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明細書 :光学異性体識別用分子探針、ならびに光学異性体の識別装置および識別方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5105541号 (P5105541)
公開番号 特開2009-294082 (P2009-294082A)
登録日 平成24年10月12日(2012.10.12)
発行日 平成24年12月26日(2012.12.26)
公開日 平成21年12月17日(2009.12.17)
発明の名称または考案の名称 光学異性体識別用分子探針、ならびに光学異性体の識別装置および識別方法
国際特許分類 G01Q  60/16        (2010.01)
FI G01Q 60/16 101
G12B 1/00 601B
請求項の数または発明の数 6
全頁数 17
出願番号 特願2008-148003 (P2008-148003)
出願日 平成20年6月5日(2008.6.5)
審査請求日 平成23年4月19日(2011.4.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】西野 智昭
【氏名】梅澤 喜夫
個別代理人の代理人 【識別番号】110001047、【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
【識別番号】100107191、【弁理士】、【氏名又は名称】長濱 範明
審査官 【審査官】谷垣 圭二
参考文献・文献 特開2001-249102(JP,A)
Angelika Kuhnle et al.,Chiral recognition in dimerization of adsorbed cysteine observed by scanning tunnelling microscopy.,Nature,2002年 2月21日,415(6874),891-893
Hongbin Fang et al.,Direct Determination of the Chirality of Organic Molecules by Scanning TunnelingMicroscopy,J. Phys. Chem. B,1998年 8月29日,102,7311-7315
西野 智昭 他,分子探針を用いる走査型トンネル顕微鏡,分析化学,2005年 8月31日,54(6),417-426
梅澤 喜夫,分子認識センサー,日本油化学会誌,2000年10月20日,49(10),1233-1244
調査した分野 G01Q 10/00-90/00
G01N 27/00-27/92
特許請求の範囲 【請求項1】
金属探針と該金属探針の先端部に吸着せしめたR体およびS体のうちのいずれか一方のキラル化合物とを備える分子探針と、
前記分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめる手段と、
前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定する手段とを、
備えることを特徴とする光学異性体の識別装置。
【請求項2】
前記分子探針において、前記キラル化合物が硫黄原子を含む官能基を備えるものであり、且つ該硫黄原子が前記金属探針の先端部に結合していることを特徴とする請求項に記載の光学異性体の識別装置。
【請求項3】
前記分子探針において、前記キラル化合物が、ジニトロフェニル基、アミノ基およびカルボニル基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を備えるものであることを特徴とする請求項またはに記載の光学異性体の識別装置。
【請求項4】
金属探針と該金属探針の先端部に吸着せしめたR体およびS体のうちのいずれか一方のキラル化合物とを備える分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめ、前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定して、前記固体試料表面上の光学異性体を識別することを特徴とする光学異性体の識別方法。
【請求項5】
前記分子探針において、前記キラル化合物が硫黄原子を含む官能基を備えるものであり、且つ該硫黄原子が前記金属探針の先端部に結合していることを特徴とする請求項に記載の光学異性体の識別方法。
【請求項6】
前記分子探針において、前記キラル化合物が、ジニトロフェニル基、アミノ基およびカルボニル基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を備えるものであることを特徴とする請求項またはに記載の光学異性体の識別方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、光学異性体識別用分子探針、ならびに光学異性体の識別装置および識別方法に関し、より詳しくは、金属探針にキラル化合物を吸着せしめた分子探針、この分子探針を備える光学異性体の識別装置およびそれを用いた光学異性体の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学異性体は、医療、農薬、エレクトロニクスなど様々な分野において用いられている。従来においては、このような光学異性体の識別は、結晶状態や溶液状態において、X線回折法(XRD)や円偏光二色性分光法(CD)、核磁気共鳴分光法(NMR)などの方法により行なわれていた。
【0003】
近年、光学異性体を固体表面に固定化する方法が提案されており、このような固体表面への光学異性体の固定化は、触媒や電極などの機能性界面の創製への応用が期待されている。このような固体表面に固定化された光学異性体は、その評価などを行なう上で、分子レベルで不斉認識する必要がある、しかしながら、上述したような従来の光学異性体の識別方法を、固体表面に固定化された光学異性体の識別に適用することは困難であり、固体表面上の光学異性体を分子レベルで不斉認識する方法の開発が求められている。
【0004】
一方、固体表面上の化合物を分子レベルで識別する方法としては、国際公開第2006/070946号パンフレット(特許文献1)およびT.Oshiroら、PNAS、2006年1月3日発行、103巻、1号、10~14ページ(非特許文献2)において、核酸塩基を固定化した固体試料表面と、前記核酸塩基に対して相補性を有する核酸塩基を備える分子探針との間に流れるトンネル電流を測定して、前記固体表面上の核酸塩基を分子レベルで識別する方法が開示されている。この方法では、固体試料表面の核酸塩基に対して相補性を有する核酸塩基を備える分子探針を適宜選択する必要がある。

【特許文献1】国際公開第2006/070946号パンフレット
【非特許文献1】T.Oshiroら、PNAS、2006年1月3日発行、103巻、1号、10~14ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、固体表面に固定化された光学異性体の識別を可能とする光学異性体の識別装置および識別方法、ならびにこれらに用いられる光学異性体識別用分子探針を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、金属探針の先端部にR体およびS体のうちのいずれか一方のキラル化合物が吸着している分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめた場合に、前記分子探針と前記光学異性体との間にキラル選択的に異なる大きさのトンネル電流が流れることを見出し、さらにこのトンネル電流の変化を測定することにより、前記固体試料表面の光学異性体を識別できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の光学異性体の識別装置は金属探針と該金属探針の先端部に吸着せしめたR体およびS体のうちのいずれか一方のキラル化合物とを備える分子探針と、
前記分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめる手段と、
前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定する手段とを、
備えることを特徴とするものである。
【0009】
さらに、本発明の光学異性体の識別方法は、金属探針と該金属探針の先端部に吸着せしめたR体およびS体のうちのいずれか一方のキラル化合物とを備える分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめ、前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定して、前記固体試料表面上の光学異性体を識別することを特徴とする方法である。
【0010】
前記分子探針において、前記キラル化合物としては硫黄原子を含む官能基を備えるものが好ましく、この硫黄原子は前記金属探針の先端部に結合していることが好ましい。また、前記キラル化合物としては、ジニトロフェニル基、アミノ基およびカルボニル基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を備えるものが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、固体表面に固定化された光学異性体を識別とすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0013】
<分子探針>
先ず、本発明の光学異性体識別用分子探針について説明する。本発明の光学異性体識別用分子探針は、金属探針と該金属探針の先端部に吸着せしめたR体およびS体のうちのいずれか一方のキラル化合物とを備えることを特徴とするものである。
【0014】
このような分子探針における金属探針としては、例えば、走査型トンネル顕微鏡に用いられる金線、白金線、白金イリジウム線、タングステン線などの金属探針が挙げられる。このような金属探針は、NaCl、NaOHまたはKCNなどを含む水溶液中において電気エッチングを施した後、超音波浴中やピラニア溶液中で洗浄処理を施すことが好ましい。これにより、単分子などごく微小な領域においてもトンネル電流を高確度で検出できる尖鋭かつ清浄な金属探針を作製することができる。
【0015】
トンネル電流の測定を水溶液中において実施する場合には、金属探針は非導電性材料を用いてその先端以外を被覆し絶縁することが好ましい。これにより、充電電流やファラデー電流などのトンネル電流以外のノイズ電流を低減することができる。被覆に用いる非導電性材料としては、ポリジメチルシロキサンなどの合成樹脂が挙げられるが、商用の真空グリースやマニキュアを用いることもできる。
【0016】
本発明に用いられる金属探針の直径は0.2~0.3mmであることが好ましい。金属探針の直径が前記下限未満になると固体試料の表面上を走査する際に分子探針が弾性変形しやくすなる傾向にあり、他方、前記上限を超えると先端が尖鋭化できずトンネル電流検出の確度が低下する傾向にある。
【0017】
本発明の分子探針は、このような金属探針の少なくとも先端部にキラル化合物を吸着せしめたものである。前記キラル化合物としては、金属に対して吸着性を示すものが用いられ、中でも金属に対して反応可能な官能基を備えるものが好ましい。このような金属に対して反応可能な官能基を備えるキラル化合物は、金属探針から脱離しにくく、性能が安定した分子探針を得ることができる。このような官能基としては、硫黄原子、セレン原子、シアノ基、カルボキシ基を含むものが好ましく、自発的に金属と結合し、容易にキラル分子探針を製造できるという観点から、チオール基が特に好ましい。
【0018】
また、本発明に用いられるキラル化合物としては、アミノ基、カルボニル基、水酸基、カルボキシ基などの水素結合性の官能基、およびジニトロフェニル基、ナフチル基などの電子受容性または供与性の官能基のうちの少なくとも1種の官能基を備えるものが好ましい。このような官能基を備えるキラル化合物は、対象とする光学異性体に対してキラル選択的な相互作用を示し、前記光学異性体を明確に識別することができる。
【0019】
このようなキラル化合物としては、例えば、下記式(1):
【0020】
【化1】
JP0005105541B2_000002t.gif

【0021】
で表される(S)-キラル化合物、下記式(2):
【0022】
【化2】
JP0005105541B2_000003t.gif

【0023】
で表される(R)-キラル化合物、
N-アシル化アミノ酸などの金属と反応可能な官能基を備えるアミノ酸誘導体、およびシクロデキストリンが挙げられる。これらのうち、多くの種類の光学異性体の識別が可能であるという観点から、ジニトロフェニル基、アミノ基およびカルボニル基を備えるキラル化合物が好ましく、前記式(1)で表される(S)-キラル化合物および前記式(2)で表される(R)-キラル化合物が特に好ましい。
【0024】
本発明の光学異性体識別用分子探針は、前記金属探針の少なくとも先端部にR体およびS体のうちのいずれか一方の前記キラル化合物を吸着させることによって製造することができる。吸着させるキラル化合物のR体およびS体は、不斉識別する光学異性体の構造(例えば、R体またはS体、D体またはL体)によって選択される。
【0025】
キラル化合物は、例えば、吸着させるキラル化合物を含む溶液に金属探針を浸漬することによって金属探針に吸着させることができる。前記溶液に用いられる溶媒としては、エタノール、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、ヘキサンなどの有機溶媒、および水が挙げられる。使用する溶媒は、使用するキラル化合物の溶解性を考慮して適宜選択される。
【0026】
前記溶液中のキラル化合物の濃度は0.05~10mmol/Lが好ましい。キラル化合物の濃度が前記下限未満になると十分な量のキラル化合物が金属探針に吸着せず、分子探針が十分な識別能を示さない傾向にあり、他方、前記上限を超えると過剰なキラル化合物が溶液中に残存し、経済性に劣る傾向にある。
【0027】
金属探針を浸漬する際の溶液の温度は特に限定されないが、反応によりキラル化合物を金属探針の表面に吸着させる場合には、前記反応が進行する温度、例えば20~80℃が好ましい。また、チオール基を備えるキラル化合物を吸着させる場合には、チオール基が自発的に金属と反応するため、特に加熱処理を必要とせず、室温で金属探針を、チオール基を備えるキラル化合物を含む溶液に浸漬することによってチオール基の硫黄原子が金属探針の表面に結合し、前記キラル化合物を金属探針に化学吸着させることができる。金属探針の浸漬時間は特に制限されないが、例えば、1~12時間が好ましい。
【0028】
このようにしてキラル化合物を吸着させた金属探針を適当な溶媒で洗浄して、余分なキラル化合物を除去し、不活性ガス中で乾燥させることにより本発明の光学異性体識別用分子探針を得ることができる。
【0029】
<光学異性体の識別装置>
次に、本発明の光学異性体の識別装置について説明する。本発明の光学異性体の識別装置は、本発明の光学異性体識別用分子探針と、前記分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめる手段と、前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定する測定手段とを備えるものである。
【0030】
このような光学異性体の識別装置としては、従来の走査型トンネル顕微鏡において金属探針の代わりに本発明の光学異性体識別用分子探針を使用したものが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0031】
本発明の光学異性体の識別装置においては、前記分子探針は、その先端部が前記固体試料表面(光学異性体が固定された面)に対向し、且つこの固体試料の表面上を走査可能なようにx軸方向およびy軸方向に駆動可能な状態で配置されている。また、この分子探針は、前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定する手段と電気的に接続されている。このトンネル電流測定手段としては、従来の走査型トンネル顕微鏡において用いられるものが挙げられるが、分子探針と光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定できるものであれば特に限定されない。
【0032】
本発明において、光学異性体を備える前記固体試料には、通常、バイアス電圧が印加されている。このため、表面に光学異性体を備える固体試料としては、導電性を有する基材の表面に光学異性体を固定化したものを用いることが好ましい。このような基材としては従来の走査型トンネル顕微鏡において用いられるものが使用可能であり、例えば、金属基材や、非導電性基材の表面を導電性材料で被覆したものなどが挙げられる。このような基材としては、金、銀、銅、白金、ニッケル、グラファイトなどの金属基材および半金属基材;金被覆マイカ、金被覆ガラスなどの金属被覆基材が挙げられる。
【0033】
<光学異性体の識別方法>
次に、本発明の光学異性体の識別方法について説明する。本発明の光学異性体の識別方法は、本発明の光学異性体識別用分子探針を、表面に光学異性体を備える固体試料の表面上に走査せしめ、このとき、前記分子探針と前記光学異性体との間に流れるトンネル電流を測定することによって、前記固体試料表面上の光学異性体を識別する方法である。このような光学異性体の識別は、上述したような本発明の光学異性体の識別装置を用いて実施することができる。
【0034】
先ず、本発明の光学異性体識別用分子探針と、表面に光学異性体を備える固体試料とを、前記分子探針の先端部が前記固体試料表面(光学異性体が固定された面)に対向するように光学異性体の識別装置に装着する。その後、固体試料にバイアス電圧(通常、その絶対値で0.1~1.5V)を印加し、所定の条件で前記分子探針を前記固体試料の表面上に走査させる。このとき、分子探針に吸着されたR体またはS体のキラル化合物は、固体試料の表面の一方の光学異性体に対して強い相互作用を示し、他方の光学異性体に対しては有利な相互作用を示さない。このような相互作用の違いにより、分子探針と前者の光学異性体との間では大きなトンネル電流が検出されるが、後者の光学異性体との間ではトンネル電流の顕著な増大は観察されない。したがって、このトンネル電流の大きさを測定することによって、トンネル電流の大小を指標として光学異性体を識別することが可能となる。
【0035】
さらに、固体試料表面の各地点において前記トンネル電流を測定してその大きさをマッピングすることによって固体試料表面の光学異性体の分布を可視化することが可能となる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
(キラル化合物の合成例)
テトラヒドロフラン中、プロピレンオキシド存在下、室温でS-トリチル-D-システインとジニトロベンゾイルクロリドとを混合、攪拌してN-(3,5-ジニトロベンゾイル)-S-トリチル-L-システインを得た。これを、N-エトキシカルボニル-2-エトキシ-1,2-ジヒドロキノリンを縮合剤として用い、ジクロロメタン中、室温でn-プロピルアミンと混合、撹拌してN-(3,5-ジニトロベンゾイル)-S-トリチル-L-システイン n-プロピルアミドを得た。これを、ジクロロメタン中、室温でトリエチルシランおよびトリフルオロ酢酸と混合、撹拌して下記式(1):
【0038】
【化3】
JP0005105541B2_000004t.gif

【0039】
で表される(S)-キラル化合物を得た。
【0040】
また、出発物質としてS-トリチル-D-システインの代わりにS-トリチル-L-システインを用いた以外は上記と同様の反応によって下記式(2):
【0041】
【化4】
JP0005105541B2_000005t.gif

【0042】
で表される(R)-キラル化合物を得た。
【0043】
(実施例1)
<分子探針の製造>
金線((株)ニラコ製、直径0.25mm)に、3mol/LのNaCl水溶液中、10V交流条件で電気化学エッチングを施し、次いで超音波浴中またはピラニア溶液中で洗浄処理を施してSTM金属探針を得た。
【0044】
このSTM金属探針を、前記式(1)で表される(S)-キラル化合物を含むエタノール溶液(濃度5mmol/L)中に室温で12時間浸漬した後、エタノールで洗浄し、さらにアルゴン気流中で乾燥して、前記式(1)で表される(S)-キラル化合物を前記STM金属探針の表面に備える分子探針(以下、「(S)-キラル分子探針」という。)を得た。この(S)-キラル分子探針の先端部の模式図を図1に示す。
【0045】
<固体試料の調製>
マイカを830Kで加熱し、約2.0×10-4Paの条件で金原子をマイカ表面に真空蒸着させ、エピタキシャル成長により金(111)薄膜をマイカ表面に形成した。得られた金薄膜を830Kで10時間アニーリングし、金薄膜表面上に巨大テラスを形成した。
【0046】
前記マイカ上の金薄膜に、水素-酸素炎を用いたアニーリングを施して不純物を除去した(以下、これを「金基材」という。)。この金基材を、下記式(3):
【0047】
【化5】
JP0005105541B2_000006t.gif

【0048】
で表されるD-システインを含む水溶液(濃度2.5mmol/L)中に室温で12時間浸漬して、金薄膜表面にD-システインを固定化した。その後、金基材をD-システイン水溶液から取り出して水で洗浄し、金薄膜表面の過剰なD-システインを除去した後、アルゴン気流中で乾燥し、D-システインを備える固体試料(以下、「D-システイン試料」という。)を得た。
【0049】
また、D-システインの代わりに下記式(4):
【0050】
【化6】
JP0005105541B2_000007t.gif

【0051】
で表されるL-システインを含む水溶液(濃度2.5mmol/L)を用いた以外は、上記と同様にしてL-システインを備える固体試料(以下、「L-システイン試料」という。)を得た。
【0052】
<STM測定>
先ず、走査型トンネル顕微鏡(デジタルインスツルメンツ社製「Nanoscope E」)に前記(S)-キラル分子探針および前記D-システイン試料を装着した。その後、室温、バイアス電圧-200mV(試料側陰極)、トンネル電流750pAの条件で、大気中でSTM測定を実施した。次に、前記D-システイン試料の代わりに前記L-システイン試料を装着した以外は、上記と同様にしてSTM測定を実施した。
【0053】
図2Aおよび図2Bにはそれぞれ、D-システイン試料のSTM像およびL-システイン試料のSTM像を示す。図中の明部はトンネル電流値が高い部分であり、その部分にD-またはL-システインが固定化されていることを示している。また、図2Cには、図2Aおよび図2Bに示したSTM像の断面図を示す。
【0054】
図2Aおよび図2Bに示した結果から、D-システイン試料およびL-システイン試料について(S)-キラル分子探針を用いてSTM測定した場合のトンネル電流の平均値を求めた。その結果を図3に示す。
【0055】
(実施例2)
<分子探針の製造>
前記(S)-キラル化合物の代わりに前記式(2)で表される(R)-キラル化合物を含むエタノール溶液(濃度5mmol/L)を用いた以外は、実施例1と同様にして前記式(2)で表される(R)-キラル化合物を前記STM金属探針の表面に備える分子探針(以下、「(R)-キラル分子探針」という。)を製造した。
【0056】
<STM測定>
前記(S)-キラル分子探針の代わりに前記(R)-キラル分子探針を用いた以外は、実施例1と同様にしてD-システイン試料およびL-システイン試料についてそれぞれSTM測定を実施した。図3には、D-システイン試料およびL-システイン試料について(R)-キラル分子探針を用いてSTM測定した場合のトンネル電流の平均値を示す。
【0057】
(比較例1)
<STM測定>
前記(S)-キラル分子探針の代わりに実施例1に記載のSTM金属探針を用いた以外は、実施例1と同様にしてD-システイン試料およびL-システイン試料についてそれぞれSTM測定を実施した。図3には、D-システイン試料およびL-システイン試料についてSTM金属探針を用いてSTM測定した場合のトンネル電流の平均値を示す。
【0058】
(参考例1)
<固体試料の調製>
D-システインの代わりに下記式(5):
【0059】
【化7】
JP0005105541B2_000008t.gif

【0060】
で表される3-メルカプトプロピオン酸を含む水溶液(濃度2.5mmol/L)を用いた以外は、実施例1と同様にして3-メルカプトプロピオン酸を備える固体試料(以下、「3-メルカプトプロピオン酸試料」という。)を得た。
【0061】
<STM測定>
前記D-システイン試料の代わりに前記3-メルカプトプロピオン酸試料を用いた以外は、実施例1~2および比較例1と同様にして前記(R)-キラル分子探針、前記(S)-キラル分子探針または前記STM金属探針を用いてSTM測定を実施した。図4には、3-メルカプトプロピオン酸試料について(R)-キラル分子探針、(S)-キラル分子探針またはSTM金属探針を用いてSTM測定した場合のトンネル電流の平均値を示す。
【0062】
図3に示した結果から明らかなように、本発明の(S)-キラル分子探針を用いてSTM測定を実施した場合(実施例1)には、D-システインに比べてL-システインにおいて大きなトンネル電流が検出され、(S)-キラル分子探針はL体を選択的に検出できることが確認された。また、本発明の(R)-キラル分子探針を用いてSTM測定を実施した場合(実施例2)には、L-システインに比べてD-システインにおいて大きなトンネル電流が検出され、(R)-キラル分子探針はD体を選択的に検出できることが確認された。一方、キラル化合物が吸着していないSTM金属探針を用いてSTM測定を実施した場合(比較例1)においては、L-システインとD-システインとの間でトンネル電流値の差は観察されず、STM金属探針ではD体とL体とを識別することは困難であった。
【0063】
また、図4に示した結果から明らかなように、システインと化学構造は類似するが、光学異性体ではない3-メルカプトプロピオン酸についてSTM測定を実施した場合には、いずれの分子探針においてもほぼ同じトンネル電流が検出された。
【0064】
以上に示した結果から明らかなように、キラル化合物を備える本発明の分子探針は光学異性体に対して特異的な相互作用を示し、光学異性体の識別に有効であることが確認された。
【0065】
(実施例3)
<固体試料の調製>
D-システイン水溶液の代わりにD-システインとL-システインの両方を含む水溶液(D体:1.25mmol/L、L体:1.25mmol/L)を用いた以外は、実施例1と同様にしてD-システインおよびL-システインを備える固体試料(以下、「D/L-システイン試料」という。)を得た。
【0066】
<STM測定>
前記D-システイン試料の代わりに前記D/L-システイン試料を用いた以外は、実施例1~2と同様にして前記(R)-キラル分子探針または前記(S)-キラル分子探針を用いてSTM測定を実施した。
【0067】
図5Aおよび5Bにはそれぞれ、(R)-キラル分子探針を用いた場合のD/L-システイン試料のSTM像、および(S)-キラル分子探針を用いた場合のD/L-システイン試料のSTM像を示す。図5A中の明部は、その部分にD-システインが存在していることを示し、図5B中の明部は、その部分にL-システインが存在していることを示している。
【0068】
(比較例2)
<STM測定>
前記(R)-キラル分子探針および(S)-キラル分子探針の代わりに前記STM金属探針を用いた以外は、実施例3と同様にして前記D/L-システイン試料についてSTM測定を実施した。図5Cには、STM金属探針を用いた場合のD/L-システイン試料のSTM像を示す。
【0069】
図5A~5Bに示した結果から明らかなように、固体試料表面にD-システインとL-システインが混在する場合においても、本発明の(R)-キラル分子探針および(S)-キラル分子探針を用いてSTM測定を実施することにより、それぞれD-システインとL-システインとを明確に識別できることが確認された(実施例3)。一方、図5Cに示した結果から明らかなように、キラル化合物が吸着していないSTM金属探針を用いた場合(比較例2)にはD/L-システイン試料中のD-システインとL-システインとを識別することは困難であった。
【0070】
(実施例4)
<分子探針の製造>
実施例1に記載のSTM金属探針を、ポリジメチルシロキサンを用いてその極先端部以外を被覆し、絶縁した(以下、「水溶液中測定用STM金属探針」という。)。
【0071】
STM金属探針の代わりにこの水溶液中測定用STM金属探針を用いた以外は、実施例2と同様にして、水溶液中測定用STM金属探針の表面に(R)-キラル化合物を備える分子探針(以下、「水溶液中測定用(R)-キラル分子探針」という。)を得た。
【0072】
<固体試料の調製>
実施例1に記載の金基材を下記式(6):
【0073】
【化8】
JP0005105541B2_000009t.gif

【0074】
で表される(R)-ビナフチルジアミンおよび下記式(7):
【0075】
【化9】
JP0005105541B2_000010t.gif

【0076】
で表される(S)-ビナフチルジアミンの飽和水溶液中に浸漬し、(R)-ビナフチルジアミンおよび(S)-ビナフチルジアミンを備える固体試料(以下、「(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料」という。)を得た。この(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料は、前記飽和水溶液から取り出さず、浸漬した状態でSTM測定に使用した。
【0077】
<STMの測定>
先ず、実施例1に記載の走査型トンネル顕微鏡に前記水溶液中測定用(R)-キラル分子探針および前記(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料を装着した。その後、室温、バイアス電圧-300mV(試料陰極側)、トンネル電流1.0nAの条件で、前記飽和水溶液中でSTM測定を実施した。図6Aには水溶液中測定用(R)-キラル分子探針を用いた場合の(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料のSTM像を示す。
【0078】
(比較例3)
<STMの測定>
前記水溶液中測定用(R)-キラル分子探針の代わりに実施例4に記載の水溶液中測定用STM金属探針を用いた以外は、実施例4と同様にして前記(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料についてSTM測定を実施した。図6Bには水溶液中測定用STM金属探針を用いた場合の(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料のSTM像を示す。
【0079】
図6Aおよび6Bに示した結果から明らかなように、キラル化合物が吸着していないSTM金属探針を用いた場合(比較例3)には、固体試料表面にはバタフライ状のビナフチルジアミンの二量体が観察されたが、(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料中の(R)-ビナフチルジアミンと(S)-ビナフチルジアミンとを識別することは困難であった。一方、本発明の(R)-キラル分子探針を用いた場合(実施例4)には、ビナフチルジアミンの二量体のうちの一方を識別することができ、固体試料表面に(R)-ビナフチルジアミンと(S)-ビナフチルジアミンが混在する場合においても、(R)-ビナフチルジアミンと(S)-ビナフチルジアミンとを明確に識別できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
以上説明したように、本発明によれば、固体表面に固定化された光学異性体を明確に識別することが可能となる。
【0081】
したがって、本発明の分子探針を備える光学異性体の識別装置は、固体表面に固定化された光学異性体の識別能に優れるため、触媒、エレクトロニクス材料、センサーなど表面に光学異性体を固定化した固体材料の分析装置などとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】実施例1で製造した(S)-キラル分子探針の先端部を示す模式図である。
【図2A】(S)-キラル分子探針を用いて測定したD-システイン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【図2B】(S)-キラル分子探針を用いて測定したL-システイン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【図2C】(S)-キラル分子探針を用いて測定したD-システイン試料およびL-システイン試料のSTM像の断面を示すグラフである。
【図3】D-システイン試料およびL-システイン試料について、STM金属探針、(S)-キラル分子探針、または(R)-キラル分子探針を用いて測定したトンネル電流の平均値を示すグラフである。
【図4】3-メルカプトプロピオン酸試料について、STM金属探針、(S)-キラル分子探針、または(R)-キラル分子探針を用いて測定したトンネル電流の平均値を示すグラフである。
【図5A】(R)-キラル分子探針を用いて測定したD/L-システイン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【図5B】(S)-キラル分子探針を用いて測定したD/L-システイン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【図5C】STM金属探針を用いて測定したD/L-システイン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【図6A】(R)-キラル分子探針を用いて測定した(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【図6B】STM金属探針を用いて測定した(R)/(S)-ビナフチルジアミン試料のSTM像を示す顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0083】
1…金属探針。
図面
【図2C】
0
【図3】
1
【図4】
2
【図1】
3
【図2A】
4
【図2B】
5
【図5A】
6
【図5B】
7
【図5C】
8
【図6A】
9
【図6B】
10