れ込むことは無い。
【0026】
本発明の検出部は、側流の合流した流路部分にある。合流後の流路部分をCCDカメラで観測する部位を設け、必要に応じてその下流に細胞分離領域を設置する構造としている。必要に応じて、というのはセルソーターとしてのチップということで、フローサイトメーターとしては検出部の下流に直接ドレインを設ける。これにより、細胞が壁に衝突することなく、流路の中心部によった経路をほぼ一定の速度で流れるようになる。
【0027】
セルソーターとして用いるには検出部の下流に細胞分離領域を設ける。分離部の入り口で細胞を移動させるための流路として細胞分離領域において緩衝液(あるいは培地)のみを流す流路が合流し、下流側で分離部から分岐している。分離部で細胞を分離するわけであるが、細胞分離領域に外部から細胞に外力を加えて細胞を移動させる手段として電極を設置し、細胞を分離して排出することのできる流路を設ける。電極に電圧をかけてイオンを流すことにより細胞の流路内での姿勢制御(流路変更)を行う時は、イオンの流れる方向と、流路内で液が流れる方向の合成ベクトルの方向に細胞が移動する。細胞はマイナスにチャージしているのでプラスの電極に向かって動く。よって合体後の流路の流れる方向に対してマイナス極を下流側、プラス極を上流側にずらした形で電極を設置することで移動のための合成ベクトルを制御し、少ない電流で細胞の流路変更を可能としている。流路変更する細胞と流路変更しない細胞は各々別の流路に流れ込み分離される。ここで試料が流れる方の流路は、もともとの試料用の流路に側流が合流した流路となっている。これに対して合流する緩衝液(あるいは培地)のみを流す流路では上流側で側流の合流は無い。試料流路と緩衝液のみの流路および合流後の流路は幅が等しい。合流後の試料流路は側流が乗っている分だけ、流速が早く、このため分離部においては若干緩衝液流路側からの流れの部分にはみ出す構造となっている。このことも、細胞を姿勢制御し、試料流路側から緩衝液流路側に乗り換えやすくする重要な効果である。電流を流さないときは、細胞は試料流路側の中心を流れているので、そのまま乗換えなしに試料液が流れ出て行く流路側に流れていく。
【0028】
分離部に設置する電極は、液絡(空間と空間を満たす液を含む細管で、ここではゲルで満たされている)を介してゲルを充填した空間に金属電極が接する構造となっている。これをゲル電極と呼ぶことにする。マイナス電極側は生成するヒドロキシイオンを吸収するために低pHの緩衝液、プラス電極側は生成する水素イオンを吸収するために高いpHの緩衝液を含むゲルマトリックスでできている。ゲルマトリックスとしてはアガロースやポリアクリルアミドのような生化学で一般的に使用されている網目構造をとるゲルを利用できる。これにより、ゲル電極部の電気分解によるガス発生を抑え安定に細胞分析分離を可能としている。もちろん、金属電極が細胞に直接触れることが無いので、電極表面で細胞を痛めないで済む。細胞試料の損傷を防ぎ、電極の電気分解による消失を防ぐことを可能にしている。
【0029】
ゲル電極は上記のように特開2003-107099記載の金属電極に比べてメリットが大きいが、ユーザーにチップを供給する上で問題が残る。すなわち、ゲル電極は湿式の電極のため、貯蔵安定性が悪く、実質的にユーザーが使用直前にゲルをチップに充填してゲル電極を作成する必要がある。本発明では、トレハロースなどの非還元性二糖やグリセロール、エチレングリコールなどを加えることで一定期間の室温保存を可能としている。さらに、通常、ゲルは凍結するとゲル構造が壊れるため、凍結による長期保存が困難であるが、前記トレハロースなどを加えて急速冷凍することで、ゲル構造を壊す氷晶の出現を抑えることができ、結果的にゲル電極の冷凍保存による長期保存を可能としている。
【0030】
更に、本発明の細胞分離装置は、細胞分離領域に導入される試料を含む流体が導入される流路の上流部で不純物を捕獲して流路の目詰まりを防ぐ手段を有することができる。
【0031】
即ち、本発明は、細胞分離用空間、それに細胞を含む流体を注入するための少なくとも一つの流路、それから流体を排出するための少なくとも2つの流路及び該細胞分離領域に外部から細胞に外力を加える手段から成る細胞分離装置であって、これらの流路が、細胞分離領域に外部から外力を加えた場合と加えない場合に、細胞が該細胞分離用空間からそれぞれ異なる流路へ排出されるよう配置されたことを特徴とする細胞分離装置である。
【0032】
この細胞分離装置においては、細胞分離領域に外部から細胞に外力を加えるため、電極等が直接細胞を含む緩衝液に接することがなく、さらに、低い電圧で電流を流して(すなわちイオンを流して)細胞を振り分けるため、細胞に対するダメージを少なくしている。
【0033】
細胞認識と分離のアルゴリズムに関しては次のような特徴がある。
【0034】
一点での細胞認識が上記理由により不可能なため、測定範囲を面に広げ画像認識で細胞の識別を行い、追跡することでより確実な細胞分離を行う。このとき重要なのは、画像の取り込み速度である。一般の30フレーム/秒のビデオレートのカメラでは、画像での細胞取りこぼしが生じる。最低200フレーム/秒の取り込みレートがあれば、流路中をかなりの速度で流れる細胞を認識できる。
【0035】
次に画像処理法であるが、取り込みレートが早いということはあまり複雑な画像処理を行うことはできない。まず、細胞認識であるが、前記したとおり、細胞の移動速度や細胞によりまちまちで、場合によっては細胞の追い越しがある。このため、各細胞が最初に画像フレームに現れたときに細胞にナンバリングを施し、以下、画像フレームから消えるまで同一ナンバーで管理を行うこととする。すなわち、連続する複数枚のフレームで細胞像が移動する状況をナンバーで管理する。各フレーム内での細胞は上流側にあったものから順に下流側に移行し、画像中に認識されるナンバリングされた特定細胞の移動速度はある範囲に収まるとの条件でフレーム間の細胞をリンクさせる。このようにすることで、たとえ、細胞の追い抜きがあったとしても各細胞を確実に追跡できるようにする。
【0036】
これで、細胞の認識が可能となるが、細胞のナンバリングには、まず細胞像を2値化し、その重心を求める。2値化した細胞の輝度重心、面積、周囲長、長径、短径を求め、これらのパラメーターを用いて各細胞をナンバリングする。各細胞像をこの時点で画像として自動保存することも使用者にとって益があるので行えるようにする。
【0037】
つぎに、細胞分離に使用する場合であるが、ナンバリングした細胞のうち、特定の細胞のみを分離しなくてはならない。分離の指標は上記した輝度重心、面積、周囲長、長径、短径などの情報でもよいし、検出部と画像処理部で蛍光検出を行い情報を得てもよい。いずれにせよ、検出部で得た細胞をナンバリングに従い分離する。具体的には、所定時間毎に取り込まれる前記画像からナンバリングされた細胞の移動速度(V)を計算し、細胞移動速度(V)に対して検出部から分離部までの距離を(L)、印加時間(T)によって、印加タイミングを(L/V)から(L/V+T)までとすることでちょうど目的のナンバーの細胞が電極間に来た時に細胞を電気的に振り分けて分離する。
【0038】
一般に、動物組織の細胞では、細胞間に細胞外マトリックスが存在し、細胞同士がばらばらにならないようになっている。細胞外マトリックスは周囲の細胞が分泌したタンパク質と多糖類が集合し、それらを分泌する細胞表面と結合し網状構造を形成したものである。細胞外マトリックスの実態は、プロテオグルカンやコラーゲンエラスチン、ファイブロネクチンやラミニンからなる。したがって、組織を形成する個々の細胞を得るには一般的にトリプシンなどのプロテアーゼ処理を行う。一般的には組織をなるべく小さな断片に切断した後にトリプシン処理を短時間行い、細胞にあまりダメージを与えないようにして細胞単体を得る。
【0039】
本発明では、このプロテアーゼ処理を逆手に取り、プロテアーゼで組織表面から順次細胞を遊離させることで組織の深さ方向に分布を持つ一連の細胞群を得る機能と構造を含めたチップも提供する。
【発明の効果】
【0040】
本発明により、安定した細胞分離が可能な使いきり型の細胞分離チップが実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
(実施例1)
図1は、本発明の細胞分離装置(セルソーター)のシステム構成の1例を模式的に示す平面図である。セルソーター100は基板101により構成されている。基板101の下面に流路を、上面にこの流路に連通する開口を設け、試料や必要な緩衝液の供給口とする。また、十分な緩衝液の供給と各流路での流量の調整のためにリザーバを設ける。流路の作成はPMMAなどのプラスチックを金型に流し込むいわゆる射出成型で作成することができる。チップ基板101全体のサイズは20×30×1mm(t)である。チップ基板101の下面に刻まれた溝や貫通穴を流路やウェルの形状とするために、溝が刻まれた下面側に0.1mm厚のラミネートフィルムを熱圧着してある。開口数1.4、倍率100倍の対物レンズを用いて、0.1mmのラミネートフィルムを通して流路内を流れる細胞を観察できる。もちろんこれより低倍率のレンズでは問題なく観察することができる。チップ基板101の上面には、マイクロ流路に細胞を含む試料緩衝液を導入する穴201、細胞を含まない緩衝液を導入する穴201’,202および202’が設けられるとともに、これらを包括するリザーバ203が設けられる。したがって、リザーバ203に十分な緩衝液を供給すると穴201,201’,202および202’は緩衝液でつながる。これにより、穴201および201’に連なる流路204と流路204’には同じ液面高さの緩衝液が供給される。したがって、両流路の流路幅(流路高さを等しいとすれば)、あるいは、断面積、さらに両流路の流路長を実質等しくすれば、両流路の流量を実質同量にすることができる。同様に、穴202,202’に連なる流路205,205’には同じ液面高さの緩衝液が供給され、流路205,205’を流れる緩衝液の流量を流路204に流れる流量と所定の比にそろえることができる。試料を含む緩衝液を導入する穴201の周辺には細胞を含む試料緩衝液の拡散を防ぐための壁250が設けられている。壁250の高さは、リザーバ203の壁よりも低く、緩衝液は壁250より高い位置まで満たされている。
【0042】
穴201に導入された細胞を含む緩衝液は、マイクロ流路204(幅20μm、深さ15μm)を通過して、細胞検出領域221および細胞分離領域222まで導入される。ここで、マイクロ流路204上には、マイクロ流路の目詰まりを防ぐために、チップ中に直接微細構造として組み込まれたフィルター230が配置されている。他方、穴202,202’に導入された細胞を含まない緩衝液は流路205,205’(幅12μm、深さ15μm)を通過して、マイクロ流路204の細胞を含む緩衝液と合流する。240は合流後のマイクロ流路であり、細胞検出領域221となる。さらに、マイクロ流路240は細胞分離領域222まで導入される。
【0043】
一方、穴201’に導入された細胞を含まない緩衝液は、マイクロ流路204’(幅20μm、深さ15μm)を通過して、細胞分離領域222に導入され、マイクロ流路240と合流する。合流後の流路幅については、後述する。また、この合流した流路は、細胞分離領域222の出口で、マイクロ流路218(幅20μm、深さ15μm)および219(幅20μm、深さ15μm)に分流する。
【0044】
206,206’および207,207’は電解質を含むゲルを導入する穴であり、それぞれ、穴206および207に導入されたゲルは基板101の下面のマイクロ構造208,209(幅200μm×高さ15μmの折れ曲がった溝)を通して穴206’および207’に送り込まれる。したがって、マイクロ構造208,209は電解質を含むゲルで満たされている。マイクロ構造208,209の屈曲部はマイクロ流路204,204’との間で20μm程度の長さの液絡構造の連結部241,242となっていて、細胞分離領域222において、マイクロ流路240とマイクロ流路204’の合流した流路247を流れる緩衝液に、ゲルが、直接、接触できる構造とされる。ゲルと緩衝液が接触する面積は、15μm(流路に沿った長さ)×15μm(高さ)である。ゲルを導入する穴206および207には、黒丸で示す電極が挿入され、これらの電極は、配線106,107およびスイッチ216を通して電源215に接続される。スイッチ216は、マイクロ流路240とマイクロ流路204’の合流した流路247を流れる緩衝液に電圧をかける時のみONとされる。
【0045】
細胞分離領域222でマイクロ流路240とマイクロ流路204’の合流した流路247を流れる緩衝液に、ゲルが接触する連結部241と242は、図に示すように、マイクロ流路240とマイクロ流路204’の合流した流路247でのゲルとの接触位置が、連結部241のほうが流路の上流に位置する構造となっている。穴206の電極にプラス、穴207の電極にマイナスの電圧をかけたときに、マイクロ流路240を流れてくる細胞を流路211’に効率よく移動することができる。なぜなら電流を流したときにマイナスにチャージしている細胞は電気泳動的な力が働き、この力と流路内を流れる緩衝液から受けるベクトルと電気泳動的力のベクトルの合成ベクトルになるからである。これにより、連結部241と242を流路の流れに対して同位置(流れの線の対象位置)に作成した場合に比べ、効率のよい電界利用が可能となり、より低電圧で安定した細胞のマイクロ流路218あるいはマイクロ流路219への移動が可能となる。
【0046】
マイクロ流路218,219の下流部には、細胞分離領域222で振り分けられた細胞の回収穴211,212が開けられている。それぞれの穴211,212には、回収された細胞を含む緩衝液の拡散を防ぐための壁211’,212’が設けられるとともに、さらに、これらを包括するリザーバ213が設けられる。リザーバ213は、細胞を含む緩衝液の拡散を防ぐための壁211’,212’の高さよりも高く、分離操作前に緩衝液は壁211’,212’より高い位置まで満たされているが、この高さは、リザーバ203に満たされている緩衝液の位置よりは低いものとされる。
【0047】
リザーバ203の緩衝液の液位はリザーバ213のそれよりも高いから、この落差が流路を流れる緩衝液の移動の駆動力となるとともに、脈動のない安定した流れを作り出す。リザーバ213の緩衝液の貯蔵量を十分大きなものとしておけば、穴201に導入された細胞を含む緩衝液を、全て、流路204に流入させることができる。
【0048】
図2は、マイクロ流路204の細胞を含む緩衝液に、マイクロ流路205,205’の緩衝液が合流し、細胞検出領域221となるとともに、さらに、マイクロ流路240を流下し、マイクロ流路204’を流下する緩衝液と合流してマイクロ流路247を流下して細胞分離領域222となる状況を説明する図である。
【0049】
ここで、細胞検出領域221の上流部で、流路205,205’を流下する細胞を含まない緩衝液を、マイクロ流路204を流下する細胞を含む緩衝液と合流させる理由を説明する。細胞を含む緩衝液の流れる流路204には、細胞を含まない緩衝液の流れる流路205,205’が細胞検出領域221の上流部で合流するが、それぞれの流路の最上流に設けられた穴201および202,202’は、共通の液位の緩衝液のリザーバ203に開口している。したがって、それぞれの流路を流下する緩衝液の流量は、流路の高さが同じであるから、流路幅に比例したものとなる。これらの緩衝液が合流するが、合流後の流路240の幅を、細胞を含む緩衝液の流れる流路204の幅と実質的に等しい幅を持つものとする。実質的に等しいとは、加工精度を考慮して等しいということで、厳密に等しいというわけではない。これにより、流路204を流下する緩衝液は流路205,205’を流下する緩衝液によって、一定の比率で中央部に押しやられるので、流路204では側壁に衝突しながら流れてくる細胞が、合流後の流路240中では側壁に衝突しなくなる。
【0050】
細胞分離領域222におけるマイクロ流路247は、流路240と流路204’をそれぞれ流下する緩衝液が、それぞれの流れの層を維持しながら、同じ幅の流路を持っているかのように流下している。細胞検出領域221の流路204で流下する細胞を検出して、細胞分離領域222で、ゲルが流下する緩衝液と接触する連結部241と242により電界を作用させて分離するのである。
【0051】
図3は、細胞検出領域221の上流部で、流路204を流下する緩衝液が流路205,205’を流下する緩衝液によって中央部に押しやられた結果の合流後の流路240の細胞分布を説明する図である。図において255は流路の側壁である。すなわち、幅20μmの流路204を流下する細胞を含む緩衝液の流れが、幅12μmの流路205,205’を流下する緩衝液の流れによって、幅20μmの流路240の中央部に押しやられる状況を、横軸に流路204の位置、縦軸に細胞の出現頻度で示す図である。曲線301は、流路205,205’のそれぞれを流下する緩衝液が、流路204を流下する細胞を含む緩衝液細胞のほぼ半分、すなわち、流路205,205’の流路幅が流路204のほぼ半分である場合に、細胞が中央部のほぼ10μmの幅に分布することを示している。曲線302は流路205,205’の流路幅がより小さい場合の細胞分布、曲線303は流路205,205’を設けない場合の細胞分布をそれぞれ示す。曲線301から明らかなように、流路205,205’の流路幅を適切に設定することで、実質的に細胞を、流路壁から離して流すことができ、細胞が壁に衝突することを防止できる。
【0052】
図3では、説明しなかったが、細胞分離領域222では流路240と流路204’とが合流する。したがって、図3に示す特性が、やや流路204’の流入する側に広がる傾向を示すが、流路240と流路204’を流下する緩衝液はそれぞれの流れの層を実質的に維持するので、それほど大きな変化はない。
【0053】
ここで、図1では、流路204、204’、205および205’は、それぞれの全長で幅は等しいものとしたが、流路の抵抗を下げたいときは、リザーバ203に近い部分は幅を広げてよい。また、細胞分布を適切にするために流路幅を所定の幅にする長さは、例えば、100μm程度有ればよいので、流路の抵抗を考慮して幅の広い範囲を長くしてよい。たとえば、細胞を含まない緩衝液の流れる側流を形成する流路205の流路幅を、細胞を含む緩衝液の流れる流路204の流路幅に比べ、広くし、且つ、所定の流路幅にする長さも短くすると、側流の流路205の流路抵抗は流路204に比べ小さくなる。その結果、合流後の流路240の、流路204からの液流幅を絞り込む働きが得られる。すなわち、図3の細胞分布曲線が、より先鋭なものとなる。
【0054】
図4(A)、(B)は流路の幅を広くすることに伴う問題と、その解決案の例を示す断面図である。図において、101は基板を示し、260は基板に形成された溝、410は溝260を覆うラミネートフィルムである。205は流路であり、溝260とこれを覆うラミネートフィルム410により形成される。図4(A)に示すように、流路の幅を広くすると、流路205の幅の広い部分で、基板101にラミネートフィルムを圧着するときにラミネートフィルム410が溝260に落ち込んで、流路205をふさいでしまうことが起こる。これに対して、図4(B)では、溝260の幅の広い部分に梁400を形成したものである。梁400を設けることにより、ラミネートフィルムが溝260に落ち込んで流路205をふさぐことを防止できる。
【0055】
図5は、図4で説明したリザーバ203と開口201,201’および流路204,204’の部分をより詳細に説明するために、図1のA-A位置において、矢印方向に見た断面図である。チップ基板101の下面にはマイクロ流路204,204’に対応する溝が形成されていて、ラミネートフィルム410により覆われ、マイクロ流路204,204’が形成されている。マイクロ流路に細胞を含む試料緩衝液を導入する穴201がマイクロ流路204の最上流端に開けられ、細胞を含まない緩衝液を導入する穴201’がマイクロ流路204’の最上流端に開けられている。穴201を取り囲むように、穴201に注入された細胞を含む試料緩衝液の拡散を防ぐため壁またはリザーバ250が設けられている。穴201’および穴201に注入された細胞を含む試料緩衝液の拡散を防ぐため壁またはリザーバ250、さらに、図5には表れない穴202,202’もリザーバ203内に設置される。リザーバ203内に緩衝液200が満たされていて、すべての穴に緩衝液200が供給されるから、マイクロ流路204,204’を流れる緩衝液の流量を、実質、同量にすることができる。また、マイクロ流路205、205’を流れる緩衝液の流量を、実質、同量にすることができる。さらに、マイクロ流路204とマイクロ流路205を流れる緩衝液の流量を所定比に安定に維持することができる。なお、穴201をすり鉢上にしたのは、試料細胞が流路204に確実に流入するようにするためである。また、壁250は図1に示すようにリザーバ203の中に配置する背の低い小型のリザーバ様のものでもよいし、単に仕切り板のような構造でもよい。なお、231はメンブレンフイルタであり、穴201の上面に設けられ、試料に含まれる塵を除く。壁250を設けることにより、細胞の分散を防げるので、穴201に直接細胞を含む試料緩衝液を注入しなくても良い。
【0056】
各流路の最上流端に共通のリザーバを設ける構造は本発明の中核の一つをなすもので、共通の液面を有する構造にすることで複数の流路に同一の圧力で緩衝液を送ることができる構造で、基板上に組み込むことのできる最も簡単な構造の送液系である。さらに、各流路の送液物を区別するために、液面より背の低い仕切り板で仕切ることで種々緩衝液を異なる流路に同じ圧力で流すことができる。各仕切り板で仕切られた緩衝液には共通の液面を形成する緩衝液に比べて比重の高いものを用いれば、基本的にお互いが混ざり合うことは無い。また、細胞の場合はそれ自体が比重が高く、容器底面に沈むので基本的には問題ない。走化性の細胞では仕切り板を乗り越えることができない高さにすればよい。たとえば神経細胞などでは、数十μmもあれば壁(仕切り板)を乗り越えることができないし、大腸菌のような細胞では、壁250の上に、緩衝液は自由に通り抜けることができるが細胞は通過できないようなスポンジ状の膜を設けることで細胞が他の流路に入り込むことを防止するのが良い。
【0057】
(実施例2)
ゲル電極について具体的に説明する。ゲル電極部は、図1に示す、穴206,206’および207,207’、穴206と206’を結ぶマイクロ構造208、穴207,207’を結ぶマイクロ構造209と細胞分離領域222における液絡構造の連結部241,242のことを言う。射出成型でチップを作成した段階では、ゲル電極部にはゲルは含まれていない。ここでは電解質を含むアガロースゲルを電解液として使用するケースについて説明する。ゲルの組成はマイナス極側209、242に作成するのが0.25M NaCl,0.296Mリン酸ナトリウム(pH6.0)緩衝液、プラス電極側の208、241に作成するのが0.25M NaCl,0.282Mリン酸ナトリウム(pH8.0)の組成を含む1%アガロースである。pHが異なるのは電流を流したときに電気分解により気泡が発生する現象を防ぐためである。プラス極側で発生する水素イオンは水素分子になる前に高いpHの緩衝液で中和され、マイナス極側で発生するヒドロキシイオンは低いpHの緩衝液で中和され酸素分子の生成を阻害する。
【0058】
なお、前記ゲル電極は糖類を含むゲル状物質からなるものとするのが良い。この場合、前記糖類は3%ないし50%の非還元性二糖、1%ないし50%のトレハロース、5%ないし30%の濃度のグリセロール、5%ないし40%の濃度のエチレングリコール、あるいは、5%ないし30%の濃度のジメチルスルホキシドを含むものとするのが良い。
【0059】
次に、射出成型でチップを作成し、穴206および207からゲルを注入して、ゲル電極付セルソーターチップを完成した後チップを使用しないで放置した状態を考える。ゲルは穴206と206’,207と207’の開放部、および、細胞分離領域222における流路と液絡構造の連結部241,242の部分で大気と接しているため、ここから乾燥が始まる。このため作成したゲル電極付セルソーターチップを保存するには下記のような工夫が必要である。まず、穴206と206’,207と207’の開放部からの乾燥防止は使用直前まで開口部にシールを貼ることで防げる。細胞分離領域222における流路と液絡構造の連結部241,242の部分では、ゲルが乾かないように水を含むシートとともに密閉容器中で保存することで、4℃で3ヶ月程度の保存が容易にできる。密閉容器としては空気部分をなるべく少なくするためにラミネートバックが適している。
【0060】
さらに、乾燥を防ぎ長期保存を可能とするためにゲルには保湿剤を添加する。保湿剤としてはたとえば1%~10%程度のトレハロースやシュークロースなどの2糖類あるいはオリゴ糖、5%~10%程度のグリセリンを添加することで乾燥防止に効果がある。
【0061】
さらに長期の保存にはゲル電極付セルソーターチップをラミネートバックに入れたまま凍結保存するのがよい。このときに問題となるのが、凍結時と融解時に氷晶ができてゲル構造を破壊する現象である。セルソーターチップのように微小な領域に作成するゲル電極で氷晶ができると、融解後にその部分が空洞となる。空洞ができると、電極に電界を印加したときに、空洞に細胞が入り込んだり、あるいは、入り込んだ細胞が不必要なときにセルソーターの流路に流れ出たりする問題が生じる。
【0062】
これを防ぐには、ゲル電極部のゲルに氷の結晶成長を抑える物質を添加し、セルソーターチップを凍結状態で長期保存を可能にするのが本発明の最も重要な点である。結晶成長を抑える物質としては上記保湿材料と同様のものが利用できる。ゲル作成時にトレハロースやショ糖などの2糖類やオリゴ糖などを混ぜ込むのが最も有効である。このうちトレハロースは一般的な動物細胞に対してのファンクションは小さくきわめて有効である。濃度は1%でよい。上限濃度は50%程度である。ショ糖でも効果が高いが、動物細胞に対してはバイオファンクションであることが考えられ、目的によっては不適切なケースがある。糖鎖の水酸基の一部を硫酸基に置き換えることで、凍結防止能を保持して生化学的な影響を低減できるので、これら2糖類の水酸基に硫酸基を導入して利用するとよい。このほかにグリセリンやエチレングリコールといった糖も効力がある。あるいはジメチルスルホキシドでも効果があるが、エチレングリコールやジメチルスルホキシドは細胞毒性が問題となるケースがあることを考慮しなければならないが、一般的にはセルソーティング流路に溶出するジメチルスルホキシドなどは微量なので無視できる。
【0063】
具体的な実施例を示す。下記組成のカソード電解液とアノード電解液を電子レンジで過熱融解し緩衝液化させる。別途基板101を60℃に加熱してあるホットプレートに乗せて加温する。緩衝液状態になっているカソード電解液とアノード電解液をシリンジで穴206、207に注入し、穴206’と207’から吸引し、マイクロ構造208、209と連結部241と242を満たす。連結部241と242には毛管現象で融解したゲルが入り込む。室温で10分間放置することで、マイクロ構造208、209と連結部222と242内の緩衝液がゲル化する。流路247は連結部241と242に比べ断面積が広いので、ゲル緩衝液が入り込むことは無い。
【0064】
改善されたゲル組成を示す。
マイナス電極液:1%トレハロース、0.25M NaCl,0.296M リン酸ナトリウム(pH6.0)、1%アガロース、
プラス電極液:1%トレハロース、0.25M NaCl,0.282Mリン酸ナトリウム(pH8.0)、1%アガロース、
上記のように調製したゲル電極付セルソーターチップの表面を粘着性テープでシールする。多孔質プラスチックタオルであるプラセームに水を浸し、しぼった2cm角の断片をゲル電極付セルソーターチップとともに30mm×40mmのプラスチックバックにいれシーラーを用いてバックの口をふさぐ。
【0065】
この状態で4℃あるいは-20℃で保存する。
【0066】
作成直後の凍結前のチップ、1ヵ月後、3ヶ月後、6ヵ月後の4℃および-20℃保存のチップの電極部の状態を、顕微鏡を用いて観察する。また、リザーバ203に培養液を添加し、流路204と205,205’に培養液を満たし、穴201に赤血球を添加し、ゲル電極に電解をかけたり、切ったりして細胞が流路218,219に振り分けられることを確認する。まず、作成直後のチップではマイクロ構造208、209と連結部241と242にゲルが満たされており、ひび割れたり、乾いたりの外的損傷は無い。ゲル電極に電界をかけると細胞分離領域222の流路を流れている赤血球が流路219に移り、穴212を介してリザーバ212’に貯まる。電界をかけなければリザーバ211’に貯まる。凍結したものは6ヵ月後においても作成直後と同様にゲル電極に電界をかけることでリザーバ212に、電界を切ることでリザーバ211に細胞を集めることができる。4℃保存に関しては顕微鏡観察すると3ヶ月目に連結部108と109にゲルの後退が見られるが、実際に細胞を流してみると、作成直後と同様に分離することができる。
【0067】
図6は、ゲル電極部分が別の構造とされたセルソーターチップを平面図の形で示す図である。ここでは、図1の配線106および107と電解質を含むゲルを導入する穴に挿入した電極を、基板101の下面に貼り付けるラミネートフィルム410に蒸着した導電膜により実現するものである。ラミネートフィルム410は、基板101の下面に貼り付けられるものであるから、導電膜に形成した電極等は、チップの平面図では見えないが、ここでは、他の構成要素との関係が分かりやすいように、重ねて表示した。
【0068】
図6の構造では、図1に示したマイクロ構造208,209に代えて、五角形状のマイクロ構造208,209とした。五角形状のマイクロ構造208,209には、基板101に設けられた開口206,207が連通していて、この開口を通してゲルが注入される。206’,207’はマイクロ構造208,209に連通している空気抜きの開口である。ゲル注入時に、空気抜きの開口206’,207’からゲルが溢れる状態になれば、ゲル注入は終わりとすれば良い。五角形状のマイクロ構造208,209の突出部には、連結部241,242が形成され、流路247を流れる緩衝液とゲルが接触できるようにされる。五角形状のマイクロ構造208,209に注入されたゲルと配線106および107に代える蒸着された導電膜106および107との十分な電気的接続を得るために、五角形状のマイクロ構造208,209に注入されたゲルが、適当な広さで、導電膜106および107の端部と接触する位置に、導電膜106および107は蒸着される。導電膜106および107の他の端部は、電源215に接続されるための端子を形成する。
【0069】
ここで、ラミネートフィルム410は、基板101と貼り合わされるから、導電膜106および107の他の端部の端子は基板に隠されてしまう。図示しなかったが、この端子と接続され、基板101の表面で電源215と接続可能にするための構造が設けられる。
【0070】
(実施例3)
図1のセルソーターチップ100を用いて画像認識による細胞認識と分離のアルゴリズムを説明する。図1を参照しながら説明したように、細胞懸濁液は穴201に注入される。穴201の周辺には細胞懸濁液の拡散を防ぐための壁250が設けられている。壁250は、リザーバ203の中に作られ、穴201の液面は、リザーバ203の液面に等しい状態になっている。細胞は穴201から流路204に流れ、側流を形成する流路205と細胞検出領域221の前で合流する。これにより、細胞が流路の中心部に寄った状態を作れる(図3)。
【0071】
流路204の細胞検出領域221を通過する細胞を、CCDカメラで撮像する。CCDカメラは、例えば、毎秒200フレームで画像を取り込む能力のあるものを使用する。この撮影能力があれば、細胞検出領域221の流路を流下する緩衝液の流速が1mm/sec程度であっても、細胞単位で認識できる。
【0072】
図7は、CCDカメラで取り込まれた画像から細胞を認識し、それぞれの細胞をナンバリングして識別するアルゴリズムを説明する図である。図7では、次々に取り込まれる画像をフレーム1,2,---,Nとして、それぞれのフレームに表れている細胞を表示している。フレーム1には黒丸で示す細胞のみが表れている。この黒丸で示す細胞を画像認識するとともにNo.421とナンバリングする。次のフレーム2では、421細胞の他に白丸で示す細胞と星印で示す細胞が表れている。ここで、白丸で示す細胞と星印で示す細胞は、同時に、フレーム2に最初に現れている。これらの細胞を画像認識するとともに、下流側で最初に検出される細胞に若い番号をつける。ここでは白丸で示す細胞のほうが星印で示す細胞に比べて下流に出現しているので、白丸で示す細胞にNo.422、星印で示す細胞にNo.423とナンバリングする。次のフレーム3では、新しい細胞が認識されていない。フレーム2とフレーム3とを比較すると、422細胞は、細胞421および423細胞より移動速度が速いことが分かる。次のフレーム4でも、新しい細胞が認識されていない。422細胞は移動速度が速いのでフレーム4では、かろうじて現れている状態である。一方、細胞421および423細胞は、ほぼ同じ速度で移動していることが分かる。フレーム8まで認識できる。ここで、細胞の画像の認識は、指標として、各細胞の輝度重心、面積、周囲長、長径、短径に着目する。
【0073】
このようにして、画像認識され、ナンバリングされた細胞の移動速度から、それぞれの細胞が細胞分離領域222(厳密には、連結部241,242)へ到達する時間を割りだし、連結部241のゲル電極にマイナス、連結部242の電極にプラスの電界をかけ、あるいは、電界をかけないで、細胞を回収用穴211と穴212に振り分ける。すなわち、所定時間毎に取り込まれる前記画像からナンバリングされた細胞の移動速度(V)を計算し、細胞移動速度(V)に対して予め入力した距離(L)、印加時間(T)によって、印加タイミングを(L/V)から(L/V+T)までとして細胞を振り分ける。
【0074】
(実施例4)
実施例4では、臓器組織をその表面から順次細胞を遊離させて、細胞層ごとに大まかに細胞を分離する前処理部と、細胞分離領域を一体化したチップ状デバイスとそれを用いる細胞分離の具体例を説明する。ここでは、内視鏡で採取した大腸ポリープ(直径3mm程度)をサンプルとしてセルソーティングにより平均的な細胞より大きな細胞を分離する。
【0075】
図8は、実施例4のチップの平面図、図9は、図8のB-B位置で矢印方向に見た断面図である。101は基板であり、基板下面には流路503が形成され、流路503の両端に開口を通して基板上面に設けたリザーバ512とリザーバ506と連通されている。流路503は基板下面に溝を掘った形で形成され、基板下面には、図4、図5で説明したのと同様に、ラミネートフィルム410が貼り付けられている。流路503の両端のリザーバ512,506は開口をあけた後に基板上面に貼り付ける形で作成される。また、流路503の途中には、フィルター504が設けられている。フィルター504は多数のピラー505が並んだ構造をしている。
【0076】
基板101の下面には、基板101は、リザーバ512の下面に対応する位置に温調装置520が、流路503の下面に対応する位置に温調装置521が、それぞれ、設けられた基板102の上に載置される。それぞれの調温装置520,521は、リザーバ512、流路503を所定の異なる温度に保持している。それぞれの調温装置520,521の間には断熱のためにスリット501が設けてある。スリットは単なる切れ込みで空気の層になっていてもよいし、断熱性物質でできていてもよい。
【0077】
使用に先立って、リザーバ512に所定量の緩衝液を入れ流路503を緩衝液で満たす。また、リザーバ507にはトリプシン活性を阻害するためのトリプシンインヒビターを含む緩衝液を入れる。次いで、リザーバ512に試料である組織断片510を入れ、リザーバ512内の緩衝液にピペット522を用いて、所定の量のトリプシンを含む液を加える。組織片表面の細胞マトリックスがトリプシンによって分解され、細胞511が組織断片510の表面から順次遊離する。調温装置520は、この処理が効率よく行われるように、リザーバ512を所定の温度に維持する。組織断片510の表面から遊離した細胞511は、リザーバ512と506の液面差による緩衝液の移動に応じて流路503に導かれる。流路503に設けられたフィルター504で、十分に分散していない細胞塊や構造物を除去し、分散した細胞をリザーバ506に導く。調温装置521は、流路503を細胞511が移動する際、トリプシンによる過剰な分解を防ぐために、流路503を所定の温度に維持する。
【0078】
フィルター504とリザーバ506とを結ぶ流路にはリザーバ507に連なる流路が接続され、リザーバ507にはトリプシンインヒビターを含む緩衝液が入れられているから、フィルター504を通過した細胞511には、トリプシンインヒビターが作用する。そのため、細胞511はトリプシンの影響から開放されて安定な状態でリザーバ506に到達する。リザーバ506に到達した細胞511はピペット521で逐次回収できる。回収した分散細胞を実施例1で説明した図1記載のセルソーターチップ100を用いて巨大細胞を分離する。あるサンプルでは、分離できる巨大細胞の80%はがん化していることが判明する。なお、リザーバ507は一つでもよい。
【0079】
図8、図9を参照して説明したチップ500は、試料である組織片から経時的に剥離してくる分散細胞を順次分離するソーターの役割を担っていると言えるが、実施例1で説明した図1記載のセルソーターチップ100の試料細胞を得るための前処理チップと見ることができる。
【0080】
図10はセルソーターチップの試料細胞を得るための前処理チップとして使用することに着目したチップの実施例を示す平面図である。図8と対比して明らかなように、リザーバ512内で試料である組織片から、細胞がトリプシン消化され、組織表面から分散細胞が流路503に流れ込み、フィルター504を通して流下し、リザーバ507からトリプシンインヒビターを含む緩衝液を供給されるのは、図8で説明したチップと同じである。
【0081】
図10に示すチップでは、流路503の最下流部503’で流路の先端が分岐している。さらに、分岐している各流路の末端は閉鎖されたリザーバ506-1~506-4に連結されている。図9を参照して明らかなように、リザーバ506は上面が開放されている。これに対し、閉鎖されたリザーバとは、リザーバ上面がシールで覆われた構造をしており、このままでは流路から液が流れ込めない構造とされている。そのため、リザーバ上面のシールにピンで穴を明けると、穴が開いたリザーバにのみ流路から液が流入することになる。したがって、一つのリザーバに所定時間細胞を含む緩衝液回収した後、穴を粘着テープでふさぎ、次のリザーバのシールに穴を開け細胞を含む緩衝液を回収する、という操作を続けると、時系列的に分類した細胞を収集することができる。もっとも、最初から全てのリザーバをシールで閉鎖すると、最初に緩衝液を入れて流路を緩衝液で満たす操作ができない。したがって、一つのリザーバだけは開放しておくことが必要である。
【0082】
図10では、リザーバ506-1の上面シールに穴530-1を開けて細胞を含む緩衝液を回収し粘着テープ531で穴をふさぐ操作をした後、リザーバ506-2の上面シールに穴530-2を開けて細胞を含む緩衝液を回収している状態を示す。上面シールの穴を塞がれたときに分岐流路に残っている細胞は、そのまま分岐流路に残る。
【0083】
(実施例5)
実施例5では、実施例4の前処理チップと実施例1記載のセルソーターチップを一体化したチップを用いることで、組織片をトリプシン処理し、組織片から順次細胞を分離するとともに、順次分散してくる細胞のうち特定の細胞群のみを回収することを可能としたセルソーターに関する。
【0084】
図11は、実施例5のセルソーターを模式的に示す平面図である。図12(A)、(B)および(C)は、図11のC-C,D-DおよびE-E位置で矢印方向に見た断面図である。図11,12において、既出の実施例で説明したものと同じもの、または、同等の機能を果たすものには同じ参照符号を付した。
【0085】
600は実施例5のセルソーターである。基板101の上には、トリプシン処理部610とセルソーティング部650が構築され、カスケードに接続されている。リザーバ601は602,603,604の三つの部屋に仕切られている。各部屋間の仕切り605の構造を図12(A)に示す。ここでは部屋602と603の関係で説明する。部屋602と603の仕切り605は、仕切り板605,605および605で構成されている。各仕切り板605,605,605は本実施例では100μmの間隔で配置され、仕切り板605,と605は部屋603の底面との間に100μmのギャップを持たせてある。したがって、部屋602と部屋603は100μm幅の空間で連通したものとなっている。部屋603と604の仕切り605も同様である。三つの部屋の全体に緩衝液を入れる。このとき、液面が仕切り板605の上面より高い位置で、605,605の上面より低い位置であることが重要である。液面の高さは12から15mmである。
【0086】
部屋602には、リザーバ512が構成されている。これは、図8で説明したリザーバ512と同じであるが、ここでは、部屋602に満たされた緩衝液の液面より低い高さ、例えば、10mmとする。リザーバ512内に組織片とトリプシン溶液をリザーバ512の体積の半分まで加える。トリプシン溶液はグリセリンで1.04の比重をつけている。これで沈降しない組織片の場合は、比重を緩衝液と同じにして壁611の上面に厚さ10μm程度のフィルターをのせる。これにより、リザーバ512内に存在する細胞やトリプシンが部屋602内にリークするのを防ぐ。それでも部屋602内にリークするトリプシンは部屋603に移行するのを防ぐ必要がある。仕切り板605はこのために設けられている。
【0087】
セルソーター600は、図9で説明したと同様の温調装置520,521が設けられている基板に載置されて使用されるが、図では、温調装置520,521が設けられている基板の表示は省略する。リザーバ512の下面には、流路503に連通する開口があり、図8で説明したように、フィルター504に連なっている。フィルター504の下流で、リザーバ507に連通する流路623,624が合流し、図8で説明したように、リザーバ507に入れられているトリプシンインヒビターを含む緩衝液が供給される。したがって、フィルター504を通過した細胞には、トリプシンインヒビターが作用し、細胞はトリプシンの影響から開放される。ここでは、リザーバ507は、部屋602と同様に、部屋603と仕切り板605で仕切られた部屋604内に設けられる。図12(B)に部屋604とリザーバ507の部分を断面図で示す。部屋604は、仕切り板615で仕切られているから、部屋602と同様に、緩衝液の液面高さは、部屋602と同じである。また、リザーバ507は、リザーバ512と同じ高さとされ、リザーバ512の緩衝液の比重と同じ比重の緩衝液が入れられる。したがって、トリプシンインヒビターを含む緩衝液は、フィルター504の下流で、流路503を流下してきた細胞を含む緩衝液に合流し、細胞をトリプシンの影響から開放する。合流した緩衝液は、流路204を流下する。また、リザーバ507の下面には、図9で説明したように、温調装置521が設けられている。さらに、リザーバ507の上面には、リザーバ512と同様、必要に応じて、フィルター606が設けられる。
【0088】
部屋602および部屋604は組織片をトリプシン処理し、組織片から順次細胞を分離するトリプシン処理部610を構成するとともに、セルソーティング部650に細胞を供給する機能を果たす。
【0089】
一方、部屋603には、図12(A)に示すように、穴201’が設けられ、これに連通する流路204’が開口している。さらに、部屋603の部屋604より下流側に、穴202,202’が開けられ、これに、流路205,205’が連通している。これらの穴を介して、緩衝液が流路に供給される。流路204から供給される細胞を含む緩衝液、流路204’,205,205’から供給される緩衝液に対して構成されるシステムは、図6で説明したセルソーターと同じであり、セルソーティング部650を構成する。
【0090】
流路218,219に得られる細胞を含む緩衝液は、リザーバ211,212で回収されるが、図12(C)にリザーバ211,212を包括するリザーバ663について、E-E位置で矢印方向に見た断面図で示す。リザーバ663の緩衝液の液面は、部屋602-604の液面より低くされ、これが、流路を緩衝液が流下するときのエネルギーとなる。
【0091】
図12(A)-(C)に示したように、基板101の下面は、ラミネートフィルム410で覆われ、基板101に掘られた溝を流路として閉じられたものとする。また、図6で説明したと同様に、配線106および107と電解質を含むゲルを導入する穴に挿入した電極をラミネートフィルムに蒸着した導電膜により実現することもできる。この場合は、図6で説明したと同様、ラミネートフィルム410は、基板101の下面に貼り付けられるものであるから、導電膜に形成した電極等は、チップの平面図では見えないが、ここでは、他の構成要素との関係が分かりやすいように、重ねて表示した。また、導電膜106および107の電源215に接続されるための端子を形成する端部が、基板101の表面で電源215と接続可能にするための構造が設けられる。
【0092】
(実施例6)
実施例6は、実施例1の試料細胞の導入に工夫を施したものである。図13は実施例6の細胞分離装置(セルソーター)のシステム構成の1例を模式的に示す平面図であり、図14(A),(B)および(C)は、実施例6の試料細胞の導入部における工夫を説明するための部分的な断面図である。実施例1と同じ参照符号を付したものは同じものまたは同じ働きをするものである。
【0093】
図13と図1とを対比して明らかなように、実施例6のセルソーターは、実施例1の流路204をより上流部まで延長し、開口290を設けて、緩衝液を導入するようにした点において実施例1のセルソーターと異なるだけで、後は同じである。図14(A)から分かるように、流路204は開口201を通してリザーバ250に連通するのみならず、より上流まで延伸されて開口290とも連通している。
【0094】
図14(B)に、開口201および開口290から流路204に流入する緩衝液および細胞を模式的に示したように、実施例6によれば、開口290から流路204に流入する緩衝液の層によって、開口201から流路204に流入する緩衝液および細胞がラミネートフィルム410に接触することが阻止される。すなわち、開口201から流路204に流入する緩衝液および細胞は、開口290から流路204に流入する緩衝液の層の上を流れることになる。したがって、細胞がラミネートフィルム410に接触して、それが原因となる滞留を防止することができる。
【0095】
図14(C)は、開口201から流路204に流入する細胞が、ラミネートフィルム410に接触して、それが原因となる滞留を生じている様子を模視的に示すものである。細胞の一つがラミネートフィルム410に接触して、そこに留まるようなことが起こると、それに他の細胞が引っ掛かり、次々と細胞が溜まってしまって、遂には、細胞の流下が停止してしまうことになる。
【0096】
実施例6の説明を、実施例1の流路204をより上流部まで延長した例で説明したが、これは、実施例4,5の流路503についても同様にできることは明らかである。すなわち、細胞を導入する位置よりも上流側で緩衝液を導入して、緩衝液の流れの層を形成しておいて、細胞を導入することで、細胞が流路の底面に接触するのを防止するのである。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明の細胞分離装置(セルソーター)のシステム構成の1例を模式的に示す平面図である。
【図2】マイクロ流路204の細胞を含む緩衝液に、マイクロ流路205,205’の緩衝液が合流して、マイクロ流路240を流下し、細胞検出領域221の直前で、マイクロ流路204’を流下する緩衝液と合流してマイクロ240を流下する状況を説明する図である。
【図3】(A)は、流路204を流下する緩衝液が流路205,205’を流下する緩衝液によって中央部に押しやられた結果の合流後の流路240の細胞分布を示す図、(B)は、合流後の流路240を流下する緩衝液が流路204’を流下する緩衝液と合流した結果の合流後の細胞検出領域221における流路内の細胞分布を示す図である。
【図4】(A)、(B)は流路の幅を広くすることに伴う問題と、その解決案の例を示す断面図である。
【図5】図4で説明したリザーバ203と開口201,201’および流路204,204’の部分をより詳細に説明するために、図1のA-A位置において、矢印方向に見た断面図である。
【図6】ゲル電極部分が別の構造とされたセルソーターチップを平面図の形で示す図である。
【図7】CCDカメラで取り込まれた画像から細胞を認識し、それぞれの細胞をナンバリングして識別するアルゴリズムを説明する図である。
【図8】実施例4のチップの平面図である。
【図9】図8のB-B位置で矢印方向に見た断面図である。
【図10】セルソーターチップの試料細胞を得るための前処理チップとして使用することに着目したチップの実施例を示す平面図である。
【図11】実施例5のセルソーターを模式的に示す平面図である。
【図12】(A)、(B)および(C)は、図11のC-C,D-DおよびE-E位置で矢印方向に見た断面図である。
【図13】実施例6の細胞分離装置(セルソーター)のシステム構成の1例を模式的に示す平面図である。
【図14】(A),(B)および(C)は、実施例6の試料細胞の導入部における工夫を説明するための部分的な断面図である。
【符号の説明】
【0098】
100…セルソーター、101…基板、106,107…配線、201,201’,202,202’,206,207…穴、206’,207’…空気抜き、203,213,506,507,512…リザーバ、204,204’,205,205’,240,218,219,247,503…流路、208,209…マイクロ構造、215…電源、216…スイッチ、221…細胞検出領域、222…細胞分離領域、230,504…フィルター、241,242…連結部、250…壁、260…溝、410,523…ラミネートフィルム、421,422,423…細胞像、505…ピラー、520,521…温調装置、510…組織断片、521,522…ピペット、531…粘着テープ、600…セルソーター、601,602,603…部屋、605,605,605…仕切り板、606…フィルター、663…リザーバ。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13