TOP > 国内特許検索 > 肺癌モデル動物およびその利用 > 明細書

明細書 :肺癌モデル動物およびその利用

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5255216号 (P5255216)
公開番号 特開2008-212081 (P2008-212081A)
登録日 平成25年4月26日(2013.4.26)
発行日 平成25年8月7日(2013.8.7)
公開日 平成20年9月18日(2008.9.18)
発明の名称または考案の名称 肺癌モデル動物およびその利用
国際特許分類 A01K  67/027       (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
C12N   5/10        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
FI A01K 67/027 ZNA
C12Q 1/02
C12N 5/00 102
G01N 33/50 Z
G01N 33/15 Z
C12N 15/00 A
請求項の数または発明の数 19
全頁数 17
出願番号 特願2007-055843 (P2007-055843)
出願日 平成19年3月6日(2007.3.6)
審査請求日 平成22年2月24日(2010.2.24)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
【識別番号】597039984
【氏名又は名称】学校法人 川崎学園
発明者または考案者 【氏名】谷本 光音
【氏名】木浦 勝行
【氏名】大橋 圭明
【氏名】頼 冠名
【氏名】藤原 義朗
【氏名】大澤 昌宏
【氏名】高田 穣
【氏名】平野 世紀
個別代理人の代理人 【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
【識別番号】100125070、【弁理士】、【氏名又は名称】土井 京子
【識別番号】100136629、【弁理士】、【氏名又は名称】鎌田 光宜
【識別番号】100121212、【弁理士】、【氏名又は名称】田村 弥栄子
【識別番号】100122688、【弁理士】、【氏名又は名称】山本 健二
【識別番号】100117743、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 美由紀
【識別番号】100163658、【弁理士】、【氏名又は名称】小池 順造
【識別番号】100174296、【弁理士】、【氏名又は名称】當麻 博文
審査官 【審査官】名和 大輔
参考文献・文献 Genes Dev.,2006,20(11),p.1496-510
Cancer Cell,2006,9(6),p.485-95
Carcinogenesis,2002,23(11),p.1811-9
Am.J.Physiol.Lung Cell Mol Physiol.,2003,285(5),p.L1046-54
Transgenic Res.,2006,15(5),p.543-55
調査した分野 A01K 67/027
C12N 15/00-15/90
CAplus/BIOSIS/MEDLINE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
PubMed
WPI
特許請求の範囲 【請求項1】
肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとマウス変異EGFR遺伝子とを含む発現ベクターを導入してなる肺癌モデル非ヒト動物であって、マウス変異EGFR遺伝子はGenbank Accession No. NM_207655で公表されたアミノ酸配列(配列番号4)を基準として、748位のグルタミン酸から752位のアラニンまでのアミノ酸の欠失変異が生じる変異遺伝子、860位のロイシンがアルギニンに置換された変異が生じる変異遺伝子または721位のグリシンがセリン、アラニンもしくはシステインに置換された変異が生じる変異遺伝子である、非ヒト動物。
【請求項2】
肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとヒト変異EGFR遺伝子とを含む発現ベクターを導入してなる肺癌モデル非ヒト動物であって、ヒト変異EGFR遺伝子はGenbank Accession No. NM_005228で公表されたアミノ酸配列(配列番号2)を基準として、746位のグルタミン酸から750位のアラニンまでのアミノ酸の欠失変異が生じる変異遺伝子、858位のロイシンがアルギニンに置換された変異が生じる変異遺伝子または719位のグリシンがセリン、アラニンもしくはシステインに置換された変異が生じる変異遺伝子である、非ヒト動物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の非ヒト動物の子孫動物。
【請求項4】
請求項1~3いずれか1項に記載の非ヒト動物を同種の他の疾患モデルと交配して得られる癌モデル非ヒト動物。
【請求項5】
前記癌が胃癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌、前立腺癌、腎癌、頭頸部癌、口腔癌および脳腫瘍からなる群より選ばれるものである、請求項4に記載のモデル非ヒト動物。
【請求項6】
重複癌のモデル動物である請求項4または5に記載の癌モデル非ヒト動物。
【請求項7】
前記動物がマウスであり、前記同種の他の疾患モデルが癌関連遺伝子のトランスジェニックマウスまたはノックアウトマウスである請求項4~6いずれか1項に記載の癌モデル非ヒト動物。
【請求項8】
請求項1~7いずれか1項に記載の非ヒト動物にEGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与して得られるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌モデル非ヒト動物。
【請求項9】
EGFRチロシンキナーゼ阻害剤がゲフィチニブである請求項8記載の非ヒト動物。
【請求項10】
請求項1~9いずれか1項に記載の非ヒト動物から得られる組織または細胞。
【請求項11】
肺に由来するものである請求項10記載の組織または細胞。
【請求項12】
請求項10に記載の組織または細胞を病理学的に検査することを特徴とする、変異EGFR発現に起因する発癌の解析方法。
【請求項13】
請求項1~9いずれか1項に記載の非ヒト動物または請求項10もしくは11に記載の組織もしくは細胞を用いることを特徴とする肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法。
【請求項14】
下記工程:
(a)請求項1~7いずれか1項に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した非ヒト動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない非ヒト動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌を縮小または消滅させる被験物質を選択する工程
を含む、肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法。
【請求項15】
下記工程:
(a)請求項8または9に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した非ヒト動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない非ヒト動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌を縮小または消滅させる被験物質を選択する工程
を含む、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対して耐性を獲得した肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法。
【請求項16】
下記工程:
(a)請求項1~7いずれかに記載の非ヒト動物にEGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与する工程、
(b)前記EGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与した非ヒト動物における肺の組織を調べ、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与し被験物質を投与しない非ヒト動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌の発症を抑制する被験物質を選択する工程
を含む、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌の発症を抑制する候補物質のスクリーニング方法。
【請求項17】
下記工程:
(a)請求項1~7いずれか1項に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した非ヒト動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない非ヒト動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌を発症しないかまたは発症の時期を遅らせる被験物質を選択する工程
を含む、肺癌の予防候補物質のスクリーニング方法。
【請求項18】
下記工程:
(a)請求項1~9いずれか1項に記載の非ヒト動物に放射線を照射し、かつ被験物質を投与する工程、
(b)前記放射線照射かつ被験物質を投与した非ヒト動物における肺の組織を調べ、放射線照射し、被験物質を投与しない非ヒト動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、放射線治療に対する増感作用を有する被験物質を選択する工程
を含む、肺癌の放射線治療における増感物質のスクリーニング方法。
【請求項19】
下記工程:
(a)請求項1~9いずれか1項に記載の肺癌モデル非ヒト動物および当該モデル非ヒト動物の同種野生型動物から血液を採取する工程、
(b)前記採取工程により得られた血液中のタンパク質を調べ、肺癌モデル非ヒト動物と対照動物におけるタンパク質の発現パターンを比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌発症の指標となる血清タンパク質を選択する工程
を含む、肺癌発症のバイオマーカーのスクリーニング方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、肺癌モデル動物およびその利用に関する。詳しくは、変異EGFR遺伝子を導入した肺癌モデル動物および当該動物を用いるEGFR標的医薬の薬効評価等に関する。
【背景技術】
【0002】
肺癌の発症例は増加傾向が続くが、根治的手術の対象となるのは一部の例で、多くは進行した状態で発見される。しかしながら、肺癌の発症メカニズムは不明な点が多く、化学療法では根治的な効果が得られることは極めて稀である。近年、癌の分子レベルでの増殖メカニズムが徐々に解明され、増殖因子などを標的にした分子標的薬がいくつか臨床応用されている。そのなかで、上皮成長因子受容体(EGFR)のチロシンキナーゼ阻害剤であるゲフィチニブ(IRESSA(イレッサ)TM、アストラゼネカ社)は、市販以来短期間で多数の患者に投与された実績を有する薬剤であるが、肺癌の中でも、腺癌、女性、東洋人に著効例が多い。ゲフィチニブは、EGFRの遺伝子変異と薬効の関連性が指摘され、著効が期待される対象と副作用が懸念される対象とを選別するためのファーマコゲノミクス解析が進行中である。EGFR遺伝子変異を伴う肺癌は、喫煙に関連したRas遺伝子変異が原因の肺癌とは異なる群と考えられており、特異的な診断、治療方法の確立が求められている。
【0003】
発癌と特定の遺伝子変異との相関関係や特定の遺伝子を標的とした分子標的薬の開発の基礎的研究のためには、特定の遺伝子に変異を導入した発癌モデル動物の作製が必要となってくる。近年、ヒト肺癌で見出される変異EGFRを導入したマウスおよびその解析結果が記載された文献が32報報告された(非特許文献1、2、3)。非特許文献1および2に記載された変異EGFR導入マウスでは、変異EGFRを肺特異的に発現させるために、肺のみで活性化されるCCSP(Clara cell secretory protein)プロモーターを採用し、プロモーターの活性化を調節するために、テトラサイクリンで活性化されるrtTA(reverse tetracycline transactivator)を介在させている。つまり、変異遺伝子の発現をテトラサイクリンの投与、中止でオン、オフできるようにしている。いずれのマウスにおいても、テトラサイクリン投与で変異EGFRが肺に発現し、肺癌が発生している。また、テトラサイクリン投与を中止することで、遺伝子発現のスイッチがオフになり肺癌が消失することが確認されている。さらに、エルロチィニブ(タルセバ)(ロシュ社)(イレッサと同様の作用機序の薬剤)またはセツキシマブ(抗EGFR抗体)の投与で肺癌が著明縮小することも確認されている。
【0004】
EGFRの変異と癌の関係は、癌の発症のみならず、癌の進行、悪性度および予後にも大きく影響することから、EGFR遺伝子変異を検出する方法およびキットも考案されている(特許文献1)。かかる方法を実施して得られた遺伝子変異を動物モデルに応用することも可能である。このようなことから、より扱いが簡単でEGFR変異と癌との関係を実証可能な動物モデルが求められている。

【特許文献1】国際公開第2006/070667号パンフレット
【非特許文献1】Politi K. et al., 2006, Genes and Development 20(11):1496-1510
【非特許文献2】Ji H. et al., 2006, Cancer Cell 9:1-11
【非特許文献3】Ji H. et al., 2006, Proc. Natl. Acad. Sci.103(20):7817-7822
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、EGFR遺伝子変異をもつ肺癌モデル動物およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、変異EGFR遺伝子を肺特異的に発現させるために、肺サーファクタントタンパク質Cのプロモーターに着目し、変異EGFRが恒常的に発現するベクターを用いて肺癌のモデル動物の作出を検討したところ、動物の成長に伴って自然に肺癌が発症するというヒトの肺癌により近いモデル動物を作出することに成功し、本発明を完成するに至った。即ち、本願発明は、以下に示す通りである。
【0007】
〔1〕肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとマウス変異EGFR遺伝子とを含む発現ベクターを導入してなる肺癌モデル動物。
〔2〕肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとヒト変異EGFR遺伝子とを含む発現ベクターを導入してなる肺癌モデル動物。
〔3〕前記〔1〕または〔2〕に記載の動物の子孫動物。
〔4〕前記〔1〕~〔3〕いずれか1項に記載の動物を同種の他の疾患モデルと交配して得られる癌モデル動物。
〔5〕前記癌が胃癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌、前立腺癌、腎癌、頭頸部癌、口腔癌および脳腫瘍からなる群より選ばれるものである、前記〔4〕に記載のモデル動物。
〔6〕重複癌のモデル動物である前記〔4〕または〔5〕に記載の癌モデル動物。
〔7〕前記動物がマウスであり、前記同種の他の疾患モデルが癌関連遺伝子のトランスジェニックマウスまたはノックアウトマウスである前記〔4〕~〔6〕いずれか1項に記載の癌モデル動物。
〔8〕前記〔1〕~〔7〕いずれか1項に記載の動物にEGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与して得られるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌モデル動物。
〔9〕EGFRチロシンキナーゼ阻害剤がゲフィチニブである前記〔8〕記載の動物。
〔10〕前記〔1〕~〔9〕いずれか1項に記載の動物から得られる組織または細胞。
〔11〕肺に由来するものである前記〔10〕記載の組織または細胞。
〔12〕前記〔10〕に記載の組織または細胞を病理学的に検査することを特徴とする、変異EGFR発現に起因する発癌の解析方法。
〔13〕前記〔1〕~〔9〕いずれか1項に記載の動物または前記〔10〕もしくは〔11〕に記載の組織もしくは細胞を用いることを特徴とする肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法。
〔14〕下記工程:
(a)前記〔1〕~〔7〕いずれか1項に記載の動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌を縮小または消滅させる被験物質を選択する工程
を含む、肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法。
〔15〕下記工程:
(a)前記〔8〕または〔9〕に記載の動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌を縮小または消滅させる被験物質を選択する工程
を含む、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対して耐性を獲得した肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法。
〔16〕下記工程:
(a)前記〔1〕~〔7〕いずれかに記載の動物にEGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与する工程、
(b)前記EGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与し被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌の発症を抑制する被験物質を選択する工程
を含む、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌の発症を抑制する候補物質のスクリーニング方法。
〔17〕下記工程:
(a)前記〔1〕~〔7〕いずれか1項に記載の動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌を発症しないかまたは発症の時期を遅らせる被験物質を選択する工程
を含む、肺癌の予防候補物質のスクリーニング方法。
〔18〕下記工程:
(a)前記〔1〕~〔9〕いずれか1項に記載の動物に放射線を照射し、かつ被験物質を投与する工程、
(b)前記放射線照射かつ被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、放射線照射し、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、放射線治療に対する増感作用を有する被験物質を選択する工程
を含む、肺癌の放射線治療における増感物質のスクリーニング方法。
〔19〕下記工程:
(a)前記〔1〕~〔9〕いずれか1項に記載の肺癌モデル動物および当該モデル動物の同種野生型動物から血液を採取する工程、
(b)前記採取工程により得られた血液中のタンパク質を調べ、肺癌モデル動物と対照動物におけるタンパク質の発現パターンを比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌発症の指標となる血清タンパク質を選択する工程
を含む、肺癌発症のバイオマーカーのスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の肺癌モデル動物およびその子孫動物は、肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターを用いて肺特異的に変異EGFRが発現する動物であることから、動物の成長に伴って自然に肺癌が発症するというヒトの肺癌により近いモデル動物である。本発明の肺癌モデル動物は、マウスおよびヒト変異EGFRによる肺における発癌性の確認、肺癌の病理学的解明のためのモデルとして役立つ。また、本発明の肺癌モデル動物は、持続的に変異遺伝子が発現することにより、正確な肺癌発症の時期または肺癌での死亡時期を予測することができる。さらに、本発明の肺癌モデル動物は、テトラサイクリンの投与により遺伝子発現が開始される既存のモデル動物と異なり、テトラサイクリンと治療薬剤との相互作用、動物個体への副作用などアーチファクトを考慮する必要がない。本発明の肺癌モデル動物を他の疾患モデルと交配して得られた本発明の癌モデル動物によると、肺での変異EGFR発現と別の疾患との相互作用や因果関係の解明に役立つ。本発明のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌モデル動物によると、EGFR分子標的薬に耐性を獲得した肺癌に対して、耐性獲得の機序の解明、代替法の選定等に役立つ。また、本発明のスクリーニング方法によれば、変異EGFRの発現に起因する肺癌の治療候補薬等を簡便かつ有効に選別することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明においてEGFR遺伝子は、いかなる動物由来の遺伝子であってもよい。本発明のモデル動物を作出する場合、外因性のEGFR遺伝子を用いるが、ヒトモデルの作出のためにはヒトEGFR遺伝子を用いることが好ましい。また、実験動物として利用しやすいマウスを用いる場合、マウスでの解析結果はヒトを始めとする他の哺乳動物での病態を反映することが十分期待できることから、マウスEGFR遺伝子を用いることも好ましい。本明細書においては、ヒトEGFR遺伝子は、Genbank Accession No. NM_005228で公表された塩基配列を基準として、下記変異遺伝子を説明する。また、マウスEGFR遺伝子は、Genbank Accession No. NM_207655で公表された塩基配列を基準として、下記変異遺伝子を説明する。
【0010】
本発明においてヒト変異EGFR遺伝子とは、Genbank Accession No. NM_005228で公表された塩基配列(配列番号1)を基準として、1以上の塩基が欠失、置換、付加または挿入されることによって改変された塩基配列を有する遺伝子をいう。前記塩基配列の改変によってコードされるアミノ酸配列が変異される変異遺伝子が好ましい。具体的には、Genbank Accession No. NM_005228で公表されたアミノ酸配列(配列番号2)を基準として、746位のグルタミン酸から750位のアラニンまでのアミノ酸の欠失変異が生じる変異遺伝子(delE746-A750)、858位のロイシンがアルギニンに置換された変異が生じる変異遺伝子(L858R)、719位のグリシンがセリン、アラニンまたはシステインに置換された変異が生じる変異遺伝子(G719X)などがあげられるが、これらに限定されるものではない。ゲフィニチブによる肺癌の腫瘍縮小効果が期待される変異としては、好ましくはdelE746-A750またはL858Rである。
【0011】
本発明においてマウス変異EGFR遺伝子とは、Genbank Accession No. NM_207655で公表された塩基配列(配列番号3)を基準として、1以上の塩基が欠失、置換、付加または挿入されることによって改変された塩基配列を有する遺伝子をいう。前記塩基配列の改変によってコードされるアミノ酸配列が変異される変異遺伝子が好ましい。具体的には、Genbank Accession No. NM_207655で公表されたアミノ酸配列(配列番号4)を基準として、748位のグルタミン酸から752位のアラニンまでのアミノ酸の欠失変異が生じる変異遺伝子(delE748-A752)、860位のロイシンがアルギニンに置換された変異が生じる変異遺伝子(L860R)、721位のグリシンがセリン、アラニンまたはシステインに置換された変異が生じる変異遺伝子(G721X)などがあげられるが、これらに限定されるものではない。ゲフィニチブによる肺癌の腫瘍縮小効果が期待される変異としては、好ましくはdelE748-A752またはL860Rである。EGFR遺伝子は、種間でその塩基配列の同一性が高いことから、他の種の変異EGFR遺伝子についても同様に類推することができる。
【0012】
本発明において肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとは、連結された遺伝子を肺特異的に転写する活性を有する塩基配列からなる領域をいい、いかなる動物由来のプロモーターであってもよい。本発明のモデル動物を作出する場合、外因性のEGFR遺伝子を用いるが、モデル動物の種と同一の種由来のプロモーターであってもよく、導入するEGFR遺伝子と同一の種由来のプロモーターであってもよく、全く別の種由来のプロモーターであってもよい。実験動物として利用しやすいマウスを用いる場合、マウスの肺で十分なプロモーター活性を奏することが期待されることから、マウス由来のプロモーターが好ましい。あるいは、ヒトEGFR遺伝子の発現のためには、ヒト由来のプロモーターも好ましい。プロモーター領域を含む肺サーファクタントタンパク質Cの塩基配列は、例えば、J. Biol. Chem. 1988, 263(21): 10326-10331、Genbank Accession No.NM_003018、PNAS Aug1990 Vol87 6122-6126に開示されている。
【0013】
本発明において発現ベクターとは、前記プロモーターおよび変異EGFR遺伝子を含み、肺細胞で機能しうるものであれば特に限定されるものではなく、公知または市販のベクターを用いて、自体公知の方法により構築することができる。
【0014】
本発明は、肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとマウス変異EGFR遺伝子とを含む発現ベクターを導入した肺癌モデル動物を提供する。また、本発明は、肺サーファクタントタンパク質Cプロモーターとヒト変異EGFR遺伝子とを含む発現ベクターを導入した肺癌モデル動物を提供する。本発明のモデル動物には、それらの子孫動物も含まれる。
【0015】
用いられる動物としては、ヒト以外の動物であれば特に限定されるものではない。好適な動物としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、サル等の実験動物ならびにウシ、ヒツジ、ウマ、ブタ等の家畜があげられるが、遺伝子工学的に利用が容易であるところから、マウスがより好ましい。
【0016】
本発明の肺癌モデル動物は、当該分野で通常用いられているトランスジェニック動物の作出方法により製造することができる。次に、本発明の肺癌モデル動物の作出方法について説明する。
【0017】
本発明の肺癌モデル動物は、例えば下記の工程(a)~(c)を含む方法により製造できる。
(a)ヒトまたはマウス変異EGFR遺伝子と肺サーファクトントタンパク質Cプロモーターとを連結した発現ベクターを調製する工程;
(b)前記発現ベクターを受精卵に導入し、遺伝子導入受精卵を仮親動物に移植する工程;
(c)前記動物から出生した子孫から肺癌モデル動物を選別する工程;
(d)前記選別した動物(ファウンダー)から系統を樹立する工程。
【0018】
前記工程(a)において、発現ベクターの調製は、自体公知の方法により行うことができる。また、変異EGFR遺伝子は、欠失変異の場合は特定の塩基配列をヌクレアーゼ等で切断することにより、置換変異の場合は、site directed mutagenesis 等の方法を用いることにより得ることができる。
【0019】
前記工程(b)において、前記発現ベクターを受精卵に導入する方法は、例えば、交配後の雌の卵管を洗浄して受精卵を採取し、精子または卵子由来の前核にマイクロインジェクション法により前記発現ベクターを直接注入する方法があげられる。この受精卵を偽妊娠させた仮親の輸卵管に移植し、子宮内で発生を続けさせる。
【0020】
前記工程(c)において、工程(b)で移植した動物が出生した子孫から肺癌モデル動物を選別する方法としては、例えば、注入した発現ベクターが染色体DNAに組み込まれているか否かについて、産仔の尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンブロット法またはPCR法によりスクリーニングする方法があげられる。
【0021】
前記工程(d)において、工程(c)で選別した動物(ファウンダー)から遺伝的背景の均一な系統を樹立する方法としては、発現ベクターが組み込まれた動物とC57BL/6、FVBなどの近交系の野生型動物とを戻し交配をする方法があげられる。
【0022】
このようにして得られた本発明の肺癌モデル動物をさらに交配して得られる子孫動物、これら動物に由来する組織または細胞も本発明に含まれる。前記組織としては、すべての組織があげられ、好ましくは肺に由来する組織である。また、前記細胞としては、前記組織中に含まれる細胞、組織中から単離された細胞、これら細胞から樹立した細胞株があげられ、具体的には1型肺胞上皮細胞、2型肺胞上皮細胞、クララ細胞、線維芽細胞、およびそれらから腫瘍化した細胞などが好ましい。
【0023】
本発明の肺癌モデル動物は、肺特異的に変異EGFRが発現している。すなわち、同種野生型動物と比べて、変異EGFRによって肺癌を早期かつ確実に発症する動物である。それにより、本発明の肺癌モデル動物は、EGFR分子標的医薬の薬効評価を始めとするEGFR標的治療の伸展に大きく貢献しうるモデル動物である。
【0024】
肺癌研究のモデルとして使用する場合、本発明の肺癌モデル動物を同種の他の疾患モデルと交配して得られるモデル動物を作出して用いてもよい。本発明は、かかるモデル動物も提供する。
【0025】
前記他の疾患モデルとしては、特に限定されるものではない。本発明のモデル動物を癌の単発巣モデルばかりでなく、多発巣モデルとして使用するためには、他の癌の疾患モデルと交配して得られるモデル動物が考えられる。交配可能な他の癌の疾患モデルとしては、肺以外の癌の疾患モデルが限定なく使用でき、好ましくは、EGFRの過剰発現または変異が確認されている癌があげられ、例えば、胃癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌、前立腺癌、腎癌、頭頸部癌、口腔癌および脳腫瘍からなる群より選ばれる癌が好ましい。例えばマウスの場合、p53ノックアウトマウス、PTENノックアウトマウス、変異型raf組み込マウス等が交配対象の癌の疾患モデルとして好適に用いられ得る。
【0026】
本発明の肺癌モデル動物は、EGFRの変異に起因する肺癌を発症可能であることから、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与することにより、容易にEGFRチロシンキナーゼ耐性肺癌モデル動物を作出することも可能である。EGFRの変異がゲフィチニブが標的とする変異である場合、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤としてゲフィチニブを用いてEGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌モデル動物を作出することが好ましい。本発明は、かかるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌モデル動物も提供する。
【0027】
本発明は、本発明により提供されるモデル動物の組織または細胞を病理学的に検査することにより、変異EGFR発現に起因する発癌を解析することができる。本発明は、かかる解析方法を提供する。解析方法の具体例としては、
EGFRの下流シグナルを、免疫染色、ウェスタンブロット、免疫沈降にて、どのように細胞増殖シグナルが伝わっているのかを検索する方法、または
前記細胞増殖シグナル伝達においてとくに重要な働きをしていると思われる蛋白については、siRNAを用いてmRNAレベルで発現抑制をかけ、腫瘍化に関与しているかどうかを確認する方法などがあげられる。
特に、モデル動物の作出段階でFLAG tagのような標識を発現するように組み込んだ場合、変異EGFR発現の検索効率の向上が期待される。
【0028】
本発明は、本発明のモデル動物または当該動物に由来する組織もしくは細胞を用いることにより、肺癌の治療候補物質をスクリーニングすることができる。本発明は、かかるスクリーニング方法を提供する。
【0029】
[スクリーニング方法I]
本発明は、下記工程を含む肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法(スクリーニング方法I)を提供する。
(a)本発明の動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌を縮小または消滅させる被験物質を選択する工程。
【0030】
前記(a)において、被験物質とは、いかなる公知物質および新規物質であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分などがあげられる。また、これらの化合物の2種以上の混合物を試料として供することもできる。
【0031】
前記被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0032】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。
【0033】
前記工程(b)において、被験物質を投与した動物における肺の組織を調べる方法としては、例えば、肺組織を染色して顕微鏡で観察する方法、ウェスタンブロット、免疫沈降にてEGFRのリン酸化抑制や下流シグナルの抑制を蛋白レベルで確認する方法、RT-PCR、real time PCRにて特定の遺伝子のmRNAレベルでの発現抑制を確認する方法、マウスの生存期間を比較する方法などがあげられる。
【0034】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない動物における肺の組織も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。また、陽性対照として、EGFR分子標的薬を同様に投与することも望ましい。
【0035】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、肺組織における癌を有意に縮小させる被験物質を選択する。選択する基準は、被験物質を投与していない肺癌モデル動物を指標にすればよい。
【0036】
このようにして選択された被験物質は、変異EGFRに起因する肺癌を縮小させる作用を有するものであり、肺癌の治療候補薬となりうる。
【0037】
[スクリーニング方法II]
また、本発明は、下記工程を含むEGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対して耐性を獲得した肺癌の治療候補物質のスクリーニング方法(スクリーニング方法II)を提供する。
(a)本発明のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対して耐性を獲得した動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌を縮小または消滅させる被験物質を選択する工程。
【0038】
工程(a)において、被験物質は、スクリーニング方法Iと同様のものがあげられ、投与方法もスクリーニング方法Iと同様である。
【0039】
前記工程(b)において、被験物質を投与した動物における肺の組織を調べる方法としては、例えば、肺組織を染色して顕微鏡で観察する方法、ウェスタンブロット、免疫沈降にてEGFRのリン酸化抑制や下流シグナルの抑制を蛋白レベルで確認する方法、RT-PCR、real time PCRにて特定の遺伝子のmRNAレベルでの発現抑制を確認する方法、マウスの生存期間を比較する方法などがあげられる。
【0040】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない動物における肺の組織も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0041】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、肺組織における癌を有意に縮小させる被験物質を選択する。選択する基準は、被験物質を投与していない耐性獲得肺癌モデル動物を指標にすればよい。
【0042】
このようにして選択された被験物質は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対して耐性を獲得した肺癌を縮小させる作用を有するものであり、かかる薬剤耐性肺癌の治療候補薬となりうる。
【0043】
[スクリーニング方法III]
また、本発明は、下記工程を含む、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌の発症を抑制する候補物質のスクリーニング方法(スクリーニング方法III)を提供する。
(a)本発明の動物にEGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与する工程、
(b)前記EGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与し被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性肺癌の発症を抑制する被験物質を選択する工程。
【0044】
前記工程(a)において、被験物質は、スクリーニング方法Iと同様のものがあげられ、投与法方法もスクリーニング方法Iと同様である。
【0045】
前記工程(b)において、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤と被験物質を投与した動物における肺の組織を調べる方法としては、例えば、肺組織を染色して顕微鏡で観察する方法、ウェスタンブロット、免疫沈降にてEGFRのリン酸化抑制や下流シグナルの抑制を蛋白レベルで確認する方法、RT-PCR、real time PCRにて特定の遺伝子のmRNAレベルでの発現抑制を確認する方法、マウスの生存期間を比較する方法などがあげられる。
【0046】
前記工程(b)において、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与し被験物質を投与しない動物における肺の組織も同時にまたは別途調べ、被験物質投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0047】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、肺組織において癌の発症を抑制するか有意に発症を遅延させる被験物質を選択する。選択する基準は、被験物質を投与せずに耐性獲得肺癌を発症した動物を指標にすればよい。
【0048】
このようにして選択された被験物質は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤と併用することで当該剤耐性を抑制する物質または当該剤の治療効果の持続期間の延長が期待される物質であり、肺癌における耐性遺伝子の獲得を抑制することが期待される候補物質となり得る。
【0049】
[スクリーニング方法IV]
また、本発明は、下記工程を含む肺癌の予防候補物質のスクリーニング方法(スクリーニング方法IV)を提供する。
(a)本発明の動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌を発症しないかまたは発症の時期を遅らせる被験物質を選択する工程。
【0050】
前記工程(a)~(b)は、前記スクリーニング方法IIと同様である。ただし、本発明の動物が肺癌を発症する時期を事前に検討し、被験物質を投与しない本発明の動物の肺癌発症が確認できる時期まで、被験物質の投与を続けた後に肺の組織を調べることが重要である。
【0051】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、肺組織における癌の発症を抑制するか有意に遅らせる被験物質を選択する。選択する基準は、被験物質を投与していない肺癌モデル動物を指標にすればよい。
【0052】
このようにして選択された被験物質は、変異EGFRに起因する肺癌を発症させないかまたは発症の時期を遅らせる作用を有するものであり、かかる肺癌の予防候補薬となりうる。
【0053】
[スクリーニング方法V]
本発明は、下記工程を含む肺癌の放射線治療における増感物質のスクリーニング方法(スクリーニング方法V)を提供する。
(a)本発明の動物に放射線を照射し、かつ被験物質を投与する工程、
(b)前記放射線照射かつ被験物質を投与した動物における肺の組織を調べ、放射線照射し、被験物質を投与しない動物における肺組織と比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、放射線治療に対する増感作用を有する被験物質を選択する工程。
【0054】
前記(a)において、動物に照射する放射線としては、X線、γ線、重粒子線、陽子線等があげられる。放射線の照射量および照射方法としては、使用する放射線の種類および動物の種類に応じて適宜設定することができるが、例えば、X線をマウスに照射する場合、2Gy×3日の条件があげられる。
【0055】
前記(a)において、被験物質とは、いかなる公知物質および新規物質であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分などがあげられる。また、これらの化合物の2種以上の混合物を試料として供することもできる。
【0056】
前記被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0057】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。また、被験物質の投与時期は、放射線照射前または後のいずれでもよいが、放射線治療に対する増感作用を調べるためには、照射前が好ましい。
【0058】
前記工程(b)において、被験物質を投与した動物における肺の組織を調べる方法としては、例えば、肺組織を染色して顕微鏡で観察する方法、ウェスタンブロット、免疫沈降にてEGFRのリン酸化抑制や下流シグナルの抑制を蛋白レベルで確認する方法、RT-PCR、real timePCRにて特定の遺伝子のmRNAレベルでの発現抑制を確認する方法、マウスの生存期間を比較する方法などがあげられる。
【0059】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない動物における肺の組織も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0060】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、放射線照射による肺癌の縮小効果を有意に増強させる被験物質を選択する。選択する基準は、被験物質を投与していない放射線照射肺癌モデル動物を指標にすればよい。
【0061】
[スクリーニング方法VI]
本発明は、下記工程を含む肺癌発症のバイオマーカーのスクリーニング方法(スクリーニング方法VI)を提供する。
(a)本発明の肺癌モデル動物および当該モデル動物の同種野生型動物から血液を採取する工程、
(b)前記採取工程により得られた血液中のタンパク質を調べ、肺癌モデル動物と対照動物におけるタンパク質の発現パターンを比較する工程、ならびに
(c)前記比較結果に基づいて、肺癌発症の指標となる血清タンパク質を選択する工程
を含む。
【0062】
前記工程(a)において、肺癌モデル動物およびその同種野生型動物から血液を採取する方法は、自体公知の方法により行うことができる。採取量は、動物の種類に応じて適切な量に設定することができる。採取した血液から、遠心分離等により血清を調製して工程(b)に供することが好ましい。なお、採取する時期は、肺癌モデル動物で肺癌の発症が見られる時期を予め検討しておき、発症前および発症後の時期を複数選ぶことが望ましい。
【0063】
前記工程(b)において、血液中のタンパク質の発現パターンの解析方法および比較方法は特に限定されるものではなく、常法により行うことができる。例えば、肺癌モデル動物と同種野生型動物の血中タンパク質をペプチドマスフィンガープリント法などにて比較し、肺癌モデル動物において有意に増加または減少するタンパク質をスクリーニングしていく方法があげられる。
【0064】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、肺癌発症の指標となる血清タンパク質を選択する。選択する基準は、血清タンパク質の内、同種野生型動物と比較して、肺癌モデル動物で有意に(好ましくは、2倍以上)発現が増加または減少していることを指標にすればよい。
【0065】
このようにして選択された血清タンパク質は、肺癌発症の有無を判断するバイオマーカーとして有用である。
【実施例】
【0066】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0067】
[実施例1]
EGFR遺伝子改変マウスの作製
マウスおよびヒトmRNAから逆転写によりcDNAを作製した後、PCRによりマウスEGFR遺伝子およびヒトEGFR遺伝子を得た。次に、site-directed mutagenesisによりマウス変異EGFR遺伝子(mouse EGFR delE748-A752、mouse EGFR L860R)およびヒト変異EGFR遺伝子(human delE746-A750、human L858R)を作製した。
変異EGFR遺伝子をマウスの肺組織で特異的に発現させるために、肺サーファクタントタンパク質C(SPC)プロモーターが組み込まれた発現ベクター3.7SPC/SV40 (Whitsett博士、Cincinnati Children’s Hospital Medical Centerから供与)を用いた。当該ベクターは、プラスミドpUC18(約2.7kb)をバックボーンにし、SPCプロモーター(約3.7kb、ヒトSPCのプロモーター)ならびにSV40スモールT抗原のイントロン配列およびポリAシグナル(約0.4kb)が連結されたベクターであり、SPCプロモーターの下流かつSV40スモールT抗原のイントロン配列との間にマルチクローニングサイトを有するものである。当該ベクターのマルチクローニングサイトのHindIII部位に上記マウス変異EGFR遺伝子またはヒト変異EGFR遺伝子をそれぞれクローニングし、肺組織特異的変異EGFR発現ベクターを調製した。
得られた発現ベクターを用いて、マウスC57BL/6CrSIcに変異EGFR遺伝子を導入し、トランスジェニックマウスを作出した。各トランスジェニックマウスは、下記のように命名した。
【0068】
マウス変異EGFRトランスジェニックマウス
mouse delE748-A752(マウスEGFRの748位のグルタミン酸から752位のアラニンまでのアミノ酸の欠失変異が導入されたマウス)
mouse L860R(点突然変異によりマウスEGFRの860位のロイシンがアルギニンに置換された変異が導入されたマウス)
【0069】
ヒト変異EGFRトランスジェニックマウス
human delE746-A750(ヒトEGFRの746位のグルタミン酸から750位のアラニンまでのアミノ酸の欠失変異が導入されたマウス)
human L858R(点突然変異によりヒトEGFRの858位のロイシンがアルギニンに置換された変異が導入されたマウス)
【0070】
mouse delE748-A752およびhuman L858Rは、安定なマウス系統が樹立されたが、mouse L860R およびhuman delE746-A752は、早期に腫瘍死し安定した系は得られなかった。
ヒトEGFRの場合、インフレーム欠失変異型EGFRの方がより強い発癌活性をもち、早期死亡する可能性が示唆された。
これらのトランスジェニックマウスを用いて、薬剤のスクリーニング、発癌阻止実験などを行うことができる。
【0071】
[実施例2]
EGFR遺伝子改変マウスの解析
実施例1で作製したトランスジェニックマウスを飼育し、経過を観察した。mouse EGFR delE748-A752では、生後16週~20週にかけて、肺に多数の腫瘍を形成し死亡した。
human L858Rも同様の経過をたどった。16週令で腫瘍死したときの肺の肉眼所見を図1に示す。表面から多数の小結節を認める。また、肺組織をヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色し、弱拡大(倍率40倍)した写真を図2に示す。図2より、明らかな腫瘍性病変を多数形成していることがわかった。強拡大(倍率400倍)にすると、多数の核分裂像を伴う腺腔形成を認め、ヒトでの腺癌に相当する組織像を示していた(図3)。他の視野では、ヒトにおける異型腺腫様過形成(atypical adenomatous hyperplasia)に相当する前癌病変と思われる部位を確認している。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の肺癌モデル動物は、EGFR遺伝子変異を伴う肺癌特異的な診断および治療方法の確立に貢献することができる。また、本発明の肺癌モデル動物を用いたスクリーニング方法は、EGFR遺伝子変異を伴う肺癌における新規治療薬の開発、EGFR分子標的薬耐性の獲得の解明、耐性を獲得した肺癌に対する治療薬の開発などに貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】図1は、human L858Rが16週令で腫瘍死したときの肺の写真を示す。
【図2】図2は、図1の肺組織をヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色し、弱拡大(倍率40倍)した顕微鏡写真を示す。
【図3】図3は、図1の肺組織をヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色し、強拡大(倍率400倍)した顕微鏡写真を示す。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2