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明細書 :形質転換植物及びその作出方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5311539号 (P5311539)
公開番号 特開2009-219402 (P2009-219402A)
登録日 平成25年7月12日(2013.7.12)
発行日 平成25年10月9日(2013.10.9)
公開日 平成21年10月1日(2009.10.1)
発明の名称または考案の名称 形質転換植物及びその作出方法
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
A01H   5/00        (2006.01)
A01H   1/00        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
A01H 5/00 A
A01H 1/00 A
請求項の数または発明の数 1
全頁数 15
出願番号 特願2008-066299 (P2008-066299)
出願日 平成20年3月14日(2008.3.14)
審査請求日 平成23年1月21日(2011.1.21)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】591060980
【氏名又は名称】岡山県
発明者または考案者 【氏名】鳴坂 義弘
【氏名】鳴坂 真理
【氏名】宇野 久仁子
個別代理人の代理人 【識別番号】110001047、【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
【識別番号】100107191、【弁理士】、【氏名又は名称】長濱 範明
審査官 【審査官】幸田 俊希
参考文献・文献 Germplasm / Stock: SALK_127478C,2006年 4月 3日,URL,http://www.arabidopsis.org/servlets/TairObject?type=stock&id=1001478671
ALONSO,J.M. et al.,Genome-wide insertional mutagenesis of Arabidopsis thaliana.,Science,2003年 8月 1日,Vol.301, No.5633,pp.653-7
NARUSAKA,M. et al.,Gene coding for SigA-binding protein from Arabidopsis appears to be transcriptionally up-regulated by salicylic acid and NPR1-dependent mechanisms.,J. Gen. Plant Pathol.,2008年10月,Vol.74, No.5,pp.345-54
NARUSAKA,Y. et al.,The cDNA microarray analysis using an Arabidopsis pad3 mutant reveals the expression profiles and classification of genes induced by Alternaria brassicicola attack.,Plant Cell Physiol.,2003年 4月,Vol.44, No.4,pp.377-87
MORIKAWA,K. et al.,Novel nuclear-encoded proteins interacting with a plastid sigma factor, Sig1, in Arabidopsis thaliana.,FEBS Lett.,2002年 3月13日,Vol.514, No.2-3,pp.300-4
調査した分野 C12N 15/09
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
特許請求の範囲 【請求項1】
内因性のSIB A遺伝子の発現を人為的に抑制することを特徴とする、野生型植物と比較して、病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進している形質転換植物の作出方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、野生型植物と比較して病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進している形質転換植物、並びに該形質転換植物の部分若しくは繁殖材料に関する。
【背景技術】
【0002】
陸生植物は、乾燥、低温、熱、機械的な摂動、創傷及び病原体の感染といった様々な環境ストレスに曝される。これら環境ストレスに植物が曝されると、特定の遺伝子発現といった生化学的、生理学的及び分子的な反応が誘導され、環境ストレスに対する応答性及び順応性を示すことが知られている。このような反応は、植物細胞内における刺激の認識及びシグナル伝達の結果として進行する。
【0003】
植物に病気を引き起こす原因としては、伝染性の生物的病原(病原体)と非伝染性の環境的病原とがあり、植物の感染病の80%以上は、糸状菌(カビ・菌類)によって引き起こされ、残りは細菌、ウイルス、ウイロイド、ファイトプラズマ、リケッチア様微生物、線虫、原虫などが原因である。植物は常にこれら病原体の攻撃にさらされており、独自の生体防御反応により病原体の感染から身を守っている。一例として、Florの唱える遺伝子対遺伝子説によると、植物側の抵抗性遺伝子産物が菌由来のエリシター(非病原性遺伝子産物)を認識し、病原菌に対する一連の抵抗反応を発現すると考えられている。このような反応は、植物細胞内における刺激の認識及びシグナル伝達の結果として進行する。しかしながら、このメカニズムの詳細については未だ解明されていないのが現状である。
【0004】
植物の生産性の向上は、伝統的な、もしくは経験に基づく品種改良による育種や、殺菌剤や殺虫剤を例とする農薬の使用による病虫害の駆除、成長調整剤の使用等により行われてきた。しかし、近年の分子生物学の急速な進展により、今日では遺伝子組み換え植物などの分子育種の手法により、より短い期間での生産性の高い植物の開発が可能となった。例えば、遺伝子組み換えにより、植物の成長促進、植物に対する病虫害抵抗性の付与や環境ストレス耐性の付与、植物の開花時期の調節など、直接的又は間接的に植物の生産性を向上しうる技術の開発がなされてきた。植物への病害抵抗性の付与に関しては、例えば、WRKY45遺伝子をイネで恒常的に発現させることで、病害抵抗性が付与されたことが報告されており(非特許文献1)、また、環境ストレス耐性に関しては、乾燥、高塩、低温のストレス下で正常に生育できるシロイヌナズナの開発が報告されている(非特許文献2)。
【0005】
しかしながら、病虫害抵抗性や環境ストレス耐性を付与することが、必ずしも植物の生産性の向上につながらない場合もある。例えば、病虫害抵抗性や環境ストレス耐性に関する遺伝子を植物体で恒常的に発現させた場合、植物体の成長が損なわれることが報告されており(非特許文献3)、成長を確保するためには何らかの工夫を要することが記載されている(非特許文献1~5)。
【0006】
このように、植物の生産性向上のための、植物への病虫害抵抗性や環境ストレス耐性の付与と、植物の成長の促進とは、個別の技術として研究されてきたため、従来、双方の特性を植物に同時に付与するためには、双方の技術を適用する必要があった。しかしながら、この場合でも、それぞれの技術を単独で適用した場合と同様の表現型が、植物において同時に発現しないことも想定されるため、あるいは、育種に要する期間の短縮化のため、1つの技術の適用で、植物への病虫害抵抗性や環境ストレス耐性の付与と植物の成長の促進とを同時に満たすことができる技術の開発が、強く望まれていた。

【特許文献1】特開2007-202461号公報
【非特許文献1】Shimono et al.,2007.Plant Cell,19(6):2064-2076
【非特許文献2】Kasuga M et al.,1999.Nat Biotechnol.,17:287-291
【非特許文献3】Nakashima et al.,2007.Plant J.,51:617-630
【非特許文献4】Miyagawa et al.,2001.Nat Biotechnol.,19(10):965-969
【非特許文献5】Tang et al.,1999.Plant Cell,11:15-29
【非特許文献6】Morikawa et al.,2002.FEBS Lett.,514:300-304)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、植物における病害抵抗性及び環境ストレス耐性の向上と成長の促進という形質を同時に植物に付与することができる新たな技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
葉緑体あるいは色素体は、約120~180kbpの環状二本鎖DNAを独自にもつオルガネラで、そのゲノムは約130の遺伝子をコードしている。高等植物の葉緑体には、二種類の転写装置(RNAポリメラ—ゼ)が存在しており、一つは、葉緑体ゲノムにコードされた真性細菌型RNAポリメラーゼ(Plastid-Encoded Plastid RNA Polymerase)で、もう一つは、核にコードされたファージ型RNAポリメラーゼ(Nuclear-Encoded Plastid RNA Polymerase)である。葉緑体シグマ因子は、葉緑体に複数種存在し、その遺伝子は核ゲノムにコードされている。シロイヌナズナの核ゲノムにはSig A~Sig F(Sig 1~Sig 6)と名付けられた6種類の葉緑体シグマ因子の遺伝子が存在している。葉緑体分化や環境応答に伴って異なったシグマ因子群が働き、葉緑体の転写パターンが変化すると考えられている。
【0009】
一方、バクテリアでは、シグマ因子結合タンパク質と呼ばれる一群の因子が存在し、遺伝子特異的に転写を制御している例が知られている。最近、葉緑体シグマ因子の一つSig Aの領域4(-35認識部位)に特異的に結合するタンパク質がクローニングされ、SIB A(sigma factor binding protein A、またはsigma factor binding protein 1)と命名された(非特許文献6)。葉緑体でも、バクテリアと類似な機構でシグマ因子の機能が制御されている可能性が考えられる。しかしながら、SIB Aは、既知のタンパク質との相同性が低いタンパク質であり、その機能は解明されていない。
【0010】
このような状況の下、本発明者らは、植物の病害抵抗性を研究する過程において、シロイヌナズナに病害抵抗性を活性化する処理(サリチル酸処理)を与えたところ、SIB A遺伝子のプロモーター領域が素早く活性化することを見出した(特許文献1)。そこで、本発明者らは、SIB A遺伝子の機能を解明すべく、シロイヌナズナにSIB A遺伝子を導入し、病原細菌トマト斑葉細菌(シュードモナス シリンゲ)を接種したところ、この病原菌に対して、野生型植物と同程度の抵抗性しか示さないばかりか、シロイヌナズナの生育が抑制(矮性化)されてしまった。その一方、シロイヌナズナにおけるSIB A遺伝子を破壊したところ、意外にも、野生型植物よりも顕著に病害抵抗性が向上するとともに、成長が顕著に促進した。トマト斑葉細菌の感染に抵抗するために植物はサリチル酸経路を活性化する必要がある。本発明により、植物ゲノム上の1遺伝子の機能を抑制するだけで、広範囲の病原菌に対して植物への病害抵抗性の付与を可能とするとともに、その成長をも促進させることが可能となった。SIB A遺伝子は、ハクサイやイネにも存在することから、本発明は、様々な植物に適用することが可能である。
【0011】
本発明は、Sig A binding proteinをコードする遺伝子(SIB A遺伝子)の機能の抑制と植物の病害抵抗性及び環境ストレス耐性の向上及び成長の促進との関係の発見に基づくものであり、より詳しくは、以下に記載の発明を包含するものである。
【0016】
> 内因性のSIB A遺伝子の発現を人為的に抑制することを特徴とする、野生型植物と比較して、病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進している形質転換植物の作出方法。

【発明の効果】
【0017】
本発明により、SIB A遺伝子の機能を抑制するのみで、野生型植物と比較して、病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進した植物を作出することが可能となった。これにより、有用植物の生産量を増大させることが期待できる。また、農薬の使用量の削減を可能とし、収穫までの期間を短縮できるため、生産コストの削減も期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、内因性のSIB A遺伝子の機能が人為的に抑制されることにより、野生型植物と比較して、病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進していることを特徴とする形質転換植物を提供するものである。
【0019】
本発明において「SIB A遺伝子」とは、シロイヌナズナにおけるSIB A遺伝子、及び、これと同等の機能を有する相同遺伝子を意味する。ここで、「同等の機能」とは、その遺伝子の機能の抑制により、植物の病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進する機能を意味する。本発明のSIB A遺伝子には、例えば、シロイヌナズナ由来の遺伝子に対応するハクサイ由来の遺伝子及びイネ由来の遺伝子が含まれる(シロイヌナズナ遺伝子のゲノムDNAの塩基配列を配列番号:1に、蛋白質のアミノ酸配列を配列番号:2に示した。また、ハクサイ遺伝子のcDNAの塩基配列を配列番号:3に、蛋白質のアミノ酸配列を配列番号:4に示した。また、イネ遺伝子のゲノムDNAの塩基配列を配列番号:5に、蛋白質のアミノ酸配列を配列番号:6に示した)。さらに、本発明のSIB A遺伝子には、シロイヌナズナのSIB A遺伝子と同等の機能を有するその他の遺伝子、代表的には、(a)配列番号2のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNA、(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、および(c)配列番号2のアミノ酸配列(またはその機能領域のアミノ酸配列)と高い相同性を有するアミノ酸配列を含む蛋白質をコードするDNA、が含まれる。
【0020】
ここで「アミノ酸が欠失、置換若しくは付加」され得る領域としては、それをコードする遺伝子が、シロイヌナズナ遺伝子と同等の機能を有する限り、特に限定されない。従って、その機能に重要な領域のアミノ酸において高い相同性があれば、その他の領域のアミノ酸配列は違いが大きいこともあり得、全体としての高い相同性は必ずしも有しなくともよい。一般的には、アミノ酸配列の違いは、70アミノ酸以内、好ましくは50アミノ酸以内、さらに好ましくは30アミノ酸以内(例えば、10アミノ酸以内、5アミノ酸以内)である。また、「ストリンジェントな条件」とは、ナトリウム濃度が25~500mM、好ましくは25~300mMであり、温度が42~68℃、好ましくは42~65℃の条件である。例えば、5×SSC(83mM NaCl、83mMクエン酸ナトリウム)、温度42℃である。また、アミノ酸配列の「相同性」は、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Karlin,S. and Altschul,SF., Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 1990,87,2264-2268., Karlin,S. and Altschul,SF., Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 1993,90,5873-5877.)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul,SF.et al., J Mol Biol, 1990,215,403-410.)。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0021】
本発明において「SIB A遺伝子の機能が人為的に抑制される」とは、SIB A遺伝子の発現が人為的に抑制される場合のほか、SIB A遺伝子の機能の発現を抑制するその他の人為的な操作も含まれる。このような人為的な操作には、SIB A遺伝子の制御下にある遺伝子の操作が含まれ、例えば、SIB A遺伝子の発現の抑制により、その発現が抑制される遺伝子については、その遺伝子の発現を人為的に抑制すること、SIB A遺伝子の発現の抑制により、その発現が促進される遺伝子については、その遺伝子の発現を人為的に促進することが含まれる。ここで「遺伝子の発現の抑制」又は「遺伝子の発現の促進」とは、遺伝子発現をmRNAレベル又は蛋白質レベルで抑制又は促進すること、あるいは蛋白質の機能を抑制又は促進することを意味する。
【0022】
遺伝子の発現を抑制する方法としては、例えば、遺伝子を破壊する方法が挙げられる。具体的には、EMSなどの化学変異剤処理、速中性子線照射、イオンビーム照射、T-DNAの挿入、トランスポゾンの挿入などによる発現抑制対象の遺伝子のコード領域、非コード領域、転写制御領域(プロモーター領域)等に変異又は欠損を導入し、遺伝子破壊変異体を作製する方法があげられる。遺伝子破壊変異体は、例えば、理化学研究所バイオリソースセンターより入手可能なトランスポゾンが挿入された遺伝子ノックアウト変異体や、Arabidopsis Biological Resource Center(ABRC)より入手可能なT-DNAが挿入されたシロイヌナズナ遺伝子ノックアウト変異体等を使用しても良い。その他の遺伝子の発現を抑制する方法としては、例えば、アンチセンスRNAを用いる方法、RNA干渉(RNA interference)を用いる方法が挙げられる。さらに、特定の遺伝子の制御下にある遺伝子の発現を低下させる方法については、特定の遺伝子がコードする蛋白質に対する抗体を用いて、その蛋白質の機能を抑制する方法が挙げられる。例えば、SIB A蛋白質に対する抗体を用いて、SIB A蛋白質のDNA結合活性を低下させることにより、SIB A遺伝子の下流遺伝子の発現を制御することができる。
【0023】
mRNAレベルでの遺伝子の発現の抑制又は促進は、例えば、標的遺伝子に特異的なプライマーやプローブを用いたノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、定量的PCR、マイクロアレイなどによって、標的遺伝子から転写されたmRNAの量を測定することにより評価することができる。蛋白質レベルでの遺伝子の発現の抑制又は促進は、例えば、標的蛋白質に特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング、ELISAなどの免疫学的な方法により、標的蛋白質の質量を測定することにより評価することができる。蛋白質の機能の抑制又は促進は、蛋白質の機能に応じた活性評価系により評価しうるが、本発明においては、植物の病害抵抗性、環境ストレス耐性あるいは成長促進という植物の表現型への影響により間接的に評価することも可能である。
【0024】
本発明の形質転換植物においては、mRNAレベルもしくは蛋白質レベル、又は関連遺伝子の発現制御レベルにおいて、野生型植物と比較して、有意にSIB A遺伝子の発現を抑制するか、SIB A遺伝子を欠損させることが好ましい。ここで「有意に抑制する」とは、野生型植物と比較して、好ましくは1/2以下、より好ましくは1/5以下、さらに好ましくは、1/10以下である。
【0025】
本発明における植物の形質転換は、形質転換の手法や形質転換を行なう植物の種類等に応じて、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)あるいは植物培養細胞等に対して行なうことができる。形質転換に用いられる植物としては、アブラナ科、イネ科、ナス科、マメ科等に属する植物が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。アブラナ科植物としては、例えば、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)やハクサイ(Brassica rapa var.glabra)が、ナス科植物としては、例えば、タバコ(Nicotiana tabacum)が、イネ科植物としては、例えば、トウモロコシ(Zea mays)やイネ(Oryza sativa)が、マメ科植物としては、例えば、ダイズ(Glycine max)が好適である。例えば、イネには相同性遺伝子として、Os01g0808900 Oryza sativa(japonica cultivar-group)が存在する。また、ハクサイにおいては、シロイヌナズナSIB A遺伝子と高い相同性を示すハクサイSIB A遺伝子が本発明者らにより発見されており、ハクサイSIB A遺伝子はシロイヌナズナSIB A遺伝子と同様に、サリチル酸処理に対して高い応答性を示すことを本発明者等は見出している(実施例4)。
【0026】
植物への遺伝子導入は、用いる遺伝子を発現ベクターに組み入れ、通常の形質転換方法、例えば電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法等を利用して行なうことができる。例えば、エレクトロポレーション法を用いる場合は、パルスコントローラーを備えたエレクトロポレーション装置により、電圧500~1600V、25~1000μF、20~30msecの条件で処理し、遺伝子断片を含む発現ベクターを宿主に導入する。また、パーティクルガン法を用いる場合は、植物体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい。このように調製した試料を遺伝子導入装置(例えばBio-Rad社のPDS-1000/He等)を用いて処理することができる。処理条件は植物又は試料により異なるが、通常は1000~1800psi程度の圧力、5~6cm程度の距離で行う。また、植物ウイルスをベクターとして利用することによって、遺伝子発現を抑制するための遺伝子断片を植物体に導入することができる。利用可能な植物ウイルスとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスが挙げられる。すなわち、まず、ウイルスゲノムを大腸菌由来のベクターなどに挿入して組換え体を調製した後、ウイルスのゲノム中に、これらの目的遺伝子を挿入する。このようにして修飾されたウイルスゲノムを制限酵素によって組換え体から切り出し、植物宿主に接種することによって、目的遺伝子を植物宿主に導入することができる。アグロバクテリウムのTiプラスミドを利用する方法においては、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属に属する細菌が植物に感染すると、それが有するプラスミドDNAの一部を植物ゲノム中に移行させるという性質を利用して、標的遺伝子の発現を抑制するための遺伝子断片を発現ベクターに組み込んで植物宿主に導入する。アグロバクテリウム属に属する細菌のうちアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)は、植物に感染してクラウンゴールと呼ばれる腫瘍を形成し、また、アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacteriumu rhizogenes)は、植物に感染して毛状根を発生させる。これらは、感染の際にTiプラスミド又はRiプラスミドと呼ばれる各々の細菌中に存在するプラスミド上のT-DNA領域(Transferred DNA)と呼ばれる領域が植物中に移行し、植物のゲノム中に組み込まれることに起因するものである。Ti又はRiプラスミド上のT-DNA領域中に、植物ゲノム中に組み込みたいDNAを挿入しておけば、アグロバクテリウム属の細菌が植物宿主に感染する際に目的とするDNAを植物ゲノム中に組込むことができる。
【0027】
形質転換の結果得られる腫瘍組織やシュート、毛状根などは、そのまま細胞培養、組織培養又は器官培養に用いることが可能であり、また従来知られている植物組織培養法を用い、適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)の投与などにより植物体に再生させることができる。例えば、カルス状の形質転換細胞をホルモンの種類、濃度を変えた培地へ移して培養し、不定胚を形成させ、完全な植物体を得る方法が採用される。使用する培地としては、LS培地、MS培地などが例示される。
【0028】
このようにして得られた形質転換植物は、野生型植物と比較して、病害抵抗性及び環境ストレス耐性が向上し、かつ、成長が促進している。ここで「病害抵抗性が向上している」とは、野生型植物と比較した場合に、病原体の感染に対して病徴の進行が遅れること、または軽減されることを意味し、例えば、得られた形質転換植物にトマト斑葉細菌(シュードモナス シリンゲ)を接種し、接種3日目の植物体内での細菌の増殖を測定することで評価できる。また、「環境ストレス耐性が向上している」とは、野生型植物と比較した場合に、環境ストレス下で、生長量が多い、または成長速度が速いことを意味し、例えば、高塩濃度下で種子が発芽すること、根の伸長を測定することなどを指標にすることができる。「成長が促進している」とは、野生型植物と比較した場合に、生長量が多い、または成長速度が速いことを意味し、例えば、植物体の重量(生重量または乾重量)が重いこと、植物体当たりの種子・果実の数が多いあるいは総重量が重いこと、葉の枚数が多いことなどを指標にすることができる。
【0029】
一旦、染色体内に本発明のDNAが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖又は無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから種子等を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。形質転換植物体から植物種子を得るには、例えば、形質転換植物体を発根培地から採取し、水を含んだ土を入れたポットに移植し、一定温度下で生育させて、花を形成させ、最終的に種子を形成させればよい。また、種子から植物体を生産するには、例えば、形質転換植物体上で形成された種子が成熟したところで、それを単離して、水を含んだ土に播種し、一定温度、一定照度下で生育させればよい。
【0030】
本発明の形質転換植物体あるいはその部分や繁殖材料は、例えば、農作物として食用等に供されうる。従って、本発明には、本発明の形質転換植物体の「部分又は繁殖材料」、例えば、植物器官(例えば種子、葉、花弁、茎、根等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)又は植物培養細胞が含まれる。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]シロイヌナズナSIB A遺伝子の過剰発現体およびノックアウト変異体の病害抵抗性の解析
【0032】
シロイヌナズナSIB A遺伝子(AGIコード:At3g56710)のプロモーター領域にT-DNAが挿入されたシロイヌナズナ遺伝子ノックアウト変異体は、アラビドプシスバイオロジカルリソースセンター(ABRC)から入手したSALK_127478Cを用いた(図1)。
【0033】
一方、シロイヌナズナSIB A遺伝子の過剰発現体は、以下の如く作製した。理化学研究所のバイオリソースセンターから入手したシロイヌナズナSIB A遺伝子の完全長cDNA(RAFL04-16-M08)を発現ベクターpBE2113SFのSfiIサイトにサブクローニングすることで、シロイヌナズナSIB A遺伝子をカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターの下流に連結した。作製した発現ベクターをアグロバクテリウム法(Clough,S.J. and Bent,A.F. (1998) Plant J. 16:735-743)により、Col-0に導入し、形質転換植物を作出した。具体的には、選抜マーカーであるカナマイシンを含む寒天培地(ムラシゲ・スクーグ培地)で選抜を繰り返し、カナマイシン入りの培地で全ての種子が生育できる段階で(即ち、形質が分離しなくなった世代になった後)、定量的RT-PCR(Quantitative real-time PCR、QRT-PCR)によって、導入遺伝子の発現量を確認し、形質転換植物の作出を確認した。
【0034】
なお、SIB A遺伝子の発現を測定するためのQRT-PCRは次のように行なった。10μgの全RNAをRNase-free DNase(Takara社)で処理した。マニュアル(Invitrogen社)に従い、このRNA2μgを用いて、oligo dTプライマー(15mer)とSuperscript II逆転写酵素により一本鎖cDNAを合成した。QRT-PCRは、SYBR Green PCR Master Mix(Takara社)を用いて行った。具体的には、一本鎖cDNAを鋳型とし、1xSYBR Green I PCR Master Mixと、それぞれ200nMのセンス及びアンチセンスプライマーからなるQRT-PCR混合物に対し、MJ Opticon(BIO-Rad Laboratories社)を用いて、変性反応を95℃で10秒を行った後、「95℃で5秒、65℃で20秒」の一連の反応を40サイクル行った。また、CBP20遺伝子(At5g44200)を用いて、標準化を行った。SIB A遺伝子の発現測定には、センスプライマーとして5’-GACGACCACAACCTTTCTCCA-3’、アンチセンスプライマーとして5’-CGCATTCAACGGCTCATAAC-3’)を用い、CBP20遺伝子の発現測定には、センスプライマーとして5’-CCTTGTGGCTTTTGTTTCGTC-3’、アンチセンスプライマーとして5’-TGTTTCGTCCTGTTCTACTC-3’)を用いた。
【0035】
植物病原菌に対する抵抗性は、シロイヌナズナにも感染することが知られているトマト斑葉細菌(シュードモナス シリンゲ)を用いて調べた。トマト斑葉細菌をカナマイシン(25 μg/ml)及びリファンピシン(25μg/ml)を添加したKing's液体培地中で一晩振とう培養した。菌懸濁液を1×105(cfu)/mlに調製し、この菌液を播種後7週間栽培したシロイヌナズナ(22℃、8時間の明期/16時間の暗期のサイクル)のロゼット葉の裏側に、針がない1mlシリンジを押しつけて圧力をかけ、菌液を葉中へ注入することで病原菌を接種した。接種後3日目に接種葉をコルクポーラーでくりぬいて、10mM MgSO4液中で破砕し、菌懸濁液を固形培地に均一に蒔いて2日後に出現したコロニー数をカウントすることで、葉面積当たりの菌の増殖を測定した。
【0036】
トマト斑葉細菌(シュードモナス シリンゲ)を接種した植物(野生株、過剰発現体、遺伝子破壊体)の感受度(病原細菌の増殖)の結果を図2に示した。野生株と過剰発現体1~3に対して、遺伝子破壊体(Δsib A)は菌の増殖が1/5~1/10に抑制された。SIB
A遺伝子が植物にトマト斑葉細菌に対する抵抗性を付与する因子であることが証明された。なお、図2において、「0d」は接種直後の結果、「3d」は3日後の結果を示す。
【0037】
[実施例2]シロイヌナズナSIB A遺伝子の過剰発現体およびノックアウト変異体の生育促進効果の評価
植物材料として、土(ダイオ化成社製プロフェッショナル用培土 さし木、さし芽用No.2)に播種し、24時間の明暗サイクルを明時間8時間及び暗時間16時間として、22℃で6週間栽培した野生型、遺伝子破壊体(Δsib
A)の大きさを図3に示した。過剰発現体は野生型に比べて矮小化するが、遺伝子破壊体は葉が大きく、生育の促進が認められた。
【0038】
さらに、播種後28日目のSIB A遺伝子発現の抑制による植物体の成長への影響を調べた。野生型シロイヌナズナ(Col-0)にT-DNAを挿入することによりSIB A遺伝子の発現を抑えた遺伝子破壊体(SALK_127478C、Δsib A)を用いた。遺伝子破壊体の種子を培養土に播種し、22~24℃にて、12時間明期-12時間暗期で栽培し、播種後28日目の地上部の生重量と乾重量を測定した。また、Δsib Aでの結果が「SIB A遺伝子へのT-DNA挿入によるもの」であり、「T-DNA挿入」という手法による影響ではないことを示すために、Δsib Aと同じ手法で作製され、かつSIB A遺伝子には影響を与えていない形質転換体(ベクターのみを導入、pBE)を作製し、これをCol-0およびΔsib Aと同条件下で栽培し、地上部の生重量と乾重量を測定した。エラーバーは標準偏差を示している。乾重量は、生重量を測定した植物体を60℃の乾熱機で18時間乾燥し、測定を行った。その結果、Δsib Aの生重量および乾重量はそれぞれ、Col-0の1.34倍と1.30倍、pBEの1.50倍と1.62倍になっていた(図4Aおよび図4B)。また、生重量と乾重量から水分含有量と水分含有率を算出した結果、水分含有量および水分含有率はそれぞれ、Col-0の1.34倍と1.00倍、pBEの1.50倍と0.99倍になっていた(図4Cおよび図4D)。これらのことから、SIB A遺伝子の発現を抑えることにより、成長が促進していることが判明した。また、水分含有率の結果から、Δsib Aの成長促進は、異常な吸水力の増加によるものではないことが判明した。
【0039】
[実施例3]シロイヌナズナSIB A遺伝子のノックアウト変異体の塩耐性評価
SIB A遺伝子のノックアウト変異体の塩耐性を評価するために、塩を含む培地上で種子を発芽させ、発芽率を測定した。
【0040】
培地は直径9cmの丸型シャーレに、0mM、50mM、100mM、150mM、200mMのNaClを含む25mlの寒天培地(1/2MS、和光純薬工業社製ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(Murashige and Skoog Plant Salt Mixture)、1/2 B5ビタミン、pH5.7、ショ糖濃度1.0%、寒天1%)を入れ準備した。SIB A遺伝子のノックアウト変異体(Δsib A)、ベクターコントロール(pBE)、野生型(Col-0)の種子を滅菌後に各系統につき32粒を播種した。次いで、シャーレを植物培養装置に静置(22℃、24時間明下)し、播種5日後と9日後に発芽率を測定した。
【0041】
結果を図5Aおよび図5Bに示す。SIB A遺伝子のノックアウト変異体は高塩濃度下でも野生型よりも高い発芽率を示し、野生型よりも塩に対する耐性が明らかに高いという評価結果が得られた。
【0042】
[実施例4]ハクサイSIB A遺伝子のサリチル酸応答性の解析
植物材料として、土(ダイオ化成社製プロフェッショナル用培土 さし木、さし芽用No.2)に播種し、24時間の明暗サイクルを明時間12時間及び暗時間12時間として22℃で16日間栽培したハクサイを用いた。また、薬剤処理は、ほぼ同時刻(午前9時~午前10時の間)に開始した。TRIZOL Reagent(Invitrogen社製)を使用して、全RNAを、このハクサイから抽出した。サリチル酸処理は5mMのサリチル酸溶液を噴霧する条件で行った。ジャスモン酸処理は100μMのジャスモン酸メチル溶液を噴霧する条件とした。エチレン処理(エテフォン処理)は1mMのエテフォン溶液を噴霧する条件とした。薬剤処理後、2、5、10、24時間後にサンプリングを行い、全RNAを抽出した。実施例1に示した定量的RT-PCR法により、ハクサイSIB A遺伝子の発現量を測定した。ハクサイの場合の標準化に用いる遺伝子はBrAct2遺伝子とした。ハクサイSIB A遺伝子の発現測定には、センスプライマーとして5’-CCACCACAAGCTTAGATCAGAGAA-3’、アンチセンスプライマーとして5’-CACTTTGATGTGTTTGTCGGTTG-3’を用い、ハクサイBrAct2遺伝子の発現測定には、センスプライマーとして5’-ACCCAAAGGCCAACAGAGAG-3’、アンチセンスプライマーとして5’-CTGGCGTAAAGGGAGAGAACA-3’を用いた。
【0043】
以上の結果、ハクサイSIB A遺伝子は、シロイヌナズナSIB A遺伝子の発現と同様に、サリチル酸処理(SA)により速やかに発現応答し、エチレン処理(ET)及びジャスモン酸処理(JA)にはほとんど応答しなかった(図6)。ハクサイSIB A遺伝子は、シロイヌナズナSIB A遺伝子と全く同じ遺伝子発現パターンを示すことが明らかとなった。このことから、ハクサイSIB A遺伝子はシロイヌナズナSIB A遺伝子と同様の機能を有すると考えられ、ハクサイにおいてもSIB A遺伝子の発現を抑制することで、病害抵抗性及び環境ストレス耐性を向上させ、さらに、成長を促進することができると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、SALK_127478CにおけるT-DNA挿入位置を示す模式図である。
【図2】図2は、トマト斑葉細菌(Pseudomonas syringae pv. tomato strain DC3000)を接種したシロイヌナズナの接種3日目の植物体内での細菌の増殖を測定した結果を示すグラフである。
【図3】図3は、野生型シロイヌナズナ(Col-0)(写真左)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)(写真右)の播種6週間目の大きさの比較を示すための植物の形態を表す写真である。
【図4A】図4Aは、野生型シロイヌナズナ(Col-0)、T-DNA挿入変異体のコントロール体(pBE)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)の播種後28日目の(A)生重量を示したグラフである。
【図4B】図4Bは、野生型シロイヌナズナ(Col-0)、T-DNA挿入変異体のコントロール体(pBE)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)の播種後28日目の(B)乾重量を示したグラフである。
【図4C】図4Cは、野生型シロイヌナズナ(Col-0)、T-DNA挿入変異体のコントロール体(pBE)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)の播種後28日目の(C)水分含有量を示したグラフである。
【図4D】図4Dは、野生型シロイヌナズナ(Col-0)、T-DNA挿入変異体のコントロール体(pBE)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)の播種後28日目の(D)水分含有率を示したグラフである。
【図5A】図5Aは、野生型シロイヌナズナ(Col-0)、T-DNA挿入変異体のコントロール体(pBE)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)の高塩濃度含有培地における播種後5日目の発芽率(A)を示したグラフである。
【図5B】図5Bは、野生型シロイヌナズナ(Col-0)、T-DNA挿入変異体のコントロール体(pBE)、SIB A遺伝子のT-DNA挿入変異体(Δsib A)の高塩濃度含有培地における播種後9日目の発芽率(B)を示したグラフである。
【図6】図6は、ハクサイSIB A遺伝子のサリチル酸(SA)、エチレン(ET)、ジャスモン酸メチル(JA)への応答性を示すグラフである。
図面
【図1】
0
【図6】
1
【図2】
2
【図3】
3
【図4A】
4
【図4B】
5
【図4C】
6
【図4D】
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【図5A】
8
【図5B】
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