TOP > 国内特許検索 > グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体およびその生産方法、並びにこれらの利用 > 明細書

明細書 :グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体およびその生産方法、並びにこれらの利用

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4831370号 (P4831370)
登録日 平成23年9月30日(2011.9.30)
発行日 平成23年12月7日(2011.12.7)
発明の名称または考案の名称 グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体およびその生産方法、並びにこれらの利用
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
A01H   1/00        (2006.01)
A01H   5/00        (2006.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C07K  14/415       (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
A01H 1/00 A
A01H 5/00 A
C12N 5/00 103
C07K 14/415
請求項の数または発明の数 17
全頁数 50
出願番号 特願2008-503790 (P2008-503790)
出願日 平成19年2月27日(2007.2.27)
国際出願番号 PCT/JP2007/053673
国際公開番号 WO2007/102346
国際公開日 平成19年9月13日(2007.9.13)
優先権出願番号 2006053331
2006346684
優先日 平成18年2月28日(2006.2.28)
平成18年12月22日(2006.12.22)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成20年10月2日(2008.10.2)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】独立行政法人産業技術総合研究所
発明者または考案者 【氏名】高木 優
【氏名】光田 展隆
【氏名】岩瀬 哲
【氏名】平津 圭一郎
個別代理人の代理人 【識別番号】110000338、【氏名又は名称】特許業務法人原謙三国際特許事務所
審査官 【審査官】柴原 直司
参考文献・文献 SALK_015495.54.50.x Arabidopsis thaliana TDNA insertion lines Arabidopsis thaliana genomic clone SALK_015495.54.50.x, genomic survey sequence. [online]. 2003-04-02 uploaded. NCBI Entrez Nucleotide, ACCESSION No.CC052264 (GI: 29471928) [Retrieved on 2011-05-20]. Retrived from the internet:<URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nucgss/29471928?report=genbank>
Plant Cell, (2005), 17, [11], p.2993-3006
調査した分野 C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
SwissProt/PIR/GeneSeq
PubMed
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
植物体内において、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を阻害する工程を包含することを特徴とするグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体の生産方法であって、
上記タンパク質の機能を阻害する工程が、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとの融合タンパク質を植物体において産生させることによって行われることを特徴とする植物体の生産方法。
【請求項2】
配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとの融合タンパク質を植物体においてさらに産生させることによって行われることを特徴とする請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項3】
植物体内において、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を阻害する工程を包含することを特徴とするグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体の生産方法であって、
上記タンパク質の機能を阻害する工程が、配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチドとをインフレームで連結したキメラDNAを植物体に発現させることによって行われることを特徴とする植物体の生産方法。
【請求項4】
配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチドとをインフレームで連結したキメラDNAを植物体にさらに発現させることによって行われることを特徴とする請求項3に記載の植物体の生産方法。
【請求項5】
前記機能性ペプチドが、以下:
(1)X1-Leu-Asp-Leu-X2-Leu-X3;
(2)Y1-Phe-Asp-Leu-Asn-Y2-Y3;
(3)Z1-Asp-Leu-Z2-Leu-Arg-Leu-Z3;または
(4)Asp-Leu-Z4-Leu-Arg-Leu
(但し、式中、X1は0~10個のアミノ酸残基を表し、X2はAsnまたはGluを表し、X3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Y1は0~10個のアミノ酸残基を表し、Y2はPheまたはIleを表し、Y3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Z1はLeu、Asp-LeuまたはLeu-Asp-Leuを表し、Z2はGlu、GlnまたはAspを表し、Z3は0~10個のアミノ酸残基を表し、Z4はGlu、GlnまたはAspを表す。)
で表されるアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項6】
前記機能性ペプチドが、配列番号1~17のいずれか1つに示されるアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項7】
前記機能性ペプチドが、以下:
(a)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列;あるいは
(b)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されているアミノ酸配列
からなることを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項8】
前記機能性ペプチドが、以下:
(5)α1-Leu-β1-Leu-γ1-Leu
(但し、式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、γ1は、Arg、Gln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項9】
前記機能性ペプチドが、以下:
(6)α1-Leu-β1-Leu-γ2-Leu;
(7)α1-Leu-β2-Leu-Arg-Leu;または
(8)α2-Leu-β1-Leu-Arg-Leu
(但し、各式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、α2は、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、β2はAsn、Arg、Thr、SerまたはHisを示し、γ2はGln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項10】
前記機能性ペプチドが、配列番号117、120、123、126、129、132、135、138、141、144、147、150、153、156、159、162、171、174または177に示されるアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項11】
前記機能性ペプチドが、配列番号165または168に示されるアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1またはに記載の植物体の生産方法。
【請求項12】
請求項1またはに記載の生産方法により生産された、植物体。
【請求項13】
成育した植物個体、植物細胞、植物組織、カルス、種子の少なくとも何れかであることを特徴とする請求項12に記載の植物体。
【請求項14】
植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減するためのキットであって、
(a)任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチド、および
(b)配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
を備えていることを特徴とするキット。
【請求項15】
(c)配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
をさらに備えていることを特徴とする請求項14に記載のキット。
【請求項16】
(d)目的のポリペプチドを植物体内にて発現させるための発現ベクター
をさらに備えていることを特徴とする請求項14に記載のキット。
【請求項17】
(e)前記発現ベクター(d)を植物細胞に導入するための試薬群
をさらに備えていることを特徴とする請求項14に記載のキット。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体およびその生産方法、並びにこれらの利用に関するものであり、より詳細には、リグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子の機能を阻害することによりグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体を生産する方法およびこれを用いて得られる植物体、並びにその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオマスから製造されるエタノールは、二酸化炭素の排出削減に関わる、極めて重要な低級アルコール燃料である。これまで実用化されているバイオマスエタノールとしては、サトウキビ、トウモロコシなどのデンプン糖をエタノール発酵して得られているものが挙げられる。
【0003】
バイオマス資源であるセルロースは、その大部分がリグノセルロース(木質資源)を構成している。また、リグニンは、セルロースと同様に木本の支持構造における主要成分である。近年、木本などの木質系バイオマスの利用が注目されており、木本からグルコースを効率良く生成し、木本由来のグルコースからエタノールを製造する技術についての研究が行われている。中でも、セルロースおよびリグニンから構成されているリグノセルロースから単糖またはオリゴ糖を製造する技術の開発が進んでいる。
【0004】
紙および/またはパルプを製造したり、リグノセルロースを糖類の原料として用いたりするためには、セルロースと強固に結合しているリグニンを木本から除去または分解してセルロースを得る必要がある。しかし、リグニンの除去/分解には多大な時間と費用が必要である。よって、リグニン低含量樹木の作出が求められている。
【0005】
植物体でのリグニン含量および/またはセルロース含量を改変する技術が知られている。特に、リグニン生合成経路であるフェニルプロパノイド生合成経路が着目されている(例えば、特許文献1および2など参照)。特許文献1には、フェニルプロパノイド生合成経路において機能する酵素の発現を促進する転写因子の機能を抑制することによって植物のリグニン含有量を低減させることが記載されている。特許文献2には、フェニルプロパノイド生合成経路由来の複数の遺伝子で植物を形質転換する技術が記載されている。
【0006】
また、セルロース合成経路に関わる酵素を植物に発現させて、セルロースの生合成を増強しかつリグニンの生合成を低減させる技術も知られている(特許文献3参照)。

【特許文献1】日本国公開特許公報「特開平11-276181号公報(公開日:平成11年10月12日)」
【特許文献2】日本国公表特許公報「特表2004-515224号公報(公表日:平成16年5月27日公開)
【特許文献3】日本国公表特許公報「特表2003-509009号公報(公表日:平成15年3月11日公開)
【特許文献4】日本国公開特許公報「特開2001-269177号公報(公開日:平成13年10月2日)」
【特許文献5】日本国公開特許公報「特開2001-269178号公報(公開日:平成13年10月2日)」
【特許文献6】日本国公開特許公報「特開2001-292776号公報(公開日:平成13年10月2日)」
【特許文献7】日本国公開特許公報「特開2001-292777号公報(公開日:平成13年10月23日)」
【特許文献8】日本国公開特許公報「特開2001-269176号公報(公開日:平成13年10月2日)」
【特許文献9】日本国公開特許公報「特開2001-269179号公報(公開日:平成13年10月2日)」
【特許文献10】WO03/055903パンフレット(平成15年(2003)7月10日公開)
【特許文献11】日本国公開特許公報「特開2005-278422号公報(公開日:平成17年10月13日)」
【非特許文献1】Mitsuda,N.,Seki,M.,Shinozuka,K. and Ohme-Takagi,M.,The Plant Cell, Vol.17,2993-3006,November,2005
【非特許文献2】Ohta,M.,Matsui,K.,Hiratsu,K.,Shinshi,H. and Ohme-Takagi,M.,The Plant Cell, Vol.13,1959-1968,August,2001
【非特許文献3】Hiratsu,K.,Ohta,M.,Matsui,K.,Ohme-Takagi,M.,FEBS Letters 514(2002)351-354
【発明の開示】
【0007】
植物からアルコール燃料を得るためには、セルロースなどの多糖類のグリコシド結合を酵素または酸によって加水分解することにより、少糖類または単糖類を生成する必要がある。よって、植物体のリグニン含量が少ない場合であっても、セルロースの加水分解(すなわち、糖化)のために別途新たな工程を必要とする。植物体内で糖化が行われていれば、このような別工程は不要である。
【0008】
しかし、植物体内のグルカン量を低減させることなく結晶性セルロースの量を低減させる技術は全く知られていない。さらに、これまでに知られているリグニン含量および/またはセルロース含量を改変する技術は、植物体のリグニン含量の減少とセルロース含量の増加(またはリグニン含量の増加とセルロース含量の減少)が相関しており、リグニン含量およびセルロース含量の両方を抑制する技術は知られていない。
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させる技術を実現することにある。なお、本明細書中で使用される場合、本発明を適用することによって量が低減された植物体中の「セルロース」は結晶性セルロースが意図される。
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、特定の転写因子の機能を阻害することにより、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体およびその生産方法、ならびに植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減するためのキットを提供する。
【0011】
本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体の生産方法は、上記課題を解決するために、植物体内において、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を阻害する工程を包含することを特徴としている。
【0012】
これにより、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなる転写因子が標的とする遺伝子の転写を効果的に抑制することができる。それゆえ、上記遺伝子の転写が効果的に抑制された植物体において、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減されるという効果を奏する。
【0013】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとの融合タンパク質を植物体において産生させることによって行われることが好ましい。
【0014】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとの融合タンパク質を植物体においてさらに産生させることによって行われることがより好ましい。
【0015】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチドとをインフレームで連結したキメラDNAを植物体に発現させることによって行われてもよい。
【0016】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチドとをインフレームで連結したキメラDNAを植物体にさらに発現させることによって行われてもよい。
【0017】
これにより、上記キメラタンパク質または上記キメラDNAにコードされるタンパク質は、上記転写因子が標的とする遺伝子の転写を効果的に抑制することができる。それゆえ、上記キメラタンパク質または上記キメラDNAにコードされるタンパク質が生産された植物体において、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減されるという効果を奏する。
【0018】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、以下:
(1)X1-Leu-Asp-Leu-X2-Leu-X3;
(2)Y1-Phe-Asp-Leu-Asn-Y2-Y3;
(3)Z1-Asp-Leu-Z2-Leu-Arg-Leu-Z3;または
(4)Asp-Leu-Z4-Leu-Arg-Leu
(但し、式中、X1は0~10個のアミノ酸残基を表し、X2はAsnまたはGluを表し、X3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Y1は0~10個のアミノ酸残基を表し、Y2はPheまたはIleを表し、Y3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Z1はLeu、Asp-LeuまたはLeu-Asp-Leuを表し、Z2はGlu、GlnまたはAspを表し、Z3は0~10個のアミノ酸残基を表し、Z4はGlu、GlnまたはAspを表す。)
で表されるアミノ酸配列のいずれかであることが好ましい。
【0019】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、配列番号1~17のいずれか1つに示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。
【0020】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、以下:
(a)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列;あるいは
(b)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されているアミノ酸配列
有するものであってもよい。
【0021】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、以下:
(5)α1-Leu-β1-Leu-γ1-Leu
(但し、式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、γ1は、Arg、Gln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0022】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドが、以下:
(6)α1-Leu-β1-Leu-γ2-Leu;
(7)α1-Leu-β2-Leu-Arg-Leu;または
(8)α2-Leu-β1-Leu-Arg-Leu
(但し、各式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、α2は、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、β2はAsn、Arg、Thr、SerまたはHisを示し、γ2はGln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0023】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、配列番号117、120、123、126、129、132、135、138、141、144、147、150、153、156、159、162、171、174または177に示されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0024】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、配列番号165または168に示されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0025】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、上記植物体内での該タンパク質の発現阻害によることが好ましい。
【0026】
本発明に係る植物体の生産方法において、上記発現阻害は、ノックアウト法またはRNAi法によって行われることが好ましい。
【0027】
本発明に係る植物体は、上記生産方法により生産され、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量が低減されている。
【0028】
本発明に係る植物体は、成育した植物個体、植物細胞、植物組織、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれることが好ましい。
【0029】
また、本発明に係る、植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減するためのキットは、
(a)任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチド、および
(b)配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
を少なくとも備えていることを特徴としている。
【0030】
本発明に係るキットは、(c)配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドをさらに備えていてもよい。
【0031】
本発明に係るキットは、(d)目的のポリペプチドを植物体内にて発現させるための発現ベクターをさらに備えていてもよい。
【0032】
本発明に係るキットは、(e)上記発現ベクター(d)を植物細胞に導入するための試薬群をさらに備えていてもよい。
【0033】
なお、本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体は、鞘の自然開裂もまた抑制されている。すなわち、本発明はまた、鞘の自然開裂が抑制された植物体およびその生産方法、ならびに植物体の鞘の自然開裂を抑制するためのキットを提供する。
【0034】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法は、上記課題を解決するために、植物体内において、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を阻害する工程を包含することを特徴としている。
【0035】
これにより、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなる転写因子が標的とする遺伝子の転写を効果的に抑制することができる。それゆえ、上記遺伝子の転写が効果的に抑制された植物体において、鞘の裂開が抑制されるという効果を奏する。
【0036】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとの融合タンパク質を植物体において産生させることによって行われることが好ましい。
【0037】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとの融合タンパク質を植物体においてさらに産生させることによって行われることがより好ましい。
【0038】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチドとをインフレームで連結したキメラDNAを植物体に発現させることによって行われてもよい。
【0039】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチドとをインフレームで連結したキメラDNAを植物体にさらに発現させることによって行われてもよい。
【0040】
これにより、上記キメラタンパク質または上記キメラDNAにコードされるタンパク質は、上記転写因子が標的とする遺伝子の転写を効果的に抑制することができる。それゆえ、上記キメラタンパク質または上記キメラDNAにコードされるタンパク質が生産された植物体において鞘の裂開が抑制されるという効果を奏する。
【0041】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、以下:
(1)X1-Leu-Asp-Leu-X2-Leu-X3;
(2)Y1-Phe-Asp-Leu-Asn-Y2-Y3;
(3)Z1-Asp-Leu-Z2-Leu-Arg-Leu-Z3;または
(4)Asp-Leu-Z4-Leu-Arg-Leu
(但し、式中、X1は0~10個のアミノ酸残基を表し、X2はAsnまたはGluを表し、X3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Y1は0~10個のアミノ酸残基を表し、Y2はPheまたはIleを表し、Y3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Z1はLeu、Asp-LeuまたはLeu-Asp-Leuを表し、Z2はGlu、GlnまたはAspを表し、Z3は0~10個のアミノ酸残基を表し、Z4はGlu、GlnまたはAspを表す。)
で表されるアミノ酸配列のいずれかであることが好ましい。
【0042】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、配列番号1~17のいずれか1つに示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。
【0043】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、以下:
(a)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列;あるいは
(b)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されているアミノ酸配列
有するものであってもよい。
【0044】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、以下:
(5)α1-Leu-β1-Leu-γ1-Leu
(但し、式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、γ1は、Arg、Gln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0045】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドが、以下:
(6)α1-Leu-β1-Leu-γ2-Leu;
(7)α1-Leu-β2-Leu-Arg-Leu;または
(8)α2-Leu-β1-Leu-Arg-Leu
(但し、各式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、α2は、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、β2はAsn、Arg、Thr、SerまたはHisを示し、γ2はGln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0046】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、配列番号117、120、123、126、129、132、135、138、141、144、147、150、153、156、159、162、171、174または177に示されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0047】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記機能性ペプチドは、配列番号165または168に示されるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0048】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記タンパク質の機能を阻害する工程は、上記植物体内での該タンパク質の発現阻害によることが好ましい。
【0049】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法において、上記発現阻害は、ノックアウト法またはRNAi法によって行われることが好ましい。
【0050】
本発明に係る植物体は、上記生産方法により生産され、鞘の自然開裂が抑制されていることを特徴としている。
【0051】
本発明に係る植物体は、成育した植物個体、植物細胞、植物組織、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれることが好ましい。
【0052】
また、本発明に係る、植物体の鞘の自然開裂を抑制するためのキットは、
(a)任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチド、および
(b)配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
を少なくとも備えていることを特徴としている。
【0053】
本発明に係る、植物体の鞘の自然開裂を抑制するためのキットは、(c)配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドをさらに備えていてもよい。
【0054】
本発明に係る、植物体の鞘の自然開裂を抑制するためのキットは、(d)目的のポリペプチドを植物体内にて発現させるための発現ベクターをさらに備えていてもよい。
【0055】
本発明に係る、植物体の鞘の自然開裂を抑制するためのキットは、(e)上記発現ベクター(d)を植物細胞に導入するための試薬群をさらに備えていてもよい。
【0056】
本発明の他の目的、特徴、および優れた点は、以下に示す記載によって十分分かるであろう。また、本発明の利点は、添付図面を参照した次の説明で明白になるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】NST1遺伝子またはNST3遺伝子におけるT-DNA挿入位置を示す図である。
【図2】顕微鏡下で観察した、野生型シロイヌナズナならびにNST1遺伝子および/またはNST3遺伝子を破壊した変異型シロイヌナズナの花茎の横断面を示す図である。
【図3】顕微鏡下で観察した、野生型シロイヌナズナならびにNST1遺伝子および/またはNST3遺伝子を破壊した変異型シロイヌナズナの胚軸の横断面を示す図である。
【図4(a)】野生型シロイヌナズナならびにNST1遺伝子および/またはNST3遺伝子を破壊した変異型シロイヌナズナを顕微鏡下(低倍率)で観察した鞘を示す図である。
【図4(b)】野生型シロイヌナズナならびにNST1遺伝子および/またはNST3遺伝子を破壊した変異型シロイヌナズナを顕微鏡下(高倍率)で観察した鞘および鞘の横断面を示す図である。
【図5(a)】生重あたりの細胞壁成分含有率を、野生体のシロイヌナズナとNST1/NST3遺伝子破壊植物との間で比較した結果を示す図である。
【図5(b)】生重あたりのグルカン含有率を、野生体のシロイヌナズナとNST1/NST3遺伝子破壊植物との間で比較した結果を示す図である。
【図5(c)】乾重あたりのグルカン含有率を、野生体のシロイヌナズナとNST1/NST3遺伝子破壊植物との間で比較した結果を示す図である。
【図5(d)】生重あたりのリグニン含有率を、野生体のシロイヌナズナとNST1/NST3遺伝子破壊植物との間で比較した結果を示す図である。
【図5(e)】乾重あたりのリグニン含有率を、野生体のシロイヌナズナとNST1/NST3遺伝子破壊植物との間で比較した結果を示す図である。
【図6】NST1遺伝子またはNST3遺伝子が発現すると考えられる部位、ならびにNST3遺伝子の植物体内での過剰発現によって異所的な木質形成が引き起こされることを示す図である。
【図7(a)】NST1遺伝子およびNST3遺伝子の遺伝子破壊株における遺伝子図であり、各遺伝子破壊株において断片挿入が生じている部位を示す図である。
【図7(b)】破壊株を検証した結果を示し、二重遺伝子破壊株において、NST1遺伝子およびNST3遺伝子が発現していないことを示す図である。
【図7(c)】NST1/NST3二重遺伝子破壊株では、花茎および胚軸において木質形成が著しく抑制されていることを示す図である。
【図8(a)】短日条件で生育させた野生株およびNST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎を示す図である。
【図8(b)】花茎を用いて算出したヤング率(茎の強度)を示すグラフである。
【図8(c)】野生株およびNST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎において、二次細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリルの結晶化の様子を、X線回折により分析した結果を示すグラフである。
【図8(d)】野生株およびNST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎において、二次細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリルの結晶化の様子を、X線回折により分析した結果を示すグラフである。
【図9(a)】NST1遺伝子およびNST3遺伝子の二重遺伝子破壊株では、木部の主な成分であるリグニンおよびセルロースの合成に関する酵素遺伝子の発現が抑制されていることを示す図である。
【図9(b)】野生株および二重遺伝子破壊株における二次壁合成に関与する酵素類の遺伝子発現を比較したグラフである。
【図10(a)】キメラタンパク質をコードするキメラDNAの構築物の代表的な例を示す図である。
【図10(b)】野生株、ProNST1:NST1SRDX発現株、ProNST3:NST3SRDX発現株またはProNST3:NST1SRDX発現株の花茎を、透過光下または紫外線下で観察した結果を示す図である。
【図11】野生株、nst二重変異体またはNSTキメラリプレッサー植物体における乾燥細胞壁成分中のグルカン量を比較した結果を示す図である。
【図12】野生株、nst二重変異体またはNSTキメラリプレッサー植物体における乾燥細胞壁に含まれる総グルカン量あたりの、セルラーゼ処理による糖化率の経時的変化の比較を示す図である。
【図13】野生株、nst二重変異体またはNSTキメラリプレッサー植物体における乾燥細胞壁に含まれる総グルカン量あたりの糖化率(セルラーゼ処理開始後4時間目)を示す図である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0058】
本発明は、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する転写因子をコードする遺伝子を同定し、該遺伝子の機能を阻害することによりグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体、およびその生産方法を提供する。本発明に係る植物体を用いれば、グルカン量が低減されることなくリグニン量およびセルロース量を低減されているので、木本からのグルコース生成が容易であり、木本由来のグルコースからエタノールを製造することが容易になる。本発明に係る植物体は、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子にコードされる転写因子の機能を阻害することにより得ることができる。
【0059】
1つの局面において、本発明は、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体の生産方法を提供する。一実施形態において、本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体の生産方法は、植物体内において、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を阻害する工程を包含し得る。
【0060】
他の局面において、本発明は、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体を提供する。さらなる局面において、本発明は、植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させるためのキットを提供する。
【0061】
本明細書中において使用される場合、「転写因子」は、転写あるいはその開始反応を正あるいは負に調節するポリペプチド(転写調節因子)が意図され、好ましくは、正に調節するポリペプチドが意図される。すなわち、「転写因子の機能を阻害する」とは、転写調節因子としての機能を失わせることが意図される。転写調節因子としての機能喪失としては、例えば、タンパク質-タンパク質間の相互作用能の消失、DNA結合能の消失、ならびに転写調節機能の消失および/または逆転などが挙げられ、これらのような機能が失われている状態の転写因子は、機能が阻害されているということを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。転写因子の機能を阻害するための方法は、RNAの合成阻害であってもタンパク質の合成阻害であってもよい。
【0062】
本明細書中で使用される場合、用語「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。また、ポリペプチドの「フラグメント」は、当該ポリペプチドの部分断片が意図される。本発明に係るポリペプチドはまた、天然供給源より単離されても、化学合成されてもよい。
【0063】
用語「単離された」ポリペプチドまたはタンパク質は、その天然の環境から取り出されたポリペプチドまたはタンパク質が意図される。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生されたポリペプチドおよびタンパク質は、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドおよびタンパク質と同様に、単離されていると考えられる。
【0064】
「ポリペプチド」は、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物を含む。組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、「ポリペプチド」は、グリコシル化され得るか、または非グリコシル化され得る。さらに、「ポリペプチド」はまた、いくつかの場合、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。
【0065】
「ポリペプチド」は、アミノ酸がペプチド結合しているポリペプチドであればよいが、これに限定されず、ポリペプチド以外の構造を含む複合ポリペプチドであってもよい。本明細書中で使用される場合、「ポリペプチド以外の構造」としては、糖鎖およびイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されない。
【0066】
本発明に係る配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたは配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドによって調節される、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子についてはこれまでに明らかにされていない。
【0067】
なお、本明細書中で使用される場合、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、NST3タンパク質またはNST3ポリペプチドと交換可能に使用され得、配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、NST3遺伝子と交換可能に使用され得る。また、配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、NST1タンパク質またはNST1ポリペプチドと交換可能に使用され得、配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、NST1遺伝子と交換可能に使用され得る。
【0068】
本発明はさらに、鞘の自然開裂に関与する転写因子をコードする遺伝子を同定し、該遺伝子の機能を阻害することにより鞘の自然開裂が抑制された植物体、およびその生産方法を提供する。本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物を用いれば、成熟した種子を有する鞘の収穫および鞘に包まれた種子の効率的な収穫が容易になる。
【0069】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物は、鞘の自然開裂に関与する遺伝子にコードされる転写因子の機能を阻害することにより得ることができる。
【0070】
1つの局面において、本発明は、鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法を提供する。一実施形態において、本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法は、植物体内において、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を阻害する工程を包含し得る。他の局面において、本発明は、鞘の自然開裂が抑制された植物体を提供する。さらなる局面において、本発明は、植物体の鞘の自然開裂を抑制するためのキットを提供する。
【0071】
本明細書中において使用される場合、用語「鞘の自然開裂」は、野生体植物または変異体植物において、種子の成熟および鞘の乾燥によって鞘が割れることにより鞘の中に包まれている種子が露出することが意図される。鞘の自然開裂によって、種子の飛散が起こっても起こらなくてもよい。
【0072】
本発明に係る配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたは配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドによって調節される、鞘の自然開裂に関与する遺伝子についてはこれまでに明らかにされていない。しかし、配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドが標的とする遺伝子は、鞘、葯および茎などさまざまな組織におけるリグニン合成を担う酵素等を発現する遺伝子であることが示唆されている(非特許文献1参照)。また、後述する実施例において示すように、本発明に係る配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたは配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、鞘、胚軸および花茎におけるリグニン合成を正に制御している。鞘は、バルブ内皮層およびバルブマージンと呼ばれる部位においてリグニン化と脱水を受けることにより、収縮することが知られている。以上のことから、上記2つのポリペプチドは、リグニン合成を正に制御する転写因子であると考えられる。
【0073】
(I)転写因子を転写抑制因子に転換する方法
植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子または植物体における鞘の自然開裂に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子と、転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとを融合させた本発明に係るキメラタンパク質を、植物体で生産させることによって、植物体におけるグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させる方法、または鞘の自然開裂を抑制する方法について説明する。なお、目的の転写因子と、転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとを融合させたキメラタンパク質を、本明細書中において「キメラリプレッサー」とも称する。
【0074】
(I-1)本発明で用いられるキメラタンパク質
上述したように、本発明で用いられるキメラタンパク質は、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子と、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとを融合させたものである。また、本発明で用いられるキメラタンパク質は、鞘の自然開裂を抑制することができるので、鞘の自然開裂に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子と、任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドとを融合させたものともいえる。なお、「任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチド」については、(I-3)にて詳述する。
【0075】
また、本発明で用いられるキメラタンパク質は、内在性の遺伝子に対して、優勢に作用するものである。すなわち、本発明に係るキメラタンパク質は、植物が二倍体や複二倍体であったり、あるいは植物に機能重複(リダンダントな)遺伝子が存在したりしても、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子や鞘の自然開裂に関わる遺伝子の発現を一様に抑制することができる。それゆえ、上記キメラタンパク質をコードする遺伝子を導入することにより、効果的にグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体(または鞘の自然開裂が抑制された植物体)を作製することが可能となる。
【0076】
(I-2)植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子または植物体における鞘の自然開裂に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子
グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体を作製する際に用いられる転写因子としては、配列番号74または配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質(ポリペプチド)に限定されず、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子であればよい。また、鞘の自然開裂が抑制された植物体を作製する際に用いられる転写因子としては、配列番号74または配列番号72に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質(ポリペプチド)に限定されず、鞘の自然開裂に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子であればよい。具体的には、上記いずれの場合であっても、配列番号74または配列番号72に示されるアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であっても、上記機能を有していれば本発明にて用いることができる。なお、上記の「配列番号74または配列番号72に示されるアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列」における「1個または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0077】
また上記転写因子としては、配列番号74または配列番号72に示されるアミノ酸配列に対して、50%以上、好ましくは60%または70%以上の相同性を有するタンパク質であって、かつ、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子または植物体における鞘の自然開裂に関与する遺伝子の転写を促進する機能を有するタンパク質も含まれる。なおここで「相同性」とは、アミノ酸配列中に占める同じ配列の割合であり、この値が高いほど両者は近縁であるといえる。
【0078】
また、本発明で用いられる、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子または植物体における鞘の自然開裂の転写を促進する転写因子のアミノ酸配列は、種の異なる数多くの植物間において、保存性が高いものと考えられる。そのため、リグニン量およびセルロース量または鞘の自然開裂を抑制したい個々の植物体において、かかる転写因子やかかる転写因子をコードする遺伝子を必ずしも単離する必要はない。すなわち、後述するシロイヌナズナで構築したキメラタンパク質をコードする遺伝子を、他の植物に導入することで、さまざまな種の植物において簡便にグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体(または鞘の自然開裂が抑制された植物体)を生産することができる。
【0079】
本発明で用いられるキメラタンパク質を生産させる際には、後述するように、公知の遺伝子組換え技術を好適に用いることができる。そこで、本発明に係る植物体の生産方法には、上記転写因子をコードする遺伝子も好適に用いることができる。
【0080】
上記転写因子をコードする遺伝子としては特に限定されず、遺伝暗号に基づいて、上記転写因子のアミノ酸配列に対応するものであればよい。具体的な一例としては、例えば、転写因子として配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を用いる場合には、該タンパク質をコードする遺伝子を挙げることができる。上記遺伝子の具体的な一例としては、例えば、配列番号73に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として含むポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0081】
もちろん、本発明で用いられる配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、または、転写因子をコードする遺伝子としては、上記の例に限定されず、配列番号73に示される塩基配列と相同性を有する遺伝子であってもよい。具体的には、例えば、配列番号73に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、上記転写因子をコードする遺伝子等を挙げることができる。なお、ここでストリンジェントな条件でハイブリダイズするとは、60℃で2×SSC洗浄条件下にて結合することを意味する。
【0082】
上記ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al. Molecular Cloning, A Laboratory Manual,2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズしがたくなる)。
【0083】
上記転写因子をコードする遺伝子を取得する方法は特に限定されず、従来公知の方法により、多くの植物から単離することができる。例えば、既知の転写因子の塩基配列に基づき作製したプライマー対が用いられ得る。このプライマー対を用いて、植物のcDNAまたはゲノミックDNAを鋳型としてPCRを行うこと等により上記遺伝子を得ることができる。また、上記転写因子をコードする遺伝子は、従来公知の方法により化学合成して得ることもできる。
【0084】
(I-3)転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチド
本発明で用いられる、転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチド(説明の便宜上、転写抑制転換ペプチドと称する)としては、特に限定されず、転写因子と融合させたキメラタンパク質を形成させることにより、当該転写因子により制御される標的遺伝子の転写を抑制することができるペプチドであればよい。具体的には、例えば、本発明者によって見出された転写抑制転換ペプチド(特許文献4~10、非特許文献2、3等参照)を挙げることができる。
【0085】
本発明者は、Class II ERF遺伝子群の一つであるシロイヌナズナ由来のAtERF3タンパク質、AtERF4タンパク質、AtERF7タンパク質、AtERF8タンパク質を転写因子に結合させたタンパク質が、遺伝子の転写を顕著に抑制するとの知見を得た。そこで、上記タンパク質をそれぞれコードする遺伝子およびこれから切り出したDNAを含むエフェクタープラスミドを構築し、これを植物細胞に導入することにより、実際に遺伝子の転写を抑制することに成功した(例えば特許文献4~7参照)。また、Class II ERF遺伝子群の一つであるタバコERF3タンパク質(例えば特許文献8参照)、イネOsERF3タンパク質(例えば特許文献9参照)をコードする遺伝子、および、ジンクフィンガータンパク質の遺伝子群の一つであるシロイヌナズナZAT10、同ZAT11をコードする遺伝子についても上記と同様な試験を行ったところ、遺伝子の転写を抑制することを見出している。さらに本発明者は、これらタンパク質は、カルボキシル基末端領域に、アスパラギン酸-ロイシン-アスパラギン(DLN)を含む共通のモチーフを有することを明らかにした。そして、この共通モチーフを有するタンパク質について検討した結果、遺伝子の転写を抑制するタンパク質は極めて単純な構造のペプチドであってもよく、これら単純な構造を有するペプチドが、転写因子を転写抑制因子に変換する機能を有することを見出している。
【0086】
また、本発明者は、シロイヌナズナSUPERMANタンパク質は、上記の共通のモチーフと一致しないモチーフを有するが、転写因子を転写抑制因子に変換する機能を有すること、また該SUPERMANタンパク質をコードする遺伝子を、転写因子のDNA結合ドメインまたは転写因子をコードする遺伝子に結合させたキメラ遺伝子は、強力な転写抑制能を有するタンパク質を産生することも見出している。
【0087】
したがって、本発明において用いられる転写抑制転換ペプチドの一例として、本実施の形態では、Class II ERFタンパク質であるシロイヌナズナ由来のAtERF3タンパク質、同AtERF4タンパク質、同AtERF7タンパク質、同AtERF8タンパク質、タバコERF3タンパク質、イネOsERF3タンパク質、ジンクフィンガータンパク質の一つであるシロイヌナズナZAT10タンパク質、同ZAT11タンパク質等のタンパク質、同SUPERMANタンパク質、これらから切り出したペプチドや、上記機能を有する合成ペプチド等を挙げることができる。
【0088】
本明細書中で使用される場合、「機能性ペプチド」は、転写因子を転写抑制因子に変換することができるペプチドが意図され、「転写抑制転換ペプチド」または「リプレッサードメイン」と交換可能に使用され得る。
【0089】
一実施形態において、上記機能性ペプチドは、以下:
(1)X1-Leu-Asp-Leu-X2-Leu-X3;
(2)Y1-Phe-Asp-Leu-Asn-Y2-Y3;
(3)Z1-Asp-Leu-Z2-Leu-Arg-Leu-Z3;または
(4)Asp-Leu-Z4-Leu-Arg-Leu
(但し、式中、X1は0~10個のアミノ酸残基を表し、X2はAsnまたはGluを表し、X3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Y1は0~10個のアミノ酸残基を表し、Y2はPheまたはIleを表し、Y3は少なくとも6個のアミノ酸残基を表し、Z1はLeu、Asp-LeuまたはLeu-Asp-Leuを表し、Z2はGlu、GlnまたはAspを表し、Z3は0~10個のアミノ酸残基を表し、Z4はGlu、GlnまたはAspを表す。)
で表されるアミノ酸配列からなることが好ましい。
【0090】
式(1)の機能性ペプチドにおいて、X1で表されるアミノ酸残基の数は0~10個の範囲内であればよい。また、X1で表されるアミノ酸残基を構成する具体的なアミノ酸の種類は特に限定されない。換言すれば、式(1)の機能性ペプチドにおいて、N末端側には、1個の任意のアミノ酸または2~10個の任意のアミノ酸残基からなるオリゴマーが付加されていても、アミノ酸が何も付加されていなくてもよい。
【0091】
X1で表されるアミノ酸残基は、式(1)の機能性ペプチドを合成する際の簡便さの観点から、できるだけ短いほうがよい。具体的には、X1で表されるアミノ酸残基は、10個以下であることが好ましく、5個以下であることがより好ましい。
【0092】
同様に、式(1)の機能性ペプチドにおいて、X3で表されるアミノ酸残基の数は少なくとも6個あればよい。また、X3で表されるアミノ酸残基を構成する具体的なアミノ酸の種類は特に限定されない。換言すれば、式(1)の機能性ペプチドにおいて、C末端側には、6個以上の任意のアミノ酸残基からなるオリゴマーが付加されていればよい。X3で表されるアミノ酸残基は、最低6個あれば上記機能を示すことができる。
【0093】
式(1)の機能性ペプチドにおいて、X1およびX3を除いた5個のアミノ酸残基からなるペンタマー(5mer)の具体的な配列を、配列番号20、21に示す。なお、X2がAsnの場合のアミノ酸配列が配列番号20に示すアミノ酸配列であり、X2がGluの場合のアミノ酸配列が配列番号21に示すアミノ酸配列である。
【0094】
式(2)の機能性ペプチドにおいて、式(1)の機能性ペプチドのX1と同様、Y1で表されるアミノ酸残基の数は0~10個の範囲内であればよい。また、Y1で表されるアミノ酸残基を構成する具体的なアミノ酸の種類は特に限定されない。換言すれば、式(2)の機能性ペプチドにおいて、式(1)の機能性ペプチドと同様、N末端側には、1個の任意のアミノ酸または2~10個の任意のアミノ酸残基からなるオリゴマーが付加されていても、アミノ酸が何も付加されていなくてもよい。
【0095】
Y1で表されるアミノ酸残基は、式(2)の機能性ペプチドを合成する際の簡便さの観点から、できるだけ短いほうがよい。具体的には、Y1で表されるアミノ酸残基は、10個以下であることが好ましく、5個以下であることがより好ましい。
【0096】
同様に、式(2)の機能性ペプチドにおいて、式(1)の機能性ペプチドのX3と同様、Y3で表されるアミノ酸残基の数は少なくとも6個あればよい。また、Y3で表されるアミノ酸残基を構成する具体的なアミノ酸の種類は特に限定されない。換言すれば、式(2)の機能性ペプチドにおいて、式(1)の機能性ペプチドと同様、C末端側には、6個以上の任意のアミノ酸残基からなるオリゴマーが付加されていればよい。Y3で表されるアミノ酸残基は、最低6個あれば上記機能を示すことができる。
【0097】
式(2)の機能性ペプチドにおいて、Y1およびY3を除いた5個のアミノ酸残基からなるペンタマー(5mer)の具体的な配列を、配列番号22、23に示す。なお、Y2がPheの場合のアミノ酸配列が配列番号22に示すアミノ酸配列であり、Y2がIleの場合のアミノ酸配列が配列番号23に示すアミノ酸配列である。また、Y2を除いた4個のアミノ酸残基からなるテトラマー(4mer)の具体的な配列を、配列番号82に示す。
【0098】
式(3)の機能性ペプチドにおいて、Z1で表されるアミノ酸残基は、1~3個の範囲内でLeuを含むものである。アミノ酸1個の場合は、Leuであり、アミノ酸2個の場合は、Asp-Leuであり、アミノ酸3個の場合はLeu-Asp-Leuである。
【0099】
一方、式(3)の機能性ペプチドにおいて、式(1)の機能性ペプチドのX1等と同様、Z3で表されるアミノ酸残基の数は0~10個の範囲内であればよい。また、Z3で表されるアミノ酸残基を構成する具体的なアミノ酸の種類は特に限定されない。換言すれば、式(3)の機能性ペプチドにおいて、C末端側には、1個の任意のアミノ酸または2~10個の任意のアミノ酸残基からなるオリゴマーが付加されていても、アミノ酸が何も付加されていなくてもよい。
【0100】
Z3で表されるアミノ酸残基は、式(3)の機能性ペプチドを合成する際の簡便さの観点から、できるだけ短いほうがよい。具体的には、Z3で表されるアミノ酸残基は、10個以下であることが好ましく、5個以下であることがより好ましい。Z3で表されるアミノ酸残基の具体的な例としては、Gly、Gly-Phe-Phe、Gly-Phe-Ala、Gly-Tyr-Tyr、Ala-Ala-Ala等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0101】
また、式(3)で表される機能性ペプチド全体のアミノ酸残基の数は、特に限定されないが、合成する際の簡便さの観点から、20アミノ酸以下であることが好ましい。
【0102】
式(3)の機能性ペプチドにおいて、Z3を除いた7~10個のアミノ酸残基からなるオリゴマーの具体的な配列を、配列番号24~32に示す。なお、Z1がLeuかつZ2がGlu、GlnまたはAspの場合のアミノ酸配列が、それぞれ配列番号24、25または26に示すアミノ酸配列であり、Z1がAsp-LeuかつZ2がGlu、GlnまたはAspの場合のアミノ酸配列が、それぞれ配列番号27、28または29に示すアミノ酸配列であり、Z1がLeu-Asp-LeuかつZ2がGlu、GlnまたはAspの場合のアミノ酸配列が、それぞれ配列番号30、31または32に示すアミノ酸配列である。
【0103】
式(4)の機能性ペプチドは、6個のアミノ酸残基からなるヘキサマー(6mer)であり、その具体的な配列を、配列番号5、14、33に示す。なお、Z4がGluの場合のアミノ酸配列が配列番号5に示すアミノ酸配列であり、Z4がAspの場合のアミノ酸配列が配列番号14に示すアミノ酸配列であり、Z4がGlnの場合のアミノ酸配列が配列番号33に示すアミノ酸配列である。
【0104】
特に、本発明において用いられる機能性ペプチドは、式(4)で表されるヘキサマーのような最小配列を有するペプチドであってもよい。例えば、配列番号5に示すアミノ酸配列は、シロイヌナズナSUPERMANタンパク質(SUPタンパク質)の196~201番目のアミノ酸配列に相当し、上述したように、本発明者によって新たに上記機能性ペプチドとして見出されたものである。
【0105】
本実施形態において、より好ましくは、上記機能性ペプチドは、配列番号1~17のいずれか1つに示されるアミノ酸配列からなってもよい。
【0106】
なお、配列番号1~17に示されるアミノ酸配列を有するオリゴペプチドが上記機能性ペプチドであることは、合成したこれらのペプチドを、前述した特許文献5~10、非特許文献2および3に記載されている方法によって確認されている。
【0107】
さらに、配列番号1、4に示されるアミノ酸配列を有するオリゴペプチドが上記機能性ペプチドであることは、植物における転写因子であるEIN3遺伝子に結合し、シロイヌナズナ植物体を形質転換させることにより、確認されている。
【0108】
同様に、配列番号16に示されるアミノ酸配列を有するオリゴペプチドが上記機能性ペプチドであることは、植物における転写因子であるCUC1遺伝子に結合し、シロイヌナズナ植物体を形質転換させさせることにより、確認されている。
【0109】
同様に、配列番号17に示されるアミノ酸配列を有する上記オリゴペプチドが上記機能性ペプチドであることは、植物における転写因子であるPAP1遺伝子やAtMYB23に結合し、シロイヌナズナ植物体を形質転換させることにより、確認されている。
【0110】
また、本実施形態において、より好ましくは、上記機能性ペプチドは、以下:
(a)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列;あるいは
(b)配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されているアミノ酸配列
からなってもよい。
【0111】
上記の「配列番号18または19に示されるいずれかのアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列」における「1個または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1~20個、好ましくは1~10個、より好ましくは1~7個、さらに好ましくは1個~5個、特に好ましくは1個~3個を意味する。
【0112】
アミノ酸の欠失、置換または付加は、上記ペプチドをコードする塩基配列を当該分野において公知の手法によって改変することによって行うことができる。塩基配列に変異を導入するには、Kunkel法またはGapped duplex法等の公知手法またはこれに準ずる方法により行い得、例えば、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-KやMutant-G(TAKARA))等を用いて、あるいはLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット(TAKARA)を用いて変異が導入され得る。
【0113】
また、上記機能性ペプチドは、配列番号18に示されるアミノ酸配列の全長配列を有するペプチドに限られず、その部分配列を有するペプチドであってもよい。
【0114】
その部分配列を有するペプチドとしては、例えば、配列番号19に示されるアミノ酸配列(SUPタンパク質の175~204番目のアミノ酸配列)を有するペプチドが挙げられ、その部分配列を有するペプチドとしては、式(3)で表されるペプチドが挙げられる。
【0115】
他の実施形態において、上記機能性ペプチドは、以下:
(5)α1-Leu-β1-Leu-γ1-Leu
(但し、式中α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、γ1は、Arg、Gln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)
で表されるアミノ酸配列を有することが好ましい。なお、式(5)で表したアミノ酸配列を以下の(6)~(9)にさらに分類することができる:
(6)α1-Leu-β1-Leu-γ2-Leu;
(7)α1-Leu-β2-Leu-Arg-Leu;または
(8)α2-Leu-β1-Leu-Arg-Leu
(9)Asp-Leu-β3-Leu-Arg-Leu
(但し、上記各式中、α1は、Asp、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示し、α2は、Asn、Glu、Gln、ThrまたはSerを示す。また、β1は、Asp、Gln、Asn、Arg、Glu、Thr、SerまたはHisを示し、β2はAsn、Arg、Thr、SerまたはHisを示し、β3は、Glu、AspまたはGlnを示す。さらに、γ2は、Gln、Asn、Thr、Ser、His、LysまたはAspを示す。)。
【0116】
本実施形態において、より好ましくは、上記機能性ペプチドは、配列番号117、120、123、126、129、132、135、138、141、144、147、150、153、156、159、162、171、174または177で表されるアミノ酸配列を有するペプチドであり得る。このうち、配列番号138、141、147、153、171、174または177のペプチドは、一般式(6)に示されるペプチドに相当し、配列番号117、126、156、159または162のペプチドは、一般式(7)に示されるペプチドに相当し、配列番号129、132、135、144、または150のペプチドは、一般式(8)に示されるペプチドに相当し、配列番号120または123のペプチドは、一般式(9)に示されるペプチドに相当する。
【0117】
また、本実施形態において、より好ましくは、上記機能性ペプチドは、配列番号165または168で表されるアミノ酸配列を有するペプチドであり得る。
【0118】
配列番号117、120、123、126、129、132、135、138、141、144、147、150、153、156、159、162、171、174または177で表されるアミノ酸配列を有するペプチドについては、以下に示すようにして機能性ペプチドであることが確認されている。まず、上記各ペプチドをコードするポリヌクレオチド(該ポリヌクレオチドの塩基配列については後述する)を合成し、該ポリヌクレオチドと酵母のGAL4転写因子のDNA結合ドメインのコード領域とを連結し、さらに植物細胞で機能するカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターの下流につないで、エフェクタープラスミドを構築する。またカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターのエンハンサー領域と、GAL4タンパク質結合DNA配列と、さらにカリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターのTATA領域をプロモーター領域に結合した、ルシフェラーゼ遺伝子からなるレポーター遺伝子を構築する。これらのエフェクタープラスミドとレポーター遺伝子とを同時に遺伝子銃(パーティクルガン)を用いてシロイヌナズナ葉に導入し、レポーター遺伝子であるルシフェラーゼ遺伝子の活性を測定することによって、機能性ペプチドであるか否かを調べることができる。
【0119】
上記機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチド(転写抑制転換ポリヌクレオチド)は、遺伝暗号に基づき、上記機能性ペプチドのアミノ酸配列に対応する塩基配列を含んでいれば特に限定されない。
【0120】
上記転写抑制転換ポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号83、84、85、86、87、88、89、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99,100、101、102、103、104、105、106、107、108、109、110、111、112、113、114、115、116、118、119、121、122、124、125、127、128、130、131、133、134、136、137、139、140、142、143、145、146、148、149、151、152、154、155、157、158、160、161、163、164、166、167、169、170、172、173、175、176、178または179で表される塩基配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。
【0121】
なお、配列番号1のペプチドは、配列番号83または84の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号2のペプチドは、配列番号85または86の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号3のペプチドは、配列番号87または88の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号4のペプチドは、配列番号89または90の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号5のペプチドは、配列番号91または92の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号6のペプチドは、配列番号93または94の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号7のペプチドは、配列番号95または96の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号8のペプチドは、配列番号97または98の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号9のペプチドは、配列番号99または100の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号10のペプチドは、配列番号101または102の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号11のペプチドは、配列番号103または104の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号12のペプチドは、配列番号105または106の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号13のペプチドは、配列番号107または108の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号14のペプチドは、配列番号109または110の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号15のペプチドは、配列番号111または112の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号16のペプチドは、配列番号113または114の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号17のペプチドは、配列番号115または116の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号117のペプチドは、配列番号118または119の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号120のペプチドは、配列番号121または122の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号123のペプチドは、配列番号124または125の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号126のペプチドは、配列番号127または128の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号129のペプチドは、配列番号130または131の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号132のペプチドは、配列番号133または134の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号135のペプチドは、配列番号136または137の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号138のペプチドは、配列番号139または140の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号141のペプチドは、配列番号142または143の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号144のペプチドは、配列番号145または146の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号147のペプチドは、配列番号148または149の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号150のペプチドは、配列番号151または152の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号153のペプチドは、配列番号154または155の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号156のペプチドは、配列番号157または158の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号159のペプチドは、配列番号160または161の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号162のペプチドは、配列番号163または164の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号165のペプチドは、配列番号166または167の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号168のペプチドは、配列番号169または170の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号171のペプチドは、配列番号172または173の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号174のペプチドは、配列番号175または176の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされており、配列番号177のペプチドは、配列番号178または179の塩基配列にコードされている。
【0122】
必要に応じて、上記転写抑制転換ポリヌクレオチドには、転写因子遺伝子と連結するための連結部位となる塩基配列を含んでいてもよい。また、上記機能性ペプチドの読み枠と転写因子遺伝子の読み枠とが一致しないような場合には、これら読み枠を一致させるための付加的な塩基配列を含んでいてもよい。
【0123】
上記付加的な塩基配列を含んだ転写抑制転換ポリヌクレオチドの塩基配列の具体例としては、配列番号34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53、55、56、57、58、59、60、61、62、63、64、65、66、67に示される塩基配列を挙げることができる。
【0124】
また、配列番号18、19に示されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドの塩基配列の具体例としては、例えば、それぞれ配列番号68、69に示される塩基配列を挙げることができる。
【0125】
本発明で用いられるキメラタンパク質は、転写因子をコードする遺伝子と転写抑制転換ポリヌクレオチドとを連結した上記キメラ遺伝子から得ることができる。したがって、上記キメラタンパク質は、上記転写因子の部位と、上記転写抑制転換ペプチドの部位とが含まれていればよく、その構成は特に限定されない。例えば、転写因子と転写抑制転換ペプチドとの間をつなぐためのリンカー機能を有するポリペプチドや、HisやMyc、Flag等のようにキメラタンパク質をエピトープ標識するためのポリペプチド等、各種の付加的なポリペプチドが含まれていてもよい。さらに上記キメラタンパク質には、必要に応じて、ポリペプチド以外の構造、例えば、糖鎖やイソプレノイド基等が含まれていてもよい。
【0126】
(II)ノックアウト法
本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体(または鞘の自然開裂が抑制された植物体)の生産方法として、個体のゲノムを遺伝子工学的に操作することにより所望の遺伝子からのmRNAの転写を阻害するノックアウト法について説明する。
【0127】
本明細書中で使用される場合、「ノックアウト法」は、「標的遺伝子からのmRNAの転写が起こらない」ような「標的DNAの一部または全部のDNA配列の欠失」、「該標的DNAの一部または全部のDNA配列の外来性DNAとの置換」または「該標的DNAの一部または全部のDNA配列中への外来性DNAの挿入」のいずれか一つの変異を導入する方法が意図される。このため、相同性組み換えを利用した変異、活性化したトランスポゾンのゲノムDNAへの挿入または外来性の遺伝子の挿入など、公知の遺伝子工学的手法を利用すれば、目的の転写因子の機能を阻害することができる。
【0128】
本発明において使用される遺伝子に対する変異の導入方法は、遺伝子に変異を導入し得る方法であればよく、種々の公知の方法(例えば、薬剤(エチルメタンスルフォン酸など)の処理、紫外線照射、あるいは遺伝子工学的手法(組み換えなどによる塩基の置換、挿入および/または付加))が利用され得る。しかし、一般的に植物のゲノムDNAに対して所望の変異を選択的に導入することは困難である。
【0129】
所望のDNA配列に対して所望の変異が導入されている植物を、ランダムに変異を導入した植物群の中から、簡便かつ確実に選抜する方法として、Targeting Induced Local Lesions IN Genomes(以下、TILLINGと称する)法が挙げられる。TILLING法を用いて、本発明に用いる遺伝子に対して所望の変異(転写因子の機能を阻害する変異)が導入されている植物を選抜する方法について以下に示す。なお、TILLING法は、公知の文献を参考にして実施されてもよい(Slade AJ and Knauf VC, (2005), Transgenic Res.)。
【0130】
シロイヌナズナの種子または花粉のゲノム上に対して無作為に変異を導入する方法として、上述したもののうち紫外線照射を用いた場合を例に説明する。紫外線照射により変異が導入されている種子(花粉に変異が導入されている場合には、この花粉を受粉させることにより得られる種子)を播種して生育する。ここで得られる第一世代(M1)は、部位または細胞によって異なるゲノムを有するキメラの状態になっている。このため、M1を自家受粉させることにより、全ての細胞が同じゲノムを有する第二世代(M2)を作製する。次に、M2を自家受粉することにより得られる第三世代(M3)の種子を回収する。ここで、M2の個体から抽出されるゲノムDNAを、4~8個体を一群として集めることにより、TILLINGライブラリーが得られる。
【0131】
次に、本発明に用いる遺伝子における、少なくとも一つの所望の領域の両端に対してPCRプライマーを設計する。各プライマー対をそれぞれ異なる、特定の波長を有する励起光の照射により蛍光を発する、色素を用いて標識する。例えば、色素としては、490nm付近の波長を有する励起光の照射により蛍光を発するCy3と680nm付近の波長を有する励起光の照射により蛍光を発するCy5を組み合わせて用いることができる。Cy3とCy5の組み合わせに限らず、異なる波長を有する励起光の照射により蛍光を発する色素であればよい。ここで、上記所望の領域は上記遺伝子の全長であってもよい。この場合、ORF上にインフレームで終止コドンが入るような挿入、置換または欠失変異が好ましい。さらに、上記所望の領域は、上記遺伝子の転写に関わる該遺伝子の上流領域であってもよい。これらに限定されず、上記所望の領域とは、変異を有することにより該遺伝子がコードする転写因子の機能を阻害するような領域であればよい。
【0132】
上述した各プライマー対を用いて、TILLINGライブラリーに含まれるゲノムDNAの各所望の領域をPCRにより増幅する。PCRにより増幅される群の中に、所望の領域において変異を有する個体由来のゲノムDNAが含まれている場合、変異を有するDNAと正常なDNAのヘテロ二重鎖が、一定の割合で混合しているような増幅が得られる。
【0133】
増幅されたDNAを、精製した一本鎖特異的なendonuclease CEL1(Oleykowski et al.,(1998),Nucleic Acids Res,26:4597-4602を参照)によって処理する。これにより、上記の変異を有するDNAと正常なDNAのヘテロ二重鎖が、不対合部位において切断され、二つの断片が生じる。上記二つの断片を含むDNAを、2つのゲルに対して同じサンプルをアプライして、LI-CORアナライザー(LI-COR.Ltd)によって、電気泳動する。電気泳動した2つのゲルに対してそれぞれ異なる波長を有する励起光を照射することにより標識されているプライマーを可視化することができる。例えば、Cy3およびCy5をプライマーの標識に用いている場合、490nmまたは680nm付近の波長を有する励起光を用いることができる。
【0134】
例えば、PCRにより増幅された群において、所望の領域に変異を有する個体由来のゲノムDNAが含まれている場合、どちらのゲルにおいてもプライマーを設定した領域に相当する長さの断片よりも短い断片が検出される。また、2つのゲルにおいて検出される断片の長さを足し合わせた長さが、プライマーを設定した領域に相当する長さと一致する。endonuclease処理により得られた2つのDNA断片の長さを足し合わせた長さと、プライマーを設定した領域に相当する長さが一致する群を特定する。特定した群に含まれるそれぞれの個体について所望の領域の塩基配列を解読することにより、所望の領域に変異を有する個体を選抜することができる。
【0135】
なお、所望の領域に変異を有する個体を含まない群から得られるゲノムDNAをPCRによって増幅した場合には、上記2つのゲルのどちらにおいてもプライマーを設定した領域に相当する長さの断片よりも短い断片が検出される可能性がある。しかし、2つのゲルにおいて検出される断片の長さを足し合わせた長さは、プライマーを設定した領域に相当する長さと一致する可能性は低い。
【0136】
ここでは、TILLIG法を用いることにより、本発明に用いる遺伝子に対して所望の変異(転写因子の機能を阻害する変異)が導入されている植物を選抜する方法について説明した。これに限定されず、本発明に係る植物体の選抜方法は、所望のDNA配列に対して所望の変異が導入されている植物を、ランダムに変異を導入した植物群の中から選抜できる方法であればよく、従来公知の様々な方法を用いることができる。
【0137】
(III)RNAi法
本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体(または鞘の自然開裂が抑制された植物体)の生産方法に適用するための技術として、従来公知の遺伝子工学的手法(例えば、アンチセンス法、センス(コサプレッション)法、RNAi法など)が挙げられる。RNAi法は、二本鎖RNA(dsRNA)を転写させてタンパク質合成を阻害する。以下に、dsRNAを植物体内において転写させるRNAi法について説明する。
【0138】
(III-1)RNAi法に用いるポリヌクレオチド
RNAi法に用いて、配列番号73に示される塩基配列をオープンリーディングとして含むポリヌクレオチドの発現を抑制する場合、配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、または配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド等が標的ポリヌクレオチドであり得る。ここで、上記ポリヌクレオチドはいずれも配列番号74に示されるアミノ酸配列を有する転写因子をコードする。本明細書中で使用される場合、ストリンジェントな条件でハイブリダイズするとは、60℃で2×SSC洗浄条件下で結合することが意図される。また、RNAi法に用いて、配列番号71に示される塩基配列をオープンリーディングとして含むポリヌクレオチドの発現を抑制する場合には、配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、または配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド等が標的ポリヌクレオチドであり得る。ここで、上記ポリヌクレオチドはいずれも配列番号72に示されるアミノ酸配列を有する転写因子をコードする。
【0139】
RNAi法に使用され得るポリヌクレオチドは、上記標的ポリヌクレオチド中の連続する任意の少なくとも21塩基以上からなり、標的とするポリヌクレオチドの転写を抑制することが可能な塩基数であれば、特に限定されない。また、上記標的ポリヌクレオチドと相補的な配列中の連続する任意の少なくとも21塩基以上からなり、標的とするポリヌクレオチドの転写を抑制することが可能な塩基数であれば、特に限定されない。
【0140】
正方向(フォワード)のDNA断片は上記領域の塩基配列と、逆方向(リバース)のDNA断片は上記領域と相補的な塩基配列と、一部ミスマッチを有していてもよい。好ましいミスマッチは、5%以下であり、より好ましくは1~3%、さらに好ましくは1%以下である。
【0141】
転写後においてヘアピン構造を有するように、互いに相補的な2つのDNA断片を逆位に連結する。このとき、クローニングを容易にするための100~1000塩基からなるスペーサー領域を、互いに相補的な2つのDNA断片の間に挿入してもよい。スペーサー領域の配列は、任意の遺伝子のイントロン領域が好ましく、植物由来の遺伝子のイントロン領域がより好ましい。
【0142】
(III-2)dsRNAの生産方法
(III-1)において説明した、互いに相補的な2つのDNA断片を逆位に連結することによって得られるポリヌクレオチドを、植物細胞に導入することにより、dsRNAを生産させることができる。なお、上記ポリヌクレオチドを植物細胞に導入する具体的な方法については、後述する(IV)の項において詳細に説明する。
【0143】
(IV)本発明に係る植物体の生産方法
本発明に係る植物体の生産方法は、転写因子の機能を阻害する工程を包含していればよく、本工程を包含していることにより、植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させることができ、さらに、植物体における鞘の自然開裂を抑制することができる。例えば、本発明に係る植物体の生産方法は、(1)変異導入工程、選抜工程を包含する生産方法、または(2)発現ベクター構築工程、形質転換工程、選抜工程を包含する生産方法であり得る。本発明に係るの生産方法(1)については、(II)において上述した通りである。よって、本発明の植物体の生産方法(2)の各工程について具体的に説明する。
【0144】
(IV-1)発現ベクター構築工程
本発明に包含され得る発現ベクター構築工程は、(I-1)で説明した転写因子をコードする遺伝子と、(I-4)で説明した転写抑制転換ポリヌクレオチドと、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを構築する工程であれば特に限定されない。あるいは、本発明において上記のdsRNA発現ベクター構築工程は、(III-1)で説明したポリヌクレオチドと、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを構築する工程であれば特に限定されない。
【0145】
組換え発現ベクターの母体となるベクターは、従来公知の種々のベクターが用いられ得る。例えば、プラスミド、ファージ、またはコスミド等が用いられ得、導入される植物細胞や導入方法に応じて適宜選択され得る。具体的には、例えば、pBR322、pBR325、pUC19、pUC119、pBluescript、pBluescriptSK、pBI系のベクター等が挙げられ得る。特に、植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウムを用いる方法である場合には、pBI系のバイナリーベクターが好ましい。pBI系のバイナリーベクターとしては、具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等が挙げられ得る。
【0146】
上記プロモーターは、植物体内で遺伝子を発現させることが可能なプロモーターであれば特に限定されず、公知のプロモーターが好適に用いられ得る。かかるプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、アクチンプロモーター、ノパリン合成酵素のプロモーター、タバコのPR1a遺伝子プロモーター、トマトのリブロース1,5-二リン酸カルボキシラーゼ・オキシダーゼ小サブユニットプロモーター等が挙げられる。中でも、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターまたはアクチンプロモーターがより好ましく用いられ得る。これらのプロモーターを用いれば、植物細胞内に導入されたときに任意の遺伝子を強く発現させることができる組換え発現ベクターを得ることができる。
【0147】
また、鞘の自然開裂の観点から、上記プロモーターは、鞘のバルブ内皮層および/またはバルブマージンにおいて特異的に遺伝子を発現させることができるプロモーターであってもよい。かかるプロモーターとしては、例えばINDプロモーター、SHP1プロモーター、SHP2プロモーター、ALCプロモーター等が挙げられ得る。このようなプロモーターを用いることにより、上記キメラタンパク質をコードする遺伝子またはdsRNAを転写する遺伝子を鞘のみにて発現させて、他の組織に影響を与えることなく、鞘の自然開裂を抑制することが可能となる。かかるプロモーターを用いることにより、上記遺伝子の発現の時期および組織に特異的に遺伝子を発現させることが可能となり、鞘の自然開裂をより効果的に抑制することができる。
【0148】
また、広い範囲の植物組織で機能するプロモーターの中でも、本発明で用いられるキメラ遺伝子を発現させることまたはdsRNAを転写させることによって、鞘の自然開裂に係る形質のみが変化(例えば、鞘における二次壁の肥厚化の抑制またはリグニン合成の抑制)し、他の形質は変化しないようなプロモーターは、本発明において非常に好適に用いることができる。
【0149】
上記プロモーターは、転写因子をコードする遺伝子と転写抑制転換ポリヌクレオチドとを連結したキメラ遺伝子を発現可能に連結され、ベクター内に導入されていればよく、組換え発現ベクターとしての具体的な構造は特に限定されない。あるいは、上記プロモーターは、dsRNAを転写可能に連結され、ベクター内に導入されていればよく、組換え発現ベクターとしての具体的な構造は特に限定されない。
【0150】
上記組換え発現ベクターは、上記プロモーターおよび上記キメラ遺伝子に加えて、さらなるDNAセグメントを含んでいてもよい。当該他のDNAセグメントとしては、特に限定されないが、ターミネーター、選別マーカー、エンハンサー、翻訳効率を高めるための塩基配列等が挙げられる。また、上記組換え発現ベクターは、さらにT-DNA領域を有していてもよい。T-DNA領域は、特にアグロバクテリウムを用いて上記組換え発現ベクターを植物体に導入する場合に遺伝子導入の効率を高めることができる。
【0151】
ターミネーターは、転写終結部位としての機能を有していれば特に限定されず、公知のものであってもよい。例えば、ノパリン合成酵素遺伝子の転写終結領域(Nosターミネーター)、カリフラワーモザイクウイルス35Sの転写終結領域(CaMV35Sターミネーター)等が好ましく用いられ得、Nosターミネーターがより好ましく用いられ得る。
【0152】
上記形質転換ベクターにおいては、ターミネーターを適当な位置に配置することにより、植物細胞に導入された後に不必要に長い転写物が合成されたり、強力なプロモーターがプラスミドのコピー数の減少させたりすることを防止することができる。
【0153】
上記選別マーカーとしては、例えば薬剤耐性遺伝子が用いられ得る。かかる薬剤耐性遺伝子の具体的な一例としては、例えば、ハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等に対する薬剤耐性遺伝子が挙げられ得る。これにより、上記抗生物質を含む培地中で生育する植物体を選択すれば、形質転換された植物体を容易に選別し得る。
【0154】
上記翻訳効率を高めるための塩基配列としては、例えばタバコモザイクウイルス由来のomega配列が挙げられ得る。omega配列をプロモーターの非翻訳領域(5’UTR)に配置させることによって、上記キメラ遺伝子の翻訳効率を高めることができる。このように、上記形質転換ベクターには、その目的に応じて、さまざまなDNAセグメントを含ませることができる。
【0155】
上記組換え発現ベクターの構築方法は、特に限定されず、適宜選択された母体となるベクターに、上記プロモーター、転写因子をコードする遺伝子、および転写抑制転換ポリヌクレオチド、並びに必要に応じて上記他のDNAセグメントが所定の順序となるように導入されればよい。例えば、転写因子をコードする遺伝子と転写抑制転換ポリヌクレオチドとを連結してキメラ遺伝子を構築し、次に、このキメラ遺伝子とプロモーターと(必要に応じてターミネーター等)とを連結して発現カセットを構築し、これをベクターに導入すればよい。RNAi法を用いる場合もまた、上記組換え発現ベクターの構築方法は、特に限定されず、適宜選択された母体となるベクターに、上記プロモーター、互いに相補的な2つのDNA断片を逆位に連結したポリヌクレオチド、並びに必要に応じて上記他のDNAセグメントが所定の順序となるように導入されればよい。例えば、互いに相補的な2つのDNA断片を逆位に連結する。次に、この連結した遺伝子とプロモーター(必要に応じてターミネーター等)とを連結して発現カセットを構築し、これをベクターに導入すればよい。
【0156】
キメラ遺伝子または互いに相補的な2つのDNA断片を逆位に連結したポリヌクレオチドの構築および発現カセットの構築では、例えば、各DNAセグメントの切断部位を互いに相補的な突出末端とし、ライゲーション酵素を用いて反応させることによって、当該DNAセグメントの順序を規定し得る。なお、発現カセットにターミネーターが含まれる場合は、上流から、プロモーター、上記キメラ遺伝子、ターミネーターの順であればよい。また、組換え発現ベクターを構築するための試薬類(制限酵素、ライゲーション酵素等)の種類についても特に限定されず、市販のものが適宜選択されればよい。
【0157】
また、上記組換え発現ベクターの増殖方法(生産方法)も特に限定されず、従来公知の方法が用いられ得る。一般的には、大腸菌をホストとして用いて、組換え発現ベクターを当該大腸菌内で増殖させればよい。このとき、ベクターの種類に応じて、好ましい大腸菌の種類が選択され得る。
【0158】
(IV-2)形質転換工程
本発明に包含される形質転換工程は、(V-1)で説明した組換え発現ベクターを植物細胞に導入することにより、(I)で説明したキメラタンパク質または(III-1)で説明したdsRNAが生産されればよい。
【0159】
上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入する方法(形質転換方法)は特に限定されず、植物細胞に応じた適切な従来公知の方法が用いられ得る。具体的には、例えば、アグロバクテリウムを用いる方法や直接植物細胞に導入する方法が用いられ得る。アグロバクテリウムを用いる方法としては、例えば、Transformation Of Arabidopsis thaliana by vacuum infiltration(http://www.bch.msu.edu/pamgreen/protocol.htm)が挙げられる。
【0160】
組換え発現ベクターを直接植物細胞に導入する方法としては、例えば、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)、ポリエチレングリコール法、パーティクルガン法、プロトプラスト融合法、リン酸カルシウム法等が挙げられる。
【0161】
上記組換え発現ベクターが導入される植物細胞としては、例えば、花、葉、根等の植物器官における各組織の細胞、カルス、懸濁培養細胞等が挙げられる。
【0162】
ここで、本発明に係る植物体の生産方法においては、上記組換え発現ベクターは、生産しようとする種類の植物体に合わせて適切なものを適宜構築されてもよいが、汎用的な組換え発現ベクターを予め構築しておき、それを植物細胞に導入してもよい。すなわち、本発明に係る植物体の生産方法においては、(IV-1)で説明した組換え発現ベクター構築工程が含まれていても含まれていなくてもよい。
【0163】
(IV-3)選抜工程
本発明に包含される選抜工程は、(I)で説明したキメラタンパク質または(IV)で説明したdsRNAの生産、あるいは(V-1)で説明した組み換えベクターの導入を確認し得た個体を集めることができればよい。
【0164】
タンパク質の発現、mRNAの転写または遺伝子の導入を確認するための方法として、様々な従来公知の方法が用いられ得る。タンパク質の発現を確認する方法としては、例えば、所望のタンパク質に対して特異的に結合する抗体を用いて所望のタンパク質を検出するウェスタンブロッティング法が挙げられる。また、mRNAの転写を確認する方法としては、所望のmRNAの一部と相補的な配列を有するプローブを用いて検出するノザンブロッティング法が挙げられる。さらに、個体に遺伝子が導入されたことを確認するためには、所望のポリヌクレオチドが有する塩基配列に対してプライマーを設定し、PCR反応を行えばよい。
【0165】
ここに挙げた方法に限らず、植物個体においてタンパク質の発現、mRNAの転写または遺伝子の導入を確認し得る従来公知の手法であれば、本発明の選抜工程に包含されることができる。
【0166】
(V)本発明により得られる植物体とその有用性、並びにその利用
本発明に係る植物体の生産方法は、植物体において上述の転写因子の機能を阻害することによる。上記転写因子の機能の阻害により、植物体のリグニン量およびセルロース量に関与すると推定される遺伝子の発現が抑制される。これにより植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させることができる。あるいは、上記転写因子の機能の阻害により、鞘の自然開裂に関与すると推定される遺伝子の発現が抑制される。これにより鞘の自然開裂を抑制することができる。したがって、本発明には、上記植物体の生産方法により得られる植物体も含まれる。
【0167】
(V-1)本発明に係る植物体
(V-1-1)グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減された植物体
本発明に係る植物体は、その具体的な種類が特に限定されず、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させることによりその有用性が高まる植物であればよい。かかる植物は、木本であることが好ましく、針葉樹であっても広葉樹であってもよい。針葉樹としては、例えば、マツ、スギ、ヒノキが挙げられ得る。また、広葉樹としては、ポプラ、ユーカリが挙げられ得る。
【0168】
(V-1-2)鞘の自然開裂が抑制された植物体
マメ科、ゴマ科、スミレ科などの植物は、種子を包む鞘を形成する。鞘は、乾燥により収縮して、開裂を生じる。さらに乾燥することにより鞘は大きく弾ける。鞘の中の種子は、この鞘が弾ける力を利用して飛散する。
【0169】
鞘は、一次壁のみを有する細胞からなる部位と一次壁および二次壁を有する細胞からなる部位に分けられ得る。鞘が乾燥する過程において、一次壁のみを有する細胞からなる部位と一次壁および二次壁を有する細胞からなる部位との間では、収縮率が異なる。この収縮率の差によって、鞘の自然開裂に必要となる張力が生み出される。
【0170】
自然界において、植物が個体数を増やし、生育地域を拡大するためには鞘の自然開裂は必須である。しかし、商品作物として植物を生育して種子を収穫する場合は、鞘の自然開裂によって種子が飛散することは不都合である。種子が飛散する前に収穫するためには、頻繁に鞘を観察することにより収穫時期を決定するか、または、経験的に収穫時期を予測して、収穫時期を決定する必要がある。しかし、頻繁に鞘を観察するためには、大変な労力および時間が必要であり、また、様々な気候条件よって、種子の成熟の度合いおよび鞘の自然開裂時期は毎年変動するため、収穫時期の予測も困難である。また、個体内においても、種子の成熟度および鞘の自然開裂時期が異なるため、一度に収穫することができない。このため、最適な収穫の開始時期を決定することができた場合であっても、何度も収穫を行う必要がある。
【0171】
鞘が開裂する前に成熟した種子を収穫することができれば、鞘の自然開裂による種子の飛散を考慮せずにすむので、収穫量を増大させることができる。また、種子の入った鞘を収穫する場合には、鞘の自然開裂による商品価値の消失を防ぐことができる。このように、鞘の自然開裂が抑制された植物が開発されれば、鞘の自然開裂による上記不都合は解消され得ると考えられる。
【0172】
上述の欠点を解消するために、鞘の自然開裂が抑制された植物を開発するための品種改良が行われている。一部の植物についてはその品種改良がすでに成功しており、大規模な栽培が実現している。しかし、品種改良が成功しかつ実用化されている植物は非常に少ない。
【0173】
短期間で優良品種を作出する方法として、植物を異なる品種間で交配させ、農産物をハイブリッド化して優良品種を作出する方法が、現在一般的に行なわれている。これは、植物を異なる品種間で交配させ雑種を作ると、両親より優れた形質が子供に現れる雑種強勢を利用するものである。しかし、植物を異なる品種で交配させた雑種は、両親よりも優れた形質が子供に現れるが、この子供を両親とする孫には、2代前の品種より劣った形質が現れやすいという不都合な特徴を有している。
【0174】
本発明者らは、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の葯の裂開に関与する遺伝子を特定し、この遺伝子が植物細胞に特有な二次壁の肥厚化を促進すること、および二次壁の肥厚化が葯の裂開に必須であることを見出している(特許文献11および非特許文献1参照)。葯の裂開を制御することは、鞘の自然開裂の制御と同様に有用であり、特許文献11などに記載の技術を用いれば、複雑な遺伝子組み換えなどを用いることなく容易に葯の裂開を抑制することができる。
【0175】
二次壁の肥厚化の観点からは、特許文献11などに記載の技術を用いれば、鞘の自然開裂が抑制され得ると考えられる。しかし、特許文献11に記載の遺伝子の機能を抑制した植物において、鞘の自然開裂は若干抑制されたが完全に抑制されることはなく、またその抑制頻度が低いために、所望の品種改良技術とみなすことはできなかった。
【0176】
本発明者は、上述したように、鞘の自然開裂に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子を特定し、該転写因子の機能を阻害することにより、鞘の自然開裂が抑制されることを見出した。
【0177】
本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体は、その具体的な種類が特に限定されず、鞘の自然開裂の抑制によりその有用性が高まる植物であればよい。かかる植物は、双子葉植物であってもよいし単子葉植物であってもよい。双子葉植物としては、例えば、シロイヌナズナ等のアブラナ科、マメ科またはスミレ科等の植物が挙げられ得る。また、単子葉植物としては、ネギ、ニラ、ユリ等のユリ科、ラン科などの植物が挙げられ得る。
【0178】
また、本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体は、種子が収まっている鞘または種子を商品とする植物、花や植物体そのものを商品とする観賞植物(花卉植物)であってもよい。したがって、本発明に係る鞘の自然開裂が制限された植物体としては、大豆、さやいんげん、小豆、ゴマ、ナタネ、バニラ、アスパラガス、キャベツ、白菜、ブロッコリーなどの各種の食用植物、あるいはスミレ、ユリ、ランなどの観賞植物が挙げられる。
【0179】
(V-2)本発明に係る植物体の有用性
本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体については、本明細書中に詳述している。よって、鞘の自然開裂が抑制された植物体の有用性について、以下に記載する。
【0180】
本発明は、植物体の鞘の自然開裂を抑制することにより一定の効果がある分野に有用性がある。具体例を以下にいくつか挙げるが、本発明の有用性は、これらに限定されない。
【0181】
本発明の技術を用いれば、鞘の自然開裂が抑制された植物体を作出することができ、食用植物の品種改良を行うことができる。本発明の鞘の自然開裂が抑制された植物体では、種子が鞘から飛散しない。このため、種子および種子が収まっている鞘が商品となる作物においては、収穫量を増大し得る。また、種子が成熟するのを待って収穫することができるため、収穫を一度に行うことも可能となる。
【0182】
(V-3)本発明に係る植物体の利用
本発明に係る植物体の利用分野、利用方法は特に限定されないが、一例として、本発明に係る植物体の生産方法を行うためのキット、すなわち植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減するためのキット、または植物体における鞘の自然開裂を抑制するためのキットを挙げることができる。
【0183】
本発明は、植物体のグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減するためのキット、または植物体における鞘の自然開裂を抑制するためのキットを提供し得る。本発明に係るキットは、(a)任意の転写因子を転写抑制因子に転換する機能性ペプチドをコードするポリヌクレオチド、および(b)配列番号73に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、を備えていることを特徴とする。本発明に係るキットはまた、(c)配列番号71に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、をさらに備えていてもよく、(d)目的のポリペプチドを植物体内にて発現させるための発現ベクター、および/または(e)前記発現ベクター(d)を植物細胞に導入するための試薬群をさらに備えていてもよい。
【0184】
本発明に係るキットの具体例としては、上記転写因子をコードする遺伝子と上記転写抑制転換ポリヌクレオチドとからなるキメラ遺伝子を含む組換え発現ベクターを少なくとも含んでいればよく、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含んでいればより好ましい。上記試薬群としては、形質転換の種類に応じた酵素やバッファー等を挙げることができる。その他、必要に応じてマイクロ遠心チューブ等の実験用素材を添付してもよい。
【実施例】
【0185】
〔実施例1:NST1/NST3遺伝子破壊植物の作製〕
本実施例においては、シロイヌナズナNST1遺伝子によってコードされる転写因子の機能が破壊されている植物(NST1 T-DNA-TAG LINE:SALK_120377およびSALK_149993)、およびシロイヌナズナNST3遺伝子によってコードされる転写因子の機能が破壊されている植物(NST3 T-DNA-TAG LINE:SALK_149909)の種子を、米国SALK研究所が作製しているT-DNAタグライン(T-DNA挿入変異株)より入手した。
【0186】
図1は、SALK_120377、SALK_149993およびSALK_149909の各々の遺伝子配列における、T-DNAの挿入位置を示した模式図である。各々の遺伝子配列の位置へT—DNAが挿入されていることにより、SALK_120377およびSALK_149993においてNST1は転写因子としての機能を喪失し、また、SALK_149909においてNST3も同様に転写因子としての機能を喪失している。
【0187】
3種類の植物の種子はいずれも、ホモ個体およびヘテロ個体の混在状態である。よって、ホモ個体を同定するために3種類の植物の種子を播種し、個体を成育させ、生育した植物個体のロゼット葉よりゲノムDNAを抽出した。PCRを行うために、SALK_120377から抽出したゲノムDNAに対して、プライマーLBa1(atggttcacgtagtgggccatc:配列番号75)、S120377LP(caaaatcgagattgtgatgtaaaa:配列番号76)およびS120377RP(cggacaatctcaagtgcctcc:配列番号77)を設計し、SALK_149993から抽出したゲノムDNAに対して、プライマーLBa1、S149993LP(ttacggggcctactctttttc:配列番号78)およびS149993RP(taaaccttgaatgtcccaagg:配列番号79)を設計し、そしてSALK_149909から抽出したゲノムDNAに対して、プライマーLBa1、S149909LP(cgtattgtttgtagagccgtg:配列番号80)およびS149909RP(gtctcgtcgagtcctaccacc:配列番号81)を設計した。抽出したゲノムDNAをテンプレートとして、(1)LBa1(配列番号75)およびS120377LP(配列番号76)、(2)S120377LP(配列番号76)およびS120377RP(配列番号77)、(3)LBa1(配列番号75)およびS149993LP(配列番号78)、(4)S149993LP(配列番号78)およびS149993RP(配列番号79)、(5)LBa1(配列番号75)およびS149909LP(配列番号80)、または(6)S149909LP(配列番号80)およびS149909RP(配列番号81)、の各プライマー対を用いてPCRを行った。なお、これらのプライマーは、以下の表1に示すゲノム配列上の位置に対応するように設計した。
【0188】
【表1】
JP0004831370B2_000002t.gif
また、LBa1(配列番号75)はT-DNAの挿入確認用として推奨されているプライマーである。全てのPCRプライマーを、SALK研究所が提供するWEBアプリケーションにより設計することができる(http://signal.salk.edu/tdnaprimers.2.htmlを参照のこと)。
【0189】
以下の条件にてPCRを行った:変性反応95℃で2分間;変性反応95℃で45秒間、アニール反応55℃で45秒間、および伸長反応72℃で45秒間を35サイクル;伸張反応72℃で7分間。実施例での全てのPCRを同一条件で行った。
【0190】
このPCRにより、(1)のプライマー対では増幅するが、(2)のプライマー対では増幅しないSALK_120377個体はホモ個体である。また、このPCRにより、(3)のプライマー対では増幅するが、(4)のプライマー対では増幅しないSALK_149993個体もホモ個体である。さらに、このPCRにより、(5)のプライマー対では増幅するが、(6)のプライマー対では増幅しないSALK_149909個体もまたホモ個体である。
【0191】
ホモ個体であることがこのPCRにより同定された、NST1遺伝子に挿入変異を有するSALK_120377、およびNST3遺伝子に変異を有するSALK_149909を交配させた。交配により作製した次世代(F1)を自家受粉させることにより、F1の次世代(F2)を作製した。NST1およびNST3両方の遺伝子の対立遺伝子にT-DNAが挿入されているホモ個体をF2から同定するために、(1)、(2)、(5)、または(6)のプライマー対を用いてPCRを行った。このPCRにより、(1)のプライマー対または(5)のプライマー対では増幅するが、(2)および(6)のプライマー対では増幅しないホモ個体を同定した。なお、ここで作製したNST1およびNST3両方の遺伝子の対立遺伝子にT-DNAが挿入されている個体を、以下、NST1/NST3遺伝子破壊植物(NST1/NST3二重遺伝子破壊株)と称する。
【0192】
〔実施例2:転写因子NST1または転写因子NST3のリグニン合成に対する効果〕
リグニン合成に対する転写因子NST1および転写因子NST3の影響を比較するために、比較対照としての野生体のシロイヌナズナ(図2~5および表2においてwtと記す。)、NST1の機能を単独で破壊した植物としてのSALK_120377(図2~4においてnst1と記す。)、NST3の機能を単独で破壊した植物としてのSALK_149909(図2~4においてnst3と記す。)、ならびに、NST1およびNST3両方の機能をそれぞれ破壊した植物としてのNST1/NST3遺伝子破壊植物(図2~5および表2においてnst1/nst3と記す。)を生育させ、各植物の生育の度合い、ならびに、各植物の花茎および胚軸におけるリグニンの存在量を比較した。
【0193】
図2は、上記4つの植物の花茎を輪切りにした切片の顕微鏡写真(A列)であり、紫外線照射によりリグニンが紫色の蛍光を発することを利用して、同一切片におけるリグニンを可視化した写真(B列)である。
【0194】
A列の写真のいずれにおいても、花茎の外壁は、最も外側に位置する明確な層として観察され、花茎の二次壁(木質)は、外壁のすぐ内側に沿う、外壁より不明瞭な層として観察され、花茎の維管束は、内部に頂点を向けた突起状に観察された。また、B列の写真のいずれにおいても、リグニンが合成されている部位は、他の部位と比べて明るく、かつ小さな気泡状であった(図2)。
【0195】
図2のB列に示されるように、野生体において、花茎における二次壁(木質)の形成に関わるリグニンは、花茎の外壁の内側に沿ってリング状に観察され、維管束の形成に関わるリグニンは、花茎の内部に頂点を向けている突起状に観察された。SALK_149993およびSALK_120377の花茎の切片において、維管束の形成に関わるリグニンは、野生体と同様に、内部に頂点を向けた突起状に観察されたが、二次壁(木質)形成に関わるリグニンは、野生体と比較して不明瞭なリング状に観察された。また、NST1/NST3遺伝子破壊植物において、維管束形成に関わるリグニンは、野生体と同様の観察結果であったが、二次壁(木質)形成に関わるリグニンは観察されなかった。
【0196】
図3は、上記4つの植物の胚軸の切片を顕微鏡下で観察したもの(A列(低倍率)およびC列(高倍率))、ならびに同一切片においてリグニンを可視化したもの(B列(低倍率)およびD列(高倍率))である。
【0197】
胚軸の維管束は放射状に広がる線状に観察され、胚軸の二次壁(木質)は維管束の外壁側の部分と重なる帯状に観察された(図3のA列およびC列)。リグニンが合成されている部分は、他の部分と比べて明るく、小さな気泡状に観察された(図3のB列およびD列)。
【0198】
図3のB列およびD列に示されるように、野生体およびSALK_149993において、維管束の形成に関わるリグニンは、放射状に広がる線状に観察され、二次壁(木質)の形成に関わるリグニンは、維管束の外壁側の部分と重なる帯状に観察された。また、SALK_120377の切片において、維管束の形成に関わるリグニンは、野生体と同様の観察結果であったが、二次壁(木質)形成に関わるリグニンは、野生体と比較してわずかに幅の狭い帯状に観察された。さらに、NST1/NST3遺伝子破壊植物において、維管束形成に関わるリグニンは、野生体と同様の観察結果であったが、二次壁(木質)形成に関わるリグニンは観察されなかった。
【0199】
なお、植物の生育の度合いをそれぞれ比較したが、各々が30cm程度に成長しており、差は見られなかった(結果は示さず)。
【0200】
よって、転写因子NST1または転写因子NST3のいずれかの機能を破壊した場合、二次壁(木質)におけるリグニンの存在量は減少するまたは変化しないが、転写因子NST1および転写因子NST3の両方の機能を破壊した場合には、リグニンは二次壁(木質)においてほとんど存在しないことがわかった。
【0201】
〔実施例3:鞘の自然開裂に対する転写因子NST1または転写因子NST3の影響〕
実施例2と同様に、野生体のシロイヌナズナ、SALK_120377、SALK_149909およびNST1/NST3遺伝子破壊植物を生育し、結種させた。それぞれの植物の鞘を回収し、以下に示す手順に従って鞘の切片を作製した。
【0202】
シロイヌナズナの鞘を採取し、FAA固定液(45%エタノール、2.5%酢酸、2.5%ホルマリン)に12時間浸漬することにより固定した。固定した鞘を、(1)40%エタノールおよび10%第3ブチルアルコール、(2)50%エタノールおよび20%第3ブチルアルコール、(3)50%エタノールおよび35%第3ブチルアルコール、(4)45%エタノールおよび55%第3ブチルアルコール、(5)25%エタノールおよび75%ブチルアルコール、の順に30分間ずつ浸漬した。(5)の混合液に浸漬した後、鞘を100%第3ブチルアルコールに1時間以上2回浸漬することにより置換した。
【0203】
鞘を浸漬した100%第3ブチルアルコールに、等量のパラフィン(60℃に加熱済)を添加した。60℃で12時間放置した。第3ブチルアルコールを蒸発させた後に、鞘およびパラフィンを型に流し込み、常温で放置した。これによりパラフィンが凝固され、鞘がパラフィン中に包埋された。ミクロトームを用いて、10μm厚で鞘の連続切片を作製した。
【0204】
スライドガラスに滴下した水に切片を浮かべ、水を蒸発させることによりスライドガラスに接着させた。切片を接着させたスライドガラスを、38℃のホットプレート上で乾燥させた。乾燥させたスライドガラスを100%キシレンに浸漬した(10分間、2回)。溶解したパラフィンを除去した。
【0205】
次に、パラフィンを除去したスライドガラスを、(1)50%キシレンおよび50%エタノール混合液に1分間、(2)100%エタノールに1分間、(3)95%エタノールのフロログルシノール溶液に2分間、(4)30%塩酸に1分間、の順に浸漬した。(4)の溶液に浸漬した後、15%塩酸により鞘の切片を封入し、光学顕微鏡を用いて鞘の断面を観察した。野生体のシロイヌナズナ、SALK_149993、SALK_149909およびNST1/NST3遺伝子破壊植物の鞘および鞘の切片を観察した結果を、図4(a)および図4(b)に示す。
【0206】
野生体の鞘は容易に自然開裂するが、NST1遺伝子破壊植物の鞘は、野生体の鞘と比較して自然開裂したものが少なかった。さらに、NST1/NST3遺伝子破壊植物の鞘は、NST1遺伝子破壊植物の鞘よりも高い頻度で開裂不全を起こしていた(図4(a))。
【0207】
図4(b)は、上記4つの植物の鞘の根元(茎に近い部分)の側面(A列)を、および上記4つの植物の鞘を輪切りにした切片(B列(低倍率)およびC列(高倍率))を、それぞれ顕微鏡下で観察したものである。
【0208】
B列の写真のいずれにおいても、鞘は半円を2つ合わせたような形状として観察され、この2つの半円は、小さな楕円として観察される部分を介して繋がっていた。また、C列の写真のいずれにおいても、バルブ内皮層は小さな楕円の鞘の内側部分に観察され、バルブマージンは、2つの半円の内、小さな楕円との接触部分および接触部分に近接する鞘の内側部分に観察された。
【0209】
図4(b)のB列およびC列に示されるように、野生体植物の鞘の切片を観察したところ、バルブ内皮層およびバルブマージンと呼ばれる部位において、二次壁の肥厚化が見られた。また、NST1遺伝子破壊植物の鞘の切片を観察したところ、バルブ内皮層において二次壁の肥厚化が見られたが、バルブマージンにおいては、二次壁の肥厚化は見られなかった。さらに、NST1/NST3遺伝子破壊植物の鞘の切片では、バルブマージンおよびバルブ内皮層における二次壁の肥厚化はほとんど観察されなかった。
【0210】
以上の結果より、NST1遺伝子破壊植物の鞘において二次壁の肥厚化が抑制されていることがわかった。また、NST1遺伝子破壊植物の鞘と比較して、NST1/NST3遺伝子破壊植物の鞘における二次壁の肥厚化はさらに強く抑制されていた。
【0211】
鞘が乾燥する過程において、二次壁の肥厚化を起こした部位と二次壁の肥厚化を起こしていない部位ではこれらの収縮率が異なる。これらの収縮率の差が、鞘の自然開裂を起こすのに必要な張力となる。このため、二次壁の肥厚化が抑制された程度に比例して、NST1遺伝子破壊植物の鞘およびNST1/NST3遺伝子破壊植物の鞘では、自然開裂が阻害される。
【0212】
〔実施例4:グルカンおよびリグニンの含有量の測定〕
比較対照としての野生体のシロイヌナズナ、ならびに転写因子NST1および転写因子NST3の機能を破壊した植物としてのNST1/NST3遺伝子破壊植物を生育させた。細胞壁成分、グルカンおよびリグニンの含有量を測定し、これらを2つの植物の間で比較した。なお、2つの植物は、それぞれ5つの試験区に分けて生育させた。各試験区の測定結果の平均値±標準偏差を算出したものを表2に示す。なお、表中の数値は、個体の重さに対する対象物(細胞壁成分、グルカンまたはリグニン)の重量%を示す。
【0213】
なお、細胞壁成分のリグニン量およびグルカン量の定量法を、以下の手順に従って行った。水溶性および脂溶性成分を除去した乾燥細胞壁を用いた。成熟したシロイヌナズナ植物体の花茎を、基部から約5cm切り取り(生重250~350mg)、50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7)中でよく破砕し、50%エタノールで2回、100%エタノールで4回抽出して水溶成分を除去した(いずれも30℃で10分間)。次いで、エタノール-トルエン(1:1(v/v))で2回抽出して脂溶性成分を除去した(60℃で10分間)。不溶物である細胞壁残渣を105℃で18時間乾燥させた後に乾燥重量を秤量した。このサンプルを0.3mLの72%(w/w)硫酸を用いて30℃で60分間加水分解した後、8.4mLの蒸留水で希釈(最終濃度3%硫酸)し、121℃で60分間酸加水分解を行った。室温で冷却した後、蒸留水を用いて10mLにメスアップし、よく混合した後に上清0.5mLを13,000×gで5分間遠心分離した。この上清を用いてGlucose test kit Wako(Wako)を用いて、遊離してきたグルカン由来のグルコース量を測定した。Klasonリグニン(酸不溶性リグニン)の定量を、酸加水分解させた後の不溶の沈殿物を蒸留水で3回洗浄し、105℃で18時間乾燥させた後の乾燥重量を秤量した。
【0214】
【表2】
JP0004831370B2_000003t.gif
図5は表2の数値をグラフ化し、野生体とNST1/NST3遺伝子破壊植物に含まれる各成分を比較したものである。(a)は生重あたりの細胞壁成分含有率を、(b)は生重あたりのグルカン含有率を、(c)は乾重あたりのグルカン含有率を、(d)は生重あたりのリグニン含有率を、(e)は乾重あたりのリグニン含有率を、それぞれ2つの植物の間で比較したグラフである。表2および図5において、「生重」は、生育させた植物に対して何も処理を加えないときの重さを、「乾重」は、植物を乾燥させたときの重さを意味している。
【0215】
野生体の植物における生重あたりの細胞壁成分含有率は、9.78±2.35重量%であった。また、NST1/NST3遺伝子破壊植物における生重あたりの細胞壁成分含有率は、5.16±0.33重量%であった。野生体の植物における生重あたりのグルカン含有率は、3.25±0.59重量%、生重あたりのリグニン含有率は、1.66±0.51%であった。また、NST1/NST3遺伝子破壊植物における生重あたりのグルカン含有率は、1.73±0.12重量%、生重あたりのリグニン含有率は、0.41±0.08重量%であった。また、野生体の植物における乾重あたりのグルカン含有率は、33.57±2.38重量%、乾重あたりのリグニン含有率は、16.76±1.66重量%であった。NST1/NST3遺伝子破壊植物における乾重あたりのグルカン含有率は、33.46±1.13重量%、乾重あたりのリグニン含有率は、8.01±1.48重量%であった(表2)。
【0216】
生重あたりまたは乾重あたりいずれの場合においても、NST1/NST3遺伝子破壊植物におけるリグニンの含有率は、野生体の植物におけるリグニン含有率の半分以下であった(図5(d)および図5(e))。また、NST1/NST3遺伝子破壊植物における細胞壁成分含有量は、野生体の植物に比べて半分に低下していた(図5(a))。さらに、NST1/NST3遺伝子破壊植物におけるグルカンの含有率は、野生体の植物と比較して、半分程度(生重あたりの場合)または変化無し(乾重あたりの場合)であった(表2、図5(b)および図5(c))。
【0217】
以上の結果より、NST1/NST3遺伝子破壊植物においてリグニンの合成が抑制されていることが明らかになった。さらに、実施例2および実施例3の結果を考え合わせると、NST1/NST3遺伝子破壊植物において鞘の自然開裂が抑制されるのは、リグニン合成の抑制に影響を受けることが示唆される。
【0218】
〔実施例5:NST1遺伝子またはNST3遺伝子の発現による変化〕
シロイヌナズナ花茎または胚軸の表薄切片におけるNST1遺伝子および/またはNST3遺伝子の発現を、NST1遺伝子またはNST3遺伝子の転写調節領域とGUSレポーター遺伝子との融合遺伝子を用いて解析した。
【0219】
先ず、NST1遺伝子(At2g46770)およびNST3遺伝子(At1g32770)のプロモーター活性を調べるために、NST1遺伝子のプロモーター領域を2837bp単離し、またはNST3遺伝子のプロモーター領域を3027bp単離し、各々をレポーター遺伝子GUSの上流に接続してキメラ遺伝子を作製した。これらのキメラ遺伝子を用いて、シロイヌナズナをFloral dip法によって形質転換した。
【0220】
得られた形質転換体の花茎または胚軸を3%寒天に包埋した。バイブレーティングミクロトーム(HM-650V)を用いて100μm厚にて作製した切片を光学顕微鏡下で観察した。また、同じ切片を紫外線照射下で観察し、二次壁(木質)を構成するリグニンが発する自家蛍光を観察した(図6のA~J)。
【0221】
また、NST3遺伝子を過剰発現させると異所的に二次壁(木質)の形成が誘導されることを確認した。NST3遺伝子を過剰発現させるために、NST3タンパク質コード領域をCaMV35Sプロモーター下に連結した融合遺伝子を作製した。これでシロイヌナズナに常法(Floral dip法)によって形質転換した。
【0222】
得られた形質転換体のロゼット葉を70%乳酸に50℃で12時間浸漬し、二次壁(木質)を構成するリグニンが発する自家蛍光を、紫外線照射下で観察した(図6のKおよびL)。
【0223】
図6は、NST3遺伝子がNST1遺伝子と同様に木質形成部位にプロモーター活性を有しており、植物体内での過剰発現によって異所的な木質形成を引き起こすことを示している。花茎(AおよびB)、胚軸(C~F)、未成熟な胚軸(G~J)および葉(KおよびL)を示す。左側において、木質形成部位が蛍光を発している。右側(B,D,F,H,JおよびL)は、それぞれ左側(A,C,E,G,IおよびK)を紫外線下で観察したものである。A:花茎において、NST3遺伝子のプロモーター活性を有している部位(木質形成部位)が染色されている。C,E:胚軸において、NST1遺伝子(C)またはNST3遺伝子(E)のプロモーター活性を有している部位(木質形成部位)が染色されている。G,I:未成熟な胚軸において、NST1遺伝子(G)またはNST3遺伝子(I)のプロモーター活性を有している部位(導管に分化しつつある細胞)が染色されている(図中矢印で示す。)。K:NST3遺伝子を過剰発現させると葉が上向きに丸まるなどの変化が起きる。このような葉を紫外線下で観察すると異所的な木質形成が観察される(L)。
【0224】
〔実施例6:NST1/NST3二重遺伝子破壊による木質形成の抑制〕
NST1遺伝子およびNST3遺伝子の二重遺伝子破壊株を以下のように作製した:NST1遺伝子およびNST3遺伝子の遺伝子破壊株(SALK_120377,SALK_149993,SALK_149909,SALK_131657)を、Arabidopsis Biological Resource Center(ABRC,米国オハイオ州)より入手した。NST1遺伝子およびNST3遺伝子の両者の二重遺伝子破壊株を作製するため、SALK_120377とSALK_149909(nst1-1、nst3-1)間、およびSALK_149993とSALK_131657(nst1-2、nst3-2)間で交配を行い、次世代の種子を得た。
【0225】
NST1遺伝子、NST3遺伝子の二重遺伝子破壊株において、遺伝子破壊によって該当する遺伝子の転写物が存在し得ないことを示すために、野生株および二重遺伝子破壊株の花茎からRNeasy plant kitを用いて全RNAを抽出し、RT-PCRによってNST1遺伝子およびNST3遺伝子の全長に該当する転写物の有無を調査した。TUB遺伝子の転写物を、ポジティブコントロールとして用いた。
【0226】
図7(a)は、NST1遺伝子およびNST3遺伝子の遺伝子破壊株における遺伝子図であり、各遺伝子破壊株において断片挿入が生じている部位を示す図である。図7(b)は破壊株を検証した結果を示し、二重遺伝子破壊株において、NST1遺伝子およびNST3遺伝子が発現していないことを示す図である。
【0227】
二重遺伝子破壊株における木質形成を調べるために、実施例5と同様に花茎または胚軸の100μm厚の切片を作製し、光学顕微鏡下で観察した。また、同じ切片を紫外線照射下で観察し、二次壁(木質)を構成するリグニンが発する自家蛍光を観察した。
【0228】
より詳細な二次壁の様子を観察するために、花茎を、2%パラホルムアルデヒドおよび2%グルタルアルデヒドを含む緩衝液、ならびに2%四酸化オスミウムを含む緩衝液中で固定した後、Q651レジンに包埋して80~90nm厚の切片を作製した。切片を酢酸ウランおよびクエン酸鉛で染色して透過型電子顕微鏡JEM1200EXで観察した。
【0229】
図7(c)のA~Jは、NST1/NST3二重遺伝子破壊株では、花茎および胚軸において木質形成が著しく抑制されていることを示す。A:野生株の花茎の切片を、透過光下で観察した様子を示す図である。B:野生株の花茎の切片を、紫外線下で観察した様子を示す図である。F:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎の切片を、透過光下で観察した様子を示す図である。G:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎の切片を、紫外線下で観察した様子を示す図である。A,B,FおよびGから、二重遺伝子破壊株では導管以外における木質形成が完全に抑えられていることがわかる。C:野生株の花茎繊維細胞を透過型電子顕微鏡で観察した様子を示す図である。H:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎繊維細胞を透過型電子顕微鏡で観察した様子を示す図である。CおよびHから、二重遺伝子破壊株では導管(図中v)以外において二次細胞壁が完全に消失していることがわかる。D:野生株の胚軸の切片を透過光下で観察した様子を示す図である。E:野生株の胚軸の切片を紫外線下で観察した様子を示す図である。I:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の胚軸の切片を透過光下で観察した様子を示す図である。J:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の胚軸の切片を紫外線下で観察した様子を示す図である。D,E,IおよびJから、二重遺伝子破壊株では導管以外における木質形成が完全に抑えられていることがわかる。
【0230】
〔実施例7:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の茎の強度〕
短日条件で生育させたシロイヌナズナ野生株およびNST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎を比較すると(図8(a))、野生株は長日条件に比べ短日条件下では花茎の強度が増加しているために直立するが(左側)、NST1/NST3二重遺伝子破壊株では二次壁におけるリグニンの蓄積が起こらないために花茎が直立しない(右側)。そこで、花茎の伸び率を測定し、ヤング率(茎の強度)を算出したところ(図8(b))、NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎ではヤング率が野生株に比べ小さく、茎組織として強度が弱く切れ易い状態になっていることが明らかとなった。これらの結果は、NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎ではリグニンの蓄積が抑えられたことに由来している。
【0231】
次いで、二次壁(木質)を構成するセルロースミクロフィブリルの結晶化の様子を調べるために、乾燥させた花茎について、X線回折解析装置を用いて結晶回折の様子を調べた。分析を30kV、35mAで、ニッケルフィルターCuKa照射(波長:0.154nm)によって行った。図8(c),図8(d):野生株およびNST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎において、二次細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリルの結晶化の様子を、X線回折により分析した結果を示す。なお、図8(c)および図8(d)は、同一サンプルを異なる2方向から分析した結果である。具体的には図8(c)において回折ピークが認められた回折角(2θ=22°)。図中矢印で示してある。)における、別次元に沿った回折強度の分布が図8(d)に示されている。野生株ではセルロースミクロフィブリルに相当する回折ピークが明瞭に認められるが、二重遺伝子破壊株ではほとんど認められない。このように、NST1/NST3二重遺伝子破壊株はセルロース含量が著しく減少している。
【0232】
実施例4に示すように、NST1/NST3遺伝子破壊株は野生株よりも50%リグニン含有量が低いが、いずれの株においても乾燥重量あたりのグルカン含量に有意差がない(図5(c)および(e)および表2)。このこととX線結晶回析の結果とを総合的に判断すると、セルロースの構成成分であるグルカンがセルロースとして結晶化せずに蓄積していることがわかる。
【0233】
〔実施例8:NST1/NST3二重遺伝子破壊株における遺伝子発現の変化〕
リグニンやセルロースの合成に関する酵素遺伝子の発現を調べるために、リグニン合成関連遺伝子IRX3およびセルロース合成関連遺伝子CAD-Dのプロモーター領域(それぞれ1137bpおよび1146bp)を各々レポーター遺伝子GUSの上流に連結してリポーター遺伝子を作製した。これらのリポーター遺伝子を用いて、シロイヌナズナの野生株およびNST1、NST3二重遺伝子破壊株をFloral dip法によって形質転換した。得られた形質転換体の花茎を3%寒天に包埋した後に、バイブレーティングミクロトーム(HM-650V)を用いて作製した100μm厚の切片を光学顕微鏡下で観察した。また、同じ切片を紫外線照射下で観察し、二次壁(木質)を構成するリグニンが発する自家蛍光を観察した。
【0234】
図9(a)のA~Hは、NST1遺伝子およびNST3遺伝子の二重遺伝子破壊株では、木部の主な成分であるリグニンおよびセルロースの合成に関する酵素遺伝子の発現が抑制されていることを示している。A:野生株の花茎におけるIRX3遺伝子のプロモーター活性を示した図である。B:野生株の花茎を紫外線下で観察したときの様子を示した図である。C:野生株の花茎におけるCAD-D遺伝子のプロモーター活性を示した図である。D:野生株の花茎を紫外線下で観察したときの様子を示した図である。AおよびCにおいて、染色されている部位がプロモーター活性を有している部位である。E:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎におけるIRX3遺伝子のプロモーター活性を示した図である。F:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎を紫外線下で観察したときの様子を示した図である。G:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎におけるCAD-D遺伝子のプロモーター活性を示した図である。H:NST1/NST3二重遺伝子破壊株の花茎を紫外線下で観察したときの様子を示した図である。EおよびGにおいて、染色されている部位がプロモーター活性を有している部位である。
【0235】
NST1遺伝子およびNST3遺伝子の二重遺伝子破壊株において、木部の主な成分であるリグニンおよびセルロースの合成に関する酵素遺伝子の発現が抑制されていることを、遺伝子発現レベルでさらに調べた。リグニンやセルロースなどの二次壁構成成分の合成に関与する酵素類の遺伝子発現を、サイバーグリーン法によりリアルタイムPCRシステムABI-7300を用いて定量した。野生株個体番号1番における平均発現値を1としたときの相対的発現値を算出した。図9(b)は、野生株および二重遺伝子破壊株における二次壁合成に関与する酵素類の遺伝子発現を比較したグラフである。二重遺伝子破壊株では、上記酵素類の遺伝子発現が野生株よりも大きく下がっていた。
【0236】
〔実施例9:転写抑制因子によるNST1遺伝子またはNST3遺伝子の機能阻害〕
NST1またはNST3のキメラリプレッサー発現体を、以下の手順にしたがって作製した:木質形成を抑制するために、NST1遺伝子またはNST3遺伝子の3’側に転写抑制ペプチド(SRDX)をコードするDNAをインフレームで連結し、NST1遺伝子またはNST3遺伝子のプロモーター下に配したキメラ遺伝子(NST1のキメラリプレッサーまたはNST3のキメラリプレッサーを用いて)を作製した。なお、キメラリプレッサー遺伝子として、以下の3種の組み合わせからなるものを作製した:1)NST1遺伝子プロモーター:NST1コード領域:SRDX(図DおよびE);2)NST3遺伝子プロモーター:NST3コード領域:SRDX(図FおよびG);3)NST3遺伝子プロモーター:NST1コード領域:SRDX(図HおよびI)。
【0237】
これらのキメラリプレッサーを用いて、シロイヌナズナをFloral dip法によって形質転換した。得られた形質転換体の花茎を3%寒天に包埋した後にバイブレーティングミクロトーム(HM-650V)を用いて作製した100μm厚の切片を、光学顕微鏡下で観察した。また、同じ切片を紫外線照射下で観察し、二次壁(木質)を構成するリグニンが発する自家蛍光を観察した。
【0238】
図10は、NST1のキメラリプレッサーまたはNST3のキメラリプレッサーによって、NST1遺伝子およびNST3遺伝子の二重遺伝子破壊株と同様に木部形成を効率的に抑制し得ることを示している。図10(a)は、キメラタンパク質をコードするキメラDNAの構築物の代表的な例を示す。図10(b)は、A;野生株の花茎を透過光下で観察した、B;野生株の花茎を紫外線下で観察した、C;ProNST1:NST1SRDX発現株の花茎を透過光下で観察した、D;ProNST1:NST1SRDX発現株の花茎を紫外線下で観察した、E;ProNST3:NST3SRDX発現株の花茎を透過光下で観察した、F;ProNST3:NST3SRDX発現株の花茎を紫外線下で観察した、G;ProNST3:NST1SRDX発現株の花茎を透過光下で観察した、H;ProNST3:NST1SRDX発現株の花茎を紫外線下で観察した。ProNST3:NST3SRDX発現株(EおよびF)およびProNST3:NST1SRDX発現株(GおよびH)では木質形成が圧倒的に抑制されていることがわかる。このように、本発明に係るキメラタンパク質を用いることによって、木本植物のセルロース生成およびリグニン生成を効率的に抑制することができる。また、上述したように、本発明に係るキメラタンパク質を用いることによって、結晶化しないセルロースであるグルカンの蓄積を誘導することができるので、バイオエタノール生産へ適した植物体の作製が可能である。
【0239】
なお、NST1遺伝子とNST3遺伝子の両方を二重に破壊した植物において示される特徴は、NST1遺伝子のみを破壊した植物やNST3遺伝子のみを破壊した植物では観察されないが、NST1に係るキメラタンパク質またはNST3に係るキメラタンパク質の何れか一方を発現した植物体において観察される。このことは、転写抑制因子としてのキメラタンパク質を用いる技術が遺伝子破壊技術よりも格段に優れていることを示す。
【0240】
〔実施例10:NST1遺伝子またはNST3遺伝子の機能阻害によるリグニンおよび結晶性セルロースの減少〕
バイオマスからのエタノール生産の工程には、主に糖化工程(グルカンなどの多糖類からグルコースなどの単糖を取り出す工程)、および醗酵工程(取り出した単糖を酵母などの働きによってエタノールに変換する工程)の二工程が存在する。このうち、糖化工程では、酵素処理(セルラーゼ処理)および物理化学処理(酸加水分解、加圧熱水処理など)が行われており、これらが反応の律速段階となる。また、生産コストおよび環境負荷を下げるためには、糖化工程を容易にすることが重要である。
【0241】
木質バイオマス(リグノセルロース)は、カーボンニュートラルな地球上最大のバイオマスであり、バイオマスからのエタノール生産の原料として注目されている。しかし、リグニンと結合したセルロースは、単独の状態より化学的に安定であるため、分解は非常に困難である。このことは、セルロースの工業的な利用を妨げている。そのため、より糖化が容易な木質バイオマスが求められている。
【0242】
木質の生合成を制御するシロイヌナズナ二つの転写因子(NST1およびNST3)の機能を抑制した植物体(nst1/nst3二重変異体)、またはNST転写因子の下流をドミナントに抑制するNST1キメラリプレッサー(またはNST3キメラリプレッサー)を発現する植物体(本実施例において、以下、NSTキメラリプレッサー発現体と称する。)では、二次壁の合成が抑えられ、結晶性セルロースおよびリグニンの減少が観察される。また、これらの植物体では、花茎のヤング率が低く、繊維が切れ易い状態になっている。
【0243】
NST転写因子の機能を抑制した植物体またはNSTキメラリプレッサー発現体において、乾燥細胞壁成分あたりの総グルカン量を調べたところ、野生株と比較して変化していなかった。このことから、NST転写因子の機能を抑制した植物体またはNSTキメラリプレッサー発現体では、非結晶性のセルロース(グルカン)が蓄積していると考えられる。非結晶性のセルロースは、結晶性のセルロースと比較してそれ自体が酵素処理や物理化学処理を受容しやすい(糖化しやすい)。また、リグニンの蓄積が観察されないこともまた、(糖化を促進する大きな要因になる)酵素処理および物理化学処理を容易すると考えられる。
【0244】
このように、NST転写因子の機能を抑制した植物体またはNSTキメラリプレッサー発現体の細胞壁成分は、より糖化しやすい状態であることが予想された。そこで、市販のセルラーゼを用いて、野生株、nst二重変異体およびNSTキメラリプレッサー発現体の細胞壁成分中のグルカンに対して、糖化処理を行い、糖化率の比較を行った。
【0245】
細胞壁成分を定量した時と同様に植物組織(花茎)から乾燥細胞壁成分を抽出した。野生株、nst二重変異体、NSTキメラリプレッサー植物体の2系統をサンプルとして、各系統から3個体ずつサンプリングした。
【0246】
各植物体の乾燥細胞壁成分約2mgを1.5mlエッペンチューブに入れ、秤量し、それにあらかじめフィルター濾過しておいた市販の酵素(セルラーゼ)溶液(1% Celluclast 1.5L(Trichoderma reesei由来)、0.2% Novozyme 188 (Aspergillus niger由来)、0.05M Citrate-Na buffer(pH4.8)、力価400FPU/g-substrate)を1000μlずつ加えた。これらを50℃の恒温槽中で、振盪しながらインキュベートして均一系にて酵素反応させた。反応開始後0時間、0.5時間、1時間、2時間、4時間の時点で各反応系から10μlずつ溶液をサンプリングした。
【0247】
サンプリング後、直ちに100℃のブロックインキュベーター上に5分間静置して酵素を失活させ、その後1分間氷中にて冷却した。次いで、10,000rpmにて10分間遠心分離した。上清5μlをGlucose C-II Test WAKO(WAKO)を用いて、細胞壁成分中のβ-1,4-グルカン(結晶性セルロースおよび非結晶性セルロース)から生じたグルコースを定量した。
【0248】
予め定量しておいた各細胞壁成分中の総グルカン量のうち、セルラーゼ処理によって生じたグルカン重量(グルコース重量の0.9倍)の割合を糖化率(saccarification rate)として表した(糖化率(重量%)=(グルコース重量×0.9/総グルカン重量)×100)。
【0249】
乾燥細胞壁成分中のグルカン量の比較を図11に示す。いずれの系統においても乾燥細胞壁成分中の30~35%がグルカン(結晶性セルロースおよび非結晶性セルロース由来)であり、野生株とnst二重変異体またはNSTキメラリプレッサー発現体との間で差がないことがわかる。
【0250】
乾燥細胞壁に含まれる総グルカン量あたりの糖化率の、セルラーゼ処理による経時的変化の比較を図12に示す。また、反応開始後4時間目の糖化率を図13に示す。どの系統も反応開始後約1時間でプラトーに達していることがわかる。しかし、野生株では、糖化率が約45%でプラトーに達するのに対し、nst二重変異体およびNSTキメラリプレッサー植物体では約80%の糖化率を示した。この結果から、nst二重変異体およびNSTキメラリプレッサー発現体は、野生株に比べて極めて糖化しやすいグルカンを有しており、細胞壁成分として含有されているグルカンの大部分が糖化するということが明らかとなった。野生株の糖化率の低さは、グルカンが結晶化(結晶化セルロース)している上に、蓄積しているリグニンがセルロースと結合していることによって、酵素反応が阻害されていると考えられる。一方、nst二重変異体およびNSTキメラリプレッサー植物体ではリグニンが蓄積していない上に非結晶性セルロースが露出していることによって、酵素反応が容易に進み、その結果高い糖化率を示したと考えられる。
【0251】
図中のCPは、結晶性セルロースの微粒子(cellulose powder:Whatman社製)を示しており、酵素活性の指標として用いたものである。CPは、細胞壁サンプルがプラトーに達した後も、徐々に糖化が進んでいる。これは、本実験の反応系に用いた酵素の失活が生じていない(すなわち、酵素は活性化したままである)ことを示しており、そのことから細胞壁サンプルがプラトーに達したのは、糖化反応がプラトーに達したことを示している。
【0252】
これらの実験から、NST転写因子の機能を抑制した植物体(nst二重変異体およびNSTキメラリプレッサー植物体)は、細胞壁成分中のグルカン量を変化させる事なく、容易に糖化するグルカンを生産している事が明らかとなった。この結果は、NSTキメラリプレッサーを有効に用いることで、人為的に木質バイオマスのリグノセルロースの質を変化させ、バイオエタノール生産に有効なバイオマスを生産させることが可能であることを示している。
【0253】
本発明に係るグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体の生産方法は、上記課題を解決するために、特定の転写因子(すなわち、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)の機能を植物体内において阻害する工程を包含しているため、グルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体を生産することが可能となる。従って、上記ポリペプチドが有する機能を阻害することが可能であれば、上記植物体は、どのような方法で生産されてもよい。
【0254】
また、本発明に係る鞘の自然開裂が抑制された植物体の生産方法は、上記課題を解決するために、特定の転写因子(すなわち、配列番号74に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)の機能を植物体内において阻害する工程を包含しているため、鞘の自然開裂が抑制された植物体を生産することが可能となる。従って、上記ポリペプチドが有する機能を阻害することが可能であれば、上記植物体は、どのような方法で生産されてもよい。
【0255】
発明の詳細な説明の項においてなされた具体的な実施形態または実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、本発明の精神と次に記載する請求の範囲内で、いろいろと変更して実施することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0256】
本発明では、リグニン量およびセルロース量に関与する遺伝子の転写を促進する転写因子の機能を阻害することによってグルカン量を低減させることなくリグニン量およびセルロース量を低減させた植物体を得ることができる。また、得られるグルカンは非常に糖化しやすい状態になっている。リグノセルロースは地球上最大のバイオマスであり、環境負荷の少ない次世代のバイオ燃料原料として期待されている。本発明は、エタノール生産に適した糖化し易いリグノセルロースを人為的に生産する新しい手法になり得るので、人類が直面するエネルギー問題の解決手段になるだけでなく、産業利用の可能性は計り知れない。また、この植物体では鞘の自然開裂が抑制されている。それゆえ、本発明は、各種農業や林業、アグリビジネス、さらには農産物を加工する産業や食品産業等に利用可能であり、さらに製油業界に大いに貢献し得るので、非常に有用である。
図面
【図1】
0
【図5(a)】
1
【図5(b)】
2
【図5(c)】
3
【図5(d)】
4
【図5(e)】
5
【図7(a)】
6
【図8(b)】
7
【図8(c)】
8
【図8(d)】
9
【図9(b)】
10
【図10(a)】
11
【図11】
12
【図12】
13
【図13】
14
【図2】
15
【図3】
16
【図4(a)】
17
【図4(b)】
18
【図6】
19
【図7(b)】
20
【図7(c)】
21
【図8(a)】
22
【図9(a)】
23
【図10(b)】
24