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明細書 :アルツハイマー病発症機構に関わる遺伝子

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4684189号 (P4684189)
公開番号 特開2008-054578 (P2008-054578A)
登録日 平成23年2月18日(2011.2.18)
発行日 平成23年5月18日(2011.5.18)
公開日 平成20年3月13日(2008.3.13)
発明の名称または考案の名称 アルツハイマー病発症機構に関わる遺伝子
国際特許分類 A01K  67/033       (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
G01N  33/48        (2006.01)
FI A01K 67/033 501
C12N 15/00 ZNAA
G01N 33/48 N
請求項の数または発明の数 10
全頁数 13
出願番号 特願2006-235245 (P2006-235245)
出願日 平成18年8月31日(2006.8.31)
審査請求日 平成19年4月6日(2007.4.6)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】曽根 雅紀
【氏名】鍋島 陽一
個別代理人の代理人 【識別番号】110000796、【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
審査官 【審査官】長井 啓子
参考文献・文献 The EMBO J., vol.24, pp.2944-2955 (2005)
J.Cell Sci., vol.118, pp.3663-3673 (2005)
調査した分野 A01K 67/
C12N 15/
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子の神経細胞での発現が抑制され、神経細胞内での物質のトラフィッキング機能に異常を生じさせたショウジョウバエ
【請求項2】
上記物質が、シナプス分子である、請求項1記載のショウジョウバエ
【請求項3】
上記物質が、APPL、HIGである、請求項1記載のショウジョウバエ
【請求項4】
神経変性疾患モデル動物として用いられる、請求項1記載のショウジョウバエ
【請求項5】
アルツハイマー病疾患モデル動物として用いられる、請求項1記載のショウジョウバエ
【請求項6】
請求項4記載のショウジョウバエに対して被検物質を投与し、該ショウジョウバエの生存率が向上する物質、又は神経細胞内での物質のトラフィッキング機能の異常が改善する物質をスクリーニングすることを特徴とする、神経変性疾患治療薬候補物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
請求項5記載のショウジョウバエに対して被検物質を投与し、該ショウジョウバエの生存率が向上する物質、又は神経細胞内での物質のトラフィッキング機能の異常が改善する物質をスクリーニングすることを特徴とする、アルツハイマー病治療薬候補物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子の神経細胞での発現を調節し、神経細胞内での物質のトラフィッキングを制御する方法(ただし、ヒト生体で行う場合を除く)。
【請求項9】
上記物質が、シナプス分子である、請求項記載の方法。
【請求項10】
上記物質が、APPL、HIGである、請求項記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病発症機構に関わる遺伝子に関する。本発明は特に、アルツハイマー病の診断・治療およびその開発に、さらにその他の神経変性疾患の診断・治療およびその開発に有用な技術を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、アルツハイマー型老人性痴呆症を含む神経変性疾患であり、現在は認知症とも呼ばれているが、その発症機構は未だ十分に解明されていない。
【0003】
アルツハイマー病に関与する遺伝子として、これまで、アミロイド前駆体蛋白(Amyloid Precursor Protein;APP)、プレセニリンなどの分子が同定されており、これらの分子を標的としたアルツハイマー病の診断・治療法の開発が盛んに試みられているが、これらの分子もしくはその遺伝子を用いた有用な診断・治療法の開発は未だに成功していない。また、これらの分子がいかにして発症機構に関わっているかは正確には理解されておらず、そのため、どのような手段を講ずれば診断・治療法を開発できるのかを考える上での基盤となる知識が不足していた。
【0004】
アルツハイマー病の診断・治療法に関する特許文献としては、たとえば、以下のものが挙げられる。

【特許文献1】特開2006-217859号公報
【特許文献2】特開2006-204150号公報
【特許文献3】特開2005-300516号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高齢化社会を迎えるなか、アルツハイマー病などに代表される進行性の神経変性疾患は、社会的にきわめて関心の高い重要な神経疾患となっており、その診断・治療法の早期開発が求められている。
【0006】
本発明は、上記の問題点に着目してなされたものであり、その目的は、アルツハイマー病の診断・治療およびその開発に、さらにその他の神経変性疾患の診断・治療およびその開発に有用な遺伝子改変動物、薬剤のスクリーニング方法などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の課題に鑑み鋭意検討を重ねた結果、(1)ショウジョウバエ由来の特定分子が、神経細胞において、アルツハイマー病関連分子であるAPPL(APPのショウジョウバエホモログ)、およびその関連シナプス分子のトラフィッキング(シナプスへの輸送)に関わっていること、(2)その変異体は、神経細胞でのトラフィッキングに異常が生じ、羽化後早期に死亡すること、(3)その変異はアルツハイマー病関連分子であるAPPL、タウおよびプレセニリンの遺伝子変異と遺伝学的に相互作用すること、(4)当該分子は小胞体辺縁のタンパク質輸送に関わる部位に局在すること、等を見出し、当該分子を標的としたアルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法が有用であることなどを明らかにし、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は、産業上有用な発明として、下記(1)~(14)の発明を包含するものである。
(1) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログをコードする遺伝子の神経細胞での発現が抑制され、あるいは当該遺伝子産物が有する本来のトラフィッキング機能を欠失させた変異タンパク質を発現させることによって、神経細胞内での物質のトラフィッキング機能に異常を生じさせた非ヒト動物。
(2) 上記物質が、シナプス分子である、上記(1)記載の非ヒト動物。
(3) 上記物質が、APPL、HIG、または他の種におけるこれらのホモログである、上記(1)記載の非ヒト動物。
(4) 神経変性疾患モデル動物として用いられる、上記(1)記載の非ヒト動物。
(5) アルツハイマー病疾患モデル動物として用いられる、上記(1)記載の非ヒト動物。
(6) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログを標的(創薬ターゲット)とした神経変性疾患治療薬のスクリーニング方法。
(7) 上記(4)記載の非ヒト動物を用いて、その症状を改善する物質をスクリーニングすることを特徴とする、上記(6)記載の神経変性疾患治療薬のスクリーニング方法。
(8) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログを標的(創薬ターゲット)としたアルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
(9) 上記(5)記載の非ヒト動物を用いて、その症状を改善する物質をスクリーニングすることを特徴とする、上記(8)記載のアルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
(10) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログの神経細胞での発現または活性の異常の有無を検査し、あるいは、その遺伝子配列の異常の有無を検査するための手段を備えたことを特徴とする神経変性疾患の診断薬。
(11) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログの神経細胞での発現または活性の異常の有無を検査し、あるいは、その遺伝子配列の異常の有無を検査するための手段を備えたことを特徴とするアルツハイマー病の診断薬。
(12) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログの神経細胞での発現または活性を調節し、あるいはその変異タンパク質を発現させることによって、神経細胞内での物質のトラフィッキングを制御する方法。
(13) 上記物質が、シナプス分子である、上記(12)記載の方法。
(14) 上記物質が、APPL、HIG、または他の種におけるこれらのホモログである、上記(12)記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、神経変性疾患モデル動物およびアルツハイマー病疾患モデル動物として利用可能な遺伝子改変動物、またこれらの疾患治療薬のスクリーニング方法など、アルツハイマー病の診断・治療およびその開発に、さらにその他の神経変性疾患の診断・治療およびその開発に有用なリサーチツールを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の具体的態様について説明する。
[1]本発明の遺伝子改変動物
本発明者は、ショウジョウバエを用いた遺伝学的な研究から、真核生物において進化的に保存された遺伝子であるyata遺伝子が、アルツハイマー病関連分子を含む膜・分泌タンパク質の小胞体からのトラフィッキングを制御する機能を有し、さらにアルツハイマー病発症機構と関わりをもつことを明らかにした。この新たな知見から、yata遺伝子によって制御されている小胞体からのタンパク質輸送制御に生じた異常がアルツハイマー病発症の一因になっていると考えられ、yata分子および小胞体からの輸送制御に関わる分子を標的とした新たなスクリーニング方法によって、アルツハイマー病の診断・治療法を開発していくことが可能であることがわかった。
【0011】
上記スクリーニング方法の好適な一例として、本発明の遺伝子改変動物をモデル動物として使用し、アルツハイマー病の診断・治療法を開発することができる。本発明の遺伝子改変動物は、前述のように、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるyata分子、または他の種におけるそのホモログをコードする遺伝子の神経細胞での発現が抑制され、あるいは当該遺伝子産物が有する本来のトラフィッキング機能を欠失させた変異タンパク質を発現させることによって、神経細胞内での物質のトラフィッキング機能に異常を生じさせた非ヒト動物、である。ここで、物質のトラフィッキング機能に異常を生じさせたとは、当該動物が以下の1又は2以上の特徴を有することを意味する。
(a)神経細胞において、APPL(ショウジョウバエ以外ではそのホモログ)の細胞体からシナプスへの輸送制御に異常が生じ、APPL(またはそのホモログ)の局在が異常になること。
(b)神経細胞において、HIG(ショウジョウバエ以外ではそのホモログ)の細胞体からシナプスへの輸送制御に異常が生じ、HIG(またはそのホモログ)の局在が異常になること。
(c)神経細胞において、他のシナプス分子の輸送制御に異常が生じ、その局在が異常になること。
(d)神経細胞において、膜タンパク質または分泌タンパク質の輸送制御に異常が生じ、その局在が異常になること。
【0012】
上記APPLは、APP(アミロイド前駆体蛋白)のショウジョウバエホモログである。上記HIGは、APPLによってその局在が制御されているタンパク質であり、またAPPLの局在もHIGの制御下にある。APPLおよびHIGはともに、細胞体からシナプスへ輸送され、シナプスに局在するシナプス分子である。
【0013】
本発明の遺伝子改変動物においては、神経細胞でのトラフィッキング制御に関わるyata分子(ショウジョウバエ以外ではそのホモログ)の発現またはその活性が抑制されることによって、神経細胞内での物質のトラフィッキング機能に異常が生じている。ここで、yata分子とは、遺伝子名「CG1973」のショウジョウバエ遺伝子(以下「yata遺伝子」という。)によってコードされるプロテインキナーゼ(セリン/スレオニンキナーゼ)である。yata分子のアミノ酸配列およびyata遺伝子のcDNA配列は、GenBankにアクセッション番号「NM_143465」として登録されている。また、配列表の配列番号1には、yata遺伝子のcDNA配列とそれによってコードされるyata分子のアミノ酸配列とが示され、配列番号2には、yata分子のアミノ酸配列が単独で示される。
【0014】
上記yata遺伝子のヒトおよびマウスのホモログは、NTKL遺伝子(SCYL1とも呼ばれる)である。yata遺伝子(CG1973遺伝子)には、図6に示すように、蚊、ミツバチ、線虫、イヌ、ゼブラフィッシュ、粘菌、フグ、ラット、チンパンジーを含む多くの真核生物にホモログがある。図6の表にはあわせて、HIG(hig)遺伝子の他の種におけるホモログ、およびAPPL(Appl)遺伝子の他の種におけるホモログが示される。
【0015】
本発明の遺伝子改変動物の種類は、ヒトを除き特に限定されるものではないが、ショウジョウバエや線虫のほか、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラットなどの哺乳動物が例示される。なかでも齧歯目が好ましく、近交系が多数作出されており、受精卵の培養、体外受精等の技術が整っているマウス及びラットが、特に好ましい。
【0016】
ショウジョウバエの場合は、たとえば後述の実施例に示す方法で、神経細胞でのトラフィッキング機能に異常を生じさせた本発明の遺伝子改変動物(yata変異体)を作出することができる。また、マウス、ラットなどの哺乳動物の場合は、上記yata遺伝子のホモログ遺伝子(以下、「yataホモログ遺伝子」という。)をノックアウトし、当該遺伝子の神経細胞での発現を抑制することによって、本発明の遺伝子改変動物を作出することができる。
【0017】
たとえば、本発明の遺伝子改変動物は、哺乳類ゲノム中のyataホモログ遺伝子のDNA配列の全部または一部を改変あるいは欠損させることにより得られ、相同染色体上の双方のyataホモログ遺伝子が破壊され、yata分子哺乳類ホモログの発現が抑制されることによって、神経細胞での蛋白質輸送制御に異常が生じたノックアウト哺乳動物(以下、「yataノックアウト動物」という。)である。
【0018】
本発明のyataノックアウト動物は、遺伝子ターゲッティング法などの公知の方法を用いて作出することができる。以下では、遺伝子ターゲッティング法を用いたyataノックアウト動物の作出方法の一例について簡単に説明する。
【0019】
まず、ターゲッティングベクター(ターゲッティングコンストラクト)の作製のため、対象となる動物のyataホモログ遺伝子の一部を単離する。例えば、ノックアウトマウスを作製する場合は、マウスのゲノムDNAライブラリーから前記NTKL遺伝子をスクリーニングすればよい。スクリーニングの条件、方法は特に限定されず、スクリーニングに用いるプローブについてもゲノムDNAやcDNAからPCR法などを用いて容易に調製することができる。
【0020】
上記スクリーニングにより得られたゲノムDNAクローンを用いて、相同組み換えのためのターゲッティングベクターを構築する。ゲノムDNAクローンは勿論遺伝子全長である必要はなく、yataホモログ遺伝子を破壊しyataホモログの発現を抑制するために必要な領域のみクローニングすればよい。 ターゲッティングベクターは、公知の方法により作製することができ、大略、市販のプラスミドをバックボーンとして、上記ゲノムDNAクローン、ポジティブセレクション用のマーカー(PGKneoカセット等)、およびネガティブセレクション用のマーカー(DT-A遺伝子、HSV-tk遺伝子等)などの各フラグメントを適切に連結することにより作製することができる。このとき、目的とする制限酵素切断部位が適切な位置に配されるようターゲッティングベクターを設計するとよい。また、ターゲッティングの効率は相同領域の長さに依存するので、相同領域はできるだけ長いほうが好ましい。さらに、ターゲッティングベクターは環状より直鎖状のほうが好ましいので、直鎖状化のため相同領域以外の部分に一カ所適当な制限酵素切断部位を設けておくとよい。
【0021】
上記方法により作製したターゲッティングベクターを、受精卵、初期胚、又は胚性幹細胞(ES細胞)などの個体形成能(分化全能性)をもつ細胞にエレクトロポレーション法等により導入し、その後、目的とする相同組み換えが起こった細胞を選別する。選別は、ポジティブ-ネガティブ選択法により薬剤を用いて効率よくスクリーニングできる。選別後、目的とする相同組み換えが起こった細胞を、サザンブロットやPCR法などによって確認する。最終的に所望の相同組み換えが確認された細胞を、妊娠中の輸卵管または子宮から採取された8細胞期胚または胚盤胞(ブラストシスト)に導入する。8細胞期胚または胚盤胞への細胞の導入は、マイクロインジェクション法等により行うことができるが、これに限定されるものではない。
【0022】
上記8細胞期胚または胚盤胞を常法に従い仮親に移植する。仮親から生まれた生殖系列キメラ動物(好ましくは雄)と、野生型のyataホモログ遺伝子をホモで持つ野生型動物(好ましくは雌)とを交配させることにより、第1世代(F1)として、相同染色体上の一方のyataホモログ遺伝子が相同組み換えにより破壊されたヘテロ接合体を得ることができる。さらに、これらヘテロ接合体同士を交配させることにより、第2世代(F2)として、相同染色体上の双方のyataホモログ遺伝子が破壊されたホモ接合体、即ち本発明のyataノックアウト動物を得ることができる。ホモ接合体の同定は、体の一部(例えば尻尾)を切断し、DNAを抽出してサザンブロットやPCR法などによって遺伝子型を調べればよい。また、第2世代(F2)として、yataノックアウト動物と同腹の野生型動物(野生型遺伝子をホモで持つ)を得ることができるが、この野生型動物は対照実験に好適に用いることができる。
【0023】
本発明の遺伝子改変動物は、上記yataノックアウト動物に制限されるものではなく、たとえばノックイン法などで、本来のトラフィッキング機能を欠失させたyata分子(またはそのホモログ)の変異タンパク質を発現させることによって、神経細胞でのトラフィッキング機能に異常を生じさせたものであってもよい。変異タンパク質としては、たとえば、野生型のキナーゼドメインに変異が導入され、本来のキナーゼ活性を失ったものが挙げられる。
【0024】
前述のように、yata遺伝子によって制御されている小胞体からのタンパク質輸送制御に生じた異常がアルツハイマー病発症の一因になっていると考えられ、また、この異常が他の神経変性疾患の発症の一因になっている可能性が考えられる。したがって、本発明の遺伝子改変動物は、アルツハイマー病疾患モデル動物および神経変性疾患モデル動物として用いることができ、アルツハイマー病および関連神経疾患の診断・治療法の開発に有用性が高い。
【0025】
[2]本発明のスクリーニング方法
上記のように、yata分子の機能異常が、アルツハイマー病さらには他の神経変性疾患の発症の一因になっている可能性が、今回の解析の結果明らかになった。そこで本発明は、yata分子(またはそのホモログ)を標的(創薬ターゲット)としたアルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法、および他の神経変性疾患治療薬のスクリーニング方法を提供するものである。
【0026】
具体的には、本発明の遺伝子改変動物に対して被検物質を投与し、その症状を改善する物質をスクリーニングする方法が挙げられる。症状の改善は、たとえば、生存率の変化、あるいは組織観察によるトラフィッキング異常の改善の有無、細胞形態の変化、神経細胞死などを指標に判断することができる。
【0027】
また、yata分子(またはそのホモログ)の発現または活性を高める物質は、症状の改善効果が期待できることから、このような物質を探索するスクリーニング方法を具体例として挙げることができる。
【0028】
1つの好適な例として、被検物質の存在下でyata分子(またはそのホモログ)のキナーゼ活性(リン酸化活性)を測定し、被検物質がyata分子(またはそのホモログ)の活性を向上させるか否かを検定する方法、つまり、被検物質のyata分子(またはそのホモログ)に対する活性化効果を調べる方法を挙げることができる。たとえば、精製したyata分子(またはそのホモログ)とその基質を用いてキナーゼ活性の変化を測定する試験管内活性測定系(cell-free system)でのスクリーニング方法である。この方法の場合、多数の有機化合物のマススクリーニングのため、基質のリン酸化の有無を蛍光等で検出する測定系を用いることが好ましい。
【0029】
精製酵素ではなく、細胞のcrude fractin(粗精製画分)を用いて、yata分子(またはそのホモログ)の活性測定を行ってもよい。この場合、他の蛋白質リン酸化酵素も存在するので、yata分子(またはそのホモログ)に特異的な基質のリン酸化の有無を検出する系を構築するなどの工夫が必要である。
【0030】
また、上記の方法は、試験管内反応系(cell-free system)でのスクリーニング方法であったが、培養細胞等を用いて細胞内でキナーゼ活性を測定することによりスクリーニングを行ってもよい。あるいは、培養神経細胞を用いたスクリーニング系で、組織観察によるトラフィッキング異常の改善の有無、細胞形態の変化、神経細胞死などを指標に、被検物質のyata分子(またはそのホモログ)に対する活性化効果を調べる方法を採用してもよい。
【0031】
本発明のスクリーニング方法の他の例として、細胞内でのyata分子(またはそのホモログ)の発現に影響を与え、その発現量を変化させる物質の探索には、常法に従ってyata分子(またはそのホモログ)のmRNA量を定量する方法、あるいはyata分子(またはそのホモログ)の蛋白質の発現量を定量する方法などを採用することができる。
【0032】
また、ショウジョウバエおよびマウス等の遺伝子改変動物・変異体個体を用いた遺伝学的スクリーニングが可能である。たとえば、ショウジョウバエのyata変異体は後述のように早期に死亡するが、これに対し、他の遺伝子変異を導入したり、あるいは公知の方法でmutagenesisを行い、早期死亡の表現型が緩和または増悪するものをスクリーニングすることによって、関連する遺伝子をスクリーニングすることができる。また、同様に、エサの中に化学物質を混入させ、早期死亡の表現型が緩和または増悪するものをスクリーニングすることによって、薬剤のスクリーニングを行うことが可能である。
【0033】
その他、本発明のスクリーニング方法としては、遺伝子・蛋白の発現量、蛋白質の活性変化等を調べる従来公知の種々の方法を適用することができ、特に限定されるものではない。また、本発明以降に新たに開発されたスクリーニング方法を使用するものであってもよい。in vitro及びin vivoスクリーニング系のいずれであってもよいし、cell-free systemでスクリーニングを行ってもよい。また、yata遺伝子・yata分子のほか、そのヒトホモログ、マウスホモログあるいは他の動物ホモログを使用してもよい。勿論、yata分子(またはそのホモログ)の高次構造の情報を利用してスクリーニングを行ってもよい。
【0034】
[3]本発明の診断薬
前述のように、yata遺伝子によって制御されている小胞体からのタンパク質輸送制御に生じた異常が、アルツハイマー病および他の神経変性疾患の発症の一因になっている可能性が今回の解析の結果明らかになった。したがって、yata遺伝子(またはそのホモログ)の神経細胞での発現または活性の異常の有無を検査し、あるいは、その遺伝子配列の異常の有無を検査することによって、アルツハイマー病その他の神経変性疾患の診断もしくは発症危険性の予測をする方法が可能である。
【0035】
好適な一例として、yata遺伝子(またはそのホモログ)の発現または活性に異常を来す遺伝子型をもとに、これら疾患の診断もしくは発症危険性の予測を行う方法が挙げられる。たとえば、被験者の血液試料などをもとに遺伝子検査し、異常を来す遺伝子型に特有の遺伝子配列を有しているかどうかを検査する。異常を来す遺伝子型は、yata遺伝子(またはそのホモログ)に関連するSNP(一塩基多型)などの遺伝子多型とこれら疾患との関連性を調べることによって抽出することができる。
【0036】
[4]本発明のトラフィッキング制御法
本発明のトラフィッキング制御法は、yata遺伝子(またはそのホモログ)の神経細胞での発現または活性を調節し、あるいはその変異タンパク質を発現させることによって、神経細胞内での物質のトラフィッキングを制御する方法である。ここでの「物質」も前述と同様、APPL、HIG(またはこれらのホモログ)、その他のシナプス分子、膜タンパク質または分泌タンパク質である。
【0037】
たとえば、yata遺伝子(またはそのホモログ)の発現または活性を抑制し、あるいはその変異タンパク質を発現させることによって、物質のトラフィッキングを負に制御する方法、逆に、yata遺伝子(またはそのホモログ)の発現または活性を高めることによって、物質のトラフィッキングを正に制御する方法、が例示される。神経細胞での物質のトラフィッキングを負に制御する方法は、このようなトラフィッキング異常を改善(レスキュー)する分子の探索に利用でき、有用である。また、トラフィッキングを正に制御する方法も、yata遺伝子(またはそのホモログ)の発現または活性を高める機構の解明に利用できるなど、有用である。
【0038】
トラフィッキングを負に制御する方法としては、yata遺伝子(またはそのホモログ)の変異体(本来のトラフィッキング機能を欠く不活性型の変異タンパク質)を神経細胞内に発現させる方法、RNAi法を用いて神経細胞でのyata遺伝子(またはそのホモログ)の発現を抑制する方法、ゲノムのプロモーター配列などを改変して発現を抑制する方法、などが例示される。発現を抑制する方法は、野生型と比べてyata遺伝子(またはそのホモログ)の発現量を実質的に低下させる方法であればよく、その発現を完全に抑制するものでなくてもよい。
【0039】
一方、トラフィッキングを正に制御する方法としては、外来性にyata遺伝子(またはそのホモログ)を過剰発現させる方法、プロモーター活性を高めるなどして内在性のyata遺伝子(またはそのホモログ)の発現を促進させる方法、活性型の変異タンパク質を発現させる方法、などが例示される。
【実施例】
【0040】
以下、図面を参照して本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0041】
[実施例1:yata変異体は羽化後早期に死亡する]
遺伝子組み換えショウジョウバエを作出するための定法であるP因子形質転換法に従い、HIG遺伝子を組み込んだトランスポゾンP因子をショウジョウバエゲノム上に挿入させたところ、P因子がyata遺伝子の第一エクソンに挿入し、yata遺伝子の発現量が著しく低下した変異体(yata25A)が得られた。さらに、このP因子を遺伝学的方法によって再転移させることによって、元のP因子挿入部位に局所的にDNAの欠失を生じさせ、これによりyata遺伝子が完全に破壊されたヌル変異体(yataKE2.1)を作出した。さらにこのyata変異体の寿命を調べた。
【0042】
結果を図1に示す。同図の生存曲線は、いずれもメスのデータである。野生型ショウジョウバエは60-70日間生存するが、yata変異体は、羽化後早期に死亡し、およそ2週間で半数が死亡した。さらにこの早期死亡の表現型は、Appl遺伝子(アルツハイマー病に関わるAPP遺伝子のショウジョウバエホモログ)の変異を二重変異として導入することによって、dose-dependentに増悪した。図中、(■)は野生型 (yataKE1.1)、(◆)はyata変異体 (yataKE2.1)、(▲)はAppld/+; yataKE2.1、(●)はAppld/ApplD38; yataKE2.1、をそれぞれ示す。yataKE1.1は、yata25A変異体から遺伝学的方法によってP因子を正確に切除したものであり、yataKE2.1と類似の遺伝学的バックグラウンドを有する野生型コントロールである。AppldとApplD38は、由来の異なるAppl遺伝子のヌル変異体であり、由来の異なる2種類のヌル変異体のヘテロ接合体を用いることによって、観察している表現型が確かにAppl遺伝子の異常によるものであることを確かめている。
【0043】
[実施例2:yata遺伝子とタウ遺伝子の遺伝学的相互作用]
タウ(tau)遺伝子のヌル変異体(tauEP5207)をストックセンターより入手し、yata変異との二重変異体をかけ合わせによって作出してその生存率等を検討した。
【0044】
結果を図2に示す。yata変異体の生存は、タウ(tau)遺伝子の変異をヘテロで二重変異として導入することによって増悪した。なお、タウ遺伝子の変異をホモで二重変異として導入した場合は、致死的であった。図中、(●)はyata変異体 (yataKE2.1 / yataKE2.1)、(■)はyataKE2.1 tau EP5207 / yataKE2.1、をそれぞれ示す。
【0045】
[実施例3:外来性に発現させたyata遺伝子産物の細胞内局在]
HAタグのついたyata遺伝子産物を蛹脳の神経細胞で発現させ、その局在を抗HA抗体を用いた免疫染色によって調べた。その結果、図3に示すように、yata遺伝子産物は、小胞体の辺縁部にドット状に局在し、小胞体出口部位(ER exit site)のマーカーであるdSec23p(COPII)と部分的に共局在した。
【0046】
図中、上段右は、小胞体に局在するKDEL配列をもつタンパク質に対する抗体を用いた免疫染色の結果、中央は、抗HA抗体を用いた免疫染色の結果、左は、両者を重ね合わせたもの(merge)である。下段右は、抗HA抗体を用いた免疫染色の結果、中央は、dSec23p(COPII)に対する抗体を用いた免疫染色の結果、左は、両者を重ね合わせたもの(merge)である。elav-Gal4配列とUAS-yata-HA配列とを導入することによって、HAタグつきのyata遺伝子産物を神経細胞で発現させた。小胞体出口部位(ER exit site)は、ゴルジ体へ向けての輸送小胞が形成される出口であり、その局在からyata分子は小胞体からのタンパク質輸送に関与することが示された。
【0047】
[実施例4:yata変異体ではトラフィッキング異常が起きる]
蛹中期脳においてヒートショック後一過性に発現させたHIG蛋白質(APPLの局在調節分子)の局在を経時的に調べた。遺伝子組み換えショウジョウバエを用いて、HIG蛋白質をHAエピトープタグとの融合蛋白質としてヒートショックプロモーターの制御下で発現させ、蛹脳を解剖・固定・切片作成後に抗HA抗体によって免疫染色を行った。ショウジョウバエ脳においては、神経細胞の細胞体とシナプスが解剖学的に異なった位置に存在するため、免疫染色像を観察することによって、発現誘導したHIG蛋白質の細胞内局在を知ることができる。特に、細胞体とシナプスが層状になっているlaminaを観察した。
【0048】
その結果、図4に示すように、野生型においては、ヒートショック後2時間と3.5時間においては、細胞体(上の矢頭)とシナプス(下の矢頭)が同程度に染まったが、5時間後にはシナプスが主に染まったため、効率的にシナプスに輸送されていることがわかる。これに対して、yata変異体においては、2時間後および3.5時間後には、シナプスよりも細胞体に強い染色が認められたため、輸送が遅延していることがわかった。5時間後にはシナプスにも染色が認められたが、細胞体にも染色が認められた。さらに、APPL蛋白質の輸送も、yata分子の制御下にあることを明らかにした。
【0049】
[実施例5:yata遺伝子は家族性アルツハイマー病型変異プレセニリンと遺伝学的に相互作用する]
yata変異体に、家族性アルツハイマー病型変異プレセニリンを発現させてその生存率の変化等を検討した。実験では、変異型プレセニリン(または野生型プレセニリン)を、神経細胞特異的なelavプロモーターの支配下で、Gal4-UASシステムを用いて、「野生型バックグラウンド(yataKE1.1)のショウジョウバエ」および「yata変異(yataKE2.1)のヘテロ接合体ショウジョウバエ」に強制発現させた。
【0050】
結果を図5に示す。同図の生存曲線は、いずれもオスのデータである。yata変異体のヘテロは正常な生存曲線を示した(◆)が、yata変異体へテロに家族性アルツハイマー病型変異プレセニリンを発現させたところ、寿命の短縮が見られた(●)。yata変異体へテロに野生型プレセニリンを発現させても、そのような効果は見られなかった(□)。図中、(□)は、yata変異体へテロに野生型プレセニリンを発現させたもの、(△)は野生型(yataKE1.1)に変異型プレセニリンを発現させたもの、(▲)は野生型(yataKE1.1)に野生型プレセニリンを発現させたもの、(◆)はyata変異体へテロ(yataKE2.1 / +)、(●)はyata変異体へテロに変異型プレセニリンを発現させたもの(elav-Gal4 / UAS-mutPsn; yataKE2.1 / +)、をそれぞれ示す。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上のように、本発明は、アルツハイマー病発症機構に関わる遺伝子に関するものであり、前述したとおり、アルツハイマー病の診断・治療およびその開発に、さらにその他の神経変性疾患の診断・治療およびその開発などに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】yata変異体が羽化後早期に死亡すること、および、yata遺伝子がアルツハイマー病関連分子APPLの遺伝子変異と遺伝学的に相互作用することを示す図である。
【図2】yata遺伝子が、アルツハイマー病関連分子であるタウ蛋白の遺伝子変異と遺伝学的に相互作用することを示す図である。
【図3】yata遺伝子産物を蛹脳の神経細胞で発現させ、その細胞内局在を調べた結果を示す図である。
【図4】yata変異体の神経細胞において、物質のトラフィッキング異常が起きることを示す図である。
【図5】yata遺伝子が、家族性アルツハイマー病型変異プレセニリンと遺伝学的に相互作用することを示すグラフである。
【図6】yata遺伝子(CG1973遺伝子)の他の種におけるホモログ、HIG(hig)遺伝子の他の種におけるホモログ、およびAPPL(Appl)遺伝子の他の種におけるホモログを示す表である。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
4
【図4】
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