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明細書 :電子放出素子およびその製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4734532号 (P4734532)
公開番号 特開2007-149505 (P2007-149505A)
登録日 平成23年5月13日(2011.5.13)
発行日 平成23年7月27日(2011.7.27)
公開日 平成19年6月14日(2007.6.14)
発明の名称または考案の名称 電子放出素子およびその製造方法
国際特許分類 H01J   1/304       (2006.01)
H01J   9/02        (2006.01)
FI H01J 1/30 F
H01J 9/02 B
請求項の数または発明の数 16
全頁数 13
出願番号 特願2005-342613 (P2005-342613)
出願日 平成17年11月28日(2005.11.28)
審査請求日 平成20年11月7日(2008.11.7)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】000010087
【氏名又は名称】TOTO株式会社
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】宮内 雅浩
【氏名】細野 秀雄
【氏名】神谷 利夫
【氏名】戸田 善丈
個別代理人の代理人 【識別番号】100094640、【弁理士】、【氏名又は名称】紺野 昭男
審査官 【審査官】山口 剛
参考文献・文献 特開平11-246300(JP,A)
特開2000-203998(JP,A)
特開平10-152323(JP,A)
特開2004-175586(JP,A)
特開2005-104044(JP,A)
特開2005-105183(JP,A)
調査した分野 H01J 1/304
H01J 9/02
H01J 31/12
H01J 63/00-63/06
特許請求の範囲 【請求項1】
導電性基材と、
該導電性基材の表面に形成される、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる緻密層と、
該緻密層の表面に形成される、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなるファイバ状物質とを含んでなる電子放出素子であって、前記ファイバ状物質にn型のキャリアが含まれることを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記n型のキャリアが酸素欠陥であることを特徴とする請求項1に記載の電子放出素子。
【請求項3】
前記ファイバ状物質が、3~30nmの直径および50nm~1μmの長さを有する、請求項1ないし2に記載の電子放出素子。
【請求項4】
該ファイバ状物質の長軸が導電性基材に対して概ね垂直方向に配向している、請求項1~3に記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記ファイバ状物質が中空ファイバである、請求項1~4のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項6】
前記中空ファイバが、3~8nmの内径、8~30nmの外径、50nm~1μmの長さを有する、請求項5に記載の電子放出素子。
【請求項7】
前記ファイバ状物質がアナターゼ型酸化チタンを含むことを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項8】
前記ファイバ状物質の中にチタンイオン合計量に対して10モル%以下のアルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンを含有する、請求項1~5に記載の電子放出素子。
【請求項9】
前記緻密層の膜厚が1nm~20μmである、請求項1~8のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項10】
前記ファイバ状物質が、3nm~100μmの厚さを有する被膜を形成してなる、請求項1~9のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項11】
前記導電性基材が金属チタンを含んでなる、請求項1~10のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の電子放出素子の製造方法であって、
金属チタンを含んでなる導電性基材をアルカリ性水溶液に接触させて反応させ、前記緻密層と前記ファイバ物質とを形成される工程を含んでなる、製造方法。
【請求項13】
前記アルカリ性水溶液中での反応が、強アルカリ性水溶液中、100~200℃で行われる、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記アルカリ性水溶液中での反応後、前記導電性基材を酸性水溶液に漬浸する工程をさらに含んでなる、請求項12、13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記アルカリ性水溶液での反応後、前記導電性基材を加熱する工程をさらに含み、加熱温度が50℃~800℃であることを特徴とする、請求項14に記載の製造方法。
【請求項16】
請求項15に記載の加熱が真空中での加熱であって、温度が400℃~600℃で行われる、請求項15に記載の製造方法。
発明の詳細な説明
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、電界放出型(冷陰極型)の電子放出素子、および、その製造方法に関する。本発明は電界放出ディスプレイ、エミッター、陰極線管、蛍光表示管、電子銃、ランプ等に利用される。
【発明の概要】
【0002】
背景技術
近年、強電界を印加することにより電界電子放出する電子放出素子の研究が盛んにおこなわれている。電界放出型電子源は電子を放出するための加熱を必要せず消費電力も低い。このような電界放出型電子源を用いた薄型表示素子は自発光型であるため、液晶表示のようにバックライトを設ける必要が無い。また、原理的にはブラウン管などのCRTと同様の明るさが得られ、薄型で高精細な表示素子を実現することが可能である。電界放出型電子源は、電界を集中させるために先端の極率の小さい先鋭な材料を導電性基材に対して垂直に配向させる必要がある。
従来の電界放出型電子源として、例えば、C. A. Spindtらが開示しているような円錐形状の金属電子源が知られている(特許文献1(USP3665241))。この電子源は蒸着法によって作製され、大面積に加工する場合に形状のばらつきがあり、電子放出の均一性や信頼性に問題があった。
一方、カーボンナノチューブを利用した電界放出型の電子放出素子も提案されている(例えば、非特許文献1(W. A. Heerら、Science, 270, 1179 (1995))。カーボンナノチューブや金属は仕事関数が高いため、電子放出に必要なエネルギーが高いという欠点がある。また、前記円錐形状の金属電子源もカーボンナノチューブの電子源も製造には真空プロセスを必要とするため、製造するための装置が大掛かりなものになってしまい、製造コストが高くなる。
仕事関数の低い素材として、一般に酸化物が知られる。しかしながら、一般に酸化物は絶縁体で、電子放出源としての応用には結晶内に電子キャリアを導入しなければならない。酸化物の電界放出型電子放出源として、例えば、酸化亜鉛の微細組織を利用したものが報告されている(例えば非特許文献2(Q. Wangら、Appl. Phys. Lett. 83, 2253 (2003)))。しかしながら、ZnOは容易に光溶解する不安定な酸化物として知られ、その安定性、耐久性が懸念されている。
酸化物の微細組織として、中空ファイバ状の酸化チタンまたはチタン酸の粒子が報告されている(例えば特許文献2(特開平10-152323号)および非特許文献3(L. M. Peng et al., Adv. Mater. 14, 1208 (2002))参照)。また、中空ファイバ状の酸化チタンまたはチタン酸粒子の薄膜化も報告されている(例えば、非特許文献4(Z. R. Tian et al., J. Am. Chem. Soc.. 125, 12384 (2003))参照)。
【発明の具体的説明】
【0003】
【0004】
本発明者らは、今般、導電性基材の表面に、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる緻密層を形成し、さらにこの緻密層上に、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなるファイバ状物質を形成し、前記ファイバ状物質にはn型のキャリアが含まれることにより、導電性基材に対する優れた被膜密着性を確保しながら、電子放出能の高い電界放出型電子源が得られるとの知見を得た。
【0005】
したがって、本発明は、安定性が高く、電子放出能の高い電子放出素子、および、その製造方法の提供を目的としている。
【0006】
そして、本発明による電子放出素子は、
導電性基材と、
該導電性基材の表面に形成される、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる緻密層と、
該緻密層の表面に形成される、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなるファイバ状物質とを含んでなる電子放出素子であって、前記ファイバ状物質にn型のキャリアが含まれることを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明による電子放出素子の製造方法は、金属チタンを含んでなる導電性基材をアルカリ性水溶液中で反応させて、前記緻密層と前記ファイバ物質とを形成される工程を含んでなるものであり、真空プロセスを必要とせず、低コストで製造することができる。
【0008】
電子放出素子
本発明の電子放出素子は、導電性基材と、導電性基材の表面に形成される緻密層と、緻密層の表面に形成されるファイバ状物質とを含んでなる素子である。本発明においてファイバ状物質は、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる、ファイバの形状を有する物質である。前記酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩の仕事関数は金属よりも低く、電子を放出させるのに必要なエネルギーが小さいため、低電圧でも電子を放出しうる。また、前記酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩は実質的に透明なので、透明ディスプレイ等への応用も可能である。更に、前記酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩は酸素や水の存在下でも安定なので、大気圧でのプラズマ発生素子としても利用することができる。一方、本発明において緻密層は、導電性基材とファイバ状物質との界面に形成される、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる緻密な層であり、ファイバ状物質の有する機能を十分に発揮させながら、ファイバ状物質の導電性基材への密着強度を強化する。したがって、上記構成を有する本発明の電子放出素子によれば、導電性基材に対する優れた被膜密着性を確保しながら、ファイバ状物質が有する電子放出能を高い効率で発揮させることができる。また、本発明の電子放出素子のファイバ状物質にはn型のキャリアが含まれている。n型のキャリアは電子源となり、このキャリアを導入することで、より高い電子放出能が得られる。
【0009】
導電性基材
本発明に用いる導電性基材は、本発明の電子放出素子が使用される用途等に応じて適宜選択されることができ、特に限定されないが、金属チタンを含んでなるのが好ましい。導電性基材に金属チタンが含有されていると、同じくチタン元素を含有する緻密層との間の密着強度が更に強くなる。この場合、金属チタンは導電性基材の中に練り込んであっても良いし、基材の表面に被膜として形成させても良い。本発明の好ましい態様によれば、導電性基材は金属チタン板であるのが好ましい。この場合、水酸化ナトリウム等のアルカリ水溶液で処理するだけで、容易に、密着性に優れた緻密層およびファイバ状物質の両方を形成させることができる。
【0010】
緻密層
本発明において緻密層は、導電性基材の表面に形成され、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる緻密な層であり、ファイバ状物質の導電性基材への密着強度を強化すると同時に、ファイバ状物質が発現する電子放出特性を確保ないし向上することができる。本発明において緻密層を構成する酸化チタンは結晶質および非晶質のいずれであってもよい。本発明において、緻密層およびファイバ状物質は、同種および異種の材料のいずれで構成されてもよいが、緻密層はファイバ状物質を実質的に含まない。したがって、ファイバ状物質が層状の皮膜として形成された場合であっても、緻密層はファイバ状物質を含む層と比較して、ファイバ状物質を実質的に含まないより緻密な層として区別される。緻密な層であるか否かの確認は、例えば、電子放出素子の破断面を走査型電子顕微鏡画像等の慣用される観察手段により観察し、必要に応じて被膜の空孔率を画像処理によって見積もることにより行うことができる。
【0011】
本発明の好ましい態様によれば、緻密層の膜厚が1nm~20μmであるのが好ましく、より好ましくは10nm~5μmであり、さらに好ましくは50nm~2μm、最も好ましいのが50nm~1μmである。このような範囲の膜厚に設計することで、膜強度と高い電子放出能を両立することができる。
【0012】
ファイバ状物質
本発明においてファイバ状物質は、緻密層の表面に形成される、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩からなる群から選択される少なくとも一種を含んでなる、ファイバ形状を有する物質である。前記、酸化チタン、チタン水酸化物、チタン酸、およびチタン酸塩は仕事関数が低く、電子放出能が高い材料である。また、ファイバ状物質は先端が先鋭のため、先端部に電界が集中し、容易に電子が放出しうる。本発明においてファイバ状物質を構成する酸化チタンは結晶質および非晶質のいずれであってもよい。このファイバ状物質は、化学的安定性が高く、かつ無毒であるため、廃棄物の回収の面からも利点も有する。本発明の好ましい態様によれば、本発明においてファイバ状物質の形状は、ファイバ状物質の径が3~30nm、長さが50nm~1μmであるのが、高い電子放出能を発現することができる。
【0013】
本発明に係るファイバ状物質は非晶質でも構わないが、好ましくは、結晶質酸化チタン、チタン酸、チタン酸塩のいずれか一つを含む。結晶質のほうが電子の移動度が高く、電子放出能も高い。本発明においてファイバ状物質として使用可能な結晶性酸化チタンの好ましい例としては、ルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型、TiO2(B)が挙げられる。また、酸化チタンは、Ti23やTi35などの還元体あるいは還元体が規則的に配列したマグネリ相を含んでいても構わない。ファイバ状物質として使用可能なチタン酸の好ましい例としては、三チタン酸、四チタン酸、五チタン酸、六チタン酸、七チタン酸、八チタン酸等のプロトンを含む多価チタン酸が挙げられる。ファイバ状物質として使用可能なチタン酸塩の好ましい例としては、チタン酸カリウム、チタン酸カルシウム、チタン酸セシウム、チタン酸ナトリウム、チタン酸マグネシウム、チタン酸アルミニウム、チタン酸ストロンチウム、チタン酸バリウム等の多価チタン酸塩が挙げられる。
【0014】
本発明に係るファイバ状物質の結晶構造のより好ましい態様は、アナターゼ型酸化チタンである。アナターゼ型酸化チタンはルチル型酸化チタンよりも電子の有効質量が軽く仕事関数も低いことから電子放出素子として好適である。
【0015】
本発明の好ましい態様によれば、ファイバ状物質の長軸が導電性基材に対して概ね垂直方向に配向しているのが好ましく、これにより電子放出素子において更なる高性能化を実現することができる。ファイバ物質により形成される表面の先鋭な形状のため、電子放出のための形状因子が高くなり、高度な電子放出特性を発現することができる。
【0016】
本発明の好ましい態様によれば、ファイバ状物質にはn型のキャリアが含まれている。n型のキャリアは電子源となり、このキャリアを導入することで、より高い電子放出能が得られる。n型のキャリアとして例えばバナジウム、ニオブ、タンタル等の5価の金属を利用することができる。更に好ましい態様として、前記n型のキャリアとして、酸素欠陥を導入することができる。酸素欠陥の導入は真空中や水素雰囲気での加熱処理で容易に導入することができる。酸素欠陥が導入されたかどうかは、例えば、X線光電子分光法によってTi原子由来の軌道を測定し3価のTiイオン(Ti3+)が生成したかどうかで簡易的に判断できる。また、Ti3+が生成すると黒く着色するため、UV-Vis分光光度計の測定による着色度からキャリアの導入を確認することができる。より精密なキャリア密度の測定には、ホール効果測定などをおこなうのが好適である。
【0017】
本発明の好ましい態様によれば、前記ファイバ状物質の中にチタンイオン合計量に対して10モル%以下のアルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンを含有するのが好ましく、より好ましくは5モル%以下であり、さらに好ましくは実質的に0%である。アルカリ金属およびアルカリ土類金属イオンはキャリアの散乱源として働き、電子放出能を阻害する。したがって、アルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンの含有量を上記範囲内に低減することにより、電子移動の妨げとなる不純物を少なくすることができる。
【0018】
本発明の好ましい態様によれば、ファイバ状物質が中空ファイバであるのが好ましい。このような形状にすることで、更に先端が先鋭化されるので、高度な電子放出特性を発現する。前記中空ファイバの好適な形状は、3~8nmの内径、8~30nmの外径、50nm~1μmの長さを有する。
【0019】
本発明の好ましい態様によれば、ファイバ状物質は、層状の皮膜として形成されることができる。この場合、ファイバ状物質を含む被膜の膜厚は3nm~100μmの範囲であるのが好ましく、より好ましくは10nm~5μm、さらに好ましくは50nm~2μm、最も好ましいのは、50nm~1μmである。このような膜厚範囲とすることで、強度と高い電子放出能を兼ね備えた電子放出素子を提供することができる。なお、緻密層とファイバ状物質を含む皮膜との間の界面は明確に分離されている必要はなく、両層の混合層が介在されていても構わない。
【0020】
製造方法
本発明の電子放出素子の製造方法は特に限定されるものではないが、金属チタンを含んでなる導電性基材をアルカリ性水溶液に接触させて反応させることにより簡便に製造することができる。本製造方法は、蒸着法やアーク放電法のような真空プロセスを必要とせず、安価に電子放出素子を提供可能である。使用可能なアルカリ性水溶液の好ましい例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化セシウム、アンモニア、4級アンモニウム水酸化物等の強アルカリの水溶液が挙げられ、より好ましくは水酸化ナトリウム水溶液である。例えば、金属チタン板を、水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬、あるいは水酸化ナトリウム水溶液を入れた水熱反応容器中で加熱することにより、本発明の電子放出素子を製造することができる。水熱反応の際の加熱温度は60℃~300℃とするのが好ましい。より好ましくは水熱反応の際の加熱時間は100℃~200℃とする。このような好ましい反応温度にすることで、ファイバ状物質の結晶性を高め、導電性基材に対してファイバ状物質が垂直に配向する。また、水熱反応の際の好ましい反応時間は、30分~48時間であり、より好ましくは1時間~3時間である。このような工程を経て、導電性基材の表面に緻密層が形成されると同時に、その緻密層の表面にはファイバ状物質がさらに形成される。
【0021】
ファイバ状物質に遷移金属のn型キャリアを導入された電子放出素子を作製する方法として、チタンとバナジウム、ニオブ、タンタルからなる郡より選択される少なくとも一つの遷移金属の合金に前記の水熱処理をして合成できる。n型のキャリアを安定なサイトに拡散させるために、水熱処理した後に大気中や真空中で加熱処理をしても構わない。
【0022】
本発明の好ましい態様によれば、アルカリ性水溶液中での反応後、導電性基材を酸性水溶液に浸漬する工程がさらに行われるのが好ましい。これにより、水酸化ナトリウム水溶液のような強アルカリ性水溶液を用いた水熱反応の際にファイバ状物質の構造内に取り込まれるナトリウムイオン等の不純物、特にアルカリ金属およびアルカリ土類金属イオン、を低減することができる。このような不純物はキャリアの散乱源として働き、電子放出能を阻害する。このような不純物の低減により、より高度な電子放出能を発現させることができる。
【0023】
本発明において使用可能な酸性水溶液の好ましい例としては、硝酸、塩酸、硫酸、過塩素酸、フッ酸、臭素酸、沃素酸、亜硝酸、酢酸、蓚酸などが挙げられる。また、好ましい酸性水溶液の濃度は、0.001~10Mであり、より好ましくは0.001~1Mであり、さらに好ましくは0.01~0.1Mである。濃度の高い酸性水溶液に浸漬すると発熱が激しく、ファイバ状物質の構造が変化する可能性がある。
【0024】
本発明の好ましい態様によれば、酸性水溶液での処理の後、導電性基材を大気中で加熱するのが好ましい。この加熱により、ファイバ状物質の結晶性を高めるとともに、膜強度を上げることができる。好適な加熱温度の範囲は50℃~800℃である。このように加熱をおこなうことで、不純物である水分を除去したり、結晶性を高めたりすることができる。また、前記アルカリ性水溶液での反応後はチタン酸構造やチタン酸塩構造であるが、更に加熱処理をすることによって結晶構造をアナターゼ型やB型の酸化チタンに相転移させることができる。結晶を転移させたい場合の好ましい加熱温度は、350℃~600℃である。低温であると相転移せず、高温に上げ過ぎるとファイバ状物質が破壊されてしまう。本発明の別の好ましい態様によれば、この加熱処理は、酸性水溶液の処理を行わずに、アルカリ性の水溶液中で反応させた後に直接行ってもよい。
【0025】
本発明の電子放出素子を作製する際の更に好ましい製造方法として、アルカリ性水溶液での反応後に真空中で過熱する。このように真空で加熱処理することでn型の酸素欠陥のキャリアが導入できる。真空中での好ましい加熱温度は350~600℃であり、高温に上げ過ぎるとファイバ状物質が破壊されてしまう。真空度は10-4Pa以下にすることで、効率的に酸素欠陥を導入することができる。更に好適な製造方法の態様として、アルカリ性水溶液での反応後、前記酸性水溶液に浸漬、その後、大気中で加熱して乾燥させた後に、真空中で加熱処理をおこなう。真空中での加熱処理は、酸性水溶液の処理や大気中での加熱処理を行わずに直接行ってもよいし、酸性水溶液での処理や大気中での加熱処理のどちらか一方をおこなった後に施しても良い。
【0026】
電子放出素子としての駆動方法
本発明の電子放出素子を駆動する方法として、例えば、単純な2極型の構成を使用することができる。その模式図を図1に示す。陰極として、本発明の電子放出素子を使用し、導電性基材の金属部に配線を接続する。好ましくは、配線は導電性基材の裏側から取る。陽極として導電性の部材を使用することができ、好ましくは、白金、金、銀、銅、チタン、ニッケル、鉄の少なくとも一つを含む金属や、ステンレス等の合金、スズ含有インジウム酸化物(ITO)やフッ素やアンチモンをドープした酸化スズ、ガリウムやアルミニウムをドープした酸化亜鉛等が好適に私用することができる。前記陽極をメッシュ電極にすることによって、陰極から放出した電子が陽極を通過することができる。通過した電子が蛍光体に衝突するような構成にすると自発光式のディスプレイとなる。陽極と陰極の間の電極間距離は10nm~10mmであることが好ましい。また電子放出は真空中でも大気中であっても構わない。大気中で電子放出した際、電子は直ちに酸素や窒素と反応してプラズマ化する。電子を安定に発生するために定電流化のためのフィードバック電源を用いても構わない。また、図1には2極式の構成を示したが、電子の引出し電極を施した3極式であっても構わない。
【0027】
用途
本発明の電子放出素子は電界放出ディスプレイ、エミッター、陰極線管、蛍光表示管、電子銃、ランプ、環境浄化等へ応用することができる。

【実施例】
【0028】
次に、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0029】
例1:電子放出素子の作製
導電性基材として金属チタン板(高純度化学製、10mm×10mm×1mmt, 純度99.9%)を用い、ダイヤモンドペーストで表面を鏡面研磨したものを使用した。表面の油分を除去するためにエタノールを用い10min超音波洗浄を行った。洗浄した金属チタン板の上に、更に、金属チタン膜をスパッタ法にて成膜した。成膜には高周波マグネトロンスパッタ(島津製作所、HSM-752)を用いた。前記スパッタ装置は、Tiターゲット(純度99.99%)の上方に基板フォルダが配置し、基板フォルダが回転することが可能である。基板フォルダの回転数は1.6Hzとし、Tiターゲットへの高周波出力は1000 Wとし、基板加熱をおこなわずに成膜した。スパッタリングにはアルゴンガスを用い、流量100ml/ minとしてチャンバー内に導入し、全圧0.8Paとして1時間成膜した。こうして得られた金属チタン基板に対して水熱処理をおこなった。フッ素樹脂製の水熱反応容器(100ml)に10MのNaOH 80gを入れ、前記金属チタン板を沈めた。そしてフッ素樹脂製容器をステンレス容器で密閉し、120℃で2時間反応させた。反応後は前記ステンレス容器を水中で冷却し、前記チタン板を洗浄水が中性になることが確認できるまで純水で洗浄した。更に前記基板を0.1M硝酸中に10分間浸漬、純水で洗浄後、大気中200℃で2時間熱処理をおこなって乾燥させた。こうして得られた試料を#2試料とし、水熱処理をおこなわない金属チタン基板を#1試料とした。#2試料を4×10-4Paの真空中で500℃、1時間加熱処理したものを#3試料とする。
また、前記鏡面研磨した金属チタン板にTi-Ta(Tiに対してTaが10モル%)合金をスパッタ法で形成させた後に水熱処理したサンプルも合成した。Ti-Ta合金の成膜には高周波マグネトロンスパッタ(島津製作所、HSM-752)を用いた。前記スパッタ装置は、TiとTaのそれぞれ独立したターゲットが有り、ターゲットの上方に基板フォルダが配置し、基板フォルダが回転することで、Ti-Ta複合金属薄膜が成膜可能となる。基板フォルダの回転数は1.6Hzとし、Tiターゲットへの高周波出力は1000 W、Taターゲットへの出力は100 Wとした。スパッタリングにはアルゴンガスを用い、流量100ml/ minとしてチャンバー内に導入し、全圧0.8Paとして1時間成膜した。フッ素樹脂製の水熱反応容器(100ml)に10MのNaOH 80g(基板が浸る程度)を入れ、前記Ti-Ta合金の基板を沈めた。そしてフッ素樹脂製容器をステンレス容器で密閉し、120℃で2時間反応させた。反応後は前記ステンレス容器を水中で冷却し、純水で洗浄した。洗浄水が中性になることが確認できるまで純水で洗浄し、更に0.1M硝酸中に10分間浸漬、純水で洗浄後、200℃で2時間熱処理をおこなって乾燥させ、更に、大気中で500℃、1時間加熱処理したものを作製し、#4試料とした。作製したサンプルの一覧を表1に示す。

表1 作製したサンプルの一覧
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【0030】
例2:電子放出素子の分析
まず、例1で作製した試料片#1~#4をX線回折装置(XRD:マックサイエンス、MXP-18)によって結晶構造を分析した。X線源としてはCu Kα線を用い、斜入射計測法(入射角:0.5°)にて、2θを5°~70°の範囲でスキャンした。その結果、試料片#1は金属Ti、#2は結晶性の悪いチタン酸構造、#3と#4試料はアナターゼ型酸化チタンが確認された。
【0031】
試料片表面の微細組織を走査型電子顕微鏡(日立製作所(株)製、SEM S-4100)で観察したところ、図3に示される画像が観察された。この結果、水熱処理することによって基板に対して垂直方向に高配向したTNTが形成していることが確認できた。水熱処理直後の試料(#2)と後加熱したもの(#3)を比較したところ、構造に大きな変化は見られず、加熱処理をおこなってもファイバ状の形状が維持されていることがわかった。また、Ti-Ta合金に水熱処理したサンプル(#4)では、Ti単独の基板と比較してファイバの長さが短くなり、水熱反応下において、TaイオンがTNT結晶成長を阻害していることが示唆された。
【0032】
次に、ファイバ状物質が中空構造であるかどうかを検証するため、ファイバ状物質の断面を薄片化した試料を透過型電子顕にて観察した。薄片試料化にはイオンミリング(Gatan社製、PIPS691)を用いた。透過型電子顕微鏡(日立製、H-9000UHR)によって、加速電圧300kVにて薄片化した試料を観察した。#2、#3試料の結果を図4に示すが、いずれも中空構造であることがあきらかになった。
【0033】
ファイバ状物質の酸素欠陥キャリアが存在するかどうかを検証するため、X線光電子分光測定装置(XPS:Kratos社製、Axis-HS)によってTi-2p軌道を測定した。X線源はMgKα線を用い、テイクオフ角度を45度とし、表面に付着した炭化水素の結合エネルギー(284.5eV)によって窒素の1s軌道の結合エネルギー規格化した。酸化チタンに酸素欠陥が導入された場合、余った電子が6配位のTiイオンに局在化し、結晶内にTi3+を形成する。固体内の金属イオンの価数はXPSによって詳細に分析することができる。XPSは最表面の情報を検出するため、コンタミ層や酸化層を除くためには表面を軽くエッチングする必要がある。Ti-2p軌道のXPSの結果を図5に示す。いずれもピーク形状は非対称となり、Ti3+の形成が示唆された。ピーク形状がGaussian分布に従うとの仮定のもと、ピーク面積からTi3+/Ti4+の比を計算すると、#2試料が20%、#3試料が27%となり、真空加熱処理した#3試料の方がTi3+の比が高かった。ArイオンエッチングによるBombardment効果によっても酸素欠陥を形成してしまうため、正確な酸素欠陥量は議論できないものの、相対的に、#3試料の方が#2試料よりも多量の酸素欠陥を生成していることが示唆された。
【0034】
結晶内にキャリアが導入されるとドナー準位から熱的に励起した電子が自由電子として振る舞うことから、しばしば、自由電子による光の散乱が見られる。特に表面のプラズマ振動に起因するものを表面プラズモン吸収と呼ぶ。また、半導体の禁制帯内に不純物準位ができると、この準位での励起により可視光を吸収する。可視光領域における光吸収、散乱特性を観察することで、間接的に不純物準位や自由電子を観測することができる。そこで、#1~#3試料の反射率を分光光度計(日立製、UV-3150)を用いて測定した。金属チタン(#1)試料の反射率を100%として規格化した場合の#2、#3試料の反射率を図6に示す。この結果、#2の可視光での反射率は80%以上となり、被膜部分が比較的透明であることが示唆された。一方、真空熱処理して酸素欠陥を導入した#3試料は#2試料よりも反射率が低下しており、酸素欠陥キャリアが導入されたものと考えられる。#3試料は目視でも若干黒っぽく着色しているが、一般の金属薄膜に比較して透明性は維持されている。
【0035】
例3:電子放出素子の駆動
上記で作製した電極を陰極とし、陽極としてステンレスを用い、真空チャンバー内にて電流電圧特性を評価した。電極の裏面をグラインダーで研磨して金属Tiを露出させて電極の取り出し部とした。アノードとカソード間には厚さ100μmのマイカを挿入し、電極面積は0.28cm2とした。直流電源(Spellman製、High voltage supply)にてアノード、カソード間に電圧を印加した際の電流を計測した。電流の計測にはモニター抵抗1kΩを用い、デジタルボルトメーター(Keithley製、182 sensitive degital voltmeter)を用いて計測した。電子放出を計測する際の真空度は2~4×10-5 Paとした。
【0036】
電流-電圧特性の結果を図7に示したが、#1、#2試料は高電界をかけても電子が放出しないのに対し、#3、#4試料は顕著に電子が放出することが確認できた。#3試料について、同様の方法で作製した2つの試料に関して、電流-電圧特性の繰り返し評価をおこなった。この結果を図8に示す。プロットの形が異なるものが、それぞれ、同様の方法で作製した2つの試料の測定結果である。この結果、電流が流れるための電圧閾値(Threshold)は3~5V/μmで、繰り返し特性は再現していた。到達電流値は印加電圧10V/μmで0.15mA/cm2となった。観測された電流が表面に付着しているもののスパッタリング現象に起因しているおそれがあるため、物質の固有(Intrinsic)な特性かどうかを調べるため、Fowler-Nordheimプロット(略してF-Nプロット)による解析をおこなった。電界電子放出がFowler-Nordheimの法則に従うとすると、電流値を電界値の2乗で除したものに自然対数をかけたものは、電界値の逆数に比例する。F-Nプロットの結果を図9に示したが、非常に高い直線性が見られた。このことからも、#3試料からの電子放出が中空ファイバの材料自身からの電界電子放出であることが示唆された。また、F-Nプロットの傾きは仕事関数と形状因子で決まる。仕事関数を酸化チタンの文献値3.5eVと仮定した場合、形状因子は約4000程度となり、先端の極率に換算するとサブミクロンオーダーの大きさとなる。

【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の電子放出素子の駆動方法を示す図である。
【図2】例2において観察された、本発明の試料片#1~#4のX線回折の結果を示す図である。
【図3】例2において観察された、本発明の試料片#1~#4の断面の走査型電子顕微鏡画像である。
【図4】例2において観察された、本発明の試料片#2、#3の断面を薄片化した試料の透過型電子顕微鏡画像である。
【図5】例2において観察された、本発明の試料片#2、#3のX線光電子分光法により測定したTi-2p軌道のスペクトルを示す図である。
【図6】例2において観察された、本発明の試料片#1~#3の反射率を示す図である。
【図7】例3において観察された、本発明の試料片#1~#4の電流-電圧特性を示す図である。
【図8】例3において観察された、本発明の試料片#3の電流-電圧特性を繰り返し測定した結果を示す図である。
【図9】例3において観察された、本発明の試料片#3のFowler-Nordheimプロットを示す図である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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