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明細書 :表面加工が施された試料保持面を有する試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4512589号 (P4512589)
登録日 平成22年5月14日(2010.5.14)
発行日 平成22年7月28日(2010.7.28)
発明の名称または考案の名称 表面加工が施された試料保持面を有する試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置
国際特許分類 G01N  27/64        (2006.01)
G01N  27/62        (2006.01)
FI G01N 27/64 B
G01N 27/62 V
G01N 27/62 F
請求項の数または発明の数 12
全頁数 29
出願番号 特願2006-510453 (P2006-510453)
出願日 平成17年2月24日(2005.2.24)
国際出願番号 PCT/JP2005/003055
国際公開番号 WO2005/083418
国際公開日 平成17年9月9日(2005.9.9)
優先権出願番号 2004052521
2004052522
優先日 平成16年2月26日(2004.2.26)
平成16年2月26日(2004.2.26)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成18年11月13日(2006.11.13)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
【識別番号】506286928
【氏名又は名称】地方独立行政法人 大阪府立病院機構
発明者または考案者 【氏名】奥野 昌二
【氏名】和田 芳直
【氏名】荒川 隆一
個別代理人の代理人 【識別番号】110000338、【氏名又は名称】特許業務法人原謙三国際特許事務所
審査官 【審査官】島田 英昭
参考文献・文献 特開2004-184137(JP,A)
国際公開第03/054915(WO,A1)
特表平06-508472(JP,A)
特開平08-189917(JP,A)
米国特許第06288390(US,B1)
特開2001-318217(JP,A)
調査した分野 G01N27/62-27/70
H01J49/00-49/48
JSTPlus(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、
上記試料保持面の凹凸構造は、円柱状または角柱状の形状を有する複数の凹部を規則的に形成した構造となっており、
隣接する各凹部の間隔は10nm以上1μm未満であり、上記凹部の幅は10nm以上1μm未満であるとともに、上記試料保持面の表面が金属で被覆されていることを特徴とする試料ターゲット。
【請求項2】
上記金属が、白金(Pt)および金(Au)の少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1に記載の試料ターゲット。
【請求項3】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、
上記試料保持面の凹凸構造が、円柱状または角柱状の形状を有する複数の凹部を規則的に形成した構造となっており、
隣接する各凹部の間隔は10nm以上1μm未満であり、上記凹部の幅は10nm以上1μm未満であることを特徴とする試料ターゲット。
【請求項4】
上記凹部の深さは、10nm以上1μm未満となっていることを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項5】
マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とすることを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項6】
上記試料ターゲットにおける少なくとも試料保持面の材質は半導体であることを特徴とする請求項1~5の何れか1項に記載の試料ターゲット。
【請求項7】
上記半導体がシリコンであることを特徴とする請求項に記載の試料ターゲット。
【請求項8】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備え、上記試料保持面の凹凸構造は、円柱状または角柱状の形状を有する複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットの製造方法であって、
上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程を含み、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、隣接する各凹部の間隔が10nm以上1μm未満であり、上記凹部の幅が10nm以上1μm未満であって、円柱状または角柱状の形状を有する複数の凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成することを特徴とする試料ターゲットの製造方法
【請求項9】
レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に10nm以上1μm未満の間隔、および、10nm以上1μm未満の幅を有する凹部であって、円柱状または角柱状の形状を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成することを特徴とする試料ターゲットの製造方法
【請求項10】
上記リソグラフィー技術として、電子ビーム描画装置を用いて上記凹部形成することを特徴とする請求項8または9に記載の試料ターゲットの製造方法。
【請求項11】
請求項1~7のいずれか1項に記載の試料ターゲットを用いることを特徴とする質量分析装置
【請求項12】
測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることを特徴とする請求項11に記載の質量分析装置
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析法に用いられる試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とに関するものであり、特に、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とする試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法は、試料をイオン化し、試料あるいは試料のフラグメントイオンの質量と電荷の比(以下、m/z値と表記する)を測定し、試料の分子量を調べる分析法である。その中でも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法は、マトリックスと呼ばれる低分子量の有機化合物と試料とを混合し、さらにレーザーを照射することにより、当該試料をイオン化する方法である。この方法では、マトリックスが吸収したレーザーのエネルギーを試料に伝えることになるので、試料を良好にイオン化することができる。
【0003】
MALDI法は、熱に不安定な物質や高分子量物質をイオン化することが可能であり、他のイオン化技術と比較しても試料を「ソフトに」イオン化できる。それゆえ、この方法は、生体高分子や、内分泌攪乱物質、合成高分子、金属錯体など様々な物質の質量分析に広く用いられている。
【0004】
しかしながら、上記MALDI法では、有機化合物のマトリックスを用いるために、当該マトリックスに由来する関連イオンにより、試料イオンの解析が困難となることがある。具体的には、有機化合物のマトリックスを用いると、このマトリックス分子のイオン、マトリックス分子が水素結合で結合したクラスターのイオン、マトリックス分子が分解して生成するフラグメントイオン等のマトリックス関連イオンが観測されるため、試料イオンの解析が困難になる場合が多い。
【0005】
そこで、従来から、上記マトリックス関連イオンの妨害を避けるための技術が種々提案されている。具体的には、マトリックス関連イオンを生成させないように,マトリックス分子を固定する技術が知られている。
【0006】
例えば、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸やシンナムアミドなどのマトリックスをセファロースのビーズに固定する技術が開示されている(例えば、文献1:T.W.Hutchens and T.T.Yip,Rapid Commun.Mass Spectrom.,7,p.576-580(1993)参照。)。また、ターゲットである金の表面に、マトリックスであるメチル-N-(4-メルカプトフェニル-カーバメート)の自己組織化単分子膜を形成する技術が開示されている(例えば、文献2:S.Mouradian,C.M.Nelson,and L.M.Smith,J.Am.Chem.Soc.,118,p.8639-8645(1996)参照。)。さらに、ゾルゲル法により、マトリックスである2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)をシリコンポリマーシート中に固定する技術が開示されている(例えば、文献3:Y.S.Lin and Y.C.Chen,Anal.Chem.,74,p.5793-5798(2002)参照。)。特に、文献3の技術では、低分子領域にマトリックス関連イオンを発生させることなく、低分子量の有機物、アミノ酸、ペプチドを高感度で測定できることが報告されている。
【0007】
しかしながら、上記のようにマトリックス分子を固定する方法は、検出感度や耐久性が実用上十分ではないという問題が生ずる。また、検出時には、フラグメントイオンによるノイズを回避できないという問題もある。
【0008】
そこで、最近では、マトリックスを用いない技術が提案されている。具体的には、多穴性の表面を有する半導体基板(文献中では、porous light-absorbing semiconductor substrateと記載)を試料ターゲットとして用いる技術が開示されている(例えば、文献4:米国特許公報:USP6288390(2001年11月9日)参照。)。この試料ターゲットは、半導体基板における試料保持面を、多穴性(porous)構造すなわち微細な凹凸構造となるように加工している。同文献では、このような試料保持面に試料を塗布し、当該試料にレーザー光を照射すると、マトリックスが無くても高分子量の物質がイオン化されると報告している。この方法は、DIOS(Desorption/Ionization on Porous Silicon)法と名付けられている。
【0009】
なお、用いられる上記試料ターゲットにおいては、微細な凹凸構造を有する試料保持面が酸化されると試料のイオン化効率が低下する。そこで、当該表面の酸化を抑制するために有機化合物で化学修飾することが行われる。しかしながら、試料保持面の酸化による試料のイオン化効率の低下を回避するために、試料保持面を有機化合物で化学修飾すると、酸化は抑制されるが、化学修飾前と比較して試料のイオン化効率が低下する。そこで、化学修飾によるイオン化効率の低下を回避するために、照射するレーザー光の強度を上げると、試料のイオンが分解しやすくなるため、正確な分析結果を得ることが困難となる。
【0010】
このように、イオン化効率の低下を抑制する目的で試料ターゲットの試料保持面を化学修飾すると、化学修飾によりイオン化効率の低下が生じ、これを回避しようとすると、安定したイオン化が困難となる。したがって、DIOS法によるレーザー脱離イオン化質量分析では、イオン化の効率性および安定性を向上し、その実用性をより高めることが求められていた。
【0011】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とする質量分析において、試料をより効率的かつ安定的にイオン化することができる試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とを提供することにある。
【0012】
また、DIOS法による質量分析では、用いられる上記試料ターゲットは、試料保持面の微細な凹凸構造を電解エッチング法により形成している(例えば、上記文献4、文献5:J.Wei,J.M.Buriak,and G.Siuzdak,Nature,399,p.243-246(1999)、文献6:Z.Shen,J.J.Thomas,C.Averbuj,K.M.Broo,M.Engelhard,J.E.Crowell,M.G.Finn,and G.Siuzdak,Anal.Chem.,73,p.612-619(2001)参照。)。図7には、このDIOS法で用いられる従来の試料ターゲットの断面の加工状態を示す。図7に示すように、この試料ターゲットの試料保持面には、不規則な凹凸構造が形成されている。
【0013】
しかしながら、このように試料保持面に不規則な凹凸構造が形成された上記DIOS法による質量分析では、得られる分析結果の安定性に欠ける傾向にあるという問題を生じている。
【0014】
具体的には、DIOS法で用いられる試料ターゲットを製造する段階では、試料保持面の凹凸構造の形成は、電解エッチング時の諸条件、例えば、半導体材料の抵抗率、エッチング時の電流密度、光の強度、電解の時間等により大きく影響を受ける。換言すれば、電解エッチング法により微細な凹凸構造を形成するときには、これらの多くの条件を制御する必要がある。それゆえ、同様の凹凸構造を高い再現性で形成することが困難となり、これが試料のイオン化の性能にも影響する。図7には、実際にDIOS法において用いられている従来の試料ターゲットの断面の一例を示しているが、このように、試料保持面の凹凸構造は不規則な形状となっている。
【0015】
その結果、試料のイオン化の安定性が不十分となり、得られる分析結果の安定性が低下してしまう。したがって、DIOS法による質量分析は、その実用性の更なる向上が求められていた。
【0016】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、DIOS法による質量分析において、得られる分析結果の安定性を向上し、その実用性をより高めることができる試料ターゲットおよびその製造方法と、当該試料ターゲットを用いた質量分析装置とを提供することにある。
【発明の開示】
【0017】
本発明者は上記課題に鑑み鋭意検討した結果、試料ターゲットの試料保持面において、微細な凹凸構造の酸化を抑制するのではなく、金属の被覆により導電性を高めれば、試料をより効率的かつ安定的にイオン化できることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
また、微細な凹凸構造を規則的に形成することにより、試料ターゲットの試料保持面の構造を再現性よく形成することが可能であり、DIOS法による質量分析の分析結果をより安定化できることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0019】
すなわち、本発明に係る試料ターゲットは、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の表面が金属で被覆されていることを特徴としている。
【0020】
また、上記金属は、白金(Pt)および金(Au)の少なくとも何れかであることが好ましい。
【0021】
また、上記試料保持面の凹凸構造は、複数の凹部を規則的に形成した構造となっていることが好ましい。
【0022】
また、本発明に係る試料ターゲットは、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっているものであってもよい。
【0023】
上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットでは、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっていることが好ましい。
【0024】
また、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットでは、上記凹部の幅は、1nm以上30μm未満となっていることが好ましい。
【0025】
また、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットでは、上記凹部の深さは、1nm以上30μm未満となっていることが好ましい。
【0026】
また、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットでは、上記凹部は溝または穴であることが好ましい。
【0027】
また、上記凹部が溝である場合、当該凹部の繰返しが、異なる方向に形成された溝同士を交差した構造となっていることが好ましい。
【0028】
また、上記凹部が穴である場合、当該穴が円柱状または角柱状の形状を有していることが好ましい。
【0029】
また、上記試料ターゲットにおける少なくとも試料保持面の材質は半導体であることが好ましく、シリコン(Si)であることをがより好ましい。
【0030】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程を含むことを特徴としている。
【0031】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に1nm以上30μm未満の間隔、および、30μm未満の幅を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成することが好ましい。
【0032】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に1nm以上30μm未満の間隔、および、30μm未満の幅を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面番形成する構成を備えていてもよい。
【0033】
上記リソグラフィー技術としては、電子ビーム描画装置を用いて上記凹部を形成することが好ましい。
【0034】
本発明にかかる質量分析装置は、上記いずれかの試料ターゲットを用いて質量分析を行うというものである。また、上記質量分析装置は、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の1実施形態における試料ターゲットの表面の凹凸構造の一例を示す断面図である。なお、この断面図は、本発明の試料ターゲットを走査型電子顕微鏡で観察したものである。
【図2】図1に示す試料ターゲットの溝の形状を示す模式図であって、(a)は試料ターゲットの一部の斜視図であり、(b)は(a)に示す試料ターゲットを矢印A方向から見た平面図であり、(c)は(a)に示す試料ターゲットを矢印B方向から見た断面図である。
【図3】格子型の試料ターゲットの溝の形状を示す模式図であって、(a)は試料ターゲットの一部の斜視図であり、(b)は(a)に示す試料ターゲットを矢印A方向から見た平面図であり、(c)は(a)に示す試料ターゲットを破線Bで切断した場合の断面図である。
【図4】穴型の試料ターゲットの溝の形状を示す模式図であって、(a)は試料ターゲットの一部の斜視図であり、(b)は(a)に示す試料ターゲットを矢印A方向から見た平面図であり、(c)は(a)に示す試料ターゲットを破線Bで切断した場合の断面図である。
【図5】実施例5において作製された試料ターゲットを用いてTRITON X-100の質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【図6】実施例5において作製された試料ターゲットを用いてポリプロピレングリコールの質量分析測定を行って得られたマススペクトルである。
【図7】従来のDIOS法に用いられている試料ターゲットの表面の加工状態を示す断面図である。なお、この断面図は、上記試料ターゲットを走査型電子顕微鏡で観察したものである。
【図8】実施例1において用いたMass Consortium社製試料ターゲットの試料保持面における加工状態を示す断面図である。なお、この断面図は、上記試料ターゲットを走査型電子顕微鏡で観察したものである。
【図9】実施例2において用いた米国POREX TECHNOLOGIES社製多孔性プラスチックPorexの表面を走査型電子顕微鏡で観察した結果を示す図である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明の一実施形態について以下に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0037】
上述したように、微細な凹凸構造を有する試料保持面の酸化を抑制するために有機化合物で化学修飾すると、化学修飾前に比べてイオン化効率が低下し、化学修飾前よりレーザー強度を強くしないと試料をイオン化できない。この原因は、現在のところわかっていないが、試料保持面の化学修飾により導電性が下がるために、試料のイオン化の際に重要な試料ターゲットと試料との間の電子の移動が損なわれること、チャージアップが起こりやすく試料ターゲット上に電荷が蓄積するために試料のイオン化が効率的に起こらないこと等が原因として考えられる。そこで、本願発明者らは、この点に着目し、微細な凹凸構造を有する試料保持面の表面を金属で被覆することにより、試料保持面の表面の導電性を上げ、前記課題を解決することができないかと考えた。そして、実際に金属の被覆により、試料保持面の表面の導電性を高めれば、試料をより効率的に、かつ試料保持面の酸化を抑制して安定的にイオン化できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0038】
つまり、本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の表面が金属で被覆されているものである。
【0039】
上述したように、本願発明者らは、微細な凹凸構造を有する試料保持面の酸化を抑制するために有機化合物による化学修飾を用いる場合の問題点を解決するために、試料保持面を金属で被覆したが、これによりイオン化の効率が顕著に向上することを見出した。すなわち、上記試料保持面を金属で被覆することにより、試料保持面の導電性を大きくすることで、イオン化効率の顕著な向上という効果を得ることができたと考えられる。従って、本発明にかかる試料ターゲットは、試料保持面の導電性を大きくすることでイオン化の効率が向上するような、金属で被覆されている試料ターゲットである。従って、本発明の試料ターゲットには、その試料保持面の表面が、酸化される金属で被覆されているものも含まれる。もちろん、用いられる金属が酸化されにくい金属である場合には、イオン化効率が向上し、かつ、凹凸構造を有する試料保持面の酸化も抑制される。
【0040】
また、近年、ナノテクノロジーの分野において、DNAチップ、半導体のデバイス、化学反応のための微小な容器などを作製するために、1nmから数十μmの単位での微細な加工を行う技術が開発されている。ここ数年でナノテクノロジーの応用分野はますます拡大しているが、それにともなって微細加工技術の需要は高まり、その技術レベルは急激に発達している。このナノテクノロジーで使用される微細加工技術によれば、従来の電解エッチング法と比較して、1nm~数十μm単位の微細構造をより安定して高精度に加工することが可能である。
【0041】
そこで、本願発明者らは、このナノテクノロジーで使用される微細加工技術に着目し、加工しやすいような比較的単純な構造の微細構造をレーザー脱離イオン化質量分析に用いる試料ターゲットの表面加工に利用できないかと考えた。そして、実際にかかる微細加工技術を利用すれば、表面に規則的な凹凸形状を安定して作製することが可能になり、良好な品質の試料ターゲットを安定して生産することが可能になることを見出した。
【0042】
つまり、本発明にかかる試料ターゲットには、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の表面が金属で被覆されているとともに、さらに、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットも含まれる。
【0043】
以下、本発明にかかる試料保持面を金属で被覆した試料ターゲットおよびその製造方法、並びに当該試料ターゲットを用いた質量分析装置について、(I)試料ターゲット、(II)試料ターゲットの製造方法、(III)本発明の利用(質量分析装置)の順に説明する。
【0044】
(I)試料ターゲット
(I-1)試料ターゲット、試料保持面
本発明にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射によって試料をイオン化して質量分析するレーザー脱離イオン化質量分析装置に用いられ、分析対象となる試料を載せる言わば試料台としての機能を果たすものである。
【0045】
かかる上記試料ターゲットは、試料を保持する面である試料保持面を備えていればよく、試料保持面以外の部分の構成、形状、材質等は特に限定されるものではない。
【0046】
上記試料ターゲットの材質としては、例えば、半導体、金属、合成高分子などの樹脂、セラミックス、これらの各材質を複数種含んでなる複合体等を挙げることができる。かかる複合体としては、具体的には、例えば、金属層の表面に半導体の被膜が施された多層構造体、樹脂層の表面に半導体の被膜が施された多層構造体、セラミックスの表面に半導体の被膜が施された多層構造体等を挙げることができるが複合体はこれらに限定されるものではない。
【0047】
本発明にかかる試料ターゲットの、上記試料保持面は、分析対象である試料を保持する面で、試料を保持した状態で、レーザー光の照射を受ける。
【0048】
上記試料保持面の材質は、特に限定されるものでなく、例えば、半導体、金属、合成高分子などの樹脂、セラミックス等を挙げることができる。導電性を有しない材質であっても金属で被覆することによりイオン化の効率を向上させることができる。なかでも上記試料保持面の材質は半導体であることがより好ましい。半導体を用いることにより、試料をより効率的にイオン化することが可能となる。
【0049】
なお、上記半導体は、特に限定されるものではなくどのようなものであってもよい。なかでも上記半導体は、例えば、Si,Ge,SiC,GaP,GaAs,InP,Si1-XGe(0<X<1)等であることが好ましく、Siであることがより好ましい。
【0050】
また、上記金属としては、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)が挙げられる。
【0051】
また、上記合成高分子としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリスチレン、ポリシロキサン、ポリスタノキサン、ポリアミド、ポリエステル、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリウレタン、ポリエチルエーテルケトン、ポリ4-フッ化エチレンおよびこれらの共重合体や混合物やグラフトポリマーおよびブロックポリマーが挙げられる。
【0052】
また、上記セラミックスとしては、アルミナ(酸化アルミニウム)、マグネシア、ベリリア、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、酸化ウラン、酸化トリウム、シリカ(石英)、ホルステライト、ステアタイト、ワラステナイト、ジルコン、ムライト、コージライト/コージェライト、スポジュメン、チタン酸アルミニウム、スピネルアパタイト、チタン酸バリウム、フェライト、ニオプ酸リチウム、窒化ケイ素(シリコンナイトライド)、サイアロン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化チタン、炭化ケイ素(シリコンカーバイド)、炭化ホウ素、炭化チタン、炭化タングステン、ホウ化ランタン、ホウ化チタン、ホウ化ジルコニウム、硫化カドミウム、硫化モリブデン、ケイ化モリブデン、アモルファス炭素、黒鉛、ダイヤモンド、単結晶サファイアなどが挙げられる。
【0053】
(I-2)ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造
本発明にかかる試料ターゲットの上記試料保持面は、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有している。ここで、「ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造」とは、通常ナノメートル単位ないし数十マイクロメートル単位で表される程度に微細な単位で形成された凹凸構造を意味している。また、ナノメートル単位ないし数十マイクロメートル単位で表される程度に微細な単位とは、具体的には、1nm~数十μmの大きさをいう。また、本発明にかかる試料ターゲットの上記試料保持面は、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有していればよいが、ナノメートルオーダーの微細な凹凸構造を有していることがより好ましい。ここで、「ナノメートルオーダーの微細な凹凸構造」とは、通常ナノメートル単位で表される程度に微細な単位で形成された凹凸構造を意味している。また、ナノメートル単位で表される程度に微細な単位とは、具体的には、1nm以上1μm未満の大きさのことを意味する。
【0054】
ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造としては、かかる構造を有する試料保持面を、金属で被覆し、その表面に試料を載せ、当該試料にレーザー光を照射すると、マトリックスが無くても高分子量の物質がイオン化されるような構造であれば特に限定されるものではない。例えば、DIOS法によるレーザー脱離イオン化質量分析で用いられる試料ターゲットの多穴性構造は、上記凹凸構造に含まれる。
【0055】
上記試料保持面の微細な凹凸構造の大きさは、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダー、すなわち1nm~数十μm程度であればよい。すなわち、凹凸構造の隣接する各凹部又は各凸部の間隔が1nm~数十μm程度であればよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記隣接する各凹部又は各凸部の間隔は1nm以上30μm未満となっていることが好ましく、1nm~10μmとなっていることがより好ましく、10nm~10μmとなっていることがより好ましく、10nm~500nmとなっていることがさらに好ましく、10nm~300nmとなっていることが特に好ましい。これにより、質量分析における測定試料のイオン化を良好に行うことができる。
【0056】
また、上記凹凸構造の隣接する各凹部又は各凸部の間隔は、規則的であっても不規則であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、規則的であることがより好ましい。上記各凹部又は各凸部の間隔が規則正しい場合には、その凹凸のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0057】
上記凹凸構造の凹部の深さは、1nm以上30μm未満程度であればよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、10nm~1μmであることがより好ましく、50nm~500nmであることがさらに好ましく、100nm~500nmであることが特に好ましい。また、上記凹部の深さにはばらつきがあってもよいし、均一であってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記凹部の深さは均一であることが好ましい。上記凹部の深さは均一である場合には、その凹凸のばらつきが少ないため、イオン化性能はより安定する。
【0058】
上記凹部の具体的な形状は特に限定されるものではなく、どのような形状のものであってもよい。また、上記凹凸構造は、凹部の形状が一定ではなく、種々の形状の凹部が混ざったものであってもよい。しかしながら、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記凹凸構造は、一定の形状の凹部からなるものであることが好ましい。かかる形状としては、例えば、溝、溝同士が交差した格子、穴等の形状を挙げることができる。また、上記溝、穴の形状も特に限定されるものではなく、どのような形状のものであってもよいが、例えば、直線の溝;曲線の溝;弧を描く溝;円形の穴;楕円形の穴;三角形、四角形、五角形等多角形の穴等を挙げることができる。
【0059】
また、上記凹部の壁面は、試料保持面に対して垂直であってもよいし、斜度を有していてもかまわない。
【0060】
また、上記凹凸構造は、試料保持面の全体に形成されているものであってもよいし、試料保持面に部分的に形成されているものであってもよい。
【0061】
上述したように、本発明の試料ターゲットの上記試料保持面の凹凸構造は、複数の凹部を規則的に形成した構造となっていることがより好ましい。かかる複数の凹部が規則的に形成された構造については、後述する他の実施形態で説明する構造が含まれる。
【0062】
以上のように、本発明の試料ターゲットの上記試料保持面の凹凸構造は、様々に変形させることが可能であり、製造時(試料保持面の微細加工時)の簡便さや製造に要するコストを考慮して、適宜選択することができる。
【0063】
(I-3)金属による被覆
本発明にかかる試料ターゲットは、上記試料保持面の表面が金属で被覆されているものである。かかる金属としては、具体的には、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)等を挙げることができる。なかでも、上記金属はAu又はPtであることがさらに好ましい。AuやPtは酸化されにくいため、イオン化の効率を向上させることができるのみならず、上記凹凸構造を有する上記試料保持面の酸化を防止することが可能となる。
【0064】
また、上記金属は、上記金属から選ばれる単一金属であってもよいし、上記金属から選ばれる少なくとも2種以上からなる合金であってもよい。ここで合金とは、2種以上の金属が混合されている金属であればよく、混合された2種以上の上記金属の存在形態は特に限定されるものではない。混合された2種以上の上記金属の存在形態としては、例えば、固溶体、金属間化合物、固溶体及び金属間化合物が混在した状態等を挙げることができる。
【0065】
被覆されている上記金属の厚みは、試料保持面の凹凸構造を損なうものでなければ特に限定されるものではない。具体的には、例えば、1nm以上、100nm以下であることが好ましい。上記金属の厚みがこの上限を超えないことにより、試料保持面の凹凸構造が損なわれず、下限より大きいことにより、効率的なイオン化が可能となる。さらに、上記金属の厚みは、1nm以上、50nm以下であることがより好ましく、1nm以上、30nm以下であることが特に好ましい。これにより、より効率的なイオン化が可能となる。
【0066】
また、上記試料保持面の表面は、上記金属から選ばれる複数の金属からそれぞれ形成される複数の層として被覆されているものであってもよい。
【0067】
(II)試料ターゲットの製造方法
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程を含んでいる。
【0068】
上記試料保持面の表面を金属で被覆する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を好適に用いることができる。かかる方法としては、例えば、スパッタ法、化学気相成長法(CVD)、真空蒸着法、無電解メッキ法、電解メッキ法、塗布法、貴金属ワニス法、有機金属薄膜法等を挙げることができる。これらの方法は、金属の種類、被覆する層の厚み、被覆する試料保持面の状態等により、適宜選択して用いればよい。
【0069】
また、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する上記試料保持面の製造方法も特に限定されるものではなく、従来公知の方法を好適に用いることができる。かかる方法としては、例えば、電解エッチング法、リソグラフィー法等を挙げることができる。リソグラフィー法を用いることにより、規則正しく、より微細な凹凸構造を有する上記試料保持面を製造することが可能となる。
【0070】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に、1nm以上30μm未満、より好ましくは、10nm以上1μm未満の間隔、および、30μm未満、より好ましくは、1μm未満の幅を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する方法であってもよい。また、上記リソグラフィー技術としては、電子ビーム描画装置を用いて上記凹部を形成することが好ましい。かかる複数の凹部を規則的に形成する方法については、後述する他の実施形態で説明する方法が含まれる。
【0071】
(III)本発明の利用(質量分析装置)
本発明の試料ターゲットは、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの様々な物質の質量分析を行う場合に測定対象となる試料を載置するための言わば試料台として使用することができる。また、上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析において用いられた場合に、試料のイオン化を効率的かつ安定的に行うことができるため有用である。
【0072】
そこで、上述の本発明の試料ターゲットを用いてなる質量分析装置についても本発明の範疇に含まれる。上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析装置において用いられた場合に、試料のイオン化を効率的かつ安定的に行うことができる。そのため、本発明の質量分析装置は、より具体的には、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによってイオン化して当該試料の分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【0073】
上記レーザー脱離イオン化質量分析装置においては、測定対象となる試料を上述の試料ターゲット上に載置して使用することによって、当該試料に対してレーザー光を照射した場合に試料のイオン化を良好に行うことができる。
【0074】
次に、本発明の他の実施形態について図1ないし図4に基づいて以下に詳細に説明するが、本実施形態は以下の記載に限定されるものではない。
【0075】
近年、ナノテクノロジーの分野において、DNAチップ、半導体のデバイス、化学反応のための微小な容器などを作製するために、1nmから数十μmの単位での微細な加工を行う技術が開発されている。ここ数年でナノテクノロジーの応用分野はますます拡大しているが、それにともなって微細加工技術の需要は高まり、その技術レベルは急激に発達している。このナノテクノロジーで使用される微細加工技術によれば、従来の電解エッチング法と比較して、1nm~数十μm単位の微細構造をより安定して高精度に加工することが可能である。
【0076】
そこで、本願発明者らは、このナノテクノロジーで使用される微細加工技術に着目し、加工しやすいような比較的単純な構造の微細構造をレーザー脱離イオン化質量分析に用いる試料ターゲットの表面加工に利用できないかと考えた。そして、実際にかかる微細加工技術を利用すれば、表面に規則的な凹凸形状を安定して作製することが可能になり、良好な品質の試料ターゲットを安定して生産することが可能になることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0077】
つまり、本発明にかかる試料ターゲットには、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットも含まれる。
【0078】
(I)試料ターゲット
本実施形態にかかる試料ターゲットについて以下に詳細に説明する。
【0079】
本実施形態にかかる試料ターゲットは、レーザー光の照射によって試料をイオン化して質量分析するレーザー脱離イオン化質量分析装置に用いられ、分析対象となる試料を載せる言わば試料台としての機能を果たすものである。本実施形態の試料ターゲットは、試料を保持するための表面、すなわち試料保持面に、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を備えている。そして、この凹凸構造は、複数の凹部を規則的に繰り返し形成した構造となっている。
【0080】
上記試料ターゲットの上記試料保持面は、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有している。ここで、「ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造」とは、通常ナノメートル単位ないし数十マイクロメートル単位で表される程度に微細な単位で形成された凹凸構造を意味している。また、ナノメートル単位ないし数十マイクロメートル単位で表される程度に微細な単位とは、具体的には、1nm~数十μmの大きさをいう。また、本発明にかかる試料ターゲットの上記試料保持面は、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有していればよいが、ナノメートルオーダーの微細な凹凸構造を有していることがより好ましい。ここで、「ナノメートルオーダーの微細な凹凸構造」とは、通常ナノメートル単位で表される程度に微細な単位で形成された凹凸構造を意味している。また、ナノメートル単位で表される程度に微細な単位とは、具体的には、1nm以上1μm未満の大きさのことを意味する。
【0081】
本実施形態にかかる試料ターゲットの試料保持面に形成された凹部は、上述のように、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている。ここで、「複数の凹部を規則的に形成した構造」とは、複数の凹部がある一定の規則性を持って繰り返し形成されている構造のことを意味する。この構造の具体例としては、後述の溝または穴の繰り返し複数形成されている構造を挙げることができる。
【0082】
そして、質量分析用の試料ターゲットとしての機能をより向上させるためには、上記試料ターゲットの隣接する各凹部の間隔は1nm以上30μm未満となっていることが好ましく、10nm以上1μm未満となっていることがより好ましい。各凹部の間隔が30μm未満、好ましくは1μm未満程度に狭くなっていることにより、質量分析における測定試料のイオン化を良好に行うことができる。また、各凹部の間隔が1nm以上、好ましくは10nm以上となっていることによって、試料ターゲットの強度が低下すること避けることができる。
【0083】
また、上記凹部の具体的な形状として、溝または穴の形状を挙げることができる。このような形状は、試料ターゲットの試料保持面の表面加工を行う場合に、リソグラフィー法などのような現在のナノテクノロジーによって容易かつ安価に形成することが可能である。
【0084】
この場合、上記凹部の幅を、1nm以上30μm未満、より好ましくは、10nm以上1μm未満となるように設定し、上記凹部の深さを、1nm以上30μm未満、より好ましくは、10nm以上1μm未満となるように設定すればよい。上記凹部の幅および深さを上記のような範囲内にすれば、そのサイズが現在のレーザー脱離イオン化質量分析計において一般的に用いられる、337nmの窒素レーザーなどのような数百nmオーダーの紫外領域のレーザー光の波長とほぼ同じであるため、レーザー光のエネルギーを良好にトラップすることができる。また、上記凹部の幅および深さが上記の範囲内であれば、良好なイオン化効率を得ることができる。
【0085】
図1には、上記凹部が溝である場合の試料ターゲットの試料保持面の形状の具体例を示す。この図に示すように、本実施形態にかかる試料ターゲットは、1nm以上30μm未満、より好ましくは、10nm以上1μm未満の間隔を有する複数の溝が平行に配置された形状を有していてもよい。図1に示すような形状の試料ターゲットを、ここでは溝型の試料ターゲットと呼ぶ。また、図2では、溝型の試料ターゲットの溝の形状の模式図を示しており、(a)は試料ターゲットの一部分を示す斜視図、(b)は試料保持面の上方から((a)において矢印Aの方向)から見た平面図、(c)は溝形状の断面図((a)において矢印B方向から見た断面図)である。ここで、上記凹部(溝)の間隔とは、図2(c)のCで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の幅とは、図2(c)のDで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の深さとは、図2(c)のEで示す部分の大きさのことを意味する。
【0086】
上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝の間隔が30μm未満、より好ましくは、1μm未満であれば、質量分析を行う場合に当該試料ターゲット上に配置した試料のイオン化を良好に行うことができる。また、上記溝の間隔が1nm以上、より好ましくは、10nm以上あれば、現在の微細加工技術において高度な技術を用いることなく加工することが可能である。なお、測定試料のイオン化をより良好に行うためには、上記溝の間隔が200nm未満となっていることがさらに好ましい。一方、試料保持面の微細加工をより容易かつ安価に行うためには、上記溝の間隔が1nm以上となっていることが好ましく、10nm以上となっていることがより好ましい。
【0087】
また、上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝の幅および深さは1nm以上30μm未満となっていることが好ましく、10nm以上1μm未満となっていることがより好ましい。上記の構成によれば、例えば、337nmの窒素レーザーなどのような数百nmオーダーの紫外領域のレーザー光のエネルギーを捕えやすく、良好なイオン化効率を得ることができる。なお、測定試料のイオン化をより良好に行うためには、上記溝の間隔が10nm以上200nm未満となっていることがさらに好ましい。
【0088】
なお、上記溝型の試料ターゲットにおいて、上記溝が異なる2つの方向に形成されており、その異なる2方向の溝同士が交差している構造になっていてもよい。このような溝構造を有する試料ターゲットの一例を図3に示す。図3において、(a)は試料ターゲットの一部分を示す斜視図、(b)は試料保持面の上方から((a)において矢印Aの方向)から見た平面図、(c)は溝形状の断面図((a)において破線Bの切断面の断面図)である。図3に示す試料ターゲットは、2方向の溝が垂直に交差している場合のものであり、このような溝を有する試料ターゲットについては、格子型の試料ターゲットと呼ぶ。ここで、上記凹部(溝)の間隔とは、図3(c)のCで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の幅とは、図3(c)のDで示す部分の大きさのことを意味し、上記凹部(溝)の深さとは、図3(c)のEで示す部分の大きさのことを意味する。
【0089】
本実施形態の試料ターゲットの凹部の形状は、上述のような溝型や格子型のみに限定されることはなく、それ以外の形状であってもよい。その一例として、凹部の形状が図4に示すような穴型の形状を挙げることができる。図4に示す試料ターゲットは、上記穴が特に円柱状の場合のものであり、このような穴を有する試料ターゲットは、穴型の試料ターゲットと呼ぶ。図4において、(a)は試料ターゲットの一部分を示す斜視図、(b)は試料保持面の上方から((a)において矢印Aの方向)から見た平面図、(c)は溝形状の断面図((a)において破線Bの切断面の断面図)である。
【0090】
ここで、上記穴の間隔とは、図4(c)のCで示す部分の大きさのことを意味し、上記穴の幅とは、図4(c)のDで示す部分の大きさのことを意味し、上記穴の深さとは、図4(c)のEで示す部分の大きさのことを意味する。なお、図4(c)に示す断面図は、上記穴の直径を含む部分の断面図である。それゆえ、上記穴の幅とは、円形状の穴の直径のことを意味し、上記穴の間隔とは、隣接する穴同士が最も接近している箇所の間隔のことを意味している。
【0091】
上記穴型の試料ターゲットは、図4に示すような円柱状の穴を有するものだけでなく、四角柱、三角柱、五角柱、六角柱などのような角柱状の穴を有するものであってもよい。なお、上述の格子型の試料ターゲットは、角柱状の穴を有しているとも言えるため、穴型の試料ターゲットの一つでもある。
【0092】
上記の溝型、格子型、穴型の各構造を有する試料ターゲットにおいて、その凹部の壁面は、試料ターゲットの底面に対して垂直であることが好ましいが、多少斜度を有していてもかまわない。また、格子型の試料ターゲットにおいては、方向の異なる各溝の交わる角度は、図3に示すような90度に限定されることはなく、90度以外であってもよい。また、円柱状の穴型の試料ターゲットにおいて、その穴の横断面の形状は完全な円形である必要はなく、楕円型や多少の変形があってもかまわない。また、このような構造が試料ターゲットの全ての部分を占める必要はない。
【0093】
以上のように、本実施形態の試料ターゲットの凹部の形状は、様々に変形させることが可能であり、製造時(試料保持面の微細加工時)の簡便さや製造に要するコストを考慮して、適宜選択することができる。上述の溝型、格子型、穴型の構造のうちで、最も容易に形成することができる形状は、溝型の形状である。
【0094】
上記試料ターゲットの材質としては、半導体、金属、合成高分子などの樹脂、セラミックスなどを用いればよい。また、上記試料ターゲットとして、上述の各材質を複数種含んでなる複合体、具体的には、半導体の表面に金属の被膜が施された被覆構造体、あるいは、樹脂の表面に金属被膜が施された被覆構造体などを採用してもよい。これらの材質のうち、加工技術が進んでおり、加工が容易であるという理由で半導体を採用することが好ましい。
【0095】
なお、上記半導体としては、例えば、Si,Ge,SiC,GaP,GaAs,InP,Si1-XGe(等モルのSiGe以外のものも含む)などが挙げられる。
【0096】
また、上記金属としては、例えば、元素周期表の1A族(Li,Na,K,Rb,Cs,Fr)、2A族(Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra)、3A族(Sc,Y)、4A族(Ti,Zr,Hf)、5A族(V,Nb,Ta)、6A族(Cr,Mo,W)、7A族(Mn,Tc,Re)、8族(Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Ni,Pd,Pt)、1B族(Cu,Ag,Au)、2B族(Zn,Cd,Hg)、3B族(Al)、およびランタノイド系列(La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)、アクチノイド系列(Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr)が挙げられる。
【0097】
また、上記合成高分子としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリスチレン、ポリシロキサン、ポリスタノキサン、ポリアミド、ポリエステル、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリウレタン、ポリエチルエーテルケトン、ポリ4-フッ化エチレンおよびこれらの共重合体や混合物やグラフトポリマーおよびブロックポリマーが挙げられる。
【0098】
また、上記セラミックスとしては、アルミナ(酸化アルミニウム)、マグネシア、ベリリア、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、酸化ウラン、酸化トリウム、シリカ(石英)、ホルステライト、ステアタイト、ワラステナイト、ジルコン、ムライト、コージライト/コージェライト、スポジュメン、チタン酸アルミニウム、スピネルアパタイト、チタン酸バリウム、フェライト、ニオプ酸リチウム、窒化ケイ素(シリコンナイトライド)、サイアロン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化チタン、炭化ケイ素(シリコンカーバイド)、炭化ホウ素、炭化チタン、炭化タングステン、ホウ化ランタン、ホウ化チタン、ホウ化ジルコニウム、硫化カドミウム、硫化モリブデン、ケイ化モリブデン、アモルファス炭素、黒鉛、ダイヤモンド、単結晶サファイアなどが挙げられる。
【0099】
上記の試料ターゲットによれば、レーザー脱離イオン化質量分析を行う場合に、マトリックス分子を使用することなく試料のイオン化を行うことができる。それに加えて、上記試料ターゲットは、電解エッチングで作製された従来のDIOS用試料ターゲットと比較して、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造が規則正しく形成されているため、イオン化性能の安定化を図ることができる。
【0100】
(II)試料ターゲットの製造方法
続いて、本実施形態の試料ターゲットの製造方法について説明する。
【0101】
本実施形態にかかる試料ターゲットは、上述のように、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えており、この試料保持面の凹凸構造が、1nm以上、より好ましくは、10nm以上の深さを有する凹部を規則的に形成した構造を有するものである。それゆえ、この試料ターゲットを製造するためには、ナノテクノロジーで使用される高精度な微細加工技術が必要とされる。
【0102】
ナノテクノロジーで使用される高精度な微細加工技術としては、例えば、産業技術総合研究所ナノテクノロジー知識研究会編、日経BP社発行の「ナノテクノロジーハンドブック」(2003年)や川合知二著オーム社発行の「ナノテクノロジー入門」に挙げられている方法方法がある。特に、リソグラフィー法は、現在10ナノメートルから数十マイクロメートルの微細加工において最も用いられている方法の1つである。リソグラフィー法には、フォトリソグラフィー法、電子線リソグラフィー法、イオンビームリソグラフィー法、ナノインプリントリソグラフィー法、ディプペンナノリソグラフィー法がある。これらの各リソグラフィー法のうち、電子線リソグラフィー法を用いることが好ましい。電子線リソグラフィー法を用いれば、一般的な光学リソグラフィーのように、書き込み形状の大きさが光の波長に制限されることがないため、より微細な書き込みを行うことができ、これによって、微細な凹凸構造を形成することができる。
【0103】
電子線リソグラフィー法では、デバイスの設計図をマスクと呼ばれる金属板に焼き付けて、そのマスクのある部分は光を通し、それ以外の部分は光を通さないというように加工しておく。そして、加工された設計図に光を当てレンズでその光を絞ると設計図のパターンが縮小投影される。ここで、あらかじめデバイスの基盤となる材料には感光剤を塗っておき、その基盤に縮小投影すると、そこに設計図のパターンが焼き付けられる。
【0104】
基盤に塗られる感光剤は、レジストと呼ばれる。レジストには、光を当てることで固化してしまうとか、重合してある溶液に溶けなくなるといった光反応を起こす分子が使われる。パターンの焼き付けられた基板の材料を、それを溶かす溶液に入れると、光の当たったレジストが固まった部分だけが溶け出すことなく、それ以外のところについては溶かし出すことが可能となる。このようにして形成されたレジストのパターンを用いて、さらにエッチングすることで、基板上に微細加工することが可能となる。電子線リソグラフィー法では、一般に電子ビーム描画装置が用いられる。微細構造を作成する精度は、この電子ビーム描画装置の性能に大きく依存する。
【0105】
以上のように、本実施形態にかかる試料ターゲットを製造する場合、リソグラフィー技術を用いれば試料保持面にナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な加工を施すことができる。それゆえ、上記リソグラフィー技術は試料ターゲットの製造方法として非常に有用であると言える。
【0106】
そこで、リソグラフィー技術を用いて試料ターゲットを製造する方法も本実施形態の範囲内に含まれる。本実施形態の試料ターゲットの製造方法は、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に1nm以上30μm未満、より好ましくは、10nm以上1μm未満の間隔、および、30μm未満、より好ましくは、1μm未満の幅を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成するというものである。
【0107】
つまり、本実施形態にかかる試料ターゲットの製造方法は、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に1nm以上30μm未満、より好ましくは、10nm以上1μm未満の間隔、および、30μm、より好ましくは、1μm未満の幅を有する凹部を規則的に形成するという、基板表面の微細加工方法を応用したものである。そして、この方法によれば、上述の本実施形態にかかる試料ターゲット、つまり、レーザー脱離イオン化質量分析に適した試料ターゲットを容易かつ高精度に製造することができる。
【0108】
本実施形態の試料ターゲットの製造方法では、上述のような溝型、格子型、穴型などというように凹部が種々の形状の試料ターゲットを製造することができる。このように試料保持面がナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの種々の形状に微細加工された試料ターゲットを製造するための高精度な微細加工技術として、本実施形態の製造方法では、上述の種々のリソグラフィー法が利用される。
【0109】
そして、本実施形態の製造方法では、上述の種々のリソグラフィー法の中でもの特に電子ビーム描画装置を用いて所定の形状に感光剤を塗布した後に、電解エッチングを行うという電子線リソグラフィー法を利用することが好ましい。この電子線リソグラフィー法を用いれば、一般的な光学リソグラフィーに比べてより微細な書き込みを行うことができ、これによって、微細な凹凸構造を形成することができるという効果を得ることができる。
【0110】
また、従来の電解エッチング法のみを用いて作製したDIOS用試料ターゲットは、図7に示した断面図のように複雑で不規則な構造をしている。一方、本実施形態の製造方法によれば、リソグラフィー技術を用いているため、溝型(図1、2参照)、格子型(図3参照)、穴型(図4参照)のような単純で規則的な微細構造を、高精度に高い再現性で加工することが容易になる。従って、上記の製造方法で作製された試料ターゲットにおいては、その凹凸の形状が個々の試料ターゲット間あるいは製造ロット間でばらつくことが少なくなる。つまり、本実施形態の製造方法によれば、得られる試料ターゲットに安定したイオン化性能を与えることができる。
【0111】
(III)本発明の利用(質量分析装置)
続いて、本実施形態の試料ターゲットの利用方法について説明する。
【0112】
本実施形態の試料ターゲットは、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの様々な物質の質量分析を行う場合に測定対象となる試料を載置するための言わば試料台として使用することができる。また、上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析において用いられた場合に、試料のイオン化を良好に行うことができるため有用である。
【0113】
そこで、上述の本実施形態の試料ターゲットを用いて質量分析を行う質量分析装置についても本発明の範疇に含まれる。つまり、本発明の質量分析装置は、本実施形態の試料ターゲットを試料台という構成部品として含むものである。上記試料ターゲットは、特にレーザー脱離イオン化質量分析装置において用いられた場合に、試料のイオン化を良好に行うことができる。そのため、本発明の質量分析装置は、より具体的には、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによってイオン化して当該試料の分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【0114】
上記レーザー脱離イオン化質量分析装置においては、測定対象となる試料を上述の試料ターゲット上に載置して使用することによって、当該試料に対してレーザー光を照射した場合に試料のイオン化を良好に行うことができる。
【0115】
本実施形態にかかる試料ターゲットは、以上のように、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えており、その凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造構造となっている。
【0116】
それゆえ、本実施形態の試料ターゲットは、従来のDIOS法に用いられる不規則な凹凸構造を有する試料ターゲットと比較して、その凹凸の形状のバラツキが少ないため、イオン化性能を安定化させることができる。つまり、本実施形態の試料ターゲットによれば、上述のマトリックスを用いないレーザー脱離イオン化質量分析(DIOS法)をより正確かつ安定して実施することができるという効果を奏する。これによって、レーザー脱離イオン化質量分析において、試料ターゲットの実用性を高めることができる。
【0117】
そして、本実施形態の試料ターゲットは、レーザー脱離イオン化質量分析法、および、その方法を利用した質量分析装置などを用いて試料の質量分析を行う場合に、試料を載置する試料台として有効に利用することができる。
【0118】
また、本実施形態の試料ターゲットの製造方法によれば、リソグラフィー技術を用いて試料ターゲットの試料保持面にナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を容易に形成することができる。それゆえ、上述の本実施形態にかかる試料ターゲット、つまり、レーザー脱離イオン化質量分析に適した試料ターゲットを高精度かつ簡便に製造することができる。
【0119】
また、本実施形態の質量分析装置は、上述の試料ターゲットを用いて質量分析を行うものであるため、測定対象となる試料に対してレーザー光を照射した場合に試料のイオン化を良好に行うことができる。従って、上記の質量分析装置によれば、得られる分析結果の安定性を向上させることができる。
【0120】
以上のように、本発明に係る試料ターゲットは、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の表面が金属で被覆されている。
【0121】
上記の構成によれば、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とするレーザー脱離イオン化質量分析において、試料のイオン化の効率性及び安定性を向上できるという効果を奏する。
【0122】
また、上記金属は、白金(Pt)および金(Au)の少なくとも何れかであることが好ましい。
【0123】
上記の構成によれば、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とするレーザー脱離イオン化質量分析において、試料をより効率的にイオン化することができ、かつ、凹凸構造を有する試料保持面の酸化を抑制することができるという効果を奏する。
【0124】
また、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっていることが好ましい。
【0125】
また、本発明にかかる試料ターゲットは、上記課題を解決するために、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットであって、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっているものであってもよい。
【0126】
上記の構成によれば、本発明の試料ターゲットは、従来のDIOS法に用いられる不規則な凹凸構造を有する試料ターゲットと比較して、その凹凸の形状のバラツキが少ないため、イオン化性能を安定化させることができる。つまり、本発明の試料ターゲットによれば、上述のマトリックスを用いないレーザー脱離イオン化質量分析(DIOS法)をより正確かつ安定して実施することができるという効果を奏する。
【0127】
上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットにおいて、隣接する各凹部の間隔は、1nm以上30μm未満となっていることが好ましい。隣接する各凹部の間隔が薄すぎる(すなわち、1nm未満である)場合、試料ターゲットの構造が弱くなってしまうという問題が発生する。逆に、隣接する各凹部の間隔が広すぎる(すなわち、30μm以上である)場合、イオン化の効率が低下してしまうという問題が発生する。それゆえ、隣接する各凹部の間隔は、上述のような範囲内にあることが好ましい。なお、イオン化効率をより向上させるためには、光のエネルギーを捉える単位面積当たりの効率を上げる必要がある。そこで、隣接する各凹部の間隔は、200nm未満であることがより好ましい。
【0128】
上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットにおいて、上記凹部の幅は、1nm以上30μm未満となっていることが好ましい。また、本発明の試料ターゲットにおいて、上記凹部の深さは、1nm以上30μm未満となっていることが好ましい。
【0129】
上記の構成によれば、例えば、337nmの窒素レーザーなどのような数百nmオーダーの紫外領域のレーザー光のエネルギーを捕えやすく、良好なイオン化効率を得ることができる。
【0130】
また、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットにおいて、上記凹部は溝または穴であってもよい。そして、本発明の試料ターゲットにおいて、上記凹部が溝である場合、当該凹部の繰返しが、異なる方向に形成された溝同士を交差した構造となっていてもよい。また、本発明の試料ターゲットにおいて、上記凹部が穴である場合、当該穴が円柱状または角柱状の形状を有していてもよい。
【0131】
また、本発明の試料ターゲットにおける少なくとも試料保持面の材質は半導体であることが好ましい。また、本発明の試料ターゲットは、その全体が半導体などの単一の素材で形成されたものであってもよいが、試料保持面を形成する層と、上記試料保持面とが異なる材質で構成され試料保持面の土台となる基板とが積層された多層構造体であってもよい。この場合、例えば、上記試料保持面を半導体で形成し、上記基板を金属などで形成することができる。さらに、この多層構造体の範疇には、例えば半導体からなる基板表面上に金属の被膜が施されることによって試料保持面を形成しているような被覆構造体も含まれる。また、上記試料保持面を構成する半導体は、シリコンであることが好ましい。
【0132】
上記の構成によれば、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とするレーザー脱離イオン化質量分析において、試料のイオン化の効率をさらに向上させることができるという効果を奏する。
【0133】
本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程を含むことを特徴としている。
【0134】
上記の構成によれば、試料ターゲットの試料保持面を金属で被覆することで、マトリックスを用いずに試料のイオン化を可能とするレーザー脱離イオン化質量分析において、試料をより効率的かつ安定的にイオン化することができる試料ターゲットを簡便に製造することができる。
【0135】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、上記試料保持面の表面を金属で被覆する工程の前に、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に1nm以上30μm未満の間隔、および、30μm未満の幅を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成することが好ましい。
【0136】
また、本発明にかかる試料ターゲットの製造方法は、レーザー光の照射により試料をイオン化して質量分析するときに、試料を保持するために用いられ、ナノメートルないし数十マイクロメートルオーダーの微細な凹凸構造を有する表面を試料保持面として備えている試料ターゲットの製造方法であって、リソグラフィー技術を用いて、基板の表面に1nm以上30μm未満の間隔、および、30μm未満の幅を有する凹部を規則的に繰り返し形成することによって、当該表面に試料保持面を形成する構成を備えていてもよい。
【0137】
また、上記試料保持面の凹凸構造が、複数の凹部を規則的に形成した構造となっている試料ターゲットの製造方法においては、上記リソグラフィー技術として、電子ビーム描画装置を用いて上記凹部を形成してもよい。上記リソグラフィー技術のより具体的な方法としては、例えば、上記電子ビーム描画装置を用いて所定の形状に感光剤を塗布した後に、エッチングを行って凹部を形成するというものが挙げられる。なお、エッチングの種類としては、ドライエッチング、ケミカルエッチング、電解エッチングなどが挙げられるが、形成される凹部の深さを制御しやすいという理由で、ドライエッチング、ケミカルエッチングを採用することが好ましい。
【0138】
本発明にかかる質量分析装置は、上記いずれかの試料ターゲットを用いて質量分析を行うというものである。また、上記質量分析装置は、測定対象となる試料にレーザー光を照射することによって、当該試料をイオン化してその分子量を測定するレーザー脱離イオン化質量分析装置であることが好ましい。
【0139】
上記の構成によれば、本発明の質量分析装置は上記試料ターゲットを用いて質量分析を行うものであるため、試料のイオン化の効率性と安定性とを向上させることができる。それゆえ、上記の質量分析装置によれば、分析結果の正確性及び安定性を向上させることができる。
【実施例】
【0140】
本発明について、実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0141】
〔実施例1〕
本実施例では、スパッタリング法を用いて、DIOS試料ターゲットの試料保持面に、Ptを20nmの厚みで蒸着し、試料ターゲットを作製した。このPtで被覆した試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。以下にその手順および結果を説明する。
【0142】
DIOS試料ターゲット(米国、Mass Consortium社製)に、TFL-1000イオンスパッタリングデバイス(日本電子製)でPtを20ナノメートル蒸着した。図8に、用いたDIOS試料ターゲットの試料保持面における加工状態を走査型電子顕微鏡で断面から観察した断面図を示す。図8に示すように、用いたDIOS試料ターゲットの試料保持面における凹凸構造では、凹部の形状は一定ではなく、凹凸構造の隣接する各凹部又は各凸部の間隔は150nm程度、凹部の深さは約100~200nmであった。
【0143】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。測定対象となる試料として、1mg/mlの濃度のアンジオテンシンIの溶液を用い、試料ターゲットに0.2μl滴下し風乾させた。
【0144】
続いて、これらの試料ターゲットを飛行時間型質量分析計Voyager DE-Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、リフレクトロンモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。m/zの値が1297のアンジオテンシンI分子のプロトン付加のイオンのピーク面積を以下の表1に示す。なお、表中「レーザーパワー」とは、Voyager DE-Proのレーザー強度を示す数値である。
【0145】
【表1】
JP0004512589B2_000002t.gif
表1に示すように、本実施例において作製した試料ターゲットを用いた場合では、上記レーザーパワーが2000のときに、ピーク面積が287005であった。この結果より、Ptで被覆されているDIOS試料ターゲットでは、アンジオテンシンI分子のイオンを強く検出できることが確認された。この結果から、本実施例において作製された試料ターゲットを用いれば、試料のイオン化を良好に行うことができ、正確な質量分析を実施することができることがわかった。
【0146】
〔比較例1〕
試料ターゲットとして凹凸構造を有しないステンレス製の金属プレートを用いた点、及び試料保持面を金属で被覆しなかった点以外は、実施例1と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。その結果、表1に示すように、本比較例では、上記試料についてイオンを検出することができなかった。また、レーザーパワーを2700にあげても、上記試料についてイオンを検出することができなかった。
【0147】
〔比較例2〕
試料ターゲットとして凹凸構造を有しないシリコンウエハーを用いた点、及び試料保持面を金属で被覆しなかった点以外は、実施例1と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。その結果、表1に示すように、本比較例では、上記試料についてイオンを検出することができなかった。また、レーザーパワーを2700にあげても、上記試料についてイオンを検出することができなかった。
【0148】
〔比較例3〕
試料ターゲットの試料保持面を金属で被覆しなかった点以外は、実施例1と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。その結果、表1に示すように、本比較例では、上記試料についてイオンを検出することができなかった。また、レーザーパワーを2500にあげると、上記試料についてのイオンを検出することはできたが、ピーク面積はわずかに9735であった。また、レーザーパワーが2500を超えるとDIOS表面の凹凸構造が破壊され、DIOSターゲットの再利用が困難になった。
【0149】
〔比較例4〕
試料ターゲットとして凹凸構造を有しないステンレス製の金属プレートを用いた点以外は、実施例1と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。その結果、表1に示すように、本比較例では、上記試料についてイオンを検出することはできたが、ピーク面積は8352とイオン強度は小さかった。
【0150】
〔比較例5〕
試料ターゲットとして凹凸構造を有しないシリコンウエハーを用いた点以外は、実施例1と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。その結果、表1に示すように、本比較例では、上記試料についてイオンを検出することはできたが、ピーク面積は10792とイオン強度は小さかった。
【0151】
以上の結果から、本発明にかかる試料ターゲットにおいて、微細な凹凸構造を有する試料保持面への金属の被覆は、試料をイオン化する上で重要な役割を果たすことが確認された。
【0152】
〔実施例2〕
本実施例では、スパッタリング法を用いて、多孔性プラスチックPorexに、Ptを20nmの厚みで蒸着し、試料ターゲットを作製した。このPtで被覆した試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。以下にその手順および結果を説明する。
【0153】
米国POREX TECHNOLOGIES社製多孔性プラスチックPorexにTEL-1000イオンスパッタリングデバイス(日本電子製)でPtを20ナノメートル蒸着した。図9に示すように、用いた多孔性プラスチックは800ナノメートル~5マイクロメートル程度の不規則な多孔構造であった。
【0154】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。測定対象となる試料として、1mg/mlの濃度のアンギオテンシンIの溶液を用い、試料ターゲットに0.5μl滴下し風乾させた。
【0155】
続いて、これらの試料ターゲットを飛行時間型質量分析計Voyager DE-Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、リフレクトロンモードでレーザー脱離イオン化による質量分析を行った。レーザーパワー2150で、m/zの値が1297のアンギオンシンI分子のプロトン付加の強いイオン(ピーク面積223000)が検出できた。
【0156】
〔比較例6〕
試料ターゲットの試料保持面を金属で被覆しなかった点以外は、実施例2と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行ったが、レーザーパワーをいくら上げてもイオンは全く得られなかった。
【0157】
〔実施例3〕
本実施例では、スパッタリング法を用いて、No.400のサンドペーパーで擦って表面処理したスライドガラスに、Ptを20nmの厚みで蒸着し、試料ターゲットを作製した。このPtで被覆した試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。以下にその手順および結果を説明する。
【0158】
松浪硝子工業製スライドガラスを、No.400のサンドペーパーで擦って表面処理した。その上にTEL-1000イオンスパッタリングデバイス(日本電子製)でPtを20ナノメートル蒸着した。表面は、100ナノメートル~2マイクロメートル程度の不規則な多孔構造であった。
【0159】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。1ミリグラム/ミリリットルの濃度の非イオン型界面活性剤TRITON X-100(ICNバイオメディカル社製)のテトラヒドロフラン溶液を0.5マイクロリットル、試料ターゲットに滴下し、風乾させた。
【0160】
続いて、試料ターゲットを飛行時間型質量分析計Voyager DE-Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、リフレクトロンモードでレーザー脱離イオン化による質量分析を行った。レーザーパワー1600でTRITON X-100のNa付加の分子イオンが強い強度で検出できた。m/z625のピーク高さは30000であった。
【0161】
〔比較例7〕
試料ターゲットとして試料保持面を金属で被覆しなかった試料ターゲットを用いた点以外は、実施例3と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。試料のイオン化はできたが、レーザーパワーが2400とかなり高く、しかもイオン強度は弱かった。m/z625のピーク高さは2000であった。
【0162】
〔比較例8〕
試料ターゲットとして試料保持面をサンドペーパーによる表面処理をしなかった試料ターゲットを用いた点以外は、実施例3と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行ったが、試料に関するイオンは得られなかった。
【0163】
〔比較例9〕
試料ターゲットとして試料保持面をサンドペーパーによる表面処理も金属蒸着もしなかった試料ターゲットを用いた点以外は、実施例3と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行ったが、試料に関するイオンは得られなかった。
【0164】
〔実施例4〕
本実施例では、スパッタリング法を用いて、複数の凹部が規則的に形成されたSiO基板の試料保持面に、Ptを20nmの厚みで蒸着し、試料ターゲットを作製した。このPtで被覆した試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。以下にその手順および結果を説明する。
【0165】
山中セミコンダクター製のSiO基板をhexamethyldisilazaneで処理し、その後電子線レジストZEP520(日本ゼオン)をスピンコートし、180℃でプリベークし、エリオニクス社製電子線描画装置ELS-770を用いて電子線露光を行った。ZED-N50(日本ゼオン)にて現像、ZMD-B(日本ゼオン)にてリンスを行い、レジストパターンを作製した。アルバック製MB-02-5002を用いNiの電子線蒸着をレジストパターン上に行い、ZDMAC(日本ゼオン)にてレジストを剥離し、Niマスクを作製した。その後リアクティブイオンエッチング(RIE)装置RIE-10NR(SAMCO)にてドライエッチングを行い、SiOパターンを形成した。そのうえに日本電子製TFL-1000イオンスパッタリングデバイスでPtを20ナノメートル蒸着した。
【0166】
一片が約0.6mmの正方形部分を、凸部分が約150ナノメートル、凹部分が約150ナノメートル、深さが200ナノメートルの溝構造に加工した試料ターゲットが得られた。同じものを12個作成した。
【0167】
1ミリグラム/ミリリットルの濃度の非イオン型界面活性剤TRITON X-100(ICNバイオメディカル社製)および平均分子量700のポリプロピレングリコール(和光純薬製)のテトラヒドロフラン溶液を0.5マイクロリットル、試料ターゲットに滴下し、風乾させた。
【0168】
続いて、アプライドバイオシステムズ社製の飛行時間型質量分析計Voyager DE-Proを用いて、リフレクトロンモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析測定を行った。
【0169】
本実施例において用いた試料ターゲットでは、TRITON X-100およびポリプロピレングリコールの試料イオンが強く検出できた。また、TRITON X-100のm/z625のピーク高さの平均値及び標準偏差は、平均値20000、標準偏差2300であり、スペクトルの再現性が良いことが確認された。
【0170】
〔実施例5〕
本実施例では、電子線リソグラフィー法を用いてシリコンウエハー上に微細な凹凸構造を形成し、試料ターゲットを作製した。さらに本実施例では、その試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。以下にその手順および結果を説明する。
【0171】
三菱住友シリコン製の抵抗率が0.008~0.02Ωcmのシリコンウエハー上に、住友化学製のレジスト(NEB22)を塗布し、日本電子製電子ビーム描画装置JBX-5000SIにより電子線を照射した後に、シプレー社製のMFCD-26で処理しレジストの微細構造を作製した。続いて、ULVAC社製のNLDエッチング装置NLD-800を用いて、ドライエッチング法でエッチングし、シリコンウエハー上に微細構造を形成した。
【0172】
上記の手順によって、一辺が約0.6mmの正方形部分を、凸部分の幅(すなわち、凹部分の間隔)が約150nm、凹部分の幅が約170nmであり、溝(凹部分)の深さが約150nmの溝構造に加工した試料ターゲットが得られた。このような試料ターゲットは12個作製された。ここで得られた試料ターゲットの表面構造を、日本電子製走査型電子顕微鏡JSM-5310を用いて観察したところ、図1に示すような溝構造が確認された。
【0173】
次に、得られた試料ターゲットを用いてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。ここでは、測定対象となる試料として、1mg/mlの濃度の非イオン型界面活性剤TRITON X-100(ICNバイオメディカル社製)、および、平均分子量700のポリプロピレングリコール(和光純薬製)のテトラヒドロフラン溶液を用いた。各試料を上記の方法で作製した試料ターゲットにそれぞれ0.5μlずつ滴下し、風乾させた。
【0174】
続いて、これらの試料ターゲットを飛行時間型質量分析計Voyager DE-Pro(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、リフレクトロンモードでレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0175】
その結果、本実施例において作製した12個の試料ターゲットの全てにおいて、TRITON X-100およびポリプロピレングリコールの両方の試料のイオンを強く検出できることが確認された。なお、今回の質量分析によって得られたTRITON X-100のマススペクトルを図5に示し、ポリプロピレングリコールのマススペクトルを図6に示す。この結果から、本実施例において作製された試料ターゲットを用いれば、試料のイオン化を良好に行うことができ、正確な質量分析を実施することができることがわかった。
【0176】
〔比較例10〕
一方、比較例10として図7に示す従来のDIOS用試料ターゲットを用いて、実施例5と同様の手順で上記各試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行った。
【0177】
なお、DIOS用試料ターゲットは、上記文献6を参考にして作製した。具体的には、三菱住友シリコン製の抵抗率が0.008~0.02Ωcmのシリコンウエハーを用い、電解エッチング法により作製した。46%フッ化水素酸(和光純薬製)とエタノール(和光純薬製)の等量混合液を電解液として用い、250Wの白熱灯を15cmの距離から照射しながら、電流密度を8mA/cm2、エッチングの時間を2分としてエッチングを行った。エッチング後、このDIOS用試料ターゲットをエタノールで洗浄した。作製した試料ターゲットはエタノール中で保存した。同じ条件で12個のDIOS用試料ターゲットを作製した。日本電子製操作型電子顕微鏡JSM-6700Fを用いて測定した表面構造を図7に示す。
【0178】
その結果、比較例10では、作製した12個の試料ターゲットの全てにおいて、実施例5と同様に、TRITON X-100およびポリプロピレングリコールの両方の試料のイオンを強く検出できることが確認された。しかし、実施例5の試料ターゲットと比較例10の試料ターゲットにおいて、TRITON X-100のm/z625のイオンのピーク高さの平均値及び標準偏差を比較したところ、実施例5では平均値15000、標準偏差2000であるのに対し、比較例10では平均値15100、標準偏差6500であり、イオン強度にほとんど差がないにもかかわらず、比較例10に比べて、実施例5の方がスペクトルの再現性が良いことが確認された。この結果から、本実施例の試料ターゲットは、比較例10の試料ターゲットに比べて、得られる分析結果の安定性を向上させることができると言える。
【0179】
〔比較例11〕
試料ターゲットとして微細な凹凸構造を有していない金属プレートの試料ターゲットを用いた点以外は、実施例5と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行ったが、試料に関するイオンを検出することができなかった。
【0180】
〔比較例12〕
試料ターゲットとして微細な凹凸構造を有していないシリコンウエハーの試料ターゲットを用いた点以外は、実施例5と同様の手順で上記試料についてレーザー脱離イオン化法による質量分析を行ったが、試料に関するイオンを検出することができなかった。
【0181】
以上の結果から、本発明にかかる試料ターゲットにおいて、その試料保持面に形成された微細で規則的な凹凸構造は、試料をイオン化する上で重要な役割を果たすことが確認された。
【0182】
本発明は上述した実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0183】
本発明の試料ターゲットによれば、レーザー脱離イオン化質量分析法において、マトリックスを用いることなくイオン化することが可能であるとともに、DIOS法で用いられていた従来の試料ターゲットと比較して試料のイオン化効率の向上及び安定したイオン化を実現することが可能である。
【0184】
レーザー脱離イオン化質量分析法は、生体高分子や内分泌撹乱物質、合成高分子、金属錯体などの質量分析法として、現在幅広い分野で活用されている。本発明の試料ターゲットは、このレーザー脱離イオン化質量分析をより正確かつ安定して実施するために有効な材料であるため、本発明の利用可能性は高いと言える。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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