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明細書 :ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子トランスジェニックラット

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3463061号 (P3463061)
公開番号 特開平11-313575 (P1999-313575A)
登録日 平成15年8月22日(2003.8.22)
発行日 平成15年11月5日(2003.11.5)
公開日 平成11年11月16日(1999.11.16)
発明の名称または考案の名称 ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子トランスジェニックラット
国際特許分類 A01K 67/027     
C12N  5/10      
C12N 15/09      
G01N 33/15      
C12R  1:91      
FI A01K 67/027
G01N 33/15
C12R 1:91
C12N 5/00
C12N 15/00
請求項の数または発明の数 3
全頁数 14
出願番号 特願平11-046594 (P1999-046594)
出願日 平成11年2月24日(1999.2.24)
優先権出願番号 1998062130
優先日 平成10年2月25日(1998.2.25)
優先権主張国 日本国(JP)
審判番号 不服 2002-009449(P2002-009449/J1)
審査請求日 平成13年4月18日(2001.4.18)
審判請求日 平成14年5月24日(2002.5.24)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】590001452
【氏名又は名称】国立がんセンター総長
【識別番号】396020800
【氏名又は名称】科学技術振興事業団
発明者または考案者 【氏名】津田 洋幸
【氏名】朝元 誠人
【氏名】鳥山 弘靖
【氏名】落谷 孝広
【氏名】関谷 剛男
個別代理人の代理人 【識別番号】100102668、【弁理士】、【氏名又は名称】佐伯 憲生
参考文献・文献 特開 平3-187377(JP,A)
特開 平9-131146(JP,A)
調査した分野 A01K 67/027
特許請求の範囲 【請求項1】
ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子(human c-Ha-ras proto-oncogene)をSDラットの受精卵に導入して作出された、当該遺伝子が3コピー導入されたMNU誘発乳腺がんに高感受性のトランスジェニックラット。

【請求項2】
請求項1に記載のラットを用いて、MNU投与により短期間で高頻度に乳腺がんを発生させる方法。

【請求項3】
請求項1に記載のラットを用いて、発がん性物質、発がんプロモーター、又は、がん予防・抑制物質をスクリーニングする方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【1】
本発明は、ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子を受精卵に導入したラット、並びに、当該ラットを用いて発がん性物質、発がんプロモーター、及び、がん予防・抑制物質をスクリーニングする方法に関する。

【10】
本発明の遺伝子導入ラットを用いて、発がん物質のスクリーニング、発がんプロモーター及びがん予防物質のスクリーニング、又は、発がん機構の解析をする方法としては、ラットに発がん物質、発がんプロモーター、又は、がん予防物質を経口又は非経口投与し、その後に標的とした器官の病変を観察又は解析することにより行うことができる。

【11】
さらに、本ラットは、ヒトにおけるヒト正常型c-Ha-ras遺伝子の発がんにおける関与の解析モデルとして極めて有用である。例えば、発がん物質として知られているN-メチル-N-ニトロソウレア(MNU)を本発明のラットに投与すると、図2で示されるように高率で短時間に乳がんなどが誘発される。最近、正常乳腺内にHa-rasコドン12(GGAからGAAへ)突然変異を持つ細胞が存在することが報告されており、ラット乳腺発がんにおけるMNU処置と、このH-rasの点突然変異の関連が注目されているが、本態の解明はされていない。したがって、この面での発がん機構の解明においても、本発明のラットは極めて有用である。

【12】
本発明の遺伝子導入ラットを用いたMNU誘発の発がん機構を解析した結果をまとめると次のようになる。
1.ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子導入ラットの生成。
導入されるヒト正常型c-Ha-ras遺伝子を、1145個のラット受精卵の前核へ注入して、2個の遺伝子導入ラットを得た。これらは2系統の遺伝学的なグループに分けられ、サザンブロッティングの結果、そのひとつの系統には3コピーの遺伝子が導入されており、他の系統のものには1コピーの遺伝子が導入されていた。3コピーの遺伝子が導入された遺伝子導入ラット(Hras128ラット)は、安定に次世代に継がれ、かつ、ノーザンブロッティングの結果によれば乳腺をはじめ全器官において導入遺伝子の発現を検出することができた(図1参照)。この系統の遺伝子導入ラットを、JCL/SD-TgN(H-rasGEN)128Ncc(Hras128)と公式に命名した。一方、1コピーしか導入されていないラットの系統(Hras102ラット)は、2世代後には導入遺伝子の発現が見られなくなった。したがって、以下の実験においては、Hras128のみを用いた。

【13】
2.MNU誘発乳腺がんに対する感受性の研究。
Hras128遺伝子導入ラットは、MNU誘発乳腺がんに極めて高感受性であった。MNU投与後5週目に、遺伝子導入ラットでは多数の乳腺がんを触知することができたが、同じ日令の野生型ラットでは検出できなかった(図1参照)。8週目の終わりには、全てのHras128ラットにおいて多数の大きながんが発生し、体重減少や瀕死の状態が観察された。組織学的には、これらの癌は固型腺がんであり野生型ラットに発生する典型的な乳腺がんであった。MNU処理8週後の遺伝子導入ラット及び野生型ラットに、他の臨床所見はみられなかった。実験期間中に、前記の発がん以外に、他の発がんや異常はみられなかった。しかし、長期間にわたる自発性の発がんについての観察によると、遺伝子導入ラットには乳腺がんや皮膚がんの発生が1年後にはみられた。

【14】
3.PCR-SSCP法による乳腺がんにおけるHaーras遺伝子の変異。
1本鎖DNA高次構造多型(SSCP)を(関谷剛男、「蛋白質 核酸 酵素」、第41巻5号、539、1996年)の方法により行った。ヒト正常型c-Ha-ras導入遺伝子のエクソン1及び4、並びに、内在遺伝子のエクソン1及び2をPCR-SSCP法により解析した。ヒト又はラットの特定のプライマーを用いて、ゲル上に2個のバンドが得られた。ヒト及びラットのHa-rasのエクソン2に対する通常のプライマー(cHras21F、及び、cHras21R)を用いて、4本のバンドが検出された。ヒト及びラットの特定のバンドは、遺伝子導入及び野生型ラットの正常なDNAからのシグナルと同定された。ヒトHa-rasのコドン12のGGCからGTCへの変異を有するT24からのDNA、及びコドン61のCAGからCTGへの変異を有するpSK2からのDNAは、明らかにシフトしたバンドを示した(図4参照)。しかし、以下に記載するRFLP分析後のPCRにより増幅された導入遺伝子のGGCからGACへの変異、この変異はヒトHa-ras遺伝子導入マウスのMNU誘発のがんにおいてしばしば観察されるのであるが、この変異は、SSCP-PCR分析では検出することができなかった。MNU処理された44個のHras遺伝子導入ラットのがん組織において、導入遺伝子も内在型遺伝子にも4種のSSCPの条件下(4℃又は20℃、5%グリセリン存在下又は非存在下)では検出することができなかった(表1)。これに対して、内在型Ha-ras遺伝子のコドン12のGGAのGAAの変異が野生型ラットにおいて相対的に高率でみられた(21中6(28.6%))。

【15】

【表1】
JP0003463061B2_000002t.gif【0016】4.RFLPによる変異の解析
制限酵素断片長多型(RFLP)解析は、永瀬智ら、「蛋白質 核酸 酵素」、第41巻5号、564、1996年)の方法を用いることができる。44の腫瘍症例中の38例がMspl耐性バンドを示したが、該バンドはこれらの腫瘍が導入遺伝子のコドン12における変異を含むことを表している。該変異バンドの強度はこれらのサンプル中に多種にわたり、2例は強く、34の腫瘍例は中程度か弱いものだった。このRFLP解析の感度の評価については、野生型(正常肝)と変異型(T24)のDNA断片が種々の比率で混合されたものにおいて、野生型100例の配列のうち、変異した1例において非常に小さい比率の変異の検出が確認された。バンドの強度によれば、腫瘍2例の強いバンドは10%前後の変異PCR断片を含んでいるようで、中程度のバンドでは約2~5%の変異を、微弱なバンドではほぼ1~2%ルータント(routant)を含んでいるようだった。該変異バンドのダイレクトシークエンシング(direct sequencing)では、34の腫瘍症例がGGCからGACへの変異を含んでいることが明示していた。エクソン2のために意図したRFLP解析によると、該44例のどれにも変異は検出されなかった(表1参照)。

【17】
5.サブクローニング及びシーケンシング解析
エクソン1~4における腫瘍症例(758M、761G、772B、773H)の増幅、すなわち、プラスミドへのサブクローニング、腫瘍数1当たりの50コロニー前後からの個々のDNAシーケンシングは、758Mでは、51クローン中の6例がすべてコドン12においてGGCからAGCへの変異を示した。GAC変異は、761Gでは47例中1例が検出され、773Hでは51例中3例が検出された。しかしながら、RFLP解析にもかかわらず、野生型配列を持つ772Bの全47例では少数のGAC変異を持つことが示された(表2)。

【18】

【表2】
JP0003463061B2_000003t.gif【0019】次に、MNUで誘発した遺伝子導入128系ラット及び野生型ラットの乳腺腫瘍について、コドン12及び61(図1参照)の変異を新たにより感度の高い制限酵素断片長多型(RFLP)解析(永瀬智ら、「蛋白質 核酸 酵素」、第41巻5号、564、1996年)及び1本鎖DNA高次構造多型(SSCP)(関谷剛男、「蛋白質 核酸 酵素」、第41巻5号、539、1996年)により行った。その結果を表1に示す。

【2】

【従来の技術】c-Ha-rasはヒトのがん組織に種々の頻度で活性型が検出されている。正常型のヒトc-Ha-ras遺伝子導入マウスは、既に勝木らによってras-H2マウスとして作成されており、発がんと導入遺伝子の活性化との関係が検索され、現在発がん物質の短期間でのスクリーニング動物としての有用性が検討されている。しかし、このマウスで腫瘍の発生する臓器は、肺、皮膚、前胃などに限られており、他の消化器、泌尿器、生殖器、内分泌器などの多くの重要な臓器のがんの発生はなく、これらの臓器を標的とする発がん物質のスクリーニングを行うことは不可能であり、新たなモデル動物の作出が望まれていた。

【20】
該遺伝子導入128系(Hras128Tg)ラットに誘発された乳腺腫瘍44症例中38例(86.4%)に導入遺伝子のコドン12の変異を認め、そのうち34例はGGCからGAC、3例はGGCからGTC、1例はGGCからAGCであった。内在性のc-Ha-rasに変異は認めなかった。野性型ラットに誘発した腫瘍には内在性のc-Ha-ras遺伝子のコドン12のGGAからGAAの変異が21例中6例(28.6%)に認められた。

【21】
この実験で行ったRFLP解析の概略を図4に示す。図4に示すように、コドン12のGGCが正常な場合には、この位置で制限酵素MspIで切断され、117bpと50bpの2つのバンドが検出されるが、コドン12に変異が生じた場合には制限酵素MspIによって切断されず167bp(図4中のT24)のバンドが検出される。この場合、実際には変異を起こした腫瘍細胞を含む組織からは、正常組織の混入があるため、切断されない167bpのバンドと切断された117bp及び50bpのバンドが観察される。同様にコドン61を検索する場合にはその正常塩基配列CAGが制限酵素AlwNIにより切断され93bp及び17bpのバンドが検出されるが、コドン61に変異が生じた場合には、制限酵素AlwNIによって切断されず110bp(図4中のpSK2)のバンドが検出される。変異を起こした腫瘍細胞を含む組織からは、切断されない110bpのバンドと切断された93bp及び17bpのバンドが観察される。

【22】
このRFLP解析の感度は高く、変異を起こしたDNAをその100倍の正常なDNAで希釈した場合でも検出可能であった(図5参照)。図5は、コドン12及び61について、変異を起こしたDNA(図5中の1:1)を、種々の倍率で正常DNAで希釈していった場合のRFLP解析の結果を示している。図5の右端の方では、100倍の正常DNAで希釈した場合でも前記の制限酵素によよって切断されないバンドが観察されることが示された。したがって、ごく少数の細胞に変異DNAがあっても、RFLP解析により検出されてしまうため変異のDNAを持つ細胞の占める割合は小さいこともあり得ることになる。すなわち、ras遺伝子変異の頻度だけでは発がんにおける役割の重要性についての結論を出すことはできない。

【23】
そこで、PCR-サブクローニング法により、1個の腫瘍当たりの変異細胞DNAの占める割合を検討した。MNUで誘発した遺伝子導入128系ラットの乳腺腫瘍の腫瘍細胞758M、761G、772B及び773Hの系統からクローンを得、その中の変異クローンを検出した。その結果を表2に示す。

【24】
例えば、腫瘍細胞塊758Mは、検索した51クローンのうち6クローンにGGCからAGCへの変異が検出された。しかし、この腫瘍塊に正常細胞の混入の割合が0、20、50%と仮定した場合(正常細胞の混入割合が50%にもなることは本実験の乳腺腫瘍では殆どありえず、実際にはさらに少ない量と考えられる)、1個の腫瘍当たりの変異細胞の混入している割合は、”PCR-サブクローニング法における遺伝子変異頻度(変異クローン/検索クローン)×3(導入されたc-Ha-ras遺伝子のコピー数)×(正常細胞の混入割合)”という式で算出される。この式から計算されたそれぞれの値は、35.3、44.1、70.6%となる。しかし、混入割合をかなり多めの20%とした場合でも、1個の腫瘍当たりのras遺伝子変異の占める割合は最大50%以内にとどまり、ras遺伝子変異は本トランスジェニックラットの発がんに主たる役割をはたしていないと考えられた。したがって、本発明の遺伝子導入ラットでは、ras遺伝子の変異以外の関与する発がん腫瘍の機構の関与する可能性があり、その解析を行うことができる。

【25】
また、遺伝子導入ラットの自然発生腫瘍の頻度を観察した。その結果を表3に示す。

【26】

【表3】
JP0003463061B2_000004t.gif【0027】生後78週の観察期間において、本発明の遺伝子導入ラットでは皮下の悪性線維性組織球腫が野生型ラットと比較して有意に増加して発生した。さらに雄の遺伝子導入ラットでは皮膚の乳頭腫の発生が有意に増加しており、今後皮膚発がんモデルあるいは発がん物質のスクリーニング動物として有用であり、また発がん機構の解析においても有用であることがわかった。

【28】
以上のことから、本発明の遺伝子導入ラットの特性として次のことがわかった。
(1)自然発生腫瘍の特性
ア.トランスジェニックラットにおける皮下悪性線維性組織球腫の発生が遺伝子非導入対照群(野生型)に比較して有意に増加する。
イ.トランスジェニック雄ラットにおいて、通常のラットでは極めて稀な皮膚乳頭腫が高率に発生する。ラットにおける皮膚発がんモデルとして使用が可能である。
(2)発がん抑制実験への応用
ア.本トランスジェニックラットは、ras遺伝子により産生される蛋白のファルネシル化を阻害する物質のスクリーニングに有効であり、また発がん抑制効果を早期に判定することが可能となる。
(3)発がん感受性試験への応用
ア.エチルニトロソウレアの経胎盤投与により、本トランスジェニックラットは短期間中に中枢神経腫瘍、腎腫瘍、皮膚乳頭腫等の発生が有意に増加する。
イ.本トランスジェニックラットを使用することにより、経胎盤発がん物質の作用を短期間に判定することが可能となる。
ウ.本トランスジェニック雄ラットにメチルニトロソウレアを投与すると皮膚乳頭腫が短期間に多発する。同一観察期間において対照群の野生型ラットには全く皮膚乳頭腫の発生は認められない。
すなわち、本発明の遺伝子導入ラットを用いることにより、ヒトの発がん機構の解明のための研究ができるようになるのみならず、発がん予防・抑制物質のスクリーニングを容易に行うことができる。

【29】

【実施例】次に、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。

【3】
一方、ラットにおいては、多くの臓器で発がんモデルが確立されており、前がん病変ならびに腫瘍性病変の生物学的特性やそれらの発生に対する修飾要因等についてマウスより多くの情報が得られている。さらに、ラットにおいては、マウスでは誘発することが困難な発がんモデルが多数開発されてきている。特に、肝発がんモデルでは、GST-P陽性巣が前がん病変マーカーとして有用であり、発がん物質ならびにがん予防物質の検索系に利用されている。また、ラットではN-メチル-N-ニトロソウレア(MNU)で誘発された乳がんに高率にHa-rasの点突然変異が生起していることが確認されてきている。この変異は、MNUにより誘発されたものと考えられていたが、最近正常乳腺内にこの変異が存在するとの報告もあり、ラット乳腺発がんにおけるMNU処置とHa-rasの点突然変異との関連は明らかではない。さらに、ラットではウイルスフリーでN-メチル-N-ニトロソ尿素(MNU)により乳腺がんを容易に誘発することができるが、マウスでは誘発が困難である。このように、モデルとしてのラットはマウスに比べて種々の利点を有しているが、腫瘍の研究のための遺伝子導入ラットは余り報告されていない。報告されている数少ない遺伝子導入ラットとしては、肝臓における前癌病変に関与するGST-P(Glutathione S-transferase placental form)の発現の研究のために、サルウイルス40T(simian virus 40T)抗原遺伝子にアルブミンプロモーターを縮合させた遺伝子を導入したラットや、ラットの肝臓がんの発症におけるGST-Pの転写制御の研究のためにクロランフェンコールアセチルトランスフェラーゼの遺伝子にGST-Pプロモーターを縮合させた遺伝子を導入したラットなどが知られている。

【30】
実施例1
ヒト正常型c-Ha-rasをそれ自身のプロモーター/エンハンサー領域と共にSDラット由来の受精卵にマイクロインジェクションして導入し、これを偽妊娠ラットの卵管内に移入して仔を生ませた。1コピー入った102系列と3コピー入った128系列の2系統の遺伝子導入ラットを確立した。導入遺伝子は子孫に安定に伝達され、図1の下段のブロット図に示されるように、ほぼ全臓器で発現が見られた。

【31】
実施例2
50日令の遺伝子導入及び野生型ラットにMNU50mg/kgの用量にて静脈内投与を行い、乳腺腫瘍の発生について病理組織学的検索を行うと共に、導入遺伝子と内在性c-Ha-rasの点突然変異の有無を検索した。128系列の遺伝子導入ラットはMNU投与後3週目より乳腺腫瘍が触知され、8週後で全部の遺伝子導入ラットのすべての乳腺に多発性の腺がんが発生したが、野生型ラットでは8週後においても腫瘍の発生率は29.2%であった(表1及び図2参照)。102系列もMNU投与後16週で遺伝子導入ラットにのみ多発性の腺がんを認めた。この結果を次の表4、及び、図2に示す。なお、図2中の、黒丸印で示されるTgは本発明の遺伝子導入ラットであり、黒四角印で示されるWildは遺伝子を導入していない野生型ラットである。

【32】

【表4】
JP0003463061B2_000005t.gif【0033】しかし、これらの腫瘍では、導入したヒトのHa-rasと内在性のラットのHa-rasのいずれにも点突然変異は検出されなかった。一方、野生型(遺伝子の導入をしていない)のラットで、MNU処置により発生した乳腺腫瘍では、内在性のHa-rasに点突然変異が28.6%の割合で検出された。結果を表 に示す。表 中のエクソンの数字は、ゲノムのエクソンの順番を示し、数値はその位置に点突然変異が検出されたラットの数(%)を示している。

【34】
また、遺伝子導入128系ラット及び野生型ラットについて、c-H-ras遺伝子の発現をノーザンブロット法により調べた。結果を図3に示す。GAPDHにより検出された。図3の下段のバンドは、調べた腫瘍部位及び正常部位のmRNAのサンプル量がほぼ均等であることを示す対照である。その結果、遺伝子導入128系ラットでは、c-H-ras遺伝子の発現は腫瘍部位及び正常部位のいずれにおいても量的な変化は認められないことが示された。

【35】
以上より、ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子導入ラットはMNU誘発乳腺発がんに非常に高感受性であり、その原因として導入遺伝子の点突然変異以外の活性化機構が関与していると考えられた。

【36】
実施例3
発がん物質として知られている、7,14-ジメチルベンズ[a]アントラセン(DMBA)、及び、2-アミノ-1-メチル-6-フェニルイミダゾ[4,5-b]ピリジン(PhIP)をそれぞれ用いて、実施例2と同様にして、遺伝子導入128系ラットの発がん性を調べた。結果を、図6(DMBA)、図7(PhIP)に示す。遺伝子導入128系ラットは、いずれの発がん物質についても高発がん感受性を示した。なお、図6及び図7中の、黒丸印で示されるTgは本発明の遺伝子導入ラットであり、黒四角印で示されるWildは遺伝子を導入していない野生型のラットである。DMBAによる乳腺腫瘍の発生数、発生率、ラット1匹当たりの腫瘍数及び腫瘍サイズを表5に示し、RFLP解析によるコドン12又はコドン61の変異数を表6に示す。

【37】

【表5】
JP0003463061B2_000006t.gif【0038】
【表6】
JP0003463061B2_000007t.gif【0039】遺伝子導入ラットはDMBAにも感受性が高く、RFLP解析により導入遺伝子のコドン12(5/20)及び61(7/20)に変異が検出された。同様にPhIPによる乳腺腫瘍の発生頻度と遺伝子変異の結果を表7及び表8に示す。

【4】
ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子を受精卵に導入した動物において、特にラットで発がん感受性試験を行う利点として、次の点が挙げられる。ラットでは前述のように肝発がんにおいて、前がん病変マーカーとしてGST-陽性細胞巣を利用できる点である。乳腺発がんにおいては、ウイルスフリーの乳腺発がん実験が行え、MNUによるc-Ha-rasの点突然変異の解析が可能である。また、乳腺発がんにおけるホルモンの関与についての解析をすることも可能である。さらに、膀胱発がんについては、ラットではN-ブチル-N-(4-ヒドロキシブチル)ニトロサミン(BBN)による表在性膀胱腫瘍のモデルが存在するので、この解析を行うことができる。食道発がんにおいては食物の直接の影響を解析できる。このように、ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子を受精卵に導入したラットでは、従来の遺伝子導入マウスではできなかった多くのがんに対する発がん物質のスクリーニングや、発がんプロモーター及びがん予防・抑制物質のスクリーニングが可能となるのみならず、多種のがんの発がん機構の解析も可能となるなどの多くの利点を有し、本遺伝子導入ラットの作成が望まれていた。

【40】

【表7】
JP0003463061B2_000008t.gif【0041】
【表8】
JP0003463061B2_000009t.gif【0042】遺伝子導入ラットはPhIPにも感受性が高く、RFLP解析により導入遺伝子のコドン12(5/20)及び61(3/20)に変異が検出された。

【43】
実施例4
実施例2と同様にして、N-メチル-N-ニトロソメチルベンジルアミン(NMBA)0.5mg/kgを、5週に亘って、1回静脈内投与することにより誘発した遺伝子導入128系ラット及び野生型ラットの食道腫瘍の発生頻度と遺伝子変異の結果を表9に示し、そのコドン12及び61の変異の結果を表10に示す。

【44】

【表9】
JP0003463061B2_000010t.gif【0045】
【表10】
JP0003463061B2_000011t.gif【0046】遺伝子導入ラットはNMBA誘発食道発がんにも極めて感受性が高く、RFLP解析では導入遺伝子のコドン12に高率(76%)に変異を認めた。食道発がんにおいては、ras遺伝子変異は乳腺の場合よりも大きい役割をはたしていると考えられた。

【47】
実施例5
実施例2と同様に、遺伝子導入128系ラット及び野生型ラットに0.05%のN-ブチル-N-(4-ヒドロキシブチル)ニトロサミン(BBN)を10週に亘り、飲料水にて投与して発生させた膀胱腫瘍の発生頻度を表11に示し、そのコドン12及び61の変異を表12に示す。

【48】

【表11】
JP0003463061B2_000012t.gif【0049】
【表12】
JP0003463061B2_000013t.gif【0050】遺伝子導入ラットはBBN誘発膀胱発がんに対してやや感受性が高く、PCR-SSCP解析では導入遺伝子の変異は低頻度(7.4%)ながら認められた。

【5】
本発明者らは、ヒト正常型c-Ha-ras遺伝子(human c-Ha-ras proto-oncogene)を導入したマウスを生成させるときに用いた遺伝子と同じ遺伝子を用いて、これをラット受精卵に導入して遺伝子導入ラットを生成させた。この遺伝子は、蛋白質をコードする領域において変異しておらず、NIH3T3細胞の形質転換活性を有さないものであった。この遺伝子導入ラット(Hras128ラット)の乳腺がん誘発特性を確認するために、このラットをMNUで処理した。MNUの投与を開始して8週後に、全てのこのラットにおいて、多発性の大きな乳腺がんの発症がみられた。遺伝子の変異を解析したところ、野生型ラットにおいては内在性遺伝子に変異が観察されたのに対して、遺伝子導入ラットにおいては、がん誘発性の強化重要な役割を果たしていなかった。

【51】
実施例6
ファルネシルプロテイントランスフェラーゼ活性阻害剤による発がん抑制作用が知られており(R. Mangues, et al., Cancer Res., 58, 1253-1259, 1998)、本発明の遺伝子導入ラットについてファルネシルプロテイントランスフェラーゼ活性阻害剤であるd-リモネンを用いて発がん抑制作用を試験した。その結果を次の表13に示す。

【52】

【表13】
JP0003463061B2_000014t.gif【0053】この結果により、d-リモネンが有意に発がん抑制作用を示すことが示された。

【54】
実施例7
がん誘発物質の経胎盤投与による影響を調べた。エチルニトロソ尿素を胎盤に投与し、各臓器における発がん数を調べた。その結果を次の表14に示す。

【55】

【表14】
JP0003463061B2_000015t.gif【0056】本発明の遺伝子導入ラットでは、雌、雄共に、短期間に各臓器での発がんが有意に増加することが示された。

【57】
本発明のヒト正常型c-Ha-ras遺伝子を受精卵に導入したラットは、従来の遺伝子導入マウスではできなかった多くのがんに対する発がん物質のスクリーニング、発がんプロモーター及びがん予防・抑制物質のスクリーニングが可能となるのみならず、多数のがんの発がん機構の解析が可能などの利点を有し、本発明は産業上有用な遺伝子導入ラットを提供するものである。

【6】
本発明は、正常型ヒトc-Ha-ras遺伝子を受精卵に導入したラットに関する。また、本発明は、当該ラットを用いて、発がん性物質、発がんプロモーター、又は、がん予防・抑制物質をスクリーニングする方法に関する。

【7】
本発明で使用される正常型ヒトc-Ha-ras遺伝子は、本発明者らが開発した公知の方法で作成することができる(関谷ら、ジャパニーズ ジャーナルオブ キャンサー リサーチ、第76巻、第851-855頁(Sekiya, T., etal., Jpn. J. Cancer Res., 76, 851-855))。図1の上段に、導入されるヒト正常型c-Ha-ras遺伝子の構造を示す。6.9kbの長さの遺伝子である。図中の右端のB及びSは、それぞれ制限酵素Bam HI及びSacIの位置を示している。また、黒星印は最後のイントロン内における点突然変異の位置を示している。

【8】
本発明の遺伝子を受精卵に導入するラットとしては、発がんモデルとなるものであれば特に制限はないが、SDラットが技術的に好ましいが、他の系統のラットでも可能である。ラットに遺伝子を導入する方法としては、マイクロインジェクション法、レトロウイルスを使用する方法、胚性幹細胞を用いる方法などの公知の方法を適宜使用することができるが、マイクロインジェクション法が好ましい。例えば、本発明のラットでは受精卵にヒト正常型c-Ha-ras遺伝子をマイクロインジェクションし、これを偽妊娠ラットの卵管内に移入して子を生ませる方法により、遺伝子の導入を行っている。

【9】
ラットに導入されたヒト正常型c-Ha-ras遺伝子は子孫に安定に伝達され、全臓器で本遺伝子の発現が見られた。図1の下段Aは、導入遺伝子の各器官におけるmRNAの発現をノーザンブロット法によりみたものである。図1の下段の中央のアルファベットは各器官を示し、それぞれ、aは子宮、bは皮膚、cは筋肉、dは膀胱、eは卵巣、fは腎臓、gは大腸、hは小腸、iは腺胃、jは前胃、kは脾臓、lは肝臓、mは心臓、nは肺、oは胸腺、pは唾液腺、qは小脳、rは大脳を示している。図1の下段のBは、遺伝子導入ラットのmRNAの発現の対照として、GAPDHの発現を示したものである。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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