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明細書 :光応答性を有する遷移金属錯体

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4878170号 (P4878170)
公開番号 特開2007-217381 (P2007-217381A)
登録日 平成23年12月9日(2011.12.9)
発行日 平成24年2月15日(2012.2.15)
公開日 平成19年8月30日(2007.8.30)
発明の名称または考案の名称 光応答性を有する遷移金属錯体
国際特許分類 C07D 307/06        (2006.01)
C09K   9/02        (2006.01)
C07F  19/00        (2006.01)
C07F   3/02        (2006.01)
C07F  15/02        (2006.01)
FI C07D 307/06 CSP
C09K 9/02 B
C07F 19/00
C07F 3/02 B
C07F 15/02
請求項の数または発明の数 5
全頁数 7
出願番号 特願2006-041931 (P2006-041931)
出願日 平成18年2月20日(2006.2.20)
審査請求日 平成20年10月28日(2008.10.28)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】山口 健太郎
【氏名】小林 稔
個別代理人の代理人 【識別番号】110000109、【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
審査官 【審査官】三上 晶子
参考文献・文献 特開2001-139585(JP,A)
Inorganica Chimica Acta,1999年,Vol.291,pp.142-147
調査した分野 C07D307/00-307/94
C09K 9/02
C07F 3/02
C07F 15/02
C07F 19/00
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
下記の式(I):
【化1】
JP0004878170B2_000004t.gif
(式中、(THF)4は4個の同一又は異なる置換又は無置換のテトラヒドロフラン配位子を示し、Xは遷移金属を示す)で表される錯体。
【請求項2】
(THF)4が4個の無置換テトラヒドロフラン配位子である請求項1に記載の錯体。
【請求項3】
遷移金属が鉄である請求項1又は2に記載の錯体。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の錯体を含む光応答剤。
【請求項5】
光応答システムであって、光存在下で請求項1ないし3のいずれか1項に記載の錯体から下記の式(II):
【化2】
JP0004878170B2_000005t.gif
で表されるイオン性物質が生成し、及び光非存在下で上記の式(II)で表されるイオン性物質から上記の式(I)で表される錯体が生成する可逆工程を含むシステム。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は光応答性を有する遷移金属錯体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光応答性分子は光刺激に対して応答性を示す機能分子であり、これまでに数多くの報告がある。近年では分子サイズの情報記録媒体(分子メモリー)として、ナノテクノロジーの分野でも脚光を浴びている(Chem. Rev., 103, pp.2475-2532, 2003)。
【0003】
これまでに報告された光応答性分子のうち有機物の光応答性分子は主としてπ電子共役化合物であり、特に6π以上の電子共役化合物が多いが、これらは光エネルギーを構造異性化のエネルギーに利用している。例えば、ロドプシンは視覚組織である目の網膜において視覚情報センサーとして機能しているが、(Z)-レチナールが数個の光子で活性化されて(E)-レチナールに変化することにより光情報伝達を行っている。また、サリチリデンアニリン類、ジアリールエテン、及びフルギドなどが有機フォトクロミック分子として提供されているが、とりわけジアリールエテンやフルギドは分子メモリーへの応用を目指して精力的に研究開発が進められている(Chem. Rev., 100, Vol. 5, 2000)。
【0004】
上記の光応答性分子のほか、遷移金属錯体を用いた光応答性分子も報告されている。代表例はハロゲン化銀を用いた銀塩写真であり、光照射によって遷移金属が還元される現象を原理として利用しており、光照射によって銀が還元されて形成される銀潜像核を化学的に増幅定着(現像)することにより光情報を固定化している。金属錯体では、プルシアンブルー類類縁の光誘起磁石(Science, 272, 704, 1996)、鉄スピンクロスオーバー錯体の光誘起スピン転移(Light-induced excited spin state trapping)現象(Chem. Phys. Letter., 105, 1, 1984)、ニトロプルシドやコバルトニトロ錯体などの光誘起構造異性(Z. Phys. A., 280, 17, 1977; Z. Anarg. Allg. Chem., 279, 219, 1955)、コバルト原子価異性錯体の光誘起原子価異性(Chem. Lett., 874, 2001)などが知られている。
【0005】
一方、下記のクロライド錯体:(THF)4Mg(μ-Cl)2MnCl2 (Inorg. Chem., 37, pp.3428-3431, 1998)、及び(THF)4V(μ-Cl)2ZnCl2(Inorg. Chem., 24, p.2997, 1985)が報告されているが、いずれの錯体についても光応答性は報告されていない。

【非特許文献1】Inorg. Chem., 37, pp.3428-3431, 1998
【非特許文献2】Inorg. Chem., 24, p.2997, 1985
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は光応答性分子として有用な遷移金属錯体を提供することにある。また、本発明の別な課題は、上記の特徴を有する遷移金属錯体を用いた光応答システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行い、新規なMg/Fe異種二核錯体を合成した。この錯体をテトラヒドロフラン溶液に溶解したところ、光照射前は黄色溶液であるが、光照射により無色透明溶液に変化することを見出した。また、このフォトクロミズム現象が繰り返し応答可能な可逆性を有していることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成された。
【0008】
すなわち、本発明により、下記の式(I):
【化1】
JP0004878170B2_000002t.gif
(式中、(THF)4は4個の同一又は異なる置換又は無置換のテトラヒドロフラン配位子を示し、Xは遷移金属を示す)で表される錯体が提供される。好ましくは(THF)4は4個の無置換テトラヒドロフラン配位子を示し、遷移金属としては鉄(Fe)を用いることができる。
【0009】
別の観点からは、上記の式(I)で表される錯体を含む光応答剤が本発明により提供される。上記の光応答剤は、好ましくは溶液状態で使用することができる。また、本発明により、光応答システムであって、光存在下で上記の式(I)で表される錯体から下記の式(II):
【化2】
JP0004878170B2_000003t.gif
で表されるイオン性物質が生成し、及び光非存在下で上記の式(II)で表されるイオン性物質から上記の式(I)で表される錯体が生成する可逆工程を含むシステムが提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明により光応答性を有する新規な錯体が提供される。本発明の錯体は溶液状態では黄色を呈するが、光存在下でマグネシウムイオン及び(THF)4からなる2価陽イオン部分と2価陰イオンである四臭化鉄ユニットとを含むイオン性物質に変化して無色透明の溶液を与える。この光応答システムはイオン脱着に基づいた新規な光応答システムとして多方面に応用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の錯体において(THF)4は同一又は異なる置換又は無置換のテトラヒドロフラン配位子を示す。置換テトラヒドロフラン配位子に存在する置換基の種類、個数、及び置換位置は特に限定されないが。例えば、置換基として、低級アルキル基(本明細書において「低級」とは好ましくは炭素数1ないし6個程度であり、さらに好ましくは炭素数1ないし4個程度である)、低級アルコキシ基、低級アルケニル基、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子)、アミノ基、カルボキシル基、水酸基、又はオキソ基などが挙げられる。2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。これらの置換基中に1個以上の不斉炭素を含んでいてもよく、あるいは任意の置換基が結合するテトラヒドロフランの環構成炭素原子が不斉炭素原子となっていてもよい。不斉炭素が存在する場合には不斉炭素の立体配置は特に限定されず、S配置又はR配置のいずれであってもよく、それらの混合物であってもよい。(THF)4は4個の同一の置換又は無置換のテトラヒドロフラン配位子であることが好ましく、4個の無置換のテトラヒドロフラン配位子であることが特に好ましい。Xが示す遷移金属の種類は特に限定されないが、好ましくは鉄(Fe)、銅[Cu]、バナジウム[V]などであり、特に好ましいのは鉄(Fe)である。
【0012】
本発明の錯体は、例えば、配位子となるテトラヒドロフランを溶媒として用いてFeCl2 を分散させ、メチルマグネシウムブロマイドを添加して混合することにより製造することができる。また、配位子として置換テトラヒドロフランを用いる場合には、置換テトラヒドロフランを適宜の溶媒中に溶解し、該溶液中にFeCl2 を分散させ、メチルマグネシウムブロマイドを添加して混合することにより同様に製造することができる。もっとも、本発明の錯体の製造方法はこれらの方法に限定されることはない。
【0013】
本発明の錯体は光応答性を有しており、本発明の錯体を光応答剤として用いて、光応答システムを構築することができる。本発明の錯体を含む溶液は光照射前には黄色を呈するが、光照射下では無色透明溶液に変化する。このフォトクロミズム現象は、光存在下で上記の式(I)で表される錯体から上記の式(II)で表されるイオン性物質が生成し、光非存在下では上記の式(II)で表されるイオン性物質から上記の式(I)で表される錯体が生成することにより説明され、この工程は繰り返し光応答可能な可逆性を有している。本発明の光応答システムは、例えば上記の錯体を含む溶液として利用することができる。溶液を形成する溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、テトラヒドロフラン、ジクロルメタン、ジエチルエーテルなどの不活性有機溶媒が好ましい。場合によっては、高濃度ポリエチレングリコール含有薄膜フィルムとして、無溶媒で光応答システムを構築することも可能であり、光情報記録媒体やフォトレジスト用のマスク剤として利用できる。水を含む溶媒を用いるとXが示す遷移金属が酸化される場合があるので一般的には水を含まない有機溶媒を用いることが望ましいが、遷移金属の酸化を抑制する手段を採用することにより水を含む溶媒を用いることができる場合もある。
【0014】
いかなる特定の理論に拘泥するわけではないが、本発明の光応答システムでは光存在下で上記の式(I)で表される錯体から上記の式(II)で表されるイオン性物質(マグネシウムイオン及び(THF)6からなる2価陽イオン部分と2価陰イオンである四臭化鉄ユニットとを含むイオン性物質)が生成し、マグネシウムイオン及び(THF)6からなる2価陽イオン部分が解離することにより無色透明に変化する。一方、上記の式(II)で表されるイオン性物質は光非存在下では上記陽イオン部分とともに式(I)で表される非イオン性の錯体に変化する。本発明の光応答システムでは、このようにイオン部分の脱着により光応答性が生じることが特徴である。また、いかなる特定の理論に拘泥するわけではないが、溶液中においては上記の式(I)で表される錯体及び上記の式(II)で表されるイオン性物質は会合体を形成している場合もあるが、このような会合体も本発明の範囲に包含されることは言うまでもない。
【0015】
本発明の光応答システムは、例えば、イオン脱離を用いて電荷分離状態を長寿命化することにより人工光合成における逆電子移動抑制システムとして利用できる。また、光照射をスイッチとしてイオン放出を制御できる分子デバイスとしても利用でき、あるいはイオンによる細胞への情報伝達を利用した光ドラッグデリバリーシステムへの応用も期待できる。もっとも、本発明の光応答システムの応用は上記の例に限定されることはない。
【実施例】
【0016】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
FeCl2 (2.4 g, 19 mmol)をテトラヒドロフラン(100 mL)中に分散させた溶液に、メチルマグネシウムブロマイド(89 mmol)を-78℃で滴下し、室温で12時間撹拌した。得られた濃茶色溶液を体積比50%程度まで濃縮し、ヘキサン(50 mL)で3回洗浄した。得られた生成物をテトラヒドロフランに溶解し、セライトろ過、再結晶化によって副生物である塩を除去した。濃縮後、塩化メチレンを用いて再結晶化することにより、目的錯体のプリズム結晶を得た(3.2 g, 24 %)。
【0017】
例2
例1で得た本発明の錯体の構造を単結晶X線構造解析により明らかにした。結果を図1に示す。図中、水素原子は省略している。原子間距離(Å)及び結合角(°)は以下のとおりである。
Fe1-Br1 = 2.4756(10), Fe1-Br2 = 2.4959(9), Fe1-Br3 = 2.3896(9), Fe1-Br4 = 2.4032(9), Br1-Fe1-Br2 = 94.41(3), Fe1-Br2-Mg1 = 90.03(4), Fe1-Br1-Mg1 = 89.88(4), Br1-Mg1-Br2 = 85.66(5), Br3-Fe1-Br4 = 120.36(4).
【0018】
例3
例1で得た本発明の錯体の光特性を検討した。本発明の錯体をテトラヒドロフランに溶解して紫外線吸収スペトルを測定した(濃度0.33 g/l)。結果を図2に示す。図中、実践は光照射前、破線は光照射後の結果を示す。例1の錯体の黄色溶液が光照射により無色透明の溶液に変化することが確認された。また、例1の錯体の溶液を暗所に保存して3時間ごとに光照射した場合の光応答性を紫外線吸収(365nm)を調べた結果を図3に示す。光照射により無色透明に変化した溶液が3時間経過後には完全に黄色溶液に戻り、例1の錯体が再生されていることが確認された。
【0019】
例4
例3のフォトクロミズム現象を詳細に解析するため、電子スピン共鳴装置(ESR)を用いて錯体の電子状態の変化を観測した。絶対温度77度でテトラヒドロフラン中に溶解した例1の錯体(濃度3.3 g/l)の電子スピン共鳴を測定した。結果を図4に示す。図中、(a)は光照射前の結果を示し(g1=7.630, g2=4.764, g3=2.010)、(b)は光照射後の結果を示す(g=4.742, 2.021; A=94.9, 98.3G)。その結果、光照射によって鉄原子が三価から二価に還元されていることが確認された。光照射後の物質をテトラヒドロフランから注意深く結晶化させて単結晶として単離した。この単結晶についてX線結晶構造解析を行ったところ、この物質はイオン対を形成しており、マグネシウムイオンは完全にイオンとして鉄部分から脱離していることが分かった。このことは、光エネルギーがイオン脱離のエネルギーに変換されていることを示しており、観測されたフォトクロミズム現象がマグネシウムイオンの可逆的な脱着によって引き起こされていることが示唆された。光照射により生成するイオン対構造の物質のX線結晶構造解析結果を図5に示す。図中、水素原子は省略している。原子間距離(Å)及び結合角(°)は以下のとおりである。
Fe1-Br1 = 2.471(2) , Fe1-Br2 = 2.442(3) , Fe1-Br3 = 2.448(3) , Fe1-Br4 = 2.457(2).
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】例1で得た本発明の錯体のX線結晶構造解析の結果を示した図である。
【図2】例1で得た本発明の錯体をテトラヒドロフランに溶解して紫外線吸収スペトルを測定した結果を示した図である。
【図3】例1で得た本発明の錯体の光応答性を測定した結果を示した図である。
【図4】例1で得た本発明の錯体の電子スピン共鳴を測定した結果を示した図である。
【図5】例1で得た本発明の錯体に光を照射して生成する無色物質のX線結晶構造解析の結果を示した図である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4