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明細書 :光造形法によって作製され細胞適合化処理を施された3次元物体

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5114362号 (P5114362)
公開番号 特開2010-104285 (P2010-104285A)
登録日 平成24年10月19日(2012.10.19)
発行日 平成25年1月9日(2013.1.9)
公開日 平成22年5月13日(2010.5.13)
発明の名称または考案の名称 光造形法によって作製され細胞適合化処理を施された3次元物体
国際特許分類 C12M   3/00        (2006.01)
C08J   7/00        (2006.01)
FI C12M 3/00 A
C08J 7/00 301
C08J 7/00 CEY
C08J 7/00 CFC
請求項の数または発明の数 3
全頁数 11
出願番号 特願2008-279411 (P2008-279411)
出願日 平成20年10月30日(2008.10.30)
審査請求日 平成21年5月11日(2009.5.11)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】生田幸士
【氏名】井上佳則
個別代理人の代理人 【識別番号】100099265、【弁理士】、【氏名又は名称】長瀬 成城
審査官 【審査官】平塚 政宏
参考文献・文献 特開2003-010312(JP,A)
J. Micromech. Microeng.,2007年,Vol.17,pp.147-153
日本コンピュータ外科学会誌,2008年12月30日,第10巻第4号,第507-512頁
調査した分野 C12M
C08J 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
光造形法により作製された3次元物体であって、前記物体は物体の少なくとも1つの部位のx、y、zのいずれかの寸法が少なくとも1mm未満の部分を有し、かつ物体の温度が物体の少なくともガラス転移温度を超えた場合に自重によって生じる変形を、寸法則の効果により減少させるものであり、
前記物体に後露光とポストベイキングの両者を併用したポストキュア処理を行うに際し、前記物体を約175°C~200°C、かつ6時間~24時間加熱する条件下でポストベイキングを行うことにより、前記ポストキュア処理された物体が少なくとも生体外において単離培養された細胞が前記物体表面で接触培養可能な細胞適合性を備えるよう無毒化されていることを特徴とする3次元物体。
【請求項2】
前記物体の成型材料は主剤をアクリレート、エポキシ、アクリレート・エポキシ複合体、オキセタンからなる群より選択される光硬化性物質から成形されていることを特徴とする請求項1に記載の3次元物体。
【請求項3】
前記物体を無毒化する際に、物体を紫外線によってさらに硬化させた後、少なくとも物体のガラス転移点温度にすることによって行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の3次元物体。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は光造形法が属する固体自由形状製造法分野、それに用いられる光硬化性材料分野、及び材料の細胞適合性付与分野の技術に関するものであり、特に物体が長期にわたり単離された細胞と接触しながら細胞適合性に関して無毒化された物体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マイクロ光造形法は光硬化性樹脂にレーザ照射して任意の立体的なマイクロ構造を作製可能な微細加工の手法である。1992年、本発明者である生田らにより世界で初めて5μmの3次元分解能が達成され(非特許文献1参照)、その後多くの研究が展開されてきた(非特許文献2参照)。さらにサブミクロンの分解能を有したナノ光造形法も開発されている。近年では微細流路内で化学反応や分析を行うμ-TAS やMEMSデバイスの開発に応用も試みられ始めている(非特許文献3~5参照)。
しかし、市販されている光造形樹脂には生体適合性がないため、生体や細胞に直接触れるデバイスには使用できないという根本的な問題があった(非特許文献6~8参照)。
この問題を解決するため、本発明者らは生体適合性を持ち、かつ十分な硬化特性と硬化精度を有する新規の光硬化性樹脂を開発する研究アプローチではなく、光硬化特性が保証され、特性が安定している市販のエポキシ系光造形樹脂に細胞適合性を付与するという、より汎用性と実用性にこだわった研究アプローチに挑戦した。
従来、光造形物が直接細胞や生体と接触する応用としては、以下の研究が存在する。
第1の研究は、細胞毒性の高い光重合開始剤を避け、caprolactoneやpoly(propylene fumarate)などの生分解性の高分子を素材に使用して光造形を行う手法である(非特許文献8~11参照)。この手法は樹脂の合成工程や調合工程が不可欠となる。さらに、再生医療用の生分解性の細胞の足場作製を目的にしているため、本研究の目的である非分解性のデバイスには適用できない。
第2の研究は、Polyethylene grycolなどのhydrogelを材料に細胞の足場を作製する手法である(非特許文献7、13参照)。hydrogelの表面や内部で細胞培養が可能であることが報告されているが、hydrogelは強度が低いため、デバイス作製には適用困難である。さらに、乾燥収縮に起因した加工精度の問題もあり本研究の目的を満たさない。
第3の研究は市販の光造形樹脂を用いて立体的な格子構造の表面に細胞を培養した研究がある。しかし平面構造での細胞培養には失敗している(非特許文献14)。
【0003】
1)非特許文献 Ikuta K, Hirowatari K. Real three dimensional micro fabrication using stereo lithography and metal molding. Proceedings of the IEEE Workshop on Microelectromechanical Systems, MEMS'93. 1993:42-47.
2)非特許文献 Bertsch A, Jiguet S, Bernhard P, Renaud P. Microstereolithography: a Review. Mat. Res. Soc. Symp. Proc. 2003,LL1.1.1-LL1.1.13
3)非特許文献 Maruo S, Ikuta K, Korogi H. Submicron manipulation tools driven by light in a liquid. Appl Phys Lett 2003;82:133-135
4)非特許文献 Kawata S, Sun HB, Tanaka T, Takada K. Finer features for functional microdevices. Nature 2001;412:697-698
5)非特許文献 Maruo S, Ikuta K. Submicron stereolithography for the production of freely movable mechanism by using single-photon polymerization. Sensor Actuat A-phys 2002;100:70-76.
6)非特許文献 Lu Y, Chen SC. Micro and nano-fabrication of biodegradable polymers for drug delivery. Adv Drug Deliv Rev. 2004 ;11:1621-33.
7)非特許文献 Tsang VL, Bhatia SN. Three-dimensional tissue fabrication. Adv Drug Deliv Rev. 2004;11:1635-47.
8)非特許文献 Popov VK, Evseev AV, Ivanov AL, Roginski VV, Volozhin AI, Howdle SM. Laser stereolithography and supercritical fluid processing for custom-designed implant fabrication.J Mater Sci Mater Med. 2004 ;2:123-8.
9非特許文献 Lee JW, Lan PX, Kim B, Lim G, Cho DW. 3D scaffold fabrication with PPF/DEF using macro-stereolithography. Microelectron Eng 2007;84:1702-1705.
10)非特許文献 Matsuda T, Mizutani M. Liquid acrylate-endcapped biodegrable poly(e-caprolacton-co-trimethyrene carbonate). II. Computer-aided stereolithographic microarchitectual surface photoconstructs. J Biomed Mater Res. 2002;3:395-403.
11)非特許文献 Lee KW, Wang S, Fox BC, Ritman EL, Yaszemski MJ, Lu L. Poly(propylene fumarate) bone tissue engineering scaffold fabrication using stereolithography: effects of resin formulations and laser parameters. Biomacromolecules. 2007;4:1077-84.
12)非特許文献 Cooke MN, Fisher JP, Dean D, Rimnac C, Mikos AG. Use of stereolithography to manufacture critical-sized 3D biodegradable scaffolds for bone ingrowth. J Biomed Mater Res B Appl Biomater. 2003;2:65-9.
13)非特許文献 Arcaute K, Mann BK, Wicker RB, Stereolithography of Three-Dimensional Bioactive Poly(Ethylene Glycol) Constructs with Encapsulated Cells. Ann Biomed Eng 2006;34:1429-1441.
14非特許文献 Lee SJ,Kang HW, Kang TY, Kim B, Lim G, Rhie JW, Cho DW, Development of scaffold fabrication system using an axiomatic approach. J Micromech Microeng 2007;17:147-153.
15)非特許文献 Jones CE, Underwood CK, Coulson EJ, Taylor PJ. Copper induced oxidation of serotonin: analysis of products and toxicity. J Neurochem 2007;102:1035-1043.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述したように、従来光造形法を用いて作製した3次元物体は、反応時の硬化時の不均一性や光硬化性材料そのものに含まれているモノマー、オリゴマー、光重合開始剤、フリーラジカル、ポリオールや安定剤などにより、それらが細胞毒性を示すことが以前より報告されている(特許文献1)。
また、生体に長期間にわたって接触する用途に対しては多くの生分解性材料が、生体適合性材料として提案されている(特許文献2、非特許文献10、12)。このように従来の技術では材料の無毒化をおこなうことではなく無毒性の材料を作製することに主眼が置かれてきた。ほかには、光造形法を用いて作製した3次元物体を後処理で無毒化をしようとする試みが行われている(特許文献1)がその適用は少なくとも長期にわたる皮膚接触生体適合性である。
【0005】
<patcit num="1"> <text>特開2003-10312</text></patcit><patcit num="2"> <text>特開2007-284550</text></patcit>
【0006】
そこで、本発明者等は上記研究結果から、光造形物の細胞毒性は光造形物に含まれる未硬化のモノマや光重合開始剤であると推定した。未硬化のモノマの重合を促進し、かつ光重合開始剤の影響を抑える目的で、各種の「ポストキュア」(光造形後にさらに重合硬化を進行させることを意味する)によって、細胞毒性を抑制する手法を検討した。
光造形法で成形された3次元物体は、それらの有する細胞毒性のために製品としての応用範囲が限定される。一般に毒性のある材料を生体に接触が起こる製品に使用する場合、無毒化するプロセスを追加して施す必要がある。また、従来材料に毒性がある場合でも3次元加工自体の精度は保証されているので新規に光硬化性材料を開発する場合に比して産業応用のメリットが大きい。
そのため、本発明の目的は、光造形法にて作製された3次元物体を無毒化し、細胞適合性を付与された3次元構造物を提供することにある。細胞適合性とは、材料が細胞に対して無毒性であり細胞の生存活動に悪影響を与えない材料の性質を指す。
【課題を解決するための手段】
【0007】
このため、本発明が採用した技術解決手段は、
光造形法により作製された3次元物体であって、前記物体は物体の少なくとも1つの部位のx、y、zのいずれかの寸法が少なくとも1mm未満の部分を有し、かつ物体の温度が物体の少なくともガラス転移温度を超えた場合に自重によって生じる変形を、寸法則の効果により減少させるものであり、
前記物体に後露光とポストベイキングの両者を併用したポストキュア処理を行うに際し、前記物体を約175°C~200°C、かつ6時間~24時間加熱する条件下でポストベイキングを行うことにより、前記ポストキュア処理された物体が少なくとも生体外において単離培養された細胞が前記物体表面で接触培養可能な細胞適合性を備えるよう無毒化されていることを特徴とする3次元物体である。
また、前記物体の成型材料は主剤をアクリレート、エポキシ、アクリレート・エポキシ複合体、オキセタンからなる群より選択される光硬化性物質から成形されていることを特徴とする請求項1に記載の3次元物体である。
また、前記物体を無毒化する際に、物体を紫外線によってさらに硬化させた後、少なくとも物体のガラス転移点温度にすることによって行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の3次元物体である。

【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、光造形によって作製された3次元物体は市販されている細胞培養皿と同等の水準の細胞適合性を持つことが確認された。本発明により、光造形法で作製された3次元物体を細胞適合性が求められる製品への応用可能性が拓かれる。
また本発明によればこれまで不可能であったマイクロ光造形法を用いたテーラーメイド体内埋込デバイスの設計や、3次元配置された細胞デバイス、化学ICチップなどのマイクロ化学デバイスの細胞応用が可能になる。本発明は生体医用分野に新しい応用の道を拓くキーテクノロジーとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
光造形法で成形した3次元物体を1時間UVランプに照射し硬化を促進させる。その3次元物体を少なくとも175°Cでは少なくとも24時間、少なくとも200°Cでは6時間の加熱処理を行う。この際加熱処理温度が採用材料の熱軟化温度の指標であるガラス転移温度を上回る温度であっても問題ない。本発明は光造形法で成形された微細構造を持つ3次元物体を対象としている。微小な構造体(たとえば物体の少なくとも1つの部位のx、y、zのいずれかの寸法が少なくとも1mm未満の部分を有しているもの)であれば寸法則により熱処理した際に問題となる自重による変形が減少される。その結果本発明によって得られる3次元物体の寸法は熱処理の前後でほとんど変化しない。この3次元物体上で細胞適合性試験を行ったところ、3次元物体に細胞適合性が付与されたことが確認された。
【実施例】
【0010】
〔ポストキュアによる細胞適合性化実験〕
(材料と方法)
【0011】
光造形法
本発明の3次元物体の形成手法が図1に示されている。
マイクロ光造形法の手順は以下のようである。
1.3次元CADに3次元造形モデルを設計データを元に入力する。
2.3次元造形モデルをZ軸に水平な面で切り取ったn層のX-Y平面データに変換する3.1層目からX-Y平面でレーザーを走査させて樹脂を硬化させる。 4.1層レーザの走査が終わる毎に次の未硬化樹脂層を張り、n層まで繰り返す(図1) 以上の行程で作製された光造形物は、超音波洗浄機にてGlycol ether ester中で3分、その後引き続いて99.5% Ethanol中で3分間洗浄した。光造形物はその後デシケータ内で保管した。
マイクロ光造形装置の光源にはHe-Cdレーザー(325nm, KIMMOM KOHA Co., Ltd.)を用いた。
光造形で使用した各条件はレーザパワー15mW、レーザスキャン速度800mm/s、スキャン間隔15μm 、積層間隔100 μm でおこなった。
光造形法を用いて作製した培養容器での細胞適合性を評価するために細胞培養容器を作製した。細胞培養容器は外径16mm、内径15mm、底面厚さ0.8mm、高さ2mmで作製した。
【0012】
光硬化性樹脂
光造形にはエポキシ系の汎用光硬化性樹脂(SCR-751, D-Mec:臨界露光量 20mj/cm2、硬化後のガラス転移温度 108℃)を使用した。
種々の樹脂での特性を調べるため汎用光硬化性樹脂に加え、エポキシ系の汎用、耐湿光硬化性樹脂(SCR-701,D-Mec)、この樹脂の臨界露光量は33mj/cm2、硬化後のガラス転移温度は81℃である。エポキシ系の耐水靭性光硬化性樹脂(SCR11120、D-Mec)この樹脂の臨界露光量は12mj/cm2、ガラス転移温度は43℃である。これら2種類を加えた3種類の樹脂をXeランプで硬化させた培養試験に使用した。
なお光硬化性樹脂として上記の他に主剤をアクリレート、エポキシ、アクリレート・エポキシ複合体、オキセタンからなる群より選択される光硬化性物質を使用することができる。
【0013】
細胞培養
神経毒の評価の際にモデル細胞としてよく用いられるラット褐色腫由来細胞株(PC12, RBC0009, Riken Cell bank, Tsukuba)を使用した15)。使用培地はDMEM(MED-006, IWAKI)+10% Fetal Bovine Serum+10% Horse Serumで、5.1x102cell/mm2に細胞懸濁液を調整し、37℃、CO2 5%環境で培養をおこなった。
ポジティブコントロールは96well MicroWellplate(3860-096, IWAKI)で培養した。
【0014】
経過観察と計数および評価
マイクロ光造形で作製した培養容器内に播種した細胞の観察は位相差顕微鏡でおこなった。培養容器底面の中心から3、4.5、6mmの位置で位相像を撮影した。この写真から細胞の形態を観察し、細胞密度を計測した。初期濃度の分散の影響を低減させるために、細胞増殖率とポストキュアの条件の関係を評価した。細胞増殖率γは、播種後1時間後の細胞密度xと、48時間後の細胞密度yを測定し、γ=y/x×100 で算出した。
【0015】
細胞適合性
本報で検討する細胞適合性とは、光硬化性樹脂の表面に細胞が接着し、増殖することと定義する。
【0016】
統計
得られた細胞増殖率のデータはstudent's t-testを用いて統計処理をおこなった。ポジティブコントロールと比較してα<0.05において有意に差があるとした。各条件のサンプル数はn=12である。(ポストキュア手法の検討)
重合反応を完全に終了させるために後工程を行うポストキュアには、マイクロ光造形終了後に水銀ランプ等にあてる「後露光法」と環境温度をあげて硬化を促進させる「ポストベイク法」の2種類がある。
本研究ではマイクロ光造形法で作製した培養容器を、後露光とポストベイクの両者を併用したポストキュア処理を行った。具体的には造形終了後Xenonランプ(L2423, Hamamatsu Photonics)に1時間露光する。その後さらにオーブン(DRD360DA, Advantec)で室温、150、175、200°Cの温度で0.5、3、6、9、12、24時間の各条件で処理をおこなった(図4)。これら培養容器は、細胞培養試験に使用する前に滅菌のためにUVライト下で1時間滅菌処理してから培養試験に使用した。
Xenonランプで硬化させた培養プレートは200°C、6時間のポストベイク処理を行った。
【0018】
(実験結果)
後露光とポストベイクを経た光造形培養容器はうすい褐色に変色していた。ポストキュア前の光硬化時点の樹脂はうすい黄色の透明であるが、ポストベイクの温度が高いほど、また加熱時間が長くなるほどに褐色が濃くなり光の透過性が低くなっていた。
培養実験の結果は以下である。
1)ポストキュア処理を行わなかった光造形培養容器内では3時間後に大半の細胞は死滅した。
2)図2に示すように光造形培養容器にポストキュアをおこなったサンプルでは、条件により細胞の生存が確認された。48時間後に図2-Pに示すようにポジティブコントロール群では細胞がほぼコンフルエントになり、同様に175°Cで24時間以上加熱した条件、及び200°Cで6時間以上加熱した条件で細胞がコンフルエントに達していることが観察された。(図2、b-3、c-2、c-3)
3)図3(a)に示すようにポストベイクの温度が150°Cでは加熱時間によらずポジティブコントロールの細胞増殖率との間には有意な差が認められた。
4)図3(b)に示すようにポストベイクの温度が175°Cでは30分から12時間加熱の条件の細胞の増殖率はポジティブコントロールと有意な差が認められたが、24時間の加熱を行った条件では差は認められなかった。
5)200°Cのポストベイクをした条件では図3(c)に示すように6時間以上の加熱をした条件でポジティブコントロールと細胞増殖率の差が見られなかった。
以上の結果から、加熱時間が最短で、市販の細胞培養ディッシュと同じ増殖率を得るポストベイクの最適条件は200°C、6時間であることが示された。
【0019】
〔光造形物からの溶出物の検定〕
前述の実験により、重合開始剤を除去することが細胞適合化の条件であるとする独自の仮説に立脚したポストキュアの有効性と、その条件が明確になった。これを、より精密に検証するため、光造形物からの溶出物質の検出の有無を確認した。
【0020】
(材料と方法)
マイクロ光造形法を用いて、表面496.8mm2 体積135.9mm3 の培養容器形状を作製した。その他の条件は前記段落〔0011〕に同じである。この培養容器を前章で明確となった最適条件である少なくとも175°Cでは少なくとも24時間、少なくとも200°Cでは6時間のポストベイクによるポストキュアを行った。
比較のためポストキュア処理培養容器と、未処理培養容器を5mlのmilliQ水にそれぞれ1つ(Vol.=135.9mm3)と2つ(Vol.=271.8mm3)の条件で40時間浸けた。この水を紫外吸収分光器(BioSpec-1600, Shimadzu Corporation)を用いて吸光度を測定し、吸収スペクトルを得た。吸光度は水の吸収スペクトルが0になるように補正した。光路長は1cmで測定した。
【0021】
(実験結果)
図5に示すようにポストキュアを施さなかった光造形培養容器を浸した水からは、249mmと200mm近辺にピークを持つ吸収スペクトルが検出された。光造形樹脂の体積が多くなると吸光度が大きく、すなわち溶出物の濃度が高くなった。
一方ポストキュアをおこなった光造形培養容器を浸けた水からは、これら2つのピークは検出されなかった。以上の結果は溶出物が細胞増殖を阻害していることを示しており、我々の仮説と解決策が正しいことを証明するものである。
【0022】
〔ポストキュアの汎用性検討〕
次に本ポストキュア手法が他種の光硬化樹脂にも有効であるかを実験的に検討した。
【0023】
(材料と方法)
前述のSCR-751に加え、エポキシ系の汎用、耐湿光硬化性樹脂(SCR-701、D-Mec:臨界露光量 33mj/cm2、硬化後のガラス転移温度 81℃)及びエポキシ系の耐水靭性光硬化性樹脂(SCR11120、D-Mec:臨界露光量 12mj/cm2、ガラス転移温度 43℃)のこれら2種類を加えた3種類の樹脂をXenonランプで硬化させ培養試験に使用した。
3種の光硬化性樹脂をそれぞれシリコンゴムの鋳型に光硬化性樹脂を流し込みφ16mm厚さ0.8mmの円形プレートをXenonランプで露光、硬化させた。その後ポストベイクを200°C、6時間行って細胞培養試験をおこない(図4:21-26)、細胞播種後48時間後の細胞の様子を位相差顕微鏡像で観察した。
【0024】
(実験結果)
試料のエポキシ系光造形樹脂はどの種も、ポストキュアをおこなわずに細胞培養試験をおこなうと細胞がプレート表面に接着できずに死滅していた(図6:d-1、e-1、f-1)。一方、ポストキュアをおこなった場合、実験に使用した3種類すべての光造形樹脂のプレート上で細胞が生存していた(図6:d-2、e-2、f-2)。この結果から、ポストキュア処理の汎用性が実証された。
【0025】
〔考察〕
エポキシ系光造形樹脂に細胞適合性を付与するためには光造形物を200°Cで6時間のポストキュアおこなえばよいことが明確になった。これはマイクロ光造形法で作製した光造形物に直接細胞を接着させて市販の細胞培養皿と同等の培養に成功した世界で初めての成果である。200°Cよりも高い温度でポストベイクをおこなうと光造形培養容器内が観察困難なほどに褐色に変色した。変質を最小限にするため、最短時間での光造形物への細胞適合性を付与するプロセスは200°C、6時間であった。
Popovらは光硬化性ポリマとHydroxyapatite複合体の光造形物から炭酸ガスの超臨界洗浄を用いて細胞毒を取り除いたと報告している(非特許文献8)。また、Arcauteらは光重合開始剤の濃度と細胞毒性の相関を報告している(非特許文献13)。Leeらは光造形樹脂で作製した足場の形状で細胞活性が変動すると報告している(非特許文献14)。しかしこれらの報告は通常の培養法で得られた細胞活性と比較されているわけではなく、培養成績が向上する1つの条件を提示しているにすぎず、日常的に用いられている細胞培養ディッシュと遜色のない細胞適合性を達成した本研究の成果とは比較するべきものではない。
上述したポストベイク温度は光造形樹脂のガラス転移点を超えており、荷重がかかった状態や自重が重い構造の場合はポストベイク行程で形状が変形する可能性がある。しかし、マイクロ光造形法の場合、数ミクロンから1mm程度の微小構造の作製が主体となる。このような微小領域では、「スケール効果(寸法則)」により重力などの体積力が表面積力に比べ作用が小さくなるため、ポストキュア処理での熱変形は大幅に小さくなる。そのため本手法はマイクロスケールでは対象物の形状に制限がなく様々な応用が可能になる。 図5に示すように、ポストキュアにより光造形物から水への溶出物が激減することが紫外線分光法によって観測された。本論文の最初に立てた仮説である「未硬化モノマや光重合開始剤といった低分子が、ポストキュアによって溶出しなくなる」を裏付けるデータとなった。
3種の市販エポキシ系光造形樹脂にすべて同じ条件で細胞適合性を付与できた。この試験によって本手法の妥当性と一般性が示された。
【0026】
実施例1
光造形法を用いて3次元形状の細胞培養容器を成形した。より詳細には、外径16mm、内径15mm、壁面高さ2mm、底面厚さ0.8mmの形状の細胞培養容器を成形した。この際材料はSCR751(ガラス転移温度108°C、株式会社ディーメック、東京都中央区)を用いた。作製した細胞培養容器に硬化を促進するために水銀キセノンランプ(L2423、浜松ホトニクス、静岡県浜松市)を1時間照射した。その後それぞれ温度の条件150、175、200°C、加熱時間の条件0.5、3、6、9、12、24時間の18通りの条件で熱処理をおこなった。これら細胞培養容器内にPC12細胞(ラット褐色種由来細胞株)を播種し48時間後の細胞数を比較したところ図2に示すように、200°Cにて6時間以上、及び175°Cにて24時間加熱した細胞培養容器内部の48時間後の細胞数と播種直後の細胞数の比と別途培養した市販の細胞培養皿上の48時間後の細胞数と播種直後の細胞数の比は統計的に検定したところ有意な差がなかった。この関係を図3に示す*印にて示した。これをもって200°C、6時間以上の加熱処理を行うことで、光造形法で形成された細胞培養容器に細胞適合性が付与されたことが示された。 さらに本発明の手法が光造形法で形成された細胞培養容器からの毒性物質の溶出を防止していたことを示すために、光造形法を用いて成形した細胞培養容器で、200°C、6時間の熱処理をおこなったものと熱処理を行っていないものを水中に40時間保存した。これらの細胞培養容器を保存した水に対して紫外吸収分光法を用いて吸収スペクトルを測定した。その結果、図3に示すように未処理の光造形法で形成された細胞培養容器を漬した水は249mm、及び200nm近辺の波長の吸収スペクトルの図3の2に示すピークが見られたが、熱処理をおこなった細胞培養容器を漬した水からはそれらピークは3のように検出されなかった。これは即ち本発明の熱処理によって該3次元物体から水への毒性物質の溶出が防止されたことを示している。
次に本発明が他種の光硬化性樹脂にも有効であることを検討するためにSCR751に加えてSCR11120(ガラス転移温度43°C、ディーメック)、SCR701(ガラス転移温度81°C、ディーメック)について本発明の効果を検討した。水銀キセノンランプで硬化させたこれら3種を200°C、6時間の熱処理をおこなった。この光硬化性樹脂上で細胞培養試験をおこなったところ本発明の効果が確認された。
【0027】
以上詳細に説明したように本発明では光造形物に細胞適合性を付与する汎用的手法を開発しその有効性を示した。本発明によって光造形物は市販の細胞培養ディッシュとほぼ同じ水準の細胞適合性を持つことを定量的に検証した。また、ポストキュア工程で光造形物内部の組成が変化したことを紫外吸収分光法により明らかにし、細胞毒性低減の原因を示した。他の光硬化樹脂に用いた検証実験を行い、本手法が種々の樹脂で有効であることを示した。
以上実施例をあげて本発明について説明したが、本発明は上記実施例に限定されることはない。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によればこれまで不可能であったマイクロ光造形法を用いたテーラーメイド体内埋込デバイスの設計や、3次元配置された細胞デバイス、化学ICチップなどのマイクロ化学デバイスの細胞応用が可能になる。生体医用分野に新しい応用の道を拓くキーテクノロジーとなる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】光造形法により3次元物体を作製する説明図である。
【図2】細胞播種後48時間の位相差顕微鏡像である。P)は市販の細胞培養ディッシュに播種した条件である。aはポストキュア温度が150°Cであり加熱時間が6時間(a-1)と12時間(a-2)が示してある。またb-1、2、3は加熱温度が175°Cであり、加熱時間がそれぞれ6、12、24時間である。またc-1、2、3は加熱温度が200°Cであり、加熱時間がそれぞれ3、6、12時間である。細胞増殖率はb-3、c-2、c-3がPと統計的に同等の細胞増殖率を示している。すべての写真のバーは50μmを示している。
【図3】光造形法で作製した細胞培養容器内で培養した細胞の48時間後の各種ポストキュア条件における細胞増殖率のグラフである。*は、ポジティブコントロール群である、市販の細胞培養皿上の細胞と細胞増殖率が統計的に有意な差がないことを示している(α=0.05)。
【図4】各ポストキュア条件の表である。実施例において各種ポストキュア条件を表にしたものである。
【図5】光造形物を40時間漬した水の吸光度を示している。ポストキュアをしていない光造形物を漬した水には249nmと200nm近傍をピークとする吸収スペクトルがみられる。これは光造形物から溶出があり、その物質の吸光度が測定されていると考察される。一方ポストキュア処理を行なった光造形物からはそのような吸光度をもった物質は水に溶出しないことが確認されている。
【図6】細胞播種後48時間の位相差顕微鏡像である。種々の樹脂への適用を検討するためにd)SCR751、e)SCR701、f)SCR11120で培養試験を行なった。添え字1)はポストキュアなし、添え字2)はポストキュアありの光硬化性樹脂上に細胞を播種している。全ての樹脂でポストキュアが有効であることがわかる。写真のバーは全て50μmである。
【符号の説明】
【0030】
1 UVレーザ
2 液体樹脂
3 固体ポリマー
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5